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僕は、毎日、授業が待ち遠しくてたまりません。これを聞いて驚かれるかもしれませんが、それは僕一人の思いではなく、きっとこの塾に通ってくれている生徒たちとの“共通認識”だと思っています。予習をすればするほど、準備をすればするほど、授業の日が近づくたびに、心がわくわくしてくるんです。まるで、修学旅行の前日の夜みたいに、体育大会の前日の夜みたいに、はたまた、初めてのデートの前日の夜みたいに――眠れないほど、心が踊るのです。寝る前には、自然とその日の授業をイメージします。「ここでつかみを入れて、こう切り返して…」「このあたりで笑いが起きて、そのあとは真剣に…」そして何より大切なのは、「?」が「!」に変わる瞬間をどう演出するか。教えるということは、知識を届けることでもあるけれど、それ以上に、感情を動かすことだと思っています。理解の「点」がつながって、線になるときのあの瞬間。目の前の生徒の瞳がキラッと光るのを見たとき、心から「ああ、やっていてよかった」と思うのです。でも、人生も授業も、予定どおりにはいかないもの。どれだけ準備を重ねていても、予想外のハプニングは起こります。けれど、それがまた面白い。思いがけず教室中が笑いに包まれたり、ある生徒の一言が、授業の空気をがらっと変えたり。その“予期せぬ瞬間”が、授業を一層輝かせてくれるのです。しかも、そのハプニングさえ、「来年は“演出されたハプニング”として取り入れよう」なんてことまで考えてしまう。そうやって、僕の授業は毎年、進化し続けています。今日も、意図しないハプニングがひとつありました。けれど、それがきっかけで、教室にはあたたかな笑顔があふれ、笑い声が天井に跳ね返っていました。その瞬間、改めて思ったのです。――なんて素敵な生徒たちに恵まれているのだろう、と。本当に個性豊かで、思わず「いいキャラだなあ」と唸るような塾生ばかり。毎年、こんなにも魅力的な生徒たちと出会えることが、僕にとっては、もったいないほどの幸せです。授業は、ただの教える時間ではありません。そこには、出会いがあり、物語があり、成長があります。そして、僕にとっては、毎日が“修学旅行の前日の夜”のような、特別な一日です。これからも、そんな気持ちを胸に、一つひとつの授業を丁寧に、楽しみながら重ねていきたいと思っています。
2009.10.27
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最近、時間の流れがとても早く感じるようになりました。ふと気づけば、もう夜。「えっ、もうこんな時間?」と驚くことが、以前よりも格段に増えた気がします。この感覚には名前があるそうです。“ジャネーの法則”というものです。この法則によると、人が心理的に感じる1年の長さは、年齢の逆数になる――つまり、年齢が上がるにつれて、1年がどんどん短く感じるというもの。たとえば、3歳の子どもにとっての1年は、人生の3分の1。でも、30歳の大人にとっては、30分の1。時間の感じ方には、そんな心理的なトリックが隠れているんですね。だからでしょうか。仕事をしていても、遊んでいても、本を読んでいても、気がつけばあっという間に一日が終わっている。楽しい時間は特にそう。夢中になっていると、時計の針が音もなく駆け足で進んでいくようです。でも、この「時間の速さ」を感じるのは、きっと“充実している証”でもあるのかもしれません。便利な時代になった分、私たちが一日に経験できることの量は、昔とは比べものにならないほど増えました。PCやスマートフォン、インターネット、メール、これらのテクノロジーが私たちの時間の密度を一気に高めてくれました。昔なら数日かかっていたことが、今では数分で済む。その分、他のことにも時間を使えるようになった。けれど、だからこそ、「何に時間を使うのか」「その時間を、どう味わうのか」という視点が、これからはますます大切になってくるのだと思います。気がつけば、もう春が過ぎて、夏が来ようとしている。季節の移ろいも、あっという間です。日々を丁寧に過ごしていかないと、人生そのものが「気がつけば終わっていた」なんてことになりかねません。だからこそ、僕は、もう少し“時間をデザイン”していきたいと思っています。忙しい毎日の中でも、ふと立ち止まって、深呼吸して、「いま、この瞬間を味わう」ことを意識していく。あえてスマホを閉じて、誰かとの対話に集中する時間。読書に没頭する時間。空を見上げて、雲の流れを追う時間。そんな風に、自分の時間を「感じる」ことを忘れずにいたいのです。過去や未来に心を奪われすぎず、今この瞬間をしっかりと味わいながら、年齢を重ねても、心の中に“ゆっくり流れる時間”を持っていたい。それが、これからの時代に必要な「生きる知恵」なのかもしれません。
2009.10.23
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ある日、ふと気づいたんです。「あれ?今週、やたらと問い合わせが多いな」と。で、その少し前の出来事を振り返ってみると──“何かをまとっている人”が塾を訪れた直後だった、ということが何度か重なっていたんです。オーラのようなもの、心地よさを纏う人。誰もがすぐに気づくわけではないかもしれないけれど、その場の空気がふんわりと変わるような、そんな“何か”を持っている人たち。***たとえば、僕の恩師。あるいは、“開成番長”こと繁田先生。そして、みんなが惹き込まれてしまうスーパースター、みかみ先生。ほかにも、ここでは名前を挙げられないけれど、“場を変える力”を持つ人が来塾した後には、なぜか必ず、複数の問い合わせが舞い込む。これは、まだ数件の偶然と言われれば、そうかもしれません。でも僕の中では、もうこれは“現象”として、しっかりと存在しているのです。***たとえば、ある金曜日の夜。みかみ先生がふらりと現れ、塾でのひとときを過ごして帰られた翌日。土曜日のうちに、なんと2件の問い合わせ。しかも、「気になってたんです」「前からSNS見てて」と、まるでタイミングを見計らったかのようなご連絡ばかり。やっぱり、何かあるんだと思います。その人たちが持つ“よい気”が、塾という場に風を通し、空気を動かし、外の世界にまで届くのでしょう。***さらにすごいのは、その人たちが単なる“ゲスト”で終わらないということ。一緒に授業をしてくれた信頼の後輩。毎週、授業を担当してくれている僕の“師匠”。彼らは、生徒たちの心をガシッと掴み、マイスクールのファンをどんどん増やしてくれています。僕ひとりでは、きっと届かなかったであろう場所にまで、彼らは声を届け、感情を揺らし、学びに火を灯してくれているのです。もちろん、僕の塾を本当の意味で支えてくれているのは、今、共に働いている10人の先生たち。この10人がいなければ、すべては始まらなかった。彼らがいるから、いまの空気があり、生徒たちの笑顔がある。心から、感謝しています。***最近、教室の空気がとてもいい気がします。ざわざわしたものがなく、どこか整っている。笑顔と真剣さが同居していて、柔らかくて、あたたかい。たぶんそれは、みんなの想いが重なってできた“目には見えない空気”なのでしょう。***P.S(1)ある土曜日、師匠の授業が終わったあと。生徒のひとりが、こっそり僕にこう言って帰っていきました。「先生たち、いいコンビですね」って(笑)。うれしい言葉です。自然とにじみ出る“連携”を、子どもたちはちゃんと感じ取ってくれているんですね。***P.S(2)そして何より驚いたのは、みかみ先生の“トーク”を聞いた塾生たちの反応。「先生の声にしびれた」「テンポが心地よかった」「なんか、言葉がすっと入ってきた」──まるでミュージシャンのライブを見たあとのような、そんな感想ばかり。僕自身も見習わなければと、心から思いました。“伝える”ということの奥深さを、あらためて教えられた気がします。***みかみ先生をはじめ、恩師、番長さん、そして信頼する師匠たち──そうした方々の来塾は、僕にとっても、そして生徒たちにとっても、心を揺さぶられる体験となっています。ただの授業じゃない。“何かが生まれる瞬間”を、共に感じる時間。そして、その“空気”は、ちゃんと外にも伝わっている。たとえ数件の小さなデータでも、僕にとっては確かな“手応え”なんです。これからも、そんな風が通う塾でありたいなと思います。誰かが来れば、空気が変わる。生徒の表情が変わる。僕自身も、また変わる。そんな場所で、今日もまた、灯りをともしていきます。みかみ先生からも僕の塾を好意的に見られたようで、よかったです。みかみ先生のブログにも僕の塾を紹介してもらっています。ありがとうございます。
2009.10.17
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ある日、僕の塾に、とても特別な風が吹き込みました。それは、日本の学習塾ブログ界で最も名の知れた存在、みかみ先生が来てくださった日のことです。「本当に来てくれるんだ…」正直なところ、最初は少し信じられないような気持ちでした。でも、実際にみかみ先生が目の前に現れ、塾の空気が一変した瞬間、それが現実であることを強く実感しました。しかも、ただの訪問では終わりませんでした。なんと、塾生と講師陣の前で**特別に“炎のモチベトーク”**を15分も披露してくださったのです。そのトークは、ただ話すだけのものではなく、生徒も先生も巻き込んだ“参加型”のライブスタイル。笑いのタイミングと、心に刺さる話のバランスが絶妙で、気づけばみんなの目がキラキラと輝いていました。生徒たちは自然と背筋を伸ばし、話に引き込まれていく。その空間は、ちょっとした劇場のようでもありました。授業の最後には、みかみ先生からの差し入れをみんなで分け合い、笑顔あふれる記念撮影も行いました。カメラを向けると、全員が自然と良い表情になっていたのがとても印象的でした。「今日来ていた生徒たちは、本当に幸運だったな」そう感じたのは、僕だけではなかったと思います。この日出会えたことは、マイスクール慶應修学舎に通う生徒たちにとって、一生の記憶に残る「特別な時間」になったことでしょう。もちろん、僕自身もたくさんの刺激をいただきました。みかみ先生の放つ“オーラ”は、とにかく圧倒的で、それでいて温かいものでした。その場でいただいたいくつかのアドバイスは、どれも即実行できるような具体的なもので、帰宅後すぐに紹介された本を購入し、読み始めました。“学ぶことに貪欲な姿勢”を、誰よりも体現している方だと、改めて感じます。それに何より、「こんな僕からも何かを学び取ろうとする」その姿勢に、胸が熱くなりました。本気で、覚悟を持って生きている人の姿に触れると、自分の未熟さを思い知らされると同時に、不思議と勇気が湧いてきます。「もっとやれることがあるはず」「もっと良い塾にしていこう」そんな前向きな思いが、僕の中で強く灯った瞬間でもありました。このように、僕のようなまだまだ発展途上の人間のところに、わざわざ時間を割いて来てくださる方々がいる。それは、とても当たり前のことではありません。だからこそ、そのひとつひとつのご縁に、心から感謝しています。月末にも、また大切な方とのご縁があります。どんな形になるかは分からないけれど、いつかきちんと「恩返し」できるように、今できることを誠実に、積み重ねていこうと思います。塾という場は、学力だけでなく、人生を通しての出会いと学びの交差点でもあるのだと、改めて実感した一日でした。みかみ先生のブログ
2009.10.17
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「昔は、よかったのになあ。」この言葉を耳にするたびに、私はふと立ち止まって考えます。――本当にそうだったのだろうか、と。もちろん、過去を否定するつもりはありません。それぞれの時代には、それぞれの良さがあって、その時代に生きた人々が大切に守ってきたものがあったのでしょう。「昔」が指すのは昭和なのか、平成なのか、それともさらに昔なのか。それは人それぞれで、きっと懐かしい記憶とともに語られるものです。けれど、私は思うのです。「今」だって、捨てたもんじゃない。とくに、私たちが暮らすこの日本では、当たり前のように教育を受けることができて、自分の努力しだいで、未来を切り開くことができます。目の前の勉強は、ただの義務ではありません。それは、未来の自分に向けたプレゼントのようなもの。知識や経験を積み重ねていくことで、「やってみたい」と思った夢に、少しずつ手が届くようになります。そしてもう一つ、勉強や研究には、とても素敵な側面があります。それは、「昨日より今日、今日より明日」の自分をちゃんと感じられるということ。昨日はわからなかった問題が、今日は解けた。人前で話すのが苦手だったけど、少しずつ声が出せるようになった。ちょっとの勇気で、新しい一歩を踏み出せた――そんな自分の小さな「成長」を、日々実感できること。それは、何よりも心を豊かにしてくれるはずです。私たちは、過去の誰かと競争する必要はありません。ましてや、誰か他人と比べる必要もありません。一年前の自分と、今の自分をそっと比べてみる。できることが増えたことに、気づけるだけで十分です。それは、未来がきっともっと明るくなるというサイン。過去にすがらなくても、今を大切にしていれば、未来はちゃんと、私たちに応えてくれます。「昔はよかった」と懐かしむことも大切。でも、「今もいいな」「未来も楽しみだな」って思えたら、もっと優しく、もっと自由に生きていける気がします。今を信じて、そして自分を信じて。一歩ずつ、私たちの未来を描いていきましょう。
2009.10.14
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目に見える結果と、目には見えない結果。どちらも、私たちの努力の中で確かに生まれているものです。たとえば、テストの点数。それは「目に見える成果」の代表格です。数字という形で、自分の頑張りが誰の目にも明らかになる。だからこそ、私たちは一喜一憂してしまうのかもしれません。でも、そこにはもう一つの「成果」があることを、忘れてはいけません。たとえば同じ90点でも、その意味は人によって全く異なります。持てる力を振り絞っての90点。まだ余力を残しながらの90点。それぞれの背景には、異なるドラマがあります。必死に努力を重ね、不安を抱えながらも挑んで得た点数と、余裕を持って取り組みながらも、どこか本気になりきれなかった点数。数字は同じでも、その内実には大きな差がある。そしてその差は、簡単には他人に伝わらない。もしかすると、自分自身にすら見えにくいこともあります。でも、だからこそ大切にしたいのです。目には見えないものたちを。勉強のやり方を工夫したこと、集中力を保つために自分なりのルールを作ったこと、失敗をバネにして前向きな気持ちを取り戻そうとしたこと。それらはすべて、数字にならない「努力のかたち」です。そして、こうした積み重ねは、いつか必ず力になります。点数には表れないかもしれません。周囲に評価されることもないかもしれません。けれど、それは確かに、自分の中に息づいていくのです。これから先、結果を出すことが求められる場面は、何度も訪れるでしょう。でもそのたびに、自分の中の「見えない成果」に目を向けてあげてほしいと思います。自分がどんな過程を経てきたのか。どんな思いで挑んできたのか。どれだけのことを、自分自身と向き合って乗り越えてきたのか。それこそが、本当の「成長の証」なのではないでしょうか。数字だけを追うのではなく、数字の奥にある自分の物語を見つめながら、これからも一歩一歩、前へと進んでいけますように。そんな優しさと強さを、忘れずに歩いていけたら素敵ですね。
2009.10.13
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合格のために勉強する――それはきっと、受験生にとって“当たり前”の感覚なのかもしれません。部活をやめて、遊びを我慢して、眠い目をこすりながら机に向かう。そうやって、何かを犠牲にして勉強している人も、きっと多いはずです。でも、僕は、そういう“当たり前”が、あまり好きではありません。 もちろん、努力は素晴らしい。夢を叶えるために頑張る姿は、何より尊いと思います。だけど、「合格のためだけに、今を削るような勉強」は、できることなら、してほしくないんです。 なぜって、「今」は一度きりだから。戻ってこない時間だから。泣いたり笑ったりしながら過ごす毎日は、未来のどんな合格通知よりも、大切な宝物になることだってあるのです。 「楽しいな」「面白いな」「もっと知りたいな」そんな気持ちで机に向かう勉強があってもいい。好きなことを突きつめたり、友だちと一緒に問題を解いたり、苦手な教科も「ちょっとやってみるか」と向き合ったり。気がついたら、受験の日が近づいていて、気がついたら、志望校に合格していた――そんなふうに、自然に手に入った合格って、きっと、自分の中でいちばんしっくりくる結果になるんじゃないかって思うんです。 「今を我慢して、未来をつかむ」のではなくて、「今を楽しんで、未来も笑ってる」そんな受験生活があったって、いいじゃないですか。 だって、未来って、今の積み重ね。今の自分を大事にしてあげられないのに、未来の自分だけ幸せになんて、なれるはずがないから。 たしかに、受験勉強には苦しい瞬間もあるでしょう。やる気が出なかったり、思うように成績が伸びなかったり。でもそんな時は、「頑張らなきゃ」と自分を責めるよりも、ちょっとだけ肩の力を抜いて、空を見上げたり、誰かと笑い合ったりしてみてください。 あなたが笑って過ごす「今」が、きっと明るい「未来」につながっていくから。 「受験生だから我慢する」じゃなくて、「受験生だからこそ、幸せに学ぶ」。 そんなふうに、「今」と「未来」のどちらも大切にできる、あたたかくて誇らしい合格のかたちが、もっともっと広がっていけばいいなと、僕は願っています。
2009.10.07
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