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2020年04月23日

最も人命を奪うのは「感染症」では無く「間違った経済政策」である




最も人命を奪うのは「感染症」では無く

「間違った経済政策」である


〜プレジデントオンライン 4/23(木) 9:16配信〜

デヴィッド・スタックラー 等は 「その違いは経済政策だ。不況下に緊縮政策を執る国では多くの命が失われる。株価は元に戻るかも知れないが、失われた命は二度と戻ら無い」 と云う〜

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※本稿は、デヴィッド・スタックラー、サンジェイ・バス 『経済政策で人は死ぬか?』(草思社) の一部を抜粋・再編集したものです。

リーマン・ショック後の不況で心と体に傷を負った少女

オリヴィアは黒煙に包まれた恐怖を未だに忘れられ無い。8歳の時のことだった。両親が何時もの様に口論を始め、台所で皿が割れる音がしたので怖く為って二階に上がった。そして枕の下に顔を突っ込み、泣きながら耳を塞いで騒ぎが収まるのを待って居たら、そのママ泣き疲れて眠ってしまった。
 どれ位眠っただろうか。不意に右の頬に裂ける様な痛みを感じて目を覚ました。すると部屋に黒い煙が充満し、シーツから炎が上がって居た。オリヴィアは悲鳴を上げ、部屋から飛び出した。そこへ丁度消防士が駆け上がって来て、オリヴィアを抱き留め毛布を巻き着けて呉れた。

 その火事は父親の放火に依るものだった。酒を呷(あお)った挙句に腹を立て家に火を点けたのだ。アメリカが大不況〔所謂リーマン・ショック後の不況のこと 以下同様〕の直中(ただなか)に在った2009年春の事で、建設作業員だった父親はその少し前に失業して居た。当時アメリカには失業者が何百万人も居て、薬物に手を出したり、酒に溺れたりする例が少なく無かった。
 結局オリヴィアの父親は刑務所に入れられた。オリヴィアは重度の火傷を負い体にも心にも傷を負った。炎と煙に包まれたアノ恐怖を乗り越える為に、それから何年もセラピーを受け無ければ為ら無かった。それでも生き延びただけ増しだったと思うべきかも知れない。もっと運の悪い人も大勢居たのだから。

「政府に殺される」と叫んで死んだ

 その3年後の2012年4月4日、アメリカから遠く離れたギリシャで77歳のディミトリス・クリストウラスが自殺した。ディミトリスには他に道が無かった。1994年に薬剤師を引退してから年金暮らしで、それ為りに幸せに遣って来たが、新政府に年金を奪われ最早薬代も払え無い程困窮して居た。
 その日の朝、ディミトリスはアテネ中心部のシンタグマ広場に行き、国会議事堂の正面階段を上った。そして銃を頭に突き着け 「自殺じゃ無い。政府に殺されるんだ」 と叫んで引き金を引いた。
 後日、ディミトリスの鞄に入って居た遺書が公開された。その中でディミトリスは、新政府を第二次世界大戦中にナチスに協力したゲオルギウス・ツォラコグロウ政権に準(なぞら)えて居た。

〜今の政府はツォラコグロウ政権と同じだ。私は35年間年金を払い続けたし、今迄政府の厄介に為った事も無い。処が政府は、当然受け取れる筈の年金を私から奪い生きる術を奪った。もっと思い切った行動を捕りたい処だが、この歳ではそれも出来無い・・・とは云え誰かがカラシニコフ銃を手にするなら、私も直ぐ後に続きたい処だ。もう自分で命を絶つ以外に方法が無い。そうすれば、ゴミ箱を漁る様な惨めな思いをせずに済む。この国の未来の無い若者達は、何時の日か武器を手にとり、裏切り者達をシンタグマ広場に吊すだろう。1945年にイタリア人がムッソリーニを吊した様に〜

 ディミトリスの自殺に付いては、後日 「コレは自殺では無く殺人だ」 と云う声も上がった。ディミトリスが死んだ場所の近くの木には、コンな抗議文が打ち着けられた。  「もう沢山。次は誰の番?」

不況と健康の関係性はどの程度深いか?

 アメリカとギリシャは8,000キロ以上離れている。しかしオリヴィアとディミトリスの運命は、ドチラも世界大恐慌以来最悪と云われる金融・経済危機に依って捻じ曲げられた。
 私達二人は公衆衛生学者として (サンジェイはカリフォルニアのスタンフォード大学でデヴィッドはイギリスのオックスフォード大学で研究をしている) 今回の大不況 〔リーマン・ショック後の不況を指す〕 が多くの人々の命と健康に害をもたらしつつ有るのでは無いかと心配に為った。実際、患者や友人・隣人の話を聞いてみると、失業で健康保険を失い、治療や投薬を受けられ無いと云う人が少なく無かった。

 しかも医療に留まらず、生活全体に被害が及んで居た。キチンとした食事が捕れ無い、強いストレスに晒されて居る、家を失って路頭に迷って居ると云った人が増えて居たのである。こうした状況は心臓疾患やうつ病・自殺・更には感染症の広がりにも影響を与えずには置かない。その影響はどの程度のものだろうか?
 私達はその答えを求め、今回及び過去の大不況に関するデータを世界中から集めた。そして丹念に調べて行くと、聊か矛盾する結果が出て居る事が判った。

経済危機で健康に為る国と不健康に為る国

 先ず、経済危機が人々の健康にダメージを与える可能性が有る事が確認出来た。これは予想通りの結果である。不況で仕事を失い、或いは家を失い、借金に追われると云った状況に為れば、酒や薬物に溺れる事も有るだろうし、場合に依っては自殺も考えるだろう。そこ迄行か無くても、手軽で安上がりなジャンクフードばかりを食べ、食生活に問題が出る事もある。
 詰り、オリヴィアやディミトリスのケースは例外でも何でも無い。例えば、ギリシャは大不況以前にはヨーロッパで最も自殺率が低い国だったが、2007年以降そのギリシャで自殺が急増し、2012年迄に自殺率が倍に為った。ギリシャに限らず、他のEU諸国でも同じ傾向が見られ、大不況以前は自殺率が20年以上一貫して低下して居たのに、大不況に依って一気に上昇に転じた。

 その一方で、逆の現象も起きて居た。経済危機に依って健康が改善した地域や国が在ったのだ。例えばアイスランドは史上最悪の金融危機に見舞われたが、国民の健康状態は実質上好く為って居た。スウェーデンとカナダも今回の大不況で国民野健康状態が改善したし、ノルウェー人の平均寿命は史上最長を記録した。
 北方の国ばかりでは無い。日本も同様で「失われた10年」嫌「20年」と言われる程不況が長期化して苦しんで居るが、健康統計では世界トップクラスの結果を出して居る。
 こうした明るいデータを見て、安易に「不況は体に好い」と云う結論に飛び付くエコノミストも居る。彼等は不況で収入が減ると飲酒量や喫煙量が減るし、車に乗らずに歩く様に為る等、健康に好い事が増えるからだと説明する。そして多くの国や地域で不況と死亡率の低下に相関関係が見られると説く。中には実(まこと)しやかに、不況が終わったらアメリカでは6万人が死ぬ事に為ると予言する人迄居る。

不況そのものでは無く「政策」で国民の健康が変わる

 だが、彼等はその逆を示す世界各国のデータを無視して居る。今回の大不況の間に、アメリカの幾つかの郡では40年振りに平均寿命が短く為った。ロンドンでは心臓麻痺が2000件増えた。自殺も増え続けて居るし、アルコール関連の死因に依る死亡例も増加して居る。
 詰り世界中のデータをキチンと見れば、不況でオリヴィアやディミトリスの様な目に遭う人々が大勢居る事は否定のしようが無い。だがその一方で、健康に為る人々が居るのもこれまた確かである。これはどう云う事なのだろうか? 

 その答えは、不況そのものでは無く、不況に際して政府が執る政策にあるのでは無いかと私達は考えた。奇しくも2012年のアメリカ大統領選挙は、刺激策か緊縮策か、公共サービスか個人の収入かと云った普遍的な問いを投げ掛けるものと為った。
 そして富裕層への増税と社会福祉への投資を訴えたバラク・オバマ大統領が再選され、緊縮策は退けられ、ソコからアメリカはユックリと不況を脱した。一方イギリスでは2010年以来緊縮政策が執られて居るが、その結果、2013年1月現在、不況に逆戻りしそうに為って居る。

不況による惨事は政治的選択に依って引き起こされる

 この10年間、私達は大量のデータや報告書と格闘しながら問い続けて来た。緊縮策か刺激策か?富裕層への減税か増税か?貧困層への公共サービスを切るべきか拡充するべきか?その答えを求めて極寒のシベリアの廃墟と化した町へ、或いはバンコクの赤線地帯へと世界中を飛び回った。
 その結果、ハッキリ判った事がある。経済危機で感染症が発生・拡大した地域が少なく無い中、それを未然に防ぐ事が出来た地域も有るのだが、後者にホボ共通して見られるのは、その社会に強いセーフティネット・強い社会保護制度が有ると云う事だった。
 オリヴィアやディミトリスの様な惨事は不況が必然的に引き起こすものでは無い。それは寧ろ、銀行を救済して国民のセーフティネットを削ると云った政治的選択に依って引き起こされる。逆に言えば、政府の、或いは 国民の選択次第 で、経済危機による疾病の蔓延を食い止める事も出来る。

或る種の緊縮政策は確実に人の命を奪う

 又、今回の研究でもう一つ明らかに為ったのは、或る種の緊縮政策が文字通り致命的な結果を招くと云う事である。確かに不況は難しい状況を作り出すので、そこで人が健康を損なう事も或る。だがもっと恐ろしいのは政策で、或る種の緊縮政策は確実に人の命を奪う。
 経済に関する世界最強のアドバイザーであるIMFは、これ迄財政難に陥った国々に対してセーフティネット迄削る様な緊縮政策を強いて来た。だがそのIMFも、最近の報告書でコノ方針を変える姿勢を示して居る。緊縮政策は健康被害を生むばかりか、返って経済を減速させ失業率を上げ、投資家の信頼を下げるものだと要約気付居た様だ。

 ヨーロッパでは、緊縮政策に依って需要が枯渇するのを目の当たりにした事から、民間企業の側からも緊縮策反対を叫ぶ声が上がる様に為って来た。私達二人は、公衆衛生学の見地からセーフティネットの重要性を訴えて居るが、それも又単に健康増進の為では無い。今回の研究で、不況時に於いてもセーフティネットを確り維持する事が、健康維持のみ為らず、人々の職場への復帰を助け苦しい中でも収入を維持する下支えと為り、延いては経済を押し上げる力に為ると判ったからである。

配慮の足り無い緊縮政策は死者を増やすだけ

 私達現代人は何時の間にか大事な事を忘れてしまって居ないだろうか? 負債も財源も経済成長も重要である。だが「貴方に取って最も大切なものは?」と訊かれて、ポケットから財布を取り出す人は居ないし、自宅の増築だの高級車だのアップルの最新機器だのの話をする人も居ないだろう。この問いの様な調査は繰り返し行われて居るが、何時も結果は同じである・・・誰もが最も大切に思って居るのは自分や家族の健康だ。
 だとすれば、私達の論点を「ボディ・エコノミック」と云う言葉で括っても好いかも知れない。これは私達の造語だが、要するに国の経済を体に見立てて、その健康を管理すると云う考え方である・・・勿論国民一人一人の健康も含めて。何しろ経済政策の選択は私達の健康に、延いては命に、甚大な影響を与えるのだから。

 医薬品の審査はアレだけ厳しいのに、何故経済政策の人体への影響は審査しないのだろうか。同等の厳しい審査が在って然るべきでは無いだろうか。或る経済政策が人体に取って安全で効果的だと判れば、それは即ち、より安全で健康的な社会を作れると云う事である。
 だが現状ではそうした審査が行われて居ない為、安全な経済政策では無く危険な経済政策が横行して居る。配慮の足り無い緊縮政策を断行する事は、危険な薬の臨床試験を堂々と行う様なものであり、そんな事を続ければ只意味も無く死者が増えるばかりである。緊縮政策の代価は人命である。その後で目出度く株価が元に戻ろうとも、失われた命は二度と戻ら無い。


? デヴィッド・スタックラー オックスフォード大学教授 公衆衛生学修士、政治社会学博士。王立職業技能検定協会特別会員。イェール大学、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学などで研究を重ね、現在、オックスフォード大学教授、ロンドン大学衛生学熱帯医学大学院(LSHTM)名誉特別研究員。著書にSick Societies: Responding to the Global Challenge of Chronic Diseaseがある。オックスフォード在住。
? サンジェイ・バス 医学博士  オックスフォード大学大学院にローズ奨学生として学ぶ。現在、スタンフォード大学予防医学研究所助教、また同大学にて疫学者として従事。サンフランシスコ在住。


文 オックスフォード大学 教授 デヴィッド・スタックラー 医学博士 サンジェイ・バス

以上


















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