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笑う気功の目指すところは「治療のいらない心身」です。治療がいる心身になる理由は根本的には「恐怖心」「罪悪感」だと思うのですが、それらを持ち続けることなく暮らすことが出来れば病気や病身にはならないと願っています。「笑う気功の講座」は呼吸法や柔軟、背骨揺らしなど心身の使い方を学ぶ機会ですが、究極には「自由闊達な動き」が自動的になれば教えることはなくなります。私自身も毎朝その時々の体調心境に合わせて、身体を動かしていますが「無心」で動きたいまま動いて心身の統一・調整がなされるのが目標です。一日の出来事によって心身が変化しているから、それらを先ずリセットするのが睡眠です。一晩眠って夜明けになると、骨盤が締まり閉じてくるのが目覚めを促し排尿排便となって、起床となります。眠っている間に寝返りや夢見ることで自動調整はされていますが、それで調整しきれなかった部分を目覚めてから調整して、その日のやりたいことに向けて仕上げていくわけです。
2009.11.01
気功講座や整骨院での出会いは、その時に「してあげたい」と思うことをすぐに実行しないと出会えなくなったときに後悔することになるのを実感しています。「そのことは、そのときにやっておく」という言葉になるんでしょうが、人に対して出し惜しみしていたら自分自身へも出し惜しみすることになるでしょう。最近「気功講座に続けてきますから、先生止めないでくださいね!」と強くおっしゃっていた受講生が急に退会されました。その受講生の最後になった講座では、その人にスポットライトを当てて講座内容を進めていったので私としてはやり残した感はないですが、その人にとってはどうだったかは推測するしかありません。私は「自分も妻も、そんなすぐにはこの世にさよならすることはないだろう」と、漠然と思っています。でも受講生がいきなり退会するのは私から観れば「急に亡くなった」のと同じくらいの出来事です。亡くなるのも退会するのも「ここでのやることや、講座でのやること」をやりきって終了したのでしょうから、悲しむことではないのですが。ある本に「神聖な時とは昔の憎悪が愛情に変わる瞬間である」と書かれてあり、そのことが心に残っています。今私が出会う人達とは幾千もの昔に出会ったことがあるのでしょう。その時には私から愛情を注ぐことが出来なかったのだと思うのです。今回いろいろな場面や関係性を持って出会い、関わりが出来た人達には今この瞬間を神聖な時に変えていきたいと願っています。
2009.08.09
今日の気功講座は『立式りっしき』立って行う瞑想を、レッスンしました。そのときに強く思ったのは「身体の動き方や範囲は人それぞれ違うから、決めた形に当てはめて見るのでなくて、その向こう側にある気の動きを観ていくことが大切である」ことです。私の姿勢や本などに紹介されているモデルさんの写真と見比べてはいけないこと。身体を使い動かしながらも、気を観てそこに訴える力を培うことは私の大事なテーマだと改めて思いました。それを緊張を求めるのでなく、笑い・リラックスでありながらも厳しい姿勢で臨むことを追求していく。これが笑う気功の真髄ではないかと思うのです。
2009.04.03
瞑想は聞かれたこともあるでしょうし、体験された方も多いでしょう。今回は瞑想についてのレッスンです。笑う気功の元にある考えは『動静楽寿』で、『動いて(気を練って)静かにして(気を収めて)楽しく(笑いながら)過ごして健康になって、社会に貢献する』ことです。自分一人の健康や繁栄を望むばかりでなく、ちゃんと社会に還元するまでが笑う気功の望むことです。動の部分については幾度も取り上げてきたので、今回は静の部分ですね。もちろん瞑想についても多くの見解がありますが、私のやり方ですがポイントは『身体が気にならない状態で心は穏やか。何か思いついても放っておく。』です。身体が気にならない状態には、身体を思い切って動かしてから瞑想に入るのがより効果的です。 なぜなら身体は動くようになってあるから一日寝たままで過ごして、いざ瞑想に入ろうと思っても無理だということです。十分に身体を使って動かしたと仮定して瞑想に入るときに、リラックスできる体勢と思い浮かべたときにほとんどの人が『座る、寝ころぶ』を選択します。立ったまま瞑想に入る人は、まずありませんでした。 たとえば仕事中や、満員電車の中で立ちっぱなしでも心が穏やかになったらいいですね。それを見越して立ったままの瞑想を練習するのも良いかなと考えています。続きます・・・
2009.04.01
ひつとの物を複数の人が見た場合に、人それぞれ受ける印象は違います。それは物そのものを直接見ることが出来ないからです。気感覚とは目で見えないといわれる気を直接感じることです。身体を覆っている気を身体の目以外の感性で直接みることになります。綺麗な花を見たときも、写真撮影したとき、それをブログに載せたときにも、撮影者の気がそこに覆いかぶさっているから『(気が)いい感じの写真』と、みえるわけです。物の取り扱い方が人によって違い手荒に扱って物を壊しやすい人や、几帳面で丁寧な扱いで繊細な物を長持ちさせる人があるように気の感覚も違います。写真やパソコン上の写真であっても、撮影者、加工した人の気の影響を受けているから、気をみる感性でみたら違いを受けとるわけです。身長体重など身体を計測した数値に『絶対正しい身体』というのが無いように、気の感覚にも絶対はありません。あくまでも主観であって、他から計られるものではありません。気功講座の目標は『身体機能を使って、それを越えた感覚を培う。そしてそれを人間関係に応用する』ことです。
2009.03.31
体のバランスということですが、一本歯の下駄を履くと体の中心線が自覚できていいかもしれません。一本歯がちょうど土踏まずの辺りに付いており、前後のアンバランスを修正するようになります。踝の下くらいに重心が乗っているのが普通の立ち方ですが、それが崩れて指先やかかと側になっている時には、一本歯の下駄はかなり不安定で立つこともままならないでしょう。達人になるとそれで駆けることも出来るらしく、足首をクルクル回しても平気なほどバランス感覚が良くなります。
2009.03.30
気功はこの世界から少しでも楽に目覚めていくための手段方法ですから、万人に有効ではないです。眠って悪夢を見ているときに、急にたたき起こされたらショックでしばらくドキドキして疲れを感じますね。それと同じように、身体や心が疲れていたり上手く使えないときに、誰かの手当てや処置で急に軽く動くようになったら、たいていの人は驚いて受け入れがたいと思うのです。夢から覚めるのも徐々に幸せな楽しい夢になってから、目覚めるほうがすっきりと楽しく起きられます。体や心も徐々に自分で使い方のコツを掴んで、うまく動かしていくほうがショックは少ないことでしょう。その方法の一つが笑う気功講座で、特に『笑う』ことに主眼を置き、よりリラックスした状況で進めていきます。簡単な動きであっても最初はうまくいかないもの。それでも難しくならずに笑ってすますこと。上手く出来ることよりも楽しく集中してやるほうが、結局は早道です。あるときフト体が動きやすくなったり、手がポカポカと暖かくなってきたりと、変化を実感できるのです。
2009.03.27
先日の気功講座では春の季節に合わせた内容として『背骨で呼吸する、気を通す』をテーマにしていきました。もちろん呼吸そのものは肺を使いますが、普段は体の前面を意識することが多くて背中はあまり意識していませんね。また春は花粉も増えてくるように、新しい芽吹き時です。その時期に呼吸をいつもとは違うところに意識を持っていくことで、体の機能を活性化するのが狙いです。また前のめりになりがちな心持ちや、その結果姿勢が前かがみになるのを修正する目的もあります。背骨や背中に意識を回し、体全体の一体感が味わえたらいいですね。やりかたは単純に『息を吸うと背骨の中を空気が入って腰まで下がり、吐く時には背骨の中を空気が昇っていく』とイメージしながら呼吸します。背中をゆすりながらやったら、実感しやすいでしょう。ついでに後ろ向きに歩くのも取り入れると面白いですよ。安全を確保できる環境で後ろ向きに歩きます。 足の後ろ側をしっかり伸ばして、歩きます。背中も自然を伸びてすっきりと歩けたら成功です。
2009.03.26
いま週1のペースでスカイプを利用して気功講座をしています。マンツーマンでおよそ1時間くらいですが、これが意外とうまくいけるんです。遠く離れた友人で気功は初めての体験ですが、いわゆる気が合う間柄だったのでうまくやれているみたいです。こんな風に出来るなら他にも広げていきたいなーと思います。もし興味を持たれたらメッセージをください。都合良い時間帯で気功講座を始めましょう。
2009.03.26
私は以前株式投資に興味を持って何度か売買したのですが、いわゆる授業料を払って勉強をさせてもらいました。それから人生観も変わって「もう二度とやらない」と決心しているのですが、特定の人だけに金や情報が集まるのは「全ての人が裕福に暮らせる条件が準備されている」という真実からは外れていると思うのです。得よう、奪おう、自分だけ若しくは自分の周囲だけが豊かになることを考えて行動しても、結局は自分自身も豊かになる方向から外れてしまうことでしょう。沢山の資源を入手できる人は沢山の富を与えることが出来るから、周囲の人とともに豊かになれます。精神面でも心の面でも豊かさを周囲に与えるには自分自身を通っていくので、自分も豊かさを受け取ることになるのです。ちょうど蛇口につけた水道ホースの中を、まず水が通っていくように。真実に近い暮らしをしているほどに「原因と結果の法則」をリアルタイムで実感し体験できるから、株式投資のように身も知らぬ人の損失が自分の利益になっても、それは結局豊かさではないことが分かりにくいと思います。どこの誰かも分からない人から金を取っても平気で居られるから、仕組みとして匿名性を高めてより利己的な利益追求が出来るようになっているのでしょう。私の仕事は整体にしても気功にしても、目の前に居る人との関わりですから逃げようがありません。その人に与えた豊かさのみ私自身に与えられるのが、直ぐに分かります。私を通っていく豊かさは、「私がすでに持っている豊かさ」ですが、「人に与えるときにしか、実感し体感できない豊かさ」ですから、人に働きかけない限り豊かになれません。このことを思い返すことが、明日の仕事への活力となっています。
2008.09.25
先日の連休に屋久島へ行ってきました。屋久島初体験の友人と一緒です。その友人達を案内しながら、旧知の友人、お世話に人達とおよそ1年ぶりの対面をして、里帰りをした気分でした。3日目に台風が接近しているから早帰りをしようと、予定より6時間早く鹿児島に戻ってきました。そのとき友人が「知覧に行きたい」とのことで、ぎりぎり間に合った知覧行きのバスに乗っているときの体験なんですが。私はその時まで「友人達を案内して屋久島旅行をしてきた」と思っていました。でも思いもしなかった知覧に行くことになって、「ちょっとヘン?」と、考えが変わってきました。「実は私が友人を誘導して案内していたのでなくて、『私が案内されて屋久島を回って、しかも知覧に向かっているのでは』」と思ってしまったのです。友人のために動いていたと思っていたが『友人が私のために屋久島まで来てくれた』という、考えが出てきたのです。しかも知覧にまで行ってくれるなんて・・・知覧には特攻についての記念館があって、そこに友人は行きたかったのですが、私は近づくも無理でした。待っている間は近くにある温泉センターに入って、すっかり体の緊張が緩んで良い感じになりました。人のためにやっていると思っていることが、実は自分のためにやっている。そんな真実を実感したのは、「癒し」の仕事に関わっている私にはとても大事なことでした。整体の仕事を始めたときに思っていた「この仕事って、結局人の不幸で成り立っている訳?」というなんとも言えない疑問点。それが解決したように思います。『人を癒すことは、自分自身を癒すこと』だと確信できました。
2008.09.25
今日の講座で受講生から質問されたのが、「気ってなんですか?」そのとき私から出てきた言葉が「気はしゃべる言葉のようなものです。しゃべる言葉は目に見えないけれど、相手に与える力がありますね。言葉で元気にしたり逆に元気をなくさせることもあります。しゃべる言葉もどこからエネルギーが入ってくるのか分からないけれど、しゃべれます。気もどこから入ってくるのか分かりにくいけれど、手などから発することが出来ますね。気はそこらじゅうにあるから、自然とエネルギーを取り入れてますが」他に質問が「道端で、てかざしをしている人達もいますねー」とありました。それには「『まひかりのわざ』 と謳って手かざしをしている宗教もあり、それは気功でやっている手から気を送るのと見た目がよく似ています。言葉にしても日常よく使う言葉を宗教でも用いるように、宗教専用ではありません。」「宗教は他に『信じる対象物や信じる人』を立てますが、笑う気功では『自分を信じる』ことを第一にしています。ですから私(講師)も信じないようにしてくださいね」と返事をしていました。気がしゃべるのと同じっていうのは、自分で聞いても初めてのたとえでした。そのようにしゃべりながらも(なるほどねー)と自分でも感心していました。私が好きな本の「神との対話シリーズ」はニール氏が神と対話をしている書物で、ニール氏一人なんですが神と二人で話しあっている内容です。メッセンジャーとメッセージは別ということでしょう。ニール氏が理解していないことを神が話し(実際にはニール氏がタイプしている)ています。ニール氏が的外れな話しを書き続けそうなとき、押し留めるように神が話しだした場面もあり、人格と神人格が同時連続的に出現しているようです。私もクリアーに、つまり『我を忘れた』状態になるとメッセージが降りてきて、自分でも面白い話をします。
2008.08.01
現在の宇宙が誕生したのは50回目のトライアルの成果らしいですね。知的生命体が誕生したのは今回が初めてらしくて、こういうことに想いをはせる生命も初めてなんでしょうね。人類は何度も人生を繰り返しながら「全てを体験したい」らしいのですが、私は今生は何回目のトライアルなのかなー?年齢はちょうど50歳になったのですが、人生そのものは何歳なんでしょうか。「オーラソーマ」ってご存じでしょうか。ウェブで自動鑑定するサービスがあって、たまにやるんですが最初に目に付くのは「ピンク」系のボトルです。数年前に対面鑑定でオーラソーマを受けたことがあり、その時の1本目に選んだのが「ピンク」系。でもそのボトルは色あせて、とてもピンクに見えやしませんでした。そのときには「チャレンジボトル」で、青色系を選び「思っていることを話す」のが課題と言われました。当時確かに言いたいことが言えなかったので、ちょうど良いかなーと思っていました。この頃は言いたいことも、思ったことも素直にしゃべれるようになったので、興味はピンクに移ってきました。気功講座や整体中に自分の胸が熱くなって、そこからエネルギーが出て行くのがよく分かります。母性的なエネルギーだと思うのですが、初対面の赤ちゃんに触れたり抱っこしても泣かれることも無く、ぐっすり寝ついてしまうこともあります。自分の魂の望みを全て精神性で理解は出来ないにせよ、心の面ではそれを受け止めて納得して人生を歩んでいきたいと願います。あと何年で今生での目的が達成できるかは、想像つかないのですが「人生の目的を達成した時に旅立つ」ことを信じて、歩んでいくだけですね。
2008.07.22
笑いますおへそを大きく上下させるような腹式呼吸をしてみましょう、笑いが誘発されて何故かしら可笑しく笑ってしまいます。口元を上げましょう、すると自然と眉や目元も下がってきます。慧目(けいもく)と呼ばれる眉間より指 2 本ほど上の箇所も開いてくるでしょう。展慧目(てんけいもく)と言いますが、ここが開いてくると会陰にあるツボ(チャクラ)もゆるみ上半身がゆったりとしてきます。基本の立ち方両足をおよそ肩幅に開き、脚の付け根(そけいぶ)と膝裏の筋を緩めます。上半身が不安定になる程度に緩めましょう、深くしゃがみ込まないようにします。この姿勢で脇の下、肘、手首、指先も力を抜いて、頭は天井から糸でつり下がっているかのようにまっすぐに立てます。腹式呼吸のコツ基本的には「下腹部を膨らませて息を鼻から、強く短く吸い込み一瞬息を止めます。 下腹部を凹ませてから息を口からゆっくり長くはき出し、出し終わったら一瞬息を止めます」最初は 3 回ほどにして一日に 2 回ほどの練習で終えます。やりすぎないように注意しましょう。逆式腹式呼吸は「鼻から長く、息を吸いながら下腹部を凹ませます。口から強く息を吐きながら下腹部を膨らませます。これは一種のショック療法で「気が上がっているとき、のぼせているとき」に使います。たびたびやる必要はありませんが、いざというときのために忘れないように練習をしておきましょう。呼吸法の練習は最初だけ「鼻から吸って口から吐く」のです、体が慣れてきたら「鼻呼吸」にしても大丈夫です。日常生活でも「集中したいとき」「気合いを入れたいとき」「全身の力を使いたいとき」に腹式呼吸を意識してやってみるといいでしょう。手の動作と呼吸の関係について手が体の中心に向かって動くときには息を吸います。体の中心から離れていくときは息を吐きます。これは数回意識して練習したら、すぐに体得できます。呼吸を意識して、深く長く大きく使う練習をしていると、いつの間にか「呼吸数が減り、呼吸が楽になり、体も動きやすくなっている」ことでしょう。肺の動きが柔軟になり、肺活量も増えて心臓への負担も少なくなり、胃腸も活発になり食欲も増進してきます。すると血行もリンパの流れも良くなって肌つやが出て来ます。歩き方歩くときも、楽に簡単に歩ける方法を知っていると体への負担が減り、膝、腰も疲れにくくなります。コツは下半身を左右分離することです。右足と左足に交互に体重移動していくこと。つま先ではなくて、脚の後ろ側アキレス腱を伸ばして、踵で地面を押しつけるように歩きます。すると背中が伸びて姿勢も良くなり、歩き姿勢もすらっとなります。腰や腕に力を入れずに脚の力で歩きます。安全なところで後ろ歩きもしてみましょう。意外とすっきりしますよ。背中が主人公になった気分で歩くのがポイントです。歩いたら、太ももやふくらはぎが疲れるのは当然。歩くだけで肩や腰が疲れるのは、間違った歩き方をしているからです。
2008.05.31
与えれば与えるほどに、心の豊かさに気づくことができます。物質的には「与えたらその分少なくなる」のですが、無形の心は逆に「与えるほどに豊かさを実感」できます。赤ちゃんは何一つ所有する物がなくとも、その笑顔だけで見る人に暖かさを送っています。物質面の豊かさを否定するのではありませんが、心の豊かさを認めて与える喜びを共有出来る間柄が魂の喜びになっていくのでしょう。与えあえる間柄とは?買い物したとき一般的には金銭と品物の交換ですが、与え合う関係と見たらどうでしょうか?品物の代償としての金銭、金銭に見合った品物と見てしまうと単なる交換なんですが「品物を与える人と金銭を与える人」同士と見たらどうでしょうか?私が仕事で整体や気功を教えるのも「自分の感性や技術を与える」ところに立って行います。すると受け取った方(つまりお客さん)は「金銭や謝礼を与える」機会を得て、私に与えてくれます。「お互いが自分にしか出来ないことや物を与え合う関係」ならば、とてもスムーズな対人関係になるでしょう。でも「お互いが同じ物を与え合う関係」ならば、ちょっとぎくしゃくした関係でしょう。私から整体を受けた人が又私に整体をしてくれるようなもので、二人だけで循環しているのは不自然ですから。すると「それぞれが、その人にしか出来ないことや、物を準備しておく」必要があります。金銭も便利な物ですが単なる交換手段とすると自ら、与える喜びをそいでしまうのです。という私自身も買い物の都度「金銭を与える」と意識していませんが、これからは意識を変えてみようかなと思っています。
2008.05.30
両足を肩幅程度に開いて立ちます。そしてかかとに力を入れてみます、すると体は前後どちらに傾くでしょうか?前に倒れていきますか、後ろにそっくりかえるようになりますか?それが終わったら、つま先側に力を入れてみましょう。すると体はどちらに傾くでしょうか?体の仕組みとしては、かかとに力を入れたら前に傾きつま先側に力を入れると後ろに倒れていきます。より分かりやすくするには、片足を膝くらいまで上げるとはっきりと違いがでます。このテストで何が分かるかというと、歩くときの力の入れ方と抜き方が分かるのです。踏み出す足は力を入れないで、後ろ足のかかと側で地面を踏み込むと楽に歩けます。上り階段では、特に意識して後ろ足の膝をぐっとのばすようにすると、上げた足が軽く上段に乗っかってくれる感覚で歩けます。後ろ足のかかとに力をいれるのは重心を前方向に移動させることなので、踏み出した足の力を抜くとかってに体が前に倒れていくのです。つま先に力を入れて地面を蹴飛ばすように歩くのは、重心を後ろに残しながら前に進もうという動作なので、筋力への負担が大きくなります。ですからトレーニング目的で歩いたり走るときには、つま先で地面を蹴るようにして、楽に歩きたいときはかかとに力を入れること。つまり膝裏をぐっと伸ばすようにしたら良いのですね。ふとももを上げる感覚です。 背筋も伸びてかっこよく歩くには、かかとに力を入れるのがポイントです。
2008.05.22
親しい人のしを知ることは、悲しみや辛さを引き起こします。それは人の感情として当たり前でしょうし、それまで無理に押しとどめることはないです。でも、その悲しみの涙は誰のために流す涙でしょうか?亡くなった人を思ってでしょうか。それとも残された自分の辛さを想像して泣くのでしょうか?誰のしであっても、悲しみを引き起こし辛さも感じさせられます。そういった感情を引き起こすためにしを選択することもあるでしょう。たとえば生後間もない子どものし。酔っぱらい運転による事故で亡くなった子どもの存在を広く知らされるのは、私たちに「飲酒運転」のばかばかしさを思い出させてくれるため。そのために子どもたちの魂はあえて、そんな事故でのしを選択されたのでしょう。そう思うと胸が張り裂けそうな悲しみが襲ってきます。私たち人類にとって「生とし」の問題は常に大きいことでした。しへの恐怖・恐れは生への恐れ・恐怖と同じものです。しへの恐怖・恐れが無くなれば、私たち人類はもっと生を楽しく有意義にやっていけるでしょう。それを自覚できるために、私たちは「し」を何度も、何度も知らされます。じつは私は両親が好きではありませんでした。両親を亡くしてから、数年たってやっと好きになれました。 今はいつでも両親の笑顔を我が胸に思い出せます。両親とも私には沢山の贈りものを与えてくれていたのに好きになれなかった私へ、両親からの最後の贈りものが自らのしだったと、今では思えます。生きている間に子どもや周囲の人達、社会全体へ有形無形の贈りものを私たちは与えています。人生の最後に与える贈りものが「し」であると、私は思っているのです。
2008.05.20
魂の最大目的が何かというのは、分かりません。人には魂の全貌などわかるはずがないと、観念しています。私がかろうじて理解出来る範囲はたかがしれており、その範囲内で言えば私の人生での望みは「心の平安のみ求める」ことであると、自覚しています。それが叶えられたら、しんでも良いと思っています。でも「心の平安」というのは簡単ですが、その内容は限りない程深いものを欲求しているんだろうなーと、想像しています。それがより負荷の少ない農作物を食べることや、オーガニック製品を着用すること、重曹や銀イオンでの洗浄で石けんの使用量を減らすこと、肉食や魚食をしないことなどをやってきた理由だと思います。確かに以上の事柄をやると、その分平安になります。また気功講座や整体、セラピーをするのもより多くの人達が健康で健全な社会生活を送るためのお手伝いです。ここ最近、簡単に人をさつがいする人が増えています。また地震などによる被害も多いです。私をさつがいすることで、その人の人生目的が達成するならば、私自身で、しを選択することも拒みません。 魂レベルでは、どんなことになろうと全て「自己選択している」ことが、このごろ再確認できたからです。ある人と魂のレベルで「さつがいする関係を約束」しているならば、私がしを選択するのは了承済みと言うわけです。人から見れば不慮の事故やとんでもないことのようであっても、大きなレベルからすれば「全て納得済み」なんだろうと思います。これは決して自し願望ではありません。他さつ願望でもありません。そうなることが心の平安、魂の望みならば「この命、全て放しても惜しくない」という、気持ちです。 ーーーーーーーーーーーーーーあえて漢字を使わないで「し」「さつがい」 と表記しています。
2008.05.19
自分つまり精神が心や魂・肉体の存在を否定することを「自己否定」と呼びます。心や魂が、肉体や精神を否定することは有りません。それは太陽が地球を否定して、太陽光線を「もうやらないよ」と止めることがないのと同じです。個人を司る魂は宇宙全体の個別化ですから、それが携えている肉体や精神を否定しません。ところが「人間の範疇である精神」は肉体・魂・心を否定してしまえる能力を開発してしまった。精神は自己と他自己は一つであることを忘れて「自分と他人」が、存在することが真実だと勘違いしてしまった。全ての人類が結局は「一人の自分」であることは究極の真実でしょうが、精神ではそれは耐えられない戯言に思えるのでしょう。自分と他人があるから、自己否定してもかまわないと精神は考えました。ところが究極では自己も他己も同じですから、周囲の人達を否定しているのと同じです。自分の肉体や心が辛いこと、望まないことをやる人と、他の肉体や心が望まないことをやる人は同じ事をやっているのです。最大の自己否定は「自分の人生を生きないこと」ですが、他の人達にも「それぞれの人生を生きさせない」ようにします。人生の目的は人それぞれ違います。ですから沢山の肉体と精神を持って誕生してきます。目的が一つならば一人の人だけで完了できるからです。人生の目的が似ている人は居るでしょうが、全く同じ人は居ないでしょう。似ている人と出会うと何故かしら「ほっと」するだろうし、その目的を達成するために必要なことを教えてくれたり(人生の師)、学ばせてくれる人(運命的な出会い)に会うのは、人生最大の喜びでしょう。そんな人に出会うには常に「自分の人生目的」を明確に、心と精神に表明していなければなりません。人生の目的。それを抱いて私たち人類は誕生してきました。
2008.05.15
気の流れは下腹部の中心から両腕へ、下腹部の中心から下半身へと一方通行ですが円運動になっています。地球全体がエネルギーを循環させているように、気というエネルギーも円運動になっています。気だけでなくて、社会全体が円運動で循環しています。その円の一部が詰まったり、逆流すると不健全な社会となってしまいます。例えばお金ですが、収入を得るところと支出するところは別々なのが普通です。ギャンブルなどは、賭けたのが当たったり勝ったりして収入があり、同じ所に賭けて負けるとまた返してしまうので大きな円運動に入っていません。空気の綺麗な場所で深呼吸をするのと、スモッグ一杯のところで呼吸するのと違うように気というエネルギーも「良い気」の場所で取り入れるのが善いでしょう。私が教えを受けた気功の先生が与えてくださった気。 それを受けて、自分の中で熟成させて今ここで放出する与える、教える機会に恵まれています。大きな円運動・循環の輪であればあるほど、実感がくるまで時間も場所もかかります。若いときに読んだ本が難しくて理解できなかったことも、時が経つにつれ理解してそれを伝えていくことが出来るように、気のエネルギーも私にとって理解するのに時間が必要でした。また教えを受けた先生とは、あえて離れて亜流にならずに独自の方法や理論を見いだして、新しい円・流れを作っていくことも大切だと考えています。それらも人類全体の発展という視点から見たら、一つの大きな円運動でしょうから円を断ち切ったのではないと思っています。自分が尊敬する偉大な先生であるならば、庇護の元から離れて独自の道を歩むことを決して止めはしないし、非難もされないでしょう。人が幸せになっていくには「幾千もの手段や方法がある。私の道はその一つに過ぎない」という真理・真実に照らし合わせれば、いいだけです。
2008.05.14
親子の場合、まず親から子へ色々なお世話を通して与えています。そして子が成長して親の力が衰えてきた時期には、逆に子から親へ与えていくようになるでしょう。ところが自然界の動きを観察すると「親から子への一方通行のみ」だと気づくのです。たとえば「太陽光線」は太陽からの一方通行で、誰も「太陽に熱を返さないと」と心配したり考えたりしません。植物もそうです。花が咲いて実がなって種となる、その方向でしかあり得ません。では動物はどうでしょうか?子からのお返しを心待ちにしている動物たちがあるでしょうか? いないと思います。ところが人は子が成長して、いずれは親自身の面倒を見てくれるものとして頼りにしているケースがあります。親からの見返りを期待された子は、どうなるでしょうか。本来、自分の親だけでなく広く社会全体に還元していく能力・仕事が、自分の親に向かって多大に放出されてしまいます。こんなことは社会全体のエネルギーの逆行で、社会全体の成長・発展を遅らせることになりかねません。親の立場になった人は「全く見返りを求めずに我が子の世話をする」ことに徹していくことが、将来の自分の生活が安定することを、意識するのが大切だと思います。また「気功」の見方でも「気の流れは一方的」なのです。気は個人の体や精神を通して大きく循環していますが、一人の動きは一方通行になっています。下腹部の中心に一人の気の中心が有り、そこから手足に向かって気が流れていきます。外へ放出した気が、それ以上の勢いを持って外部から「天の気・地の気」となって人に入ってきます。入ってきた気と元々人の中にあった気を融合して、より大きく、精密な気と練っていく。それが鍛錬であり練功とよばれる動作・中味となっていきます。この気のことは「学習による知識の習得」とよく似ています。書物や先生から習った新しい知識や知恵を、自分のそれまでの知識や知恵と融合させて新しい知識や知恵として使い、次代に引き継いでいく。与えるのは余裕があるからだと、これまでは思っていましたが「与えるのが自然本来の状態である」ことが今確信できました。
2008.05.11
たとえば楽器演奏で舞台に上がるとき。たとえば初対面の人と話すとき。など「緊張してしまうとき」があると思います。緊張って、何故するんでしょうか?もちろん緊張して集中力がわき上がって良い面もあるのですが、逆に力んでしまって心臓がドキドキしてしまうともっちている力を出し切れなかったりしますね。「失敗したらどうしよう・・」「うまく話が出来なかったら・・・」と心配しやすい人が緊張もすることでしょう。そして、自分の体が自分のじゃないようにまで思えてきて、何をしたのか何をしゃべったのかすら覚えていないという事態にまでなってしまう。そうならないで、自分の力を全部使ってしまえるにはどうしたらいいのか?ということです。これは気功の基本姿勢として練習するのですが「筋肉を両方ともゆるりと力を入れる」ことがポイントです。筋肉はペアーでついていて、片方が伸びたら反対側が縮まるようになっています。それを両方とも、ゆるりと力をいれるとどうでしょうか?腕を伸ばして意識して両方の筋肉に力を入れてみてください。肘が曲がって手首や指先もわずかに曲がっていますね。これがニュートラルです、力が抜けすぎずに力んでいない状態です。でも意識は常に腕にあります。ぼやーとしているといつの間にか、どちらかの筋肉だけに力が入っています。この状態からだと、肘を伸ばすことも逆に肘を曲げることも直ぐに簡単に出来ます。身体ではこのように練習していきますが、精神面で緊張しないようになるにはどうするか?それは「失敗も成功も無い」ことを知って居ること。楽器の演奏なら演奏することだけ思うこと。「失敗しないように」と念じるのは「失敗することを前提にしているから逆効果である」ことを知ること。3番目に書いたのは他にも通用するのですが、「失敗しないように」と願うのは「失敗すると思っている→失敗の道を選びかけている→失敗する」こんな連鎖反応をよびます。失敗したくないと念じるのが最も確実な失敗方法なんてーー失敗も成功もいつの時点で判断するかで、全く違ったことになります。ですから「失敗も成功も無い」としているほうが、結局は正しいのです。
2008.05.09
安全も安心も金では買えません。それは何故かというと・・・本当の安全や安心は、自分の内なる心を通して魂の安らぎに触れることだからです。というとなにやら宗教がかっていますが、別に教典や教祖があるわけでなしもちろん私を信じてくださいというのでもありません。一人ひとりの内にある心。それを通して魂の安らぎに至ることは何も頼ることなく可能だからです。他に依存したり頼ることをはっきりと決別した心境であってこそ、魂の安らぎにいたることが可能になります。仮に言えば「自神教」でしょうか?他を信じる他神教でなくて自分を信じる 「自神教」ですね。簡単に自分と表現しても「自分の意味」も色々あって、どれを信じたらいいのか?迷ってしまうかたもあるでしょう。身体を表す自分自身、心を表す自分、魂そのものである自分、社会の一員である自分と、感情を表す自分などいくつもあります。自動車を運転するときに一般的にはエンジンの仕組みを意識しながら運転しませんね。エンジンがかかれば、あとはアクセル・ブレーキ・ハンドルさばきで行きたいところにいくだけです。エンジンが不調になったり、タイヤがパンクしたりしてやっと車の仕組みを思い返すくらいです。私たちも日常的には魂のことは、ほとんど忘れているのでしょう。病気や怪我、事故にあって初めて、改めて身体を労り命のありがたさや魂の存在に想いをはせます。それが日常、いつも魂からのメッセージを受け取れたら、どれほど安心で安全を授受できることでしょうか。それは各自の心の働きにかかっています。 つまり金でかえるものはないのです。心の栄養は魂から受け取るエネルギーです。 そのエネルギーは無限ですしタダです。身体の栄養は食物や空気ですが暮らしていくには現状ではお金が必要です。どれほどの資産が有って、どれほどセキュリティーに費用をかけても心が安らかで無ければ「本当の安心も安全も得られない」ことでしょう。魂から得られる心の安らぎは、万人にもれなく備わっている絶対境地の支えです。
2008.05.06
最近ホームセンターで用具を購入して、妻がベランダ園芸を始めました。ハーブとネギ・小松菜・春菊を植えています。春菊が芽を出してきたのを間引いたのですが、それを見ていて想ったことです。種は密集してまくから、芽が出て来たら当然せまーい範囲で葉っぱが触れ合って伸びていきます。狭いから間引きをするのでなくて、育つための空間作りのために間引くのだろうなーと思うのです。また赤ちゃんと同じで、新芽が出た頃は同じ人が世話をしてあげるのが成長していくには良い環境だろうとも思います。母親から母乳をもらいお世話をされることで、新生児は安心して成長していくのと同じです。また子どもが成長していくために、徐々に新しいおもちゃを与えたり公園に出かけたり、お友達を作ったりしていきますね。植物・野菜も同じように「同じような種類の植物と触れ合わせる」こと「育つために空間や土地を広くする」のが大事ではないでしょうか。植物のお世話をすることで人の育ちについても、考察できるなんて、食べるだけでない楽しみが発見出来ました。
2008.05.05
気功を始めたころから、手で感じる感受性が高くなってきたようです。どんな物でも手に持って、右手の親指と人差し指で輪を作る。その輪が力強いままなら「合う」力が抜けてしまうなら「合わない」と、判断してきました。大阪から屋久島に移住したときには、指だけでなくて全身が移住したがっており、指の判定どころじゃなかったです。いざ屋久島暮らしを初めてみると「お店」が少なくて、欲しい物が購入できません。ちょうどインターネットショップも盛んになりつつあり、いろんな物をネットショップで購入したのですが、その時には商品画面に左手で触れながら右手の親指と人差し指で輪を作って商品選びをしていました。北九州市に来てからは、多くのお店で買い物する機会がありますがやはり手に取った感覚で選ぶことが多いです。それは食べ物だけでなくて、服など衣料品電化製品など何でも「手に取ったときの感覚」を使える物なら何でも良いのです。先日ある喫茶店で手にした1枚のプリント、それはとても力強く私に訴えてきました。そこはNPO法人のお店で、NPO法人会員への加入をお願いする内容でしたが即座に入会申し込みをしたくなるほどのインパクトがあったのです。印刷物であっても、感じられる作成した人の想いやエネルギー。私もよく名刺や印刷物を作りますが、それが人手に渡ったときに「どれほどのインパクトがあるんだろうか?」と考えさせられます。以前ある人の書物を手にしたとき、言いようのない不安や気持ち悪さを感じてしまって、放り出したくなったことがあります。手に取る以前からあまり好きでない書物だと思っていたのですが、念のために手にとってみたら案の定気持ちよくない・・・それからは見て良い感じを持てない書物や衣類など、手に取らないようにしています。ここ数年は肉魚を食べなくなったので皮革製品も手にしません。合皮のような本革のような微妙な、しかも見た目が私好みな靴などはひょっと持ってみたら本革だって、ぞくっとしたり。そう考えていくと、土地や家で気に入った物件を入手出来た方は良いですね。私はそこまでに至らなくて現在は賃貸暮らしですが、いずれは気に入った土地で好きな作家にデザインしてもらった家を建てたいものです。
2008.05.05
前回まで「精神が身体や感情をコントロールしていく」のが幸せな暮らしに繋がっていくと書いてきました。ではどうしたら精神力が高まっていくでしょうか?簡単な最初の一歩は「精神が身体をコントロールしているのが真実だ」と納得してしまうことです。それを何度も何度も体験して強化していくためには「決めたことをやってみる」ことで「やり遂げるまでやる」と強化されていきます。でも同じ事を何度も何度の繰り返しやることは、身体的には強化されて目をつぶっていても同じ動作を繰り返すようになりますが、そうなってしまうと「身体をコントロールしていくことから外れてしまいます」私が整体を行うときに「お客さんが受けたことが無い、触れられたこともない、考えたこともない」ような手技や施術を予想しない関連づけで行います。すると身体は驚いて、急に脱力してこわばりが取れて体が本来の正常に戻ってきます。整体は矯正ではないので、元に戻ってくれたら良いのですから、こわばりを取るためには強い腕力は不要です。そのように繰り返しを避けて精神が自由な発想で身体コントロールしていくと、徐々に身体機能も精神で使っていきやすくなります。それでは精神を動かしている、もっと根本的なものは何か?心であり魂であって、宇宙全体に繋がるエネルギーだと思うのです。宇宙全体の一部である私たち一人ひとりの魂、そして身体をコントロールしていくために思考や精神を司るために生まれた心。
2008.05.03
例えば空気ですが、これほど身体に大切なのにないがしろにされているのは無いでしょう、あまりにも私たちは空気環境を汚してきています。そして身体の扱い方も粗雑で、乱暴です。ところがその身体から生まれる感情は逆に、大切に大事にしてそれに振り回されているようです。感情は身体の排泄物と同じでエネルギーの排出と言えるのではないでしょうか?空気や食べ物を大切にしないで、その結果である排泄物や感情を大切にするなんて本末転倒もいいところですね。つまり精神や心、魂の望むところを実現するには身体はとても大切であり重要なツールで、一番使いやすいのですが、その排泄物は適当に始末しておけばすむことでしょう。身体を元から大事にしておけば、感情に振り回されることも無くなるので、もし今まで感情を大切にしてきたならば「精神・心・魂」を一番に大事にして、身体に入ってくる空気・食べ物にも配慮してやれば身体はもっと、動きの良い働きをしてくれるでしょう。
2008.05.02
呼吸ほど身体に大切なことはないでしょう。食べ物や水は少々なくとも、身体は持ちこたえます。世界には水も飲まずに「太陽光」だけで生きて居る人も存在するそうですし。その大切な不可欠な呼吸をコントロールできたら、精神の優位性を確立する第一歩となります。いわゆる腹式呼吸、息を吸うときには下腹部が膨らみ吐くときには腹が凹むというやり方は、意識を持って身体機能をコントロールする基本行動です。また吸うときには力を内に込めるときで、吐くときは放出するときですから、重たい物を持ち上げたり押したりするときには息を吐きながらやるのが理に適っています。息を止めてやるのは、無理がかかっているのであまりお勧めできません。息を止めてやるのは一考すると良いようですが、その時には身体の各部への酸素補充が止まってしまうので、とても負担になるのです。それは緊張にもつながり大事ば場面や力を外に出したいときほど、息を吐くことを心がけていると徐々にそうなっていくでしょう。逆式腹式呼吸もあって、それは息を吸うときには腹を凹ませて吐くときには腹を突き出すようにするのです。これは一種のショック療法で「気を下げる、落ち着かせる」ときに使うと有効になります。24時間ずーと意識して呼吸するわけにいきませんから、一日の内2~3回程度で数分でも意識して呼吸練習をしてみましょう。身体をコントロールしているのは「私の精神である」ことを、今一度思い出させて、自由に行動できるようになっていきます。
2008.05.02
まず普通に立ってみてください。そしてゆっくりと両膝を曲げて、しゃがんでいきます。アキレス腱側が固い人は踵が上がってしまうでしょうが、おしりが床に触れる程度までしゃがみ込めたら大丈夫です。 次の事を試してみてください。その前に立っている後ろ側に寝ころんで良いくらいのスペースを作っておきましょう。では、立っている状態から下半身、主に太ももの筋肉の力を一気に抜きます。上半身は立っている状態を保ったままにしておきます。 頭をぐらんと振り回さないためです。いかがでしょうか?両脚の力を一気に抜くことが出来ましたか?普段何気なく立っているときには、筋肉の働きは気づくことも無いくらいに、膝関節、股関節、足首が突っ張った状態です。それが一番疲れにくいから、身体が自動的にそうしています。でもわざと意識して下半身の力を抜くのはある面では、身体へのショックです。そうすることで、精神や意識が身体をコントロールしているのを思い出せるのです。身体から生み出される感情に振り回されるほど、苦しくてばかげたことはありません。子どもがだだこねて、甘えるように身体も色々と注文してきます。子どもをうまくあやして育てていくのが大人・親の役割ですが、自分の身体をコントロールしていくのが精神の働きです。「自由になるには力を均等に使うこと」の意味合いは「精神力と身体力」を均等に使うということです。日常の中では身体の力、つまり感情が動かしていることが多いのではないでしょうか。 気功でいう「気の力」も、身体に宿っている気の倉庫とでも呼ぶ場所から引き出して、コントロールしていくのは精神力です。それも「笑う気功」と呼んでいるように、リラックスして軽々とした心境で扱っていくのが肝要です。
2008.05.01
笑う気功では特に、自分自身の感受性を信じる・任せることを大事にしています。自分の感受性といっても「感情のままに行動する」ではありません。身体は一番分かりやすいアンテナではありますが、司令塔ではありません。なんといっても「精神」が身体をコントロールしてあげないと、うまく社会生活が送れません。その精神と心の感受性を信じて任せていくことが大切です。では精神はどうすれば、うまく成長して身体をコントロールしていくように出来るでしょうか?精神の栄養は「気が上から下に流れる」ことで補充されます。「冷えのぼせ」といわれるのは気が頭に上がって下半身が冷えることを指しますが、これは良くない状態です。太陽の気は天空から地上に降り立ってきますが、この気をうまく下半身に流してやると「体内の気が上から下に流れる状態」になっていきます。頭の中にロートがあって、それを伝って気が下半身を流れて地球内で浸透していくようなイメージです。まずはそのイメージを描きながら、日差しの強い時間帯を避けて日光を頭から受けてみましょう。タイトルにあるように「自分を大切にする」ことが結局は「自分の延長である周囲の人達」も大切にすることに繋がっていきます。本当の意味での「自分を大切にする人」が増えることが「平和な暮らし」を達成する最も大切な道筋だと思うのです。
2008.04.28
どんなことも努力いらずで簡単に人生目的が達成します。それは「全ての事柄はどこかの時点で自分が望んでいること」だと、知り自覚の上で行動して「あー本当に自分がそう望んでいたんだなー」と納得するだけです。人生の最終目的がはっきりしている人ほど、一見関係ないようなことにも興味を持ちます。それは例えば飛行機を操縦するようです。飛行機は出発地と到着地が明確に定められています。ところが途中経路はほぼ100%の自由度があります。なんといっても大空を飛ぶんですから、他の交通手段よりはるかに自由度が高いですね。自由度が高いほど、コントロールを正確にしていかないと到着地にたどり着けません。そのために幾多もの計器があり機長、副操縦士、機関士そして地上からの誘導人員が配置されています。人生でも人生の目的・目標がはっきりしていたら、沢山のチェックが必要です。そのためには目的とは遠く離れているかのように思える事柄や、大勢の人物と関わる方が結局は正確に人生の目的地に達することが出来るのです。
2008.04.26
ジュージャ カルチャーセンター福岡天神 4月11日から開講予定ですが、今日は一日体験講座を開きました。ハートとハート、赤ちゃんとママの心と心を通わせるレッスンです。気功そのものではないのですが、エッセンスを取り入れながら進めていきます。私はとにかく子どもが大好きで、お世話をしたくてしかたありません。でも我が家には子どもが居ないので、どうしたらいいのかなーと考えていてこの企画を考えつきました。20年後の日本がどうなっているのか?は今の赤ちゃんにかかっています。素直な心のままに成長してくれたら、日本も含めた世界が安泰なのでそれを願ってレッスンを開きました。今回のレッスンで話したのですが「赤ちゃんの排泄は自立への第一歩である」ということを、広くお伝えしたいと思います。お腹がすいた、眠たい、抱っこして欲しいなど色々な欲求を赤ちゃんは訴えてくれます。それらに対処するのは周囲の大人達です。大人が赤ちゃんからの欲求をよく聞いて対処する「聞き分けの良い大人」ならば赤ちゃんと心が通うし、赤ちゃん自身も「聞き分けの良い子ども」に成長していくことでしょう。そして、「おしっこがしたい、排便したい」という欲求の時、大人はどうしているでしょうか?私の知っている範囲では「オムツにそのままさせている」親が多かったのですが、赤ちゃんは排泄をしたから泣くのでなくて「排泄したくて泣いたり他の合図で訴えている」ならば、オムツを取ってオマルなどに抱えて排泄させてあげるのが大人の役割だと思います。赤ちゃん一人ではオマルに座れない時期から始めるからです。 誕生すぐからオムツを外して抱えて排泄させるのが、赤ちゃんへの負担になることはありません。 もちろん首や腰が曲がりすぎないような抱え方をする必要がありますね。一度でもオマルに抱えて見事におしっこを出来たら、寝ころんだままオムツに排泄させるほうが不自然で、赤ちゃんも気持ちよくないことが実感できます。大人の立場からもオマルにしてくれるほうが、後片付けが楽ですし。 抱えて排泄さえてあげると、頭と下半身の違いが赤ちゃんにとって、明瞭に意識付けられます。赤ちゃんにとって「肉体」は不思議なもので、頭の働きや腕、足の使い方を教えてあげるのが大切なことです。口から母乳・離乳食を入れて、下半身から排泄する。 このことが赤ちゃんに体を通して学習させることになり、それが自立心を育てていくのです。母乳を飲みたいと伝えて(泣いて)飲ませてもらえることを赤ちゃんが学習してくるのと同時に、排泄したいことを伝えるとオムツなしで排泄させてくれることを学習するのです。赤ちゃんは食べること、排泄することも自分で出来ることで自立していくのです。しかも赤ちゃんの自立を促すことは、親の最大の喜びと言って良いでしょう。食べることと排泄することについてのママと赤ちゃんの心と心を、まず最初に通わせましょう。 それが健全な親子関係に繋がります。
2008.03.28
自分にあう食べ物を見つけるには?食料品を買い物するときに、自分にあう食べ物を見つけるために私は見て手に持った感触で決めることが多いです。夫婦でも親子でも、必要としている食べ物はそれぞれ違いますから、一人ひとりが買い物に行き、自分で調理するのが一番合うのですがそうもいかないです。夫婦の場合には遺伝的に肉体が近くはないでしょうから、好みが全く正反対のことも多くて、それをうまくお互いの好み(気持ちと肉体面)を活かして調理が出来たらいうことないのですが。でも肉体の要求より気や精神の要求が強くなってきたら、徐々に夫婦間の折り合いもよくなってくるはずです。食べ物を選ぶときに、「その食材で何を得たいと思うのか?」をはっきり自覚していると、手に持った感覚を生かせます。例えば根菜類ならば「寒い時期だから食べて暖まりたい」 欲求ならば、手に持って暖かいもの。又キュウリならば、すっきりした感触。 果物ならば、そうイチゴは透明感のある甘さを感じられるとか。食べ物は食べたときの効果と同じような感触を覚える物が、今の自分に合うといえるでしょう。買い物のつど、意識して選んでみて実際に料理して食べてから、この食材は手に持った感触と食べた感じとの違いはあるか、どうかを確かめてみると段々と感受性が高まってくるでしょう。
2008.03.23
気功講座では、最後の10分間ほど瞑想タイムに当てます。瞑想は「意識ははっきりと自覚しており、肉体にはなんら負担にならない」状況や状態にして、心を大元の静寂なところとリンクすることです。肉体にはなんら負担がない、というのは「じっと座っている」ことばかりでなくて、立っていたり歩いている状態でもかまわない事です。座っていると寝てしまう可能性が高くなるので、眠ってしまいそうならたった姿勢や歩きながらの瞑想がお勧めです。それか瞑想はあきらめて思い切って寝てしまうというのも、いい手です。心を大元の静寂にリンクするのは、つまり魂やエネルギーに繋がっているという真理に気づくこと。肉体が安心できるのは空気が沢山あって、窒息しないことが必要最低限の状態ですが、心の必要最低限の状態とは「私たち人間は全て大元の安心できるエネルギーと繋がっていることを、自覚できること」だと、私は、思い、考え、納得しています。自分たちの心が静寂になると、気持ちや感情もそれに伴って穏やかになっていきますが、それ以前に肉体から発生する思いや精神からわき上がる自我がじゃましてきますね。いわゆる雑念がわき上がってくるのです。そんな雑念はなんら力が無いので、ほっといたら良いだけです。最初は雑念に振り回されるほど、強くわき上がってくるように思いますが、それすらも雑念の一種です。一日やってみて安心出来る境地にならないとしても、あきらめないで何度もやってみましょう。心の安定・安心ほど私たち人間が望むことは有りません。もっとも望むものを手に入れるのが、難しいなんて・・・可笑しいですよね
2008.03.22
肉体には簡単に単純な仕掛けを作ってあげると、自分の思い通りに成長して働きに適した体になっていきます。ところが精神は結構複雑なので、仕掛けを色々工夫してあげないと思い通りに成長してくれないことが多々あります。思い通りという「思い」とは心と通じて魂・エネルギーがやりたいこと、と定後しておきます。つまりこの世にヒトとして誕生してきた理由です。交差点にさしかかったときにどの方向に行くかと考える、つまり精神面では幾通りも考えられますが、肉体は一つの方向にしか行けません。このように肉体は簡単です。一度に一つの行動を取るだけです。片や精神は思想や考えですから、幾通りものことを同時進行で生み出せます。「やせたい気持ち」と「食べたい気持ち」が同時進行で発生することは、よくあることですね。そんなとき肉体は混乱します、『食べたらいいのか、食べない方がいいのか?』板挟みになってしまいます。こういう相反することをたびたびしていると、肝心なときにパニックになり、体と心が離ればなれになって『自分を信用できない』という思いが、わいてくるのです。そこで、本題の「気を使って精神を解放していく方法」になりますが、簡単なんです、とっても。まず最初は普段使っているコップなどに、普段飲んでいる水を入れます。その水を気で味を変えるということです。 これは気功講座でも最初に行う一つですが、参加された人全員が味が変化することを体験できます。味を変えるために先ずは現状の味をよく覚えておきましょう。ご家族に確認してもらっても良いですね。さて味をどう変えていくのか、という点ですが「美味しくする」のと「美味しくなくなる」両方に変化できます。美味しくするには『暖かい気持ちになって、その気を手の平から出してコップを包み込むようにする』のが、有効です。試しにやってみてください。また別の水を入れたコップにこんどは『逆毛立てるように、なで上げる」動作をしてみましょう。すると中の水が美味しくなくなります。こういう体験が今まで無かった人には、精神へのちょっとした揺さぶりになるでしょう。これだけで精神が解放されたら、よっぽど精神が普段から自由な人でしょうが、他にも方法があるので次回も書いてみましょう。
2008.03.21
この時期の食べ物は緑野菜を主体にしていきましょう。植物は新芽を生み出し花も咲いているのですが、基盤になっているのは葉っぱです。葉っぱが光合成をして栄養を取り込んで、花や芽を作り出すエネルギーを供給してくれます。人間も花や芽にあたる仕事や人付き合い、日常の暮らしをやっていくエネルギー補充のために緑野菜を主体にしていきましょう。そんなバカ単純な?と思われるかもしれないですが、肉体には単純な仕掛けが効果的です。精神面には複雑な仕掛けが必要になりますが、肉体は単純にしていくほうがお互い楽にやれます。精神や肉体、気に対してそれぞれ仕掛けを変えていくのがうまい自己コントロールですね。
2008.03.19
3月20日が春分の日でカレンダー的にも春ですが、天の気も冬から比べて上がってきたように感じられます。食事も春らしい食材を使って料理をしたくなりますね。 内なる気も天に向かって解放されたがっていて、新しい出会いや試み、旧知の友人知人とも新しい事柄を取り組みたくなるころです。この時期に新学期や新卒就職が始まるのは日本の時候によく合っている仕組みだと思うし、 気持ちの面でも当てはまります。といっても全部が全部、天に向かって上がってしまっては元も子もないので、体の中心線は地に向かってのばしてしっかり安住していましょう。体の外側および気持ちが上がっていくだけで、中心線は地球に根を下ろしている状態です。具体的な動作としては「両手を上に上げながら息を吸って、両手を一気に脱力すると同時に息も吐く」ことを数回やります。両手や肩が軽くなっていながら、お腹はぐっと力が入るというか力がこもっている感覚を覚えてもらえることでしょう。試しに一日で思い出したときに数回、やってみてくださいね
2008.03.17
いぜん仕事で発達障がいのある人達の介護をしていました。言葉のコミュニケーションがとれずに自分で身の回りが出来ない人が多くて、どう接していけばいいのか?常に考えどころでした。 また自傷行為もあって、我が身を我が身でないように扱うのです。いらいらしたら自分の頭を壁や家具にぶつけたり、自分の手を血が出ていようと思いっきり噛んだりします。 心がヒトの中心にあって、魂の窓とすれば魂そのものに欠陥など有るわけもなく、心が無いわけではなくきっと通じ合えるはずと感じて仕事をしていました。正面にから至近距離で、目の中を射すくめるように見詰めてこられることもよくありました。 その時には私自身の中味をのぞき込まれるような感覚で、とても気持ちいいものでした。私が自分に正直でなければ、それが全部見透かされているので正直に接していくことを決意して関わっていました。子どもも大人にまっすぐ関わってくるので、対するときには私が正直でなければ、恥ずかしくてまともに話すことも出来ないのと似ていようです。 ヒトの成り立ちを「気」「精神」「肉体」の3要素と見れば、発達障害は精神と肉体であって気に障がいがあるのでは無いと言えそうです。 では気を通して接していけば、心が通じていけるのでしょうか?そうなっていくと思います。精神も肉体にしても、全部を自分で知っているわけでなく脳の働きや肉体の内側の機能についても、新発見のことが頻繁に発表されています。気についてもその働きや機能全部が解明されているとはいえないでしょう。実際に気を通して心が通じ合っていても、私も障がいがある人にも理解しきれないでしょう。どうなったら心が通じ合って人間同士の付き合いができているのか、それは一生かけて探求していく大きなテーマなんだと思えます。気や精神、肉体的な関わり全部の能力を総動員して「全体感・一体感」を感じて、実感して現実社会に表していくことが私の使命なのかもしれません。
2008.03.15
気功という言葉からイメージするのは、古いというのでしょうか?確かに○国何千年の歴といって、日本へ紹介されてきました。 今現在○国が色んな問題が発覚してイメージが悪くなっています。イメージどころじゃなくて、実際にもウソ欺瞞が溢れて私自身も○国製品は使っていません。気功という言葉は雑多な健康法の総称で、特定の手法をさすのでないから、他に名前を作ったらいいのですが。デューク更家さんのウォーキングも気功や他の身体理論を取り入れて、完成されているように組み合わせ方に個性がでているわけです。私も笑う気功と命名したのはオリジナルと思ってますが、気功という言葉を外して名前を作ってみたいものです。健康法自体はすでに出尽くしており、後はいかにアレンジして新しい名前をつけるかにかかっているのでしょう。こんなわけで、新名称を考え中です・・・
2008.03.14
この図のようにヒトは《気》《精神》《肉体》の3要素が《魂・エネルギー》に包まれて、人として存在しています。魂の外周はどの程度か分かりませんが、気のおよぶ範囲は平常時で両手を広げた円周程度で、拡大したときには数メートルになるでしょう。 縮小したら肉体に収まると思います。人の中心には《心》があり、魂や生命エネルギーを表す窓のような役割をしています。精神面や観念から、気から肉体の反応からも心は影響を受けつつ成長していきます。もちろん魂そのものも、人として暮らす中で成長していくのでしょう。魂は他の人や生物全体と繋がっていて、途切れることはありません。たとえ肉体的や精神面、気が繋がっていなくとも《魂・エネルギー》は、地球も含めた宇宙全体と繋がっていることでしょう。ヒトの感覚は昔からの分類では五感ですが、実際にはそれ以上見つかっているそうです。私は《気感》を第一感として、使ってみればどうかと考えています。先日の日記で植物との気の交流について書きましたが、あれは第一感で感じて判断しているのです。気は精神や肉体と比べて、誕生してもっとも早くから目覚めている要素で精神や肉体は数年から数十年かけないと成長しないでしょう。胎児と母体をつなぐへその緒が切れた後(出産後)の母親と繋がる道として心が使われます。目は心を表しますから、見詰め合うことで中心となる《心》が母と新生児の内側で育っていきます。新生児は目が見えないでしょうが、いわゆる《心の目》です。心が成長していくにつれて、肉体の一器官である目が成長してきます。
2008.03.10
前回では動物との気の交流について書きましたが、今回は植物との交流について。植物も個々人に合う合わないのがあって、それを見分けるのが大事なんですがモンキーポッドのような樹木や鉢植え花壇の植物、切花など全部気の働きが違います。今日外出先でハーブティーを扱っている店を見ていたら、商品をガラス製の密閉容器に入れて展示してあって、ハーブの成分が光で変化して品質が落ちていくだろうなーと思い、もったいない感じがしたものです。森林や山に植樹されていると、地面からの気と空からの気をつないでいるので、手を触れてみたりくっついたりすると樹木の中の水の流れやエネルギーの流れが体感できるでしょう。同じような樹木が育っている場所でもお気に入りの樹木は人それぞれ違っているから、ぱっと見た目と実際に手を触れて自分の体内が流れが良くなる感じがする樹を選びましょう。またお店に花を買うときも手にとって、一番気持ち良いのを選ぶと家に持って帰っても長く一緒に暮らしていけることでしょう。いずれにしても選ぶポイントは「手で触れて自分の体内の流れが上から下にいく」感覚が出てくる花や樹を選ぶことです。
2008.03.06

笑う気功は毎週もしくは隔週1回60分から90分のレッスンを受講されることで、日常生活で意識しなくとも「気」を感じたり使ったり、感受性が豊かになり生活そのものが豊かになることを目指している講座です。各カルチャセンターで曜日時間帯を変えて開講しますので、続けて受講しやすいところへお申し込みください。さて、入門編・進展編・生活応用編と講座は進めていくのですが、今回は進展編で取り上げる内容です。入門編は「自分の内なる気に目覚めてコントロールすること」が、主目的ですが、進展編は「身近な気を感じて取り入れること」が主題となります。身近な気といえばペットなどの小動物や植物があります。もちろん太陽や海、山という自然界の大きな気も大切ですが個人ではコントロールがまず無理です。個人でコントロールしやすいのはペットや植物になるでしょう。ところが犬や猫など小動物は気を取り入れる対象には向かないのです。なぜかというと、獣の気を受け取ると人の肉体に潜む動物性とリンクして、影響を強く受けやすいからです。人は大きく魂に包まれており、「精神・肉体・気または心」の三位一体となっています。精神・肉体・気はそれぞれ密接な関係で、お互いに影響しあっています。精神で肉体や気・心をコントロールしているのは人だけでしょう。動物達には精神は存在しないと思います。 精神は知能や知恵と関連して発達していきますが、心にある良心・性善性からもエネルギーを受け取って成長します。犬や猫に限らず動物からの気を受け取るのは相応しくないと、私は考えています。植物はどうかというと、おおむねほとんどの植物からの気を受け取っても大丈夫です。 例外の相応しくない植物もありますから、最初は観気してから入気します。観気や入気については講座でご説明しますが、観気は食品を味見するようなものです。入気は実際に食品を食べてみるようなものですね。観気という目は日常使う目とは違うようで、ちょっとした意識の変換が必要です。直接そのものを見るのでなくて、遠まわしな視線を送ります。 植物の裏側を観るような目つきになるのです。
2008.03.05
今夜は冷ご飯を芽キャベツ・人参・うすあげ・しょうがで焼き飯にしました。まずしょうが・うすあげを弱火で香り立つまで炒めます。 ベジタブル料理のポイントは「弱火で香り立つまで炒める」ことだと思います。冷ご飯はあらかじめ流水でほぐして、ざるに上げておきました。次に芽キャベツを入れてころころ、動かしながらきいろくなるまで火を通しご飯を入れてやや強火で全体にまぶします。遅れて人参も入れて、全体から香りがしてきたら醤油とウスターソースで味付けしました。最初から塩・こしょうで軽く味はつけていますが、水分が出てしんなりとなり過ぎない程度にしておきました。 そして納豆味噌汁を一緒にいただきました。
2008.02.29
♪3/28(金)10:30~体験教室開催 1,575円(会員1,365円)「赤ちゃんと一緒にハートtoハート レッスン」 赤ちゃんとママのハート、心と心を通わせるレッスンです。優しいママのハンドマッサージも覚えられます。ジュージャ カルチャーセンター福岡天神 で開講します。 >お問い合わせ・お申し込みは0120-936-720 [フリーダイヤル受付時間:10:00~20:00 携帯・PHSもOK] 〒810-0004 福岡県福岡市中央区渡辺通4丁目1-36 BiVi福岡3F TEL:092-715-1122 (代) FAX:092-715-1150 までどうぞ。
2008.02.29

今夜は昨夜のギョーザの具にオカラと芽キャベツを入れて煮たカレー、新ジャがをゆでて大豆マヨネーズと味噌、すりゴマ、酢で和えて黄な粉をトッピングしたもの、切干大根を酢味でゆでた酢の物です。カレーにはひよこ豆(ガルバンゾー)が入っているので、食べると結構バリバリと歯ごたえがありました。新ジャがは北海道産で味に癖がなくまろやかな、しっとりした感触。味噌マヨネーズとよく合います。 大豆マヨネーズは原料に卵の代わりに大豆成分(レシチン)が入っています。ベジタリアンで卵も食べない人向けに開発されたのでしょうが、味は一般的なマヨネーズと同じようで、美味しい。 油と酢と大豆が混じり合うとなぜこんなに美味しいの?とおもっちゃうくらい。切干大根は生大根の水気がすっからかんになっているから、味と香り風味が凝縮されて濃厚。甘みも濃くなっているので、味付けには砂糖やみりんはいりません。 乾物の戻し方は短時間でさっと戻して、戻し汁も味付けに使うとうまみを逃さないで時間短縮と調味料が少なくてどちらもお徳です。芽キャベツも春らしくてそのままだと苦味があるでしょうが、適度に火が入ることでそれもうまみに変化してくれます。 やはり春の食材も食べないと芽吹き時に自分の体調が花開かないかと思って食べました。
2008.02.28

毎週水曜日14:20~15:20 「~これからママになる人も~赤ちゃんと一緒に笑うKIKOU」ジュージャ カルチャーセンター ♪3月26日(水)14:20~ 体験教室開催 1050円 ママは産後のケア(引き締め)や赤ちゃんへのハンドマッサージ。 プレママは出産に向けて体をリラックス。 赤ちゃんと一緒に幸せのコミュニケーション。ただいま体験教室申し込み受付中です。 0120-936-770 [フリーダイヤル受付時間:10:00~20:00 携帯・PHSもOK] ジュージャカルチャーセンターサンリブシティ小倉店までどうぞ
2008.02.28

今夜はまず焼きソバをホットプレートで 焼いて、腹ペコを収めてからギョーザをフライパンで焼きながら食べました。ギョーザの皮は市販品を使いました。 具は「人参・玉ねぎ・わさび菜・しょうが」「とろけるチーズ」「小豆あん」「黒砂糖」としてみました。黒砂糖は以前「美味しんぼ」という漫画で見た覚えがあったので、試してみました。 これが意外といけるんです。 焼きあがるときには砂糖はとろけているから黒蜜を食べている感じです。最初に下側をカリッと焼き目をつけて、水を入れて蒸し焼きにするのですが、水が多すぎて皮が破けてしまいました。次焼いたときにはちょうど良い水加減で皮が透き通って見えます。手前の黒いのは小豆あん入りです。 という出来上がりです。今日の昼はキツネうどんでしたが、あまりうまくなかったです・・・麺は国産小麦粉のゆで麺だったのですが、津田屋勘兵衛や久兵衛など、うまいうどん屋さんを食べていると、とてもかないません。うどんそのもののうまみ、ダシのうまみ、ゆで加減などさすがにプロの腕前だと改めて思いました。「人参・玉ねぎ・わさび菜・しょうが」の具は結構残っているので、食後カレーにしました。 市販カレールーといってもベジタリアン向けの肉類が入っていないものとバターそして味噌をあわせた中で煮込んでいます。明日になったら、青物かジャガイモでも買ってきて一緒に煮込んだらちょうど良い味加減になる見込みです。
2008.02.27

今日の晩御飯は「人参のミルク煮込み」「わさび菜味噌汁」です。出来上がり写真はこれそしてこちら デザートには「黒豆の薄甘煮」でした。まず人参とレンズ豆を塩コショウで炒めて、風味が出てきたら生揚げとわさび菜を入れて蓋をしてしばらく中火で煮ます。全体にしんなり感が見られたらミルクを入れて、蓋をしてグツグツと煮込みます。およそ十数分でわさび菜にも火が通ってきたら出来上がり。味噌汁は昆布だしに塩をふり人参、わさび菜と、しょうがのみじん切りを入れます。 実家の手作り味噌を入れて煮たら出来上がり。レンズ豆はカナダ産の多分有機栽培の品物だと思います。水につけておかなくても良いし、5ミリくらいのレンズのような形の豆。最近購入したのですが、なかなか風味もあって美味しいんです。このところ冷えて寒いのでもっぱら根菜類と豆ばかり食べていますが、わさび菜は近隣の農家栽培のもので新鮮なのが販売されていたので買ってみました。わさびの味がするというほど辛くないですが、一風変わった風味はあります。明日の昼は「キツネうどん」夜は「野菜ギョーザ」の予定です。
2008.02.26
今回は気の区分けについてのお話です。気というのも「プラス 陽の気」「マイナス 陰の気」「均衡 平の気」と分類できます。陽の気で分かりやすいのは太陽の気ですし、陰の気は夜。平の気は±バランが取れている状態で、人は本来は天地に囲まれていて均衡を保っているのが通常です。それが何らかの要因でプラスになりすぎたり、マイナスに偏ると「心身の不健康」となって現れます。身体を健康に保つには食事内容が大切なポイントになります。寒い時期には体を暖める食品と考えて、今私が食べているのは『豆類、根菜類』です。 豆は条件がそろえば新芽を出すための点火スイッチが仕組まれているようなものです。豆そのもののエネルギーは小さくとも、畑や地熱を自ら発芽する方向へ利用できる仕組みが出来ています。根菜類は地面に埋もれていて、地熱をそのまま保存している要素が多くて食べるとそのエネルギーが体内に巡っていくでしょう。また私自身の目標として今春からの各カルチャーセンターでの気功講座開講に向けて、今体内のエネルギーを蓄えておきたい気持ちがあり、豆類はぴったりと希望に適っています。豆類は発芽するためにそのまま食べられないように、殻を持っていたりアクを持っています。 その殻を破ったりアクを抜くことも私がやりたいと願っているので、ちょうどいいと思っていたりします。食べ物は『なりたい自分になるための体作りの原料』ですから、なりたい自分をはっきりさせて、それに適う食品を選びうまく調理して食べたら良いと思います。いくら季節が寒くとも「頭がカッカするようなことばっかり!」という人には、頭や背中が冷えてくれる食品を選ぶのが良いでしょう。スイカなどは良いですが今時分には無いし、逆に手先を暖めるのが頭から血が下がっていいかもしれません。
2008.02.22
下関 日乃出温泉に昨夜、自家用車で行ってきました。温泉は地熱をそのまま地上に引き出してくれますから、冷える時には最適ですね。北九州から下関に行くには、車だと関門橋か関門トンネルを通行します。関門トンネルは海の底を走っていくので、いざトンネルに入ると強い圧迫感を受けます。 トンネルの天井より上は海水が満ちているし、トンネルの床下には地球の地エネルギーが満たされているという、サンドウィッチ状態を走るのです。時間的には数分間でしょうが印象は強く残っています。 正直あまり通行したくない・・・それはおいといて 日乃出温泉 は温泉100%で加温や、ろ過をして塩素殺菌もしているのですが、皮膚にやさしくて体の中心までぬくもりが入り込む。 そんな銭湯なのです。温泉であっても銭湯です。 料金は大人360円でした。 お客さんと番台のおじさんとのやり取りや、浴室での常連さん同志のやりとりなど微笑ましくて、気持ちもやんわりと暖かくなりました。
2008.02.21
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