寺山修司倶楽部
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↑ クリックしてください。『寺山修司 過激なる疾走』(高取英・著)を原作にした演劇公演が予定されているようです。 そこで、メールマガジン版『寺山修司くらぶ』より、この本についての会員の文章を載せておきます。「僕も家出したかもしれない~高取英『寺山修司 過激なる疾走』評」 (原達也 『寺山修司倶楽部』会員) あれは1970年春。学校の始業式が始まる前日だったか、昼間正午にワイドショー番組でも見ようとテレビを点けたら、空港に飛行機が止まっている映像が映った。当初は何事やらさっぱり判らなかったが、やがて飛行機が全学連くずれの連中に乗っ取られたらしい、という報道が耳に入ってきた。世にいう赤軍派の「よど号ハイジャック事件」である。乗っ取った犯人グループのリーダー田宮高麿は、犯行声明書で「我々は『明日のジョー』である」と述べたと言われている…。 多分本書の著者高取英も僕と同じようにテレビでハイジャックの映像を見て、驚いた口だろう。さらに突っ込んで言えば、その声明書に『明日のジョー』の名があった事にもっと驚いたのでは? 説明するまでもなく『明日のジョー』は少年マンガ史上最も人気のある作品の一つで、高取も『「梶原一騎」を読む』(ファラオ企画)という編著で、詳しく作品分析をしている。その人気漫画が「市民社会の敵」とされていた赤軍派の口から出た事、そして同じ年寺山修司が喪主として『明日のジョー~』の主人公矢吹丈のライバルであり、ジョーとの試合後死んでしまう力石徹の葬式を敢行した事は、多感な漫画少年であった高取に大きな影響を及ぼした事は明白だ。 本書は寺山のスタッフとして働いた事もある高取が、膨大や資料と寺山について書かれた論評などを基に、寺山の生誕から死までを書き綴った労作である。寺山についての私感は抑え気味な文章にはあれ、と思ったりもするが、身近に接していたからこそそういうスタイルで書かずにいられなかったとのかもしれない。タイトルが「過激な疾走」となっているように、寺山はどのジャンルにおいても定型を破壊して新たな表現を模索する「過激派」であったと、高取英は主張して止まない。短歌での模倣問題や劇団『天井桟敷』の活動でのスキャンダルについては既に良く知られている話で、本書を読んでも特に新しい発見は得られなかったが、高取が本書で特に拘って書いているのは第五章~第九章に当る「60年代の寺山」についての記述だ。 60年代の寺山の「疾走」はまずラジオドラマの台本執筆『大人狩り』から始まり、多くの知識人が当り前に安保反対に唱えていた時期に書かれた、反・反安保をテーマにした?戯曲『血は立ったまま眠っている』と篠田正浩の映画の脚本『乾いた湖』があり、そして問題の著書『家出のすすめ』へと続く。過激なメッセージで装いつつ若者の自立心を促した『家出のすすめ』が世の中にどういう波紋を及ぼしたかについての記述は、殊更拘りを持って書かれているようだ。 独創的な論評と言えるのは、寺山の「ライバル」として三島由紀夫を登場させてその相違点について一章を割いている事。左寄りの論客と右寄り論客と容易く分けられてしまいがちな二人には漫画や同性愛への関心や全共闘運動への関わり、丸山(現・美輪)明宏)を通しての演劇活動の繋がりなどにおいて、二人には思想を越えた共通項があった事を高取は指摘する。そこにサブカルチャーがごった煮風に押し寄せてきた60年代という時代へのノルスタジ―が垣間見える事は否めないのだが、やはり時代状況と密接に関わっていた60年代の活動に寺山の際立った過激性を感じる、という見方は1952年生まれの高取にしたら一番しっくりする、という事だろうか。 70年代以降の寺山の「過激な疾走」は、ほぼ演劇と映画の2ジャンルに限定されていくのだが、寺山の関わった全ジャンルを含めて生涯の代表作を映画『田園に死す』であると主張する考えもまた「寺山の最良の仕事はやっぱり短歌だ」とされがちな大勢の中では独自性があるし、演劇活動に対する詳細な記述は本人もまた演劇家故の物である、と捉えるべきであろう。 僕は高取より年齢は若干年下なので、高取のように「寺山修司と60年代」を熱くも語る事は不可能だが、もしリアルタイムに『家出のすすめ』を読んだとしたらやっぱり家出したかも、なんて思う。高取英も僕も昔「家出したかった少年」だったのだ。寺山修司 諸作品より 寺山修司 -過激なる疾走-(DVD) ◆20%OFF!寺山修司 平凡社図書目録 検索詳細情報 --------------------------------------------------------------------------------寺山修司 過激なる疾走(平凡社新書 331)高取英=著定価:819 円(本体:780 円) 新書判 256頁 2006.07 ISBN978-4-582-85331-5 C0277 NDC分類番号 775 俳句、短歌、詩にエッセイ、映画、演劇、さらに競馬評論など多面的に活躍した寺山修司。寺山の出版スタッフを務めた著者が、個人的な体験も含めて書き下ろす〈決定版 第一章 父の戦病死と二人の〈母〉──寺山修司の生い立ち二人の〈母〉/戦病死した父/母・はつの数奇な半生相次ぐ転居と母のキャンプへの就職/母への愛憎/〈一所不住〉の生活第二章 孤独な少年は石川啄木にあこがれる――映画と俳句の関係転校生として/孤独な少年時代/石川啄木へのあこがれ/洋画封切り館・歌舞伎座俳句にのめりこむ/文学と映画の共存第三章 学生歌人の光と陰――『短歌研究』の特選と〈模倣問題〉「チェホフ祭」で『短歌研究』特選に/〈模倣問題〉/寺山修司のオリジナリティ論吉本隆明による寺山短歌の評価第四章 大学での初めての体験――恋愛とネフローゼと早稲田大学での山田太一との交流/かずこへのあこがれ/初恋・夏美篇初めての演劇体験第五章 シナリオ執筆で才能開花――一九六〇年を生きる退院とラジオドラマの執筆/ラジオドラマ『大人狩り』の反響ヒトラーへの強い関心/学生歌人・岸上大作を批判する/映画『初恋・地獄篇』第六章 エロスのアナキストへ――『乾いた花』と六〇年安保闘争の関係『血は立ったまま眠っている』/テロリストを主人公にした『乾いた花』政治とエロスのアナキズム第七章 結婚と『家出のすすめ』――寺山修司の思想的背景九條映子との出会い「去り行く一切は比喩にすぎない」はオスワルト・シュペングラーか?ネルソン・オルグレン――隣人小説への共鳴/自立としての〈家出〉『家出のすすめ』の衝撃/ボクシングは血と涙のブルース第八章 ライバルは三島由紀夫――サブカルチャーの先駆者としてサブカルチャーの理解者/〈戦後民主主義〉を批判する〈絶対追求者としての過激派〉第九章 〈価値紊乱の時代〉の煽動者――六〇年代後半のアングラ文化寺山修司と唐十郎/〈エロスの戦略〉/我々は「あしたのジョー」なのか?第一〇章 映画と演劇における〈私の解体〉――『田園に死す』『星の王子様』『青ひげ公の城』など人力飛行機による〈故郷の脱出〉/映画『田園に死す』と虚構の問題劇の中断と〈私の解体〉/〈三角関係〉の作家/「一千万のドラマ」を第一一章 天井桟敷の実験とその疾走――〈演劇の革命〉を求めてタカライジンの敗北と文学青年の死/演劇実験室・天井桟敷の結成天井桟敷の〈変貌〉/〈観客〉という存在を問う/海外公演と市外劇集団制作としての〈寺山修司〉/『奴婢訓』と『レミング』――後期の代表作終章 私の墓は、私のことば――〈不完全な死体〉から〈完全な死体〉へ身近にあった〈死〉/北里大学附属病院に入院する/“のぞき疑惑事件”の実際吉本隆明との〈死〉をめぐる対話/〈死〉を意識しながら生きる肝硬変の自分をさらす/「フィンランディア」とカレー河北総合病院への入院と死/仮通夜、告別式、永遠の別れへ寺山修司年譜現在も「サブカルチャーの先駆者」として若い世代の関心も集めている。寺山の出版スタッフを務めた著者が、個人的な体験も含めて、この多面的で複雑な人物の全体像を書き下ろす。寺山を知りたいとき、論じたいときに。 高取英 たかとり・えい1952年大阪府生まれ。大阪市立大学卒業。劇作家、京都精華大学マンガ学部教授。劇画誌編集長、寺山修司のスタッフを経て月蝕歌劇団を結成。
2007.01.30
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