手帳が好き。もう20年ぐらいシステム手帳を愛用しています。近くにいる人が手帳を取り出すと、つい、興味津々で目が吸い寄せられてしまう。
覗き趣味? いえいえ違います。どんなルールで、システムで、手帳をつけているのかを知りたくて。学びたくてと言ったらカッコのつけすぎかな。
この前、あるベテランのコピーライターさんの手帳を隣で覗き見したら、大小色とりどりのポスト・イットをパレットみたいに美しく並べたレフィルを発見して、つい「いいなあ!」と声に出してしまったら、他にもこんなものを手帳に入れているのよと色々見せてくださいました。
常用漢字一覧表が出てきたときには、やっぱりプロの物書きはこうでなくちゃ!と思ったものです。
常用漢字と言えば、最近、気になることがありまして。常用漢字って、戦後に国が定めた一種の規格なんですよね。常用漢字以外は教科書や出版物になるべく使わないほうがいいということなのか、最低限、このぐらいの漢字の読み書きはできるようにしましょうということなのか。その両方でしょうが、前者の方向性は、ある意味で言葉や言語文化に対する「暴力的行為」であり「冒涜」だなあとも思います。
たとえば冒涜の「涜」は常用漢字ではないので、テレビ番組のテロップに流すとしたら「冒とく」と書くかもしれない。でも、これでは何のことだか、言葉ほんらいが持つ意味のルーツが分からなくなってしまうでしょう。
そんなことを考えるきっかけになったのが、「障がい者」という表記ですね。多くの自治体ではいま、「障害者」と書かずに「障がい者」と書くようになっています。障害者や家族に対して不快感を与えるような表現はよくないという理由からです。
障害の「害」の字のイメージが悪いということですね。
ところが、障害者はもともと障害者という表記ではなかったということを最近、知りました。常用漢字の規格ができる前は、「障礙」もしくは俗字の「障碍」が使われたそうです。
「礙」の字は、「へん」も「つくり」も「害」とは別物。言葉の意味が違います。石へんに疑うと書く。これは、大きな岩に行く先を遮られて人が悩む様子を表した文字で、「さまたげ」の意味をもつそうです。
一方、「害」のもとの象形文字は「紙への祈りの文である祝詞を入れる器を大きな針で突き破り、その祈りの効果を傷つけて失わせ、祈りが実現するのをじゃまする」ことを表しているそうです。
日本語の発音では、害も礙も同じだけれども、意味は違うんですね。害の字は、「被害」以外は、害そのものの主体を表すので、人から嫌われる言葉ばかりです。危害、害悪、公害……。
一方、「礙」という字は、主体が害をなしているというよりも、主体が害をなされて困っている状態を表す言葉ですね。そう考えると、害と礙は、180度違うわけです。
だから障害者という表記は、原理的に間違っているのではないでしょうか。
そんなにも成り立ちの違う字を、「難しい漢字が多いと面倒だ。どうせ教養のない下々の民は覚えきれないであろう。このさい、不便なので統一してしまおう」をいうわけで常用漢字という枠にひとくくりにしてしまったのでしょう。
だからといって、障害者を「障がい者」と表記するのは、いかがなものかとも思います。障害者という元の字を知っている人の頭の中からは、「害」の字は消えない。いっそのこと、全く別の言葉に置き換えればいいのではないでしょうか。
ある人は 「神様から挑戦すべきことを与えられた人達」という意味で「チャレンジド」という言葉の使用を提唱しています。
なるほどそのとおり、「障害者」は本人が望んだわけではないのに「障害」を負い、それがハンディキャップになっている人たちです。「チャレンジド」といった受動態の表現のほうが適切のように思えます。
けれども、やはり日本語の表現のほうがカタカナ語よりもいいと私は思います。言語文化の歴史を勝手に改変あるいは切断していいのでしょうか。
ただ、「接木」という考え方もありますね。漢字も外来語なので、カタカナ語もいわば新日本語として市民権を得るべきだという考え方もあるかもしれません。新しい概念は、新しい言葉でしか表しえない。
けれども、「障礙」自体は新しい概念ではないし、もともと主体そのものが「害」であるという意味は持っていない。本人や家族を傷つける言葉ではないはず。だから、もとの「障礙」に戻すのが、いちばんしっくり来る。ただそれにしても、「害」の字が使われてきた間の「負の歴史」の記憶は「ショウガイ」という音とともに残り、私たちの子孫が継承していくことになるでしょう。
根の深い、難しい問題ですね。だからこそ、安易にひらがな文字に置き換えて言葉ほんらいの意味や歴史への洞察の回路を断ってしまうような短絡さは、止めてほしいなあと思います。
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