ライフキャリア総研★主筆の部屋

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2003年10月25日
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 悪い知らせだった。

 彼女とは、早稲田大学第一文学部の3年生のときに知り合った。2クラスしかない「人文」の専攻で同じだった。ロック好き同士で話が合い、一緒に食事をしたり、映画を見に行ったり、将来の夢を語り合ったりした。

 サイズ7か5!の華奢な彼女が隣に来ると、否が応でも私の太さ、頑丈さが目立つので困ったものであったが、まあ、気が合ったのだから仕方がない。ボウイやミック・ジャガーが大好きで、豹柄のセクシーな服がよく似合った。パーマをかけてボリュームを出したオオカミ・カットだったなあ。プリンスに見出された女性ミュージシャン……名前忘れちゃったけど、パーカッション叩きながら歌う……シーラ・Eだっけ?彼女にちょっと感じが似ていて美人だった。

 思い出した!そういえば、プリンスのファンだったよなあ、彼女。プリンスが出始めのころ、私には理解不能だったけど、彼女が良さを教えてくれたんだっけか。

 彼女が就職したのは、業界では有名な女性経営者の手がける技術翻訳会社の系列の人材派遣会社で、20年前の当時としては世間から注目を集めたニュービジネスだった。女性経営者の信望があつく、彼女はメキメキ実力を発揮して輝いていた。

 就職してからも、休みの日によく会ったものだった。結婚式にも呼ばれた。私なんかよりも「書くこと」への情熱やあこがれが強く、本当は彼女も私のような仕事をしたかったようだった。「会社を辞めてフリーライターを目指します」というようなことが書かれた年賀状が届いて以来、電話もハガキも来なくなった。

 結婚したり、恋人ができたりすると、女ともだちの仲は疎遠になるというが、私たちもそうだったかもしれない。恋人や配偶者に向ける愛情と、ともだちに向けるそれとは別物であるのだけれども、根っこが同じなのか、どちらも100%全出力というわけにはいかないようだ。

 住んでいたところも近かったのに、彼女がつらかった時期に支えになってあげられなかったのが悔やまれる。もっとも、彼女は私を必要としていなかったから、連絡をくれなかったのだろうが。

 お母様の話によると、一昨年、がんを患い、克服したかに見えたそうだが、彼女の華奢な体は耐え切れなかったのだろう。10月3日に意識を喪って入院し、23日に亡くなったという。

 同い年の友を喪うのはつらい。なんともつらい。

 死について考えさせられることの多い年頃になってしまった。若いころよりもリアリティをもって迫ってくる。

 思えば、私はずっと後ろを振り返らずに突っ走ってきた人生だった。走り続けていれば、突然、道を断たれてもそのときはそのとき、悔いが残らないだろうと思ってきた。でも、それは違うといまでは分かる。

 自分ひとりの力で生きているわけじゃない。いろんな人の支えのおかげでどうにかこうにか生きられている自分をしみじみ眺める今日このごろ。

 スローペースでもいいから希望を捨てずに、そのときそのときを大切にしながら、未来への道を一歩ずつ切りひらいていきたい。私をいろいろな意味で支えてくれる人たちのことをもっともっと大切にしなくては。

 命が終わるそのときまで、イザというときには甘えられる人には甘えたい。甘えさせてね。いろいろな人との出会いをよろこび、支えたり、支えられたりしたい。その分、私の命が終わってしまったときに悲しませる人が多くなってしまうかもしれないけれど、ごめんなさい、そして、心からありがとうと言わせてもらえたらいいなあ。

 ケイコさん、心から冥福をお祈りします。あなたのことを思い出しながら、しばらくはボウイとストーンズの曲ばかり聴くことにしますね。

 日記のタイトルは私の好きなジョン・レノンの曲の最初のフレーズです。The end is yet to be...と続きます。大切なお友だちのみなさまへ。どうか死なないで。Grow old along with me. シワだらけの顔になってもいいじゃない。ずっとずっと笑顔で、一緒にトシをとっていこうね。





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最終更新日  2003年10月26日 22時27分16秒


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