2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
全14件 (14件中 1-14件目)
1
前回、スプ~ン曲げに挑戦して。折れてしまって、姉が怒り出した。スプ~ンが勿体無い!で、今回は・・・・。素材が悪かったのかと・・・・。フォ~クを使ってみた。最初は少し巧く行かなくて。フォ~クの形が変わった。でもこれは、同じ物が無いので、比較が難しい。スネ~ク曲がりしてしまった。気を取り直して・・・。曲がれ!と思うと・・・。飴のように柔らかくなり、曲がった。マトリックスを見る前は出来なかった。今回のDVDでの説明では、『元々無い。何も無い。』と繰り返すが、原作では少し違っていた。無いと思われるものを曲げる事には変わりないが・・・。スプ~ンを曲げようとしても、確かに曲がらない。特に、曲げた後、ピキ~ンと再び硬くなるところが、少し不思議かな?曲げるのは、スプ~ンでは無くて、空間。見えない空間を曲げる事。この事を理解すると、曲げられるが・・・。考えると、やはり変だ。空間の認識。このセオリ~で、以前光を曲げた。白い蛍光灯の光を曲げたら、黄色い虹になった。そして今回思ったのは、念じても、難しい。思い余って、念じるのではなくて「心で思う」。この説明は少し難しい。以前、『スプ~ン曲げの力を一時的に他人に移す事が出来るらしく、自分も曲げる事が出来た。』と書いている人が居た。力を移したのではなくて、一緒に居たその人が、意識をその人の指に焦点を合わせたに過ぎない。力を移したわけではない。しかし。この空間の認識。見えない世界の認識は、これを理解すると、全ての現象に影響を与える事になる。何故、「マトリックス」のDVDでは言葉を変えてしまったのか?映像の範囲でマトリックスを見ると、確かに漫画チック。それは、元々、映像にするのが難しい世界。スミス・とネオ。機械の世界と人間界の調和が破れた時、スミスの管理プログラムは誕生し。それを、解除するネオも生まれる。ネオの生まれる時代は、均衡が破れた時なのだ。救世主の生まれる時は、不幸な時代と言えよう。漠然としているが・・・。曲げたスプ~ンを写真にアップしておく。縮小に手間取ってます。一旦きります。 貴方も挑戦してみてね!追記。フォ~クを曲げて、この世界の空間を少し曲げたら、昨日夢の中のマトリックスで、やたら働く事になった。起きても、疲れて寝た気がしない。何かを修正しているみたいだった。やはり、現実と夢の世界はリンクしているのか?*参考までに・・・。使用したのは、ノ~スウエストの機内食用のフォ~ク。かなり硬い。
2004年04月28日
コメント(4)
マトリックス・レボリュウ~ション昨日、3巻纏めて見ました。最初マトリックスを見たのは、試写会。とっても、印象的だった。当時の仲間と見て、あの映画の謎。『どうして、有線の電話でしか、帰れないのか?』電話。この伝達機関は物凄く、意味を持つ。有と無をこれほど、象徴した物は無い。生まれてこの方、私を取り巻く文明で、PCで、文字を呼び込みことが出来る事。これ以上、47年間で、大きな変化は無い。デ~タバンク。地上に存在しているとは思えない程。天空に、意志が有るかのように、情報が取れる。さてさて、『マトリックス』どうして今頃、マトリックス?風評で、『ロ~ド・オブ・リング最終章』が評判を上回ったから、見るのが遅れた。『マトリックス』11月公開されたものが、もう茶の間で見れる。不評のお陰だ。ロ~ドオブリングは、最初、興味を持たなかった。撮影の状況を見ていて、薄っぺらな感じがした。でも、最近、宣伝効果で、是非劇場で見ようと、1と2を見る。面白いが、イマイチ。コンセプトが物足りない。でも、3を劇場で見ようと思って居たのだが、未だ見ていない。2と3も、うろ覚え。覚えているのは『子供の頃に見て、何だか判らないけれど、心に残る。物語。』と勇者サムの言葉。『何だか判らないけれど、何かが有りそうと思わせる物。』と言う印象しか残らない。CGの作品では、やっぱり、「マトリックスが最高!」これは、完全に好み。哲学的な感じが実に好き。「哲学・物理・心理学」に疎い(私の解釈)姉はマトリックスの一話から、面白さが解らないと言う。マトリックスは有限要素の解析をマトリックス解析と言うらしい。有限を思う地球の発展の延長線に無限の要素を入れると、繰り返される歴史。が実に論理的。マトリックスは5回同じ要素で、壊れ、再生。6回目が、レボリュウ~ション。改革な訳だ。機械の求める所。それは、調和。均衡。欲のために均衡を壊す、人間の夢を実現して、エナルギ~として、人間の存在。機械もまた、人間の作り出したもので、人間の幻影の世界にプログラムで、存在する。それと、生人間の存在。理想を欲で満たそうとする人間は、ソ~スに戻り。機械もまた、自由圏と管理圏を分けて住む。人間は、管理が好きか、自由が好きかで、『繋がれるか、自由』に選択が出来る。自由には『お互いを犯さない掟。』お互いを犯さない事、このバランスが生身の人間には難しい。一人の人に思いが叶わない為に、裏切る人間。あの映画は、有限要素で地球を見た場合どんな角度で描いていっても、あの世界からは出られない。『有限の世界。』永遠∞も又、想像しうる有限の一部。最近、私は、繋がらなくても、マトリックスに出入りする、ネオみたいな状況になっている。夢の世界。眠りについたとき。もうひとつの現実に生きている。起きて、目が醒めている時に、勉強をすることで、私のマトリックスは更なる、発展を遂げるようだ。昨日、百科事典が有料サ~ビスに成って、契約をした。年間一万円。他のサ~ビスも契約を更新した。現象学的に今迄の生活を振り返る時、百科辞典は面白い。誰かに聞くより、かなりバラバラの知識を纏められる。わたしは、フロイトが嫌いだ。何故か、ユングは嫌いではなかった。その答えが、百科辞典で解明される。ユングは、フロイトの「リビド~理論」を嫌ったのだ。私もそれが嫌いだ。同じだったと思った。子供の頃、「子供の気持ちを忘れないように。」と思って居たのが、短大で、少年心理学・青年心理学を読んだ時。「皆本に描いてある。」とビックリした。そして、周りを見回した時。教科書道理に成長している人が少ないことに驚く。教科書道理に成長するには、相当環境に恵まれなくては、成長にバラつきガ出る。ある意味わたしは、当時「時代に早い子供」だったようだ。当時は今ほど、豊かさが均衡ではなかった。その後、本に書いてある細かい事は記憶しない事にした。どこに何がある。と言う感じで物を記憶するようになった。そして、目を開けながら、周りを見ながら、長い事眠っていた気がする。「現実的な生き方から、遠ざかっていた。」現在、私の生活は少しマトリックス。現実有り得ないでしょう?と言う小さなポルタ~ガイストが現れると・・・。行動を中止。暫く時が定まるまで、大きな行動は起こさない。最近・江原啓之さんの本を読むと、物が動く、消える等をポルタ~ガイストと解釈している。物理の世界で悩んでいない。そうして世界があると素直に受け入れている。わたしは、脳の認知のエラ~で、あろうとも。死後の世界が類魂に戻るとしても・・・・。その現象が現実にどう意味を持つかは、やはりそれぞれの思い。わたしは、眠る夢でマトリックスしている。夢の中では、物理的に在り得ない事が。在っても不思議に感じない。それが夢の世界。『仮想空間』この仮想空間が面白すぎる。起きている時の私の想像をはるかに超える情報が入るから。現実を超える、リアリティに出会う。かなり、満たされている。どうやら、わたしは、最近マトリックスの住人に成って居るようだ。この時期に・・・・。人のタイミングは時間ではなくて、心の準備が出来た時に起きる。究極の調和の中で。私のマトリックスが現実世界に何か変化を起こすのか?「今は未だ謎。」「3年寝たろう。」「杜思春」「羅生門」夢と現実。自己満足で在ろうとも・・・。何であれ、心の平安は一番の快感だ。****現実の世界で、不思議に思う事。事が成されないと、何度も繰り返す。ある時期、ある人と、3日続けて、すれ違った。3度目に私が気がついた。その人と接触して、ある情報を自分が得るまで、そのタイミングが続く。その後その人物と3百メ~トル圏内に住んでいながら、再び再会していない。これは、1つの事例。必要な時、必要な情報を与えられる不思議。その必要は、自分の心の準備が出来た時と解釈している。******マトリックスのスプ~ン曲げの奥義は、DVDでは話されていない。「元々何も無い」と思っても恐らく、曲げる事は出来ない。その奥義で、私は光を曲げた。そして、スプ~ン曲げ。私がすると、曲がらずに、折れてしまう。「パキパキスプ~ンを折ってしまう。」面白くも何とも無い。スプ~ン曲げは難しい。
2004年04月27日
コメント(2)
この話は、十年前の話です。日本で、外人をするのも楽ではない。日本のように、国籍が、出生地制を取っていない国は珍しい。それは、日本が島国で、入国した経緯が、外国と違う事が多くの理由。冷戦が終わって。それも、十五年くらい前のこと。それ以前には、日本に入ってくる外国人は少なかった。戦後駐留軍である、アメリカ人が、横浜山手。横須賀。を初めとする、治外法権の土地に居る以外、外国人の数は少なかった。その頃の、新聞からの記憶では、外国人は100万人。その内、朝鮮系は95万人。中国人は5万人。その数が多いのか少ないのか私は、百人以上は実感できないので、わからないが。当時一億の日本人口の内の100万人はかなりの少数。内、五万人は、100000000 50000一万人に5人。の中国人の割合。朝鮮の人ビトと日本に来た経緯は、強制労働。その意味で、日本に居る事に納得していない事からの始まりに対して、中国人は、殆ど、自由意志で、日本に入ってきている。そして、戦後、中国からの移民は、十五年程前迄は閉ざされていた。国家の体制が変わるという事は、人の流れが変わる事。私は戦後に、日本で生まれた。中国で、戦前と前後に残した問題として、今事実上二つの中国が存在して居る。実際に日本で生まれて、外国人で居るのは難しい。まず第一に、言葉。外国人で居るからには、母国の言葉を習わないと、話せない。想像してみて欲しい。学校で、中学から習って、どれだけの人が、ペラペ~ラに成れるか。強引にも、中国語で話す環境を作らなくては、話す事は出来ない。親たちは、外人が外人で居る為に学校を作る。これは、国外に一時仕事に出ている子女達も、同じことが言える。国民性を守る事は、教育で成り立っている。日本に居る、朝鮮人の人たちは朝鮮人と言う区別されて居る状態では、やはり、外人学校を維持して、国民性を自覚しながら、生活しないと、日本で生きることに、特異性を失った時、更に生活手段は厳しくなると思う。戦前からの移住者に、今後出生時に日本国籍を与えてしまえば、今後50年の間に、大半の日本在住の外国人は消えてしまうと思う。新たな移住者とを分ける事で、外国人問題はかなり変わる。話を、元に戻す。二つの中国。この問題は、今も続いて居る。私の両親は、統一派。だった。元々の先祖が、大陸からの為政者の立場で、台湾に入っている為か?20年ほど前から、台湾出身の外国に住む世界の子女が中国に招待された。その活動は今でもあるが、余り参加者が居なくなった。十年ほど前に参加した時。プロパギャンダのその台湾政策活動における、政府の力が小さくなって言う事を感じた。初めの頃、姉と年度を別に参加した。コロンスと言う、南の島の、昔の外国人の居留地を復元して、二人一組で、コテ~ジに住んだ。部屋の外に、服務員が待機していて、用が有れば言いつけることが出来る。2週間ほど、そこで中国の文化。を紹介された後。後の一週間。香港に抜けるコ~スと上海に抜けるコ~スで、旅をしながら、帰国の途に着く。中国は、遅れた国ではない事をアピ~ルされていた。お国柄、アメリカ在住の子女は最低なマナ~だった。その次は、日本も最低かな?お酒に酔ったとき、アメリカと日本は泥酔して、暴れる。かなり恥ずかしい。十年ほど前、特別なそうした施設は用意されて居ないが、国内を招待で旅行する行事が残っていた。その頃感じたのは、国の威厳が下がっていた事。20年前は、政府の証文は、フリ~パスだった。その政府関係の証文を関係者が出すと、『だからどうした、金を出せ』と言われている場面に出会った。私達は、途中で政府のグル~プを離れ、シルクロ~ドを個人旅行に切り替えて、更に奥へ進んだ。トルファンの方まで足を伸ばした。そして、感じたことは、目の色の違う中国人を見るにつけて、私達の知っている中国はごく一部の漢民族の世界だと知る。毛沢東が全員に人民服を着せたくなった気持ちが判った。実に一国と言うには広すぎる。アメリカの比較ではない。56民族だ。さてさて、中国の芸能界。私の知る限りでは、国家公務員。役者は広告隊。映画、芸能は国の宣伝要員。中国に留学中。日本からの留学生を大学に探しに来た。地元のテレビ局の製作のテレビドラマの手伝い。そこの地の大学には、その時代お金持ちだった、『陳加根』という人物に、日本からの留学生が、大学を作るようにお願いする下りがあった。わたしは、日本の着物の着方を教えられる人、と言う要請で言ったのだが、おまけに、日本人留学生役をした。30歳を超えていたが、当時ロングヘヤ~だったので、オハナハンの髪型が日本のイメ~ジだったようだ。ショ~トヘアは日本的でないらしい。後に素人だったので、その映像は使われたかは知らない。役者がそれを元に、再度演じたかもしれない。用意されていた、着物は、上着と巻スカ~トに成っていた。午後までに上と下を縫い合わせて、紐を2本用意してもらった。外国から、中国や朝鮮から、着物は渡ってきたかのように思われるが、長い物を、折りたたむように着る日本の着物は独特。中国の着物の発展は、西洋服に近い。道がロ~マに通じているからか?日本の着物は独特な文化なのだ。それと、膝を折らないお辞儀。これは、育ての親が日本人だったので、かなり仕込まれている。中々、カットと掛からなくて、ひたすら頭を下げて居たが「もういいですか?」と思わず監督に目を向けたら、カットに成った。芸能人の生活は、食事もいつも豊かで、パ~ティのような食事。宿舎も綺麗なホテルのよう。一般人とは生活自体が違う。そして、エキストラはその映像に応じて、現地調達。子役は小学校で探す。白人は外国から来ている教授等に頼む。素人。私は広東の隣の州の大学に居たが外人教授で、上海から、お呼びが掛かった人も居る。日本から大学に呼ばれたアメリカ人が知り合いだったので、教授たちと良く一緒に居た。『英雄』秦の始皇帝の暗殺にまつわる話。中国の映画を始めてすばらしいと感じた。まず、人員。あれだけの規模のエキストラ。恐らく、民間人ではない。あれは、軍の人を要請したと思われる。製作会社が 張イ謀(後で修正する。)監督の他色々絡んでいる。人の動きにあれだけの実写としての動きは、他に見られない。ロ~ド・オブ・リング等。CGに頼る所の多い戦闘シ~ンは、漫画のように分断されている。未だ見て居ないが、甲冑で、予算オ~バ~したと言われる、侍なども、製作費がエキストラや、鎧などで、経費が掛かったというのは、映画自体の出来と出費の比重を計るとき。国家で人員を動かせる、中国映画は凄いと思う。外人が監督したら、キットお金を請求するので、やはり莫大になる。国が要請すると、記念品で済む。さて、映画『英雄』あれもまた、立派なプロパギャンダだと思った。中国が、台湾を統一しようという意思を辞めない理由が始皇帝になぞられている。台湾以外でも今各地で独立を夢見ている。チベット・やシルクロ~ドの人びと。わたしは、イギリスから、アメリカと言う国が生まれて、別の国として歴史が分かれたように、台湾も、別の国になるべきでは?と思って居たが・・・・。事は、台湾独立には、親アメリカの背景が有る。まさに、中国と敵対する可能性がある。水面下では(台湾・中国)両国は必要に応じて行き来できている。事実上国交は存在している。国同士で、争わない為の統一。なるほど、説得力が有る。中国の芸能界は、国営だ。宣伝要員。裏づけは無いが・・・。今でも変わらないと思う。次は戦場のピアニストについて書く。
2004年04月25日
コメント(0)
生きていると、色んな感覚に出会う。全身痛い!クマナク痛い。今週初め、だと思う。眠っていたら、体が痛くて、起きた。私のベッドは、究極の固さと思われるほど、硬い。寝具には拘る。拘りすぎて、硬いポケットコイル・ベッドに成ってしまった。反発が強すぎて、長時間眠れない。その為2年近く、ソファ~ベッドで眠っていた。最近、低反発マットのお陰で、やっと、ベッドで眠れるようになった。が、全身が痛くて目が醒めた。低反発が劣化した?未だ、2ヶ月経ってないぞ~!テンピュ~○社でない、今安い、スウィ~ト・××は駄目か?値段五分の一だけ有ると思い。枕、のテンピュ~チャンと比べると確かに反発がキツイ。柔らかベッドの上に同じ物しいた、留守中の姉の部屋に移動。オッ!結構行けてる。再び寝る。しかし、和らいだとは言え痛いのは続く。根性で寝る。睡眠を薬が効いている間は、目が醒めないが、痛くて横になれないのは困る。充分寝て・・。起きたら、触れていなくても、全身が痛いのに気がつく。指先まで、痛い。ううううう~!これは、困った。昔は、ホ~ムドクタ~が居た。幼馴染の家だ。親同士が知り合いで、緊急な時は、往診にも来てくれた。医者が川向こう(東京都)に引っ越して、縁が切れた。その頃のドクが信頼出来たのは、微妙な状態だと、大学病院に連絡を取ってくれて、直行で見てもらえた。近所の医者は精密検査で異常が無いといわれた後、ジンクスのように、2週間後多発性胃潰瘍を発症したり、他の場所で癌を発見したりする。膝が曲がらない時には、通風ではないと言う答えしかでない。癌センタ~で、膝を見てもらうと、悪い物は無いという答え。つまり、症状の状態だけでは、どこに掛かって良いか判らない。実際具合の悪い時には、大病院には行けない。有る程度、具合が良く無ければ待合室で、座っていられない。救急車を呼ぶのには、どの程度具合悪ければ、呼んで良いのか判らない。多発性胃潰瘍の時は、水も飲めない痛みを三日ほど耐えて、(大抵どんな痛みや苦しみも峠は三日で過ぎる。)仕事を退職したばかりなので、這うようにして、区役所に行き健康保険の手続きをして、区役所の近くの病院に駆けつけた時は、歩いてきた事に驚かれた。そうかと思えば、精神病で、薬が切れて眠れなくなった時。水も喉を通らない状態が五日続いた。不安で、表に出られず、友達が助けてくれて、病院に薬を変わりに取りに行ってくれると申し出てくれたが、さすがに、5日間眠らず食べられずの状態で、身体的に苦しくて、救急車を頼んだ。家からは不安で、一人でタクシ~乗れる状況デハナイ。ところが、精神科は救急車に乗せてくれない。3時間救急車、を電話で説得の末、新宿の病院まで搬送してくれた。指定の病院に行ってもらう事は余り出来ないらしい。そこで、薬を打って貰って、少しは楽に成ったが・・・。五日間眠らず、水も喉を通らない状態の人間に、五日で5キロ、劇痩せしたと言うのに、精神科の薬だけで、ケアはしてくれなかった。仮眠室で外来の時間まで、待って薬を貰っていくように、救急隊員の居ない時に、指示された。衰弱している状態で、救急車を使ったために、尋問される嵌めに会った。大声で怒鳴るように話す。私は思わず、こちらの先生は、皆さんそんな風に話せれるのですか?と尋ねた。少し、声を和らげて、『担当の××先生は違うでしょ?』と言われた。どうやら、マニュアルが有るらしい。五日間眠れず、食べられない状態で尋問はかなりキツイ。山で遭難した人は、きっと、精神科と同時に内科的な処置してもらえる筈だ。救急隊員にも、何度も繰り返された事だが、名前と住所生年月日など、何度も聞かれるのだ。体が参っているのだ。もう辞めてくれ!と思った。時間まで仮眠室で休んで、急患の清算と臨時の薬を受け取り外来に這うように行くと・・・。担当の先生の日では無いので、勿論初めて先生だが、サっと紙に書かれた物を見せられた。「仮習」よくわからないが、やはり尋問が始まった。『急患で、二日分の薬を貰いましたね?』「はい」『貴方は、何日分の薬を貰いますか?』「救急の清算は済んでいます。外来で頂く薬は2週間単位です。」『二日分既に貰ってますよね。12日分ですか?14日分ですか?』「外来は14日分です。」 受け取った、処方箋はいつもと違うものが添えられていた。在宅治療・痴呆在宅治療に○が付けられていた。尋問の意味が判った。救急車を要請したので、痴呆かどうか検査されていたらしい。2・3日前に姉が出張から帰ってきている。その時、姉の部屋で、風呂を使うように言われていて、使った後、髪の毛が沢山抜け落ちて、バスタブにこびり付いていた。姉は、仕事で疲れていて、エキセントリックに泣いて怒って私を攻め立てていた。取りあえず、同じテンションで、私も具合が悪いと訴えたて、自分の部屋に、逃げたがその後、口をきいていない。精神病の人は、周りが判って居ないと、思われがちだがその逆で、かなり過敏になっていて、今、この人に受け入れる能力が無いとか非常に良くわかる。相手に理解してう能力を失っている為、相手の求められる状況に合わせてしまう。それで、友達を頼って、水や、少しでも口に入れられる物を運んでもらっていた。メロンパン半分をやっと、食べた状態だ。それと、外部の状況は判るのだが、自分を知らせるのに苦労する。注射を打って貰い、食事が出来るようになり、食堂で、サンドウっチを頼む。半分も食べられなかったが、水も飲み込めるようになった。紙おむつを買い、(動けない状況に備える。)タクシ~で帰る。車中姉に電話をする。(様子伺い)少し話すが、相手の声の状態で今未だ状況を話して、応援を頼めるほど、姉は余裕を取り戻していないようだ。薬を打って貰ったので、人を説得する気力は取り戻している。夜、時間を見計らって、再度電話をして、状況を話す。姉は、私の部屋に入ってきて、痩せて、衰えた私に驚き。足のマッサ~ジをしてくれて、翌日、トウキと言う漢方薬を入れ、鶏肉を、骨ごと、沢山の野菜類を煮て全て、ミキサ~にかけ、流動食を作ってくれた。姉は養護教諭の経験が有る。話はマタマタ、ソレタが救急車は、必要な治療を受けるのに最適とは限らない。大学病院は入院の空きが無くて、救急車で行っても、入院出来るとは限らない。後に知ったが、特に精神科は、急患は当番制みたいな所があって、掛かり付けの病院でも、緊急は入院できない事が多い。ココに書いておこうと思うのは、緊急に精神科が必要になったら、警察に相談する事をお勧めする。警察は身柄を拘束できるので、保護で入院先を面倒見てくれる。極端に衰弱した場合、最後の手だ。任意の手続きは、後に変えればよい。苦労の末に知った事だ。犯罪者ではないので前科もつかない。警察は、怖いだけではない。その後私は、街で倒れても自宅に救急車で自宅に送り届けられるようになった。TT話を戻す。まあ、胃潰瘍でも多発性胃潰瘍でも、自力で、病院行くくらいだから、全身痛いぐらいでは、救急車は呼ばないが、町医者に成るのは、都落ちした感じで、優秀な人は中央の最新医療に残るように思われがち。本来の町医者は大学病院や総合病院の受け入れ口だった筈。最近は逆現象が有る。我が家の近くの労災病院は、地域の医者へ振り分けている。科によるのかも知れないが、面白い現象だと思った。その逆の、昔の連帯が戻れば、過剰な大病院の待合室はもっと、楽に成る筈と思うのだが。優秀な町医者カム・バ~ック。町の内科は昔、全ての窓口ではなかったか?ホ~ムドクタ~よ。もう一度。卒業時には、全科習っているのだから・・・。歯医者も最近往診しているらしい。往診する内科医は居ませんか?全身痛いのは、最近イキナリ動き始めた所為なのか、全身低反発で支えられ、満遍なく、力が入って、指先まで全身筋肉痛?神経痛の全身型?取りあえず、古く成った、鎮痛剤。劣化して、副作用でも起きそうな、二フランを飲む。お得意の、ビタミンCとB群を大量補給。しかし、私が、痛み止めに手を出すのは余程痛い。どこかが悪いかも、知れないが・・・。喉元過ぎれば、初期症状が治まってから、検査しても、原因を探るのは難いし・・・・。症状の出た状態で病院に掛かるのはかなり難しい。具合が悪い時は動けない。短大の時、大学の内科の先生が、当時、難病奇病の類だった。血管リュウマチ。(血液のよう連菌感染)を見つけてくれた。それは、大学で就学の症状を見ていたからだ。半年で直してくれた。当時は保険が効かない病気。それまで、お腹は押されると痛いと思って居た。痛みが取れて、初めて普通を知った。今でも、難病を治療している人は、その病気に行き当たった経緯が不思議でならない。どうやって発見したのだろう。相当運がいい。私は自慢では無いが、同じ病気を再発する事は無い。学習能力ある。病気の種類はかなり自慢できる数。自慢してどうするって?何でも、経験よ!そんな訳で、先週土曜日にツタ○の半額貸し出しに惹かれて借りた、DVD今日、やっと見る事が出来た。****天下・国家。戦争。生きるも死ぬも神の意志。そう思わなければやっていられない。****二つの映画の感想を纏めると上のようになった。たった4行?前振りが長すぎた、気が向いたら、明日、映画について書く。もういいって?そんな事いわないで~!
2004年04月23日
コメント(3)
長い事生きていると、実に感動する事がある。最近偉いな~と思うのは、缶コ~ヒ~より、安い缶詰。ホワイトアスパラ、は特に感動。102円で買える。子供の頃、夕食に出された事がある。冷やして、サラダに添えられていた。細くて、尾っぽから食べると噛み切れなくて、頭から食べる物と教わった。太い物は、フォ~○ォンの瓶詰めでかなり高価だった。最近感動するのは、缶詰に太い物が使われている。今日本では、グリ~ンアスパラが、市場に並ぶが、外国ではホワイトアスパラの生が売っている。最近、フランス料理やで、生のホワイトアスパラを見かけるようになった。しかし、値段が安いと言っても、馬鹿に出来ない。102円のホワイトアスパラ。一缶5本程のものは、大変美味しいと思う。生産者に感謝だ。マヨネ~ズつけて食べてね!それと、冷凍食品の野菜。処理されていて、直ぐに味噌汁の具などに便利。非常用に、冷凍庫にお勧め。ブロッコリ~はイマイチだが、刻みしいたけ、ねぎ、小松菜、ほうれん草等、サトイモの入った煮物のセット等、独身の方。必要なだけ使えるので、お勧め。冷凍うどんはユニ○~ズの讃岐がお勧め。肉を小分けに冷凍しておくと簡単に野菜タップリの肉うどん。解凍せずに、其の侭鍋に放り込むだけ。非常食に、冷凍の中国粽もお勧め。これらの物は、加工も、販売時の冷凍庫のコストを考えると、感謝に耐えない。缶詰独特の味と言えば、鮭缶。骨まで食べられて、生には無い味。ねぎを刻んで、タップリかけて、ラ~油と醤油を加えると、ご飯のおかずに美味しい。(もう何年も食べて居ないが・・・。)日本は豊かになり、流通が食卓を豊かにしたが、人気が無くなって、廉価に成っても頑張っている食品に注目!しかし、卵は本当に値段が上がらない。30年前の物価は、鯖が一本、130円から170円だった。最近、一本で買う人は居ない。最近、安いのは、天然の鯛1000円位で手に入る。鯖も鯛も2倍位の値段の差に成ったのか?鯛の中華風の調理法を書いておく。鱗を取る。(これは、絶対に忘れないでね!)内臓を取る。(ス~パ~でも頼むとしてくれるらしい。)塩を全体にまぶす。1、ねぎの千切り、2.しょうがの千切りを腹の中、皿の上。魚の上にマブス。少し深みの有る、皿に乗せ、日本酒を多めに振りかけ、サラダオイルを大匙2杯かける。オイルを忘れずに!身がパサつかない。沸騰後、20っ分程蒸かす。出来上がり。美味しいよ。アレンジ。本来は、 魚いしもち の調理法。白身の魚丸ごとなら大抵大丈夫。鍋、皿の大きい物が無ければ、半分に切ってね!見た目は少し、豪華では無くなるが・・。味はOKと思われる。(好みの茹で竹の子、セロリ、イタリアンパセリ、ロ~ズマリ~等、ハ~ブを加えても良い。)(好みのオイルでよいが。ゴマ油は強すぎるので止めた方が良い。)簡単豪華な魚料理の出来上がり。料理は単純な方法で、するのが一番。と簡単な事しか出来ない私が、紹介するけれど、皆知っていたりして・・・。
2004年04月19日
コメント(3)
人の記憶とは、まことにあいまいな物で、個人の認知の仕方は確認取らなければ、どのように記憶されているか、良く解らない。現実に私が体験した事で、脳の認知のエラ~と考えた方が、簡単に説明できる事が多い。30代のときに、初めて、物理的でない現象を、目撃した。その頃、少し霊現象に興味を感じ、色んな体験をした人の話を聴いていた。ある時、その件で、話を聴くので、友人が来るのを待っている時間の事。一匹のハエが部屋に居た。余り無駄な殺生は控えているので、人が来る前で無ければ、滅多に居ないハエくらい放っておくが、さすがに見っとも無いから、殺虫剤を使おうとした。が、考え直して、未だ外が明るいので、部屋の電気を消して、部屋から出す事を考えた。思ったとおりに、ハエは、窓に向かった。窓は網戸にしてあったので、ハエは、ガラスの方へ向かっている。つまり、2面窓なので、ガラスは2枚。一枚目を移動して、もう一枚間に合うかな?と思ったら、間に合わず・・・・。なんと!**ハエはガラスを飛び越して、外に出てしまった。私は、1mの距離で目撃したものの、勿論我が目を疑った。思わず、ガラスを手で叩いて確認した。そして、思った事。1・自分の目で見た人しか信じられない現象。他の人に信じろと言う方が無理。2・この現象を自由に起こせたら、凄いマジシャンになれる。3・この現象を物理の解明するのは、自分の能力では無理。以上の判断から、この出来事は、不可思議という世界が存在している。自然科学では証明できない。人が、考えの及ばない世界。思考するだけ無駄のな事。もあると認知した。やがて、友人が来た。今目撃した事を話した。すると。『ハエの幽霊じゃなかったの?』この時、感じたことは、幽霊と称される物は、物質的なものではなく、視覚に映るが実体の無いものを幽霊とされているらしい。そんな訳で、幽霊談義は意味の無いもの。個人の体験で、個人的に認知しているだけで、他人に話して信じてもらう事が無理な出来事。そんな訳で、私は、幽霊と言うものの話には余り興味が無い。しかし。この何年か、余りにも物理的な異常を体験する事になる。最初は、自分の記憶違い、もしくは、泥棒?と思った出来事。親の形見のダイヤの指輪が、入れ物の中で、アメリカ貨幣の4セントに入れ替わっていた。銀行の残高に異変。(最近多い盗難とは少し違う感じがする。)使っていないバッグに隠していた通帳の束が自分の持ち物のホカロンの束と入れ替わっていた。この3件は、顕著な変化で、細かい物の紛失、再出は頻繁になった。この紛失・出現は、私一人に起きる事ではない。知人と少し予定の事で、口論となったとき、その人物にあげたパスネットが、予定の変更を決めかねる時に、両者の間で、消えたり現れたりした。ライタ~などの、細かい物。病院で紛失したと思いきや、久しぶりに着た、毛皮から現れたり、認知に困った状態に陥った。第三者が部屋に立ち入っている可能性も有るので、保険証等必要になる大切な物は、隠しておいた。イザ、精神的に持たなくなった場合、一時的に隔離してもらい、自分と生活を分けて、モノの移動が落ち着くのを待つために、保険証は大切だった。実際隔離されていても、物は変動したし、隔離状態でも、細かいお金が出現して、事務所に入金したりしている。持ち物の管理の為、所持金などは、事務所に預けていた。一度目は注射を打たれた状態で、眠っている間に移動した。気がついた時はほかの場所に居たので、移動に対して恐怖は伴わなかった。気がついたとき、この世なのか?と言う恐怖は有った。が身内と再会できて、安心した。病院で隔離の状態に無い時、道を歩いていて、体が、別の場所に移動してしまう体験をする。ぼ~と歩いて気がついたらと言うのでは無い。一本道の坂を歩いている時。地面を見て歩く足元から、周りの変化に気がついた。これは、脳の知覚のエラ~と考えるには、その事が起きた時点の移動に要する「時間」と言う物がどうしても解決つかない。「ハエがガラスを超える」のを目撃した時には、それ程の恐怖は無かった。最近物理の大学院生と話したのだが、この事を自然科学で考えると、現実に起きる確率は宇宙時間に1度起きるか起きないかの出来事となる。あくまでも、目撃であって、あたしの人生が左右される訳ではない。しかし、持ち物が紛失したり現れたりは、現実生活する上で困る。行動に責任がもてなくなる。この適度なら、未だ怖くない。困るだけだ。しかし、体が移動してしまうのは、自分がどこに来たのか暫く解らない。これは、もう恐怖でしかない。そして、新しく降りた場所が、同じ地球????この認識に暫く、困った。その頃自分が落ち着いてから、取り合えず、自分の知り合いは同じように存在している事に安心はするものの。わたしは、精神病だろうが、何であろうが構わない。が、問題は現実取り巻く環境の対処に最初は困った。まず、自分が混乱する。****そして、辿りついた結論。対処法である。時に拠って、移り変わってしまう現実においては、何も行動しない。時が一定になるまで、出来るだけ眠って過ごす。食べる。眠る。入浴。以外のことは、PC以外弄らない。洗濯もまとめてする。余り、物事を見て拘らないようにする。時と現実が落ち着いてきてから、残された現実・現物に対しての整理をして、その先の現実に対処する。***そして、最近時が定まってきているので、身辺整理を始めている。そして、周りの人に過去の認識を確認しながら、お付き合いをしている。私が自分が瞬間移動したと認識した後から、新しく出来た習慣だ。問題は、物理的にありえるかどうかではなくて、結果、どのような影響が出たかである。「あなたは、この記憶がありますか?」共通の場面の記憶が無い人も存在している。人の記憶はさまざま。欠落している記憶も多い。その上で、付き合い方を決めている。統合失調症のシュナイダ~の「1級症状」に「自分が操作されている感覚と言う項目以外」は、全て体験している。関連HPのアドレスを書いておく。http://www2f.biglobe.ne.jp/~yasuq/schizophrenia1-1.htm#Schneiderしかし、私の場合、連続的ではない。長い人生の間に、すべて、1回、もしくは2回くらいの体験。しかし、それに対しての、自分の中での整理に時間を要する。私の体験は、医学的には、妄想・(その事で話す、他人には理解できない)妄語と言われるようだ。そして、それらの妄想を起こす原因は、幻視・幻覚。物理的にありえないことは、これに属する。その状態でも、(異常体験・妄想)以外は自分に向けられている現実、外部の認識の部分は正常に働いている事は当時のメモで読み取れる。有り得ない事を、受け入れるのは、大変だ。変わった現象を素直に、ガイドスピリチュアル・や天使からの、助けなんて思える人は羨ましい。私の思考は全ての角度から見る癖がある。だから、悩むし、苦しむ。1級症状の中で例に挙げると・・・。思考の伝播これは、昔、作曲をしていた頃、フレ~ズが浮かんで曲にしないで居ると、2週間後に新曲で耳にする事があった。自分が形にしなくても、誰かがすると思った。ワトソン博士の「百匹目のサル」の発想はその意味で、実証していると思う。他人から、考えが読まれていると感じる。私がそう判断したのは、周りの人が、わたしの思い浮かべた事を口にするからだ。そして、その空間を離れたら、その現象は起きていない。しかし、体験はしている。最近思う事。江原さんとか、超能力者は見える筈の無いもの、聞こえない声を聞く人。作家や芸術家は架空の人物と会話する。これらの人は、全て、病気か?違うと思う。脳の情報処理が、普通の人が感知しないものの情報を受け取れる事に過ぎない。物質が、消えたり現れてありする現象。認知・知覚のエラ~。これが、病気としての認識。しかし、最初から、物理的でないことを受け入れられる人にとって、ポルタ~ガイストに当るようだ。私の場合。全て病気の為と否定はしていないが・・・。病気の部分を認識している。現在の症状は、薬を飲まないと、脳がストップしてくれない。疲労して、吐きそうに成っても、眠りに落ちない。精神的に落ち込んでいるわけではないので、安定剤、睡眠薬は効かない。向精神薬だけが有効。脳の情報をブロックする薬だ。量は、50mmの少量で効く。薬が効いている間、電池が切れたように眠る。一度の睡眠時間が長いので2日に一回、もしくは3日に2回眠る計算。飲んだ薬の量で睡眠時間の長さ変わる。50mmで、平均12時間は眠る。100mmで20時間。わたしは、病気かそうでないかは、他人と違った情報が取れるかどうかでは、考えるべきではないとある頃から、思うようになった。それは、麻原オウムの初期の頃に感じたことだ。変わった事を言っている人。が居てもよいのだ。しかし、その内容に他人を害する内容がが有る場合。問題だ。しかしその認定が難しい。********大切な事は1・周りの人との社会生活を脅かさないかどうか。(調和を保てるかどうか。)2・本人が苦しい状態に居ないか。****わたしは、身体の病気は、かなり経験している。捻挫を初め、腹膜炎。血液の溶連菌感染。多発性胃潰瘍。膝が曲がらなくなる。整形外科的な病気。癌の告知。その他。沢山体験した。神経症・精神病も殆どのタイトル経験していると思う。細かい病理に詳しくない。しかし、いずれも何らかのバランスを欠いている状態と理解して、全て完治している。最近、近年精神障害を患って、少し勉強するようになった。神経症とは少し違う。まず、自分が理解しないといけない。結果思う事。精神障害と精神異常は別の物。世間を騒がせているのは、精神異常者だ。麻原は独自の世界で、1つの社会を作った。その意味で、精神鑑定から外されていると思う。しかし、世間と言う大枠の上では、十分精神異常の範疇だと思う。現状では、障害が有るとも思える。そうした人物の保護できない社会の責任を感じる。組織と言う病理で有って、麻原は単体ではないと思う。オウムに入る前から、その人たちは問題を抱えていると思う。しかし、日本の現状では、経済能力の有る人は、保護されない。不思議なのは事が起きた時にこの人は精神鑑定で異常がある。と再び無罪を得てしまう。麻原の場合、事が大きすぎたのかこの対象にされない。精神異常に拠る、他人を害する犯罪は十分刑罰の対象では有ると思うし、事が起きる前に保護、隔離の必要性を感じる。現実問題として白い布を巻いている分には、失笑を買うだけで、誰も、経済負担のある保護をする者は居ない。宗教の隠れ蓑で犯罪の要素のある物は潜在的に沢山有るような気がする。
2004年04月14日
コメント(2)
1000年目の、エレ二アム。実は、もう2年前に、開かれています。夜空に、黄色い虹を架けた時。地獄との門が開いたみたいです。でもね。そこで、地獄の人の話に、耳を傾けていると・・・。『シンの奴が居るぞ!でもこんな世界、7年しか持たないらしいぜ!』と話していました。地獄の人も、少し迷惑そうでした。私は、この2つの世界の人が、扉が閉じても、心のままに自由に好みで行き来できるように、通信は閉じないようにしました。その頃、地獄側の方から、こちらに帰ってきたのは、ロ~リング・スト~ンです。地獄とは、電波が遮断されていましたから、彼らは留守電にメッセ~ジを残していました。こちらと繋がったのは、42年振りだそうです。そして、地獄からのメッセ~ジは・・・。『ヤメロと言うのはヤメテ。』でした。しかし、意味が解らない。形にすると、石の扉見たいので、遮断されてますが。オズの魔法使いのお話に、その扉の超え方は、書き残されています。地獄もこちらも、思いのまま、好みで住み分かれます。この石の壁は普段は透明に見えますから。無意識に、隔たっています。地獄側に行くには、この安全弁みたいな壁は有りません。今『地獄に居るようだ。』と思う人。もし、そこに飽きたら。石の壁をイメ~ジして飛び越してくださいね。虹の橋を超えるように、こちらに来れます。ここは、天国ではないけれで、天国へ通じる道です。不幸とか幸せは、天国・地獄とは関係ありません。一見悪く見える事は、次ぎへのステップの曲がり道を示している場合が多いです。一緒に生きては居ますが、一人一人、見えない道を歩いています。この世で、天国を感じないと、死んでからでは行けないそうです。行き着く先は?出合ったときに話しましょう。その時に成って見ないと解らない事ですから・・・。行く先に貴方が居ますように・・・。そして、わたしも・・・・。
2004年04月13日
コメント(3)
何度も言うが、私は数学嫌いだ。中学一年の算数から、数学に変わった所で、挫折した。テスト50点満点で14点。ショックで目の前が真っ白を初めて体験した。これ以下の記録は、美術の明朝体の試験。テスト50点中3点と言うのが存在したが。昨日、物理に数学が使われた事で、サイン・コサイン・タンジェントを百科事典で調べてみた。思うう答えに行かなくて、何故かニュートンに行き着いた。そこで、微分積分がニュートンの発見と言う事で親しみやすくなった。おまけに、パスカルの三角計算で、二乗までしか展開できなかったのが、五乗まで一気に展開できるようになった。物理的な、経緯の元で、書かれたものは理解できるのだ。中学最初に、方程式で躓いた。暗記が出来ない私は、意味の理解できる、二乗までは展開できるのだが、その先が出来ない。今の時代なら、私は学習障害と言う障害をつけられて居たかもしれない。具体的な目標がはっきり解った物しか理解できない。数学を克服する方法が見えてきた。方程式に入る前に、微積分の歴史。関数の歴史から入ると、その内方程式が判るようになる気がした。昨日のうちに、n乗やリムとか沢山の事が理解できた。アスペルガ~症候群と認定されている子供も嫌でも、まじめで授業を聞いている子が多い。話をしていると、それ保健の時間に聞いた気がする。とか、漠然と覚えている。彼らに必要なのは、それは何の為に必要かがわからないと、記憶されないのだ。それ故、目的の解るコンピュウ~タ~とか簡単に理解してくみたてしまう。私の甥も3歳まで、言葉を発しなかった。思いつきで、突然動くので目が離せなかった。彼は、話し始めた時、父親とは似つかない綺麗な言葉を選んで話す子供だった。今普通のかなり良い私立で、優秀な成績をあげている。兄も、今の何でも病気に考える風潮に可笑しいと感じて居る。上の女の子で厳しくして、血尿を出させた経験から反省して、2子からは優しく見守った。結果良い方向へ向かった。小学生の頃、特殊な環境で私は勉強していたので、クラスには、5つ年上の知恵遅れの人が居たり、小児麻痺の子が居たり、頭はよいけれど、中国語が話せなくて、転校して来た人は、2級下げられて、一緒に居たから。色んな成長を、先生が褒めた。特に、小児麻痺の子が、2から、3を取った時には、その凄さを皆に教えた。出来ない者から、出来る人になった瞬間だとみんなに拍手を求めた。これは、3を取っていた人が5になるのとは訳が違うと皆に教えた。小学生では女の子が成長が早い。取っ組み合いでも、同じ年なら、女が勝てる。が、二つ年上だと、小学生と中学生の違い。絶対男の子に勝てない。で、この男の子とは喧嘩できない。とかも覚える。弱い男の子と、喧嘩して、男の子が、階段のダストシュウタ~の所で隠れて泣いているのを見て、「男の子はこうして泣くのか。」とそれ以後、喧嘩しないようにする。いろんな人の成長の違いが解るクラスだった。女子は5人で、20人男子の一クラスだった。そろばんが得意な子はそろばん担当。私は、算数と日本語担当。女子で協力して、カンニングをし合った。足の遅い子を同情して、5人全員でゆっくり走って、計測できない罰を全員で立たされて受けた。小学校の時私が編み出した究極のカンニング方は、歴史が苦手で、カンニングペーパーをスカートの裏に貼り付ける。担当の先生は男で、カンニング見破る事を誇っていた。視線とかで見つけるのだ。で、椅子の上の紙を覗く。先生が「立ってみろ。」と証拠を探すが、さすがにスカ~ト捲くれと言えない。人には色んな形で、いつ、何が出切る様になるか解らない。47歳にして、数学が苦手を克服できそうだ。明日からも少しずつ、漠然とした数学の記憶を繋ぎ合わせて、数学の苦手を克服したい。物理と数学の関係が今初めてわかった。物理や哲学が先に有って、後から数学なら理解できそうだ。美術は、先生が変わって、10点法の10貰っている。で、数学に挫折した理由。暗記が苦手。方程式覚えられませんでした。その展開?覚えられない物は無理無理。でも、一次方程式。二次方程式は理解できたから、記憶した。理解できない物。暗記できません。でね。昨日。高校生の物理の屈折率の説明で、サインだか、コサインだか数学使って説明されたのに腹を立てた、私は。エンカルタの百科事典開いたのよ。サイン・コサイン・タンジェントで、検索したら、そしたら、スクリプトを理解する為に誰かが、初等数学ということで、表を作ってくれていた。その中で、反復する。と言う事だけ。だから?どうした?2パイ(360度)の中で、数字が行ったり来たり、または、タンジェントはS字で伸びるのはわかった。それで?指数表?だったかしら?あの数値の応用は?さっぱり解らん。と思った。でね、どういうわけか、関数からかな?エンカルタ百科事典に戻った。ムムムムム~。なんだ。微積分とかはニュートンさんが思いついたのね。他の人も同時だったらしいが。ううう。3乗から出来なかった、展開が5乗まで、あっという間にできるパスカルさんの3角形。あ~。物理の人は説明が巧いね。私にも、理解できましてよ。うふふ。でね。こんな初歩的なところ、誰も開かないのだと思うのよ。で、可笑しな演算を発見したの。(X+Y)三乗=(X+Y)二乗×(X+Y) X二乗+2XY+Y二乗 × X + Y__________________________ X三乗Y+2X二乗Y+ XY二乗 ↑ X二乗Y+2XY二乗+Y三乗 __________________________(X+Y)三乗=X三乗+3X二乗Y+3XY二乗+Y三乗 ↑をつけたYが余分だと思うのですが????という初歩的な、オペレーターミスを発見。二乗とか三乗の数字が打てない私が言うのもなんですが。直ぐに、報告を入れたので、近日中に対処すると言う返事が******* どなたか、二乗とか三乗の数字の打ち方教えて!お願い。*******数学が、苦手でも、算数は出来る。というように、掛け算が可笑しな書きかたされていた。何か見る時、解らないけれど、変だな?と思う事。それって、入力ミスって事多いので、自分を馬鹿だから解らないと疑わず相手を方を可笑しくないか?と思う事も大切だと思う。本来の、書き手と、入力した人ガ違う事で誤りが生じる。これは、聖書でも何でもそうだと思う。後の人の解釈で、ドンでもない事がかいて書いてある事がある。自分の心の良心の目を持って、物事は見るべきだと思います。私は、聖書を読むたびに、この聖書は、この表現が問題だな誤解されやすいなと思う事が良くあるので、キリストを好きな人以外は余り読んで欲しくない。本題から外れましたが一旦切ります。又戻ります。文章が飛んだと思って書き直したらついてきた。後半が先の文です。
2004年04月09日
コメント(2)
今日勉強した事。精神と物質を読んで・・・。物理が、化学が得意と言っても、専門に長けているわけではない。最近高卒程度の知能が蘇ってきた。高校では、どんな物か、と言う程度しか、教わらない。でも、得意だと思えるのは、その思考で物を言われることに抵抗が少ない。と言う範囲だ。利根川さんは、ノ~ベル賞を取った人。その発見までの経緯がスリリングで面白かった。専門外の知識が他の分野に偶々身を置くことに成り、結果、他の分野で常識とされていた事が、新たな分野では常識でなかった為に新しい発見に至る。サイエンスと言うのは、もともとない物は発見されない。無い物を追って、時間を費やしても、何も発見できない。そこが、センスと運だと言う。この本を読んで、最近話して居ない、メッセ友と話した。物理の専攻。院生だ。今日教わったのは、子供の質問だ。恒星と惑星の違い。宇宙の始まりは光と素粒子と言う話から。恒星は太陽のように、化学反応を繰り返して、光る星を言うらしい。惑星・衛星は光の反射で見えるのだが、銀河は、無数の恒星が光って輝いて見える。つまり、銀河系には太陽がいっぱい。と言う話。黒体輻射で見える。黒体輻射はそれ自体の熱によって、光って見える物らしい。熱の無い光は冷光と言うらしい。******話は、利根川進さんに戻る。無生物から、生物が、化学進化して、生命が生まれた。と考えると。生命は、DNAが本体で、私達が生きているのはその体現に過ぎないという考え。DNAには進化の記録がある。この人は、脳肝細胞と、免疫細胞にだけある、遺伝子変化の多様性について、解き明かしをした人みたいだ。遺伝子組み換えの先駆者。少し、遺伝子組み換えの仕組みと市場に出回っている、バイオの食べ物が危険か危険でないかと言う論争の元が解った気がした。結論、食べても大丈夫では?と言う気がした。食べたら危険に感じるのは感情論だろうと思う。もう一度読むが、今日はココまで。どの、仮説を信じるかで、成功と失敗に分かれる。コンセプトとテクノロジ~。科学者に大切なのはコンセプトだと言う。サイエンスは物理的な実証されないと、サイエンスではないみたいだ。追記今サッキ、NHKで高校の物理で、光と音の屈折率をやっていた。今の教え方なら、私は、物理にも挫折していたと思う。サイン・コサイン・タンジェントこれは数学的な説明だ。わたしは、拒否反応示す。実は、ベクトルも、作用反作用と物理で説明されると解るのだが・・・。数学的に言われると解らないのだ。昔の物理的な説明は、この長さと、この長さの対比はこうで、と具体的なところが解りやすかった。数学的な説明を省いて欲しい。具体的に、この長さと、この長さの対比で、この部分が解るみたいなのが物理的な説明だ。具体性を欠いた物理は嫌だ。結果として、数学的な説明をすれば、数学を理解するかも。あ~!数学がアレルギ~。覚える気が無いぞ。サイン・コサイン・タンジェント今の物理に物申す。物理のよいところは、十本の指で説明できるところ。数学の概念で教えられたら、ワカラネ~と私は言いたい。
2004年04月08日
コメント(1)
以前話した事柄で。私は、19歳から、阿呆に成った。そんな訳で、最近色んな事を考えるのに、PCが大変役に立っている。今、勉強し始めて居る事は、純粋に好奇心。何十年も疎かにしていると、その間色々な、発見が進んでいる。この事は、非常に知識を得るのに楽に成っている。不可解な状態の、研究途中の事は、説明が大変難しくなっている。解ってみると、非常に単純な事が、多い。胃潰瘍が、ピロロキンと最近は子供でも知っているけれど、キンの洗浄で、かなり回復されるまで、どれだけ胃潰瘍で開腹してきたか。癌と胃潰瘍のオペの違いが解らない位。実際に治療する立場には無いので、概念でしか好きな事は言えないが・・・。高校の時、倫社の先生と大変気が合った。学校を退学にならないために、みんなの前で、リスカをした時、この先生に、私の考え方はプラグマティズムだと言われた。今の日本では余り受け入れられない。と。この時、プラグマティズムを知りたくて、本屋を見たけれど、見つからず、近い感じがした「実存主義とは何か?」を手にした。サルトルに出会った。その頃、隣の駅に慶応義塾の教養学部が有るので、古本屋でこの手の本が手に入りやすかった。古本屋で定価の倍付け、で売っていた。古本が高くなるのだ。でも今、こうした古本屋は町から消えた。今は、PC。そして、帰納学的で調べたら、ウィ~ン学団。???少年合唱団?と思いつつ開くと、実証主義から、プラグマティズムに行き着いた。サルトルは出てこなかった。これを、読んで、倫社の先生は凄かった、と思った。私の真理についての考え方、が正しく、プラズマテリズム的真理。1つの真理という言葉に、異常に抵抗を感じるのだ。それは、言葉の定義で違うのだが・・・。キリスト教的な1つの真理とわたしに取って、真理の意味するところが違う。最近は、ひとつの言葉に二つの意味。ステア・ウェイ・トウ・へベン。で、考える。この場合において、真理は何を指しているかみたいに。言葉の上で争う事は無意味だ。プラグマティズムに30年振りに、倫社の先生が言った私の評価を理解した。どうして、調べる事になるかと言うと、昨日の夜、宣言したとおり、「精神と物質」を読み始めた。この本は、16年前発行された、本だ。そして、帰納学的に、普遍性を学べると思ったが・・・・。数学苦手の私は、「数学で、帰納法・この言葉が有った記憶」から言葉の使用が自信が無い。数学が、最大の私の弱点。物理・化学はOKです。受験科目は生物だったので、倫社・物理・化学が強かったのは偶然。16年前だがなんせ、30年近く勉強らしい事してないので、十分新鮮だ今の人、若い人にもお勧め。ノ~ベル賞を取った人利根川 進 の立花 隆さんによる、インタビュウだ。16年前の話だけれど、今読んでも、普遍的な真理が書かれている。分子生物学はどこまで生命の謎を解けるかと言う副題だが・・・。科学するという事に大変解りやすい、普遍的な考え方が書かれている。入り口は専門的な高校程度の生物学が必要だが、内容は専門を超えて、感じるところがある。生きる事は、自分を科学する事だと思うからだ。研究者の多くは、無くて良い研究をしている話。飯の種にはしているが、研究自体に意味が無い。どうして、そうしたものに嵌るのか?と言う問いかけが面白い。*********偶然に対する考えかた。私は、必然と言うのは、帰納的な見方、と思っている。そして、同じ事は起こらないが、その中から普遍的な物が見えてくると思う。神は必然の中に居ないと思うのだ。むしろ、偶然の中に神を感じている。偶々私が生まれたので、神が私を産んだとは思っていない。生まれたところから、偶々、神との付き合いが始まった。その偶然に神の存在を感じるまでだ。今この偶然とコンタクト取る、試みをしている。願いを叶なえる。この本は、病院の入院仲間から入手。一年放っておいた。精神論ではなくて、科学する事が書かれている。偶然が働かなければ、何事も起こらない。神との対話は、私にとっては、偶然なのだ。必然論を私は、否定している。必然とは、宿題を忘れたら、叱られる。と言う予想範囲を超えない事を私の中では意味する。運良く、先生が休んだら、神の働きだ。普遍的な事は既に、必然と言える。諸行無常の響きありだ。普遍的な判りきった事?神の教えとは言えるかもしれない。人の予想を超えたところに神が居る。と私は考える。本文についての感想は・・・。未だ、半分しか読んでないので、明日又、読後感想文を書く。(予定は未定)
2004年04月07日
コメント(3)
隣の人は、何する人ぞ?HP、日記に嵌って、半年過ぎた。色んな人の、考え、生活、以前では想像つかなかったものが、極当たり前に感じるようになった。我が思い、我のみぞ知る。信仰を有る程度持つ人は、全ての自分お考えは、神様が過不足無く知られて居る。逆に言うと、現在進行形の事は神様以外には知られたくないかもしれない。それって、スゴ~ク馬鹿な事、考えていない?と自問する事は有るけれど、神と言う存在を感じていると、神様にはお見通し。そんな気持ちが有る。この神との対話の生活を、少し始めている。過去のネタで書けば、個人の出来事なんて、半年で大体は話し終える。今度、誰かに出会って付き合う事に成ったら、これ読んで。と言えば、大分付き合いの時間が省けそうだ。そして、人に話せる事は、それなりの出口を出ていて、今心に企てた居る事は、事が形を見せるまで、人には言えない。人の生活を観させてもらう、お礼みたいな形で、自分の事を書いた気がする。何だ、自分以外の人も、こんな事考えて来たんだ、と思ってくだされば、幸いです。今、自分を再び未来に設定している。最近、日記を開くより、検索や百科事典で、調べる事が多くなった。そして、読みかけの本を、開く事に。調べた事は、今考えた居る事に、関連しているので、言えないが、今日読む予定の本を書いておく。*****精神と物質。利根川 進****読み返した、漫画。****メロドラマ・村上もとか。講談社孤島殺人事件・原作青木五郎・漫画・小川幸辰。講談社TOMORROW1・2巻 原作吹雪蘭・漫画小野弥夢。講談社HPで書いた、神との関連を、自分の生活の中で、どう関連つけれれるのか、実践してみる事にする。何か、1つ答えが出て来たら、又ココに書き記す。ではでは。
2004年04月06日
コメント(5)
私は、24年前?聖霊と出会った。同時にサタンにも出会う。家族に驚かれ、神仏を語らなくなる。しかしながら、自分の出会った聖霊について、考える事は多く。色んな宗教とお付き合いしている。創価学会の人とは、一緒のお題目を唱えてみる。線香一本15分『南無妙法蓮華経』を唱える。腹から、声を出していると、体に良い感じがする。大切な事は、この唱える人の心に恨みや怒りが有ると、声の波動が周りの人に、影響して、家族のものが、目が見えなくなったり、不可解な身体的な影響を受けてしまう。どんな、言葉を口にするにも、責任が有る。言葉に乗せて、恨みを込めれば、弱い誰かが影響を受けてしまうようだ。お題目に念を込めるのは考え物。心を浄化して、心から祈る言葉が助けの力となる。そうでないと、怨念返しになってしまう。向かう対象の仏壇は鏡のように、念を返し、神に祈りが届かない。平和な気持ちを保つ事が、祈りを捧げる時に、必要な心構えな気がする。さて、聖霊に出会ったとき、自分に何が起きたのか、その後色んな角度から考えてみた。その時、人々は癒しを神に祈っていた場面だった。私は、その最前列で寝ていた。その頃は、祈る事、祈る対象、キリストの話も知らない状態。家族の中で、私だけが、キリスト系の学校と縁が無くて、兄弟の持って居た、聖書も、最初の何行かで挫折。読む気が起きなかった。それは、古事記も同じで、数行で挫折。既成の宗教とは縁が無かった。只1つ、トルストイの「人は何の為に生きるのか」と言う短編集が気に入った事。それが、キリスト系の話とも知らずに居た。20歳の頃、ボ~イフレンドにお気に入りの本の交換で、トルストイの本を渡すと、『仏教聖典』が帰ってきた。その人の影響で、都内の寺院を回ったり、挙句に『天風教義』なるものの講習会を受けたりした。一本の1mほどの竹の両端を、和紙の糊付けした、二つの輪に通して、二人の人が、その和紙を、ナイフで支え、木刀で和紙の輪を切らずに竹を折る。これは、目に映る、竹と言う障害物を目標とすると、動きが竹で止まって、力がそこで分散して、和紙を切る事になる。一直線に、竹に意識を持たずに、地面迄無心に振り下ろすと、力は真ん中を突っ切って、和紙を切らずに竹を折る事が出来る実験だ。この想念の持ち方で、届く祈りと届かぬ祈りの違いを持つ。多くの人が祈る時に祈る対象物の[神]のイメ~ジが出来ない。そこで、仏壇、神棚、寺院。等の対象物が必要となる。神の遍在を意識している人には、それらの対象物は必要ない。貴方自身の私自身の体が、神の神殿として、用いる事が出来る。その頃は、未だ、神々の違いは解らなかったのだが、呪詛的な教義の寺院に入ると、左腕に痛みを感じた。今はどこでも平気に成っている。神々の違い。総体は1つなのだが、サタン系も神の一部。二つに別けた時、それぞれ、特異な働きを持ち始めるようだ。無宗教は、どちらもバランスを取っていて特に、弊害が起きないようだ。わたしは、下手な宗教に嵌るくらいなら、このバランスの取れた状態をお勧めする。しかしながら、何らかの神(心の神聖な部分)に魅入られた人。悪(心の亜種・心の中で特異な働き持つ部分)のコントロ~ルに苦闘するようになる。サタンは心を神聖な部分を分けた所から生まれる。誰の心にも有るものなのだ。祈りから遠く離れてしまった。一旦(端)切ります。今日の出来事。姉から相談を受ける。知人の親子関係の、心が通じ合わない悩みを背負い込んでしまって、心が痛いというのもだった。姉は、空海と出会って、密教的な考えを持つようになった、そして、宇宙に神を感じていると言う。彼女の悩みは、家族の悩みを持つ、知人のお父様の命が少ないのを感じていて、お父様の心の苦しみを自分が受け取ってしまったようで苦しいと言う。これは、自分が勝手に作り上げた妄想なのか?それとも、想念が自分に入ってきてしまったのか?と言う疑問だった。私が答えたことは、「心が共振してしまった。」と言う事だ。『姉の悩みは、この苦しみはなんの役に立つのか?』『自分が苦しむ事でお父様は楽になるのか?』私は答えた。「貴方が共振することで、苦しみが増えた。」「苦しみのままでは役に立たない。」姉『喜びも増えるけど、悲しみも増えるのね?』「苦しみを自分の外に出して、神様に帰依すること。」「苦しみを神様に預けて、物事が解決するように、祈る事。」聖書に書いてあることだけれど、二人の以上の人が心を1つにして、祈ると、物事は叶う。「苦しみを理解できなければ、祈るべき苦しみがわからない。苦しみを理解したものは、その苦しみを体から出して、神に帰依すること。」姉は、『残された時間の少ない両親をないがしろにする、知人を尊敬出来ない。』と知人に伝えたところ、知人から無視されるように成ったらしい。『その事は後悔していない。』と言う。私は、言葉は誰かが言わないと通じない事がある。尤も、言わなくては解らない相手に言っても、煩いだけ。しかし、その後が大切。その当事者の二人の為に祈る事。これは、苦しみを理解した第三者によって成される。苦しんでいる当人の父親は思うことが既に祈りになっている。姉に、「貴方の信じる神に苦しみを渡して、全てをお任せする。帰依する事を覚えるように。」と伝えた。こうした事は、物事が好転する働きをする。苦しみで、相手を責めても物事は好転しない。一旦、神に帰依する事で、神の力が両者に翻訳されて、各自に解決の糸口を作る。人間の思いは、そのままではそれぞれの、価値観でぶつかり合う。そこで、他人をどうこう出来る物では、無い。自分の無力を知った上で、初めて神に祈る事を覚える。悲しみ、苦しみを乗り越えた者しか、苦しみを自分の外に出す術を身につけられない。そして、身に付くことは、人の為に祈り、その人を強める助けをする事が出来る自分を発見する。今日は、偶々姉に祈り方を伝授してので、少し消耗。言葉にする時、同時に祈りのイメ~ジを姉に送った。どの神でも良い、貴方のイメ~ジする神は相応の力で貴方の力に成る。その人の、一人一人のイメ~ジが神の国、その人の天国の限界である。これは、私の神について話す。一人一人見るものは違うから。私の神は宇宙の外に居る。キリストは、宇宙の外から来た魂の、地上の唯一の人物と私は感じる今日この頃。(聖霊を持ってキリストが活きていると感じる。)宇宙の外を知ったのは、継母の死後の残留思念の映像で垣間見た。宇宙の出口は見えたが、その向こうには行ってはいけない気がした。継母の魂は、この世・あの世・冥界・宇宙・時空全ての、神の世界の外に未だ居る。神の世界、有と無が同時にある。光と一瞬と永遠。∞の外に有る。この世の色。喜怒哀楽。全ての感情を愛して、満足して、全てに執着を失った時行き着く世界。失う事が無ければ、得られない世界。どちらが幸せかは、人の価値観。結構この世界は、味わい深くて楽しい。神の国とこの世(死後の世界を含めて)を選ぶのは好みだ。そうした意味で、キリストの言う神の国に入りたいと思うのは、私は万人向けだと思えない理由だ。****この次は、聖霊に出会ったとき、状況を分析して、音声学について、少し学んだ事を書く。(予定は未定)
2004年04月03日
コメント(1)
久々に、更新した人が居る。わたしのお気に入りの人。いろんな人の文章がある。同じ文字を使いながら、私はこの人の文章が好きと言う端的な好みがある。実に不思議。この次は、何を言うのかな?と内容が楽しみなのか、文章がすきなのか?解らない。しかしながら、安心な言い回し。安心な思考回路ってあるようだ。会った事無い人なのに。文章の上では、誰だかわかる。最近は行かないけれど、チャットでも、名前を変えて近づく、嫌いな人は直ぐ同一の人と判る。文章自体が、個性を映し出す。最近、まり~ジョ~さんが良く励ましてくれる。この人は、いつも話しかけてくれる。会った事無い人なのに。いつも、抱きしめてくれる感じがする。メッセ~ジで喧嘩した友達が居る。戻ってきてくれて嬉しい。今は控えめに、お互いの様子を見ている。マッタリとした人柄と、返事に意外なことが帰ってくる。面白さと、程ほどの距離のとり方と、気持ちを開きすぎる危険と・・・。好きな人が自分の受け入れない価値観を持って居ると知ったとき、予想外で嫌悪を直撃した。初めて、嫌悪ではなくて、受け入れる気になる。「善とか悪」とかでは解決できない事柄が多い。いつも、他人に腹を立てる人に、言う事は・・・・。「結婚するわけではないから、そんなに剥きにならなくて良くてよ・・・。」好きに成る感情は、必ずしも、結婚する相手とは限らない。最近色んな好きを味わっている。他人は関係ないと思うことで、価値観の違いを乗り越える。しかし、「好き」という感情は、この価値観と向かい合わなくては成らなくなる、条件だ。最近、油を乳化する。温泉水を飲んでいる。分離するのではなく、乳化するほど、水の分子が細かい。人を好きに成る事は、自分の思考の枝葉がもう少し、細やかに成る必要かも?全ての価値観が合う人は、話す必要も無く退屈してしまう事だろう。違った価値観だから、予想外の答えが返ってきて面白いのかも。話は戻って。名前を挙げると嫌がられるので、書かないが、わたしは、この「医者の卵」の文章がダイダイ大好きだ。何を書いても、好きだろう。この感覚は何が生み出すのか?今のところ謎。それと、この人の文章を好きなのは、どうやらかなり少ないようだ。私の、2003年12月24~5日に紹介している。私がこんなに好きなのだから、皆が好きと思ったら、大きな間違いだった。でも、私の友達はやはり好きだった。それが嬉しい。
2004年04月02日
コメント(1)
今日から、暫く、非公開日記の方に書き込む。自分にとって、本当に必要なものは何か?よく考えて、身辺整理をしようと思う。私の夢。できるかどうか解らないけれど・・・・。漠然と家の近くに教会を建てたい。そんな事が、出来るだろうか?何となく、教会を建てたくなった。夢を持つって、こんな事なのだろうか?恥ずかしい事ですが、私は今まで夢を持ったことが無い。
2004年04月01日
コメント(1)
全14件 (14件中 1-14件目)
1