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次回のイベントは3月3日です。詳細は2月末にお知らせします~
2011年01月31日
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「これ、何の石?」と思われるかもしれないけれど、実はなんの変哲もない普通のシルバー。先日、シルバーを溶かしている最中に来客があり、作業を中断。るつぼのなかでまた冷却してしまっていたシルバーが今日こんな色になっていた。シルバーを溶かす際には、酸化防止の為にボラックス(ほう砂)を加えるが、それとの反応だろうか。七宝のようにきれいに光っている。また溶かしてしまおう、と思ったけれど、とても奇麗なのでもう少しこのままに。
2011年01月30日
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「まっぷる ドイツ版」に掲載していただいてから、日本からのお客様が増えており、本当にうれしく思います。ありがとうございます!(住所のみではアクセスがわかりづらいようですので、マップなどを検討します。もう少々お待ちください)お客様方より、日本の話題、最新情報などをお聞きしたり、いろいろな地方のお話を伺うのもとっても楽しいですし、なんといっても、、、、、、時々、「置き土産」などをいただけるのが、うれしいです!笑 ふふ先日も、日本よりご来店のお客様に、まるちゃん「白い力持ちうどん」をいただきました。カップラーメン系にはまったく疎い、私。日本に帰って、お店にズラ~っとならぶカップラーメンを前に、毎回「食べてみたいな~」と思いながらも、買う勇気がなかなか出ず、、、、。今回の「白い力持ちうどん」も初食、でした。(全国発売でしょうか?それとも限定?)いやぁ、それにしても、カップラーメンって、日本の偉大な発明ですよね。(いまさらしみじみ言うのもなんですが)小学校のころ、東洋水産の工場見学をした際に衝撃が走ったのをおぼえています。さて、、、、、ギャラリーへは、市電の18番が一番わかりやすいです。(AM GASTEIGで下車100m先)ミュンヘンフィルから徒歩3分、ドイツ博物館の近くですので、お気軽にお立ち寄りください~(あっ、お土産の催促、ではないですよ!念のため。笑)
2011年01月29日
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ギャラリーの奥にある、私の工房。インスピレーションが浮かぶまま、楽しく(時には、怒りながら)制作しています。この大きな作業机も、家具職人さんに特注でつくってもらいました。5年使ってますが、あちこちに、傷や焼き跡などの、研修生や生徒さんの「あしあと」がつき、味が出てきました。散らかし放題で、1人で5人分の作業机を占領することも、、、、。(というか、ほとんどいつも独り占めしてますが)ときどき必要ないものは撤去しないと、私のほかは誰も作業が出来なくなるので、今日、ちょっとだけ片付けてみましたが、、、、(頻繁にしないと、、、と反省中)あ、そうだ。金魚の水もかえなきゃ。
2011年01月28日
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本日のお供は、静岡 小山園の「玉露カステラ」通常「抹茶カステラ」といいますと、色は真緑、わざとらしい抹茶臭、いまいちな食感、、、、でがっかりさせられることが多いのですが、このカステラは、、、、、嫌みのない玉露色。お上品なお茶の香りが後からひろがり、カステラの風味を邪魔しないこの絶妙なバランスは、さすが老舗の茶舗です。カステラとお茶好きを十分に満足させる「玉露カステラ」ぜひ、小山園の静岡茶とご一緒に。
2011年01月27日
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私が、この「流暢な日本語」と「アジアンチックな容貌」を持ってしても、いまいち「日本人」になりきれず、ボロがでてしまう分野がある。それは、日本の「芸能人、有名人」私が観察するところによると、日本人はとかく「◯◯似のカノジョ」とか「◯◯愛用の時計!」とか「◯◯行きつけのレストラン」とかが好きなようである。もちろんその◯◯という面々は、とても著名な方々なのだろうけれど、私の場合、そのヒット率は極めて低い。私の日本の芸能知識は外人並みだ、ということを知らない日本人は、「オレ、よく、◯◯に似てる、っていわれるんスけど~。似てないっスよね~?」といってきたりするが、私的には「◯◯?誰それ?」とクエスチョンマーク。否定も肯定も出来ないのが辛いところである。(でも、こういう場合は、「似てる」と言われたいのだ、と勝手に解釈し、「う~、そうですね~」と相づちをうつことにしている)私自身もよく、「◯◯に似てますね!」と言われることがあるが、この場合も同様である。そういうときは、例外なくお世辞であり、大変光栄なことを言われているに違いない!、とは思うものの、こちらが◯◯を知らないばっかりに愛想笑いをするしか術がない。こんなときにはいつも、相手の好意を自分の無知が故に無駄にしてしまった気がして、大変申し訳ない気分になる。それでも、私は努力をしているのだ。最近は、今話題の著名人はかたっぱしからチェックするようにしている。日本不在の20数年のブランクを埋めるのは無理だとしても、せめて最近の有名人は把握せねば、日本国籍を没収されてしまうかもしれない、、、、、しかし!タレント、モデル、芸人、歌手、俳優、など、ジャンルは豊富な上に、グラビアアイドルなんて、次から次へとでてくるから、もう大変。みているうちに、誰が誰だかわからなくなり、、、次の日には、名前すら覚えてない。この間も、ある芸能人の名前を忘れ一苦労であった。大変有名なのにもかかわらず、その名前がでてこない。「う~ん、シュークリーム、だったかな?」さっそく、シュークリーム、でググってみる。なぜかお菓子のサイトしかでない。おかしい、、、。「あっ、そうだ!たしか、『ひらがな』表示だったぞ!」と思い出して、再度「しゅーくりーむ」で検索。‥‥う~ん、ヒットしない。おかしいな。結構いい線いってるはずなのに、、、。と考えること数分。(何が間違っているんだろう、、、、?)すると突然、コンビのひとりが「有田さん」という名前であることを思い出した。(奇跡である)そこで、有田さんをググる。あった!こうして私は探している言葉が、しゅ-くりーむではなく、『くりぃむしちゅー』であることに気がついたのであった。(まったくもって、似て非なるものであった。)あのとき、有田さんの名前を思いだしたからたどり着けたが、そのヒントがなければ今でも延々と「しゅーくりぃむ」を検索していることであろう。そういうわけで、私に芸能人の話をするときには、顔写真、プロフィール、そして忍耐を持参で挑んでいただきたい。おわり
2011年01月26日
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ベストのアングルじゃないような気もしますが、、、、とりあえず、このバージョンで。(ベストショットめざして、頑張ります!)シルバーにダイヤ、、、という掟破り(笑)な指輪ですが、プラチナやロジウムのグレーではなく、シルバーの「白」!というご要望で、制作しました。羽の模様の表面はすべて手彫りの細工で、かなり細かく手間のかかる仕事ですが、最近はまりつつある技法です。(ただし、腱鞘炎が悪化するので、量産は出来ません。笑)
2011年01月25日
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私にとって、金運、仕事運、恋愛運のように大切な運勢は、「食運」(そんな言葉はないが)「おいしいもの(だけ!)食べて暮らしたい、、」と日頃から願ってやまない私だが、今日は、2つもハズレにあたってしまった。ただいま、進行中のプロジェクトのためにオーガニックの専門店に行った私。お目当てのものを選んだ後、ふと、めについたものをあまり深く考えずに購入してしまったのだった。1つめは、ガラナコーラ2つめは、ベジタブル豆腐ナゲット(ヴィガ-ン用)ベジタブルナゲットは、オーブンから出した途端、ドイツ人が好きな怪しいカレー臭が、、、、「おっ、この怪しいエスニックな香りはもしや、、、、」という嫌な予感は的中、、、、、、もろに怪しい味。気をとりなおして、ガラナを試すことにする。ガラナ、といえば、北海道。(なのか?)あの「ガラナ」を想像して、一口。「‥‥‥(おえっ)」漢方の煎じ薬とコーラのミックスか!これは。いまさらだけれど、どうしてドイツの自然食品、オーガニック、ベジタリアン食品ってこうもまずいものが多いのだろうか。ナゲットにしたって、豆腐、野菜、ごま、オートミール、ソバ、、、、と健康に良いものしか入っていないのに、このまずさ。(しかも、すべて無農薬で、有機で、添加物なし)かなしくなったけれど、これは、レトルト商品を買ってしまった私の過失。やはり、今度から食材しか買わないことにしよう。さて、これから午後の彫金教室。下がりすぎたテンションをなんとか上げなければいけない。それにしても、今日の食運は末吉。おわり
2011年01月24日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)ブカレストを出発するころには、もう日が暮れてそうになっていた。共産党本部が夕日に照らされて紅くうきあがっている。ブカレスト、さようなら。新しい発見をありがとう。ルーマニアコーラを毎日のんでいたギターとベースはお腹の調子がよろしくないようで、少しご機嫌斜めだ。(たしかにコカコーラのはずなのに、味が微妙に違うのはなぜか。未だに謎である)市外にでると、もう真っ暗。街灯がないので、山道でもはしっているかのようである。すると突然、「そういえば、ルーマニアは夜は絶対に走らないように、ってどこかに書いてなかったっけ?」ギタリストが思い出したように言う。「そうそう、主催者側からの手紙に念をおすように書いてあったと思う。」とベーシスト。「えーっ、って、もう走ってるじゃん!どうするの?」と心配になってくる私。「どうするのもなにも、今、走んなきゃドイツにもどれないよ。」という、メンバー全員一致の意見を聞いても、私の疑問ははれない。気になって仕方がない私が、「夜走るな、なんてどう考えても変だよね、、、、、」とつぶやく。「なにか、でるんじゃないの?」「なにかって、、、、、なに?」「例えば、、、、、吸血鬼、、、とかさ、、、」(キャ-ッッッ!)そうなのだ、このあたりは、トランシルヴァニア地方。何を隠そう、あの有名なドラキュラ伯爵のふるさと、なのである。そういわれてみれば、あたり一面にそんな雰囲気が漂いまくっているような気がする。森の奥には、屋敷があってそこからこうもりでも飛んできて生き血を吸ったりするのかもしれない。急にみちに迷ってたどりついたところがドラキュラの屋敷で、なかに案内された我々は、ディナーに招待されたが最後、順番に吸血鬼の餌食になってしまったり、、、、、。などど、空想しているうちに、もうたいへん怖くなってきてしまった。まるで、肝試しをしているかのような盛り上がりである。それをみたヴォーカルが、「だってさ、あのドラキュラ伯爵だって、実在の人物でしょ。血は吸わなかったとしてもさ、人間を串刺しにして楽しんだらしいよ、、、、」とさらにいじめる。「その人たちのさ、怨霊とかでたりして、、、、」と車内が大変もりあがっていたそのとき、突然、運転をしていたギタリストがハンドルをきった。キーッッッッ。「あぶねー」「なんだ、ありゃー!」とさけぶギタリスト。「でたー!」とさけぶ我々。ついに、怨霊でもでたかと思ってふりかえると、馬車、、、。しかも、ライトなし。「かんべんしてほしいよなあ、、、、、ドラキュラの僕のせむし男でも乗ってんじゃないのー」とまだ悪のりしている我々は、主催者がいっていたルーマニアの夜の危険の正体がわかって、感心するやら、あきれるやら。たしかに、街灯のない道を、ライトをつけていない馬車が走っていれば、それは大変あぶない。(じゃあ、「道路事情が悪いため、夜の走行はお気をつけ下さい」とか書いてくれれば良かったのに、、、)ドラキュラ疑惑がはれて、ホっとして、上をみると、そこには星空がひろがっていた。あまりにも、きれいなので、車をとめる。本当はこんなに、夜空には星があるものなのだ。街灯りにのまれて、普段はみえない星を前に、だれもが言葉を忘れた一瞬だった。とりあえずおわり番外編もよろしくねスコ-ピオンズに会う!番外編コスメ番外編ミルカ番外編
2011年01月23日
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本日のお供は、クラップフェン。(独 Krapfen)ドイツの揚ドーナツのようなお菓子。イースト生地を油であげたこの丸いお菓子のなかには、アプリコットジャム、そしてまわりには粉砂糖がまぶしてあります。もちろん、カスタードクリーム、生クリーム、チョコレートクリーム、、、、、など、いろいろなバージョンがありますが、今日は今年はじめてのKrapfen、ということで、一番スタンダードなものを。一応一年中店頭にならぶお菓子ですけれど、ファッシング(カーニバル)の時期になると、種類も増え、消費量がグっとアップする、(この時期しか食べないひとも大勢いるほど)年始のお菓子なのです。今年は、ファッシングまでまだ1ヶ月ほどありますが、これを食べながらひとつ雰囲気を盛り上げていくことにいたしましょうか。おわり
2011年01月22日
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GACKTファン、そして、ファンではない諸君世界的な知名度、認知度を計るひとつの手段に、ウィキペディアの翻訳言語数、という数値があるが、GACKTが現在何カ国語に翻訳されているかご存知だろうか。さきほど確認したら、25カ国語。まあ、これは別にさほど驚くには値しない。しかし、その翻訳言語のなかに、ドイツ語に並んでドイツ語圏の方言である「バイエルン語」が入っていることを知る人はあまりいないであろうと思う。バイエルン語とは、バイエルン州とオーストリアを中心に1000万以上の話者が存在する方言であり、言語学上はドイツの方言として分類するのは適切ではない、といわれるほど、標準ドイツ語とは異なる言語である。(まあ、簡単に言うと、かなり訛りの強いドイツ語)しかし、たとえ方言ではなく、一言語、という意見を尊重するにしても、標準ドイツ語に並んで、バイエルン語のウィキペディアがある、ということは、日本語に並んで、「青森弁」、「関西弁」、そして「琉球語」のウィキペディアがある、というようなもの。かなり標準語とは異なるために、バイエルン語の辞典なども出回っているが、バイエルン語のウィキペディアまであることは、在バイエルン23年、バリバリのバイエルン(外国)人の私も、つい先日まで知らなかった。しかも、そこにGACKTが載っているとは、、、、、。きっかけは、かなりの偶然。(うちの研修生に聞かれ)、ググったら、バイエルン語がドイツ語の前にヒットしたのだ。(どういう優先順位になっているんだか)はじめパっとみて、「あれ?、これ、何語のウィキペディアだ?」と思いながら読んでいると、なんと内容が理解出来る?!またしても、知らないうちに新しい言語を習得してしまったのだろうか、、、と自分の未知の才能に一瞬おののきそうになったが、落ち着いて読んでみるとバイエルンの方言で書かれたドイツ語。(注)研修生(マテウス君)と、まずはふたりで大爆笑。(注 後でバイエルン語と標準ドイツ語の文を抜粋する。ドイツ語が出来る方はもちろん、全然出来ない方もぜひ比較してみていただきたい)このバイエルン語のウィキペディア、ドイツ語の文章を自動的に翻訳しているのか、と思いきや、読んでみると文章も内容も微妙に違う。(ということは、わざわざテーマを選んでページをつくってるんだ、、、)ドイツ語のウィキペディアがあるのに、わざわざつくる、その意欲(?)には脱帽するが、そこの記事にはかなりのかたよりが、、、。例えば、モロッコは載っていないけど、北海道のページはある。(王国より、道のほうが重要なのか!)とか、「日本の都市」部門の採用は、函館、石垣、京都、大阪、そして稚内の5都市。(どんなトップ5だ!)札幌、静岡、名古屋などを差し置いて、一体、どんな基準でこの5都市が選ばれたのか知りたいところである。そして、「日本文化」部門では、紅白歌合戦、おしゃれ系、ヴィジュアル系、J-rock, J-pop の5つが選ばれていた。(歌舞伎ではなく、紅白歌合戦。文楽や、国技相撲などはそっちのけで、突然ヴィジュアル系!)因に、J-rock, J-popの代表として紹介されているのは、五人一首、愛内里菜、倉木麻衣、Dir en grey, hide, L'Arc~en~Ciel, Maximum The Hormone, The Gazette, The High-Lows 、 GACKT。という面々。そしてここで突然、昭和天皇も、芥川龍之介も、清少納言も登場せず、日本部門は終わるのであった、、、。いまだかつて、こんなにマニアックな日本のセレクトがあったであろうか。(いや、ないだろう。)ともかく、この一般教養、常識を完璧に無視した選抜に、たいへん感じ入ったことはいうまでもない。どんなバイエルン人達が、どのような優先順位で日本のページをつくっているかはまったくの謎だが、この、GACKT豆知識。ぜひ、どこかで役に立てていただきたい。おわり注 ↓以下の文は、ドイツ語版ウィキペディアから抜粋。Gackt (* 4. Juli 1973, Okinawa, Japan), auch Gackt Camui (神威 楽斗, Kamui Gakuto), ist ein japanischer Singer-Songwriter. Er benutzt verschiedene K?nstlernamen, zum Beispiel Camui M.S. Gacktそれが、バイエルン語になると、、、、、↓Da Gackt (*4. Juli 1973, in Okinawa, Japan) is a japanischa Visual Kei Musika, dea ois Liadtexta und S?nga bekaunt is. Da Gackt benutzt voaschiedene K?nstlanaum wie zum Beischp? Camui M.S. Gackt.ドイツ語に堪能なひとでも、パっとみて、これがドイツ語である、ということがわかるひとはそういないであろう。
2011年01月22日
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(注 再連載中。ここから読んだひとは、本編パート1も読んでみてね。)スコーピオンズの記者会見が我々の泊まっているホテルでおこなわれることになっていることを、担当の人が教えてくれた。しかも、中に入って良い、という話。(一応VIP扱いらしい)あの、ドイツが誇るハードロックバンド、SCORPIONSに会える!なんだか、突然ミーハーになってしまう。厳つい顔をした巨大なボディーガードがドアをあけると、、、、、おおっ、もう中にはスコーピオンズの面々が勢揃いしているではないか。1、2、3、4、5、、、、6人。 あれ?ひとり多い?6人目は、なっ、なんと、マイケル シェンカー!ゲスト出演の為にその場にいたのだった。あの、日本のヘヴィメタ雑誌では神のような存在の、あのマイケル シェンカーが目の前にいる、、、。信じられない。クラウス マイネはとにかくおいておいて、(失礼)私はマイケル シェンカーに注目。もちろんルドルフ シェンカーもいる。おっ、ひとり知らない人がいるぞ、と思ったら、新しいベースのひとだった。ひとりだけ若くてかっこいい。会見は結構手短かに終わったが、ルーマニアの記者団が帰ってしまった後に、我々はスコーピオンズのところへずうずうしくも挨拶をしにいく。すると、スコーピオンズのドラマーが、「おっ、君たちここで何してるの?」と話しかけてきた。(実は、我々は以前、スコーピオンズのドラマー ヘルマン ラレベルが主催したロックコンテストで優勝していて、彼のスタジオでレコーディングしていたりするのだ。だから、彼はちゃんと覚えてくれていたってわけ。)「えへへ、実は、おれら前座でー」なんて頭をかきかき説明する。「へえー、そうなんだ。」なんてことになって、他のメンバーとも話をする。「どこのホテルに、泊まっているんですか?」と聞くと、「いや、うちらは、ライブのあとすぐヘリでブタペストに飛ぶから。」とクラウス マイネ(やっぱり、本当のスターは違うね!)ううっ、、、まさか、ジャーマン ロックの頂点、スコーピオンズとドイツ語で会話をする日がやってくるとは。このときほど、ドイツ語がしゃべれてよかった、と思ったことはない。ヒットラーの演説を聞き取れたときと、ニーチェをドイツ語で読めたときにならぶ、ドイツ語三大イベントのひとつ、である。私はマイケル シェンカーを前に舞い上がってしまっていて、その他になにを話したのか残念ながらおぼえていない。ミーハーな私としては、ぜひサインをしてもらいたかったのだが、「ロックミュージシャンがサインなんてねだったら超かっこわるい」という他のメンバーの意見によりあえなく却下。(このときほど、変なロックミュージシャンのプライドを恨んだことはあったであろうか)でも、握手はしっかりしてもらって、我々はスコーピオンズに別れをつげたのであった。番外編おわり
2011年01月21日
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おまけエピソード(注 再連載中。ここから読んだひとは、本編パート1も読んでみてね。)バンドは、男4人、女1人だったために、ホテルでも私は1人でダブルの部屋に泊まっていたのだが、ルーマニア滞在中は専属の通訳さんがいて、彼女も丸一日我々と行動を共にしているために、休憩のときはこの部屋で一緒にいることが多かった。年もあまりはなれていない彼女とは次第に仲良くなっていったわけだが、通訳といっても、ドイツ語~ルーマニア語ではなく、英語~ルーマニア語の通訳さん。こちらの下手な英語にあわせるのは大変だった、と思うが、いつもとても親切に対応してくれていた。あるとき、休憩中荷物の整理をしていたら、車の中で食べようとひとかけらかじったままだったミルカの板チョコがでてきたので、彼女にもすすめた。私はそのまま整理を続け、さあ、私もチョコレートを、、、、と思ってふりかえると、もうそこにはチョコレートはひとかけらも残っていなかったのである。えっ、もう食べちゃったの、、、?しかも全部。その間、5分もたっていなかった。板チョコ一枚を一気に食べた、ということより、礼儀正しい彼女がひとりで全部食べてしまった、というところにびっくりしたのだが、ここでは、こういう嗜好品類はほとんど手にはいらないらしい。(闇ルートのみ)そのとき、たかがミルカのチョコレートでこれほど喜ばれるなら、もっといろいろなものを持ってくればよかった、、、と大変残念に思ったものである。それでも、お世話になった彼女に何かプレゼントしたい、と思い、あの例の化粧品を買う次第になったのだが、、、、(コスメ番外編はこちらから)おまけおわり
2011年01月21日
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ここで、ルーマニア記、番外編。ブカレスト滞在期間中、毎日専属の通訳さんが同行してくれていたのだが、そのひとがとても親切だったために、メンバーでなにかプレゼントを買おう!ということになった。その当時化粧品が買える店は首都ブカレスト内でもあまりないらしく、中心街を探しに探してやっとみつけたお店は、ロレアル。一応メジャーなブランド名に安心感を抱きながらなかへはいると、狭い店内は大入り満員。こんなに繁盛している化粧品店はみたことがないぞ!人ごみのなかをかき分けてやっと店員さんのいるところへ。おぉっ、これはドイツとかわらないディスプレーではないか!見慣れた品揃えに、ひとまずホっとする。買い物につきあってくれたドラムとヴォーカルと、「彼女にはこんな色がにあうかもねー」なんてサンプルをみながら、(かなり悩んだ末に)口紅を1つとファンデーション1つを選んだ。それで、店員さんに選んだ色の番号をいうと、店員 口紅は2色しかありません。私 はあ?でもここにたくさんありますが、、、、(ズラっとならんでいる口紅を指差して)店員 (顔色もかえずに)サンプルです。私 はあ、、、(買えないのだったらなんの為のサンプルなの?)(気をとりなおして)そっ、それじゃあ、この色のファンデーションください。店員 ありません。私 えっ、じゃあ、この色は、、、、。店員 ありません。私 売り切れってことですか?店員 ファンデーションはこの一色です。(と、指をさす)私 、、、、、、、、。(絶句)あまりにもかなしくて、その場にすわりこんでしまいそうになった、、、、。こんなに商品がならんでいるのに、ルーマニアの女性はただみるだけなのか!買いたくても買えないなんて、、、。(ないなら、サンプルなんて置くな!)口紅は、2色。ファンデは一色、、、、ルーマニアの女性はお化粧したら、みな同じ肌の色になっちゃうんだね、、、。(涙)ひどい!ひどすぎるぞ、共産主義!女性にとっては、あまりにもひどい仕打ちではないか。せめて、ファンデも2色あったら、混ぜれるのに、、、なんて考えながら、(2色のなかから)選んだ口紅と(1色しかない)ファンデーションを買ってホテルにもどった。その間、3人とも無言だったことは言うまでもない。まだ共産圏だったころのルーマニアでの話である。番外編おわり(注 再連載中。ここから読んだひとは、本編パート1も読んでみてね。)
2011年01月20日
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本日のお茶のお供は、京都の「ちょこあられ」京都祇園、萩月の冬季限定商品。京都の方からいただいました。このお菓子、現在必ず「GACKTさん大絶賛!」というサブタイトルがつくらしいのです。本当に彼が「!」がつくほど、絶賛しているかどうかは知る由もないけれど、「チョコ」「あられ」「季節限定」そして、「GACKT」好きの私にとっては、3拍子も4拍子も揃った一品。ころころと白、ピンク、茶がかわいい、このあられ。さて、お味のほういかに?
2011年01月19日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)ロビーに降りていくと、新聞記者が2人待っていた。この前の記者会見で、インタビューにはすっかり懲りてしまっている私は、出来ることなら何もいいたくないのだが、フレンドリーなロックミュージシャン、というところをアピールするために、今朝、コーヒーが飲めなかった、という無難な話からすることにする。その話はなぜか、記者さん達に大ウケしていて、一気にその場が和む。それから、突然されたのが、「いつも何を飲みますか?お酒ですか?」という質問。(おいおい、いつも酒飲んでたらアル中だよ、、、、)ちょっと、返答に困ったが、一応「うーん、一番飲むのが多いのは水でしょうかねえ、、、」と答えておく。(どういう答えを期待していたのだろう、、、ジャックダニエルズをラッパ飲み、とかだろうか。)次は、「好きな食べ物はなんですか?」(お見合いじゃないんだから、、、)これも、適当に「肉は食べないんで、、、、野菜でしょうかねえ、、、」(注1)と答えておく。(注 その当時はベジタリアンだった)似たようなよくわからない質問が続いたあと、やっと、ピアノのことについて聞かれる。「ピアノは4歳からはじめて、、、クラシックをずっとやってたんですけど、この前のバンドではプログレとかフージョンやってて、、」とここぞとばかりちょっとサービスする。(これが音楽関係の唯一の質問だし、、、)結局、音楽についてはこの、ピアノはいつから弾いているか、という質問のみ。後は、どうでも良いことばかりいろいろ聞かれて、こんな内容で本当に良いのかしら、、、と不安に思いながらも、インタビューは終わった。そして、後日の新聞記事。一面記事になっていた、そこには、、、、。まず、我々が朝、コーヒーが飲めなかったことかしっかり書いてある、、、、、。(おいおい、、、)キーボードのgatoco。(ガトコって名前になってるよ、、、、)ベジタリアンで水好き。(うーん、ロックミュージシャンにしては、淡白な印象だ)しかも、ヴォーカルの彼女、ってことになっている。(どこからそんな話が、、、、)gatocoは、日本人。(日本人、ってところだけあってるけど、私の名前はガトコじゃ、、、。)英語とフランス語を話す。(すごい!私っていつからフランス語が出来るようになったの?)ピアノはお母さんに強制されてはじめた。(いってないよ、そんなこと!)とまあ、ウソとどうでもいいことが延々と書かれており、あきれてしまったのだが、この一件は、新聞記事にどれだけの信憑性があるか、ということをあらためて考えるきっかけとなり、たいへん勉強になった。聞かれた質問が質問だったために、いい記事が出来るとはそもそも期待はしていなかったが、ここまでいい加減だと笑ってしまう。今回の教訓名前はきちんと確認しよう。ではなくて、新聞記事は鵜呑みにしてはいけない。つづく
2011年01月18日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)コンサートの翌日。ホテルの朝食がいまいちなので、この日は、ドラマー、ヴォーカル、私の三人で街に朝のコーヒーでも飲みにいこう、ということになった。ホテルをでて少し行くと、もうすでにヴォーカルが路上でサインをもとめられている。ちょっと羨ましい。ドラマーとふたりで、「どうせ、俺たち後ろだし、固定系だからさ、目立たないんだよね、、、、」とすねながら、ヴォーカルが人々に囲まれて、大変モテている様子をながめた。(注 移動系=ヴォーカル、ギター、ベース。固定系=ドラム、キーボード)少し先にいくと喫茶店らしきお店がみえてきた。中に入ろうとすると、ウェイターが入り口まで出てくる。コーヒーと軽い朝食が欲しいことを伝えると、「あいにくコーヒーをきらしている」という返事。えっ?コーヒーがない?喫茶店で?どうすれば、喫茶店でコーヒーを「きらす」ことができるのか、大変疑問に思いながらも、他の店へ。しかし、なんとそこにも、コーヒーは「今」ない、という。(それじゃあ、いつあるのだろうか)結局、3件ばかり喫茶店をまわったが、コーヒーが飲める店はなかった。さすが、ルーマニア、いろいろなフェイント攻撃をしてくる。しかたがないので、ホテルにもどることにするが、帰り道で外まで行列になっているお店を発見。何かと思ったら、ケーキ屋さんのようだった。ホテルにのこっているメンバーにもケーキでも買っていってあげようと、列にならぶことにする。(というかクロワッサンがほしかった)すごく人気のケーキ屋さんなんだろうなあ、、、と感心しながら、店内をみまわすと、シャンデリアに大理石、とかなりゴージャスな内装。ケーキも一応フランス菓子っぽい。(ミュンヘンにはフランス菓子はほとんどない)かなり待ったうえにクロワッサンはなかったけれど、ケーキを数個選んでホテルにもどる。(日本のように箱入り!ドイツではケーキを買っても箱にはいれてくれない)購入したケーキをもって、ギターとベースの部屋にいくと、二人はまだ半裸でベットのなか、、、。(あ~あ、これだから男ばっかりのバンドは、、、)しかも、なぜか全然知らない男性がその横にすわっている。ちょっとびっくりしてしまったが、何でも、昨日のライブをみて、うちのギタリストに惚れ込んでしまったルーマニアのギター小僧がホテルまでおしかけてきたらしい。初グルーピー登場。彼らが片言の英語でギター論を語っているなか、私はベットの横にすわってケーキを食べることにする。しかし、ひとくち食べて、、、、、。まずっっっっ!まず過ぎだよ、このケーキ!この味は半端じゃない。ケーキの姿は一応しているが、味は想像を絶するものなのである。特に生クリームがあやしくて、たぶん牛乳は1滴も入っていない、と思われる。日本にも植物性生クリームという代物があるけれども、(ドイツにはない)あれとも別物だ。気のせいか、少し石油くさい。ケーキは小麦粉、バタ-、砂糖、卵、生クリームは牛の乳から、と思っていたが、これはなにか他の材料で出来ているにちがいない。(考えてみればすごい技術である。)残念ながら、どうしてもそのケーキ食べ続けることが出来なかった私は、そのとき部屋にはいってきた担当者から新聞記者がインタビューのためにロビーでまっていることを聞かされて、下へ降りることにしたのだった。つづく
2011年01月18日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)ほとんどアッポテンポの曲が続く中で、バラードはいやでも目立つ。しかもその曲はピアノのみの前奏ではじまって、かなりの間ピアノとヴォーカルの二人だけのパートが続く、私にとっては、ソロ以上に緊張するかなりの勝負曲だったりするわけである。深呼吸をしてピアノを弾き始める。屋外コンサ-トの会場に大音量で響き渡るピアノの音。(ピアノの音もここまで大きいと、ゴジラ並みである)ミスはゆるされない。しかも、テレビ生中継。鍵盤を押す指にも知らず知らずのうちに力がはいる。メランコリーなその曲をヴォーカルが歌いはじめた、そのとき、、、、思いもしないことがおこった。突然、ピアノの音が消えた、、、、、、のである。別に私がとちったわけではない。鍵盤をおしているのに、音、が全然でていない。もう私の頭の中は真っ白。(顔も顔面蒼白だったことだろう)呆然と立ち尽くしていると、他のメンバーもびっくりしてこちらをみているのがわかる。私自身、何がおこったかまったく把握出来ていなく、ショックで金縛りになっている後ろを、ローディーたちが走り回っている。最悪の5秒、10秒、15秒、、、、そして、金縛りから解け、意識がもどった20秒くらいに、また突然何事もなかったかのように、私のピアノは復活した。(音がでていない間もずっと鍵盤をたたいていたわけだが、2万5千人の前で、音の出ていないピアノを弾いたのは世界中のなかで私くらいだろう、、、)悪夢、というのはこういうことをいうのだろうか。(夢だったらどんなによかったことか!)なんと、この悲劇をひきおこしたのは、あのカメラマンだったらしいのだ。なんでも、私の周りをチョロチョロしていた彼が調子にのって私をアップでうつしまくっているうちに、コードにひっかかって電源を引っこ抜いてしまったのだという。あほ!信じられないくらいにあほな出来事である。私が、絶電されていた間は、かわいそうにヴォーカルは一人でアカペラで歌い続けなくてはいけないし、観客は突然ピアノが弾くのをやめたので驚くし、(やめたんじゃないんだよ、やめさせられたんだー。涙)すべてその様子は中継されてるし、とにかくすべてが最悪なのである。しかし、そこは、ステージ上のアクシデント。ミュージシャンたるもの、そんなことで落ち込んでいる訳にはいかない。そう、show must go on なのだ。その後はなにもなかったように、アップテンポの曲が続き、パフォーマンスが終わった。しかし、カメラマンがコードにひっかかって電源が切れる、などという事はまさに前代未聞であり、(停電になった、とかいう話はきいたことはあるが)我々の間でもいまだに伝説として語り継がれている。(というより、私をいじめる格好の材料となっている)その後も、しばらく、「コードにつまづくなよー」(だから、私がつまづいたわけでは、、、)「音がでなくなったら電源いれろよー」(だから、コードが抜かれたんだって、、)と、メンバーに言われ続けたことはいうまでもない。にっくきカメラマン。(因みに彼からの謝罪はなかった)障害賠償をもらいたいくらいだ。私のこころの傷は深い、、、、。つづく
2011年01月17日
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ここで、休憩。今日のお茶のお供は、静岡名物、『追分羊かん』お土産にいただきました。竹の皮に包まれた素朴な蒸し羊羹のなかには、まるごとの栗が、点々と、、。栗好きの私にはたまりません。追分羊かんにも数種類あって、栗がまるごとはいっているのは、パッケージに『つぶ栗入り』と書いているバージョンのみだそうなので、要注意です。笑創業元禄八年の追分羊かんさんの、『栗むし羊かん』。竹の香りとともにいただく味わい深いこの一品は、濃いめの静岡茶で。
2011年01月16日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)いよいよ、我々の番だ。万が一、頭の中が真っ白になった場合に備えての、カンペも用意してある。オーディエンスの歓声が舞台裏まで聞こえてくる。緊張度は最高値に達していて、もうなにも考えられない。最後にメンバー全員で成功を祈って、ステージへ、、、、、、。ウォーーーーッッッッッッッッと歓声がおしよせてくる。これが、2万5千人の熱気か、、、、と思わずたじろぐほどの大音量。前のほうの観客しかみえない。うしろのほうは暗くてどこまで人がいるのかがみえないのだ。幸いなことに、いったんステージにあがってしまえば突然震えがとまるタイプなので、あらためて自分のおかれている状態を確認してみようと辺をみまわすが、ライトはまぶしいし、舞台はでかいし、もうなにがなんだかわからない。ヴォーカルもハイになっているのか、ステージ上を右に左に走り回っている。見回すと、両サイドに一台、二台、カメラマンが二人いる。そう、今、テレビ生中継されているのであった。そして、三台目のカメラは、、、というと、なんとしっかり私の後ろにスタンバイしていた。しかも、弾いている手をアップでうつしたり、横顔をズームしたり(やめてくれー)、とにかく私のまわりをウロウロするので、気が散ることこのうえない。こちらも段々、「カンペがうつったらかっこわるいな、、」とか、「顔の右にはニキビがあるから左からうつしてほしいな、、」とか、「マニキュアぬってくればよかった、、」とか余計なことを考えだしてしまって、このカメラマンの存在は、非常に迷惑なのであった。私が、うしろでカメラマンとたたかっているのも知らずに、ヴォーカルは私が持参したカメラを観客にほうにむけて、「エブリバディー セイ チーズ!!」なんていって写真を写してウケをとっている。ライブも中盤に達して、私もこれといったミスもせず、オーディエンスは盛り上がっているし、ドライアイスの煙もモクモクでてくるし、気分はもう最高なのであった。しかし、、、、アクシデントは、思わぬところでおきる。しかも容赦なく。そしてそれは、その日のライブで唯一のバラードで起こった、、、、、。つづく
2011年01月16日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでみてね。)大型バスにのって、会場入りだ。そう。ガラスが全部黒くてなかがみえないようになっている例のバスで、である。(いや~、かなりスターっぽいね!)オープンエア会場はブカレストの中心街にあって、会場付近はものすごいひとだかりだ。そのそばをバスで通ると、人々が歓声をあげてこちらに手をふっている。すごい、、、、。熱気に圧倒される。たぶんみんな、バスのなかには有名なロックスターがのっていると思っているのだろう。(中はもちろんみえないからね)残念ながら、なかにいるのは私なんだな、、、、と少し申し訳ない気持ちになりながらも、狂ったようにこちらに手をふっている人たちに手をふりかえしてみたりする。(って、むこうにはみえないんだけどね)会場の裏口付近ではもっとすごいことになっていて、バスが前に進めない。バスのまわりにどんどん人が寄ってきて、いまにもバスにのりこんできそうな勢いである。ここまでくると、すごい、というより怖い。ファンの包囲により立ち往生しているバスのなかで、「やあ!」なんていって私が窓からひょっこり顔をだしたらこの人たち、がっかりしてすぐみちをあけてくれるだろうに、、、なんて思いながらも、ノロノロとバスは裏口を通過し会場内へ。ステージの裏の専用の楽屋で待機することになったが、中に入ると、あらゆるところにコカコーラ。テーブルの上にも下にも横にも、2リットルの赤いペットボトルがならんでいる。(だれがこれ全部飲むんだ!)たしかに、このロックフェスティバルのスポンサ-がコカコーラなのだけれど、はっきりいって、ルーマニアについたときからコーラばっかり飲まされている我 々にとっては、なにか他のものも飲みたい、、、と思っていたりするところなのである。しかし、そんな(小さな)願いをあざ笑うかのように、楽屋に用意されていたのは見事にコーラのみなのであった。我々の前に7つバンドが出演することになっていて、我々の番がまわってくるのは8、9時ごろ。ただでさえ、緊張と興奮が高まってきているうえに、コーラなんて飲まされて、かわいそうに私の心臓は落ち着く暇もなく、血糖値も無意味に高くなってしまった。つづく
2011年01月15日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)サウンドチェックのために会場にむかう。もうすでに機材は運び込まれているらしい。おぉっ、専属のローディーだ!彼らがいると、重い機材を自分で運ばなくても良いし、組み立ても、後片付けも、なにもしなくてもいいのだ。我々はただ、ステージにあがってパフォーマンスするのみ。こんなにうれしいことがあるだろうか。(夢にまでみたローディー、、、)ローディーがいるだけで、もう気分は充分ロックスターなのであった。サウンドチェックといっても、私自身は機材の位置と、モニタ-を確認するだけ。それにしても、ステージがでかい、、、、、。(何メートルあるんだろ、、)あらためて事の大きさを実感してしまう。いつもなら近くにたっている他のメンバーがかなり遠い。第一、「おーいっ!」と叫んでも声が届かない。しかも、ギターやヴォーカルは歩いてあちこちいけるが、私は固定系なので、だだっ広いステージにポツンと立っている自分の姿を想像するだけで、緊張してくる。しかも、ライブはテレビで生中継されるようだ。「ミスったら、どうしよう、、、、。」と突然ものすごく不安になってくる。とにかく、一度ホテルに戻って準備をしてから再度会場入りだ。いままで、靴に気をとられていたが、あと数時間で2万5千人の前にたつのである、、、、。もうこれは祈るしかない。つづく
2011年01月15日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)実は、記者会見の間中、靴のことが気になって仕方がなかった。ステージ用のパンプスはヒールが高いだけに、常にはいているのは無理がある。その上、靴ずれにもなりかけてきた。靴、靴を買わなければ。布地のスニーカーみたいなものを。安いのでかまわない。自由時間中に専属の通訳さんに、靴を買いたい、というとブカレストの中心街までつれていってくれた。途中、共産党本部のいやなほど立派な建物が建ち並ぶ中、まわりの生活水準とのギャップにあらためて驚いてしまう。歩道は、ビニールシートのうえにものをおいて(海賊版のテープとか、ドイツ産の洗剤とか、とにかくなんでもおいてある)闇市状態だ。我々はひとめで外人だとわかるのか、物乞いをするひとが後をたたない。子供たちもゾロゾロたくさんついてくる。(我々ハメルンの笛吹きか!)はじめに案内されたお店には、いかにも、爺婆、いや失礼、お年寄り専用の靴がならんでいた。白い、皮の表面に換気の穴が無数にあいている健康靴を指差して、「これなんて、どうかしら?」と通訳さんがニコっとする。えっ?この人本気でいっているのだろうか?こんなダサい靴を私にはけ、と?じょうだんじゃない。仮にも私はロックミュージシャンなのである。「欲しい靴はこんなんじゃない。」というと、彼女は困った顔。(ロックミュ-ジシャン、わがままでごめんなさい)その次にいった店も同じような感じで、こんな靴、日本でもドイツでもみたこともない!という靴のオンパレードである。私の反応をうかがうような顔で私をみている通訳。あまりの品揃えに、もう何をいっていいかわからない私は、やっと、「別に、皮靴でなくてもいいんだけど、、、、」といってみたが、(私がイメージしてるのは、『ごく普通』のスニーカーなんだが)これには、気の毒なことに、彼女もしばらく考え込んでしまったのだった。ついてきたメンバーも、「いいからこれ買っちゃえよ。似合うよっ」と、黄土色のつま先がオープンになっている靴を手にとって私におしつける。なにが悲しくて、ロックをやっている人間が、こんなおばあさんのような靴をはかなければいけないのだろうか。すると、「あっ、いいお店をおもいだしたわ!」と通訳の顔がパっとあかるくなった。そして、新たな希望を胸に、また歩く、歩く。もう靴ずれで、皮がむけて血もでている私の足、、、。痛い!痛いぞ!痛すぎて、もうどうでもいい気分になってきた。「この次の店でどんな靴でも、買う!」と宣言する私。(黄土色でも、白の健康靴でも何でも来い!)どうにでもなれ、と思ったときにお目当ての店がみえてきた。「ここは中国人の店でなんでもあるし、安いの!」と通訳さん。小さな店のなかは、フライパン、ストッキング、服といったものが所狭しとおいてある。みると、自転車まである。天井からもありとあらゆるものがぶらさがっていて、前かがみにならなければならないほどだ。(ドンキも真っ青である)なるほど、「なんでもある」という彼女の発言はあっていた。そして、中国人の店主がニコニコしてもってきた靴は、、、、皮に似せているつもりなのか、おそろしくゴワゴワしているプラスチック製。色は、安いバッタもんのキティーちゃんのようなピンク。しかも、ワンポイントで、傘のマークがもうしわけなさそうについている。これはもう、ダサさを越えた存在である。しかし、これを買わないともう一歩も歩けないほど、靴づれがひどくなっているし、このままでは、ステージにもたてない、という結論のもとに、私はそれを泣く泣く買った。そして、履いた、、、。その靴は、おそまつなつくりのくせに、存在感だけはものすごく、色がピンクであるということもあってか、まわりに、「これでもか!」とアピールしている。メンバーも私を指さして、おなかをかけるようにして笑っている。人々の視線がすべて私の靴にそそがれているような被害妄想におちいりながら歩いていると、思いもしないことがおこったのである。さっきまで、うるさいほど我々に金をせびっていたルーマニア人がピタっと、だれも寄ってこなくなったのだ。人は足もとをみる、ということわざがあるが、私はこの靴一足でルーマニア人から同胞としてうけいれられてしまった、ということだろうか。ともかく、このおかげで、我々はだれにも邪魔されずに中心街を歩くことができたのであった。つづく
2011年01月15日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)朝食をとりに下へおりると、もう担当者と通訳の人が待っていた。朝ごはんを食べながら、打ち合わせをする。なんでもこの後、記者会見が他のホテルであるらしい。私は、靴紛失という災難にみまわれ、ステージ用パンプスしか履くものがないという危機状態なので、靴を購入したい旨を通訳のひとに伝えると、記者会見とサウンドチェックの間に自由時間があるとのこと。ひとまずホっとする。まずは、その記者会見とやらにいくために、身支度をする。(なにせ、靴がステージ用パンプスなので、それにあう格好をするのに一苦労である。)記者会見がおこなわれるのは、ASIAが泊まっているホテルだ。なかにはると、、、すごい人!と同時に我々はフラッシュの嵐のなかにたっていたのである。すっ、すごいぞ!ジャーナリストたちはきちんと宿題をしてきたらしく、もうすでに我々の名前も顔も知っているのだった。(これには、本当に驚いてしまった。)大広間のようなところに案内される。ソファーにすわらされて、ポーズのリクエストにこたえながらのフォトセッション。質問がいろいろとくるが、そこは、リーダーのドラマーとヴォーカルがすべて対応してくれているので、私はただすわって(ロックスターっぽく)ポーズをとるのみ。ふふふ、楽勝、楽勝。一通り質問も出終わったところで、「それでは、私はこれで、、、、(ドロン)」と思って席をたとうとすると、、、、ジャーナリストが1対1のフェイント攻撃をかけてきた。逃げる私。追いかけるジャーナリスト。手で拒否ポーズをしながらなおも逃げる私。あきらめないジャーナリスト。(ヒエー)困ったことに、私が断れば断るほど、彼らはしつこくせまってくるのである。これはまさに、女がつれない様子をみせればみせるほど、燃え上がる「カサノバ」現象ではないか!しかも、気がついたら、とりまくジャーナリストの数も増えている。(囲まれた、、、、)、、、にげみちはもうないのか。相手も必死だ。たぶんきまぐれなロックミュ-ジシャンがインタビューにのってくれない、、とでも思っているのだろう。それは、ちがう。ちがうのだ。私は、ただ何も言うことがないだけなのである。けっしていじわるをしているわけではない。お願いだから信じてほしい。「ファンに一言おねがいします!」なんていわれても、「私」のファンが、ここルーマニアにいるとは、どうしても思えない。しかし、彼らの目は、「インタビューもらうまでは、絶対にかえさない!」と、血走っている。(ようにみえる)しかたなく、「ルーマニアでパフォーマンスできてうれしいです。」なんて月並みなことをいってみる。しかも、しめくくりに、「keep on rock'in」のおまけ付き、、、。これがルーマニアのラジオやTVでながれるのかとおもうと、恥ずかしくて生きた心地もしない。こんなことを言うくらいなら、いっそのこと、ジャーナリストの一人や二人はり倒していたほうがましだった。今日の教訓。口は災いの元、ロックミュージシャンたるもの、信念をもって自分の意志を貫くべきである。つづく
2011年01月14日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)「ハローグッドモーニング~!パオパオ!」おもわず張り飛ばしたくなるような、ミッキーマウスの声が鳴り響く。(注1)あれ、、、天井に弾痕、、、、、、。うーん、ルーマニアにいるんだっけ、、、と寝ぼけ眼に思う。手短かに身支度をすませる。今日の朝のミッションは、メンバーを起こすことである。バンド内で女ひとりだと、やはり、必然的にお母さんになってしまうようだ。「朝ぐらい自分でおきてよねー。」と思いながらも隣の部屋へ。「トントントン」(反応なし)「ドンドンドン!」(、、、、、)なかに入ろうにも、鍵がかかっている。(あれっ?あけておくっていってたような)あまり大きな声をだしても迷惑なので、お掃除のおばさんかだれかにあけてもらおうと、あたりをみまわすが、、、、誰もいない。上の階、下の階、すべてのフロアにいってみたが、どこにも、ホテルの従業員らしきひとの姿は見当たらないのである。しかし、使命にもえる私は、ホテル中を走る!走る!どこかにだれかいるはずだ!さんざん走り回った末に、フロントにおりていくと、(フロントで聞けばいいことにやっと気がついた、、、。遅いって!)いた、いた、いました。ホテルの従業員が勢揃い。ロビーの大理石を総出で磨いている。(おいおい、ここのホテルはロビーしか掃除しないのかい、、、。)そこにいたおばさんに事情をはなすが、なかなか英語が通じない。(共産圏の第二外国語はロシア語である。)とにかく部屋まできてもらえることになった。メンバーの部屋の前で待っていると、「私、今いったいなにをやっているのだろうか、、。」と、突然むなしくなってきたと同時に、中でまだスヤスヤ寝ているであろうメンバーにも腹が立ってくる。が、ここまでくれば、使命をはたすしかない。すると、おばちゃんがやってきた。鍵をあけてほしい、というと、「だめ。」と首をふる。「この部屋の友達をおこさなければいけないから。」といっても、「そんなこと本当かわからない」といって聞き入れてくれない。(まあ、そりゃそうだけど)「私たちはドイツから、ロックフェスティバルに出演するために招待されたロックミュージシャンで、、、、、」とくわしく説明をしてみるが、前よりもっと疑う目つきになっている。(どうせ、あまり信憑性のない話に聞こえるのはわかってますよ、、、)しまいには、「本当は違う目的なんじゃないの?」とニヤニヤ笑っている。冗談じゃない!他に何の目的があるというのか。もう、ここですっかりブチぎれた私が、「今すぐあけないと、クレームだ!」とおどすと、おばちゃんはしぶしぶ鍵をあけてくれた。中にはいると案の定、男二人、半裸で爆睡している。(勢いで入ったのはいいけど、冷静に考えると、かなり、ちょっと、、、、なシチュエーションである)しかし、ミッションは起こすことなのだから、気をとりなおして、「あの~、、、。」と小さな声で声をかけてみる。(さっきの元気はどうした!)ギタリストが目をさまして、アレ?って顔をしている。(そうだよね、部屋のなかに突然だれかがたっていたら、、、)「起こしてっていったでしょ、、、。でもドア閉まってて、ホテル中走り回って、おばさんあけてくれなくって、、、」と事情を説明する私。「へー、わすれてた。そんなに無理しておこしてくれなくてもよかったのに。(あくび)」はあ?ひとがどんな苦労をしたと思ってるんだ!私はロックミュージシャンだ!お母さんじゃない!(でも、お母さんは掃除のおばさんを脅して部屋にはいったりしません、、、)時計をみると、かなしいかな、私はこのミッションに丸一時間費やしていたのであった、、、。つづく注1 この目覚まし時計は、朝にめっぽう弱かった私の為に、渡独の際母が買ってくれた世界一耳障りな代物のひとつ。あんなに朝起きれなかった私が、目覚ましなしでも自然にめがさめる体質へと変貌できたのも、すべてこのミッキー目覚ましのおかげといえよう。ありがたいや、ありがたや。
2011年01月13日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読むように。)料理(山盛りフライドポテト)を食べようとすると、照明が少し暗くなってステージにスポットライトが。おおっ、何がはじまるんだ?(ワクワク)そして音楽とともにステージにでてきたのは、、、、、かなり薄着の美女7名。しかも、踊ってる、、、。どうみても、プロのダンサーではない彼女たちは、何回も衣装をかえて、フラメンコ風、フラダンス風、フラッシュダンス風、と頑張っている。このショーはいったい、、、、、???ASIAはというと、、、全然ステージをみていない。(奥さま同伴だったせいか?)でも、せっかく踊ってくれているので、私は気をつかって愛想笑いをしてみたり、歓声を送ってみたりする。しかしなぜか、彼女たちはその精一杯のエールには冷たく、しかも、露骨に困ったような顔をするのだった。「せっかく一生懸命拍手しているのに、、、」と少し悲しくなっていたら、ドラマーが突然私に、「これって、もしかしてお持ち帰り用、ってこと?」と耳打ちする。そうか!そういうセッティングだったのか、、、、。(なるほど)そうだよね、私にお持ち帰りされたって困っちゃうよね、、、。(すみません。)メンバーのなかでは、ギタリストとベーシストは結婚しているので、ここはぜひ、ドラマ-とヴォーカルにでもテイクアウトしてもらいたかったところだが、結局だれも手はださずショーが終わってしまった。がっかりした顔して、舞台裏に下がるルーマニア美女たち。(ごめんね、うちらまだ一人前のロックスターじゃないからさ、、、)それにしても、ロックミュージシャンには、セックス ドラッグ(ウォッカとコーラだけだったけど)ロックンロール、という絵にかいたような接待で、びっくりするやら、感心するやらのブカレスト第一日目であった。つづく
2011年01月12日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)なかにはいると、ロビーとはうってかわっての平凡な部屋でちょっとがっかりしたりする。(ビジネスホテル並だよ、、)「あ~疲れた。よっこらしょっと、、、、」となにげなく天井をみあげる。と、、、な、な、な、な、なんと、そこには、、、、多数の弾痕が!(うそでしょっ。)これってもしかして、もしかして、、、そう、これは、紛れもない、あのルーマニア革命のときの銃弾の跡なのである。さっそく、他のメンバーを呼びにいく。天井をみあげ、「おぉ~」という驚きの声をあげた後に、「ベットにも血の跡なんてついてたりしてさ~!」とヴォーカル。(やめてくれー 涙)ひとしきり恐怖におののきながら騒いだ後、ディナーへ行くべくロビーにもどる。なんでも、ASIAのメンバーと一緒にディナーなのだそうだ。外にでると、大型デラックスバスがむかえにきている。(えっ?私たち5人なんだけど、、、)ASIAは、ちょうどななめ向かいのホテルに止まっているらしく、そこまでバスで。(お迎えにきてくれなくても、そこから一緒にのればよかったんじゃ?)ASIAは、マネージャーとか、奥さまたちも同伴していたので、全員で約10人ほど。それでも、大型バスに15人。(大袈裟だけど、なんだかスターっぽいね)ちんまりと座っていると、なんと、ASIAのメンバーにバスのなかで話しかけられる。緊張していて、何をいって良いものか全然わからない。とりあえず「ミュンヘンのコンサートに私行きました。とっても良かったです。」なんてどうでも良いことをしゃべりながら、(はずかしい、、、)バスはどんどん郊外へと。かなり遠くまできてしまったようだが、やっとバスがとまった。我々の為にレストランが貸し切りだそうだ。(大袈裟だね、ロックスターだね)なかに入ると大テーブルが2つ。ステージ1つ。(えっステージ?)席につくと、ウェイターがぞろぞろとでてくる。そのころ私とヴォーカルはベジタリアンであったために、肉なしのメニューを頼む事にする。しかし、ルーマニアのウェイターには、「菜食主義」という英語が通じないのである。「ノー ミート、 オーケー?」なんて怪しい英語で言っても、「オーイエス、イエス!ウォッカ!」とちんぷんかんぷんな答えがかえってくるだけ。何をいっても、ウォッカとコカコーラ(その当時はコカコーラは民主主義と経済大国のシンボルであり、後光を放つお飲物だったらしい)の一点張り。(たしかに、飲み物はそれしかなかったけど、、、、)それでも、最終的には、なんとか理解してくれたようだった。(ほっ)他のメンバーのところにまず料理が運ばれてきた。なにやら、トンカツのような肉とフライドポテト。ヴォーカルと私が、ベジタリアン用の料理はなにかとちょっぴり期待して待っていると、、、。運ばれてきたお皿のうえには、、、「、、、、、、。」なんと、山もりに積まれたフライドポテトが、、、、。(苦笑)やはり、ルーマニアにはベジタリアンという人種はいないようだった。つづく
2011年01月11日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読んでね。)「やったー。ついにルーマニアだっ、だっ、あ、あ、あ、あ」なぜか声がスクラッチしてしまう。そう、ハンガリーのニキビ肌どころの話ではない。あばたもいいところ、ルーマニアの国境を越えたとたん道路がとにかくガタガタなのである。「痔になるぜ、ちくしょー」とさけぶ、ギタリスト。モクモクとまっ黄色の煙(みるからに公害だしまくってます)が工場から立ち上り、つぶれる寸前の掘建て小屋がならび前を、泥だらけになった白いはずの茶色いあひるが車道を堂々と歩いていたりして、まさにここは、ミラクルワールド。ルーマニアなのだった。そのまま、上下に揺られ(しばしば頭をぶつけながら)やっと首都ブカレストに到着。はやくホテルへ、、、、と(疲れきった体に鞭を打ち)靴を履いて車を降りようとして、、、、なっなんと、靴が片方ない!信じられない事に、休憩しているうちに靴を片方途中でなくしてきてしまったのだった。(なんて不甲斐ない、、、勘弁してほしいよ、、、、)しかも、他に持ってきているのはステージ用のパンプスのみ。仕方がないので、それを履く。いや、落ち込むことはない。明日にでも靴を買えば良いことではないか。(これが後で大きな計算ちがいであったことが発覚する、、、、。)主催者側がとってくれたホテルは、かなり立派な石造りの建物。なんでも、ブカレストで2番目に高級なホテルなんだそうである。(うちら一応、前座だから、2番目なんだね)大理石が輝くロビーのなかに入るともうすでに、主催者側の関係者がまっていた。私的には夕食なんて食べないですぐに寝たかったのだが、なんでも、ディナーの用意が出来ているらしいのである。せっかくなので、とりあえずまずは着替えでもして、そのディナーとやらにいこうではないか、ということになった。階段を登って部屋にはいると、、、、つづく
2011年01月10日
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(注 再連載中。ここから読んだひとはパート1から読むように。)ウィーンに戻った我々は、ビザを発行してもらうと、ふたたび国境へむかって車をはしらせる。ハンガリー入国のあとは、ルーマニアにむかうのみ。気をとりなおしての再出発である。ハンガリーの道路状態は、きれいな乙女の肌のような(アスファルト)ドイツのアウトバ-ン(それよりきれいな日本の道路はまさに赤ちゃんの肌)にくらべると、あちこちににきびが出来ていてボコボコ。「結局、ハンガリーだもんね」ビザのショックから立ち直れていない私は、やけになげやりだったりする。(逆恨みもいいところだ)そんな意味もない反ハンガリー感情にひたりながら、ボーっとしていると、突然車がとまった。渋滞だ。事故でもあったのか?と前方をみると、かなり長く車の列がみえる。「国境まで続いてるわ、これ」とベーシストが平気な顔でいう。(彼は何度か車でルーマニアまで行った事があるらしい)へっ?国境?そんなのここからみえないじゃん、、、、。みえるのは、だだっ広く、なーんにもない風景のなかに限りなく続く車、車、車、の列である。みまわしてみると、周りの車は99%ルーマニアナンバーである事実を発見。買い出しの帰りなのか、どの車も、「満杯」だ。たぶん、車が、「満杯」の状態は想像が難しい、と思う。(私も生まれて初めてそこで目撃した)よくここまで、積み込んだね!と感心してしまうほどに、車の半分がぎっしり詰まっていて、ともかく屋根まで、隙間、というものがないのだ。しかも、周りの車は例外なくこのつめ方のテクニックにより満杯であり、「これが、ルーマニア式車内荷物収納の技術なのか、、、」と妙に納得してしまう。が、車のほうはというと一向に前に進まない。周りのルーマニア人はさすがに慣れているとみえて、余裕だ。もうすでに、道路脇にテーブルなんかをだしてくつろいでいる。(おいおい)時々、我慢できなくなった車が(もちろん、ドイツやオーストリアナンバーなのだが)道路脇を通って前に行こうという反則技をだしてくるが、そこは敵もさる者。ルーマニア人はそれを封じ込める技をもっていて、みごとなチームワークによりその車は前にも後ろにも進めない状態においこめられて、クランクションの嵐のなかみんなの総スカンをくってしまうのであった。と、突然、周りにエンジンの音が!おっ、前に進むぞ!メンバーの顔がみるみる明るくなる。「ブルルルル、、、」「、、、、、、、。(あれ?)」進んだ距離、約2m。「、、、、、、。(沈黙)」そりゃないよ、、、。そんなことをしているうちにしっかり夜はふけていった。なーんにもすることはないし、寝るにはまだはやいし、、、、と手もちぶさたでいると、「ドンドン」窓をたたく音がする。窓をあけてみると、若い男(というか、少年)がたっている。「パサポルタ」(注 ルーマニア語でパスポート)国境がみえもしないのに、なんでこんなところでパスポートなんだよっ。(ゲッ、こいつ機関銃もってるよ、、、。ヒエーっ)こわいよー!(涙) とビビっていると、その男、ちゃっかりギタリストにたばこをねだっている。お目当てはそれだったらしい。外国ナンバー(特にドイツとオーストリー)の車をねらって、タバコや酒をゲットしているのだった。しかも、その男のワンポイントアドバイスは、「国境のコントロールでは、ウイスキーをだせ」ウイスキーはいいけどさ、もっとはやく国境をこえられる裏技ってないわけ?そんな兵士(のようだった。でも、どうみても、16か18才位)が何人もあたりを機関銃もってうろついていて、とにかくこわくて異様な光景である。次の朝。おおっ、100mくらい進んでいるぞ!(運転していたギタリストは夜通しほとんど寝たまま車を前に進めていたらしい。神業だ。)結局、1kmほどの道のりを12時間かかってしまったわけであるが、コントロールがみえはじめた時点で、一応ベーシストがワンポイントアドバイスのウイスキーを買いにいく。そして、国境。「、、、、ドイツ人はビザが必要です。」(うそでしょ、、、、涙)一瞬にしてメンバー全員が顔面蒼白になったのはいうまでもない。しかし、そこは、例のウイスキーが効果を発揮したのか、現金(もちろんドイツマルクね)とひきかえにその場でビザがもらえてしまったのであった。(注)(因みに、日本人はビザはいらない。どういうコネが、協定が、日本とルーマニア間にあるのかは不明だが、このときほど自分が日本国籍であることを誇りに思ったことがあったであろうか!)ホッとする一同。こうして我々はやっとルーマニアの地をふむことができたのであった。つづく注 現在は、ドイツ人もビザが必要ないようである。
2011年01月09日
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(再連載中。パート1はこちらから←クリック)我ら5人をのせるミニバンは、ミュンヘンを出発してまずは、オーストリーへとむかった。ウィーンを通って、もう少しで、オーストリーとハンガリーの国境だ。車のなかで、メンバーに聞かせようと持参した聖飢魔IIなんてかけながら、ごきげんな私。パスポートチェックがあり、国境をこえようとしたのだが、、、、。なっなんと、突然私のところで、「待った」がかかったのだ。どうして?他のメンバーはオッケーだよ?テロリストにでもまちがわれたかと思っていたら、日本人はハンガリー入国の際は「ビザ」が必要、とのこと。(注1)「はあ?」そんな話は聞いてない。「勘弁してくれよなー」と一気にふきげんになるギタリスト。(このときほど、自分が日本国籍であることを憎んだことがあっただろうか)とにかく、ウィーンの領事館でビザを発行してもらわければ、ハンガリーにはいれない、という。ハンガリーに入れないと、ルーマニアにもたどりつかない。そもそも、我々は、ハンガリーになんて用はないのである。ただ通過するだけなのであるが、そんな言い分が通用するわけもなく、メンバーの冷たい視線をあびながら、泣く泣くウィーンにもどってもらった。うーん、これも何かの陰謀にちがいない!(って、ちゃんと下調べをしなかった私が一方的に悪い、という話もあるが)本当にルーマニアまでたどりつけるのだろうか、、、。つづく 注1 現在はビザなしで入国できるらしい。
2011年01月08日
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これは、15年ほど前の話。 突然だが、、、私はプロになりそこねた、ロックミュージシャンである。(今の私からは想像がつかないと思うが。)私のロック時代は、14でヘヴィメタと出会い、16でドイツではじめてバンドに参加してから、最後のバンドが解散した時点の24歳、と年数にすると10 年もなかったわけであるが、その間に、フュージョン、プログレ、ジャズ、ロック、ヘヴィメタ、R&B、ポップ、ゴスペル、ドイツの民族音楽まで も、なんでもかじってみた。(まったくもって、音楽の悪食である)ピアノの他にも、ギター、ヴォーカル、トランペットなんてやってみたりもして、今思えば赤面してしまうようなライブのエピソードも腐るほどある。 (一時は、キーボードをやめて、リードギタリストになりたいと本気で思ったこともあった。恥知らず、というのはこういうことをいう。) それはともかく、最終的にバンドとしては最後になったロックバンドは、私がメンバーの一員になったときには、すでにセミプロであり、いままでのバンドと意気込みがあきらかに違う。 しかも、加入後はじめてのステージが、ルーマニアの首都ブカレストのロックフェスティバル。ヘッドライナーは、あのドイツが誇るロックバンド、スコーピオンズと、知るひとぞ知る、あのASIAだ、というのであるから、まったくもって、信じられないような話なのである。 (私だって、自分の話でなければ信じてないかもしれないくらいだ。)それまで、経験したライブは、大きくてもせいぜい1000人程度。 それが、2万5千人、というのだからケタが違う。 私のロック人生の中で、まさに棚からぼた餅的な展開、 期待はふくらむのであった。 ブカレストまで、ミュンヘンから、約1500km 本来なら飛行機で飛ぶところだが、ギタリストのラック(エフェクト類)が超重く、飛行機では無理、ということになり、車で移動することになってしまった。 といっても、その当時は免許ももっていなかったので、運転は人任せの気楽な旅。 激しいハードロックが車の中に響き渡り、もう気分はロックスターなのである。 しかし、ルーマニアまでのみちは思ったより長く、数々の難関が待ち受けていたのであった。、、、、。つづく ←クリック
2011年01月07日
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去年達成出来なかったこと、を今年は、、、、、と思いながら、、、、もうすでに、くじけそうです。笑年末に目標にしようとしたことは、、、、例えば、ブログの更新を怠けない、とか、新作の写真をもっとアップする、とか、リクエストのあったテーマを書く、とか、読みづらかった過去の記事をまとめる、とか、、、まあ、そんなところだったのですが、、、、全然できてませんね。(反省)というわけで、まずは小さなところから始めます。2年ほど前から、いろいろな方よりリクエストをいただいていたのが、「ルーマニア記」の再連載。これがまた、カテゴリからのバックナンバーはとても読みづらいと常々評判で、、、、笑(申し訳ない!)そこで、今回、各章にリンクをつけた改訂版を再連載します。(もうすでにご存知のかたは、ご了承ください~)パート1はこちらから。←クリック
2011年01月06日
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本年度から、営業日が火曜日~土曜日になりました。火曜日~金曜日 12時~19時土曜日 12時~16時(定休日 日曜日、月曜日)営業時間以外のご来店は、お電話かメールでご予約を!よろしくお願いいたします。
2011年01月05日
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今日は新月。今、新月のお願いを書き終えたところ。まだまだお願いの仕方が下手なために、叶う確率がさほど高くないのが悩みの種だけれど、今回はうまく書けただろうか。(怪しいところだ)そう。叶わないのは、お願いの仕方(文章の書き方)が悪いせい。私の場合は特に。いまいち、詰めが甘いというか、適切じゃないというか、、、。(お願いごとの正確さが大切なのは、七夕の願いでよくわかっているのに)例えば、「お金持ちになりますように」という願いを書いたとする。そして、その月の満月になっても(当然のごとく)全然お金持ちになっていないことに気がついて、憤慨するとする。しかし、この「お金持ちになりますように」という文章だけでは、「お金持ち」になりようがないのだ。というのは、「いつ」(10年後にはお金持ちになっているかもしれない)がぬけてるし、「お金持ち」の定義も曖昧だし(10万円持っていたら既にお金持ち、かもしれない)、もしかしたら、「ちょっと、このお金、持ってて!」と人に頼まれて、お金を5分間「持つ」ことになるかもしれない。じゃあ、「口座に1億はいりますように」ではどうだ!と思ってみるが、その口座に入った一億が、私のもの、という保証がない。(銀行の手違いとか、マネーローンダリングに巻き込まれる、、とかかもしれない)それに、1億といっても、日本円じゃなくて、1億リエル、という話もある。(1リエルが何円かは知らないが)はあ、、、、これじゃあ、いつまでたってもお金持ちにはなれないじゃないか!(結局、そういうこと?)じゃあ、お金はいいから、素敵な恋人でもゲットしようか、と気を取り直してみる。(どうして、そうなるかな、、、)そこで、「背が高くて、やさしくて、外資系に勤務するお金持ちの恋人が欲しい」と願ってみるとしよう。(あまり欲張らないほうがよい、との配慮のもと)そしたら、次の休暇中に、身長2mの、やさしいけどマザコンで、ケープタウンに住む、23歳の金融トランスポート警備員と知り合ってしまうかもしれないのだ。‥‥‥ あぁ。願いごとなんてしょせん叶わないようになっている、、、となげやりになってくるが、いやいや、これは単に願いかたが悪いだけなのである。しかも、願い事はだいたい2~10個までが良いようで、「お酒と女を断つことができますように」などという、2つの願いがひとつの文章にはいっていてもいけない。「きちんと期限を書いて、、、、具体的な条件も書いて、、、曖昧な表現はさけて、、、願いはひとつだけ、、、」と悪戦苦闘しているうちに、段々「必要なもの」と「そうでもないもの」がはっきりしてくる。結局、「願い事は正確に」ということの真髄は、自分と向き合い、自分に必要なものを明確に自覚するところなのだろうか。それがはっきりしたときに、願い事の「名文」が出来上がるのだろう。そして、それは、書いた時点でもう実現している、、、のだと思う。学習しているようで、いまいち学習していない私の願い事は、今日も新月に向かって発信されたのであった。おわりこれを今読んでいるみなさま、新月の願いは1月6日の18時(日本時間)までだいじょうぶのようですよ。まだ間に合います、、、。
2011年01月04日
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お正月らしく、とらやの高根羹。味は普通の羊羹だけれど(失礼!)なんといっても目出度いモチーフがお正月気分を盛り上げます。今年は、もちろん画像のみで、一服。笑
2011年01月03日
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謹んで新春のお慶びを申し上げます。
2011年01月02日
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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくおねがいいたします!みなさまは、どのように新年を迎えられましたか?私は、穏やかな新しい年の幕開けを、、、、と思い、静かに暦がかわるのを持っていましたが、12時とともに、外は花火と爆竹の爆音、火薬のにおいと煙がたちこめて、、、、まるで戦場。笑それでも、近くの広場からだけではなく、おとなりのペントハウスの屋上からも花火があがると、なかなか奇麗なものです。しかし、花火があがっているのは、ドイツ人のペントハウスから。お向かいのアラブ富豪のセカンドハウスからは何をあがっていませんでした。アラブ人はそういうところにお金を使わないのかしら、、、と少し意外に感じられましたが、それだけ自由になるお金があれば、最上階から日本の花火(花火師付き)をあげるのに、、、、と思うのは、私が単に日本人だからでしょう。2011年は、卯年です。なんでも、コツコツと努力したことが心がけ次第で、新しい門が開けるの如く実る年、ということです。今日はこれから、一年の抱負をゆっくり考えながら過ごそうと思っています。そして、寝正月にならないように、、、、、と思い、お着物を着てみましたが、やはり今日は大晦日の次の日。多少の疲れは隠せなく、元旦から、シャキっとお着物!という企画には、残念ながら合格点は、、、。笑これも、今年の課題でしょうか。それでは、良いお正月をお過ごしください。
2011年01月01日
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