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先日「トクだね」を見ていたら、潮菜という野菜を紹介していた。それを見ていた娘が「あ、これウチにも(スーパー)ある!」と言ったので、買ってきてもらった。結構前からあったらしいが、買い物に行っても気づかなかった。5本ぐらい入って199円。ネットよりはちょっと安い。味は本当に、ほんのり塩味がする。だからサラダに入れると塩分を控えられるのでいいらしい。シャクシャク、シャリシャリしてみずみずしい。全然クセとか味はなく、青味もきれいなのでサラダのアクセントによさそう。そして、メタボにいいとなれば黙っちゃいられない。ビッシリついている水滴のような粒は硬く、粒々を爪で削ると水が出てくる。地中のミネラル、塩分を吸い上げて貯めるらしい。炒めたりテンプラもいいらしいので、今度試してみよう。苗もあるから買ってみようかなと思う。
2009年03月20日
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お葬式の前、段取りとか戒名とか費用のことで、一度来てくれというので、私もついて行った。こういう時は、「突然のことが多いので準備が整わなくて当たり前ですよ」と言われたが、それにしても、いろいろ話を聞いても、みんなの頭の上に??マークがいっぱいで・・・一人でもいいから物知りで、ある程度でしゃばりの年寄りがいればいいのかもしれない。しかし、その土地土地でやり方は違うから、いろいろ言われても分からず、結局は葬儀社の人がほとんどのことを仕切ってくれて、それはそれで助かる。同じ市内でもこの地区の人たちはこうだから、、まで知ってるし。そういう時代になってしまったんだろうから仕方ないと思うのだが、お坊さんが、「枕経と納棺」のことも言われたが、え?まくらぎょう?みたいな。そういえば!今までの経験では、お通夜の時にお坊さんが来てお経読んでいたっけ。あー、それだ~。普通はその後に納棺するものらしいが、最近はさみしい感じがするとかで出棺前が多いですと(これも葬儀社の人の言いなり)聞いたので、そうした。しかも、既にさっさと葬儀社の人が旅支度も済ませてくれて、てっこも脚半もつけ、六文銭もふところに入れる「儀式」までしてしまってくれて、そっちのほうだけは済ませたと言ったら、微妙~に不満そうだった。それも儀式なんですよ、『おくりびと』でもやったでしょ、、みたいな。…まだ見てないし。うちのほうのお葬式は、お通夜はそれほど大掛かりではなく、近所の人や近しい人が来るだけ。そして告別式をしてから出棺でなくて、先に火葬を済ますので、骨壷が祭壇に置かれる。そして、だいたい初七日法要までしてしまう。時には四十九までも。叔母の一人は、お経をよく知っているので端折ったりするとすぐ分かるんだそうだ。でも3人もお坊さん呼んだし、とても長かった気がする。四十九の日取りは決めたが、雨降りだったらお骨は自分でお墓に納めてくださいだって。ところで、私の婚家のお寺もそこの近くだが、近辺はどこも真田家由来のお寺が多い。実家のお寺は、家紋も袈裟にも六文銭がつくようなちょっと別格?の大きなお寺で、今は住職が代替わりして息子になっている。叔母の一人は、お父さんのほうがいい声してたから好きだったわなどと言っているが、若いせいかどうか、人物が掴みきれない。言っていることも、難しくてよく分からない。永代の話だって、仏様を先祖を永久に祀ってあげたいという気持は十分伝わっては来たが・・・そう、その日の話の中で、永代にならないかみたいな話が持ち出された。永代になると、普段の寄付、寄進等々が大変らしいということは知っている。ウチのだんなは、金さえ積めば永代になれて、戒名に院号がついて、ただ格が上になると思っているらしいが、死んだ後までランク付けされ、お金もいっぱい取られるのがそんなにいいのかな~。しかも今回で分かったけど、墓石屋さんに彫ってもらう墓誌、1字3万だって!!?しかしお坊さんによると、葬儀の際、ン万円余計にかかる事と、年間管理費はそれほどでもないらしい。でも、ただ金を積めばなれるものじゃなくて、簡単にはなれないようで、永代になるには本家や周りの親族の許可がいるらしい。相談してきてくださいということだった。そうなることによって、分家が独立するような意味ですかと聞いたけど、どうもそうではないらしい。やっぱり、みんなの頭の上に???がついた。相談して来ますと言ってお寺を辞したが、叔母に聞いたら「前回は、お母さんがイチゲン(だっけ?)でいいと決めたはずだから、今回そう言ってきたのかもしれない。一生いろんなお金かかるよー」と言う。どうも、本家がお金を払いきれていない。しかも本家そのものが今はない状態で、子どもたちは都会にいってしまって、こっちと縁を切りたがっている。のが事情ではないかと推測した。都会でも檀家にならず、その場限りでお経を上げてもらって済ます。少子化でだんだんお墓を守って行く人もいなくなる。宗教心も薄れた。なんていうので、仏教界も危機感を持っているのかもしれない。
2009年03月18日
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母が入院して2週間、6日にお昼に病院より呼び出しがあり、一気に危篤状態になったということだった。これはお医者さんも予定外だったらしい。既に腫瘍に押されて出血もしているので、回復の見込みは一切ないまま、峠だと言われた。しかし首から下、内臓や心臓が元から丈夫なため、ただただ寝ているように見えた。最初の晩は姉弟で泊まったり、一日中見守ったりしたけど、さすがに体力が持たない。いざという時は、間に合わないんだろうなと覚悟はした。全然苦しんだり痛くなかったのがせめてもの幸いだと思う。このまま、この後どれくらいの長さか短さか、言葉が出なくなったり体が動かなくなったり、徐々に機能が落ちていくのを実感して行くくらいなら、よかったのかもしれないとも思う。バタバタと葬儀も終え、いまだに弟は後処理に追われているようだ。覚悟はしていたことだけど、本当の実感はまだこれからかもしれない。
2009年03月17日
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先週、弟より救急車で運ばれたとメールがあった。病気は再発していたけど、それでも家で何でも自分でできていた。いたのだが、最近は気持ちに体がついていかず、運動のためと思って自宅付近を歩いていて転んでしまい、起き上がれなかったため、近所の人がびっくりして、親切にも救急車を呼んでくれた。遅かれ早かれ、そろそろかなと思っていたけど、結果それが入院のきっかけになってしまった。。入院しなきゃ、もうちょっと普通に生活できてたかなとも思うけど、入院で至れり尽くせりのおかげで、すっかり車イスと寝るだけの生活になってしまった。というより、病気の進行が急激に早くなっている気がする。やっていた仕事をそそくさと仕上げ、実家の、いわゆる「長男の嫁」はフルで働いているので、ほとんど私が面倒を見ることになった。別にそのつもりだからいいけど。それでも、弟も必ず来てくれる。。何かこんな時になって、家族水入らず、みたいな。お医者さんと面談で「どうしますか」という話になって、「病院でお願いします」という結論にした。もちろん、ギリギリまで自宅でというのが一番本人にはいいのは分かっている。まだちょっと悩んでいる。放り出したことになるんだろうか?家族ならギリギリまで自宅で、自分たちで、看るべきだろうか?しかし、どうやっても1人で24時間看病は無理。実家の嫁も看る気なし。外泊ができればどうぞという話だけど、私の家に連れてきても、、自宅じゃないんだから、安心もできないだろう。いまさらながら、他人事と思っていた「介護」が身近に感じた。せめてできることは、毎日病院で夕飯の時、話しながら食べさせるぐらい。。。そして、汚れ物を洗濯して持っていくぐらい。リハビリして治る、というものではないので、せめて毎日きちんと会いに行ってやろうと思う。2~3年前に臨床実験でれて認可された新薬だそうです。1年間飲んでいました。これが効いたから今までもっていたのか、飲んでいたけど結果として効かなかったのかは分かりません。多分効かなかったということでしょう。近所にも同じ病気の人がいるけど、この薬は飲んでいるかどうかは分からないけど、一応まだ元気です。なんと、後期高齢者1割負担で、支払いはカプセル10錠で17,000~18,000円でした。
2009年03月02日
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