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昨日は降ったり止んだりの天気。板長とのみに行き、新たなる展開を予想したが見事に外れて、時間が長かった事を実感した。時間が止まっていたのは板長の心の中で、現実は弟が長男に化けていた。あえてつらい事を被うようにしているのか、それと弟がいなければもうやっていかれないような現実の老いが有った。父親は酒に頼り、泣き出すと心配した母親は明るく、初めて店に来たねーで会話が始まって二人ともいつもより早いピッチと多めの言葉で盛り上がってしまった。今日は二日酔い、普段は余り一杯飲まないのに酔っ払いの親父さんが無理にすすめるので予定より三杯ビールを飲んでしまった。板長と小西さんが休み。調理するのが二人休みとなると大変。特に水曜日は忙しい日が多いので6時から店に出てスープと他の仕込を始めた。出かけに母の作ったスイカがあったので無断で頂戴し、朝食の替わりに食べてみた。少し時間があったので新聞を開くと皆既月食の写真が出ていた。l今まであんなに晴れていたのに昨日に限って雨の夜になってしまい、残念。夜中に降った雨は上がり回りのやまに霧が沸き立ち、西のほうから進んできた雲の切れ間から日が射し始めている。穂がたれて黄色に近づいたじゅうたんの上に光が当たり誰もいない黄緑の舞台になっている。その横を飛び立った鴨の群れが7羽大沢川に向かって飛んできて、何が気に入らないのか又別の方に飛んで行ってしまった。駐車場にところどころに残った大きな水溜りに明るくなった空がいくつも輝いている。新聞の占いを見たら今日は良い。目標に向かって前進、予想外の好進展ありと有った。めい一杯やってみよう。今日と言う日は。一生一回しかない昼定食はまだ決まっていない。志保ちゃん達がが来たら打ち合わせて決める。サンマが残ってるのでサンマがらみになりそうだ。結局ヒレカツにサンマの焼魚付きになった。あまり出なくてスタッフのお土産になってしまった。夜は人手不足なので閉めて星野さんたちを呼んで一杯飲む事になった。親方が東京から来たので。夏はほったらかしにしておいたし他の人達にも御無沙汰をしてたから。ロースビーフを焼き、ソースを作ろうかと思ったが自分ひとりで皆やらなければいけないので前に作った夏野菜のソースを掛けて出した。やはり牛の強さに負けてしまっていた。ドミグラスソースみたいなのを作ればよかった。
2007年08月29日
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夜中から雨が降り出しだいぶ強くなって屋根の音もにぎやかになった。瓦にすれば音はしないのだろうが、雪が自然に滑り落ちる落下式だから瓦にする訳にいかないのだ。雨の音は眠気とあきらめを誘い深い眠りについた。娘は4時ごろから歩き回っていたらしいが気にならなかった。涼しくなって寝やすくなったのと予約が食事だけと言うのがあるだけなので市場に行かないでいいので目が覚めても又一眠りについた。9時過ぎての目覚めでそれから朝食を取った。紺色の茄子漬を五個食べコーヒーまで飲んで店に着いたら9時半になった。雨も小ぶりになり大沢川は増水していた。秋になったのと増水したのでお昼が終わったら久しぶりに野ゴイ釣りに出かけようと思っている。昼定食は天ぷらとサンマのたたき。昨日はサンマの焼魚とサンマのタタキで二個しか出なかった。サンマの焼いたのは人気が無いと思い今日はカワハギとエビの天ぷらにしたら一杯売れてパニックになりそう。雨でピザをテイクアウトする人が一人も来ない。たまに売れるのはバニラソフトクリームばかり。ところが雨の平日なのにお客さんが多く、行ける様になったら水が澄み始めてきた。食事だけかと思ったお客さんがビールを一杯飲んだからだ。一時止んだ雨もまた降り出して止むのを待っている。お昼を食べて待っていると眠くなり又寝ておきたら6時近くになり早出の人たちが帰る時間になってしまった。予約が無いので市場で知り合った板長の同級生の弟が母親とやっている店にのみに行く。同級生は板長とつるんでいたがある日バイク事故でなくなってしまったそうだ。母親は板長の顔を見ると、内のも生きていればこれぐらいになったと泣かれるのが嫌で今まで20年近く立つのに一回も店に顔を出さなかったそうだ。朝本当に行くのかと聞いたとこ見るとまだ気にかけていているようだ。横でドラマみたいな展開が始まると思うと酒が旨くなるか不味くなるか今から楽しみだ。
2007年08月29日
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昨日は予約があって遅くなってしまった。日曜日の楽しみはウルルンなのに陸上競技をやっていたので早めに夕食を止めて床についた。朝9時に仕出し料理の注文が有り夜の予約に備えて市場にも行かなければならない事情があったのもある。仕出しは和南津の神社の神事に使うもので、毎年注文がある。地震のときは休んだけど隣の人が神社委員だから注文が来たのかな。板長達に任せて、仕入れに行くとタラバガニが三匹あった。2・5キロぐらいで買い手が無かったので買い、酒蒸しにする。昼は暇だったのとキノコが気になったのでいつも行かない山に視察を兼ねて行った。気温は30度で誰も歩かない山道は葛のつるがはみ出し草が茂っていた。南向きの風どうしの良い斜面を見つけて登ったが、暑いのと乾燥してたのでキノコの気配が無かった。こういう時はどこに行っても無いので諦めて山道を下り始めたら、ワラビの群生してるとこに出た。そしたらまだで始めのワラビが有るのでワラビ採りをしてきた。今頃新芽があるのが不思議だった。近くにみょうががあったのでこれは無断で頂いてきた。味噌に漬けて即席の味噌漬けにする。去年なめこが出ていた木はこの前の地震でも倒れず立っていたので又今年も採りに行く。この時期に紫ほうきだけが出始めるのでもし見つかればラッキーと思っていたがやはりそんな甘くは無かった。夜の予約の人達は全員生ビールだったからビール注ぎが忙しく調理が遅れてしまった。タラバガニも出したけど、鯛の餡かけに空心菜のいためたのを添えて出した。一組は調理人を派遣する会社の社長夫婦と従業員。僕達よりよほど腕が良い。最後はどうなったか別の組の送迎で確かめられなかった。雲の切れ目に満月が出始めていた。
2007年08月28日
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朝日が明るくて寝坊したかなと思って時計を見たらまだ6時過ぎであった。この頃曇っていたから朝が暗く日も短くなって夜明けが遅くなり始めていたからだ。あまり早く起きても後でへたってしまうので、又横になっていた。昨日は守門に送って帰ったら、スタッフは皆帰り店は暗くなって鍵がかかっていた。それから支度をして焼いたサンマと娘のジュースを一本車に積んだ。雲が多く満天の星空とはいえないけど雲の切れ目に星が輝いていた。ブザーみたいなうるさい虫はきっとセミの仲間かとと思われるが夜になってもまだ鳴いていた。こんなのが増えたらうるさくてどうしょうも無いなーと思いながら。今日は金曜日なのに少ない予約が一つ。小千谷に迎へ。この前来た方が幹事で、この前よほど良かったのか又岩ガキのフライを食べたいと言われた。ノドグロとかますと活アワビと鯛とウニなどを買って帰った。活渡りがにが来ていたので見ていたらセリ人がどうしても買ってくれと頼まれたけどうちはこんな高級品は仕えないし今使ってるのは冷凍の渡りがにでラーメンスープに使うだけだといって断った。帰り道あまり空気が済んで気持ちがいいので暑くて新潟に行くのは嫌だといってた親方に電話した。気温が下がって気持ちよくなってきたよと。店に着いて仕込みをしていると市場から電話が有り、セリ人が活渡りがにを配達人に持たせたのでいつも使ってるかにの値段でいいので使ってくれと言って来た。もう店に着きそうな時間だしここまで言うのなら使うことにした。キロ4800円が希望価格だそうだ。店で買ってるのは十分の一の値段。今日と明日のお客さんに使う。ごま油で炒めてニンニクと玉葱のみじん切りも入れて最後に卵で閉じる中華風渡りがにの卵とじ。伊豆の磯谷さんに習った料理。良かったらキロ1000円ぐらい払うつもり。昔の事を思い出し又親方のとこへ電話した。活の渡りがにを押し付けられたので買ったけどどうすると。活の渡りは旨いんだよなーと。親方用に冷凍にしておくことにした。昔千葉のおじさんがアサリと渡りがにを売りに来て良く買っていたのを見ていた。一匹今の値段で4-5千円だったような気がする。僕の半日の給金だった。今の月給に直せば3-40万円もらっていたので学校でたてでは結構な給料だったと思う。その代わり朝の暗いうちから夜暗くなるまで稼いだ。そんなやり取りをしたらお茶の時間になったので、スイカもメロンもソフトクリーム食べ飽きたのと、他のお茶菓子がないので地粉の全粒粉で作った生地にオリーブオイルと塩、そしてミックスチーズを乗せて焼き焼きあがりに北海道のアカツメ草の蜂蜜を掛けて出した。少し目先が変わったれ皆が喜んで食べた。もう少しで蕎麦の蜂蜜が取れ届くと思う。まだ見たことが無いが黒い蜜だそうだ。白いアイスクリームや今日のピザに使う。黒いから目だって良いのではと来るのを心待ちにしている。
2007年08月24日
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大陸の空気の影響で気温が下がってきた。朝方は少し寒いようで逃げた毛布を眠りながら探してしまった。サッカーを見てしまったので寝不足朝後悔してしまった。バックミラーを見ると昨日食べた南高梅見たいな顔になっていた。市場に行くのに窓を開けて走ると寒いようであった。稲の穂も少し垂れ下がり全体的には厚い黄緑のマットみたいに見え、あぜや土手にはススキが穂を開き始めた。今まではすっと上を向いていたのに。サンマと鯛と真鱈の活じめを買い、バイガイと鮎を買った。鱈は生きが良いので少し〆てカルパッチョにする。サンマは家族で食べたり昼定食に使い、数が有れば夜の宴会に使う。お昼はあまり期待していなかったのに、気温が下がって食欲が出たのか駐車場に入りきれないようであった。夜の送迎に備えて昼寝をたっぷりしていた。迎えは守門で夕日に映えた山や秋の雲が流れる少し実ったコシヒカリの田んぼの横を走っていった。店に近づき谷の道を抜けるときちょうど山の端に懸かった夕日が回り一面と車の中を照らした。お客さんの驚きの歓声を乗せて店に着いた。もうテンションがかなり上がり、期待十分で少しプレッシャー。色々出したがすぐ皿が空になりあせってきた。大きなサンマを一匹熱々を出し、毎日食べてるといわれたらどうしょうと思い聞いてみた。どうも始めてらしいく、一人がこんな美味しいサンマははじめて食べましたといってくれた。気を良くして最後のぺペロンチーノに余分に買ってあったアサリをたっぷり入れて出した。緑の細いパスタは涼しそうで豪華に見え、今度パスタだけ食べに来るといってくれた
2007年08月24日
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一昨日は誕生日。誰もおぼえて無くて自分だけ心の中で目出度いのか老いて悲しいのかと考えてみたが暑さでどうでもいいかと諦めた。市場に行ったらナラタケモドキの初物が出ていてキロ3000円売れていた。自分の穴場に行けばかなり取れると思い、お昼が過ぎてから行った。気温は32度有って凄く暑い。秘密の場所に通じる山道は地震と豪雨で寸断され歩いていく羽目に。あまり負担にならないようにゆっくり歩いたのだが暑さと息切れで胸が痛かった。運動不足と太りすぎ。まだ早いのか少し姿を見ただけであった。山道の途中の栗のみとずーと続く先に入道雲が三つ座っていた。歩くたびに殿様バッタが道案内。夜の気温が下がるのをもう少し待つ。少しのきのこをホタテのグラタンに乗せて使う。10キロぐらい採るつもりだったのだがうまく行かないものだ。
2007年08月21日
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三日前あたりから鈴虫が鳴き始めた。仕事が終わって車に乗ろうと裏の駐車場に行くとかすかに鈴虫の声らしきものが聞こえた。空耳かなと思ったが疲れて確かめる気も起きなかった。その上色々な虫の大合唱でそちらのほうがにぎやかで気になってしまっていた。一番凄い声で鳴いているのは小学校の頃作ったブザーみたいな音を出していた。次の日は二回聞こえ昨日はあちらこちら合唱していた。朝市場に足りないものをとりに行ってると北村君から携帯が有りナラタケモドキが取れたから取りに来いと言って来た。直後キンちゃんがスズメバチの巣を持ってきた。お盆のお客に出したら好評だったよと言って。ナラタケモドキは天ぷらにして使う。スズメバチの子はもう羽が生えて親そっくりになっていたのもいたが巣から出して旨煮にした。スタッフが誰が食べるのと言うからこんな気持ちの悪いものは僕は食べないよ、お客さんがお金を出して食べるのだと言った。メニューに上げるけどきっと誰も食べないのでは。予約が三つ。一つは囲炉裏炭火焼。暑いから他のほうがいいのではとオススメしたのにどうしてもイロリがとの事で要望された。でも接待なのに良いのかなと不安だった。色々出したがノド黒を笹で包んで個人個人にだした。暑かったらしいが皆さん大好評だったらしい。施主から顔を出して挨拶をと言われたけど手の掛かることをしたり、蕎麦を打ち続けていたら最後のデザートの頃やっと顔を出す事が出来、ナラタケモドキの天ぷらと実物を持って見せて、たいした話じゃないのに皆さん喜んでくれた。
2007年08月19日
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昨日は朝から昼寝で7時間寝た。目が覚めることなく。雨が降ったのも気が付かずひたすら眠った。本当は娘とプールに行こうと考えていたのだが、妻が娘に店が休みだといってないよと言ったので娘から電話が来るまでと寝ていたのだった。日ごろの疲れと朝ビールが効いていい睡眠になった。目覚めて自宅に電話したら妻が何か旨いものは無いかと聞いたので、刺身があると答えると、刺身はいらないから肉が欲しいといった。娘の好物なのだ。それで良く寝てからだが軽くなったので少し豪華な夕食のおかずを作る事にした。一つは茹で豚のサルサソース。トマト、ニンニク、玉葱、黄色パプリカ、パセリ、塩、コショウ、サラダ油、酢を入れてケチャップとブラウンマスタードさらに足してサルサソースみたいなものを作り、片栗粉をまぶし茹でた豚肉を冷たい水で冷やし、ルッコラーの小口切りを散らした上に肉を乗せサルサソースをかけて出来上がり。でも肉に下味をつけなかったので少し物足りないで食べるときケチャップを少し飾るように足した。二つめは国産霜降り牛肉の味噌漬け石窯焼きの残りをスライスして魚野川風味噌ドミグラスソースをかけ上に白髪葱と大葉の千切りを水でさらして散らした。三つめは刺身用の鯛をカタクリにまぶしてあげ、ゴマの油の香りを利かせて夏野菜がたっぷり入った甘酢をかけた。久しぶりに家族揃って夕食を楽しんだ。妻の漬けた茄子漬けと茄子味噌が僕のつまみ。それから又寝た。今日何故か腰が痛くて困ったといったら皆が寝腰だと言われた。曇り空で涼しい朝楽しんでいたら、又蒸し暑くなり夕立を期待するようになった。雲が切れ始めてだんだん小さくなって青空に浮かんでいる。窓越しに青空と白い雲そしてプルーンの紫が映えていた。それを見ていたら又眠くなり3時間昼寝した。
2007年08月18日
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朝やっと起き、朝食の大きな桃を見ていたらこの頃の忙しさや又暇の日の事を思い出していた。仏壇がある部屋が自分の寝室。お盆で忙しくて少し気弱になっている。スタッフは家族なのにこれといった待遇をしていない。この前に数人の先輩達に言われた言葉が蘇ってきた。経営と社員の幸せを考えるのが経営者だよ、ガクさん。仏壇の前で考え込んでしまった。忙しいだけでスタッフ達は幸せなのだろうか。魚野川で生きてきて幸せだったと思ってくれるのだろうか。こんな事では経営者などいえないな、まったく失格。と考えていると母が来て仏壇ぐらい拝んでいけ、今日は仏様が帰る日だ。そこで手を合わせ先祖代々の仏様、土地の仏様、私の周りの人々の仏様が幸せになりますように、商売繁盛になりますように、周りの人達が幸せになりますようにと祈った。妻が来て長々と手を合わせているんだねー、コーヒーが入ったよといって置いて行った。こんな事を悩んでいるようじゃあんた本当に幸せなんだねといった友人の言葉が思い起こされてきた。自分だけ幸せだと感じたからまーいっか。お客さんが喜んでくれれただろうか。自分だけの幸せがどんどん増えていく。今日はお盆最後に忙しさ。一般客はあまり来なかったが法事とクラス会と祭りの反省会とただの飲み会と只見から三瓶さんが一族で宴会に来てくれた。そして運転手がお盆と祭りで休み。自分で運転手に早代わり。ところが納骨をしてから店に来る事になっていて、お客さんの車と二台で墓地に行った。もう一台の車が迷子になってしまってお経が始まってしまったのに終わらない、蕎麦を打っていたら朝から蕎麦の注文が続きもう無くなる頃ときが気ではない。稲の新穂の黄緑の大原のかぜのうねりを見ていても感動が無かった。蕎麦が気になって。夜になって予約の人たちを部屋割りしたら一部屋しかなくて席が空くのを待ってもらうようになった。星野さんも来てくれたがてんてこ舞いで話も出来なかった。
2007年08月17日
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昨日は晴天で星も綺麗に見えた。自宅に帰ると光が少ない分もっと綺麗に見える。店の見る位置は自宅で見る位置と反対方向に見える。それで慌てた八郎左エ門が昼寝して朝と夜を勘違いして切腹してしまったとの昔話が残ってる場所が八郎場で自宅の川上方向にある。そして昔、かわうそがすんでいてその横の沢は大犬沢だ。今は暗橋になって国道から見えない。大犬とは狼の事と父に言われた。日本では秘境のほうだった。そこに今川鵜が住み着いていたがこの頃数が少なくなった。小千谷に行くと一杯いるけど、この頃少なくなったなーとアユ獲りの山ちゃんに言うと、堀之内と川口の漁協の有志が虹鱒の生餌をつけて瀬針にして鵜を釣っているのだと話した。深さ40センチのところに30センチの糸を仕掛けると魚を食った鵜が水面に顔を出せずに死んでしまうらしい。時には大きな鯰がつれたりするらしいけど、僕は川鱒も釣れているのではないかと思っている。川マスは禁漁だから闇から闇の胃袋に消えているのではないだろうか。山ちゃんはもう一つ気になる仮説を話した。地震で山古志の家がダムに沈んでるが、農家ばかりだったから農薬もそのままになり水に溶けて流れ出しているのではないだろうかと。そうでなければ山古志から流れている芋川の下流はアユがほとんどいない、いくら川鵜だって皆食べ切るわけは無いと。水質検査をしないのは米の人気が落ちるといけないのとその下流は飲料水として使っているからかもしれない。パニックが起きるのを恐れて判っていても公表しないかもと。
2007年08月15日
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うちの墓地は自分の敷地にあった。墓を作った頃は家が無かったのにいつの間にか墓の近くに住宅が建った。そして地震が来たり、娘が難病にかかったりしたから母が物見に見てもらったら墓の場所と方角が悪いと言われた。信心深い母はそれが苦になっていたしよその住宅の玄関先に墓があるのはかわいそうな気がしたから、物見の言う吉方に移すことにした。東のほうがいいといわれたのでまた自宅の近くにと思ったらよその家が又あるし、墓地は簡単に作れないことが判った。役場に行ったら本来私有地には墓地は作れない事になっているのですがなっているということは変ですねといわれた。でもちゃんと地図の上に乗っていた。そんな事があって、店のある下島の墓地が空いているので希望者は受け付けると回覧板に書いてあった。両親にそこに行ったらどうだろうと提案をしたらあっさりとどうせ死んでしまった後は分からないのだからどこでも好いしちょうど東のほうだからいいのではと返事をもらった。村の役員さんに申し込むと墓地代二万円との事。住んでいる限りその金額一回でいいそうだ。行ってみると広さは一坪半もありかなり広い。隣は水落さんの豪華な墓で家のは苔むした昔ながら小さな墓石で凄い差がある。地震で崩れていた墓をタイヤショベルのバケットに毛布を敷いて自分で運んだ。親戚の左官屋さんに頼んで安く作ってもらった。基礎を作ってもらったら安く13万で終わってしまった。自宅の墓のあるところは和南津が港だった頃は行き倒れで亡くった無縁仏を埋葬したところだったそうで、墓を作る前は畑だったから人骨が良く露出したそうだ。無縁仏が埋まってる上に墓を作ってあったことが判り、別の墓地に引っ越したので今ほっとしている。墓を作るときはスコップとタイヤショベルで整地した。苔むした素朴な墓は自分でもかなり気に入っている。先祖が頑張ってかなりの土地を所有してたのに僕の代でほとんど無くなってしまった。
2007年08月14日
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昨日柏崎の帰り道に空を見上げると大きな積乱雲が夕日に映えていた。あの下に店や家があってきっと夕立になっているだろうと思いながら車を飛ばして帰った。道路の状況から雨の降った気配は無かった。どこに行ったのだろうと思いつつそのことは忘れてしまっていた。朝目覚め自宅の裏の魚野川を見たら増水はしていないけれどごた濁りになっていた。夜何処かに強い夕立が有ってそれは昨日見た雲だったのかなと考えても見た。親方が来ていて朝食を出す時間が無かったので塩マスを焼いて味噌汁を作って後はマキ婆に頼んで市場に急いだ。別に行くほど忙しくないのだが支払いの期限が近づいてあったので。どこも暇らしく魚が少なくもうせりは終わっていた。帰り道は昨日通った海の帰りの道。草むらにピンクの昼顔が咲いていた。車の窓から稲の香りだ入り込んできた。粟島の事が気になってきて漁師に電話したら今大雨そっちはどうだと聞いてきた。夕立の話をして今何をしてると聞いたら何してるって漁師だもの魚取ってるさと言われてしまった。あまりにぎやかな音楽が聞こえるから飲み屋に行ってるのかと思ったというと朝からは飲まないよといわれた。アマダイを専門にやっているらしい。早速アマダイを送ってもらうことにした。先ず刺身でそしてお気に入りの塩を振って寝かせ焼いて食べる。日本酒も選んでおこうかな。自分で食べてばっかりじゃいけないのだが。
2007年08月08日
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やっと夏らしくなってきた。大陸からの寒気が上でぶつかっているらしくよるになると入道雲が雷をならせ雨が降ってくる。植物にはいい湿り気と太陽。柏崎は魚沼より田植えが早い分もう稲の穂が出始めていた。まだ色づかないが稲の香りが胸に入り込み遠い夏の思い出が蘇ってきた。中学生の頃、自転車に農耕用のテントを載せ飯ごうと米と味噌を持って近所の仲間とキャンプに行った事。子供達をつれて堤防に魚釣りに行った事。今日はカキトリ。相変わらず進歩が無くごそごそしている。柏崎に行ってみたら海水浴関係の人たちは皆無。いつもは浮き輪を積んだ家族達やカップルの車にすれ違うのに今会う車は災害復旧の車や場違いな高級車。だから魚野川に海水浴帰りの人たちが来ない。地震はビジネスの一つかも。原発を立て直したり、家を建てたり又地域の活性化。被災者は可哀想だけど。今日はカキを割り、身をい個ずつ冷凍にしておいてフライやバター焼きにする。でも産卵が始まりだして少し痩せだした。月が半月になったからもう4-5日で産卵になりクリームチーズのような旨みが無くなり皮だけのカキになってしまう。
2007年08月07日
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前の日にキンちゃんが来たので、挨拶でカキ採りでも行くかといったらいいねーと即答した。ほんの挨拶で今の季語みたいなもんだよといいたかったがそれを言うとおちょくってるのかと言われそうだったので次の言葉を控えた。自分も行きたいけど疲れてるからどちらかと言えば寝てるほうがいいなといってしまってから感じた。今日朝のうち確認が来たので行くことにした。旨くいって採れればいいし、だけどこの前の地震の所だしと、少し不安。キンちゃんがもう柏崎の様子とカキの取れる場所の下調べをして有った。柏崎の友人に電話したらしい。小国を通り、武石トンネルを抜けるともう柏崎だった。町に近づくにつれ壊れた民家が見えたりブロックが倒れたりしたのが見え始めた。道路などの被害があまり無いのでそれほどでもないと感じた。市内をまっすぐ横断して海に着いた。復旧作業で少し渋滞。砂浜に行くと港には自衛隊の護衛艦が見え、海水浴場の横には自衛隊の駐屯地になってずらりとテントと車が並んでいた。キンちゃん夫婦は遠慮してなんか悪い見たいだのーといってパーキングの端に車を止めた。見習ってとめたけどそこから歩くとかなりの距離がある。カキの場所は自衛隊のキャンプの奥だったから見たら普段は鎖があって入れないのに鎖がなくなっていてそこから入れそうだった。キンちゃんたちは心配したけど注意されれば止める事にしてそのままキャンプを横切り海に出た。遠くで数人泳いでいるだけ貸切の海に大笑い。車の横でカキが一杯採れその横で兵隊さんが炊き出しの野菜を切っていた。夕日が西に傾きかけた頃キンちゃんの奥さんに5時過ぎたから止めようよ催促されてやっと終わり。近くに少女達が寝そべって夕日を眺めていた。潮風に吹かれて地震のショックと青春の悩みをさらしているように見えた。
2007年08月07日
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カットハウスのマスターは自分が独立した頃と同時期に店を開店した。腕前より人柄にほれて通うお客が多かった。多くの人に愛されたマスターがお彼岸の中日の朝、カーブを無視して直進した。胸に大きな穴が開いたような日を過ごしたがこの頃その場所を通るときは地震に遭わないでよかったね俺はまだ生きているぜと言えるようになってきた。この前娘といったプールの帰りにその上を見たら山百合が咲いていた。いつも花ぐらいあげたっていいのにと思っていたから何となく心に強く感じた。山や自然が好きなマスターのために咲いているようだ。これで花を上げる回数が少なくていいとも思った。マスターごめん。
2007年08月03日
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前日流れ星を待っていたらほのかな百合の花の香りがした。台風の影響で風の流れが逆になってまだ弱い南風が流れていた。闇の中百合の所在がわからなかったけど思い当たる畑があった。今日プールに行くときその畑によってみた。ピンクの花の名はわからないけど、白い花はカサブランカだった。通りよりはなれた場所に豪華に寂しく満開になっていた。
2007年08月03日
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今日も暑いと思ってたら雲がかかって日差しが無く朝のうちは涼しかった。この前購入した16万キロの新車にキキと名を付けた。娘を意識してだが、魔女の宅急便に出てくる黒い猫の事かと勘違いしてたら主人公の魔女の名前だと娘に馬鹿にされた。ブレーキもそうだが走り始めと止まる前に低速で走っているときに必ずキキというのでつけてしまった。本人は至って気に入ってるがたまに人がいる前では何となく恥ずかしいので離れたところに停車している。やはり台風五号の影響でフエン現象になって昨日ほどではないがかなり暑い。国道の温度計は曇りなのに33度になっていた。暇が出来たので娘と入広瀬の寿和温泉の温水プールに出かけた。娘の目的は泳ぐよりも売店のお土産なのだが。早速キキに乗って出かけた。片道27キロ。エヤコンは入れずに走った。温風が体に絡みつく。あまりの暑さと昼食直後に出かけたら猛烈に眠くなって須原を過ぎたとこにあるパーキングでありったけのドアを開いて昼寝をした。少し寝たら又元気になり月見草の黄色の花が咲き始めた蝉時雨の国道を急いだ。途中近道にある湧き水に寄って。先客のおばーちゃんが水汲みだかいのと声を掛けてきた。見ると老人車に水を一杯積んでいた。山の中腹から湧き出す水はかなりの量で手を浸すと頭が痛いほど冷たい。家の近くにこんな湧き水があればまず水冷のクーラーを作るし当然水冷の冷蔵庫も作れるしと・・有れば本とに好いなー。清水を少し行くとプールがある。お客は15人ぐらい。娘は浮き袋持参。小錦みたいだから皆が注目。30分も浸かるともう嫌になり売店に行く。その後は信号が20キロの間に一つしかない横道の蝉時雨の中を大暴走。トンネルの中で休んで少し車と人間を冷やして。
2007年08月03日
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