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正式な退職は今日で明日から完全フリーになる。プータローという言い方は最近しないし、無職というのも変かな。SOHOというのも古い言い方だし、この前紹介した、Independet Contractorという言い方も堅苦しい。会社員時代の「XX社のSolisです。プログラム開発をしています。」という言い方ではなくて、「YYのSolisです。ZZをしています。」という一言で覚えてもらうようなキャッチフレーズやコピーを考えねばならない。名刺にもそのようにしないと、相手に印象が残らない。「こないだ大橋さんという言う人が来て、いろいろやるというんだけど、なんだかよくわからないんだよね」と言われたら、良くない。自由に感じることができるけれど、自分で仕事をみつけてお金を得ていなければならないと日々プレッシャーを感じる。実際には2年ぐらいは収入がなくても生きていけるぐらいの蓄えを用意したが、その先はわからないし、子どもが2人いるので生活経費はもっとかかることになるだろう。巷でいう、不労所得を得るというのは働かずにお金を得るということではなくて、この蓄えを2年から10年、30年と延ばしていくと考えるのも良いのではないだろうか。もちろん、特許料や著作権収入、不動産収入などで、定期的にお金が入ってくるのは、蓄えが減らないのでその期間を延ばすことができる。今日から自宅で仕事を始めているが、いろいろと事務処理や調べものに終われて、なかなかはかどらない。家は購入当初は3DKといわれたが部屋が狭いので2間くっつけて、実質2DK、60m2(平方メートル)ぐらい。自分の部屋はないので、居間の隅に机とパソコンが2台ある。昼間は妻がいるが、午後3時頃には息子が幼稚園から帰ってきて4時には娘が小学校から帰ってくる。午前中は、妻は掃除洗濯など家事をして、買い物のために運転手として付き合わされる。昼食後は妻が昼寝をするので少し時間がある。午後はときどき夕食前と後はパソコンの隣で子どもはテレビを見て、妻は夕食の準備と後片付け。自分の時間が取れるのは妻が寝てからの数時間が勝負。このまま家にいると家事と育児の仕事が増えるから、どうやって仕事の時間を確保するのかが問題だな。これは中学校のときから、遊びの時間と勉強の時間をどうやって確保するのかと悩んでいたのと同じではないだろうか?40近くになっても、時間に悩むのと何ら変わらない。ただ、実際問題として自分の能力には限りがあるので、ある程度環境を整える必要があるかもしれない。名古屋に数万円ぐらいで借りることのできるSOHOオフィスでも探そうかな。
2005.01.31
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名古屋のキャッシュフローゲーム会へ行ってきました。名古屋にある不労所得研究会で、毎月末の日曜日に開催されます。http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2190/キャッシュフローゲームの101をプレイするのに100円で202は200円という、最も安い料金しかとりません。他は大抵1000円や2000円ですので、主催者はボランティアです。なんとなく居心地がいいので、いつもここです。ゲーム会にはいろいろな人が来ます。マルチの人、ビジネスの種を考えている人、自己研鑽の人。ゲームをしている姿をみたり、懇親会などで人の話を聞くのが好きです。ゲームは101、そして202を何度もやっていますが、資産形成の要領をゲームをとおして学ぶことができます。ルールが単純すぎて、実際のビジネスにはつながらないのが残念です。ロバートキヨサキの最新刊を見たところ、当初は複雑なルールのゲームだったらしいのですが、初心者にはわかりにくいので簡単にしたそうです。現実に即した本当の経営シミュレーションゲームだったら、いいのになと残念です。もっともアメリカのルールを日本にそのまま持ってきても、現状にそぐわないのですが。実際にゲームをやると、ゲームの世界では株の変動が激しく、不動産の売買もリスクがない、また利息をほとんど考えないのが残念です。スタートレックのDS9に出てくる、フィレンギ人のトンゴというゲームの方がおもしろそうです。ルールがよくわからないけど。http://www.memory-alpha.org/en/index.php/Tongo
2005.01.30
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家庭サービスで、名古屋の栄生にあるトヨタテクノミュージアムへ行ってきました。産業技術記念館というのが正式名みたいだけど、名古屋で育って40年近くなりますが初めていきました。トヨタの工場見学やクラシックカーがたくさんあるトヨタ博物館へこれまで行ったことがありましたが、ここは初めてでした。今月12日に改装が終わったみたいで、とてもきれいなところでした。入場料500円で駐車場も無料です。名古屋の都心に近いところなので、駐車場が無料というのは助かります。愛・地球博のチケットを持っていると2割引だということは後で知りました。もう前売り券を持っていたので200円ぐらい安くなったのですが、残念。実は子どものために行ったのですが、自分自身がはまりました。博物館の展示物は、トヨタ自動車が豊田佐吉の自働織機の発明から自動車産業へ歩みだしたことを説明しています。過去の手作業で木綿から生地をつくっていたものを、どのような発明をもとに機械で自働でつくるようになったかを、段階的に丁寧に説明しています。私の頭の中では、コンピューター産業の歴史と一つずつ比較して、今後どのようになるのかをシミュレートしながら一つずつ見ていました。展示物については次のように見せています。A. 木綿から糸をどうやってつくるのかを、過去から現代まで発明の変遷をしています。 木綿から生地をつくるのは、数千年前に発明されたといわれています。しかし産業革命が起きる頃までの数千年は、ほとんど方法は変わっていません。水力や蒸気機関というのが考え出される少し前に、「少しだけ楽をしよう」という発想で小さな発明が生まれているというのがわかります。 木綿から糸を作る行程は、以下の4つです。1. 綿花から木綿を収穫して、種をとります。2. 綿を櫛でほぐして、繊維の一方向にします。3. 綿をよじって、糸を作っていきます(ただし一度にできる長さは数十センチほど)。4. よじった糸を巻き取っていきます。このうち3と4の工程が、綿から糸を糸車で作るところです。よく映像で見かけるところです。実は今でも、1~4の工程は原則として変わっていません。機械が入って手作業でやることはほとんどなくなりましたが、機械が1~4を効率良く正確に仕事をしているだけなのです。B. 糸から生地をつくります。パタンパタンと時代劇に女の人が機織りで、布をつくりますが、こちらも現代のものも動作原理が同じです。布は縦糸の間に横糸を織り込むというところからつくります。横糸を入れるところも、パタンパタンの機織りでは手で右から左へ、左から右へと糸を送るのです。それが、佐吉さんが発明した自働織機もミシンのボビンようなものに横糸が巻かれており、機械でそれを右から左へ、左から右へ、投げるのです。ボビンに糸がなくなると、次のデす。一介のプログラマーがそんなことを言っても、どうしようもないでしょうが。一つ一つ会社組織を積み上げていったことの成果だと思います。ベンチャー会社の取締役を辞めて、会社というものを考えたときに、つくづくそう思います。運もあったと思いますが、経営者も従業員もまじめに組織を大きくしてきたんだなと。これからは、会社が大きいほどよいという時代ではないと思います。何か大きいことをするときは細胞が集まって巨大な多細胞生物になることもありますが、環境にそぐわないときはエネルギー消費を抑えるために細胞が分割して単細胞生物になるような、変幻自在で環境にあうような組織と人材、そんな会社組織が生き残っていくのではないでしょうか。とはいえ、自働織機の発明の歴史は、自分がとりかかろうとしているコンピュータービジネスの内部変遷に参考になりました。トヨタテクノミュージアムのHPhttp://www.tcmit.org/
2005.01.29
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今日は退職の日でした。同僚の一人が入院しているので、昨夜のお別れ会で会うことができませんでした。それで別の同僚と一緒に病院へ見舞いがてらに、お別れを述べに行くことになりました。最近運動する機会が減っているので、なるべく歩いていくような道程で行きました。電車にのっている時間は30分ぐらいだったので、片道で1時間以上歩いたと思います。入院しているのが退屈そうに見えたほど、扁桃腺の腫れも引いて元気そうでした。私はお別れの言葉を言えて一安心しました。身体あっての人生です。何よりも健康が大事だとつくづく思います。健康にだけは気をつけてください。何をするにも健康が大事です。健康であれば神に感謝しましょう。たとえちょっと健康を損ねていても、生きていることに感謝しましょう。本当は神様は信じていないんだけど、私を生かせる運命のようなものには感謝しています。見舞いの時間が長引いて、みなさまに最後のお別れをする時間が減ってしまいました。後片付けと掃除もやって、たまたま仕事で在席している人と話はできました。そして社長ともできました。なんとなく、生前葬のような感じもしたけれど、非常によい思い出ができました。ほんとうにみなさん、ありがとうございました。別れるときも気持ちよく別れることができるといいですね。幸せです。
2005.01.28
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今日は私のお別れ会がありました。会社は表参道駅からすぐのところにあるが、表参道には珍しい居酒屋で有志の人が私のためにお別れ会を催してくれました。席上でもお礼を申し上げましたが、あらためてここでもお礼を述べたいと思います。先に退職された方まで来ていただいたことは胸が熱くなる思いでした。来ていただいた一人一人をここで名前をあげるのは、プライバシーのこともあるので控えさせていただきましたが、みなさま一人一人の顔を思い浮かべ、感謝をのべさせていただきます。4年と少しの在職中の間に、みなさまと一緒に仕事ができたことは私にとって誇らしいことです。とても貴重な時間を共有できたことに感謝しております。これからも会社およびみなさまのご発展とご栄誉を願っております。またいつの日かお会いしましょう。話は変わるが、Webではインターネット広告が盛んである。広告だけにとどまらず、ウィルスがメールにのってやってきたり、フィッシング詐欺が大流行のご時世である。だんだんと巧妙化されていくが、単純なものはすたれていくと思う。Webブラウザとしては、Firefoxを愛好していてAdblockという機能拡張を入れている。これでよく見るサイトの広告ややインターネット広告会社のURLは遮断している。ブラウザで広告イメージのところを右クリックしてポップアップメニューを出す。"Adblock Image"を選ぶだけでよい。あとはURLでダブルところがあれば、*(何でもよい)というので置き換えたりすればよい。これでYahooの広告など多くはブロックしている。以下が個人的にブロックしている広告の一部である。たいてい、adなんとかというのがついている。http://*.doubleclick.net/http://*.valueclick.ne.jp/http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/http://adb.nikkei.co.jp/http://admin.custom-click.com/http://adnet.asahi.com/http://adng.ascii24.com/http://ads.ait.valueclick.jp/http://ads.google.com/http://ads.slashdot.jp/*http://adsrv.news.com.au/http://affiliate.dtiserv.com/http://ai.yimg.jp/bdv/http://ard.yahoo.co.jp/http://bbpromo.yahoo.co.jp/http://bizad.nikkeibp.co.jp/http://bn.goo.ne.jp/http://distribution.www.infoseek.co.jp/http://image.excite.co.jp/jp/sa/http://image.excite.co.jp/ng/http://image.itmedia.co.jp/ads/http://image.itmedia.co.jp/fil/http://img.xrea.com/ad_iframe.htmlhttp://japan.cnet.com/ads/http://ngs.impress.co.jp/http://pagead2.googlesyndication.com/*http://srv.trafficgate.net/http://st.ait.valueclick.jp/ad.s/http://webpdp.gator.com/http://ww3.custom-click.com/cgi-bin/http://www.antenna.co.jp/scripts/banner.cgihttp://www.infoseek.co.jp/images/ads/http://www.japan.cnet.com/ads/http://hpad.www.infoseek.co.jp/http://www.infoseek.co.jp/images/isj00/ad/http://us.a1.yimg.com/us.yimg.com/a/http://spe.atdmt.com/http://us.eb1.yimg.com/http://www4.azaq.net/cgi-bin/bn?http://pcweb.mycom.co.jp/adimg/http://img.xrea.com/banner_top_1.gifhttp://ads.osdn.com/http://st.lidr.valueclick.jp/ad.s/メールもPOPFileというのを使って、メールがSPAMの場合は[SPAM]というのをタイトルにつけて、メーラーのフィルターでゴミ箱行きである。このソフトは学習機能があるので、間違えたらそれを教えればだんだんと精度が良くなっていく。どちらも無料でやっていることは単純である。おそらくこういった広告を避ける方法を上回る広告が出てくると思う。でもエキスパート機能をつけたもう少し賢い機能をもつソフトが出てくることは間違いない。結局、詐欺や人をのせる広告技術がどんどん発達していく一方で、それへの対応策は遅れて出てくる。しかし、関心のない一般の人は、どんどん取り残されていくのではないだろうか。10年前には鍵へのピッキングなんて、警察と泥棒と鍵屋しかしらなかったことだけど、今やピッキングに関する技術の本まで出回っている。古い鍵だと、鍵がないのと同様である。コンピューター技術は発明と製品化の時間が短い。世の中で最も注意をしなくてはならない最先端のアングラ市場であり、ビジネスチャンスのある市場の一つであることは間違いないと思う。(ちょっと話が飛躍しちゃったかな)
2005.01.27
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愛知県の自宅から東京へ仕事へ行くときは、たいてい晴れ晴れしている。自宅にいるときはリラックスできることもあるが、旦那業と父業の仕事をするため完全に気が抜けない。裸で家の中を歩いたり、ソファに寝転がったりする自由はあるけれど。一方で料理洗濯などの主婦業を全部妻に任せているので気が楽ではある。東京へ行くからかどうかわからないが外出するときは、出会いと新しい体験にわくわくする。会って話す人は、いい人ばっかりだから、気が晴々している。仕事は問題を見つけて解決することもあるから、いつも目の前に問題が転がっているが。一人で家にいると自分の勝手な妄想ばかりで、悪い方、悪い方へと考えがちだ。でも子どもとバドミントンをやってみたり、バスケをやって身体を動かしてみると、気分が晴々してくる。ときには身体を動かしてみるものだ。そして、人に会ったり、新しい本を読んでみるもんだ。世の中捨てたものではないという気がしてくる。話は変わって1月で会社を辞めて、2月からはフリーになる。半年ぐらいはぶらぶらしてみようと思う。あるいは、Independent Contractor(独立請負人?)かな。フリーターとは違うが、プロとして会社と一定期間契約するものだ。会社の取締役になって、経営というものについて学んだ。会社を経営する側から、社員を雇用することも考えた。日本やヨーロッパなどの先進国では、社員を雇用するのは大問題だ。アメリカは気にいならなければすぐにクビにしたりできるが、日欧は難しい。社会保険などの会社負担の金額も多い。社員を雇うことの難しさを、感じている。もし自分が会社を起こして、社員を雇ったら社員のために仕事を探してきて給与を払って、自分には何も残らなかったということになると思う。一番理想的だと思うのは、「仕事があるときみんなで働いて、応分に利益を分配する」ということだ。仕事がなければ誰も報酬をとらない、利益の取れない仕事ならばしかたない、しかし大儲けしたときはみんなで大きく分配するなんて、原始的だろうか。分配方法の問題やいつもピーピーして金欠状態では困るという人もいるだろうが、一般的にはリスクをとった方が利益は大きい。リスクをとらないのは利益が少ないという当たり前の原則がある。資本主義だとリスクをとるのは投資家や企業家、リスクをとらないのは雇用者ということか。事業を起こしても成功する確率は数%。でも事業を起こしたときのリターンが、以下の式を成り立っていたら成り立つのではないだろうか。事業成功確率 × リターン > 公定歩合(or 投資信託のゲイン)コンピューター関連の仕事は、起業しやすい。プログラムから成るシステムをつくるのは、サーバーはLinuxでソフトはオープンソースを使えば、あとはアイディアと時間だけだ。いくつかアイディアを試して確率を高め、リターンも経験によって学習できればうまくいくのではないだろうか。たとえ一人で起業しなくても、一緒になってやれる
2005.01.26
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先週は風邪引いて(何回いったろう)、ほとんど何もできなかった。頭の中でブレーキを踏んだ感じであった。先へ行こう行こうと思っても、ずっとブレーキを引いている。もっと考えることができるし、決断も早かったはずなんだけど、ぼぉっとして進めない。自分の能力もこんなもんかもしれないと思った。IQでいうと70~80ぐらいではないだろうか。先週の土曜日に自宅の瞬間湯沸器に繋がっている水道管の修理をしてもらったのだが、頭がぼーっとしていたので勝手に修理されてハイハイと答えてしまった。今日になって妻に「私がお願いしたところと違うじゃない」となじられる。それならお前が「直接言え」と答えたが、ぼーっとしているときに限って立ち会わせるあんたが悪い。明日、もう一度電話して確認する羽目になった。今日の教訓:ぼーっとしているときは重要なことをしてはいけない。また相手がぼーっとしているときも注意だ。父が12年前の交通事故以来、ボケている。日常生活はできるのだけど、15年前の神経質で気難しかった頃の面影はない。医者に言わせると、このまま老人性痴呆症へ徐々に移行していくのだそうだ。今の父のような感じだろうか。
2005.01.25
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医者からもらった風邪薬が、精神安定剤のように身体を停止させていた。まだ100%の回復ではないけれど、これ以上薬を飲むと落ち込んでいくのでやめた。明日ぐらいから元にもどるかな。
2005.01.24
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文章を途中まで書いたが、気分悪く集中できない。何か考えると頭がぱぉーんとなってしまう。
2005.01.19
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自宅のDVDレコーダーの調子が悪いということで、音声チャットをしながら遠隔サポートした。DVDレコーダーは東芝製のRD-XS41、使いつづけていると2,3ヶ月に1回ぐらい調子が悪くなったので、そのときは電源を再起動をすると直った。これも複雑な機器はパソコンみたいだなぁと思っていた。そして調子が悪いのを直してもらうんだが、直してもらうのは9歳の娘と日本語と機械音痴の妻のどちらかである。9歳の娘の方がパソコンになれているので娘を選ぶ。なにしろ妻は、IP電話のことをずっと「ADSL電話」と直しても言い続けているので知れている。まずかかってきた連絡は、「DVDが動かない~」からだ。最初に、日本語を論理的に解析しなくてはならない。 DVDとは、DVDメディアかDVDレコーダーかプレーヤーか.... 動かないとは、モーターのような動きのともなうものか、電子的なも のか 一番使用度が高く、前回もトラブルのあった、DVDレコーダーかもしれないと推測した。(これが1年前ならばPS2だったけれど。)サポートSEは以下のマニュアルどおりの作業をする。(とはいっても、マニュアルを見たことはないし経験則なのだが)1. 現状把握 DVDレコーダーであることを確認することはできた。 ではどんな操作をして、どうなったのか?>今回は超初心者だったの でここでつまずいた。 いくつかの推測をして、あてずっぽうで確認をとる2. 対応策の提示 超初心者の場合は、対応策をずらずらならべると混乱するのでとりあ えず1つしか提示しない。 「電源を一度オフにして、再度オンにせよ」3. 対応策として可能性の高い順番から試してみる ところが、「電源」という文字を認識できなかったようである。 リモコンの右上にあるボタンということを、東芝のサイトにあるオンラインマニュアルからわかったので。リモコンの右上にある「電源」こんな文字のあるボタンを、10秒間、テレビに向けて押す。(テレビに向けてというのは正しくないが、DVDレコーダーというと混乱するから。先方が使い慣れていない言葉を何度も使ってはならない。なるべく相手の言葉をつかうことが肝心。)この後、1~3を繰り返して、そのうち答えが見つかればいいんだが。自分の足で確認すれば、1分で答えが出る。一つの操作に時間がかかってもさほどかからない。だけど電話などでやっていたら、とんでもなく手間がかかる。暗黙知の部分が伝わらないからだという。この暗黙知を娘に伝えなくてはならないのだが、あと何年かかるやら。でもこれを自分の仕事になんとか活かせないだろうか?#3日間で、通常の食事1回分くらいしかとっていない。他はヨーグルトとジュースぐらい。固形物をとろうとすると気持ち悪くなるから。このまま仙人を目指すか、、、http://x51.org/x/05/01/1506.php
2005.01.18
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日曜日に丸々1日寝た後、月曜日になって医者にいってだらだらとすごした。日曜日に寝ているときは頭がガンガンとしていただ、今はそれがなくなった。「このまま死んでしまったらどうなるんだろう」「目がさめても、退職して仕事はなくなるからどうなっちゃうんだろう」「この病弱な身体では、すべてがうまくいかなくなるような気がする」なんて弱気なことばっかり。身体が弱いときは、全て弱気に考えてしまうようだ。その一方で妻が、食事を出してくれたり、着替えを用意してくれるなど、いろいろ気遣ってくれる。子どもも子どもながらに、「遊んでくれ」といわないようにしている。物事は、特に自分で身構えなくても、惰性で動く。だから何もしなくても、世の中は動く。自分が悲観的になるほどではなく、なんとなく動いている。しばらく寝ていても、世の中は動くんだ。でもたいして動いていないものよ。気にしない気にしない(過去の経験を何度も積み重ねて)。
2005.01.17
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大きな病気をした記憶はないし、概して健康なのだが、年に2回風邪を引くことがある。今日は丸一日寝ていた。食欲はまったくないし、頭痛で頭がうなっている。こういうときは、非常に不安を感じる。社会的にも人生としても。慢性的に身体が悪くなるというわけではないので、身体が目覚めたということにしておこう。(症状が緩和した1/17に書いている)
2005.01.16
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結婚して10年。妻とは価値観も考え方も似てきた。10年続いているというのは似ているからだろうか?それともお互いに理解しているからであろうか?とはいえ、まだ未解決の問題がある。お笑い番組とバカ笑い。妻はお笑い番組を見ることが好きだ。俗にいう低俗番組。いつも同じコメディアンやタレントが手を変え品を変えた番組に出てきて、騒いでいる。そんな番組を良く見ている。そしてバカ笑いする。バカ笑いされると100年の恋も興醒めである。オバタリアンに進みつつあるということなのかな。私は人生の時間の無駄遣いと思うので、どうでもよい時間を低俗番組に費やしたくない。とはいえ、私が録画したスタートレックを見ていると、「いつも同じものを見ているのね」という。ストーリーは違うのだが。どっちもどっちというのかもしれない。
2005.01.15
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某大手外銀で、外貨預金を預けている。知ってのとおり、日本の公定歩合は低く、銀行の普通預金・定期預金とも利率は0に近い。一度でも時間外でATMから現金を引き出すと、利息なんて消えてしまう。そこで外貨定期預金というのが案内されていた。米ドルで5%や、ユーロで7%や、カナダドルやオーストラリアドル、ニュージーランドドルはもっと高い利率だ。よくキャンペーンをやっていて、「月末まで1%金利を上乗せします」とか宣伝をしている。ところが、この金利は最初の期間だけである。この期間を終えると低い金利になる。期間中の金利は1ヶ月が一番金利が高く、2ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年と期間が長くなるにしたがって、金利が低い。預ける期間が短い方が金利が低いなんて変な話ではないだろうか?(最近はそんなこともなくなっているようだが、数年前はそうだった)そして、この期間が過ぎると0.5%ぐらいの金利になってしまう。なぜか外国へ直接預金するよりもかなり低い。これは英語ができない人たちは、翻訳や日本での簡便さの手数料を払っていることにほかならない。ではどうして外国通貨の方が利率がよく、日本円がほとんど0なのか?これはマネーサブライによるものだという。つまりお金がどれだけ出回っているかということが、ものの価値に影響を及ぼし、公定歩合を決定する。外国通貨の方が利率がよいというのは、お金の出回る量を減らす圧力がかかり、日本はその反対である。そして外国通貨の方がインフレ圧力が高く、日本はデフレ圧力が強いということでもある。長い目でみれば、外国通貨と日本円を比べると円高圧力が高いということでもある。安易に外貨預金をすると、外国通貨の方が利率がよいといっても、円高方向にあるので、将来日本円に換金するときには果たして利率分だけ増えているかどうかわからない。外国で預ける利率ですらそうなのだから、日本で外国預金をする利率は、日本分の手数料をかなり引かれているので、かなり不利だといえる。私自身、文頭のように安易に外貨定期預金をやってしまった。次からは注意したいと思う。特に銀行がキャンペーンを張ったり、丁寧な資料を用意しているときは注意すべきであると思う。
2005.01.14
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1/11に青色発光ダイオードを発明した中村さんが会社に対して特許に関する報酬要求起こしていた高裁裁判で、和解に応じた。1/12に中村さんの記者会見を見た。「裁判には納得していない。こちらが提出した証拠のための技術文書をろくに読んでもらっていない裁判官では、裁判にならない。日本の裁判制度が問題だ。こんな腐りきった日本では技術者には良くない。外国へ行こう。同じような裁判を起こす可能性のある技術者にあとは任せた。」というような主旨のことを言っていたと思う。この後、中村さんに対して技術者から「なぜ和解に応じたのだ」というメールがたくさん届いたのだという。極端にいうと、文型出身者の管理職はほっと一安心し、理系出身の研究者・技術者はとまどいを覚えているのではないだろうか。8億円という金額は大きいが、果たしてそれに見合う金額なのか。夕刊紙には大魔人佐々木投手の年俸と同じだとかかれている。そう思うと、少ないのかなぁ。でも定年までもらえる報酬はせいぜい2億円ぐらいだし、一軒家や億ションも即金で買えるしなぁと思うのではないだろうか。私もそんな気持ちである。ちょっと余談だが、私も理系出身だが研究者になれず挫折した口である(数学は文系ではないかと物理学者から言われるが)。私が大学を卒業してアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社したときは、あまりの世界の違いに戸惑った。口下手で現実世界を向いている人の少ない(数学者のみなさんごめんなさい)数学の世界に席を置いていたので、人間関係が巧みで弁がたち英語もぺらぺらという人たちには劣等感を感じていた。その中で生き残っていくには、「AIベースの技術コンサルタント」になるしかないと思い込んでいた。実際に与えられた仕事は、今になれば新人にはよい仕事だと思うが、当時は大きなシステム開発のいわば自分にとってはどうでも良い仕事だった。現実と理想のギャップに迷いながら、「石の上にも3年」と念仏を唱えつづけ、最後はもう一度研究者になる道を選んで、大学院に入りなおした。その後いろいろあって、今はフリーのITなんでも屋(ITコンサルタント兼プログラマー兼SE)になろうとしているが、前職で取締役を務めて経営について勉強したし、いろいろな業種の業務もなんとなくわかる(怪しいものだが)。その点で、世の中をうまくわたれない(すべてそうではないが)理系出身者になんらかの支えを与えることができると、もっと日本も会社もハッピーになれるのではと思う。最近スポーツの世界では、若年層からいろいろな支援をするような動きが出てきた。理系研究者も同じ。数学や理論物理学など理論系の科学はピークが20代、可能性は10代前半でおつ舎の学校だったからできたので、都会の私立なんかではこうは行かないと思うが)高校生ながらにサイエンスやbitなどの準専門誌を読んで、ほぼ理解していた。でも今は、Software Designなどの雑誌を読むのはだんだん辛くなってくる。日経新聞の経済記事や証券ニュースなどの方が楽になってきている。興味の分野が移りつつあるのか、それともどんどん常識の変わるコンピューター業界にいるのが辛いのがわからない。本当は研究者になりたかったのになれなかった私のような人間をつくらないためにも、理系研究者・理系技術者にもうちょっと援助を差し伸べてくれないだろうか。思い込みがあるので、気に障ったところがあったらごめんなさい。中村正三郎のホットコーナーを参考にしています。http://www.asahi-net.or.jp/~KI4S-NKMR/
2005.01.13
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昨日はとてもいいかげんな話だったけど、波の低いところで波にのり、高くなったら波をジャンプして(売って)、他の低い波にのる。水力発電のように水を高いところから低いところへ流すときに、利益がでる。問題は、どの波が低いのか、乗った波がどこまで高くなるかということだ。波が低いと思ってもまだまだ低くなるかもしれない。波がどこまで下がるかを見極めなくてはならない。波に乗った後も、どこまで高くなるかを判断しなくてはならない。もっと高くなるといっているうちに、ざぶーんと波は砕けてしまうかもしれない。サーファーが波を見極めるには経験とカンが必要。また自分の実力以上の波にトライしても、波にもまれてうまく乗れないかもしれない。自分が良く知っている分野か、あるいはこの会社で失敗しても構わないというファンになれる会社に投資すべきだ。「あれが儲かるよ」とかの外聞に惑わされず、一時のブームに踊らされることで儲かる話は少ない。それはハイリスク・ローリターンである。ほとんどの会社はつぶれない限り、長くもっているといつかは株価は上がると思う。それが数ヵ月後か数年か、あるいは数十年か、それはわからない。そのときまで遊んで良いお金かどうか?あるいは他にもっとお金を増やす方法があって、株より儲かる道が他にあるかもしれない。でも、ゼロサムゲーム+成長力=株価だから、博打よりも良いと思う。個人的には、(逆ざや+失敗要因が少ない+カン)/3ところを狙っています。
2005.01.12
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20年近く株を買って、全部儲かっています。その儲け方。 「株が高くなるまで売らない」なんだそりゃ!?と言われるかもしれないが、これで儲かっています。(今買っているものは下がっているけど(-_-;))株の動きは波のようです。波が谷間にいるときに買って、山になったときに売るのです。当たり前のことですが、そう簡単に波を読むことはできません。サーフィンの場合、波は外洋から来て、来た波にのる。うまくのらないと波が先に過ぎ去ってしまうし、うまく山を乗り切らないと、泡に巻き込まれてしまう。ちょっと違うか...右肩成長のときは、待てば必ず株価は上がりました。NTTの第一次放出を買ったときは、勝ってから3ヶ月ぐらいで倍以上になりました。5年たって、やっと20%増しになったものもあります。お金がたくさんあれば、波をたくさん見ることができるんだけど。お金がなきゃ、目の前に来る波一つにかけるしかない。素人には厳しいわけだぁ。
2005.01.11
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いつもありがとう。結婚して10年、君を幸せにできたかどうかわからない。洗濯や掃除、食事の用意に後片付け、僕の家事の仕事を全部やってきてくれてありがとう。頭が痛いときも熱があるときも、多くは無理して料理してくれた。「今日は身体の調子が悪いから、簡単なものでごめんね」といいながら、昨日の残り物を暖めて、ごはんにふりかけをかけて出してくれたこともあった。いいんだ、腹さえ膨れりゃ気にしない。仕事のストレスが溜まったときなど、つい愚痴をこぼしたり、大声でどなったりしたこともあった。そのときも、愚痴る僕を無視したり、言い返されたりしたこともあったけど、お互いが人間だからしゃあない。夜遅くまで仕事をがんばっているときは、そっと励まし身体の心配をかけてくれたり、一人で夜更かししてテレビゲームで遊んでいるときや映画を見ているときは、小言で注意してくれた。心配かけてわるかった。娘のさゆりは、かわいくて気が強い。何でも一所懸命にやる。君にそっくりだ。彼女は自分で自分の道を切り開いていくだろう。君が思っていることをそのまま彼女に言えばいいんじゃないかな。きっといい子になると思うよ。息子の達也は、おちゃらけで楽しいことが好きだ。僕に似ているところもあるが、ずっと寂しがりやで人の顔色を見ているところがある。本当は頭のいい子どもだと思うから、彼をじっと最後まで信頼すればいいと思う。決して彼を裏切らないし、最後までみかただからねと。子どもが大人になるまで、君と二人で見守りたかったけど、ゴメン。また、子どもが巣立った後は、パリやスペインなどいろいろとゆっくり旅行したかったけど、ゴメン。老後は夫婦以上のいい友達でもいたかったけど、ゴメン。10年ではまだ君のことはよくわからなかったな。そして僕のこともまだわからないんだろうな。男と女だから永遠にわかりえないかもしれないけど。死んでからは時間が十分にあるから、そのときにでも一緒に考えよう。先に棺桶で待っているからね。死ぬまで楽しい人生を送っておくれ。死ぬまで時間があるから、すてきな男をみつけても、何も恨まないから。ずっと愛している夫より。いつ僕が死んでもいいように、そっと遺書を書いてみた。
2005.01.10
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ABCD EFG ...というアルファベットの歌がある。私が日本で学んだ歌と妻がフィリピンで習った歌と、若干違いがある。(日本)ABCD EFG, HIJK LMN, OPQR STU, VWXYZ(フィリピン)ABCD EFG, HIJK LMNOP, QRST UVW XYZ ~~LMNの後OPがすぐにつながるのである。これがフィリピンだけかなと思っていたのだが、他の英語圏でも同じような曲を聞いた。何で日本は違うのだろうか?
2005.01.09
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「山の郵便配達」という中国映画が正月深夜に放送されて、それをとり貯めしていたのを見た。「ふるさと」というダムで村がなくなるという日本映画と同じようなノスタルジックな感じがあった。中国の奥地の山を2泊3日歩いて、郵便を配達して回収するという職業をしている男がいた。寄る年波に逆らえず引退するということになって、息子が後を継ぐことになった。息子の初めての2泊3日の郵便配達の仕事は、父が一緒に行くことになった。細い厳しい山道を思い郵便物を持って歩くのはつらい。訪れる村の人たちには歓迎され、人生相談にものるなど、仕事としての充実感はある。しかし、人知れぬ仕事なので出世には恵まれないし、家族とはなかなかあえず、特に息子には一度も「お父さん」と呼んでもらえなかった。息子は初めて、父がこんなに辛い仕事を多くの村人のために、何十年もやっていたことを知った。自分が小さい頃父と会えない寂しさの理由もわかった気がした。そのとき父子はお互いの気持ちが通じて、息子は初めて「お父さん」と呼んだ。また息子が小さいときは父の肩にのせたのに、今では川を渡るのに息子が父を背負う。一方で村の開発は進んですぐそばまで車道が来ていて、バスも走っていた。この映画を見ているとき、自分が父のダブったり、息子の方にもダブったりした。私の父も厳しいところがあったが、今では少しボケてしまっていて往年の感じがない。私が子どもの頃、父が自分にいろいろしてくれたことを思い出した。また6歳の息子との関係も考えた。私は息子に何かしてやれるだろうか?実際のところ、たまに遊んだり、しつけをしたりするぐらいか。子どもにはものを買ってあげたり、たまに二言三言注意したり話するしかないような気がする。でも息子との時間を過ごすことはとても楽しい。幸せな感じがする。もっとも男の子の元気さにはストレスを感じることもあるが。何気ないことをして刻々と時間が経過していくという感じだろうか。そして時がたてば、ノスタルジックな感があるのかもしれない。
2005.01.08
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読んでいた本の中でよいことが書いてあった。高校の物理の時間で習った、作用・副作用の法則が人間関係でも成り立つということである。作用・副作用の法則というのは、物体にFの力を与えると、その物体は反対方向に-Fの力がかかるということである。つまり、物体を押すとその同じ力の分だけ逆の力がかかる。人間関係でいうと、ある人に何か圧力をかけると、その同じ力が跳ね返ってくるというものだ。現在の社内の人間関係ができているところに、業務改革や新しいシステムを入れたとき、圧力がかかる。すると同じだけの反作用の圧力が返って来る。それが当然ということだ。現状システムとして固まっているところに、売上を上げるよう社長命令があったり、経費を下げるようにという指示があったりすると、当然ながら反作用がある。言葉ではわかっていたのだが、物理法則とも適っているとわかって、腑に落ちた。この反作用を抑えるためには、反作用の方向を変えるか、こちらの質量を大きくして反作用の運動量を減らすようにする。反作用の方向を変えるということは、会社の環境を変えるとか、ガス抜きをできるようにするということだろうな。またこちらの質量を大きくしておくとは、指示を出す人間の度量を大きくしておくということだろうな。
2005.01.07
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初めて家族で近所のカラオケボックスへ行ってきました。娘の友達も一緒にいくことになって、5人で行きました。社会人になってつきあいでカラオケへ行くことはあっても、家族で行くことは初めてである。また妻と結婚して10年になるのに初めてである。今まで行かなかった理由は次の3つである。1. 私、妻とも音痴である。2. つきあいのカラオケには、あまり良い思い出がない。3. 知り合ってすぐに結婚し、またすぐに子どもができた。子どもが小さかったので行く機会がなかった。1については音楽を日常的に聴くことが、他の人に比べると少ないようだ。レコードやCDを買うこともあまりなかった。私が知っている曲は、ここ10年はほとんどない。テレビやラジオで流れているような曲も、馬の耳に念仏状態だ。自分が好きなのは、クラシック→喜多郎→ENYAと歌詞があるとはいえないものばかりだった。妻もフィリピンでは貧乏だったので、CD、レコード、テープの一切をもっておらず、日本に来たとき日本語がわからなかった。フィリピン人は歌やダンスを楽しむところがある。フィリピンではしょっちゅう、歌唱コンテストがあるし、ダンスパーティも良くやっている。ただ妻の家族は苦手な人が多かった。結局、私も妻も音楽といえば、カーペンターズを聴いて口ずさむぐらいが良い。2については、狭いカラオケボックスでタバコの煙がむんむんとして、たくさんの人が詰め込まれ暑くなっている。また歌うときもみんなで歌うというよりも、一人が歌い、他の人はその間「次に何を歌おうか」と探している状態が続く。そして他の人が歌うのが上手だと、下手な自分にはプレッシャーがかかってしまう。もっと言えば、好きな映画を観たり、本を読んでリラックスしたりした方が、貴重な時間な使い方になる。歌を探している時間や待つのがとてもつらい。一人のカラオケボックスの方がいいかな。3については、1,2の理由とも絡んで、カラオケ店へ行く機会を避けていたと思う。近所の公園に子どもを連れて行くほうが有意義であったからだ。そして我が家の小さな子どもは3歳ぐらいになるまで、うるさいことをするとすぐ泣きだしてしまっていた。 ------------------------------------------- ところが、家族でカラオケ行って楽しかった。みんな下手だけど、一緒に歌って興奮した。子どもの童謡でも、アニメの歌でも、古い歌でも、なんでもわからないなりに楽しんだ。うまい人はプロ顔負けで酔いしれてもらってもいいし、下手な人はセミの鳴き声のように自分で楽しめば良い。みんなで歌えば、だれも自分の歌なんて聴いていないのだから。歌わないので今まで気付かなかったことを発見した。1. カーペンター
2005.01.06
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私の勤めている会社は東京にあり、自宅は愛知県にある。最初の3年は、火曜日の朝一番に名古屋からひかり(後にのぞみ)に乗って出勤して、会社で3泊して、金曜日の5時前に東京を発ち自宅に帰る。そして、金・土・日は自宅で家族と過ごすという生活をしていた。自宅に帰っても仕事をしたり、勉強したりということをしていた。子どもがだんだんと成長して、息子が4歳ぐらいになってものごころついたときに、私を週末だけくるおじさんのように思っていた。というのは、私に全然なつこうとしないのだ。そのうち、仕事ばっかりして、妻や子どもとすごさないことで、妻と7歳の娘がストレスを感じて爆発した。それは日常のいらいらというものではなく、きちんと見えた。最初に娘はその感情をガラスを蹴っ飛ばして割るということにでた。マンションの窓ガラスは頑丈にできている。実はここは10歳から住んでいたマンションで、両親が新居を買ったときに譲ってもらったものだ。10歳から30年近く、一枚も割ったことがないガラスである。そして、しばらくして女房と言い争いになって、風呂場のガラスを割った。こちらも特注仕様のガラスである。ちょうどその頃、私が勤めている会社は存亡の危機にあった。リストラして大幅に人数を削減して、最低限のメンバーでなんとか生き残ろうとしていた。そのため毎週帰宅せずに、2週間連続で会社に泊まったりして、家庭を顧みない生活をしていた。とはいっても、忙しいサラリーマンのように、早朝から深夜まで勤めていて、土日は接待ゴルフというわけでもない。自宅にいるときはそばにいる。でも、妻は家庭に安らぐタイプで、できるだけ家族と時間を分かち合いと思っている。私も同じだが、仕事に重心を移していた。これは家庭崩壊の危機と感じて、会社を1週間休んだ。会社の存亡の危機でもあったが、止むを得ない。それから会社はなんとか持ちこなした。そしてこの1年、会社へ行く時間を減らした。当初は1週間おきに東京へ出ることにしたが、他の社員との連絡がうまくとれず苦労した。また自宅で仕事をするには集中力が欠ける。そして、毎週だけど1日減らして、火曜日から木曜日までのスケジュールにした。こうすると、家族との時間の方が東京にいるよりも長くなった。実は会社の方針を巡って社長と意見が合わなくなり、また東京と愛知を往復する生活も長く続かないとおもっており、社長には1年前に退職して委託契約にして欲しいと願い出ていた。ただ社長が渋り、この状態で構わないということで、1年間続けてきた。実際に1年間過ごしてきて、システム受託のようにきちんと仕様が確定しなくて、発注から納品まで期日が短く変更が多いこのような仕事は無理であった。頻繁にお客さまや他の社員とやりとりをしないと、情報のずれが出てくる。メールやチャット、ときにはテレビ電話でやろうともしたが、相手が対応しないと無理であった。何かあれば、すぐに携帯で連絡する営業マンとのやりとりは厳しかった。何をするか、どんなことができるか、まだわからない。そして辛い日々も待っていると思う。このセミリタイアのような生活も終わるかもしれない。この日記は、あたらしいお客さんになってくれた人が、私がどんな人間であるかということを良いところ悪いところも隠さずに伝える意味もこめて、書いている。イラクで亡くなったジャーナリスト 橋田信介さんの言葉を噛みしめていきたい。「ときどき楽しいことがあるから、生き続けよう。」
2005.01.05
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私は大学院のときに、認知科学を専攻しました。人間の五感がどのように脳で処理されるかを研究する分野が認知心理学で、人間の脳という枠を外すと認知科学になると思う。認知科学とは、つまり世界をどのように認識するか、あるいは逆に認識できる世界とは何かということを研究します。そんなに大風呂敷を広げると大変なので、実際に研究するところはもっと卑近なところで、視覚の情報処理や、人間の記憶や思考過程をソフトウェア的に解明するところです。ハードウェア的には、脳医学がやっていることなので。でも人間のことなんて、なかなかわからないのですよね。人間の脳はとても精密なコンピューター。もっと単純だと思われる自分のPCがおかしくなったら、いろいろな症状から判断して直そうとするんだけど、原因はわかりません。人間はよくわからないから、単細胞動物や昆虫はどうだろうか?と考えるのが、人工生命という研究分野だったりしします。最初は、マッカーシーがふと考えたLifeゲームから、Core戦争。このあたりまでは科学者の趣味の範囲だったけど、生物学者がTiaraというコンピューターシミュレーションを考えたり、Brooksが昆虫の歩くモデルを作ったりして、おぉって感じで人工生命の分野が出てきました。私は、「脳の成長は脳細胞がアリのように社会をつくることから起きるのでないか」と仮定して、研究しはじめていたのですが.....自然生命がである娘が産まれてしまい、興味の方向が自然へと向かって研究は中断して修士修了までで終わってしまいました。本当は結婚して子どもができて、ピーピーだったから働かなくちゃいけなかったんだけど。(-_-;)
2005.01.04
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中学生のとき、友人から不可知論という言葉を聞いた。人間は物の本質や真理など客観的実在についてはなにひとつ知り得ないとする主張である。そのときはそういう考え方があるんだと思った。http://ja.wikipedia.org/wiki/不可知論私たちが世界を捉えるとき、五感を用いる。目で見たり(視覚)、耳で聞いたり(聴覚)、鼻で匂いを嗅いだり(臭覚)、舌で味わい(味覚)、手で触感を得る(触覚)。手では、温度を感じたることもある。私たちが外部から情報を得るのは五感のみからである。本当に、その五感の情報は正しいのだろうか?例えば、味覚。ミラクルフルーツというのがある。これを口に含んだ後は、すっぱいレモンを甘く感じてしまう。味覚を狂わせてしまう。おそらく私たちは糖分を甘いと感じることによって、栄養素だと進化の過程で得たものだと思う。そして腐ったものや毒を食べると、変な味がして吐き出す行為を行う。そのことによって、命が助かる。(最近太り気味の私は、甘いというのを本質的に避ける傾向がある。甘いと感じると、気分が悪くなるんだが。)視覚は、光のある特定の周波数域のものだけを捉えることができる。赤外線や紫外線は見えないし、電波をみることはできない。他の生き物には、赤外線をみることができるものがいるし、紫外線をみることができるものもいる。また見える周波数を人間の脳が勝手に、色と認識しているのだ。色という特性のある光はない。音や臭覚も、自然がもつ本来の性質と異なる。人間が勝手に、分類しているだけだ。となると、本来の世界は私たちが五感でとらえる世界とは一致していないのではないだろうか?私たちが自分の分類できる方法で、世界を捉えているに過ぎない。となると、この世は私たちの五感で感ずるバーチャルな世界と何ら変わらないのであろうか?
2005.01.03
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皆さまに拙い文章を読んでいただいてありがとうございます。半分は自分のため、半分は皆さまに何かお伝えしたくて書いております。とはいえ、少しでも良い文章を書きたいと思っております。結城さんの文章教室を読んで勉強しておりますので、しばらくはご勘弁願います。http://www.hyuki.com/wl/結城さんはテクニカルライターとしても人間としても尊敬できる方です。(お会いしたこともないのですが、文章を読んでいるとそんな気がします。)
2005.01.02
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あけましておめでとうございます。2005年も良い年でありますように。とはいえ、2004年は台風による被害、地震による被害、そして最後にスマトラ沖地震津波被害で、何十人単位で人が死んでいく。そして凶悪事件が毎日のようにニュースになります。昔よりだんだんと、悪くなっている気がします。どうすれば世の中はよくなるのでしょうか?私の答えは否定的です。世の中全体が良くなることはありません。世の中はだんだんと混じり合っていく、エントロピーが増大する方向へ向かっています。それが自然法則です。唯一、局所的に(小さな場所で)エントロピーが減少させているのは生命です。生命という例外があるものの、確実にエントロピーが増大していくのが自然法則です。こと、社会現象もエントロピー増大の方向に向かっていくのは仕方ないことでしょう。ただ我々にできることは、白アリの巣や城砦都市のように局所的にエントロピーの増大を緩くすることなのではないかと思います。この考えが間違っていることを望んでいます。
2005.01.01
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