心房細動の遺伝的リスクのup-to-date
心房細動は遺伝性がかなり強い疾患だった 2018/8/1
私は心房細動のプレシジョン・メディシンを目指した遺伝性の研究をしているのですが、今回心房細動の遺伝性に関するup-to-dateともいうべき論文が発表され、多くのことを学ぶことができました。
そこで、今月はこの論文を紹介したいと思います。
多人種の心房細動のゲノムワイド関連解析
Multi-ethnic genome-wide association study for atrial fibrillation
Roselli C et al. Nat. Genet. 2018 in press
心房細動は予想外に強い遺伝性を示す!
心房細動は、心不全・高血圧などの心血管疾患の末期に合併する不整脈との捉え方が一般的で、遺伝性は少ないと考えられていました。
ところが、最近の臨床研究から心房細動の発症に遺伝的要因が関与することが示唆されています。
不整脈専門診療科を受診した心房細動患者の5%、他の心疾患を伴わない孤発性心房細動患者に限ると15%に家族歴が存在します。
フラミンガム研究では、片親が心房細動である場合は1.85倍、両親が心房細動である場合は3.23倍、心房細動に罹患しやすいことが報告されました。
コモン疾患の遺伝性を客観的に求める方法として、双子研究と呼ばれる方法があります。
双子には、遺伝子が完全に一致する1卵性双生児と遺伝子が全く異なる2卵性双生児があります。
これら差から遺伝性を求める方法です。
心房細動では、デンマークの双子を使った双子研究があり、これによると心房細動では、遺伝因子の関与が62%、環境因子の関与が38%と算出されました。コモン疾患では遺伝性が50%を超えるとかなり高いと考えられるので、この心房細動の遺伝性は極めて高いといえそうです。
心房細動は、臨床経験からイメージしていたのと違って、遺伝性がかなり強い疾患だというわけです。
心房細動に関連する遺伝的リスクが3.5倍に!
今回の研究は、50以上のゲノムワイド関連解析(GWAS)から抽出した6万5446人の心房細動患者と50万人近くの非心房細動患者を対象としたとても大規模な研究です。
84.2%がヨーロッパ系人、12.5%が日本人、2%がアフリカ系アメリカ人、1.3%がヒスパニックです。
全部で832万8520個のコモン1塩基多型(SNPs。マイナーアリル頻度[MAF]5%以上)、288万4670個の低頻度SNPs(1%<MAF≦5%)、93万6779個のレアSNPs(MAF≦1%)が調べられました。
その結果、94個の心房細動関連SNPsが同定されました。
今まで同定されていたのは27 SNPsだったので、心房細動関連SNPsの数が一気に3.5倍になったことになります。
これまでは心房細動の持つ遺伝性の25%が明らかになっていましたが、これで42%が明らかになりました。
図1マンハッタンプロットというグラフで、一つひとつの点がそれぞれのSNPに相当します。横軸にSNPが存在する染色体、縦軸に心房細動との関連性を-log10(P)で示しています。上に行くほど心房細動との関連が強いことになります。マンハッタンの摩天楼のビルのように見えることから、マンハッタンプロットという名前が付けられています。
少し見えづらいのですが、横の点線が遺伝統計学的有意基準のp=10×10‐8に相当し、これより上の点が心房細動関連SNPsということになります。赤が新しく同定された67個の心房細動関連SNPs、水色が27個の既知の心房細動関連SNPsです。既知の心房細動関連性SNPsの方が心房細動との関連が強いことが分かります。
本研究から分かったこと
著者らは、このメタ解析の結果を用いて様々なバイオインフォマティックス解析を行っており、本当に多くのことが分かりました。
すべてをここで説明するわけにはいかないので、興味がある人は元論文にあたってください。ここでは、重要と思われることを幾つか紹介するにとどめたいと思います。
(1)多くが遺伝子転写制御領域に存在する
ゲノムは約1%が遺伝子領域、残りの99%が非遺伝子領域です。
GWASはゲノム全体にわたる網羅的解析ですので、疾患関連SNPsの多くが非遺伝子領域に同定されます。
そのため、どの遺伝子に関係するのか、疾患とはどのように関連するのか、などはほとんど不明でした。
著者らはバイオインフォマティクスを使ってエピゲノム解析を行い、94個の心房細動関連SNPsのほとんどがエンハンサーやサイレンサーなどの転写調節領域にあることを明らかにしました。
エンハンサーやサイレンサーは、遺伝子の転写を直接制御するプロモーターに影響を与える領域で、エンハンサーは正に、サイレンサーは負に調節します。
すなわち、これらの心房細動関連SNPsは遺伝子の転写を調節することで心房細動と関連しているのです。
また、これらの解析から個々のSNPsがどの遺伝子の転写制御に関わるかもある程度明らかになりました。
(2)SCN5A・SCN10A領域に複数の心房細動関連SNPs
SCN5A・SCN10Aは、それぞれ心臓および心臓刺激伝導系のナトリウムチャネルをコードする遺伝子で、QT延長症候群、Brugada症候群、進行性心臓伝導障害などの様々な遺伝性疾患の原因遺伝子として同定されています。
同領域に3つの独立した心房細動関連SNPsが同定されました。
SCN5A・SCN10AのSNPsは急性心筋梗塞後の心室細動の発症とも関係していることから、SCN5A・SCN10A領域は、QT延長症候群やBurugada症候群などの遺伝性不整脈から心室細動・心房細動などの一般的な不整脈まで幅広い、不整脈疾患の遺伝的リスク領域と考えることができそうです。
(3)多面性効果
Pleiotropic effect(多面性効果)というと、スタチンのLDL低下作用以外の抗炎症作用や抗酸化作用などが有名です。筆者らはこの多面性効果の視点から、心房細動関連SNPsが他の疾患や特質と関連するのかどうか検討しています。
正の相関を示すSNPsが赤、負の相関を示すSNPsが青で示されています。
身長、BMI、高血圧と共通するSNPsが多く見られます。
身長と共通点が多いというのは意外です。
心不全、脳卒中、徐脈、虚血性心疾患、高コレステロール血症、2型糖尿病などはそれほど遺伝的には共通性がないようです。
心房細動の環境因子の関与は38%なので、高コレステロール血症や2型糖尿病は遺伝的よりも環境因子として心房細動との関連が強いのかもしれません。
(4)抗不整脈薬の標的分子が心房細動関連SNPs
(2)で説明したSCN5Aがコードするナトリウムチャネルは、シベンゾリンやピルメノールなどの心房細動で用いられる抗不整脈薬の標的です。
また、アミオダロン、ソタロールなどの標的となるカリウムチャネルをコードする遺伝子KCNH2の調節領域にも、心房細動関連SNPが同定されました。
これらのSNPsの機能、すなわちこれらのSNPsを持つと心房細動になりやすいのか、あるいはなりにくいのか、またこれらのSNPsがSCN5A ・KCNH2の発現を増やすのか減らすのかは分からないので、これまでの抗不整脈療法の妥当性が確証されたとはまだいうことはできません。
ですが、抗不整脈薬標的遺伝子の調節領域に心房細動関連SNPsが見つかったことは興味深い結果です。
(5)他の遺伝性不整脈疾患との共通性
既出のSCN5AやKCNH2は他の遺伝性不整脈の原因遺伝子としても同定されています。
それ以外にも、カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の2型の原因遺伝子CASQ2、GJA5、KCNJ2、MYH7、NKH2-5など、他の遺伝性不整脈の原因遺伝子の転写を制御する領域にも心房細動関連SNPsが同定されています。
これらの遺伝子の遺伝子領域にSNPがあると遺伝性不整脈疾患となりますが、非遺伝子領域でこれらの遺伝子を調節する領域にSNPがあると、心房細動のリスクとなるようです。
遺伝性不整脈疾患とは違って、心房細動はもうちょっと雑多でファジーな疾患というイメージです。
おわりに
著者らのコンソーシアムのグループは、今後も心房細動の遺伝性の残された58%を追求し続けるのかもしれません。
しかし。ここまで心房細動の遺伝性が明らかになってきたので、これをどう臨床に生かすのかを追求する流れが今後加速化するに違いありません。
【このカテゴリーの最新記事】
- no image
- no image
- no image
- no image
- no image