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☆ 原達也さん(『寺山修司倶楽部』会員)から、投稿が来ました! ↓ 有りそうでなかった寺山と60年代を代表するスター映画女優の吉永小百合の顔合わせによるNHKドラマ『わが心のかもめ』(原作は曾野綾子で寺山は脚本を担当)は、初老の演劇家(芦田伸介)が締切りに追われ、切羽詰って考えついた戯曲というスタイルを取って描かれる。 巨大な映画ポスターの前でお互い雨宿りした事で知り合った男女(吉永&加藤剛)。女は競馬狂の父との暮らしに悩ませられている旅行会社の社員、男は人形劇団の演出家。二人はお互い好き合って結婚を意識するが、女は父の不始末から好人物でも愛してはいない人物に金銭的な援助を受け、その男との結婚を余儀なくされてしまう。 結婚後女は交通事故に遭ってその後遺症で記憶が錯乱し、男が病室に訪れてもかつて恋した男とは気付かない。その一方で女は途切れ途切れの自分の意識の中では男と結婚したと信じきっている。男はそんな女の前で君が恋したのは僕なんだと敢えて告げるが、現実に男との恋が実らなかった事を知った女は男の前を立ち去り、海へ入水自殺してしまう…と戯曲のストーリーを語った演劇家は最後にこれは虚構ではなく、私自身の話なんだと明かす。 設定と題名からして、このドラマのがチェーホフ『かもめ』を念頭に置いた物であるのは明かである。しかし高名な女優で作家志望の若者と新進女優の恋愛を描いたチェーホフ版と比べ、寺山版『かもめ』の二人は無名者であり、そしてあまりにも孤独な存在だ。 代表作『キューポラのある街』に象徴されるように、吉永小百合のイメージは自分にも社会にも常に肯定的で明るい笑顔を絶やさない少女、という事になる。このドラマにおいてもその屈託のない笑顔は演出的に生かされている。しかしその太陽のような笑顔の裏に寺山は「淋しさ」や「哀しさ」を見取っていたのかもしれない。考えてみれば吉永小百合という人は映画の中では嫌になる程恋をしているが、私生活では決して恋に恵まれていたわけではなかった。 寺山的には可能であるならばそういう「現実」と「虚構」の吉永小百合像を重ね合わせる事で、映画とは異なった「吉永小百合」像を形造ろうという企みがあったのかもしれない。果たして吉永小百合が寺山のそういう意図をどこまで汲み取っていたのかは不明ではあるが、確かにここにあるのは清楚ではあっても『キューポラのある街』の少女とは相反する、「世界であなたと二人きり」みたいな中で自死へと誘われる、エロス的な一面をも持つ女を吉永小百合は演じきっている。 寺山側からこのドラマを捉えると、チェーホフ戯曲のイメージの産物であった「かもめ」を、換骨奪胎して自分のイメージに引き付けたという意味で記念すべき作品だったと考えるべきかもしれない。やがて寺山は「かもめ」をテーマにした楽曲で浅川マキやカルメン・マキを世に出す事になるのだ。結論づければ『わが心のかもめ』は劇団『天井桟敷』の結成など過激な側面ばかりがクローズアップされがちな寺山の、隠れた珠玉の仕事と言えようか。 最後に余談になってしまうが、この年吉永小百合は『白鳥』(監督・西村克巳)という映画に主演しているのだが、『わが心のかもめ』と符合する部分が多い。まず題名が同じ鳥類だし(笑)、二人の男の間で揺れ動くという設定も似通っている。そして結局本当に好きな男とは現実で添い遂げる事は適わず、ヒロインは海に入水自殺してしまう結末は全く同じなのだ。ただ大学教授の父に愛されて育ったブルジョア令嬢という役柄は全く対照的(片親の設定は一緒だけど)。もしかしたら『わが心のかもめ』と何らかの関連があるのかもしれないが、まあ今となってはどうこう言っても詮無き事ではある…。 ↑ クリック、クリック。
2007.08.30
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元「天井桟敷」J・A・シーザーの「演劇実験室 万有引力」の公演案内が届いてた、「夢のコンタジオン劇 螺旋階段 寺山修司プロジェクト」(テキスト・寺山修司と書かれてる)。↑ クリック、クリック。
2007.08.25
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