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私はスポーツ観戦が好きで、ルールがわかるスポーツならほとんど楽しく見ます。なかでもリアルタイムで見るのが大好きです。生で試合を見るのはネタバレしていない映画を見るみたいなもの。生中継があるスポーツはアメフト、ラグビー、野球、サッカー、陸上、水泳、バレー、バスケ、バドミントン、テニス・・・列挙すると終わらないことになってしまいます。そして生中継よりも好きなのが試合会場で実際に生で見ること。昨日はそんな生観戦をしてきました。種目は男子の卓球Tリーグ。沖縄にはプロのチームがあります。チーム名は琉球アスティーダ。張本智和も昨シーズンまで属しており、張本退団後も常に上位で戦っていて、今年は目下首位を走っています。昨日はアスティーダのホームゲームが沖縄でありました。場所はサンエー浦添西海岸パルコシティ。私は那覇市民体育館で行われた試合には行ったことがありますが、パルコシティでの観戦は初めて。パルコシティと言えばショッピングモール。買い物でよく行きますが、そこで卓球をやるのは知りませんでした。最初に浮かんだ疑問がパルコシティのどこでやるんだろう?ネットで見ると「2F特設会場」とあります。たしかに2Fには休憩ができる広場みたいな場所があり、各種催し物が行われるときはそこが会場になりますが、そこで卓球の試合をすることがイメージできません。競技スペースと客席はとれたとしても、そこは広々とした解放空間。チケットを買わなくても周りどこからでも見えるのでは?試合のときだけ何か囲いでもつけるのだろうか?頭がはてなだらけになりましたが、行ってみて謎が解けました。試合会場はたしかにあのオープンスペースです。そこに卓球台を置いて選手やコーチのベンチを置き、そして周りに客席を置いてあります。そして、その周りは普段の買い物空間そのまま。客席と普段の空間はロープで隔てられているだけ。四方八方から試合はいくらでも見えます。エスカレーターからも3Fや4Fの通路からも。これでいいの?チケットを買う意味があるの?そう思いましたが、客席はちゃんと埋まっていました。客席の後ろの空間はタダで観戦しているお客さんたちで埋まっていました(私もそのうちの一人)。スターバックスの客席にも、3Fや4Fの通路にも客はいっぱい。買い物のついでにちょっとだけ見るというのではなくちゃんと応援し拍手している人もたくさんいました。それが全部タダなんです。有料観客席、無料観客席合わせての応援で試合は琉球アスティーダの快勝。Tリーグ首位を守りました。今シーズンパルコシティで行われる試合はこれで終わりです。それにしてもTリーグ(パルコシティ?)太っ腹~。
2026年09月07日
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ひゃー!昨夕は交通渋滞地獄の「沖縄の洗礼」を受けてしまいました。いえ、道路でではありません。ビルの中の話です。昨日はちょっと用があって珍しく夕方から出かけ、那覇市おもろまちにあるショッピングモール、サンエー那覇メインプレイスに行きました。家を出たのが17時半ごろ。10分ほどでメインプレイスに到着。ここは1階と2階がショッピングフロア、3階から5階および屋上が駐車フロアです。入り口の表示をみると3階が満車、4階以上が空車のマーク。私は5階にとめることにしました。5階に入ってみてびっくり!出口に向かう車がたくさん並んでいてピクリとも動きません。こちらは出ようとしているのではないのでその合間を縫って進み、たくさん空いているスペースのうちお客様出入口に近いところにとめました。とめている間にも横目で見ると、出口に向かう車は全く動いていません。土曜日の夕方6時前という時間帯はみんなが家路につく時間帯なのでしょうか。「こりゃ出るのが大変。でも私が出るのは1時間半後だし、それまでには出口渋滞もなくなっていることだろう」そう考えたのが甘かった。買い物を終えて駐車場に戻ったのが19:15。渋滞は解消するどころかますますのびています。戦々恐々、とりあえず車に乗りこみ列の最後尾につけました。そこから、全く動きません。何かトラブルでもあったのかと思うほど。出口は二つ。それぞれに各セクションから合流し、下り階段でも各階から合流し、すごいことになっています。結局駐車場を出たのが19:45。出るだけで30分かかりました。ビルを出た道路は普通にスイスイ。出口渋滞はメインプレイスの駐車場内だけの問題だったようです。ケーキのクリームを絞り出すみたいに、たくさんの車が1カ所に集中する構造になっているのがダメなの?おかげで久しぶりに 夜間の雨の中のドライブを強いられ 家に着いたのは20時でした。いつもならとっくに 晩御飯が済んでいる時間なのでお腹が空きまくりましたとさ。
2026年09月06日
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「東大教授がおしえる!超やばい日本史」(本郷和人監修、ダイヤモンド社)を読みました。私はこのシリーズ(「やばい日本史」「さらに!やばい日本史」「やばい世界史」ときて本書が4冊目)が大好きです。「東大教授がおしえる やばい日本史」を読んですっかりハマってしまった私は続編の「さらに!やばい日本史」や兄弟編?の「やばい世界史」も欠かさずフォロー。同工異曲の漫画の歴史解説書はありますが、このシリーズがとくに好きなのは、このシリーズに表れたセンスの部分です。それを再び味わいたくて今回の「超やばい」を書店で見つけた私は即買ってしまいました。とくに歴史上の人物や出来事を現代的な視点でみているところがたまらなく好きです。平安時代に女性文学のブームが起きたことを表す漫画では登場人物のセリフが「『枕草子』いとウケる~」だったり、藤原道綱母が息子の恋文を『蜻蛉日記』に載せてしてしまったことを表す場面では藤原道綱母に「SNSにあげちゃえ」と言わせてみたり。確かに彼らの行動を現代風に表現するなら、そういうことかと納得できます。中学校や高校で習った日本史を、こうした面白い形で復習できるのは楽しくてしようがありません。監修の「東大教授」本郷さんがこうした表現にどれだけ関わっているのか分かりません。私がこの本を気に入っているのは執筆担当の滝乃みわこさんやイラスト担当の和田ラヂヲさん、マンガ担当の横山了一さんの手柄なのかもしれません。でもそんなことはどうでもよく、本郷さんの下にみんなの連携がよくできているからこそ面白い作品が出来上がったのでしょう。学校で習った日本史は試験が終わるとすぐに忘れてしまいましたが、本書で学んでいたらしっかりと記憶に残ったかも。
2026年09月05日
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沖縄で、南国らしさを思わせる花と言えば・・・ハイビスカス、ブーゲンビリア、サンダンカ、と私は思っています。もちろんデイゴも沖縄を代表する花ですが、こちらは3月~5月限定。季節を問わず内地からやってくる家族や友人たちを花でもてなすため庭にブーゲンビリアを植えたのが5年ほど前のことです。が、この花、どんどん庭中に広がって手に負えなくなります。棘もたくさんあって扱いにくいので引っこ抜いてしまいました。サンダンカは住み始めてすぐ、いつの間にか勝手に庭に生えてきていて、花はずっと咲いていますが内地の人にはあまりなじみがないせいかウケがイマイチです。あるとき私の家を訪ねてくれた内地の友人は、近所の家の生け垣に咲いているハイビスカスを見つけ、足を止めて写真を撮っていました(我が家のサンダンカには目もくれないのに)。そんなこともあり、沖縄を代表するのはやはりハイビスカスか、と3年前、庭にハイビスカスを植えました。ハイビスカスは毎年順調に枝を延ばし、すぐにきれいな花をつけるようになりました。しかしひとつ問題があります。ハイビスカスは枝の先端に花のつぼみがつくのですが、我が家のハイビスカスはまだ小ぶりなためどんどん伸びる枝は、自分の重さで地面の方にしなってしまい、その先端につく花は地面につきそうなんです。垣根くらい大きく成長すれば問題は解消するのですが・・・。そこで枝を持ち上げるために、ホームセンターでメッシュパネルとパネルを留めるスパイクを買ってきました。パネルを支えにして枝を持ち上げれば枝は上を向き、つぼみがその先につくはず。つぼみが先につけば花が開いた時にはよく見えるはず。そう考えて私は昨日、台風の雨のやみ間を待ってパネルを設置しました。そして今日、台風がどっかに行ってしまっている間に(また戻ってくるそうですが)パネルをチェック。地を這っていた枝がちゃんと上を向いています(写真が下手くそで分かりにくいですが)。枝の先にはつぼみがいくつか・・・これらのつぼみが開くとよく見えるようになるでしょう。もう楽しみしかないんですけど。
2026年09月04日
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私は割とよく本を読みます。人に趣味を聞かれると「晴耕雨読」とこたえるほどです(ほかにすることがない)。でも家の書斎で落ち着いてじっくりと本を広げることはほとんどしていません。書斎にいるとついパソコンを起動してしまうし、リビングにいるとテレビをつけてしまいます。どこで本を読んでいるのかというと、車の中。車に本を持ち込み赤信号で信号待ちをしているときに読書。これが読書時間の大半です。しかし信号待ち読書ではせいぜい読めて1ページ。興が乗ってきてもう少し続けて読みたいと思うときもあります。そこでスーパーに買い物に行ったときは駐車場に着いてもすぐに車から降りず、読みかけていた本をそのまま読み続けることがあります。また敢えて本を読むために公園の駐車場に行ったり海の見える埠頭に行ったりして、そこで読書をすることもあります。車をとめて本を読んでいると、今の季節は車の中が暑くなりエアコンをかけます。読書のためにエアコンの効いた車内にいるのもばかばかしく、読書できる冷房の効いた施設はないかと探しまわりました。ありました。図書館です。何を当たり前のことをと言われそうですが、私は図書館というところを本を借りる場所だとしか認識していませんでした。それ以外では、せいぜい受験勉強をしている受験生が放課後や長期休暇のときに勉強をする場所ぐらいにしか考えていませんでした。そこに自分が持ち込んだ本を読んでもいいじゃないかと思いました。那覇市の図書館や県立図書館は駐車場が少なくすぐ満車になったり有料だったりします。それを解決する図書館がありました。浦添市立図書館です。ここは十分に無料の駐車スペースがあり、家からも遠くありません。ここには以前、和歌山から我が家に遊びに来た友人を連れて行ったことがあります。彼女は地元で司書をしており、沖縄に来た時に県立図書館や那覇市立の近隣の図書館巡りをしたいということで、浦添市立図書館にも連れて行きました。今回はその時以来の訪問。中に入るとよく冷房が効いて座席の数も十分余裕があります。お仲間の高齢者の姿もちらほらあり、本を読んだり新聞を読んだりしています。図書館こそ読書するのに最適の場所という当たり前のことになぜ今まで気がつかなかったのか。図書館詣でが増えそうです。
2026年09月03日
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今おきみゅー(沖縄県立博物館・美術館)で首里城正殿の御差床(うさすか=玉座)背後に掲げられる扁額が見られます。「御差床」は拝謁する人々の前で国王が鎮座する場所。「扁額」はその場所にふさわしい看板みたいなもの、と言えばいいでしょうか。しかしこの扁額も首里城正殿の御差床に掲げられてしまうと、もうこんな間近で見ることはできなくなります。最後のチャンスだと思い、おきみゅーに行って目の前で本物を見てきました。御差床背後の扁額の文字は「中山世土(ちゅうざんせいど)」。中山の王がこの地を治める、という意味です。琉球王国が統一される前、沖縄では本島に大きく3つの勢力が覇権を競い合う「三山時代」がありました。それぞれ本島北部の今帰仁を中心とした北山(ほくざん)、首里や浦添を中心とした中山(ちゅうざん)、南部地域を中心とした南山(なんざん)です。その中から中山が勝利し、本島全体を治めるに至りました。中国の清王朝がそれを正式に認め、贈ったのがこの扁額です。火災の前にも扁額は御差床でよく見ていましたが焼失しました。これがまたあそこに架けられると思うとワクワクします。扁額を見ているうちに首里城正殿に架けられたことをもっとはっきり想像したくなって、おきみゅーを後にして首里城に向かいました。平日の昼間、しかも多少の雨模様とあって見学客はやや少なめ。それでもぽつぽつと日本や世界各地から(と思われる)人々が訪れていました。台風が来ているからか守礼門の扁額(題字「守礼之邦」)は取り外されていました。正殿の前には2体の新しい龍柱が設置されています。見学者デッキから見た新しい龍柱はなんだか小さく「あんなに小さなものだったっけ」と思って眺めました。帰り際、焼失を免れながらも熱によってひび割れた龍柱を見ました。これらは新しい龍柱ができた今も保管され見学することができます。目の当たりにするとやはり大きなものでした。首里城の前に龍柱が据えられると小さく見えるほど首里城は大きいと実感。ますます早くあの場に行きたくなりました。
2026年09月02日
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プランター菜園を始めたものの、いろいろと失敗ばかり。夏の沖縄では1週間水やりをしないと枯らすことを学びました。これまで地植えの野菜作りしかしてこなかったので、プランターの苗は水やりを怠るとすぐに萎えてしまうことを今回初めて知りました。とくに沖縄の強烈な太陽光線の下ではそうみたい。ただ台風18号の来襲以降は、沖縄もようやく曇りがちの日が増え、ときおりにわか雨もあったりして野菜の生育環境が良くなってきました。リベンジする時が来た!と昨日ホームセンターに行き、枯らしてしまったトマトとピーマンの苗を購入。今度こそうまく育てないとな。これ以外にも、植え直したキュウリが少しずつ大きくなり、もうすぐ実をつけそうになってきました。オクラは少し前からきれいな花を咲かせ、実をつけてくれています。放っておくと大きくなり固くなってしまうので連日収穫。ナスも食べごろの実をつけていますが、すぐしわしわになるので水やりが欠かせません。水をもらうとすぐつやつやになるナスってほとんど水分なんだなと実感します。私ひとりが食べる分を提供してくれればいいので多種少量栽培。手をかけた分だけ応えてくれる野菜作り、結構好きかも。
2026年09月01日
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「阪神に勝ってもらいたい。これがジャイアンツファンの切なる思い」(徳光和夫)Yahoo!ニュースで見た見出しに頭の中でクエスチョンマークがいくつも浮かびました。徳光さんと言えば元日本テレビのアナウンサーで筋金入りの巨人ファン。その徳光さんが阪神を応援するような発言を?ゲーム差1.5で迎えた阪神対巨人の天王山3連戦。その第1戦で阪神に完敗した後の徳光さんがラジオで発した言葉だそうです。阪神の優勝を願っているなんて、あの徳光さんもとうとう常勝タイガースの軍門に下ったのかと一瞬思いました。でもこれ私の誤解でした。記事を読んでみるとあまりにも阪神戦に弱いジャイアンツを叱咤激励した言葉でした。「阪神に勝ってもらいたい」とは「巨人が阪神に勝つことを望む」という意味だったようです。私は「他の球団ではなく阪神が勝つのなら許せる。阪神に優勝してもらいたい」という意味で言ったのだと解釈してしまいました。英語で言うとこういうことです。○ I hope the Yomiuri Giants will beat the Hanshin Tigers.× I hope the Hanshin Tigers will win the pennant race.つまり「阪神に勝ってもらいたい」=「阪神を打ち負かしてもらいたい」≠「阪神に優勝してもらいたい」。徳光さんが阪神の優勝を願うわけなかったですね。でも正反対の意味にもなりうる表現。ニホンゴオモシロイデース。
2026年08月31日
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「ほどよく忘れて生きていく」(藤井英子著、サンマーク出版)を読みました。著者は現役の漢方心療内科医院の院長さん。1931年生まれの現役医師です。最近、書店でよく見かけるこの本がちょっと気になっていましたが購入するまでには至っていませんでした。すると、古本屋さんで242円の本書を見つけました(定価1400円)。発行後まだ2年で書店の棚にも並んでいるのになぜ?とも思わず即購入。読んでみて最初に思ったのは「THE 正論」という印象。とりわけ第1章「『人間関係』はほどよく忘れる」がそうです。人間関係は考え過ぎないこと。誰かに嫌われてしまったらその人から距離を置く。距離をとれなければ、その人のことは考えない時間をつくる。それぞれごもっとも。そうしたことをほどよく忘れられるといいのですが、でもそれができないから悩んでいる人が多いと思うのです。ちょっとこれはどうなんだろうと思いました。しかし、読み進めていくうちにだんだんと印象が変わります。本書は徹頭徹尾、そういうスタンスなんです。自己肯定感を持ちなさいとわざわざ言うほどでもなく、一番大事なのは自分だと常に語り続ける著者。読んでいるうちに段々と著者の考え方が私の頭を染めていきます。著者は30代で産婦人科で働いていた病院を辞め育児に専念します。しかしその後勉強を続けて心療内科医として50代で復職。さらに89歳で自分で医院を開院して院長になりました。そんな本人の生きざまを含めて著者の言葉を咀嚼していくと、「正論」が説得力を持ってきます。書かれていることを最初は「おっしゃることはいちいちごもっともです。でもそれ誰でも実践できますか?」と若干懐疑的に読んでいた私ですが、だんだん「ひーこ先生」の色に染まっていきました。何しろ本人が90代半ばで「ほどよく忘れて生きていく」ことを目の前で実践してくれています。その人の言葉は何物より胸にしみこんできす。内容は人間関係の解決から人生、とりわけ後半人生をどう生きるかのヒント。私は最後、素直に「ごもっとも」と言いました。
2026年08月30日
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「認知症の人、その本当の気持ち」(たっつん著、株式会社KADOKAWA)を読みました。先日読んだ、認知症患者を介護する現役ヘルパー漫画家の描いた本があまりに絶望的だったので、正反対の本を選びました。介護施設で働く介護士たっつんには認知症の人の「意味わからん行動」の中には必ず本人なりの「理由がある」という信念があります。理由があるところまでは先日読んだ『消えていく家族の顔』でも同じなのですが、この本が違うのはそこには必ず解決策があり、実際にどうやって「意味わからん行動」を収めさせたか、その具体例が満載されていることです。第1章では帰宅願望のある患者、夜間徘徊する患者、うんちを手渡してくる患者・・・などがこれでもかと出てきます。でも一人一人の行動の背景を見ていくとそれぞれの行動には合理的な意味がちゃんとあり、それがわかると解決策もある、とたっつんは言います。しかしそれは口で言うほど簡単なものではありません。帰宅願望のある患者と2時間も「散歩」につきあったり、手袋越しではいやがるので患者のうんちを素手で受け取ったりしなければなりません。こうした患者の「意味わからん」行動の本人なりの理由に徐々に近づき、解決に結びつける事例がたくさん出てきます。私も認知症の両親の介助をした経験がありますが、ここに載せられたような「問題行動」はあまりありませんでした。それは他人ではなく家族がみていたことや施設ではなく自宅だったことも理由なのかもしれません。それでも、認知症患者の世話をするのはそれなりに大変なことでした。しかし、たっつんはそんな介護の仕事を嬉々としてやっています。介護士は重労働だけれど認知症本人にしか見えない世界の核心に近づけたとき、これほどやりがいのある仕事はないと言います。**********************************************本人にしか見えてないであろう世界に触れられることもあります。そうしたときに何を感じるのか。それが楽しいといえば語弊があるかも知れないけれど、ぼくからすればすごく楽しい!だからこそぼくはこの仕事を辞めたいとはおもいません。**********************************************(p.9「はじめに」から引用)認知症の両親とともに過ごしていた私にはこの言葉がよく分かります。私もたっつん同様、介護を楽しんでいたからです。1時間以上かけて父の着替えを手伝ったり、下の世話をしたり、同じ話を何度もする母に対して毎回初めての顔をして聞いたり。そこには大変ながら、楽しむ要素もたくさんあると感じていました。そのあたりのことはこのブログの、私のカテゴリー「エンジョイ認知症」で綴っています。ときには私を認知してもらえないこともありましたが、認知症のおかげで実家に帰りしばらく彼らと過ごせたのは幸せでした。先日の本があまりにも絶望的だったので、この本を読んで前向きな明るい介護士さんの話を読み、ホッとしました。
2026年08月29日
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昨日はウークイ。と言っても、沖縄以外の地方の人には何のことかさっぱり分かりませんね。沖縄では今も重要な行事は旧暦で行うことが多く、お盆もそのひとつです。今年は陰暦の8月15日が昨日でした。本土では新暦で祝うお盆の8月13日が「お迎え」14日が「中日」15日が「お送り」です。沖縄では旧暦8月13日がウンケー(お迎え)、14日がナカヌヒー(中の日)、15日がウークイ(お送り)です。沖縄では学校が休みになるくらい大事な日です。お盆には親族が集まり先祖供養をするなど本土と同様のものもありますが沖縄独特の風習もあり、その一つがエイサーです。昨晩お風呂に入っているとどこからともなく太鼓の音が聞こえてきました。「あ、このリズムはエイサーだ。」これまでも何度かエイサーは見ていますが、「沖縄全島エイサー祭り」だったり「おきなわワールド」でショー化されたエイサーだったりが多く、いわゆるお盆のエイサーはこれまで数度しか見たことがありません。しかもいま住んでいる地域、いわゆる「地元のエイサー」は見たことがありませんでした。太鼓の音が聞こえてきたので、あわててお風呂から飛び出し家を出ました(服は着ましたよ)。このあたりは市街地でエイサーを踊れる広場なんかないのになと思いながら、太鼓の音を頼りに歩いていきました。ほかにも数人、ご近所さんが同じ方向に歩いています。行きついた先は何と、家から徒歩3分もかからないファミリーマートの駐車場。ここを借り切り交通誘導員も入れて、エイサーが行われていました。こんな近くなら太鼓の音もよく聞こえるわけです。のぼり旗に書かれているのは地域名を冠した青年会の名前。この辺は集合住宅が立ち並び独身の若い勤め人が多く、自治会の加入率も1割そこそこの地域です。が、ちゃんと青年会もあるんですね。ウフデーク(大太鼓)やパーランクー(片面太鼓)を叩く男性(女性も何人かいました)やミニの浴衣風の着物を着た女性数十名が踊っていました。中には「まだ青年会には入れないだろう」と思われる小さな子もいて、可愛すぎます。そんなに広くない駐車場ですが、踊る人と見物する人で超満員。このあたりでは見たことがないくらいたくさんの家族連れで埋まっていました。普段見かけるのは通勤する若者や中年の男女ばかり。あとは小学校から高校までの、登校する子どもをときおり見かけるぐらい。こんなに集まっているということは、実際はこのあたりも人が一杯いたのですね。見知らぬご近所さんと一緒に笑い、拍手をしていると、自分も地域の一員になった気がしました。
2026年08月28日
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台風が去ったので今朝は近くの運動公園に、早朝ジョギングに出かけました。台風は沖縄本島から離れていったはずですが、台風一過とはならず空はまだ曇っていてほとんど日差しがありません。さらにときおり名残の強風が吹いたりして、今朝は涼しい中で気持ちよく走れました。いつもジョギングを始めるとすぐ汗びっしょりになりますが、今日は着ていたシャツの汗もレベル4まではいかずほどほどという感じ(写真では全く分かりませんが…)。お昼になっても気温はそれほど上がらず、現在の気温はエアコンなしで28.1度。湿度51%。やや蒸し暑い程度です。昨日は台風の真っただ中だったのでジョギングは当然できませんでした。毎朝の日課になっているジョギングをしなかったら昨日は一日中どうも調子が出ませんでした。大した距離を走るわけではありませんが、小一時間ほど走って汗びっしょりになって初めて私の一日が始まる感じがしています。それがないとどうにもシャキッとしません。沖縄でも奈良でも、起きると必ずアップをしてジョギングに出かけています。8月に走ったグラフを確認しました。このグラフによると、今日までにジョギングをしなかったのは8月では7日、8日、23日、そして昨日26日。7日、8日は台風13号が沖縄を直撃していた日。23日は奈良→沖縄の移動日だったので、朝から奈良の家を出る必要があり、走る機会がありませんでした。そして昨日は台風18号。それ以外の日はすべて走れているということは、雨も降らなかったようです。私はおととし腰椎の手術をしたため、それまで続けていたジョギングをしばらく休んでいましたが、またこうして毎日走れるようになりました。今さら記録更新にチャレンジするといった気持ちはありませんが、走れることに感謝し精進を続けていきます。
2026年08月27日
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そんなわけで今回も我が家にはとりわけ被害らしい被害もなく、台風は去りつつあります。台風18号は沖縄本島に近づいたタイミングでやや進路を北にとり、先日の13号と同じように沖縄本島と奄美大島の間を通っていきました。それで我が家のある本島中南部は雨、風ともにたいしたことはありませんでした。台風が通り過ぎた朝になって吹き返しの風がこれまでで一番強く吹き、雨も台風が遠ざかりつつある今朝が一番強かったようです(夜中は寝ていたので知りません)。庭に置いてある野菜のプランターが一つも飛ばされていなかったことで、13号ほどではなかったことが分かります。バナナの葉も13号のときは切れ切れに裂けてしまって見るも無残な姿になっていましたが、今回はそれもありません。ときおり強い風が吹くとしなってはいますが、裂けることはありません。今年は台風の当たり年で沖縄に接近する台風は多いのですが私にとっては幸いなことに皆、先島諸島の方に行ったり奄美の方に行ったりしてくれて、本島中南部は直撃から免れています。そんなこんなで台風被害に備えて準備した非常用食料も飲料水もトイレ用の水も、今回は不要になりました。購入した炭酸水は本来の用途である、泡盛のソーダ割りに使います。多分こんなことだろうと、飲料水を買う時普通の水を買わずに炭酸水を買っておいて正解でした。45リットルポリバケツに貯めた。トイレ用の水はあと半日ほどしたら捨てましょうか。せっかくですからこの次いつか断水したときのシミュレーションとして、トイレの水を流すことに使ってみようかな。想定していた最悪のことは何も起きず、なんだかちょっと拍子抜けの気もしますが、何もないのが一番です。何もなかったからよかったようなものの、これでもし何も準備をせずにいて、実際に断水や停電になっていたら、たちまち困ったはずです。「オオカミ少年」の声を信じて準備をし、何度空振りになってもいいではないですか。「備えあれば憂いなし」の言葉通り。今回も準備をしていたからこそ「断水になったらトイレ、どうしよう」という不安はありませんでしたからね。青空駐車の愛車はどうなったかな。また窓やボンネットにちぎれた葉っぱが一杯ついているかな。あとで見てきます。
2026年08月26日
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台風18号、今夕から沖縄本島地方も暴風圏に入る予想です。今はときおり強い風さっと吹く程度で空は晴れています。台風に備えて非常食を色々と買ってきました。常温保存できるご飯やおかずもの、カップ麺のたぐいなど。普段あまり買ったことがないものが多いので、何もなかった場合は新しい味を試してみることになります。それが案外美味しかったりしたら普段買いのレパートリーが増えることになり、それも楽しいかなと。心配の一番は断水ですが、水は一人1日1~2リットルが必要とのことで1リットルの水のボトルを3本買いました。実はこれ、炭酸水。断水がなかった場合は泡盛を割って飲むのに使おうかなというセコい計算です。でも断水になったら炭酸水でご飯を炊くのかな。どんな味になるのか、何も考えていません。たぶん断水にはならないだろうという甘い考えです。トイレ用の水は先日の台風直撃の際にも活躍した(何もなかったので全部捨てましたけど…安心代です)45リットル入りのポリバケツに貯めます。別に汚くないので炭酸水で味がおかしかったらこっちの水を料理に使えばいいし。停電になる可能性もあるので冷蔵庫に入れるものは控えました。と言いながら「ガリガリ君」買っちゃったな。断水や停電よりもガスが停止になったらどうするのよ?という考えもありますが、それは可能性が低いだろうと高をくくっています。沖縄の我が家はプロパンガスを使用しています。庭の隅にボンベが2本置かれていて、そこから屋内にガス管が引き込まれている(はず…見えません)ので、ガスが強風で供給停止になることは多分ないと思うのです。これで準備OK、のはずが明日買い物しない前提で考えると足りないものが出てきました。今のうちに買い物に行ってこよ。
2026年08月25日
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「いじわるばあさん」1巻、2巻(長谷川町子、朝日文庫)を読みました。「いじわるばあさん」はこれまでにも読んだことがあります。というか、ほぼリアルタイムで読んでいました。青島幸男が演ずる実写ドラマも好んで見ていた記憶があります。先日読んだ大塚ひかりの「くそじじいとくそばばあの日本史」の冒頭で私とほぼ同年代の著者が「いじわるばあさんが大好きだった」と書いているのを見て、また読みたくなりました。そして、3日ほど前に奈良の古本屋でこの2冊を偶然見つけたので早速購入。沖縄に戻る飛行機の中で完読しました。やっぱり文句なく面白い。もちろん時代が違うので、現代の読者には理解が難しいものも多々ありますが逆に言うとそれだけ時事性に富んだネタを長谷川町子が描いていたということでしょう。朝日新聞には毎週末の土曜版「be」に「サザエさんをさがして」というコーナーがあり、サザエさんに描かれている時代を通して当時の風俗を掘り起こしていくという企画があります。つまり、長谷川町子の漫画はどれにも時代の空気が反映されているのです。それも面白おかしく。「いじわるばあさん」が連載されたりテレビ化されたりした当時、私はこどもでしたがどちらかというと「サザエさん」よりもこちらが好きでした。今読んでも4コマに凝縮されたネタにはどれも当たり外れがなく、レベルの高さには驚きます。2つほど拾い上げてみるとこんな感じです。第1巻p.40(1コマ目)水泳をしている数名の男性(2コマ目)水から出てたき火に当たっている男性たち(横には「寒中水泳大会」の看板)(3コマ目)たき火が一気に「消火」されてしまう(4コマ目)「最近出没する消火魔ってあれか」(消火器をもって逃げていくいじわるばあさん)第2巻p.78(1コマ目)いじわるばあさんの家の軒下で雨宿り中の男性(2コマ目)傘を貸すいじわるばあさん(「お持ちなさい」「たすかります!!すぐにお返しします」)(3コマ目)返しに来た男性にいじわるばあさん「じゃ、借りたカサですからここに」と住所を渡す)(4コマ目)田舎道を歩く男性の手には「茨城県日立市○○丘団地」と住所を書いた紙)上の話は「放火魔」に対する逆説としての消火魔。下の話は一見親切と見せかけて行った意地悪。どちらもちょっと毒の入ったユーモアがいじわるばあさんらしさを醸し出しています。所収された話の中には今やれば(その当時からも)犯罪だろうというものも多々ありますが、たいていは毒のない痛快な意地悪が多くて素直に笑えます。なかには意地悪が自分に返ってきたり反省したりするものもあり、気がつくと読者はいじわるばあさんの立場に立って読んでしまっています。どれを読んでもよくそんなことを考えるものと感心しますが、いまだに長谷川作品が老若男女に好かれているのも分かります。
2026年08月24日
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先日大幅値引きの札を見て思わず買ってしまったネックファン。暑いときに外を歩く機会があれば試そうと思っていましたが、全然使うことがありませんでした。暑すぎてまったく外を歩こうという気にならず、外出はいつも車でしたから。しかし、2拠点生活をしている私には使用する機会が必ずあります。それは拠点間を行き来するときです。奈良ではバス停まで5分足らず歩くだけなので試すのは沖縄のみになります。家から空港に行く(あるいはその逆)ためには家と最寄り駅の間を20分間歩く必要があります。20分ぐらいならタクシーなど使わずに歩きますよね。しかしこれがこれまで大変でした。夏場(沖縄は1年の半分以上が夏場ですが)にこの距離を歩くと汗がどんどん噴き出して汗びっしょりになります。駅から家までならすぐにシャワーも浴びれますが、汗だくでモノレールに乗るのは周りの人たちのことを考えるとちょっと気が引けます。それで前からハンディファンがあったらいいかなと思っていたところにネックファンの安売りをみつけたのです。何しろ通常価格唖5千円のところが売り尽くしセールで1千円弱。飛びつきました。で、使用結果はどうだったか?うーん。ハッキリ言ってあまり役に立ちませんでした。5日前に家から駅に歩いた時も、今日駅から家まで歩いた時も、どちらも汗はびっしょりかきました。この製品は直接肌に当てないでタオルを挟むのですが、普通に汗を拭くものとしてタオルが役に立っただけでした。これならハンディファンの方がよかったのかなぁ。ただ未経験の私はハンディファンも役に立つかどうか分かりません。今後これを首に巻いて外出する気は失せました。安いと思って買ったけど結局高い買い物になってしまったようです。8割引きになってたわけだ。ただし、これは寒いとき首を暖めてくれる機能もついています。最終的な判定は、冬の暖房用として使えるかどうかを試すまでもう少し先に伸ばしましょう。
2026年08月23日
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「前しか見ない ミキティ語録」(藤本美貴、CCCメディアハウス)を読みました。最近、なんとなくミキティこと藤本美貴さんのことが気になっていたので、前から本屋さんで見かけていたこの本を読んでみました。と言っても歌手時代のミキティのことはよく知らないし、所属がAKBだったのかもモーニング娘。だったのかもよく分かっていません。ただ横澤夏子さんといっしょに司会をしている「夫が寝た後に」は毎週欠かさず見てます。深夜番組なので夫どころか私も寝た後に放送されているため、TVerで「お気に入り」登録をして見ています。藤本さんにしても横澤さんにしても、どちらも特別に好きなタレントというわけでもないのに、この番組だけは好きで見てしまいます。私自身、彼女たちのような子育て世代ではないどころか孫が彼女たちの子どもの世代で、現在子育ての苦労をしているわけでもありません。なのに毎週楽しくゲストとの会話を見入ってしまうのはなぜでしょう。本書を読むと藤本さんの「語録」には共感することばかりでした。なるほどこれが魅力で「夫が~」も見ていたのですね。副題に「前しか見ない」とありますが、そこが読者やこの本のもとになったTouTubeのフォロワーたちが彼女に魅力を感じているところなのでしょう。常に前向き、くよくよしない、いつも正直に自分をさらけ出し、後悔しない生き方が見ていて気持ちいい。「基本何でも楽しめる。どこでも楽しめます」(p.208)と言っているのは「人生は遊びだ」をモットーにしている私と気が合うところです。本書の「語録」はすべて共感の連続ですが、反論じゃないけれどひとつだけ藤本さんに言いたいことがあります。「泣いても何も前に進まない。だから泣かないの、絶対に」(p.216)について。ここで言っている「泣く」のは悔し泣きのことだと思うのですが、人生には誰かと戦い、負けてなく涙だけではなく、永遠に手の届かなくなってしまったものを前にして静かに涙を流して別れることもあるわけで、そのときの涙は自分の気持ちを浄化してくれる涙であるかも知れません。今後、「前に進める」ためでない涙を流すこともきっと出てきます。そんなときはたっぷり泣いてください。
2026年08月22日
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奈良に帰ってきている間にやらなければならない必須のお仕事のひとつ。草刈りが終わりました。写真が下手なのと、今回は思ったよりも雑草が伸びていなかったのとで草刈り前後の違いがあまり分かりませんがとにかく前庭はきれいになりました。前庭よりひどかったのがブドウがある横のフェンス側です。こちらはブドウも繁っていたけど雑草も繁りたい放題でした。ブドウの葉っぱに覆いかぶさるようにヘクソカズラがびっしり。覆いかぶさったヘクソカズラを取り除くと、ブドウの房がいっぱい顔を出しました。今年は種無し化処理にチャレンジしたのですが、初めてのことであまりうまくいかなかったようで、ときどき種が入っているものがありました。でも濃厚な甘さがあって味はなかなか悪くありません。夕方、涼しくなったら収穫して東京にいる子どもに送ってやりましょう。3歳の孫はうまく種が出せないかも、ですけど。
2026年08月21日
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「『わかってもらいたい』という病」(香山リカ、廣済堂新書)を読みました。最近「AIに悩みを相談している」という人の話をよく聞きます。「とにかくAIは否定しない」「AIは自分の『自己肯定感』を上げてくれる」という話を聞くと、そんな予定調和みたいな会話が本当に頼りになるのかなと疑問でした。でも、この本を読んで人がAIに頼る気持ちがよく分かりました。「わかってもらいたい」と願う人々は理解してもらいたいというより、受け入れてもらいたいのです。精神医学者で臨床の経験も多い著者によると「わかってもらいたい」と言う人が求めているのは性格や人となりをことこまかく理解してほしいということではなく、とにかく自分の気持ちを相手に肯定してもらいたいということだそうです。疲れている人、つらい状況にある人を「わかってあげる」のはその状況を理解することよりも、その気持を受け止めて受け入れること。なるほど。決して否定しないAIが相談相手として好まれる理由が分かりました。この本は初版が2018年発行と、現在からすればAIに関して少し古い知見も見られますが、その頃から香山はAIが相談相手になりうるし、「理想の恋人」にもなると考えていました。なぜならAIの恋人は自分が作り上げた、最も自分に都合のよい存在だからで結局それが「わかってもらえる」ということになるからです。しかし「わかってもらいたい」はときに病気や犯罪につながります。「わかってもらってない」人には本書の一読を勧めます。
2026年08月20日
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久しぶりの奈良。通常は2~3週間も奈良の家を空けることはないのですが今月は沖縄滞在が長くなりました。理由はまず、美容院や病院などの予約がなかったこと。これまではそれらの予約にあわせて奈良に帰ってくるようにしていました。次にお盆シーズンだったため航空運賃が高騰していたこと。いつも使うピーチでは、安いときの関空ー那覇の料金は5~8千円ですが、お盆期間は2~3万になることがザラで、それ以上になることもあり私には手が出ません。お盆が終わってようやく1万円そこそこになったので帰ることにしました。放置している庭のことも気になりますし。帰ってきてすぐに庭をみましたが、思ったほど草ぼうぼうではありません。7月に帰ったときは高さが40cmぐらいまで雑草が伸びていたのに今回はせいぜい7~10cmほど。それでも草刈りはしますが、この程度なら「荒れ放題の空き家」には見えません。1か月前と何が違うのか、雨降りが少なかったのか高温すぎたのか。理由は分かりませんが、これなら草刈りにかける時間も短くて済み助かります。というわけで今回は奈良にいる間、草刈りをして、奈良でいつも買っているコーヒー豆を買って・・・そうそう。ぶどう狩りを忘れてはいけません。フェンスに絡ませたデラウエアが今年は豊作でかなりの収穫になりそうです。これまでは食べてくれる人もあまりいないので自分で消費する以外は朽ちていくのをただ見ているだけでした。でも最近、東京にいる息子が「デラウエアが果物の中で一番好き」みたいなことを言っていたので(初めて聞きました)今年は送ってやります。沖縄からマンゴーが届き奈良からはぶどう。孫たちはじぃじって何者?と思っているかも。とにかく明日から忙しいぞ。
2026年08月19日
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「消えていく家族の顔 現役ヘルパーが描く認知症患者の生活」(吉田美紀子著、竹書房)を読みました。最近亡くなった両親が認知症だったこともあり、この種の本は興味を持って読んできました。認知症患者がなぜ不規則な行動をとるのか、彼らの頭の中はどんな思いなのか。それが知りたくていろんな本を読んできました。そのなかで本書はこれまで読んだ中で最悪の読後感を抱いた本でした。著者は現役の介護ヘルパーと二足のわらじを履く漫画家の方とのこと。ここに描かれていることは確かに現実としてあるのでしょう。しかし本書に出てくる19の話は2、3を除いてどれもこれも認知症患者は絶望の中で生きているとして描かれています。これまで読んできた認知症関連の本では奇行に見える認知症患者の行動にも本人にとってはれっきとした理由があり、行動には独特の論理があると説明されていました。そして、そこを理解したうえで認知症患者にはどう対していけばいいかが示されていました。本書でも「なぜ」の部分までは描かれていますが、その先の「どうすれば」までは踏み込みません。現役ヘルパーだから踏み込めないのかもしれません。しかし、読者はそこで見放されるとつらくなってしまいます。本書を読むと認知症患者の行動パターンやその行動をとる理由はある程度分かりますが、そこでつきはなされると認知症患者は苦しさの中で生きている、ということしか残りません。家族や介護者には理解できなくて当たり前、耐えて世話をしていくしかない、ということなのだと捉えてしまいます。認知症でもそれなりに、本人も周りも楽しく生きられるということが一切描かれていません。身近に患者がいて、いま現在そのお世話に従事している人にはあまりお勧めしたくない本です。
2026年08月18日
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自他ともに認めるおケチなヨッサンです。スーパーに行っても事前の買い物メモ以外のものはまず買いません。お金のかかるサブスクには何も入っておらず、テレビなら無料で見られる地上波しか見ません。それ以外は無料のTVerで見逃し番組を見るくらい。YouTubeはいくらか払えばコンテンツの頭に流れるCMがなしになるとか聞きますが、5秒から数十秒待てばいいのでスキップできるまで待っています。どうせ暇でダラダラ見ているだけですから。おケチなのでYouTubeの番組前、スキップできるまでに出てきたCMの製品は買わないぞと決めていたのですが。ひとつ気になったものがありとうとう禁を冒して買ってしまいました。それがブルーレット「さぼったリング黒ズミ対策」。どういうわけか沖縄の我が家のトイレはいくら掃除しても黒ずみがとれません。決してさぼっているわけではなく、ブルーレットドボンも使ってますし、日々気をつけて掃除もしています。それでも「リング」は消えません。そこまでやってもリングが残るのは便器の品質か長年の使用による経年劣化なのか、悩んでいました。リングは取れないものともうほとんど諦めていたのですが、「さぼったリング黒ズミ対策」のCMを見て、つい心が動かされてしまいました。「もしかして、これをやればあの頑固なリングも消えるかも?」と淡い期待をかけて昨日、スーパーで当該の製品を探してしまいました。すぐに見つかり早速購入。単に便器にふりかけ30分から1時間待つだけ。こすったりは一切なし。指示通りにやったところ、見事にリングはなくなりました!これまで、いくらこすろうがしつこく残っていた黒ズミリングが跡形もなく消えていました。効果抜群じゃないですか。使用前と使用後の比較写真を載せたいところですが、使用前に撮っておかなかったので残念ながらそれはパス。使用後の写真だけ載せてもただの便器の写真になってしまいますし、人の家の便器を誰も見たくありません。YouTubeの番組前に流れるCMも少しは信用してみようという気になりました。ただよほどのことがない限り買わんけど。
2026年08月17日
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北谷町立博物館で開かれている「佐藤健寿展 奇界/沖縄」を見てきました。QAB(琉球朝日放送)が繰り返し流すスポットCMにつられて、とくに前知識なしで「面白そう」と思い行ってきました。博物館の駐車場は空きスペースを探すのに苦労するほど車が一杯、中に入ると大人も子供も人が一杯です。夏休み中の土曜日とあって、なかなかの盛況。わくわくしながら入場料1,500円を払って中に入りました。「写真はきれいだったけど、展示内容はイマイチつまらなかった」というのが私の率直な感想です。「人類が生んだ奇妙で美しく、時に摩訶不思議な風景や信仰、建築、宇宙開発まで」(沖縄タイムスの説明)を撮り下ろした作品が並んでいますが、内容に一貫性が見られません。写真の共通点は「ほら、奇妙だろ」ということです。小さな文字で説明文はありますがそれを読んでも理解が深まる訳ではありません(しかも客が多くて読みづらかった)。社会、文化、歴史は横に置いた「奇妙」をキーワードにした写真を提供しているだけのように見えます。これでふと思い出したのが20世紀初頭に大阪で行われた博覧会での「人類館事件」です。この博覧会では琉球人、アイヌ、台湾原住民、朝鮮人らを動物園の動物であるかのように各パビリオンに「展示」して、入場者に生身の人間を「観察」させました。当時の日本では「野蛮」で「劣った」人々を見世物にしているという意識が薄かったために起こったことですが、これは「人類館事件」として後々大問題となりました。「奇界/沖縄」にそうした差別意識はないと信じますが、奇妙で不思議なものというキーワードだけでまとめていくと、人々はものごとの本質を見ずに単に自分にとって珍しい、自分とは違うものを見たという感覚を覚えるだけで終わってしまいます。「奇妙」と見えるものにもそれぞれ、必ず合理的な理由はあります。当事者には奇妙でも何でもありません。なのに、奇妙や違いという部分を強調するだけで、「我々にとって奇妙と見えるもの」が彼らにはどのような意味があるのか、どのような論理のもとに提示されているのかをこの展示会では掘り下げて見せてくれません。そのためこの展示会は、私には人類館事件同様、自分たちとは異なるものを好奇心の対象にしているだけに思えました。見学者たちは「変わったものを見た」で終わらせず、その背景の人間の生に思いをはせてもらいたいと思いました。
2026年08月16日
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「メーター検針員テゲテゲ日記」(川島徹著、三五館シンシャ発行)を読みました。三五館シンシャから20冊ほど出ているこの職業日記シリーズは、そのうちの半数以上をこれまでに読みました。外部からはわからないそれぞれの仕事の内幕がわかるだけでなく、実際その職に就いていた著者の人生が垣間見られるのが魅力でもあります。公務員などを除いて、このシリーズの著者は最初からではなく途中からその仕事に従事するパターンが多いように思います。本書の著者、川島さんもそんな途中入社をした一人。年収850万円の東京の外資系企業に勤めていた彼ですが、若いときから文筆業になるのが夢だったこともあり、あるとき文筆業を兼ねるには多忙すぎると職をすっぱり辞めてしまいます。検針員になって月に10日ほど働きさえすれば、あとは自由に好きな執筆ができると考え故郷の鹿児島にUターンし、検針員として雇用されました。検針員を最近はあまり見ません。かつてはオペラグラスのようなものでメーターを除いたりしているのを見たものでした。それもそのはず。メーターが進化し、以前は手書きだった連絡票がプリントアウトになり、さらに手渡しの連絡票もなくなるといった形で技術が進んでいるようなのです。そのため本の帯にもある通り「あと数年でなくなる仕事」なのだそうです。検針員が各戸をまわって人の目で使用電気量を確認しなくてもデータが各戸のスマートメータから電力会社に自動的に送られるようになってきているとか。他の仕事同様、外回り中心の検針員は暑い日、寒い日、犬にほえられ、泥棒と間違えられ、苦労してきました。ただ、実際にその仕事ぶりを見かけていたこともあったからか、これまで日記シリーズで読んできた様々な仕事と比べると、ここに書かれた検針員の仕事はそれほど予想からは外れていませんでした。外勤中心の検針員の大変さはそのようなものだろうなと思っていたのです。ただそこに描かれていたのは業務そのものより電力会社という大企業の下請けの検針会社の、さらにそこにパートとして雇われたパート従業員の悲哀でした。検針員の実態を考えてくれていない上から押し付けられる理不尽な要求、威圧的な上司との軋轢など。不当なことにもできるだけ我慢して耐えながらも言うべきところでは物を言う著者。でもそれが原因で上司ににらまれた彼は定年より5年早く雇用契約を切られてしまいます。その後は年金を受給しながら介護職などを転々としますが、ひょんなことから自分が書いた本を出版するという長年の夢が、本書の出版によってかなったのは幸いでした。今度、電気や水道、ガスのメーター検針員を見かけたら「ご苦労様です」と声をかけようかな。あんまり見ないけど。
2026年08月15日
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前日に続いてマンゴーの剪定をしました。前日は雨に阻まれましたが、昨日は雨の邪魔もなく青空の下、無事完了。上に伸びていた枝は大胆にカット。私の背より伸びている枝はほとんどなくなりました。去年はあんまり剪定をしていなかったので枝がかなり入り組んでいたのですが、それをすっぱりバッサリ。空がよく見えるようになって日が当たるようになりました。来年は実にもしっかり陽が当たり、サンキストマンゴー(sun-kissed mango)になるかな。上から見おろすと、かなり風通しがよくなったのが分かります。今年は確かにちょっと混みすぎでしたね。切った枝が山のように積みあがりました。乾いた枝は細かくカットしてごみの日に出します。でもこんなに生き生きとしているので、これが乾くのはまだまだ先。剪定第2弾を行う方が先かもしれません。剪定はあんまり強くやりすぎると樹勢が衰えるらしいので、今回はこれでも剪定を控えめにしました。本当はまだまだもっと切り詰めたいところです。とりあえず今回はこの程度にし第2弾は10月かな。「実をありがとう&お疲れさん」と肥料と水をたっぷりやりました。
2026年08月14日
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我が家のお庭果樹園でマンゴーの収穫が終わりました。成果は40個ほど。そこで昨日は剪定をやることに。枝が伸び散らかっています。写真では分かりにくいですが2mぐらいにはなり枝も込み合っていて剪定必須です。剪定の前に先ずマンゴーの実を吊り上げるために屋根の上からわたしてあったロープを外します。農家さんはちゃんとハウスを建てて、マンゴーの木の上にパイプを渡してそこからマンゴーを吊り下げますが、素人栽培者はそこまではできないので、屋根の上にブロックを置き、そのブロックと下のブロック塀の間にロープをかけています。作業の最初に、屋根に上ってまずそのロープを外しました。次に、実を入れてあったネット袋の残骸がいくつも残っていたのでそれを外しました(手前ロープ、奥ネット残骸)。さぁ、ここから本格的な剪定作業を開始!のはずが、昨日できたことはそこまででした。ここまででそんなに時間がかかったわけではないのですが、そこまでやったときに空模様があやしくなり、小雨がパラつきだしたので中断せざるを得ませんでした。多少の雨なら続けようかなと思っていたのですが、雨脚はどんどん強くなり思いもかけず(天気予報でも予想していなかった)大雨になりました。やめてよかった。今日もいま現在微妙な天気です。切り口に薬を塗ったりするのでできれば晴れたときにやりたいし。どうしよっか。悩み中。
2026年08月13日
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「あのSFはどこまで実現できるのか テクノロジー名作劇場」(米持幸寿著、インターナショナル新書)を読みました。読みました、と書きましたが正確には読み流しました、です。あまりにもヲタッキーな内容なので技術的な部分などについていけず、眺めましたと言った方がいいくらいかもしれません。著者は映画やテレビドラマ、漫画などに登場する「未来テクノロジー」を取り上げ、それらを現代(執筆時)のテクノロジーはどれほど実現させられるかを検証しました。私より少し若い著者ですが、パンチカードから始まり最初のパソコンがPC8801mkⅡだったりは共通する部分です。私はそこから一般ユーザーとしてコンピュータを利用する立場になりましたが、著者は「2001年宇宙の旅」に出てくるHALにあこがれ、実際HALのモデルになったIBM(日本アイ・ビー・エム)に入社し、そこからは本格的にシステムの研究や開発の側にまわりました。その彼が本書で「ナイトライダー」のドリームカーや「火の鳥」の人工頭脳の実現可能性を考えていきます。100年前に予想された未来の姿が現在どれだけ実現できているか、などがよくマスコミに取り上げられます。現代のコンピュータやスマートフォン、空飛ぶ車、電子レンジ、MRI装置などを思わせるような空想など、それなりに当たっているものもありますが、戦争がなくなっているとか月に人が住んでいるなどは予想が外れているものも多くあります。そうした過去の予想とその実現の具合を見るのが好きな私は本書もそういった興味で読み始めました。しかし著者はSFに登場する「装置」がどこまで現代の技術で実現できるかをあくまで冷静に技術者の立場から評価します。興味本位の浮かれた気持ちで読んでいる私にはついて行けない点が多く、上に書いたように結局は分からないところは分からないままに読み流し、読み飛ばしていったというところが本当のところです。分かる人にはとても面白い本なのかもしれませんが、残念ながら私には猫に小判のような本でした。また取り上げられているものに知らないものも多く、そこもまた彼との視点の違いを感じました。
2026年08月12日
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天気予報をみると那覇の今週のマークは雲と傘が並んでいます。台風13号のあと少し季節が進んだみたい。よし、今度こそプランター園芸のリベンジだ!と昨日苗を買いに行ってきました。今年から始めたプランター野菜作り。沖縄で初めて果樹以外に作ってみたのが今年の4月でしたが、地植えと違ってなかなか難しい面があります。地植えでの野菜作りはほとんど失敗したことがなかったのに、プランターは失敗だらけです。1週間ほど沖縄を留守にし水やりが途絶えて、苗が大きくなれなかったりすでに大きくなっていたものを枯らしたり。沖縄での最初の挑戦が4月。その頃はまだ日差しが強くなかったのでしょう。5月に3週間沖縄を留守にしましたが、野菜たちは主のいない間に枯れるどころか順調に成長し、帰ってきてみるとキュウリやバジルは見違えるほど大きくなっていました。その後も順調に育っていた野菜たちでしたが、6月に6日間留守にした間に、トマトやナスが大ピンチに。そしてキュウリは亡くなってしまっていました。夏の野菜作りは日々の世話が欠かせないことを再認識。ナスは持ち直しましたが、トマトは復活できませんでした。その後は台風が続いたり暑い日が復活したりしたので、何とか生き残ったナス、バジル、オクラを除いて野菜作りは小休止していました。今年こそ自家製の野菜が色々食べられると思っていたのですが、口に入ったのはミニトマトとナスとキュウリ、オクラがほんのちょっぴり。ただしバジルだけは夏の暑さに負けずバンバン成長しています。ハーブは強いな。バナナやマンゴーは何の問題もなくできるのに、野菜作りって案外難しいものだったんですね。
2026年08月11日
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私は奈良と沖縄の2拠点生活をしています。毎月1~2度ずつ行ったり来たり。ある人に「災害が起きたとき、ヨッサンみたいなのが一番いいのかも」と言われました。地震や台風などで被害を受けても被害のないもう1拠点に移動すれば普通の生活ができるからです。たしかに奈良と沖縄だと同時に災害に遭遇する確率はほとんどないでしょう。1カ所が被災しても、もう一カ所に移動すれば通常通りの生活ができます。熊本地震から十日あまり。断水している地域はまだたくさんあり、避難所で暮らす避難民も多くいます。以前から考えていたことですが、姉妹都市制度を拡大して全国の自治体がそれぞれ相互扶助姉妹都市をもつことはできないでしょうか。同時に災害を受ける可能性の低い、ある程度離れた地域に姉妹都市を持つのです。日ごろから交流を深め、一方が大きな災害に遭ったとき、もう一方が避難先として受け入れるようにしておく。現在、自宅に住めなくなった被災者は自分の市町村の中に作られた避難所に避難するのが原則です。しかし避難所自体が被災していることも多く、避難所として十分機能していないように見えます。今回も最初の数日は停電のためエアコンが使えなかったりトイレが十分でない避難所がありました。車中避難をしたり、倒壊する危険を顧みず崩れかけた家や軒先に避難をしたりするケースが多く見られます。そこでは電気、水道、トイレなど問題が多く、睡眠や運動が十分にできず「災害関連死」を引き起こしてしまう原因になります。「相互扶助姉妹都市」があれば、2次災害におびえず姉妹都市に設置された宿泊所で落ち着いた暮らしができます。先日、元大津市長の越直美さんがテレビで「10年前の熊本地震のとき、熊本県大津町という名前を聞いて、同じ名前だと思い、すぐに援助をするよう指示しました」と言っていました。そんなことが特定の地域に援助をするきっかけになることだってあるのです。まして、姉妹都市として提携協定を結び、日ごろから互いに交流を深めていれば避難先としてすぐに名前が浮かびます。被災者は安心して避難生活ができ、受け入れ側も日ごろからなじみのある地域、人たちの援助を喜んでするでしょう。現在も姉妹都市提携をしている自治体の中には相互扶助の考え方が少しずつ出てきているようです。しかし最初から「相互扶助」が目的であると明確にし、かつ全国すべての市町村(ときには区も)が相互扶助姉妹都市を持たなければいけないとしておけば、それぞれの自治体が自発的に行うものとは違い、災害時によりスムーズに被災者の支援ができるのではないでしょうか。政府は公助と自助の間に「共助」を強調しますが、今後はそれらに加えて拡大共助が必要になってくると思います。
2026年08月10日
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台風によるまる2日のヤーグマイから解放されました。2日間一度も外に出なかったので今日のジョギングは3日ぶり。今回の台風は今年来た3つのうち数字上は一番激しいものでしたが、それほどではなかったというのが私の感覚です。6号のときの方が雨音はすごかったし、庭ではプランターもひっくり返されましたが、さっき見るとオクラは花も飛ばされず実がついています。ハイビスカスは花が咲いていました。「被害」があったふうに見えるのは月桃(サンニン)ぐらい。今回も我が家付近では停電も断水も起きませんでした。一応、断水に備えて45リットルのポリバケツにトイレ用の水をためておきましたが、今回も空振り。でも、やっぱり断水で一番困るのはトイレだ、と多くの被災者の感想を聞きますから次も忘れずに備えなければいけません。さて、備えたこの45リットルの水、どうやって捨てようか考えました。抱えて捨てるのも重いので子どもの頃金魚の水槽の水を取り替えるときにやっていたサイホン方式を採用しました。我が家(沖縄)のトイレはシャワーと兼用の昔ながらのタイル張り。そのまま流すと床が水浸しになってしまうので床を濡らさないように大量の水を捨てないといけません。そこでホースに水を充たして一方はポリバケツに、もう一方は排水口にセット。ちょろちょろと水は流れ出ていきます。どれぐらいかかるかな。ただじっと待っていても仕方がないのでその間に別のところにあるもう一つのお風呂に入り20分後戻ってみるとポリバケツは空っぽ。細いホースのわりに意外と早かったな。とにかく、これで台風の「後始末」はおしまい。次はもうないように願います。
2026年08月09日
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前々からハンディファンが欲しいと思っていました。JKから流行が始まり、今は老若男女にかかわらず使っています。私はそんなに炎天下を歩くわけではありませんが、ときたまバスや電車を使うことがあり、停留所や駅と目的地の間は徒歩になります。いずれも10分~20分のことですがこれが暑い。耐えられないほど暑いんです。奈良では玄関を出たとたんムッとする暑さが下からやってきて息がしづらいし、沖縄では上から殺人的な太陽光線が降り注いできて、汗がだらだら出ます。それでハンディファンはどうかなと考えたのです。でもハンディファンって必ず片手で持つもの。それがネックでした。私は暑い日の外出には必ず片手に日傘を持っています。右手に日傘、左手にハンディファンとなると両手がふさがってしまいます。そこで日傘に取りつけられるハンディファンはないかと考え、近くのbig oneに行ってみました。そこにはハンディファンのコーナーがあって様々なものが展示されています。が、取り付け式は見当たりません。ハンディファンと並べて置いてあったのがネックファン。「これなら手がふさがらなくて便利」と思いましたが高い。ハンディファンなら安くて980円から売れ筋は2000円前後ですが、ネックファンは3000円~6000円もします。帯に短したすきに長しと思い、どちらも買うのをためらっていましたが、先日ホームセンターさくもとで目を疑うような値段のついたネックファンを見つけました。ペルティエクール& ウォーム デュオ。店舗での通常価格4,980円(税別)が売り尽くしのため980円(税別)とのこと。よほど評判が悪いのかと心配しましたが、ネットで見た消費者の評判は悪くなく、残り2台だったので即購入しました。そしてただいま、初使用中。台風のために外に出て使えないので家の中で首に巻いています(エアコンは使用していません)。15分ほど使用しましたが、効いているのかいないのか、よく分かりません。ネックファンと書きましたが、ファンというより熱伝導が中心の「ひんやり感」を前面に押し出している製品のようです。ウォームモードもあるので冬も使えるとか。暑熱の屋外でこれをつけて数分~数十分ほど歩いてみないことには効果が分かりません。千円だったしダメ元かな。
2026年08月08日
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台風でヤーグマイしている中「老いの品格 品よく、賢く、おもしろく」(和田秀樹著、PHP新書)を読みました。最近は和田さんの本を本屋さんで見つけてもちょっと高いとすぐには買いません。この本も定価で930円(税別)もしますが、さいわい古本屋で220円(税別)で売っていたので「まあこれなら」と思って購入。彼の本はこれまでも何冊か買いましたが、少しずつ言っていることの焦点をずらしているだけで、書いていること自体はそう変わりません。本書もそう大きなインパクトはありませんでした。ま、それだけ私が彼の本をよく読んでいることの表れでしょうが。彼の主張すること、どういうふうに年をとればいいか、どんな老人になりたいか、に関しては意見の一致するところが多いのですっと頭に入ってきます。彼の意見は元から私が思っていることに似ているのです。すなわち、老いるのは誰にも起こることだから抗うのではなく受け入れること、できなくなったことを嘆くのではなくできることが残っていることに感謝すること、などなど。加齢や認知症をこわがらないで受け入れる。知識をひけらかさない。過去の栄光やお金に執着しない・・・当たり前のことばかりです。でも、精神科の医者として何千人もの患者を診てきた経験から、そうじゃない人が多いからこそ著者はことさらこういう本を何冊も出して強調するのでしょう。私自身、読む前から内容が分かっているのについまた彼の本を読んでみたくなるのは、新しい視点を与えてもらいたいのではなく、自分の考えに共感する意見を読んで安心したいからなのかもしれません。930円ならちょっと損した気分だったかもしれませんが、220円だったからまいっかという感想。和田さんごめんなさい。
2026年08月07日
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我が家のお庭果樹園、マンゴーの収穫がピークを過ぎ、間もなく終了です。それでも昨日、また2個の完熟マンゴーがポトリと袋の中に落ちたので収穫しました。それを除いて残るはあと2個。1個は間もなく熟れそうでもう1個はまだ青みが残っています。今年とれたマンゴーは40個弱となり、とれたマンゴーはあっちこっちにもらってもらいました。マンゴーもちょっと飽きてきた、などとぜいたくなことを思っていますが、最後の2個ぐらいは自分用にしよっかな。その前にこの完熟マンゴー2個、どうしましょう。誰かに食べてもらいたいと思案していて、一人思い浮かびました。沖縄本島南部に住んでいる一人暮らしの女性です。先月お嬢さんが結婚し、私がそのときスピーチをさせてもらった人。数年前から体調を崩していて現在は入退院を繰り返しているので式にも出席できるかどうか危ぶまれていましたが、何とか車いすでの出席がかないました。今は少し体調も戻り、たぶん家で静養されているはず。この人にこそ召し上がってもらいたいと届けに行くことに。しかし、お宅には2年前に1度伺ったことがあるだけです。ちゃんと行けるかどうか心配。カーナビで近辺までは行けました。集合住宅がたくさんあり、最近は郵便受けや玄関ドアにも表札や名前表示がありません。あとは見覚えが頼りで何となく見覚えのあるドアが見つかり「多分ここだろう」とエイヤッとドアをノック。突然の来訪に居留守をつかわれるかもとも思いましたが、ちゃんとドアを開けてくれました。式のときと違い化粧もない顔。「この人だったかなぁ」と自信がありません。向こうも私の顔を見るのは2度目。不審そう。「○○さんのお宅ですね」と名前を確認し、こちらも名前を告げてようやくお互いに相手が誰であるかが分かりました。互いの素性がわかるとそこからはすっかり打ち解けて立ち話を開始。娘の結婚式のスピーチをしてくれた人だということですっかり信用してくれたのか、純朴なウチナーンチュのゆえか、自分の病状や今後の治療のことなどもこと細かく話してくれました。年配の方でLINEやメールアドレスも存じません。電話番号も存じません。次に連絡を取り合うのはいつになるか。そんなことを思いながら15分ほど雑談してその場を辞去しましたが、夜になって内地にいる子どもから電話があり、マンゴーを母親に届けてくれたことのお礼。わざわざ沖縄から内地にいる娘のところに電話で事のあらましを伝えてくれたのですね。「母がすごく喜んでいた、味もとても美味しかったと言っていた」と伝えてくれました。思い切って届けてよかった~。来年のマンゴーお届けリストに1件追加かな。
2026年08月06日
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浦添市美術館で開催されている「透明標本展」を見てきました。主催者のRBC琉球放送がテレビニュースの中で展示会を広報しており、その絵の不思議さに惹かれ見に行きたくなりました。「透明標本」という言葉は今回はじめて知りました。一見、骨格標本に似ていますが、骨格標本は生物が持つ自然の色しかなくてたいてい白っぽいものが多いのですが、透明標本は「生き物を酵素につけることで肉質を透明にし、染液で硬骨を赤く、軟骨を青く染色」(RBCのサイトより)しているので彩りがきれいです。筋肉がなくなっている骨格標本とは違い、タンパク質を固定する透明標本はより生きている姿に近く出来上がるそうです。軟骨は赤、硬骨は青の色素で染められるので、トカゲの標本は全体が赤っぽくなりイカやタコは全体が青っぽくなっています。アバサー(ハリセンボン)の針は硬骨なんですね。まぁ、あれがタコやイカみたいに軟骨でできていればチクッと刺しても全然痛くなくて、武器にならないですものね。展示会のなかに質問コーナーがあって「人間の透明標本も作れるのですか」というのがありました。作者である冨田伊織さんは「透明標本は小さいものが多いので、胎児などの標本は作ろうと思えば技術的には作れるかもしれません。でも私は作りたいと思わないし、作っていいかどうかはしっかりと議論されるべきでしょう」みたいな答えをしていました。楽しく標本を見ていたのが生命倫理の話になり、身が引き締まりました。質問者は無邪気な気持ちだっのでしょうけどね。
2026年08月05日
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「事故物件の日本史」(大塚ひかり著、祥伝社新書)を読みました。同じ著者の本「くそじじいとくそばばあの日本史」を読んで面白かったので買ってみました。先日読んだ本は古本屋で安く買いましたが、今回はちゃんと新品を買いました。前回は安く読ませてもらったので今回はお礼の意味も込めて。ところが新品を買ったことが、ある意味「大当たり」だったのです。本書の内容はタイトル通り、歴史的な惨殺事件や怪奇現象などが起こった住居の紹介です。歴史的な場所が長く存在していれば色んなことが起こるでしょうから、どこもかしこも「事故物件」みたいなもの。それをひとつひとつ深堀りして面白おかしく読ませるのが著者の意図で、私もそれなりに面白おかしく読ませてもらいました。しかし、いま言いたいのはそこではありません。この本自体が「事故物件」だったのです。この本は先月、大阪梅田にある紀伊国屋書店で面白そうな本はないかと物色していたときに平積みにしてあるのを見つけて購入したものです。そのときは他に読んでいる本もあってすぐには読み始めませんでした。数日してからおもむろに読み始め、しばらくしたときのこと。ん?ページがp.128からp.160に一気に飛んでるんですけど。その間の32ページ分はどこに行った?ページをくっていくと、32ページが逆順に綴じられていました。この本、最初から128ページまでは順調に印刷されていましたが、そこから160ページに飛んでいます。で129ページは、ずっと後の161ページの前。本書は縦書きで右から左にページを進めていくのですが129ページから160ページまでは左から右に印刷されています。つまりこういうことです。私の読書経験初の乱丁本発見です。検索してみましたが、ほかに報告はありません。まさに事故物件。新品買って正解~。
2026年08月04日
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今朝は朝寝坊で6時に目が覚めました。平均から見れば早起きの方ですが、私にとっては1時間の遅起きでした。起床して軽く柔軟体操をした後は近くの運動公園に行って1周850mのトラックをジョギング(私はだいたい7周ほど)。普段より1時間遅いのと今は夏休みということで、トラックにはいつも見る顔ぶれよりも年齢が下の人がたくさんいました。普段見るのは60代から80代がほとんどなのに、今朝は幼稚園児から小中学生ぐらいのちびっこがやたら多くてちょっと新鮮。若者に交じって私は普段通りの運動をしてきました。それにしても時間が遅い分太陽が上にあってやたら暑い。いつも以上に汗をかきました。ランキングでいくとレベル4のMAX状態でボタボタ汗がシャツからしたたり落ちました。頭にかいた汗はかぶっている帽子のひさしからしずくになってポトポトと落ち、汗を含んだシャツは体にくっついてどんどん重みが増してきて水をかぶったようになっていました。でもこんなに汗をかいても気持ちはなぜかスッキリです。運動後はサウナで「整った」感じに似ています。不思議なのは、昼間に庭仕事など外で何かをしようと思っても、ドアを開けると一気に襲ってきた暑さで一瞬のうちに「やっぱりやめとこ」と即断するのに、どうしてジョギングだったらできるのか。朝のうちはまだ昼間より少しは涼しいというのもありますが、それでも30度は越えています。そして走り出すとすぐに汗だくになります。なのに毎日、起きると何の疑問ももたず走りに出るのが謎。帰宅し入浴するとさっぱりして朝食も進むのでいいんですけど。
2026年08月03日
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「定年バカ」(勢古浩爾著、SB新書)を読みました。勢古氏の本は2冊読んだだけですが、この著者の本を検索してみると、タイトルにはやたらとバカがつきます。以前読んだのも「バカ老人たちよ!」というタイトルでした。内容を見ても他人の行状や著書を引き合いに出しては「バカである」「アホですね」の連発。前著を読んだ時は、そうした著者自身も自らがバカ老人になっているのでは?という疑問を持ちました。しかし今回の本の趣旨には全面的に賛成です。けなし文学、というかそういうスタイルも悪くないかも知れません。「別にスタイルとしてバカ、バカと言っているのではない」と言われそうですが、彼がバカを連呼するのには共感できます。彼が取り上げる定年者向け指南書に出てくる例は「現役のときの横柄さが抜けなくて周りから総スカンを食っている人」とか「どこでも偉そうにできないので妻に当たり散らすしかない」などの大バカ者ばかりが登場します。著者は「指南書」にある、生きがいを見つけろとか地域デビューしろとかにことごとく反論します。著者は「指南書」のアドバイスなるものは想像だけでひねり出した一般論に終始していると言います。上に書いたようにそこに登場する人物も極端な人ばかり。実際はそんな人ばかりではないのに読者を煽るために登場させている、と言います。そんな指南書に踊らされて、趣味を身につけなければならないとか、人づきあいをしなければならないとか、仕事を続けねばならないとか、考えなくてもいいと言います。では定年後の人生はどうすればいいのか。著者が言うのは「好きにすればいい」し「好きにしかできない」ということです。新しい趣味を作るとか学校に通って資格を取るとかボランティアをするとか、人はいろいろ言うけれど「やりたい人はやればいい」そうでなければ、「別に家でゴロゴロしてテレビを見ている」のもその人の生き方だ、焦って指南書通りにする必要はない、ということです。リタイヤ組の一人の私は人に「何してるの?」と聞かれても「何もしてない」としか答えられないことがよくあります。自分の中では何もしなくてよくなったことをエンジョイしているのですが、なかなか分かってもらえなくて「何かしないとボケる」とか言われます。私自身、リタイヤした当初は何か新しい趣味を持った方がいいのかなと思ったこともありましたが、スポーツを見たり野菜や果物を育てたり、泳いだり、これまでやってきた好きなことを続ければそれでいいと今は思います。人にどう説明すればいいのか難しいと勝手に思っていましたが本書を読んで「何もしてない」でいいのだと思いました。
2026年08月02日
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お庭果樹園のマンゴーが相変わらず、毎日2個、3個と樹上完熟し、ネットの中にポトリと落ちています。今年は裏年(たぶん)に加えて、台風でまだ青い実が袋ごと落ちたりしたので昨年に比べて収穫が少なくなりました。それでも残った実はちゃんと育ち色づいてくれたので、いつも送っている人たちには今年も何とかお送りすることができました。あらためて送った人たちのリストを見返してみると去年より2人増えて11人。東北地方から関東、関西が一番多く、そして沖縄となっています。東京と京都に住んでいる2人の息子とその家族には今年2回ずつ送ったので合計13件になります。1件につき2~3個ずつ送っているので、これまでに差し上げたマンゴーは合計30個ほどになるでしょうか。私の口に入ったのは、あまり大きく育たなかったものを2、3個、そして大きくなったけど黒くなったものを1、2個(下の写真など)。それらも含めると今年これまでにとれたマンゴーは35個ぐらい。あと2~3個まだ青いものがあり、それらが熟せば今年の収穫は終わりです。台風13号が来る頃までに熟してくれるといいのですが。黒くなったものは見てくれがよくないですが、実はこういうのが一番おいしかったりするんですよね。うふふ。
2026年08月01日
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「まーちゃんの お笑いニュ~ス道場」(小波津正光、琉球新報社)を読みました。初版発行が2010年と、かなり古い本です。小波津の著書は先日も読み、面白かったので今度も間違いないだろうと思い(あと古本屋で安かったのもあって=120円)読んでみました。この本は2007年から始まり、今も琉球新報に掲載が継続中の同名の記事の書籍化です。先日読んだ本も相当古かったのですが(初版発行2007年)こちらも古さでは負けません。本書は新報掲載の記事のうち2007年から2010年までの中から選りすぐりの40本が掲載されています。2007年というともうほとんど20年前。琉球新報に掲載されているので当時はホットな時事ネタを小波津流にひねったものが多かったのでしょうが、今となっては歴史上のことがらとしか思えない内容ばかり。しかもローカルネタが中心ですから、読み始めて最初のうちは賞味期限が切れているものが多いなと思っていました。でも読み進めていくうちに当時のなつかしい景色がよみがえってきて、だんだん面白くなってきました。宮里藍がアメリカツアーでシーズン初戦から2連勝したとか、石川遼の「ハニカミ王子」が流行語大賞を取ったとか、産地偽装などをしていた船場吉兆が廃業したとか、ウサイン・ボルトが世界記録で金メダルをとったとか、草彅剛が酔っぱらって公園で裸で寝ていたとか・・・どれも「あった、あった」と記憶の隅から出てきます。結構覚えているものですね。「お笑い米軍基地」のまーちゃんのこと、駐留米軍がらみの事件、事故もたくさん取り上げています。鳩山首相が「最低でも県外」と言っていたのにその後「あれは努力目標だった」みたいな感じでその言葉を撤回してしまったのもその頃だったのですね。そのころから普天間返還は進んでいるのでしょうか。辺野古移設は既定路線として進んでいますが、むしろあの頃よりも実現がどんどん先延ばしになっているように思えます。沖縄の二大紙、琉球新報と沖縄タイムス。私はタイムスをとっているのですが、新報も読んでみたくなりました。
2026年07月31日
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再び起こった熊本地震。家や橋の倒壊、地震に伴う爆発のニュースなどを見ていると心が痛みます。熊本には親しくしている知人がいます。家族で会ったりもしていましたが最近は年賀状のやりとりのみ。子どもが結婚し、孫ができ、定年退職し外国に旅行し・・・など近況は存じていますが、最後に会ってからは20年ちかく経っています。その人が住んでいる市も大きな被害を受け、おそらく現在も停電や断水になっている模様です。電話番号を知らないので災害用伝言ダイヤル(171)も使えません。そこで昔のメールを探すと携帯のアドレスが見つかりました。まさかの@vodafone.ne.jp(^^;さすがにこれはもう使えないだろうとさらに探すとGメールのアドレスを発見。これなら現在も使用している可能性はあります。そこで十数年ぶりにメールを送ってみました。まだ返事は来ませんが、停電や断水でPCやスマホを見ている余裕がないのかもしれません。大きな被害があった地域からは少しはずれているので家の倒壊や負傷といった可能性は低いと思っているのですが。各団体の義援金受付が始まっています。水、食料など被災者に必要なものは様々ですが一番はお金ではないでしょうか。ただ私は一般の義援金窓口に寄付をするよりも、この人に個人的に寄付をしたいと思います。いわゆる義援金は分母が大きくなると各被災者にわたる金額は微々たるものになります。もちろん、分配することにも意味はありますが、私の知っているこの人やその家族が早く立ち直って欲しいと思うのも人情ではないでしょうか。個人間の寄付は「贈与」とみなされ税金もかかります。ただし1年で110万円までなら無税。そこまでは贈れないし(笑)。色々考えていると私のしたいのは寄付なのか贈与なのかそれとも援助なのか。よくわからなくなってきました。ま、何でもいいのですが、とりあえずは私の知っている一家が元気になって元の生活をできるだけ早く取り戻してほしいと思うだけです。被災して困っている人はこの一家だけでなく、たくさんいることは分かっています。でもたくさん援助を求めている人がいても特定の個人だけに寄付(援助)をしたい。その気持ちはエゴでしょうか。
2026年07月30日
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今朝は午前4時過ぎに目が覚めました。トシによる夜間頻尿?いや、そうではありません。左足のふくらはぎが思いっきりこむらがえりを起こしたのです。夢を見ていて、そのなかで足に力を入れた瞬間にこむらがえりになりました。いや、こむらがえりになったので夢もそれに合わせてあとづけで足に力を入れたことになったのか。本当のところはどっちか真相は分かりませんが、痛いのなんの。寝てなどいられません。しっかりと目が覚めました。ベッドの上に上半身を起こしてふくらはぎをモミモミ。痛みはなかなか取れません。しばらくたち、少しマシになったところでベッドから出て、足を引きずりながら冷蔵庫まで歩き麦茶を取り出して、常備してあるこむらがえり用の錠剤コムレケアをのみました。しばらくして痛みもやわらいできたので再度ベッドに戻り、もう一寝入り。1時間余り後に再度目が覚めたときにはまだかすかに痛みが残っており今日は早朝ジョギングは回避するつもりでしたが…朝のルーティーンのピラティスもどきをやっているうちに元気になり、走れそうになってきたので結局は運動公園にゴー。家を出る前に水分も塩分もしっかりとり、運動公園でおそるおそる走り始めましたが案外痛みはぶり返しません。結局通常通りのセットをこなして1時間後に帰宅。その後入浴したり日常通りに過ごしていますが、痛みは起きません。触ると何となく痛い気はしますが反対側の右足を触っても同じくらいの感触があるのでこれは未明のこむらがえりの「後遺症」ではなさそうです。運動は控えた方がよかった?でも痛みがぶり返してないし日常生活にも支障がないので結果オーライということで。
2026年07月29日
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たった3日半留守にしただけで、お庭果樹園のマンゴーがたくさん完熟していたと昨日書きました。自分ひとりでは食べきれません。というか、せっかくの樹上完熟の甘~いマンゴーはできるだけたくさんの人に味わってもらいたい。ということで昨日はせっせと荷造りをし、クロネコヤマトの窓口に持って行ってを繰り返していました。この時期、沖縄ヤマトは沖縄から県外、県内ににマンゴーを送るのに特別料金を設定してくれています。縦×横×高さをあわせた長さが60㎝以内の直方体の箱は一律1,000円で送れます(普段は1,460円)。これを利用しない手はありません。ということで昨日は一つは奈良県の、一つは兵庫県の、もう一つは滋賀県の、それぞれ友人のところにマンゴーを送りました。それも一度で全部梱包してまとめて送ればいいものを、思いつくままに一つを送って帰宅した後、「あ、あそこにも送ろう」と思い出したりしていたので、ヤマトと家の往復を何度もやってしまいました。それでもまだマンゴーが手もとにあり自分では食べきれないのでもう一度家を出て、今度は隣町の友人宅に直接お届け。そんなこんなで昨日は梱包をしては送ったり届けたりを繰り返して一日が過ぎました。合間、合間には「送りました」「届けました」のLINEやメールも送らねばなりません。きちんと予定を立てて全部の荷造りを一度でやり、送るのも届けるのもワンドライブでやれば半日で済んだのでしょうが、いかにも効率の悪い私らしい(笑)。しかし、とにかく樹上完熟で味はお墨付き。それをあちこちで味わってもらえるのは私の喜び。お庭果樹園でマンゴーを作っててよかった~\(^o^)/
2026年07月28日
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4日前沖縄の家を出、帰ってきたのが昨日。4日前の朝は樹上完熟しているマンゴーが4個でした。今がマンゴーが熟する最盛期。我が家のお庭果樹園にある1本のマンゴーの木でも今年は30個あまりの実が育ちました。4日前の朝に収穫した4個ほどの実は2個を息子家族のところへ、2個を40年来のつきあいの美容師さんに届けました。そして3拍4日で急いで沖縄の我が家に帰ってきたわけですが、一番の心配はマンゴーが熟し過ぎてないかということ。おそるおそる(笑)裏庭に見に行くと・・・いくつもいくつも完熟した実が枝を離れてネット袋の中に落ちていました。実が枝を離れてネットの中にポトリと落ちたのが樹上完熟のサイン。市販の多くのマンゴーは完熟直前に収穫して追熟させるのが一般的ですが、樹上完熟したものは甘さが違うので「せっかく家で作ってるのだから」と私は樹上完熟を待って収穫しています。樹上完熟させると黒い斑点(スイートスポット)ができたりしてやや見栄えが悪くなることもありますが、味には変えられません。別に売り物にするわけではないし。3日間でいくつも完熟していました。やはりこの時期に家をあけるのは危険です。さてこれからあちこちに「出荷」です。
2026年07月27日
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奈良には3泊4日だけ滞在し、先ほど沖縄に帰ってきました。奈良の家を午前8時過ぎに出、午後2時半に沖縄の最寄りの駅に着いたときはどちらも曇りで時々日差しが出る同じような天気。が、暑さが全然違います。沖縄の方が断然マシです。いや、暑いは暑いんですけど、耐えられる暑さです。ときおり風も吹くので太陽が雲に隠れたり日陰を歩いたりするときは無理なく外を歩けます。奈良ではこうはいかず玄関を出て一歩目からウッとくる照り返しの熱風。そもそも気温が違い、沖縄32度、奈良37度。奈良の家からバス停までの道のりは普段なら5分もかからないのですが、旅の出だしからすぐに汗ぐっしょりになりたくないので休みながら10分以上かけてゆっくりゆっくり歩きました。家からバス停まではすべて上り坂なのもつらいところですが、牛歩戦術のおかげで汗かきの私がそれほど汗をかかずにバス停にたどり着きました。沖縄では同じ距離なら普通に歩いても汗をかかなかったでしょう。ただ実際は4倍の距離があるので汗だくでしたけど。とは言え、沖縄の行程と同じぐらいの距離を奈良で歩いていたらどうなっていたか。休み休み歩いて、たぶんその倍ぐらいの40分ほどかかってしまったのではないでしょうか。実際に体験しないとこの違いは実感として理解しにくいと思います。エアコンをガンガンかけてすでに体がすっきり涼しくなってしまった沖縄の家にいるともう奈良の殺人的な暑さを忘れかけているぐらい、人間は順応しやすい存在ですから。環境省の熱中症予防情報サイトを見てみました。ああ、やはり。私の感覚通りです。奈良にはレベル4熱中症警戒アラート、一方沖縄には出ていません。そうでしょう、そうでしょう。
2026年07月26日
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久しぶりに帰ってきた奈良の我が家、この時期に1ヶ月留守にした結果の庭の惨状については昨日書きました。昨日は日記をかいた後、草刈りをしようと庭に出ましたがあまりの暑さにあえなく断念。午後から3府県またぎで美容室に行く予定もあったのでワタクシ得意の先延ばしをすることに決めました。3府県またぎは家からバス停までと駅から美容室までが徒歩。あわせて15分ほどでしたがそれでも大汗をかきバテバテ。草刈りを中止して正解でした。そして今朝、まだ太陽が高くなる前に早めに草刈り。その結果はこちら。右の写真にはバスケットボールのゴールの影が映っています。こんな草ぼうぼうの庭ではバスケ遊びをしにくる近所の子たちもさぞやりにくかったことでしょう。しかし、この時期の草の成長はすごいですね。さて、次はいつ奈良に戻って草刈りができるか。それは沖縄の家のマンゴーの熟し次第ですが、しばらくは留守にすることになりそうです。この状態が長めに続いてくれるといいけど・・・。せっかく草刈り機を持ち出したからと、門まわりやフェンスの外の道路沿いの草刈りもしました。庭の草刈りと外回りの草刈り、あわせて30分もなかったでしょうか。それでも当然ながら汗だくに。その後で入ったお風呂が気持ちよく感じられました。さっぱりしたところでご近所のかかりつけのお医者さんで2ヶ月に1度の診察と降圧剤を受け取り帰宅。それから数時間涼しいリビングで食事を取ったりPCに向かったりしていたのですが。手の指がつってきました。たぶん朝の草刈りの「後遺症」でしょう。水分や塩分は補給していたのですが足りなかったか。こういうことはときどき起こるので慣れています。指を少しもんだり水分や塩分をさらに補給したりしたあと、常備している「ツラレス」を飲みました。これは足や指のつり、こむらがえりに対処する市販薬です。私は数カ月から半年に1度お世話になりますが、今日もツラレスを服用した後はとくにつることはなく現在は落ち着いています。熱中しすぎて、熱中症になっては元も子もありません。草刈りも体とよく相談しながらやらなくてはと肝に銘じました。
2026年07月25日
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久しぶりに奈良の我が家に帰宅。およそ1ヶ月ぶり、となると庭はこのありさま。この時期の1ヶ月の留守、庭の放置はつらいものがあります。外から見ると、どう見ても空き家の荒れ地状態。沖縄から毎日、奈良に備えてあるリモートカメラを見て、そんなにひどい状態のようには見えなかったのですが・・・カメラに写らない死角があったようです(笑)。今回の奈良滞在はあさってまでなので急いで草刈りしなきゃ。それにしても内地は暑い。関西空港で飛行機を出た瞬間、沖縄では感じなかった熱風を浴びました。タラップを降りてターミナルに入るまでの1分が耐えられないほどの暑さ。こんな暑さに内地の人は毎日さらされているのですね。沖縄ももちろん暑いけど、昨日家から最寄り駅までの20分、普通に歩きましたからね。内地で20分歩くとそれだけで熱中症になってしまいそうです。「沖縄は避暑地」と誰かが言っていましたがあながち冗談ではありません。昨日は関空から奈良の家まで、電車とバスで帰宅し所要時間が2時間半でした。車だと1時間強なんですけどね。今回の内地を離れる期間は1か月ほどだったので、駐車料金を考えるとやはり公共交通機関を選びました。奈良ー関空往復は車だとガソリン代と高速代あわせて4~5千円かかります。これはバスと電車で往復する場合とそう変わりません。ただし、車はこれ以外に駐車料金がかかり、これが大きくて1日千円ほどで1ヶ月駐車では3万円になります。1~2週間程度だと車を使いますがさすがに今回、3万はちょっと払えませんでした。あさってはどっちにしましょう。次の沖縄滞在は期間としてはまったくのノープランです。今の時期はマンゴーが次々と熟すので、熟したものから収穫して友人、知人に送る「仕事」がずっと続きます。樹上で完熟したものから順にポロリとネットの袋の中に落ちるのですが、これが同じ木になっているのに完熟時期がバラバラ、しかも放置すると腐っていくので毎日チェックが欠かせません。そんなわけでしばらく沖縄にいることになり、この次も電車になりそう。さ、そんなことより草刈り、草刈り。暑いけど。
2026年07月24日
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「くそじじいとくそばばあの日本史」(大塚ひかり、ポプラ新書)を読みました。タイトルにひかれて買ったところもありますが、古本屋で安く売られていた(120円)からというのもあります。日本史には興味を持っているというのもあります。そして内容は、タイトル以上に面白いものでした。これなら新品を買っても損はなかったかもと思い、定価を見ると元は860円+税。うーん、やっぱりこの値段だと躊躇したかな(はい、私がくそじじいです)。裏話的なエピソードを期待したのですが、もっと正面からしたたかに歴史を彩った老人たちが一杯登場しました。本書によると意外なことに昔から長生きの老人は多かったとか。「人生わずか50年」という言葉にダマされているところがありますが、あれは乳幼児死亡率が高いために平均すると新生児の平均余命が50年となるだけで、大人になり年をとった人はそれなりに生きていて、70代、80代やそれ以上に長生きした歴史上の人物も多かったようです。数百歳という人物も登場しますが、これは神話の世界のお話。現実には百歳代の人もそこそこいたのは現代と同じ。とくに面白かったのは現代では子どもの教訓話になっている、いわゆる昔話に出てくるおじいさん、おばあさんは結構「くそじじい、くそばばあ」だったというところ。一寸法師を育てた爺婆もかぐや姫を育てた爺婆も、元の話では実は育てたこれらの子どもがうっとうしくなって追い出そうとしていたくそじじい、くそばばあだったということです。一寸法師は一向に大きくならないので捨てられたり、かぐや姫はお金持ちのご大人と結婚するように仕向けられたり。まぁ、現実の人間ってそんなもの。ということを思わせる展開には笑ってしまいます。それに、本書に登場する人物は年老いても性の方がおさかんな人が多くて一休じいさんは77歳になって20代前半の女性といっしょになりやりまくっていたエロ爺さんだったとか、小林一茶が50歳を過ぎてから3度も結婚して、毎夜の回数を克明につけていたとか(その回数がまたすごい)。エロいくそじじいやしたたかなくそばばあだったからこそ、彼らは年老いてもしぶとく生き抜けたのでしょうね。
2026年07月23日
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昨日「羽鳥慎一モーニングショー」を見ていると、全国の海水浴場から客が減っているという話をしていました。ピークだった1980年代に比較して今は海水浴客が9割近く減っているとのこと。海辺の町で育ち、夏は海水浴に行くのが当たり前だった私には驚きでした。今もよく行く沖縄の波の上ビーチ。そんなに客が減っていると思っていませんでしたが、こういう写真を見るとやはり客足は落ちているのかもしれません(今月3日、波の上ビーチで撮影)。海水浴が敬遠されるようになった理由は日焼けがイヤ、潮がべたついて後の手入れが大変、タイパが悪い、などなど。たしかに最近はかつて流行した「健康的な日焼け」は敬遠され、男性も女性も美白がブーム。海水浴をした後は潮がべたべたするのも事実で、私もプールや川で泳いだときに比べて海水浴の後はしっかりと体を洗いたくなります。昔ほど多くなくなった髪の毛はあまり気にしませんが、若い人、とりわけ女性は海水浴の後の手入れは相当手間暇がかかりそうです。最も大きな理由はタイパが悪いこと。泳ぐ以外それほどアトラクションがある訳ではないのに、海が近くにあることはまれ。海水浴となるとたいてい一日仕事になります。で、やることというとただ泳ぐことのみ。砂のお城を作ったり波打ち際で波と戯れたりしていてもすぐに飽きる。あとは甲羅干しですが、日焼けがイヤならそれもなし。波の上ビーチでも最近は甲羅干しをしている多くは日本以外の出身を思わせる人がほとんどです。泳ぎたいならプールのあるレジャーランドに行けば、ほかの遊戯設備でもいろいろ遊べます。でも海にはプールにはない魅力がある、と私は思います。当たり前ですが、海は自然の一部です。そこには人間以外の生き物がいて、波の上ビーチのような人工ビーチですら泳いでいる人間のすぐそばを魚が一緒に泳いでいます。さらに、自然のビーチでシュノーケリングをすると、カラフルな魚など多様な種類の生き物が自分のすぐ目の前(目の下)で泳いでいるのが見えます。ダイビングと違ってシュノーケリングは練習とかしなくても初心者でもすぐにできますしね。ライフジャケットを着れば必ず浮くので泳げない人でも楽しめるレジャー。これこそプールにはない海の魅力だと思います。
2026年07月22日
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「ポンコツ一家2年目」(にしおかすみこ、講談社)を読みました。ちょうど1年前に前作「ポンコツ一家」を読み、そのときの感想を私は「続巻が出ていますが、買おうかどうしようか迷い中。笑えないエピソードも多くてやはり読むのが少しつらいかな。」とつづりました。その余韻(?)が薄れてきたのもあってか、2年目(2巻目)も読んでみたくなり、買ってしまいました。相変わらず一家のポンコツ(自称)ぶりは変わりません。ただ、1巻目と少し印象が違ったのが父親。1巻ではどこか一家の良心のように描かれているところもありましたが、2巻を見ると父親が最も「ダメ人間」として登場しています。妻(著者の母親)の財布から金をくすねて飲みに行く。ときにはダウン症の姉が働いて貯めたお金にも手をつける(そのように暗示されています)。ギリギリ家族に手は出してないようですが、モノにあたりモノを破壊する。ただこうした家族のことを本やSNSで発信しているのを知っていることが父親の暴力抑止につながっているようです。そんななかでも明るくふるまう母親と姉にはほっこりさせられます。「ほんとにこんなことがあるのか」と疑いたくなるようなエピソードも多々出てきますが、全部事実に基づいているようです。母親はときには迷子になったり物を忘れたりしますが、私自身の母親と比べるとほとんどの場面で全然フツーの人のように感じます。お姉さんもまたしかり。そう思わせる描き方をしているのは著者の愛情のゆえでしょうか。どのみち3人を抱えて生きる著者は経済的にも大変なはず。本書の購入が彼女へのささやかな応援になればうれしい。そんなことを考えていると、今年の9月に第3弾が発行されるというニュースが出てきました。タイトルは「ポンコツ一家最後の2年」。なぜ最後かというと(少なくとも本の中では)あんなに元気そうだったお母さんが急逝されたからだそうです。母親の死をにしおかさんやその姉、また父親はどのように受け取ったのか。そして母親亡きいま、彼らはどのように生きているのか。それを早く知りたく思います。第2弾は購入を決めるまでに1年かかりましたが、第3弾は今すぐにでも読みたい気分。9月の発行が待ち遠しいです。
2026年07月21日
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「風、薫る」いよいよ見るのがつらくなってきました。別に誰かに視聴を強いられているわけではないですけど。このドラマ、ずっと細切れのエピソードを都合よくつなぎあわせて見せられている感じで、全体を貫くものが私には見えません。毎週なにか新しいできごとが出てきて、それにあわせて新しい人物が入れ代わり立ち代わり出てくるのですが、ひとつひとつの話がブツブツと切れていて、視聴者はあちらこちらと引きずり回されながら作者が繰り出す展開について行っているように感じます。朝ドラはいわば惰性で見ているのですが、フォローしているとそれなりに面白く段々話に入っていくものもありました。でも「風、薫る」は少しついて行こうとするとすぐに突き放され、今度は別の方向について来いと無理強いされます。ドラマ全体に一貫性がなくて、ただ興味をひきそうな小ネタをあれこれ出してはそれをつなぎあわせて毎週視聴者に提供しているに過ぎません。視聴者は引きずり回されたあげく、何となく金曜日に一件落着みたいなお茶の濁し方をされておしまい、のパターンが続きます。主役の二人がいずれも感情移入しにくい役なので、それもつらいところです。りん役の三上愛は演技がうまいのか下手なのかよく分かりません。「光る君へ」の彰子役は頼りなさげなその風情がうまくフィットしていましたが、表情の変化に乏しいりんは何を考えているのやら。直美役の上坂樹里もこのドラマではパーソナリティの設定が単純すぎて回を追うほどに彼女の魅力がしぼんでいきます。今のところ、この役を引き受けたことで損をしているのではないかとすら思います。「反省会」の毎日のコメントは、いちいち分かりすぎてフォローする楽しみすらありません。あと2ヵ月どしよっかな。
2026年07月20日
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