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2020年04月01日
アビガンは世界を救うコロナ治療薬と為れるか
アビガンは 世界を救うコロナ治療薬と為れるか
富士フイルム富山化学が開発した日本発の抗インフルエンザ治療薬(写真 富士フイルム)
新型コロナウイルス感染症がパンデミック・世界的流行と為った。世界中がパニックに陥って居る。3月17日に開催された自民党両院議員総会で、安倍晋三首相は 「世界において恐怖が拡大して居る大きな原因は決定的なワクチンや治療薬が無い事」 と語った。正鵠を射た発言だ。
新型コロナウイルス感染症の克服は治療薬とワクチンの開発に懸かって居ると言って好い。世界は激しい開発競争の真っ只中だ。本稿では注目すべき2つの薬剤の開発動向を紹介したい。
上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長
先ずは、 抗HIV・ヒト免疫不全ウイルス治療薬 だ。HIV治療薬の様な既存薬を新型コロナウイルスの治療に応用する事を〔ドラッグリポジショニング〕と云う。他の疾患に対して臨床研究が終了し、既に承認されて居る為安全性の評価が不要に為る。パンデミック対策の様に迅速な対応が求められる時に有用な医薬品開発の方法だ。
抗HIV薬が新型コロナに効く可能性
日本政府もコノ方法を用いて、新型コロナウイルス治療薬の開発に着手して居る。2月13日に首相官邸の健康・医療戦略室等が提示した臨時研究開発予算の第1弾には〔既存の抗HIV薬の治療効果及び安全性検討〕として3億5000万円が国立国際医療研究センターに措置されて居る。
更に3月10日には第2弾として〔既存の抗HIV薬の治療効果及び安全性検討〕と云う名目で3億5000万円が追加措置された。合計7億円だ。政府の力の入れようがご理解頂けるだろう。
何故、 抗HIV薬 が注目されるかと言えば、新型コロナウイルスが有する 3CLpro と呼ばれる タンパク分解酵素・プロテアーゼ を阻害する事がドッキング・シミュレーションと云うコンピューター・シミュレーションで示されて居るからだ。新型コロナウイルスの治療薬の開発は、コノ酵素を効率好く阻害する薬剤の開発に懸かって居る。
抗HIV薬ロピナビル は、新型コロナウイルスに対して中程度の活性を有する事が分かって居る。同じく リトナビル と云う抗HIV薬を併用する事で、消化管からの吸収を促進する事も判って居り 〔カレトラ〕 と云う名前でアッヴィから販売されて居る。1錠の薬価は322円だ。
この薬の有効性に着いては、最近決着が着いた。中国の医師達が3月18日にアメリカの医学誌〔ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン・NEJM〕にカレトラと標準的な支持療法だけを比較したランダム化試験の結果を発表したのだ。
〔NEJM〕は世界で最も権威が有る臨床医学誌でその影響力は絶大だ。コノ研究では症状の改善迄に要した時間も致死率も両群に有意な差は無かった。詰り、 カレトラは新型コロナウイルスには効か無い事が明らかと為った 。特記すべきは、この臨床研究が新型コロナウイルスの遺伝子配列が明らかと為ってから1週間後の1月18日に最初の患者が登録されて居る事だ。資金は中国政府が助成した。圧倒的なスピード感だ。
しかも、この試験はランダム化比較試験の形で実施されて居る。カレトラの有用性を評価する為に、対照群を置く事だ。患者は籤引(くじび)き等に依りランダムに割り振られる。ランダム化比較試験は、臨床研究の中で最も信頼度が高いとされて居る。只、実施は難しい。
2014年に西アフリカでエボラ出血熱が流行した際には如何にして信頼出来る臨床試験を実施するか、特にランダム化の是非が議論された。人権意識が希薄な中国ではこの事は問題と為ら無かった。
研究で示されたカレトラの有用性
カレトラの有用性に着いては、中国の〔広州市第八人民病院〕の医師達が実施した別の臨床研究でも再確認されて居る。この研究では軽度〜中等度の新型コロナウイルス感染患者44人をカレトラ投与群と対照群に分けてカレトラの有効性を評価したが、臨床的な転帰・・・病気が進行して他の状態に為る事は、両群で差が無かった。
複数のランダム化比較試験で共通する結果が出た。カレトラは新型コロナウイルスの治療で効果は期待出来そうに無い。この事実は重要だ。新型コロナウイルスの治療薬を待望する患者に伝えると同時に、現在進行中の臨床試験は続行の是非を議論し無ければ為ら無い。もう1つの結果は期待の持てるものだった。
武漢大学中南病院で実施された ファビピラビルの臨床研究 だ。3月18日に中国政府が発表した。ファビピラビルは〔アビガン〕の商品名で富士フイルム富山化学が開発した日本発の抗インフルエンザ治療薬だ。
※本来複数の製薬企業から同一成分の薬が発売されて居る際の表記では、成分名の〔ファビピラビル〕を使うのが一般的である。しかし、日本ではアビガンの商品名でその名前が取り沙汰されて居るので、以後は〔ファビピラビル・アビガン〕と表記する事を予めお断りして置く
中国政府が発表した研究では〔ファビピラビル・アビガン〕を新型コロナウイルスの感染患者に投与し、別の抗ウイルス薬アビドールを投与した群と比較した。これもランダム化比較試験だ。この研究では〔ファビピラビル・アビガン〕群の 71%の患者が回復 し、 対照群の56% より統計的に有意に優れて居た。
解熱時間は2.5日と4.2日、咳が治まる迄の時間は4.6日と6.0日で、何れも〔ファビピラビル・アビガン〕投与群の方が良好だった。
また、同日には、深?第三人民病院で新型コロナウイルスによる肺炎患者を対象とした臨床試験の結果も報告された。〔ファビピラビル・アビガン〕とαインターフェロンを併用した処、αインターフェロン単独・αインターフェロンとカレトラの併用より有効で有ったと云う内容だった。
医薬品の開発では、規制当局は独立した2つの臨床試験で結果が再現される事を求めるのが通常だ。〔ファビピラビル・アビガン〕の有効性は確立したと言って好い。
「中国のデータは信頼出来無い」の誤解
中国の臨床試験の結果が発表されると「中国のデータは信頼出来無い」と主張する人も居る。彼等は余りにも世界の現実を知ら無い。創薬の主役は メガファーマ だ。彼等は世界中で激しい競争を繰り返して居る。規制が緩く人権意識が希薄な中国は治験の格好の場である。優秀な人材を、アメリカの製薬企業の中心地であるボストンの半分から3分の1程度の給料で雇用出来る事も大きい。
又、中国の医薬品市場は急成長して居る。2018年の医薬品の市場規模が1323億ドル・約14兆3000億円で、アメリカの4849億・約52兆3500億円ドルに次いで世界第2位だ。年間成長率は7.6%で世界1位だ。
世界中の製薬企業が中国での臨床開発に力を入れて居る。2018年に世界で始まった治験は全7607件だが、中国は1,969件で、アメリカ・2,945件に次いで2位だ。前年比57%増の急成長振りだ。今回、中国でハイレベルの臨床試験が迅速に遂行されたのはこの様な背景がある。
話を〔ファビピラビル・アビガン〕に戻そう。この薬剤の問題は動物実験で〔催奇形性・きいきけいせい〕が認められた事だ。催奇形性とは妊娠中の或る時期に使用すると胎児に奇形が生じる恐れが或ると云う事だ。日本での適応は〔他の抗インフルエンザ薬が無効又は効果不十分なもの〕と為り日本市場では流通して居ない。政府が新型インフルエンザの流行に備え、200万人分を備蓄して居る。
今回の2つの臨床試験では、催奇形性の問題を除いては懸念された副作用は無く、厳しい条件付きには為るかも知れないが今後、世界中で〔ファビピラビル・アビガン〕が処方される可能性が出て来て居る。
この結果が発表された3月18日には、東証1部に於ける富士フイルムの株価は前日の4,538円から5,238円に上昇しストップ高と為った。処が、翌日には4,794円に戻った。コレは2019年に〔ファビピラビル・アビガン〕の物質特許が失効し、中国国内で〔ファビピラビル・アビガン〕を販売する浙江海正薬業股分とのライセンス契約も終了して居るからだ。
〔ファビピラビル・アビガン〕は既に中国国内で承認されて居るが、富士フイルムには一時金やロイヤルティは入ら無い。では、日本の状況はどう為って居るだろう。〔ファビピラビル・アビガン〕は既に国内で承認されて居る事は前述した。厚生労働省が新型コロナウイルス感染に対して緊急で適応を拡大すれば処方は可能に為る。
処が、厚労省にはその気は無さそうだ。安倍首相は3月28日の記者会見で、薬事承認の取得を目的とした治験を開始した方針を明らかにした。安倍総理は 「今後、希望する国々と協力しながら臨床研究を拡大すると共に、薬の増産をスタートする」 と語った。
コレは 藤田医科大学 が中心と為って進めて居る臨床研究を念頭に置いたものだろう。同大学は軽症から中等症の患者を対象とした観察研究を3月2日から開始した処だ。8月に終了予定で、3億5000万円の予算が着いて居る。
厚労省は慎重、急がれる対応と決断
この研究は コントロール群を伴わ無い観察研究 だ。完遂したとしても 臨床研究としての意義は低い 。日本はPCR検査を絞って来たと指摘されて居る。3月29日現在、国内で確認されたのはクルーズ船等を除き1,846人だ。コレでは症例不足で数百人規模の臨床試験の遂行は難しい。3月29日現在の中国の感染者数は8万2,356人と為って居る。
日本で中国レベルの臨床試験を遂行するのは恐らく無理だろう。中国で複数の臨床試験を終え、結果が公開されて居る点をどの様に考えるか。
橋本岳・厚生労働副大臣は、中国での結果に着いて 「日本での研究の結果がどう為るのか、予断を与える事を言う事も我々は控えるべきだ」(3月19日・衆院農林水産委員会での答弁) と慎重な姿勢だ。
とは言え、日本はこの新型ウイルスに対抗出来る可能性の有るアビガンを 200万人分も備蓄 して居る。有効性や安全性に着いての懸念は当然判り、クリアする材料は欲しいだろうが、日本には可及的速やかな一連の対応と決断が迫られて居る。
上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長 以上
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