きっとこんな自分には社会に居場所なんてないのだ。
中途半端な自分が人から感謝されて、存在してもいいのだと感じられる場所がほしい。
そんな風に思ったことがありました。
働けないほどのハードルはない。
でも、障害をもっている。
様々な団体等、支援をしている立場の人たちから注目されるほどでもない。
だから、自分で何とかやってきたし、これからもやっていかなければならない。
でも普通の人と同じようにはできない。
健常者と同じ視点、同じやり方、考え方、感じ方では生きれない。
仕事の上では特に顕著にそれを感じた。
だからこそ打ちのめされることも沢山あった。
働けるからこそ、八方塞がりなんだと感じた。
周りの環境に絶望し、なにより自分自身に絶望した。
「どうして臨機応変に対応できない?」
「どうして暗黙の了解なのに分からない?」
「どうして空気が読めない?」
どうしてなのか自分でも分からなかった。
幸運なことに、今まで生きてきた中では必ず見方になってくれた人がいた。
僕は幸運だったのだ。
そんなつらい気持ちだったこともあった。
だからこそ、ADHDの人間は協力していくべきだと思う。
力を合わせて、ADHD者が健常者の中でいきいきと暮らしていく知恵を共有するべきだと思う。
そのために何ができるのか。
僕もそのために何かしていきたいと思っている。
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