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2011年09月24日
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カテゴリ: オペラ
 昨日はさらっと流してしまった演出ですが、やっぱり引っ掛かるのであります。

 引っ掛かりのその1は、舞台設定が中途半端でなんだか分からないこと。
 現代というのは分かる。でも、これは、何処かの国なの?堅気の巨大企業なの?マフィアなの?そこがはっきりしない。プログラムなんかを読む限りでは、どうやら何処かの国の国家元首、みたいなことらしいのだけれど、それにしては政府の側に威厳とかなんとかいうものが無さ過ぎる気が。3幕あたりのデヴリューの扱い方は、どう見てもマフィアですよ?

 そう、この話、個人的にはそう嫌いでもないエリザベス一世を主人公に置いた作品なのに、あまりにもリスペクト感が無い。じゃぁ某か批判的に演出しているのかというと、どうもそうでもない。要はただ下世話な感じになってしまっている。この辺が、個人的には引っ掛かる点その2。

 だから、結局、何の為に現代演出にしたのか、分からない訳です。
 伝わらない訳では無いけれど、支配者としての悲哀とか、権力の座にありながら権力に翻弄される悲劇とか、愛に生きようとして果たせぬ悲劇とか、まぁ何でもいいんだけど、却って伝わりにくいよねぇ....と思ってしまったというのが個人的な本音。多分、舞台設定の時代っぽい衣装、セットでやった方が、ある意味分かりやすいと思うのですよ。意味無いなぁ、と。これが引っ掛かりその3。

 それとも、こういうのが今は標準なのかしら。
 個人的には、盲目的にト書きに書いてある通りにしろ、なんて言うつもりは全然無いのですが、古典である以上(オペラなんて全部古典です)原典とまでは言わずとも、既にそこにあるものに対するリスペクトはあって然るべきだと思います。なんとなれば、オペラや芝居や音楽というのは、上演されなければそれまでだけれど、一方で上演それ自体は一種の2次創作と変わらないのだから。

 なので、ちょっと引っ掛かるんですよね。


 ただねぇ、こないだ、ロッシーニフェスティヴァルで見た「モーゼ」は、こんなのの比じゃ無いほどに現代的かつ先鋭的で政治的な舞台だったけど、それにも関わらず、どっちがいい?と聞かれると、正直どっちもどっちと思いつつ、「モーゼ」の方を取ると思うんですよね。それだけの説得力の有る無し、というのはあるんですよね、やっぱり。それがたとえ俄には肯定出来ない方向性だとしても。






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最終更新日  2011年09月24日 22時56分47秒
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