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視点を交換してみると言うこと もしも、私があなただったらと想像してみていただきたい。数々の視点を交換してみると言う行為である。他人の立場に自分を置いてみることである。多くの人は中々このことが出来ないで居るのだろう。何十年も前に、二人の有名な司会者がいた。宮田輝さんと高橋敬三さんである。そのどちらだったか記憶にない。出演者の言ったことを反復していた。例えば、私が「長野県出身で長野市の西部地区です。」と言ったとします。「そうですか。長野市の西部地区ですか。あそこは全国的に有名な西山大豆の産地ですね。」と来るでしょう。私の友人にも、このことがしっかりできている人がいる。どこで覚えてきたのだろうと思っていた。そして、その行為にいやみがないのである。出演者は自分を認めていただいたことに感激するでしょう。その後、自分やスタッフが調べてあることだろうけれど、自分の情報を付け加えている(あそこはアルプスの眺望が良くて、西山大豆の以下である。)。yes~butまでは行ってきませんが、この方法は多くのセールスマンやコーディネーターに必要なセンスではないでしょうか。ブログの上でも応用できるはずです。人間は他の人に認められたり、褒められたりすることが一番嬉しいのだ。仮に、皆さんが外国へ長く住まなければならなくなったとしましょう。ハワイでも、ロサンゼルスでもよいでしょう。あなたのまわはほとんど外人である。あなたはどういう行動をしますか。貴方は、まず、英語を覚えるでしょう。周りの人たちに認められたいと言う欲求があるからではないでしょうか。シンプルに考えて見ればよく理解できるはずですが、中々実行できないのもまた人間である。
2009.10.31
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熊谷さんの助言もあり、忙しい毎日が続いた。北京放送が聞こえればよい。簡単である。熊谷さんは「実は、俺一人でこんな中国人街の真ん中では心細くていやだったが、片山さんと一緒なら安心だ。」としきりに言っていた。満人たちもシーサン(先生)と呼ぶようになった。私は熊谷さんに今までの事情を話し、「奉天の放送局から来た者と技術課の名簿に書き入れてくれないか。」と頼むと「ああ、いいですょ。課長に言って書いてくる。もう、課長もへったクレもない。安心しなさい。)と、局へ行って来てくれた。局は近いそうで、「ついでにこれもってきた。」と言って見せてくれたものはメタルチューブ、6H6、6F7、6A7、6Z6等とテストシオレーター等である。「これでアンプを作り、ドカドカとやりましょう。」と張り切りだした。スーパーヘテロダイン回路、メタルチューブの使い方なども勉強した。(今でもその覚書したものを記念に持っている。)技術者はどこへ行っても大事にしてくれる。ゲイは身を助ける。一生懸命やった。熊谷さんに聞きながらまた、彼も親身になって教えてくれた。身分も保証されたようなものだ。市民権を得るため一歩一歩前進している。 外はマイナス十度くらい、正月も近い。小便は壁にあいている穴にやった。ある日、隣の満人が怒ってきた、「ショマッ、スイタタユウ。」「何で、壁から、水が出るのか?」宗が出てきて追い返してくれた。笑うに笑えない出来事である。熊谷さんと私が宗に「五日ばかり休む。」と言うと宗が私に何かあったら困ると思ったのだろう。この人は当社の無線技師であると自分の住所、氏名、電話番号を書いてくれた。証明書のつもりだろう。「小使いのくせに大きな面をしやがって、)と熊谷さんが怒っていたが、私にとっては有難い事である。後で聞くとお金の事で何かあったようなことを言っていた。
2009.10.31
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歌衣 序歌 歌衣着せて嬉しき四季の香に移ろいやすさ言葉にこめて 感性の赴くままを歌にして燃やす心の輝きとして 歌衣薄く包みて色を出すそんな作風目指したいのに秋の宵は雲の褥に月と寝る 風情ゆかしき日本の四季は 「美しき日本」二年風呂除夜と花火聞きながら生まれる年や決意新た [行く年来る年]信濃路はしみる緑の五月かな 峠の道も光に満ちて [五月、峠を越えて]暑き日に笠して守る案山子かな 実りの秋はおにぎり添えて [ご苦労様]昇りきて見渡す視界独り占め 眺望の丘春栄えにけり蛍火のゆれて飛ぶ様ゆれ心 迷い迷いてこの道を行く恵時秋の信濃はものさわに 美味しきものや色とりどりに [さわには方言で多いという意味]唄僕師なる自然はきびしかり しかる雷吹雪のしごきちりぬれば水辺の錦色もみじ 清水を染めて二度咲きながら「うらやましくして」赤とんぼおいつ追われつ過ぎる秋 実る稲穂で羽を休めて唄春の調べ嬉しき雛飾り 五人ばやしの笛と鼓や朝霧が谷をおおいて茸に露 恵の秋を訪ね歩かん [キノコに目が無いけれど、今年は毒キノコさえ生えていなかった。]花衣着せて信濃に恵む春 咲いて揃えばそよ風の唄仏道経は読まねど唄念仏 心を救う歌の数々 [心安らぐ歌がある]ご開帳指と柱を繋ぐ智恵 結びし糸に微風のいく歌ごろも柔らかにして味の出る 彩り豊かに咲かせてみたい [願いなれど]寒き朝傘して匂う晩菊や 信濃の里よ趣豊かに 【写真は昨年写したものです。】初詣願いをそっと届けける 神のやり方時々の智恵冬が乞いつつみてぬくし待つ春や 冬の信濃は寒さが沁みて白き道踏みて露天の湯の香り 入れば極楽暖まりつつ鉢アンズ増えて信濃の野を飾る みのりて歌へ豊姫の夢 [豊姫伝説]信濃なるお焼きの里に春の色 ノビルにアザミ揃の具にて柿簾風の恵か人の智恵 甘さを増して程よき味に [市田柿の風景]重雪や春待ち人のほほで溶け 小さな季節探しながら別れゆく卒業式に名残雪 触れる指先チクリと痛む [痛いのは心かな]青葉なる行く信濃路は目にしみる 緑の色や鮮やかにして唐松の落ち葉引きつめ小径かな 色鮮やかなじゅうたんの様風凪て野焼きの煙幾本も 畠仕舞いの烽火として冬の智恵豊かに残る北信濃 一つ一つが文殊の輝き [輝くばかりで] しんしんと縛れる冬よ僕に来い 白一色のきれいな冬よ豊かさに香り線香ともしいく 過現未の道幸多かれと 雨上り虹の架け橋夏の夢 色とりどりに咲きそろいつつ風もなく光まぶしき冬うらら 来るべき春はどんな装いや祭り日の烽火の音にそわそわと 出かけし祖父の影を忍びて歌雀歌は悲しき五七調 舌きり雀の呂律に似せて 「舌足らず」山を行く青山脈に抱かれて しばしの憩い稜線に立つ草庵に結びし歌のわびしくも におわす色や輝き放て信濃路は青葉若葉の夏なれど 鳥の音寂し山裾を行く
2009.10.31
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お茶も最近はペットボトルに入っていてすぐに飲めるものが供給されるようになって従来の急須で立てるというものが苦戦しているらしい。我が家でもペットボトルを何本かかってくる。年寄りが急にお茶が飲みたいと言い出すためであるが、本当は「急須で立てたものがほい。」といっているようだ。しかし、お湯が間に合っていないときは重宝する。この地方ではお茶の消費量は多いと考えられるが、十時、三時に繰り返されるお茶の時間である。そんな時間もだんだんなくなってきつつあるようだ。この地方のコミニケィーションに一役買っているが、時代とともにコーヒーやペットボトルに主役を奪われたのかもしれない。お茶の店が大型のスーパーや自動販売機に押されて店じまいしている。お茶ほど相性のよい素材はないし、優れた抗酸化剤であり、リラックス成分のテアニンはますます必要になるだろう。最近、新型インフルエンザ菌に対する抗菌作用も報告されているではありませんか。微粉末の粉になれば【その単体のものは商品になっている。】相当なところに利用可能である。私のアイデアの中にもふんだんに出てくる。一般食材、機能性食品などに応用できるではないか。問屋さんが気付いて商品化しなければならないのかもしれないが、なかなかよいものが供給されていないのが現状である。京都のお茶さんはそれをしているがまだアイテムが少ない。どちらかといえば、その会社ではお茶タイムに同時に消費するものも関連商品と位置づけで提供している。お菓子や、漬物や、海産物などである。それでもよいが本来のお茶の利用方法をもっと工夫する必要がありそうである。
2009.10.31
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「日本を旅する。」のリンクスの皆様方でも良いのですが、写真の提供をお願いしたいと思います。フリーページにあります。「ジャンボをつった人々、危機の管理学」をいずれ発表しようと思っています。今から、その準備を始めなくちゃなりません。もう一つのブログが必要になるのかもしれませんが、(私のブログというタイトルじゃなく「皆のブログ」というものにしようと思っております。)どのように使用するかといいますと次の要領になると考えています。羽田空港、10;00時にテイクオフ(離陸)した603便は一路福岡を目指して順調に飛行していた。週末を恋人と過ごす明子は東京商事株式会社の営業課に勤務しているのだが、昨年末福岡支社に栄転となった雅夫に会う為にこの飛行機に乗り合わせていた。多くのお客の中には観光旅行の団体が、「ムツゴローってグロテスクだけれど美味しいと書いてあるわ。」「食べてみようかしら。」という会話が聞こえてきた。明子は「旅にでなければ味わえない食材もあるのだなぁ。」などと感心していた。「熊本城は加藤清正が建てたのだって。」「何でも当時、戦が起きて篭城しなくてはならなくなった時の為に壁の中に芋茎を使っているらしい。」「芋茎と言っているらしいょ。」「熊本の特産品を上手に利用しているではないか。」「生活のなかから発生した知恵ということかもしれない。」「それって、地産地消ということになりはしないか。」「意識しているとは思えないけれどあの時代でもそんなことをしていたのだ。」「馬鹿だなあ、江戸時代ほど知恵や知識を発展蓄積した時代はそうはないのだ。現代とは比べようがないけれど、・・・・。」どこから得た情報なのか、パンフレットに書かれているのか定かではないが賑やかなものである。家族連れと思しき人も何組か乗り込んでいて「ねえねえ、お母さんハウステンボスって本当に写真のようになっているの、」「お花綺麗だね。早行ってみたいな。」女の子が笑いながら語りかけている。「オランダに行ったことないけれど、旅したイメージは出来るようになっているらしいよ。」「近くのホテルに泊まるんでしょう。」などと会話が進んでいる。安定飛行に入った飛行機の中で、(おそらくジイロスコープ【自動操縦装置】に切り替えられて、コックピットの中でもコーヒーブレークをしていることだろう。)にぎやかに話をしているものや、ゆっくりと雑誌を開いては、「トンコツラーメンはアゴで出汁をとっているのだって。」「骨も一緒にしてスープを取っているのでコラーゲンとかコンドロイチンとか言う美肌成分が豊富に含まれているらしい。」「其れってラーメンを食べているだけで綺麗になれるって言うこと、」と聞き返している声も聞こえてきている。「女性達には嬉しいことだよね。美味しく食べたいじゃない。それに綺麗にもなりたいじゃない。」「一石二鳥という事になるわね。」「それって、家のお父さん商品開発部にいるじゃない。コンセプトとか言っていることと同じことになるわ。」何人かの若い女性達のグループである。職場の仲間なのか、学生たちなのかはよくわからなかった。「ほら、いつか美味しいラーメンの店の紹介をテレビで見ていたらトンコツもトンカチで傷つけてから寸胴の中に入れていたけど、コラーゲン成分を抽出しやすくしているみたいよ。」「其れって女性達には朗報じゃない。骨粗しょう症の予防になるらしいょ。もっと早く気がつくべきだった。」少々年齢の進んだ女性たちの会話である。明子の他にもラーメン通が搭乗しているみたいである。「長崎にはアゴ(トビウオ)の味つけしたものが特産品になっている。」写真が乗っているらしく覗き込んでいるようである。「地元ではあごが落ちるくらい美味しいのでその名前にしてあるらしい。」「あれはお酒の付け合せには最高だけれど、東京ではまだそんなに知られていないのではないか。」明子もそのことは知らなかった。ラーメンの出汁をとる以外にも利用されているのだと再確認した。長崎にも足を伸ばすようになっているので一度買ってみようと考えていた。「私も食べてみたいしお酒のつまみになるなら最高である。醤油、味醂で味付けして焼き上げてあれば、味は良いし、少々硬く出来ているのだろう。」(本当は、この素材を使いベトナムのナンプラーのように液体や粉末になれば使うのが楽になるし、健康効果が期待できるはずだ。機能性食品の基材になる。後はマトリックス(補助的)成分と味の点だけ解決すれば商品にはなる。)と思いを巡らせていた。明子独特の耳学問である。情報を収集するには最適な方法であるが、知らないことは一度パソコンの検索を掛けることでより確かなものになる。情報の精度を上げることが可能になる。「辛子明太子はどこのものが美味しいの。」「何とかという店が老舗らしいよ。何でも地域振興のために特許申請しなかったというからそこの主人も太っ腹だなぁ。」人物評まで会話の中に混じっている。「別府の海地獄を見てみたいなぁ。」「この写真のようにものすごく青いのかしら」「何でも、98度以上もあるらしいょ。」「温泉卵が直ぐ出来ちゃうのかしら。」「湯布院も最近人気のスポットになっているので足を伸ばしてみたいな。時間の余裕はあるだろうか。」こちらは団体旅行ではなさそうな雰囲気である。気の知れた仲間同士で散策を決め込んでいるのだろう。これから訪れる観光地の写真を見ては「柳川って北原白秋の出身地だったのだ。知っていた。」「この船に乗ってみたいなぁ。橋げたすれすれにとおりぬけるらしいよ。」と話し込んでいるものや、カップルとおぼしき人たちが乗り合わせている。「指宿の砂風呂に入るの。」「阿蘇って世界最大のカルデラって書いてあるけど、そんなに広いの。」「牧場で馬に乗ってみようかな。草千里牧場とか言っていたような気がするけど、・・・。」「上手くは乗りこなせないよ。」「だって教えてくれると書いてあるけれど、」当の明子も、雅夫と最近は電話ばかりでなかなかデートするチャンスが無かったので内心うきうきしながら飛行機の旅を楽しんでいると言うところである。「長崎チャンポンはどんな味がするだろうか。」通信販売で取り寄せて説明書のように作ってみたが、「作り方が悪かったのか満足の行く味にはならなかったが、本物はどんな味だろう。」「ラーメン屋の人が作っている所を見せてもらえたら、美味しいものを雅夫さんに食べさせることができるのになぁ。」とおもっても見た。機内サービスのコーヒーを飲みながら、以前旅をした時の博多ラーメンの美味しかった店や、アゴの出しのとんこつラーメンの味を思い出していた。今回は休日と有給休暇を使いゆったりとした日程になっているのでさまざまなことを想像して独り微笑んでいた。このような文章の中の固有名詞なっているものの所にはめ込み投稿したと言うことです。サイズは大きくない方が良いでしょう。一度にいっぱいきても文章のペースにあわせる都合があります。情報を頂き皆様のサイトからコピーしたものを使用したいと考えています。写真の下に採用者の名前またはURLを表示させていただくことにしたいと思っておりますが、サイトの内容はチェックさせて頂きます。多くのことは言いませんが、「常識の範囲にしてください。」ということです。写真も旅のついでに撮ったものか、すでにパソコンの中にあるものにしてください。新たに取りに出かける行為は禁止します。その費用を請求されても応じられません。写真家などのプロの投稿は出来れば遠慮してください。新しい形のブログの宣伝並びにリンクの仕方の実験もかねています。そのほかに必用になる写真は山梨県関係です。 富士山、富士五湖、その秋の風景、昇仙峡、ホウトウ、甲府駅前の信玄の像、武田神社、風 林火山の旗、温泉旅館のフロ、あずさ(中央線の電車)飛行機 ジャンボ、ファルコン(戦闘機)ミッドウー海戦に参加した艦船(学の苦悩の章に必用になります。) 大和、空母(飛竜、他)第二機動部隊に参加した艦船。イ号潜水艦。対極のアメリカ側艦船 の写真。
2009.10.30
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(逃亡者の眠り、この題名は私が便宜的に付けたものです。この記事はフリーページと重複しています。)二人で食べているうちに「私の知っている五十になる人が、この先の聖徳公園の物置の中に連れ込まれた。・・・・・自分の子供くらいの奴にモンペとられ口惜しくて涙が出た。・・。」「私にその腰巻見せるのょ。馬鹿にして・・・。」とふざけ半分に話してくれた。「なんだか変な気分になってきた。あんた、近所に知られないようにしていれば、いつまで居ても良いわよ。」・・・有難う、ご馳走様。」 この辺は七時になれば消灯するするようだ。「私は、もう、先のこと覚悟しているのよ。生きているうちに面白く暮らさなければ損しちゃうわ。」「ここに私の万年床あるから寝なさい。」といった。「奥さん俺はどんな所でも良いんだ。」というと、「布団二つしいて置くわけには行かないでしょう。間違って臨検があったとき、私は言い訳できないじゃないか。あんたは縁の下に逃げるようにしてあるからよいが、私が困る。駄目よ、枕も一つ。」その通りだと思った。「あんた、シラミいないでしょうね。私シラミ大嫌い。全部脱いでチョウダイ。」といいながら自分もモンペを脱いだ。伊達巻を解き赤い草模様の腰巻を解き「ハイこれ締めて頂戴。」と出した。わたしは従うことにした。いまさら外には出られない。言われたとおり裸になり腰巻を締めると紐が無い、・・・。「これどうやっるの、」と聞くと「ホホホ、やっぱり男ね。」私の前に膝を着いて、腰を抱くようにしてキリキリと締め内側に折り込んでくれた。寝巻きを着せて「さぁ、ここに寝なさい。」と寝かせてくれた。まるで子ども扱いである。奥さんは腰巻を二枚締めていたらしく朱鷺色の腰巻姿で「電気消すわよ。」と私と一緒にとこに入った。「はぁ、良い気持やっぱり男の人は良いわ。」私も成熟した女ざかりの体臭によっていた。奥さんの腰に手をやって抱き合いながら長い夜とじっとしていた。これが中国で言う桃源郷に入って眠りにつくということだろう。
2009.10.30
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本県の木曽地方には「すぐき」がある。塩を一切使っていない。昨年の種菌を一緒に漬け込むことで乳酸発酵を促進している。この乳酸菌にインターフェロンを増やす働きがある。すでに京都の「すぐき」(こちらは幾分塩を使用しているようです。)から抽出され機能性食品になっている。その製造方法の特許は京都市にあるパスッール研究所で持っているはずだけれど、・・・・・・。そちらでもよさそうでだが、・・・。多くのことが期待できる。何を想定しているか。現在は発表できません。野沢菜をその方法で漬け込むことでよいものになる。木曽地方ではすでに取り組んでいることである。これに混ぜるものがある。ある種の海藻類(ミネラルの補給を目的としている。)とお茶の葉っぱ(抗酸化、抗菌作用)だけでよいのかもしれない。特殊甘味料を添加してもよさそうだが(保湿系、または風邪予防の甘草エキス、抗酸化剤の羅漢果糖を想定している。)この配合実験はしていない。もう一つの特殊製法乳酸菌を添加してもよい。使用する水は?免疫力が上がることは請け合いだけれど、効能効果はうたえない。薬ではないと言うことになる。
2009.10.30
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アア、快感【ほとんど、エックスタシス】 映画の文句じゃないけれど、こんな経験をすることがある。着想が訪れた瞬間はまさにこのような状態であると思われる。長い間、頭の隅にくすぶり続けていた課題が解決した瞬間である。学習や研究者達が感じる喜びとはこういうものかもしれない。本当は、学校で多くの事を教えるのではなく、このような経験を学ばせるのが教師の役割だと思っている。若い頃、奇抜な授業を作った数人の先生の記憶が蘇ってきた。(学校の先生に限定していません。)【参考文献、「面白中学の三年間とその後」http://tamatehako.blog.ocn.ne.jp/manabe/ 】【参考文献、愛と真心の指 サリバン女史著、または、映画 ヘレンケラー】魅せられた人々 偉人たちの中には上記の喜びや魅力に魅せられた人々が大きな仕事をしてきたと考えられる。そして、自らの目標と自己投資【お金だけではない。時間、労力、好奇心、知恵、知識もその対象である。】をした成果だったと思う。われわれの周りにも、そんな人たちがたくさんいるではないか。発明や発見にしても、政策上のすばらしい業績を上げた人々、文学や芸術の分野で成果を挙げている人々、・・・・・。さまざまな分野で活躍されている人の深層ではこのような経験をした人たちが何らかの結果を出しているのではないかと思う。好奇心というセルモーターを回し続けたのだろう。困難な課題に直面しても、解決する手段が見つけ出せなくても、情熱の炎を燃やし続けることができるのはこの力をおいてほかにはなかろう。次々にやってくる発想 【努力して待てば沸きける着想の 甘味な時や充実の予感】 【議論する文殊の知者の決め所 試行錯誤を繰り返しつつ】 【着想を寝かせてみれば育ちける 待つことうれし熟成の妙】 【タルムード図式の中に隠れおる クリエイテブの礎となり】 【さまざまな情報集め並べ視る 何をか語る発想の法】 【試作品作って壊すゴミの山 イメージだけは前進しつつ】【いずれも歌創造学より】注 小生この時期になれば、毎年古傷が出る。 【古傷が 連れてくるなり 若き日の 想いの丈と 濃密な時間】
2009.10.30
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どうしてこのような記事を投稿しているかといいますと「表題のことをすることによって地域社会は幾分でもよくなりはしないか。」と思っているということです。「米を売るな。おにぎりを売れ。」とか「餅に加工して、それでもだめなら、機能性食品や特定保健用食品になるようにして売れ。」ということではないでしょうか。お米だけでは付加価値をそれほど生産していないことになる。米以外に工夫して市場に提供していくということである。同じようなことは、発芽玄米でもいえることになる。単に米として売るのではないその豊富な成分を生かしきる工夫が必要になる。甘酒に加工してもよいだろう。ピンク色や赤い甘酒になる。桃の節句には大変喜ばれる上にさまざまな健康効果が期待できるものになる。実際、お婆ちゃんの心房細動に対応するために甘酒にさまざまなものを添加して飲ませてきた。そのアイデアを特許として書き上げたものである。(紅麹菌等利用甘酒とその製造方法。)黒焼き微粉末としてもよさそうだが、こちらは甘酒には向かない。じっくりローストすれば冷え性などに対応できる飲み物になる。遠赤外線を豊富に溜め込んだ新規な食品といえる。そして、その素材は皆さんの周りにいっぱい転がっています。黄な粉でも、先のアピオスでも、桜海老でも、酒かすでも・・・・。自分たちの地域の特産品を今までに無いような形と利用方法を提供することではなかろうか。ここに創意工夫がある。素材産業は別にして、加工してその価値を売ることで儲けが発生することになる。その儲けは多くの人の雇用創出につながり、地域の振興に寄与するではないか。ファション業界ではさまざまな商品を作り、消費者に提供していることとなんら代わりがないのだ。出来れば、その商品を自分たちで売ることであるが、よい商品は売りたい人がいっぱい出てくる。花畑牧場の生キャラメルがよい事例になるでしょう。地元の人々100人の雇用になっていると伝えられているじゃありませんか。注この記事はすでに「現代版徒然草素描」に投稿済みになっています。もっと詳しくという人は(面白中学の三年間とその後、駒沢先生の記憶のシェーレから連想したこと)の中にあります。そして、トッププランナーとして上杉鷹山の藩政改革の中で言及しています。)
2009.10.29
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春先、実験用に庭に植えておいたアピオスのつるが枯れたので掘りました。土が悪いのに、管理がそれほど良く無いのに思ったよりは収穫できた。中山間地の斜めの畑でも栽培できる。春先になって掘ってもよい。虫に強いので農薬はいらない。肥料もそれほどいらない。大きく育ったものは食べる。小さいものは腐らないように保管して種芋にする。この時期に植えてしまってもよい。春先、植えたものが芽を伸ばし始めた頃。アピオスの花それを乾燥させてお茶にする。(お茶パックに詰めて煮出す。癖は無いが少々工夫すれば美味しく飲める。配合する自然素材が何種類かある。)煮出してお茶として利用したもの(アピオス単品のものです。)粉末加工して粉物他混ぜてに利用する。この粉を他の粉末素材と混ぜれば機能性食品になる。お年寄りにはよいものになる。インデアンうそつかない。(ネーテイブ・アメリカンの非常用食品として利用されていた。)ジャガイモと同じようなもので、利用の仕方もジャガイモに順ずるが、栄養素はジャガイモの比ではない。
2009.10.29
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連日、アクセス並びにコメント等をまことに有難う御座います。秋も深まってまいりました。皆様におかれましては恵みの季節を愛でていらっしゃることと思います。お喜び申し上げます。アクセスいただいた皆様に何か得をしたようなブログにしたいと考えているのですが、うまくいっているのか判りません。一つのブログのなかにさまざまなものを詰め込んでみることにしました。フリーページの方はしっかり区分けが出来ていますが、表のページは鍋の具材のようになっています。カオスというのかも知れません。「そのほかのブログ」と言うタイトルだから許されるのかも、・・・・。と勝手に判断しています。読みにくかったりするとは思いますが、引き続きアクセス他よろしくお願い申し上げます。本来ならコメントいただきました皆様に個別に挨拶申し上げるべきですが、投稿書面を通じ御礼とさせていただきたく思っております。 不思議な玉手箱
2009.10.29
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秋である。私にとっては食欲の秋だ。私たちの行動の原点は食べることではないかと思われる。玄関先にプラのゴミ袋が置いてある。お母さんの仕業だ。この地方では水曜日がプラの回収日である。いっぱいになったのであらかじめ用意しておいたのだろう。私にとってはすごく邪魔だ。散歩から帰ってきて餌を食べた。デカジャーキーも置いてあった。食べ切れなかったのでストックしておこうと思って下駄箱の下(私の倉庫)のスペースの所に咥えて持っていった。この作業をするときお母さんはすでにいない、会社へ行ってしまっている。私が切なそうに泣くので「マメ。何か不都合なことでもあるのか。」とお父さんが聞いてきた。「プラのゴミ袋が邪魔して私の倉庫に入れないのだ。」(本当は何も言っていない。)「それだったら座敷のおばあさんのところに預けておいたら、・・・。」と提案してきた。「良い考えである。何で気が付かなかったのだろう。今まで何回もしてきたじゃないか。」彼の提案を聞き入れることにした。それでも、夕方になって心配になってきた確認しに行くことにした。お父さんの言っている「追認してみる。」と言うことである。「マメ。チャントあったか。」と聞いてくる。確かに置いたままになっているじゃないか。それはそうだ。餌が勝手に移動すると言うことは無い。お父さんの所へ行ってお愛想することにした。あっちこっちで「ワン、ワン。嬉しかったワン。」という仕草のことである。
2009.10.29
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風呂を立ててくれたので入った。何日目だろう。錦県の病院で入って以来である。気分良く入っていると外でお婆さんのかん高い声がする。「こりゃ、あかんわ。千鶴。お前のズロース,だしなはれ。片山さんのフンドシ、しらみだらけゃなぁ。」と言っている。千鶴ちゃんが風呂の戸をあけて「これ、はいて。」と入ってきた。「ヤァ、すまんね。返すことは出来ないがこれもらうよ。有難う。」と言ったら「かまへん、使って、」と笑って出て行った。まだオカッパだが目がパッチリして中々美少女である。この家の子供たちは皆可愛く気さくな子であった。 後でわかったことだが、女性が大事な下着を行為でくれただけのことであるが男性が快く使った。一見つまらないことだが、女性の見になってみれば非常に親しみを感じるそうだ。私は三十一歳、千鶴ちゃんは十三歳、このことは後で書くことにする。風呂を出て白い寝るのゴムの入っているズロースを穿いて女のセーターを着て、変な姿で台所へ行くと。お爺さんが「さぁ、さぁ、サンルームへいってリンゴでも食べてください。」と言う。明るい部屋で天気も良いしリンゴを食べているうちに眠ってしまったらしい。そのときの姿がよほどおかしかったようである。内地に引き上げたいまでも北村さんの家に行くと三十七、八年も昔のことを思い出して笑うのだ(今は京都にいる。君枝と言う奥さんがお婆ちゃんになって未だ存命で百歳になったと知らせてきた。)。そのときのサンルームでの姿は、片手に一口のに切ったリンゴを持ち女の下着を付けて大の字になって寝ていたそうだ。私はだいぶ疲れていたのだろう。注 この部分はフリーページと重複投稿しています。
2009.10.28
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繊維にナノタイプの金属粉を付着させる事で面白いものが出来る。ナノサイズの真珠の粉やコラーゲン、ヒァルロンサン(この二つについては実験してみないとなんともいいがたい。)を繊維に付着させることが出来るはずである。繊維の外側から付着させるのではなく繊維の多孔質の中に入れてしまうという発想であるが、すべての孔は埋まるということはないので、通気性は確保される。其が完成すれば着ながら肌が綺麗になるだろう。化粧水の機能を持った肌着が出来る事を意味している。靴下のかかとの部分のカサカサは解消できるが、すべり安くなってしまうかもしれない。この提案はある靴下屋さんにしてある。【そこでは、ゴムをかかと部分に当てただけで実用新案にしている。その中に混ぜ込んでも良い。】実験するにしても私のところではやることが多すぎて手が回らないだけじゃない。装置すらないし、生活する為に日々働かなくちゃならない。頭のほうも付いていけそうにない。頭脳も少しずつ整理していかなければならなくなってきている。超臨界流体の技術はもっと他の所に応用できる。空気で電気を起こすということだが、そこまで言い出すとキチガイ扱いされかねないのでやめておく。(コーディネーターさんに求められていることはこの国のも世界の技術が今どのレベルにあるかと言うことを掌握しておくことでしょう。たとえが悪いけれど、何年も前に、その国の紙幣の印刷技術のレベルで原子爆弾を作る能力を見ていた軍事評論家がいたことを思い出しています。そしてその指摘がほとんど当っていた事になるのだ。) 【玉勝間書いて忘れることで成る 必要なれば見返せばよい】【歌創造学より】
2009.10.28
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何を言いたいのかというと、タバコが増税されるらしい。そんな議論があることは承知している。ところが一箱20本いれ20円値上げすれば喫煙者は何パーセントか減るでしょう。タバコは健康上よくないと言うのであるが、棚上げされている旧国鉄の赤字分をタバコ税で償還していることになっている。税収が減れば償還期間が先送りされるかもしれない。「現代版徒然草素描」やこのブログのなかに写真投稿してある私が吸っているタバコのアイデアはバラの香りがついていると言うことです。もちろん、バラでなくても良い香りのする素材なら良いでしょう。私が作って売ると言うことではない。タバコは専売品である。出来れば合成の香料でない方が良い。付加価値生産性に関わる事柄である。地元新聞紙上に副社長さんのインタビューが乗っていた。「付加価値をあげる為の商品を開発しなくちゃならない。」大手企業なので口出しすることもないだろう。自分たちで解決する糸口は見つけ出しているはずである。今までのタバコのようにタバコの葉は入れなくても良いかもしれない。少なくしても良かろう。第三のタバコになる。その上に口臭予防、香水機能が見込める。一箱600円以上で売れるはずだが、・・・・・・。その半分は国庫に入れても皆さんのためになるなら良いじゃありませんか。これ以上は書かない。何を配合するかも書き記すわけにはいかない。何よりも素材の実験をする設備がないのだ。解決する課題はいつも一つだとは限らないと言うことです。今の所バラの花の粉末をタバコの先に付けて火をつけての実験だけである。注 具体的な商品名を挙げて投稿していますが、批判ではありません。あくまでも提案しているつもりでいます。
2009.10.28
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この製造方法に気が付くきっかけは私の知り合いがこの製品のシステム販売を手がけ始めたことによるものである。商品としては何も問題はないが、この販売方式はいずれにせよ単価が高くなってしまうという欠点がある。何世代にもわたり流通マージンを払わなければならないという構造になっているためである。確かに、マスコミ等による宣伝費を掛けなくて良いのでそちらはカットできる。ダイレクトセリングといわれている方式らしい。素材(キトサン)は繊維質とオリゴ糖並びにマトリックス成分を添加して機能的につくられている。だが、価格的にはまだ安く供給できるはずである。キトサンA(かに由来)キトサンB(海老由来)とその両方を混ぜてグルコサミンとした商品はあらこちらで供給されていることになる。商品価格もまちまちであり、ピンからキリまであることになる。最近は醗酵させて吸収をよくしてあるものや、窒素を使って機能性を高めてあるものもある(アセチルグルコサミンと呼ばれているもので特許製法になっているらしい。)。私の関係の薬会社でも何種類か製品にして供給している。いずれも、ゼラチンでコゥティングしてあるか、粒、顆粒になっている。それなりにメリットは見込めるものに仕上げてあるが、価格的にも安く薬臭くなく、日常的に使用して健康管理が容易くできるという発想にはなっていないような気がしてならないのである。学術論文もさまざまな大学、水産研究所、会社などで発表になっているものに目を通して見ると、自然素材でありながら電子的にはプラスに帯電している面白い素材である。標的細胞の細胞膜がマイナスに帯電しているものが多いといえる。キトサンの電荷のイオン濃度或いは強度と表現したほうが正確になるかもしれないが、強いほうに越したことは無い、効果が上がることは理解できる。学術論文は「植物性キチナーゼの抗真菌活性とイオン強度の影響について」となっているが其ればかりでは無さそうである。ある素材と上手に組み合わせる事が可能であれば抗がん効果のある医薬品か機能性食品になる。もう一つの素材もプラスに帯電しているか、代謝の過程でそのように変化するらしい。がん細胞は薄い蛋白質のコートを着ているために、その部分がマイナスに帯電しているので、其れを攻撃する白血球もマイナスに帯電している為に近寄れずにいる。電子的に反発しあっているのだ。栄養化学療法の最大のネックがここにあるかもしれないのである。注 文章が長いので途中で切ってあります。続きがありますが、投稿は省略しましょう。
2009.10.28
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遠くの製造メーカーより「商標の出願をしたいのですが書式は」という問い合わせがあった。今まで他社の下請けというよりも、製造だけをしていたらしい。自分たちで商品を売りたいのか。新たな取引先が出来て商標を登録したいのかはわからない。 「便利士さんに相談したら」といっておいたけれど、「そんなに予算がない。」らしい。どこも不景気である。特に小さい所その影響をはまともにかぶっているのだろう。「プロに頼んだほうが後々良いのですが。」とアドバイスしたが、「それなら、発明協会に出向いて相談したら、・・・。」と提案しておいた。それで解決するものだと思っていた。何日かたったある日また電話してきた。「特許庁のホームページからダウンロードしたら如何でしょう。」アクセスの仕方は教えておいた。これで全て解決するものだと思っていたけれど、再再度電話をよこして「送ってください。」と言ってきた。仕方がないので、「私のブログに掲載しておきますのでコピーして下さい。」ということにした。我が家のファックスは現在故障中である。(3400+1×8600円) 商標登録願 平成 年 月 日 特許庁長官殿1 商標登録を受けようとする商標 (80ミリ平方の中に、場合によっては150ミリ平方)2 指定商品並びに商品及び役務の区分 第30類 指定商品 生蕎麦、乾麺、蕎麦粉利用健康食品並びに菓子類。3 商標登録出願人 (識別番号) 郵便番号 住所(居所)~県~市~町~番地~ 氏名(名称) 商標 太郎 印 電話番号 4 添付書類目録 (1)商品登録を受けようとする商標を表示した書面 4通 (2)( 通)注意 1×8600円の所は役務区分が1つの場合です。 役務区分が2~3ある場合は加算されます。 その区分は商標の国際分類表に沿ってください。 識別番号はなければ記載しなくて良い。最初からあるはずがない。 出願日は郵便局で書留を出す日付です。 特許印紙を郵便局で求めて張る。割り印はしません。 添付書類の4通はホッチキスで閉じる。 特許の書式に順ずる。A4タイプです。上から商標登録願いの所まで60ミリ 郵便または持参した場合電子化の手数料が別途送られてきます。 登録になれば登録料が必要になる。 (ブログご覧の皆様も良いネーミングを思いつきましたら、出願してみて下さい。) あて先は(郵送または持参の場合) 郵便番号100-8915東京都千代区霞ヶ関3-4-3 特許庁長官殿「商標登録願」在中
2009.10.27
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パソコンの置いている机の所に敷いてある座布団です。昼間、家族が出かけて誰もいなくなれば一人でそこへ行ってリラックスすることにしている。お父さんの臭いがついているのでリラックスできるのだ。寝ている時もある。お父さんが時々帰ってきてパソコンの画面を開く。「マメ。邪魔だ。どいてくれ。」といわれる。しっかり目を覚ましていれば席を譲ってあげる。寝ぼけ眼のとき、私の動きがあまりにもルーズだったので、座布団を引っ張った。「お父さん、何てことするの、」と抗議した【お父さん、それ、私の座布団よ。】と抗議中である。
2009.10.27
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第三章はそれほど長くはありませんので主要なところだけ投稿して割愛しようと考えています。武装解除の日が来た。以外にもはいって来たソ連兵は少年のような兵隊であった。私は銃と実砲五十発を出した。この分では確実に脱走できる。私は一人でもやってみせる。酒保倉庫を破り、甘味料、ウイスキー、勝どき飴、タバコ等を盗んだ。他の二人は満修復をどこからか手に入れてきた。それを詰め所の縁の下に隠しチャンスをうかがっていた。ソ連兵の動哨が二時間おきに回ることを知っていた。夜のことだった。・・・・・いよいよ実行する日。明るいうちに煉瓦塀の鉄条網は切っておいた。ソ連兵は気が付かず口笛を吹きながら着た頃は明け方の四時である。私たちは薄目を開けて見ていたら、チャント三人寝ているので安心していってしまった。 二三十分くらい過ごしてから「ソレッ」と満州フクに着替えて、風呂敷で作った袋に入れてある私物を各自が担ぎ、私が先に煉瓦塀を越えた。まだ暗いし、下は草むらである。外の高さはわからない。塀にぶら下がり手を離した。下に空き缶らしきものがあった。ガラガラと大きな音がした。しまった。と思ったがその場に伏して様子を窺がった。後の二人が「オーイ、どうした。大丈夫か。」と、「私のいるの所へ早く降りろ。」と言ったら二人が重なるように落ちてきた。ソ連兵は気がつかなかったらしい。 手探りで満人の家に行くときに左の足がどぶのような所に落ちた。驚いて手探りで木らしき物に掴り足を抜いた。ヅボッと言う音がして抜けた。後ろから来た二人が「臭いなぁ。」小さな声で言った。なるほど臭い満人たちの糞溜めだった。満人の家から「シェア」と声がした。「ランチ。パソィメユ」と言ったら判ったようで裏に出てきた。「チャカ、シンジョ、チェンメン、カイメン」日本語のような中国語のような言葉だ。真剣である。ウイスキーの角瓶を出して「カイメン)と言った。「ミンパイ。ミンパイ」と路地の門を開けてくれた。言葉が通じた。この会話は満人が「誰か」と言ったので「乱暴しない。この品物をやるから、前の門を開けろ」と言ったつもりである。満人は了解して通してくれたのだ。通りに出てみた。まだ夜明け前で暗いが満人の「ターチョ」(荷車)が五六台来た。私が口に指を当て、シーッと言って荷車の後ろに一人ずつ入って車を押すふりして一緒に歩いた。私の足音が面白い。ピタン、ビシャ、パタン満陣たちもさぞや臭かっただろうと思いながら交差点を通った。ソ連兵の歩哨が口笛を吹き私たちには気が付かなかったようだ。・・・(途中、省略)・・・駅の近くで満鉄職員が三人来たので。空き地に連れ込み嚇かしたり、すかしたりして職員服を奪った。職員は「あなた方も日本人でしょう。どうしてこんな事をするのです。)と青くなって怒っていた。(お前たちは家に帰れば服もあるだろう。俺たちはこれから逃げるのだ。勘弁してくれよな。日本人同士だ。嚇してすまなかった。)と言いながら難民の中にもぐりこみ夕方まで待った。私はその時「騒ぐなょ騒げば殺さなければならぬ。)と言った言葉がいつまでも心に残っている。・・・・・(省略)・・・・・さまざま困難を機転を効かせて乗り越える件は大変面白いけれど割愛しています。まさに安宅関で演じた義経主従の物語のようであるがこれは不思議な玉手箱の感想である。・・・・結果的には大連に着くのですが、脱走を試みた二人はここで命を落とすことになる。鉄道に乗っている間の事故で・・・・。
2009.10.27
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「これは実話である。」から始まる。「あるはぐれ兵士の手記」の一部です。 本文はただいまフリーページにて増殖中です。 興味のある方はフリーページに回っていただければ幸いです。私の終戦日(この題名は不思議な玉手箱が勝手につけたものです。) ソ満国境でソ連軍が発砲してきたそうだ。全満が緊張した。 スイカ取りなどしてはいられなくなった。それからは手留弾を二発づつ持たされた。これはどえらいことになってきた。しかし、患者に知らせることを禁じられた。私はこの先どうなるのか?真剣に考えざるを得なかった。 全て運命という見えざるものが動いていた。チャンス、というものも見逃すことは出来ない。私は私なりに見定めていくことにした。 八月頃、看護婦が来て「外科病棟に来るように」行って急いで帰った。「これはのっぴきならない事態になったのだろう。」そう思って直ぐに行った。外科でも二人づつはいる個室の廊下に衛生兵が十数人いて、担架にで外に毛布に包まれた遺体を運び出していた。部屋にはいったら軍医がいて一人の患者に何か言おうとしている。「本日陛下の名により戦争は終わった。これから奉天にし融合するがお前は到底動かせない.動けば苦しいだろう。咳も出る。本館が楽にしてやろうと思うがどうだ?」心なしか軍医も動揺していた。患者は小さな声で「ハイ、判りました。お願いします。」と言って力なく自分で胸の上に手を合わせた。 軍医は「そうか」と言って静かに肩へ注射を打った。患者はそのまま静かに死んだ。一千五厘で駆り出され、この満州の血に果てる哀れな光景である。どこから来たのか県名も名前も知らない。右のわき腹からゴム管が出ていた。病名は化膿性胸膜炎だった。かなり若い兵士である。このような姿で死んでいく者が全満地区で何千人といるだろうと思ったら涙が止まらなくなった。この日が私の終戦日であった。 遠くに火葬場の煙が見えた。この日より、本院まで四キロある道をトラック十台位で本院終結を手伝うことになった。歩ける患者全員内科も外科もなく運ぶのである。 私は各病棟に行き「歩けるものは早く集まれ。もたもたしていると置いていくぞ。」と大きな声で回って歩く役だ。歩ける元気な患者は皆営庭に集めて四列に隊を組み軍歌を歌いながら錦県駅まで行く。
2009.10.27
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日曜日のことである。お父さんが何か実験している。お母さんとお姉ちゃんは買い物に出かけている。なぜだか、駐車場である。寒くなってきたので事務所ですればよいのにと思っているが、近寄ってみると強烈なにおいがする。事務所は時々お客さんやメーカーの人たちが来る。「ハッハァ、これは駐車場でなきゃ無理だな。」臭いがこもったら大変だと思っているようだ。「本当は、粉の状態でもよいけれど、練りでも対応できるかの実験だ。それに缶詰会社が気が付いてもよさそうだけれど、・・・・。」また、可笑しなことを言い出した。 黒い色がしている。「マメなめてみるか。」「今回は遠慮します。先ほどの臭いには参った。」と言うそぶりをしていると「お前には良くなさそうだ。」何かの文献を覗き込んでいる。「その主要成分はタウリンとメラニン色素だ。」言っていた。いったい何を考えているのか理解に苦しむ。何かを試作していることは解るが、何が出来るのだろう。「梅の果肉、それも柔らかくつけた梅干の方が合うだろう。」と言い出したかと思っていると台所へ行って持ってきた。こういうときはズクがある。(ズクとは長野地方の方言で根気があると同じ意味です。ズクなしになるなとか。ズクを出せというように使われる。)「これは、また、お母さんにしかられるわ。」そんなことは屁の合羽らしい、何回言われても懲りない人である。例によって「ブツブツ。」独り言である。彼の中には三人くらいの人がいるのかもしれない。「一人ブレーンストーミングとかいっていたような気がするけれど、・。」口に出して確認しながら実験しているのだ。外から見ているとキチガイじみているけれど、これが、いたって正常であるらしい。
2009.10.26
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遠い想い出(あるはぐれ兵士の手記)これは実話である。昭和19年、満州で河南作戦に従軍した一兵士は、終戦で脱走。その後、22年に帰国するまで、大陸を放浪する。この地にいた多くの軍人はシベリア抑留の経験があるはずですが、持ち前の機転と運で土壇場を打開していくところは非常に面白い。何よりも、軍人であると言うことがばれないだけでも不思議なことです。途中から少し原稿の趣旨を逸脱しない範囲で少し手直しさせていただいています。片山栄司著片山美子編で新風舎より発行されたものであるが、出版社の倒産により現在は絶版状態になっているものです。なにぶんにも自費出版であったために割愛してある原稿があったように伺っています。当初は初版の通りになぞって行きたいと思っております。たまたま、縁があって「ブログで発表したい。」と提案した所快く対応していただました。著作権は片山栄司氏並びに美子様にありまずが、ブログ上の運用を委託されているということです。読み進んでいくと非常に面白い内容になっている筈です。
2009.10.26
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アイデア夜話 千と一夜の物語 プロローグ 千夜と一夜の物語はアラビアン・ナイトの「千夜一夜物語」の一夜に一話ずつ千日分あるということになっている。(実際はない。)この物語の成立を考えれば、元は千日分あったのかもしれない。伝承で伝えられていたものが、伝え、伝わり200年も後に本になったという経過のことである。伝承されている間に抜け落ちてしまった部分があるのかもしれない。アイデアも一夜、一夜に考えたことを、試作したことを、経験してきたこと、中小企業の経営者並びに市町村の経済課の担当者、仲間やお得意さんメーカーや技術者と議論してきたことを、アラビアン・ナイトの様式に当てはめて1000日継続してみると面白いものに出会うことが出来るだろう。実際、そのような態度と姿勢で取り組んできた。(面白中学の三年間とその後「継続は力なり」参照) 課題から常に挑戦状を突きつけられているということである。新たな課題に対して今までの能力では到底太刀打ちできないものもある。そんなときは、自分のスキルアップを図らなければ解決できないし、適切なアドバイスをしてくれる人や組織の存在が必要になる。(私自身も電気に関することは普通の高校生レベルしかない。何とかなっているのは研究会のそちらの専門の人の協力があるからである。) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。日々、僅かずつ、難しいことに挑戦することや理解されやすいように説明することに挑戦していかなければスキルアップはしないし、新しい技術は普及することは無いだろう。ピーターの法則の中にあるように、どちらもそのレベルでストップしてしまうことになる。糸川秀夫さんは「10年のスパンで仕事を変えることで自分に負荷をかけてきた。」「時計の針を0に戻すと言う心の作業のことだ。」と言っていたようだ。彼のような優秀な人なら簡単に出来るだろうがなかなか出来ることではない。ノーベル賞学者、益川さんと小林さん両教授のように同じようなレベルにあって個性豊かな人がブレーンストーミングすれば高度な発明や発見につながるけれど、一般的な会議においてはなかなかそんな環境がいつも揃うと言うことはまず無いだろう。 【参考文献 日本が危ない 糸川秀夫著 講談社】 【参考文献 1日1発想366日、逆転の発想他】
2009.10.26
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連日アクセス、他まことに有難うございます。先日ご案内しました。「遠い想い出、あるはぐれ兵士の手記」は当面フリーページで対応して行こうと考えています。フリーページに投稿している間に気が付いたのですが、どうも「原稿のまま出版してしまっているのではないか。」と思われる節があります。自費出版にありがちなことですし、出版社も倒産寸前に編集、出版したものと見受けられます。「手を加えていないのでは無いでしょうか。」前の部分は元文の通りに投稿しています。途中から原稿の趣旨から逸脱しない程度に私が少しだけ手直しています。といっても、その仕事をしてきたわけではありませんので上手く行くと言う保障はありません。この作業に時間がかかると思います。ちょっと読みにくい箇所がありますが、よろしくお願いします。
2009.10.26
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「物には言葉がある。言葉には意味がある。」と悟らせたヘレンケラーのサリバン先生は多くの言葉よりも以前に、水は冷たくて、美味しくて、つかめないものだという実感からはいっていったと考えてよさそうである。先ず感じること、(ここにもまた、感性の大事な側面がある。場合によってはスキルより前にこちらが必要かなのかもしれない。)その次に、そのものの持つ特性が先で、実際手のひらにwaterと書いて見せているではないか。指文字を屈指して一つ一つの単語を覚えさせようとした。人形も同じことである。言葉による所の理論や概念が先に来ることはなかったと思われる。その意味では、私の言う現場学と共通するものが見え隠れする。何よりもヘレンケラーにとって言葉を、意味を知らなければならないという乾きにも似た欲望に火をつけられたことで、彼女の学びの半分ぐらいは完成したものと思われる。後の半分はヘレン自身の努力の賜物である。問題提起とその解決方法を教えるだけで教育の多くの部分は成し遂げられるはずである。その中から学びと解決したときの喜びを実感させる事でその多くは解決できるのではなかろうか。そういう意味では特許、実用新案は教育と非常に良く似ている部分が多いことに気がついていただきたいものである。本当の意味の教師という仕事は問題のありかと其れを捉える感性と解決すべき方法と継続する為の知恵を教えるだけでよいのかもしれない。其れさえ解かれば、多くの問題は自分の力で解決できるはずである。解決すべき課題が目の前にあり、解決する手段を見つけ出さなければならないのである。現代教育が多くの答えを与えてしまっていると考えるのは無理なのだろうか。はるか昔、さまざまな分野の偉人たちがどうしてきたか語り聞かせてくれた私の師父たちの顔を思い出さずにはいられない。 【参考文献、愛とまごころの指 サリバン女子の手紙 社会思想社】 【参考文献,出世を考えるより感性を磨け 蔦信彦】注 この記事に関して何か感じ取っている人はコメントを下さい。
2009.10.25
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皆々様。お控えなすってください。私,生国と発しますは信州でございます。信州と言ってもいささか広うございます。今、何かと話題の戦国武将真田幸村の上田で、信州の鎌倉といわれている塩田平です。(非常に良い所ですので訪れてみることをお勧めします。)縁あって長野の川中島に住むことになり候。タンカは威勢が良いけれど、女でございます。女ダテラを決め込んでいます。付けていただいた名をマメ(真女)と言います。以後、お見知りおきいただきましてよろしく引きずり回していただきたく候。キスルところがございましてさまざまな見聞を広げたく思っております。ありがたいことにこの家族は私をいろんな所へ連れていってくれます。連休のときは潮来だったし、その後は日帰りが多ございます。また、私のことを「人間になりたかった犬の物語」と言う題名をつけてブログで発表しているようです。数々の失敗を暴露しているらしい。「たまったものじゃありません。」一度、最初のほうから覗いていただきたくお願い申し上げます。 合羽はおって 三度笠(間に合わなかったようです。) 旅先ではこんなこともしますが、家族にいわれたことではありません。
2009.10.25
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何年かぶりに学生時代の友人が訪ねてきた。二人とも専攻は経済である。旧交を温めながらの会話である。「今、何が必要か。」という議論になった。もちろん、経済学理論の中での事柄である。「ケインズとマルクスとシューペンターのうちの一つを選べ。」(私たちの時代は金融資本主義の理論を教える先生はまだいなかったのかもしれない。)と言い出した。これは難しい話になってきた。「三人のいいとこ取りと言う方法は無いのか。」と切り出してみた。「それでも良いけれど、優先順位を付けろ。」といわれた。これもまた難しい話である。社会主義は崩壊したのでマルクスの価値は低下しているものの(最近の情勢が彼を見直す機会になっている。「社会主義の崩壊はやがて資本主義もおかしくする。」と言っていた人がいる。経済学者ではない。地元の実業家である。)、彼の描いた社会は社会主義でも達成されていないはずである。途中から、スターリンの時代から中央集権と権力の集中に変化してしまっていることになる。(人間は彼が思っていたほど理性的な存在ではないのかもしれない。真の平等とは土台無理なのかもしれない。イソップ経済学、ごま書房、参照。)ケインズの有効需要の概念もまた完成を見ないままになっている。学生時代に書いた試験の答案を思い出した。(ここにA君とB君がいる。A君は350円、B君250円しか持っていない。二人ともコーヒーを飲みたいと思っているがコーヒーは350円である。A君は飲めるがB君は飲めない。欲望(需要)と能力(この場合は、手持ちのお金)を引き合いに出して理論の解説をしたことである。)その一部はニューデール政策と同じことになりはしたが、恒久的に有効とは思えない。一時しのぎのカンフル剤にはなりうるけれど、・・・。(それとて課題が無いわけじゃない。何度も言うけれど、この分野(経済、政策)では二律背反になっているものが実に多いのだ。「あちらを立てれば、こちらが立たず。」と言う現象は頻繁に起こる。)この国でも高度経済成長の背景にはなったけれど、国家に莫大な借金という付けを残していることになる。ケインズの理論によるものなのか、民主主義の制度によるものなのかはしっかり分析する必要がありそうである。(バランスシートは崩れてはいないらしいけれど、国家並びに国民の資産を担保にしていることに変わりが無い。「我々は本当に豊かになったのだろうか。」と疑わざるを得ないような現象が目に付き始めてきている。経済的、物質的には豊かになったのかもしれないけれど、社会的に、精神的に豊かになったとはとても思えない。どこかの小国で試みているGHPと言う尺度のほうが理にかなっているかもしれない。いずれにせよ、歴史が証明してくれるだろう。) 注GHPはGDPの真ん中をハッピーのHに変えただけである。経済以外の価値を含めた物差しになるだろう。「シューペンターの技術革新論はいつの時代でも必要とされている。経済という枠組みで捉えようとすること事態無理があるのかもしれない。それに最近では技術革新の競争もあるが、比較生産費の低い所に生産拠点を移すという競争が起きてしまっている。この傾向はしばらく続くだろう。空洞化という現象である。」「当面、シューペンター、ケインズ、マルクスの順にはなるけれど、この順序は状況によっては変化する。」「そう、言い出すのではないかと思っていた。」「環境問題と雇用創出が当面の課題であるけれど、リストラされた人たちを救済しなくちゃならない。」と言い出した。「技術革新といったってそう容易く出来ることではない。多くの研究者たちが日夜努力しているにもかかわらず、画期的な技術はそう簡単には生まれてこない。生まれたとしても認知され普及するまでに時間がかかる。皆さんがこぞって欲しくなるような商品開発である。」(発明という分野にもエントロピーの法則は適応されるのかもしれない。「理論の証明により多くの資材や装置が要求されるようになってきた。」ノーベル賞学者益川さんの言葉である。「その解決策は」と聞き返してみた。「組織(会社と言う枠組み)を超えたプロジェクトチームを組むしかなさそうだ。」考えていることは一緒である。「部門の違う研究者たちを上手にコーディネイトできるオーケストラの指揮者のような人がいる。」「アポロ13号の救出にあたったヒューストンのスタッフをまとめた人のようなことだ。」と言い出した。場合によっては上杉鷹山のトッププランナー的な発想が求められているのかもしれない。(最終的には人材の育成ということになるのだろうか。)休日の昼下がりコーヒーを飲みながらのやり取りである。「それにしては、研究と需要の間にミスマッチが起きているじゃないだろうか。どうやって解決するのだ。」「そればっかりは研究者たちの感性に頼るしかなさそうだ。」「研究テーマを押し付けた所で成果に繋がるというものでもない。状況判断を正確にすることだろう。」(現代版徒然草素描、自由な発想の研究所、不思議な会社。参照)産学官のプロジェクトは立ち上がっているけれど、目先の課題を解決することに終始しているのかもしれない(経営や産業における所の一歩先の理論)。中国の「下放の運動」みたいにならなければ良いが、・・・。「今のところ、何らかの結果(成果)をもたらしているので良しとしようじゃないか。」注 この記事は現代版徒然草に投稿済みのものですが、先の特許並びにアイデアのところと関係がありそうですのでダブッテ投稿しています。
2009.10.25
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最初にお断りしておかなければなりません。あくまでも私の立てた仮説であると言うことですが、物事をやさしく覚えておくとなかなか忘れないと言うことの例に引っ張り出してきたものです。宇宙の法則 6・5・4・3・2 (物質の数)↓ ――――――――――×0.22~0.3=100~108 2 (クォーターの法則、↑ユダヤの法則とも言う) クオークの数が7であっても、5であっても駄目な理由にはなるけれど確証はない。 何よりも物理の専門家ではありません。 物質の数も、もう少し多いのかもしれません。宇宙の法則自体がファジーな要素を含ん でいる為ですし、=の上下に点を施しておおむねと言う意味を持たせたほうが合理的で しょう。 あくまでも私の解釈で定説になっているものではございません。
2009.10.25
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キノコの所に掲載してあります写真は規格外のキノコで安く売られているものです。キノコの歩留まりに関わる案件になります。それはそれでよいのですが、規格商品と同じくらいかそれ以上に付加価値生産性があがる配合並びに製造方法がある。「ゴミを砂金に変える発想」試作品は何種類か出来ています。約三年ほど前に、簡単に作ったものは相当売れましたが、合成アミノ酸を使用したし、キノコは違う種類のものを使っていました。現在は廃盤になったままです。(出来れば全部自然素材でと考えております。コストは幾分高くなるでしょうが、使い勝手の良いものになります。)真珠はよほどのマニアか、セレブでない限り一生のうちに何本も買うという性格の商品ではありません。耐久消費財と同じようにシルバーストーン現象を起こしやすい性格の素材である。新たな利用方法を工夫しなければならないといえるでしょう。「一石三鳥の経済学」注 シルバーストーン現象とは長持ちしてしまい。買い替え需要を待つしかなくなってしまうことを言います。
2009.10.24
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「不思議な玉手箱」と名乗っている本当の意味は、同時に何本ものブログ(このブログ中にさえ5本くらいのものは顔を出しています。)を立ち上げていることと、次のことです。健康機能性食品の製造方法 (キノコ製剤の機能低下を防ぐ為の製造方法。) 整理番号 EX-002H19 出願番号 上位概念を使えば恐らく10種類が一つの特許で請求項が多くなるが、特許出願中で売れるはずである。キノコの種類を変えても特許出願中が使えるものになる。注 上位概念とはキノコの品名、シメジとか、エリンギと表示しないでキノコ類と表示すること。発芽玄米利用健康食品とその製造方法 (広範な生活習慣病の予防が可能) 整理番号 EX-003H19 出願番号 大手の会社と大学が手がけている商品を混ぜるだけでよい(これだけでは権利化は無理だが、商品にはなる。)。他のものを添加しても良い。大手と大学が宣伝してくれるので売るのが楽である。甘酒にしてもよい(赤い甘酒では玄米、発芽玄米、酒かすを使用してもよいと記載している。別のアイデアであるが、酒粕は酒よりも高く売れる物になる。特許公開公報、紅麹菌等利用の甘酒とその製造方法。参照)豆腐利用健康食品とその製造方法 増田さん、君江と共同出願の予定。(基本的な部分でこの二人に実験してもらっている。)これも、何種類かできる(粉末タイプもできる。赤い豆腐も出来る。機能的にはさまざまな症状を豆腐という形態で予防できることになる。乾燥機、粉砕機が必要になる。)【参考文献、ゴミを砂金に変える発想でオカラを使用しても良い。捨てているものが商品になる。】花粉症等対応健康食品とその製造方法 整理番号 EX-001H20 出願番号発症しないものにはなる。根本的に直すという性格はないだろう。粒、粉でも、液体にもなる。蜂蜜を利用してジャムの形態でもよさそうである。チタン利用装飾品及び健康器具及び環境改善器具とその構造(多機能型健康器具。) 整理番号 EX-002H20 出願番号 健康器具、装飾品の要素を備えたものになる。 (認知機能向上の効果が期待できる。10-24 中日新聞、参照)辛美調味料とその製造方法(七味唐辛子様のものである。) 七味唐辛子の配合を変えるだけでよいが製造方法が確実に異なる。 整理番号 EX-002H20 出願番号【継続的に使用していれば確実に効果が上がる。「これ以上美しくなりたくない人は使用しないで下さい。」アンチエイジングの処方もある。写真のように、粉末、液体、練りの三種類が出来る。液体のものは試作の過程で焼かなくてよいものを焼いてしまっていますので黒くなってしまっています。】真珠利用のマッサージローラーとその製造方法【特殊な真珠の養殖方法】と言う別のアイデアの数ある実施例のうちの一つを出願したものです。真珠ローラーのアイデアが必要ですと言われた所に提案して共同出願と言うことにしたいと考えています。出願しても実施されなければ何の意味もありませんし、費用がかかります。 試作品は女房と娘のために作ったものです。モデルは私の手です。注 いずれも出願はしていませんが、出願予定の書類は用意できています。手直しが必要なものがあります。なぜこんな記事を投稿しているかといいますと、幾分でも付加価値をあげて地域経済が上向くことを願っている為です。新たな発想と商品が必要になると言うことでしょう。
2009.10.24
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輝け命の歌2ろうそくの燃える光に過現未の 写真の姿語りしものはともす火の蝋燭揺れて母の影(写真) ゆらゆらゆらと何をか語るかくれんぼ隠れた母の姿なく 探し探して日は暮れる 【若くして亡くなったもう一人の母を送った記憶。】此花の匂い起こせしその朝に 隠れし母の化身のごとくさらさらと費える命の寂しさを 例える術の無を知るつつ庭先の花を棺にあしらえて 逝く母送る葬列の歌またひとつ消える命のはかなさは 習いこそすれ定め悲しき 歌悲しめぐる季節は春なれど 旅立つ義母の背中に泣ける葬列の目に焼き付けて旅衣 まといし母に惜別の歌惜別の歌は悲しき親と子の 契り儚く無常の掟 定まりし道は道とて逝くものの 哀れなりける親にしあれ姨捨の悲しき歌や月の夜の 別れ切なき母と子の影 【姨捨伝説に引っ掛けて】骨壷の軽さを抱いて泣く妻に 掛ける言葉の虚しかりけり亡骸を背にして泣ける軽さかな 踏み出す足のおぼつかなさは 【仏を家に連れ帰ったときに】降る雨に心の雫しとしとと 母の涙か芽吹きの恵み 「次の日は雨になる」涙雨燃える蝋燭赤赤と 亡き母しのぶ過現未は春の日の穏やかなしその時に 旅立つ母の心の様に 【その日は穏やかな春で】みまかりて尚見届けよ子供等の 生くる道筋誤りし時は母伏して呼べど答えぬ身なれど 呼ぶ妻の声哀れなりけり 【母は義理の母】母御是の思い悲しき野辺送り 結びし縁に新たな道を春の日の我が枕辺に立つ母の 姿優しき背中を送る春の朝夢にたちたる母なれば 覚めなきように長寝を決める寝れば夢おきれば現何としょう 母の在るなし落差のやり場 【存在と不存在の差は】やわらかき春の日差しのその中を 一人旅立つ母を送り哀れなる消え行くものの定めとて 今しばらくの時の恵みを花に風散り行くものの哀れさは 亡き母捜す心に積も風になれ花に咲けよと祈りつつ 生まれ変わってこの世を飾れ 【再び生きる道を】旅衣着せて悲しき永久の道 逝く先々に恵みのときを春の宵散る花びらに母の影 季節の落差埋める術や無くタンポポの黄色き花や野辺送り 二人の母に告げる別れは 【どちらも同じ季節に】タンポポの歌儚きは母の影 幼きままの我を背負いて 【四季旬歌より】 (合わす手の先にふとよみがえる母の姿)綿帽子風に吹かれてどこの空 願いかなえて花開くまで毛糸帽かぶせて母は我を負う 道祖の道も昔のままに宵桜花は咲けども居ぬ人の 影を探して月に尋ねる月明かり照らせこの道永久の道 旅立つ母の行く先々をひっそりと淡花咲いて母の様 匂い続けてこの世を飾れひっそりと咲く花ゆかし春の野に 亡くした母の忘れし形見春日中呼べど答えぬ母なれば 微笑む遺影にただ手を合わせ逝く母の面影抱いて生きる術 繰り返しつつ人の世の道葬列の歌寂しくも57調 心通わせ生ある如く人の世の歌儚くも歌雀 切られし舌で囀り回る届かない心の手紙何とする 彼岸の距離を埋める術は合わす手の先に忍びし姿かな 想い出は在りし日の影母後是の姿優しき子守唄 背負い影を探し求めて枕歌歌った母の温もりを 捜し求めて開く写真(アルバム)アルバムに微笑む母の姿あり 開いてめぐる過ぎし日々は孫の手を引いて通いし母なれど 願い虚しく永久の旅路にサラサラと指間を落ちる砂の様 儚き命のついえる様は移ろいし花の色さえさまざまに 飾る命の眩いままに
2009.10.24
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私が時々、首を伸ばして天井を見るような仕草をするので「マメ、お婆ちゃんが帰ってきているのか。」とお母さんに聞かれた。「マメ、何か感じるものがあるのか。」とお父さんがいえば、「お婆ちゃんとやり取りしたことでも思い出しているのか。」「九さんの歌のように涙がこぼれないようにしているのか。」「おばあちゃんに関係なくお前も年だし、背中でも曲がってこないように体操しているのか。」とお姉ちゃんが言い出した。「年だ。」は余計であるが、発想力の豊かな家族である。「マメ、姉ちゃんと一緒に線香上げて、」といわれたのでお姉ちゃんの後を付いていって布施をして待つことにした。線香に火をつけたり、金を鳴らしたりするのはお姉ちゃんである。私はやりたくてもできないのだ。それでも拝むことはできる。チョクチョクさせられている反省のポーズでよいことになる。(写真はこのときのものではありません。)「天国の様子はどう。お婆ちゃんがしょっちゅう心配していた暑いとか寒いとか言うことはないでしょう。」快適に過ごしているのだろう。エアコンなんて要らないのだろう。あちらは最初から省エネになっているらしい。お父さんの言葉を借りれば「優秀な神、仏が付いてる。」ことになっている。「先立たれてしまったおじいちゃんに会えたの、」と聞くが、こちらは大変である。「・・・・・・。」通訳する人は誰もいないのだ。お父さんでも、お坊さんでも無理なことである。「遺影を見て感じ取れということかもしれないな。」お父さんがよく言っていた感性を鍛えなくてはならなくなった。お婆ちゃんが「マメ。元気にしているか。」位のことを言ってくれたらいいのに、・・・。そんなことになったら、なおさら怖いかもしれないけど、・・・。 注 犬を貴人かしてあります。
2009.10.24
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連日、「認知症家族の事件簿」にたくさんのアクセス、コメント、他をまことに有難うございます。感謝申し上げます。このブログも後いくつかの記事を投稿してひとまず完結させようと考ています。その後は、サイドページにあります。「ジャンボを釣った人々、又は、危機の管理学(フィクション)」か「しなやかクラブ、学びのスイッチについて」「遠い想い出、あるはぐれ兵士の手記(片山栄司著。ブログ上の著作権は私に委託していただいております。以前、新風舎で出版されたものですが、倒産した為、現在は絶版状態になっております。)」を前面に出して、適当に脱線しながら進めて行きたいと思っておりますが、どれにすればよいか悩んでいるしだいです。と言いますのは、そのいずれにも写真や、リラックススペースが存在していない為であります。「認知症家族の事件簿」と同じのように、試作品、歌(未発表になっているものが、今までの投稿したと同じくらいある。)写真などを挟みながらと考えている次第です。片山さん家族、著者は故人ですが、娘さん他の家族と親しく付き合いをさせていただいていますし、私のアドバイスで意匠登録などをした試作品等があったりしている為です。また、知り合いに木彫り作家や絵を描いている人たちがいます。彼らの協力をいただきながらと思っております。引き続きご支援いただきますようお願い申し上げます。 不思議な玉手箱
2009.10.23
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序歌試みの歌は悲しきはひとり道 さりとて歌わぬわけにもいかず今日もまた生き生かされて人の道 息するたびに感謝の気持ち歌結びほつれた糸を繋ぎつつ 歌うこの歌短歌の調べ旅立った母の背中で歌う歌 子守の調べ命の歌や移ろいし季節の中を逝く母に 掛ける言葉を短歌として情念の思いの丈を歌にこめ 匂い起こせよ花有るごとく形式にあたわぬ歌のある知る どこに収める心の置き場ついで学病を得てから難解の 病理の掟理解を早め 【学びを補完するもの】逝く友の寂しかりけり葬列や 我が心根に在りし日の影ともし火のかすかな光照らす道 探し探してこの道を行く 【選択の妙】老い母の諭す言葉や智恵の道 聞き遂げられず迷い迷うて対遇の深き智恵にて諭される この道どの道いずれの道や 【ペアにして】人の道己の道に咲く花を 色よく咲かす道取りいずこ 【歌創造学より】鐘の音の聞こゆる里に赤き実の 甘酸っぱきは恋の雫と 【アダム伝説】山茶花の歌は悲しき越後路に 色匂わせともし火として 寒椿咲いて沈めよ地の怒り 再び点せ灯し火の如く逆縁の定め悲しき人の世に 病と事故の無くなる日をば易き道平坦なれどわが道は 石ころばかりの茨の道か花は咲き鳥囀れど我が身にも 忍びし影におののきつつ常ならぬ兆し在るを感じつつ 転ばぬ先に杖をつきながら 【予防医学方法論】まやかしの詭弁が通る人の世に 便利な道具舌の先なりよこしまな心を語る舌の先 イソップの知恵何時の時代にも 【イソップ物語より】この道や行き着く先を思案する 止る波止場の在るや無しやと存在の意味を求めて今日もまた 訪ねて行かんこの道遠し 【人はまた意味を探して、歌創造学より】旅ごろも脱いで憩ゆる旅籠にも ふるさと言葉の懐かしさかな春霞ぼやけた先にアルプスの 稜線いずこ雲間に消えて病む母の背中をこすって過ぎる日の やけに気になる時間の長さ義母の背に負われて眠る孫娘 子守の歌の調べをなぞる抱き上げる軽さの先に母の身の ひとひひとひの命なりけり肩でする息の荒さや刻むとき 母の手を取りすることもなし差し伸べる手の虚しさと成す術の 「在りやなしや」と問うばかりなり佐渡島の悲しき歌や老い母の 我が子を探すホーヤレ節(拉致の家族や小説山椒大夫の元になった伝説や子供ではないけれど母の姿を投影しながら、歌でつづる旅日記より。)導きの神も仏も黙座する 答へないのが定めのルール 【結論(悟り)は自らということ】神鏡映してみせる悟り顔 なぜに映さぬ御身の姿 【神鏡は祈る人に向けられている。】沈黙の深き静寂神仏 祈りし先に在る平安とは 赤赤と燃える命の尊さや 無くして気づく後悔の念また一つ失う命の儚さは 諸行無常と理解しつつも割り切れぬこの割り算の行く末や πの如くに巡りめぐってあっけなく消え行く命朝ぼらけ 残したき言葉あったものやら困難な時代を生きた母なれば 静かに眠れ幼子の様に 【齢87の時代は】咲く命限る命の有るを知る 切なく咲けり定めに庭に 「知るは止揚という意味で使用している」
2009.10.23
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何かにつれて「マメ、マメ」といっていたお婆ちゃんが亡くなってしまった。何も言わなくなってしまったのである。八つ当たりされることはなくなったけれど、家族が一人減っただけでも寂しくなるものだ。後犬人の仕事はなくなってしまうことになる。アニマルセラピーの仕事のことである。しっかり吠えていれば「マメ。解ったから静かにしろ。」とか、お母さんの帰りが遅いとわざわざ玄関まで来て「マメ。駅までお母さんを迎えにいって来い。」と言っていたお婆ちゃんことである。長生きした方ではあるが、晩年はボケてしまった。それでも、何かに付けて「マメ、マメ」といってきていた。お父さんやお母さんの名前を忘れても、会話ができる間は私の名前を忘れなかったらしい。お姉ちゃんやお母さんが病院に寄ったとき「マメは元気か。」と聞いたらしい。「マメの心配より自分のことを心配しなと言ってきた。」と話していたことがある。私にすれば、当初の目的だけは達成できたと思っている。私の名前を忘れさせないようにするということだ。私もお姉ちゃんに抱かれて棺の中に花を入れた。「送りびと」ならぬ送り犬であるが、宗派によっては動物を忌み嫌うことがあるので注意してください。鬼無里のおばちゃんに「お前も大事な家族だからなぁ。」と言われた。両方の手を合わせてお念仏は唱えないけれど「ワン、ワン」と言いながら合掌しなくちゃならない。「ついていってやれないけれど大丈夫。」寂しいけれどしっかり送ることにしたのである。私も子供たちとの別れは辛かったけれど、それにも増して泣けてくる。なぜなら、私の子供たちは生きている。尋ねていけば会えないわけではないがちょっと遠いだけのことである。お婆ちゃんとは死に別れということになる。こればっかりは尋ねて行くわけにもいかないのだ。4-9 輝け命の賛歌 (抜粋)この歌を含めてこの後投稿する予定です。母御是の想い悲しき野辺送り結びし縁に新たな道を春の日の我が枕辺に立つ母の姿優しき背中を送る春の朝夢にたちたる母なれば覚めなきように長寝を決める寝れば夢おきれば現何としょう母の在るなし落差のやり場 【存在と不存在の差は】やわらかき春の日差しのその中を一人旅立つ母を送り哀れなる消え行くものの定めとて今しばらくの時の恵みを花に風散り行くものの哀れさは亡き母捜す心に積も風になれ花に咲けよと祈りつつ生まれ変わってこの世を飾れ 【再び生きるのびる道を】旅衣着せて悲しき永久の道逝く先々に恵みのときを
2009.10.23
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朝早く、病院から「お婆ちゃんが亡くなりましたので、至急来てください。」と電話が来た。朝の4;00過ぎのことである。「マメ、お婆ちゃんがなくなっちゃった。」といわれた。「迎えに行ってくるから留守番お願い。」それからだいぶ待たされた。死亡診断書や支払いを済まして、それぞれの部署にお礼を言ったり荷物などをまとめたりしてくるから時間がかかるのだろう。「お婆ちゃんを始め、みんなで協力して建てた家だ。お寺さんに来てもらってお通夜は家でしょう。」「最後のほうは自分たちの家ということもわからなくなってしまったけれど、・。」「人がいっぱい来るけれど、マメ、大丈夫かなあ。」私が吠えまくることを心配し始めた。「多分、大丈夫だと思うぞ。最近、知恵が付いてきて、私たちが歓迎する人はめったに吠えなくなっている。」「それに、私の弟や須田さんが来るので静かにしているはずだ。」(二人とも犬が大好きである。)とお父さんが言っている。お婆ちゃんを横たえて枕花を飾った。枕元に行って「おばあちゃん苦しくなかった。」と聞いてみた。何も言わず、ただ、微笑んでいるような顔をしている。お婆ちゃんとすごした12年近くの思い出が蘇ってきた。「お婆ちゃん、ありがとう。」心の中でつぶやいている自分がいた。20-4-7
2009.10.23
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お母さんが仕事の帰りに病院によってきた。「マメ、お婆ちゃんだめかもしれない。」と言い出した。「お医者さんになんと言われているの」というそぶりをしていると「オシッコが出にくくなっているといわれた。」と言い出した。お父さんが聞いていて「それは大変だ。脱水症状なんてものではない。腎不全を起こしている。」「リンゲルを点滴しているのか。」と聞いている。「それも脈が細くなっているので時間がかかる。人の倍くらいかかるようなことを言っていた。」「それじゃ、心房細動なんてものじゃない。心不全ということになるかもしれない。」「呼吸は落ち着いていたのか。何か話してきたのか。」「それが、・・・・。」といったきりで詰まってしまった。ほとんど涙声である。お母さんは以前、長く薬問屋に勤めていたし、その業務で病院に納める薬の納品請求書などを作成していたらしい。お父さんは薬屋である。どんな薬を処方されているかによって大方の予想はできることになる。「死亡診断書は多臓器不全ということになるかもしれない。喘息を持っていたので肺のほうも機能低下を起こしているだろう。肺炎を起こしているかもしれない。」「苦しそうにしていなかったか。」私には何のことかわからないが、この家族が深刻な顔をしていることは理解できる。「いずれにせよ、そうは長くない。兄弟に連絡だけは入れておいたほうがよさそうだ。入院したとき、顔を見に来てもらっているが連絡だけして置いたほうがよさそうだ。」その夜、お母さんはおじちゃんやおばちゃんに連絡した。マメも慰めてあげなければならないけれどどうすればよいかわからないのだ。「お前もそろそろ覚悟を決めておけ。非情のようだがいままで手を尽くしてきたではないか。もう少し何とかできなかったという後悔は残るけれど、・・・・。お医者さんの様には行かないではないか。今までそれぞれの病気(喘息、ほとんど持病。癌15年位前、オオガニックシリコンを求めて、参照。心房細動、5~6年前、この文章の書き出し、参照。認知症4~5年前、本文参照。もってもくらいだぞ。朝早く逝くかもしれない。ひょっとすると死に目にも会えないかもしれないぞ。靴下を履いて寝たからではない。生まれてくるにしても、死んでいくにしても、統計学上夜のほうが多いことになる。マメの赤ちゃんでさえ夜生まれてきたではないか。」私のことを引っ張り出してきて変な慰め方をしていると思っていた。
2009.10.23
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病院に入院してから「容態が変わったので来てください。」と連絡があったときはお母さんのほうが早く気がついた。電話が鳴れば、お母さんたちを起こさなければならない。どうしてもおきなかったら鼻をなめちゃえば良い。この方法で何回も家族を起こしてきた。今回は私もすっかり寝入ってしまったのである。不覚である。お父さんは「マメ、お前も居間で寝るのか。」と聞いてくる。「それはそうだ、一応、家族だもの、・・・。」緊張するけれどこれも後犬人の仕事であると思っている。 注 私はこの経験をした以後、は自分から玄関に行かない限り居間で寝ることにしている。お姉ちゃんが私専用の長座布団と毛布を用意してくれた。と言ってもお姉ちゃんのお下がりである。
2009.10.22
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おばあちゃんがディ・サービス行っていたが、転んでしまったために立てなくなってしまった。だいぶ足腰が弱くなっていたのだろう。それでも、車いすで何回か通っていた。「家族が10時、4時に居てもらいたい。」といわれたらしい。どうも私では駄目みたいである。後犬人だと思っていたが出来ないことになってしまった。お父さんが対応していたが、お得意先からそのつど帰ってこなければならないことになる。ディ・サービスに行くにしても大げさになってしまうので介護用のベッドを借りて訪問介護に来てもらっていた。しばらく続けてみたものの、床ずれは起きてくるし、「アッチこっち痛い。」と言い出す。訪問介護は何かと不便である。何回かはお医者さんが往診に来ているがなかなか上手くいかない。認知症があるのでお医者さんに「何処か痛いところがあるか。」と聞かれても「どこも悪いところはない。」「私はいたって元気だ。」と言い張っている。ぴんぴんころり(PPK)を実践しょうとしているのだろうか。自分で名前をつけた「年寄りと言う病気」は一体どうなってしまったのかと思っている。「素直に検査を受けるように説得して入院させた方がよさそうだ。」とお父さんは言っているが、昔から病院は好きではなかった(あるとき入院させようとしたが帰ってきてしまったことがある。)。「ホームを探さなければならない。」「どこが良いだろう。」「高府のおじいちゃん(お父さんの父親)の入っているところはどうかしら、・・。」お父さんの両親はまだ健在である。我が家はこの国の縮図(老人大国)の真ただ中に居る。「今度、爺ちゃんのところに顔を出したとき、申し込みの書類をもらってきておいて、」「入ってもおとなしくしていられるのか。」と家族で話をしている。お父さんが聞いてきたところによると入所希望者が20人待ちの状態であるらしい。「申し込んでも、直ちに入所できるとは限らない。どこの施設でも似たり寄ったりだ。」と言われてきたらしい。そんな雰囲気の会話をしている。「一度、病院で診察してもらえ。最近は食べる量が減っているので何かの病気に引っかかるはずだ。」【お父さんは心房細動が再発していると考えているらしい。それに水気の物も十分に取れていないので脱水症状を起こし始めている。こちらは何回か点滴してもらっている。】「そしたら紹介状を書いていただけるではないか。」とお父さんが言い出した。「ホームでも入りっぱなしのところなら良いが、そのたび探すのは大変な作業になる。」病気が見つかったので近くの病院に入院させた(本当はこの状態になるまでには少々の曲折があった。最初に紹介された病院が遠すぎたり、お母さんは免許を持っていなかったりするためである。ここなら、お姉ちゃんは勤め帰りに顔を出して洗濯物などを持ってこれる。お母さんも電車を下りて、お父さんと待ち合わせすればアクセスは良い。)
2009.10.22
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しばらくすると、娘が帰ってきた。玄関先で開口一番「お父さん、石油こぼしたの」と聞いてきた。「お婆がそこまで行ってひっくり返してしまったのだ。石油をかぶってしまった。上着だけ脱がして捨ててもよさそうな毛布を巻いてあるので風呂に入れてくれ。お風呂は温めてある。」「それにしても動けない状態でどうやって玄関に来たの」「見ていたわけじゃないのでわからない。」「ゴミの袋に上着など入れて駐車場にあるので汚れた下着はその中にいれておいて、それに体が相当冷えている。お風呂は長めにして、」そのうちに女房が帰ってきた。一部終止を娘から聞いている。「お父さん、ハロゲンつけて部屋を暖めて置いて」風呂場か指示される。まだ「寒い。寒い。」と言っているらしい。「うちじゃないからうまくいかない。」とでも言い出したのだろうか。風呂から上がってベットに休ませることにしたけれど、これで終わりではない。「お父さん、ショウガ湯ある。」と聞いてきた。「一つくらいならあるかもしれないが、・・・。」事務所を探してみるものの、売ってしまったり、サービスであげてしまったりしてない。仕方がないので「ショウガあるか。」これがなければしょうがないけれど、シャレを言っている場合ではない。本当はひねショウガだけれど、生のものはいつでも台所にある。作ることにした。まず摩り下ろして、キッチンペーパーで絞って汁を作る。(若い人なら摩り下ろしたままでも良い。)お湯を沸かしてハチミツ、乳酸菌生成物資(100度のお湯でも死なない。)を入れた。「オーイ、レモンあるか。」「買い置きはないよ。」みかんでもよさそうだけれど面倒である。隠し味程度に酢を入れることにした。クエン酸サイクルのセルモーターにはなる。次にビタミンB群だけれど錠剤タイプしかない。「これは困った。酵素があるあれを添加しよう。」熱には弱いけれど何とかなる。取り分けて幾分さめた所に添加する。作って飲ませると「美味しい。」と言って飲んだ。それからやっと夕飯になる。「とんだ一日になってしまった。」
2009.10.22
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何を考えているのだろう。まともに考えられないから認知症ということになるのだが、ベッドからどうやって玄関に来たのかも不思議でならない。まともに動ける状態ではないはずだが、・・・・。お昼過ぎに見たとき「迎えに来るのを待っていれば良いのだな。」とは言っていたので、何処かに行く算段でもしていたものやら、「先生がどうだとかこうだ。」とかとも言っていたので医者にでも行くものと勘違いしたのだろう。「今日は医者に行く日ではない。」といっておいたことはすっかり欠落してしまっている。それにしてもはってきたのだろうか。どうやってベッドから降りたのだろう。ほんの一時間くらいの間のことである。4時ごろ家に寄ったときはそんな状態ではなかった。5時少し回ったころ帰ってきたら、玄関で石油まみれになっているではないか。この地方は寒いのでポリのタンクに入れて玄関においておいたものをひっくり返してしまったのである。こんなことなら石油は事務所の前においておくべきだった。後悔先に立たずというけれど、先回りしておくことを怠ってしまったのである。「動き回れないので玄関にまでは来ないだろう。」と判断していたのがそもそもの間違いである。この状態で火などあったら焼身自殺ということになる。ニュースで年寄りの部屋から出火したということは案外このようなことが原因である可能性がある。幸い火の気のあるものは手元になかった。本人は水をかぶったとしか思っていない。「寒い、寒い」を連発している。体温で蒸発するたびに体温を奪ってしまうことになる。上着だけ取り替えてあるが、男の私ではココまでしかできない。我が家の犬も手に負えないというそぶりをしている。1-28
2009.10.22
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「それじゃ、帰るかな。」と言い出した。「どこへ帰るのだ。」「返るところなんかないじゃないか。」というがどうも自分の家ではないらしい。「こんな暗くなってからどこへ行くのだ。」「まだ1月なので、寒くて凍え死んでしまうわ。」皆で苦労して立てた家さえわからなくなってしまったらしい。「お父さん、人間って、悲しいね。」と女房が言い出した。殆ど涙声である。夜、何かあればいけないので女房と娘は居間のコタツに寝ることにしている。「どうしてそうなるの、」とでも言いたかったのだろう。「長生きしているといろんなことが起きてくわ。」といって慰めなければならない。介護用のベッドは借りて、訪問介護に来ていただくことにした。どういうわけか我が家の犬も居間で寝ることにしたらしい。自分は後犬人だと思っているのかもしれない。1-24 【参考文献、人間になりたかった犬の物語より、犬を擬人化してあります。】
2009.10.21
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おばあちゃんの訪問介護が始まったころより、或いは、私の記憶違いでもっと早いかったのかも知れない。お母さんとお姉ちゃんは「居間のコタツで寝る。」と言い出した。 (写真はこのときのものではありません。)隣がお婆ちゃんの部屋である。容態が変わったりしたときに対応したり、トイレなどに立たなければならないときに一人では行けないためである。私も居間で寝ることにした。「ねえ、みんなと一緒にコタツで寝てもいいでしょう。」というそぶりをした。ショチュウコタツで寝るわけじゃない。お姉ちゃんの布団や毛布の上だったり、お母さんの布団の隅であったりする。「マメもお婆ちゃんのお世話したいのか。」「後犬人だとでも思っているらしいぞ。」と家族で話している。「だって心配になるじゃないか。自分で言うのも変なものであるが、察しは良い方だ。」「お母さんおきてよ、お婆ちゃんが何か言っている。」「何かしてもらいたいじゃないの。トイレに行きたいのかもしれない。」どちらかといえば、私たちは夜行性なのでこの点都合がよい。
2009.10.21
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ディサービスに行くのが大変になったので、介護用ベッドを用意して訪問介護に切り替えることにした。施設に入れるにしても再度介護認定しなおさなければ利用できる範囲が決められてしまうし、費用がかかりすぎる。何よりも今の段階では動けないだけでこれと言う病気は無いらしい。「もう一ヶ月くらいしないとケースワーカーが来ない。」と女房が言い出した。「要介護5で無ければ施設でも受け入れてもらえない。そのくらい待っている人が多いのだ。」(どこもかしこも年寄りだらけで大変な状態である。【年明けて老人大国どこへ行く】という状態である。)「それなら時間稼ぎをするしかなさそうだが医者に相談してみろ。私の処方した食品は摂取できなくなっているので再発している病気がいくつかある筈だ。」(水分も十分摂取できていないので脱水状態である。)年寄りという病気は仕方ないとして、私にはもう二人の年寄りがいる。私には兄弟が多いので何とかなっているが、私だけならとっくに破産している。
2009.10.21
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頭がいたいのだろうか。何回も「頭を切り離してくれ。」と言い出した。切り離せば生きてられないということは理解していないらしい。女房が「頭が痛いのか。」としきりに聞いている。なんとも要領が得ないのである。仕方がないのでノーシンを飲ませることにした。最近では認知症によいとされているものも飲まなくなっている。私が作ったいくつかのものである。アイスクリームやプリンやバナナなどはしっかり食べているが、ご飯や味噌汁は食べないので骨の方に異常をきたしているかもしれないという心配はあった。デーサービスに行って転んでお尻を打ってしまった。あまりにも「痛い。痛い。」というので病院に連れて行ったが打撲だけである。「あの年の人たちは骨がしっかりしている。」と女房が言い出した。「それはそうだ。若いころ、骨を作る時期に化学調味料はなかったし,出汁をとるにせよ、煮干などでとってそれを同時に食べてしまっていたではないか。砂糖の消費も今ほどは食べなかったし、食品添加物に至っては殆どなかったと考えられる。」「それにお前を生んでいるのでホルモンもしっかり動かしたことになる。むしろ、子供を生んだことのない人のほうが骨粗しょう症になる。」骨そしょう症は俺たちの年齢の方が問題になるだろう。団塊の世代とそれ以後の世代のことである。トイレにも立てなくなってしまった。「お父さん、介護認定を再度してもらって、養護施設に入れる手続きをして頂戴。」とくる。もう少し経って本当に立てなくなったら入れなければならない。打撲が直って自分で立てれば介護施設でも入所はできないだろう。申し込みをして順番待ちになっている人が20数名いると説明されてきた。症状の重い人から入所ということになる。申し込み用紙は親父のところに寄ったついでにいただいてきてある。それにしても頭を切り離せば解決するという発想はいったいどこから来るのだろうか。1-14
2009.10.21
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ゼウスが人間を作った時、ヘルメスに命じて理性を注入させた。ヘルメスは、一人当たりの分量を同じに作っておいて注入した。その結果。体の小さいものは、その分量でいっぱいになって賢明になったが、体の大きいものは、体中にいきわたらなかったので、思慮分別の足りない人間になった。(第120話)中学生時代ホームルームの自由時間に図書館で何気なく手にしたイソップ物語である。そのときは、「簡単な言葉と比喩を用いているけれど、辛らつなことを言っているなぁ。」ぐらいにしか感じていませんでした。あるとき、イソップ物語が急に気になりだして文庫本を買っておいた。高校時代である。その後、社会人になってもう一度読んでみた。ここでは感想を書こうとは思っていません。
2009.10.20
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連日のようにたくさんのアクセス有難うございます。足跡からお越しの皆様にもお礼申し上げます。友達申請も本当に有難うございます。日が短くなってまいりました。また、インフルエンザ等がはやっているようです。何卒注意していただきまして、ますます活躍されることをお祈り申し上げます。時々あっちこっちに脱線する上に文章が多いブログです。変化ミスや誤字もあります。読みにくいとは思いますがよろしくお願い申しあげます。また、たくさんのTBを頂いていますが、こちらの趣旨に合わないものは削除させていただいています。ご理解いただきます様お願い申し上げます。 不思議な玉手箱
2009.10.20
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(チョットした心遣いなんだけどなぁ。) おばあちゃんが介護の認定があって要介護3ということである。週に二日ほどデーサービスに行くようにした。家の中にいるだけでは刺激がないし、家族の帰りを待っていたのでは1日が長すぎてしまう。介護の専門家たちなのでそちらの仕事は完璧にこなすはずだ。それ以外の配慮はまことにできない。ここにもまたマニアル化された作業が垣間見える。寒いので、電気毛布を轢いて休んでいる。ストーブは危険であり、なるべく使わないようにしているためである。家族がいる間はその限りではない。10時ごろ迎えに来る。車に乗って出かけるのはよいとして、電気毛布のスイッチかコンセントくらいは切るなり抜くなりしていくのが普通だと思っているが、若い人はそうでもないらしい。あるときなどは玄関の鍵が掛けられていなっていた。いつも同じ人が送迎していないし、仕事上の伝達事項が上手くいかないのだろう。うちの娘にもこの傾向はある。家族なので女房が時々文句を言っている。しばらくは、直っているが時間がたつと元の木阿弥である。「コタツや電気毛布のスイッチくらい帰ってきたら入れていくのが常識だ。」と思っているが個々の作業はできるが仕事はしていないのである。忙しすぎるのかもしれない。いろんな年寄りがいてそんなところまで気が回らないのかもしれない。仕事をさせてみるとその人のおおよその能力は測ることができるだろう。そういう私も人のことは言えないけれど、自分への戒めにしよう。「人の振り見てわが身を直せ。」である。 【人鑑映せ現の我が姿 照る日曇る日雨ならば尚】【人鑑より】
2009.10.20
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(犬の目線で見たおばあちゃんの状態、人間になりたかった犬の物語より。) 先週からお婆ちゃんはディ・サービスに行くようになった。週二回くらい私一人(ああ、また勘違い、一犬だった。)になってしまうのである。朝の散歩はお父さんに変わった。ディ・サービスに行くのでその準備をお母さんがすることになりローテーションを変えてきたらしい。その日は車が迎えにきてお婆ちゃんは乗っていく、見送りは私の役目である。「よろしくお願いします。」とお愛想しなければならない。しっかり布施をしなければならない。そのときによって尻尾でごまかすときもある。この道具はそれなりに役に立っている。小さかったときからしっかり使わせてもらっている。そのたび、同じことばかりはしていられないのだ。別に忙しいとか都合とかあるわけではない。犬は体外暇なことになっている。私たちの仲間には忙しい犬もいることは知っている。盲導犬とか、警察犬という仕事をしているらしい。もともと私はそんな能力はない。できることからすればよい。実に変な割り切り方である。「みんなと仲良く遊んできて、・・。」と玄関先で見送ることにした。その後は長い時間待たされることになるが、お父さんは時々、その日によって違っているが、一日一回から二回くらい帰ってくる。お婆ちゃんの迎えが来る日はその倍かえって来ることになる。「行くと時と帰ってくる時間帯には家族がいてもらいたい。」といわれているらしいが、お客さん相手であるので、介護担当者に家の鍵は渡してある。お父さんが帰ってくれば車のエンジン音で識別できる。仕事の合間や昼食、宅急便の都合に合わせているらしい。「マメ。一人で退屈か。」と聞いてくる。「お前、鼾をかいて寝ていたけれど、・・・。」余計なお世話である。「私だって気を使っているのだ。それにだいぶ年である。ひどく疲れることもある。」と言い返すことにした。本来、私たちは夜行性である。そんなことが幸いしている。一日の大部分を寝てすごすことにした。しっかりと留守番だけはしなければならない。それでも夕方みんなが帰ってくれば居間に上げてもらってしっかり遊んでもらえるのが何よりうれしい。11-27
2009.10.20
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女房を駅まで迎えに言っている間に、女房がいると思って二階を探し回ったようだ。帰ってみると二階で物音がしている。女房が帰ってくるなり「どこへ行っているのだ。」と言い出した。「仕事にいって、今帰ってきたところだ。」何処かに遊びにでも行っていると思っているらしい。「お父さん、夕飯の用意をして、お婆に説明しなくちゃならない。」ご飯は炊けている。それ以外のものを作るだけであるが、そのやり取りが聞こえてくる。「私が今までうそを言ったことがあるの、」と聞いている。「私が誰だかわかる。」「そうさなぁ。」自分の娘もわからなくなってしまったのだろうか。「そんなことなら病院か施設にいかなくちゃならない。」といわれているが、病気で無ければ病院にはいけない。病院は好きではない。誰だって好んで病院に行く人はいない。雨は降っていない。何か天気が崩れるようなことがおきるのだろうか。今日は特に変である。夕方から相当変である。また「自分の家ではない。」とか、「暗くならないうちに帰らなければならない。」と言い出している。何回説明しても堂々巡りである。自分の親がまだ生きていると思っているのだろうか。しきりに「生まれた家に行きたい。」と言い出した。幼児体験しか記憶に残っていないのかもしれない。12-1
2009.10.20
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