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"The Fly"といってもリメイクもされた映画の名作「蝿男の恐怖」では無い、、。T氏より数年前に聞いた話。彼は某国立大学の研究室に居た(る?)、、。ショウジョウバエを実験材料で使うのだが、良くわからんが、様々な実験に使うらしい、、。蝿はご存知の通り、卵から孵り、幼虫(ウジ虫)と成り、次にサナギに成り、暫くすれば成虫と成る。幼虫も成虫も所謂「虫」である。つまり、動く。しかし、サナギは動いていない、、。でも、そこから次の成虫が出てくるのだから、死んでは居ない、、、つまり、生きている訳であって、立派な生き物の筈である。で、そのサナギの中がどうなっているか、、、?知っている人は知っているでしょうが、僕はその話を聞くまで全く「サナギの中身」なんて考えてもいなかった、、。『へ~っ』僕は驚くと同時に感動した。中はどろどろのクリーム状のジュースなんだそうだ、、。つまり、生き物だった体が、一度、溶ける。生き物が、、、溶ける、、体が溶ける、、、、、ドロドロ、、、即ち、次に生まれる、、という過程、、「メタモルフォーゼ」「死と変容」 である。R.シュトラウスである(?!)そう思った。岩場で進退窮まった時、、何かの弾みで次のホールドに手、または足が掛かる、、。すると、、、♪♪チャカチャンリン~チャンリン~♪♪というあっけない程の結末と成る事がある。溶ける、、。脱皮、、。変身、、。カフカ、、、?超人ハルク、、、?でも、、、「溶ける」何故か心地よい響きの言葉。何故、これ程までに、「メタモルフォーゼ」が、音楽や詩や文学のテーマに成るのか、、きっと人間にとって普遍的な事なのだと思う。
September 24, 2007
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オンマイクVsオフマイク、日本語Vsヨーロッパ語、コンサートVsレコーディング、の間で揺れている。今までステージだろうが小スペースだろうが、、生演奏ではオフマイクの声で歌う事が多かった。もちろんオンマイクの声でも歌った事はあるが、その歌は自分なりに練習しては来たが音響に関しては軽く副業的な感覚であって音響の為に労力を割いて考えたり練習したりする事は無かった。しかし、クラシックの歌を今までやって来たのである。オンマイクのつもりでも声や体がつい気がつけば、クラシックモードのオフマイク発声に流れる、、。コンサートではそれが「オンマイクの声」と認識していた声でも、オフマイクがオンマイクに化けているのが丸判り、、!!レコーディングの中ではとても中途半端なのだ、、。レコーディングもこれまで「仕事」として依頼を受けてやって来たものは多くは無いが決して少なくも無い。しかし、自主制作CDともなればマイクと自分の声の関係にも行程の中で自分の意図が何で、どう動いて行くか、を明確にしておかねばならない、、。録音方法のコンセプトもプロデューサーやディレクターに預けてしまい、自分の演奏に関する事のみに集中する、、など、は決して出来ない。共演のチェンバロ奏者やピアニストに注文を出す様に、エンジニアやディレクターにも注文が出せないといけない。彼らスタッフの説明も理解出来なければいけない。企画、制作は自分なのだ、、。でも、現実問題、素人である。今から録音技術の専門学校に通う訳にもいかない。となれば、スタジオミュージシャンやオンマイクのジャンルの歌い手の歌唱法、それと、これまで自分が歌って来た方法の共通点と相違点を洗い出し、出来る方法を見つけて行くしか無い、、。そして、今、目の前にいるスタッフの胸を借りること、、。結局は、トラッド、古楽、クラシック、、これらを繋ぐ声とは何なのか、、?テノール、バリトン、バスって何なのか?裏声、、地声、、??そして、その声と、日常の感覚と繋がる日本語、民謡、歌謡曲、POPが、どう繋がり一つのものとして僕の体の中に存在する事が出来るのか、、?悩める所は徹底的に悩んでみたい、、そう思っている。先日のCD制作も三枚のミニアルバムに分ける事にした。まず、一枚目を作っている。
September 23, 2007
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僕がブログを書くと何故か内容が重くなってしまう。でも、ま~、しゃ~ないかっ、、。素直に書きます。父の死を久しぶりに納骨を機に考えた、、。父は自ら死んだ。そうとしか思えない。広義の自殺である。しかし、世間一般にいわれる「自殺」では全く無い。機が熟せば人は自ら死を選べる。死期を察していた、のでは無い。あちら側と話をつけて、、「じゃぁ、逝きます。」そう言ったとしか感じられない。自分が死期を望み、向こうがそれを認め許した。そういう死であった様に思う。この事から思い至った、、。意志、意識、自分で認識出来るものと出来ないものがある。心の底で本当は自分はそうしたいのに、表面上の意識はその行動から生じる恐怖を察知し、決断と行動から逃げ続けている。が、その事に気がつかない。表層の意識を自分のやりたい事、、。そう位置づけてしまう。しかし、いずれは来る。そして気がつく、、。これは昔から、ずっと自分がやりたかった事じゃないか、、!出来なかった、、では無い、やっていなかった、、。そうなのだ、、。表層の意識ではなく、無意識に自分で追い込んでいただろう、、。やっと気がつく。人のせいでは無い。自分が自分を追い込まなかったら、一体誰が追い込んでくれる?!先日の秋のバロックコンサートの生徒の様子を見て、、痛切に感じた。自分をどこまで追い込めるか、、追いつめられるか、、それが「プロ」瀬戸際でがんじがらめで舞台に上り、、歌う事が唯一、自分の解放!!その瞬間にしか、そこでしか手に入れられないものは確かにある。それこそ、積み重ねだけではどうしようもないもの、、しかし、積み重ね無くしてはえられないもの、、それを得た者がプロ。いや、それを得た者にしか得られない音楽が確かにある。死にたいと思ったら死んだらええやん、、。正に、、その通り。しかし、今ではなくても良い、、その僅かの光が、実は僅かでは無い事を本当の自分は一番良く知っている。自分以外のものに原因がある。そう考えているときは実はまだ余裕が有り溢れている。財産が満ちあふれていて、実は大富豪なんである。全ては自分の身ひとつ。全ては自分の念いひとつ。自分に求めなければ、何も得るものは無い。自分の本当の意志、、その望みを得るために通らねばならない事に怖じ気づき、恐れ、怯み、知らないふりをする。自分の真の望みから人は決して逃れられない。本当に死にたい、、そう思った時、人は死ねる。死なせてくれる。死よりも恐ろしい、人生最大の恐怖、、自分の真の意志を受け入れる事。ではないかと思う。今がそのとき。気付かせてくれた人、出来事に感謝すべきだ、、
September 18, 2007
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今年の一月レコーディングを始めたが、父の死がきっかけで中断している。予定が組みにくいのも事実だが、、「父の死で中断」、、、、実は口実である。一旦中断すると色んな課題が見え始めたのだ。「日本語」という大きなテーマ。そこから声とモードをもう一度見直せて良かったと思う。今、またレコーディングを再開し始めている。まずは、前回の録音で歌った日本語の二曲。このテイクをまずは何とか生かしたい、、というよりも、自分がどう歌いたいのか??をスタジオやホールで録音し確かめるところから始めている。さて、今朝は早くから父の納骨で徳島の鳴門へ向かった。出かける直前にコンピュータを立ち上げ、mixiを見たら、今日、徳島の北島町で「シャナヒー」のコンサートとある。今日は夕方、既に自宅で先約の用事があった、、。が、どうにもこのコンサートが気になってしまう。というのも、今年の2月17日に父が逝ったのだが、その日はレコーディングのアイリッシュソング班の顔合わせの日だった。集まって音を出し始めて一時間もしないころ、電話が鳴り、父の死を知った。今日の北島町で「シャナヒー」のコンサートには、そのときせっかく集まって頂いたミュージシャンの中のお一人が歌われる。死の時と、納骨の時。鳴門の寺で納骨を済ませ、徳島市内の伯母のところへ向かう。この車の中、これは父の導き、と勝手に信じ、今日の約束の相手に変更を申し入れたところ、快く受けて下さった。コンサートには行って良かった。五人がそれぞれ自分自身をかけてきた「技術」という基盤を持ってる。が、彼らの音楽の中で何よりも大きいのは、自分たちの出来る事と出来ない事を本当にまじめに考えている。ということ。河原さんの声はもちろん、日本語も本当に美しかった。僕には決して真似は出来ない。英語も決して無理に背伸びしてオーセンティックに発音しようとしないところがとても「すゞやか」で気持ちがいい。そして、りっぱにインターナショナルだと思う。「良い音楽」が聴けた。今日は一日、、人を超えたところの「はからい」の中に身を委ねる事で過ごしていた様に感じている。
September 15, 2007
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昨日のブログは、もっとターゲットを関係者よりに絞ったコメント、に徹しても良かったかな、と、少々反省しております。と、言いつつ昨日と同じ様に書きます、、。全方位に対し、半眼を目指して、、。(あくまでも目指すだけ、、、ですが、)さて、その昨日のブログで「良いキャラクター」と書いた訳ですが、、これはやはり「聴き手の言葉」であるべきでしょう。演奏を続けていると、挫ける時やボロボロになる時はあるかもしれませんが、作り手である演奏家が飽かず倦まず、目の前に見えた事から目を背けずに果たすべき事を果たす。それがキャラクターとなり聴き手に見えるのだと思います。さて、良い音楽に出会うとやはり、胸の中がほっこり暖かくなりますね。実は今、本当に久しぶりに、ベートーヴェンのピアノ協奏曲一番を聴きながらこの文章を書いています。(あ、、訂正している間に二番になりました、、。)実は先日奈良でモーツァルトのオペラの練習があった、と書きましたが、実はその練習でついついピアノに耳が向いて行ってしまったんです、、。正直言うと、これまで呼ばれて行った先で出会う合唱や声楽のピアニストのピアノでは、昨日ペコちゃんさんが書いていた「テクニック至上主義」的演奏に出会う事が殆どです。指だけまわってたり、音譜に書いてある事だけちゃんと弾いてたり、、つまり、上手く無い。しかし、しかし、、!先日の奈良の練習では非常に心地良く、そのピアニストの弾きっぷりに見入ってしまいました。すると、、あ~モーツァルトのソナタが聴きたい、、とか、ベートーヴェンだったらソナタじゃなくて室内楽、チェロソナタの3番や5番も良いなぁ~、コンチェルトの一番、三番~シューベルトのアンサンブルも良いかな、、と、勝手に、、ピアノ音楽が聴きたくなっている自分が居ました。何て言ったら良いのかな~ピアノの素人の僕がこんな事書いたら怒られそうですが、ハンマーの頭に神経が通ってる、っていうか、腕からアクションを通して、打弦する所まで神経を通わせてる、、体全体から出てくるその動きはとても心地よいです。それに、この方、練習全体の流れもちゃんと読めてるんです、、。これが音楽を運ぶんですね、、。「テクニック」とか「技術」とか、そういう言葉で書くと冷たく冷酷なものの様に思いますが、、決してそうでは無い。確実な技術は「暖かい」です。僕も常にメンテナンスを怠らない様にしたい、、そう、思いました。ほんと、中々、難しいですが、、大体世の中の伴奏ピアニストは所詮ある程度のもの、、と、自分が諦観していた事にも気がつきました。僕が現在お願いしているピアニストの方々は僕なりに吟味を重ねてお願いしています。ですから、この方々とももちろん十分に良い音楽を共にさせて頂いています。やはり、良い音楽を届ける事。とてもとても、大事な音楽家の仕事です。良い音楽家に出会うと胸が暖かくなります。
September 4, 2007
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昨日「秋のバロックコンサート」が終わりました。皆さん本当にお疲れさまでした。結果として良いコンサートだったのではないかと思います。そのコンサートの音楽の流れをまさに「通奏低音」の如く支えてくれたのがチェンバロ奏者のみならずオブリガートも含め、、バロックにその身を捧げている三人の古楽奏者のサポートでした。嵯峨山庸子さん、弥永寿子さん、三島郁さん。お疲れさまでした。そして心から感謝の気持ちで一杯です。中でも、、低弦もいない。たった一人で通奏低音を板付で二時間以上の三島さん!!本当に本当に、ご苦労様でした。これら三人の方とは何処かで舞台もご一緒し、ふと気がつけば「長年」と言っても良いぐらいの時間、何処かでは音楽を共にさせて頂いて来ました。彼らの音楽に対する真摯な姿勢によって出てくる音楽。この日ばかりは、改めて心に染み入りました。彼らのサポートとそして各出演者の音楽とを客席で舞台袖で、、次々に聴き、眺めながら、実に多くの事が頭の中を巡りました。何かの本、確かアイルランド音楽関係だったと思いますが、、演奏の評価を口にするとき「旨い」など演奏の是非では無く「良いキャラクターであった」という言葉で評価する、、それこそが賛辞、、ということ。そして、本番の前の日リハーサルを終え、緋田芳江さんと、いよいよ明日ですね、、とお話しする中で、、「様式とはモノでは無く人也」そんな話が、、、。様式とは、歴史とは、文化とは、プロとアマチュアとは、洋の東と西とは、モダンとバロックとは、、様々な事が腑に落ち得心も出来ました。そして、また新たな疑問も浮かんで来ました。こんな事も書きましたが、、、結局、人は自分が望んだもの以外は手に入れる事は出来ない訳です。「やりたく無い」が何処かにある場合もあれば、単に事実として「不可能」もある訳です。体と心が向いて行く方向にしか人は生きられない、、それは「音楽」と全く同じかも知れません。(自分自身の事も改めて考えて、、)しかしこの全てが「我」とも言い難いのです。この方向にも「はからい」はある。そう思いました。いや、この方向に「こそ」なのかもしれません。さて皆さんの演奏についていろいろと、書いておきたい事、書くべき事、もあるんですが、それはまたお会いしてから、、が、ひとつだけ、、、横田さんの歌うB.Contiの”alleluja”の締めくくり、、事前の合わせの時も、前日のリハも、楽器とどうコミュニケートするか、、、とても苦労していましたが、当日はゲネも本番もうまく行きました。当日ゲネの時にこのフィナーレを聴いて確かに「古楽唱法」からは距離はあります。が、「にやり、、」と思わずポジティヴな笑みを浮かべてしまった自分に一瞬、何かを見いだした思いです。ここにも正に彼女のキャラクターが表れていました。期せずして今日は奈良で声楽発表会の練習の日でした。今度は僕が賛助出演という立場です。指導のソプラノの大原末子さんの様子も非常に感慨深く眺めてしまいました、、。緋田先生。本当にお疲れさまでした。感謝。
September 2, 2007
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