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2005年11月01日
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くだらないイザコザでは高飛車なヒロシが黒服と揉めて脅されたり、ハコ取りに絡んでエスメラルダの若手DJが苛めにあったりとか、勢いに乗る集団(組織)の強さに嫉妬したり妬むやつらもそれだけ多かったってことです。

ある時などは東宝会館の真ん前でヒロシと某ディスコの黒服とが口論となり、カッと来た黒服がつい手を出してしまったことから警察沙汰になってしまい、歌舞伎町交番に二人して引っ張られるという事態になったことがありました。ところが、ヒロシをぶん殴った相手の黒服に前科があったので、ヒロシが訴えを起こせば非常にヤバイことになるわけです。
ところが、どうしてもヒロシにだけは詫びを入れたくないといって意固地になってしまったんですね。警察だってこんなくだらないことでコトを大きくしてつまらない仕事を増やしたくはないし、なんとか和解するよう間に入ってヒロシを宥めたりしたのですが、ヒロシもこうなると意地でも訴えると言って引き下がりません。
そこでヒロシの上司ということで委員長が呼び出され、「二人ともとにかく今日はこれで収めてくれよ。こうして俺まで呼び出されてわざわざ来ているんだから、これ以上コトを大きくすることもないだろう」と諭すと、トラブルの渦中にいる者にとってはメンツの問題だけですから、「ロニーさんがそう言うのなら」ってことでお互いが折れるわけです。後に双方個別に会って「後々面倒を起こさないように手打ちしておいた方が良いぞ」とアドバイスすれば、前科者も素直にヒロシの元を訪れ詫びを入れます。受けてヒロシも水に流すってことになり、簡単に収まるわけです。
そうなると、双方がお互いに「ロニーさんが裏で動いてくれたんだな」と勝手に解釈しますから、益々話がオーバーになり偶像化されていってしまいます。(いわゆる年の功ってだけのことなんですけどね)

そんなことが重なって、知らぬ間に「ロニー」という偶像が委員長自身を飛び越えてしまい、後輩たちには妙な期待をされるような存在となっていってしまったんですね。
俗に言うツッパリ系にこのパターンが多いですよね。番長とかね(笑)。
回りがどんどん大物にしてっちゃって、本人もがんじがらめになってワルをやらざるを得なくなってくるってパターンですね。無矢理したくもないケンカさせられたりね。


兄貴とか、親分とか言われて乗せられた方も素直にギブアップしちゃえば良いんですけど、一度お山の大将になっちゃうと中々引けなくなって更にドツボにはまっていくみたいな感じですかね。
気が付いたら刑務所に居たなんてね、洒落にならないですね。
でもって、出所してきたら回りはみんなそれなりの社会人とかになって落ち着いちゃってたりして、逆に今度は尋ねられては迷惑だみたいな態度されて、また心がねじれちゃう。あとはプロの世界に行くしかありませんよね。

乗せられた方もアホですけど、無責任に乗せた奴らはもっと悪いですね。
いつも安全圏に居て、乗せたバカの影に隠れて不良のカッコして遊んでるだけ。
でもってリスクは全部バカに任せて時期が来たらしっかり一般人になりきっている。
それで、「昔はオレも悪かった」とかノーガキこいたりするんですから、これではリスクを一身に背負って人生捨ててくれたバカ(馬鹿者達の救世主ですね。Oh,ジーザス!)に申し訳ありませんね。

委員長が歩いてきたこの業界も同じようなところがありまして、本当に突っ走って時代を生きてきた奴らがまだ現役で残っているとすれば、まともな人生を送っているわけが無いんで、間違いなくどこか壊れてるはずなんです。壊れているからこそ本物なんで、それがまっとうな暮らしして現役で生きてたりしたらその方がよっぽど怪しいですよね。

時代に本気で関わってとことん逝っちゃったヤツが無傷でいるわけはないんです。
またまた話が逸脱しますけど、当時のディスコ業界といったところで所詮は水商売ですから適当に生き残ろうと思えばいくらでも残れた世界なんですね。
まあ芸能界ってことで云っても同じですが、要は水モノですよね。


そんな時代の境目に立たされた時に横飛びしてどこぞの店の店長になったり、黒服に転向して異業種にもぐりこんで身を立てたりしたようなヤツらは、委員長の友人的分類ファイルのカテゴリーの中の「昔馴染み」ではあっても、一緒に時代と格闘した「戦友」にはなっていません。
つまり、金が稼ぎたくてこの世界に入ったのではないし、出世したいがためにディスコで働いていたわけではなく、それは働いているうちに欲が出たまでのことで、根本的には音楽というものに囲まれて好きなことをしていたかっただけのことでした。
もちろん動機としては、おねーちゃんにもてたいとか人気者になりたいってことが先ずあったわけですが、それも道楽に身を投じていくうちに二次的なものとなり、生活の全てが音楽を中心に回りだす頃にはもう引き返すこともできないところまで来ていたというのが実際の話です。

そしていつのまにかブームにも翳りが出始め、勢いだけで働ける年齢も過ぎ、少しは将来を考えなければならなくなった時に、それでもDJってものにしがみついたヤツ、バンドとしてしがみついたヤツ、ダンサーとしてしがみついたヤツ、どんな形にせよ自分が本気で時代と関わったことにとことんしがみついたヤツ、そんなヤツらこそが委員長にとっては唯一ホンモノであると思えるのです。
そしてそういう道楽者達と同じ時代を共に生きたということを誇りに思い、戦友として生涯忘れずにいたいと思っています。


委員長の場合は自分でケジメがつけられなかったために、時代の方からケジメをつけられてしまい、国外逃亡というか島流しの刑にあってしまったんですが、これが逆に幸いして、どうにか今はそれなりの暮らしをなんとか得ることができました。
しかし、時代と共に玉砕戦没した戦友や、未だ道楽と現実の間をさまよっている戦闘流浪者(Missing in action)なども数多くいるわけで、せめてこういった戦友達の戦闘勇姿を語ることが生き残った道楽者の務めではないかとも思っているわけです。

もうひとつ言わせて貰えば、ディスコと言えども所詮は水商売ですから、同業種で食い繋いで行こうと思えばいくらでもできた世界だったんです。いわゆる黒服に転向するとか、スナックやクラブへ流れていくという、そのまんまの世界ですね。
当たり前の流れですよね。それはそれで苦労もあるだろうし、立派な生き方でもあると思います。それこそ委員長がとやかく言うべきことではありませんし、それをどうこう言うのはおこがましいことでもあります。
ただ、同じ時代を生きた道楽者としては当たり前すぎる展開であまり面白みが無いってのが本音です。

まあ、なんだかんだ云ったところで極めて個人的見解というか、極々個人的解釈に基づいた理屈でしかないんですけど、当時の委員長たち道楽者が追い求めたフィーリングってのはFUNKYだったわけですから、その後の人生にもFUNKYっぽさが出てこなければそれまでの生き方がウソのように思えてくるのです。

ちょうど今から20年前になりますが、委員長が日本を脱出した頃、風の噂でオーティス中村がカラオケ屋の司会をしながらDJを続けてるって聞かされて異常に嬉しくなったことがありました。
それが事実かどうかは別として本当に嬉しかった。
彼らしいな、って、まさしくFUNKYな生き方だなって。
だって現役当時の彼は、それこそ飛ぶ鳥落とす勢いのカンタベリーチェーンの花形DJ(笑)だったんですから、それこそが彼の「DJ」へのこだわりだったのだと思えて共感が沸いたんですね。
それがもし「○○店の店長やってるらしい」っていうような噂だったら、たぶん「あーそう」って何も感じなかったと思います。それってごく当然の流れでしかないし当たり前な生き方でしょ。

土建屋さんで職人してたヤツが、土建屋が潰れて今度は建築資材売る商売始めたところで、それは自然な成り行きでしかありませんよね。
職人はあきらめたけど商売がうまくいってよかったねって。それだけです。
ところが、元土建業の職人さんが手工芸で技術を生かしながら未だ職人を続けている、なんて話を聞いたら仕事にこだわる「職人魂」を感じざるを得ませんし、更に飛躍して今は八百屋さんをやってますなんて聞いたらもっとFUNKYですよね。
実際にオーティス中村がカラオケ屋で働いていたかどうか知る由もありませんが、未だ現役DJを張っているというその生き様こそが彼の人生を如実に表していると思います。
そして、委員長は戦友の一人としてそんな彼を誇りに思っているわけです。

もうひとつ面白いエピソードとして、委員長の後輩で妙に生活感のあるヤツがいて、やはりディスコブームに翳りが出始めた頃、こいつは委員長たちゴミ仲間からすっぱりと抜けてさっさと就職していってしまったんですね。

「ロニーさん、やっぱ、安定した生活は公務員しかありませんよ」

ヤツはそう言って区の清掃局員になっていきました。
ゴミ仲間からゴミの掃除屋が出たわけです。
でも委員長の場合、別に安定した生活を求めてDJになったわけじゃないし、むしろ安定した生活というか、フツーの生活が嫌で飛び込んだ世界でしたから生活に対する不安とかリスクは付いて回るのが当たり前だと思っていました。

まあこれも謂わば結果論で、そいつは元々DJに向いてなかったってことなんですけど、そういうヤツはそれで自分の人生を全うすれば良いわけです。
いくら先輩だからって、委員長がそのことについてとやかく言う筋合いもないし、権利もありません。当然ですね。
本人が納得する世界で立派に暮らせばそれで良いわけで、今更昔の話を持ち出してきて他人がとやかく言うべき問題でもありません。

今も現役で道楽を続けている方はたぶん相当なリスクを背負って生きておられると思うし、委員長のように現役は遠の昔に引退しましたが、人生を博打にしてしまった見返りは程度の差こそあれ、未だ同様のリスクを背負って生きていることには変わりはありません。

人は息吸って吐いているだけで勝手に歳は取っていくし、歳を取れば最低限の社会秩序も守らなきゃならないし、協調しなけりゃならないことも増えてくるわけです。
それでも「オレはお前らとは違うんだ」っていう反骨精神を持って生きることが道楽者の魂だと信じているし、その表現方法はどうあれ「オレは騙されネェーぞ」って云う社会へのメッセージこそがFUNKYそのものだとも信じています。
だから、「オレは昔凄かった」って言うヤツに限って、とっくに道楽者魂は捨てちゃっているんですね。
昔なんかどうでも良いんです。それはあくまでも生きてきた軌跡でしかないんで、今どうやってFUNKYを体現しているかってコトだけが委員長の人生の秤なんです。
今日はちょっと理屈っぽくなってしまいましたね。





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最終更新日  2005年11月01日 07時04分23秒
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