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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 銀輪散歩などで見かけたマンホールの写真です。 このシリーズの前回記事が昨年の5月19日記事でしたから、直近1年間で見かけた新しいマンホール蓋を集めた記事ということになります。<参考>フォト蔵のマイアルバム「マンホール」の写真はコチラ。 過去のマンホール関連記事はコチラ。1.静岡市(タチアオイの図柄)(消火栓・家康公駿府入城四百年祭の図柄)<同・清水区>(今川義元公生誕五百年祭の図柄)(ちびまる子ちゃんの図柄)(シズラの図柄)(旧清水市の市花、キリシマツツジと新静岡市章の図柄)(同上・キリシマツツジと旧清水市章の図柄)(消火栓・サッカーの図柄)(消火栓・かけつけ消防3部隊カワセミーズの図柄)※ホースを持っているのが、カワセミ消防隊 ロープを持っているのが、カワセミ救助隊 AEDを持っているのが、カワセミ救急隊(清水エスパルスの公式マスコット「パルちゃん」と富士山の図柄)(三保の松原と富士山の図柄)2.清須市(不明)3.名古屋市(名古屋市上下水道局キャラクター「アメンボ」の図柄)(名古屋市の名所と市章・丸八の図柄)※市章の丸八は、尾張徳川家が使用していた合印、丸八印に由来する。 八の字は2羽の鳩が向き合っている姿で表示されている。 名古屋市の名所として挙げられているのは、名古屋港、宮の渡し、名古屋テレビ塔、東山動物園、名古屋国際会議場。(同上・丸八の市章部分が名古屋城になっている図柄)(規格品)※上は、名古屋市西区枇杷島1丁目の枇杷島公園の前面道路(県道67号)上で撮影したものであるが、中央の紋章が、名古屋市の市章の「丸八」ではないので、名古屋市に編入される以前の旧枇杷島町時代に設置されたものかもしれない。4.東大阪市(2025大阪万博、ミャクミャクの図柄)(注)東大阪市のマンホール掲載過去記事は次の通り。 (その1)(その3)(その4)(その8)(その11)(その14) (その15)(その20)(その24)(その26)5.生駒市(生駒山上遊園地、ケーブルカー、茶筌の図柄)(注)生駒市のマンホール掲載過去記事は次の通り。 (その7)(その28)6.佐渡市(烏賊の図柄)7.村上市(鮭の図柄)(同上)(同上・カラー版)(消火栓・消防車の図柄)(注)村上市のマンホール掲載過去記事は次の通り。 (その22)
2026.05.19
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 <参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 今日は、生駒の叔母から電話があり、九州の知り合いからメロンが送られて来たので、お裾分けするから受け取りに来いとのことで、叔母宅に出掛けて来ました。 叔母宅までタクシーで迎えに上がり、生駒駅前の近鉄百貨店6階の中華レストラン・桃谷楼で昼食を共にし、再び叔母をタクシーで叔母宅まで送り届け、メロンを受け取って生駒駅に取って返すという形でミッション完了。(生駒駅) 午後1時41分帰宅でありました。 以下は、5月5日から本日5月17日朝までの体重、血圧、脈圧、MAP(平均血圧)などの記録でありますが、自身の備忘録として記録しているもので、他人様には何の興味もない数値の羅列に過ぎませんので、やり過ごしていただければ、と存じます。 5月5日、朝の測定 体重63.2kg、最高血圧111、最低血圧54、脈拍(38)。 ※5回測定中4回が脈異常。 血圧は正常値。脈拍数は少な過ぎる。 脈圧は57で、基準値の範囲内。 MAP(平均血圧)は73で、これも目標値の範囲内。 この日は友人・槇麻呂君の告別式で生駒まで杖を頼りに出掛けたが、腰痛が酷く、痛みをこらえての歩行、かなり疲れた。 夜の測定 体重63.1kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 5月6日、朝の測定 体重62.9kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 夜の測定 体重62.6kg、最高血圧129、最低血圧65、脈拍(72)。 ※5回測定中4回が脈異常。 血圧は正常値。脈拍数は正常値に回復。 脈圧は64で、基準値(40~60)をオーバー。 MAPは86.3で、目標値(60~90未満)の範囲内。 数日前(5月2日頃)から、足に浮腫が再発しているのに気付く。 顔にもむくみが出ている感じである。 腰痛、関節痛が時に強くなるが、痛み止め服用はせず、我慢。 5月7日、朝の測定 体重62.4kg、最高血圧121.5、最低血圧69.5、脈拍(37.5)。 ※118/73(39)、125/66(36)。 血圧は正常値。脈拍数は再び少な過ぎるレベルに。 脈圧は、45、59で、基準値の範囲内。 MAPは、88、85.7で、目標値の範囲内。 この日は昼食後、買い物を兼ねて銀輪散歩に出掛けたが、帰途、自宅への坂道の途中、200mほど手前で息切れがして漕いで上るのをギブアップ、押して歩く。これは最近には無かったことなので、少し気になる。 夜の測定、 体重62.1kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 脈異常が表示されたが、脈拍数は71~76を計測して居り、脈拍数の異常な少なさは解消していると見られる。 5月8日、朝の測定 体重61.9kg、5回連続脈異常につき血圧測定は断念するも、血圧計に表示された5回の測定値は、最高血圧111~117、最低血圧51~62と正常値の範囲、脈拍も61~66と問題のない数値でありました。 表示上は問題ない数値であるが、脈が一定のリズムで刻まれず、時々1拍か2拍消えるというか、飛ぶ状況なので、血圧も脈拍数も正しい数値である保証はないということなので、測定値の記録としては不採用とした次第。 一方、体重については、63kgを超えていた状態から徐々に減少、61kg台まで減少したのは、ヤカモチ的には歓迎すべき状況であります。 夜の測定 体重63kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は107~129、最低血圧は62~70、脈拍数は70~74である。 5月9日、朝の測定 体重62.9kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は120~127、最低血圧は59~87、脈拍数は70~72である。 午後1時40分、同53分、2回下痢。 夜の測定 体重62.5kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は117~140、最低血圧は58~91、脈拍数は55~67である。 なお、むくみはかなり解消し、余り気にならない。 5月10日、朝の測定 体重62.5kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は149~159、最低血圧は73~82、脈拍数は57~63である。 脈異常がこのところ頻発し、血圧測定値が正しいものかどうかについては疑念ありだが、5回測定値が153、155、149、149、159という高い数値になっているので、服用を停止していたエンレスト錠とアムロジン錠の朝食後の服用を再開とする。 なお、前日の下痢は収まり、通常の便。 夜の測定 体重61.1kg、最高血圧122.5、最低血圧64.5、脈拍(72)。 ※119/66(72)、126/63(72)。 血圧は正常値。但し3回測定中1回目は脈異常の表示、その測定値は、139/67(71)で、高血圧領域。 脈圧は53、63で、3回目測定値の63は基準値オーバー。 MAPは83.3、84で、共に目標値の範囲内。 5月11日、朝の測定 体重60.9kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は121~130、最低血圧は53~69、脈拍数は52~61である。 夜の測定 体重59.9kg、最高血圧118、最低血圧55、脈拍(68)。 ※5回測定中4回目以外は全て脈異常。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は100~116、最低血圧は53~61、脈拍数は65~71である。 4回目測定値による脈圧は63で、基準値オーバー。 同MAPは、76で目標値の範囲内。 5月12日、朝の測定 体重59.9kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は113~124、最低血圧は61~73、脈拍数は51~55である。 夜の測定 体重59.8kg、最高血圧108、最低血圧56、脈拍(74)。 ※108/55(74)、108/57(74)。 血圧は正常値。但し、4回測定中2回脈異常。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は111、115、最低血圧は42、63、脈拍数は71、76である。 脈圧は、53、51で基準値の範囲内。 MAPは、72.3、80で目標値の範囲内。 5月13日、朝の測定 体重59.4kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は107~130、最低血圧は61~73、脈拍数は53~60である。 夜の測定 体重59.1kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は93~105、最低血圧は50~60、脈拍数は66~72である。 5月14日、朝の測定 体重59.1kg、最高血圧139、最低血圧73、脈拍58. 血圧は高血圧領域。5回測定中4回が脈異常。 脈異常が表示された血圧計の計測値を参考までに記録すると、最高血圧は126~136、最低血圧は52~76、脈拍数は52~56である。 脈圧は、66で基準値オーバー。 MAPは、95で目標値の範囲をオーバー。 脈圧60超は太い血管の動脈硬化が疑われ、MAP90以上は細い血管の動脈硬化が疑われるということであるので、この状況が続くようなら要注意。 これまで4月22日から27日までの6日間両方が高過ぎる数値が継続したが、その後はそういう状況ではなくなっている。 夜の測定 体重60.0kg、最高血圧125、最低血圧62.5、脈拍(76.5)。 ※116/64(78)、134/61(75)。 血圧は1回目測定正常値、2回目測定高血圧領域。 脈圧は1回目53で基準値内、2回目73で基準値を大きくオーバー。 MAPは、81.3、85.3で目標値の範囲内。 この日は、前日の自宅・梅田スカイビル自転車往復が応えたか、腰痛が格段に痛みの強いものになっていて、立ち居、歩行がかなり辛い。 午後4時50分、午後10時30分、2回下痢。 5月15日、朝の測定 体重60.1kg、最高血圧133、最低血圧66.5、脈拍(65)。 ※136/65(64)、130/68(66)。 血圧は2回共に高血圧領域。 脈圧も、71、62で2回共に基準値オーバー。 MAPは、88.7、88.7で共に目標値の範囲内。 夜の測定 体重59.4kg、最高血圧115.5、最低血圧59、脈拍(69.5)。 ※121/60(69)、110/58(70)。 血圧は正常値。 脈圧も、61、52で基準値の範囲内。 MAPも、80.3、75.3で目標値の範囲内。 5月16日、朝の測定 体重59.3kg、最高血圧133.5、最低血圧71、脈拍(53.5)。 ※137/69(54)、130/73(53)。 血圧は高血圧領域。 脈圧は、68、57で1回目測定値が基準値オーバー。 MAPは、91.7、92で2回共に目標値オーバー。 夜の測定 体重58.8kg、最高血圧118、最低血圧60.5、脈拍(67.5)。 ※124/62(69)、112/59(66)。 血圧は正常値。 脈圧は、62、53で、1回目測定値が基準値オーバー。 MAPは、82.7、76.7で、共に目標値の範囲内。 5月17日、朝の測定 体重58.6kg、最高血圧146、最低血圧73.5、脈拍(54)。 ※151/77(54)、141/70(54)。 血圧は2回測定値共に高血圧領域。 脈圧も、74、71で、2回共に基準値オーバー。 MAPも、101.7、93.7で、2回共に目標値オーバー。
2026.05.17
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 (承前) 三保の松原銀輪散歩最終章です。 神の道を辿り、御穂神社の南鳥居前にやって来たところで(中)が終りましたので、これより鳥居を潜り、三保神社境内へと入って参ります。<参考>御穂神社ホームページ 参道を進むと、右手に社務所、左手に舞殿、拝殿が現れる。(御穂神社拝殿) 御穂神社の祭神、由緒は下記の通りです。〇御祭神 大己貴命(おおなむちのみこと) ※別名:大国主命(おおくにぬしのみこと)・三穂津彦命(みほつひこのみこと) 三穂津姫命(みほつひめのみこと) 大己貴命は国土開発にあたられ延命長寿・諸産業繁栄守護の神で、三穂津姫命は御婦徳高く安産子育・子授け・歌舞音曲の神として、そして二神は災いを払い福をお授けになられる除災招福・家庭円満・縁結びの神々と信仰されます。地域住民には三保大明神と親しまれています。 また、三保半島は清水港の天然の防波堤となっており、清水港の守り神・海の神とも仰がれています。〇御由緒千古の昔より、常世の国(海の遙か彼方、神々の世界)より小波の打ち奇する所、常世の神々がお越しになる美味し所、白砂青松三保松原に鎮座し、三保大明神とも称せられ、昔から朝廷を始め源氏・今川氏・武田氏・豊臣氏・徳川氏等の武将に篤く崇敬されました。信仰は三保の氏神様、清水・庵原の総氏神様として親しまれ、三保清水の文化発祥の地であると共に全国から多くの方々が参拝する御神木「羽衣の松」の名社です。王朝の制は国司修造し(諸神祭式・類聚国史等)、鎌倉時代に入って幕府が維持修理しました。大永年間に入ると細川弾正の兵火に遭い一度焼失、今川氏・武田氏が領有時に再建され、その後、豊臣秀吉や徳川家康によって修復されました。武家時代以降は歴代幕府の崇敬篤く、殊に慶長年間、徳川家康が本殿、幣殿、拝殿、回廊等、計十数棟を寄進新築し、朱塗りの壮大な社殿が建てられました(五年毎に御礼参り、神職より干松露献上)。朱印高は百六石、除地三百七十一石余を尚陸地より海上一里を領有し、漁獲高の七分の一を神領としました(武田氏の朱印状四通、豊臣氏の朱印状一通、徳川将軍のうち十二人の朱印状)。なお、寛文八年(1668)落雷のためことごとく焼失し、自力で再建・修復しなければならず往時の盛観には戻りませんでした。現存する社殿は仮宮として建てられたものですが、本殿は江戸時代中期の代表的建築物として市の有形文化財に指定されています。(以上、御穂神社ホームページより) 拝殿から左手奥に行くと、境内摂社・子安神社と境内末社三社がある。(同上・摂社子安神社) 子安神社は、大国主命の父・須佐之男命と母・稲田姫命が祀られている。(同上・末社) こちらは、境内末社の神明社、八幡神社、八雲神社である。(同上・末社説明碑) 拝殿と社務所との間の参道を進むとすぐに北鳥居で、神社の境内から出てしまうことになる。 北鳥居を出て左手の境内地の森を覗いてみると、土俵や地元高校の碑などがありました。 境内地の北側の道を回り込み、西へと進むと広いバス通り県道199号に出る。これを横断し直進すること100m程で、三保ふれあい広場という公園につながる遊歩道があったので、これを右折し公園へと向かう。 下調べでは、帰りの水上バスの塚間乗り場(塚間の渡し)は、公園の中ほどから西へと延びている細道を辿ればいい筈。(三保ふれあい広場・津波避難タワー) 公園には津波避難タワーがありました。 津波避難タワーの近くには旧三保駅跡があったので立ち寄る。(同上・旧三保駅) 駅ホームが遺されている。 駅ホームの後方に見えるのは津波避難タワー。 駅ホームの向かい側には、清水港線を走っていたデイーゼル機関車とアルミナタンク車が動態保存・屋外展示されていた。<参考>清水港線・Wikipedia(同上・デイーゼル機関車とアルミナタンク車)(同上・デイーゼル機関車説明碑)(同上・アルミナタンク車説明碑) 三保ふれあい広場から住宅街の細い道を西へ。 午後1時40分水上バス塚間乗り場(塚間の渡し)に到着。(塚間の渡し・水上バス塚間乗り場) 予想に反して周辺は工場や事務所で人影もなく、時間を潰す喫茶店などがある感じではない。 午後5時30分が日の出経由江尻への便で、それまでの3時間40分を過せるような雰囲気でもなかったので、三保桟橋発午後3時30分の水上バスで清水港(江尻乗り場)へ戻るべく、来た道を引き返すことにする。 午後3時7分、三保桟橋水上バス乗り場の前にある、カフェ・レストラン、Ulalenaに到着。珈琲休憩とする。(三保桟橋遠望) 程なく水上バスが近づいて来る姿が店内から見えたので、会計を済ませて店を出る。(三保桟橋から清水港方面遠望) 午後3時30分発の水上バスに乗船。 帰りは、外国人観光客も多く、船室はほぼ満席。 日の出港経由であったが、ヤカモチ以外の乗客は日の出乗り場で全員が下船してしまった。(日の出港から江尻へ・水上バス船内後部甲板) 上掲写真は日の出港を出て、江尻乗り場へと向かうところ。 後方が日の出港で、巨大な豪華客船が停泊していました。 午後4時過ぎに江尻到着、下船。(清水駅改札口・自由通路から) JR清水駅自由通路を利用して、東口から西口に移動。 ホテルで一休みしてから、夕刻、前夜と同じ店「居酒屋ちゃっと」で夕食を済ませる。 翌5月1日は、午前9時30分にチェックアウト。トレンクルを宅配便で送ってから、清水駅へ。静岡駅に出て、駅前周辺を散策。(静岡駅南口) 駅構内の「花よりハンバーグASTY静岡店」で昼食。 昼食後は、駅北口周辺を散策。(静岡駅北口遠望) 駅北口には竹千代像と今川義元像が並んであり、少し離れた場所に徳川家康像が建っていました。(竹千代像と今川義元像)(徳川家康像遠望) 新幹線改札を入ったところにある喫茶店で珈琲休憩ならぬオレンジジュース休憩をして、ホームに上がって喫煙室でタバコを一服。 やって来た「ひかり」に乗車、京都で下車。京都から近鉄線で大和西大寺経由枚岡駅下車にて帰宅。 レスパイト銀輪散歩三保の松原の巻、これにて完結であります。(完)<参考>銀輪万葉・その他篇はコチラ。 フォト蔵アルバム・三保の松原銀輪散歩はコチラ。
2026.05.16
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 三保の松原銀輪散歩の記事は一時お休みして、昨日5月13日は囲碁例会の日であったので、これに関する記事をアップすることにします。 午前9時50分、MTB(マウンテンバイク)で自宅を出発。 花園中央公園から、ジグザグに走って横枕交差点で国道308号(中央大通り)に出て、西へと向かう。 JR森ノ宮駅前から大阪城公園に入る(午前10時56分)。 3月11日の例会は病院受診日と重なっていたので電車で、4月1日の例会は雨の予報であったので、同じく電車で出かけ、4月8日の例会は午後に病院の検査と重なり欠席したので、自転車で出かけるのは3月4日の例会以来のことなので、実に久しぶりで気持ちも高揚、お天気もよく浮き浮き気分で走っているヤカモチでありました。(大阪城公園・森ノ宮入口) 噴水広場を横切り、東外堀、北外堀の石垣を見つつ、桃園、銀杏並木を通り抜けて、追手門学院の前、京橋口から公園を出て、京阪東口から大阪マーチャンダイズ・マートビル(OMMビル)を回り込んで、天満橋で大川を渡り、滝川公園へ。ここでタバコ休憩をするのがヤカモチのルーテイーンであります。 午前11時22分、滝川公園到着。(滝川公園・マイMTB) 滝川公園を出て、れんげ亭の前を通り、大阪天満宮南門、天神橋筋1丁目商店街を右に見て、堺筋に出、南森町交差点で国道1号に出る。 毎度お決まりのコースです。国道1号を西へ。 梅田新道交差点を渡ると国道1号は国道2号となる。(国道2号の起点、梅新交差点を渡った地点) 桜橋交差点を渡り、出入橋交差点または新出入橋東交差点で国道2号にお別れし、これを右に入り、梅田スカイビルへというのが通例のコース。 この日は、新出入り橋東交差点で右に入り、毎日新聞社の裏を通って、JR線のガードを潜って、梅田ランプ西交差点経由、梅田スカイビルというコースでした。 午前11時50分、梅田スカイビル到着。 ところが、いつもの駐輪場がない。(梅田スカイビル旧駐輪場) ご覧のように、工事中で駐輪場は跡形もない。駐輪場のあった区画を含み南側道路沿い部分一帯が工事中。 さて、困った。ガーデン・ファイブ棟1階の案内所で尋ねると、駐輪場はタワーウェストの西側に移転したとのこと。 言われた場所に行ってみると、確かに新しい駐輪場ができていました。(同上・新駐輪場) 旧の駐輪場より少し狭くなっている感じであるが、ありました。 ヤカモチの動線から云えば、旧に比べて新駐輪場の位置は不便な場所にあり、昼食場所としている滝見小路の食堂街にも、囲碁会場の部屋のあるガーデン・ファイブ棟とは旧のそれよりもかなり離れた立地になっているので、ウェルカムではなかったが、仕方がない。(同上・新旧駐輪場位置図) 昼食はこの頃お決まりのCAFFE PIAZZA DEL POPOLOで。 パスタ・ナポリタンとアイスコーヒーのセットを注文。 注文の料理が運ばれて来る間を利用して、先ずは喫煙室で一服。(カフェ・ピアッツア・デル・ポポロの喫煙室) 椅子を沢山設置してあるのが嬉しい。 一服して喫煙室を出ると、スグにパスタが席に。 いいタイミングです。物事は万事かくありたきもの(笑)。 食事を済ませて、会場の部屋に行くと、ヤカモチが一番乗り。 碁盤などなどの設営を済ませて待つ事10分程度で平〇氏がご来場。 続いて、村〇氏、少し遅れて福麻呂氏がご来場。ヤカモチと合わせこの日の出席者はこの4名。 ヤカモチの初戦の相手は平〇氏。左上隅の白石数目を追い落としで仕留めて、やや優勢になり、右下隅の白石二つを捨てず逃げて三石としたのが悪手で、白石全体が死んでしまい万事休す、ヤカモチの中押し勝ち。 続く2局目も村〇氏に勝ち、久々の3連勝をと欲をかいたのがいけなかったか、つまらぬ見落としが2回あり、福麻呂氏には大敗で、この日は2勝1敗で終わりました。 ということで、今年に入ってからの戦績は11勝10敗となり、勝ちが一つ先行です。(囲碁対局風景) 上掲写真は、平〇氏と村〇氏の対局、観戦者は福麻呂氏。 帰路は、なにわ筋からジグザグに南、東、南と走り、谷町筋・谷町2丁目交差点から左折、大手通りを東に直進、大阪城公園に入り、大手門前を通過、南外堀に回り、教育塔前の広場のベンチで小休止。(大阪城・六番櫓と南外堀)(大阪城公園・教育塔)(同上・教育塔説明碑) 説明碑によると、この教育塔は1934年第一次室戸台風によって多くの犠牲者を出したことを機に、大阪の教育界が提唱し、当時の帝國教育会によって、1936年10月30日に建立されたとのこと。 1948年日本教職員組合が、憲法・教育基本法の理念に立ち、塔の維持・管理を受け継ぎ、今日に至っているとのこと。 また、1995年1月17日の阪神・淡路大震災により、多数犠牲となった教職員・子どもたち・保護者など教育関係者が特別合葬されたとのことである。 大阪城公園を出て、中央大通りを東上、横枕南公園で小休止の後、吉田駅前交差点で南に進み、花園中央公園経由で、午後5時48分帰宅。 帰宅すると、友人・西麻呂氏から近江米が送られて来ていました。 段ボールを開くと本が一冊同封されていて、手紙が添えられていて、「薫風を感じながら今度は、平安鎌倉史の旅”サイクリング”もお楽しみください。」とありました。 前回の古代史紀行に続く、同じ著者による続編の「平安鎌倉史紀行」(宮脇俊三著・講談社)であります。(宮脇俊三「平安鎌倉史紀行」)<参考>囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~
2026.05.14
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 (承前) 神の道に進む前に、まだ暫く松林の中をさ迷っています。(羽衣の碑) 羽衣の碑、なるものがありました。 下掲の副碑の説明によると、この羽衣の碑は、第二次大戦中のパリで、独学で「羽衣」を研究し、これを上演したフランスの舞踊家、エレーヌ・ジュグラリスの功績を称えて、1952年に清水市(当時)と市民の寄付金で建立されたとのこと。 なお、エレーヌ・ジュグラリスは、35歳の若さで世を去り、憧れの三保の松原を訪れることは叶わなかった。(同上・説明副碑)(これも羽衣の松?) こちらは世界遺産登録を記念する碑。(世界遺産登録記念碑) 新三景之碑というのもありました。(新三景之碑) 日本三景<松島(宮城県)、天橋立(京都府)、宮島(広島県)>は、江戸時代前期の儒学者・林春斎が、その著書「日本国事蹟考」(1643年)にて「卓越した三つの景観」として紹介したことに由来するが、日本新三景は、大正5年に実業之日本社が「婦人世界」の読者投票で決めたもので、大沼公園(北海道)、三保松原(静岡県)、耶馬渓(大分県)で、それぞれの地に新三景之碑が建立されているとのこと。(三保の松原・奥の浜が富士山眺望地) その新三景之碑から海方向を撮ったのが上掲の写真。 奥の浜辺が富士山眺望地とのことだが、ヤカモチも、羽車神社がその浜に向かって建っているので、これを訪ねた際に浜に出てみたのだが、生憎の天候で富士山の姿は雲か霞かは知らねど覆い隠されて全く見えない。小雨降る 三保の松原 うら哀し 富士は雲居に 見るよしもがな (御穂家持) 富士よりダンゴと、腹も空いたので、神の道のある方向へと松林を行くと、後鳥羽さんのこんな歌碑もありました。(後鳥羽院歌碑)清見(きよみ)潟(がた) ふじの烟(けぶり)や 消えぬらん 月影みがく みほのうら波 (後鳥羽院 玉葉集)(清見潟のその名の通り月影が清らかで美しい、富士山の煙は消えたのだろう。その月影を磨き上げている三保の浦波であることだ。) 後鳥羽院様は、富士よりダンゴと行くヤカモチをお叱りになって、この歌碑を見よと仰っているのかも。後鳥羽院 富士より団子と 行くわれに 見よとこの歌碑 示されけるか (団子家持) すると、万葉歌碑もありました。(万葉歌碑)廬原(いほはら)の 浄見(きよみ)の崎の 見穂(みほ)の浦の 寛(ゆた)けき見つつ もの念(も)ひもなし (田口益人 万葉集巻3-296)(廬原の清見の崎の三保の浦の広々とゆったりした海を見ながら、私は何の物思いもない。) この歌は和銅元年(708年)3月、上野国の国司となった田口益人が赴任途上に詠んだ歌2首のうちの1首。 もう1首の方は、田子の浦を詠んだ下記の歌。昼見れど 飽かぬ田子の浦 大君の 命(みこと)恐(かしこ)み 夜(よる)見つるかも (万葉集巻3-297)(昼見ても見飽きない田子の浦を、大君の命令が恐れ多いので、夜見たことだ。) 松林を出たところに、謡曲「羽衣」と三保ノ松原の碑がありました。(謡曲「羽衣」と三保ノ松原の碑)〇羽衣伝説 昔々、三保に伯梁という漁師がおりました。 ある日のこと、伯梁が松の枝にかかっている美しい衣を見つけて持ち帰ろうとすると、天女が現れて言いました。「それは天人の羽衣です。どうかお返しください。」 ところが伯梁は「天人の羽衣なら、お返しはできません。」と言いました。 すると天女は「その羽衣がないと天に帰ることができません。」と言って懇願しました。 伯梁は天上の舞を舞うことを約束に羽衣を返しました。 天女は喜んで三保の春景色の中、羽衣をまとって舞ながら、富士の山に沿って天に昇っていきました。 (以上、御穂神社ホームページより) この碑の脇に水道の蛇口が設置されていたので、トレンクル(自転車)のタイヤについた砂や松葉を洗い流して、時計を見ると既に正午過ぎ。 いざ昼食であります。 見渡すと、神の道の右脇に「食事処」という看板の字が目に入ったので、トレンクルでそこに向かう。店の名も「羽衣」であった。 店に入って天丼セットを注文。 天女の羽衣ではないが、天婦羅にも「衣」は付き物、ということで、天丼を選択した次第。羽衣に なけど衣の つながりと 昼餉に天丼 選びたるわれ (偐衣家持) 昼食を済ませて、神の道にとりかかります。(神の道 右端に一部写っているのがお食事処「羽衣」です。) 「歩行者専用です 自転車の方は降りて通行して下さい 静岡市」とあるので、トレンクルを押しながら歩いて行きます。 総延長600m位ある感じです。 突き当りが御穂神社の南鳥居になる。 浜辺にあった羽車神社は御穂神社の離宮として営まれたとのことだから、三穂津彦命となって御穂神社に鎮座した大国主命は、この「神の道」を通って羽車神社との間を行き来したのであろう。 とすれば、人がこの道を歩くのは不敬と言うか恐れ多いことになるのだが、御穂神社の境内地ということでもないから公共の道路、市道ということで、人にも神にも「自由で開かれた神の道」ということになっているのだろう(笑)。 両サイドは北行き・南行き一方通行の一般道であるから、自転車に乗って通行したいなら、これを利用すればいいという次第。 まあ、急ぐ旅でもないから、歩いて真ん中の神の道を行きます。(吉田兼好歌碑)清見潟 波ものどかに 晴るる日は 関より近き 三保の松原 (吉田兼好 兼好法師集77) 謡曲「羽衣」の、天女が漁師から羽衣を返して貰ってお礼に舞を舞いつつ天上へと昇る部分の文言を記載した碑もありました。(謡曲羽衣の碑) そして、黄色の家も。 黄色い家と言えば、ゴッホとゴーギャンが一時共同生活をした南仏アルルの家も黄色い家であったことなども思われる。<参考>ゴッホとゴーギャンの黄色い家(黄色の家)清見潟 小雨に降れど 神の道 黄色の家見つ ゴッホ思ほゆ (黄色家持) はい、神の道の終点、御穂神社の南鳥居の前に到着。(御穂神社鳥居)(御穂神社由緒) このあと御穂神社に参拝、立ち寄りますが、本日はここまでとします。 (つづく)<参考>銀輪万葉・その他篇はコチラ。 フォト蔵アルバム・三保の松原銀輪散歩はコチラ。
2026.05.12
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 レスパイト銀輪散歩に4月29日から5月1日までの2拍3日で三保の松原に出掛けてまいりました。(近鉄奈良線・枚岡駅) 4月29日、枚岡駅から、大和西大寺経由で京都駅に出て、京都からは新幹線で(途中名古屋駅でのぞみからひかりに乗り換え)静岡駅まで行き、静岡駅から在来線に乗り換えて清水駅下車。 静岡駅到着は12時23分。新幹線駅改札内の喫茶店で先ず昼食を済ませた後、在来線静岡駅午後1時2分発の電車に乗車。 午後1時14分清水駅到着。 駅近くのビジネスホテルに送って置いた小型軽量折りたたみ自転車・トレンクルをフロントで受け取り、銀輪散歩へ。 清水港(江尻港)から三保桟橋に水上バスで渡り、そこから三保の松原の自転車道を走り、御穂神社に参拝し、塚間の渡し(塚間港)から水上バスで清水港(江尻港または日の出港)に戻るというのが、翌30日の計画であったので、先ず江尻の水上バス乗り場を確認して置こうと考えた次第。 ところが、地図をよく確認していなかったので、巴川畔沿いの道に出てしまった。(巴川・八千代橋から下流側を望む 正面の橋は富士見橋) 地図を確認すると、随分と方向違いに走っていることが判明。 八千代橋から東へ、しみずマリンロードに出てこれを左折、北へ。 何のことはない。清水駅の東口からすぐの場所に水上バス江尻乗り場はありました。 ホテルは西口から出たところにあったので、2階改札口からエスカレーターで地上に下りたことで、反対側の東口は眼中になく、駅から少し西に戻った位置に踏切があるような表示が地図にあった関係で、それを渡るつもりで自転車を走らせたのがそもそもの間違い。それは踏切ではなく地下通路であったようです。これを見落とし、一つ先にあった踏切を渡ってしまったことで、道に迷ってしまったのでありました。 西口と東口は自由通路になっていて、自転車に乗っての通行は禁止であるが、手押しで歩いてなら通行できるので、簡単に水上バス乗り場に行けるということが分かりました。(清水港から眺める富士山) お天気は、傘が要らない程度の雨が時にぱらつくなど、イマイチの状態であったが、富士山はよく見えていました。清水港に うち出でて見れば 雪置きて そこば尊き 富士の山見ゆ (清水家持)(本歌)田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける (山部赤人 万葉集巻3-318) 水上バス乗り場を確認することができたので、この日のミッションは終了です。 あとは港、駅周辺をブラブラ走り、ホテルにチェックイン。 ホテルの部屋で少し休憩してから、夕食に出掛ける。 清水駅前の居酒屋ちゃっとで夕食。 夕食を済ませてホテルに戻る。 部屋は禁煙なので、部屋に戻る前に一服です。(ホテルの喫煙室) 翌30日は雨が心配な空模様であったが、夕刻までは何とか持ちそうな予報であったので、予定通りに銀輪散歩を決行。 万一に備え、雨具もザックに入れてある。 午前9時30分、ホテル前で自転車トレンクルを組み立て、出発。 清水駅西口からエレベーターで2階の自由通路で改札口前を通り東口に出て、水上バス乗り場に向かいます。(清水港江尻・水上バス乗り場)※右奥に停泊中の船の手前、人影が写っている付近が乗り場です。(水上バス) 水上バスがやって来ました。(同上) 接岸したので、乗組員の人と交渉すると、自転車は本日波が荒いので倒れる危険があるから、折りたたんで手荷物として自己管理してくれとのこと。 輪行バッグに収納するまでの必要はなく、折りたたんだトレンクルを裸のまま船室内に持ち込めたのはラッキーでした。 それもその筈、乗客はヤカモチの他には4名だけでありました。(同上・船内) 確かに波が高く、船は大きく揺れましたが、15分の船旅、三保桟橋に到着です。(三保桟橋とハマヒルガオの群生) 下船すると浜辺にはハマヒルガオがいっぱい。 普通のヒルガオよりも葉が肉厚なので、それと分かる。 浜に沿って真崎灯台の方向に進む。 岬を回り込むと、真崎灯台が目に入る。(真崎灯台) 朝方の雨か、地面は濡れて、所々に水たまりが出来ている悪路を上り切ると車が数台駐車している砂利敷の駐車場に出た。 風も強く、少し雨も降って来たので、これを避けるため松林の中の道を行く。(松林の中の道・三保灯台通り) 雨が止んだので、三保飛行場の付近から自転車道に入る。(自転車道と東屋)(安倍川大谷崩記念碑)(清水灯台)(同上) 清水灯台から先は、海を左手に眺めながらの銀輪散歩となります。(三保松原の自転車道)(同上) 三保の松原の遊歩道に入る。(三保の松原の遊歩道) 遊歩道に入ると、自転車に乗っての走行は禁止となり、手で押して歩くことになりますが、急なアップダウンと降り積む松葉や砂で自転車での走行は困難であります。(三保の松原文学散歩碑・与謝野晶子) 遊歩道に入ると文学散歩碑として、与謝野晶子の歌と北原白秋の歌が記載された歌碑がありました。 与謝野晶子天地が 今日の如くに 隔たらず 親しみし世の 三保の松原菫咲く 駿河の海の 荒るる日の 砂の堤の 小松の中に三保の浦 富士を思はず 春雨に 濡れわたり なつかしければ(同上・北原白秋1) 北原白秋春は早や 三保の砂地の 日おもての 白(しろ)豌豆(えんどう)の 翼状(はねがた)の花さざら波 来寄る浜辺の 朝光(あさかげ)は 松の間あるき 明るかりけり三保の春 うつらうつらに 榜(こ)ぐ舟の 榜ぐとは見えね 行き進みつつ(同上・北原白秋2) 北原白秋松原の さやけき聴けば 生まれ来し をさなき我の 縁(えにし)おもほゆ松原に 白き飯(いひ)食(は)む 春さきは 浜防風も 摘むべかりけりこの浜の 梵(ぼん)音声(のんじやう)の さみしくて 遥けき空の あなたなりけり 砂地の道をトレンクルを押しながらというのは歩き辛いものだが、なずみつつ行くと、開けた浜辺への降り口に当たる場所に羽車神社という小さな祠がありました。 その浜辺は、富士山眺望地とのことだが、富士山は厚く垂れた雲の中にて、今日は影も形も見えません。(羽車神社) 大国主命は、ニニギノミコトに国譲りをしたのち、みめ麗しき姫神・三穂津姫命を大后と定め、二神相携えて「天の羽車」に召されて三保の浦に降臨、三穂津彦命となって、御穂神社(御穂神社にはこのアト立ち寄る予定)に鎮座したが、羽車神社はその御穂神社の離宮として営まれたものと伝えられている。 羽車神社は長きにわたり荒廃していたが、昭和31年8月にこれを再建した、というのが、再建之碑の内容の概略。(同上・再建之碑) 羽車神社の裏手にあるのが、初代羽衣の松。(羽衣の松・初代) 羽衣伝説の古さから考えて、初代と言っていいのかどうか分かりませんが、写真中央奥に写っている巨大な株が羽衣の松。 下掲の説明碑によると樹齢は平成5年現在、約650年ということだから、現在は樹齢約683年ということになる。 枯死したのではなく、樹勢が委縮して居り、幹や根を養生し、樹勢の回復を図っているところと書かれているが、33年経過するも新しい枝の芽吹きが見えないところを見ると、状況は厳しそうです。(同上・説明碑) そこで、平成2年9月に「初代」羽衣の松から接木(同上・初代と二代目&万葉歌碑) 右手前のひょろりとした松が「羽衣の松」から枝を採取し、接ぎ木に成功した「二世の松」、即ち二代目羽衣の松である。 その後ろに万葉集の歌が掲示されている。風早(かざはや)の 三(み)穂(ほ)の浦廻(うらみ)を 漕ぐ舟の 舟人(ふなびと)騒(さわ)く 波立つらしも (万葉集巻7-1228)(風の強い三穂の浦辺を漕ぐ舟の舟人がたち騒いでいる。波が立つらしい。)(もう一つの羽衣の松) こちらも羽衣の松なのか。 まあ、羽衣伝説に因む松であるから、どの松が羽衣の松であってもいいのではある。<参考>羽衣伝説・Wikipedia(羽衣の松の碑) 羽衣の松の碑。羽衣の 松の碑は見つ これよりは 昼餉済ませて 神の道行かな (神社家持) 本日はここまでとします。 (つづく)<参考>銀輪万葉・その他篇はコチラ。 フォト蔵アルバム・三保の松原銀輪散歩はコチラ。
2026.05.10
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 友人・岬麻呂氏からの旅便りが届いています。 ヤカモチの銀輪旅行や友人・槇麻呂氏のご逝去があったりして、記事アップが遅れていましたが、本日これをアップします。 前回の南東北桜巡りの旅に続き、今回は北東北桜巡りのご夫婦旅であります。〇旅・岬巡り報告355・北東北桜巡り(↓)〇報告355添付写真1(↓) 〇同添付写真2(↓) 〇同添付写真3(↓) 〇同添付写真4(↓) 〇同添付写真5(↓) 〇同添付写真6(↓) 〇同添付写真7(↓) お天気にも恵まれた、いい旅であったようですが、ご送信いただいたお写真をご紹介しつつ、我々も旅のご相伴に与からせていただきましょう。4月20日伊丹空港→青森空港→(レンタカー)→津軽半島・芦野公園→津軽富士見湖→弘前公園→岩木山神社→岩木山山桜街道→西目屋村・白神館(温泉)泊 先ず、芦野公園に向かいます。(津軽鉄道・芦野公園駅) 太宰治の生家がある金木駅の次の駅が芦野公園駅。 満開の桜。(同上・ストーブ列車) ストーブ列車は、冬季、五所川原駅・中里駅間で運行される。 芦野公園から南下して富士見湖へ。(津軽富士見湖・鶴の舞橋) こちらも「霞か雲か」の満開の桜です。鶴の舞 橋ゆ花越し お岩木の 津軽の富士は 見らくしよしも (津軽家持) 富士見湖から眺めるお岩木山は圧倒的な存在感です。 富士見湖から弘前公園へ。(弘前城1) こちらは、花吹雪とお濠の花筏が見事。花筏 かきわけかきわけ 行くボートに さらに一陣 花嵐吹く (花嵐家持)(同上2)(岩木山と桜並木) この日のお宿は、西目屋村の白神館であったようですが、到着時に地震があったとのことです。桜旅 花も嵐も 踏み越えて 行くが男と 地震まであり (愛染家持) まあ、大した地震でなくて何よりでした。 深刻な被害を伴う大地震であったなら、こんな戯れ歌は詠めないというものです(笑)。4月21日大鰐弘前IC・東北自動車道・秋田自動車道経由→大館市・鷹巣中央公園→きみまち阪公園→八郎潟干拓地→男鹿半島・入道埼灯台(昼食)→男鹿半島IC経由→角館・武家屋敷通り→中仙・八乙女公園→角館温泉泊 この日は、東北自動車道・秋田自動車道を経由し、大館市・鷹巣中央公園、きみまち阪公園から八郎潟干拓地、男鹿半島の入道埼灯台と巡ります。(八郎潟干拓地) 八郎潟干拓地の直線道路と桜並木&菜の花の列。いい眺めです。 落花盛ん、と書かれていますから、車が走り抜けると道路に降り積もる花びらが舞い上がり、散り来る花びらと相俟って、一つの景色であったことでしょうが、岬麻呂さんは、それにはお気づきにならず、撮影のすべもなければ、ヤカモチもそれを証明するすべもないのであります(笑)。桜花 散り敷く道を わが行けば 車のあとに 花の波立ち (八郎潟家持) そして、入道埼灯台です。 桜道を通り抜けた目には、赤い横縞よりも黒の横縞の灯台が、何やらきりりと引き締まって見えますな。(入道埼灯台)灯台の 黒き横縞 雄々しければ むべ男鹿の地に 置かれけらしも (入道埼家持) 桜旅とあれば、角館も外せないところですが、既に葉桜となっていました。(角館・武家屋敷通り) しかし、一本の枝垂れ桜がまだ頑張って気を吐いているふうでもありました。桜姫 枝垂れて一人 気を吐くや この春納めの 舞ひをや見せつ (角館家持)(角館・枝垂れ桜) この日のお宿は、角館温泉。余震があるのでホテルの部屋を1階に変更されたとのこと。いざという場合に、建物からの脱出が容易という判断によるものでしょうか。4月22日鷹田沢湖・たつ子像→田沢湖高原→R46経由→雫石・小岩井ィ農場一本桜→まきば園→滝沢IC・八戸自動車道経由→三戸城址→小川原湖→十和田市官庁街→奥入瀬渓流→十和田湖畔温泉泊 この日は、田沢湖高原からR46を経て岩手県に入ります。(田沢湖高原) 岩手県は雫石の小岩井農場へ。(小岩井農場・一本桜) 奥の岩手山と対峙してけなげに咲く一本桜。 これも写真でよく目にする定番の景色であるが、やはり「けなげ」と表現するしかない眺めであります。(小岩井農場・桜並木) これは、岩手山の裾廻を飾る桜並木。 こちらは対峙ではなく競演でありますな。(三戸城址) 滝沢ICから八戸自動車道を経て、三戸城址へと参ります。 満開の枝垂れ桜が迎えてくれました。 この日の予定は完了でしたが、時間に余裕があったので、小川原湖や十和田市官庁街や奥入瀬渓流を廻って、十和田湖温泉泊です。(小川原湖畔) 小川原湖畔は満開の桜でした。4月23日七戸城址→野辺地経由→下北半島・横浜町「なのはな祭り」→夏泊半島一周→R4経由→青森空港→伊丹空港 最終日は、当初予定にはなかった七戸城址に立ち寄ると桜満開。(七戸城址) これに気をよくされたか、下北半島・横浜町の「なのはな祭」へ。 しかし、菜の花なのか桜なのかは定かではないが、花は咲き始めたばかりで、チラホラであったとのこと。(横浜町・菜の花) 下北半島の尻屋崎まで足をのばそうとお考えになったようですが、帰りの飛行機の時間に照らすとそれ程の余裕はない。諦めて陸奥湾に突き出た夏泊半島一周にとどめ、青森空港へ。 出発2時間半前に空港到着。待合室にてうたた寝。お疲れでしたね。 全走行距離、1044km。 「老人の所業ではない」との岬麻呂氏の弁。 ヤカモチもそう思います(笑)。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2026.05.08
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槇麻呂君の告別式に参列して参りました。 楝花あふちばな 咲き散るなへに 悲しかも 君は逝きにし 五月ごがつの二日ふつか (偐家持) 思いもかけぬ槇麻呂君の訃報。 若草読書会のお仲間の凡鬼さんから5月2日午後5時27分のお電話でそのことを知りました。 毎日1万歩を歩くことを目標にお元気に過ごされていた槇麻呂君。ヤカモチよりも先に逝くとは思いもかけぬことでありました。 昨年夏に癌という病を得てしまったヤカモチなので、彼よりも先に逝くのだろうなと漠然と考えていましたが、人の命は分からぬもの、彼が先に逝ってしまった。病(やまひ)得たる 我こそ先と 思ひきに などてや君が 先にし逝ける (癌家持) 今日5月5日が告別式。 お電話をくださった凡鬼さんと生駒駅で待ち合わせ、午前11時からの告別式に参列し、お別れを告げて参りました。(生駒駅・中央改札口) 槇麻呂君とは高校1年生の時に日本基督教団小阪教会の教会学校で知り合いました。その折の指導教官が凡鬼さんでありました。教会の青年会の凡鬼さんが我々高校生の指導をして下さっていたという次第。 そのご縁が今日まで続き、若草読書会という形で今に交際が継続しているということで、彼は古き良き友人の一人でありました。 生駒駅からは会場であるセレミューズ生駒の送迎バスで向かう。 送迎バスでは、同じく若草読書会のメンバーである利衣郎女さんとご一緒になりました。利衣郎女さんはそのご主人のO氏とご一緒でした。利衣郎女さんは槇麻呂君の従妹に当たるので、ご親族としてのご参列になります。(セレミューズ生駒) 会場に入ると、受付前に飾られていたのは、槇麻呂君の生前の思い出に因む品々。海外・国内を問わず旅をこよなく愛し、無類の読書家であり、演劇や音楽の愛好家でもあった槇麻呂氏のパネル写真のやさしい笑顔が我々を迎えてくれました。(思い出の品々) 思い出と言えば、小阪教会の教会学校で同学年であった、槇麻呂君、和麻呂君、寿郎女さん、和郎女さん、リチ女さんとヤカモチの6人で行った19年前の熊野旅行が、良き思い出として思い出されるのであるが、今回槇麻呂君が亡くなってしまわれたので、存命者は和郎女、リチ女、ヤカモチの3名だけになってしまったのは、寂しい限りであります。君と行きし 熊野路の旅 あれこれを 語ればまたも 涙ぐましも (六人旅家持)今はもや 呼べど帰らぬ 遠き日の 我ら熊野の 旅忘れめや (六人旅家持) 会式に先立って会葬者にスクリーンに投影する形で披露された思い出アルバムには、我々読書会での風景や読書会での旅行の記念写真なども含まれていて、若き日の智麻呂さん、恒郎女さん、凡鬼さん、景郎女さん、小万知さん、祥麻呂さん、和郎女さん、リチ女さん、偐山頭火さん、謙麻呂さんらのお顔もあり、懐かしいことでした。勿論ヤカモチの顔もありました。 告別式が始まりました。 会式は仏式で執り行われます。(槇麻呂君告別式) 御焼香も済み・・、出棺の時が近づく。 安らかないいお顔で眠る槇麻呂君を切り花で飾り埋め尽くす、お別れの時となりました。涙、涙のお別れであります。 セレミューズ生駒は阪奈道路沿いに位置するが、龍田川の少し下流の小高い場所に生駒市営火葬場がある。そこまで皆さんとご一緒し、納棺。 再びセレミューズ生駒に戻り、皆さんと一緒にお食事。奥様からの「お食事もご一緒に」というお言葉に甘えさせていただきました。 凡鬼さんとヤカモチは食事後セレミューズのバスで生駒駅まで送っていただき、帰路につきました。 3月28日の若草読書会のお花見の集まりの時が、生前の槇麻呂君を目にした最後であるが、その折に、たまたまヨーロッパ旅行で知り合った岡山県総社市ご在住のご夫妻との交流のことをご紹介いただき、その夫君がお亡くなりになり悲しい衝撃を受けたことをお話して居られたことも思い出される。 その槇麻呂君が、1ヶ月余でこの世を去ってしまうとは、想像の外であるが、今更ながらに命のはかなさを感じた次第。若草の 花見の庭に 面影と 声をのこして 背子旅立ちぬ (偐家持) 槇麻呂君、どうぞ安らかにお眠りください。 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。<参考>若草読書会関係の過去記事はコチラ。
2026.05.05
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 <参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 4月27日、夜の測定 体重59.1kg、最高血圧125.5、最低血圧67、脈拍(84)。 ※131/67(85)、120/67(83)。 血圧は、1回目測定値が基準値オーバー。 ※最高血圧135以上を高血圧とするのが一般的であるが、NHKのTV番組で最近は130以上を高血圧とする考え方が示されたので、これに従っている。 脈圧は、64、53で、1回目測定値が基準値(40~60)オーバー。 MAPは、88.3、84.7で、2回共に目標値(65~90未満)範囲内。 4月28日、朝の測定 体重59.0kg、最高血圧120、最低血圧59、脈拍(81)。 ※119/59(80)、121/59(82)。 血圧は正常値。 脈圧は、60、62で、2回目測定値が基準値オーバー。 MAPは、79、79.7で、2回共に目標値範囲内。 夜の測定 体重59.6kg、最高血圧110.5、最低血圧57、脈拍(79)。 ※112/56(79)、109/58(79)。 血圧は正常値。 脈圧は、56、51で、基準値の範囲内。 MAPは、74.7、75で、目標値の範囲内。 4月29日、朝の測定値 体重59.7kg、最高血圧104、最低血圧62.5、脈拍(67.5)。 ※105/61(67)、103/64(68)。 血圧は正常値。 脈圧は、44、39で、2回目測定値が基準値未満。 脈圧が基準値を下回るのは初めてのこと。 MAPは、75.7、77で、目標値の範囲内。 夜の測定 目下レスパイト銀輪散歩の旅行(三保の松原銀輪散歩)中につき体重計持参せず、よって4月29日夜~5月1日朝の体重測定はありません。 血圧計は持参するも5回連続脈異常にて、血圧の測定記録もなし。 4月30日、朝の測定 5回連続脈異常で血圧測定断念。 低血圧が疑われたので、エンレスト錠とアムロジン錠の服用を停止する。 夜の測定 5回の測定中、4回脈異常で記録が取れず。5回目測定値のみ記録。 最高血圧100、最低血圧42、脈拍(48)。 最低血圧も脈拍も異常に低い数値。 脈圧は、58で、基準値の範囲内。 MAPは、61.3で、目標値の範囲内。 夜9時頃、嘔吐。 5月1日、朝の測定 最高血圧77、最低血圧43.5、脈拍(38.5)。 血圧が異常に低い。脈拍数も異常に少ない。 ※86/42(38)、68/45(39)。 エンレスト錠とアムロジン錠の服用停止継続。 脈圧は、44、23で、2回目数値が基準値未満。 MAPは、56.7、52.7で、目標値の範囲内。 この日の午後7時頃、銀輪散歩の旅から帰宅。 夜の測定 5回連続脈異常で血圧測定断念。 体重63.5kg。 旅行で4月29日夜、4月30日朝・夜、5月1日朝と4回の体重測定をしないでいる間に体重が一気に増加したと見え、60kgを大きく超えて63.5kgになっていました。ちょっと増え過ぎか。 5月2日、朝の測定 体重62.9kg、最高血圧120、最低血圧67.5、血圧(39.5)。 ※116/68(40)、124/67(39)。 血圧は正常値に戻るが、脈拍数が通常の半分程度なのが気になる。 血圧は正常に復したが、高血圧という程でもないこと、脈拍が異常に少ないので、エンレスト錠とアムロジン錠の服用停止をもう少し継続して様子をみることにする。 午後5時27分、凡鬼さんから若草読書会のメンバーの槇麻呂君が朝にご逝去されたとの訃報の電話が入る。槇麻呂君はヤカモチと同年齢。高校時代に日本基督教団小阪教会で出会い、それ以来のお付き合いが今も続いている古き良き友人である。 突然の訃報にショック。何とも悲しく心が痛い。楝花(あふちばな) 咲き散るなへに 悲しかも 君は逝きにし 五月(ごがつ)の二日(ふつか) (偐家持) 夜の測定 体重63.3kg、最高血圧113、最低血圧51.5、脈拍(40.5)。 ※107/54(40)、119/49(41)。 血圧は正常値なるも、脈拍数が異常に少ない。 脈圧は、53、70で、2回目測定値が基準値オーバー。 MAPは、71.7、72.3で、目標値の範囲内。 5月3日、朝の測定 体重63.2kg、5回連続脈異常で血圧測定断念。 本日より、妻と娘は2泊3日で長崎・ハウステンボスに旅行。 ヤカモチは本日朝8過ぎから5日夜まで留守番であります。 夜の測定 体重63.8kg、5回連続脈異常で血圧測定断念。 5月4日、朝の測定 体重63.4kg、5回連続脈異常で血圧測定断念。 脈異常の発生を抑止する薬、メインテート錠を毎朝食後に服用しているのだが、脈異常がこのところ頻発している。 夜の測定 63.3kg、前5回連続脈異常で血圧測定断念。 脈異常の頻発が改善する気配がまるでない。
2026.05.04
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月24日、夜の測定 体重59.2kg、最高血圧121、最低血圧62.5、脈拍(82.5)。 ※122/61(83)、120/64(82)。 体重が退院後初めて59kg台に乗る。 今の筋力、脚力から言えば、60kg程度が限度かと思うので、これを超えないよう体重管理を致したく。 血圧は正常値。 脈圧は、61、56で、1回目測定値が基準値(40~60)オーバー。 MAPは、81.3、82.7で、2回共に目標値(65~90未満)内。 4月25日、朝の測定 体重58.6kg、最高血圧138、最低血圧76.5、脈拍(64.5)。 ※145/80(65)、131/73(64)。 血圧は、2回共に高血圧領域。 朝の高血圧はこれで4日連続。 脈圧は、65、58で、1回目が基準値オーバー。 MAPは、101.7、92.3で、2回共に目標値オーバー。 夜の測定 体重59.2kg、最高血圧122、最低血圧64、脈拍(87.5)。 ※124/63(88)、120/65(87)。 血圧は正常値。 脈圧は、61、55で、1回目が基準値オーバー。 MAPは、共に83.3、83.3で目標値内。 4月26日、朝の測定 体重59.1kg、最高血圧138、最低血圧68、脈拍(76)。 ※140/69(77)、136/67(75)。 血圧は、2回共に高血圧領域。朝の高血圧は5日連続。 脈圧は、71、69で、2回共に基準値オーバー。 MAPは、92.7、90で、2回共に目標値オーバー。 夜の測定 体重59.2kg、最高血圧141、最低血圧69.5、脈拍(87)。 ※141/71(88)、141/68(86)。 血圧は、高血圧領域。今日は朝も夜も高血圧。 脈圧は、70、73で、2回共に基準値オーバー。 MAPは、94.3、92.3で、2回共に目標値オーバー。 血圧、脈圧、MAP共にこのところ良くない数値が続いているので、少し心配です。赤字が目立っている。 4月27日、朝の測定 体重58.7kg、最高血圧131、最低血圧71.5、脈拍(68)。 ※136/69(67)、126/74(69)。 血圧は、1回目測定値が基準値オーバーの高血圧。 朝の高血圧は6日連続である。 脈圧は、67、52で、1回目測定値が基準値オーバー。 MAPは、2回共に91.3、91.3となり、目標値オーバー。 今日は、石切生喜病院泌尿器科受診予約の日。 午前8時32分、MTB(マウンテンバイク)で外出。 午前8時45分、病院到着。 午前8時47分、機械受付完了。 午前8時49分、採血コーナーへ。 午前9時16分、採血完了。 午前9時18分、エンレスト錠が本日で無くなり、アムロジン錠が明後日29日を以って無くなることから、循環器内科での薬の処方を併せ申し込んダので、採血窓口の指示で、循環器内科の受付窓口に向かう。ところが、前回の薬の処方から随分の日数が経過しているので、受診をしないと薬の処方はできないと言われる。受診をOKすると受付番号71番で受診受付となった。 泌尿器科の受診受付番号は36番であったので、泌尿器科を先に受診した方が良さそうなので、その旨を申し上げて、泌尿器科に行く。 午前9時25分、泌尿器科に受診連絡表を提出。 待ち時間が長いので、途中、喫煙所にてタバコを一服。(喫煙所から眺める棕櫚の木) 垂れ下がっているのはシュロの花でしょうか。 午前11時10分、名前が呼ばれて、泌尿器科受診。 血液検査のALP(基準値104~338)は435(4/23消化器内科での検査値は480、3/30泌尿器科での検査値は1068)で更に改善。胆管炎での入院直前の2月2日の検査値では7816であったのだから、基準値上限を未だ100程度上回っているとは言え、順調かつ急速な回復であることに違いは無い。 γ-GTP(基準値16~73)も同様で、今日の検査値は108(4/23の検査値は121、3/30の検査値は376、入院直前の2/2の検査値は2541)と改善。 主治医の先生も「順調ですね。」と。しかし、泌尿器科の先生として注目すべきは其処ではなく、前立腺癌及びその転移癌が縮小しているのかどうかであるのだが、その点についての具体的な説明は無し。まあ、血液検査の各項目について改善が認められることから、特段の問題は認められないということであるのだろう(笑)。 ゴールデンウイークに入り病院の休診が続くので、我慢できる程度の痛みには我慢しようと、先月28日以来服用を停止している痛み止めのトラムセット配合錠であるが、我慢し兼ねる激しい痛みに襲われることもあるかもしれないので、これを10日分だけ処方して欲しい旨を申し出しました。 「そういうことは先ず無いと思いますよ。」との先生のお言葉であったが、申し出通りに10日分の処方をしていただきました。まあ、一種のお守りであります(笑)。 次回の受診予約日は6月22日。 それまでに無くなる、ニュベクオ錠、ユリーフOD錠、アボルブカプセル錠、ムコスタ錠も処方いただきました。 午前11時18分、受診完了し、循環器内科へと戻る。 12時23分、受診。 最近の血圧状況、脈圧やMAPの推移を説明申し上げ、次の循環器内科受診予約日である6月3日までの薬(エンレスト錠とアムロジン錠)を処方していただく。 12時50分、喫茶ペリカンの家に向かう。(喫茶ペリカンの家&マイMTB) 喫茶ペリカンの家でランチ&珈琲。 前庭の喫煙ベンチ席でタバコを一服。 前方の電線にとまったカラスが大きな声で鳴く。(カラス) 喫茶店のママさんのももの郎女さんとの雑談の中で、5月30日(土)にこの喫茶店で行われる予定のフリーマーケットのことに話が及ぶ。 ヤカモチの友人の和郎女さんは当ブログでも和郎女作品展という形で、その作品をご紹介しているが、和郎女さんにも出店して貰えないかという話になる。早速、彼女に電話を入れ、ご意向を打診してみたところ、出店をご承諾いただけました。<参考>和郎女作品展の記事はコチラ。 そのパンフレットを1枚頂戴したので、明日これを和郎女んに郵送するの予定である。 午後2時、ペリカンの家を出て、病院の会計を済ませ、処方された薬を受け取り、ライフ新石切店に立ち寄って、買い物を済ませ・・・。(ライフ新石切店) 午後2時50分、帰宅。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.04.27
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月21日、夜の測定 体重58.5kg、最高血圧116、最低血圧66、脈拍(81)。 ※117/66(82)、115/66(80)。 血圧は正常値。 脈圧は、51、49で基準値内。 MAPは、83、82.3で目標値内。 4月22日、朝の測定 体重58.0kg、最高血圧131.5、最低血圧70、脈拍(65.5)。 ※134/70(64)、129/70(67)。 血圧は、1回目測定値が高血圧領域。 脈圧は、64、59で1回目が基準値オーバー。 MAPは、91.3、89.7で1回目が目標値オーバー。 夕刻から下痢。腹痛や発熱はなし。 夜の測定 体重57.7kg、最高血圧123、最低血圧66、脈拍(89.5)。 ※134/71(92)、112/61(87)。 血圧は、1回目測定値が基準値オーバー。 脈圧は、63、51で1回目が基準値オーバー。 MAPは、92、78で1回目が目標値オーバー。 夜も下痢は続いている。 4月23日、朝の測定 体重57.4kg、最高血圧138.5、最低血圧71、脈拍(63)。 ※143/69(63)、128/73(63)。 血圧は1回目測定値が基準値オーバー。 脈圧は、74、55で1回目測定値が基準値オーバー。 MAPは、93.7、91.3で2回測定値共に目標値オーバー。 今日は、消化器内科受診の日。 朝から雨でもあり、朝早くに行っても毎度午後1時、2時を過ぎることがザラなので、ゆっくり目に家を出る。 午前9時過ぎ、雨傘をさし、杖をついて、とぼとぼと最寄り駅の枚岡駅に向かう。枚岡駅発9時20分の電車に乗車。 二つ目の駅である東花園駅の前から病院のシャトルバスに乗る予定。 ところが、シャトルバスがなかなか来ない。 午前10時10分東花園駅前発のシャトルバスに乗車。 午前10時18分石切生喜病院着。 午前10時20分、受診申し込み受付機で受付完了。 採血を経て、消化器内科窓口へ受診連絡表と診察券を提出。 なかなか名前が呼ばれない。午後1時半を過ぎたところで窓口の看護師さんにアト何人位で呼ばれるのか確認するすると8~9人程度とのこと。 昼食を済ませる時間は十分にありそう。ということで、道路向かいのリハビリ病棟の1階にあるカフェレストラン「カムラッド」で手早く昼食を済ませる。 午後2時過ぎ、消化器内科前待合席に戻る。しかし、午後3時を過ぎても呼ばれない。 午後3時40分前後、ようやく名前が呼ばれ、受診。 もう待合ベンチには診察を待っている風な人影はなく、ガラガラの椅子席が何十も並んでいるだけ。どうやら、ヤカモチが最後の朝診の受診申し込み者であったようです。受診申し込みから5時間20分。こんなに待たなければならないというのは、肉体的にも精神的にも苦痛そのものである。 本日の血液検査でのALP(基準値104~338)は480(前回3/30数値1068)に改善。γ-GTP(基準値16~73)も121(前回3/30数値376)に改善。 数値が随分と改善しているではないですか、と言うヤカモチに、主治医先生は、これは薬による見せかけの可能性もあるので安心はできないと、実も蓋もないことを仰る。ウルソ錠投与によって検査では数値が改善するものの、肝臓そのものはよくなって居らず気が付けばボロボロというような症例もあることからのお言葉かと思われるが、ノー天気なヤカモチと見ての戒めの言葉であったのかも(笑)。 また、今月8日実施のMRCP検査の結果に関しては、胆管、胆嚢、膵管などに特段指摘すべき事項は認められなかったとのこと、胆石も見つからなかったとのことでした。その画像を見ても素人のヤカモチには何も分からない。 痛み止めのトラムセット配合錠については、我慢できる痛みは我慢し、肝臓の負担となる薬の服用は極力これを停止するという観点から、3月28日以降その服用を取り止めている旨を申し上げると、それはいいことだと仰っていただいた。 午後4時過ぎに会計と薬(ウルソ錠<胆汁の分泌を促し、肝臓の働きを改善し、消化を助け、胆石を溶かす薬>35日分)受領を済ませるが、東花園駅前行きシャトルバスの次の便は午後5時発。 待ち時間を利用して、ライフ新石切店で、パンやヨーグルトなどの買い物を済ませる。(石切生喜病院前) シャトルバス発車を待ちながら煙草(電子タバコではなくメビウス3の普通の紙巻タバコ)を一服。(石切生喜病の院喫煙所) シャトルバスに乗車。(シャトルバス車内) 午後5時、シャトルバス発車。(外環状道路鷹殿交差点) 午後5時9分、東花園駅前着。 午後5時12分、東花園発東生駒行き各駅電車に乗車。 午後5時18分、枚岡駅着。 午後5時30分頃、帰宅。 朝9時過ぎから夕方5時半頃までの通院外出ですから、ほぼ一日仕事となってしまいました。 4月24日、朝の測定 体重58.3kg、最高血圧145.5、最低血圧74.5、脈拍(68.5)。 ※148/76(68)、143/73(69)。 血圧は、2回共に基準値(130未満)オーバーの高血圧領域。 脈圧も、72、70で、2回共に基準値(40~60)オーバー。 MAPも、100、96.3で、目標値(65~90未満)オーバー。 要注意です。今朝の測定値は拡張期血圧(最低血圧)のそれを除き、全て赤字の基準値オーバーでありました。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.04.24
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 今日は、友人の家近健二氏の絵画展初日の日です。 朝8時23分に凡鬼さんから電話があり、ご一緒に絵画展に伺うことに決まりました。 会場が近鉄百貨店上本町店の8階アートギャラリーなので、同百貨店地下1階にあるうどん屋さんの「きなさ」で12時に落ち合い、そこで昼食を済ませてから、8階の会場に向かおうということに決まる。 午前11時、杖をつきながら徒歩で枚岡駅へ。 上本町駅で下車すべきところ、鶴橋駅到着前には居眠り状態に入ったと見え、鶴橋駅到着は記憶なし。上本町駅到着、発車直前に目が覚めたようだが、扉が閉まろうとしているところ、間に合わず、日本橋駅まで乗り越し。 折り返しで上本町駅に戻り、百貨店地下1階で手土産の苺を買って、「きなさ」へ。 店を覗いてみたが、凡鬼さんの姿はなし。店の前で待とうと店を出たところで、凡鬼さんとばったり。二人で店に入り、まぐろ漬け丼定食で昼食。 凡鬼さんとは、先月28日の読書会お花見以来なので、25日ぶり。 昼食を済ませて、エスカレーターで8階のアートギャラリーへ。(8階アートギャラリー)(同上2) 会場に行くと、家近氏が居られて、先客と応接されていました。 タイミングを見計らって、ご挨拶。手土産の苺をお渡しする。(洋画展風景1) 家近氏とは、今年正月10日以来なので3ヶ月と12日ぶりの再会。 立ち話なので、ゆっくりと話もできなかったが、小万知さんからの「よろしくお伝えください」もお伝えして置きました。 杖をついているヤカモチを見て、「足を傷めたのか」と家近氏。 「腰痛です。」というヤカモチ。家近氏には自身の癌のことはお伝えしていないので、多分ヤカモチの癌のことはご存じないのだと思う。(同上2)(同上3)(同上4)(同上5)(同上6) 左端の奥に写っている柿の木の絵が素敵でしたが、アップで撮るのを忘れていました。(同上7) これは、案内状裏面に印刷されていた「冬木華」。(同上8) 家近氏にご挨拶して、会場をアトにする。 百貨店を出て、駅構内の喫茶店で珈琲休憩。凡鬼さんと雑談。 若草読書会の次回例会の件も話し合う。 それを踏まえて、恒郎女さんと相談されてのことだと思うが、6月28日(日)に決まったと、帰宅後に電話連絡がありました。<参考>家近健二展関連の過去記事はコチラ。 家近健二絵画(フォト蔵)アルバムはコチラ。
2026.04.22
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月18日、夜の測定 体重57.7kg、最高血圧108.5、最低血圧57.5、脈拍(79)。 ※因みに、上記の血圧・脈拍数値は、112/60(80)、105/55(78)の2回測定の平均値である。 血圧は正常値。 脈圧は52、50で基準値内。MAPも77.3、71.7で目標値内。(注)脈圧は最高血圧(収縮期血圧)と最低血圧(拡張期血圧)の差。その正常範囲の基準値は40~60である。※脈圧が60超の場合は、比較的太い血管の動脈硬化が疑われ、逆に40未満の低い数値が続くと心機能の低下や血管収縮が疑われることになる。 MAP(Mean Arterial Pressure・平均血圧)の目標値を65~90未満とする。※健康な成人のMAP正常範囲は70~100であるが、90以上だと細い血管の動脈硬化が疑われ、60を下回ると臓器への血流が低下し、臓器障害のリスクが高まる。 慢性高血圧患者の場合は70~80を目標とする場合もある。 よって65~80が推奨される。 MAP=脈圧÷3+最低血圧 4月19日、朝の測定 体重57.9kg、最高血圧131、最低血圧63、脈拍(72.5)。 ※130/63(72)、132/63(73)。 血圧は2回共に高血圧領域。 脈圧は67、69で基準値オーバー。MAPは85.3、86で目標値内。 夜の測定 体重57.3kg、最高血圧112、最低血圧59.5、脈拍(82)。 ※115/58(80)、109/61(84)。 血圧は正常値。 脈圧は57、48で基準値内。MAPも73.7、77で目標値内。 4月20日、朝の測定 体重57.3kg、最高血圧119.5、最低血圧62、脈拍(69.5)。 ※127/61(70)、112/63(69)。 血圧は正常値。 脈圧は66、49で1回目測定値は60超の基準値オーバー。 MAPは、83、79.3で90未満なので目標値内。 この日も運動は、リハビリ兼ねての銀輪MTBでの買い物散歩だけ。(買い物帰りの道の辺の鉄線工場)(同上の工場付近から生駒山遠望) それでも、自宅が生駒山系の山並みの西麓、小高い場所にあるので、帰り道を自転車で漕いで上がるだけで、そこそこの運動にはなる。(買い物帰りの道で見かけたお屋敷の門) 夜の測定 体重57.4kg、最高血圧116.5、最低血圧60、脈拍(83)。 ※119/60(84)、114/60(82)。 血圧は正常値。 脈圧は59、54で2回共に基準値内。 MAPも79.7、78で2回共に目標値内。 4月21日、朝の測定値。 体重57.0kg、最高血圧122.5、最低血圧63、脈拍(72.5)。 ※122/62(73)、123/64(72)。 血圧は正常値。 脈圧は60、59で2回共にギリギリ基準値内。 MAPは82、83.7で目標値内。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.04.21
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月13日、夜の測定 体重57.2kg、最高血圧96、最低血圧51、脈拍(83)。 ※100/51(84)、92/51(82)。 血圧は正常値。但し、やや低血圧気味。 脈圧も49、41で基準値(40~60)内。 MAPも67.3、65.7での目標値(65~90未満)内である。(注)脈圧は、最高血圧(収縮期血圧)と最低血圧(拡張期血圧)との差。※脈圧の基準値は40~60。 MAPは、つぎの算式で算出する。 MAP(平均血圧)=(最高血圧-最低血圧/即ち脈圧)÷3+最低血圧※MAPの目標値を65~90未満とする。 健康な成人のMAP正常範囲は70~100であるが、90以上だと細い血管の動脈硬化が疑われ、60を下回ると臓器への血流が低下し、臓器障害のリスクが高まる。 慢性高血圧患者の場合は70~80を目標とする場合もある。 よって65~80が推奨される。<参考>脈圧年齢別平均値と正常値の基礎知識 4月14日、朝の測定 体重57.3kg、最高血圧102.5、最低血圧70.5、脈拍(76)。 ※109/57(77)、96/84(75)。 血圧は正常値。やや低血圧気味であるが、血圧降下剤服用を停止しなければならない程ではないと考えられるので、継続して様子を見ることとする。 脈圧は52、12で、2回目測定値は基準値未満。 MAPは74.3、102.3で、2回目測定値は目標値を大きく超過。 夜の測定 体重57.5kg、最高血圧108.5、最低血圧54.5、脈拍(78)。 ※109/56(79)、108/53(77)。 血圧は正常値。しかし、このところやや低めなので、これが継続するようなら、アムロジン錠などは服用を一時停止することもありかもしれない。 脈圧は53、55で基準値内。MAPも73.7、71.3で目標値内。(デコポン) 最近の朝食でよく食べているのが、デコポンとバナナ。 4月15日、朝の測定 体重57.5kg、最高血圧123.5、最低血圧63、脈拍( 63.5)。 ※126/62(63)、121/64(64)。 血圧は正常値。低血圧気味ということではないので、アムロジン錠なども継続服用とします。 脈圧は、64、57で1回目測定値は基準オーバー。 脈圧が基準値よりも大きい場合は、比較的太い血管の動脈硬化が疑われることになるが、2回目測定値が基準値内であるから、心配無用か。 なお、脈圧が40未満の低い数値が続くと、心機能の低下や血管収縮が疑われることになる。 MAPは、83.3、83で目標値内。 この日、会社時代の大先輩であるN氏より葉書が届く。 それによると、同氏は昨年12月12日に突然倒れ救急車で運ばれ入院、長期に及ぶ治療を経てようやく先日ご退院されたとのこと。 現在はリハビリの毎日のようですが、「何しろ高齢のことゆえ、いつまたこのようなことになるやも知れません。そこでこの際『終活』をすることに決めました。長い間お付き合いをいただき、本当に有難うございました。感謝、感謝です。」というのが、この葉書の用向き。 同氏が役員を退任されて以降は仕事上のお付き合いもなくなり、たまに会社に立ち寄られた折にお話しをする程度のことであり、ヤカモチが会社を辞めて以降は年賀状を交換するだけのお付き合いでありました。葉書の末尾には、「貴殿にお会いしていて嬉しかったのは、〇〇さんの期待通りに成長されたことでした。一度ゆっくり飲みたかったのですが・・。どうかお元気で楽しい毎日をお過ごし下さい。」とありましたが、考えてみれば、そういう機会もないままに今日まで来てしまいました。 同氏のおやさしいまなざしや笑顔などを思い出しつつ、同氏のご息災をお祈り申し上げた次第。(バナナ) 夜の測定 体重57.6kg、最高血圧123.5、最低血圧64.5、脈拍(78)。 ※128/64(79)、119/65(77)。 血圧は正常値。脈圧は64、54で1回目測定値が基準オーバー。 朝と同様であるが、2回目測定値が基準値内なので、問題あるまい。 MAPは、85.3、83で目標値内。 4月16日、朝の測定 体重57.5kg、最高血圧119、最低血圧60、脈拍(75)。 ※121/61(73)、117/59(77)。 血圧は正常値。 脈圧は60、58で基準値内。MAPも81、78.3で目標値内。 この日の午後、うたた寝をしている時に、Mと名乗る男性から電話が入る。一瞬誰とも分からなかったのですが、話しているうちに会社時代の後輩のM君であることに気付く。入社同期の正〇君(健人会のメンバー)らと飲み会があり、鯨麻呂こと山〇氏のことやヤカモチのことが話題に上り、懐かしくなったので電話をしたというのが、M君の弁。特段の用件があった訳ではないので、近況などの雑談で電話を切りましたが、同君がヤカモチの電話番号を知っている筈もないので、正〇君から番号を聞いたのだろう。 昨日はN氏から終活によるバイバイの葉書を頂戴したばかりなので、おそらく20年以上はご無沙汰のM君から思いもかけぬ電話を頂戴したことにある種の感慨を覚えたのでありました。機会があれば久しぶりにお会いしたいものです。 夜の測定 体重57.8kg、最高血圧107、最低血圧60、脈拍(79.5)。 ※111/61(79)、103/59(80)。 血圧は正常値。 脈圧は50、44で基準値内。MAPも77.7、73.7で目標値内。 4月17日、朝の測定 体重58.0kg、最高血圧132.5、最低血圧66、脈拍(67)。 ※131/66(67)、134/66(67)。 血圧は高血圧領域。 脈圧は65、68で2回共に基準値オーバー。 MAPは、87.7、88.7で目標値内。 この日は、リハビリ兼ねてのMTB(マウンテンバイク)での外出。 ライフでの買い物です。パンとかヨーグルトなどを購入。(ライフからの帰り道1)(同上2) 夜の測定 体重58.1kg、最高血圧122、最低血圧67、脈拍(84)。 ※125/68(84)、119/66(84)。 退院後初めて58kgまで体重が回復(癌での入院前の体重にはまだ10kg程度及ばないが。)する。血圧は正常値。腰痛、歩行の際の腰関節の痛みさえ無ければ、順調な回復と言うべきであるが・・。 脈圧も57、53で基準値内。MAPも87、80.3で目標値内。 4月18日、朝の測定 体重57.6kg、最高血圧135.5、最低血圧71、脈拍(72)。 ※142/70(72)、129/72(72)。 血圧は1回目測定値が高血圧領域。 脈圧は72、57で、1回目測定値が基準値オーバー。 MAPは94、91で、測定値が2回共目標値オーバー。 入院、通院など今回の一連の病気で、その病気のことや治療のこと、治療薬のことなどにも、素人レベルの域を出ませんが、色々と調べたり、お医者さんの説明を聞いたりして、ヤカモチもかなり詳しくなりましたが、自身が病気にならなければそのようなことは多分なかったことでしょうから、「病気は一番説得力を持った医者である」というプルーストの言葉には納得であります(笑)。病気は一番説得力を持った医者で、人は他人への親切や通知には口先だけの約束しかしないが、自分の苦しみにはおとなしくしたがうのだ。(マルセル・プルースト「失われた時を求めて6」・ちくま文庫版247頁1行目・第4篇ソドムとゴモラ1 ソドムとゴモラ2第1章)<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ・友人ほかの記事はコチラ。
2026.04.18
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 一昨日(4/14)夜、友人・岬麻呂氏からの旅便りが届きました。 毎年恒例の桜旅でありますが、今回は宮城(仙台)、福島、新潟経由で山形に出て、仙台に戻るという、例年とは異なるルートでのご夫婦旅でありました。〇旅・岬巡り報告354・南東北桜巡り(↓)※画像をクリックして大きいサイズの写真でお読みください。〇同上添付写真1(↓) 〇同上添付写真2(↓) 〇同上添付写真3(↓) 〇同上添付写真4(↓) 〇同上添付写真5(↓) では、例によって、旅程に従い、私共も旅にご同行させて戴いている気分で、旅のお写真をご紹介させて戴くこととします。4月7日伊丹空港→仙台空港(レンタカー)→東北自動車道経由→二本松IC経由→岳温泉(蕾)→土湯トンネル経由→猪苗代町・亀ヶ城(蕾)→川桁・観音寺川(蕾)→磐越自動車道経由→会津若松市・鶴ヶ城(満開)→東山温泉(泊) 仙台空港でレンタカーを借り、東北自動車道を南下、岳温泉、猪苗代の亀ヶ城、川桁の観音寺川と巡るも桜は蕾状態、磐越自動車道経由で会津若松市街に入り、漸く鶴ヶ城で桜の満開に出会う。(会津若松市街)ちらほらの 桜見つつや わが来れば 花の盛りに あひつ若松 (会津家持)4月8日鶴ヶ城(再訪問)→会津美里町・伊佐須美神社(満開)→磐越自動車道・会津坂下IC経由→新潟県・新発田城址(満開)→加治川治水公園(満開)→岩船・諸上寺公園(満開)→村上城址(五分咲き)→笹川流れ→粟島(遠望)→山形県・あつみ温泉(五分咲き)→鶴岡・湯野浜温泉(泊) この日は快晴。鶴ヶ城を再訪問。(鶴ヶ城)鶴ヶ城 朝日ににほふ 桜花 二つ並べて 見らくしよしも (鶴桜家持)(同上・庭園) 鶴ヶ城の桜を堪能して、会津美里町の伊佐須美神社へと向かいます。<参考>伊佐須美神社の由緒・歴史<伊佐須美神社公式サイト>(伊佐須美神社) 伊佐須美神社の桜、こちらも見事ですな。 伊佐須美神社の御祭神は伊弉諾尊、伊弉冉尊、大毘古命、建沼河別命の四柱。第10代崇神天皇10年に諸国鎮撫のため四道将軍として東国に遣わされたのが大毘古命と建沼河別命の父子。 父の大毘古が日本海側(北陸道)を進み、息子の建沼河別が太平洋側(東海道)を進軍、両者が相津(会津)の地で出会ったことが会津の地名の起源とされる(古事記)。両者が天津嶽(現・新潟県の御神楽嶽)に於いて、伊弉諾尊、伊弉冉尊を国家鎮護の神として奉斎したのが伊佐須美神社の創祀とのことである。 この神社の第一のご神木とされる薄墨桜は、他に同じ品種がなく学名もアイヅウスズミという貴重なもののようですが、見頃は4月中旬以降とされていますから、岬麻呂氏のご訪問は少し早過ぎたよう。咲き始めの状態であったとのこと。(飯豊山塊と枝垂れ桜) 飯豊連峰と枝垂れ桜、このツーショットも素敵です。 桜木のテッペンにカラスがとまっているのも愉快です。遠山に 雪は置きつつ しかすがに 枝垂れ桜は 咲き匂ひける (飯豊家持) 磐越自動車道経由で新潟市から新発田市へ。(新発田城址) 新発田というと廃線跡の赤谷自転車道が先ず思い浮かぶヤカモチですが、新発田城も何度か訪ねています。(加治川) 加治川沿いも自転車には快適な道であります。(加治川治水公園)(村上城址) 村上城址は、昨年5月に訪ねたばかりですから、記憶も新しくよく覚えています。熊出没注意の看板に驚かれたそうですが、ヤカモチは余り驚かなかったのか、そのような看板についての記憶は曖昧です(笑)。 上の写真は城址への登り口。 昨年訪問時は山頂の本丸跡まで上りましたが、ガンでの入院で体力も弱り、腰痛も再発し、杖無しでは歩行に不安ありですから、現在のヤカモチは多分パスでしょうな。(笹川流れ)寄す波の 笹川流れ 光る海 吹き来る風の ままにぞ行かな (笹川家持) 西方浄土への入口、粟島を遠望しつつ北上。 山形県に入り、鶴岡市の湯野浜温泉に宿泊であります。(湯野浜温泉の夕日) 見事な夕日。何となく 有難うと 呟きぬ 夕日の宿に 妹とある旅 (偐岬麻呂) この日のコースは、会津若松も、新発田城址も、加治川も、村上城址も、今回パスされたという荒川沿いの道もヤカモチは何度か銀輪散歩していますので、地理感もあり、懐かしいことでありました。4月9日羽前大山公園(満開)→鶴岡公園(満開)→羽黒山(出羽三山神社は残雪多し)→玉川寺(枝垂れ桜咲き始め)→月山道路(国道112号)経由→西川町・月山志津温泉(雪の回廊)→山形自動車道経由→山形・山寺芭蕉記念館(蕾)→東根市・堂ノ前公園(満開)→東沢公園(満開)→天童公園(満開)→倉津川(枝垂れ桜満開)→天童温泉(泊) この日も晴れ。 羽前大山公園、鶴岡公園、出羽三山神社を巡ります。(鶴岡公園) 鶴岡公園も満開の桜です。(同上・お濠)(出羽三山神社) 出羽三山神社は確かに「残雪多し」であります。(同上・芭蕉句碑) 境内には、芭蕉の句碑がありました。涼しさやほの三か月の羽黒山(はぐろやま) (芭蕉)<夕方の山気が身にしみて快い。ふと見上げるとほんのりと三日月が黒々とした羽黒山の上にかかっている。>(注)ほの三か月=「ほの見える」と「三日月」の掛詞。 この句はおくのほそ道に掲載の句である。 出羽三山順礼の句を、阿闍梨の求めに応じて短冊に書いた句だとあり、これは羽黒山の句。 月山の句は、「雲の峰幾つ崩て月の山」、湯殿山の句は、「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」である。(月山スキー場) 月山道路(国道112号)を経由して、西川町・月山志津温泉の雪の回廊を通り抜けます。(月山志津温泉・雪の回廊) 山形自動車道路を経由して、山寺の芭蕉記念館、東根市・堂ノ前公園へと参ります。(堂ノ前公園) 堂ノ前公園も満開。 そして、倉津川の枝垂れ桜。(倉津川・枝垂れ桜) 今回は、行く先々で満開の桜。いい桜旅となりましたね。(滝湯中庭) しかし、夕食時の地酒を楽しみ過ぎたとのことで、うたた寝。 目覚むれば、午後10時。 倉津川の枝垂れ桜のライトアップを見物にお出掛けされましたが、既に消灯時間が過ぎていて、夜桜見物は叶わず、残念。消灯の 時刻過ぎたり 倉津川 夜桜見物 叶はずありき (倉津家持)4月10日山形城址(満開)→上山城(満開)→斎藤茂吉記念館(満開)→山形自動車道経由→仙台空港→夕刻便・伊丹空港 最終日は朝から小雨。(山形城址)しめやかに 降る春雨の 花もよし 旅の仕上げと 山形城址 (山形家持)上山の 城のさくらは いかにかも 小雨に濡れて あるもよかりき (上山家持)(上山城) 山形自動車道経由で仙台空港に戻り、夕刻便で伊丹空港帰着。 南東北の桜旅、今年も無事完了であります。 全走行距離846km。 「高齢老人ドライバーには不相応、疲労困憊。」とは、岬麻呂氏の弁。 いやはや、お疲れ様でした(笑)。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2026.04.16
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月12日、夜の測定 体重56.8kg、最高血圧114.5、最低血圧62、脈拍(79.5)。 ※118/60(79)、111/64(80)。 血圧は正常値。体重は朝の測定値よりも1kg増加。 4月13日、朝の測定 体重56.1kg、最高血圧113、最低血圧60、脈拍(72)。 ※111/64(74)、115/56(70)。 血圧は正常値。 午後3時過ぎにマイMTB(マウンテンバイク)で外出。 久しぶりに加納緑地公園へ。(加納緑地公園) 八重桜が咲き残っている近くの東屋で暫し休憩。(同上) 帰途は水走公園に立ち寄ってみました。(水走公園) 公園の藤棚は藤の花が満開。(同上・藤の花)藤の花 今ぞ盛りと 高々に 波立つらむか 水走(みづはひ)の空 (藤家持)<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 近隣散歩関連過去記事は下記です。 近隣散歩(その1) 2009~2013 近隣散歩(その2) 2014~2025.10.31. 近隣散歩(その3) 2025.11~
2026.04.13
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月11日、夜の測定 体重56.2kg、最高血圧115.5、最低血圧61、脈拍(78.5)。 ※120/61(79)、111/61(78)。 血圧は正常値。 もう15日間、朝食後及び夕食後にずっと服用していた痛み止めの薬であるトラムセット配合錠が先般底をついたことから、新たな処方は断り、その服用を取り止めているのであるが、それによって酷い痛みが生じているということはない。但し、左骨盤上部の腰部関節や左膝関節に痛みがあって、杖無し歩行は困難である。それでも我慢できない痛さではないので、敢えて同痛み止め薬の服用は停止している次第。 抗がん剤治療(ドセタキセル点滴治療)を受けていた頃は、年来の腰痛を殆ど感じなくなっていたので、脊柱側彎症による痛みかと思っていたそれが、そうではなく骨転移したガンによる痛みであり、抗がん剤治療によるがん細胞の縮小により、その痛みが無くなったのだと結論付けたのでありました。 しかし、腰部の痛み、膝関節の痛みが、今年に入ってから再び感じるようになったので、最近は、やはり整形外科的な痛みであるかと思うようになっている。しかし、痛み止めを呑んだからと言ってその原因たる病気が治癒するものではないから、我慢できる痛みの程度にとどまっている限りは痛み止め薬の服用は再開しないで置こうと考えている。 多くの薬を常用しているので、五十歩百歩かもしれないのだが、胆管炎で入院し、退院後の血液検査でもALP及びγ-GTPの数値が極めて高いレベルで高止まりしている状況に鑑み、肝臓に負担を掛けないに越したことはないだろうと考えた次第。それに、現下の痛みは、トラムセット配合錠の服用を停止したから生じたというのではなく、同薬を常時服用している時期に発生したものであり、同薬服用停止後に痛みの程度が顕著に増したという訳でもないから、同薬そのものが、ヤカモチに関しては、痛み止めとしての効用がないということを示しているということでもある。 4月12日、朝の測定 体重55.8kg、最高血圧141.5、最低血圧74.5、脈拍(73)。 ※143/72(69)、140/77(66)。 血圧測定値は、2回共に高血圧。 エンレスト錠、アムロジン錠の服用は今日も(20日連続)継続です。 今日も好い天気なので、昼食後にライフ新石切店に出掛け買い物。 トンボ返りでしたが、この施設の喫煙場所を確認。建物の東側の生垣と建物との間の狭い空間に、白いプラスチック製の椅子が5脚置かれていて雨避けシェードが上部に取り付けられた一画がその喫煙場所でありました。(ライフ、コーナン新石切店の喫煙所) 誰とても人影はなかったのですが、折角なので一番手前の椅子に着席、電子タバコを一服することとしました。 ヤカモチのような腰痛持ちの高齢喫煙者には、立ったままの喫煙所というのはかなり辛いのであるが、そんな喫煙所が多い中、このように椅子が設置されているだけで、有難く、喫煙者へのやさしい思いやりが感じられて好感が持てるのでありました。買い物も リハビリなりと 出掛け行き パンヨーグルト など買ひしわれ (買い物家持)喫煙所に 椅子などあるは 有難く 足腰痛き ひとにやさしも (腰痛家持)近隣の 銀輪散歩も 近場のみ 体力気力 落ちし我なり (患家持)<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 近隣散歩関連過去記事は下記です。 近隣散歩(その1) 2009~2013 近隣散歩(その2) 2014~2025.10.31. 近隣散歩(その3) 2025.11~
2026.04.12
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月8日、夜の測定 体重55.9kg、最高血圧110.5、最低血圧57、脈拍(92)。 ※126/59(93)、95/55(91)。 血圧は正常値。但し2回目測定値は最高血圧100未満。 4月9日、朝の測定 体重55.6kg、最高血圧112、最低血圧58、脈拍(74.5)。 ※116/59(75)、108/57(74)。 血圧は正常値。 この日は、健人会の例会の日。<参考>健人会例会・桜花散るぬる風のなごりには 2026.4.10. 夜の測定 体重56.8kg、最高血圧143、最低血圧73、脈拍(73.5)。 ※146/77(73)、140/69(74)。 血圧は2回共に高血圧領域。 4月10日、朝の測定 体重56.5kg、最高血圧132、最低血圧64、脈拍(67)。 ※135/66(67)、129/62(67)。 1回目測定値は高血圧領域。 夜の測定 体重56.8kg、最高血圧117.5、最低血圧60.5、脈拍(80.5)。 ※125/62(82)、110/59(79)。 血圧は正常値。 4月11日、朝の測定 体重56.3kg、最高血圧140.5、最低血圧70.5、脈拍(68)。 ※140/69(68)、141/72(68)。 血圧は高血圧領域。よってアムロジン錠、エンレスト錠の服用継続。 今日は好天気。昼食後、MTB(マウンテンバイク)で外出。 ライフで買い物をした後、花園中央公園に立ち寄るなど軽く銀輪散歩でありました。(花園中央公園) 桜広場の木陰で一休み。 木陰でないと少し暑い位のポカポカ陽気でした。(同上・桜広場1) 桜は葉桜にて、見頃は過ぎてしまっています。 それでも、お花見の人たちの姿も散見されます。 地面の方が花びらが「賑やか」かも。(同上・桜広場2)花びらを うち払ひつつ ベンチにて われ見送らむ 咲き残り花 (桜家持)来年も また逢ひに来よ 桜花 無事に生きても 我あるならば (桜家持)<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 近隣散歩関連過去記事は下記です。 近隣散歩(その1) 2009~2013 近隣散歩(その2) 2014~2025.10.31. 近隣散歩(その3) 2025.11~
2026.04.11
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 昨日(4月9日)は、健人会の集まりの日。 午前9時45分に家を出て、杖をつきながら最寄り駅の近鉄奈良線・枚岡駅へと向かいました。 午前9時59分発の電車に乗車。石切駅で急行に乗り換え、10時18大和西大寺駅到着。 4番ホームに停まっていた京都方面行きの急行が発車するところであったが、一度閉まったドアが開いたのと、ヤカモチが乗り換えで下りエスカレーターでそのホームに降り立ったのがほぼ同時。本能的にその急行に乗車したのであったが、これは国際会館行き。竹田駅から先は京都市営地下鉄線に乗り入れるので、京都駅でのJR線への乗り換えがちょっと不便な(乗り換えのために歩く距離が長い)気がしたので、丹波橋で途中下車し、次に到着の京都行き普通電車に乗車。 午前11時11分、京都駅着。 JRびわこ線京都駅発11時22分普通電車に乗車。 午前11時35分、石山駅着。 改札を出ると、既に数人の方が到着して居られました。 駅前のガス灯の前で徳〇氏と煙草を一服。(駅前のガス灯・送迎バスの車内から撮影) 徳島から参加の只麻呂氏が少し遅れて12時6分にご到着ということで、ヤカモチは、平〇氏、徳〇氏らと送迎バスに乗り込み、同氏のご到着を車内で待つことに。 幹事役の草麻呂氏他の皆さんと共に只麻呂氏がバスに乗り込んで来られ、バス乗車予定者が全員揃ったので、料亭新月へと送迎バスは向かいます。 料亭新月に到着。いつもの2階の部屋に案内されて、着席。(料亭新月の2階の部屋から撮影の瀬田川畔の桜・開演前に撮影) 本来は席は自由なんだろうが、長年の繰り返しで最近は、何となく席も固定してきて、ヤカモチは毎回岡〇氏の隣ということになっている。 幹事役・世話役の草麻呂氏のご発声で乾杯、開宴であります。 今回の出席者は、杉〇氏、只麻呂氏、近江鯨麻呂(あふみのいさなまろ・山〇)氏、平〇氏、平〇J氏、徳〇氏、竹〇氏、木〇氏、北〇氏、正〇氏、今〇氏、岡〇氏、生〇氏、草麻呂氏そしてヤカモチの15名。常連組の森〇氏は今回はご欠席。 女将のご挨拶があり、前菜が運ばれ、てんでに会話が始まり、いつもの会がいつもの如く始まりました。(前菜) ヤカモチは食レポはしない主義なので、写真は前菜のみです。 気の置けない友人(万葉風に言えば「どち」)の集まり、いつもながら愉快で楽しい集まりであります。 会が終わりに近づいた頃、草麻呂氏から、近況報告など何か話をしたい方は居られますか、ということになったが、誰も手を挙げない。草麻呂氏のご指名で、杉〇氏、只麻呂氏、鯨麻呂氏の近況報告の話があり、それを聞きつつ、さて、ヤカモチならどんな話をするのだろうかと何となく頭を巡らすが、勿論、ヤカモチにはそんな報告を述べる気はない。それでも癖のようなもので、ヤカモチなら何か自作の歌でこれを締めるというスタイルになるから、差し詰め紀貫之の「桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける」という歌を下敷きにした替え歌がいいかも・・などと考えていたところ、突然に草麻呂氏からのご指名がかかりました。 レスパイト一人合宿の銀輪散歩をリハビリを兼ねて今後も月1回のペースで続けたいと思っている、などということを、respiteという英語の意味などを説明しつつ紹介し、締めとして犬養節で朗詠した自作の即興替え歌は次のようなものでした。桜花 散りぬるなごり 惜(を)しみつつ どち皆幸(さ)きく あれと願ひつ (健家持)(本歌)桜花 散りぬる風の なごりには 水なき空に 波ぞ立ちける (紀貫之 古今集巻2-89) 竹〇氏もヤカモチの次に指名がかかり、大阪マラソンに参加したことを紹介されたほか、当ブログでも紹介している岬麻呂氏とのビール一杯の会での奄美旅行のことなども話題となりました。 次回の集まりは9月2日とすること、追って日程は決めるが12月にも集まりたいことなどを決めてお開きと相成りました。(瀬田川畔の桜・帰途の送迎バスの車内から撮影) 送迎マイクロバス利用組は同車にてJR石山駅前まで送っていただく。(料亭新月からのお土産の、ちりめん山椒) ヤカモチは徳〇氏、竹〇氏と共に京都駅で下車。 JR京都駅改札口で竹〇氏とは別れ、徳〇氏とヤカモチは近鉄線の改札口へと向かう。 近鉄改札口前のカ喫茶店の前に来て突然に徳〇氏が「珈琲を飲みたい」と言い出した。 ところが、多くの人が店の前に並んで居て、待ち時間が長くかかりそうな景色である。 そこで、大和西大寺駅まで行き、駅中の喫茶店で珈琲をしようと、待つ事の嫌いなヤカモチが代替提案。徳〇氏も同意し、急行に乗車し、大和西大寺駅到着まで珈琲は我慢することに。 大和西大寺駅の駅中の喫茶店に入る。 ここに入るのは、昨年11月17日に千葉在住の友人・川〇氏との待ち合わせで入って以来なので、約5ヶ月ぶりということになる。 珈琲とアップルパイとを徳〇氏からご馳走になる。 ここで、徳〇氏が支店長であった頃の関連企業部担当役員のことが話題に出たが、徳〇氏がその名前をど忘れ、ヤカモチも名前を聞けば「あゝ」と思い出すのだろうが、顔も名前も思い浮かばない。 こういうことが段々に多くなるのでしょうな(笑)。 勿論、今も思い浮かばない。 午後5時過ぎまで、喫茶店で雑談し、駅ホームへ。 三ノ宮行き快速急行に乗車。かなりの混みようである。 徳〇氏は、次の停車駅である学園前駅で下車である。ヤカモチも一緒に下車し、ホームで同氏と別れる。 ヤカモチの最寄り駅である枚岡駅は区間準急と普通電車しか停まらないから、学園前駅で徳〇氏と一緒に下車した次第。 ホームの喫煙ルームで煙草を一服。 午後5時48分発尼崎行き普通電車がやって来たので、これに乗車。 午後6時3分、枚岡駅着。 雨がポツリポツリと降り出したが、濡れるほどではない。 午後6時14分、帰宅。 スマホの万歩計では昨日は4424歩。この程度の歩行は腰痛や左股関節部の痛みはあるものの、杖をつけばさして苦ではない。 我慢できる許容限度内ということになる(笑)。こころよき 疲(つか)れなるかな 四千余歩(よんせんよほ) どちと過(す)ごせし 今日(けふ)の一日(ひとひ)の (石川家持)(本歌)こころよき 疲れなるかな 息もつかず 仕事をしたる 後(のち)のこの疲れ (石川啄木) こころよき あはれこのつかれ 息もつかず 仕事をしたる 後(のち)のこのつかれ (同上初案)<参考>健人会関係過去記事はコチラ。
2026.04.10
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月7日、夜の測定 体重56.2kg、最高血圧133.5、最低血圧68.5、脈拍(75.5)。 ※133/70(75)、134/67(76)。 体重は久々に56kg超え。血圧は2回とも要注意の高血圧数値。 4月8日、朝の測定 体重56.5kg、最高血圧128、最低血圧68.5、脈拍(69)。 ※126/68(70)、130/69(68)。 今日は、午後2時30分の予約で、石切生喜病院放射線科でMRCP検査を受けます。 MRCP検査というのは、MRIを用いて胆管、膵管などを無侵襲で詳細に描出する精密検査。 ヤカモチの場合は、先般の胆管炎での入院に関連しての検査ということになり、胆嚢、胆管を検査するのが目的です。併せ膵管も検査するのかどうかは不明です。 退院後も血液検査でのALP数値、γ-GTP数値が高どまりしたままであることから、この検査となった次第。 この検査で発見される病気としては、胆嚢がん、胆管がん、胆石(胆嚢結石・胆管結石)、胆管狭窄、膵臓がん、膵嚢胞性腫瘍、膵炎、膵管狭窄などがあります。<参考>MRCPとはどんな検査?・人間ドックのミカタ(肝臓・胆嚢胆管と膵臓) 午後1時、MTB(マウンテンバイク)で外出。 少し早くに着き過ぎたので、道路向かいのスーパーマーケット、ライフ新石切店で買い物を済ませる。 病院敷地内の屋外喫煙所でタバコを一服してから病院に戻り・・。(石切生喜病院屋外喫煙所) 午後3時から、検査着に着替え、造影剤を飲み、MRCP検査実施。 検査結果については、次回の消化器内科受診予約日に主治医のM先生から説明があるのだろうと思うが、今日は検査のみであります。 帰宅の段になって自転車のキーが見当たらないというハプニング。 落とし物として届いていないかと病院に尋ねるも「届いていません」との答。かなり慌てましたが、結果的には駐輪中のMTBの蔭、目の届かない死角に落っことしていたのでありました。それやこれやで遅い帰宅となってしまったという次第。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.04.08
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月5日、夜の測定 体重55.2kg、最高血圧116.5、最低血圧56.5、脈拍(85)。 ※124/58(87)、109/55(83)。 血圧は正常値。 就寝は、ブログの書き上げ、その修正などで、0時30分頃と遅くなってしまったが、体温調整が不全なのか、体が火照る感じで汗ばみ不快、夜間寝苦しく、午前2時50分頃、同3時40分頃、同4時40分頃、同5時20分頃と目が覚め、トイレに立つ始末で頻尿状態。 結局、午前5時半には起床してしまう。 4月6日、朝の測定 体重55.6kg、最高血圧119、最低血圧64.5、脈拍(78)。 ※119/65(80)、119/64(76)。 血圧は正常値なるも、朝食後は他の所定の薬と共に。アムロジン錠、エンレスト錠の服用も継続する。 左膝外側の筋肉・腱がだる痛い。 骨盤上部腰部左外側及び腰部中央背中側もだる痛い。 両足の指先が痺れている感覚があり冷たく感じられると共に痒い感じもあり、自力でのマッサージが心地よい。しかし、痒みは消えたが他の症状は改善しない。 前日5日の喜多麻呂君訪問での歩数計は9617歩だったので、今のヤカモチの腰・膝の状況からすれば、些か歩き過ぎ。ということで、この日は骨休めの日。昼食後にライフ新石切店にマイMTB(マウンテンバイク)で買い物に出掛けただけにとどめました。(ライフ新石切店) 夜の測定 体重55.6kg、最高血圧108.5、最低血圧57.5、脈拍(86.5)。 ※108/60(87)、109/55(86)。 血圧は正常値。一時脈異常が頻出していたが、この1週間はそれが全く出ていない。尿の回数は時に多くなるが、頻尿という程ではなさそうである。便通もこのところは正常である。ただ、睡眠は快眠とは言えず寝苦しかったりすることが多い。 明日7日午前10時30分、石切生喜病院脳神経外科の受診予約が入って居り、明後日8日午後2時30分にも消化器内科(肝臓)の関連でMRCP検査の予約が入っているので、二日連続の通院の予定である。 4月7日、朝の測定 体重55.5kg、最高血圧116、最低血圧66、脈拍(70)。 ※116/61(67)、116/71(73)。 血圧は正常値。 今日は、雨模様なので、電車で東花園駅まで行き、そこから病院のシャトルバスで病院に向かいます。 今回の脳神経外科通院は、昨年の1月14日に軽い脳梗塞若しくはそれに類する症状という診断を受け、以来、プレタールOD錠(血液が固まるのを抑え、血液の流れを改善する薬)とロスーゼット配合錠HD(血液中のコレステロールを減らす薬)を処方されて、これをずっと服用しているので、それに関連しての通院であります。 左手の薬指と小指が動かなくなり、調べて貰うと右脳の手指の動きをつかさどる部位の血管が細くなっていて、それが一時的に詰まる又は流れが悪くなるなどで、脳梗塞のような症状を呈したのだろうというのが、その時の診断。上記薬の服用後はそのような症状は現れて居らず、今日の診断でも、直近の血液検査ではコレステロール値も基準値内の正常値であり、問題はないとのこと。 もう薬を飲まなくてもいいということにはならず、薬は継続服用するということで、90日分の薬を処方され、次回診察は6月30日となりました。 なを、主治医は今回からN先生からT先生に変わりました。 病院での会計を済ませる前に、いつものパターンで喫茶・ペリカンの家に立ち寄り昼食を先に済ませることに。(喫茶・ペリカンの家 喫煙ベンチから) 昼食を済ませて、病院に戻ると、会計支払いができる状態に。 支払いを済ませ、薬を受け取り、病院のシャトルバスで東花園駅へと向かいます。(恩智川・三六橋の上から) 途中、三六橋で恩智川を渡る。車内から窓越しに撮影。 東花園駅に到着。(東花園駅 手前の人形は東大阪市のマスコット、トライ君) 花園ラグビー場へはこの駅で下車である。(東花園駅ホーム) 午後1時21分発各駅電車に乗車。 午後1時36分、帰宅。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.04.07
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月5日、朝の測定 体重54.3kg、最高血圧134、最低血圧72.5、脈拍(63)。 ※138/72(62)、136/73(64)。 血圧は2回共に高血圧領域の数値につき、アムロジン錠、エンレスト錠の服用継続。 今日は、中学時代の同級生、喜多麻呂君を訪ねて堺まで出掛けます。 自転車での往復には、まだ自信がないので、電車で出掛けます。 午前10時11分、外出。 商店街の和菓子舗で手土産を買って行くので、枚岡駅ではなく、瓢箪山駅から乗車することとします。 菓子舗・寿々屋で苺大福5個入りを3箱購入。 午前10時30分、瓢箪山駅発(近鉄奈良線・瓢箪山駅停車中の車内から) 鶴橋でJR大阪環状線に乗り換え天王寺へ。(阿倍野筋、阪堺軌道阪堺線天王寺駅前駅・歩道橋の上から) 天王寺駅下車、阪堺電車に乗り換え。天王寺駅前駅から乗車。 午前11時34分、我孫子道駅到着乗り換え下車。 昼食を済ませようと安立商店街の方向に歩く。(安立商店街のランチをとった店・restaurant KOBO) 上の写真のような店が目に止まったので入ってみる。 パスタセット&珈琲でランチ。 昼食を済ませて、我孫子道駅へと戻る。(我孫子道駅前の踏切から我孫子道車庫を望む) 12時36分、我孫子道駅発。 12時38分、石津北駅着。(阪堺軌道阪堺線・石津北駅)(同上・石津北駅を出て、石津駅、浜寺公園駅方面に向かう電車) 国道沿いのローソンに入って、買い物をしていると、ひろみの郎女さんから電話。道に迷ってしまって、施設への道がよく分からないとのこと。 では、ローソンまで来てくれと言うも、なかなか現れない。どうやら以前からあるもう一つのローソンに入ってしまったよう。 こちらから電話を入れてもドライブモードになっているのか、つながらない。諦めて施設に向かうこととする。 施設の玄関先まで来たところで、彼女から電話が入る。国道まで出て一つ目の信号を左に入るといったものの、彼女の現在地がそもそも分からないのだから、その説明であっているのかどうかも不明、しばらく国道に戻り、それらしき車の来るのを待ったが、現れない。また、連絡待ちということにして、ヤカモチは喜多麻呂君の入所している介護施設に引き返す。 ナビを設定し直して、自力で何とかするだろうという期待もあったので、ともかくも喜多麻呂君訪問を優先する。<参考>ひろみの郎女さんの本日のブログ記事はコチラ。 午後1時過ぎ、当該施設の玄関チャイムを押して面会の旨を告げる。 すると玄関ドアが解錠されて、入館可能となる。 係の人が出て来られたので、持参した苺大福2箱は皆さんでどうぞとその方に手渡し、ヤカモチは勝手知ったる2階の喜多麻呂君の部屋へ。 1年ぶりの再会。 何やら昨年よりも少し元気がなさそう。昨年は車椅子の彼を連れ出して近くの神社でお花見をしたが、「桜を見る気もしない」と言う喜多麻呂君。 今年は彼の部屋で雑談です。彼への手土産のもう一箱の方の苺大福を食べながら・・であります(笑)。 酒も煙草もドクターストップとあっては、甘いものでも食べるしかないですな。去年はまだ煙草を喫っていたのに。 そうこうしているうちにひろみの郎女さんから「只今到着しました」との電話着信。「2階の部屋に居るから・・」と告げると程なく彼女が現れました。 未だ昼食も済ませていなかったようで、持参のサンドイッチと珈琲での腹ごしらえをしつつの、旧クラスメイト同士の楽しい会話です。 ヤカモチは一時席を立って、施設の玄関先に設けられた喫煙ベンチに腰掛けながら、タバコ休憩。(介護施設玄関先の喫煙ベンチから西方を眺める) 彼女は昨日到着の宅配便で、いつぞやヤカモチも頂戴したことのある、柑橘類詰め合わせの大量の種々の蜜柑類を喜多麻呂君宛てに送ってくれていたのでしたが、いつもながらの温かいお心遣い、有難いことです。 あれやこれやの話も一段落したところで、時刻を見ると午後3時半。 喜多麻呂君に又来るから元気で頑張れよと握手して別れましたが、ヤカモチの手を握り返しながら、少し涙ぐむような表情を見せたので、ヤカモチも何やらつまされるものを覚えました。 施設の玄関先の喫煙ベンチで電子タバコを一服しながら、ひろみの郎女さんと暫し歓談し、車で帰る彼女を見送ってから、ヤカモチもてくてくと帰途につきました。(阪堺軌道阪堺線・石津北駅 天王寺駅前方面方向)(同上) 待つ事7分、電車がやってまいりました。(同上・浜寺公園駅方面方向)(同上2) 今年も、喜多麻呂君を連れ出し、車椅子を押しながら桜を見ようと思っていたのだが、「桜を見る気もしない」と言う喜多麻呂君の言葉で、それは諦めることとしました。 家の近くまで帰って来たところで見かけた桜。(五条老人センターの桜) まだ、花見には十分な咲き具合。 来年は、お花見を楽しもうかという程度には、喜多麻呂君の元気が回復していることを祈りつつ、ヤカモチも杖つきながらのトボトボ歩きでの帰宅でありました。(笑)。 午後5時26分、帰宅。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ・友人ほかの記事はコチラ。 中学同期関係の過去記事はコチラ。
2026.04.05
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月3日 午後4時29分、友人・野麻呂氏邸から帰宅すると、友人の家近氏から個展の案内ハガキが届いていました。(家近健二洋画展案内ハガキ)※画像をクリックしてフォト蔵の大きいサイズの写真でご覧ください。 4月22日(水)~28日(火)の日程で、近鉄百貨店上本町店8階のアートギャラリーで開催されるとのこと。 これは行かねばなるまい。一応4月22日(水)のお昼頃に予定を入れて置きました。 夜の測定 体重54.9kg、最高血圧122、最低血圧64、脈拍(81)。 ※125/63(81)、119/65(81)。 血圧は正常値。 4月4日、朝の測定 体重54.7kg、最高血圧128、最低血圧64.5、脈拍(67.5)。 ※132/64(68)、124/65(67)。 1回目測定値が130を超える高血圧なので、アムロジン錠、エンレスト錠の服用継続です。我が手持ちの血圧計では最高血圧135以上、最低血圧85以上を高血圧としていますが、以前見たNHKのTV番組では、最近は130以上を高血圧として要注意である旨を放映していたので、ヤカモチも130以上を高血圧扱いとしています。 夜の測定 体重54.9kg、最高血圧114.5、最低血圧55.5、脈拍(82.5)。 ※116/57(83)、103/54(82)。 血圧は正常値。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ・友人ほかの記事はコチラ。
2026.04.04
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 4月1日、夜の測定 体重54.4kg、最高血圧126、最低血圧71、脈拍(72)。 ※129/70(72)、123/72(72)。 血圧は正常値。 4月2日、朝の測定 体重54.5kg、最高血圧144.5、最低血圧69.5、脈拍(77)。 ※150/69(64)、139/70(70)。 2回共に高血圧です。 夜の測定 体重55.1kg、最高血圧121.5、最低血圧64、脈拍(74.5)。 ※120/66(74)、123/62(75)。 血圧は正常値。 4月3日、朝の測定 体重55.0kg、最高血圧138.5、最低血圧73.5、脈拍(62)。 ※140/74(64)、137/73(60)。 最高血圧の数値は高血圧領域。よって、アムロジン錠、エンレスト錠の服用継続です。 今日は、友人野〇氏邸を訪問する日。 自転車で行くか電車で行くか迷ったが、途中、手土産を買い求める便宜を考慮し、電車で行くことに決める。 午前9時50分、杖をつきながら徒歩で最寄り駅である近鉄奈良線の枚岡駅へと向かう。 駅まで50m位の地点で前方に見える枚岡駅に電車が入って来るのが見えました。今の脚力では走って間に合う距離でもないので、走ったりはせず見送るだけ。 午前10時過ぎ、枚岡駅到着。次の電車は10時15分発区間準急。(枚岡駅) 向かいの奈良方面行きホームに電車が入って来たので撮影。 上本町駅で下車し、近鉄百貨店に立ち寄る。 昨日電話で訪問する旨を伝えたところ、奥様がママさんバレーボールに週2回通って居られて、今日はその日に該当し、留守になるとの話であったので、お昼は近くの喫茶店でも二人で一緒に外食を、というヤカモチの提案であったのだが、デパートでお弁当を購入して、彼の家でそれを二人して食べるというのもいい案かと、彼に電話。 すると、奥様がママさんバレーを中座して脱け出し、うな重弁当を買って帰り、それを届けた後、再びママさんバレーに戻る、ということになっているので、お弁当は不要との話。 ということで、苺だけを買ってデパートを出る。 近鉄・上本町駅から大阪メトロ千日前線の谷町九丁目駅まで歩き、これに乗車。 乗車するとお子さん連れの若いお母さんがさっと立って席を譲ってくださいました。丁重に礼を述べてご厚意に甘えさせていただく。 銀輪ヤカモチも今やどこから見ても、誰が見ても、「立派」な杖つき老人という姿になっていることを認識。そして、自身もそれを有難いこととして受け容れる体力、腰のだるさになっていることを認識(笑)。 若いお母さんは、難波で降車されました。会釈して謝意を表し、ヤカモチは二つ先の西長堀駅で下車。 新町西公園の桜を眺めつつ、公園を斜めに横切り、野〇氏のお住まいであるマンションに向かう。(新町西公園の桜・・但し、帰途に撮影したもの) 午前11時頃に、マンションに到着。 ところが部屋番号が分からないので、セキュリティ機能のドアを野〇氏に電話してお聞きし、その番号を機械に入力して解錠して貰わないと館内には入れない。 と、丁度その時、このマンションの住人の方がやって来られてセキュリティドアを解錠されたので、これ幸いとその後ろについて、館内に入る。 ヤレヤレと思ったものの、何階であったか何号室であったかもメモして来なかったので、エレベータの前でまた立ち往生。 挙動不審と思われたか、管理人さんが管理人室の入口ドアを開いてヤカモチの挙動を窺って居られる。 管理人さんに、部屋番号が分からなくなったので、今ご本人に電話しているところですと説明したりのヤカモチでありました(笑)。 今、考えると、スマホの電話帳には野〇氏の住所の記載があるので、それを開けば、部屋番号は分かった筈だったのですが、その時はそれに思いが至らず、野〇氏に電話を入れて部屋番号を尋ねる始末。 野〇氏とは、一昨年の2月以来なので、2年ぶりの再会である。<参考>野〇邸訪問・松のさ枝を結び願はな 2024.2.18. お互いが癌という病持ちの身。 話は、どうしても病気のことになるのだが、それでも共通の友人の事や、かつての二人の交遊の思い出話や、最近の世界情勢や政治に関連した話なども含め、あれやこれやの心置きない話で、楽しく愉快、いい時間を過ごせました。 午後3時半となったので、おいとますることに。 野〇氏はヤカモチ以上に腰痛が酷いらしく、外を出歩くことはできない状態。従って、ヤカモチが彼を訪ねるという形でしか彼とは会えないということになる。今度またいつ会えるのかは分からないが、それまではお互いそれなりに元気でいようという、またの再会を約してのおいとまであります。(西長堀駅前のミニ公園から北方の眺め 左端は西区役所) 午後4時29分、帰宅。よき友と よしとよき時 過ぐしつつ よき友よき時 よしとす我は (偐家持)ひとや先 われや先かの 癌持つ身 神がまにまに この身任せて (偐家持) 野〇氏はヤカモチより2歳年長。年の順ならヤカモチが後で野〇氏が先ということになるが、こればかりは神のみぞ知るで、何とも言えない。 野〇氏は親友を見送り自分が後にのこる方が自分が先に逝くよりも辛いように思えるので、「俺が先に逝く」と言う。そう言われるとヤカモチもそんな気もするので、「それなら、負けずに俺が先に逝くように頑張る」とヤカモチ。 何やらひっくり返った議論の「死に急ぎ競争」のような笑い話、冗談を言い合ったりもしましたが、こんな話を彼とするようになるとは。 そんな年齢、そんな病気になったのかと思うと感慨深い(笑)。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ・友人ほかの記事はコチラ。
2026.04.03
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3月30日、夜の測定 体重54.5kg、最高血圧135、最低血圧68、脈拍(79.5)。 ※139/68(68)、131/68(71)。 3月31日、朝の測定 体重54.4kg、最高血圧122、最低血圧61、脈拍(69.5)。 ※123/62(71)、121/60(68)。 血圧正常なるも、アムロジン錠、エンレスト錠の服用は継続。 選抜高校野球決勝戦、TV観戦。 大阪桐蔭高校は隣の大東市にあるので地元の高校みたいなものだから、応援していましたが、見事優勝。大阪桐蔭、おめでとう。奈良の智弁学園もよく頑張りました。 この日の午後、中学時代の同級生である喜多麻呂君に電話し、4月5日午後に彼を訪ねることに決めました。彼は堺市の介護施設に入り、車椅子生活で暮らしているのであるが、今年の初めに彼から電話を貰い、桜が咲く頃には彼を訪ねる旨の約束をしたのであった。その約束を果たすための面会訪問であるが、彼とは昨年春4月4日以来の再会であり、丸1年ぶり。楽しみであります。 夜の測定 体重53.6kg、最高血圧115.5、最低血圧58、脈拍(76.5)。 ※114/57(76)、117/59(77)。 血圧は正常値。 4月1日、朝の測定 体重54.5kg、最高血圧116、最低血圧64、脈拍(70.5)。 ※113/65(70)、119/63(71)。 血圧正常なるもアムロジン錠、エンレスト錠の服用は継続。 今日は、囲碁例会の日。昼過ぎから雨の予報なので、自転車で行くのは止め、折りたたみ傘をザックに入れて、杖をつきながら、徒歩→電車→徒歩で梅田スカイビルまで出かけることとします。これもリハビリです(笑)。 午前10時外出。 もう、雨がパラパラしていたので、傘をさしてのお出掛けです。 枚岡駅発10時15分尼崎行き区間準急が少し遅れて到着。18分発。(近鉄奈良線・枚岡駅) 鶴橋駅でJR大阪環状線に乗り換えて、10時52分大阪駅到着。 先ず、大阪駅構内のみどりの窓口へ。 今月のレスパイト銀輪散歩・静岡市清水区&三保の松原のための新幹線チケットの購入です。整理券発行機で順番586番を確保。 午前11時デリカフェ・キッチン大阪(前回は店の名前が分からなかったのですが、レシートを見るとこんな名前でした)。 店の外側のテーブル席で、パスタランチセットで少し早い昼食です。 昼食を済ませて丁度の時間に切符販売窓口に案内され、切符を購入。 梅田スカイビルへと向かう。(梅田スカイビル) 12時少し前に梅田スカイビル到着。 会場の部屋には、ヤカモチが一番乗り。碁盤・碁笥の設営を済ませてから、再び1階に戻って、そこにある喫煙ルームで電子タバコを一服。 5階に戻ろうとしているところで、平〇氏の姿が見えたので、二人で会場の部屋へ。少し遅れて村〇氏がご来場。更に遅れて福麻呂氏がご到着。 ヤカモチは平〇氏、村〇氏、福麻呂氏の順にそれぞれ1局打ちましたが、3戦全敗。よって、今年に入ってからの成績が8勝9敗と、遂に負けが先行することとなってしまいました。 帰途は、「次ぎは花園駅」という車内アナウンスまでは記憶にあるが、その後の記憶がなく、次に気が付いた時には「次は石切駅」というアナウンスでした。どうやら若江岩田・花園間でねむってしまい、花園駅、東花園駅、瓢箪山駅、枚岡駅、額田駅は睡眠中、額田・石切間で目が覚めたようであります。 石切駅から乗り越してしまった最寄り駅・枚岡へと引き返す。 午後4時30分頃に帰宅。 最近は、自律神経失調なのか、冷や汗がよく出たり、不快な暑さを感じたりで寝苦しく、良質な睡眠がとれていないようです。 碁でも見落としが多くあったり、不用意な手を打ったりが多いのは、この所為かもしれない。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~
2026.04.01
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3月29日、夜の測定 体重計が故障し、体重測定が28日夜から不能となったが、今日家内が新しい体重計を買って来てくれたので、今夜から測定可能となりました。(体重計1) これは、初期設定用のプラスチック板を載せたもの。 これを取り外して、裸足にて乗ることで体重が測れるという次第。 まあ、体重を測るだけなので、難しい設定などは不要。 しかし、取説の説明が不備、不親切で分かり難いのが問題。(体重計2) 体重54.2kg、最高血圧120、最低血圧70、脈拍(67.5) ※121/72(68)、119/68(67)。 体重計が故障している間に一時は57.5kgまで伸びていた体重が54.2kgに減少してしまっていました。 3月30日、朝の測定 体重54.4kg、最高血圧129、最低血圧75.5、脈拍(64)。 ※1回目137/76(65)脈異常、2回目134/81(63)、3回目124/70(65)。 今日は石切生喜病院泌尿器科受診の日。 このところ外出が続いている。 26日消化器内科受診。 28日若草読書会お花見。 29日叔母宅訪問。 そして、本日30日泌尿器科受診である。 また、午後3時30分(午後3時オープン)から、喫茶ペリカンの家での、ほんわか かなさんのハーモニカコンサートである。 午前9時11分、マイCB(クロスバイク)で病院へ。 午前9時27分、受診申し込み機械受付。 採血コーナーで採血。泌尿器科受診受付窓口へ外来連絡表提出。 10時32分、泌尿器科受診。 3月26日、消化器内科受診の際の血液検査に比べて、ALPの数値(基準値104~338)は1139→1068、γ-GTPの数値(基準値16~73)は404→376とそれぞれ少し改善。 しかし、依然、高い数値に変わりはないので、要注意ではある。 今日は、半年ぶりにホルモン療法の注射を腹部皮下にしていただいた。 ニュベクオという癌の増殖を抑える経口薬の朝・夕食後の服用と6ヶ月毎の男性ホルモン(テストステロン)を一定数値以下に抑える注射、というのが、前立腺癌治療としては、現在最も有効(癌の進行を遅らせる上でという意味であって、癌細胞を完全にやっつけるという意味ではこれも無力)とされているとのことである。 午前11時33分、ライフ新石切店で買い物を済ませて・・。(石切生喜病院の庭の桜1)(同上2) 午前11時50分、喫茶ペリカンの家で昼食&珈琲。(喫茶ペリカンの家) 午前12時40分、いったん帰宅。 午後2時28分、オガクニマン氏より、電話着信。 もう、喫茶ペリカンの家の前に到着しているとのこと。 すぐに、ヤカモチもMTB(マウンテンバイク)で外出。 午後2時50分頃に、ペリカンの家の前でオ氏と合流、暫し雑談。 午後3時過ぎに店内へ。 午後3時30分、ほんわか かなさんのハーモニカコンサートが開演。(ほんわか かなさんのハーモニカコンサート) 色んなハーモニカのご紹介があり、色んな曲の演奏があり、高校三年生、リンゴの唄などを、皆で合唱。次に「街の灯り」を歌う段になって、これはオ氏の十八番の曲であるから、ソロで歌って貰ったらどうかとヤカモチが提案、オ氏による独唱となりました。(同上・オガクニマン氏の独唱「街の灯り」) ケーキと珈琲をいただきながら、楽しいひとときを過ごさせていただきました。最後には景品の当たるオマケの抽選もあったりして、ご参加の皆さんもご満足だったようです。 最後に店主のももの郎女さんのご挨拶があって、終了となりました。 店先でタバコ休憩してから、オ氏とも別れ、家路へ。 なお、同期入社の〇出君が先ごろ急性白血病でご逝去されたことをオ氏からお聞きしました。悲しかも 心ぞ痛き またひとり 君逝きたるか 面影追ひつ (悲傷家持) 同君のご冥福をお祈り申し上げます。<参考> 入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ・友人ほかの記事はコチラ。 喫茶ペリカンの家関係の記事はコチラ。
2026.03.30
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3月26日、夜の測定 体重57.5kg、最高血圧128.5kg、最低血圧67、脈拍(71)。 ※1回目132/63(72)脈異常、2回目129/61(74)脈異常、 3回目125/65(71)、4回目132/69(71)。 4回測定中2回脈異常。体重57.5kgで安定。それでも病気前の体重と比べると10kg程度の減量になっている。現在の筋力だと今の57~8kg位の体重が適量なのかもしれない。筋力増強と体重増加がバランスよく増えて行くのが望ましい。 3月27日、朝の測定 体重57.3kg、最高血圧132、最低血圧70.5、脈拍(62)。 ※1回目119/59(60)脈異常、2回目132/70(62)、3回目132/71(62) 3回測定中1回脈異常。最高血圧が130を超えているので、アムロジン錠及びエンレスト錠の服用継続とする。 この日、昼食後に理髪店へ散髪に。ほぼ1年ぶりの散髪。 抗がん剤治療の副作用で髪の毛が殆ど抜けてしまったので、散髪の必要もなかったのだが、今年になってから毛髪が生え始め従前の生き残りの長い髪との不揃いが目立ち始めたので、それを刈り揃えて貰おうという次第。短く刈った丸坊主姿になりました。 帰途、枚岡神社に立ち寄って少し休憩してから帰宅。(枚岡神社) 夜の測定 体重55.2kg、最高血圧119.5、最低血圧71。 ※1回目115/73(71)、2回目130/65(70)脈異常、3回目124/67(71) 3回測定中1回脈異常。 3月28日、朝の測定 体重55.0kg、最高血圧133、最低血圧69.5、脈拍(66)。 ※127/68(66)、139/71(66)。 アムロジン錠、エンレスト錠服用継続。 この日は、若草読書会のお花見の日。<参考>2026年若草読書会お花見 2026.3.28. 夜の測定 体重計故障、血圧測定失念につき、記録なし。 3月29日、朝の測定 体重計故障。最高血圧131.最低血圧70.5。 ※125/74(73)、137/67(72)。 アムロジン錠、エンレスト錠服用継続。 今日は、叔母宅訪問です。 午前10時32分、杖をつきながら徒歩で枚岡駅へ。(枚岡駅奈良方面行きホーム待合室) 生駒駅で下車、駅前からタクシーで叔母宅へ。 3月24日の仕切り直しの訪問です。<参考>自宅療養記・3月16日~24日&転倒タンコブの出血 2026.3.24. 午前11時25分、タクシーを呼び、生駒駅前もパスタ鎌倉へランチに出掛ける。 ランチ終了後、近商ストアでの買い物にお付き合い。途中ヤカモチだけ中座し、近鉄百貨店の大和果園でショートケーキを購入し、近商に戻る。 再び、叔母宅へタクシーで戻り、ケーキを食べながら珈琲タイム、あれやこれやの雑談。 午後1時35分叔母宅を辞す。(叔母宅近くの桜の木 ほぼ満開。)(生駒霊園) 午後1時39分タクシーで生駒駅に戻り、午後1時46分、生駒駅の喫煙コーナーで電子タバコを一服。(生駒駅前喫煙コーナー) 午後1時58分生駒発普通電車に乗車。 午後2時23分、帰宅。<参考> 入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ・友人ほかの記事はコチラ。
2026.03.29
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 今日は、読書会のお花見の日。但し、お花見と言っても、桜の木の下にシートを敷いて行う宴会スタイルのお花見は、色々と都合があって、このところは、恒郎女邸若草ホールの近くの長門川畔の桜並木をそぞろ歩きしながら花見をする、ベンチがあれば、そこで腰掛けて休憩するなどのスタイルでお花見を楽しむことにしています。 今年もそのスタイル。若草ホールに集合して、各自持参のお弁当でワイワイガヤガヤ言いながら昼食をした後、お花見散歩の予定です。 ヤカモチは午前10時20分頃に自宅をCB(クロスバイク)で出かけ、途中の商店街の馴染みにしている果物屋さん、ナカニシフルーツで土佐文旦10個とイチゴ4パックを手土産に購入し、次に昼食用に寿司とインスタントみそ汁を1個買って、若草ホールに向かいました。 到着すると、迎える側の恒郎女さん、そのお嬢さんのめぐの郎女さんは、当然のこととして、凡鬼・景郎女ご夫妻、槇麻呂さん、利衣郎女さん、和郎女さん達が既に到着済みでありました。 その後、千葉からの祥麻呂さんが到着。東京からのリチ女さんは、ご実家のお墓参りを済ませてから少し遅れて行くので、会を始めて置いて下さいというメールが入っていたので、案内係担当の凡鬼さんから、「今回は何と言ってテーマも決めていないのであるが、槇麻呂君の方から15分ほどお時間を頂戴してお話したいことがあるとお聞きして居り、先ず槇麻呂君からのお話いただくこととします。」というご紹介があり、同氏のお話を拝聴することとしました。 それは岡山県総社市ご在住のTご夫妻とイタリア旅行のツアーでお知り合いになり、そのご夫妻との交流がその後も続いていたそうですが、そのT氏が最近余命6ヶ月を宣告される難病に罹患され、先ごろお亡くなりになったということについてのお話でした。 ヤカモチは前回の新年会の折であったか、そのT氏との出会いの経緯やその後の交流のことはお聞きしていたので、その方がお亡くなりになったのかという驚きと感慨があり、神妙な気分になったものですが、彼にとってもT氏との交流は大切なものであったのだろうと推察しますので、かなり身に応えるものであったのだろうと思います。 それを親しい仲間に話すことがT氏への供養にもなり、自身の気持ちの整理にもなると考えての、その交遊録の紹介であったのでしょう。 そのアト、ヤカモチにも何か話はないかと凡鬼さんから振って来られましたが、いささか今日は寝不足気味で体調がイマイチ、「別にありません。」というつれない返事になってしまったのは、申し訳ないことでした(笑)。 そこで、凡鬼さんから、正岡子規と夏目漱石の交遊についての色々なエピソードについてのお話がありました。 そうこうしているうちに正午となったので、お弁当タイム。恒郎女さんがご用意下さった貝のみそ汁が出て参りましたので、ヤカモチが買って来たインスタントのカップみそ汁は無用となりました(笑)。 昼食に入る前であったかそれが終わった後であったか記憶が定かではないが、東京のリチ女さんが到着。これで出席予定者全員(10名)が揃ったことになる。常連組での欠席は、小万知さん、偐山頭火さん、ひろみの郎女さんの3名。 なお、会が始まる前に、和郎女さんが作って下さった作品の撮影タイムということで、和郎女さんにお手伝いして貰いながら作品の撮影を行いました。まだ、撮影作品点数が少ないので、作品展は開きませんが、次回以降、作品点数がもう少し増えましたら、追ってブログ上でご紹介申し上げる所存であります。 さて、昼食後は雑談タイム。 雑談タイムは喫煙タイムでもあり、ヤカモチは若草ホールの向かいの若草ポケットパークの花壇に植えられたお花を撮影しながらの喫煙でありましたが、電子タバコなので吸ったり、吐き出したりしているのは、煙ではなく水蒸気。(チューリップ)(リビングストン・デイジー)(ルピナス)(ノジギク<フランスギク>)(キンギョソウ) まあ、これもお花見には違いないか。 一段落したところで、ヤカモチから、お花見に出かけますかと声掛け。 皆で、出かけることとなりました。 祥麻呂さんは、今回のお花見を従来の花園中央公園で行うものと勘違いしたらしく、花園中央公園まで出向かれたとのこと。場所取りヤカモチも誰も見つからないので、若草ホールに向かわれたという話で「もう公園で花見は済ませたから」とご辞退、留守番役の恒郎女さんと二人は居残り、他の8名で長門川畔に出掛けました。(長門川畔の桜1) 木によっては、満開とは言えなくても、五分咲き程度と言ってもいい位のもあれば、チラホラ咲き、二~三分咲き程度のものも。(同上2)(同上3) この写真のアングルだけを見れば、もう満開です。(同上4)(同上5) 月は隈無きを、花は盛りをのみ見るものかは、でありますれば、チラホラも悪くはありません。(同上6)(同上7) 我々の隣の木の前のベンチに陣取って居られた赤ちゃん連れの若いご夫婦が、「シャッターを押しましょうか」と声を掛けて下さり、そのご厚意に甘えて、我々8名の集合写真を2枚、ヤカモチのスマホで撮影いただきました。 若草ホールへと引き返します。 ホールに戻ると、珈琲タイム。利衣郎女さんだけは珈琲が体質に合わないようでお茶でしたが・・。 そうして出て来たのが、「若草喫茶」名物クリーム蜜豆。餡子もたっぷり入っています。 その後も暫くあれやこれやの雑談、歓談、楽しいひとときでありましたが、ヤカモチは途中激しい眠気に襲われ、居眠りも(笑)。槇麻呂さんも時々居眠りしていましたな。 余りに眠いので、ヤカモチはこれにて失礼させて貰うと、山上憶良ばりに「憶良らは今はまからむ」との意思表示をしたのを契機に、全員が若草ホールを退出し家路へとつくことになりました。<参考>若草読書会関係の過去記事はコチラ。
2026.03.28
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3月24日、夜の測定 体重56.7kg、またも5回連続脈異常につき血圧測定記録断念。 ※1回目117/55(77)脈異常、2回目113/56(78)脈異常、 3回目108/53(75)脈異常、4回目100/58(77)脈異常、 5回目94/56(74)脈異常。 転倒の際に頭がぶつかるのを避けようと本能的に「かばい手」となった、右手首から右親指にかけて、軽い捻挫となったようですが、何時間かの遅れ、右頭頂部前寄りにできた直後のタンコブの痛みが漸減して行くのと引き換えに、右手首の痛みが増しつつあります。たんこぶの かばひ手なるか さ夜更けて 手首の痛み 今盛りなり (青丹家持) 3月25日、朝の測定 体重56.8kg、5回連続脈異常につき血圧測定記録断念。 ※1回目132/61(59)脈異常、2回目120/80(58)脈異常、 3回目130/69(59)脈異常、4回目127/57(54)脈異常、 5回目135/69(57)脈異常。 朝食後のアムロジン錠、エンレスト錠服用。 不整脈の薬であるメインテート錠の副作用として、脈が遅くなる、というのもあるようですから、脈拍が一時40を下回って30台の数字を記録したのは、この薬の副作用と考えてよさそうです。朝ぼらけ 右の手首の なほ痛み いづへのかたに これすてろーる (伊丹家持) 夜の測定 体重57.5kg、最高血圧136、最低血圧67、脈拍71。 ※1回目136/67(71)、2回目110/57(76)脈異常、 3回目126/57(74)脈異常、4回目115/61(72)脈異常、 5回目120/62(70)脈異常。 5回測定中4回脈異常。体重は57kg台に突入、順調に増加。 3月26日、朝の測定 体重57.5kg、最高血圧135.5、最低血圧74、脈拍58。 ※135/71(60)、136/77(56)。 血圧135以上なので、アムロジン錠、エンレスト錠服用。 今日は、石切生喜病院消化器内科M先生の診察予約日。 午前9時15分、自転車マイCBで外出、病院へ。 午前9時30分、病院の機械受付で受診申し込み完了。 午前9時50分頃、採血。 午前9時56分、消化器内科受付窓口へ、診察券、機械で発行された受診連絡表、受診予約表を提出。 12時30分頃、診察室で受診。 血液検査の結果は、ALPが1139(前回<2/26>検査では3459)、γ-GTPが404(前回<2/26>検査では1255)と前回よりもかなり改善しているのだが、正常基準値がALPが104~338、γ-GTPが16~73であるので、依然としてとても高い数値で楽観はできない状態である。 次回の受診日は4月23日と決定(その前に4月8日MRI検査というのは既に決定している。また、泌尿器科の次回受診日が3月30日、脳神経外科の次回受診日が4月7日なので、病院通いが続くことになる)して、会計へと回る。 会計窓口に受診連絡表を提出すると、下掲のような会計番号票が交付される。(会計番号票) 電光掲示板に会計番号票記載の番号が掲出されると、機械で支払う手続きができることになるのである。 そこそこの待ち時間を要するし、今回は薬の処方もされているので、機械での支払いが済んだ後も、薬が用意されるまでの時間待ちがあるので、その前に、喫茶・ペリカンの家で、昼食を済ませてしまおうと病院の道路向かいにある馴染みの喫茶店に向かう。(喫茶ペリカンの家の前庭から病院を望む) 上掲の病棟は入院病棟である。去年の夏には前立腺癌で、また今年の2月前半には胆管炎で、ヤカモチが入院していたのは、この病棟である。 一般外来の診療を行う病棟は、入院病棟の東側にあり、今日、ヤカモチが受診したのはこの一般病棟(下掲写真)の方でのことである。(同上・一般病棟を望む) 午後1時9分、喫茶ペリカンの家到着。 アジフライ定食を注文し、店の入口脇の喫煙ベンチでタバコ(電子タバコ)を一服。 店の前庭には色々な花が咲いていましたが、チューリップとヒヤシンスを紹介します。(チューリップ)(ヒヤシンス) 店主のももの郎女さんのお話では、久々にペリカンバス旅行が復活するようです。今年の秋頃に、なばなの里へのバス旅行を計画されているらしい。 直近では、2019年3月に実施されているから、今回実現すれば、それ以来ということで、7年ぶりということになる。<参考>ペリカンの家バス旅行・伊根、天橋立へ(その1) 2019.3.25. 同 上 (その2) 2019.3.26. 同 上 (その3) 2019.3.27. 食後のコーヒーを済ませて、喫茶店を出る。 ライフ新石切店で買い物をしてから・・。 午後2時半頃、帰宅。<参考> 入院・通院・闘病記はコチラ。 ペリカンの家関係の過去記事はコチラ。
2026.03.26
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3月16日、朝の測定 体重53.4kg、最高血圧117、最低血圧73。 ※1回目125/60(51)脈異常、2回目131/82(60)脈異常、 3回目136/61(54)脈異常、4回目117/73(62)、 5回目134/64(43)脈異常。 5回中4回脈異常。 午後から名古屋銀輪散歩の旅へ。 夜の測定 5回連続脈異常につき血圧測定断念。旅行中につき体重測定なし。 ※1回目119/56(64)、2回目118/53(64)、3回目109/52(66)、 4回目103/46(64)、5回目95/55(62) 3月17日、朝の測定 5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目108/60(65)、2回目116/45(56)、3回目105/48(53)、 4回目104/57(57)、5回目113/50(55) 夜の測定、血圧の測定を失念。 3月18日、朝の測定 5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目121/78(46)、2回目124/54(48)、3回目114/61(64)、 4回目111/62(49)、5回目126/59(48) 午後、旅行から帰宅。 夜の測定、体重測定再開。 体重55.3kg、最高血圧97、最低血圧46.5。脈拍(39.5) 16日夜~18日朝の4回の体重測定をしないでいるうちに1.9kg増加。 43日ぶりに55kg台を回復。55.3kgは63日ぶり。 ※93/46(40)、101/47(39) 最低血圧50未満の低値、脈拍40以下の低値。 3月19日、朝の測定 体重54.9kg、最高血圧89、最低血圧57.5。 ※1回目97/60(35)、2回目88/43(37)脈異常、3回目81/55(37) 3回中1回脈異常、低血圧につき、アムジロン錠、エレスト錠の服用を停止する。 夜の測定 体重55.1kg、最高血圧86.5、最低血圧46、脈拍(42.5)。 ※1回目117/47(67)脈異常、2回目99/55(65)脈異常、 3回目89/47(46)脈異常、4回目91/47(44)、5回目82/45(41) 5回中3回脈異常、低血圧。脈拍数も少なすぎる。 3月20日、朝の測定 体重55.3kg、最高血圧110.5、最低血圧55.5。 ※1回目112/60(40)、2回目123/95(45)脈異常、3回目109/51(39) 夜の測定 体重56.1kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目120/57(58)脈異常、2回目111/56(45)脈異常、 3回目118/52(49)脈異常、4回目103/49(45)脈異常、 5回目113/51(43)脈異常。 3月21日、朝の測定 体重56.1kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目106/50(74)脈異常、2回目111/59(69)脈異常、 3回目110/49(74)脈異常、4回目113/47(76)脈異常、 5回目114/53(70)脈異常。 この日の朝食後に服用すべき薬、ニュベクオ錠(癌細胞の増殖を抑える薬)が無くなったので、石切生喜病院泌尿器科へ、薬を処方して貰うべく、午前9時45分頃マイCBで外出でした。 午前10時2分、病院受付完了。 午前11時過ぎ、薬を受け取り、ライフ新石切店で、昼食用の弁当を購入し、午前11時40分帰宅。遅ればせであるが、昼食後にニュベクオ錠を服用しました。(石切生喜病院とライフ新石切店) 夜の測定 体重56.7kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目115/64(49)脈異常、2回目104/61(55)脈異常、 3回目109/53(63)脈異常、4回目97/57(51)脈異常、 5回目113/51(55)脈異常。 脈異常が頻発、メインテート錠の服用を倍増した効果はなし。 体重は56.7kgまで回復。 3月22日、朝の測定 体重56.3kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目135/77(58)脈異常、2回目158/60(47)脈異常、 3回目147/62(53)脈異常、4回目153/61(46)脈異常、 5回目141/66(49)脈異常。 脈異常につき測定血圧数値の正確性に疑問はあるものの、5回共に高値になっているので、アムロジン錠、エンレスト錠の服用を再開する。 なお、今回の朝の測定は朝食後(通常は朝食前)である。 夜の測定 体重56.6kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目104/63(60)脈異常、2回目112/71(59)脈異常、 3回目108/64(55)脈異常、4回目99/54(61)脈異常、 5回目102/59(65)脈異常。 3月23日、朝の測定 体重56.6kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目138/60(68)脈異常、2回目124/55(51)脈異常、 3回目130/67(57)脈異常、4回目128/68(59)脈異常、 5回目136/68(61)脈異常。 アムロジン錠、エンレスト錠の服用はせず、様子を見る。 夜の測定 体重56.0kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目130/58(68)脈異常、2回目108/58(68)脈異常、 3回目123/68(59)脈異常、4回目128/68(59)脈異常、 5回目108/66(61)脈異常。 3月24日、朝の測定 体重56.4kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目161/76(49)脈異常、2回目141/79(57)脈異常、 3回目124/65(51)脈異常、4回目124/70(61)脈異常、 5回目137/117(57)脈異常。 測定は通常朝食前であるが、今回は朝食後。 血圧降下剤、アムロジン錠、エンレスト錠服用する。 今日は、久しぶりに生駒の叔母を訪ね、昼食を共にする予定。 午前10時30分、CB(クロスバイク)で外出。 新石切駅まで自転車で行き、そこで駐輪場にCBを預け、大阪メトロ中央線で生駒まで行き、生駒駅前からタクシーで叔母宅へという心算であったが、家を出て少しの処で転倒、ご近所のH宅の裏庭の塀に設けられたアルミ製のドアノブに右頭頂部をぶつけてしまう事故。タンコブができてそこから出血。被っていたニット帽の裏側にくっきりと血痕。右膝も擦り剥いてジーパンが血で赤く滲んでいる。 家に取って返して、血の出ているタンコブを保冷剤で冷やし濡れタオルで出血部分を抑え血止め。幸い傷はそれほど大したことはなくすぐに出血は止まる。しかし、ズキズキと頭が痛い。 妻が頭を打ったのだから、病院に行って大丈夫か診て貰った方がいいと言い、ヤカモチもその時は頭がズキズキしていたこともあり、その気になって病院に行くこととしました。 叔母にはその旨を電話連絡し、訪問をキャンセル。 本来なら、ヘルメットを着用している筈なので頭にタンコブをこしらえるような傷は負わないのだが、この日は、新石切駅から生駒まで電車に乗ることでもあり、ヘルメットは邪魔だろうと、着用していなかったのでした。 そして、杖を短くしてザックに入れて置けばいいのに、それが面倒と長さをそのままにして自転車に括り付けていたのでした。 ところが、走り出すとサドル下をはみ出して後輪部分まで伸びた杖が後輪スポークとこすれ合っている感じで違和感あり、それで自転車に跨ったまま、杖を前方部に移動させ、後輪部にはみ出さないよう調整して括り直していたのでした。その作業中に体のバランスが崩れ、倒れそうになり、態勢を戻そうとした足がペダルか何処かに引っ掛かってしまい右側に一層傾き、転倒してしまったという次第。 その転倒した場所がHさん宅の裏庭の塀の出入口ドアの前であったことから、ドアノブに頭をぶつけてしまったのでありました。 遅まきながら、今度はヘルメットをニット帽の上から被って、病院に向かう。(石切生喜病院への道) 午前11時3分、石切生喜病院脳神経外科受診受付。 しかし、待てども、待てども、診察の順番が回って来ない。 午後2時半を過ぎたところで、キャンセルを申し出る。 「あと2人ほどですよ。」と看護師さんに言われたが、病院で待っているうちにタンコブのズキズキも消えてしまっていたし、自覚症状としては何ほどの異常も認められない、とあっては、少し大袈裟に行動してしまったか、という反省が内心にわいて来て、「どうしましたか。」というドクターの問いにどう答え、何を求めるべきかがよく分からなくなってしまったのでありました。 それに、腹も空いた(笑)。 それで、受診はキャンセルし、病院のリハビリ棟建物の1階にある喫茶COMRADEで海老フライのランチを注文。 お店の人に「3時閉店ですが、いいですか?」と尋ねられる。 馴染みの喫茶店ペリカンの家が午後3時閉店なのを知っているので、午後2時40分を過ぎた時刻に行くのも迷惑かと思って、こちらの店にしたのに、閉店時刻はどちらも同じであったのでした。 まあ、早食いヤカモチなので、料理さえ早く出してくれれば、5分足らずで食べ切る自信はある(笑)。(石切生喜病院) 午後3時、喫茶カムラッドを出て、駐輪場からCBを取り出し、ライフ新石切店へ。ヨーグルト(ヤスダヨーグルト越後姫)、チョコレート(ロッテのバッカスとラミー)、スルメ(お徳用あたりめ)、サキイカ(お徳用さきいか)、ナッツ(ナッツ&フルーツミックス)、朝食用のパン(ベーコン入り)を購入して帰宅の途につく。(ライフ新石切店) 午後3時50分、帰宅。 ライフ新石切店から自宅玄関先まで一度も自転車を押して歩くなどはせず、自宅に近づくにつれて勾配が急になる坂道も含めて全部を漕いで上ったりもできるようになっているので、それなりに脚力も回復して来ているようです。今日もそれでした。 しかし、時々神経痛のようなキリキリした痛みが、左膝外側関節部分、左骨盤下部と大腿骨とを連結する関節部分について生じるのが気になるところである。癌による痛みなのか、整形外科的な痛みなのか不明。 それと、不整脈の発生を抑止するというメインテート錠の服用を毎食後1錠から2錠に増量したにも関わらず、このところ(3月20日夜以来朝晩ずっと)8回続いて、「5回連続脈異常」が続いていること、これも気がかりであります。<参考> 入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.03.24
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 友人・岬麻呂氏からの旅便りが届いていますので、ご紹介させていただきます。 今回は、「温泉とビール一杯の会」の17回目の例会となる旅とのことですが、岬麻呂氏、T氏、Y氏に特別参加の岬麻呂夫人を加えての3泊4日の奄美大島4人旅であります。 岬麻呂ご夫妻にとっては、奄美大島への旅としては今回が9回目の旅になるそうで、「伊勢エビ料理もお目当ての旅」とのことであります。〇旅・岬巡り報告353(↓)〇添付写真1(↓) 〇添付写真2(↓) 〇添付写真3(↓) 〇添付写真4(↓) 〇添付写真5(↓)<参考>奄美大島・Wikipedia3月8日関西空港→奄美空港→(レンタカー)→あやまる岬→笠利埼灯台→原ハブ店→R58南下→奄美市名瀬港・奄美ポートタワーホテル(3連泊) 関西空港に昼前に集合し、歓談。昼便で奄美空港へ。 空港でレンタカーを借りて、北に向かい、あやまる岬へ。 島の最北端、笠利埼灯台を訪問。 T氏からのリクエストで、生きたハブの展示を見てみたいと原ハブ店に向かいましたが、夜行性のハブは昼間は微動だにせず、T氏の「怖いもの見たさ」は空振りでありました(笑)。 国道58号を南下し、奄美市名瀬港にある奄美ポートタワーホテルに宿泊であります(3連泊)。 夕食は、ビール1杯で乾杯。これは会の趣旨に合致(笑)。 岬麻呂氏はさらに黒糖焼酎を楽しまれました。 これは会の趣旨に合致しているのか(笑)。3月9日高千穂神社→R58南下→瀬戸内町・高知山展望台→(フェリー)→加計呂麻島・瀬相港→(レンタカー)→実久海岸→生間港→(峠越え)→諸鈍のデイゴ並木→徳浜→安脚場砲台跡→(フェリー)→奄美大島→R58北上→ホテルへ 旅の二日目は晴れ。市内の高千穂神社のオオシマザクラは既に葉桜。 国道58号を南下して、瀬戸内町の高知山展望台へ。(高知山展望台1)(同上2) 加計呂麻フェリーで瀬相港から加計呂麻島に上陸。<参考>加計呂麻島・Wikipedia レンタカーで西に向かい、実久海岸へ。(実久の海)(実久海岸) 実久ブルーの海で目を楽しませ、生間港から峠を越えて諸鈍のデイゴ並木へ。デイゴの花は5月頃です。(諸鈍のデイゴ並木) 徳浜経由で加計呂麻島最東端の安脚場砲台跡へ。 戻りのフェリーの最終便で奄美大島に戻り、国道58号を北上してホテルに帰還。3月10日大浜海浜公園・宮古崎展望台→大和村・群倉(高倉式建築群)→徳浜→宇検村→瀬戸内町・古仁屋→フェリー乗り場2F(昼食)→ホノホシ海岸→竜郷町・島のブルース歌碑→西郷隆盛流謫地→大熊展望台 旅の三日目は、島を反時計回りに巡ります。(アメリカデイゴ) 東シナ海側に出て、大浜海浜公園、宮古崎展望台へ。 大和村・群倉(高倉建築群)、徳浜の絶壁を見て、宇検村から山越えで瀬戸内町・古仁屋へ。 フェリー乗り場1階にある漁協直営店「海力」にて伊勢エビ料理の昼食をという目論見は外れることとなりました。伊勢エビの禁漁期に当たっていたとあっては是非もなしです。 2階のレストランで海鮮丼の昼食。 新鮮安価で大満足とのことですから、全て良しです。(ホノホシ海岸) ホノホシ海岸(玉石の海岸で、波が打ち寄せると石が鳴く)に立ち寄り、北上して、竜郷町・島のブルース歌碑、西郷隆盛流謫地を訪ね、名瀬港を見下ろす大熊展望台からホテルに帰還。3月11日島第一のガジュマル→蒲生崎観光公園→笠利埼灯台→あやまる岬→奄美パーク→奄美リゾートばしゃ山村→奄美空港→関西空港 最終日も快晴の好天気。(オオシマザクラ) 北上して、奄美大島第一のガジュマル」の巨木を見学。(樹齢400年のガジュマル) 蒲生崎観光公園を訪ね・・。(八重の寒緋桜) 笠利埼灯台、あやまる岬を巡る。(笠利埼灯台) 奄美大島最北端の笠利埼灯台です。(あやまる岬) 奄美パークで昼食予定であったが、定休日。(奄美の海・ばしゃ村海岸) 南下して奄美リゾートばしゃ山村で昼食。あぐー豚の超特大トンカツに挑戦するも、完食はできずでありました。 夕刻便で奄美空港から関西空港に帰還です。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2026.03.22
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 (承前) 名古屋城正門前に戻り、再びトレンクルで、清洲城へと向かう。 国道22号(菊ノ尾通り)を西へと進みます。 上更交差点で、国道22号は直角に北方向に右折しているが、道なりに直進すると県道190号になる。 この付近で丁度12時となったので、上更交差点の南東角にあった和食さとで昼食とする。 昼食後、県道190号を直進すると、名鉄東枇杷島駅南側踏切である。これを渡ると、道は緩やかにカーブして北北西に向きを変える。 庄内川に架かる枇杷島橋を渡ると名古屋市から清須市に入る。(庄内川・枇杷島橋、これより清須市) この先は工事中で、高架道は進めず、ひとまず下に下ります。 下りると問屋町交差点。200mほど行くと名鉄西枇杷島駅前の踏切。 これを渡り、道なりに進む。 道路表示が県道67号とある。自宅で調べた時の地図では県道190号であったので、道を間違ったかと頭の中が混乱。 明電舎名古屋工場の前を過ぎると新川という川に出る。 新川大橋という橋が架かっている。 自転車で走って来られたご婦人に清洲城を尋ねると、この道を直進し、マクドナルドが右手にあり、そこから左手を見ると清洲城の天守閣が見えるとの説明を受ける。道は間違っていなかったよう。県道67号は県道190号でもあるということであったようです。 新川大橋を渡り、道なりに直進。 キリンビール名古屋工場を左に見て道なりに進むと、西田中交差点に出た。そこにあったのがマクドナルド。左方向を見やると、城の天守らしき建物が目に入る。見覚えのある城である。 清洲城は、新幹線の中からも良く見え、これまで何度となく目にしていたのであるが、こうして訪ねるのは初めてである。一度は訪ねてみたいと思っていたので、漸く念願が叶ったことになる。 県道67号は西田中交差点で西(左)へと大きくカーブしている。 道なりに200mほど進み、JR線の手前で右に入ると清洲城である。(清洲城・東側から) 駐輪場にトレンクルを停めて、上掲写真に写っている木製ベンチに腰掛けて少し休憩。電子タバコを一服、トイレ(上掲写真左側の建物)を済ませてから、城の表側に回る。(清洲城・西側から) この赤い橋は五条川という川を跨いで西側にある清洲公園と繋がっているのであるが、そのことに気付かず、橋の中ほどから城門の中へと引き返してしまいました。 清洲公園が清洲古城跡とあるから、それを見ずに引き返してしまったのは、迂闊なことでありました。 こういう風に歩いての移動に消極的になってしまっているヤカモチなので、このような見落としがどうしても多くなる。 清洲城天主閣に入場します。 四層のこじんまりとした城であるが、内部には信長ゆかりの展示やビデオ映像の放映があり、楽しめる仕掛けになっている。(信長公の清須城下) 4階建て相当の建物なので、大したことはないが、注意しながら階段を上り、最上階へ。(清州城天主閣からの眺望、パノラマ撮影) 清洲城の観覧券の裏面にこんな説明が記されていたので、参考までに転記します。◆「天主」と「きよす」の表記について◆「天主閣」の表記に関しては、現在通常使われる「天守閣」の語源にさまざまな説があり、「殿主」「殿守」「天主」などの表記が確認されています。信長公の事績を記した「信長公記」に「天主」と表記されていることから、再建にあたり「天主閣」の字をあてることにしました。また、この城の名や地名は、歴史的には長く「清須」の字があてられており、明確な基準が存在しなかったころには同時代の古文書でも「清須」「清洲」が併行して使用されている例があります。 当館では、展示上の混乱を避けるため、展示要素に関する表記は、下記の基準に基づいて解説いたしております。●慶長15年(1610)の「清須越」以前に登場する地名、施設としての名称は「清須」「清須城」「天守閣」と表記。●「清須越」以降から平成17年(2005)清須市誕生以前の宿名、村名、町名は「清洲」と表記。●当施設の名称として使用する場合「清洲城」「天主閣」と表記。 来た道を取って返します。 来た道を引き返すのは芸のないことであるが、地図も持たず、地理感もない名古屋とあっては、別ルートで帰るのは道に迷ってしまうこと必定である。(庄内川、枇杷島橋から上流側を望む) はい、庄内川の枇杷島橋まで戻って来ました。名古屋市域に入ります。 ほぼ完ぺきに来た道を引き返し、と言っても名古屋能楽堂前の陸橋までは一本道であるから、自慢にはならない(笑)。 午後3時45分前後にホテルに帰還。 部屋で少し休憩して、午後6時半頃から外出。 もんじゃ屋というお好み焼き屋で夕食。 下掲の写真は、翌日3月18日の朝に店の前を通りかかったのでこれを撮影したもの。(もんじゃ屋) 3月18日、ホテルを9時40分頃チェックアウト。 喫茶店で時間を潰し、昼食も名古屋で済ませてから京都へ。(名古屋駅・15番ホーム) 午後3時50分頃、小雨降る中、近鉄大和西大寺経由で帰宅。 リハビリ銀輪散歩のレスパイト名古屋合宿、無事終了であります。 (完)<参考>過去記事、銀輪万葉・その他篇はコチラ。
2026.03.21
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 (承前) リハビリ名古屋銀輪散歩2日目(3/17)は、名古屋城に向かいます。 午前9時、ホテルの前でトレンクル(軽量小型折りたたみ自転車)を組み立て、出発。 名古屋環状線高架道路の下の広い通りに出て、円頓寺交差点に到ると織田信長像と豊臣秀吉像がありました。(織田信長像・円頓寺交差点)(豊臣秀吉像・同上)(同上位置図) 道路の向かい側には、水戸光圀像、徳川家康像もあったようだが、撮影はせず。 円頓寺商店街を通り抜けると、堀川に架かる五条橋。(五条橋)(同上・説明碑) 五条橋は渡らず、堀川に沿った道を北上。景雲橋で堀川を渡り、東へ。新御園橋交差点で左折、愛知県図書館の前の国道22号を北へ。 図書館の北隣は丸の内中学校。丸の内という地名になっているから、もう名古屋城の域内に入っていることになる。 目の前に陸橋。横断歩道はないので、自転車を押しながらこれを渡る。(名古屋城天守閣遠望) 陸橋に上がると眺望が開け、目の前に名古屋城の天守閣が遠望される。 手前に屋根が写っている建物は名古屋能楽堂。 写真を撮っている時には気が付かなかったが、手前に写っている武将の銅像は、この能楽堂の前庭に設置されているのだろうが、調べてみると加藤清正の像とのこと。(名古屋城・天守閣) 天守閣は耐震強度に問題があり、現在は入館を停止しているとのことで、観光客は入れません。 ということで、本丸御殿を見学させていただきます。(同上・本丸御殿)(同上・パンフレット1)(同上2)(同上3)(名古屋城本丸御殿内部01)(同上02・玄関)(同上03)(同上04)(同上05)(同上06)(同上07)(同上08)(同上09)(同上10)(同上11)(同上12)(同上13)(同上14)(同上15)(同上16)(同上17) 絢爛豪華と云うほかない襖絵など、見事なものです。 しかし、おぼつかない足取りのヤカモチには、足腰に応える歩行、疲れてしまいました。(名古屋城・天守閣2) このアト、清洲城に向かいますが、ページを改めることにします。(名古屋城、清洲城観覧券) (つづく)<参考>過去記事、銀輪万葉・その他篇はコチラ。
2026.03.20
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3月16日から18日までの予定で、ヤカモチ流レスパイトひとり合宿のリハビリ銀輪散歩に名古屋まで出かけましたので、その記事をアップすることとします。 名古屋は現役の頃には何度か仕事で訪れたことがあるものの、もう20年以上も前の事になる。従って、ブログを始めてからでは、初めての訪問ということになる。名古屋については地理感が殆どないので、駅近くのビジネスホテルに宿をとり、取り敢えず名古屋城と清洲城、熱田神宮などを銀輪散歩してみようという次第。 3月16日、午後1時少し前に名古屋に到着。駅構内のカフェレストランで昼食を済ませてから、ホテルに宅配便で送って置いたトレンクル(軽量折りたたみ自転車)を受け取り、熱田神宮に向かいます。 地図で調べると、熱田神宮は国道19号(伏見通り)を南下すればいいだけのようなので、道に迷うこともないだろうと思う。(国道19号<伏見通り>伏見袋町付近) 国道19号は、上の写真のように車道とは鉄パイプ防護柵で隔離された自転車専用道が整備されているので、安全快適に走れる。(熱田神宮公園)(同上・案内地図) この公園の隣に接して熱田神宮があるのかと思いきや、さにあらず。更に国道を進んだ反対側に見える森が神宮のそれでありました。 国道を渡って反対側歩道に移り、信号を一つ渡った先にあったのが熱田神宮の境内摂社と思われる下知我麻神社。(下知我麻神社)(同上・説明碑) 下知我麻神社の祭神は宮簣媛命の母である真敷刀俾尊とある。(熱田神宮・南鳥居) 観光バスの駐車場が鳥居前にあり、その片隅に金属柵で囲んだ駐輪場所が設置されていました。 此処からは杖を取り出し、杖を頼りに徒歩で境内に入って行きます。(同上・境内側から撮影) 鳥居から奥へと進み、左手の鳥居を潜り本・拝殿へ参道を進む。 参道の左手に大楠。(熱田神宮の大楠)(同上・説明碑) この大楠は弘法大師のお手植えと伝えられ、樹齢は1000年以上とのことであります。 参道右手には、熱田神宮の歴史を記載した木製パネルが掲示。<参考>熱田神宮・Wikipedia(熱田神宮・祭神&草薙神剣誕生) 主祭神:熱田大神 三種の神器の一つである草薙神剣を神体とする天照大神を指すとされる。 相殿神:天照大神、素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命。 相殿には、草薙剣に縁のある神が祀られている。 素盞嗚尊は、ヤマタノオロチ退治の際に、ヤマタノオロチの尾の中から草薙剣を発見し、天照大神に献上した。 天照大神は、その草薙剣を天孫降臨の際に迩迩芸命(ににぎのみこと)に授けた。 日本武尊は、草薙剣を持って蝦夷征伐を行い活躍したあと、妃の宮簀媛命のもとに預けた。 宮簀媛命は、熱田の地を卜定して草薙剣を祀った。 建稲種命は宮簀媛命の兄で、日本武尊の蝦夷征伐に副将として従軍した (Wikipediaより)。(同上・安土桃山期、織田信長・豊臣秀吉)(同上・大正期、日本武尊千八百年祭)(同上・拝殿<外玉垣御門>)(同上・本殿) 拝殿から見えているのが本殿なのか、更にその奥に本殿があるのかは分からないが・・。 取って返して社務所の奥に回ると、神楽殿。(同上・神楽殿) 熱田神宮を出て、駐輪場に戻り、来た道を引き返します。 途中見かけた大須観音を目指します。(大須観音)(同上・略縁起)<参考>大須観音・Wikipedia ヤカモチは西側の国道19号を北上して来たので、西門から境内に入場したことになる。南側の仁王門が正門になるから、裏口からの入場であったことになる。 境内・西門を入って右側にあるのが大正琴発祥之地碑。(同上・大正琴発祥之地碑)(同上・大正琴発祥之地碑の副碑) 副碑によると、大正時代に大流行した大正琴は、明治45年に大須の住人・森田五郎氏が八雲琴をもとにして作り上げた小型で手軽な二弦琴(菊琴)がその原型で、当地が大正琴発祥の地になるとのこと。 西門を入って左側にあるのが、人形供養塔。(同上・人形供養塔)(同上・人形供養祭の由来) 一方、仁王門の左手にあるのが、芭蕉の句碑。(同上・芭蕉句碑)(同上・芭蕉句碑副碑) いざさらば 雪みに ころぶ所まで 副碑によると、「貞享4年12月3日の夜に如行、夕道、荷兮、野水※らと俳諧を催した際に、折からの雪にこの句を得て、書肆風月堂の堂主・夕道に書き与えた句だと云う」とあるが、手許の「芭蕉全句集」(角川ソフィア文庫)によると、上五の句が「いざさらば」ではなく「いざ行(ゆか)む」となっていて、初案は「いざ出(いで)む」だとある。その後の元禄三年其角編の「花摘撰集」に於いては「いざさらば」と記されているとの解説が付されている。(※注)如行(じょこう):美濃大垣の蕉門俳人、大垣藩士・近藤源太夫。 夕道(せきどう):尾張名古屋の蕉門俳人、書肆風月堂の長谷川孫助。 荷兮(かけい):尾張名古屋の蕉門俳人、山本周知、後に離反。 野水(やすい):尾張名古屋の蕉門俳人、富商の岡田佐次右衛門。 午後5時過ぎ、ホテルに帰り着き、チェックイン。 少し部屋で休憩してから、夕食に出掛けました。一人焼肉の夕食。<参考>過去記事、銀輪万葉・その他篇はコチラ。(つづく)
2026.03.19
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3月11日、夜の測定 体重52.3kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目117/55(53)、2回目109/61(47)、3回目111/57(64)、 4回目104/52(51)、5回目102/62(49) 脈異常も脈拍数が50を下回る数値となると流石に少し心配な気にもなるが、拍動が急に多くなる動悸とは違って、拍動が飛んでいても自覚症状は全くないので、それと気付くことはまずない。 3月12日、朝の測定 体重52.0kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※112/48(45)、2回目107/48(49)、3回目111/53(45)、 4回目104/50(41)、5回目108/66(63) これで5日連続で「5回連続脈異常」が続いて居り、正しい血圧が測定できない状況が続いている。今朝の食後からメインテート錠を倍増の2錠服用に引き上げたので、その効果が現れるかどうか。 脈拍数(括弧内の数字)が50を下回る(5回測定中4回が50未満の数値)などの異常事態になっているのが気がかりである。また、正しい血圧数値であるのかどうか不明であるが、最低血圧の測定数値が5回測定中2回も50を下回る数値となっているのも気がかりである。 夜の測定 体重53.4kg、最高血圧100、最低血圧50.5。脈拍38.5 ※1回目110/50(38)脈異常、2回目98/49(44)脈異常、 3回目97/50(38)、 4回目103/51(39) 脈拍数が4回測定中4回50を下回り、うち3回は40を下回る異常な数値となっているので要注意。脈異常(不整脈)が頻繁に起こると心臓が弱ることがあるということを医師から聞いているが、心臓が弱って脈拍数が少なくなっているということではないことを祈る。 3月13日、朝の測定 体重53.1kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目127/52(67)、2回目128/68(66)、3回目135/60(71)、 4回目133/59(68)、5回目133/63(69) 夜の測定 体重63.9kg、最高血圧101、最低血圧60.5、脈拍40.5 ※1回目99/69(41)、2回目104/57(42)脈異常、3回目103/52(40) 脈拍数が50未満40~42と異常に少ないが、脈異常のマークなし。 3月14日、朝の測定 体重53.7kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目123/56(69)、2回目126/97(62)、3回目130/97(71)、 4回目119/48(67)、5回目131/54(63) 夜の測定 体重53.0kg、最高血圧117、最低血圧43。 ※1回目113/51(45)脈異常、2回目120/52(45)脈異常、 3回目117/52(43)、4回目111/56(43) 相変わらず脈拍数が異常に少ない。 3月15日、朝の測定 体重51.9kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目120/58(54)、2回目121/56(52)、3回目107/49(47)、 4回目109/50(48)、5回目111/47(52) 昼食後はNHK杯TV囲碁トーナメント決勝戦、余正麒選手権者vs井山裕太碁聖の対局をTV観戦でした。(第73期NHK杯囲碁選手権決勝戦・序盤戦) 挑戦者井山碁聖の黒番、タイトル保持者余選手権者の白番で碁が始まりました。 序盤戦、右上隅の黒石の生きを先ず図るという風にヤカモチなら打ったことでしょうが、これを捨てて、左辺に模様を張るという戦法を取った井山碁聖。AIの診断でもこの方が黒有利となっていましたから、これが正解なんでしょう。(同上・終盤戦)(同上) 昨年度と同じ顔合わせでありましたが、今回は井山碁聖が2目半の差で勝利。雪辱を果たし、6年ぶり4度目の優勝となり、タイトルを奪還されました。白熱した面白い碁で、大いに楽しめました。(同上・2目半の差で黒番の勝利) 盤面では黒49目、白40目で、白は6目半のハンディ(コミ)があるので、その差は2目半ということになる。 夜の測定 体重53.4kg、最高血圧98.5、最低血圧53.5、脈拍40.5 。 ※1回目106/56(47)脈異常、2回目99/45(41)脈異常、 3回目102/54(41)、4回目95/53(40)<参考> 入院・通院・闘病記はコチラ。 囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~53.4
2026.03.15
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 (承前) 昨日、3月11日は囲碁例会の日でありました。 この日は、同時に循環器内科受診予約の日でもあったので、いつもとは違って、病院まで自転車CBで行き、病院最寄り駅である新石切駅の駐輪場に自転車を預け、同駅から森ノ宮駅経由で大阪駅までというルートで囲碁会場の部屋がある梅田スカイビル付属棟の建物に向かいました。大阪駅到着までは昨日・11日の記事に記載の通りでありますので、本記事は、大阪駅を出たところから始めることとします。 ランチを大阪駅構内の店で済ませて、大阪駅を出たのは12時34分。(大阪駅を出て梅田スカイビルへと徒歩で向かう) いつも目にする緑色の熊さんのような像が横綱を締めていると思ったら、それは現在大阪で、場所は北地区の梅田ではなく、南地区の難波であるのだが、大相撲春場所が開催されているからのようです。(大相撲三月場所版のみどりの熊さん) この時期限定スタイルの熊さんです。 うっかり、ステッキを持参するのを忘れたので、足元が心もとない感じであるが、ともかくも梅田スカイビルを目指す。(梅田スカイビルへ) トボトボと覚束ない足取りで歩きながら、道路脇の植え込みを覗くと、アセビの花が咲いていました。(アセビ・馬酔木)我(わ)が背子に 我(あ)が恋ふらくは 奥山の あしびの花の 今盛りなり (万葉集巻10-1903)(あなたに私が恋することは、奥山のアセビの花のように、今が真っ盛りです。) 隣には白花のジンチョウゲの花も「今盛りなり」であります。(沈丁花・白花) 上掲の万葉歌は、作者不詳であるが、女性作の歌。 これを文字って男版の歌をジンチョウゲで作ってみると・・。我妹子(わぎもこ)に 我(あ)が恋ふらくは 沈丁花(ぢんてふげ) 梅田の里に 今盛りなり (恋家持) 12時50分頃、梅田スカイビルに到着。 ガーデンファイブ棟のエレベータに乗ろうとしているところで、村〇氏とバッタリ。一緒に5階の部屋へ。 我々が一番乗りです。 早速、同氏とお手合わせ。 間もなく、平〇氏、続いて福麻呂氏が到着。 隣で、両氏の対局が始まる。 さて、村〇氏との対局は、大差でヤカモチの勝ち。 平〇氏vs福麻呂戦は福麻呂氏の勝利。 メンバーチェンジし、勝ち組同士ということで、2局目は、福麻呂氏との対戦となりましたが、これも10数目の差でヤカモチの勝ち。 ヤカモチの勝ちは、ハンディに助けられての勝利であって、手放しで喜べるようなものではないのだが、まあ勝ちは勝ちであるから気分は悪くないというものであります(笑)。勝ち負けは 二の次の事 言ひつつも 負けより勝ちは 気分よきもの (碁家持) ということで、今日はヤカモチの2戦2勝。 これで今年に入っての成績は9勝6敗。2023年以来3年連続して負け越しの年が続いているので、今年こそは何とか勝ち越したいものであります。 まあ、負けても勝っても碁は楽しいもので、このように勝ち負けを記録するのでなければ、ヤカモチも「勝ち越し・負け越し」どちらであってもいいのですが、ブログに記録している関係で、負け越し続きではやはり「いかん」という気になるというものです(笑)。 勝敗によって各自の持ち点が増減し、互いの持ち点差によってハンディをつけるという形で対局をしているので、負け続ければハンディが有利になって、勝ち易くなり、勝ち続けるとハンディが不利となり勝ち難くなるという理屈になっている筈。 然るに、3年も連続して負け越しが続くというのは、相対的にヤカモチが弱くなっている、もしくは、相手が強くなっているということであるのでしょう。 この日は、各自2局をこなしたところで午後2時半、もう打ち止めにしようという空気になり、早めの解散となりました。 ヤカモチは往路を逆に辿る形で、大阪・梅田→森ノ宮→新石切→自転車で→自宅ということになります。 今日は例会が早くに終わったこともあるが、午後3時40分頃に帰宅できました。いつになく早い時刻の帰宅でありました。<参考>囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~
2026.03.12
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3月8日、夜の測定 体重52.7kg、最高血圧101.5、最低血圧61。 ※96/63(86)、107/59(79) 血圧は正常値。 但し、1回目測定値が100未満なので、朝の測定値次第で、血圧降下剤の服用を停止するかどうかを判断することとする。 3月9日、朝の測定 体重52.3kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目114/73(66)、2回目108/89(59)、3回目96/56(55)、 4回目113/71(56)、5回目106/68(58) 朝食後、メインテート錠(不整脈の薬)のみ服用し、血圧降下剤のアムジロン錠、エンレスト錠は服用を停止。その他の薬は通常通り服用。 夜の測定 体重52.4kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目105/50(57)、2回目110/65(58)、3回目100/45(58)、 4回目93/53(57)、5回目101/49(49) 3月10日、朝の測定 体重51.6kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目119/56(63)、2回目115/80(59)、3回目117/63(67)、 4回目96/56(65)、5回目116/61(70) 朝食後、メインテート錠(不整脈の薬)のみ服用し、血圧降下剤のアムジロン錠、エンレスト錠は服用を停止。その他の薬は通常通り服用。 夜の測定 体重53.3kg、最高血圧126、最低血圧76。 ※1回目126/76(80)、2回目125/59(74)、3回目85/62(65)、 4回目89/45(62)、5回目91/47(58) 血圧は5回測定中4回が脈異常、1回目のみ正常値。 3月11日、朝の測定 体重52.9kg、5回連続脈異常につき血圧測定断念。 ※1回目137/72(72)、2回目132/64(64)、3回目127/72(61)、 4回目114/63(57)、126/67(56) 朝食後、メインテート錠(不整脈の薬)のみ服用し、血圧降下剤のアムロジン錠、エンレスト錠は服用を停止。その他の薬は通常通り服用。 今日は、循環器内科受診の日。そして、囲碁例会の日でもある。 よって、病院までCBで行き、病院受診終了後、新石切駅の駐輪場に自転車を預け、同駅から電車で梅田スカイビルまで出向き、囲碁例会に出席し、帰路は新石切駅に戻り、同駅からCBで自宅までという予定でいる。 但し、囲碁例会出席後の行動についての記事は、明日12日にアップすることとし、今日は、病院受診、新石切駅乗車・森ノ宮駅経由大阪駅到着までを記事にします。 午前8時25分、CBで外出、石切生喜病院循環器内科へ。 午前8時40分、病院到着。 午前8時42分、機械による受診受付。 2階検査室にて、心電図計測。 午前9時頃、循環器内科受付。待つ事1時間余。 午前10時過ぎ、循環器内科受診。 担当医I先生の話だと、不整脈の発生頻度が高過ぎるとのこと。現在服用中のメインテート錠の量を倍増し2錠服用とする旨の提案あり、これに従うこととする(メインテート錠は一度に5錠まで服用することが許容されているとのこと)。 既に多くの薬を毎日飲んでいるので、更なる薬の増量は、肝臓にとっては望ましくないことという気がするので、悩ましいが、当面2錠服用を実施することとします。不整脈の発生頻度が多過ぎると心臓を弱らせる心配もあるというので、止むを得ないか。 会計を済ませ、処方された薬を受け取り病院を出たのは午前10時50分過ぎであります。 自転車CB(クロスバイク)で新石切駅へ。同駅の高架下駐輪場にCBを預けて、大阪メトロ中央線で森ノ宮駅経由で大阪駅へと向かう。 午前11時8分、新石切駅発。(新石切駅11時7分) 午前11時24分、森ノ宮駅着。乗り換え。 午前11時30分、JR大阪環状線森ノ宮駅発。 午前11時41分、大阪駅着。 JR大阪駅のみどりの窓口で、今月16日から予定している名古屋方面銀輪散歩レスパイト合宿のための新幹線切符(3月16日京都→名古屋、3月18日名古屋→京都)を購入。 丁度、みどりの窓口の向かいに食事のできる店があり、ここでランチ(カルボナーラ・パスタセット、スープ&野菜サラダ付き)と珈琲を注文。 みどりの窓口では整理券が機械で発行され、その整理券記載の番号順に窓口に案内するという方法が取られて居り、向かいの店の外テーブルに席を取ると、恰もみどりの窓口の椅子に座って待っているのと同じ状態で、番号が案内されるのを待ちながらランチを食べることが可能であり、頗る好都合。 ということで、ヤカモチは整理券を受け取った後、その店に入り、ランチを注文したという次第。(向かいの店のテーブル席から食事しつつ、みどりの窓口を撮影) 上掲写真の後ろ姿の人たちは自身の番号が呼び出されるのを待っている切符購入希望者の皆さん。写っているのはごく一部で、実際には、写真には写っていない左右に多くの人が待っています。 切符の販売受付窓口は1~15番(だったか・笑)まであるので、かなりスムーズに事が運んでいるように見える。 立っている男性はマイクで番号案内をしている係員。 店の外側のテーブル席に陣取ったヤカモチと彼らとの間の距離はほんの数メートルですから、仮に食事途中で呼ばれても食事を一時中断して、切符購入に向かうことができる状態が確保できる。 並んだり、待ったりするのが嫌いなヤカモチでもストレスフリーで時間が過ごせるという次第。 実際、食事を終えて2~3分程度で、ヤカモチの番号が呼び出されましたから、まさにヤカモチの狙い通りの展開でありました(笑)。 この後の囲碁例会については、明日12日の記事としてまとめることにします。<参考> 入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.03.11
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 MoMo太郎篇(その2) 偐万葉シリーズ第351弾、偐万葉・MoMo太郎篇(その2)を記事アップします。 ブロ友、MoMo太郎氏へのコメントに付した歌を集めたものが、偐万葉・MoMo太郎篇であります。 MoMo太郎氏(偐万葉では万葉風にMoMo麻呂と呼ばせていただいています。)とは、2022年12月1日からのブログ上のお付き合いになります。 偐家持がMoMo麻呂に贈りて詠める歌20首いにしへに ありけむ人の ごとやわれ 殿むかへむと 江戸方見附 (戸塚家持)(本歌)いにしへに ありけむ人も 我がごとか 三輪の檜原に かざし折りけむ (柿本人麻呂歌集 万葉集巻7-1118) (20231220戸塚江戸方見附byMoMo太郎)またひとつ 寄る年波の この頃は 老いにあらがふ 日々にしあれり (老家持) (20231228花園中央公園byヤカモチ)和テイストの 品(しな)にしあれば 万葉の 和歌添へてみむ ヤカモチわれは (偐家持) (20240205桜美人byヤカモチ)切髪(きりかみ)の よち子の如き 梅林(ばいりん)も 来(く)る春ごとに まさやかに咲け (梅家持) (20240208枚岡梅林の梅の花byヤカモチ)春告げの 花にしあれば 梅の花 プリマベーラの 花とぞ呼ばな (梅マベーラ)(注)初案「花とぞ呼ばむ」を「花とぞ呼ばな」に修正。飽かなくに まだきも花の 散るらむか 風のなごりの 波と惜しめど (偐貫之)(本歌)飽かなくに まだきも月の 隠るるか 山の端にげて 入れずもあらなむ (在原業平 古今集884) さくら花 ちりぬる風の なごりには 水なき空に 浪ぞたちける (紀貫之 古今集89) (注)まだき=早々と (20240413花園中央公園の桜byヤカモチ)みの年に あれど枚岡 神社欠け 稲荷石切 二社の絵馬なり (二社内巳恒(にしゃのうちのみつね)) (20250101石切神社と瓢箪山稲荷神社の絵馬byヤカモチ)折々に 咲ける花にし 折々の 季節をめでつ 銀輪駆けな (花家持) (20250208ロウバイの花byヤカモチ)副作用 あれやこれやと あるけれど わけてもつらきは 味覚の異常 (異味家持)待てぬとは 待たぬことなり 待つといひ 待てぬとあらば 待たずもあらめ (偐家待(にせやかまち))(本歌)来(こ)むといふも 来(こ)ぬ時あるを 来(こ)じといふを 来(こ)むとは待たじ 来(こ)じといふものを (大伴坂上郎女 万葉集巻4-527) 追ひて和せる歌1首待つといふも 待たぬ時あり 待たぬといふ 待つとは行かじ 待たぬといふを (偐家行(にせやかゆき))通院も リハビリなれば 帰り道の 坂のぼるべし 息切らすとも (坂上家持) (20251123通院の帰り道byヤカモチ)この病気 一筋縄に 行かぬもの 一進一退 笑ふほかなし (笑家持)金宝樹の 赤きブラシも 黄楊(つげ)の梳(くし)も 君し居なくば 手には取らざる (偐磨娘子)(本歌)君なくば 何(な)ぞ身よそはむ 匣(くしげ)なる 黄楊(つげ)の小梳(をぐし)も 取らむとも思(も)はず (播磨娘子 万葉集巻9-1777) (20260105キンポウジュbyヤカモチ)囲碁初(はじ)め 梅田の道は 遠くとも 杖を頼りに 無理をしなさむ (囲碁家持)(本歌)ひさかたの 天路(あまぢ)は遠し なほなほに 家に帰りて 業(なり)をしまさに (万葉集巻5-801) (20260107梅田スカイビルbyヤカモチ)病院の 予約時間は いい加減 分かっちゃいるけど ついつい期待 (予約家持)胆嚢炎 胆管炎を 淡々と 記事にしつれば 担担麺欲し (坦家持) (20260203胆汁ドレナージバッグbyヤカモチ)人権が などとは言はじ 面会の 制限ルール ゆるやかがよし (面会家持)出会ふべく して出会ひたる 人ありしを 有難かりと 今更に思(も)ふ (偐家持) (20260222鉢伏山byヤカモチ)それ歌と 言へるものかは われ知らね 数のほどなら 歌人(かじん)の仲間 (偐歌人)<参考>MoMo太郎氏のブログはコチラ。 過去の偐万葉・MoMo太郎篇はコチラ。
2026.03.10
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 偐万葉・もも篇(その8) 偐万葉シリーズ第350弾、偐万葉・もも篇(その8)であります。 最近は、体調のこともあったりして、ブロ友さんのブログを訪問するということも減っています。 偐万葉の基本は、ブロ友さんのブログ記事を訪問し、その記事へのヤカモチ・コメントに添えた歌を集めて歌集風に編纂するというものでありましたが、最近は自身のブログ記事に書き込みいただいたコメントに対する返事コメントに添えた歌で手一杯というような状況になっています。 これも体調不良の所為とご寛恕賜れば幸甚に存じます。また、偐万葉に取りまとめる基準は、ヤカモチ作の歌が20首以上に達したら可及的速やかにその編集に着手するというものでありましたが、作歌数が激減している昨今でありますので(但し、今年に入ってからは作歌数は順調に増えています。)、なかなか20首に到達しません。 少し編集基準のハードルを引き下げる必要があるかもしれませんね。 ただ、此処に来て偐万葉シリーズ記事が相次いでいるのは、ほぼ時期を同じくして20首に到達したブロ友さんがたまたま相次いでいることによるものであります。 ということで、本日の記事は、馴染みの喫茶店・ペリカンの家の店主である「ももの郎女さん」(彼女のブログハンドル名は「☆もも☆どんぶらこ☆」)関係の、偐万葉・もも篇(その8)といたします。 もも篇は2021年1月23日以来のこととなりますので、実に5年1ヶ月余ぶりということになります。 偐家持がももの郎女に贈りて詠める歌20首北の地へ いつし旅立つ つぐみつぐみ 大和ははやも 春立つらむぞ (鶫家持) (20210203つぐみbyヤカモチ)夕空は 道たづたづし 今少し 痩せてから飛べ ふくらヒヨドリ (太宅女)(本歌)夕闇は 道たづたづし 月待ちて いませわが背子 その間にも見む (大宅女 万葉集巻4-709)梅の花 咲きか散るらむ 春雨に 泣けとや流る 告別の歌 (偐家持)はちまんの はとが二羽にて なすハート そこらのハトの くちばしにあり (鳩家持) (20210423手向け山八幡宮御紋byヤカモチ)アシストは わが銀輪に あらざれど 語るは楽し あれやこれやを (銀輪家持)潮騒(しほさゐ)の 三島の本を あれやこれ 妹読みをへて 感動語る (偐家持)(本歌)潮騒(しほさゐ)に 伊良虞(いらご)の島辺(しまへ) 漕ぐ舟に 妹乗るらむか 荒き島廻(しまみ)を (柿本人麻呂 万葉集巻1-42) (20211023「潮騒」)二人行けば 道は楽しも 秋山の 生瀬武田尾(なませたけだを) もみつその道 (福知山郎女)(本歌)二人行けど 行き過ぎがたき 秋山を いかにか君が ひとり越ゆらむ (大伯皇女 万葉集巻2-106)鞍馬貴船 きみがブログの 記事に見て 行きしはいつと しらべつるかな (偐家持)(本歌)遮那王が 背くらべ石を 山に見て わがこころなほ 明日を待つかな (与謝野鉄幹) (20211121鞍馬・木の根道)毎年(としのは)に 春の来たらば かくしこそ ブログに梅の 記事をし書かめ (梅家持)(本歌)毎年(としのは)に 春の来たらば かくしこそ 梅をかざして 楽しく飲まめ (野氏宿奈麻呂 万葉集巻5₋833)土の上の 石をぐらぐら もぐららし もぐらもぐもぐ 揺らしてあれば (偐土竜)しづやしづ しづのをだまき くりかへし ぷかりぷかりと タバコをわれは (やかもち)(本歌)しづやしづ しづのをだまき くりかへし むかしをいまに なすよしもがな (静御前 吾妻鏡) ももの郎女のブログ開設6周年寄せて詠める歌1首楽天に ブログ開きて はや六年(むとせ) 次の六年(むとせ)も たひらけくあれ (偐家持) (20230307ブログ始めて6年)あぢさゐの 花咲く朝(あさ)に ありがたうと 言ひて我妹(わぎも)は みまかりましぬ (偐家持)あさいちの 絵本とどけむ ペリカンの 家へごごいち 銀輪駆けて (輪島家持) (20240308絵本「あさいち」)苦しきは 味無きものや 苦(にが)きもの 生きむがためと 食はむとすること (苦笑家持)うましとふ 言(こと)の葉このごろ 忘れたり 無味(むみ)も無意味と たがふこのごろ (無味家持)本命も 義理もなき世の しがらみの バレンタインの チョコをおひとつ (反命家持) (20260214バレンタイン)小万知(こまち)より ヤカモチを経て ペリカンに 届きて活(い)きぬ 嵯峨野花譜(さがのかふ)これ (街角家持)嵯峨野花譜(さがのかふ) 読みたる人の 良しと言へば 小万知ヤカモチ もも(桃)も良しとぞ (三叉路家持) (20260302「嵯峨野花譜」byヤカモチ) ももの郎女のブログ開設9周年寄せて詠める歌1首早や九年(くとせ) ブログ開設 記念の日 次の九年(くとせ)も がんばりませう (ガンバ家持) (20260306ブログ始めて9年)<参考>過去の偐万葉・もも篇はコチラ。 ☆もも☆どんぶらこ☆さんのブログはコチラ。 ペリカンの家関係記事はコチラ。<脚注>掲載の写真は、byヤカモチとあるものは当ブログ記事に掲載の写真の転用再掲載、それ以外の写真は、☆もも☆どんぶらこ☆さんのブログからの転載であります。
2026.03.09
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3月4日、夜の測定 体重51.7kg、最高血圧109、62.5。 ※111/59(84)、107/66(79) 血圧は正常値。 3月5日、朝の測定 体重51.6、最高血圧110、最低血圧68.5。 ※114/64(73)、106/73(70) 血圧は正常値。 夜の測定 体重52.4kg、最高血圧108.5、最低血圧74.5。 ※111/89(81)、106/60(83) 最低血圧は1回目測定値が85を超える高値なので要注意。 3月6日、朝の測定 体重51.9kg、5回連続脈異常により血圧測定断念。 ※1回目105/85(68)、2回目112/70(73)、3回目122/68(74) 4回目117/67(72)、5回目118/91(70) 脈異常とは血圧計に♡マークが表示されることで、これが表示され ると測定値が正しい表示かどうか不明とのこと。 夜の測定 体重53.1kg、最高血圧121、最低血圧66。 ※121/66(74)、121/66(76) 血圧は正常値。 3月7日、朝の測定 体重52.4kg、最高血圧107、最低血圧56.5。 ※109/56(79)、105/57(79) 血圧は正常値。 (最近の自覚症状のサマリー) 時々、キリキリとした軽い痛みが左胸部、腹部に走る。 左大腿部と骨盤との関節部分に常時痛みがある。 左膝関節外側に痛みがある。 これらの痛みが整形外科的なものか癌によるものかは不明。 手の指先、足の指先に常時の痺れあり。 足に冷え性的症状あり。足など筋肉量が激減した所為か。 時々、冷や汗の感覚あり。自律神経の軽い失調か。 足裏、土踏まずなどマッサージすると心地よい痛みあり。 乾燥肌にて痒みが生じやすい。 慢性的便秘。便が固くなり過ぎ。尿の回数は正常。 髪の毛は短いのが再生し始めているが白髪が多くなっている。 眉毛が薄く疎になった。 熱いものを食べるとすぐに水洟が出る。 足の浮腫みは完全に消えた。 夜の測定 体重52.6kg、最高血圧119.5、最低血圧65。 ※122/65(87)、117/65(80) 血圧は正常値。 3月8日、朝の測定 体重52.1kg、最高血圧141、最低血圧67。 ※1回目138/78(77)、2回目141/67(81)、3回目124/81(74) 4回目142/61(69)、5回目126/71(75) 血圧が141と高いので血圧降下剤服用継続です。 今日は日曜日ということで、昼食後はEテレでNHKテレビ囲碁トーナメントを見るのが家に居る時の通常の行動。 今日はその準決勝戦。 余正麒九段・NHK杯選手権者vs福岡航太朗七段戦である。(NHK杯テレビ囲碁トーナメント準決勝戦) ヤカモチは福岡七段を心の内では応援していましたが、結果は、終始優勢に展開した白番、余正麒NHK杯選手権者の中押し勝ちとなりました。 来週は先に決勝進出を決めている井山裕太九段・碁聖との決勝戦となります。来週の日曜日も特段の予定がないので、TV観戦するつもり。<参考> 入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.03.08
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 偐万葉・ひろみ篇(その19) 今日も偐万葉記事。 偐万葉シリーズ第349弾、偐万葉・ひろみ篇(その19)であります。 彼女のブログのハンドルネームは「ひろみちゃん8021」であるのですが、偐万葉では、「ひろみの郎女」と呼ばせていただいています。 彼女とは中学時代の同級生であったのですが、そうとは気付かず偶然に見かけた彼女の或るブログ記事にコメントを書き入れたことから、ブログ上のお付き合いが始まりました。2014年6月14日のことです。 しばらくして、彼女がヤカモチのブログ記事から、ヤカモチの正体に気が付かれ、お電話を頂戴することとなり、互いの正体を認識するに至りました。 現在は、彼女も若草読書会のメンバーになって居られますが、それはヤカモチがお誘いしたことでそうなったもので、2014年から少し後のことになります。 偐万葉・ひろみ篇が偐万葉・若草篇とは、別建てになっているのは、そのような事情によるものであります。 偐家持がひろみの郎女に贈りて詠める歌21首せめてもや わが待つ時間 いかほどと それをし知らば 救ひもあるに (偐外来患者) (20251007通院通路)梅北(うめきた)は 日ごとに変り この頃は 田舎ひろみと 行かずもあれば (田舎郎女)空高く 梅田里山 秋たけて ぐるりめぐれば 秋の七くさ (秋家持)碁敵ごかたきの ありてこそなり 石を打つ 音もすがしき 今日けふのヤカモチ (碁家持) (20251009梅北公園)コロナには 用無しわれは 抗癌剤 投与の身なり すみやかに去れ (洋梨家持) (20251213ラ・フランス)万葉の 里より来たる 三輪素麺 その束の間も 感謝忘れまじ (三輪家持) (20251109三輪そうめん)若き日の ごとと願ふに あらざれど また銀輪の 旅にいつかは (輪家持)頑張り屋 と言ふ程には あらざれば 囲碁もそこそこ そこそこばかり (半端家持) (20251210梅田スカイビル)くる年は よきこと多く あれかしと 願ひつ松の さ枝結ばな (松家持)梅北の 再開発の あとよく見む 田舎家持 迷はぬために (神社家持(かむこそのやかもち))(本歌)難波潟 潮干(しほひ)の名残 よく見てむ 家なる妹が 待ち問はむため (神社忌寸老麻呂(かむこそのいみきおゆまろ) 万葉集巻6-976) (20260107同上)すき焼きは すきといへども すきくはの すきにしあれば すきもすきずき (数寄家持) 河内野の 桜の花の 咲く時し 恙なくして みな逢はめやも (河内家持) よろけても こけはすまじと ヤカモチは 今日もリハビリ 明日もリハビリ (リハ家持) 胆汁の ヘドロの掃除 抗生剤 投与しばらく 続けてもみむ (胆家持)口惜しき こともなかりき 投票の 結果は既に 決まりてあれば (異心家持) ひろみの郎女にいただきたる「はるか」に寄せて詠める歌1首レモン色は 酸(す)っぱきものと 思ひきに はるかは酸味(さんみ) なくてやさしも (三位(さんみ)家持) (20260210はるか)これやこの 出るも入るも チューブとれ ヤカモチルールと 病棟の関 (十二日目の蝉丸)微動だに せずわれ待つや CB(しーびー)の 姿見らくは 涙ぐはしも (CB家持)人生は モグラたたきを せにゃならぬ 時もありける 今はその時 (土竜家持)はてさても 津守が占(うら)に 真幸(まさき)くと 告(の)らむからには 真幸(まさき)く帰らむ (大津家持)(本歌)大船の 津守が占(うら)に 告(の)らむとは まさしく知りて 我(わ)が二人寝(ね)し (大津皇子 万葉集巻2-109)ひろみ選 七首(ななしゅ)並びて 若草の これ七種(ななくさ)の 歌とわれせむ (山上家持) (20260305いざ病院へ)<参考>過去の偐万葉・ひろみ篇はコチラ。 ひろみちゃん8021さんのブログはコチラ。
2026.03.07
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 偐万葉・若草篇(その31) 偐万葉シリーズ第348弾、偐万葉・若草篇(その31)を記事アップします。若草読書会のメンバー各位に関しての歌をまとめたものが若草篇であります。 ひろみの郎女さんは若草読書会のメンバーでもありますが、この会に参加いただくよりも先に、ブログ友達となっていた関係で、別途「偐万葉・ひろみ篇」というものにまとめて居り、彼女関連の歌は除外して居ります。1.小万知さん関係 小万知に贈りて偐家持が詠める歌9首癌とわれ また新(あらた)しき ステージを 生きんとそ思(も)ふ 今日(けふ)から明日(あす)へ (癌家持)いいやつの いい野次もらひ 五百万(ごひゃくまん) 越えていい恥 今日(けふ)もかきつる (1182家持) (20250903ブログアクセスレポート)醤酢(ひしほす)は つかぬもよしと 鮪丼(まぐろどん) すばやく食へば 完食可也 (薄味家持)(本歌)醤酢(ひしほす)に 蒜(ひる)搗(つ)き合(あ)へて 鯛願ふ 我にな見えそ 水葱(なぎ)の羹(あつもの) (長意吉麻呂 万葉集巻16-3829) (20250928マグロ丼)筋力(きんりょく)も 金力(きんりょく)もなき 病気持(びょうきも)ちの ヤカモチはただ 回復待つと (偐家待(にせやかまち))我はまだ 菫撫子 片栗も 何するものぞ ときじき桜 (花家持)小万知はも 目は口ほどに ものや食ふ 若草カフェの これ七不思議 (不思議家持)春花の 咲ける頃には ヤカモチも 元気に小万知を 迎へんとぞと (花見家持)うつそみの 人なるわれは 白雲に 君が笑(ゑ)まひと 詠むほかしらず (白雲家持) (20260222鉢伏山)我妹子(わぎもこ)の 白百合の花 咲きにけり 後(ゆり)にも逢はむと 智麻呂が笑(ゑ)み (百合家持)2.偐山頭火氏関係 偐山頭火が贈り来れる歌1首ほか並びに偐家持が追和して詠める歌3首ほか 偐山頭火の句に追和して偐家持が詠める歌1首坂に向く 後ろ姿に 一押しするか (お節介山頭火)待てしばし 下り坂なる ひと押しは 過ぎ(杉)たる(樽)ふざ(房)け(毛) ご遠慮いたす (遠慮家持) (20250903いざ病院へ)望む友 名月にウツす 中秋かな (お見事山頭火)望月に 少し欠けたる 名月も 今夕(こよひ)は欠けたる こともなき月 (望月家持)(注)2025年10月6日の中秋の名月は月齢14日にて、満月は翌10月7日でありました。 (20251006中秋の名月) 偐山頭火が贈り来れる歌1首並びに偐家持が追和して詠める歌1首初春の 希望に咲くや 万葉華 河内の園に スミレか里芋 (里芋山頭火)リハビリの 花や如何にと 野に出れば 紅梅白梅 めでたく咲けり (紅白家持) 3.智麻呂氏関係 故智麻呂氏に贈りて偐家持が詠める歌6首 丸4年経過の智麻呂氏の祥月命日に寄せて詠める歌1首まる四年(よとせ) 早や過ぎたるか 師が逝きし 十五日(もち)の朝(あした)に 面影しのぶ (偐家持) 故智麻呂氏四周年墓参に寄せて詠める歌1首われらみな 君を偲びて 集ひける 光の春を ともにしせむと (光春家持) (20260222仙の豆) 故智麻呂氏の納骨式(2022年4月17日)に於いて詠める歌4首 (2026年2月22日に偐万葉に未収録であることが判明したので、これを収録する。) 一輪の 花を手向けて 黙祷の 背後に立ちし やさしその影鉢伏の 峰にたゆたふ 白雲は 笑(ゑ)まひの君の 影と見えける千の風を 歌ひつ君は 今はもや 青葉の風と 吹き渡りゆく納骨の 式は終りぬ 今よりは 鉢伏山を 君としのはな4.めぐの郎女さん関係 めぐの郎女に贈りて偐家持が詠める歌2首また花の 咲ける盛りに 懐かしき どち皆こぞり 集ひて逢はな (桜家持)うらうらに 照れるはるひの はびきのの 丘の奥津城 父をぞ偲び (偐恵郎女) (20260222はびきの中央霊園)5.凡鬼氏関係 凡鬼が作れる俳句1句並びに偐家持が追和して詠める歌3首ほか 凡鬼が送り来れる俳句1句少年の希望広ごる雲の峰 (凡鬼)(元句)雲の峰いくつ崩(くづれ)て月の山 (芭蕉)(参考句)湖やあつさをおしむ雲のみね (芭蕉) ひらひらとあぐる扇や雲の峰 (芭蕉) (20250823奥の細道シリーズ) 偐家持が追和して詠める歌1首雲の峰 立ちて崩れて 病窓の 外飛ぶ鳥に 我もありたく (鳥家持) スマホメールに残れる収録忘れの歌を見つけて偐家持が詠める歌1首収録を 忘れたる歌 見つけたり 去年(こぞ)正月(しやうがつ)の スマホメールに (鈍家持) 収録忘れの歌は是也(2025年1月4日、景郎女氏へのメールに記せる凡鬼氏を病床に見舞ふ偐家持の歌)ローマ人(じん)の 物語(ものがたり)ガリア 戦記詰め キャリーで見舞(みまひ)の 正月(しやうがつ)二日(ふつか) (カエサル家持) (20250102凡鬼・景郎女ご夫妻)6.景郎女さん関係 景郎女詠める歌1首並びに偐家持が詠める歌2首 景郎女に答へて偐家持が詠める歌1首歌の出来 よりも詠み人 名(めい)にこそ 偐(にせ)家持(やかもち)は 本領発揮 (偐作者不詳) (20260219偐万葉・龍の森篇<その7>) 景郎女より贈り来れる歌1首並びに偐家持が追和して詠める歌1首緊張を ほぐすあの日の 桜餅 若き二人に 今日は用意す (景郎女)春花の 咲ける盛りに まさやかに 学びて伸びよ 若木たちみな (入学式家持)7.和郎女さん関係 第31回和郎女作品展に寄せて偐家持が詠める歌3首先行し 逃げ切りもよし 追い上げて 逆転もよし 馬券当たれば (馬券家持) (20260207第31回和郎女作品展・三連の馬)さてもさて いづくの家にも よきことを 積めと出でます これ宝船 (宝家持) (20260207第31回和郎女作品展・宝船)よきことを 詰めて帰れと 郎女が 作りませるは このエコバッグ (エコ家持) (20260207第31回和郎女作品展・エコバッグ)<参考>偐万葉・若草篇の過去記事はコチラ。
2026.03.05
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 3月2日、夜の測定 体重50.7kg、最高血圧111、最低血圧60。 ※113/61(78)、109/59(74) 血圧は正常値。 3月3日、朝の測定 体重50.8kg、最高血圧131、最低血圧71.5。 ※132/74(74)、130/69(72) 血圧は2回共に130超の高め。 朝高夕低の血圧。これは、余り望ましくない血圧の状態らしいが、どう望ましくないのであるか、病院内循環器内科の待合前に掲出のポスターで説明されていたのを目にした記憶があるものの、その内容がどうであったかは記憶が定かではない(笑)。 夜の測定 体重51.1kg、最高血圧102、最低血圧58.5。 ※106/59(85)、98/58(85) 血圧は正常値。但し2回目測定値は100未満。 3月4日、朝の測定 体重51.1kg、最高血圧132、最低血圧66.5。 ※130/64(76)、134/69(77) 血圧は高め、血圧降下剤服用継続。 今日は、囲碁例会の日である。 朝食を済ませて、午前9時12分にCB(クロスバイク)で家を出る。 囲碁例会に自転車で出かけたのは、癌で入院する前の昨年6月11日以来のことであるから、実に約9ヶ月ぶりということになる。 近々に、またレスパイト一人合宿の銀輪万葉なるものを計画しているので、その試運転である。 休憩時間、回数も多くして、ゆっくりと走ろうと思うので、少し余裕をみて普通よりも50分早い出発である。 言うなれば、普通の日常を取り戻すための、記念すべき最初の一歩ということになる(笑)。(大阪城公園森ノ宮入口) 午前10時23分、大阪城公園到着。(大阪城公園) ヤカモチお気に入りの景色を眺めて・・。公園通過。 天満橋を渡って、滝川公園で小休止。(滝川公園) 滝川公園では保母さんに連れられた園児たちが元気にお遊び。 ヤカモチは電子タバコを一服して、梅田スカイビルへ。 梅田スカイビル到着は11時21分。 ポポロで先ずはランチ。ナポリタン・パスタランチ&ホットコーヒー。(ポポロの喫煙室) ここでも電子タバコ1服。 12時過ぎにガーデン・ファイブ棟5階の部屋へ。 美術部の人たちが昼食に行かれたのか、描きかけの絵をそのままに部屋を出て行かれたようで、姿は見えず。 ヤカモチが一番乗りで、囲碁部の人の姿もなし。 碁笥、碁盤の設営をして、待つ事10分余。美術部の人たちが戻って来られて、後片付けをしてお帰りになるのと入れ替わりに平〇氏と村〇氏が到着。 ヤカモチは先ず平〇氏とお手合わせ。5目半の差でヤカモチの負け。 終わりかけの頃に福麻呂氏がご来場。今日はこの4名のみ出席。 メンバーチェンジし、ヤカモチの2局目の相手は村〇氏。 これも半目差の僅差でヤカモチは惜敗。2連敗です。 最後に福麻呂氏と打ち。これはヤカモチの中押し勝ち。 何とか1勝したので、今日は1勝2敗。 帰途は、なにわ筋を走り、ザ・シンフォニーホールの前で電子タバコを1服。(ザ・シンフォニーホール) 靭公園を通り抜けて四ツ橋筋へ。(大塩平八郎終焉の地碑) 靭公園には、大塩平八郎終焉の地碑がありました。 この碑は以前にも目にしてブログに掲載済みの筈と思ったが、思い違いだといけないので、撮影だけはして置く。(同上・副碑) 思い違いではなく、過去記事に掲載済みでありました。<参考>囲碁例会・大塩平八郎 2022.10.5.※大塩平八郎の乱・Wikipedia※大塩平八郎の檄文 四ツ橋筋から、御堂筋、堺筋、松屋町筋、谷町筋と東に向かって走り、大阪城公園に入り、小休止。(大阪城公園) 大阪城公園からは中央大通りを走り、自宅まで。 帰宅は午後5時48分。 今日は、行きも帰りも2時間余をかけてのゆっくり走行。 しかし、これで梅田スカイビルまで現在の体力でも自転車走行が可能であることが実証されました(笑)。<参考>囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~ 入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.03.04
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 2月26日、夜の測定 体重51.5kg、最高血圧129、最低血圧65.5。 ※127/68(80)、131/63(77) 血圧2回目測定値130超。 なお、この日の血液検査で、基準値よりも高い(H)または低い(L)となった検査項目を列挙すると下記の通りです。アルブミン(3.9~4.9g/dL)L 3.4直接ビリルビン(0.0~0.4mg/dL)H 0.7AST(GOT)(8~38IU/L)H 48ALP(104~338IU/L)H 3459※基準値の10.2~33.3倍γ-GTP(16~73)H 1255※基準値の17.2~78.4倍CK(56~244)L 40尿酸(4.0~7.1mg/dL)L 2.7CRP(0.30以下mg/dL)H 1.62※基準値の5.4倍赤血球数(45.0~80.0×10^4/μ)L 347ヘモグロビン(13.6~16.8g/dL)L 10.7ヘマトクリット(40.0~48.0%)L 33.4PTINR L 0.93ALP(IFCC)(38~113IU/L)H 1218※基準値の10.8~32.1倍P-AMY(18~53U/L)L 17 2月27日、朝の測定 体重51.3kg、最高血圧127、最低血圧72.5。 ※123/73(76)、131/72(72) 血圧2回目測定値130超。 夜の測定 体重51.7kg、最高血圧122、最低血圧62.5。 ※130/64(76)、114/61(77) 血圧1回目測定値が130とやや高めであるが、25日から一時停止している血圧降下剤服用を再開するかどうかは、28日朝の血圧を見て判断することとする。 2月28日、朝の測定 体重51.2kg、最高血圧126、最低血圧122。 ※130/73(71)、122/73(73) 血圧1回目測定値が130と高めであるが、血圧降下剤の服用を再開しなければならない程ではないと判断し、服用停止を継続します。 夜の測定 体重51.2kg、最高血圧113、最低血圧66。 ※112/65(72)、114/67(72) 血圧は正常値。 3月1日、朝の測定 体重50.4kg、最高血圧239.5、最低血圧77。 ※145/78(70)、134/76(70) 血圧135超なので血圧降下剤服用を開始します。 夜の測定 体重50.8kg、最高血圧115.5、最低血圧64。 ※119/65(79)、112/63(78) 血圧は正常値。 3月2日、朝の測定 体重50.3kg、最高血圧123.5、最低血圧64。 ※124/66(68)、123/62(66) 血圧は正常値なるも血圧降下剤服用は継続。 今日は、石切生喜病院泌尿器科受診の日。 午前7時39分、CBで外出、病院へ。 午前7時52分、病院到着。機械受付処理完了。(石切生喜病院の駐輪場&マイCB) 「air-DO」と書かれた一番手前の黒い自転車がマイCBであります。 但し、病院到着時の撮影ではなく、喫茶・ペリカンの家でのランチを済ませたアト、病院での会計を未だ済ませていなかったので、これを済ませるため再度病院に立ち寄った際に撮影したものであります。 午前9時頃、採血。 午前11時頃、受診。 血液検査の結果は前回(2/26)と余り変わらず。 血液検査は毎月1回泌尿器科受診の都度、これを実施することとし、消化器内科M先生とも連携を取りつつ、注意して観察するということとなる。 ヤカモチ自身としても、痛いとかといった自覚症状が余りないので、黄疸症状が出ていないかなどにも注意を払うこととします。 もし、肝臓の障害がニュベクオによる副作用として発生しているものであり、肝臓障害の方が生命の危険という観点から緊急性が高いというような判断となる場合には、ニュベクオの服用を一時的に停止するか、別の薬に変更して様子を見るというのが合理的な医療措置であろうと思料する次第。 11時20分頃、病院を出て、喫茶ペリカンの家にてランチ。 かなり以前のことになるが、小万知さんからお借りした葉室麟著「嵯峨野花譜」という本をお返ししようとしたら、返却不要とのことで、これを街角ライブラリー併設の喫茶・ペリカンの家に寄贈したことがありました。 今日、同喫茶店に立ち寄ると、先客の一人の或る男性が、その本を借りて帰られるところに遭遇。 ヤカモチは、既にそういうことがあったこと自体が記憶の外に出かかっていたのでしたが、店主のももの郎女さんがよく覚えていて下さって、「ヤカモチさんが寄贈下さった本、丁度今お借り下さるお客様がいらしてます。」とご紹介下さったので、ヤカモチも「なかなか面白い本ですよ。」とその男性に申し上げて置きました(笑)。(葉室麟「嵯峨野花譜」文春文庫) さて、ランチを終え、珈琲もデザートも終えて帰途につきますが、上述の通り、病院の会計・支払いを済ませる前に、喫茶・ペリカンの家に向かったので、再び病院に立ち戻ります。 12時10分頃、病院を出て帰途に。(椿の花は今盛りなり) 途中の民家の庭では、梅の花があらかた散って、椿の花が今を盛りと咲き匂っていました。河内野の つらつら椿 つらつらに 見つつ帰らな 受診は終えぬ (椿家持)(本歌)巨勢山こせやまの つらつら椿 つらつらに 見つつ思しのはな 巨勢こせの春野を (坂門人足 万葉集巻1-54)河上(かはのへ)の つらつら椿 つらつらに 見れども飽かず 巨勢(こせ)の春野は (春日蔵首老 万葉集巻1-56) 12時25分頃、帰宅。 今日は、電子タバコを喫うための、パイプと言うかスティックと言うか機器と言うか、それを家に置き忘れたまま、外出してしまったので、病院、喫茶ペリカンの家でも、帰宅するまで、ずっと禁煙状態でありました。 最近は、普通の紙巻タバコはちょっと刺激が強過ぎてこれを喫うことはなく、もっぱら加熱式の電子タバコであります。(加熱式・電子タバコ、TEREA for iQOS) タバコは何であれ喫わない方がいいのだろうが、「以前の“普通の生活”を取り戻す」というのが、ヤカモチの目標であるから、「タバコを我慢してはいけない」ということでもある(笑)。 そんなことで、目下は「メンソール入りのTEREA」を愛用して居りますが、ニコチンタールが紙巻タバコ・メビウス3mgに比して、10分の1程度なので、癌との関連で言えば、10本喫っても1本程度の影響度かと。 まあ、肺塞栓症との関連では大差ないのかもしれないので、ほどほどにとは思っています(笑)。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ「友人ほか」の記事一覧はコチラ。
2026.03.02
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 友人の岬麻呂氏から旅便りが届きました。今回は「石垣島・バンナ公園のカエンボクと西表島・白浜の早咲きのサガリバナが目的の夫婦旅」とのことであります。〇旅・岬巡り報告352 石垣島(↓)〇添付写真(1)(↓) 〇添付写真(2)(↓) 〇添付写真(3)(↓) 〇添付写真(4)(↓) 〇添付写真(5)(↓) 2月17日~20日の3泊4日のご夫婦旅、私達も写真でご一緒させていただきましょう。2月17日関西空港→石垣空港(レンタカー)→バンナ公園→観音埼灯台→唐人墓→川平湾→底地ダム→ホテルミヤヒラ(3連泊) バンナ公園のカエンボクは満開。 2月17日撮影の写真はないので、19日撮影のカエンボクの写真を以って代用します。(カエンボク・赤) カエンボクは、ジャカランダ、ホウオウボクと並んで世界三大花木とされる。 石垣島のバンナ公園のカエンボクは折しも満開。 今回の旅の目的の一つは、先ずは達成であります(笑)。(同上・オレンジ色) オレンジ色の花を咲かせるカエンボクもあります。(同上・赤色の花)火の色に 咲ける花かも カエンボク バンナの園は 今盛りなり (火炎家持)(同上・オレンジ色の花)(川平湾1) 石垣島というと川平湾の写真が必ず登場です。 この写真も19日、島1周ドライブをされた時に撮影の写真でありますが、旅報告352によると、17日にも川平湾を訪ねて居られますので、この写真で代用です。 旅の初日の17日は、曇り時々雨、という生憎のお天気で、写真撮影には不向きと、撮影されなかったのか、満足の行く写真が撮れなかったということであったのか存じ上げませんが、ヤカモチにはこの日の写真は届いていないという次第。 3連泊のホテルミヤヒラは、離島ターミナルにあるホテルで、岬麻呂氏が石垣島滞在の折の定宿の一つであります。 「泡盛楽しむ」とありますから、夕食には、毎回泡盛を楽しまれたのでしょう。2月18日石垣港→西表島・大原港(レンタカー)→豊原→大原経由→上原→白浜→白浜小中学校前→船浮港→イダの浜→月が浜→星砂の浜→由布島 この日は、西表島に渡るご予定の日であったが、西表島・上原港便が欠航で、早朝の臨時便、同・大原港行きが満員状態。 白浜に行かれるので、島北部にある上原港行きが便利なのだが、欠航とあっては仕方がない。島南部の大原港行きに乗るしかない。 西表島は島一周の外周道路がなく、島の南岸から東海岸沿いを北上、北の上原を経て、その西側の白浜まで、島の4分の3程度に道路が通じているのみ。白浜から先へ行くには船で対岸の船浮港に渡るしか方法が無い。 今回の旅の二つ目の目的は「早咲きのサガリバナ」でありましたが、それは、島の北西部、道路が果てる白浜小中学校の正門前の横にある白浜公民館の垣根に植栽されているのでありました。 愛らしいサガリバナ(ピンク色)の花が今年も見られるものと期待していましたが、垣根は綺麗に剪定されてしまっていて、花芽も刈られてしまって見当たらずで、「目的果たせず」でありました。白浜の うすくれなゐの サガリバナ 花芽刈られし 咲かなく悔し (白浜家持) 気を取り直し旅を続けます。 連絡船で船浮港に渡ります。(イダの浜) 西表島・船浮にあるイダの浜です。八重山諸島では、太陽の昇る方角を「あがり(東)」、沈む方角を「いり(西)」と言う。 従って、イダの浜とは、「いり(西)にある田んぼの浜」が語源。 イダの浜は貸し切り状態。我々のほか人影もなし。 西に向かって開けた浜であるなら、きっと夕日もさぞかし綺麗なことであるのだろう。 朝凪に寄せ来る波の、夕凪に満ち来る潮の・・ではないが、それを想像して2首詠むと・・。朝風や 沖行く船の 影見つつ イダの浜辺を 二人し行かむ (西浜家持)入日さす イダの浜辺の 夕暮れの 寄せ来る波の 音はかなしも (西浜家持) 由布島に渡り、蝶々園を訪ねる。 蝶々園では、オオゴマダラが蛹から蝶に羽化が間近に見ることができます。(オオゴマダラ・羽化し始めたところ・由布島の蝶々園) 黄金色の蛹は毒を持っていることをアピールしています。(同上)黄金なる 蛹を出でて 貴婦人の 蝶よ飛び立て 南国の空 (蛹家持) (寒緋桜) 石垣島も西表島も寒緋桜が丁度、満開の時期。2月19日(時計回りに石垣島1周)→御神埼灯台→川平湾→平久保埼灯台→玉取崎展望台→バンナ公園 この日は、時計回りに石垣島を1周です。(川平湾) 定番の川平湾から・・。 満開の寒緋桜を楽しみつつ、平久保崎の海へ。(満開の寒緋桜) はい、平久保崎の海であります。(平久保崎の海)朝夕に 寄せ来る波の 平久保の 海に向かひて 言ふこともなし (岬家持) 最後は、玉取展望台からの素晴らしい眺めです。(玉取崎展望台からの眺め)玉取の 丘にし立てば はるかなる 青き島山 大空の雲 (玉取家持)2月20日前の便で帰路に・新石垣空港→関西空港 以上で、今年2度目の旅、無事に終了です。 今回は、写真の構成から従前の旅程に従っての旅紹介というやり方では、うまく事が運ばず、他の日に撮影の写真を代用したり、歌で誤魔化したりと工夫を要しましたが、何とかそれなりに記事の体裁にこぎつけることができました(笑)。 今回もご覧いただき、ありがとうございます。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2026.02.28
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 2月24日、夜の測定 体重51.9kg、最高血圧118、最低血圧62.5。 ※121/63(77)、115/62(74) 血圧は正常値。 2月25日、朝の測定 体重51.0kg、最高血圧109、最低血圧61。 ※108/60(78)、110/62(77) 血圧は正常値。 よって、血圧降下剤服用は一時停止とします。 体重が漸減しているが、これは、体重計に何らかの故障が生じているのでなければ、足の浮腫みが消えたことによるものである可能性も考えられます。現在は、足の浮腫はほぼ完全に消えて、すっかり細くなってしまった足に変貌しています。 因みに、癌罹患による入院前の体重は67~8kgでありましたが、入院による体重減少は最大で15~6kg。味覚異常が消えて食欲が正常化した以降は55kgで推移、体重減少は12~3kgでほぼ安定。その後、足の浮腫が消えたのが2月22日前後であったのでその頃の体重は52kg。3kgというのは足の浮腫の消失だけでは少し大きすぎる数値であるが、うち1~2kg程度は足の浮腫の消失によるものではないかとも考えられる。 現在の自身の体形を見て、筋肉量や脂肪量の減少は一目瞭然であるが、これ以上の減少は生命維持の観点からも望ましいものではないので、筋肉量の増加に努めなくてはならないと考えるものの、これがまた大変に難しいというのが現実であります。 筋肉量の減少は運動能力の減少を招くという点もあるほか、関節部分への衝撃緩和の減少も招き、腰や膝や足首などの関節の故障を招くリスクが高くなるので要注意であります。 夜の測定 体重51.1kg、最高血圧112.5、最低血圧67.5。 ※114/58(82)、111/63(82) 血圧は正常値。 2月26日、朝の測定 体重50.8kg、最高血圧121、最低血圧68.5。 ※122/64(76)、120/73(79) 血圧は正常値。 体重が遂に51kgを下回るに至りました。 今日は、先の胆管炎での入院・退院後の最初の通院日であり、石切生喜病院消化器内科の受診予約の日である。 先に、血液採取があり、その血液検査の結果を見ての診断となるので、早めに家を出て、途中のコンビニで朝食を済ませてから、病院へという計画であります。 病院受診後は、友人のオガクニマン氏と喫茶・ペリカンの家でランチを一緒にという予定になっているので、それも楽しみの一つであります。 午前7時16分、マイCB(クロスバイク)で外出、病院へ。 途中、チェーンが外れる。自転車をひっくり返してチェーンを入れ直すが、今度はギアチェンジがうまく作動しない。(石切生喜病院) 午前7時35分、病院到着。 午前7時50分、採血。 午前9時52分、消化器内科主治医T先生受診。 午前10時42分、同、肝臓専門医M先生からの説明。 血液検査の結果、数値は少し改善しているものの、依然高い数値。 原発性胆管炎の可能性を否定できない。一方、前立腺ガン治療のための薬、ニュベクオの副作用ということも考えられる。もし、副作用であるならこの薬の服用を中止すれば、胆管炎は治癒することになる。しかし、現在、ニュベクオは前立腺ガンに最も有効な薬とされていて、これを中止することは生命にかかわる問題ともなりかねない。しかし、胆管炎や肝臓の病気も重篤になれば生命の危険があることになるから、場合によってはニュベクオの服用を一時停止することもありえないことではないことになる。 何れにしても胆管炎の原因が何であるかが特定できない以上、何が正解であるかを判定することは困難。 ということで、当面は、ウルソ錠服用を継続し、血液検査、MRI検査を行い、様子を見守る以外に方法が無いという隘路に陥った状態ということになる。この場合のリスクは、ウルソ錠は病気そのものは治癒していないのに血液検査の数値を見かけ良好なものに見せることもあるため、自覚症状などが現れた時には、既に肝臓や胆管がボロボロになっていて、手遅れというような事態になっているということもあり得るということである。 まあ、何にしても、これは誰もこうするのがいいということは言えないのであれば、運を天に任せて、ジタバタしないというのが正解と言うか、そうするしかないというものであるのだろう(笑)。 午前11時10分、喫茶・ペリカンの家到着。 オガクニマン氏とランチ。 久々の再会にて、楽しく愉快な雑談、気晴らしであります。 同氏から頂戴したお土産です。(餅パイ) 久々の餅パイ、美味しくいただきました。ヤカモチも もちにしあれば 餅パイを 喰らひて少し いや太りませ (餅家持) 再び、病院に戻り、会計を済ませて薬を受領。 12時30分、自転車屋・かいた屋に立ち寄る。 ギアチェンジがスムーズに作動しないということで見て貰ったが、自然に解消していたようで、異常なしとのことでありました。 12時51分、銀行に立ち寄り、手許に余り過ぎたお金を口座(梅田支店)に入金。 午後1時53分、帰宅。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ「友人ほか」の記事一覧はコチラ。
2026.02.26
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 2月17日午後10時53分、入浴後、夜の測定 体重54.4kg、最高血圧121、最低血圧76.5。 ※125/97(74)、117/56(69) 2月18日、朝の測定 体重54.3kg、最高血圧143、最低血圧75.5。 ※139/79(62)、147/72(60) 血圧135を上回ったので血圧降下剤服用再開。 夜の測定 体重53.8kg、最高血圧109、最低血圧60.5。 ※109/60(83)、109/61(80) 血圧は正常値。 2月19日、朝の測定 体重53.3kg、最高血圧145、最低血圧77.5。 ※145/79(65)、145/76(64) 血圧が高値なので、血圧降下剤服用を継続します。 胆管炎に関しては、退院近くになってから倍増したウルソ錠100mgの効果が発揮され、2月26日の血液検査で数値が大きく改善することを期待しています。 夜の測定 体重53.2kg、最高血圧110.5、最低血圧58.5。 ※108/61(75)、113/56(73) 血圧は正常値。 2月20日、朝の測定 体重53.2kg、最高血圧134.5、最低血圧70.5。 ※140/67(64)、129/74(65) 1回目最高血圧が135を超える高値なので、血圧降下剤服用継続。 夜の測定 体重53.0kg、最高血圧139、最低血圧69.5。 ※145/68(76)、133/71(72) 血圧は高い数値。 体重もここ数日漸減しているのが少し気がかり。 足の浮腫みは、自分でマッサージを繰り返しているからか、かなりよくなっている。少なくとも風船状態、フランスパン状態は脱した感あり。但し冷え性の症状は改善していない。 2月21日、朝の測定 体重52.1kg、最高血圧136.5、最低血圧64。 ※138/62(74)、135/66(71) 血圧が高値なので、血圧降下剤服用継続します。 夜の測定 体重52.0kg、最高血圧103.5、最低血圧64.5。 ※99/65(70)、108/64(70) 血圧が100を切ったので、朝の血圧数値の次第によって血圧降下剤の服用を継続するか否かを決める。 足の浮腫は殆どなくなっています。マッサージ効果。 2月22日、朝の測定 体重52.0kg、最高血圧133.5、最低血圧75.5。 ※138/74(70)、133/77(69) 血圧130を超えた高値なので、血圧降下剤服用継続です。 夜の測定 体重52.2kg、最高血圧120.5、最低血圧74.5 ※116/62(75)、125/65(74) 血圧は正常値。 2月23日、朝の測定 体重51.9kg、最高血圧125、最低血圧64.5。 ※125/64(64)、125/65(64)血圧は正常値。 夜の測定 体重52.5kg、最高血圧119、最低血圧61.5。 ※124/63(80)、114/60(79)血圧は正常値。 2月24日、朝の測定 体重52.0kg、最高血圧133.5、最低血圧68。 ※134/67(73)、133/69(68) 1回目の血圧測定値が130を超えているので、血圧降下剤服用を継続とします。 今日はユリーフOD錠4mg(前立腺肥大で尿が出にくいのを改善する薬)が明日25日で、アボルブカプセル0.5mg(前立腺肥大を改善する薬)が27日で無くなるので、今後もこれらの薬の服用が必要であるなら、その処方をお願いするため、石切生喜病院泌尿器科へ出向かなくてはならない。 午前9時41分、CB(クロスバイク)で外出。 午前9時55分、病院到着。 泌尿器科で薬を処方いただく。 薬の受け取りを待つ間に、喫茶・ペリカンの家で珈琲。 ついでに、ハーモニカコンサートの入場料を支払う。(喫茶・ペリカンの家) 再び病院に戻り、薬を受け取り、ライフ新石切店でお弁当を買ってから帰宅(丁度12時)。 <参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.02.24
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 今日2月22日は、故智麻呂氏の墓参の日。 自宅を午前9時少し前にCB(クロスバイク)で出発、夫人・恒郎女さん邸へと向かう。 途中、いつもの果物店でお供えにと果物を仕入れて行く計画であったが、店はシャッターを下ろしたまま、休業なのか開店前なのかは分からないが、是非に及ばず、和菓子舗の寿々屋に向かうが、ここもシャッターが下りたまま。 菓子舗・千鳥屋に行くと、丁度店を開けて居られるところ、そこで千鳥饅頭の詰め合わせ、ぜんざいの詰め合わせ、チョコレートの詰め合わせを購入して、恒郎女邸に向かう。 恒郎女邸到着。時計を見ると午前9時5分。9時半位にお越しくださいというのが、恒郎女さんのお話であったので、少し早過ぎるかと、CBを玄関先に駐輪して、道路向かいのポケットパークでタバコでも一服して時間を潰すかと思って、そちらに向かいかけたところで、恒郎女さんの上のお嬢様、今日郎女さんの夫君・藤麻呂氏運転のお車が到着。 ということで、タバコは取り止め、ご夫妻と一緒にヤカモチも恒郎女邸に上がらせていただく。 お茶などをいただきながら雑談するうちに9時55分となったので、出発することに。 ところが、大和川の手前、近鉄安堂駅前の信号付近から国分駅前の国豊橋にかけての道で車が渋滞、なかなか前に進まない。 お墓のある「はびきの中央霊園」午前10時30分待ち合わせ・集合のところ、10時44分時点で、まだ国豊橋手前、大和川を渡れていないという状態。中のお嬢様のめぐの郎女さん、その夫君の松麻呂氏と両者のお嬢様のナナの大嬢さん、そして下のお嬢様であるかほりの郎女さんは、既に現地に到着されていたようで、今日郎女さんが電話で到着が遅れる旨の電話を何度か入れて居られました。 結局、我々は11時過ぎの到着。 既に、お墓はピカピカにお掃除してお待ちいただいたようで、恐縮なことでありました。 近くに立派な休憩所があるので、そこで休憩しながら我々の到着を待っていただいたという次第。(はびきの中央霊園・小阪教会共同墓) お供えの品物と一緒に飾られているお花は、この日のために小万知さんが送ってくださったとのことで、恒郎女さんは大層お喜びでありました。(墓参・お供え 撮影者:今日郎女さん) また、墓前に掲出されている色紙は、以前にヤカモチが詠んだ歌を凡鬼さんが色紙に清書いただいたものだそうで、この日に相応しい歌はということで、恒郎女さんが選んで墓前までお持ちいただいたものとのこと。 その歌というのは、「鉢伏の峰にたゆたふ白雲は笑まひの君の影と見えける」というもので、これは2022年2月17日の故智麻呂氏の納骨式の折に、ヤカモチが詠んだ歌4首のうちの1首である。<参考>故智麻呂氏の納骨式 2022.2.18. 鉢伏山というのは、はびきの中央霊園の背後にそびえる小山であるが、今日の鉢伏山はこんな具合でありました。(鉢伏山 峰にたゆたふ白雲は~) 確かに、鉢伏山の上空には白雲が漂って居り、恒郎女さんが「今日にピッタリの景色」と仰る、そのままの眺めでもありました(笑)。 智麻呂氏の生前のお優しい笑顔が、恋しくも悲しくも思い出されることでありました。 墓前で、讃美歌「うるわしの白百合」と「神ともにいまして」とを皆で歌い、智麻呂氏のことを偲びました。(墓参・はびきの中央霊園) 墓参の後、集合写真の撮影。全8名です。 今年は、お仕事のご都合で、遠路、単身赴任中の原麻呂氏(かほりの郎女さんの夫君)はご欠席でした。(集合写真1 撮影者:今日郎女さん) 集合写真は今日郎女さんのスマホで、撮影。 撮影者は、今日郎女さんと藤麻呂氏が交代で。(集合写真2 撮影者:藤麻呂氏) 休憩所に引き返し、暫し休憩。 ヤカモチは、早速に展望デッキに設置された喫煙コーナーで電子タバコを一服でありました(笑)。(はびきの中央霊園・休憩所の展望デッキから) 展望デッキからは、遠くPLの塔が見えています。 墓参の後、昨年同様に、飛鳥川の畔の「仙の豆」に移動し、昼食会であります。 その移動の車中で、折角なので今日の歌でも1首作って置くかと作ったのが、次の歌。 手許の紙片にボールペンで走り書きして、恒郎女さんに手渡す。我らみな 君を偲びて 集ひける 光の春を ともにしせむと (光春家持)(「仙の豆」)<参考>故智麻呂没後三年の墓参 2025.2.25. 昨年同様に、恒郎女さんのおもてなしということで、美味しいお料理をいただくこととなりました。 始めに恒郎女さんのご挨拶があり、車中で作った今日のヤカモチの歌も披露せよとのことで、犬養節で朗唱させていただきました。 春は、まずその光によって春を感じ、次に気温が温かくなることによって、春を感じ、最後は花によって春を感じるというのが、順序というようなことをTVで言っていたような記憶があるので、まだ2月ということで、「光の春」としたのでありました。(追記注)上の説明は、ヤカモチの記憶違いで、光の春の次は、小鳥の囀りや雪解け水の音などで、春を感じるという「音の春」で、最後は気温の上昇で暖かさを感じ、花も咲くという「気温の春」というのが、正しいそうです。謹んで訂正させていただきます。(2026年2月25日) 昼食を終えて、帰途に。 帰途も藤麻呂氏の車で恒郎女邸まで送り届けていただきます。 午後3時過ぎ、恒郎女邸到着。帰途は渋滞もなくスイスイ。 今日郎女さんにお茶休憩してからお帰りなさいませと言われて、30分程度休憩してからおいとますることとしました。 恒郎女様、ご家族の皆様、今日はありがとうございました。 午後4時過ぎ、帰宅。<参考>過去の若草読書会関連記事はコチラ。
2026.02.22
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次偐万葉・龍の森篇(その7) 昨日に続き、今日も偐万葉シリーズ記事です。 第347弾、偐万葉・龍の森篇(その7)であります。 ブロ友・龍の森氏との交流の中で、同氏がお作りになった歌、これに追和してヤカモチが作った歌などを掲載します。 なお、偐万葉では、龍の森氏のことを万葉風に「龍森麻呂(りゅうのもりまろ)」と呼ばせていただいています。<参考>過去の偐万葉・龍の森篇はコチラ。 龍の森氏のブログはコチラ。 龍森麻呂が詠める歌17首並びに偐家持が詠める歌19首 龍森麻呂が贈り来れる歌1首並びに偐家持が返せる歌1首かにかくに 食ふに食へずの 銀輪は ファン付きベストで アチチにベスト (龍森麻呂)かにかくに 食はねばならぬと 銀輪を 出してファン付き ベストの買ひ出し (空調家持) (20250909空調作業服を着て) 龍森麻呂が贈り来れる歌1首及び偐家持が返せる歌1首けふ一日(ひとひ) 血圧体温 まあまあで 嗜好品食ひ 風呂で中締め (風呂森麻呂)体重も 少しは増えて じゃうじゃうと あれこれ試しつ ひと日過ぐしぬ (試家持) 龍麻呂の下2句に偐家持が付けたる上3句 それやこの 味覚異常も なにやせむ (偐家持) 食はねば減量 病ひ食ふたる (龍森麻呂) 龍森麻呂が贈り来れる歌1首及び偐家持が返せる歌1首好きなこと バナナ水素に マグロ銀輪 持続可能は 好きなもののこと (龍森麻呂)水素水(すいそすい) バナナもさほど 好(この)まねど 鮪(まぐろ)銀輪 あればよし我 (鮪(しび)家持) (20250928マグロ丼) 龍森麻呂が贈り来れる歌2首及び偐家持が返せる歌2首戦友に 見舞いのシャイン 食すすみ 学友再会 寝ては居られぬ (龍森麻呂)ゼリーまた シャインますます マスカット これ召せとてか 友あり来(きた)る (車員(シャイン)家持)疲れ眠けに 食欲不振 友に話せる 近況試練 (龍森麻呂) ※7777という歌体の変体調の歌。あれやこれ 語(かた)らふことの 尽きざるに 痩せたる皺(しわ)の 腹まで見せつ (痩腹(やせはら)家持) 龍森麻呂が贈り来れる歌2首及び偐家持が返せる歌3首銀輪の 庁舎展望 冬生駒 海老ランチのみ 苦くなかりし (龍森麻呂)苦しきは 苦味となれる もの多く 食事が苦行と なりしこの頃 (苦偐家持)味覚障害 超え去る展望 頑張らないけど あきらめない (龍森麻呂)※7777という歌体の変体調の歌。いづれ去る 味覚異常と 思へこそ 今の苦(にが)みも 堪へてあるかな (苦偐家持)今日もまた 味覚異常に 悩むわれ どちの声にし 励まされけり (苦偐家持) (20251030東大阪市庁舎22階展望台) 龍森麻呂が贈り来れる歌2首及び偐家持が追和せる歌2首銀輪で 抗がん無しの 荻の道 ランチ半分 気分上々 (龍森麻呂)抗癌剤 点滴注射 取り止めは 味覚異常に 負けたるしるし (偐家持)それ脈は 正ならず筋 トレ開始 こちら貰える 元気活力 (龍森麻呂)筋トレと 言へば何やら リハビリも 元気じるしの それと見えける (偐家持) 龍森麻呂が贈り来れる歌1首並びに偐家持が追和せる歌2首アジフライ 商談喫茶の 完食は 赤のベンチと サクラカエデ下(か) (龍森麻呂)アジフライ 味よく食べて 商談も 味よく進み 後味(あとあじ)もよし (鯵家持)食ってこそ 肉もつくなれ 音痴なる 味覚も元に 少し戻れば (不覚家持) 龍森麻呂が贈り来れる歌1首並びに偐家持が追和せる歌1首 いてふなら 吉兆狙ひか 黄色家(や)か 味覚戻れば 好物三昧 (龍森麻呂)いてふなら みづならこなら 山吹の よそへる泉 どこと知らなく (高市家持) 龍森麻呂が贈り来れる句に偐家持が付けたる脇句 乞ふ指南 古典知らずの 和歌至難 (龍森麻呂) 指南は至難 そのすべ知らず (難死家持) 龍森麻呂が贈り来れる歌2首並びに偐家持が返せる歌2首断食し 飯時投薬 水腹の 水で浄化か 胆嚢整地か (龍森麻呂)回復の 祈願のお百度 閲覧は 早く澄めよの 胆汁濾過祈願 (龍森麻呂)絶食も 胆嚢胆管 胆汁の 浄化のためなり などてや嘆かん (胆家持)胆汁の 濾過の祈願の お百度の 閲覧まことに 有難かりき (胆家持) 龍森麻呂氏が贈り来れる下二句に偐家持が付けたる上三句 初めての はるかにあるか このはるか (遥家持) はるかうまいよ 遥かに美味い (遥森麻呂) (20260210はるか) 龍森麻呂氏が贈り来れる歌2首に偐家持が追和して詠める歌2首病院食 食い気損ない 文句満ち 反抗抵抗 精力善用 (遥森麻呂)ヤカモチは 善人悪人 ふた面(おもて) 感謝不満の ごった煮料理 (病院食家持)抗生剤 リハビリ加え 浄化待ち 劇的改善 チューブ解放 (遥森麻呂)胆汁の 色もいささか よくなりて 明日の血液 検査待たるる (胆汁家持) 龍森麻呂氏が贈り来れる歌2首に偐家持が追和して詠める歌2首リハビリに ペダル漕ぎ待つ 退院の 夕食完食 デザート金柑 (龍森麻呂)退院の 日は定まれり リハビリも 今日(けふ)を限りと 思(も)へば惜しかり (偐家持)ただ並べし 語彙も回復 祈るため 親しき友人 気の利くメニュー (龍森麻呂)気の置けぬ 幼馴染(をさななじみ)の どちなれば それ差し入れも そつなくあれり (偐家持) (20260213ひろみの郎女さんからの差し入れ)
2026.02.19
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次偐万葉・どち篇(その15) 現万葉シリーズ記事第346弾、偐万葉・どち篇(その15)であります。1.健人会関係 健人会の新年会に寄せて詠める歌1首新(あらた)しき 年の初めの 初春(はつはる)の 近江にどちと 楽しき積まな (偐家持) (本歌)新(あらた)しき 年の初めの 初春(はつはる)の 今日(けふ)降る雪の いや重(し)け吉事(よごと) (大伴家持 万葉集巻20-4516) (20260128料亭新月・前菜) 2.岬麻呂氏関係 岬麻呂氏に贈りて詠める歌7首 岬麻呂氏の宮古島への旅に寄せて偐家持が詠める歌1首この海の この青もとめ 来しわれぞ 青なつかしみ ただただ眺む (偐岬持) (20251227池間の海・宮古ブルー) 岬麻呂氏の沖縄・八重岳の寒緋桜の旅に寄せて偐家持が詠める歌5首このほども 夫婦(めをと)旅なり 寒緋桜 咲くをしも見む いや毎年(としのは)に (緋桜岬持)本島(ほんたう)の 南の果ての 具志川(ぐしかは)の 城(ぐすく)の跡に かなし波の音(と) (具志川岬持) (20260206具志川城址)背子と来(こ)し 八重瀬(やへせ)の園は ほつほつと 寒(かん)の緋(ひ)桜(ざくら) 今しも咲ける (八重瀬岬夫人) (20260206八重瀬公園の寒緋桜)沖縄の 本部八重岳(もとぶやへだけ) わが来れば 寒(かん)の緋(ひ)桜(ざくら) 今盛りなり (緋桜岬持) (20260206八重岳の寒緋桜)花の香の 満ち来るなへに 洋蘭の バンダのトンネル くぐるは嬉し (洋蘭岬持夫人) (20260206洋蘭バンダのトンネル) 岬麻呂に答へて偐家持が詠める歌1首世の中に 病院食の なかりせば 入院生活 楽天なりき (楽天家持) 3.喜多麻呂関係 喜多麻呂に贈りて偐家持が詠める歌1首病床の 友より電話 ありたれば これはげましつ おのれ鼓舞しつ 4.オガクニマン氏関係 国麻呂に贈りて偐家持が詠める歌3首胆汁の 汚れとらむと 抗生剤 打ちてぞ打ちて はやも八日目 (八日目の蝉)胆汁の か黒きほどには なくあれど われもヘドロを やどしてあるか (聖ペドロ) (20260203胆汁ドレナージバッグ)ドロ沼の ごとになり行く この国の ヘド吐くごとの 選挙の結果 (家持吐く爵) 5.チヨ女関係 チヨ女が作れる歌7首ほか並びに偐家持が作れる歌7首ほか チヨ女が贈り来れる歌1首に偐家持が答へて詠める歌2首年重ね ふと蘇る 在りし日の パンドラの箱 開ける我かも (チヨ女)パンドラの 匣(はこ)はさて置き 我が近場 パンドラの丘と いふものもあり (匣家持)パンドラの 匣(はこ)の底にし 残れるは 希望にあるか 在りし日の歌 (太宰中也) チヨ女が追和せる歌1首パンドラの 丘に眠るは 幼子か 月命日に 君の行くらむ (丘上古日(をかのうへのふるひ)) チヨ女が贈り来れる歌2首並びに偐家持が返せる歌2首車窓から 君があたりを のぞみつつ 底冷えの朝 大和に向かふ (チヨ女)底冷えの 朝はもっぱら こたつむり 角も出さねば 槍も出さざる (蝸牛家持)風化する 震災の跡 哀しかり 見ゆる景色も 人の心も (チヨ女)移ろふは 世の常(つね)理(ことわり) 松人(まつひと)も 昔のそれに あらなくあれば (泡家持) チヨ女が贈り来れる句に偐家持が付けたる脇句 春待てり 人の世もまた 銀世界 (チヨ女) 生きとし生ける ものみな光れ (偐家持) または、 生きとし生ける ものみな歌へ (偐家持) チヨ女が贈り来れる歌1首に偐家持が追和して詠める歌1首午(うま)の年 病(やまひ)と共に 駆け抜けよ けん家持(やかもち)の 歌日記待つ (チヨ女)病(やまひ)えたる 千年(ちとせ)余れる 三百年(みももとせ) 過ぎての八年(やとせ)も 生きてもみるか (偐家持) (20260203退院の朝の生駒山) チヨ女が贈り来れる歌1首に偐家持が追和せる歌1首春立ちぬ 六甲颪も 和(やは)らぎて 銀輪で行く 川沿ひの道 (千代郎女)光立つ 春の日囲碁に 銀輪を 駆けむと思(も)へど またも入院 (碁家持) 千代郎女が贈り来れる歌1首に偐家持が追和せる歌1首病院は 居心地よしと うらやまし 白紙委任の 世の中寒し (千代郎女)病人は 居心地よしと 思はざり されど医者には 白紙委任われ (成行家持)<参考>偐万葉・どち篇の過去記事はコチラ。
2026.02.18
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