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今日は午前中M地区の打合せの後、午後久しぶりに都心に出かけました。この前はいつだったかな。そうだ。確か僕のふるさと(正確には隣町)が世界遺産に登録されたことを祝おうって、僕と同じく前の会社から独立して埼玉でコンサルやりながら見沼田んぼで米を作ってるI先輩の強引な設定で、神楽坂で飲んだのが8月だったかな。記憶が正しいとすれば何と3ヶ月振り。最近本当に都心に出かけることが少なくなったなー。ちなみに見沼田んぼで仕事の傍ら米作ってるっていうそのI先輩、名前を稲葉って言いますが、名は体を表すって本当だなと思います。(あっ実名出しちゃった。稲葉さんごめん。)都心にはるばる出かけたのはもちろん仕事なんですが、場所は新橋駅のそばの内幸町。某大手デベロッパーが多摩ニュータウンでこれから始める結構大きなプロジェクトにたいする、ある企画のプレゼンテーションでした。今日はその第1回目ということで、時間も限られていましたから、こちらが考えていることをほとんど一方的に説明して、残された時間少しだけ質疑応答。結構感触は良かったかな。次回は、現地にみなさんに来てもらって、現地の空気に触れてもらいながら、僕たちが地域で何をやっているか、具体的に見てもらいながらイメージアップしてもらうことになりました。ところで、今日は寒かったー。郊外も寒いのは寒いけど、何だか都心のコンクリートジャングルの中にいると、ビル風のせいか体感温度というか精神温度が違うような気がするのは気のせいかな?多分気のせいだと思うけど、寒さはともかく、京王線に揺られて聖蹟桜ヶ丘に着くと何となくほっとするんだなー。通勤をしなくなって早14年。僕にとって東京都心はほとんど別世界。住めば都って言うけどやっぱり多摩っていいな。
2007/11/29
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我が家は借家で、約3年前にプランターで育てていたヤマボウシ君たちと一緒に現住地に引っ越してきたんですが、仕事を通じてオープンガーデンを推奨している手前、言うだけではなく自ら実践しなければと、この間密かにオープンガーデン化プロジェクトを進めてきました(ちょっとオーバーかな?)。前にも書きましたが、2年ほど前に視界をさえぎっていた道路沿いのよれよれのネットフェンスを撤去。ついでに潅木も思い切って剪定し、庭が道路からよく見えるようにしました。実はオープンガーデン化したといってもたったこれだけのことですが、たったこれだけのことで随分道路沿いの風景が広がり明るくなりました。これはもしかして自己満足かなと思っていたんですが、先日お向かいのAさん、向こう三軒隣のBさんから「きれいですねー。こういう自然な感じの庭、好きなんですよ」と、庭にたたずんでタバコをふかしている僕に声を掛けてくれたりしますから、あながち自己満足だけではなさそうです。ところで、オープンガーデンは個人が庭弄りを楽しみながら、同時に道行く不特定多数の人を楽しませる可能性を持つことで知られていますが、意外とこれが浸透していない。がっちり道路と自分の敷地の境をフェンスや潅木、酷いのになるとコンクリートブロックで遮断というお宅が結構多い。これは防犯意識が環境意識以上に高いせいだと思いますが、特に古い団地で目立ちます。きっとよく手入れの行き届いた綺麗な庭が奥に広がっているはずなんですが、通りからはさっぱり見えない。もったいないなーと思います。ヨーロッパやアメリカの郊外を歩いた人ならお分かりかと思いますが、道路沿いは私有地であってもセミパブリックスペースと言う考え方が徹底していて、フェンスはおろか潅木さえもありません。とても心地良い街並みが続いています。以前旅行に行ったとき、住民から手入れが悪いと市役所から勧告書が届いて恥ずかしい思いをするという話を聞いたことがあります。もちろん敷地の大小や生活文化も関係しますから、欧米の考え方を一概に取り入れることはナンセンスですが、ほんの少し心と垣根を街に開くだけで、街並みは大きく変化します。そんなに労力もかからない。1人で出来ることは限られていますが、それが2軒、3軒と横に繋がることで街並みは少しづつですが変化していくんですね。街づくりと言っても何も大きな話だけじゃない。マイガーデンを通じて始める小さな街づくりだってある。今あるものを大切に磨いていくことで街が少しづつ光り輝いていく。これからの街づくりは、こっちの比重が間違いなく高くなるような気がしています。注:無用心と紙一重ですから、ただ単にオープンガーデン化してもだめ。安心できるコミュニティがあってのものだねであることにご注意ください。
2007/11/28
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前から分かっていたことですが、あっという間に終わってしまいました。11/23(祝)は多摩東公園陸上競技場で朝からキッズサッカー大会の運営。午前中でおしまいのイベントでしたが、お昼を取ってまったりしていると、協会の重鎮某氏の口からある問題が明るみになり、急遽三鷹に移動して、それがないと困ってしまうと言うか格好が付かないあるものを買い物。買い物の中身は事情があって言えませんが、それを買うための待ち時間を蕎麦屋で一杯やりながら潰し、あるものを買った後、隣の居酒屋で「俺たち何でこんなとこにいるんだ」と互いを慰めながら一杯。結局家にたどり着いたのは何と午後10時前。11/24(土)は同じく多摩東公園陸上競技場で行われた多摩市秋季少年サッカー大会閉会式の後、夕方から3丁目倶楽部で行われた当チーム2年生以下の祝勝会に出席。準優勝で祝勝会というのも変な話ですが、普段保護者とのコミュニケーション機会がそれほど取れないので貴重な時間。企画してくれた保護者に感謝です。宴たけなわの中、7時からのサッカー協会理事会に出席のため多摩NPOセンターへ。娘に車を貸していたため自転車での移動。鎌倉街道をひた走る。延々とだらだら続く坂道に息も絶え絶え。帰りは青年部の塚原君に頼んで自転車ともども家まで送ってもらう。塚原君に感謝。数日前、西山さんが2号PJの上棟のお祝いにと我が家まで持ってきてくれた「〆張鶴」をちょびっと頂いてバタンキュー。西山さん訪問の話はまた後日書こうと思います。11/25(日)は青年部秋季サッカー大会三位決定戦、決勝戦の合間を縫って「H19年度ジュニア育成地域推進事業」の運営で、これまた朝から多摩東公園陸上競技場へ。結局3日間続けて陸上競技場で過ごす。「宇野さん、来年はここに泊り込んだ方がいいんじゃない?」という冗談を言う奴がいましたが、笑えません。ところで今回、色々と新たな試みにチャレンジしたこともあり、うまくいったことよりも改善点が多々見つかったような気がしていますが、やってみて初めて分かることも多く、改めて「言うは易く行なうは難し」を実感。今年の経験を次に生かしたいと思います。しかし、みんなで協力して何かを成し遂げると言うことは大変なことですが、色々あったとしても終わってみればこれもまた楽しかな。
2007/11/27
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11/22(木)の午後、第1回多摩市街づくり審査会が多摩市役所3階会議室にて行われました。今年の6月1日に「多摩市街づくり条例」が施行されてから始めての審査会です。街づくり審査会という機関って何するの?という疑問ですが、こうなっています。「街づくり審査会は、市民から提出される地域街づくり計画や市内の開発事業等にたいして、公平・中立的な立場から審議・提案いただく市長の諮問機関」まず6/1施工からこれまでの街づくり条例に基づく各種届出・申請件数の統計が報告され、過去H15(40)→H16(39)→H17(50)→H18(48)→H19(22)と街づくり条例施工後の今年は激減しているとの説明がありましたが、条例の効力なのかどうかは不明です。一方、地域居住者が率先して組織する街づくり準備会・協議会、テーマ型街づくり協議会の設立に関する申請件数、及び街づくり計画策定数はいずれもゼロということで、条例の市民への周知がなされていないのか、市民のまちづくりへの興味が薄いのか、恐らく両方なのではないかと思いますが、自分たちの街は自分たちで守り育てると言う意識の涵養には、まだまだ時間がかかりそうです。審査会後の立ち話ですが、当日午前中行われた多摩市都市計画審議会で、新聞報道されたN-CITYのマンション問題のことが話題になったそうです。新聞の論調は、そのことは事実だとしても、URの無責任な仕事を糾弾するちょっと後味の悪い内容になっていますが、この出来事の本質的価値は、住民対民間企業、あるいは住民対行政といった対立の構図を超えて、N-CITY西町会にお住まいの方々が自ら具体的な提案を持って融和を図ろうとしたことであり、個人的にはこうした事例をもっともっと正しく紹介し、普通の住民が街づくりへの可能性と関心を高めてくれたらいいなと思っています。新聞報道はこちらマンション問題対策協議会のホームページはこちら
2007/11/26
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今年の2月だったでしょうか?静岡県のガイアホームという会社で経営企画部長を務めるという社会人大学院生の訪問について書きましたが、先日修士論文が届きました。大作です。題して「NPOによる住宅関連産業の発展可能性の考察」授与大学は英国国立ウェールズ大学経営大学院。まずは「おめでとうございます!」です。論文の内容を詳細にご紹介できないのが残念ですが、NPOのことからNPOがわが国の住宅事業に食い込んでいくための問題点、課題、展望について、実に繊細かつ冷静かつ誠実に分析されていて、教えられることが多々あります。胸にズシーンと来た現状認識に関する一節(無断転載お許しください)「欧米に比べてNPOによる住宅供給が端緒に付いたばかりのわが国において、NPOが行政や生活者から新たに期待されている役割を担うには、質、量ともに十分とはいえない。NPOは日本の住宅市場の中ではまだ非常にマイナーな存在である。市場では、大手・中小の民間業者等既存セクターの情報量が圧倒的な存在感を示しており、NPOの情報は埋没し、一般生活者との接点が希薄である。また、住宅組合法等のNPOによる住宅供給に関わる法制度が確立されている欧米とは異なり、わが国ではNPOを住宅市場の中に組み込む制度がほとんどないと言う点もある」「さらに、組織・人材・資金面の脆弱性、インキュベート機能としての法的支援の乏しさから、活動が単発的、局所的に留まってしまっている。広範に発展、拡大し、NPO本来の目的である「社会を変革する」といったインパクトの創出は、住生活分野において実現できていないのが現状である。」全くもってその通りなんだなー。でどうするか。分析編はすっ飛ばして、最後に、NPOが住宅関連事業に食い込んでいくための次のような展望が指摘されています。「これまでの既存セクターである行政や民間とは異なり、生活者視点、地域コミュニティ視点であることに重要な意味がある。その視点において、質の高い暮らしやコミュニティを創出し、地域活性化や都市再生を実現することが住宅関連NPOのめざすべき方向性である」「NPOによる住宅関連事業は、参加と協働という理念のもとで、増大する地域社会の暮らしの課題解決において重要なポジションを今後担うべきである。」そうなんだよなー。ではどうやって?その応えは間違っても机の上にはなく、これまでのように、人、企業、行政とのパートナーシップにより、1歩づつ着実に、時に後退しながら、またあるときはえらい回り道をしながらも、目標に向かって実践的に取り組み、そのプロセスを通じて、地域の方々をはじめ多くの関係者との「信頼関係」を育んでいくことしかないような気がしています。Iさん、今度は志を同じくする同士?ということで、一杯やりながら修士論文の続きについて語り合いましょう。
2007/11/22
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先日、現在事業化が目前に迫っているM地区の現地踏査に行ってきました。と言っても現地はほとんど山ですからトレッキングと言った方が正しいかもしれません。道なき道を予め頭の中に叩き込んでおいた地図・地形を頼りに、自分の居場所と記憶の中の地図を重ね合わせながら照合していきます。こうすることによって、記号化された地図(2次元)が、徐々に僕の頭の中で空間(3次元)化されていくわけですが、時に「えっ、こんなにきつい斜面だったのか」とかその逆や、「あーやっぱりこうなってたか」と、自分の頭の中の想像の世界と現実の世界との間のギャップを再確認出来たりして結構楽しめます。この踏査は何度何度も繰り返すことが重要です。プランを描いては現地に行ってみる。自分の考えが正しいのか正しくないのかを確認する。何かを残し何かを改変する判断を下すわけですから、その判断は極めて重大です。したがってその確認作業は、図上ではなく現地にたたずみ五感をフル稼働させなければなりません。でなければ大地に失礼ですし、改変された大地にはいずれまだ見ぬ老若男女が暮らすことになるわけですから、とどのつまり僕たち人間にたいして失礼と言うことに繋がります。プランニングの過程で大切なことはまず大地への敬意が第一、その次は将来の暮らしや暮らし手への思い(想像力)ということになりますが、これがいい加減な街(結構多いんです)は、将来、暮らし手から間違いなく後ろ指を差されることになります。暮らし手への思いは、あくまでも自分と言う物差しが拠り所になりますから、自分を鍛えるしかありません。どんなに想像力をたくましくしても、自分が考え及ばないことは分かりようがありません。したがって自分ひとりではどうしようもないことがあるということを知ることも重要になってきます。恐らく僕にとっては最後の大きなプランニングになるであろうこの街が、多くのまだ見ぬ人々に愛され、みんなで育まれる街になるといいなと思っています。
2007/11/21
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「きみどりキッチン」という名前の新しい形態のお惣菜&お弁当屋さんが今月末多摩センタ-のはずれ鶴牧2丁目にオープン予定です。K&Hデリカという今年の春できたばかりの会社による1号店で、現在開店に向けた準備の真っ最中。場所は唐木田大通りの南部地域病院への入り口の交差点角。昨年の夏頃から場所選びを始めたものの、なかなかこれと言った場所が見当たらず難航していましたが、たまたまコンビニの撤退によって空いた貸店舗スペースが経営者の眼鏡に叶い、出店が決定したのが今年の春頃だったでしょうか。何か新しい事業を具体化するには時間がかかります。ただのお惣菜屋や弁当なら、これまでデパ地下やオリジン弁当などがあり、何てことはないんですが、このきみどりキッチン、チョイスしたお惣菜にご飯を付けてその場で食事が出来るイートインコーナーも併設されることになっています。しかも味付けは、全国共通ではなくその街のお客さんの好みに応じてきめ細かく対応していくことになっているとか。食材も地域で取れた新鮮な野菜を使った「地産地消」。注目すべきは、利用者の方々と一緒にお店を育てていこうと言う経営姿勢です。めざす姿は「我が町の台所」というところでしょうか。先日三澤千代治さんの「大量消費社会からの決別」による新たなビジネスの創出について書きましたが、「きみどりキッチン」は、さながら食の分野での新たな試みと言えそうです。オープンは今週末の連休とか(事情により延期される場合があるのでご注意ください)。ご興味のある人は是非足を運んでみて、自分の目と舌で確かめてみてはいかがでしょうか。PS:パートさん継続募集中です。ご興味のある方は042-401-6771(暮らしと住まい相談センター)まで。
2007/11/20
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久々に筋肉痛です。昨日11/18(日)府中少年サッカー場で行われた「第26回東京都ジュニアサッカー大会」の審判をしてきたからなんですが、これが8人制一人審判の20分ハーフ。ファールのジャッジからオフサイドの判定まで全てを一人でこなさなければならないもんだから、どうしても運動量が求められます。筋肉痛というと、自分は頑張ったんだということを誇示しているようで随分気恥ずかしいんですが、正直50を目前にしているオヤジにとって1人審判20分ハーフの試合2本はまじできつかったです。はい。下手をしたら11人制の主審よりハードかもしれません。明日、いや明後日はもっと来るかも…。ところで、僕がレフェリーを勤めた試合でこんなことがありました。一方のチームのFWがドリブルで左サイドを駆け上がりクロスを入れようとする場面。僕は後ろを追いかけるのがやっとでした。結局ボールはゴールラインを割ってしまいますが、DFもぴったりマークしていて、どっちが最後に触ったのか僕には確信が持てませんでした。子どもたちの様子を観察しますが、どっちもあいまいで決定的な判断材料にはなりません。僕は一瞬躊躇しましたが、情勢から「えいや!」っとゴールキックと判断。するとDFの3番君が「レフェリー、コーナーキックだよ。僕が最後に触ったよ」。思わず「えっ!そうか。ありがとう!」すかさず3番君に近寄ってグリーンカードを出してあげました。当然僕は判定を覆しコーナーキックで再開です。この大会、別名を「フェアプレーカップ」と言って、フェアでない大人が一杯いる世の中にもかかわらず、子どもたちのフェアプレー精神を育むことを目的に創設された大会で、8人制1人審判もその一貫、試合前のミーティングで、グリーンカードを推奨されていました。ちなみにグリーンカードと言うのはジュニア年代の特別なカードで、もちろんJリーグにはありません。ファールにたいしてイエローやレッドカードがあるように、その逆のフェアなプレーにたいしてもカードを出してあげようという趣旨で、実施が通達されたのは3年前ぐらいからかな。僕がグリーンカードを出したのは、実は2回目なんですが、今回のケースは初めて。1回目のときは相手チームのボールを遠くまで拾いに行ってくれた子に「ありがとう!」これはよくあることですが、今回のケースは、想定外でした。だけにとてもうれしかったんです。いや、正確に言うと、その瞬間、ちょっと自分のあいまいなジャッジを恥じる気持ちがあって、でもそのあいまいなジャッジにたいして、自分のチームが不利になるにもかかわらず、実に自然に「違うよ」って言ってくれた3番君に素直に感謝したんです。疲れが吹っ飛ぶ出来事ってたまにありますが、まさにそれ。ちょっとしつこい話になりますが、こういう場合審判のとるべき行動に一度下したジャッジに責任を持て。判定を翻すべきではない。という声も当然にありますが、今回の場面、僕にはそんなことは考えられませんでした。僕にたいしてイエローカードはあっても3番君は間違いなくグリーンカードです。名前は分かりませんが「バディSC江東」の3番君に感謝です。
2007/11/19
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「ろうきんいきいきコミュニティ」というサイトに「夢見隊」の活動が紹介されています。編集してくださったのは中央労働金庫総合企画部の大石さんと、梅村さん。http://www.rokin-ikiiki.com/com_report/tokyo-npo071109.html労働金庫というのは、基本的には労働組合や生活協同組合などが会員となる非営利組織(協同組織)であり、株式会社である銀行とは組織形態が異なり、利用対象は、会員である各組合等および一般勤労者で、労働金庫の営業の地域に所在、居住しているか、在勤している場合となります。要は勤労者のための銀行ということになるのでしょうか。何で夢見隊の活動がろうきんのホームページに取り上げられたかですが、実は夢見隊プロジェクトに参加されているみなさんの融資を一手に引き受けてくれているのがこのろうきん。ろうきんさんのご協力がなければこの夢見隊のコーポラティブ住宅の実現はありえませんでした。というのも一般の都市銀行さんは、この怪しげなプロジェクトを信用してくれなかったからなんです。「どういうお話でしょうか?夢見隊?コーポラティブ住宅?2戸1連棟長屋?木造?土地は共有?はー???そんな住宅が出来るんですか?」気力を振り絞って一生懸命説明するんですが、理解するつもりがないのか仕事する気がないのか、「そんなややこしい物件、私では判断できかねるので、会社に相談して後日返事をさせてください」で、後日の返事は「申し訳ありませんが、当行では木造長屋でしかも土地が共有となるとちょっと難しいですね」てな調子で全ての銀行が全く相手にしてくれず、藁にもすがる思いで一か八か頼み込んだところが勤労者の見方ろうきんでした。「ろうきんは勤労者の見方だよね。ろうきんさんが融資してくれなかったら夢見隊の参加者の夢のマイホームは建たないなー。みんな路頭に迷っちゃうなー。どうしようかなー。困ったなー。」と言ったかどうか定かではありませんが、NPO FUSION理事長の富永さん得意の泣き落としの手を使って半ば強引に面倒を見てもらったのが1号プロジェクトでした。その後2004年にめでたく14戸が竣工。という実績があったことから、今回の2号プロジェクトもお付き合いいただいているというわけです。ちなみに、1号プロジェクトの融資の実行にろうきん社内を説得してくれたのが山口郁子さん。山口さんは多くのNPO人や起業家の間では知る人ぞ知る存在で、一言で言うと「気は優しくて力持ち」かな?筋肉隆々と言うことではないので誤解のないようお願いします。ろうきんと山口さんには足を向けて眠れません。山口さんのブログはこちらhttp://ikuko-y.blog.drecom.jp/
2007/11/16
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「HABITA200年住宅」というこれまでの戸建住宅と一線を画した、新たな構造体による高耐久、高寿命、低コスト住宅が誕生しました。発案者は三澤千代治さん率いる「MISAWA International」3年間の実証実験を経て、10月1日センセーショナルにプレス発表されましたからご存知の方も多いと思います。そんな三澤さんと昨日11/12、今年の春見学させてもらった「沖倉製材所」でお会いする機会があり、「HABITA」について考えておられる壮大なスケールの構想についてお聞きすることが出来ました。曰く、わが国の住様式はおよそ400年スパンで大きな変化を遂げてきた歴史がある。0年→竪穴式住居 400年→病気に対抗するため「高床住居」 800年→大陸の文化が入って「寝殿造り」 1200年→戦国時代に入って「武家造り」 1600年→平和が訪れ「数奇屋造り」 2000年→地球環境問題の深刻化→「HABITA200年住宅」に行き着くというシナリオです。一言で言うと「大量消費時代からの脱却」。つまりこれまでの「家電」のような家づくりではなく、いいものを長持ちさせる家づくりということになりそうです。木造住宅は歴史的につくり方次第で長持ちする。余計なものを省いて構造体をしっかり造れば200年は十分に耐えられるというんですね。これまでの住宅で使用されている木材の総量は10~15立米/棟ですが、HABITAでは20立米/棟と約2倍の木材を使用。木材は「地産地消」ならぬ「地材地建」を徹底することによって流通コストを削減し、原価32万円/坪、工務店経費20%を加えても売価で40万円/坪を達成するという話です。家は、提携建築家と工務店の全国ネットワークを組織化、地元の家は地元の木と工務店で建てるというコンセプトは夢見隊のコンセプトと相通じます。MISAWA Internationalは何をするのかというと、木材の調達と集成加工、プレカットして現場に納品するだけだそうです。ネットワーク型の新しい組織をイメージされていてその組織化はまだ始まったばかりとのこと。夢見隊との共同事業化の話もさせていただくことが出来ました。ということで、今回地元多摩産材を扱っている沖倉製材所の見学と相成ったわけですが、しかし、三澤さんと会って驚いたのは、老いて益々盛んということ。ミサワホーム創業以来、社長自ら汗をかくということで評判の人でしたが、今も健在でした。3年前にミサワを退職されてからどうされているのかなーと思っていたら、地球規模で物事を発想し、わが国の住文化に一石を投じようという今回のHABITAプロジェクトを温めていたのですね。多摩産材を使ったHABITA1号が多摩ニュータウンに誕生するのもそう遠くないかもしれません。追記:三澤さんは桜ヶ丘団地にお住まいで、そこに三澤さんの自宅があるということは、桜ヶ丘に住んでいた頃からよく知っていたのですが、桜ヶ丘ではなくあきる野市でお会いすることになろうとは。気さくな方で「今度あそびにいらっしゃいよ」とうれしい言葉をかけてくれました。人の縁というものは奇なるものです。
2007/11/14
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今朝、都市設計工房の呉さんから訃報が飛び込んできました。山田伸司さんが亡くなられたとのこと。返す言葉もありません。ご冥福をお祈りします。山田さんには随分お世話になりました。僕が大学院時代、生活費を稼ぐためにバイトしていた某コンサルタントの上司が山田さんでした。随分かわいがってもらいました。丁度そのころ長女が出来たということを報告したら、「そうか。おめでとう」と大層喜んでくれ、「ところで、お前んち、冷蔵庫あるんか?今度買い換えるんで、奥さんと一緒にお古を取りに来い」ということで、図々しく市川のご自宅に籍を入れたばかりの連れ合いと一緒にレンタカーを借りてお邪魔したことがありました。僕が24の時だからもう25年前の話です。連れ合いに食わせてもらっていた貧乏学生には随分助かりました。その頃、若かった僕はその会社の野球チームにも誘ってもらって試合に出たりしていましたが、ある大会で何と優勝。山田さんはそのチームのエースで部長。でっかい優勝カップにビールを注いでみんなで回し飲みしたことを今でもはっきり覚えています。僕もその大会、馬鹿当りして確か5割以上の打率だったかな。会場は確か金町の荒川河川敷グラウンド。こんなこともありました。某市の駅前広場整備計画作りの仕事の取りまとめをバイトの僕にほとんどを任せてくれたのです。僕はとにかく早く一人前になりたいと思っていましたから、そんな僕の思いを敏感に察知してくれたのだと思います。出来はともかく何かを任せてもらうというのは、僕にとって大きなプレッシャーではありましたが裏腹に大きなモチベーションにもなりました。報告書提出前には随分手直しさせられましたが、バイト料もらって都市計画のイロハを教えてもらって、「何て僕は恵まれてるんだろー」って、他にも挙げたら切がありませんが、当時のことはどんなに感謝しても足りません。いつも笑顔が素敵な山田さんでした。天国の街がどうなっているのか僕にはよく分かりませんが、山田さん、向こうでも引き続き笑顔でみんなが豊かに暮らせる街づくりに精を出してくださいね。
2007/11/12
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といってもどこか観光地の紅葉ではありません。身近にはっとするような美しさに思わず立ち止まったり、車を止めて写真を撮りたくなるような風景が存在します。僕が住んでいる多摩ニュータウンにも沢山あるんですが、僕のお気に入りはいつもよく通らせてもらっている「馬引沢北通り」の並木の紅葉です。毎年綺麗だなーと思いながら、カメラを常に持ち歩く癖がないので、肝心な時になかなか記録できなかったんですが、今回は丁度持っていたのでしっかり撮りました。樹種は「アメリカ楓」。「もみじばふう」とも呼ばれていて、葉っぱはモミジによく似ています。モミジの葉っぱをちょっと大きくしたような感じ。今この紅葉が本当に綺麗です。1本1本紅葉のタイミングが微妙に異なっていて、それはそれは美しいグラデュエーションを見せてくれています。確か落合の「上之根大通り」の並木もアメリカ楓だったと記憶していますが、こっちもなかなか綺麗です。写真でこの美しさが上手く伝えられないのが残念です。人間の傲慢によって植えられたたかが街路樹、されど街路樹。植物の生育環境としては決して良くない、むしろ排気ガスにまみれて悪環境の中、ただ一生懸命生きてるということだけで人を和ませる植物の力。しかもそれが群れをなすことによってその力は無限に大きくなる。僕たち人間が学ばなければならないことが多いような気がします。
2007/11/11
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先日の木曜日、稲城で打合せの後、久しぶりに「向陽台公園通り」に立ち寄ったときのこと。お気に入りのフラワーショップを中心に紅葉で色づく街並みを写真に撮ろうとしていたら、後ろから「もしもし」と声を掛けてくる初老のおじいさんがありました。「何で写真を撮ってんの?」以前、人の家の庭を勝手に撮っていて注意された苦い経験があるので、「あっ、また怒られるのかな?…」と心配しながら、正直に「いや、この通りの風景が好きで時々ここに来て写真を撮ってるんです」と僕。「ほー、あんたもかね。僕もここに移り住んで9年になるけど、いい街だよね。特にここの通りは綺麗で絵になる。とても気に言ってるんだ。そーか。あんたもそうかね。」ほっ。どうやら注意ではなかったようです。ところでこの街の街びらき(初期入居)は1987年ですから、今から丁度20年前に遡ります。当時僕はこの業界に入って4年目ぐらいだったでしょうか。努めていた会社が稲城地区(向陽台・長峰・若葉台)全体のマスタープラン作りや、公園通りをはじめ主要公共空間のデザインに関わっていたということもあり、街が出来る前のまだ山だった頃から知っていました。多くの都市プランナー、ランドスケープアーキテクチャー、建築家、都市公団(現UR都市再生機構)職員が連日のように喧々諤々議論に議論を尽くして出来た街がこの向陽台をはじめとする稲城地区なのです。僕もまだ右も左もよく分からないときでしたが、公園通りや戸建住宅地のデザインに関わらせてもらっていましたから、とても愛着の深い街の一つがここ。というようなことをついお節介でおじいさんにお話してあげると、「そうかね。当時どのくらい大変だったか分からんけど、よく考えられたいい街だよ。ここは。」とにこにこしながら言葉を返してくれます。おじいさんの一言で生まれた偶然の短い出会いでしたが、何だか自分の子どもを褒められたようでとてもうれしく気持ちが温かくなったのでした。
2007/11/10
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タウンハウスという形式の住宅があります。戸建住宅が横に2戸から4戸ぐらいつながって一つの住棟をなす住宅形式のことで、建築基準法上は「長屋」と呼ばれています。長屋というと熊さん八つぁんを連想させてイメージがよくありませんが、敷地内の建物配置とランドスケープを同時に考えることによって生み出される美しく洗練された住環境は、普通の戸建住宅地では滅多に手に入れることが難しく、個人的にはもっとこうしたタイプの住宅が増えるといいなと思っています。余計なことですが、僕の一番のお気に入りは「タウンハウス諏訪」。死ぬまでに一度は住んでみたい住宅です。タウンハウスの良いところは、環境に留まりません。そのほかにも、連棟することにより壁仕上げが1面不要になる、建物と建物の間の隙間(デッドスペース)が不要になる、奥に長い敷地でも1棟で確認申請が可能なので、敷地利用が柔軟などのメリットがあります。今からおよそ30年ほど前(確かオイルショックの頃)に一斉を風靡したこのタウンハウスですが、残念ながら、戸建でもない、さりとてマンションより滅茶苦茶安いわけでもないという中途半端さが嫌われたり、不動産価値が将来どうなるのか不安、銀行もお金を貸し渋ったりして、その後、思い出したように専門雑誌に取り上げられることはありましたが、世の中に定着するまでには至りませんでした。ちなみに合理主義が徹底している国と言われるイギリスの住宅タイプのスタンダードはタウンハウスです。ところで、現在、夢見隊プロジェクトのパートナーであるミサワホーム東京が、N-CITYの一角でタウンハウスを分譲中です。戸建住宅を得意とするミサワホームさんがタウンハウスにチャレンジすることを決心してくれたことにたいしてまず敬意を払う必要がありますが、果たして世の中にどう評価されるのか。パートナーとして声を掛けたものとして、売れてもらわなければ立場がないという正直な気持ちとは別に、タウンハウス復興を願う者の一人として世の中の反応に大いに興味がありましたが、現場の営業マンに聞くと、今のところ売れ行きは上々とのこと。近年、定期借地権住宅の普及や、住宅余り時代に入って、所有価値より利用価値が再評価されつつあると言われて久しい中、ミサワホーム東京のチャレンジが再びタウンハウスを復興させる一つのきっかけになるといいなと思います。
2007/11/09
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現在TX(TSUKUBA EXPRESS)沿線のある地区の街づくりに携わっています。ということでここんとこ月に1度のペースでTXに乗ってつくば研究学園都市に足を運んでいるんですが、まずびっくりするのが「はやー」ということ。秋葉原から「つくば駅」まで快速で45分。TXができるまでは確か東京駅からシャトルバスに乗って行った記憶がありますが、その頃と比較するともう雲泥の差です。ところでTX沿線開発のスタートはもうかれこれ20年ぐらい前の話でしょうか。僕も前勤めていた会社である地区の基本構想、基本計画、基本設計に関わったことがありましたが、当時、会社の若手プランナーを引き連れて、週末何度も何度も現地を歩き回ったことを思い出します。先日途中下車してぶらっと当時関わった流山おおたかの森の駅前に降り立ったのですが、ほぼ当時イメージしていた通りのいやそれ以上の空間が目の前建ち現れていて感慨無量でした。翻って現在関わっている地区ですが、はっきり言って「何じゃこりゃー!」。前途多難を予感させるに十分な魅力的なプランがパンフレットに描かれています。で、僕に与えられた役割はというと、一言で言うと「何とかならんか」というより「何とかしろ」ということになる訳ですが、何とかするにしても区画整理事業の場合、一度決定しちゃった絵を変えるのは容易なことではなく、それなりの理論武装と事業計画(資金計画)的な裏付けが求められますから、結構骨の折れる作業となるわけです。いつも思うのは何で最初からきちんと考えて計画しなかったんだろー、あ、いや正確に言うと何でもう少し大地の記憶、声に耳を傾けなかったんだろー。何で将来ここを終の住処と決めて住んでいただく人々の立場に立って絵が描けなかったんだろーっていうことです。もちろん理想を阻む現実があるのは百も承知ですが、へぼいプランから感じるのは、押し並べて人間の非常に傲慢であったり無神経な態度という点でほぼ共通しています。どこまで揺さぶって、大地が求め、居住者に愛される街に出来るか。与えられた時間は半年しかありませんが、関係者のみなさんと力を合わせて精一杯頑張ってみようと思います。
2007/11/07
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昨夜、多摩ニュータウンN-CITY内のクラブウエスト(西町会集会施設)にて、大京ライオンズマンション開発に係る建設工事基本協定書の調印式が和やかな雰囲気の中行われました。画期的な出来事というタイトルで以前にも紹介したことがあるんですが、大きな節目を迎えたこの話し、少し遡ってみたいと思います。ことの発端は約1年半前の2006年7月に遡ります。ある日開発敷地に隣接するN-CITY住民約150世帯にたいして住民説明会のチラシが舞い込みます。それは約155戸のマンション開発のお知らせでした。説明会に出席した住民は、目の前に立ちはだかるようにそびえ建つ12階建て延長100mを越える板状住棟の計画を知り仰天します。それから住民有志で結成されたN-Cityマンション問題対策協議会対大京との間で押し問答が続きますが、大京側の示す対案は最上階の戸数を減らして、その他の低いところに移すという取って付けたような案を超えるものではなく、住民の思いと大京との間の問題意識のずれは埋まることはなくむしろ深まり、不信感のみが増幅されていきました。僕に相談があったのはそんなときでした。ここまでこじれた状況で僕に何が出来るのか?随分悩みましたが、明らかなことは、住民が問題としている圧迫感と高さの軽減という要望を、大京側が納得できる具体的なプランとして提案し切ることに尽きると考えました。私が考えた具体的な提案は、計画戸数は変えず(1)板状1棟を4棟に分割すること、(2)地盤を1階分削って、見かけ上の高さを11階建てにすることでした。(1)に関しては、元々エレベーターが4基計画されていましたから、4棟に分割してもエレベーターを増設する必要がない。むしろ4棟に分割することによって角住戸が増えて商品性が高まる。(2)に関しては、土の持ち出しコストはかかるが、1階住戸の専用庭が広くなり商品性が高まるということから、大京側もあながち無視できない案のはずという読みがあったわけですが、結果的にはそこが評価され合意に至ります。以下調印式の後、大京関係者からのコメントを紹介しておきます。「大京はこれまで常に優れたデザイン性を追求してきたつもりでした。しかし、この間住民のみなさんの街を思う強い気持ちに接するたびに、そのプランが多分に独りよがりであったことに気付かされました。住民の提案なんてどうせ使えない身勝手な提案だろうと高を括っていましたが、蓋を開けてみると今までのプランより商品性という点でより優れていた。大京の仕事で住民の提案を受け入れたということは恐らく今回が初めてのことだと思いますが、今回の経験を今後の仕事に生かしていきたいと思います」以下は設計者である安宅設計のチーフデザイナーの声「私たちは常に事業者からの要請に応えながら敷地条件を克服するために最善のデザインをしてきたつもりですが、正直、街づくりの一貫としてマンションを設計するということはあまりなかった。今回みなさんとのやり取りを通じて、街づくりの一貫としてのマンション設計のあり方を考えることの重要性に恥ずかしながら改めて気付かされたように思います。貴重な経験をさせていただいたことに感謝します。」僕にも発言の機会が与えられたので以下ようなことをお話させてもらいました。「ひょんな人間関係から今回ご相談を受けたわけですが、最初プランを見たときには正直「ここでもか」と愕然とし、頭を抱えました。当時の状況は両者の話し合いがこじれて膠着しているときでもありましたから、どうやってこのもつれた糸をほどくかということに知恵を絞る必要がありました。それは住民の方々の思いや要望に応えながら、一方で大京さんがここで気持ちよく仕事をしてもらうための具体的なプランを提案することに尽きました。それは同時に将来N-CITYに住んでいただく方々に気持ちよく暮らして頂くためにはどうすればよいかを考えることに他なりません。それが先の提案につながる訳ですが、設計変更というリスクを伴うにもかかわらず大京さんは真摯に対応してくれた。多摩ニュータウンにおけるマンションデベロッパーはとかく悪役扱いされることが多いんですが、今回のように住民との話し合いに耳を傾け真摯に対応してくれたという事実は例がなく、画期的な出来事だと思います。今日まで夜も眠れない日々を過ごしながら頑張ってこられた住民のみなさんには敬意を払いたいと思いますし、真摯に対応してくれた大京関係者のみなさんには心から感謝したいと思います。竣工まで1年半ぐらいありますが、大京さんはいい仕事をしましたねと言ってもらえるよう頑張ってもらいたいと願うとともに、住民のみなさんは新しく引っ越してこられる方々を温かくお迎えし仲良くしてもらえたらいいなと思います。」マンション開発=社会悪という図式を越えた新たなまちづくりがN-CITYで始まります。
2007/11/05
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っていう多様な組織、個人を繋ぐ面白い懇談会が動き出しました。懇談会が対象としているフィールドは多摩ニュータウン開発の中でも最も初期に開発され、何かと有名な「諏訪・永山地域」。音頭を取っているのは「NPO法人多摩ニュータウンまちづくり専門家会議」というその名の通り専門家集団で、その他地元商店会や自治会、管理組合のほか法政大学保井ゼミや多摩大学松本ゼミ、国士舘大学ウェルネスリサーチセンターなど、問題意識を同じくする多様な団体がメンバーに名を連ねています。多摩市やUR都市再生機構東日本支社ニュータウン業務部も後方支援していると言いますから、かなり大掛かりな懇談会であることが伺えます。懇談会の趣旨ですが、「諏訪・永山地域における様々な問題・課題解決のための活動と、市民、団体、事業者間の地域情報の共有と連携・交流を図ることとあり、様々な問題・課題のテーマに応じて、地域会議やワークショップ、シンポジウム、イベントなどの最もふさわしい形態で懇談会を開催しますとなっています。諏訪永山といえば、現在諏訪2丁目団地が建替えの具体化に向けて動いていたり、近隣センターの衰退にブレーキをかけどう復興するかという切迫したテーマについて様々な活動が活発に行われていますが、住民不在の一方通行方・一過性型イベントであったり、あっち向いたりこっち向いたり感があって、総合力、求心力に欠けるような気がしていたところで、この懇談会の内実はよく分かりませんが、今後の動向に注目すると同時に大いに期待したいと思います。
2007/11/04
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ある団地の方々からご相談を受けていたマンション問題が事業者、住民双方の間で「基本合意」に達したという話を以前書いたことがありましたが、ここにきていよいよ建築工事に本格的に着手することが決定、それに先立って今週末、工事期間中の諸ルールなどについてとりまとめた「工事協定書」の調印式が、事業者、施行会社、地元自治体である八王子市関係者、住民代表の方々4者が一同に会して行われることになりました。私も同席することになっているのですが、よくぞここまで辿り付いたと住民の方々をはじめ関係者のみなさんに敬意を払いたいと思います。多摩ニュータウンに理想の住処を定め、それまで送られていた平穏な暮らしが、ある日の説明会で吹っ飛び、危機感を募らせる日々を重ねられた住民のみなさんの心労は計り知れませんが、当初平行線を辿って膠着していたマンション開発が、その後の双方の粘り強い話し合いの末に合意点が見出され、決して百点満点ではないにしろ、双方納得の上でマンション開発を前に進めることが出来たという事実は、世の中広しと言えどそんなに多くはないはずで、そんな記念碑的出来事に関わることが出来たことに感謝したいと思います。街づくりを生業としている僕にとって今回の経験はとても刺激的で貴重でしたが、何が話を前に進めたのか。多くの要因があるなかであえて一つだけ挙げるとすれば、それは事業者、住民双方にお互いの立場を理解した上で問題解決していこうとする真摯な態度があった。ということになるのかなと思っています。N-CITYに既にお住まいの方々と、およそ2年後にお迎えする新たな住民の方々によって育まれるであろう新たなコミュニティが、N-CITYをさらにいきいきとした暮らしやすい街にしていくといいなと思います。
2007/11/02
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「ふらっとラウンジ」という地域のお年寄りが気軽に立ち寄れる休憩所が都営諏訪4丁目団地にオープンしたそうです(朝日新聞10/31朝刊)。http://mytown.asahi.com/tama/news.php?k_id=14000220710220001実はもう3年ぐらい前になるでしょうか?多摩センターの京王プラザホテル内にある「暮らしと住まい相談センター」を立ち上げる際、サテライトとして各団地の集会所を活用した団地の縁側のような機能を担う「(仮称)ぶらっとハウス」を展開できたらいいなと提案したことがあるんですが、その時のアイデアが本当に具体化されちゃった。いつも言っていることですが、どんなに良いアイデアでも、実際に実行してくれる人がいなければそれは絵に描いた餅と同じですから、今回意を決して(?)実践された諏訪4丁目団地の方々には頭が下がると同時に、我がことのようにうれしく思います。この「ふらっとラウンジ」、自治会(都営賃貸なので管理組合ではない)が運営、無料でコーヒーを振舞ってくれるそうで、オープン初日は約30人が来店してくれたようです。ささやかな試みですが、みんなで力を合わせて長続きさせ、多摩ニュータウンのあちこちの団地に飛び火してくれるといいなと思います。今度僕もふらっと行ってみようっと。
2007/11/01
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