TEA TIME

TEA TIME

2004.12.06
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カテゴリ: 未分類
今日は父の10回目の命日。


母から朝一番に電話があって、一緒にお寺に出かけた。
午後からサークルなので、ばたばただったが、
この日に一応、お参りにいけてよかった。

とってもいい父だった。

昭和一桁生まれにもかかわらず、とってもハイカラ。
とても優しく、物分りもいい。
家族と子どもをとても大切にしてくれた。


(ほんのちょっと手伝うくらいだけど、
この年代の男性が、台所に立ったり、掃除機をかけたりってことは
奇跡に近いのではないだろうか)
めったに怒らないけど、怒ったら怖い。

仕事もだいすきだった。
あと1年働けば50年勤続だから、何が何でも仕事に戻りたい、
といっていた。
私たち家族には「早ければ2~3日」と宣告されていたにもかかわらず。

高校生のころ、父が友達のお父さんよりも「年が入ってる」ことが
すごく恥ずかしかった。

彼が私の父になったのは36歳のとき。

ハハハハ・・・・・。
息子も私のことを恥ずかしがるのかな・・・???
自業自得だろうな、そうなったら。


以下、父が亡くなった直後の作品です。


「尊厳貫いて父安らかに永眠」


苦しみも痛がりもせず、家族全員が見守る中で
眠っていくように息をひきとった。

 模範患者と自らを称し、医師の指示には忠実に従っていた。
大好きなコーヒーや甘いものを一切口にせず、薬は必ず服用していた。
信頼できる医師と優しい看護婦さんたちに恵まれ、満足していたようだ。
特に私と同姓同名の主任看護婦さんは気さくな人で、
病室の前を通るときは必ず「どがんしよっね(どうしてる?)」と
声をかけてくださり、父のお気に入りだった。

 父のカバンの中に、署名押印済みの日本尊厳死協会申込書が
入っていた。退院したら自分で申し込みに行くつもりだったらしい。
「人間らしく死にたい」。
そんな父の思いを尊重し、延命よりも苦痛を伴わない処置を選んだ。
母も私も仕事をやめ、弟も仕事の合間をぬって精一杯の看病をした。
後悔はしていないし、父もきっと幸せだっただろう。
その日、私はうまれて初めて母の涙を見た。





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最終更新日  2004.12.07 00:12:11
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