全14件 (14件中 1-14件目)
1
結婚以来ずっと使っていた、スパイスのナツメグがなくなりました。小さなビン入りの、です。賞味期限がふと気になり、見てみると 「2001年、9月」。少しびっくりしました。結婚したのが1997年。初めてハンバーグを作った時に、このナツメグを買ったのでしょう。一度にたくさん使うものでもないし、なかなか減らなかったのでしょうね。ビンを洗って捨てるとき、ふと少しさみしいような気持ちになりました。結婚した時から11年間、ずっと身近にいた存在みたいに思えて。そのナツメグを買ったときには、これから起こってくるいろいろな出来事をまだ何も知らずにいた自分がいたこと・・・遠いあの頃の自分がかすかに頭をよぎって、懐かしいような悲しいような、寂しいような気持ちになりました。それは、ほんの一瞬のことだったのですが・・・
2009年01月31日
久しぶりに長男のことで悲しい思いをしました。長男の学年の普通クラスでちょっとしたいじめのような問題が起こりました。その問題についてプリントが配られたようですが、特別支援クラスに在籍している長男にはずいぶん遅れてプリントが渡されました。「あの件は解決しました。」という報告のプリントと一緒に。なんていうのか、長男はもはや「蚊帳の外」的な存在なのかしら?という思いでちょっと悲しかったのです。自分ごとであったなら、私は目をつぶったような気がします。だけど子供のことなので、引っ込んでばかりもいられず、思い切って先生に気持ちを打ち明けようと連絡帳に書きました。以前にも一度このようなことがあり、やっぱり一言伝えるべきだと思いました。「あのプリントが配られたとき、3年生のママさんからメールをもらいました。でも私はプリントをいただいてなかったので、何のことかわからず、大変寂しい思いをしました。 長男にも同じようにその都度プリントを配っていただけませんか?」 と。そして「長男が特別支援クラスへ移り、少しずつ忘れられていく存在になっていくような気がして辛いです。 みんなと違う学校生活を送っていくことは、さまざまなことに傷ついていかねばなりません。とても辛いです。」先生からの返事では何回も謝罪の言葉が書いてありました。先生のことを責める気持ちはさらさらなく、ましてや謝罪が欲しかったわけではないのですが、実際に何回も謝罪の言葉が書いてあるとなんだか余計に悲しくなりました。ただただ・・・私は寂しかったんですよねいろんなことが学年で1人だけクラスが変わってしまったこと少しずつ元のクラスのみんなと距離ができつつあると感じることそれより、何より、長男には障害がある、という事実そのことでいろんなことがうまくいかないこと・・・いろいろ いろいろ 悲しさの連鎖が繋がってしまう連絡帳の最後に「3年1組のみんなは保育園の頃からのクラスメートです。なるべくみんなと一緒に仲間に入れてください。」と書きました。ああ、私は母親になったんだなぁ って思いました。自分のことだったら私は引っ込んだままだったと思います。それが、子供のことでは遠慮できませんでした。なんか、そういう自分を、母になって今までの自分とは違う意思を抱くようになったことを、このことを通して知ったのです。そうやってまた一つ、「母」への階段を昇っていけたのだと思います。
2009年01月30日
昨晩から次男が熱を出しているので、今日はお仕事はお休みです。いつもなら保育園の準備をしたり、自分の準備をしたり、家の中を片付けたり洗濯モノを干したり、バタバタバタと目がまわるくらい忙しい朝です。今、久しぶりにのんびりとした朝の時間を過ごしています。先ほどは焦ることなく洗濯物を干しました。そしてゆっくりと乾いた洗濯物を畳みました。次男と一緒にマフィンを食べ、2杯目のお茶を入れました。今日は3月下旬くらいの暖かい日になるそうです。窓の外を見るとやわらかい陽射しが射しています。こんなふうにじっくり朝を味わうことは、どれくらいぶりなのかな・・・毎日お家にいた頃には、毎朝ゆっくりするのが当たり前だったので、かえって朝を味わうことはなかったように思います。忙しい毎日になったからこそ、ゆっくりした時間が貴重になって、こんなふうに朝をたっぷり満喫できるのかもしれません。こういうことに気づいたこと、それこそが実は幸せだったりするのかもしれないですね。
2009年01月29日
めざましのパクリみたいですが・・・(笑)先日薄汚れた(その犬になんとも失礼ですが)わんちゃんのことを日記に書きましたが、同じ場所で対照的なわんちゃんを見てしまいました。見たことのある貴婦人が、かわいらしいわんちゃんを連れて散歩していました。どこかで見たと思ったら、地元の歯医者さんの奥様でした。犬の種類に詳しくないので、どういう犬かわかりませんが、ぬいぐるみみたいに小さくて、見るからにセレブ犬でした。寒い日だったので、何かお洋服を着せてもらっていました。それから頭にはピンクのリボン。・・・・・・・ この前のわんちゃんに比べてなんという違いだろう ・・・・・・・犬といえども運命があるのだなぁ と思ったりしました。飼い主によって人生、犬生、ですか、が変わってきますね。何事も縁かもしれないですが・・・。
2009年01月26日
毎日の暮らしの中で、少しずつ「自分の定番」ができつつあります。使っていて良かったもの、使い心地が良い、自分好み、しかもお値打ち・・・こういう条件がそろって一つずつ定番ができてきます。最近定番に昇格したのは、お皿洗いのときに使う「スポンジ」。淡いピンクとレモン色と薄いブルーの3個セットで98円。今までいろいろと買って試してきました。キクロンから使い始め・・・キクロンはモノはいいことに間違いないのですが、1つが130円ほどかかること。ちょっと硬め、ということもマイナスでした。 ←使いこむと馴染んできますが…その後もいろいろと品定めをし、やっと今の商品にたどりつきました。ポリエステル不織布と、スポンジの両面使えるタイプで(キクロン式)色が優しいのがまずいい感じです。スポンジ部分も不織布の部分も両方キレイな色をしているのが、さらにいい感じです。洗い物が嫌いだし、汚れものがどーんとたくさんあるとき、心底グッタリしてしまうので、せめてスポンジはキレイな色を選びたいと思うのです。こんなふうに定番ができると、あとは買い足すだけになり、それだけでも暮らしがスムーズになるような気がします。ただ、商品はいつまで製造されるかが謎なので、突然お店から無くなったりするのですが・・・
2009年01月24日
寂しそうな表情をした(そう見える)わんちゃんを見ました。次男の保育園のお迎え時によく見かける飼い主さんとわんちゃんですが、今日はいつになく犬の方に目がいきました。毛並みがぼさぼさで、性格が弱そうに見えました。伏せ目がちな目をして、動きも鈍く見えました。体を見ると、あちこちで抜けそうな毛がかたまりになっていて見るからに「なんだかかわいそう・・・」という感じ。ぼろぼろになったフリースみたいな・・・ そんな印象でした。案外幸せものなのかはわかりませんが・・・夕方の寒くなってきたころだったので、余計にそのわんちゃんが寂しそうに見えたのかもしれません。明日はまた雪が降るということです。今晩から寒くなるそうで・・・。冬は苦手です。寒いのはどこか寂しいものですね。
2009年01月23日
昨日、いただきものの大根を煮物にしました。太ーーい大根で、輪切りにするととても大きくなりました。なので、半月切りです。義理の母の煮物がとてもおいしくて、大根の煮物もちょっと独特でおいしいのです。奥飛騨の郷土料理のようです。濃い味付けで、とても甘いのです。寒い国の理に適っているのでしょうか??大根の煮物は、にぼしから出汁をとって煮てあります。それから私の煮物では入れたことがない、サラダ油が入っています。(これは違和感ある方もいらっしゃるかもしれないですね)しょうゆやみりんを入れるように、サラダ油を入れるのです。最初はびっくりしましたが、コクが出て意外においしいです。そして初めて大根の煮物にサラダ油を入れてみました。どのくらい入れるのかは知らないので、少ーし、たらしてみました。冷まして味を含ませ、また火を入れてコトコトコトと。飴色のおいしそうな煮物ができましたよ。にぼしの味はしませんが、なかなかに義母の味に近づいた気がします。
2009年01月22日
アルバイト先に中国人の男性が2人います。かつてOLをしていた時に少しだけ中国語を勉強した経験があって、それが案外役に立つことが多く、また少し勉強しています。OL時代、毎年のように中国人の研修生が会社にやってきました。私は彼らの寮のお世話を手伝っていたこともあり、中国人ととても親しくなりました。その時にいろいろと中国語を教えてもらっていました。もうかれこれ15年くらい前のことでしょうか・・・ずいぶん中国語も忘れていたのですが、また中国語に触れることでいろいろと思い出されてくる言葉も多く、中国の人と話すことが楽しいな、って思います。少し前は韓国ドラマの影響で、本気で韓国語をマスターしようと思っていたところで(笑)。ちょっとごっちゃになることも・・・「大丈夫? 」と言いたいときについ「ケンチャナヨ?」と頭に思い浮かんでしまい、(韓国語に詳しい人はわかりますよね、代表的な言葉です)混乱してしまいます。中国人も韓国人も日本人も同じような顔をしているし、言葉や文字も中国経由で伝わっているだろうに、全く意味が通じなくなってしまうなんて、なんだか不思議だなぁって思います。それでも時々、同じ漢字を使い、同じように発音する言葉もあって、言葉の面白みを感じます。やっぱり根っこは一緒なのでしょう。いつか、中国に行きたいです。会いたい人がいるので・・・
2009年01月18日
大きな蕪を買いました。今晩、長男といっしょにスープを作りました。荒くつぶしてコトコト煮ているととろとろのスープになりました。そこへミルクを足しました。おいしい おいしいスープになりましたよ。毎年食べたくなる、冬のごちそうですね。
2009年01月14日
寒い寒い冬の夜ふいに気持ちが落ちていきます。落ち込む、とか、でなくってもっと深い無常観みたいなものかもしれません。なぜか急に我にかえってどうしょうもなく焦ったような気持ちになりました。取り返しのつかない時間をたくさん過ごしてきてしまった、というような…何か言いようのない寂しさを感じてしまったのです。ただの寂しさとは比べようのない深い深い寂しさを、ふと感じてしまいました。小さいころからときどき襲ってくるこの深い寂しさの津波。今、この津波が行き去るのを、じっと待っています。寒い寒い冬の夜に。
2009年01月12日
![]()
最近の楽しみは夜にワインを飲むこと。去年の秋、大好きな「井筒ワイン」のワイナリーへ行き、お土産に少し買ってきました。それをちびちびっと飲む、これが大変よろしいのです。ごはんを食べて一通り後片付けもし、一息ついたところでワインを少し。小さめのウォーターグラスに半分くらい。とくとくとくっと。初めて井筒ワインを飲んだのは25歳くらのときでした。お歳暮でいただいたものを何気なく飲んでみたのが出会いです。それまで飲んだどのワインよりもフルーティーでおいしかったんですよね。ついついハマって、ワイナリーまで行っちゃいました。 ← この赤、飲みやすくておいしいです。このワイナリーの近くに雰囲気のあるお蕎麦屋さんがあります。信州の独特の食べ方(だと思います)でお蕎麦をいただけます。田舎味噌が薬味に出てきたり、鴨のつくねのスープのおつゆが出てきたり。古民家をお店にしてあるようで、とてもいい感じです。そこのお蕎麦屋さんでもこのワインが置いてありました。さて。これから、少し赤ワインをいただきます。
2009年01月08日
タイトルの漢字は「ばくち」です。言葉では使いますが、漢字は案外使わないですね。小学生の頃、小学生でもまだ小さい頃だったと思います。毎年お正月には母の実家へ泊まりに行っていました。年末年始、テレビを見ながらトランプや花札、麻雀などをやったものでした。昔、一緒に住んでいたおばあちゃんが私がまだ小さいうちから花札で遊んでくれました。かなり小さい頃から「花合わせ」や「こいこい」ができたと思います。おばあちゃんは時々戦争のときの話をしました。「戦争中はバクチが禁止されていたから花札ができなかった。だから電気の傘の上に布をかぶせて花札をしたものだ(明かりが外へ漏れるとバレるため)」と話していました。そのときおばあちゃんが「花札をすると警察に捕まる」と言っていたので、小さい頃は少しドキドキしながら花札をしていました。窓の外を気にしたりして。麻雀も小さい頃から覚えました。花札や麻雀ができると大人たちによく驚かれ、それでちょっと得意げになったりしてたものです。今年もトランプや花札をずいぶんとやりました。ちらちらと小さい頃の記憶が甦ってきて、いろいろと思い出すことがあったりして、それがまた楽しかったです。
2009年01月04日
年賀状の楽しみの一つに、宛名の字を眺める、ということがあります。最近はパソコンで宛名入力&印刷してある人が多くなってきましたが、やっぱりその人の字で宛名が書いてあるのはちょっとうれしいことです。(そういう我が家の年賀状も夫に任せてあるのでパソコンの印刷です…)私宛の宛名の字を見て、誰からいただいた年賀状か、だいたいすぐわかります。それがなんとなく楽しいひとときだったりします。筆ペンでもマジックでも、その人その人の字には特徴があって、それがわかることがなんだかちょっと楽しいのです。それだけその人のことを知ってる、というか・・・字って年月が経っても変わらないものだなぁ、と考えたりとか・・・本質的には変わらなくても微妙に変わってくる人がいたりもします。年を重ねて、字を書く機会が増えたのか、それとも周りの人の字の影響を受けているのがわかったりもします。(若い人と仕事をしている友達はあきらかに今風の流行り文字になっていました。)今年はある友達の字が明らかに違和感がありました。宛名の字は筆ペンのようでしたが、その人らしい特徴が見当たりませんでした。とても上手な字だったし、どなたかに代筆をお願いしたのか、それともペン習字でも習ったのかもしれません。今度それを訊ねてみるつもりです。「あの字はあなたの字だったの?」って。年々習字への興味が高まっています。真っ白い紙に黒い墨で字が書いてある、その色のコントラストがとても美しいことに惹かれつつあります。私も少し字の練習をしてみようかしら。
2009年01月03日

あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいます。なかなか日記を書けませんが、できるだけ言葉を残しておきたいと思っています。何かひと言でもその日の記念に、何か書き残せたらいいのですが・・・昨夜はあっさりと新年を迎えました。年々あっさりになっていきます。テレビの中だけはカウントダウンや新年のおめでたさで溢れています。そういうのをどこか遠い距離を置いて見ているようでした。日付が変わり、お布団の中で除夜の鐘を聞きました。 ぼーーーーん ぼーーーーんどこのお寺さんから聞こえてくるのか、毎年疑問に思いながら、年々時間が流れていきます。 小さい頃、母のそばで除夜の鐘を聞いたことを思い出していました。父の勤務は夜勤があり、たまたま大晦日の日が夜勤に当たった年がありました。母と弟と私と3人。二つの敷き布団を横向きに並べて寝ていました。たて向きに敷くと(たて向きが正常ですが)真ん中の人が布団と布団の境目に挟まってしまうので横向きに敷いて寝ていたのでした。父が厳しい人だったので父の夜勤の日はうれしいものでした。その夜勤が大晦日の日に当たる、それはそれはとても心ときめくことでした。(父には申し訳ないのですが…)除夜の鐘を聞くくらいなので、私はそれなりに年齢が上がっていたのだと思います。なので普段は2階の自分の部屋で寝ていたはずです。それが父がいないということで、母のそばで寝ることができたのでしょう。だから今でもうれしかった思い出として私の記憶に残っているのだと思います。弟はもう眠り、静かな時間が流れていました。 ごーーーーん。ごーーーーん。(ぼーーーん、よりもっと近くで聞こえる感じ)「除夜の鐘って本当に聞こえるんだね」と少し驚いて母に言いました。近くのお寺で実際に除夜の鐘をついていることを知らなかったのです。母はその時私に何を話したのか、それは全く忘れてしまいました。ただ、その時の心からの満足感母のそばで心やすらかに寝ていること、静かな空気の中で除夜の鐘の音が意外にもよく聞こえてくる、そのしみじみした夜のひととき、子供心に この瞬間は忘れないだろう と思っていました。 * * *毎年、私はあの時の自分を思い出します。昨晩も除夜の鐘が聞こえてくるたびに、ふんわりとその時の気持ちが甦ってきました。遠い昔の、ほんのひとときの、とても幸せだった私に・・・今年も会いました。
2009年01月01日
全14件 (14件中 1-14件目)
1