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朝方雪が降って何かトラブッテ、でも意地だけは張って震えている夢を見ていた。気温が15度になって全壊した家は急に隙間風が気になってきた。もう長袖のほうがいいような気温。いつもの市場に急いだ。稲刈りの終わった田んぼは物悲しくなり、あぜ道の猫じゃらしが斜陽に揺れている。てんでばらばらに向いてそれでも揃って揺れていた。車の入らない山の細道なら朝露が猫じゃらしを包んで輝いているかもしれない。余裕があったらもう少し早く起き霧の切れ間から差し込む朝日に輝く姿を見たいもんだ。昨日は黄色スズメバチチュウハイが6個出た。好奇心と気持ち悪いと精力剤と色々な声が飛び交い盛り上がっていた。同級生が一人いたがもう真っ直ぐ歩けなくなりながら、自宅まで送るよとの声にいやいやと手でしながら若い人たちに付いていった。やっと涼しくなったがまだ紅葉には早く月末で少し暇な土曜日だった。バイトの人達がいて余裕があったので薪きりと薪運び。その間に法事のお客さんが納骨をするのでお墓まで送迎。まだ若いお母さんが亡くなって、残された子供が4人。無邪気にはしゃいでる姿はせつない。雨が降って紙に書いた新そばのポスターが切れてしまったので、今度は無地ののぼりに水溶性のペンキで新そばと書いた。明日は蕎麦打ちが忙しいかも。
2007年09月29日
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昨日はお客さんと飲んだが自分だけ濁り酒を飲んでいたので朝まだ頭がはっきりしない。黄色スズメバチの焼酎漬けも自分で飲んだ。去年もいらっしゃった方で、そのときは川蟹を出した。上海蟹ですといったら急に目が輝いた事を思い出した。韓国映画の俳優みたいな人たちで何よりいいなーと感じたのは美味しいものが好きな家族だったからだ。鮎の塩焼きを食べていただき、出来れば裏の大沢川に泳いでいる天然鮎を見て欲しかった。天然鮎の話をお国に持ち帰っていただければと。そしたらお昼を食べに来て鮎を見ていただいた。僕は川のほとりで生まれずーっと生きてきたが、鮎がコケを食む姿を間近に見たのはこの川だけであった。それだけ愛着と僕の大きな宝物である。予報が悪く雨の前の風が強くなってきた。目の前の瀬に鮎がひょいひょいとイルカが飛ぶように跳ねだした。昔、年老いた川漁師が鮎が瀬に着く前ぶれで他の男鮎を誘っている女鮎の踊りなのだとつぶやくように教えてくれた事があった。この雨で下りいい瀬場を見つけ産卵するのだ。市場に急いだ。いつも細い道を通っていくのに急がば回れと国道を行った。選択が間違って、渋滞していた。普段は見ない横を見るとほとんど稲刈りが済んで稲の切り株に新しい芽が吹き出していた。刈り取った順に緑が濃く見えまるでパッチワークの大地だ。コスモスも花盛り。ほうき草も色付いてきた。
2007年09月29日
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昨日ねたと思ったら娘が起き出し調子が悪いと言い出した。朝方の雷が鳴り出すころまでガタガタやっていた。もう眠いのでひたすら無視をして寝た。でもなんか寝不足で市場に行かなくてもいいのでゆっくりしていた。店に行くともう皆出勤していて、板長が余裕の社長ととからかった。久しぶりの雨が降り続き、魚野川は水は少ないが濁っていた。こんなときはアユが産卵のために下り始めて、簗場はすのこの上に乗り上げたアユを拾うのに大忙しだろう。雨で下って、小石の産卵場を見つけて産卵する。若いころは引っ掛け針のごろ掛け竿を持って夜中うちアユ釣りをやったもんだが、今はやっと生きている状態。昼定食は気温が下がったので天ぷら。エビと野菜とギスの開き。まあまあ出たけど値段が安いから儲けにならない。ある程度したらお客も切れたし、雨も止んだので切ったまきの大きいのを薪割り機で割ってしまう為駐車場の薪置き場にいった。まき置き場の横に蕎麦をまいておいたら芽が出て白いつぼみが見えていたが今日言ってみると下のつぼみが開いていた。前線が通過した後青空が見え始めキノコ山が気になる。家族に内緒にちょっと見にいってこよう。山の道はススキが花盛りで通りの少ない道はススキの海。小さな赤い軽自動車は小さな潜航艇。赤とんぼが舞う高原の穴場に少しだけ顔出し。わくわくもうきのこが大漁とばかり楢林に飛び込んだが毒キノコが一本あっただけだった。帰りは中秋の名月が昇り始める中うなだれて店に急いだ。
2007年09月25日
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今日は炉端の予約があって朝のうち曇っていたので安心していたら西のほうから青空が見えてきて、やがて晴れ上がってきた。炭火の火力は狭い部屋を一気に暑くした。川風を引き入れてなんとかしょうと考えていたが見事に目論見が外れて又暑い炉端焼き料理になってしまった。焼き物は地アユにタラバガニ、ハマグリ、ホッキ貝、帆立貝、車海老、霜降り牛肉、自家製金目の開き、それにいくらの味噌漬け、ナラタケモドキと蟹の酢の物。アユはモロコもあって一番大きいサイズをそろえた。それに天然舞茸を天ぷらにして死海の塩を振って出した。目の前で手打ち蕎麦を披露。デザートが二種。黄色スズメバチ焼酎をお代わりした女性もいた。凄く酔っ払って酔いつぶれた人もいるほどだったから失敗じゃなかったみたい。又来るよと帰っていった。四時半に昼食。その後横になっていたらいつの間にか寝てしまい起こされたら舞茸採りに行った馬場ちゃんたちが立っていた。袋を五つ持っていたので舞茸かと思ったらナラ茸とオシロイシメジ、畑シメジ、ウスヒラタケだった。ナラ茸はアマンダレと言って人気の有る茸だ。オシロイシメジは毒キノコに分類されているが美味しいし、ハタケシメジは名前とは違って美味しい。畑じゃなく、端(はたけ)に生へると考えている。山際の下とか道の横などに生へて地面の下に木が埋まっているところが多い。今日採って来たのはスミレのころ出る春シメジに良く似ていた。舞茸も出始めていたけどいつも出る早い場所の舞茸は握りこぶしぐらいの大きさになりもういつもの婆ちゃんのマーキングがあったと笑いながら教えてくれた。山の決まりで目印があるとそれは第一発見者の権利で取るわけも行かないのだそうだ。一つが3キロぐらいになり、条件の善いときは7ー8キロにも成長するらしい。舞茸も欲しいが、2-30キロも一度に買い取らないといけないとなると代金も馬鹿にならない、それで彼らには悪いが舞茸が採れます様にと祈るが、最後の文句はあまり多すぎませんようにと付け加える。
2007年09月24日
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市場の帰りに別の道を選んだ。行くとき新しい交互通行が出来ていたのと山が何となく黄色がかって来たから、又新たな秋に出会えるかと思って。大きな道から脇道の近道に差し掛かったとき、右の斜面につりぶね草のみずみずしい赤紫の花の群生が広がっていて反対の土手には露草が草刈に有って背が無いのだが花を一杯つけて広がっていた。空の青よりまだ濃い青に目を向けて走っていたら隣に白い野菊が咲いていた。車を止めて遠い景色も一緒に楽しめばいいのに何故か店が気になって急いだ。明日は止まって眺めて、胡桃の立ち枯れの木にカワラ茸みたいなきのこが出ていたのでそうであれば明日良く見てみよう。信濃川にかかる橋の上で走りながら川面を見たら天気が続きさすがの信濃川も水が澄み川底の磨かれた石が見えた。こんな事は初めて、いつも濁っているのに。その後アグリに寄った。野菜も秋の野菜になって、紫蘇のみがやたら一杯並べてあった。冷やし中華が出たので又暑いからそれに備えてキュウリを買った。それでも足りないので八百屋市場に行きメロンや生姜、そしてトマト、大葉、ニンジン、大根などを買いパセリと柿ノもとと言う食用菊が無かったので注文して帰った。稲刈りが始まったせいかお客さんはあまり来ない。夜の宴会の料理と連休に使う料理の仕込みで忙しかった。
2007年09月21日
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昨日は休んだのでお昼は浦佐やな場でと考えていたが娘は嫌だといったので妻と出かけた。着いて見たら本日休業と看板が出ていた。じゃ何を食べるかと考えたが行きたい店は無かった。ランチはフレンチと言って見ようかと思ったが、妻が嫌いなので諦めてインターの近くの蕎麦屋に入った。カツ丼セットを注文。少しからめで悪い出汁の香り。肉は旨いのにご飯が不味い。蕎麦ついて来たけど前の日に打った様な香り。御しんこが乾いていた。自分の店も良く見ればおしんこを早く用意してみずみずしさを失う事が有るけど、ドライおしんこは良くない。妻が頼んだカレーうどんが旨いからと味見したらと小鉢に入れてくれた。これが美味しいのと思わず聞いてしまった。やはり行きたい店に行くか自分の店で食べればよかった。夜は朝買ったサバの〆たのとサンマの〆たのとマグロを刺身にした。娘の好きなイカの刺身も入れて。こんなに食べれないといってたのにいつの間にか空になっていた。今日朝仕込みをしていると叔父が新米を持ってやってきた。早速精米機で精米し、古い米は自宅で食べる事にした。カレンダーの裏に新米と書き立て看板の端に貼った。皆が揃ったのでお茶にして、新しい道路交通法の打ち合わせ。アルコール頼まれたら運転手じゃない事を確認する事にして、もし運転手だったら断る事にした。昼定食はサンマの焼魚とアジのたたき。気温が上がり又33・5度も有り、注文は冷やし中華が次々。魚沼コシヒカリの新米で喜ばれるかと思っていたのに少しがっかり。
2007年09月21日
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市場の帰りにふとをやった木が少し黄緑になった大木のイチョウだった。いつの間にか緑が抜けて黄色に近づいてきて秋が確実に進んでいるのが実感する。もうどこを向いても秋、秋、どんどん深まってきた。地震前に一緒の番組をやった彼女が今度結婚する事になって、祝電だけ打った。一番安い決まった言葉だった。思いはいっぱいあるけど、もう他の言葉は雑音じゃないかと考えてみた。まさかのスーパーアイドルとの共演であった。朝は涼しかったが日がでてきて暑くなった。北村くんがきのこをおいていったといったので見たら5キロあった。ナラタケモドキだった。それを見たら自分でも採りに行きたくなって蕎麦を多めに打って出かけた。途中星野さんに電話してナラタケモドキが出たよと教えて山に入った。今まで行った事の無い山だったので半分期待していたのだがやはり外れてしまった。山にいると花火が数発上がった。今日から十五夜祭りが始まったのだ。いつも採りに行くところに行けばよかったのだがそこは山道を15分ぐらい登らないといけないのでつい怠けたのがいけなかった。スーパーの袋に一杯、だけどヤマドリタケモドキが出ていた。イタリアではポルチーノ、フランスではセップ茸と言うと思う。後毒のテング茸が数種類。サルノコシカケのカワラ茸と別種が3種。これから山がにぎやかになってくる。夕方星野さんご夫婦がきのこを持ってきた。僕より一杯採ってあった。天ぷらにしたりバター焼きにして食べてもらった。夜の宴会の人たちに見せ、自慢話を一言。伊豆から送られてきた若く青いレモンは磯谷さんの言うとおりサラダにした。サンマを三枚におろし塩とグラニュー糖でしめ、能登のたこは蛸洗い洗濯機で塩もみして、緑茶と醤油を入れた鍋でさーっと湯通しして冷やし、9寸のミート皿に並べ薄切りの無農薬のレモンを添え、いつもの野菜ソースを掛けて出した
2007年09月14日
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昨日は吟醸会で講演が予定より長かったのと、料理人が替わりフレンチになったのか提供時間が長くなり8時半の汽車に乗るとすれば料理の半分は食べれ無そうだったので予約のタクシーを一時間遅らせた。当然酒は飲みすぎ、造りたてのビールが何種類も目の前に有るし門外不出の吟醸酒があるから当然か。酒も前の社長のときと少し味が変わり時間の流れや経営方針の違いがわかる。料理人の料理はよかったがやはり酒飲みの味が判っていない。それでついつい余計なことを余計なことを指摘してしまった。朝雨が降っていて気温が18度だった。二十度を気温が割ると秋のきのこのスイッチが入り仮眠からさめて活動を始める。店で仕込みをしていると宅急便が二つ荷物を届けた。一つは只見の三瓶さんがオオイチョウだけを送ってくれたのと、粟島の天心丸が試験操業で獲った小魚を送ってきたのだった。早速メニューに天然きのこの天ぷらと書いた。オオイチョウ茸と松茸を揚げる。小魚は背開きにして干物にして昼定食や炉辺焼きの素材に使う。板長は運転責任者の講習会に行き、雨が止んで晴れたからお昼は少し忙しくてんてこ舞いでピザを燃やしてしまった。その後は暇になり白石さんの本を全部読んでしまった。秋の日が蔭り出して、山や田んぼに夕日が当たり、コントラストがまるで別の国に行ったような錯覚を感じさせる。さわやかな川風が秋の山のきのこの香りを運んできた。筋雲が夕日に映えて綺麗なこと、昨日もまた違った夕日を走る列車で堪能した、やはり秋は夕暮れ。
2007年09月12日
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朝きりに覆われて、起き出した頃には朝日が霧の薄れたところから輪郭を現していた。暑からず寒からず、明日は市場が休みなので仕入れに行った。カマスとアマダイ、赤いかを買い、中トロのマグロとはまちを買い戻った。はまちは生姜焼肉と一緒に昼定食に使い赤いかとかますとアマダイは背開きにして塩水に漬けてから扇風機の風で一夜干しにする。イナダが売れなくて市場のお手伝いでキロ300円で買った。それを刺身にして生姜焼きを少し付け、昼定食にした。結構出て他のものが出なかった。あまりやすくて魅力的なのは考え物。お昼が過ぎ、客足が切れたので閉店にして皆でご飯を食べた。それから少しの昼寝と、ブログを書いて電車に飛び乗り。夕日が山の高さででたり入ったり日の入りを何回も見てコシヒカリの広がる田園を走って五日町駅に。駅にお客さんが仕事をしていて驚き、タクシーを呼んでもらった。泉ビールが会場。ゲストで講演者が史上最年少ヨット単独無機寄港世界一周の白石康次郎さん。これで二回お会いした。感動をいつも頂いている。そして当然酔っ払った。
2007年09月12日
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昨日は板長が片貝祭りに行った。それは片貝の人を奥さんにしたからだった。そして仲人を僕がしてしまったためいくら、忙しい日曜日でも笑顔で土産を持たせて送り出さなければいけない。それとかなりの時間がたつのに仲人様と名の付いた祭りの土産を頂く。事あるごとに付け届けを頂いて恐縮している。結婚した始めの年の祭りに花火見の御招待を受けます席を取ってもらった。一メーター以上の花火球が上がる発射音に驚き、その破裂する音と花火の綺麗さはまだ毎年来る片貝の祭りの頃には鮮明に蘇ってくる。確か花火の直径は800メーターに開くと聞いた様に覚えている。片貝町に生まれるともうその人のための花火の積み立てが始まり人生の区切り区切りに同じ年の人たちの積み立てた貯金で花火を上げるらしい。だから小さな町なのに花火は凄く有名である。自分達の花火の番になると上げる人達は特別席に立ち上がり並んで歓声とパホーマンスで大絶叫。近くで花火見物をしていた僕は花火以上の驚きを覚え、言わなかったけど狂ってると口の中でつぶやいた。その前に板長の嫁さんの父親が無くなっていた。板長の話によるとある時家族で会話していて、お母さんがお父さんは節目の花火を上げて死んでしまったからまだ善かったんだよねーととはなしたのを聞いて、凄い家族というか地域なんだよ花火が全てみたいなとこだよと言った。悲しみや喜びや人生を花火に託すらしい。そして昨日も今日も遠いとこからその花火を目指した人々が集まってくる。魚野川もそのお客さんたちで賑わい、今、遠い花火の音が聞こえて、片貝の人たちに感謝し、少し羨ましく、凄くいとしく感じている。
2007年09月10日
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昨日は台風に備え看板や旗を倒しておいた。でも勢力が弱くなりたいした被害がこの地方には出なかった。お昼は惨めなほど暇だったが、のんびり読書と昼御飯を二回食べた。一回目はキムチにご飯、二回目はラーメン。ラーメンは食べなくてもよかったが、この前に地震が契機でこの地方に移り住んできた若い夫婦のだんなの言葉が気がかりだったからだ。蕎麦も美味しくラーメンも北海道と同じアジで凄く旨かったと。それで嬉しい事は嬉しいのだが北海道の人が毎日来るわけでもなくお客さんは地元の人なのだからそこらが問題だ。地元に愛されないラーメンじゃ商売成り立たない。それで普段食べないラーメンを作ってもらった。自分で作らないと香りは敏感になるのが判った。少し伸びすぎだったけど油のバランスもいい出来で、まず一口飲んだ。鰹節とサバ節の香り、ラーメンスープの香り、濃厚な旨み。旨いラーメンだったが、最後には嫌になってスープを残した。蟹の旨みも混ざり旨すぎて嫌になってしまうのだ。魚貝の旨みの濃い味がきっと今北海道で主流になっているのだろうか。もう少し薄い旨みにすればきっと受けるかも。昼過ぎて台風が北上し始めると吹き返しの風が強くなってきた。吹き返しの風は適度な涼しさを運んできて食欲を感じさせ、そしてラーメン他にエビのクリームパスタがこの前よその本に出ていて、とても旨そうだったから又やってみたいと提案した。今日はエビのパスタかよーと皆うんざり顔、でもこくの隠し味に粉チーズとアーモンドパウダーとホワイトソースを生クリーム以外に入れてエビの下処理も塩と片栗粉で、火の入れ方をエビのぷりぷりにあわせてと話に載ってきたから又メニューに載せられそう。白いソースとエビのピンクに映える青い葉を練りこんだパスタを作ってみよう。 又何の店かわからなくなっている。
2007年09月07日
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今日も台風の影響でフェン現象で朝から生暖かい空気が体に巻きついている。空は半分青空でその半分は普段一緒には浮かばない雲がなんかお祭りみたいに入り乱れて浮かんでいる。飛行雲がいつもと違った場所に流れて一瞬飛行機も台風を避け、遠回りしているのかと思った。でもそんこと無いとすぐ気が付いたけど、一時は真面目にそう考えた。南風になって反対の動きをしている雲に出会っただけだった。昨日も暇で仕入れに行く事も無いので久しぶりに床屋に行った。暑くてむしゃむしゃしてたからなおさら。めいいっぱい短くしたからシャンプーも楽。やはりお昼は暇だったから蕎麦だけ打って仕事はしないことにした。こういう時が自分の休暇だと考えている。本屋が届けたダンチュウは今月チャーハン特集。前からやりたいメニューは魚沼コシヒカリを使ったチャーハン。具は日替わりその時の素材。こだわりの塩も卵も塩漬け豚も揃った。ネックは調理人が女性だから中華鍋が重くて振れないよといわれ続けてあった事。叔父の作った最高のコシヒカリを精米し、十年もご飯担当の志保ちゃんにこだわりの水を少し減らして炊いてもらって、自家製の旨みを足して出して見たい。ダンチュウを見たらもうどう批判されても出してみたいと感じ、姑息な手段を考えた。メニューに親父が出来るときだけの限定と書こう。それならチャーハンに張り付いていなくてもいいだろう。都会から帰ってきた人たちがご飯を塩だけで好いと言いながら食べてる姿が瞼から離れない。ここだけでしか食べれないチャーハンを作りたい。板長が顔を出し蕎麦も残り少なくなったし結構忙しいのだよと偵察に来た。午後からは某ホテルが食器を変え、古いのを捨てるからもし良かったらあげると連絡があったのでもらいに行く。宴会で無ければ隣と皿が違ってもいいと思ってるような人間ともう知られているみたいだ。経費節約、ありがたいことです。食器だけでも年間百万円近くになるので助かる。それにしても良く割る事。一番良く使う定食類に使えるのがあれば嬉しい。その後、台風の前に残りのプルーンを収穫する。まだ完熟南高梅のジャムが有るけど、自家プルーンのジャムとなると重みも愛着も違う。
2007年09月06日
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今日も暑い。予約はアユが食べたいのコメントがあったグループだけ。人数も6人だからたいしたことがない。広井さんに人数分のアユを持ってきてもらって久しぶりに手にとって見た。かなり大きくて二匹も食べればかなりの料金を頂かなくてはならない。けどいつもの人達だから他にタラバや牛肉類もつけなければならないと思う。水曜日で板長と志保ちゃんが休み。やはり暑いのでお客さんは大して来ない。ピザも朝のうち少し出たけど後は沈黙。気温が33.8度やはり台風の影響でフェン現象かも。朝のマキ切がこたえて少し昼ね。店の看板の申請書出すように役所から来た書類を作成。ついでに忘れていた体験授業のアンケイトとお礼の手紙の又お礼を書いた。アユを焼こうと匂いを嗅いだら、スイカの香りがした。中国から嫁いで来たケンこさん親子の驚きの顔。アユが魚臭くなかったから。夜のお客さんは満足げにアユにかぶりついていた。それだけではいけないので、子鮎となまずとマツタケを天ぷらに盛り合わせ、ピザは残りのマツタケをスライスしてオリーブオイルにまぶしピザにした。蕎麦も食べる寸前に手打ちして出した。
2007年09月05日
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昨日は週末の疲れで朝遅くなった。八郎場のトンネルを過ぎ崖の上のカーブを回りだす頃に越後三山が見え出す。魚野川が下に流れ真っ直ぐ川上に伸び高い山のほうに消えていき、崖の下が広い瀬になっている。かなり高く上がって朝日が瀬を照らして、明るく輝く瀬の中にアユ釣りが一人帰りの途中だった。生簀と長い竿を担いで瀬を横切っている影絵の姿は子供のときから見慣れた懐かしい風景だ。残念な事にカメラが無く写していればかなりいい絵になったに違いない。こんな感じで昨日は始まり近所の人たちがお昼を食べにきてくれた。日曜日でかなり忙しく夕方は二組の宴会があった。お客さんを送りとどけて夜空を眺めたら久しぶりに綺麗な星空。秋の空気になったのかいつもより小さな星までが見え、鈴虫の声も大きく聞こえた。新道島の山の上が明るくなり、やがて大きく欠けた月が見えてきた。少し赤みがかかった月は上限で山の杉の木の梢が月に映っていた。口も利きたくないほど疲れていたけど妻が結婚式の様子を話したくて待ち構えていた。あまり疲れたので寝ようと思うのだが寝付かれずいつの間にか朝になっていた。又朝日に起こされ窓を開ければ雲ひとつ無い晴天、そして昨日の月が下限の月になって青空に白く浮かんでいた。市場に行き剥き身のふぐとノドグロの子、コハダ、サワラ、甘エビ、ギンダラのカマを買って帰り、昼定食は天ぷらとサワラの焼き物。まだ暑く冷やし中華や蕎麦が出た。食事が済んだお客さんが尋ねた。裏の川に泳いでる魚は何と。天然アユですよと答えると。なぜ獲らないのと必ず質問が来る。その度に話す言葉も決まってきた。食堂の横に天然アユがコケを食んでいるのはそれ自体財産で、頼んでもアユは住んでくれません。でももう少しで落ちアユになるからお別れです。訪れるかなりの方が小川を覗きこむ。店の大きな財産だと考えている。ブログを書いて又一眠り。建設会社が中山の神社の木を伐採して持ってきてそれで起こされてしまった。楢の木やケヤキ、ミズナラ、杉の木が小さなダンプに5-6杯、明日から蒔き切りして冬の準備も始める。
2007年09月03日
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昨日はお客さんも明日が休みと考えゆっくりしていた。皆送ったら10時過ぎになり、いつもは寝ている家族も起きていた。今日埼玉の姪がお嫁に行く。妻だけが行く事になって、東京から倅も駆けつける。陽気もほどほどになって無事終わることを祈っている。妻の体調が余りよくなくて行けない時は自分でもいかなくてはと思っていたがなんとかなったので良かったと思っている。今日から九月。秋雨前線の影響でずーと雨模様だったが、何となく明るく駒ケ岳の麓は湧き上がる雲に覆われているのに頂上だけは雲の上に出ていて、市場に行く頃は青空が雲の切れ目に見えてきた。一番上が秋の筋雲、その下に雨雲が漂っている。帰りの信濃川の橋の上から新潟平野を見渡した。羊雲が遥か遠く弥彦山まで目線の高さで浮かんで、雲のお腹が弥彦山にかかっているところを見ると千メートルぐらいの高さのところに雲がある。雲の向こうは黄金色の田園が広がっているのだろうな。今日は新築のお祝いがあったり飲み会がある。でも土曜日だと言うのに一日だから客の入りが悪い。蕎麦を打って片付け物を倉庫にしまいに行き、本をめくって読んでいるうちに眠くなりそこに寝てしまった。今はどこでも昼寝が出来る季節。早い宴会で昼飯を食べる時間もなくなってしまいそのまま遣り通した。途中から突然の宴会が入り今月は月初めから景気が良い。このまま行って黒字になります様に。
2007年09月01日
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