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マイギャラリーでの3月の展示会のイベントは、フロリストの方とのコラボにきまった。「春を感じさせるようなお花をつかったオブジェ」という私のリクエストで数点つくっていただくことになったが、その材料のひとつで、cornus alba(和名はサンゴミズキというらしい)という木の枝が必要らしい。そんな木、いままで聞いたことがなかった。幼い頃は山の麓で育ち、地元札幌の草花の名前はほとんどすべて暗記していた私なのであるが、(残念ながら今では半分も覚えてはいないが)いままで樹木にはあまり興味がなく、葉や花に特徴のある木を数種知っているだけのことにいまさらのように気がつく。ましてや今は、葉も花もない枯れ枝の時期。「どうやってみつけるのだろう」と思いきや、幸いなことに、そのcornus albaという木は枝が赤いのが特徴で(それで、サンゴという和名がついているのだろう)それを目印にすれば良いという。どこにでもはえている木らしいので、まずは、自宅とギャラリー間を探してみることにする。マイギャラリーにいく途中には、イザール川沿いに公園が続き綺麗な散歩道になっている。こういう緑が街の中心街にあるところがミュンヘンの魅力だろう。かなりひさしぶりに、朝の空気をすいながら、林の間を歩いてみる。空気も澄み朝の日の光もやわらかく、とても気持ちが良い。そして、いつもは注意もはらっていない木々をみつめてみる。太い幹、細い幹、つるつるの木肌、ザラザラな木肌、まっすぐな木、曲がった木、、、、、。見慣れた風景がまったく新しく感じる。リフレッシュした気分になりながらマイギャラリーまで歩いたが、結局お目当ての木はなかった。公園の反対側にはあるかと思って、帰宅の際も徒歩で少し遠回りをして探してみたが、やはりそこにもなかった。最近あまり歩いていないせいか、すこし足も痛い。「なかなか見つからないものだな、、、」と考えながら自宅に到着した、そのときである。ふと、目をやった先に、赤い枝。玄関先にはえている木の間にcornus albaがひっそりはえているのをみつけた。なんと、今日一日探していた木はずっと前から家の前にはえていたのである。思わず、笑いながらある句を思い出した。ーー 春は、枝頭に在って已に十分 ーー私の枝探しとこの句ではくらべものにもならないが、ふと、日頃あまりにも物をみているようで、なにもみえていないのではないか、という気がしてきた。特に、近くにあるものを見過ごし、遠くにあるものばかりにめがいっているのではないか、と。発見した喜びとともに、少しばかり考えさせられた夕暮れ前の出来事だった。 尽日、春を訪ねて春を見ず 芒あい踏み尽くす隴頭の雲 帰り来たって笑いつつ梅花をつねって嗅げば 春は、枝頭に在って已に十分 探している物は、案外身近なところにあるのかもしれない。おわり
2007年02月21日
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今、ドイツではカーニバル(バイエルンでは、ファッシングとよばれる)の真っ最中なのだが、この火曜日、お祭りは頂点に達する。ミュンヘンの中心街にある市場、ヴィクトリアン市場では、11時から「tanz der marktfrauen」(市場で働く女性の踊り)とよばれるイベントがある。仮装をしたその市場で働く女性たちが、ミュンヘン市長とともに踊りを披露するのだが、ミュンヘンではファッシングのなかで一番の目玉でもあり、かなりの人でにぎわう。今年は特に200年記念だそうだから、盛大に行われるのではないだろうか。それにしても、ケルンのほうとは違ってカーニバルの伝統が薄いバイエルン州のファッシングはいまいち盛り上がらないような気がする。連日連夜お祭りさわぎをして仮装にもかなり命をかけているライン地方にくらべると、ミュンヘンでは街を歩いていても全然熱気が伝わってこない。仮装しているひともパラパラとみえるだけ。お国柄というか、地域色はこういうところにもあらわれるのだろう。そう、ミュンヘンにはオクトーバーフェストというお祭りがあるわけだし。一年中お祭り騒ぎじゃ、体力が続かない、、、か。おわり
2007年02月20日
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galerie terra aurijewellery artdo &fr 12:00 - 19:00sa 12:00 - 16:00termine nach vereinbarungtel. 089-44409772inh.satoko takeichi-daentlterra-auri@web.de
2007年02月19日
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本日、インタビューのアポひとつ有。先日も、ドイツの新聞にカラーで登場した私なのであるが、(といっても、日本滞在中の出来事により、いまだに実物をみていない本人なのである)今日は、インタビューをしにジャ-ナリストがマイギャラリーにくることになっている。とはいっても、マイギャラリーや私の宣伝をしてくれるわけではなく、なんでも、「経済的視点からみた、ミュンヘンと日本人」についての話を聞きたいらしい。う~ん。経済的利点ですか。まあ、一応ビジネスはしてはいますが、根っからのアーティストで、職人の私にそういうことを聞いても、、、、。と思いながら、ジャーナリストの方を待っているところなのです。はい、ただいま待機中
2007年02月17日
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2月14日はヴァレンタインデー。それはドイツも同じ。しかし、日本と違うのは、チョコレートを送る習慣がないのと(あれは日本だけでしょう)、恋人同士がお互いにプレゼントしあう、ということ。まあ、たいてい男性からはバラが贈られるようだが(というわけで、ドイツではチョコレート業界ではなく、お花屋さんの稼ぎ時)気持ちが伝われば何でも良い。「片思いの彼に、今度こそは手作りチョコでっ。」と乙女が頑張る日本のヴァレンタインとはちがって、ドイツではこの日は告白タイムでも、義理でなにかを贈る日でもないのだが、今から19年前、そんなことは知らないドイツに来たての私は、当時ちょっと好意をいだいていたある人(ドイツ人)に、思い切って2月14日にチョコレートをあげることにした。カチンコチンになって、チョコレートをさしだす私に、彼は、「、、、、、」(なんでチョコ?という顔)しばしの沈黙のあと、「、、、、ありがとう!」(よくわかんないけど、もらっとこう!という顔)とだけいって、首をかしげながら去っていった、、、、。(俺、チョコなんて好きだっていったかなあ、、、、という顔)結局、2月14日と、私と彼と、チョコとヴァエンタインデーとの因果関係が彼にはわからなかったらしく、ドイツでは、勇気をだして行動にうつした私の乙女心は届かなかったのである。しかも、日本全国の乙女が期待と恐怖の想いで胸をふくらませる一ヶ月後、3月14日のホワイトデーなるものは、もちろんドイツにはあるはずもなく、私の想いは無惨にもダブルに崩れさるのであった。これが私のドイツ初のヴァレンタインデー、ほろ苦い(全然そうでもないが)思い出である。おわり
2007年02月14日
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今日は、ミュンヘンでの一番古くて、親しい友のお父さまとのお別れだった。夜いつものよう眠りにつき、朝になってもその眠りからさめなかった、静かな最後だったらしい。分裂症と闘い15年。もっとも、宇宙人と会話をし、惑星の間を自由自在に旅することの出来た彼には、闘病生活の自覚はたぶんなく、家族が闘った15年かもしれない。いまから19年前。私が、この家族と知り合ったのは、ミュンヘンにきて間もないころだった。長女のモニカとは高校の同級生。ドイツ語がまだままならない私に、彼女は根気よく身振り手振りでいろいろと教えてくれた。しかし言葉がわからなくても、音楽を通じて、すぐ私たちは意気投合し、家にも遊びにいくようにとても仲良くなっていった。食事をごちそうになったり、兄弟と共に遊んだり、家族も親戚もミュンヘンにいない私の為に、私の誕生会をひらいてくれたり、、、、、。ミュンヘンでの私の家族だった。それから、日本からきた私を本当の家族の一員のようにうけいれてくれたこの一家が、その3年前にチェコ(当時チェコスロバキア)からドイツに亡命してきたことを知る。その当時の話をまだあまり上手ではないドイツ語で、お父さまは語ってくれた。だれにもきずかれないように、友人にも、親戚にも、兄弟にさえもいわずに計画し、家族をつれて夜逃げしたこと。国境で、荷物をもちながら子供3人をつれて走っているときに、あやうく射殺されそうになったこと。やっとたどりついた入国関門が、オーストリアのものか、ドイツなのかわからず、先に進むのも一か八かだったこと。(ドイツには、政治亡命者受け入れがあるが、オーストリアにはないために強制送還となる)そんなやっとの思いでたどりついたドイツでも、難民キャンプを点々としながら、生活はけっして楽なものではなかったこと。最近、やっと家族が一緒にすめるアパートに越してきたことなどを、どんな話でもいつも大きなゼスチャーで笑いながらジョ-クをまじえながら話してくれた。遊びにいくたびに、得意の手料理(もちろん、チェコの郷土料理)をごちそうしてくれ、モニカが、「もう!私たちをふたりにしておいてよっ、大切な話があるんだから!」と文句をいってもおかまいなしに、私と話したがっていたおとうさま。それから4年ほどで、段々声が聞こえるようになって、突然暴れだしたり、意味不明のことをくちばしることになるわけであるが、それとは関係なく、私も高校を卒業してからは、家族とは疎遠になっていた。数年後に、モニカからおとうさまが病気であることを聞かされる。---------分裂症だった。昨日の告別式では、チェコからきた親戚が集まり、チェコ人の神父さまがセレモニーを進めるなか、モニカが2曲歌を捧げた。前日までショックと疲労で風邪をひき、寝込んでいた彼女が、歌いだした途端、その声は澄み、少しの震えも迷いのない、天までとどくような素晴らしい歌声だった。幼い頃から、歌を歌うのが大好きで、反対されながらも歌手のみちを選んだモニカのコンサートには、すでにそのころには発病していたおとうさまはあしをはこぶことはなく、ついに一度も彼女の歌声をコンサートホールで聴くことはなかったという。セレモニーの後、「パパ、とってもよろこんでいると思うの。歌いだした途端、体中にエネルギーが満ち満ちてきて、『ああ、パパが聴いてくれてる』って。」そういった、彼女の顔はもう泣き顔ではなく、不思議なおちつきで輝いていた。モニカと同い年の私に、いつも、「お前も、私の娘だよ。モニカの双子だ。」といってくれた、おとうさま。ありがとう。これからも、私たちをみまもっていてください。千の風になって。合掌
2007年02月12日
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ひさしぶりに、日本人6人集まってのケーキな集い。レアチーズケーキとベイクドチ-ズケーキの2つをつくるという欲張りな企画に、本物のパティシエさん(彼女、今、マイスター学校にいっているの)を参加させる、という贅沢な日曜日。ケーキをあまりつくらない参加者2名は、メモを片手に奮闘。手順をまちがったり、材料を入れ忘れたり、(せっ、せんせい!)パプニングはあったものの、無事完成!とても、おいしく、楽しいケーキな集いでした。第二弾は、14日。特別企画、ヴァレンタインチョコレートケーキな集い。楽しみ、楽しみ。終わり
2007年02月11日
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おお、、お猫ちゃん。到着~。眠れぬ夜を過ごした私は、少々寝不足気味。当ののお猫ちゃんも、かなり緊張気味。これから、5週間、愛に日々になるか、、、(それとも、地獄の日々になるか、、、)それにしても、彼女の荷物の多いこと!いままで預かった猫ちゃんたちは、マイトイレ、マイおもちゃ、マイ食器、くらいでのお引っ越しだったのに、彼女は、それプラス、マイ毛布、マイ爪とぎツリー、マイ昼寝プレート、などなど、人間並みのお荷物。(着替えの服がないだけで)お客さま用のバスルームを彼女用に使うことにした。5週間、よろしくね。期待してるわよっ。おわり
2007年02月10日
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私は、大の猫好き。日本にいたときも、ドイツでも、猫と共存していたのに、ここ数年、猫日照りが続いて、、、、。そんな生活にも突然変化が訪れたのであった!(5週間の期限付きだけど)そう、明日、お猫ちゃんが我が家にやってくることになった。しかも、何の面識もない相手。(猫も、飼い主も)まるで、お見合いのような出会いにドキドキな気持ちは隠せない。実は数日前、ミュンヘンの日本人MLひとつで「どなたか、猫をあずかってくれませんか?」、という投稿があったのである。「ふ~ん、すぐみつかるだろうなあ、きっと」程度のかるい気持ちで読み流していたら、数日後の投稿では、「みつからなかったので、隣人にたのむ」とのこと。5週間もひとり?それは、かわいそう、、、、。よし、私のところにきてもらおう!そんなノリで、お猫ちゃんをおむかえすることになったわけだ。どんな猫なんだろう、、、。相性はあうのだろうか、、、。本当にお見合いの前の晩のように、眠れない夜になりそうだ。(といっても、実はお見合いというものをしたことがないのだけど。)おわり。
2007年02月09日
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