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昨日の話はボリビアでの話。ここ最近何故かこの話が頭の中にふと浮かぶ事が良くあった。そんな中"mixi"の中でもマイミクの何人かの方が「食」をテーマにされている。中でもマイミクのお一人蝉丸さんのミクシーでの日記の中の「ご飯の炊ける匂い」に心が動いた。その蝉丸さんの日記を読む前日のこと、駅近くの小さな喫茶店で緋田芳江さんと秋のバロックコンサートの打ち合わせをしていた。『チェンバロ、バッハ、415、ドイツ語、フランス語、、、云々、、』そんな話を進めているとカウンターの方からご飯の炊ける匂いがしてきたのだった。「ご飯の炊ける匂い、、」と緋田さんが思わず口に出した。僕も打ち合わせしながらその匂いがとても気になっていたので、『やっぱりこの匂いは良いな~。』そう思った。で、そういえば、、、と、そこからの連想、、、先日の話の地ボリビアで僕が「一番旨い。」そう思ったのは主食の「ユカ」だった。そういえば、アイルランドでもソーダブレッドや主食系が好きだった。ヨーロッパのいくつかの地でも、ジャガイモがおいしい!そう思った事もある。場所は何処でも主食が僕は好きなのだ。(今までのところ、、だが、、)でも、ボリビアの「ユカ」は生まれて初めて食べたのに体の方でとても懐かしい様な感触がした。味は付いてないからご飯やパンと同じ様なもの、、でも、日本に帰ってから思い出すのは「ユカ」の味だった。ずっと「ユカ」が食べたい!食べたい!!!そう思っていたら日本では「キャッサバ」として売られていた。南米の人が多く住む町ではインドネシア産のものが冷凍で売られている。それを買って来てもらって食べた事もある。確かにあの味がした、、。同じ味、、。美味しい、、確かに、これが「ユカ」、、、その通り。でも、殆ど感動は無かった。え?味、味覚じゃ無い、、、。アイルランドに行ったとき、向こうで知り合ったキーランの実家に連れて行ってもらった。牧場をやっていて牛が沢山いた。こいつらの性格が面白かった、、。が、これはまた何処かで、、今僕が言いたいのはその家の居間に足を踏み入れたとき、そのときの不思議な感触だった。キーランのお兄さんがいて、赤ん坊の娘を抱いてテレビを見ていた。「親父とおふくろは?」「さっき出かけて行ったよ。」ってな感じで家族同士のありきたりの話をしている。その光景がとても懐かしい光景だった。音楽の先生のお宅に足を踏み入れたときとは違う感触だった。母親の徳島の実感に行ったときの感触を感じていた。でも、徳島にソファーは無いし、畳みだし、みんなアイルランド訛りの英語では無く阿波弁を話しているし、、視覚にも嗅覚にも聴覚にも、、、物理的にアイルランドと徳島は何もかもが違っていた。じゃあ、何が同じなんだ????何でそう感じるんだ???その瞬間必死で考えたが、答えが見つからなかった。日本でユカを食べて、気がついた「ユカ」「お米のご飯」、「アイルランドの田舎」「徳島の母の実家」、これらは同じだ、、そう感じる事が出来た。しかし、今もそうなのだが説明が一切出来ない。何なんだこれは?でも、日本語で書いてるからこう言うよ、、『あ~、、ご飯の炊ける匂い!』このときの感じと全く一緒。それしか言えない、、土地、文化、、、そこの人、、、やっぱり人かな?
July 29, 2007
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バスの車窓から一匹の大きな雄牛が見えた。その牛は道沿いの家の表で杭に繋がれ大きな声で鳴いていた。家人と思われる大人と子供が三、四人で暴れる牛を綱で引っ張っていた。牛は鳴き続けながらあごを上げ目をむいて失禁し小便を凄い勢いで放出している。ああ、これから捌かれるんだな、、そう思うしか無い光景だった。僕は初めて見るその光景を見逃すまい、と更に見つめ続けた。バスは水たまりの多い赤い泥土の道ばたの停留所でまだ停まっている。民族衣装の物売りたちもまだバスの周りに群がっている。牛の家の家人が僕の視線が目に留まった様だ。こちらをチラチラ見ながら彼らは少し言葉を交わし、牛を杭につないだままそれまでの作業を止めたようだった。そして、繋がれた牛を残し彼らはその場を離れて行った。僕の視線が彼らにしてみれば異様だったのかもしれない。殺生を責められている様に感じたのだろうか?でも、僕はどうしてもその牛が捌かれる瞬間を見ておきたかった。体中から体の底からどうしてもその瞬間を見ておきたい、、。そういうエネルギーの様なものが湧き上がって来ていた。彼らにとっては文字通り日常茶飯事の事であっても、僕は都会の文明の中でしか生きて来ていないから知らない。今まで何を口にして自分の体の中に取り込んで、自分の命の糧にして来たのかを、、。今から食料とされる命の阿鼻叫喚の声、姿、必死の抵抗、失禁、そして目これらを見ずして、知らずして、、僕は今まで何十年もの間言って来た、、「いただきます。」「ごちそうさま。」最近はこの言葉さえ言わない時すらある。血を噴き出すかもしれない、血が流れ、声が止み、動きを止め、そして息絶える。その瞬間まで見なければならない。僕は頭が考える前に、決して頭ではなく今思い起こせば確かにその時は僕の魂がそう欲していた。その瞬間まで見るべきだ。人として見たい。そうとしか言いようが無い。でもその僕の視線のせいで家人は作業を止めた。僕は最後まで見る事は叶わなかった、、自分の中の何かが枯渇している、、正に命が食料に変わろうとするその姿を少しだけ垣間みて感じた。その餓えた僕の目はその家の人たちの目にはどう映ったのだろう。きっと奇異に映った事だろう。そう思う。人任せにして出来上がった「食料という商品」を買って食べて、、、それで僕は本当に生きている。そういえるんだろうか?先日、検査を受けたら中性脂肪が数値を遥かに上回り、CT検査でも腹と肝臓の油がしっかり確認された。もうすぐお盆だ、終戦記念日も近いな、、何故かその時期にこんな事を思い出す事が何か繋がっている様に感じてならない、、。そう、今年は父の初盆。段取りは妹任せにしてしまっている。悪い。ありがとう、、ごめんなさい。いつも愛想無しつっけんどんで申し訳ない。
July 28, 2007
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写真家赤阪友昭さんがお世話をされているイベントのご紹介です。(僕も行きたい、、!)写真/赤阪友昭神話の森の再生のために~アラスカ先住民族ボブ・サムからのメッセージ~ 来る8月、写真家星野道夫の友人でアラスカ先住民族クリンギットに伝わる神話の語り部ボブ・サムが来日します。これまで何度も来日している彼は天河辨財天社との繋がりをきっかけに大峯の山々を第二の故郷と感じるまでになったといいます。遠くアラスカの神話には、古事記にも伝えられる八咫烏の神話と同じモチーフが残されており、自分たちの祖先はきっと日本から来たとボム・サムは考えています。紀伊半島中央部の大峯の山々は、太古の神話を感じるような森がある一方、急速な環境悪化に耐えきれず多くの木々が立ち枯れ、崩落が進んでいます。今回は、ボブ・サムが語る太古の神話に耳をかたむけながら、共に私たちの大切な山と森を考える時間をもちたいと思います。みなさんのご参加をお待ちしております。 ■日時 8月8日(水)18:30~20:30 8月9日(木)早朝より午後3時頃 (どちらか一日の参加でも可、但し参加費は変わりません) ■場所 天川村村立資料館(天川村洞川の龍泉寺隣) 天川村役場 〒638-0392 奈良県吉野郡天川村大字沢谷60番地 tel: 0747-63-0321 / fax: 0747-63-0329 chiikiseisaku@vill.tenkawa.nara.jp ■参加費 3000円 (天川村内の方は2000円、小学生以下無料) ■問合せ先 トーテムポール・プロジェクト大阪事務局 担当:赤阪 tel&fax: 090-6325-8896 e-mail tomoaki_akasaka@hotmail.co.jp 【プログラム内容】 8月8日 ・アラスカのスライド上映(赤阪友昭) ・星野道夫著「森へ」ムックリ演奏・朗読(長根あき) ・座学:天川弥山の森のこと ・アラスカ神話のストーリーテリング(ボブ・サム) イベント後、交流会 8月9日 ・弥山山頂へのトレッキング 雨天決行 大峯奥駈道の一部であり、天河辨財天社奥の宮が鎮座する弥山山頂を目指します。ボブ・サムと共に山を歩くことで、森と山を体感していただき、次の世代へ伝えるべきメッセージを考えたいと思います。 下山後、解散 《弥山参加者の持ち物》 帽子、雨具(しっかりした上下別になったもの)、トレッキングシューズ又はハイキングシューズ、長そで長ズボン、タオル、軍手、水筒(ペットボトル可)、弁当(宿泊先の民宿で用意してもらってください。) 【ボブ・サム プロフィール】 アラスカ州シトカ生まれ。アラスカ先住民族クリンギットの語り部として伝統的神話の継承を古老たちから託される。アラスカはもとより欧米各地でストーリーテリングを行う。自然を敬い共存するという先住民の文化、伝統を次世代に伝える精神的指導者である。 このイベントは来年、アラスカで立つ星野道夫さんのトーテムポール建立を支援する「トーテムポール・プロジェクト」の一環として実施するものです。 ☆トーテムポールプロジェクト ☆星野道夫のウェブサイト ■宿泊案内 ■ 交通案内 1)天川村役場 観光案内のページの交通案内をご覧ください。 2)奈良交通(近鉄下市口駅~洞川温泉)
July 27, 2007
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今日の合唱の練習でまた振らなかった。すると、最初は困りながら、戸惑いながらでもみなさんちゃんと聴いて行く。きれい、、というより良い音楽。「受信機」と「発信機」気がつけば最近はあちこちでそういう言い方もしている。コンサート情報、CDやビデオや資料のリサーチ、、「分からないから教えて下さい。」最初のきっかけだけ、、そう思って教えていたら、、何年経っても、ずっと、訊いてくる、、。指揮者が居ないと拍が合わせられない、、見ていないと拍が合わない、、そんな馬鹿な事があるもんか!!指揮者が居なくても拍ぐらいは合う。昔、民族学の本で読んだ事がある。ニューギニアの高地人は合唱をし、音程やリズムが合わなかったり揃わなかったら、狩りに行くのを中止する、、。揃ったら狩りに行く。拍や音程なんてプリミティヴなもの,いや人間にとって根源的で原初的、誰でもが神様から与えられ、誰もが持っているものの筈だ。それを腐らせるか使うか、、それは神様から与えられ託された本人の仕事だ。外注するもんじゃない。ワルツかシチリアーナか、メヌエットか、、、ガリアルドか、、どんな種類のリズムをどんな風に、、?そう「どんな風に?」ここで初めて指揮者は必要になる。指揮者はメトロノームでは無い。指揮者がメトロノームなら、本物のメトロノームの方が良いに決まっている。どこかの指揮者の様に、嫌みや失言は発しない。数千円の投資をすれば後はギャラも要らない。指揮者を見る前に、、周りの仲間の良い声、良い音程、良いリズム、、それを聴きましょうよ!それを聴けない人は、仲間の歌とコミュニケーション出来ない人は、、どんだけ指揮者を見ても結局はな~んにも見えてない、、、そうなんだよな~ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつそんな事を考えながら帰って来てポストを見たら、グレンミュージック通信が届いていた。Thanks! 久々のグレンミュージック通信だ、しかも仲間と友人たちの想いが随所に込められそれが伝わってくる。嬉しい!そしてその通信のトップに、、、イーリアンパイパーのKさんの記事が、、。その中で、、、<イーリアンパイプスを演奏したい方へアドバイスをお願いします。>常に考える事です。手にした物をそのまま受け入れるのではなく音程が悪い、高い音が出ない、疲れる、など、なんでも原因がありますので常に理論的に考えていないとダメなんです。たいていの場合、これらは楽器のせいではなくメンテの問題であったりします。(以上引用)彼は日本人で初めてイーリアンパイプスの製作を手がけた、、。その動機もこう書いてある。『日本でも私がメーカーをすることによって パイプをある程度安心して始められる土壌を作れれば と思い始めたのも理由の一つです。』先日のチェンバロ製作家の友人もそうだが、こういう人が周りに居る、、それがどれほど有り難い事か。本当に励みになる。彼の志しとその行動に対しパイプを演奏しない僕だが、、「ありがとう」という言葉しか思い浮かばない。そして、いつかお返しが出来る様に、、、。
July 24, 2007
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先日の新潟の チェンバロ製作家のページを久しぶりに読んで刺激を受けた。楽器製作の行程を彼はこの様に書いている。『「あらゆる部分にどんな音にしたいかという意思を込めなければならない」』『「意思を込める」というのは、こんな音になれと念ずるという意味ではもちろんない。』『楽器づくりは、こんな音にしたいという意思をコンマ何ミリという作業の中に込めていくことにほかならず、その集積が楽器のキャラクターや個性となってあらわれるのとだ思う。どんな音にしたいかのイメージがはっきりしていなければならないことはもちろんだが、それをいかにして楽器の細部にわたって形にしていくか。』全く持って「歌う」という事と同じ言葉だ。と僕は勝手に共感させてもらった。そしてとても励みになった。しかし、場合によれば、自分の頭の認識を超えたところで結果が出る場合もある。そして、それも自分の意志であり想いである場合がある。どちらかと言えば「念ずる」に近いかもしれない、、。神様の目から見れば、こちらが根幹なのかもしれない、、、。でも、その「念ずる」部分は「私」個人の意識としては本当に僅かな枝葉の部分だ。もしそれが自分の思考の根幹であったとしたら、また、安易に言葉に表してしまうとしたら、、こんなに危険な事は無い、そうも考える。だからこそ、『コンマ何ミリという作業の中に込めていく』のだ。あと、かれのページから刺激を受けたのは「木」の事。材料に何の木を使うか。そして、木目の扱い方のこと。そして、日本の気候とヨーロッパの気候のこと。日本はモンスーン気候なのだ、当たり前だがヨーロッパの気候とは違う。同じ北半球で植生も似たところもあるが、やはり違う。やはり「事実」の一つ一つが積み重なって楽器が出来るのだ。これは日常の一瞬一瞬が楽器の製作者であり調律師でもある歌い手にとっては非常に大きく共通する大問題だ。先日コンサートを聴きに行き終演後お話しさせてもらったソプラノのMさんの話。イングランドに古楽の歌を勉強する為に留学していた彼女が、留学中ついた先生の中で最も良い先生のこと。その先生は決して演奏家として名前の売れている声楽家ではなかったのだが、人種による肉体的特徴や各民族の言語的な特性を把握した上でイングランド音楽やアーリーミュージックを教えてくれた先生であった、ということ。とてもとても深く共感する体験談であった。こういった話に出会える事は本当に有り難い。そう思っている。気候、風土、歴史、文化、肉体的特徴、言語、習慣、、、などなどこれらを踏まえて音楽は文化として、伝統としてその地で、その人たちが、社会が育んで来たもの、、。違った条件を無視して同じ様にその楽しみを享受する事は絶対に不可能。と断言しても良い。年を重ねるにつれ、それが「単に事実である。」という事を知る。そして、その異質なものを受け入れようとしているこの日本に生きている事それも「単に事実である。」。日本の音楽状況がこの今現在の状況に至ったのも日本だけではなく世界の歴史の中の一つであり、そしてこれも「単に事実である。」という事。歌も事実を一つ一つ積み重ねて出来る事。これまでのブログにも書いて来たが、言語と文字いう文化の違いという事実は大きい。音素文字が一般的なヨーロッパ文化。音節文字が一般的な日本文化。この違いが音声の認識にも大きな違いをもたらしている。先日の日記ですそしてヨーロッパ語と日本語では声門の扱い方の文化がまるで違う。これらの事実を正しく理解しようとし、こうした事実とどう向き合って行くか、実に大切なことだ。そう思っています。「日本語の発声」という「私」をきちんと説明出来る様になりたい。これが今の僕の目標です。そして、日本語を声にして話す事は、何がどれだけ西洋文化や西洋音楽と異なっているのか、、その事実を知り様々なもつれている問題を事実の積み重ねでそのもつれをほどいて行きたいのです。その僕の目標に周りの仲間たちから多くのきっかけを頂いている、、そう感じる事が多いこのごろです。『コンマ何ミリという作業の中に込めていく』これこそが「祈り」でもあり、「心を込めて歌い上げる」そういう事だと日々実感する。
July 21, 2007
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ちょっと、今日は普通の日記です。友人が新潟にいるので、新潟の地震が気にはなっていた。ここ数年会っていない、、。彼はチェンバロの製作家で、知り合って、もう十五年以上、いや二十年近くになるのかな、、彼が一号機のチェンバロを製作し始めるころからの付き合いになる。物静かな人だが、自身の中では一本何かを持った人。実は地震の起こる前から楽器の事で相談したいと思っていた。携帯電話を今年の頭に買い替えたのだが、、その携帯の中に彼のアドレスが無い、、。ボックスアコーディオンを弾き「グレンミュージック」というアイルランド音楽専門の通信販売をしている共通の友人からアドレスを教えてもらい久しぶりに電話した。何事も無く無事の様子。何かがあれば誰かから情報は入って居ただろうとは思っていたが、声を聞き一安心。さて、新潟の彼のHPです。はい、今日のブログは以上。普通の日記でした、、。
July 20, 2007
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和歌山弁では以下の様に言う様です。座布団=だぶとん草履=どーり銅像=どーどー天王寺=てんのうり和歌山弁講座和歌山弁講座つまりは、こういう事なのかも、と考えています。古い日本語では『だ行』と『ざ行』は別の発音をしていた、そう仮定します。私が考えている「古い日本語」の表『だ行』 "da"(だ)、"di"(でぃ)、 "du"(どぅ)、 "de"(で)、"do"(ど)『ざ行』"za"(ざ)、 "zi"(*ずぃ)、"zu"(ず)、"ze"(ぜ)、"zo"(ぞ)(使用するローマ字は日本式では無くヘボン式を用いています。)やがて日本語はこの『だ行』『ざ行』が混乱し混ざってしまう。それで、その名残で文字の方だけが仮名文字で十文字分全て残っている。しかし、全国的に混ざり方は一様にはならず、地域によって違った混ざり方になってしまう。しかし天下統一やら参勤交代やら、、色んな事情や時勢で(、、よくわかりません、、涙)独特の混ざり方を持った地域はあちこちに残ったかもしれないが、時代が新しくなるにつれ今は和歌山を残すのみ、、、その和歌山弁の伝統ももはや今は消えつつあるそうだ、、。という事か、と考えています。『だ行』は”d”という上の歯の付け根と舌先の破裂を用いた「有声子音」に母音を付けた発音です。<天王寺=てんのうり>天王寺の<じ>が<でぃ>と混乱し発音は”d”と口の中の運動が生理的に近い”l”の様になり<り>となるのも外国語の発音でも良くある例です。和歌山弁通りであれば南海特急サザンも「さだん」だそうです。「この列車は『デンセキ ダセキシテイノトッキュウ<サダン>』(全席座席指定の特急『サザン』です)です」と車掌さんが言うとか、、、?さて、先の表で"di"(でぃ) "zi"(*ずぃ)と書きました。<じ>も<ぢ>も書きませんでした。<じ>も<ぢ>も現代ではどちらも"ji"と発音されています。"di"も"ziも"ji”も、例えば英語では三つとも違った発音です。現代の日本語での表です。『だ行』「だ」"da"、「ぢ」"ji"、「づ」 "zu"、「で」 "de"、「ど」"do"『ざ行』「ざ」"za"、「じ」 "ji"、「ず」"zu"、「ぜ」"ze"、「ぞ」"zo"『じゃ行』「じゃ」"ja"「じ」"ji"「じゅ」"ju"「じぇ」"je"「じょ」"jo"このように日本語は発音を生理的に見れば出鱈目になっています。しかし、こうやって<母音子音が見える文字>『ローマ字』と<母音子音が見えない文字>『仮名文字』を併記すれば何がどうなっているかが良くわかります。外国語の発音も不慣れで、歌う事も経験のまだ浅い生徒さん達が外国語の発音の際、間違いやすい場所もはっきり目で見えてきます。こういう事はまだ『さ行』『た行』『は行』など沢山あります。そしてまた、この様に不規則な発音法則(出鱈目さ)があるのは日本語だけではありません。歌おうとするラテン語、英語、ドイツ語、イタリア語など、歌う対象である外国語の方にも個々様々にあるので厄介です。何れにせよ「私(日本語)を知り、相手(外国語)を知る。」これが大事なことだと思います。(私は会話はさっぱり駄目なのですが~)いや、大事なのは、、知ろうとする「気持ち」だ。きっと、、
July 16, 2007
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最近、発声の講座ではセルミジやアルカデルトなど、実際の作品をサンプルにして体操から初め、響かせ方、ハモらせ方に至るまでやっています。曲を扱っても長くて十小節程度ですが、、さて、そんな中また以前にもブログで書いた課題と昨夜のレッスンで再び直面しました。「Domine Deus」というラテン語、キリスト教の教会音楽には頻繁に出てくる言葉です。訳語は「神なる主」”Deus”が「神」で、"Domine"が「主」です。更に意訳をすれば「支配者である神」ともなります。ゼウスデウス日本語の「属音」「属和音」の「属」は"Dominant"の訳語として存在しています。ラテン語の”Dominant”は英語ででも頻繁に使われる言葉"Dominate"の語源でもある言葉です。ラテン語、英語、どちらもほとんど同じ意味を持っている様です。「支配者」「支配」「領主」の他「俯瞰する」そして先ほどの「主」「主(あるじ)」という日本語の訳語に出会う事すらあるのです。DominantTonic調"Dominant"を「属」と表してしまう事は言葉の使い方が矛盾しています。しかし、これは単に言葉使いとしておかしい、、といった用法やニュアンスといった文化論レベルの問題では無いのです。楽譜に記され記録として残っている「西洋音楽」の根幹に拘る問題、数千年に渡って築き上げられた哲学、宗教であり、文化もであるでしょう。しかし、私が述べる事が可能なのは音楽、しかも演奏の実体についてのみです。"Dominant"を「属」と表してしまう事は、実に多くの人を全く違う場所に導いてしまっています。何より音楽そのもの、音楽の演奏に大きくかかわる実体の問題なのだ、と日を追うごとに実感します。世俗であれ教会音楽であれ、ルネサンスのポリフォニーを歌ったり指揮したとします。音楽を理解しようと勉めれば、やがて、全てのエネルギーは"Dominant"へ向かい、"Dominant"に文字通り支配されている事を実感せざるを得なくなってきます。歌い始められた旋律は"Dominant"を求めています。"Dominant"の引力に支配され引き寄せられて行きます。そして"Dominant"を経て解放("Tonic")され、また新たな"Dominant"へと向かって行きます。「緊張」と「弛緩」であり、「畏怖」と「平安」であり、「疑問」と「解決」であり、、、または「太陽」と「惑星」の様な関係でもあり、そして「父」と「子」の関係でもあります。「恋」も「祈り」も「生活」もすべてこのエネルギーで歌い上げられています。こういったページもありました。しかし、この言葉の用法を変える事は現実的に非常に厄介な問題だと思います。これまでに書かれた優れた理論書や実用書もそれが私的なもので無く公のものであればあるほど、"Dominant"イコール「属」という言葉の扱いで記されています。仮に国語審議会で取り上げられもし改善されたとしても、(この問題の管轄では無いかも?)それまでの著書や記述を誰が誰のどの文章にどんな責任を持ってどう改めて行くのか、、?など現実的な問題を考えればその仕事の莫大さに気が遠くなりそうです。最後に付け加えておきたいのは、この誤った"Dominant"イコール「属」という言葉の扱いが、何か別の新しい音楽を切り開く可能性を孕んでいる筈だ。そういう見方も決して忘れたく無い。という事です。古来からの日本文化や日本語の変遷、明治以降の西洋文明や西洋文化とのせめぎ合いでぐちゃぐちゃになりながらも居場所を求め、今の日本と文化があります。無意識、無秩序、混沌や混乱からしか生まれ得ない「クレオール」的な存在。今もこの文章を書いている瞬間にどこかで誰かがその文化を誕生させているでしょうし、私自身が無意識の内に生んでいるのかもしれません。すべての文化や伝統で「クレオール」的な要素と無関係なものがあるでしょうか?私はこの「クレオール」的なもの、も愛おしく必要なもの、と感じますし。大好きです。ですから、そんな中「"Dominant"イコール「属」ではない」といったオーセンティックな問題に直面し私の出来る事は、、一介の音楽家としてまず出来る事。自分の目の前の事をやり遂げる事。という事。今はそれだけです。「二律背反」こそが調和、それこそ「Domine Deus」と私達の関係なのかも知れません。
July 14, 2007
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またまた、様式についてです。先日のバッハアンサンブル名古屋もそうですし、四月にご一緒させていただいたバッハクライス神戸もそうでした。どちらもバッハの名を冠しているだけあって当然かもしれませんが、様式への畏敬が個々の音楽に望む姿勢にはっきりと出ています。そういった人たちの中でバッハが歌える事は何よりも幸せな事です。が、また同時にその中で歌う役割や責務をはっきりと教えて貰っている、、ひしひしとそう感じます。とても有り難い事です。音楽の様式、今現在がどれくらい様式を体現出来るか、、という事ももちろん大事ではありますが、それぞれの音楽を敬う意識が無ければ結局は何も始まらないと思います。様式感の欠如、、無頓着であったり、無視したり、軽視したり、、それは音楽への愛が見えて来ないということ、と言い換えても良い。そう考えます。さて、様式を越境した演奏で感激した例。第二弾です。(生で実演に触れた例だけを取り上げています。)どうしても最近の例になってしまう事と、ちと、身近な人の演奏なので、、書くのが何故かしら少し気恥ずかしくもあるのですが、、ピアニカで演奏された「詩人の恋」の「美しき5月に」です。ジャズのピアニカです。当然、歌詞はありません。ジャズバンドの中での演奏です。何度もいいますがジャズです。でも、詩人の恋でした。聴いていて違和感などは全くありません。むしろ「同じものだ」そう感じました。でも、また何度もいいますがジャズだったのです。演奏した彼がドイツ語の歌詞のディクションを正しく正確に歌えるかどうか?良い歌、良い音楽とは、そういった問題では無いのだな、、。そう認識させられた演奏でした。失礼ながら、多分彼はドイツ語で人に聴かせられるほどは歌えないだろう、、そう思います。でもそれは演奏で判ったのではなく、彼の事を知っている。という別情報に基づくものなのですが、、。(もし間違っていたら、ごめんなさい!謝罪とディナーをご馳走します。)何度もいいますが。でも、詩人の恋なのでした。聴いていて違和感などは全くありません。しかし、僕が歌い手として言葉のディクションにこだわる事、、これもとても大事な事に変わりはない、、。その事が揺らぐ事もありませんでした。それが何故なのか、今は上手く自分の歌が伴わない文章では表現出来ません。でも、今は、、なのでは無くずっとそうかも知れませんが、、。ただ、最初に書いた「畏敬」という辺り、、または、「音楽への愛」、、そういった言葉の方向に理由があるのは確かな様です。この辺りに??今見たら、こんなのもありました。
July 12, 2007
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昨日書いた様式感について、これは文章で書く事はほぼ不可能、絶望的な事でしょう。それに加え、昨日の文章では、これまで三十年近くに渉って鬱積していた不満も少し顔をのぞかせてしまいました。では今日は逆に、様式への取り組みが素晴らしく、とても刺激を受け、見習いたい!とまで思った例を書きます。まず一つは、チェンバロの大西孝恵さんの一番最近の日本でのコンサート。ボストン交響楽団の仲間、ヴァイオリン二本とチェロとの演奏でした。(チェンバロ)大西 孝恵、(バイオリン)ホールドマン・マーティンソン、クリスティーナ・デイ・マーティンソン(チェロ)ミッキー・カーツ中でも大きな刺激を受けたのがヴィヴァルディの"La Folia"初めの例のフォリアのテーマは正攻法で演奏されました。ピリオド奏法をしっかり踏まえた音楽で始まったのです。が、ヴァリエーションが次々に進むうちに、、「あららららら~」「あ~、そう。」「へぇ~。」「ほうほう、、。」と、感心する事しきり。何が起こったかというと、、彼らの弦楽器はバロックではなくモダンだったのですが、モダン楽器でしか絶対に成し得ない音楽があちこちに鏤められていました。また、そのオーセンティックな奏法や音楽とモダンの奏法と音楽とが行き来する事で非常に豊かな音楽を奏でていました。モダンはモダン。ピリオドはピリオド。という枠から外れて楽しもう!という姿勢が溢れていました。彼らの演奏は、バロックとモダン、両者への真摯な取り組みがあってこそ出来る演奏でした。思いつきや趣味や気分で簡単に出来る事ではありません。地道な研究、勉強、試行錯誤、練習、これら無しでは決して出来ない演奏です。モダンスタイルで全曲演奏する。ピリオドスタイルで全曲演奏する。このどちらもがきちんと出来て初めて可能な事です。どちらか一方のスタイルで演奏する。その事を体得するだけでも大変な事です。しかも、下手に混ぜれば音楽は台無しです。越境し、行き来しようと思えばその手間や努力はその倍どころではありません。裏打ちがあるからこそ自由が得られる。そう改めて確信させてもらった演奏でした。それでも、この音楽が好きか嫌いか、、?最後の判断は聴き手に委ねられているんですけどね。でも、この演奏のお陰で確かに僕は「気づき」を与えられた。そう思っています。彼らの音楽への姿勢に敬意と感謝を今でも感じています。
July 11, 2007
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こんな催しをします。声楽のバロックコンサートです。皆さんそれぞれある程度は声楽でのキャリアを持っていて、その上で更にバロック音楽を学び歌おうという方ばかりです。既にプロでのキャリアを持っている方もいます。音楽大学を出られた方がほとんどですが、これまでバロックや古楽の魅力に目覚めながらも、バロックや古楽の経験をなかなか積めずにいた方に是非とも経験を積んでいただきたく企画しました。ソプラノの緋田芳江さんの生徒さんと僕の生徒さんとの合同です。また、賛助出演にはいつもその筋の場ではお会いするバロック仲間のお三方に加わっていただきました。バロックヴァイオリンの嵯峨山庸子さん、リコーダの弥永寿子さん、チェンバロの三島郁さんです。チラシです。(jpg画像です)さて、以下は私個人の想いです、、。先日の名古屋のバッハのコンサートもそうでしたが、バロックをバロックでちゃんとやっている同士であれば、互いに初めての人とでも音楽で対話が出来ます。「様式」は単なる物や形ではありません。様式を踏まえた上でなければ音楽は本当につまらないものです。場違いの様式感を当てはめ、そのままでアプローチしておきながら、バロックやルネサンスの音楽自体の責任にしてしまう現状はまだまだ多く見られます。(どこかの大国の横暴とも通じる精神を感じてしまいます。実に悲しい残念なことです。)「小難しい」「オタク」などなど~、ほとんどの場合理解出来ていない当事者の口から出てくる言葉です。古典派やロマン派と同じアプローチでバロックを歌えば奇妙奇天烈になるのは至極当然です。迷路にはまり込んだように感じても仕方ありません。ジャンル、様式の壁を越えるのは決して容易な事ではありません。音楽の専門家であるならば、その険しさはきちんと知るべきだと思います。専門家が一般の人にとっては「小難しい」専門的な事に臨むのも当然の責務です。このバロックコンサートの出演者の皆さんにはその「小難しさ」をちゃんと越えて音楽の喜びを是非感じてもらいたいです。こういう私個人の想いもあります。
July 10, 2007
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バッハアンサンブル名古屋の皆さんおめでとうございました。月並みな言葉に聞こえてしまいますが、バッハは良いですね。また、今回素晴らしい演奏家の方と共演させて頂けた事が本当に何よりうれしい事でした。指揮者の李善銘さんに声をかけていただいて今回こういった方々と巡り会わせていただけたのですが、本当にありがたい事でした。書き出すとキリが無いです。取り急ぎ、僕も声楽家の端くれなので歌の事に絞って書きます。合唱メンバーのソリスト(ソプラノ、アルト)が皆さん旨い!嫌な声が全く無い!本当に素直な音楽をする方たちでした。すごい事ですよ。デュエットをさせていただいたのはソプラノのお二人でしたが、お二人とも本当に素晴らしい声と技術を持っていらっしゃいました。合わせも何度かさせて頂きましたが、音楽への理解力が高く本当に気持ち良かったです。合唱団の指導の高岡先生の合唱団へ、音楽へ、注がれる愛情が実に素敵でした。僕も指導者として見習わなければなりません。そして、本当に常日頃思う事ですが、音楽をやりたい人だけが集まっても、演奏にどれだけ秀でた才能だけが集まっていても決して音楽は現実のものとはなりません。事務能力の秀でた人がそこに加わったとしても、まだ何も始まりません。いつまでたっても「絵に描いた餅」「机上の空論」で終わってしまいます。合唱団の活動もそうですが、特にこういったカンタータの規模の様なものを実体化させるにはどれだけのエネルギーがどれだけの所で必要か、、、少し考えて見ただけでも大仕事です。この団体とこういったプロジェクトをまとめられている高原慎一さんには心から頭が下がる思いです。そして、その高原さんを支える人たちにも本当に心より拍手です。私もいくつかの合唱団の指導をさせて貰っていますがこういった人と人を繋ぐ仕事こそが最終的には、音楽に命を吹き込んでいる、と実感する今日この頃なのです、、。名古屋のみなさん。本当にありがとうございました。
July 9, 2007
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もっと早く書こうと思いつつ、今日になってしまいました、、(涙)。明後日名古屋で歌います。よろしかったらどうぞいらして下さい。場所は違えど、バッハの仲間が頑張って活動されていて、同じ音楽を共有出来る瞬間、、、でも、場所が離れていたから、、共有出来る事の有り難さとうれしさを改めて実感です。バッハアンサンブル名古屋プロアマ、混成の演奏団体です。太閤さんと星野仙一さんのご恩を少しでも返せる様に歌います、、、(?!)-------------------------------------------バッハアンサンブル名古屋第4回カンタータ演奏会2007年7月8日(日)会 場:ウィルホール15:00 開場 15:30 開演 入場料 一般 2,500円 学生 1,500円曲目J.S.Bach カンタータ第29番「Wir danken dir, Gott(私達は貴方に感謝します、神よ)」カンタータ第192番「Nun danket alle Gott(いざやもろびと、神に感謝せよ)」カンタータ第196番「Der Herr denket an uns(主は我らを心に留めたもう)」カンタータ第207a番「Auf, schmetternde Toene der muntern Trompeten(いざ、勇ましきラッパの嚠喨たる調べよ)」指揮:李善銘客演独唱:中巻寛子(Alto)・頃安 利秀(Tenore)・今泉 仁志(Basso)オルガン独奏 椎名雄一郎合唱・管弦楽:バッハアンサンブル名古屋-------------------------------------------
July 6, 2007
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