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すごい1時間もかけて入力したのに、痛恨の一発で消えてしまった。せっかく雪の事、四国へいった事を長々と書いたのに・・・今晩はもういいや。しかたない。時間があったらまた書こう。これで4回目、長くなると調子悪くなるのかな?ちくしょー頭にきた。言いたかったことは、まとめるとしあわせに暮らせて良かった。ありがとう。
2004年12月31日
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本来なら1年の締めくくりは、毎日をどう過ごしてきたか反省する時間を持たなければいけないのだけれど、普段から時間が足りなくて考え事する時間がない。新年という節目が来るのでさらに忙しい。自ら進んで余計な事を考える暇がないよう必死にデータを作っている。 明日1日あるので、気が向いたら反省するとして、とりあえず月ごとの主なニュースをあげてみる。2004年(平成16年)【1月】 退院 元旦の朝食(おもゆとだし汁)【2月】 実家で療養。精神不安定【3月】 痛み止めなくなる。久しぶりに潮風をあびる【4月】 週に一度電車に乗って大学に行く【5月】 平塚の自宅に戻る【6月】 10日間泊まりで臨海実習に参加し強制リハビリ【7月】 咽頭部に再発 放射線治療 【8月】 放射線治療の後遺症でダウン やけどのように痛い【9月】 ゼミに参加。10時間机に向かえる気力ゲット【10月】 四国八十八ヶ所巡礼 足摺岬にて 【11月】 データ作りを本格的にはじめる【12月】 生もの・プール解禁 身体の調子が良いおかげで、順調に回復してきた。治療で本すら読めなくなっても、その分余計にとりかえしたので、1年で考えると上出来かもしれない。結局本格的なデータつくりは、四国巡礼から帰ってからで、約2ヶ月だったわりには、たいしたものだと満足している。かなり無理したけど、出来上がったものを見るとやってよかったと思う。 1年間入院していた2003年は、変化がなくやっと生きていた感じだったが、2004年は、生きる楽しみを改めて感じた年であった。私の欲求はさらに上を目指している。
2004年12月30日
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節目には身体のデータの移り変わりを書き込むのだが、今回はクリスマスなので気持ちがうきうきしているので次回にする。テンションの高いこの時期の精神的な変化を、退院直前の1年前と比べてみたい。 クリスマスと正月の季節になった。大きなイベントだからいろいろ考えるので楽しい。そわそわした気持ちが不思議にも、子供の頃からまったく変わっていない。日付が変わるのは同じだけれど、一年が終わる始まるという区切りはすごいエネルギーを感じる。 30年前から変わっていない気持ち。あと30年生きていられたら、同じように感じられるだろうか?答えは自分で見つけたいと思えばかなうような気がする。【去年のクリスマスの書き込み】-原文-------------------------------------------------------2003年12月20日 最近なんかセンチな気分 心配かけて悪かったね。何か入院が長くなって、何気ない事にも泣けてきます。食えないからいじけている訳ではないけど普通に食事している人を見ると涙が出たり、君の声を聞いただけで言葉に詰まったり。看護婦さんが仕事終わって行っちゃうとさみしくなったり。普段はストレスも感じないなんて思っているんだけど・・・神経まで細くなってだいぶこたえてきてるのかね。2003年12月26日 Merry Christmas 今年もお疲れ様でした。58日の絶食に慣れて調子も良くなりました。クリスマスプレゼントとして、おもゆが始まりました。ほとんど水分でガバガバになります。も少したら調子がいい時に1日外泊出来そうです。このまま行けば正月過ぎには退院出来そうな感じです。------------------------------------------------------- 以上のように連れにメールをしていました。1年前になるなんてとても思えません。なんかそんな事があったかな?くらいに思えます。でもあらためて読み返すとその時の寂しさやせつなさを思い出します。「何か持って来い」などの事務的な連絡じゃないのに驚きます。どうみてもテンションが低いし、もう希望的にしか、ものが考えられなくなっていたようです。 身体が良くなると病気の時の事は忘れてしまいます。それで良いと思います。いつも再発におびえながら生きるより、後悔しない様にやりたい事をやる。人に迷惑をかけなければ?出来る範囲でフルに活動しようと思うようになりました。 おかげで家族は私のスケジュールに振り回されているようです。でも元気がなくて心配するより、いいんじゃない。みんなで明るく楽しく暮らそうよ。 いつも勝手させてもらえてありがとう。年内の予定25日から27日まで銚子で採集27日の夜は江の島へ採集28日は押し葉標本作り29日30日は研究室
2004年12月24日
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今日は今年最後の外来診察がありました。まず歯科へ行き口腔を診てもらいます。「どうですか?」「なんか大口を開けられなくなったんです。リンゴにかぶりつけなくて、やっぱり噛む力がなくなってるのかも」「あごの付け根にもあたっているから弱くなっているかもしれませんね」「口が湿ってないほうがいいんでしたっけ?」「逆ですよ。なるべく口をすすいだりして・・・」「最近、部屋の空気が乾燥していて、電動ブラシでテレビを見ながらブラッシングしていると、しばらくして練り歯磨きが固まってくるんですよ」「リキッドタイプがいいですよ」歯はよく磨けているらしく、悪化してないらしい。良かった。 担当医の診察は予定から2時間遅れなので、病棟に遊びに行く。ちょうど点滴とか始まる時間で、忙しくて婦長さんとしばし談笑。「なんか調子良さそうだけど太った?」「身体は締まりましたね。仕事している時よりハードですよ」「コンブの研究だっけ?」「いや江の島の海藻相をやってます。時間がかかる誰もやりたがらないことですよ。働きながらなんて無理でしたね。せっかくなのでまとめたいなと思ってます」いつも明るい○賀さんが来たので「○太に会える」病棟に来たのはお見舞いが目的「○太クンは、ね・・・」言いにくそうだったので、婦長さんに「面会謝絶になった?」「ちょっとね、うんがんばっているよ」「じゃあ、これで手でも拭いてくれと渡しておいて」と長命寺の手ぬぐいを託しました。クリスマスのツリーを見ながら「もう1年たったんですね」「そうよ。みんなでこの前で写真撮ったじゃない。あの時にいたK君4号室にいるよ」「岩手県の」「来年もう一度移植するためにがんばっているよ」さっそく顔を出しました。再発したっていっていたけど、相変わらず元気そうでよかった。彼と一緒に過ごしたのは、私が引きこもっていた時期だったけど、岩手県の後輩とだぶって唯一言葉を交わしていた一人だ。常注ポンプの痛み止めを使っていたので心配したけど、口内炎で食事の時に使っていると言っていたので安心しました。 診察はいつも通り、口の中を見て、胸とお腹に聴診器をあてて、全身のリンパ節を触診して終わりです。「かわりないですね」「のどが渇くんですけど」「水分はとってください。お酒は飲んでもいいけど口内炎がひどくなるので控えめに」突然だけど、それっておゆるしかい?続けて聞いてみた。「生ものもいいんですか?」「大丈夫でしょう。徐々にしてください」「海で泳いでもいいですか?」「プールならいいですよ、でも潜ったりしないで徐々に・・・」「先生がサンタに見えました。去年は絶食から重湯とスープだったけど、今年は生ものとプールなんてすごいプレゼント!。ありがとうございます」「は・は・は。でもインフルエンザには気をつけて下さいね。でも移植の患者さんは気をつけるから、みなさん風邪もひきませんけどね」「はい、無理しないように気をつけます」 お昼を少し過ぎましたが、なんかうれしくて寿司でもと、思いましたが、誰かと一緒にそしておごってもらおうと今日はやめました。洋食だなと思って、銀座に向かいました。一人だけどお祝いは老舗の煉瓦亭に行きました。半熟の元祖オムライスを食べました。普通のオムライスはケチャップライスなので私は嫌いです。でも元祖は、チャーハンにならないように半熟の卵をまとったもので、ケチャップの酸っぱさのダメな私にちょうどいいと足がむいてしまいました。 はじめは強烈な生ものは嫌なので、半熟のとろっとした感じがとてもよかったです。こんなおいしいものを、よく食べずに我慢したものです。 わたしって最高にしあわせだー
2004年12月20日
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年末になるとなんか気ぜわしく感じる。時間の進み方はかわらないのに、カウントダウンされている気になる。確かに新年を迎える時ぐらい、一年間の汚れを落としてすっきりしていたいし、1年に1回くらい年賀状で近況報告をしても良いと思う。去年の年賀状は入院中の体重のグラフを貼り付けた。今年は四国八十八ヶ所巡礼ぐらいかな?まあ新年から病気ネタはやめよう。 前日から忘れないように、やるべき事を紙に書いて一つずつ塗りつぶすのが私のスタイルだ。大して用があるわけではないので、頭にいれていてもいいのだが、塗りつぶす快感がいいのだ。無理な予定は立てないようにするのだが、さごまで終そうとすると結局真夜中になってしまう。集中力がないことと、よほどとろいのだと思う。まあ最終的には、適当に片付けて先延ばしにするだけだけど。年賀状は来週でいいや。 今朝はラジオ体操もせずに寝てられた。連れがタイへ出張したので、自分でなんでもやらなければならない。ご飯は、冷凍庫からラップに包んであった炊き込みご飯をチンする。その間ヨーグルトを200gほど食べる。あつあつのご飯は食べれないのでそのままにして、お肉をチルドルームから取り出して焼く。お肉は酒粕がついていてそのまま焼くとこげるけど、それがおいしい。 ゴミを出しに行って、部屋の掃除をはじめる。拭き掃除は来週にしよう。年賀状を作ろうと郵便局へ行って100枚買った。なんか足が軽くてスキップをしたくなるくらい調子が良い。天気は気持ちいいくらい暖かい。気分が良いのでそのまま駅前に行ってライ麦パンと照り焼きチキンと牛乳を買う。昼食はチキンサンド。おやつはドーナツとカフェオレ。 午前中掃除したから部屋は片付いた。午後は押し葉標本の荒片付け。これから液侵標本の整理をして風呂にゆっくりつかる。夕食はどっちの料理ショーを見ながら野菜炒めとニンニクスープ。その後レポートまとめてから寝るのは2時ごろかな。おヒーさまサプリ一個もなくなったぞ。明日あさっては家にいないから受け取れるのは日曜日だな。
2004年12月16日
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最近日記が週に1回になっています。特別身体に変化があるわけではなく、毎日調子が良くてお知らせするような事がありません。便りが無いのは無事な証拠!! もし毎日書くとしたら、「今日も一日中しあわせでした」が続くでしょう。 本日は週に1回の休養日です。休養といっても昼寝をするわけでもいなく、片付けや雑用で研究室に行かないというだけです。月はじめの木曜日が雇用保険をもらうための認定日でなので、午前中ハローワークに行ってきました。予想外に手続きは簡単で早いので、何もストレスを感じませんでした。 求職活動をしないとお金がもらえなくなるので、とりあえず検索機で求職状況を見てみました。年齢が30代だと結構仕事があるなと正直思いました。でもしたい仕事はぐっと少なくなり、適正があるのかといえば不可能になって、仕事がないという状況になるのでしょう。でも両親や子供を扶養していたらもっと必死に探すのでしょう。私は満額もらいたいし、人生をリセットするために勉強しなおしているので、しばらくは就職活動をするつもりがありません。 午後は前にいた会社に顔を出して、「最近仕事で潜れるような気がするほど調子しいですよ」と、まるで復帰するようにアピールしました。医者もまわりも止めなというけれど、もう平気だと思います。まあ無理はしないけど。 夕方、茅ヶ崎のス-パー銭湯に行きました。最近地下1500mから温泉が出て新たに露天風呂を作ったのです。以前はサウナがある銭湯でしたが、露天風呂や寝湯も増やして改装しました。値段も900円と以前の倍になりましたが、それだけの付加価値は十分あり満足しました。温泉の挨拶に湯治のことについて書いてあって「湯治は免疫力を上げて身体を強くする」とありました。 確かにそのとおりだと思いましたが、なんか軽く考えている感じがしました。私の場合、大金を掛けて弟の造血幹細胞を移植してもらって、その免疫力で身体が治ったので、すごいものだと改めて思い直しました。先週は修善寺。その前は平塚と毎週木曜日は温泉に入るように時間を取っています。まあ温泉で健康が維持できるなら、週に1回ぐらいはゆっくりするようにしています。 久しぶりの友達に「どうしたそのガラガラ声」と言われて「声変わりだよ!ハスキーヴォイスと言ってくれ」と言いました。唾液は相変わらず出ないけど、最近バナナヨーグルト・オレがお気に入りだし食事が美味しくて最高です。しあわせだー
2004年12月09日
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私の父親が9月30日に脳出血で倒れて、2ヶ月入院していました。幸いにも脳神経外科で良い病院に連れて行ってもらえて、処置が早かったので障害をほとんど感じさせない状態になりました。1ヶ月は病院の為の入院で、本来なら通院でリハビリをする状態でした。病院がリハビリ専用病棟を新設して、まだベットが埋まっていない状態でした。4人部屋に1人しかいないので、個室のように過ごしていました。右半身が動かなったのですが、早く動かすようにしたので、腕はあがるし杖がなくても歩けます。痺れはあるようですが、何でも自分で出来るのですごい回復だと思います。 昨晩は実家に泊まって、今日は修善寺の温泉に行って来ました。今朝は5時半に起きました。私は2階に寝ているので、父親は急な階段をあがってきて、元気よく起こしてくれたので驚きました。 6時に八潮ICから首都高にのって平井大橋で日の出を見ました。車好きな父親は、久しぶりのドライブで喜んでいました。ベイブリッジから見えるランドマークタワーや横浜みなとみらいと富士山が朝焼けできれいでした。 平塚から西湘バイパスと真鶴道路、熱海まで海岸線を走りました。海も穏やかで暖かく快適なドライブです。10時半に修善寺の百笑いの湯に着きました。 4人揃うと申し込める、砂風呂のコースを事前に予約していました。砂風呂、お弁当、入浴券がついたお得なセットで1人3150円でした。まず最初に砂風呂を楽しみました。トルマリン鉱石の入った砂をかけてもらって20分、身体の心から温めました。予想外に汗をかいていて本当に気持ちよかった。砂を流して親父と私は、草津からもってきた源泉の露天風呂に入ってさらに身体を温めました。 12時からは、40分のマッサージをしてもらいました。チョー気持ち良くてウトウトしてしまいました。 少しゆっくりしたあと13時から昼食です。弁当といいながら、豪華なもので、トマトジュースで乾杯して退院のお祝いをしました。中身は刺身(アジ、鯛、マグロ)が付いていて、チラシ寿司、焼肉や焼き魚でお腹一杯になって、最後はフルーツでしめました。 食後仮眠室で30分ほど食休みをしました。4人とも眠っていました。その後もう一度お風呂へ。私はジェットバスやサウナへ入って余分な脂を汗と共に流しました。水風呂に入ってチョー気持ちいい!!! いやー今日一日ゆっくり遊んでしまいました。父も入院のストレスが溜まっていたでしょうし、母も毎日病院に通っていたので疲れていたでしょう。そして私も私の連れも毎日出かけてヘトヘトでした。 なんかいろいろな事があるけど、うちの家族はしあわせです。こんなチョー気持ちいい事ができるのですから。みんなゆっくりできて大満足でした。
2004年12月02日
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