本日はこのブログ初期の頃に書いたスーパー6について改めて記事にしてみます。
前回手放した話を書いたからと言う訳でもありませんが、今回はカタログをメインに行きたいと思います。
以前の記事と重複する部分もあろうかと思いますがそこはご勘弁のほどを。
このブログを立ち上げて間もない頃、スバル360の次に取り上げていたのがプリンスグロリアスーパー6でした。
もちろん自分で所有していたからというのが一番大きな理由ですが、旧車趣味に本格的にのめり込むきっかけとなった一台でもあったからです。
そこまで旧車に詳しく無い頃、雑誌でたまたま見かけたこのプリンスグロリアに一目ぼれしてしてしまったのは高校生になったばかりの頃だったでしょうか?
それ以前から同じプリンスでもS54スカイラインなどは何となく認識していたんですが、グロリアは実車に出会うこともまずない車だったので知っていたのはこの後のA30系グロリア(通称縦目)まででした。
これさえも初期と後期の細かい違いまでは知らず、たまに見かけるとグリルの違いで朧げに認識する程度。
無意識でしたが、当時からG7搭載のPA30の方により惹かれていたのはセンスがあったのか?(笑)
そんな高校生時代を過ごしていた自分でしたが、旧車雑誌を読むようになってからはより道路を走っている車に気を付けるようになりました。
そのせいなのか間もなく実際に走っているS41グロリアを見ることが叶います。
たまたま近所の幹線道路沿いにあるコンビニの駐車場にいたときです。
目の前の交差点で信号待ちをしている薄いメタリックブルーのグロリアが不意に目に飛び込んできました。
短時間の出来事でしたが、青信号になり走る去っていくまでガン見してましたね。
その後も何度か実車を見かけ、(そのうち2台はよりレアなグランドグロリアでしたが)益々グロリアの虜になっていくのでした。
時に昭和末期から平成初期のお話です。
あの頃はまだ今よりは路上で旧車に出会う確率は高く、気にしてみていればそこそこの確率で出会えたものでした。
たまたま通っていた学校の(高校卒業後に行っていた学校)の通学途中にあった修理工場がどうやら旧車をやっていたらしく、そこにはたまにレアな車が止まっていたりしましたし、ほかにも当時そこそこ有名だった旧車ショップがその地域にあったようで、そこの関係している車(当時は知る由もありませんが)が走っているという事もありましたので、環境も恵まれていたのかもしれませんね。
一度などはグランドグロリアが柿の種ブルーバードを牽引しているところに出くわし、しばらくバイクで後ろを付いて走ったこともありました(たまたま学校の帰り道で途中まで方向が同じだっただけですけど)
スバル360などは見かける旧車のなかではメジャーな存在でしたし、70年代の車ならばそこまで貴重には思っていなかった時代です。
その後紆余曲折の後にどうにかグロリアを手に入れ晴れて夢がかなったんですが、その後は前回書いた「 長年所有したグロリアを手放した話 」の通りです。
ではそろそろ本題に入ります。
グロリアスーパー6の生い立ち
プリンスグロリアスーパー6は1963年(昭和38年)6月に国産初のSOHC6気筒2000ccエンジン搭載のプリンス最高級車として誕生しました。
その前年、1962年9月には同じボディに初代と同じOHV4気筒1900ccエンジンを搭載した2代目のグロリアデラックスが登場。(ちなみに初代にはスタンダードモデルはなかったので単にグロリア・・・2代目のS40も当初はデラックスのみ)
この2代目グロリアは開発初期の時点で既に6気筒エンジン搭載は決定しており開発を急いでいたのですが、まず先に実績のあるG2エンジン搭載のデラックスを発売して、その後追加グレードとしてスーパー6が発売となります。
しかし、発売当初はデラックスとスーパー6の車両価格にあまり差が無く、結果としてスーパー6に人気が集中します。
デラックスの発売当時の価格は117万円、スーパー6の発売当初の価格は119万円とその差は僅か2万円でした。
(グロリアデラックスについての以前の記事は こちら )
流石にまずいと思ったのかどうか、スーパー6発売後の同年秋には少々のグレードダウンを行い2型へマイナーチェンジ。
価格もそれに伴い少し下がり112万円となりました。
しかしその後も人気はさして上がらずに、グロリアのメイングレードはスーパー6にとって代わられてしまったのでした。
これは生産数から見ても明らかで、スーパー6は1型2型を合わせると3万台近い生産数でしたが、デラックスは1型から3型まで合わせても凡そで2万台程に終わりました(生産数は推定)
結局S4系グロリアシリーズ総計で約8万台以上生産の内、一番生産数の多いグレードがスーパー6でした。
(総生産数は推計)
スーパー6カタログ(初版)
ここでグロリアスーパー6カタログ38年6月発行の初版版をお見せしますが、状態が悪いものですのでお見苦しい点はご了承ください。
まずは表紙
汚いですが本来は白一色です。
グロリアデラックスも確かそうですが、宝石の写真のみのシンプルな表紙
そして表紙をめくるとスタイリッシュなグロリア乗ってパーティーにでもやって来たのでしょうか?
男性の服装が違和感バリバリの写真ですが、暗闇に佇むグロリアが美しいです。
しかし、この車どうやらグロリアデラックスをスーパー6に見立てた車のようです。
(サイドモールがデラックスの物が装着されているので恐らくエンブレムのみスーパー6に交換しただけではないかと推察)
しかもタイヤがホワイトウォールの内側を黒に塗装して無理やりホワイトリボンに見立てています(笑)
次のページはページ左右に分けてスーパー6のウリであるG7エンジンについて書かれていますが
写真部分だけ別ページになっており、めくると別の写真が現れます。
色々なシチュエーションに使えることをアピールしているのでしょうかね?
この下の黒いボディのほう、フロントのPrince6のエンブレムが市販車よりも斜めに装着されていて、個人的にはこちらの方がカッコ良いと思ったりしています。
次は室内の紹介
何故かイラストがモノクロタッチで不思議なイメージですが、隣のページでは写真で装備の紹介をしています。
それとともに当時グロリアの装備の中でもプリンス自慢のエアコンについての解説がありますね。
当時のクルマはたとえ高級車でも冷房の装着率はかなり低く、たとえ装備していてもその多くはクーラーでした。
そこをプリンスはエアコン装備ということで大きくアピールしているわけです。
お次はメーター周りの紹介
こちらもイラストでの紹介になりますが、初期のモデルはメーターの速度表示が160キロまでです。
これは1型の途中から180キロになりますが、恐らくグランドとの部品共用化を図ったためだと思われます。
(部品番号が共通なので)
このイラスト、よく見るとメーター右側の銀色のパネル部分に修正した跡がありますが、これはデラックスのカタログイラストを使いまわしているからです。デラックスではここに確かDスイッチがあったのですが(もしかすると違うスイッチだったかも・・・デラックスのカタログをお持ちの方はご確認ください)
それを消している跡なんですね。
スーパー6では下のスイッチパネルに移動したので修正して使いまわしているようです。
因みにDのスイッチはリアデフロスタースイッチで、リアガラスに風を送るファンスイッチになります。
一応説明しておくと、スイッチは左からシガーライター「CL」、デフロスター(リア)「D」、ルームランプ「R」、ワイパー「W」です。
このページはグロリアのサイドビュー
BLSI系とは打って変わり、フラットデッキスタイルになりスマートになったのが良くわかるカット
この次のページではスーパー6一番の特徴であるOHC6気筒2000ccエンジンG7のすばらしさをアピール
このG7は当時国内唯一の2000ccOHCエンジンとして発売されたもので、プリンスの6気筒発売数年後にトヨタ、日産も相次いで投入を図りますが、トヨタのM型などはボアがG7と全く同じなだけでなく、圧縮比に始まり最高出力と最大トルクが同じでしかもその発生回転まで同じという似ているというよりもコピーでもしたんじゃないかというくらい数値上は同一スペックです。
L20はG7とは数値が違いますが、当然参考にはしたのでしょう。
因みにスーパー6発売後に登場した三菱のデボネアに搭載されていた2000cc6気筒はOHCではなくOHVでした。(最高出力はG7と同じ105馬力でしたがツインキャブなところがマニアック)
こちらのページではフルシンクロミッションや足回りの給油個所の少なさ、2分割式のプロペラシャフトなどメンテナンスの負担軽減や安全性に配慮した設計などをアピールしています。
隣のページはドディオンアクスルのすばらしさを解説
左のページは一枚めくると透視図イラストで解説を補助しています。
最後はレジャーに使われているスーパー6の写真と諸元表です。
裏表紙
いかがだったでしょうか?
プリンス渾身の一作であるスーパー6のカタログを紹介させていただきましたが、この頃が一番勢いがあった頃なのではないでしょうか。
この僅か2年後にまさか日産との合併が決まるとは思いもよらなかったでしょう。
長くなってしまったので次回へと続きます。
ではまた
今回はスーパー6のカタログを紹介してみました。
グロリアのことを色々書いていたのにカタログの紹介はまだでした。
車のことについてもまだ書ききれてないので、次回はもう少し細かい所を書いてみる予定です。
まあ、暫くかかると思いますが(笑)
前回はちょっとしんみりしてしまいましたが気を取り直して(笑)、
S41D初期形のカタログですね。
OHCエンジンをはじめその他いちいち挙げなくても当時の技術の集大成の車でプリンス社員の方々は誇らしかったことでしょう。わずか数年後には吸収合併されてしまうなどとは夢にも思わずに…。精緻で美しいフロントグリルは今の某高級ミニバンの下品さとは大違いです。外国車と肩を並べるスタイリングと性能・内装は現代のメルセデスSクラス以上のステータスと憧れであったに違いありません。
うーんあらためていい車、欲しい!(笑)、所有は無理でも一度はハンドルを握ってみたいです。
次回も楽しみにしています。