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2005年12月09日
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カテゴリ: カテゴリ未分類


根が好奇心の塊のような性格ですから、ここで知り合った人たちの中にも随分と面白いキャラクターがいました。
特に昼間は山王のアメリカンスクールの生徒たちがよく出入りしていて、子供のクセに英語をペラペラ話す彼等に驚いたりしました。(っていうか、当たり前だろアメリカ人なんだから)
そこで働くアメリカ人の女の子たちとも結構仲良くなったりして、フツーの仕事もまんざらじゃないと思いましたね。(って、結局そーゆーオチかぁ)
まあ、そうは言ってもそんなに出来すぎた話はありません。時々六本木や原宿に遊びに行く程度のお付き合いでした。

とにかくこの頃の委員長は八方塞失意のどん底にありましたから、ゲームセンターの仕事とは言えども心ここにあらずって感じで、暗闇の中を手探りで歩いているようなものでした。
そんな状態の委員長の心に強いインパクトを与えてくれた出会いが二つありました。
ひとつは、ある晩のこと、暇な店で適当にゲームなどをして遊びながら店番をしている委員長の前に、踝まで丈のある黒のロングコートを着て、頭からスカーフを被り黒のサングラスをかけたでっぷりとした女性が現れたのです。
どうやら黒人のようで、そのファッションからしてモロにファンキーさが滲み出ておりました。そして、その彼女を追う様にしてチョイ年配の日本人のおばさんが入ってきました。

さあ、黒ずくめのでっぷりした女性は当時人気ナンバーワンといわれていたナムコ社製「ギャラガー」にどかっと腰をおろし、コートのポケットから徐に百円玉をジャラジャラと出してプレーを開始したのです。

まあここまではよくある日々の出来事ですから、さほど気にも留めず委員長はまたアチコチのゲームで遊びながら店番を続けていました。
赤坂の夜はゲームセンターで遊ぶヤツなどあまりいませんでしたから、閑散とした店内はゲーム機のBGMだけが鳴り響いているような状態です。
その店内中央でゲームに熱中するこのご婦人方は狂ったようなスピードで百円玉を消化していきます。
両替も千円札の自動機にまとめて数枚入れ込み、両替したコインをテーブルに積み上げて益々エキサイトしていきます。
終いには、日本人のオバちゃんは黒人のオバちゃんに何か言われて、完全にギャラリーと化しておりました。

ファンキーな黒人オバちゃんは次第にエキサイトしてきて、スカーフを外し、サングラスをとり、コートを脱ぎ去りました。
入店したときから彼女の容姿が気になっていた委員長ですが、どこか見覚えのあるこのオバちゃんの生顔が頭の中のデータファイルを検索し始めます。

さて委員長演じるゲームセンターのにーちゃんは、ドリンクなどを用意しておばちゃん二人のテーブルに運んだのでした。

「You look like Roberta Flack」

物怖じもせず声をかけた委員長。

すかさず「Yes, of course I love her」と言うと、彼女はゲームの手を止めてよしよしというよなポーズをして、「Oh, You love me」と言って大笑いしました。
いやー、驚きましたね、ロバータ・フラックとこんなところで遭えるとは夢にも思っていませんでした。
日本人のオバちゃんは通訳兼付き人で、夜な夜な歩き回る彼女にちょっと手を焼いていたようでしたが、ロバータ・フラックのゲーム好きは有名で、自宅近くのゲームセンターにもちょくちょく顔を出すとのことでした。

早速委員長は港荘に行って彼女のレコードを探しましたが、残念ながらディスコオムニバスのようなものしかありません。
唯一彼女のアルバムは映画のサントラ盤「LOVIN YOU」のみでした。


「随分キレイなレコードね」そんなイヤミを言われましたが快くサインに応じてくれました。
このアルバムはマーカス・ミラーのベースがメチャクチャかっこよくて、委員長のお気に入りでもあったので「マーカス・ミラーのチョッパーはファンキーだね」と言ったら、彼女ちょっとムッとしてました。(あんたさっき私のこと愛してるって言ってたんじゃないのみたいな)

そして少々着込んだTシャツにもサインを頂きました。

Love is music
Music is love

彼女のメッセージが書き込まれました。
いや~感動しました。
まさかDJを廃業してゲーム屋のにーちゃんになった自分が、こんなところでロバータ・フラックとご対面してゲームまで一緒にするとは、本当に世の中ってのも不思議なものです。彼女はさんざんゲームをやりまくった後、「私のコンサートはまだ来週までやってるから来てね」と言って去って行きました。(残念ながら東京公演は翌日で終わり、次は名古屋でした)
通訳のおばちゃんが一緒に居たってのもラッキーでしたけど、ゲームをしながら彼女が語ったほんの二言三言が心に響いて、委員長の音楽に対する原点回帰は間違っていなかったと確信したほどでした。
まさに、Killing me softly with your song「やさしく殺して」って感じでしたね。

そしてもうひとつの出会いは、これも音楽にまつわる話なんですが、当時赤坂のどこかのクラブに出演していた黒人バンドがいまして、休憩時間によくメンバーがゲームをしに来ていたんですね。
結構熱くなってゲーム機に「SHIT!」とか「BULL SHIT!」などと叫んだりして、中々ファンキーな奴らでした。
毎日のように顔を合わせているうちに自然とお友達になるのは当然で、そのうち委員長が彼等にゲームの隠し技とか、攻略法などを教えたり、時には彼等がビルボード誌のコピーを持ってきて、自分達のグループがランキングされたといって委員長に自慢げに見せてくれたりするような仲にまでなっていました。
そのバンドメンバーのひとり、サックス奏者のブラザーが異常なほどギャラガーにはまってしまい、熱中しすぎてステージに遅れたなんてこともあったりしました。

そんな感じで中々赤坂らしい(?)ゲームセンターだったのですが、この店にはジュークボックスが一台置いてあり、これが結構良い味を出していたんですね。
ちなみにセガという会社は、このジュークボックスの輸入から始まった会社なので、系列のゲーセンには必ずといって良いほど設置されていました。
さて、そんな赤坂店のジュークボックスは選曲がやたらとダサくて、景気付けにかける音楽というにはアイドル歌手系ばかりでどうも土地柄とマッチしていないようでした。
そういえば当時赤坂にはパチンコ屋が見附前に一軒あるだけで、軍艦マーチとかも流れていませんでしたね。
ということで、委員長はこのジュークボックスの選曲に我慢ならず、自前でシングル盤を買ってきては勝手に取り替えたりして、せめて職場の環境は自分のカラーにしたいなどと思ったわけです。

かといって洋楽ばかりではいくら赤坂とはいえゲームセンターらしさが出ないので、所謂ニューミュージック系みたいな曲を適当に選んでは入れていました。
そんな選曲の中でまさしく委員長の転機となった一枚のレコードにめぐり会ったのです。

「MUSIC BOOK 山下達郎」

落ち込んだ暗い毎日を過ごしていた委員長にとっては、目から鱗といっても良いほどの衝撃でした。もちろん以前から山下達郎さんの音楽は聴いていましたし、ファンの一人でもあったのですが、この曲の持つ暖かなメッセージは従来のレパートリーに比べて底抜けの明るさが漂っていたのです。
まさに究極の「癒し」系ファンキー・サウンドでした。

話が遠回りしましたが、ある日いつものようにやって来た例の黒人サックス奏者がなんとゲーム中にこの曲を聴いて踊りだしたのです。
ゲームもそっちのけで首振って手拍子打って、挙句委員長に近寄ってきてこう言いました。
「Hey man, it’s a groove man, what’s that?」

彼曰く最高にドライブしてるそうで、とにかくご機嫌でした。
何て唄ってるんだ?とも聞かれましたが、そんなことを英語でうまく説明できるわけありませんから、MUSIC BOOK、ミュージックブックを連発してごまかしました。
彼にはBOOKの部分がよく聞き取れなかったようで、こいつはイカしたサウンドだぜみたいな感じでMUSICの部分をハモったりして委員長も鳥肌が立つほどに興奮しました。

そうなんです。音楽は感じることなんです。そんな当たり前のことになぜ今まで気が付かなかったのか、なぜ今まで黒人になりきることに拘ってきたのか、ようやく本当の自分の体の中に流れるROCK SPIRITに触れた思いがしたのです。
今更何をゴチャゴチャと難しいことを考えていたのか、自分が創りだす音楽こそが自分の一番伝えたい想いであり、表現したいことがあるから音楽を奏でるわけで、そんな単純なことも忘れてつまらぬノーガキをこいていた自分をこの時ほど馬鹿らしく思えたことはありませんでした。
黒人であろうが白人であろうが黄色人種であろうが、心の底から湧きあがる思いを歌や音にすることこそROCKの基本であり、それこそがアートであるわけで、こんなシンプルで単純な答えに辿り着くまでに一体何年を費やしてきたのでしょうか。

27歳にしてようやく目が覚めたどーらく者でした。

(MUSIC BOOKより)

綴れ折るように少しずつ
歩くことさえ疲れたときは
忘れかけていた古い本のページ 開けてみるのも良い

Oh,ミュージックブック開いたら
メロディーの雨が肩を濡らして
Oh,ミュージックブック降り注ぐ
それはさわやかなハーモニー持って弾む

心に留めておきたいもの
ひとつひとつを歌えるならば
突然の雨も美しい話 外へ出るのも良い

Oh,ミュージックブック開いたら
メロディーの雨が肩を濡らして
Oh,ミュージックブック降り注ぐ
それはさわやかなハーモニー持って弾む





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最終更新日  2005年12月09日 06時52分59秒
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