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どうもただ事ではない。クリント・イーストウッドの西部劇を観る者は、訝しげな表情でそう呟く。寡黙な画面には、それとは似つかわしくない饒舌な磁場が張り詰め、緊張で漲っているからだ。その気配の濃さが尋常ではないのである。『許されざる者』や『ミリオンダラー・ベイビー』を取り上げた際にも述べたが、クリント・イーストウッドの映画は難解である。物語の構造が単純であるにもかかわらず非常に語りにくいのだ。もちろん、そうした困難さを強いるのが、映画監督クリント・イーストウッドであるのは言うまでもない。だが、彼が困難さを強いるからといって、我々の想像力を根こそぎ奪ってしまう映像的ファシストでは決してない。むしろ、事情は正反対である。映像作家としての彼は、極めてリベラルで自由主義的な倫理の持ち主なのだ。なぜなら、彼の映画は作品自体が、何かの隠喩であったり、登場人物の存在が両義的であるばかりか、ときに多義的であったりするからだ。解釈は、観る者の想像力に委ねられているのである。その意味において、クリント・イーストウッドは稀にみるリベラルな映画作家であると言っているのだ。『ペイルライダー』には、よく比較される『シェーン』のような「悪」対「善」という単純で素朴で楽天的な図式が存在しない。アラン・ラッド演じる流れ者のガンマン、シェーンが、縁あって開拓移民のスターレット一家に厄介となる。卑劣で凶悪な牧畜業者に痛めつけられていた彼ら開拓移民たちに、シェーンは力を貸し、争いを収める。広大な山並みを湛えた風景の中を、馬に乗って去っていく後姿のシェーンに、少年が「シェーン!カンバーック!」と叫び、その声がこだまするあまりにも有名なシーンを持つ映画『シェーン』には、観る者の心を不安に揺らす要素はなにひとつ無い。アラン・ラッドが演じるシェーンは、スクリーンの画面に映し出されたそのままの、透明な人物であり、物語もそれ自身と等身大である。いささかも解釈を必要としないのだ。そこでは、物語に身をまかせ安心して感動できるという訳である。そういう意味で、『シェーン』と『ペイルライダー』は両極に位置する作品だといえよう。予定調和的な物語は、我々の想像力を抑圧するからだ。それに対して、クリント・イーストウッドは物語の衣装を纏うが、その衣装は借り物に過ぎない。実際には、彼が視覚化する映像には、「単純さ」と「過剰さ」という相反する表象が矛盾をきたさず存在してしまっているのだ。その抽象性が、クリント・イーストウッドの映画を難解な物としているのだ。どの映画の登場人物にも似ていないクリント・イーストウッドに対し、輪郭を欠いた言葉しか思い浮かばない我々は、鉛のような感動にたじろぎ、ただ「凄い」と呟くことしか出来ない。そもそも、『ペイルライダー』の中でイーストウッドが演じた「プリーチャー(牧師)」なる人間はいったい何者なのか?凄腕の孤独なガンマンなのか、プリーチャーなのか?保安官一味との対決の日の朝を迎え、牧師の証である真っ白なカラーを外したクリント・イーストウッドに、彼を慕う中年女性サラはこう訊ねる。「Who are you?」 「Who are you reary?」しかし、彼は言葉を濁して答えない。一方、サラの娘メイガンにとっては、プリーチャーは神秘的な存在として大天使のイメージと重ねあわされる。その象徴的なシーンが、鉱山主に雇われたならず者達に愛犬を虐殺されたメイガンが犬の墓前で奇跡を祈る場面だ。その象徴性と神秘性を醸し出すために、映画監督クリント・イーストウッドは、凡庸な監督には到底及びもつかない驚くべき繊細なキャメラワークを施す。メイガンが復讐を誓い、主に御加護(奇跡)を請うシーンから画面いっぱいに広がる山並みにショットが切り替わり、また次のショットで、メイガンが祈りを捧げる姿を再び映す。そうしたカットバックが数回繰り返されると、キャメラは、広大な山々を背景に従え、白馬にまたがったクリント・イーストウッドの姿を雷鳴と共に忽然と映し出す。祈りを捧げるメイガン。馬に乗り何処へと向かうイーストウッド。その二つのシーンをカットバックで交互に捉えたあとに、ふたりのショットがひとつの画面で融合し重なり合う。我々は、その「絵の繋がり」を見せられることで、クリント・イーストウッドに帯びた神秘性を視覚的に納得させられるのである。だからといって、我々は彼を神の化身として素直に受け入れるほど楽天的ではない。厄介なのは、プリーチャー(クリント・イーストウッド)の背中に惨たらしく刻まれている六発の弾痕である。その傷跡はプリーチャーのイメージとはあまりにもかけ離れているからだ。はたして、クリント・イーストウッドは、プリーチャーなのか?ガンマンなのか?それともそのどちらでもあるのか?その謎が宙吊り状態のまま物語は進捗し、謎はさらに深まる。何しろ、この作品におけるクリント・イーストウッドは、牧師(プリーチャー)という記号的な存在のままで自身の名前すら明かされはしないのだ。
2007年10月23日
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総合芸術と呼ばれることもある映画(絵画、写真、演劇、文学、音楽)を批評する方法を大別すると三つに分けられます。(1)物語=脚本=文学を論じる方法(2)映画のテーマ及び思想を論じる方法実は、ほとんどの批評は、その二つの枠組みに収まってしまうんです。(1)では、物語(あらすじ)、台詞、演技などを通して、もっぱら登場人物、特に主要人物の人間関係や内面を掘り下げるために批評的言葉が費やされます。そして物語が平板であるとか、人間が描ききれていないであるとか、台詞に厚みが無いであるとか、演技が稚拙であるなどといった表現が選ばれます。また、高い評価を下す場合は、その反対方向の語彙が選ばれるという訳です。たとえば、脚本が丹念に書き込まれているですとか、人物描写が優れている・・・などなど。つまり、映画作品の良し悪しを判断する要素として、文学の占める比重が非常に高いのです。そうすると、ちょっとした逆立ち現象が生じます。なぜなら、脚本が良ければ、誰が監督をしようが作品の出来は同じであるという事になってしまうのです。しかし、そんなことはありえないのです。たとえば、脚本のト書きにこう書かれていたとします。馬に乗った一団が、砂煙を巻き上げながら、大地を突進してくる。ある監督は、その突進してくる一団を俯瞰ショットで撮るかもしれませんし、また別の監督は、真正面にキャメラを据え、次のカットで真横から捉えるかもしれません。さらに言えば、ロングショットで収める監督もいるでしょうし、ミディアムショットで撮る監督もいることでしょう。カットとカットの繋ぎ方まで含めると監督によって、それこそ百人百様です。しかし、脚本(文学)を中心に論じようとすると、どの監督の作品もみな一様になってしまいます。同じ脚本で撮っているわけですからね。そうなると、監督による視覚的差異がきれいに零れ落ちてしまいます。しかし、その差異にこそ、実は映画の「本質」が在るんです。(2)のテーマや思想を論じる方法は、こういうことです。判りやすいので、戦争映画を例にあげてみます。すると、予定調和的に「反戦映画か、否か」という図式的なイデオロギーが浮かび上がってきます。徹底した反戦思想の持ち主なら、反戦思想が鮮明な映画ほど高い評価を下したくなります。あるいは、「俺は、君のためにこそ死にに行く」ことこそが、美しい国家の有り様だと思っている人には、反戦色一色の映画作品は、空想的で非現実的な作品として低い評価を与えたくなるでしょう。そこでは、映画と思想がすり替わってしまっています。映画は、思想を伝える「装置」というわけです。しかし、そのどちらの立場も誤りなのは明らかでしょう。だって、反戦映画にも映画として出来の悪い作品はありますし、好戦的な映画にだって出来のよい作品はあるんですから。(1)と(2)が教えてくれることは、そうした映画批評が、実は映画批評ではなく、文芸批評だという事実です。肝心の映画の「本質」がスッポリ抜け落ちているんです。では、「映画」を「映画」ならしめている本質とは何でしょう?引き算です。物語がなくても「映画」は存在できます。演劇がなくても「映画」は存在できます。音楽がなくても「映画」は存在できます。しかし、スクリーンに何も映っていないのでは、「映画」は存在できません。ですから、映画の「本質」は視覚的な構成要素、つまり絵画や写真の中に存在していることになります。ということは、(3)は、映画で最も重要で必要不可欠な、「視えている事象」を語るということになります。そこが、不可視な事象を語る文芸批評とは根本的に異なるところです。ただ、冒頭でも述べましたが、映画は総合芸術ですから、(1)や(2)を上手に語れれば、その批評はとても豊かな物になるのは言うまでもありません。でも、(3)を抜きにした映画批評は成り立たないのです。で、僕の流儀ですが、ほとんど(3)に偏っています。(1)と(2)を足し算して語れれば申し分ないのですが、その能力も根気もありません。正直言って面倒くさいのです(笑)ですから、それは、若い金比羅系さんに託したいと思います。僕の映画批評は、あらすじも無く不親切極まりない代物です。だから、「通信」を読んでくださる方は、僕にとっては奇特この上も無い人たちなのです。これはもちろん、感謝の言葉です。
2007年10月18日
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回顧編(1)1985年~1989年に引き続き、この5年間も中国、台湾、香港をはじめとしたアジア人監督の台頭が著しい期間でした。そしてアジア映画の水準が世界最高峰に在ることを誇示した年でもありました。 こうした気運の中で、日本の北野武監督が『ソナチネ』(1993年)で世界へと羽ばたくレールも敷かれていきました。頑張れ!アメリカ映画!!1990年1 『悲情城市』 ホウ・シャオシェン(※)2 『天国は待ってくれる』 エルンスト・ルビッチ 『霧の中の風景』 テオ・アンゲロプロス 『ホワイトハンター・ブラックハート』 クリント・イーストウッド 『冬冬の夏休み』 ホウ・シャオシェン(※) 『ニュー・シネマ・パラダイス』 ジュゼット・トルナトーレ 『サイドウォークストーリー』 チャールズ・レイ1991年1 『黄金の馬車』 ジャン・ルノワール2 『シェルタリングスカイ』 ベルナルド・ベルトルッチ 『コントラクト・キラー』 アキ・カウリスマキ 『髪結いの亭主』 パトリス・ルコント 『シザーハンズ』 ティム・バートン 『ミラーズ・クロッスイング』 ジョエル・コーエン1992年1 『人生は琴の弦のように』 チェン・カイコー(※)2 『ボンヌフの恋人』 レオス・カラックス 『ラヴィ・ド・ボエーム』 アキ・カウリスマキ 『欲望の翼』 ウォン・カーウァイ(※) 『ナイト・オン・ザ・プラネット』 ジム・ジャームッシュ 『裸のランチ』 デヴィッド・クローネンバーグ1993年1 『許されざる者』 クリント・イーストウッド2 『マルメロの陽光』 ビクトル・エリセ3 『こわれゆく女』 ジョン・カサベテス 『友だちのうちはどこ?』 アッバス・キアロスタミ(※) 『秋菊の物語』 チャン・イーモウ(※) 『オルランド』 サリー・ポッター1994年1 『戯夢人生』 ホウ・シャオシェン(※)2 『そして人生はつづく』 アッバス・キアロスタミ(※)3 『ゴダールの決別』 ジャン・リュック・ゴダール 『さらば、わが愛・覇王別姫』 チェン・カイコー(※) 『日の名残』 ジェームズ・アイボリー 『ギルバート・グレイプ』 ラッセ・ハルストレム 『トゥルー・ロマンス』 トニー・スコット1995年1 『エドワード・ヤンの恋愛時代』 エドワード・ヤン(※)2 『勝手に逃げろ人生』 ジャン・リュック・ゴダール3 『オリーブの林をぬけて』 アッバス・キアロスタミ(※)3 『恋する惑星』 ウォン・カーウァイ(※) 『エド・ウッド』 ティム・バートン 後記 : ※ は、アジア映画です。未見の方はご覧になってみてください。 眼から鱗の感覚を味わえます。
2007年10月11日
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かの山本益博氏が、グルメ評論家として、『グルマン』や『東京・味のグランプリ』を引っさげ華々しくデビューした頃、私も本格的に映画館通いを始めました。氏に倣い、私も、『シネマン』という寸評を手帳にしたためるようになりました。しかし、年間ベストテンといった儀式には関心がなかったため、当然、その記述は存在しません。が、からす2007さんの日記に触発され、心境の変化が訪れました。新しい世紀を迎えて、7年が過ぎた現在、いささか時代錯誤的ですが、古い手帳を頼りに1985年~1999年までの年間ベスト(第1回1985年~1989年 )を選出してみました。選出基準 ・映画館で観た作品に限る ・趣味趣向を排し、純粋に優れて映画的な作品 1985年1 『ミツバチのささやき』 (ビクトル・エリセ)2 『エル・スール』 (ビクトル・エリセ)3 『ラ・パロマ』 (ダニエル・シュミット) 『ペイルライダー』 (クリント・イーストウッド) 『パリ、テキサス』 (ヴィム・ヴェンダース) 『海辺のポリーヌ』 (エリック・ロメール) 『日曜日が待ち遠しい』 (フランソワ・トリュフォー)1986年1 『シテール島への船出』 (テオ・アンゲロプレス)2 『アンナ・マグダーレ』 (ストローブ=ユイレ)3 『ゴダールのマリヤ』 (ジャン・リュック・ゴダール) 『ゴダールの探偵』 (ジャン・リュック・ゴダール) 『トスカの接吻』 (ダニエル・シュミット) 『ダウン・バイ・ロー』 (ジム・ジャームッシュ)1987年1 『満月の夜』 (エリック・ロメール)2 『緑の光線』 (エリック・ロメール) 『恋のエチュード』 (フランソワ・トリュホー) 『アメリカの友人』 (ヴィム・ヴェンダース) 『マックス・モンアムール』 (大島渚) 『サクリファイス』 (アンドレイ・タルコフスキー)1988年1 『タバコ・ロード』 (ジョン・フォード)1 『イタリア旅行』 (ロベルト・ロッセリーニ) 『ザ・デッド』 (ジョン・ヒューストン) 『ラストエンペラー』 (ベルナルド・ベルトルッチ) 『ベルリン天使の詩』 (ヴィム・ヴェンダース) 『タッカー』 (フランシス・フォード・コッポラ) 『フルメタル・ジャケット』 (スタンリー・キューブリック)1989年1 『ラ・ピート』 (ジャック・ドワイヨン)2 『恋恋風塵』 (ホウ・シャホシェン) 『生きるべきか死ぬべきか』 (エルンスト・ルビッチ) 『ミステリー・トレイン』 (ジム・ジャームッシュ) 『東京画』 (ヴィム・ヴェンダース) 後記:とりあえず1985年~1989年までを並べてみました。 数字が無い作品は順不同です。 かって、六本木にシネビヴァンという奇跡のような映画館が 存在してました。それまでは、映画史的には高名な監督の 作品でも興行的な理由から日本に輸入されなかった作品が たくさんあったのですが、忽然と現れたこの映画館にそれら の作品群がせきを切ったように上映されたのです。 テオ・アンゲロプロス、ヴィム・ヴェンダース、ダニエル・シュミット ジム・ジャームッシュ、ビクトル・エリセ...。彼らが発見、再発見 されたのも、この小さな映画館のおかげです。 それにしても、アメリカ映画が少ないのには我ながら驚かされます。 もちろん、観賞本数では圧倒的にアメリカ映画が多いのですが これも仕方がありません。 とりあえず、1985年から1989年までを列記しましたが、次回で 短いコメントをさせて頂きます。
2007年10月10日
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~つづくしかし、『アワーミュージック』での彼の役回りは、過去の作品とは明らかに異なっている。「映画監督ゴダール」として登場しているからだ。確かに、『カルメンという名の女』でも映画監督として顔をのぞかせるが、そこでは滑稽な狂言回し(精神病院に入院している失業中の映画監督ゴダール)を演じたに過ぎない。だが、この作品では、サラエヴォの学生に招かれた講演会の講師「映画監督ゴダール」として等身大の本人が登場しているのである。そこでの講師ゴダールは、イスラエルとパレスチナの対立以降の世界を、ハワード・フォークス監督の二枚のスチール写真を用い、映画の基本である切り替えしショットに例えながら、イスラエルとパレスチナの対立を学生たちに説く。繰り返される切り替えしショットの技法に「虚」と「実」、「善」と「悪」、「過去」と「現在」を重ね合わせながら、それらの不確実性や両義性を静かに語る。しかし、決して「真理」は?とは口にしない。ただ、あるがままに見よ!とサングラス越しの彼の瞳が訴えるばかりだ。映画の中で詩人のダーウイッシュはこう語る。「行動する人間は、自分の行動を適切な言葉では語れない」。また、「物語を語り、詩を読むものは実態を知らない」と。この至言は、「映画」が「真実」を語ることの困難さを見事に言い当てている。つまり、「真実」を照らす「物語」というものは存在しないということだ。そもそも「真実」が「物語」という形式(起承転結)に都合よく収まると考えることこそ幻想なのだ。(注:クリント・イーストウッドはきわめてユニークな試みを『父親達の星条旗』『硫黄島からの手紙』の二部作で行った。しかし、『アワーミュージック』を加え三部作と考えるのが筆者の立場である。→『父親達の星条旗・硫黄島からの手紙』参照)歴史に立ち会う経験を所有できなかった我々は、「書物」に封印された言葉の蓄積が織り成す時間と空間を蘇らせる事でしか疑似体験を重ねることが出来ない。そんな嘆息を洩らす我々を尻目に、この天才映画作家ジャン・リュック・ゴダールは、アクロバット的な手法でまたしても我々を驚かす。戦争の爪痕を痛々しく残す、廃墟と化した建物を図書館に見立て、そこに馬鹿馬鹿しいほど唐突にふたりのインディアンを登場させてしまうのだ。ギリシャ悲劇の野外舞台のような図書館に現れたインディアンの男女は、「そろそろ同世代の我々が出会うべきときでは?同じ土地のよそ者同士として」と芝居がかった身振りと口調で物語る。もちろん、その言葉が書物からの引用であることはいうまでもない。こうした、脈絡を欠いた登場人物の出現や書物からの引用が、ゴダールの「映画」の難解さの一因にもなっているのだが、彼は別にペダンティックを装っているのでも、個性的であろうとしているわけでもない。ただひたすら「映画的」であろうとするストイックで真摯な意思が、彼以外の映画監督が撮る映画との差異を際立たせているに過ぎない。もちろん、上映時間というものが存在する以上、『アワーミュージック』にも始まりがあれば終わりもある。ダンテの『神曲』に倣い「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の三部構成からなるこの作品は、冒頭でふれた「地獄篇」の跡に、9.11以降の現代「煉獄篇」に時空を移す。そこではサラエヴォに集まった様々の立場の人びとー映画監督、詩人、小説家、建築家、通訳、学生、女性ジャーナリストなどーがそれぞれに陰影を宿しながらスクリーンを横切って見せるのだが、とりわけ深い陰影を滲ませているのが、ゴダールの講演会へと足早に急ぐ女子学生オルガである。ここに来てはじめて、ゴダールのキャメラに感情が芽生える。主観を排し傍観者のように対象を眺め、素っ気無いまでに抑制されていたキャメラが、彼女の姿に引き寄せられたかのように生きはじめると、思い詰めたオルガの顔を捉える。純粋で清らかなものだけが獲得を許される無言の無垢な表情をキャメラは生々しく映し出す。我々は、彼女のクローズアップに、まるで初めて他人の顔を凝視したかのような視線の痛みを感じ、胸騒ぎを覚える。映画監督ゴダールの絶対的な凄さは、視覚化できないもの、たとえば人間の根源性を表情に浮かびあがらせ、フィルムの表層に固着させてしまう天才的としか呼びようのない才能にある。もちろん、そうした精神性だけをゴダールのキャメラは切り取るわけではない。たとえば、この作品の視覚的主題と呼ぶことも可能な「路面電車」。この映画でゴダールは野外の景色を捉えるときには必ず「路面電車」をスクリーンに映し出す。何度も反復されるイメージに、我々はまるで初めて「映画」の中で「路面電車」を目撃したかのような錯覚を覚える。たとえば、ネオンの灯りが反射する、雨で湿った夜の舗道を滑らかに走る黒い乗用車。たとえば、琥珀色の液体が豊に震えるシャンパングラス。たとえば、艶かしい黒が眩しい公用車の窓越しで交わされる握手。それらの「絵」に様々な音や音色が重なっては遠ざかる。一見、狭雑物のようにも聴こえる音たちが、いかに繊細な旋律を奏でているか。オルガが、自爆テロに間違われ射殺(といっても自殺に等しいのだが)され、「天国篇」に姿を現したときに聴こえてくる川のせせらぎの比類のない美しさ。それら数えあげたら切が無いほどの映画的細部が、信じられないような完璧さで画面に収まっているのだ。いったいどのような演出と技術と感性が遭遇すれば、あのような「絵」をキャメラに収められるのか。これほどの「絵」を撮れるのは、ゴダールをのぞけばギリシャのテオ・アンゲロプロスぐらいだろう。こんな崇高で禁欲的なゴダールを前にして、つい通俗的な夢想に耽る。誰にも似ていない「映画」ではなく、誰にでも似ている「映画」を観てみたいという欲求に。もし、ジャン・リュック・ゴダールがオリバー・ストーンの『ワールド・トレードセンター』とまったく同じ脚本で撮っていたなら、いまごろオリバー・ストーンはしたたか打ちのめされ、己の才能のなさに打ちひしがれていたことだろう。もちろん、ゴダールはそんな傑作を撮ったりはしないし、撮りたいと思ったことすらないだろう。この映画作家は、映画史に名を刻む映画監督たちの誰よりも、「物語」が「思想」を濾過してしまう事に敏感だからだ。湖畔を天国に見立てた「天国篇」に姿をみせたオルガが歩く場所は、いわゆる天国のイメージとは程遠い、たんなる夏の陽だまりの光景にすぎない。いつもながらの、ゴダールの人を喰ったあっけらかんとしたイメージに口もとを緩めながらも切なさが胸を打つ。ラスト。遠くを見つめたオルガの顔のクローズアップで映画は終わる。『アワーミュージック』とは、鎮魂歌であろうか、挽歌であろうか...。オルガの視線だけが、その答えを知っている。
2007年10月03日
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20世紀は、「映画」の世紀であった。乱暴に定義してしまえば、ジャン・リュック・ゴダールの世紀であったということだ。この命題めいた言葉には、何の修飾も比喩も含んではいない。文字通り受け取り納得しさえすれば、それでよいのである。なぜなら、いまさら述べるまでもなく、「映画」とは、ゴダールのことであり、ゴダールとは、「映画」の代名詞にほかならないからである。確かに優れた映画作家は、数多く存在する。アメリカには、ジョン・フォード、アルフレッド・ヒッチコックらが存在したし、ヨーロッパに眼を向ければ、ルノワール、ヴィスコンティ。フェリーニ、ブニュエルらが存在していた。いや、海外に眼を向けずとも日本にだって、小津安二郎、溝口健二、黒澤明らが存在したのだ。しかし、彼らは「映画」の寵児ではあっても、正当な後継者ではない。なるほど、彼らは「映画」の可能性をそれぞれに発見し、それに自らの名を刻印すべく極めて個性的で優れた作品を世に送り出してもきたし、映画史のなかで《巨匠》と呼ぶに相応しい地位にも収まっている。まるで芸術家の肖像画のように。問題なのは、彼ら巨匠達が、あまりにも見事にその「額縁」に収まってしまっているということなのだ。誰一人として「額縁」から抜け出てこようとはしなかったし。そもそもそんな想いが頭をかすめることもなかっただろう。ところで、「額縁」とは何か?それは時間と空間が織り成す「物語」だとひとまずは言っておこう。「映画」の可能性を楽天的に信じ、「限界」に無自覚な巨匠達は、「映画」が産み落とした「物語」という形式を借りて映画を撮る。当たり前ではないか、それが映画監督ではないかという反問が聴こえてきそうだが、事実、映画監督には二種類しか存在しない。「物語」の構造に魅力的に収まる映画を撮れる者と「物語」の構造に退屈に収まる映画しか撮れない者のふたりしか。勿論、先に述べた巨匠達は、前者であるが、彼らにしたところで、後者と比較したときに相対的に優れている存在に過ぎない。そこでは、我々は安心してさすがは、ヴィム・ベンダースだ!とかマーティン・スコセッシだ!などと感心することができる。勿論、その固有名詞を黒澤やコッポラに置き換えることも可能である。実は本当のことをいうと、映画監督には、もう一種類存在するのだ。「物語」を援用せずに「映画」そのものをフィルムに収められる映画作家が。その人物こそ、ジャン・リュック・ゴダールそのひとである。よく言われるようにゴダールの作品は難解である。というのも彼の映画は、誰の映画にもまったく似ていないからだ。ほとんどの映画監督が「映画」と自堕落とはいわないまでも、無自覚に戯れている中にあって、ゴダールは孤独に「映画」と向き合っている。「映画」の可能性と「限界」に厳しく対峙するゴダールの相貌は、まるで殉教者のように孤高で美しい。その美しさは、ハリウッドにあって同じく孤高を貫いているクリント・イーストウッドの美しさとも違っている。イーストウッドの美しさは、何よりも彼の映画作家としての聡明さに由来しているからだ。あらゆる映画は、すでに撮られてしまったという深い諦念が、彼をして楽天的に振舞わせているのだ。単に映画が好きで通暁しているという理由だけで、「映画」を操作できると勘違いしているマーティン・スコセッシとクリント・イーストウッドでは映画作家としての資質が根本から違うのである。ジャン・リュック・ゴダールとクリント・イーストウッドを隔てるものは、「映画」における可能性と「限界」に対する姿勢の違いである。ゴダールは「可能性」を押し広げると同時に「限界」を露呈させることで「映画」の本質を映す。それを構築しているのが、フィルムの表層に焼き付けられた可視的なイメージである。だから、ゴダールの映画は、まぎれもなく「映画」そのものなのだ。「物語」(文学)を運動させるためにショットが撮られるのではなく、ショットとショットの有機的なつながり。そうすることで不可視な物のイメージが躍動し、表象となって観客の視線に訴えるのである。諦念から出発し、開き直ることで開放感を手にしたイーストウッドは、ゴダールとは違い楽天的に「物語」を受け入れるが、決して積極的に受け入れているわけでもない。シナリオに対する無関心さがそれを如実の物語っている。「映画」を撮るために「物語」の衣装を纏うのであって、「物語」を撮るために「映画」を食い物にしている多くの映画監督たちとは峻別されなければならない。たとえば、オリバー・ストーン。彼は「映画」よりも別の何かを信じている。それは「正義」であったり、「政治的イデオロギー」であったりするのだが、どうやらこの「映画」を愛しても、恐れてもいない監督は、「映画」という装置がそれらを表明するのに相応しい表現形式であると妄信しているようなのだ。そしてその目的のためだけに「映画」を消費する。『プラトーン』や『7月8日に生まれて』の監督が、少しでも「映画」の可能性と限界に敏感であったなら、そうした題材が「物語」の構造に醜く収まる非映画的作品にしかならないことに気がつくはずなのだ。いや、たぶん気づいているのだろう。『ワールド・トレードセンター』を観終えたカップルが、その15分後には何処かの小洒落たカフェで談笑に興じ、30分後にはさっき観た映画がすっかり消費されてしまっていることを。「社会派」とやらの衣装を纏い、ありったけの切実さを滲ませたつもりでも、その種の下品さはスクリーンに透けて見えるのである。「物語」が「映画」を創造したのではないのである。「映画」が「物語」という放蕩息子を産み落としたのだ。その放蕩息子のおかげで、大多数の映画監督は、「映画監督」でいられるのに過ぎない。人類が、「歴史」を所有して以来、絶え間なく繰り広げられる悲惨で殺伐とした殺戮を、たかだか百有余年の「歴史」しか持たない「映画」に収めることなど可能だろうか?処女作の『勝手にしやがれ』から最新作の『アワーミュージック』にいたるまで、つねに真摯な態度で映画と向き合ってきたこの天才映画作家は、可能だと呟く。サイレント映画のように突然、平原を走行する戦車の映像が映し出されると、単調なピアノの調べが奏でられ、原爆を想起させる閃光がスクリーンいっぱいに瞬く。夥しい数の、戦争にまつわるニュース映像の断片や戦争映画の断片が洪水のように次から次へとスクリーンに映し出される。そこでのゴダールは、映像の「虚」と「実」をいささかも差別(区別)することなく混在させる。勿論、ワールドトレードセンターの崩壊映像も、この「地獄変」と題された夥しい一編に過ぎない。人類の歴史から眺めれば、ただのひとつの事実に過ぎないからだ。単調なピアノの音は、ときおり途絶え、突然大きく響く。内臓を引き裂くような痛ましいショットが何の脈絡もなく淡々と続く。ゴダールは観る者の感情移入を奪うかのように、ひたすら白黒やカラーの映像を荒々しく切ったり、つないだりするだけだ。我々は、ただ鉛のように重い不快感に息苦しくなりながら、スクリーンを凝視するしかない。エイゼンシュタインが創生した映画のモンタージュをあっさり無視するゴダールは、理性ではなく、無意識に鉄槌を加える。スクリーンに瞳を凝らしていた我々の視界に、いきなり曇天の雪原が広がり、路面電車がすれ違う。そして、次のシーンでゴダールは、忽然と飛行場に姿を現す。もちろん、そこに彼の姿を認めたからといって驚きはしない。(~つづく)
2007年10月03日
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たとえば、それが「純愛」などという凡庸な二文字で飾られていたら、冷ややかな眼差しでやり過ごす姿勢が肝要だし、「悲哀」というような陳腐な言葉の響きを耳にしたならば、眉に唾する聡明さを持ち合わせていたい。ましてや、「運命」というような通俗極まりない身振りの大きな言葉が頭に浮かんできたら、センチメンタリズムに溺れそうになる自分を抑制し、その正体を理性的に凝視できる確かな眼が欲しい。韓国映画『MUSA-武士』のチョン・ウソンと『四月の雪』のソン・イエジンを主演に迎えたイ・ジェハンの初監督作品『私の頭の中の消しゴム』(それにしても、もう少し気のきいた邦題を付けられなかったのだろうか?「の」が、三回も続くのも日本語としてこなれたいない)を観て久方ぶりにそんな怒りまじりの感慨が頭をかすめた。社長令嬢のスジンは、妻のある男と不倫の関係にあったが、あることがきっかけで破局を迎える。傷心のまま街を彷徨うスジンは、とあるコンビにショップで独りの男性チョルスと出会う。偶然にも彼は、スジンの父親が経営する建設会社の現場作業員で、建築家になることを夢見ていた。運命的な出会いは、愛に飢えていたふたりを結びつけ、あたり前のように恋に落ち、あたり前のように結婚をする。最愛の人にめぐり合った男女の喜びもつかの間、スジンが若年性アルツハイマー症に冒されていることが判明する。難病に冒され、少しずつ記憶を失い愛する人さえも頭の中から消えていく運命にあるヒロイン、スジンとそんな彼女を全身の愛で受け止める夫チョルスとの不滅の愛を美しく感動的に描く。「死よりも切ない別れがある」と予告編でナレーションされるこの作品の物語を宣伝的に綴るとこんな風になるだろう。「もう、優しくしないでいいのよ。どうせ忘れちゃうから...」「すべての記憶のなかで最後まで残っているものが、あなたとの想い出でありますように」こうして書き写すだけでも顔が赤らんでしまう台詞の羅列や、これ見よがしの叙情性(つまり、つつましい繊細さを欠いた)で審美的なシーンの数々に惑わされ、不覚にも究極の愛の形などと呼びたい衝動に駆られたとしたら、あなたは、映画史に対しあまりにも無自覚だと指弾されても仕方がない。もちろん、最大の責任は、映画監督イ・ジェハンにある。映画作家としての倫理性のかけらも持ち合わせていない無知蒙昧な振る舞いは、映画史をあからさまに冒涜している。アジアの映画水準をを世界に知らしめた、いや世界の最先端にあることを瑞々しく証明して見せた中国の映画作家ホウ・シャオセン。台湾の映画作家チェン・カイコー。香港の映画作家エドワード・ヤン。イランのアッパス・キアロスタミ。彼らのような真の映画作家は、映画史に、そして偉大な先達への畏怖の念と目配りを決して怠らない。過去から現在に至る豊かな映画史の財産目録を、それに対するオマージュなしに消費するような自堕落な「絵」をキャメラに収めることを拒む誠実さと聡明さを兼ねそなえている。実は、こうした態度、つまり品性が映画作家としての資質に必要不可欠なのだ。これを身に纏っていない映画監督には、怠惰で下品な「絵」しか撮ることができない。過去から現在につながる豊かな映画の水脈に浸るだけで、将来の視野を欠いたまま、恥ずかしげもなく辟易するほど紋切り型の「絵」を張り合わせたような映画を、すました顔で撮ってしまう彼の傲慢な態度を到底許すことは出来ない。この作品が処女作となるイ・ジェハンは、新人監督としての野心や冒険と言った、優れた映画作家に備わっている資質を著しく欠いている。予言しておくが、イ・ジェハンは、これからさき、一見良質に見える「商品」を撮ることはあるかもしれないが、真に良質な「映画」を撮ることはないだろう。男が女を抱き上げる行為を、いかに映画的な「絵」としてキャメラに収めるか?偉大な映画監督たちは、繊細さとそれに抗う大胆さでそれを表現し成功させてきた。そうした営為にこの監督はどれほど自覚的であるとは到底思えない。そうでなければ、あんなに醜い「抱き上げる」シーンを平然と撮ったりはしないだろう。対象物である人物にキャメラを向けるときの距離(あの、超クローズアップの濫用は何なのだ!)と編集(あの、スローモーションの使い方はいったいなんだ!)は、冒頭のカットから終わりまで観る者に感情移入せよ!と暴力的に迫り、観る者の想像力を奪ってしまう。始末が悪いのは、この作品が徹頭徹尾どこかで観たことがあるイメージで覆われていることだ。愛した人とのつらい別れがある。そして、その涙も乾かぬうちに最愛の人との運命的な出会いが訪れる筋書きは、『猟奇的な彼女』とまったく同じではないか。別離の象徴として駅のホームが選ばれているのも瓜ふたつである。明らかな盗作ではあるまいか。(パクリと言う使い勝手のいい言葉もあるが)最後に一言。「映画」をなめてはいけない!
2007年10月02日
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