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2006年04月19日
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もちろんこのハードの普及にはAV系ソフトの貢献なくして語れませんが、更に裏ビデオなる怪しげな存在が起爆剤になったことは事実です。(笑)
昨今のインターネット・ハード(いわゆるPCですね)の世界的規模での普及を促進させたのもアダルトサイトなワケで、いかに人間はスケベなモノであるかということをあらためて認識する必要がありそうです。(爆)

ということで、根っからの道楽者根性と、当時未だ目新しかったビデオ屋という職種がうまく重なって、私はこのAV(アダルトじゃなくてオーディオ&ビデオね)関連にのめりこんでいきました。
そんな時代に道楽者ドリームを一気に加速させるバカがまたひとり現れたのでした。

チェング宮内くんの登場です。

その昔、新宿は歌舞伎町のディスコでDJのハコ取りに絡んだセコイ陰謀を企んだお友達でしたが、彼もやはり自分の時代の終焉を迎えてジタバタとその居場所を見つけてさ迷っていたのでした。そりゃ、さんざん楽して生きてきた道楽野郎たちですから、お互いその環境に大きな差があるわけでもなく、これから先は誰か頼れそうなヤツがいればなんとかよりかかりたいというような悪あがきをしていたわけですね。

そんな往生際の悪い二人がしばらくぶりの再会を果たしたのも、バカの共鳴、いつものことながらアホがアホを呼ぶと言うバカ連鎖反応のようなものでした。
さて突然私を訪ねて来たチェングは、さすが口先商売でメシ喰ってきたツワモノですから、会ったとたんに堰を切ったように喋り始めたのです。


どうも彼は私が自分で出店して経営していると思い込んでいたらしく、「シメタ!」ってなもんで私にもたれかかってきただけのことでした。
世の中そんなに甘くないと、私は説教など垂れて彼を諭しましたが、所詮は道楽者の二人ですから勝手なノーガキを吹きまくっているうちにセコイ夢などを見るようになっていったのでした。

しかし、この時のヤツの生活はかなり常軌を逸脱したものでありました。
もともと変なヤツの見本のようなヤツでしたが、彼の住まいを訪れたとき、私の目の前に広がるその異次元空間に畏怖を覚えました。
下落合にあった彼のアパートは鉄筋コンクリート3階建て、病院跡をアパートにしたもので病棟のような異様な雰囲気そのままの部屋でした。

ドアを開けると突然黒い生き物がどどーっと押し寄せて来て、鳥肌の立った私の体にまとわりついてきたのでした。(な、なんだ、悪霊か?)
多数の息づかいとうごめくように足下にまとわりつく生き物たち。
それはチェングが飼っていた黒色のダックスフント6匹だったのです。
(あー良かった、犬で)

足の短い胴長の犬達の歓迎を受けて部屋の中に入ると、そこはおよそ8畳ほどのワンルーム、中央にボロボロのカウチとソファがひとつ、その正面には当時まだ出始めたばかりのSONYの21インチ大型テレビがどんと鎮座し、その下のラックにはSONYベータマックスHIFIステレオ(当時20万円くらいしました)が2台とステレオアンプ、その横にアンティークなターンテーブル、そしてこれらの器機の両端には大型のJBLのスピーカーが荘厳な趣で並んでおりました。(ちょっとしたディスコでも使えそうなシロモノでした)

もうそれだけでこの異常な生活がわかりましたが、更に私を驚かせたのがビデオラックに並ぶテープの数です。

ですから、通常一般家庭ではVHSなら3倍モード、ベータなら1.5倍モードで録画、消去を繰り返して使い回すのが当たり前という時代に、これだけのテープを保存所有しているこの男は一体?というちょっと空恐ろしい感情を隠せない私でした。

そんな光景を目にして立ちすくむ私に彼は、自分のコレクションを自慢するようにラックからテープを取り出しリモコンを操ったのでした。

ば~ん!
JBLのスピーカーから大音響で流れてきたのは「キャッツアイ」のテーマです。
そしてテレビ画面にはアニメドラマ「キャッツアイ」のオープニングシーンが映し出され、ソファに深々と腰をおろしたチェングは煙草に火をつけると得意そうな顔で言いました。



「はぁ?」

「このジョグダイヤルは便利だぜ。前はポーズボタンでコマ送りしてたんだけど、これを使えばつなぎ目のレインボーノイズも消せるんだ」

「え?」

「今編集中のガンダムとうる星やつらが終わったらコレ(キャッツアイ)を仕上げようと思ってるんだ」

「し、仕上げって?」

「ああ、家にいるときは溜まった録画画像を編集していくんだけど、このところちょっと忙しくて進んでいないんだ」

「へ、編集って、テレビ番組を全部録ってるのか?」

「ああ、休みの日は一日中テレビ見てる」

へぇ~~~~~~~~。

この当時はまだオタクという言葉はなかったと思いますが、すでに秋葉原の常連であったチェング宮内は間違いなくオタクの元祖でしょう。
こんなアパートの薄暗い部屋で、JBLのサラウンドシステムとSONYのHIFIビデオデッキから再生される長編アニメを犬6匹に囲まれながら見ている30歳間近の男チェング宮内。(今にして思えば結構あぶないヤツでしたね)
まさかこのあとコイツと二人、南の孤島サイパンに渡るとは誰が想像できたでしょうか。

さて、道楽野郎のお調子者にオタクのエンジニアがついたら鬼に金棒(えっ?)、セコイ貧乏人の考えそうなチープなドリームの始まりです。
せっかくビデオショップにいるんだから、ここでコピーをバンバン作って、どっか田舎町の商店街にでもレンタルショップを開業すればぼろ儲け、というような非常に安直な考えの下、二人の構想は膨らんでいったのでした。

まあとにかく目標が出来るってことは人間を成長させますから、この安易でチープな夢に向かってバカ二人はスタートを切ったのでした。
しかし、この時の二人が頭に描いた夢というのは概ねこんな感じでしょう。

チェング宮内氏
「好きなアニメに囲まれて一日過ごしたい。しかもそれでメシを喰っていきたい。あわよくば金も掴みたい」


「コピーなんぞはどうせ長続きしないからこれで一気に資金を稼いで、合法店にまで持っていけたら、それから別の生き方を考えよう。それまではコイツに危ない橋は渡ってもらうしかないね」

ということで、私が提案したのは郊外の駅前にコピーのレンタル店を開業して、チェングに任せるというものでした。コピーソフトは私の店から毎月せっせとダビングして送れば、仕入れ代は録画テープの原価とカラーコピー代だけですから、絶対に損するはずがありません。しかも今や流行の商売ですから、大型店が進出する前の田舎の駅前ならば十分に見込みが立ちます。
さあ、目標が決まった道楽者には迷いはありません。(所詮一直線バカですから)

私は店のソフトを片っ端からダビングしていきます。
業者からパッケージ用のケースを買い込んだり、大型店からレーザーディスクを借りてきてコピーしたりと、そりゃもうマメに働きました。
チェングはチェングで、千葉テレビのビデオジョッキーで使用した「シブサン(四分の三インチテープ)」のミュージックテープを勝手にダビングしたり、テレビアニメをレンタル用にシリーズものとして編集したりと、夢のビデオショップに向けてバカ二人はガンガン邁進していったのでした。

そして、JASRAC・日本著作権協会の調査指導員が東十条のレンタル・ビデオ・ショップ「サバーバン・ハウス」の捜査に入った時、夢の実現にむけてせっせとコピーソフトを制作する二人の道楽者に新たな人生の展開が訪れたのでした。
もったいぶってるわけじゃないけど、明日につづく・・・・・・・。





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最終更新日  2006年04月19日 09時08分16秒
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