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人類の存続を危うくすると懸念されている薬剤を日本政府は今でも接種を推進しようとしている。その推進派は「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」だとしているが、実態は遺伝子導入剤、あるいは遺伝子操作薬と呼ぶべきものだ。 ドイツの巨大化学会社バイエルのステファン・ウールレヒも「mRNAワクチン」を遺伝子治療薬だとしている。彼によると、その事実を知らせると95%の人が接種を拒否するため、「ワクチン」というタグをつけたという。 情報公開法によって入手した文書を分析したサーシャ・ラティポワは「COVID-19ワクチン」について、バラク・オバマ大統領の時代(2009年1月から17年1月)からアメリカ国防総省は接種計画を始めとしている。 接種の推進を可能にした出来事が起こったのは2019年12月のこと。中国湖北省の武漢でSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た重症の肺炎患者が見つかり、2020年2月4日に横浜港から出港しようとしていたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも似たような症状の患者が現れ、メディアが危機感を煽ったからだ。WHO(世界保健機関)は2020年1月30日に緊急事態を宣言、そして3月11日にパンデミックを宣言して「COVID-19ワクチン」の接種へ突き進む。 しかし、局所的な場所での出来事は別として、重症肺炎が世界中で発症するというような事態にはならなかった。WHOがパンデミックを宣言する直前の2020年2月28日、3名の研究者がCOVID-19の致死率は1%未満、つまり季節性インフルエンザ並みだと報告している。その研究者のひとりはNIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長だ。 2019年12月に感染が始まったコロナウイルスは人の手によって細工されていると指摘されているが、パンデミックと言えるような状態を引き起こしていない。問題は遺伝子導入剤の接種によって始まったのだ。 この薬剤は人間の細胞に病気の原因であるスパイク・タンパク質を製造させ、抗体を作る。その結果、人間の免疫システムは細胞を病気の原因だと認識して攻撃し、炎症を引き起こす。そのまま放置すると死に至るため、免疫を低下させて炎症を抑える仕組みになっている。人間の免疫システムも免疫を低下させるように動く。つまりAIDS状態にするわけであり、VAIDS(ワクチン後天性免疫不全症候群)なる造語も使われ始めた。 接種が始まる前から懸念されていたADE(抗体依存性感染増強)も引き起こされているようだが、DNAの混入、mRNAを細胞の内部へ運ぶために使われているLNP(脂質ナノ粒子)の毒性、グラフェン誘導体の混入といった問題も指摘されている。 心筋炎や心膜炎、神経の麻痺、血栓なども報告されているが、mRNAを細胞の内部へ送り込むLNPは卵巣を含むあらゆる臓器に蓄積、生殖システムを破壊する可能性があり、人類の存続を危うくしかねない。 そうした事態を防ぐため、「COVID-19ワクチン」の接種を速やかに止めなければならないが、日本政府は止める気配を見せていない。少なからぬ接種者を死に至らしめ、深刻な副作用を引き起こしていることは明白だが、政治家も官僚もメディアも認めようとしない。 こうした行動パターンは政治家や官僚の特徴だ。例えば、有機水銀中毒である水俣病が発見された当時、政府や「権威」がそうした事実を否定、被害を拡大させた。胎児性水俣病、つまり胎盤を通った有機水銀が胎児を病気にしていることも判明しているが、「専門家」は毒物が胎盤を通るはずがないと主張、事実から目を背けている。 実は、水俣病の原因が工場廃液だということを会社は「公式発見」より前に知っていた。1956年5月にチッソ付属病院の細川一が水俣保健所に「原因不明の中枢神経疾患の発生」について報告、59年10月に動物実験で水俣病の原因は工場廃液だと確信したのだ。 この重大な事実を細川は会社側の意向で発表していない。細川がこの実験について証言したのは死が間近に迫った1970年だった。 その一方、1959年7月に熊本大学の水俣病研究班は、病気の原因物質が水銀化合物、特に有機水銀であろうと正式発表している。この熊本大学の説に反論するためにも細川の実験結果は隠蔽し、嘘を主張したわけである。この隠蔽工作には自治体や政府も加担していた。 細川や熊本大学より早く有機水銀が環境中に放出されている可能性が高いことを知っていたのはチッソのエンジニアである。触媒として使われていた水銀が減少していることは化学反応を見ていれば明らかで、どのように物質が変化しているかを計算していたなら、おおよその見当はついていたはずだ。 実際、チッソの技術部門に所属していた塩出忠次は、合成中に有機水銀化合物ができることを会社側へ1950年に報告していたという。この人物はエンジニアとして当然のことを行い、その結果を報告していたのだが、それを会社の幹部は握りつぶした。 こうした「専門家」より早く病気に気づいていたのは漁師だと言われている。1942年に水俣市月の浦という漁村で最初の患者が出て、53年から被害が大きくなったようだが、そうしたことを漁師は身を以て知っていたのだ。 ちなみに、日本政府が水俣病の原因をチッソの工場から出された有機水銀だと認めたのは1968年。最初の患者が発見されてから26年後のことである。「COVID-19ワクチン」の接種開始から26年後に日本人が存在している可能性は高くない。
2023.12.31
アメリカ軍はテニアン島のジャングルの中にある軍事飛行場を来年の夏までに整地することを明らかにした。中国やロシアとの戦争を想定、インド太平洋地域全体に航空機を分散させる構想の一環だ。 第2次世界大戦中、1944年8月にアメリカ軍はテニアンを占領、既存の4380フィートの滑走路を修理延長し、さらに長さ8000フィートの滑走路を増設、1945年5月には4本目の滑走路が建設された。ここから飛び立ったB29爆撃機が日本本土を空爆、その中には1945年8月6日に広島へ、8月9日には長崎へ原爆を投下した爆撃機もテニアンから発進している。 アメリカ軍は東アジアにおける軍事戦略の一環としてGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしていた。アメリカ国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書によると、配備できそうな国は日本だけ。 その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにする。そしてASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設、19年には奄美大島と宮古島に作り、23年には石垣島でも完成させたが、こうした軍事施設の建設はアメリカの戦略に基づいている。つまり中国やロシアに対する攻撃が想定されている。 日本は軍事拠点を作るだけでなく、高性能兵器の開発にも乗り出していると伝えられている。例えばアメリカと共同で音速の5倍以上で侵入してくるHGV(極超音速滑空体)を迎撃するミサイル技術の研究開発を考え、昨年7月24日には宇宙航空研究開発機構(JAXA)が鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所で迎撃ミサイルに必要な速度に到達することが可能だとされるエンジンの飛行試験を初めて実施した。 極超音速で飛行するミサイル自体も研究だと言われ、HGVではなくエンジンによって推進力を得る極超音速巡航ミサイル(HCM)の開発を目指しているという。2026年には九州や北海道の島々へ配備したいようだ。 政府は国産で陸上自衛隊に配備されている「12式地対艦誘導弾」の射程を現在の百数十キロメートルから1000キロメートル程度に伸ばし、艦艇や戦闘機からも発射できるよう改良を進めていると昨年8月に伝えられているが、その背景にアメリカのGBIRM計画があった。 日本は射程距離が3000キロメートル程度のミサイルを開発し、2030年代の半ばまでに北海道へ配備する計画だとも伝えられている。それが実現するとカムチャツカ半島も射程圏内だ。 アメリカの置かれた状況が急速に悪化、こうした当初の計画では間に合わないと判断され、トマホークを日本に購入させることにし、10月4日に木原稔防衛相はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、アメリカ製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。つまり、そのようにアメリカで命令されたわけだ。 当初の計画では2026年度から最新型を400機だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされている。トマホークは核弾頭を搭載でき、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルとされている。 日本は中距離ミサイルだけでなく、核弾頭も手にしようとしてきた。1954年3月に2億3500億円を原子力予算案として中曽根康弘が国会へ提出して始まる。この金額は「235」から決めたという。 佐藤栄作首相は1965年にアメリカを訪問した際、リンドン・ジョンソン大統領に対し、日本も核兵器を持ちたいと頼み込んだと伝えられている。そして1967年10月に動力炉・核燃料開発事業団(核燃料サイクル開発機構を経て日本原子力研究開発機構)が設立された。 この当時から日本が核兵器の研究開発を本格化させたと各国の情報機関は信じ、動燃のコンピュータ・システムにはCIAがトラップドアを仕込んで監視していたと言われている。 ジミー・カーター政権は日本の核兵器開発を懸念していたが、アメリカの一部支配層は逆に支援している。アメリカでは1972年からCRBR(クリンチ・リバー増殖炉)計画がスタートするが、カーター政権は基礎的な研究計画を除いて中止させる。ロナルド・レーガン政権が始まった1981年に計画は復活するが、87年に議会はクリンチ・リバーへの予算を打ち切ってしまう。 そこで高速増殖炉を推進していた勢力は日本に目をつけた。ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、推進派のリチャード・T・ケネディー陸軍大佐はクリンチ・リバー計画の技術を格安の値段で日本の電力会社へ売ることにしたのだ。(Joseph Trento, “United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium”) こうした動きをCIAは懸念するが、国務省やエネルギー省は賛成していた。核武装した日本はアジアにおけるアメリカの軍事負担は軽減されると考えた国防総省もプルトニウムや核に関する技術の日本への移転に国防総省も強くは反対しなかった。 その結果、日本の科学者がクリンチ・リバー計画の関連施設を訪れるようになり、日本側は最も欲しがったサバンナ・リバーにある高性能プルトニウム分離装置の技術を手に入れることに成功する。RETF(リサイクル機器試験施設)だ。RETFは使用済み燃料から核兵器級プルトニウムを分離する施設であり、核兵器級のプルトニウムを製造する中心的な存在である。 トレントによると、2011年3月11日に東電福島第1原発が過酷事故を起こした当時、日本には約70トンの兵器級プルトニウムがあったという。自らが生産した可能性もあるが、外国から持ち込まれた可能性もある。 事故の3日前、2011年3月8日付けのインディペンデント紙は、東京都知事だった石原慎太郎のインタビュー記事を載せている。それによると、外交力とは核兵器であり、核兵器を日本が持っていれば中国は尖閣諸島に手を出さないだろうと石原は発言したというのだ。「脅せば屈する」というネオコン流の思考が埋め込まれている。
2023.12.30
ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相が12月25日にウクライナ軍からの解放を発表したマリーインカはマリウポリやソレダルと同様、要塞都市のひとつだ。ソ連時代、核戦争に備えて建設された地下施設を利用してアメリカ/NATOが8年かけて築いた要塞線の拠点だったが、いずれもロシア軍に制圧されたことになる。 アメリカ/NATOは要塞線を築くだけでなく、武器弾薬を供給し、兵士を訓練、資金を提供した。戦争の準備をしたわけだが、そのためには時間が必要。ドイツやフランスを仲介役として調印された「ミンスク合意」によって西側は時間を稼ぐことができた。 この事実はは昨年12月7日にアンゲラ・メルケル元独首相が認め、その直後にフランソワ・オランド元仏大統領はメルケルの発言を事実だと語っているのだが、ここにきてメルケルやオランドの発言は嘘だと主張する人が出てきた。EUは本気だったというのだ。 しかし、ウォロディ ミル・ゼレンスキー政権は合意を守らず、アメリカ/NATOは要塞線を築き、武器弾薬を供給、兵士を訓練、資金を提供していた。戦争の準備をしていたわけで、「ミンスク合意」は本気だったと言われても信憑性に欠ける。 結局、ロシアはアメリカやEUに騙され、危うくドンバスのロシア系住民がウクライナのクーデター軍に大量虐殺されるところだった。ガザのようになった可能性があるということだ。ウクライナ軍が民族浄化作戦を始めてからロシア軍がドンバスへ部隊を投入したなら、その部隊は要塞線の中に封じ込めれられてしまう。 こうした経験からウラジミル・プーチン政権はアメリカ/NATOと話し合いで問題を解決できないと考えるようになったはずだ。話し合いに持ち込めば、実態がどうであろうと、アメリカやイギリスは配下の有力メディアを利用して「勝った、勝った」のキャンペーンを展開、自国や属国の人びとを騙すことができた。ロシアが話し合いに応じない場合、こうした手口が使えない。 ウクライナでロシアに敗れたジョー・バイデン政権はガザで挽回しようと目論んだのかもしれないが、当初から指摘されていたように、イスラエル軍は苦戦しているようだ。現在、ガザでは創設にイスラエルが関与しているハマスだけでなく、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派、そしてイラクの武装グループもアメリカやイスラエルに対する攻撃を始めている。 追い詰められたバイデン政権は東アジアで日本と韓国を利用して新たな戦乱を引き起こすかもしれない。
2023.12.29
12月25日にロシア軍がドネツクの南西にあるマリーインカを完全に解放したとロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は発表した。ここにはドンバスの住民を攻撃する長距離砲やMLRS(多連装ロケットシステム)が設置されていた。また鉄道と高速道路の要衝だったことから、ウクライナ軍は補給路が断たれることになる。 マリーインカは2014年8月にアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)やウクライナ軍が制圧、地下要塞を建設してドンバスに対する攻撃の拠点にしてきた。 2014年2月にバラク・オバマ政権はネオ・ナチを利用したクーデターでウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒し、クーデター政権の戦力を増強するために武器弾薬を供給、兵士を訓練、ドンバス(ドネツクやルガンスク)周辺に要塞線を築いた。その要塞線の中にマリーインカも含まれている。アゾフ大隊が拠点にしたマリウポリや岩塩の採掘場があるソレダルにはソ連時代、核戦争に備えて地下施設が建設されていた。 すでにマリウポリやソレダルはロシア軍が制圧、そして今回のマリーインカだ。アメリカ/NATOがミンスク合意で時間を稼ぎながらドンバス周辺に築いた要塞線は崩壊したと言えるだろう。 プーチン大統領はウクライナ南部が常にロシア領だったと主張。クリミアも黒海もウクライナと何の関係もなく、オデッサはロシアの都市だとしている。 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はイギリスの対外情報機関MI6にコントロールされていると言われてきたが、そのイギリスはすでにゼレンスキーに見切りをつけ、ヴァレリー・ザルジニー軍総司令官へ切り替えようとしている。ザルジニーは部隊を市の郊外へ後退させ、新たな防衛線を確立したと発表した。 ゼレンスキーを支えているのはジョー・バイデン政権のネオコンくらいだろう。バイデンは大統領に就任した直後に「ルビコン」を渡った。勝たなければならないのだが、ロシアはドニエプル川の東側を支配、オデッサもロシア領にするつもりだと考えられている。そうなると、ウクライナは海へ出られなくなる。 この見通しが正しいかどうかは数カ月後にわかるだろう。
2023.12.28
ポール・マッカートニーが1983年10月にリリースしたアルバム『パイプス・オブ・ピース』に「セイ・セイ・セイ」という曲が含まれている。これはマッカートニーがマイケル・ジャクソンと作った作品で、そのミュージック・ビデオでふたりはインチキ薬を売り歩く詐欺師を演じている。 ロックフェラー財閥の祖と言われている人物はジョン・D・ロックフェラーだが、その父親、ウィリアム・エイブリ・ロックフェラーが生業にしていたものインチキ薬の販売だ。 インチキ薬を売る際、ウィリアムは「ウィリアム・レビングストン」という名前を使っていた。その薬は癌にも効くと宣伝、1瓶25ドル、その当時における平均的な収入の2カ月分に相当する金額で売っていたという。勿論、癌に効果はなく、インチキ薬だと客にバレればリンチされるのだが、そうした目にはあっていない。 詐欺で逮捕されることはなかったが、1849年7月にニューヨーク州のオーバーンで起訴される。ロックフェラー家で働いていた少女をレイプした容疑だ。この時、レビングストンの本名が明らかになった。 詐欺師の息子、ジョン・D・ロックフェラーが1913年5月に設立したロックフェラー財団は、WHO(世界保健機関)の創設に深く関係している。実際はデイビッド・ロックフェラーの命令で作られたとも言われているほどだ。 WHOへの資金提供者を見ると、ドイツ、アメリカに続いてビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、イギリスを挟んでGAVI同盟が並んでいる。GAVIはWEFを率いるクラウス・シュワブやビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団などによって設立された。 これまで私的権力の横暴にブレーキをかけていたルールを一気に破壊したCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動は2020年3月11日にパンデミックを宣言したところから始まるのだが、この時、パンデミックを宣言できたのは定義が変更されていたからだ。 2009年1月から10年8月にかけての時期に「新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)」が流行したが、その直前、「病気の重大さ」、つまり死者数が多いという条件が削られていたのであり、「風邪」どころか「無症状感染症」でもパンデミックを宣言できるようになったのだ。 この時にWHOの事務局長だった陳馮富珍(マーガレット・チャン)は1947年8月にイギリス領香港で誕生、77年にカナダのウェスタン・オンタリオ大学で医学博士号を取得、85年にシンガポール国立大学で公衆衛生学の修士号を取得している。現在、中国とカナダの二重国籍だ。 1972年2月にリチャード・ニクソンが中国訪問して国交を回復、80年には新自由主義の教祖的な存在、ミルトン・フリードマンが中国を訪れて新自由主義が中国全土に広がる。中国の新自由主義グループには江沢民、趙紫陽、胡耀邦などが含まれていた。 新自由主義の広がりはアメリカの私的権力が勢力を拡大させることを意味し、ビジネスだけでなくアカデミーもその影響下に入った。北京大学や精華大学のような有力大学はそうした勢力の拠点になる。 しかし、新自由主義は富を一部の特権グループへ集中させ、庶民を貧困化させるため、1980年代の半ばになると反発が強まった。フリードマンは1988年に再び中国を訪問、趙紫陽や江沢民と会談しているが、中国政府はその年に「経済改革」を実施した。労働者などからの不満に答えるかたちで軌道修正したのだが、こうした軌道修正に学生は反発した。 そうした中、1989年1月にジョージ・H・W・ブッシュが大統領に就任する。この人物の父親はアレン・ダレスの友人で、本人はエール大学時代にCIAからリクルートされたと言われている。同大学でCIAの採用担当だったボート部コーチのアレン・ワルツと彼は親しくしていた。卒業後、ブッシュはカリブ海で活動、1974年から75年まで中国駐在特命全権公使(連絡事務所長)、76年から77年までCIA長官を務めている。 エール大学時代、ブッシュと同じようにCIAから採用されたジェームズ・リリーをブッシュ大統領は中国駐在アメリカ大使に据えた。リリーは中国山東省の青島生まれで中国語は堪能だ。 ブッシュとリリーは中国で「カラー革命」を計画、1989年4月15日に胡耀邦が死亡すると、それを切っ掛けに天安門広場で大規模な抗議活動が始まり、5月に戒厳令が敷かれることになる。その運動を指揮していたのはジーン・シャープで、その背後にはジョージ・ソロスもいたとされている。 ところで、COVID-19騒動が始まる直前、2019年10月18日にニューヨークでコロナウイルスが全世界で流行するというシミュレーションが行われた。「イベント201」だ。主催者はジョンズ・ホプキンス健康安全保障センター、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、そしてWEFである。 イベント201には高福なる中国の研究者も参加していた。この人物はイギリスのオックスフォード大学に留学し、アメリカのハーバード大学で研究した経歴の持ち主。イギリスやアメリカで「教育」を受けた人物だ。イベント当時は中国疾病預防控制中心の主任だった。 高の専門はウイルス学と免疫学で、COVID-19騒動にも関わる。2020年1月22日に中国の国務院新聞弁公室で行われた、記者会見で彼は武漢市内の海鮮市場で売られていた野生動物から人にウイルスが感染したとする見方を示した。 ところが、2月になるとCOVID-19対策は中国軍の医療部門の幹部で細菌戦の専門家と見なされている陳薇が指揮することになる。この人事を受け、西側の有力メディアは病気の原因が中国の細菌兵器だと伝えていた。陳薇の登場が想定外だったのかもしれない。 武漢には中国科学院武漢病毒研究所(WIV)や武漢大学動物実験センターがある。WIVへはアメリカのNIH(国立衛生研究所)から研究費として370万ドルが提供されていたと報道されている。NIAIDはWIVに対し、エコヘルス連合を介して2014年から数百万ドルを提供してきたと言われ、エコヘルス連合でカネを処理していたのはピーター・ダスザクだとされている。 資金面のつながりだけでなく、技術面でも結びついている。例えば石正麗とノースカロライナ大学のラフル・バリックは2015年11月にSARSウイルスのスパイク・タンパク質をコウモリのウイルス(SHC014-CoV)のものと取り替えて新しいウイルスを作り出すことに成功したともいう。 WIVへ戻った石正麗はSARSに似たコロナウイルスのスパイク・タンパク質が人間などの細胞のACE2(アンジオテンシン変換酵素2)と結びつくメカニズムを研究している。 WIVと同じように注目されている武漢大学動物実験センターはアメリカのデューク大学を関係が深く、両大学は2013年に昆山杜克大学を創設した。デューク大学はアメリカ国防総省の「DARPA(国防高等研究計画局)」と協力関係にあり、そのDARPAは2018年からコウモリからヒトへコロナウイルスを伝染させる研究を開始、中国との国境近くに研究施設を建設している。 ここで忘れてならないのは、COVID-19騒動の主役は「ワクチン」、つまり遺伝子導入剤だということ。コロナウイルスは脇役に過ぎない。 医薬品業界で研究開発に携わってきたサーシャ・ラティポワは、自身が情報公開法によって入手した文書を分析、その結果、アメリカの国防総省はバラク・オバマ大統領の時代(2009年1月から17年1月)から「COVID-19ワクチン」の接種計画を始めているという結論に達した。 中国と似た仕組みがウクライナにもあった。ロシア軍は昨年2月24日からウクライナに対する攻撃を始めたが、その過程でウクライナ側の重要文書の回収、その中にはウクライナで進められてきた生物兵器の研究開発に関する資料も含まれていたのだ。ロシア軍のイゴール・キリロフ中将を中心に生物兵器の研究開発について調べている。 ロシア側の発表によると、ウクライナにはアメリカのDTRA(国防脅威削減局)にコントロールされた研究施設が約30カ所あり、生物兵器の研究開発を行っていた。 ロシア国防省が発表したスライドによると、アメリカの民主党を病原体研究の思想的な支柱としている。その思想を実体化させる役割を負っているのが国防総省やCDC(疾病予防管理センター)を含むアメリカの政府機関だ。 資金はアメリカの予算からも出ているが、ビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団、クリントン財団、ハンター・バイデンのロズモント・セネカ・パートナーズ、ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ財団、ロックフェラー財団、エコヘルス同盟などもスポンサー。 そのほか、生物兵器の研究開発システムにはアメリカ大使館、国防総省の契約企業であるメタバイオタ、ブラック・アンド・ビーチ、スカイマウント・メディカル、そしてCH2Mヒルなど、またファイザー、モデルナ、メルク、ギリアドを含む医薬品会社が組み込まれ、ドイツやポーランドも関係していた。 こうしたシステムは生物兵器の研究開発だけでなく、医薬品メーカーは安全基準を回避して利益率を上げるためにウクライナの研究施設を利用しているともいう。ファイザーやモデルナといった医薬品会社やエコヘルス同盟が関係していることからウクライナの研究所はCOVID-19にも関係している疑いがある。 キリロフが記者会見でウクライナにおける生物兵器の問題について発表した翌日の昨年3月8日、アメリカの上院外交委員会でビクトリア・ヌランド国務次官はウクライナの施設で研究されている生物化学兵器について語っている。マルコ・ルビオ上院議員の質問を受け、兵器クラスの危険な病原体がロシア軍に押収されるかもしれないと語ったのだ。つまりウクライナの研究施設で生物化学兵器の研究開発が行われていたことを否定しなかった。 ロシア軍の攻撃を受け、アメリカ国防総省は研究拠点を中央アジアや東ヨーロッパへ移動させ、ケニヤ、シンガポール、タイとの協力関係を強化したと伝えられている。
2023.12.27
ウクライナでアメリカ/NATO軍はロシア軍の敗北した。そこで、いかにすれば投了せずに戦闘を止められるかと頭を捻っている。アメリカでは有力メディアを利用し、ロシアがアメリカと停戦交渉しているかのように宣伝しているが、その理由もそこにあると考えらえている。 しかし、この宣伝にも大きな問題がある。ロシアが停戦に応じる意思をなくしているのだ。裏でロシアとアメリカが交渉している事実もないと見られている。 ウォロディミル・ゼレンスキー政権は2022年の初頭からドンバス(ドネツクやルガンスク)の周辺に軍隊を集結させ、ドンバスへの攻撃を本格化させ始めた。ドンバスの周辺にはアメリカ/NATOの協力で要塞線を8年掛かりで構築、軍事侵攻する準備が整ったと判断したのだろう。 ところが、2月24日にロシア軍は機先を制し、ミサイルでドンバス周辺に集結していたウクライナ軍部隊を壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設も破壊した。これでウクライナ軍の敗北は決定的だった。 ロシアのウラジミル・プーチン大統領はその直前、2月21日にドンバスの独立を承認した。その際、ウクライナに対し、クリミアとセバストポリがロシア領だと認め、NATO加盟を断念し、非武装化(攻撃的な軍事施設や兵器を持たない)して中立を宣言、さらに「非ナチ化」も求めていた。 ロシアとウクライナはイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役として停戦交渉を開始、双方とも妥協して停戦は実現しそうだった。ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛び、プーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつける。その足でベネットはドイツへ向かい、シュルツと会うのだが、その3月5日、ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺している。現在のSBUはCIAの下部機関だ。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と6月17日に会談しているが、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。 4月9日になると、イギリスのボリス・ジョンソン首相はキエフへ乗り込んでロシアとの停戦交渉を止めるように命令し、4月30日にはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓う。戦争の継続を求めたのだ。 停戦交渉を完全に壊したのはブチャでの虐殺問題。西側ではロシア軍が住民を殺したと宣伝したが、すぐ、その主張に対する疑問が噴出し始めた。 その問題が浮上する前、ロシア軍は停戦交渉の中でウクライナ政府と約束した通り、キエフ周辺から撤退を始めていた。3月30日にはブチャから撤退を完了、31日にはブチャのアナトリー・フェドルク市長がフェイスブックで喜びを伝えているが、虐殺の話は出ていない。ロシア軍が撤退した後、現地へ入ったウクライナの親衛隊が住民を虐殺したと考えられている。この後、ロシア政府はアメリカ/NATOと話し合いで問題を解決できないと腹を括ったようで、9月21日に部分的動員を発表している。配下の有力メディアにウクライナ/アメリカ/NATOの「判定勝ち」を宣言させ、ウクライナから脱出しようと考えているかもしれないが、そうした状況ではない。 ジョー・バイデン政権を追い詰めているウクライナでの内戦を始めたのはバラク・オバマ政権である。オバマ政権の副大統領がバイデンだった。 オバマ政権は2013年11月、キエフにあるユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で「カーニバル」的な反政府イベントを開始して人を集める。年明け後にはステパン・バンデラを信奉するネオ・ナチが前面に出てきて、2月に入るとそのメンバーはチェーン、ナイフ、棍棒を手に石や火炎瓶を投げ、トラクターやトラックを持ち出してくる。ピストルやライフルを撃っている様子を撮影した映像がインターネット上に流れた。 ユーロマイダンでは2月中旬から無差別の狙撃が始まり、抗議活動の参加者も警官隊も狙われる。西側ではこの狙撃はビクトル・ヤヌコビッチ政権が実行したと宣伝されたが、2月25日にキエフ入りして事態を調べたエストニアのウルマス・パエト外相は逆のことを報告している。バイデン政権を後ろ盾とするネオ・ナチが周辺国の兵士の協力を得て実行したというのだ。 ヤヌコビッチ政権は2月22日に倒され、大統領は国外へ脱出したが、有権者の7割以上がヤヌコビッチを支持していたウクライナの東部や南部では反クーデターの機運が高まり、クーデターから間もない3月16日にはクリミアでロシアへの加盟の是非を問う住民投票が実施された。投票率は80%を超え、95%以上が賛成する。 ドネツクとルガンスクでも5月11日に住民投票が実施された。ドネツクは自治を、またルガンスクは独立の是非が問われたのだが、ドネツクでは89%が自治に賛成(投票率75%)、ルガンスクでは96%が独立に賛成(投票率75%)している。この結果を受けて両地域の住民はロシア政府の支援を求めたが、ロシアのウラジミル・プーチン政権は動かない。 それに対し、オバマ政権は動いた。ジョン・ブレナンCIA長官が4月12日にキエフを極秘訪問、22日には副大統領を務めていたジョー・バイデンもキエフを訪れた。バイデンの訪問に会わせるようにしてキエフのクーデター政権は黒海に面した港湾都市オデッサでの工作を話し合っている。そして5月2日、オデッサでクーデターに反対していた住民が虐殺された。 虐殺は5月2日午前8時に「サッカー・ファン」を乗せた列車が到着したところから始まる。赤いテープを腕に巻いた一団がその「ファン」を広場へ誘導するのだが、そこではネオ・ナチのクーデターに対する抗議活動が行われていた。 広場にいた反クーデター派の住民は労働組合会館の中へ誘導されている。危険なので避難するようにと言われたようだが、実際は殺戮の現場を隠すことが目的だったと推測する人もいる。 その後、外から建物の中へ火炎瓶が投げ込まれて火事になる様子は撮影され、インターネット上に流れた。建物へ向かって銃撃する人物も撮られているが、その中にはパルビーから防弾チョッキを受け取った人物も含まれている。 建物の中は火の海になる。焼き殺された人は少なくないが、地下室で殴り殺されたり射殺された人もいた。その際、屋上へ出るためのドアはロックされていたとする情報もある。会館の中で48名が殺され、約200名が負傷したと伝えられたが、現地の人の話では多くの人びとが地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名に達するという。虐殺の詳しい調査をキエフのクーデター政権が拒否しているので、事件の詳細は今でも明確でない。その後、オデッサはネオ・ナチに占領された。 オデッサの虐殺から1週間後の5月9日、クーデター政権は戦車部隊をドンバスへ突入させた。この日はソ連がドイツに勝ったことを祝う記念日で、ドンバスの住民も街に出て祝っていた。その際、住民が素手で戦車に立ち向かう様子が撮影されている。そしてドンバスで内戦が始まるのだ。 しかし、クーデター後、軍や治安機関から約7割の兵士や隊員が離脱し、その一部はドンバスの反クーデター軍に合流したと言われている。そのため、当初は反クーデター軍が戦力的に上回っていた。 そこでクーデター体制は内務省にネオ・ナチを中心とする親衛隊を組織、傭兵を集め、年少者に対する軍事訓練を始めた。並行して要塞線も作り始めている。その時間稼ぎに使われたのがミンスク合意だ。 合意が成立した当時から西側では「時間稼ぎに過ぎない」と指摘する人がいたが、この合意で仲介役を務めたドイツのアンゲラ・メルケル(当時の首相)は昨年12月7日、ツァイトのインタビューでミンスク合意は軍事力を強化するための時間稼ぎだったと認めている。その直後にフランソワ・オランド(当時の仏大統領)はメルケルの発言を事実だと語っている。 ミンスク合意はクーデター政権の戦力を増強するための時間稼ぎにすぎない。8年かけてクーデター体制の戦力を強化したのだ。アメリカだけでなくドイツやフランスも話し合いで問題を解決する意思はなかったのである。 こうしたアメリカの対ロシア戦略は1991年12月にソ連が消滅した後に作成された。国務省や国防総省を掌握しているネオコンはソ連が消滅した後、アメリカが「唯一の超大国」になったと認識、世界は自分たちの考えだけで動かせる時代に入ったと信じて侵略戦争を本格化させていく。 当時のアメリカ大統領はジョージ・H・W・ブッシュだが、この好戦的な動きはリチャード・チェイニー国防長官の下にいたポール・ウォルフォウィッツ国防次官。この人物を中心にして、DPG(国防計画指針)という形で侵略計画は作成された。「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 このドクトリンによると、彼らは旧ソ連圏を制圧するだけでなく、ドイツや日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に組み入れ、新たなライバルの出現を防ぐと謳っている。 実際に日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれたのは1995年のことだ。この年の2月、国防次官補だったジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表。そこには在日米軍基地の機能を強化、その使用制限の緩和/撤廃が主張されている。 そうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)るという事件が引き起こされた。地下鉄サリン事件の10日後には警察庁の國松孝次長官が狙撃されている。 さらに、8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。日本政府に対する恫喝だった可能性がある。
2023.12.26
厚生労働省は12月22日、今年10月分の「人口動態統計速報」を発表した。「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」の接種者数は減少しているものの、死亡者数は13万3993人と高水準のままだ。深刻な状況に変化はない。 この薬剤には「ワクチン」というタグがつけられているが、実態は遺伝子導入剤、あるいは遺伝子操作薬だということは少なからぬ人から指摘されている。つまり新タイプの薬だ。新薬を安全性の確認なしに世界規模で接種させたのである。 この新薬にはふたつの問題がある。ひとつは仕組み自体に根ざすもので、もうひとつは「不純物」の混入だ。 この新薬は人間の細胞に病気の原因であるスパイク・タンパク質を製造させ、抗体を作るという理屈になっているのだが、このスパイク・タンパク質が病気の原因になる。そこで人間の免疫システムは細胞を病気の原因だと認識して攻撃、炎症を引き起こす。そのまま放置すると非接種者を死に至らしめる可能性があり、そうした炎症を免疫の低下が抑えなければならない。新薬にはそうした仕組みも組み込まれているが、人間の免疫システムもそうした反応をする。いわばAIDS状態にするわけである。そこでVAIDS(ワクチン後天性免疫不全症候群)なる造語も使われ始めた。ADE(抗体依存性感染増強)も引き起こされているようである。 また、DNAの混入、mRNAを細胞の内部へ運ぶために使われているLNP(脂質ナノ粒子)の毒性、グラフェン誘導体の混入といった問題も指摘されている。LNPは卵巣を含むあらゆる臓器に蓄積、生殖システムが破壊される可能性があり、人類の存続を危うくしかねないのだ。 こうした危険な薬剤を地球規模で接種させるという無謀なことを可能にしたのは2019年12月に中国湖北省の武漢でSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た重症の肺炎患者が見つかったため。2020年2月4日には横浜港から出港しようとしていたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも似たような症状の患者が現れた。 こうした出来事をメディアは大きく取り上げて危機感を煽り、WHO(世界保健機関)は2020年1月30日に緊急事態を宣言、そして3月11日にパンデミックを宣言した。 しかし、こうした局所的な出来事は別として、重症肺炎が世界中で発症するというような事態にはならなかった。WHOがパンデミックを宣言する直前の2020年2月28日、3名の研究者がCOVID-19の致死率は1%未満、つまり季節性インフルエンザ並みだと報告している。その研究者のひとりはNIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長だ。 季節性インフルエンザ並みの病気でパンデミックが宣言できたのは、「新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)」が流行(2009年1月から10年8月にかけての時期に)する直前にパンデミックの定義が変更されたからだということは早い段階から指摘されていた。 COVID-19問題の背後にアメリカの国防総省が存在していることも忘れてはならない。情報公開法を利用して「COVID-19ワクチン」に関する文書を入手したサーシャ・ラティポワは、この接種計画がバラク・オバマ政権の時代(2009年1月から17年1月)にアメリカの国防総省が始められたことを発見している。この分析はロシア軍がウクライナの研究開発施設で回収した文書の内容とも合致する。 アメリカ軍の生物化学兵器研究は第2次世界大戦後、日本やドイツの研究資料を入手、研究員を抱き込んでから大きく進んだが、その前にも行われてはいた。 例えば、1931年、ロックフェラー財団の「衛生委員会」チームの一員としてプエルトリコのサンフアンにある病院で数カ月間勤務したロックフェラー医学研究所のコーネリアス・ローズなる人物は、プエルトリコの被験者に意図的に癌細胞を人体へ注入、うち13人を死亡させたとされている。彼はプエルトリコ人を軽蔑、絶滅を妄想していた。こうした行為が外部へ漏れ、アメリカはプエルトリコ人を癌で死滅させようとしていると言われるようになった。 ローズは第2次世界大戦中にアメリカ陸軍の大佐となって化学兵器部門の医学部長を務め、ユタ州、メリーランド州、パナマに化学兵器研究所を設立、プエルトリコ人に対する秘密実験にも参加した。1943年末までに化学兵器関連の新しい医学研究所がマサチューセッツ州のキャンプ・デトリック、ユタ州のダグウェイ実験場、アラバマ州のキャンプ・シベルトに設立された。1944年1月、化学兵器局は生物兵器に関するすべてのプロジェクトを担当することになった。 キャンプ・デトリックは1955年からフォート・デトリックに格上げされるが、ここは今でもアメリカ軍の生物化学兵器開発の中心的な存在である。日本軍による生物化学兵器の研究開発結果は大戦後、フォート・デトリックへ運ばれた。 国防総省が1960年代に人間の免疫システムを無力化する研究を進めていたことも記録に残っている。1969年6月、同省の国防研究技術局で副局長を務めていたドナルド・マッカーサーはアメリカ下院の歳出委員会で「著名な生物学者」の話として、人間の免疫システムが対応できない人工的な因子を5年から10年の間に開発すると証言しているのだ。 マッカーサーによると、人工的に作られた生物学的な因子、自然には存在せず、自然免疫を獲得できない因子を生産することが5年から10年以内に生産できる可能性があるとしている。AIDS(後天性免疫不全症候群)のような病原体を1979年頃までに作り出せると見通していたのだ。 1970年代は医薬品業界にとって厳しい時代だった。伝染病による死亡者が世界的に減少していたのだ。そのため、アメリカではNIH(国立衛生研究所)、その下部機関であるNIAID(国立アレルギー感染症研究所)、CDC(疾病予防管理センター)の存在意義が問われていたという。そうした状況を一変させたのがAIDSだった。AIDSのおかげで医薬品業界や伝染病関連の監督官庁は生き延びたといえる。1984年11月から昨年12月までNIAID所長として伝染病対策を指揮した人物がファウチにほかならない。 COVID-19騒動が始まってからファウチが頻繁にCIAと接触していると言われているが、そのCIAは1980年代、免疫システムについて調査、日本の大企業や学者にも接触していたことが「イラン・コントラ事件」に関する調査で明らかになっている。
2023.12.25
4月4日に「NATO(北大西洋条約機構)」へ正式に加盟したフィンランドのアンティ・ハッケネン国防相とエリナ・バルトネン外相は12月18日、ワシントンDCでアメリカと新たな防衛協定に署名した。特に重要とされているのはラップランド最北部に関する合意だと言われている。北極圏の資源や中国とロシアが進めている北極ルートを視野に入れての軍事戦略だ。 その際、ハッケネン国防相はロシアがウクライナでの戦闘を何年も続ける能力を持っていると指摘、アメリカが操るウクライナが勝っているとする主張は正しくないとしている。少なくともバラク・オバマ政権がネオ・ナチを利用したクーデターでウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した後の出来事をウォッチしている人なら「何を今さら」と思うだろうが、ロシアはミサイルが枯渇、中国、朝鮮、イランに武器提供を頼み込んでいるとする西側のプロパガンダを信じていた人は驚いたかもしれない。 ロシア軍は事実上、ウクライナでアメリカ/NATOに勝利した。今年春に始まった「反転攻勢」は机上の空論で、実際は「バンザイ突撃」を繰り返してウクライナ軍の戦死者を増やしただけだった。 その事実を認められないジョー・バイデン政権は様々な手段を講じ、その事実を隠している。西側では「膠着状態」だとも宣伝されているが、そうした事実もない。戦場で戦うウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えているとベン・ウォレス前英国防相は10月1日、テレグラフ紙に寄稿した記事の中で明かしたが、それだけウクライナ軍は悲惨な状態だということである。 勿論、兵士がいないだけではなく、ウクライナ軍は武器弾薬が足りない。ウクライナへ武器弾薬を供給してきたアメリカ/NATOだが、生産力はロシアの数分の一で、すでに武器庫は空だと言われている。そこで目をつけられたのが武器弾薬を大量に保有している日本だ。 岸田文雄政権は12月22日、防衛装備品の輸出ルールを定めた「防衛装備移転三原則」の運用指針を改定、「ライセンス生産」した完成品をライセンス元の国へ輸出することもできるようにした。早速、迎撃ミサイル「PAC3」をアメリカへ輸出することを決めている。「日本の事前同意」があれば、アメリカから「第三国」へそのミサイルを供与することも可能だ。 たとえ「戦闘が行われていると判断される国」へ供与することができないとしても、戦闘が行われていない国へ輸出し、その国のミサイルをウクライナへ供給することはできるだろう。 しかし、パトリオット防空システムはロシア製のS-400に比べて性能は格段に低く、それがウクライナで不様なことになっていることを日本人に知らせることになると、購入への反発を招くことになるかもしれない。 現在のウクライナはクーデター体制。その体制をヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部の人びとは拒否したのだが、そうした人びとだけでなく、クーデター後、兵士や治安機関メンバーの約7割が離脱、一部は反クーデター軍に合流したと言われている。 そうしたこともあり、クーデター直後、ドンバスではクーデター軍より反クーデター軍の方が強かった。キエフに東部を制圧する戦力がないと判断した西側は「ミンスク合意」という形で停戦するのだが、キエフ政権は合意を守らない。アメリカ/NATOは8年かけてクーデター体制の戦力を増強するために武器を供給、兵士を訓練、さらにドンバスの周辺に要塞線を構築している。 ドンバスを攻撃する準備ができたという判断から2022年の初頭からウォロディミル・ゼレンスキー政権は動き始めるが、ドンバス周辺に集結していたウクライナ軍の部隊をロシア軍は昨年2月24日にミサイルで壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設を破壊し始める。これでロシア軍の勝利は確定的だった。 そこでイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役として停戦交渉を開始、双方とも妥協して停戦は実現する寸前まで行く。ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛び、プーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけ、その足でドイツへ向かい、シュルツと会うのだが、その3月5日、ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺している。現在のSBUはCIAの下部機関だ。 停戦交渉の進展でロシア軍はウクライナ政府との約束通りにキエフ周辺から撤退を開始、3月30日にはブチャから撤退を完了する。31日にはブチャのアナトリー・フェドルク市長がフェイスブックで喜びを伝えているが、虐殺の話は出ていない。 ロシア軍が撤退した後、ウクライナの親衛隊が現地に入るが、その後に西側の有力メディアはロシア軍が住民を虐殺したとする宣伝を始めて停戦交渉を壊した。 その間、4月9日にイギリスのボリス・ジョンソン首相がキエフへ乗り込んで停戦交渉の中止と戦争の継続を命令、4月21日にはウクライナ南部のミコライフ州のビタリー・キム知事が「ウクライナ24テレビ」の番組で「全ての裏切り者を処刑する」と国民を脅し、4月30日になるとナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。 この段階でウクライナでロシアと戦う相手はアメリカ/NATOへ切り替わるのだが、この戦いもロシアが勝利した。つまりアメリカ/NATOは敗れた。
2023.12.24
ハマスをはじめとするパレスチナ系武装グループが10月7日にイスラエルへ攻め込んだ後、イスラエル軍はガザの住民に対する大規模な攻撃を開始、すでに2万数千人が死亡、その約4割は子どもだとされている。ヨルダン川西岸でもパレスチナ人に対する激しい攻撃が続いているという。それに対しイスラエル軍とハマスとの戦闘に関する情報が乏しい。 ハマス側から流れてくる映像などを見るとイスラエル軍の死傷者は少なくないようで、破壊される戦車の映像もある。当初からイスラエル軍は苦戦していると言われていたが、その推測が正しかったのかもしれない。 こうした中、イスラエル政府はハマスに対して停戦を提案したが、拒否されたと伝えられている。ハマス側は、イスラエルが先にガザ攻撃をやめた場合にのみ人質交渉に応じるとしているようだ。 前の停戦の際にも言われたが、イスラエル側は戦況が良ければ停戦をせずに攻撃を続けるはず。ここにきて再び停戦を求めたということは、それだけ厳しい戦いを強いられている可能性が高い。 イスラエルのモーシェ・フェイグリン元議員はガザへの攻撃が始まった際、「ガザをドレスデンや広島のように破壊」すると宣言していた。彼は議員時代の2014年、ガザは未来永劫イスラエルの土地だと宣言、無差別攻撃で破壊し、住民を消し去ってユダヤ人が住むと主張していたが、実際、ガザはそうした光景になっている。 そうしたことでは満足できないのか、レバノンとの国境に近いメトゥラの入植地評議会のダヴィッド・アズーレイ議長はイスラエルのラジオ番組で、ガザをアウシュビッツのように完全に平らにし、パレスチナ人をレバノンの難民キャンプに強制移住させるべきだと訴えている。アウシュビッツのユダヤ人のようにガザで殺されているのはパレスチナ人であり、ナチスのように虐殺しているのはイスラエルだということをアズーレイは理解できていないようだ。 こうした大量殺戮をアメリカ政府は支援、イギリスもそうした行為を後押ししている。 それに対し、サウジアラビアを含む親米国家は口先ばかりだが、貧困国のイエメンではフーシ派がイスラエルへ向かう船舶に対する攻撃を開始。ヒズボラがペルシャ湾を封鎖する可能性も高まってきた。そのヒズボラはすでにレバノンでイスラエルへの攻撃を始めている。 アメリカは、イギリス、イタリア、バーレーン、カナダ、フランス、オランダ、ノルウェー、セーシェル、スペインを引き連れ、イエメン周辺の国際海域に国際艦隊を集結させたが、フーシ派が多くのドローンを使った攻撃を始めた場合、対処できない。 10月7日の攻撃をイスラエル、アメリカ、イギリスなどは知っていた可能性が高く、ハマスに攻撃させたと見られているが、その計画がすでに破綻しているように見える。
2023.12.23
岸田文雄首相は12月12日、「マイナンバー情報総点検本部」で来年秋に紙の健康保険証を廃止すると表明した。現行の健康保険証は2024年12月2日から新規発行を停止、廃止すると同時にマイナンバーカードを使った「マイナ保険証」に一本化する。 住民基本台帳ネットワークやマイナンバー制度は個人情報を集中管理する基盤になるわけで、彼らはデジタル管理社会へ強行突入するつもりだ。「デジタルID」や「ワクチン・パスポート」と呼ばれている制度と重なる。 こうした管理システムに対する批判は強く、夏の段階では政府内にも健康保険証の廃止時期を大幅に延期する動きがあった。それに猛反対したのが河野太郎デジタル相や厚生労働大臣だった加藤勝信で、このふたりに押し切られたようだ。多くの国民を死に至らしめ、深刻な副作用で苦しめることになる遺伝子導入薬を半ば強制的に接種させたコンビだ。このふたりが推進したというだけで、マイナ保険証の危険性が想像できる。 デジタルIDの導入の導入は、2015年9月に国連で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」で示された「SDGs(持続可能な開発目標)」を実現することが目的だとされている。そのため、国民を掌握するシステムが整備されていない国や地域にする人を管理するため、生体IDも検討されてきた。どのようにデジタルIDの導入を進めるかは2016年5月に国連本部で話し合われ、ID2020というNGOが設立された。 こうした計画の実施に最も積極的なのはEUの執行機関である欧州委員会。2019年に同委員会が公表した指針の中には、EU市民向けの「ワクチン・カード/パスポート」を2022年に導入する計画が示されている。この計画に合わせるようにして、2019年12月にCOVID-19騒動が始まった。 WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム事務局長と欧州委員会のステラ・キリアキデスは2022年12月に「世界的な健康問題に関する戦略的協力を強化する」協定に署名。今年6月にWHOと欧州委員会はGDHCN(グローバルデジタルヘルス認証ネットワーク)を実現するために「画期的なデジタル・ヘルス・イニシアティブ」を開始、世界的な相互運用可能なデジタル・ワクチン・パスポートを推進するとされている。 ノルウェー、ドイツ、日本、EU、イギリスなどの国々のほか、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、WEF(世界経済フォーラム)、ウェルカム・トラストなどが共同で創設したCEPI(感染症流行対策イノベーション連合)は「将来の『疾病X』の発生は避けられない」と予測し、将来のウイルス侵入に対する永遠の警戒を呼びかけている。なお、ウェルカム・トラストの理事長を務めていたジェレミー・ファラーはWHOの主任科学者になった。 ウェルカム・トラストは2020年5月にウェルカム・リープを創設、アメリカの国防総省で新技術を研究開発しているDARPA(国防高等研究計画局)の長官を務めていたレジーナ・デューガンを雇い、CEOに据えた。ここでもアメリカの国防総省と結びつく。 WHO(世界保健機関)は2021年3月に「パンデミック条約」が必要だとする宣伝を開始する。2022年5月にはスイスのジュネーブで「第75回世界保健総会(WHA)」を開催、その条約について話し合った。パンデミックなど危機的な状況下ではWHOが全ての加盟国にロックダウンやワクチンの強制接種などの政策を強制できるようにしようというのだ。 WHOがパンデミックを宣言すると、その条約は加盟国の主権や人権を剥奪できるようになる。その仕組みを動かす上で重要な情報を集約する「ハブ」をWHOはロックフェラー財団と作るともされている。 デジタルIDはチップ化され、体内にインプラントする計画がある。例えば、WEFのクラウス・シュワブは2016年1月にスイスのテレビ番組に出演し、そこでマイクロチップ化されたデジタル・パスポートについて話している。チップを服に取り付けるところから始め、次に皮膚や脳へ埋め込み、最終的にはコンピュータ・システムと人間を融合、人間を端末化しようと考えているようだ。米英金融資本の植民地と化している日本でもこうした計画が実行に移されようとしている 2022年の春以降、大半の国は遺伝子導入薬の接種を止めた。あまりに危険で、国の存続すら危うくしかねないこと理解したのだろう。今でも推進している国は日本だけである。日本では11月28日に「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」が承認された。 これは一種の人口ウイルスで、動物の種を超えて感染する可能性が指摘されているが、植物と動物との間で感染しあう可能性も否定できない。 アメリカの国防総省はウクライナで生物化学兵器の研究開発を行っていたことが判明している。昨年2月24日からロシア軍はミサイルなどでウクライナの軍事基地や生物化学兵器の研究開発施設などを攻撃、その際に機密文書を回収した。回収した文書の分析を指揮したロシア軍のイゴール・キリロフ中将によると、ウクライナにはアメリカのDTRA(国防脅威削減局)が管理する研究施設が約30カ所あり、生物兵器の研究開発を行っていた。アメリカはウクライナで「万能生物兵器」を研究していたことも判明したという。 万能生物兵器とは、敵の兵士だけでなく動物や農作物にもダメージを与えることができる兵器。そうした病原体を拡散させることでターゲット国を完全に破壊し、民間人、食糧安全保障、環境にも影響を与えることを目的としている。 アメリカの国防総省は人間だけでなく動物や農作物にも感染できる万能の遺伝子操作生物兵器の開発を目指しているのだが、これはレプリコン・ワクチンのようにも思える。レプリコン・ワクチンは2021年から打たれ始めた遺伝子導入剤より桁違いに危険だという意味がわかるだろう。 「mRNAワクチン」でも「レプリコン・ワクチン」でも、接種後にどのような反応が人体に現れるかを追跡調査する必要がある。マイナ保険証はそうした調査にとって便利なツール。どのロットの薬剤を接種し、どのような病気になったかをコンピュータで簡単に分析できる。 レプリコン・ワクチンの場合、感染が止まらず、致死率が高く、コントロール不能になることもありえる。何しろ未知の薬物なのだ。その危険性を正確に評価するためには、かつて日本の医学会が軍と共同で行なったような生体実験をする必要がある。第731部隊は中国で現地の人やロシア人などを実験に使ったが、今回は日本人が対象になる。日本なら周辺が海なため、封鎖しなければならなくなっても内陸国より容易。殺処分も可能だろう。 日本政府はそうしたことを自国民に対して行なっているのだ。
2023.12.22
アメリカ政府はウクライナを戦場とするロシア軍との戦いに敗れた。兵士もいなくなり、NATO加盟国全体で武器弾薬が枯渇している。そうした中、パレスチナで戦闘が始まり、ガザで住民大虐殺が繰り広げられている。すでに2万人以上が死亡、その4割は子どもだとされている。 イスラエルにはアメリカが武器弾薬を保管、軍事情報を提供しているが、それでは足りず、アメリカやイギリスの軍事拠点であるキプロスから物資が運び込まれていると言われている。キプロスにはイギリス空軍のアクロティリ基地があり、イギリス空軍だけでなくアメリカ空軍の偵察航空団も駐留している。 ハーレツ紙によると、10月7日からイスラエルへアメリカ軍の大型輸送機が20機、そしてイスラエルと各国がリースした民間輸送機が約50機、物資を輸送している。 攻撃の際、ハマスがアメリカ製の武器を大量に持っていることが映像で確認されているが、それらはウクライナから横流しされてきたと言われている。ただ、その武器をどのようにして「強制収容所」の中へ運び込んだのかは謎だ。 しかも突入の数時間後、2隻の空母、ジェラルド・R・フォードとドワイト・D・アイゼンハワーを含む空母打撃群を地中海東部へ移動させている。そうしたことから、ネタニヤフ政権やアメリカのジョー・バイデン政権はハマスの攻撃を事前に知っていたのではないかと疑う人が少なくない。 そしてイスラエル軍はガザの建造物を破壊し、住民を虐殺し始めた。モーシェ・フェイグリン元議員は「ガザをドレスデンや広島のように破壊」すると宣言したが、その通りになっている。地下施設を海水で満たす計画だともいう。 しかし、内部から漏れてくる情報から、ガザへ入ったイスラエル軍は苦戦していると推測する専門家もいる。イスラエルとハマスは11月22日から4日間、戦闘を中止することで合意した。 アメリカ海兵隊の元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターも指摘しているように、イスラエル政府が停戦に合意したのは彼らが想定したような戦況になっていないからだと言われた。 戦闘が再開されてもイスラエル軍の苦戦を示す情報が伝わってくる。死傷者は公の発表より大幅に多いと言われている。 紅海ではイエメンがイスラエル向けの貨物船を攻撃、レバノンのヒズボラはイスラエルへの攻撃を始めた。すでにイラクの反米勢力がアメリカ軍基地への攻撃を行っている。 元CIA分析官のラリー・ジョンソンはメリーランド州ベセスダにある医療センターを定期的に訪れている人から、最近の基地攻撃で負傷したアメリカの軍人で病棟がいっぱいになっていると聞かされたという。 アメリカはガザでもつまずきそうだが、そなると戦火は東アジアへ飛び火してくる可能性がある。
2023.12.21
欧州中央銀行(ECB)理事会は10月18日、デジタル・ユーロ・プロジェクトの次の段階に移行することを決定、デジタル・ユーロ導入に向かって一歩を踏み出した。 ECBのクリスティーヌ・ラガルド総裁は2011年7月から19年9月にかけて国際通貨基金(IMF)の専務理事を務めていた。彼女の前にIMFの専務理事を務めていたドミニク・ストロス-カーンはフランス大統領になるとも言われていた人物だった。 彼は2011年4月、ブルッキングス研究所で演説、失業や不平等は不安定の種をまき、市場経済を蝕むことになりかねないと主張、その不平等を弱め、より公正な機会や資源の分配を保証するべきだと語っている。また、進歩的な税制と結びついた強い社会的なセーフティ・ネットは市場が主導する不平等を和らげることができ、健康や教育への投資は決定的だとし、停滞する実質賃金などに関する団体交渉権も重要だとしていた。 そのストロス-カーンは演説の翌月、ニューヨークのホテルで逮捕されてしまう。後に限りなく冤罪に近いことが判明するが、その前に彼は専務理事を辞めさせられ、フランス大統領になる夢は閉ざされた。そして後任専務理事は巨大資本の利益に奉仕するラガルドになる。 このラガルドは2007年6月から11年6月まで経済財務大臣を務めているが、その際、知り合いの実業家とフランス銀行との損害賠償問題へ不正に介入したとされ、裁判では有罪の判決が出されている。ただ処罰はされなかった。冤罪で政治への道を閉ざされた前任者とは全く違う扱いを受けたわけだ。 ラガルドが評議会メンバーを務めるWEF(世界経済フォーラム)は西側支配層の実務面で中心的な役割を果たしている団体。彼女と同じように評議会メンバーになっている人物には創設者のクラウス・シュワブ、ブラックロックのラリー・フィンク、カナダのクリスティア・フリーランド副首相兼財務相、アル・ゴア元米副大統領、カーライル・グループの共同設立者兼共同会長のデイビッド・ルベンシュタイン、CCIEE(中国国際経済交流センター)の朱民副理事長、チェリストのヨーヨー・マ、竹中平蔵などが含まれる。2016年から19年にかけての時期にはウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長もWEFの評議員だった。 WEFは1992年にサンクトペテルブルクで会合を開いたが、その際、ウラジミル・プーチンは市長府対外関係委員会の委員長として参加していたと言われている。この会合で「明日のためのグローバル・リーダー(2003年にヤング・グローバル・リーダーに改名)」という仕組みがはじまった。2017年にシュワブはプーチンがヤング・グローバル・リーダーだとしていたが、記録の上では消えている。 イギリスの対外情報機関MI6のオフィサーだったリチャード・トムリンソンによると、1979年、オレグ・ゴルディエフスキーの連絡員のひとりとしてプーチンのパスポートの写真を見せられたという。ゴルディエフスキーは西側へ寝返っていたKGBの幹部だ。 その後、彼はソ連で監視下に置かれるが、1985年7月にイギリスへ脱出する。ゴルディエフスキーがイギリスへ寝返っていることをロシアへ伝えたのはCIAのアルドリッチ・エイムズだとされている。 そして1994年、イギリスの治安機関MI5は何らかの理由でプーチンを拘束して殺害することを決めるが、プーチンはイギリスへ渡らず、そのままロシアへ戻ったという。プーチンが「明日のためのグローバル・リーダー(ヤング・グローバル・リーダー)」になったものKGBの工作だったのかもしれない。
2023.12.20
年明け後の2月16日午後7時(開場6時半)から「櫻井ジャーナルトーク」を「としま区民センター」7階会議室で行います。興味のある方は東京琉球館までEメールで連絡してください。定員40名、参加費1800円です。東京琉球館住所:東京都豊島区駒込2-17-8Eメール:dotouch2009@ybb.ne.jp テーマは未定ですが、2024年は歴史の大きな節目になると見られています。 アメリカが2013年にウクライナで仕掛けた対ロシア戦争でアメリカは敗北、いかに「勝利」のイメージを作り上げようと苦心しています。自暴自棄になったジョー・バイデン政権がNATO軍とロシア軍を直接対決させる可能性もあります。 ウクライナ情勢から人びとの注意を逸らしたガザでのパレスチナ人虐殺はハマスとイスラエルとの緊密な関係を思い出させ、イスラエル軍によるイスラエル人殺害が明らかにされました。「反セム主義」という呪文は効力を失い、イスラエルとアメリカに対する批判が世界的に広がっています。 東アジアでは中国との戦争を準備しています。アングロ・サクソン系国のオーストラリア、イギリス、アメリカで構成されるAUKUSを軸にするようですが、アメリカは日本と韓国を引き連れ、日米韓軍事同盟を築きつつあります。アメリカ、オーストラリア、インド、そして日本で構成される「クワド」もあります。 軍事的な緊張を高めているのですが、それ以上に深刻な状況を作り出しているのが遺伝子導入剤(COVID-19ワクチン)、そして人工ウイルス(レプリコン・ワクチン)。人類の存続を危うくしかねないそうした薬剤の生体実験が日本で行われようとしています。日本は島国で隔離しやすいと思っているのかもしれません。
2023.12.19
ロシアのウラジミル・プーチン大統領は12月14日の記者会見で、ウクライナの非武装化と中立化を戦闘終結の条件として示し、ウクライナ南部は「常にロシアの領土」であり、オデッサはロシアの都市だと語った。 プーチンは昨年2月21日にドンバス(ドネツクやルガンスク)の独立を承認した際、ウクライナに対し、クリミアとセバストポリがロシア領だと認め、NATO加盟を断念し、非武装化(攻撃的な軍事施設や兵器を持たない)して中立を宣言、さらに「非ナチ化」も求めていた。それに加え、オデッサを含む南部のロシア文化圏をロシア領にすると宣言したわけだ。 西側ではウクライナの戦況を「膠着状態」だと宣伝しているが、本ブログでも繰り返し書いてきたように、ロシアは事実上、勝利している。 バラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチを使ったクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したが、ヤヌコビッチの支持基盤であり、ロシア文化圏でもある東部や南部で住民がクーデター政権を拒否、クリミアはロシアの保護下に入り、ドンバス(ドネツクやルガンスク)では内戦が始まったのだ。 クーデター体制になると軍や治安機関のメンバー、約7割が離脱、一部は反クーデター軍に合流したと言われている。ドンバスを制圧する戦力がないと判断した西側は「ミンスク合意」という形で停戦という形を作るのだが、キエフ政権は合意を守らなかった。 それから8年かけてアメリカ/NATOはクーデター体制の戦力を増強するために武器を供給、兵士を訓練、さらにドンバスの周辺に要塞線を構築している。 この地域にはソ連時代から地下要塞が作られていた。ソレダルには岩塩の採掘場を利用した全長200キロメートルという地下要塞があり、アゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)が拠点にしていたマリウポリにも地下要塞が整備された。 ドンバスを攻撃する準備ができたという判断から2022年の初頭からウォロディミル・ゼレンスキー政権は動き始めるが、ドンバス周辺に集結していたウクライナ軍の部隊をロシア軍は昨年2月24日にミサイルで壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設を破壊し始める。これでロシア軍の勝利は確定的だった。 そこでイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役として停戦交渉を開始、双方とも妥協して停戦は実現しそうだった。ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛び、プーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつける。その足でベネットはドイツへ向かい、シュルツと会うのだが、その3月5日、ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺している。現在のSBUはCIAの下部機関だ。 停戦交渉の進展でロシア軍はウクライナ政府との約束通りにキエフ周辺から撤退を開始、3月30日にはブチャから撤退を完了する。31日にはブチャのアナトリー・フェドルク市長がフェイスブックで喜びを伝えているが、虐殺の話は出ていない。 ロシア軍が撤退した後、ウクライナの親衛隊が現地に入るが、その後に西側の有力メディアはロシア軍が住民を虐殺したとする宣伝を始めて停戦交渉を壊した。 その間、4月9日にイギリスのボリス・ジョンソン首相がキエフへ乗り込んで停戦交渉の中止と戦争の継続を命令、4月21日にはウクライナ南部のミコライフ州のビタリー・キム知事が「ウクライナ24テレビ」の番組で「全ての裏切り者を処刑する」と国民を脅し、4月30日になるとナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。この段階でウクライナでロシアと戦う相手はアメリカ/NATOへ切り替わっていく。 今年春、ウクライナ軍はアメリカ/NATOの圧力で「反転攻勢」を始めるものの、失敗。ベン・ウォレス前英国防相は10月1日、テレグラフ紙に寄稿した記事の中でウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えていると指摘、もっと多くの若者を前線へ送り出せと要求している。 ウクライナのテレビ局「1+1」は先日、自国軍の戦死者と行方不明者の合計を112万6652人だと画面に表示、話題になった。局はすぐに間違いだと訂正したが、隠していた本当のデータを流してしまったと推測する人もいる。数カ月にわたる「反転攻勢」が失敗に終わったことは明白である。 そこで西側はへぼ将棋のように再び「待った」をかけようとしているが、ロシアは応じないだろう。14日にプーチンはそのように西側へ伝えたと言える。ロシアはドニエプル川の東側を支配、オデッサもロシア領にするつもりだと考えられている。そうなると、ウクライナは海へ出られなくなる。 しかし、ジョー・バイデンは大統領に就任した直後に「ルビコン」を渡った。勝たなければならない。少なくとも来年11月の選挙までロシアに負けたというイメージをアメリカの有権者が持たないように演出する必要がる。ここにきてアメリカ政府は中将クラスの軍人をキエフへ派遣、ウクライナ軍にアドバイスし始めたという。
2023.12.18
日本で「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」が11月28日に承認され、その決定をメーカーもその事実を発表した。これは一種の人口ウイルスで、動物の種を超えて感染する可能性が指摘されている。「ワクチン」というタグがつけられているものの、実際は遺伝子導入剤。この薬剤の承認を「不名誉」だとする声が世界から聞こえてくるが、日本の専門家も危険性を具体的に指摘している。 承認申請したメーカーはMeiji Seikaファルマで、同社は武田薬品系のアルカリスと共同でmRNA技術を利用した製品の製造工場を建設福島県南相馬市に建設、そこでアルカリスが開発した遺伝子導入剤「ARCT-154」を作る計画だ。 アルカリスはアークトゥルスとアクセリードが共同で設立したmRNA医薬品CDMO(医薬品受託製造)会社であり、アクセリードは武田薬品の湘南研究所が2017年にスピンオフして誕生した。 武田薬品には興味深い人物が関係してきた。例えば山田忠孝はビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団を経て同社へ入った人物で、父親の山田忠義は渋沢敬三の秘書などを経て1952年に八幡製鉄へ入社している。 戦争中の1940年代の前半、ヨーロッパから日本へ上海経由で神戸に辿り着いたユダヤ系の若者、ショール・アイゼンベルグを忠義は世話している。神戸へ着いた時、アイゼンベルグは19歳か20歳だった。その若者をなぜ日本の財界が面倒を見たのかは謎だ。 財界の大物たちに守られたユダヤ人難民のアイゼンベルグは大戦後、アメリカ第8軍のロバート・アイケルバーガー司令官に可愛がられる。そのコネクションを活かし、アイゼンベルグはペニシリンの販売で大儲けしたという。 その後、アイゼンベルグは日本から追い出されるが、イスラエルの情報機関モサドの幹部としてさまざまな秘密工作に関わり、イスラエルと中国を結びつけたと言われている。似た境遇にあったジョージ・ソロスと緊密な関係にあったことでも知られている。 山田忠孝と同じようにビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団を経由して武田薬品に入ったラジーブ・ベンカヤも興味深い人物だ。財団ではグローバル・ヘルス・プログラムのワクチン・デリバリー・ディレクターを務め、武田薬品ではグローバル・ワクチン・ビジネス・ユニットを率いた。 財団に入る前、ジョージ・W・ブッシュが大統領だった2002年から03年にかけての時期にホワイトハウス・フェローを務め、さらにバイオ防衛担当ディレクターを経て大統領特別補佐官およびバイオ防衛担当シニアディレクターとして活動、バイオ・テロリズム研究グループを率いている。 ホワイトハウス時代、ベンカヤはフランシス・タウンゼント国土安全保障担当補佐官の直属で、その時、ロックダウンを考え出したという。その一方、Gavi(ワクチンアライアンス)の理事を務め、CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)やIAVI(国際エイズワクチン推進構想)の理事会メンバー。CFR(外交問題評議会)の終身会員でもある。なお、今年3月からアエイウム・セラピューティックのCEOに就任している。 医薬品業界で研究開発に関わってきたサーシャ・ラティポワによると、COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動はアメリカ国防総省がバラク・オバマ政権の時代に始めた作戦だ。彼女は情報公開法によって入手した文書を分析、この結論に至ったという。 アメリカの国防総省はウクライナで生物化学兵器の研究開発を行っていたことが判明している。ロシア軍のイゴール・キリロフ中将によると、ウクライナにはアメリカのDTRA(国防脅威削減局)が管理する研究施設が約30カ所あり、生物兵器の研究開発を行っていた。 昨年2月24日からロシア軍はミサイルなどでウクライナの軍事基地や生物化学兵器の研究開発施設などを攻撃、その際に機密文書を回収。その中に生物化学兵器に関する約2000文書が含まれていた。そうした文書を分析するためにロシアは議会に委員会を設立、ロシア軍の放射線化学生物兵器防衛部隊と連携して分析、アメリカはウクライナで「万能生物兵器」を研究していたことが判明したという。 万能兵器とは、敵の兵士だけでなく動物や農作物にもダメージを与えることができる兵器だという。そうした病原体を拡散させることでターゲット国を完全に破壊し、民間人、食糧安全保障、環境にも影響を与えることを目的としている。アメリカの国防総省は人間だけでなく動物や農作物にも感染できる万能の遺伝子操作生物兵器の開発を目指しているのだ。レプリコン・ワクチンをWHOが言うところの「疾病X」だと考える人もいる。
2023.12.17
アルゼンチンでは12月10日、ハビエル・ミレイが大統領に就任、アメリカの巨大資本と連携して新自由主義的な政策を推進していくと見られている。大学で経済学者のために数学を教えていた人物だが、それ以上に注目されているのは年金会社、マクシマAFJPの主任エコノミストだったという経歴だ。 マクシマAFJPの発行済み株式のうち40%を所有しているのはニューヨーク生命保険が発行する個人向けの変額年金保険(NYLアドバンテージ)だが、ニューヨーク生命の取締役にバーバラ・ノビックが2021年10月から加わっている。 ノビックは世界最大の資産運用会社であるブラックロックの共同創業者で、ブラックロックはバンガードやステート・ストリートをなどと同様、銀行のような規制は受けない金融機関、いわゆる「闇の銀行」だ。この3社が大株主になっている会社はアメリカの主要500社の9割に近いという。こうしたことから、ミレイは巨大金融資本の手先だとみなされている。彼は素早くBRICSへの加盟申請を取り下げた。今後、新自由主義的な政策を進めると見られている。 こうした展開はウクライナでも見られた。2004年11月にウクライナでは大統領選挙があり、西側から自立してロシアとの関係を重視するビクトル・ヤヌコビッチが当選した。そこで西側の支配層は配下のメディアを使い、「不正選挙だった」という宣伝を始め、ヤヌコビッチを引き摺り下ろす。いわゆる「オレンジ革命」である。この当時、ウクライナ駐在アメリカ大使はジョン・E・ハーブスト。この人物がオレンジ革命の指揮者だと見られている。 オレンジ革命で西側が支援していたビクトル・ユシチェンコは1993年から国立ウクライナ銀行の会長を務めていた人物。1998年に再婚したカテリーナ・チュマチェンコはアメリカで生まれている。 カテリーナの両親は1956年にアメリカへ移住、61年に本人はシカゴで生まれ、87年にはフロリダ州へ移り住んだ。その後、彼女は国務省へ入り、次官補の特別アシスタントを経験、ロナルド・レーガン政権ではホワイトハウス、ジョージ・H・W・ブッシュ政権では財務省で働いている。ウクライナが独立を宣言した後、米国ウクライナ基金の代表としてウクライナへ渡った。カテリーナがウクライナ国籍を取得したのは2005年、ヤヌコビッチが当選した選挙の翌年だ。 オレンジ革命の最中、ユシチェンコの顔に異常が現れ、原因はダイオキシンだという話が広まった。ユシチェンコ側は2004年9月5日、イホル・スメシコ治安局長やウォロジミール・サチュク副局長と食事をしたときに毒を盛られたのだと言い張る。 この件に関し、イギリスやオランダの医師がダイオキシンが原因だと主張していたが、実際に治療したウィーンの病院で主任医療部長だったロタール・ビッケはそうした説を否定している。2度診察したが、毒を盛られた証拠は見つからなかったという。 ビッケによると、病院の監督委員会から文書で主張を撤回するように要求された。しかも英語なまりの人物から電話があり、「気をつけろ、おまえの命は危険にさらされている」と脅迫されたと語っている。その後、ビッケは病院を解雇された。 2009年にはスイスとウクライナの研究者がユシチェンコの血清から通常の5万倍のTCDD(ダイオキシンの一種で、ベトナム戦争でアメリカ軍が使った枯れ葉剤の中にも含まれていた)を検出したとランセットで発表したが、最初からこれだけのダイオキシンが含まれていれば、すぐにわかったはずだ。 結局、ユシチェンコが大統領に就任するが、新自由主義に基づく政策を推進、ボリス・エリツィン時代のロシアと同じように一部の人間が不公正な手段で資産を形成し、庶民は貧困化した。そこでヤヌコビッチは2010年の大統領選挙で当選。再びアメリカ政府はヤヌコビッチを排除しようとする。今度はネオ・ナチを使い、クーデターで倒した。 2013年11月からキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で抗議集会が始まるが、当初は「カーニバル」的なイベントにすぎず、問題はないように見えた。様相が一変するのは年明け後。ネオ・ナチが前面に出てきたのだ。 ネオ・ナチのメンバーはチェーン、ナイフ、棍棒を手に石や火炎瓶を投げ、トラクターやトラックを持ち出してくる。ピストルやライフルを撃っている様子を撮影した映像がインターネット上に流れた。 ユーロマイダンでは2月中旬から無差別の狙撃が始まり、抗議活動の参加者も警官隊も狙われた。西側ではこの狙撃はヤヌコビッチ政権が実行したと宣伝されたが、2月25日にキエフ入りして事態を調べたエストニアのウルマス・パエト外相はその翌日、逆のことを報告している。バイデン政権を後ろ盾とするネオ・ナチが周辺国の兵士の協力を得て実行したということだ。 7割以上の有権者がヤヌコビッチを支持していたウクライナの東部や南部では反クーデターの機運が高まり、クーデターから間もない3月16日にはクリミアでロシアへの加盟の是非を問う住民投票が実施された。投票率は80%を超え、95%以上が賛成する。 その一方、オデッサでは反クーデター派の住民がネオ・ナチに虐殺される。そうした中、5月11日にドネツクとルガンスクでも住民投票が実施された。ドネツクは自治を、またルガンスクは独立の是非が問われたのだが、ドネツクでは89%が自治に賛成(投票率75%)、ルガンスクでは96%が独立に賛成(投票率75%)している。この結果を受けて両地域の住民はロシア政府の支援を求めたが、ロシア政府は動かない。そして戦闘が始まった。クリミアやドンバス(ドネツクとルガンスク)を制圧できなかったのはアメリカ/NATOにとって大きな誤算だった。 アルゼンチンの新大統領、ミレイはアメリカとの関係緊密化を主張、ロシアと敵対する姿勢を見せている。ネオコンがロシアと同じように敵視している中国との関係も悪化させる政策を進めると見られている。 ロシアと中国を中核とするBRICSにアルゼンチンは参加する予定だったが、ミレイの勝利を受け、BRICSへの加盟申請を取り下げた。自国の通貨を放棄、ドル体制に入るつもりのようだが、すでにドルは崩壊し始めている。アルゼンチンに利権を持つブラックロック、そしてその背後の金融資本にとって、ロシアや中国とのビジネスが軌道に乗ることは悪夢だったと言われている。
2023.12.16
ウクライナ軍はロシア軍との戦闘で来年末まで持ちこたえられれば、2025年には戦場で主導権を握れると主張する有力メディアがアメリカに出現した。「神風が吹く」という類の主張だ。 この戦闘はバラク・オバマ政権が2013年11月から14年2月にかけてウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを仕掛け、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したところから始まる。ヤヌコビッチの支持基盤でロシア文化圏の東部や南部で住民がクーデター政権を拒否、クリミアはロシアの保護下に入り、ドンバス(ドネツクやルガンスク)では内戦が始まったのだ。 それから8年かけてアメリカ/NATOはクーデター体制の戦力を増強するために武器を供給、兵士を訓練、さらにドンバスの周辺に要塞線を構築している。 この地域にはソ連時代から地下要塞が作られていた。ソレダルには岩塩の採掘場を利用した全長200キロメートルという地下要塞があり、アゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)が拠点にしていたマリウポリにも地下要塞が整備された。 ドンバスを攻撃する準備ができたという判断から2022年の初頭からウォロディミル・ゼレンスキー政権は動き始めるが、ドンバス周辺に集結していたウクライナ軍の部隊をロシア軍は昨年2月24日にミサイルで壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設を破壊し始める。これでロシア軍の勝利は確定的だった。 そこでイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役として停戦交渉を開始、双方とも妥協して停戦は実現しそうだった。ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛び、プーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつける。その足でベネットはドイツへ向かい、シュルツと会うのだが、その3月5日、ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺している。現在のSBUはCIAの下部機関だ。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と6月17日に会談しているが、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。 こうした停戦合意を壊す上で重要な意味を持つ出来事がブチャでの虐殺問題。 停戦交渉の進展でロシア軍はウクライナ政府との約束通りにキエフ周辺から撤退を開始、3月30日にはブチャから撤退を完了し、31日にはブチャのアナトリー・フェドルク市長がフェイスブックで喜びを伝えているが、虐殺の話は出ていない。 ロシア軍が撤退した後、ウクライナの親衛隊が現地に入るが、その後に西側の有力メディアはロシア軍が住民を虐殺したとする宣伝を始めて停戦交渉を壊した。 その間、4月9日にイギリスのボリス・ジョンソン首相がキエフへ乗り込んで停戦交渉の中止と戦争の継続を命令、4月21日にはウクライナ南部のミコライフ州のビタリー・キム知事が「ウクライナ24テレビ」の番組で「全ての裏切り者を処刑する」と国民を脅し、4月30日になるとナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。 この情報を裏付ける証言を「1+1」が11月24日に放送している。与党の有力議員でトルコを仲介役とした停戦交渉でウクライナ側の中心にいたデビッド・アラカミア議員は、ボリス・ジョンソンが停戦交渉を挫折させる上で重要な役割を果たしたと語っているのだ。 ここからロシア軍が戦う相手はアメリカ/NATOになった。西側は武器を大量に供給するだけでなく軍事情報も提供し、指揮もアメリカ/NATOが行うようになったと言われているが、戦況は変化しなかった。ウクライナ側は多くの兵士が死傷、武器弾薬は底をつく。それに対してロシア軍はミサイルや航空機による攻撃が主体で、その兵器の性能が良いこともあり、損害は大きくないと見られている。 ウクライナのテレビ局「1+1」は先日、自国軍の戦死者と行方不明者の合計を112万6652人だと画面に表示、局はすぐに間違いだと訂正したが、隠していた本当のデータを流してしまったと推測する人もいる。これまで「少なくとも50万人」と言われていたが、それを大きく上回るだろうと見られていたからだ。 西側ではロシア軍が多大な損失を被って士気が極度に低下し、ミサイル、砲弾、燃料などが不足しつつあると宣伝されたが、ロシア軍の攻撃はそうした西側の主張を否定している。現在、ロシアの武器生産力は西側の数倍だと見られている。 アメリカと違い、イギリスは事実を受け入れて体勢を立て直そうとしている。イギリスはゼレンスキーを処分し、バレリー・ザルジニー最高司令官にすげ替えようとしている。イギリスの有力誌エコノミストは11月1日、ザルジニーの記事を掲載した。ザルジニーは戦闘をやめようとしていると見られている。 それに対し、ゼレンスキーはザルジニーに対し、「自由意志」による辞任、あるいは健康問題などによる辞任を要求したが、ザルジニーは拒否したようだ。ウクライナをめぐり、イギリスのMI6とアメリカのCIAが対立しているという見方もある。
2023.12.15
ペルシャ湾岸の産油国はアメリカやイギリスの強い影響を受け、イスラエルとも友好的な関係を築いてきた。アメリカを中心とする支配システムの柱であるドルを支えてきたのはサウジアラビアをはじめとする産油国にほかならない。その産油国とアメリカとの関係をイスラエルによるガザでの民族浄化作戦が揺るがしている。 アメリカが世界に君臨できたのは基軸通貨を発行する特権を手にしたからだが、その特権を失いかねない状況になったことがある。経済状況が悪化し、1971年8月にリチャード・ニクソン大統領がドルと金との交換停止を発表したのだ。これによってドルは金という後ろ盾を失った。 そこでアメリカは流通するドルを回収する仕組みを作り上げる。ひとつの仕組みは各国が必要とする石油の取り引きを利用するもの。石油取引の決済をドルに限定させ、産油国に集まったドルをアメリカへ還流させるのだ。 石油取引を利用してドルを回収するための協定をニクソン政権が最初に結んだ相手はサウジアラビア。1974年に調印されている。その後、同じ内容の協定をOPEC加盟国は結んだ。(Marin Katusa, “The Colder War,” John Wiley & Sons, 2015) ドル決済に限定させる代償としてアメリカが産油国に示した条件は、国の防衛や支配者たちの地位や収入の保証だったという。産油国は集まったドルでアメリカの財務省証券や高額兵器を購入することで還流させ、オフショア市場へ沈め、あるいは投機市場へ流し込むわけだ。投機市場へ資金が流れ込み始めると相場が上昇、アメリカが保有する金融資産は膨らむ。 相場の上昇は世界の富豪たちにとっても好ましい。ドルが実世界に滞留すればインフレになるが、投機市場へ吸い上げればバブルになり、バブルは帳簿上の資産を増やして金融資産を増大させるからだ。世界の富豪や巨大企業が課税逃れのため、オフショア市場などに沈めている資金の総額は20兆ドルから30兆ドルだと言われている。 その一方、投機市場の吸い上げ能力を高めるために金融規制を大幅に緩和、シティを中心とするオフショア市場のネットワークも1970年代から整備された。特に重要な「改革」が証券業務と商業銀行業務を分離させるグラス・スティーガル法(1933年銀行法)の廃止と資本の国境を越えた移動の自由化だ。 ペトロダラーの仕組みができあがって間もない1975年3月、アメリカの言いなりにならないサウジアラビアのファイサル国王が執務室で甥のファイサル・ビン・ムサイドに暗殺された。暗殺犯はクウェートのアブドル・ムタレブ・カジミ石油相の随行員として現場にいた。 ビン・ムサイドはアメリカでギャンブルに溺れ、多額の借金を抱えていた。そのビン・ムサイドにイスラエルの情報機関、モサドは女性を近づけ、借金を清算した上で麻薬漬けにし、ベッドを伴にするなどして操り人形にしてしまったという。ファイサルが殺された後、サウジラビアのアメリカへの従属度は強くなる。(Alan Hart, “Zionism Volume Three,” World Focus Publishing, 2005) つまり、アメリカの支配システムは金融マジックで成り立っているのであり、「張子の虎」だ。ペルシャ湾岸にはアメリカやイギリスが軍を配備して押さえつけているが、サウジアラビアはすでにイランやロシアへ接近している。今のところ利権でアメリカやイスラエルとの関係は維持されているが、かつてのような強いものではない。 そうしたイスラム諸国との関係を悪化させる発言をジョー・バイデン大統領は繰り返してきた。10月7日にハマスの戦闘部隊がイスラエルへ攻め込んだ後、バイデンはベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談した際、「シオニストであるためにユダヤ人である必要はない」と断言、自らがシオニストだと訴えた。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、ガザはイスラエルが建設した一種の強制収容所であり、その収容所を取り囲む壁には電子的な監視システムが張り巡らされ、人が近づけば警報がなる。すぐに地上部隊だけでなく戦闘ヘリも駆けつけることになっているのだが、ハマスはイスラエルへ突入できた。 攻撃の際、ハマスがアメリカ製の武器を大量に持っていることが映像で確認されているが、それらはウクライナから横流しされてきたと言われている。ただ、その武器をどのようにして「強制収容所」の中へ運び込んだのかは謎だ。 しかも突入の数時間後、2隻の空母、ジェラルド・R・フォードとドワイト・D・アイゼンハワーを含む空母打撃群を地中海東部へ移動させている。そうしたことから、ネタニヤフ政権やアメリカのジョー・バイデン政権はハマスの攻撃を事前に知っていたのではないかと疑う人が少なくない。 そしてイスラエル軍はガザの建造物を破壊し、住民を虐殺し始めた。モーシェ・フェイグリン元議員は「ガザをドレスデンや広島のように破壊」すると宣言したが、その通りになっている。 イスラエルがガザで大虐殺を行えるのはアメリカやイギリスが武器を供給し、情報を提供しているからだ。アメリカやイギリスの軍事拠点であるキプロスにはイギリス空軍のアクロティリ基地があり、イギリス空軍だけでなくアメリカ空軍の偵察航空団も駐留している。アメリカ軍はこの基地からイスラエルへ武器を輸送していると推測されている。 ハーレツ紙によると、10月7日からイスラエルへアメリカ軍の大型輸送機が20機、そしてイスラエルと各国がリースした民間輸送機が約50機、物資を輸送している。 キプロスのアクロティリ基地にはアメリカの輸送機が40機以上、イギリスの輸送機が20機、7機の大型輸送ヘリコプターが到着。装備品、武器、兵員を輸送したと見られている。 そのほかオランダの輸送機4機、緊急対応部隊を乗せたドイツの輸送機4機を派遣、カナダ空軍は数機の輸送機を向かわせた。またキプロスにはイギリス陸軍のSAS(特種空挺部隊)も待機中だという。 そのほかヨルダンの空軍基地には25機以上のアメリカ軍の大型輸送機が飛来、通常はイギリスにいるアメリカ空軍のF-15E飛行隊がヨルダン基地に配備されたという。ドイツの輸送機9機も同基地に到着したと伝えられている。 バイデンは若い頃からイスラエルと関係が深く、36年にわたって親イスラエル団体から420万ドルを受け取り、副大統領時代にはバラク・オバマ大統領とベンヤミン・ネタニヤフ首相との関係を取り持ったと言われている。1986年6月には上院議員としてバイデンはイスラエルがアメリカの利権を守る上で重要な存在だと主張していた。 こうしたバイデンの言動とは逆に、世界ではイスラエルへの怒りが高まり、イスラエルをボイコットする運動が強まっている。 そうした中、ロシアのウラジミル・プーチン大統領はサウジアラビアとアラブ首長国連邦を訪問、サウジアラビアとは防衛協力の強化で合意し、ガザにおける惨状を憂慮、軍事作戦の停止を求め、国際法および国際人道法に従って民間人を保護する必要性を強調した。 プーチンの中東訪問では政策以外のことでも注目された。サウジアラビアとアラブ首長国連邦の周辺地域は危険と予測不可能だとして、大統領を乗せた航空機を4機の標準兵器を搭載したSu-35S戦闘機が2500キロメートルを無着陸、燃料の補給なしで護衛したのだ。ロシア戦闘機の優秀さを世界に見せつけたと言えるだろう。その間、アゼルバイジャン、イラン、ペルシャ湾岸諸国がロシア軍の戦闘機が通過することを許可している。
2023.12.14
昨年11月に台湾で実施された地方選挙で蔡英文総統の民主進歩党が馬英九の国民党に大敗した。蔡総統は「独立」という旗を掲げながらアメリカへ接近、中国との軍事的な緊張を高め、経済関係を破壊する政策を推進しているが、そうした政策を台湾の有権者は支持しなかったということだろう。野党陣営は青白連合を結成、勝利が見えたかに思えたが、その後、2大野党勢力の間に対立が生じている。 年明け直後の1月13日に投票が予定されている台湾の総統選挙は与党である民進党の頼清徳副総統に対し、国民党の侯友宜と民衆党の柯文哲が挑むという構図になっている。アメリカに従属する道を選んだ蔡総統の後継者である頼清徳をワシントンが支援していることは明らかで、今年8月12日に頼はニューヨークを訪れ、パラグアイを訪問し後、台湾へ戻る際にはサンフランシスコに寄った。 それから間もない8月18日、アメリカのジョー・バイデン大統領は韓国の尹錫悦大統領と日本の岸田文雄首相をキャンプ・デイビッドへ呼びつけ、軍事問題について話し合った。この会談で「鉄の三国同盟」が形成されたという人もいるようだが、日本と韓国がアメリカの戦闘部隊になったということにすぎない。 この同盟とは別に、アメリカはアングロ・サクソン系国の軍事同盟を太平洋地域に作っている。オーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)で構成されるAUKUSだ。この地域におけるアメリカの軍事拠点はオーストラリアであり、日本や韓国は前線基地ということになる。 勿論、こうした軍事同盟のターゲットは中国だ。これは19世紀にイギリスが侵略を試みて以来、アングロ・サクソンが維持している長期戦略に含まれている。 イギリスを拠点とする東インド会社は1839年から42年にかけて中国(清)を侵略するために「アヘン戦争」を仕掛けた。1856年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」で再度侵略を試みる。一応イギリスは勝利したが、それは海戦でのことであり、内陸部を占領するだけの戦力はなかった。そこで目をつけられたのが日本にほかならない。イギリスは日本でクーデターを仕掛け、徳川体制を潰して明治体制を樹立させた。明治体制は琉球併合、台湾派兵、江華島事件、日清戦争、日露戦争へと進んでいく。 日露戦争で日本に戦費を用立てたのは、ロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフ。戦争の調停に乗り出したセオドア・ルーズベルト米大統領はハーバード大学の出身だが、その先輩にあたる金子堅太郎と親しかった。 ちなみに、関東大震災以降、日本に大きな影響力を及ぼすことになった金融機関は親ファシズムのJPモルガン。1932年のアメリカ大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選、33年から34年にかけてJPモルガンをはじめとするアメリカの金融機関はファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画していた。それを阻止したのがアメリカ海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー退役少将だ。 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説し、同じことをシカゴやニューヨークでも語った。日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びついた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015) アラスカ、ハワイ、フィリピンを手に入れ、東アジア侵略を視野に入れていたアメリカにとって日本の韓国併合は願ってもないことだった。アメリカが最も欲しがっていた場所はカリフォルニアのはるか西にある「新たな西部」、つまり中国東北部だった。その場所に日本は「満州国」を建国している。 アメリカ、イギリス、イスラエルを中心的な構成国とする金融帝国を支配している私的権力は19世紀のイギリスを支配していた私的権力の後継者で、やはり中国、そしてロシアを征服して世界の覇者になろうとしている。 彼らと関係の深いネオコンは1991年12月にソ連が消滅した直後の92年2月、アメリカ国防総省の「DPG(国防計画指針)草案」という形で世界制覇計画を作成した。当時のディック・チェイニー国防長官、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官はいずれもネオコンだ。彼らはアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、他国に配慮することなく単独で好き勝手に行動できる時代が来たと考えたのである。 このドクトリンに日本を従わせようとしたが、日本側はアメリカの戦争マシーンに組み込まれることを嫌がる。そこで1995年2月にジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表、それと相前後して奇怪な出来事が相次いだ。 例えば、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、その10日後には警察庁の國松孝次長官が狙撃されている。8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。その後、日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれている。 1999年3月から6月にかけてNATO軍はユーゴスラビアへの空爆を実施、4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃されている。勿論、この攻撃で多くの市民が殺され、建造物が破壊された。 2000年の大統領選挙でジョージ・W・ブッシュが選ばれるが、その前年に次期大統領として最も人気のあった人物はジョン・F・ケネディ・ジュニア。1963年11月22日に暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の息子だ。そのJFKジュニアは1999年7月16日、不可解な「飛行機事故」で死亡した。 ブッシュが大統領に就任した2001年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されるという衝撃的な出来事が引き起こされた。それを利用、彼らは国外で侵略戦争を本格化させ、国内で収容所化を進めた。その世界制覇計画の前に登場してきたのがロシアのウラジミル・プーチンにほかならない。 アメリカの戦争マシーンに組み込まれた日本は必然的に戦争への道を歩み始める。そして自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設、19年には奄美大島と宮古島にも作った。2023年には石垣島でも完成させている。すでに中国と戦争する準備を始めたということだ。 この軍事施設はアメリカの戦略に基づくもの。アメリカの国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書によると、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしているが、配備できそうな国は日本だけ。その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにする。そしてASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。 ところが、昨年10月、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。日本のミサイル開発を待っていられなくなったのだろう。 トマホークは核弾頭を搭載でき、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルとされている。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されている。 このミサイルを使う自衛隊の戦力は約25万人、予備役は約5万6000年、日本と同盟関係にある韓国軍の戦力は約50万人、予備役は310万人ということになる。アメリカ軍はオーストラリアを拠点にし、航空兵力は太平洋の島に分散させると見られている。 アメリカはユーラシア大陸の東岸で十分の手下を見つけられなかったようで、AUKUSなる軍事同盟を組織した。オーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)のアングロ・サクソン同盟だ。それと日米韓の軍事同盟が連携する。そうした構図の中での台湾情勢だ。 日本にとって危険な情勢になっている。抵抗する政治家や官僚がいても不思議ではなく、そうしたグループが現れたなら、スキャンダルで黙らせる可能性がある。
2023.12.13
イスラエル軍は「ハマス」を口実にしてガザを廃墟にし、「民族浄化」とも表現される大量虐殺を続けている。殺された住民はすでに1万8000人を超え、その約4割は子どもだ。イスラエルは情報が外へ漏れないようにするため、通信を遮断するだけでなくガザに入っているジャーナリストを狙い撃ちし、10月7日から2カ月間に68名を殺した。その前にもイスラエル軍はジャーナリストを殺しているので、合計すると今年だけで犠牲者は94名に達するという。 そうした報道管制が敷かれているにもかかわらず、がざの惨状は外部へ漏れ、12月8日には安保理理事国へアラブ首長国連邦が停戦を求める決議案を提出、15カ国のうち13カ国が賛成した。イギリスは棄権、アメリカは拒否権で決議案を葬り去った。その翌日、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はアメリカの拒否権使用を「評価」し、「正義の戦争を継続する」と宣言している。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、イスラエルはイギリスがスエズ運河を守り、中東を支配する拠点として作った。その仕組みを引き継いだのがアメリカ。イギリスとアメリカは金融資本によって深く結びついている。この両国を中心とするアングロ・サクソン系国はオフショア市場で結びついた金融帝国にほかならない。 イギリス労働党党首の座から2020年4月に引きずり下ろされたジェレミー・コービンは今回の決議に賛成しなかったイギリス政府を批判したが、そうした人物だからこそ排除されたのだ。 コービンを排除する際、重要な役割を果たしたインテグリティ・イニシアチブは2015年に創設された団体。イギリス外務省が資金を出している。「偽情報から民主主義を守る」としているが、その実態は偽情報を発信するプロパガンダ機関だ。 2020年4月4日に労働党の党首はコービンからキア・スターマーに交代。新党首はトニー・ブレアと同様、イスラエルに接近した。自分の妻ビクトリア・アレキサンダーの家族はユダヤ系だということをアピールしている。彼女の父親の家族はポーランドから移住してきたユダヤ人で、テル・アビブにも親戚がいるという。 イスラエル、アメリカ、イギリスはパレスチナの歴史を無視、ハマスに全責任があるかのように主張しているが、そのハマスがイスラエルと深く関係していることは有名で、西側の有力メディアさえ、その事実を伝えてきた。 第3次中東戦争で中東のイスラム諸国が傍観する中、唯一イスラエル軍と戦ったのがファタハであり、その指導者がヤセル・アラファトだった。それ以来、アラファトはイスラエルにとって目障りな存在になり、そのアラファトの力を弱めるためにイスラエルはムスリム同胞団のメンバーだったシーク・アーメド・ヤシンに目をつけたのだ。 イスラエルの治安機関であるシン・ベトの監視下、ヤシンは1973年にムジャマ・アル・イスラミヤ(イスラム・センター)を、そして76年にはイスラム協会を設立。ハマスは1987年にイスラム協会の軍事部門として作られる。 シーモア・ハーシュによると、2009年に首相へ返り咲いた時、ネタニヤフはPLOでなくハマスにパレスチナを支配させようとした。そのため、ネヤニヤフはカタールと協定を結び、カタールはハマスの指導部へ数億ドルを送り始めたという。 10月7日にハマスの戦闘部隊がイスラエルへ攻め込んだのだが、ガザはイスラエルが建設した一種の強制収容所であり、その収容所を取り囲む壁には電子的な監視システムが張り巡らされ、人が近づけば警報がなる。地上部隊だけでなく戦闘ヘリも駆けつけることになっている。ところがハマスはイスラエルへ突入できた。 しかも突入の数時間後、2隻の空母、ジェラルド・R・フォードとドワイト・D・アイゼンハワーを含む空母打撃群を地中海東部へ移動させている。そうしたことから、ネタニヤフ政権やアメリカのジョー・バイデン政権はハマスの攻撃を事前に知っていたのではないかと疑う人が少なくない。 攻撃の際、約1400名のイスラエル人が死亡したとされた。その後、犠牲者の人数は1200名だと訂正されたが、イスラエルの新聞ハーレツによると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊したという。イスラエル軍は自国民を殺害したということだ。ハーレツの記事を補充した報道もある。さらに、停戦にともなって解放された人質もイスラエル軍にイスラエル市民が攻撃された実態を当事者として証言しはじめた。 ガザへの攻撃が始まった際、「ガザをドレスデンや広島のように破壊」すると宣言したモーシェ・フェイグリン元議員は議員時代の2014年、ガザは未来永劫イスラエルの土地だと宣言、無差別攻撃で破壊し、住民を消し去ってユダヤ人が住むと主張していた。 また、ネタニヤフ首相は「われわれの聖書(キリスト教における『旧約聖書』と重なる)」を引用、パレスチナ人虐殺を正当化した。聖書の中でユダヤ人の敵だとされている「アマレク人」を持ち出し、「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を口にしたのだ。「アマレク人」を家畜ともども殺した後、イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神に命じられたという。彼はパレスチナ人をアマレク人とみなしている。パレスチナ人を皆殺しにすると言っているのだ。 彼はサムエル記上15章3節の話もした。そこには「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」ということが書かれている。これこそがガザでイスラエルによって行われていることだというのだ。 ネタニヤフによると「われわれは光の民であり、彼らは闇の民だ」としたうえで、イザヤの預言を理解しなければならないと主張する。「われわれ」とはイスラエル人、「彼ら」とはパレスチナ人、イスラム教徒、あるいはイスラエル以外の人びとを指しているのだろう。 また、ギラド・エルダン国連大使は10月8日に安全保障理事会で「これはイスラエルの9/11だ」と演説、ヨアブ・ギャラント国防相はパレスチナ人を「獣」だと表現した。 インターネットには、95歳になるイスラエル陸軍の退役兵、エズラ・ヤチンがユダヤ人に対してパレスチナ人を殺して彼らの記憶を消し去れと呼びかけている映像が流れている。 イスラエルの神憑った人びとはナイル川とユーフラテス川に挟まれた地域、つまりパレスチナのほかレバノン、ヨルダン、クウェート、シリア、さらにイラクの大半、エジプトやサウジアラビアの一部を「約束の地」だと主張している。「大イスラエル構想」とも呼ばれている。 こうした神懸った理由だけでなく、イスラエル、アメリカ、イギリスは地政学的な理由からもガザを制圧しようとしている。 9月8日にニューデリーで開かれたG20サミットの席上、インドのナレンドラ・モディ首相が発表したIMEC(インド・中東・欧州経済回廊)プロジェクトはインド、UAE(アラブ首長国連邦)、サウジアラビア、イスラエルを結び、さらにギリシャからEUへ伸びる輸送ルート。そのIMECはガザの北で地中海に出る。このルートは中国のBRI(一帯一路)に対抗する目的で計画された。後ろ盾はアメリカだ。 19世紀以来、海軍力で世界を支配してきたアングロ・サクソンの戦略においてスエズ運河の果たす役割は大きい。ところが現在、その運河はエジプト領にある。そこで「ベン・グリオン運河」が計画された。この運河はアカバ湾のエーラト港からヨルダンとの国境沿いを進み、ガザの北側から地中海へ出る。 また、エジプトからギリシャにかけての海域で9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が発見されたことも大きい。ガザ沖にも天然ガスは存在、そこからキプロスを経由してイタリアへパイプラインで輸送する計画がある。そのライバルになるロシアの天然ガスを運ぶパイプラインはすでにアメリカが止めたり破壊した。 バラク・オバマ大統領は2010年8月、ムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を使った体制転覆作戦を始動させるため、PSD-11を承認した。そして始まるのが「アラブの春」にほかならない。この反乱は地中海東岸の国々に広がった。シリアへ軍事作戦が失敗、この計画は挫折したが、仕掛けた国々はまだ諦めてはいないだろう。その延長線上にガザへの軍事侵攻がある。
2023.12.12
2013年から2015年までイスラエルのクネセト(議会)で議員を務めたモーシェ・フェイグリンは議員時代、ガザの問題を「解決」する彼のプランを明らかにした。 まず、ガザの住民に対し、イスラエル軍がガザの「軍事目標」を攻撃するという内容の最後通牒をイスラエルの首相が突きつけ、巻き込まれたくないならシナイ半島へ去るように要求する。 次にイスラエル軍は全兵力を投入してガザ全域を民間人への被害を考慮せずに攻撃、すべての軍事目標やインフラを破壊する。攻撃に際してガザを封鎖。つまり兵糧攻めを並行して行う。イスラエルやイスラエル軍を攻撃してきた場所も民間人の犠牲を厭わずに攻撃する。 ガザの戦力を壊滅させた後、イスラエルぐんはガザ全域を占領するために歩兵を中へ入れて制圧、その際にガザ住民の安全は考慮しない。占領してから敵戦闘員の武装解除を実施、住民の脱出を助ける。つまりガザから追放する。ガザは未来永劫イスラエルの土地であり、そこにはユダヤ人が住むことになる。 イスラエル軍は現在、ガザに対する無差別攻撃を実施中で、すでに1万7000人以上の住民が殺されている。その約4割が子どもだ。フェイグリンは住民を皆殺しにし、従順なパレスチナ人は砂漠へ追い出すつもりだったのだろう。 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権はフェイグリンのプラン通りに動こうとしたが、内部から流れてくる映像はガザの惨状とイスラエル軍が苦戦していることを示している。
2023.12.11
ドイツの医学者で免疫について研究しているミヒャエル・ネールスによると、「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」と称する遺伝子操作薬は記憶や空間学習能力に関係した器官の海馬に対して神経病理学的な攻撃、ロボトミー手術と似た結果をもたらす。 今年の「ノーベル生理学医学賞」はBioNTechのカタリン・カリコとペンシルベニア大学のドリュー・ワイスマン教授に授与されるが、これはノーベル委員会が個人の人体に深刻なダメージを与え、少なからぬ人を殺している薬物を多くの人に接種させたいのだと言われても仕方がない。 WEF(世界経済フォーラム)のクラウス・シュワブは2016年1月、スイスのテレビ番組マイクロチップ化されたデジタルIDを脳に埋め込み、最終的にはコンピュータ・システムと人間を連結して交信すると話している。つまり人間をコンピュータの端末にしようと計画している。ロボトミー手術と目的は一致している。そうしたシステムができあがれば、愚かな支配者が全人類を完全に支配できるわけだ。 COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動は中国湖北省の武漢で2019年12月にSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た重症の肺炎患者が見つかったところから始まる。翌年の2月4日には横浜港から出港しようとしていたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも似たような症状の患者が見つかった。 それ以降、世界を「COVID-19」なる悪霊が徘徊し始め、その悪霊を退散させる「護符」として登場してきたのが「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」と称する遺伝子操作薬だ。 すでにDNAやグラフェン誘導体の混入、mRNAを細胞の内部へ運ぶLNP(脂質ナノ粒子)の毒性が問題になっている。接種が始まる前からADE(抗体依存性感染増強)を懸念する人は少なくなかったが、そもそも遺伝子操作薬の仕組みが危険だ。 その仕組みとは、細胞に病気の原因であるスパイク・タンパク質を製造させて抗体を作り出すというものだが、人間の免疫システムはその細胞を病気の原因だと認識して攻撃、炎症を引き起こす。それを抑えるために免疫を低下させる仕組みもあるが、人間の免疫システムも免疫を落とす。そうしないと全身で炎症が起こるからだが、その結果、AIDS状態になるわけで、VAIDS(ワクチン後天性免疫不全症候群)なる造語も使われ始めている。 遺伝子操作薬の接種が本格的に始まったのは2020年12月下旬で、先行したのはイスラエル。そのイスラエルで2021年4月に十代の若者を含む人びとの間で心筋炎や心膜炎が増え、問題になった。 スパイク蛋白質の相当部分は血管の中へ入り、体中を循環し、脾臓、骨髄、肝臓、副腎などに蓄積される。心臓や血管だけでなく臓器にダメージを与えることになるわけだ。心臓や神経にダメージを与えているとも言われている。心臓と同じように細胞が再生されない脳もスパイク・タンパク質でダメージを受けると回復しない。
2023.12.10
今から82年前の1941年12月7日に日本軍はハワイの真珠湾にあるアメリカ太平洋艦隊の基地を攻撃、43年前の1980年12月8日にジョン・レノンがニューヨーク市にあるダコタの入り口で射殺された。 真珠湾を攻撃する直前、日本軍はマレー半島を攻撃している。その時点でアメリカ側は日本側の機密情報を入手していた。ドイツの外交官ハンス・トムセンは日本の外務省が使っていた暗号機B型(パープル)の暗号をアメリカが解読しているとヨアヒム・フォン・リッベントロップ独外相へ報告、その情報は日本側へ伝えられていたのだが、日本の外務省はそれを使い続けている。 ちなみに、アメリカでは第2次世界大戦が始まった後、通信傍受と暗号解読を目的とするSSA(通信安全保障局)を設立、1942年3月には日本海軍が使っていた呂暗号(JN-25)も解読に成功、同年6月に実行されたミッドウェー諸島攻略作戦の内容を事前に入手していた。 日本軍が太平洋で軍事作戦を計画していたことをアメリカ側は知っていた可能性が高いのだが、どこを攻撃するかはつかんでいなかった。真珠湾は遠浅のため攻撃が技術的に難しく、守りの堅い軍港。攻撃のリスクは高い。 その前、アメリカ政府の内部では日本に対する石油の輸出が議論されていた。財務省は積極的だったが、フランクリン・ルーズベルト大統領は石油の禁輸が「日本をインドシナへ駆り立てる」と考え、1937年より前の日本に対する石油輸出量は維持すると主張していた。(岩間敏「戦争と石油(1)」石油・天然ガスレビュー、2006年1月) 日本軍はマレー半島を攻撃するという考えが常識的だろう。実際、最初に攻撃したのは石油があるマレー半島だ。そこへ日本の艦船が近づいていることもわかっていた。 イギリスのウィンストン・チャーチル首相も日本のそうした動きを察知、1941年11月にベンガル(現在のバングラデシュ周辺)で「拒否政策」と呼ばれる焦土作戦を打ち出す。日本軍の食糧にしないということでサイロや倉庫から種籾を含む全ての米を押収、また輸送手段を奪うということで漁民の船や自転車を取り上げたのだ。 その政策を推進中の1942年10月にベンガル地方はサイクロンに襲われた。死傷者が出ただけでなく農作物が大きな打撃を受け、食糧不足は避けられない状態になる。ところが飢餓が見通されてもチャーチル政権は米の運び出しを続ける。チャーチルは1943年1月、イギリスの食糧と資源の備蓄を強化するため、インド洋で活動していた商船は全て大西洋へ移動させていた。(Madhusree Mukerjee, “Churchill’s Secret War,” Basic Books, 2010) それに対し、現地の提督は1943年10月に政策の継続は大惨事を招くとチャーチル首相に警告、イギリス下院では満場一致で食糧を送ると議決したが、首相は無視した。食糧を送るというルーズベルト大統領の提案も拒否している。その結果、ベンガルでは1943年から44年にかけて大規模な飢饉が引き起こされ、餓死者の人数はベンガル周辺だけで100万人から300万人に達したと推計されている。 チャーチルが焦土作戦を実行したのは日本軍がインドへ侵攻してくると考えたからだが、そうなるとアメリカの参戦なしにイギリス軍は日本軍に勝てないとイギリス政府は見ていた。日本軍の真珠湾攻撃を見てチャーチルは大英帝国が存続できると考えただろう。(Nu’man Abd Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle, Zero Books, 2020) 真珠湾を攻撃した頃、ドイツ軍はモスクワでの戦いでの敗北が決定的になっていた。これが独ソ戦の転換点だ。そして1942年8月にドイツ軍はスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まるが、11月になるとソ連軍が猛反撃でドイツ軍25万人はソ連軍に完全包囲され、43年1月には生き残ったドイツの将兵9万1000名は降伏する。 これを見て慌てたのがチャーチル。ルーズベルトやフランスのシャルル・ド・ゴールとカサブランカで会談、そこで「無条件降伏」という語句が出てきた。これはドイツの降伏を遅らせ、米英が軍事作戦を行う時間的な余裕を作るためだったとも言われている。 そして1943年7月に米英両国軍はシチリア島へ上陸。ハリウッド映画で有名になったノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)は1944年6月になってからだ。コミュニストの影響力が強かったシチリア島へ上陸するため、アメリカ軍はマフィアの協力を得ている。 アメリカ海軍のONI(対諜報部)はユダヤ系ギャングの大物だったメイヤー・ランスキーの仲介でイタリア系犯罪組織の大物ラッキー・ルチアーノに接触、協力させることに成功した。ランスキーとルチアーノは子ども時代からの友人。ふたりともアーノルド・ロスティンの子分だった。 当時、ルチアーノは30年から50年の強制労働という不定期刑が言い渡されていた。優雅に暮らしていたとはいうものの、死ぬまで刑務所から出られそうになかった。そこに救いの手をさしのべてきたのがONIである。 ルチアーノはシチリア島の大ボスだったカロージェロ・ビッツィーニを紹介、ビッツィーニの要請で島内のボスはイタリア軍やドイツ軍に関する情報を米軍に提供したうえ、破壊活動にも協力した。シチリア島で強い影響力を持っていたコミュニストを押さえ込むため、マフィアを利用したという側面もある。大戦後、シチリア島がマフィアの支配地になるのはそのためだ。1946年2月9日、ルチアーノは「好ましからざる人物」という名目で刑務所を出され、国外に追放された。自由の身になったということだ。 真珠湾攻撃の39年後にレノンは殺された。レノンの右側、2.5メートルほど離れたところにいたマーク・チャップマンが発射した4発の銃弾がレノンの左側から命中している。至近距離から撃たれたことが医学的に示されている。殺される直前、レノンは反戦運動の前面に出ようとしていた。
2023.12.10
ドイツのフランク-バルター・シュタインマイヤー大統領は11月26日から中東を歴訪した。訪問国はイスラエル、オマーン、カタール。同大統領はイスラエルへの支持を表明している。イスラエルはハマスを口実にしてガザを破壊、そこに住む人びとを虐殺しているが、そうした行為をドイツが支持したことを意味する。 シュタインマイヤーがカタールに滞在したのは3時間。そのドイツの大統領がカタールへ降り立った際、ドーハの飛行場で30分間待たされるという出迎えを受けた。訪問を正式に歓迎するカタール政府関係者が現れなかったのだ。 シーモア・ハーシュによると、ベンヤミン・ネタニヤフは2009年に首相へ返り咲いた際、PLOでなくハマスにパレスチナを支配させようと考え、カタールと協定を結び、カタールはハマスの指導部へ数億ドルを送り始めたという。ガザの問題でカタールは重要な位置にある。 ハマスはイスラエルの戦略から生まれた。第3次中東戦争以来イスラエルと戦い、アラブ世界で大きな影響力を持っていたヤセル・アラファトの力を弱めるため、イスラエルはライバルを作り出そうとする。そして目をつけたのがムスリム同胞団のシーク・アーメド・ヤシンだ。 イスラエルの治安機関であるシン・ベトが監視する中、1973年にヤシンはムジャマ・アル・イスラミヤ(イスラム・センター)を、そして76年にはイスラム協会を設立した。ハマスは1987年にイスラム協会の軍事部門として作られている。 ハマスの戦闘部隊がイスラエルへ攻め込んだのは10月7日だが、その攻撃に疑問を持つ人は少なくない。ガザはイスラエルが建設した一種の強制収容所である。その収容所を取り囲む壁には電子的な監視システムが張り巡らされ、人が近づけば警報がなる。地上部隊だけでなく戦闘ヘリも駆けつけることになっている。ところがハマスはイスラエルへ突入できた。 しかも、突入から数時間後、アメリカ軍は2隻の空母、ジェラルド・R・フォードとドワイト・D・アイゼンハワーを含む空母打撃群を地中海東部へ移動させている。そうしたことから、ネタニヤフ政権やアメリカのジョー・バイデン政権はハマスの攻撃を事前に知っていたのではないかというわけだ。 攻撃の際、約1400名のイスラエル人が死亡したとされたが、そこにはハマスの戦闘員200名だけでなく、イスラエル人も含まれていた。イスラエルの新聞ハーレツによると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊したという。イスラエル軍は自国民を殺害したということ。そこでネタニヤフ政権はガザで「民族浄化」作戦を始めるため、ハマスの攻撃を演出したのではないかというわけだ。 ドイツ政府にはアナレーナ・バーボック外相というロシア嫌いで好戦的な閣僚もいる。彼女は昨年8月にプラハで開かれた「フォーラム2000」で、「ドイツの有権者がどのように考えようとも私はウクライナの人びとを支援する」と発言、今年1月にはPACE(欧州評議会議会)でEUは「ロシアと戦争をしている」と口にした。第2次世界大戦後、ナチスはアメリカ支配層の保護を受けたが、ここにきて表舞台に再登場してきたようだ。 バーボックが敵視するロシアの大統領、ウラジミル・プーチンは12月6日からアラブ首長国連邦とサウジアラビアを訪問、歓待された。
2023.12.09
10月7日にハマスなどの戦闘部隊がイスラエルへ攻め込んだ。それを利用してイスラエル軍はガザを無差別爆撃、建物は破壊され、すでに1万6000人の市民が殺された。その約4割は子どもだと言われている。イスラエル軍は「民族浄化」作戦を推進中だ。その作戦にアメリカやイギリスが関与していることは間違いない。 ガザはイスラエルが建設した一種の強制収容所である。その収容所を取り囲む壁には電子的な監視システムが張り巡らされ、人が近づけば警報が鳴り響く。地上部隊だけでなく戦闘ヘリも駆けつけることになっているのだが、迅速な対応はなかった。アメリカの有力紙、つまりプロパガンダ機関のひとつであるニューヨーク・タイムズ紙は12月1日、ハマスの攻撃計画を1年以上前に知っていたと報道している。しかもハマスはアメリカ製の武器を保有、それらはウクライナから横流しされてきたという噂がある。 突入から数時間後にジョー・バイデン政権は2隻の空母、ジェラルド・R・フォードとドワイト・D・アイゼンハワーを含む空母打撃群を地中海東部へ移動させている。そうしたことから、ネタニヤフ政権やアメリカのジョー・バイデン政権はハマスの攻撃を事前に知っていたのではないかと疑う人が少なくない。 イスラエルのヨアブ・ギャラント国防相は10月9日、ガザの完全閉鎖を命じ、「電気も食料も燃料もなくなる。我々は人間獣と戦っているのだ」と宣言。ギラド・エルダン国連大使は10月26日の国連で「われわれは動物と戦っている」と叫んだ。人間ではないので殺しても構わないと言う主張だが、勿論、パレスチナ人も人間である。 しかも、ハマスが突入してきた際、イスラエル軍は自国の住民を殺したとする証言をハーレツ紙をはじめとするイスラエルのメディアが報道している。そうした報道を元にした報告が国外でも伝えられ、ネタニヤフ政権は厳しい状況に陥っている。 こうしたイスラエルによる民族浄化作戦をアメリカやイギリスをはじめとする西側諸国は支援、アメリカ軍はイスラエルに基地を保有している。そうした基地のひとつがネゲブ砂漠のハルケレン山頂にある「サイト512」だ。 そこにはレーダー施設があり、イランの動きを監視している。オーストラリアにあるCIAのパイン・ギャップ基地もガザに関する電子情報を収集、そのデータをイスラエル国防軍に提供している。またキプロスにもアメリカのNSA(国家安全保障局)やイギリスのGCHQ(政府通信本部)の施設が存在、情報を収集している。 アメリカやイギリスにとってキプロスは重要な軍事拠点でもある。イギリス空軍のアクロティリ基地はテルアビブから約290キロメートル。イギリス空軍だけでなくアメリカ空軍の偵察航空団も駐留している。アメリカ軍はこの基地からイスラエルへ武器を輸送している疑いがあるのだが、そうした情報をイギリス政府のジェームズ・ヒーピー国防相は明らかにすることを拒否している。 しかし、イスラエルのハーレツ紙によると、10月7日以降、アメリカ軍の大型輸送機20機、イスラエル軍と外国軍を合わせた約50機のリース民間輸送機がアメリカやヨーロッパの基地、あるいは物流センターから兵器などを輸送している。 キプロスのアクロティリ基地にはアメリカの輸送機が40機以上、イギリスの輸送機が20機、7機の大型輸送ヘリコプターが到着。装備品、武器、兵員を輸送したと見られている。そのほかオランダの輸送機4機、緊急対応部隊を乗せたドイツの輸送機4機を派遣、カナダ空軍は数機の輸送機を向かわせた。またキプロスにはイギリス陸軍のSAS(特種空挺部隊)も待機中だと伝えられている。 そのほかヨルダンの空軍基地には25機以上のアメリカ軍の大型輸送機が飛来、通常はイギリスにいるアメリカ空軍のF-15E飛行隊がヨルダン基地に配備されたという。ドイツの輸送機9機も同基地に到着したという。 アメリカやイギリスをはじめとする西側の軍事支援がなければ、イスラエルは民族浄化作戦を実行できないだろう。つまりガザにおける虐殺で欧米諸国はイスラエルの共犯者だ。
2023.12.08
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権はガザでの虐殺を継続、ウクライナでの戦闘ではイギリスのボリス・ジョンソン首相がウォロディミル・ゼレンスキー大統領が勧めていたロシアとの停戦交渉をやめさせた。ネタニヤフやジョンソンの背後にはアメリカのジョー・バイデン政権が存在していたはずだ。こうした好戦的な勢力は危険性が明確になっている「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」の接種も強引に進めている。 あらためて言うまでもないことだが、COVID-19騒動は2019年12月に中国湖北省の武漢でSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た重症の肺炎患者が見つかったところから始まる。2020年2月4日には横浜港から出港しようとしていたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも似たような症状の患者が現れた。 こうした出来事をメディアは大きく取り上げ、危機感を煽る。多くの人は深刻な症状を引き起こす急性肺炎が流行しはじめたと恐れたことだろう。WHO(世界保健機関)は2020年1月30日に緊急事態を宣言、そして3月11日にパンデミックを宣言している。 しかし、パンデミックを宣言するような状態ではなかった。アメリカにおける感染症対策に関する中心的な政府機関であるNIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長はCOVID-19騒動を煽る上で中心的な役割を果たした人物だが、このファウチを含む3名の研究者は2020年2月28日に新型コロナウイルスの致死率は1%未満かもしれないと発表している。つまり季節性インフルエンザ並みだと報告しているのだ。 COVID-19でパンデミックが宣言できたのは、「新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)」が流行(2009年1月から10年8月にかけての時期に)する直前にパンデミックの定義が変更されたからだ。「病気の重大さ」、つまり死者数が多いという条件が削られたのである。そこで死者がインフルエンザ並みだったCOVID-19でもパンデミックが宣言できたわけだ。 武漢やクルーズなどで重症肺炎を引き起こす病原体が存在していた可能性はあるが、それと同じものが世界に蔓延した可能性は小さい。感染者の約9割に症状がないとされ、「無症状感染者」なるタグも考え出された。武漢やクルーズなどの病原体と蔓延した病原体は違うと考えられる。 COVID-19を引き起こすとされるSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)やその変異株は人工的に作られたという指摘は早い段階から流れていたが、京都大学の宮沢孝幸准教授(2024年5月に退職予定)らは詳しく検証、それを論文にまとめている。そうしたウイルスは蔓延したタイプだと言える。 もっとも、「感染者」が何を指しているのかは曖昧だ。2020年4月にWHOやアメリカのCDC(疾病予防管理センター)は、医学的な矛盾がなく明白な別の死因がないならば、あるいは適度な確かさがあるならばCOVID-19を死因としてかまわないと通達した。 アメリカのスコット・ジャンセン上院議員は2020年の4月8日にFOXニュースの番組に出て、病院では死人が出ると検査をしないまま死亡診断書に新型コロナウイルスと書き込んでいると話している。その実態を告発する看護師も少なくなかった。患者数は大幅に水増しされたということだ。病院がそうした政策に協力した理由は、COVID-19に感染している場合には病院が受け取れる金額が多くなるからだ。 その曖昧な「感染者」をもっともらしく見せるため、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査が利用された。この検査で陽性になった人を感染者と見做すようになったのだ。 これは特定の遺伝子型を試験管の中で増幅する分析のための技術で、診断に使うことは想定されていない。この技術を開発、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリスもPCRを病気の診断に使うべきでないと語っていた。 増幅できる遺伝子の長さはウイルス全体の数百分の1程度にすぎず、増幅の回数(Ct値)を増やしていけば医学的に意味のないほど微量の遺伝子が存在しても陽性になるだけでなく、偽陽性を排除するためにはCt値を17以下にしなければならない。35を超すと偽陽性の比率は97%になるとも報告されている。ちなみに、国立感染症研究所が2020年3月19日に出した「病原体検出マニュアル」のCt値は40だ。 アメリカではCOVID-19の感染を調べるため、「2019年新型コロナウイルス(2019-nCOV)リアルタイムRT-PCR診断パネル」を採用、EUA(緊急使用許可)を発行していた。 しかし、CDC(疾病予防管理センター)は2021年7月にこのパネルを同年12月31日に取り下げると発表する。この診断パネルはインフルエンザA型とインフルエンザB型も検出できるとされていたが、コロナウイルスとインフルエンザウイルスを区別できないようだ。「旧型」コロナウイルスと「新型」コロナウイルスの区別もできないのだろう。 現段階で入手できる情報によると、SARS-CoV-2が世界に蔓延したとしても、パンデミックを宣言するような代物ではない。COVID-19騒動で問題なのは人びとの言動を制限するロックダウン、人間を世界規模で管理しようというデジタルIDの導入、パンデミックなど危機的な状況下にはWHO(世界保健機関)が全ての加盟国にロックダウンやワクチンの強制接種などの政策を強制できるようにするパンデミック条約、そして人類の存続すら危うくする可能性がある「COVID-19ワクチン(遺伝子操作薬)」の接種などだ。ウイルスだけに注目すると問題の本質が見えなくなる。この「ワクチン」を製造しているファイザーはメルクやアボット・ラボラトリーズと同じように、プエルトリコを製造の拠点にしている。 1931年の話だが、ロックフェラー財団の「衛生委員会」チームの一員としてプエルトリコのサンフアンにある病院で数カ月間勤務したロックフェラー医学研究所のコーネリアス・ローズなる人物は、プエルトリコ人被験者の体内へ意図的にガン細胞を入れ、うち13人を死亡させたという。彼はプエルトリコ人を軽蔑、絶滅を妄想していた。こうした行為が外部へ漏れ、アメリカはプエルトリコ人を癌で死滅させようとしていると言われるようになった。 ローズは第2次世界大戦中にアメリカ陸軍の大佐となって化学兵器部門の医学部長を務め、ユタ州、メリーランド州、パナマに化学兵器研究所を設立、プエルトリコ人に対する秘密実験にも参加した。1943年末までに化学兵器関連の新しい医学研究所がマサチューセッツ州のキャンプ・デトリック、ユタ州のダグウェイ実験場、アラバマ州のキャンプ・シベルトに設立された。1944年1月、化学兵器局は生物兵器に関するすべてのプロジェクトを担当することになった。なお、1960年代にアメリカ国防総省は人間の免疫システムを無力化する研究を進めている。 キャンプ・デトリックは1955年からフォート・デトリックに格上げされるが、ここは今でもアメリカ軍の生物化学兵器開発の中心的な存在である。日本軍による生物化学兵器の研究開発結果は大戦後、フォート・デトリックへ運ばれた。 日本の生物化学兵器の開発は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部が中心になって進められた。その一環として生体実験をおこなうため、中国で加茂部隊」が編成されている。その責任者が京都帝国大学医学部出身の石井四郎中将であり、その後ろ盾は小泉親彦軍医総監だったとされている。 その後、加茂部隊は「東郷部隊」へと名前を替え、1941年には「第七三一部隊」と呼ばれるようになり、捕虜として拘束していた中国人、モンゴル人、ロシア人、朝鮮人を使って生体実験する。こうした人びとを日本軍は「マルタ」と呼んでいた。この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めた人物が石井四郎。途中、1942年から45年2月までを東京帝国大学医学部出身の北野政次少将が務めている。 ソ連の参戦が迫っていた1945年8月、関東軍司令官の山田乙三大将の命令で第七三一部隊に関連した建物は破壊され、貴重な資料や菌株は運び出された。監獄に残っていた捕虜を皆殺しになる。捕虜の多くは食事に混ぜた青酸カリで毒殺されたが、食事をとろうとしない者は射殺された。死体は本館の中庭で焼かれ、穴の中に埋められた。日本軍は監獄などを爆破した上で逃走している。(常石敬一著『消えた細菌戦部隊』海鳴社、1981年) 第七三一部隊人脈とアメリカ軍との関係は本ブログでも繰り返し書いてきたことなので、今回は割愛する。
2023.12.07
NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は12月2日にドイツの放送局ARDの番組で、ウクライナの戦線からの「悪い知らせ」に備えるべきだと語ったが、すでに悪い知らせは伝えられている。例えば、イギリスのベン・ウォレス前国防相は10月1日にテレグラフ紙に寄稿した記事の中で、ウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えていると指摘した。それだけ死傷者が多いということだ。 ウォレスはもっと多くの若者を前線へ送り出せと要求している。これまで徴兵を免除されていた学生や研究者などを投入しろということだろう。「学徒動員」や「少年兵」を前線へ送り出せというわけだ。前線では妊婦のウクライナ兵も見つかっている。 ニューヨーク・タイムズ紙は今年8月、記事の中でウクライナ兵とロシア兵約50万人が戦死したと書いていたが、ウクライナ軍の戦死者だけで少なくとも50万人、ロシア側の推計戦死者はその1割、つまり5万人程度だと見られていた。 ところが、ウクライナのテレビ局「1+1」は先日、自国軍の戦死者と行方不明者の合計を112万6652人だと画面に表示、話題になった。局はすぐに間違いだと訂正したが、隠していた本当のデータを流してしまったと推測する人もいる。 ウクライナ軍は昨年初頭からドンバスへの大規模な攻撃を準備していると噂されていた。ドンバス周辺に部隊を集結させ、ドンバスの市民を狙った砲撃が激しくなったからだ。 そうした中、昨年2月24日にロシア軍がドンバス周辺に集結していたウクライナ軍をミサイルで壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設を破壊し始める。これでロシア軍とウクライナ軍の戦いはロシア軍の勝利は確定的だった。 そこでイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役として停戦交渉を開始、双方とも妥協して停戦は実現しそうだった。ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛び、プーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつける。その足でベネットはドイツへ向かい、シュルツと会うのだが、その3月5日、ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺している。現在のSBUはCIAの下部機関だ。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と6月17日に会談しているが、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。 停戦交渉の進展でロシア軍はウクライナ政府との約束通りにキエフ周辺から撤退を開始、3月30日にはブチャから撤退を完了した。31日にはブチャのアナトリー・フェドルク市長がフェイスブックで喜びを伝えているが、虐殺の話は出ていない。 ロシア軍が撤退した後、ウクライナの親衛隊が現地に入るが、その後に西側の有力メディアはロシア軍が住民を虐殺したとする宣伝を始めて停戦交渉を壊した。 その間、4月9日にイギリスのボリス・ジョンソン首相がキエフへ乗り込んで停戦交渉の中止と戦争の継続を命令、4月21日にはウクライナ南部のミコライフ州のビタリー・キム知事が「ウクライナ24テレビ」の番組で「全ての裏切り者を処刑する」と国民を脅し、4月30日になるとナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。 この情報を裏付ける証言を「1+1」が11月24日に放送している。与党の有力議員でトルコを仲介役とした停戦交渉でウクライナ側の中心にいたデビッド・アラカミア議員は、ボリス・ジョンソンが停戦交渉を挫折させる上で重要な役割を果たしたと語っているのだ。 ゼレンスキー政権が始めたロシアと停戦交渉を潰したのはイギリス政府とアメリカの政界だが、カネと武器にドップリ使ったゼレンスキーは勝利の妄想から抜け出せなくなった。 ウクライナのバレリー・ザルジニー最高司令官はイギリスの有力誌エコノミストは11月1日付けに記事を投稿、ゼレンスキー派とザルジニー派の対立が明確になった。ウクライナ人が死に絶えるまで戦おうとしているゼレンスキーに対し、ザルジニーは戦闘をやめようとしていると見られている。 そうした対立が表面化した後の11月6日、ザルジニーの補佐官を務めていたゲンナジー・チェスチャコフ少佐が自宅で死亡した。「贈り物の箱」に入っていた手榴弾が爆発したと言われている。 この事件の真相は不明だが、黒幕と噂されているひとりがキリロ・ブダノフ情報長官。その妻、マリアナ・ブダノワが何者かに毒を盛られたと伝えられている。毒物は「ヒ素と水銀」だとする証言もある。状況が明確でなく、フェイクだとする説もある。 ウクライナの内戦は2014年2月、バラク・オバマ政権が仕掛けたクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権が倒されたところから始まる。ヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部では住民がクーデター政権を拒否、クリミアはロシアの保護下に入り、ドンバス(ドネツクやルガンスク)では戦闘が始まったのだ。 ところが、ウクライナの軍や治安機関では約7割がネオ・ナチ体制を嫌って離反、その一部はドンバス軍へ合流したと言われている。そこでアメリカ/NATOはCIAやFBIのメンバーのほか傭兵を送り込み、内務省の下にはネオ・ナチを主体とする親衛隊を創設、それと並行して武器を供給、兵士を訓練しはじめた。 ネオ・ナチを中心に編成されたアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)が拠点にしていたマリウポリ、あるいは岩塩の採掘場があるソレダルにはソ連時代に建設された地下施設、つまり地下要塞が存在、それを利用してアメリカ/NATOは8年かけて要塞線を築いた。 アメリカ/NATOはロシアを挑発、要塞線の内側へ誘い込もうとしたようだが、地上軍を突入させるようなことはなかった。航空兵力、ミサイル、ドローンなどで攻撃、地上戦は地元軍や傭兵部隊に任せた。 ウクライナ軍は6月4日からアメリカ/NATOの命令で「反転攻勢」を始めたが、ロシア軍が築いた「スロビキン防衛線」を突破できず、多くの死傷者を出した。この防衛線は歩兵塹壕、戦車対策の「竜の歯」、土手、地雷原などを組み合わせたもので、数百キロに及ぶ。その防衛線に向かってウクライナ軍は「バンザイ突撃」を繰り返した。 その無謀な攻撃でウクライナ軍は疲弊。ロシア軍はその疲弊したウクライナ軍に対する本格的な攻撃を始めると見る人は少なくない。ストルテンベルグ事務総長が警告したように、アメリカ/NATOにとって「悪い知らせ」が伝えられることになりそうだ。ウクライナ軍の要塞線が突破されたなら、ドニエプル川の東岸やオデッサのあたりまでロシア軍に制圧される可能性がある。
2023.12.06
通称「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」の実態は遺伝子操作薬。この薬物は2022年から大多数の国でうたれなくなった。唯一接種を続けている国が日本だ。しかも安全性を確認しない状態で新タイプの薬を投入しようとしている。そうした政策を推進している日本政府が正気でないことは言うまでもないが、それを受け入れている日本の庶民の気が確かだとは言えない。 どの国でも支配者は騙されやすい国民を作りたいだろう。アメリカでもそうした研究が行われているが、その始まりはナチスの研究。ナチスの幹部だったハインリッヒ・ヒムラーの占星術師だったウィルヘルム・ウルフによると、何も考えず命令に従って死んでいく日本兵のような心理状態を作ろうとしていたようだ。 徳川体制が始まる前、豊臣秀吉の時代に日本では「刀狩り」が行われたが、農民が完全に武装解除されたわけではなく、農民が丸腰になったわけではない。建前として武士と農民は分けられたが、農民が武器を所有することは禁止されなかった。徳川の時代になっても一揆を起こせるだけの武器を手元に持っていた。(例えば、藤木久志著『刀狩り』岩波新書、2005年) 日本では庶民の教育水準も他国に比べて高く、交易も長崎でオランダや中国と、対馬を経由して朝鮮と、北ではアイヌを通じて中国の沿海州からロシアのアムール川沿岸、南では琉球を通じて中国と行っていた。そうしたルートで情報も入ってきたはずだ。日本が徳川時代に鎖国していたという事実はない。明治維新で「開国」したとするイメージを作りたかっただけだろう。 安藤昌益のような革命的思想家を生み出したことから、徳川時代の日本人に「臣民根性」はなかったと推測できる。だからこそ明治維新の直後に自由民権運動が盛り上がり、秩父蜂起のようなことが実行できたのではないだろうか。秩父蜂起の後、日本人の民主度がそこまで高まることはなかった。ナチスが憧れた日本人を生み出したのは明治体制、つまり天皇を絶対視するカルトの教育だと言えるだろう。 アメリカではメディアや広告会社が心理操作の道具として使われてきた。石油を盗掘しているとしてイラクは1990年8月にクウェートを攻撃し、それを理由としてアメリカ軍は従属国の軍を巻き込んで1991年1月にイラクへ軍事侵攻した。その際、ジョージ・H・W・ブッシュ政権は広告会社を戦争の道具として使っている。 イラクへの軍事侵攻を正当化するため、アメリカ議会では1990年10月、人権に関する議員集会が開かれた。その集まりにひとりのクウェート人少女「ナイラ」が登場、イラク軍の冷酷な行為を告発してサダム・フセインに対する憎悪をかき立て、イラクに対するアメリカの軍事侵攻につながる。 彼女はイラク軍が病院から医療機器を盗み、その際に保育器から乳児が外へ出され、乳児は死んでいったと涙ながらには語っているのだが、この話は真っ赤の嘘だった。その嘘を証言した少女は駐米クウェート大使だったサウド・ビン・ナシル・アル・サバーの娘。イラク軍がクウェートに軍事侵攻した状況を知る立場にはなかった。 彼女は目撃していないクウェートでの出来事を迫真の演技で話したわけだが、この演技力のある少女を使った偽証の演出を担当したのは広告会社、ヒル・アンド・ノートンである。クウェート政府が1190万ドルで雇ったという。 その後、広告会社や有力メディアはタッグを組み、米英支配層のためにプロパガンダを進めていく。例えば、ユーゴスラビアを先制攻撃する際にも、2001年9月11日の世界貿易センターやアメリカ国防総省に対する攻撃にも、2011年春にリビアやシリアを攻撃する際にも、2014年にウクライナでクーデターを実行する際にもプロパガンダは強力に推進された。 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてから10日ほど後、ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官は統合参謀本部で攻撃予定国のリストを見たという。そこにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランが載っていた。 2003年3月にイラクを戦争攻撃、リビアは2011年2月、シリアは同年3月に攻撃されている。リビアやシリアでの戦闘を「内乱」と表現することは正しくない。戦闘員の主力はサラフ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団だが、アメリカのほかフランスとイギリスのサイクス・ピコ協定コンビ、アメリカと同盟関係にあったイスラエルとサウジアラビアが侵略の黒幕だった。中国の新疆ウイグル自治区やロシアのチェチェンからも参加していた。 リビアでは2011年10月にムアンマル・アル・カダフィ体制は倒され、カダフィ本人はその際に惨殺されたのだが、シリアは倒れない。NATOの輸送機などでリビアから武器や戦闘員がシリアへ運ばれたが、それでは足りないため、バラク・オバマ政権はサラフ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団への支援を強化した。 そうしたオバマ政権の政策をアメリカ軍の情報機関DIAは危険だと考え、2012年8月にホワイトハウスへ報告書を提出した。オバマ政権が支援している相手はアル・ヌスラであり、その武装集団はAQI、つまりイラクのアル・カイダと同じだと指摘、その政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるとDIAは警告している。2012年当時のDIA局長はマイケル・フリン中将だ。 この警告は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)という形で現実なった。この武装勢力は同年1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にモスルを制圧する。モスル制圧の際にトヨタ製小型トラック、ハイラックスの新車を連ねたパレードを行い、その様子を撮影した写真が世界に伝えられた。 こうした戦闘集団の動きをアメリカの軍や情報機関は偵察衛星、無人機、通信傍受、人間による情報活動などで知っていたはずであり、そうしたパレードは格好の攻撃目標だが、アメリカ軍は動かなかった。 それに対し、アメリカのチャック・ヘーゲル国防長官やマーチン・デンプシー統合参謀本部議長は上院軍事委員会で直接的な軍事介入に慎重な姿勢を示し、クリントン国務長官らと対立する。マイケル・フリンは2014年8月に退役を強いられ、15年2月に国防長官がチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ、9月になると統合参謀本部議長がマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させられた。ロシア政府がシリア政府の要請で軍事介入したのは2015年9月末のこと。ロシア軍はアメリカ軍とは違い、ダーイッシュの部隊を敗走させた。 この段階でアメリカ軍はシリアへ侵入して少なからぬ軍事基地を建設し、手先をダーイッシュやアル・カイダ系武装集団からクルドへ切り替えた。その一方で石油を盗み続ける。 2012年5月にはホムスで住民が虐殺され、西側の有力メディアは政府軍が実行したと宣伝したが、現地を調査した東方カトリックのフランス人司教は、「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている」と報告、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙も、キリスト教徒やスンニ派の国会議員の家族が犠牲になっていると伝えた。 リビアと違い、シリアでアメリカ主導軍は勝てない。そこで西側のプロパガンダ機関は嘘を吐き続けなければならなくなり、荒唐無稽の御伽噺を「報道」だと言い張る状態になった。そうした状態はCOVID-19騒動でもウクライナの内戦でもガザでの虐殺でも続いている。 アメリカを支配する私的権力は第2次世界大戦後、情報をコントロールするための仕組みが作られた。アレン・ダレス、ダレスの側近で戦後に極秘の破壊工作機関OPCを率いていたフランク・ウィズナー、やはりダレスの側近で後にCIA長官に就任するリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムを中心とするモッキンバードだ。 ワシントン・ポスト紙の記者としてウォーターゲート事件を取材したカール・バーンスタインはリチャード・ニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。 その記事によると、1977年までの20年間にCIAの任務を秘密裏に実行していたジャーナリストは400名以上に達し、1950年から66年にかけてニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供したとバーンスタインにCIAの高官は語ったという。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) また、フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の編集者だったウド・ウルフコテは2014年2月、ドイツにおけるCIAとメディアとの関係をテーマにした本を出版、その中で多くの国のジャーナリストがCIAに買収されていて、そうした工作が危険な状況を作り出していると告発している。
2023.12.05
ガザはアメリカの私的権力にとって重要な場所になった。まず、地中海の東部、エジプトからギリシャにかけての海域で9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が発見された。ガザ沖にも天然ガスは存在、そこからキプロスを経由してイタリアへパイプラインで輸送する計画がある。そのライバルになるロシアの天然ガスを運ぶパイプラインはすでにアメリカが止めたり破壊した。 9月8日にニューデリーで開かれたG20サミットの席上、インドのナレンドラ・モディ首相が発表したIMEC(インド・中東・欧州経済回廊)プロジェクトはインド、UAE(アラブ首長国連邦)、サウジアラビア、イスラエルを結び、さらにギリシャからEUへ伸びる輸送ルートで、中国のBRI(一帯一路)に対抗する目的で計画された。後ろ盾はアメリカだ。そのIMECはガザの北で地中海につながる。 19世紀以来、アングロ・サクソンの世界支配プロジェクトで重要な役割を果たしてきたスエズ運河は現在、エジプト領の中。エジプトの影響力を弱めるため、「ベン・グリオン運河」が計画されている。この運河はアカバ湾のエーラト港からヨルダンとの国境沿いを進み、ガザの北側から地中海へ出る。 アメリカの戦略上、重要な場所になったガザにイスラエルは強制収容所を築き、中東を不安定化させている。そこでガザやヨルダン川西岸からパレスチナ人を排除しようとしてきた。この手法はイスラエルを「建国」する際やアメリカを「建国」する際にも使われた。今回のガザに対する攻撃も民族浄化作戦にほかならない。 日米欧や中東の「王国」を支配している人びとはイスラエルの残虐行為を容認しているが、全体で見るとイスラエルを見る目は厳しくなっている。サウジアラビアなど「親米」とされてきた国でも国民の怒りを無視できず、ガザでの虐殺を非難するポーズはとっている。 イスラエル軍がガザで虐殺を続けている別の理由もある。イスラエルはナチスと同じようにカルト色が濃く、その信仰が影響している。 10月7日にハマスの戦闘部隊がイスラエルへ攻め込んだ直後、イスラエルの首相を務めているベンヤミン・ネタニヤフは「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出し、パレスチナ人虐殺を正当化した。 聖書の中でユダヤ人と敵だとされている「アマレク人」を持ち出し、「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を引用、この「アマレク人」をイスラエルが敵視している勢力に重ねて見せたのだ。「アマレク人」を家畜ともども殺した後、イスラエルの民は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神に命じられたという。 そしてサムエル記上15章3節の話を彼は持ち出す。そこには「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」ということが書かれている。これこそがガザでイスラエルによって行われていることだというのだ。 ネタニヤフによると「われわれは光の民であり、彼らは闇の民だ」としたうえで、イザヤの預言を理解しなければならないと主張する。「われわれ」とはイスラエル人、「彼ら」とはパレスチナ人、イスラム教徒、あるいはイスラエル以外の人びとを指しているのだろう。 また、ギラド・エルダン国連大使は10月8日に安全保障理事会で「これはイスラエルの9/11だ」と演説、ヨアブ・ギャラント国防相はパレスチナ人を「獣」だと表現した。 インターネットには、95歳になるイスラエル陸軍の退役兵、エズラ・ヤチンがユダヤ人に対してパレスチナ人を殺して彼らの記憶を消し去れと呼びかけている映像が流れている。 イスラエルの神憑った人びとはナイル川とユーフラテス川に挟まれた地域、つまりパレスチナのほかレバノン、ヨルダン、クウェート、シリア、さらにイラクの大半、エジプトやサウジアラビアの一部を「約束の地」だと主張している。「大イスラエル構想」とも呼ばれている。 アメリカやイスラエルの「建国」は神憑っている。アメリカの場合、1617年にマサチューセッツ湾へ到達したジョン・ウィンスロップは自分たちを「神から選ばれた民」だと主張、神との契約に基づいてマサチューセッツ植民地を建設すると語っている。 この感覚はその後も生き続け、アメリカ軍を「神の軍隊」だと考える人が1960年代にもいたが、ベトナム戦争で「神の軍隊」のはずであるアメリカ軍が勝てない。1967年にベトナム戦争は泥沼化していた。その事実が明らかになるのは1968年1月31日に南ベトナムの主要都市を一斉に攻撃した「テト攻勢」からだ。 マーチン・ルーサー・キング牧師は1967年4月4日にニューヨークのリバーサイド教会で開かれた「ベトナムを憂慮する牧師と信徒」で「沈黙が背信である時が来ている」という主催者の訴えに賛意を示し、「なぜ私はベトナムにおける戦争に反対するのか」という話をしている。牧師が暗殺されたのは1年後の4月4日だ。1968年にはキング牧師と親しかったロバート・ケネディは大統領選挙の最中、6月5日の銃撃され、翌日に死亡した。 1967年6月5日にはイスラエル軍がエジプト、シリア、ヨルダンを奇襲攻撃して第3次中東戦争が始まった。6月8日にアメリカは情報収集船の「リバティ」を地中海の東部、イスラエルの沖へ派遣、そのリバティをイスラエル軍は攻撃する。偵察飛行を繰り返した後の攻撃で、アメリカ軍の艦船だということを知った上での攻撃だ。 午後2時5分に3機のミラージュ戦闘機がリバティに対してロケット弾やナパーム弾を発射、その際に通信機器を破壊しているが、船の通信兵は寄せ集めの装置とアンテナでアメリカ海軍の第6艦隊に遭難信号を発信、それに気づいたイスラエル軍はジャミングで通信を妨害してきた。 その数分後に3隻の魚雷艇が急接近して20ミリと40ミリ砲で攻撃、さらに魚雷が命中して船は傾く。その船へ銃撃を加えている。その結果、乗組員9名が死亡、25名が行方不明、171名が負傷した。 そこへ2機の大型ヘリコプター、SA321シュペル・フルロンが近づいてリバティの上空を旋回し始める。リバティの乗組員はイスラエルが止めを刺しに来たと思ったという。3時36分には魚雷艇とマークの入っていないジェット戦闘機が現れたが、すぐに姿を消してしまった。(Alan Hart, “Zionism Volume Three”, World Focus Publishing, 2005) 遭難信号を受信したとき、第6艦隊の空母サラトガは訓練の最中で、甲板にはすぐ離陸できる4機のA1スカイホークがあった。艦長は船首を風上に向けさせて戦闘機を離陸させている。イスラエルが攻撃を開始してから15分も経っていない。そこからリバティまで約30分。つまり2時50分には現場に戦闘機は着ける。 艦長は艦隊の司令官に連絡、司令官は戦闘機の派遣を承認し、もう1隻の空母アメリカにもリバティを守るために戦闘機を向かわせるように命じるのだが、空母アメリカの艦長がすぐに動くことはなかった。 リバティが攻撃されたことはリンドン・ジョンソン大統領へすぐに報告されたが、ロバート・マクナマラ国防長官は第6艦隊に対して戦闘機をすぐに引き返させるようにと叫んでいる。後にマクナマラはソ連軍がリバティを攻撃したと思ったと弁明しているが、当初の筋書きではそうなっていたのかもしれない。ソ連軍がアメリカの情報収集線を撃沈したというシナリオだ。(前掲書) ホワイトハウス内でどのようなことが話し合われたかは不明だが、3時5分にリバティへ戦闘機と艦船を派遣するという至急電が打たれている。この時、リバティは攻撃で大きなダメージを受け、メッセージを受信できない状況だったが、イスラエル軍は傍受した。 3時16分になると、第6艦隊の第60任務部隊は空母サラトガと空母アメリカに対して8機をリバティ救援のために派遣し、攻撃者を破壊するか追い払うように命令した。イスラエルの魚雷艇がリバティ号の近くに現れた3分後の39分に艦隊司令官はホワイトハウスに対し、戦闘機は4時前後に現場へ到着すると報告、その数分後にイスラエルの魚雷艇は最後の攻撃を実行している。そして4時14分、イスラエル軍はアメリカ側に対し、アメリカの艦船を誤爆したと伝えて謝罪、アメリカ政府はその謝罪を受け入れた。 リバティが攻撃されている際、イスラエル軍の交信内容をアメリカの情報機関は傍受、記録していた。その中でイスラエル軍のパイロットは目標がアメリカ軍の艦船だと報告、それに対して地上の司令部は命令通りに攻撃するように命令している。イスラエル軍はアメリカの艦船だと知った上で攻撃していることをアメリカの情報機関は知っていた。 その交信を記録したテープをアメリカの電子情報機関NSAは大量に廃棄したという。複数の大統領へのブリーフィングを担当した経験を持つCIAの元分析官、レイ・マクガバンもこうした隠蔽工作があったと確認している。(前掲書) 当時、アメリカ政府の内部で秘密工作を統括する中枢は「303委員会」と呼ばれていた。1967年4月、そこで「フロントレット615」という計画が説明されたという。リバティを潜水艦と一緒に地中海の東岸、イスラエル沖へ派遣するというもので、実際、後にリバティや潜水艦は派遣された。 この計画には「サイアナイド作戦」が含まれていた。リバティを沈没させ、その責任をエジプト、あるいはソ連に押しつけて戦争を始めようとしたという推測がある。いわゆる偽旗作戦だ。エジプトが狙われていた可能性が高いだろう。アメリカの偵察船をイスラエルに攻撃させ、船を沈没させて乗員を皆殺しにしようとしたのはジョンセン政権だった可能性があるのだ。 イスラエルが攻撃に踏み切った目的、戦争の実態、リバティを攻撃した本当の理由などを知ることのできる資料が2017年には明らかにされるはずだったが、10年7月にベンヤミン・ネタニヤフ首相は情報公開の時期を20年間遅らせることを決めている。 第3次中東戦争の結果、約43万9000人の新たなパレスチナ難民がヨルダン川東岸へ移動しているが、この時にゲリラ戦でイスラエル軍を苦しめたのがファタハであり、ファタハを率いていたのがヤセル・アラファトである。このアラファトを弱体化させるため、イスラエルはハマスを創設した。 第3次中東戦争以降、アメリカのキリスト教福音主義者(聖書根本主義者)はイスラエル軍を新たな「神の軍隊」とみなすようになり、リクードの後ろ盾になった。ネタニヤフはリクードの政治家だ。
2023.12.04
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は11月13日にアメリカを訪問、ホワイトハウスでジョー・バイデンと会談した。その際、ウィドドはバイデンに対し、ガザでの残虐行為を止めるため、アメリカは努力するように訴えたのだが、バイデンはそれを無視、相手を小馬鹿にした態度を示した。重要な気候の話をしたとして、「寒い」と口にしたと語ったのだ。 ガザにはインドネシアの資金で建設された病院があるが、11月20日にイスラエル軍はその病院を砲撃、2階に命中し、12名以上が殺されたとされている。 イスラエル軍はハマスの地下施設があるという口実で病院もターゲットにしてきた。アル・シファ病院も破壊された病院のひとつだが、エルサレム・ポスト紙が11月14日に掲載した記事などによると、ハマスの地下司令部はそこから8.5キロメートル離れた場所にあった。その情報を知りながら病院を破壊、患者や避難民を殺傷したのだ。 イスラエル軍はガザでハマスと戦っているのではなく、イスラエル建国時と同じように、パレスチナ人を虐殺し、恐怖に駆られた人びとが逃げ出すように仕向けていると考えられている。それをわかっているエジプトは国境を開けず、ヨルダンも警戒している。イスラエルは「パレスチナ問題」をそうしたアラブ諸国へ押し付けようとしているとも言われている。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、「イスラエル建国」ではイギリスが重要な役割を果たした。その第一歩はイギリスの外相を務めていたアーサー・バルフォアが1917年11月2日にウォルター・ロスチャイルドへ出した書簡だが、建国の大きな目的のひとつはスエズ運河の安定的な支配だったと考えられている。 ユーラシア大陸の周辺部を海軍力で支配、内陸国を締め上げるという戦略を成立させる上でスエズ運河は重要な意味を持った。運河によって地中海と紅海を感染が行き来できることはイギリス海軍にとってだけでなく、物資の輸送においても重要だった。イスラエルと同様、サウジアラビアもイギリスが作り上げた国だ。 1920年代に入るとパレスチナでアラブ系住民の反発が強まり、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用することになった。 この組織はRIC(アイルランド王立警察)を支援、IRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立された。隊員の多くは第1次世界大戦に従軍した後に失業した元イギリス兵だ。違法な殺人、放火、略奪など残虐さで有名になった。イギリス政府はその働きを評価、パレスチナへ投入、そこでアイルランドと同じことを行うことになる。 ドイツでナチスが実権を握ると、シオニストはドイツのユダヤ人に目を付ける。そしてシオニストはナチス政権との間でユダヤ系ドイツ人をパレスチナへ移住させることで合意した。「ハーバラ合意」だ。 その後、イギリスの戦略はアメリカに引き継がれた。イスラエルはアメリカを拠点とする私的権力の利権を守る上で重要な存在になったということだ。それをバイデンは上院議員時代の1986年6月に議会で訴えている。 そのスエズ運河は現在、エジプト領の中にある。そこでアカバ湾と地中海をつなぐ「ベン・グリオン運河」が計画された。その出口がガザの北側。また地中海の東部、エジプトからギリシャにかけての海域で天然ガスや石油が発見されていることも重要なファクターだ。 1995年9月、イスラエルのイツァク・ラビン首相とPLOのヤセル・アラファト議長が「オスロ2合意(ヨルダン川西岸地区とガザ地区に関する暫定合意)」に調印、それによってパレスチナ自治政府に海岸から20海里までの海域の海洋管轄権を与えた。 パレスチナ自治政府は1999年にブリティッシュ・ガスと25年間のガス探査契約を結ぶのだが、その年に大規模なガス田が発見された。ところがパレスチナ人はその天然ガスから何の利益も得ていない。その一方で、イスラエルは2007年以降、パレスチナ人に対する弾圧の度合いを格段に強める。そしてイスラエルはガザ沖の天然ガスの支配権を確立する。 2010年、イスラエル北部で推定埋蔵量約4500億立方メートルの大規模なガス田を発見したとノーブル・エナジーが発表。USGS(アメリカ地質調査所)の推定によると、エジプトからギリシャにかけての海域には9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が眠っている。ビル・クリントン元米大統領はノーブル・エナジーのロビイストだった。このエネルギー資源をキプロス経由でヨーロッパへ運ぶという計画がある。 ノーブル・エナジーはヒラリー・クリントンに選挙資金を提供していた。そのヒラリーをジョージ・ソロスが操っていることは2016年に漏れた電子メールで明らかにされたが、そのソロスはロスチャイルド金融資本と結びついている。 ロシアは今年9月10日から13日にかけてウラジオストクでEEF(東方経済フォーラム)を開催したが、その直前の9月8日、ニューデリーでG20サミットが開かれた。その席上、インドのナレンドラ・モディ首相はIMEC(インド・中東・欧州経済回廊)プロジェクトを発表している。 IMECはインド、UAE(アラブ首長国連邦)、サウジアラビア、イスラエルを結び、さらにギリシャからEUへ伸びるルート。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相によると、アメリカがイスラエルにこの計画を持ちかけたという。この回廊は地中海につながるが、その出口がガザに接している。 ロシアと中国は2015年、BRI(一帯一路)とユーラシア経済連合(アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、ロシア)を連結し、多極的な関係を築くと宣言しているが、この構想に対抗することがIMECの目的だ。 インドは以前からイスラエルやサウジアラビアとの関係を強化、サウジアラビアもイスラエルに接近していた。アメリカの属国と化したヨーロッパを繋ぎ止めるため、ヨーロッパと西アジアをつなぐわけだ。その中核になるのがイスラエルにほかならない。 アメリカ政府のエネルギー安全保障顧問を務めるアモス・ホクスタインは11月20日にイスラエルを訪問、ヒズボラの問題だけでなく、地中海東岸の天然ガス田について話し合ったと伝えれている。アメリカにはベン・グリオン運河計画やIMECプロジェクトもあり、ガザの状況がこうした利権を壊さないよう画策しているのだろうが、バイデン大統領はアメリカの私的権力の利権を守るためにはイスラエルを支えなければならないと考えている人物だ。 バイデンが仕えるアメリカやイスラエルの支配層にとってガザのパレスチナ人は目障りな存在。そこでガザから彼らを消し去ろうとしてきたが、今回のガザ攻撃は特に酷い。
2023.12.03
ハマスなどの戦闘部隊がイスラエルへ攻め込んだのは10月7日。アメリカの有力紙、つまりプロパガンダ機関のひとつであるニューヨーク・タイムズ紙は12月1日、ハマスの攻撃計画を1年以上前に知っていたと報道している。ガザで民族浄化を実現するため、ハマスに攻撃させたという説が流れているが、ニューヨーク・タイムズ紙は情報機関や軍の判断ミスだと分析。いわゆるダメージ・コントロールかもしれない。 ハマスが攻撃した直後からイスラエルの情報機関や軍がハマスの計画を知らなかったとは考えられないと主張する人は少なくなかった。ガザはイスラエルが建設した一種の強制収容所であり、その収容所を取り囲む壁には電子的な監視システムが張り巡らされ、人が近づけば警報がなり、地上部隊だけでなく戦闘ヘリも駆けつけることになっているからである。 しかも突入の数時間後、2隻の空母、ジェラルド・R・フォードとドワイト・D・アイゼンハワーを含む空母打撃群を地中海東部へ移動させている。そうしたことから、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権だけでなく、アメリカのジョー・バイデン政権もハマスの攻撃を事前に知っていたのではないかと疑う人が少なくない。 ハマスなどの戦闘部隊がイスラエルへ攻め込んだのは10月7日。その際、約1400名のイスラエル人が死亡したとされたが、その後、犠牲者の人数は1200名だと訂正されている。減った200名はハマスの戦闘員だという。 イスラエルの新聞ハーレツによると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊したという。イスラエル軍は自国民を殺害したということだ。ハーレツの記事を補充した報道もある。さらに、停戦にともなって解放された人質もイスラエル軍にイスラエル市民が攻撃された実態を当事者として証言しはじめた。イスラエル兵も同じように語っている。 それに対し、イスラエル軍はハマスへの報復としてガザに対する無差別攻撃を始めた。すでに1万5000人の住民が殺されたと言われている。その約4割は子どもだ。 イスラエル軍はガザでの戦闘を計画通りに進められていないようで、そのためか11月24日には停戦が実現、人質の交換が行われた。イスラエルへ戻ってきた人質もイスラエル軍がイスラエル人を攻撃したことを明らかにしただけでなく、ハマスから暴力を振るわれなかったとも語っている。それが世界へ伝えられた。 そうした中、アメリカのアンソニー・ブリンケン国務長官がイスラエルを訪問、その直後にイスラエル軍はガザへの攻撃を再開した。長官はイスラエルの攻撃再開を容認する意思をネタニヤフ首相に伝えたと見られている。 ジョー・バイデン大統領は1980年代に議会でイスラエルはアメリカの利権を守っていると力説していた。イギリスの私的権力が自分たちの戦略のためにイスラエルとサウジアラビアを作り、その戦略をアメリカの私的権力が引き継いだわけで、バイデンの発言は事実だ。 今回のガザに対する無差別攻撃もアメリカ支配層の利権を守る、あるいは拡大させるためのものなのだろうが、すでにヒズボラはイスラエルに対する攻撃を再開したようだ。
2023.12.02
アメリカのジョー・バイデン大統領は8月18日に韓国の尹錫悦大統領と日本の岸田文雄首相をキャンプ・デイビッドへ呼び寄せ、軍事問題について話し合った。この会談で「鉄の三国同盟」が形成されたという人もいるようだが、日本と韓国がアメリカの戦闘部隊になったということにすぎない。 この同盟とは別に、アメリカはアングロ・サクソン系国の軍事同盟を太平洋地域に作っている。オーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)で構成されるAUKUSだ。この地域におけるアメリカの軍事拠点はオーストラリアであり、日本や韓国は前線基地ということになる。 こうした軍事同盟のターゲットは中国にほかならない。これは19世紀にイギリスが侵略を試みて以来、アングロ・サクソンの戦略に含まれている。イギリスは1839年から42年にかけて「アヘン戦争」、56年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」を仕掛けた。イギリス東インド会社は中国(清)を食い物にするためアヘンを売りつけたが、中国の反発を招き、戦争になったのだ。 この戦争でイギリスには中国を制圧する軍事力がないことが明確になり、目をつけたのが日本だと言える。そしてイギリスの私的権力は明治維新を仕掛けたわけだ。このクーデターで成立した明治体制はまず琉球併合、次いで台湾派兵、江華島への軍艦派遣、日清戦争、日露戦争と進む。 1894年に朝鮮半島で甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、閔氏の体制が揺らぐ。それを見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵して日清戦争につながる。この戦争に勝利した日本は1895年4月、「下関条約」に調印して大陸侵略の第一歩を記すことになった。 1895年10月、ロシアとの関係を強めていた閔妃を三浦梧楼公使は日本の官憲と「大陸浪人」を使って暗殺、その際、閔妃を含む女性3名を陵辱している。暗殺に加わった三浦公使たちは「証拠不十分」で無罪になり、その後、三浦は枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。 日本軍は1904年2月に旅順港を奇襲攻撃してロシアとの戦争を開始するが、この戦争の戦費を日本に用立てたのは、ロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフだ。戦争はセオドア・ルーズベルト米大統領の調停で終わった。この当時、ロシアは国内が混乱していたこともあり、調停に応じた。 ルーズベルト大統領はハーバード大学出身だが、その先輩にあたる金子堅太郎と親しい。日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説、同じことをシカゴやニューヨークでも語っている。日露戦争の後にルーズベルトが書き残した文書には、日本が自分たちのために戦ったと書かれている。こうした関係が韓国併合に結びついた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015) アラスカ、ハワイ、フィリピンを手に入れ、東アジア侵略を視野に入れていたアメリカにとって日本の韓国併合は願ってもないことだった。アメリカが最も欲しがっていた場所はカリフォルニアのはるか西にある「新たな西部」、つまり中国東北部だった。その場所に日本は「満州国」を建国している。ちなみに、関東大震災以降、日本に大きな影響力を及ぼすことになった金融機関は親ファシズムのJPモルガンだ。 日本の動きを見てもわかるように、台湾や朝鮮半島は中国を侵略するためのルートだ。台湾は日本列島と同じようにアメリカやイギリスの侵略拠点であり、朝鮮半島は橋頭堡だ。台湾がイギリスやアメリカの支配下に入ることは安全保障の上から中国は容認できない。 第2次世界大戦後、アメリカの私的権力は中国に国民党体制を築く計画で、蒋介石に20億ドルを提供しただけでなく、軍事顧問団も派遣している。1946年夏の戦力を比較すると、国民党軍は200万人の正規軍を含め総兵力が430万人。それに対し、紅軍(コミュニスト)は120万人強にすぎず、装備は日本軍から奪った旧式のもので、勝負は明らかのように見えた。 ところが1947年の夏になると農民の支持を得て人民解放軍(47年3月に改称)が反攻を開始、兵力は国民党軍365万人に対し、人民解放軍は280万人になる。1948年の後半になると人民解放軍が国民党軍を圧倒するようになり、49年1月になると解放軍は北京に無血入城、コミュニストの指導部も北京入りする。 大戦後、アメリカの私的権力は破壊工作を目的とする極秘機関OPCを創設、その拠点は上海にもあったのだが、国民党軍の劣勢を見て拠点を日本へ移動させ、厚木基地をはじめ6カ所に拠点を築いた。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, “The United States and Biological Warfare”, Indiana University Press, 1998) その1949年、日本では国鉄を舞台とした怪事件が相次ぐ。つまり、7月5日から6日にかけての下山事件、7月15日の三鷹事件、そして8月17日の松川事件だ。いずれも共産党が実行したというプロパガンダが展開され、組合活動は大きなダメージを受けた。 アメリカは「反転攻勢」を計画、日本が兵站基地になることは明らかだった。そのためには輸送が重要で、ストライキされると戦争を遂行できない。労働組合を潰す必要があったのだが、国鉄の「怪事件」でその目的は達成された。朝鮮戦争だけでなくベトナム戦争も対中国戦争の一環だと考えるべきだ。 中国大陸から蒋介石たちは追い出され、台湾へ逃げ込んで反撃のチャンスを狙う。その準備の一環として1949年から岡村寧次)大将など旧日本軍の幹部に接近している。その岡村は上海で戦犯として裁判にかけられたのだが、中国共産党が彼の情報を入手する前、1949年1月に無罪の判決を受けて帰国し、GHQ/SCAPの保護下に入っていた。 蒋介石が岡村の下へ曹士徴を密使として派遣したのはその年の4月。曹は岡村や富田直亮少将と東京の高輪で会談して「台湾義勇軍」を編成することで合意、富田少将が「白鴻亮」の名前で義勇軍を指揮することになった。そこで義勇軍は「白(パイ)団」と呼ばれている。 白団は1950年の正月頃に台湾へ渡り、日本軍の戦術や軍事情報を台湾軍に教育して国家総動員体制を伝授した。翌年の夏までに83名の旧日本軍参謀が台湾へ渡っている。1969年に白団は解散するが、それまで台湾に大きな影響力を及ぼし続けた。その後、台湾はアメリカの支配下に入る。 白団へ軍事情報を渡していたのは「富士倶楽部」、つまり陸士34期の三羽烏と呼ばれた服部卓四郎大佐、西浦進大佐、堀場一雄大佐、あるいは海軍の及川古四郎大将や大前敏一大佐たちだ。 服部はノモンハン事件で作戦指導を行った軍人で、G2(情報担当)のチャールズ・ウィロビー部長から信頼されていた。1949年に服部は市ヶ谷駅の近くに「史実研究所」をつくり、その後、白団へ軍事図書や資料を提供している。その中には自衛隊の教科書も含まれていた。 服部のほか有末精三陸軍中将、河辺虎四郎陸軍中将、辰巳栄一陸軍中将、中村勝平海軍少将、大前敏一海軍大佐らはアメリカ軍と特に緊密な関係にあり、「KATO機関」、あるいは「KATOH機関」と呼ばれた。ジャーナリストの森詠によると、このうち辰巳中将を除く5名は東京駅前の日本郵船ビルを拠点にし、その3階には「歴史課」と「地理課」があった。 要するに、アメリカは旧日本軍の将校を使い、台湾を拠点として中国との戦争を始めたのだが、1972年2月にアメリカと中国は国交を正常化させる。当時のアメリカ大統領、リチャード・ニクソンは北京を訪問して中国を唯一の正当な政府と認め、台湾の独立を支持しないと表明した。「ひとつの中国」だ。その合意を2022年8月2日、アメリカの下院議長だったナンシー・ペロシが台湾を訪問して壊しにかかる。ペロシが台湾を訪問してからアメリカ政府は台湾への軍事支援を鮮明にした。中国にとって台湾の「独立」はアメリカの軍事基地になりうることを意味すると言える。
2023.12.02
ウクライナのテレビ局「1+1」は先日、自国軍の戦死者と行方不明者の合計を112万6652人だと画面に表示、話題になった。局はすぐに間違いだと訂正したが、隠していた本当のデータを流してしまったと推測する人もいる。現在、ウクライナでは政権に批判的なメディアは活動できないので、このテレビ局も政権に従属しているとウォロディミル・ゼレンスキー大統領は判断していたのだろう。 イギリスのベン・ウォレス前国防相は10月1日、テレグラフ紙に寄稿した記事の中でウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えていると指摘、もっと多くの若者を前線へ送り出せと要求している。「学徒動員」や「少年兵」を前線へ送り出せというわけだ。前線では妊婦のウクライナ兵も見つかっている。それだけ戦死者が多いということだ。 アメリカのバラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したが、ヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部では住民がクーデター政権を拒否、クリミアはロシアの保護下に入り、ドンバス(ドネツクやルガンスク)では内戦が始まった。 ところが、ウクライナの軍や治安機関では約7割がネオ・ナチ体制を嫌って離反、その一部はドンバス軍へ合流したと言われている。そこでアメリカ/NATOはCIAやFBIのメンバーのほか傭兵を送り込み、内務省の下にはネオ・ナチを主体とする親衛隊を創設、それと並行して武器を供給、兵士を訓練している。 また、ソレダルには全長200キロメートルという岩塩の採掘場を利用した地下要塞を建設、アゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)が拠点にしていたマリウポリにも地下要塞を整備し、要塞線を築いた。 2022年3月にはガザと同じようにドンバスを破壊、住民を虐殺してロシアを挑発、ロシア軍を要塞線の内側に誘い込んだうえでクリミアを別働隊に攻撃させる計画をアメリカ/NATOは立てていたとも言われているが、その直前にロシア軍がドンバス周辺に集まっていたウクライナ軍を壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設を攻撃したとされている。 つまり、この段階でウクライナの敗北は決定的。そこでイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役として停戦交渉を開始、双方とも妥協して停戦は実現しそうだった。 ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛び、プーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつける。その足でベネットはドイツへ向かい、シュルツと会うのだが、その3月5日、ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺している。クーデター以降、SBUはCIAの下部機関になったとされている。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と6月17日に会談しているが、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。こうした停戦合意を壊す上で重要な意味を持つ出来事がブチャでの虐殺問題。 停戦交渉の進展でロシア軍はウクライナ政府との約束通りにキエフ周辺から撤退を開始、3月30日にはブチャから撤退を完了した。31日にはブチャのアナトリー・フェドルク市長がフェイスブックで喜びを伝えているが、虐殺の話は出ていない。 ロシア軍が撤退した後、ウクライナの親衛隊が現地に入るが、その後に西側の有力メディアはロシア軍が住民を虐殺したとする宣伝を始めて停戦交渉を壊した。 その間、4月9日にイギリスのボリス・ジョンソン首相がキエフへ乗り込んで停戦交渉の中止と戦争の継続を命令、4月21日にはウクライナ南部のミコライフ州のビタリー・キム知事が「ウクライナ24テレビ」の番組で「全ての裏切り者を処刑する」と国民を脅し、4月30日になるとナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。 この情報を裏付ける証言を「1+1」が11月24日に放送している。与党の有力議員でトルコを仲介役とした停戦交渉でウクライナ側の中心にいたデビッド・アラカミア議員は、ボリス・ジョンソンが停戦交渉を挫折させる上で重要な役割を果たしたと語っているのだ。 ジョンソンが首相を務めていたイギリスの支配層はゼレンスキーに見切りをつけ、情報機関MI6が動き始めていると言われている。来年3月に大統領選挙が行われればゼレンスキーは破れる可能性が高いが、本人は選挙を実施するつもりがないようだ。裏で画策するか、場合によってはクーデターが実行される可能性もある。 イギリスが後釜として考えているのはバレリー・ザルジニー最高司令官だと見られている。イギリスの有力誌エコノミストは11月1日付けでザルジニーの意見を掲載している。キエフではゼレンスキー派とザルジニー派が対立している。2014年のクーデター直後、ネオ・ナチでNATOと緊密な関係にあるドミトロ・ヤロシュがウクライナ軍最高司令官の顧問に就任、軍をコントロールしていたが、その仕組みが崩れているかもしれない。 そのザルジニー最高司令官の補佐官を務めていたゲンナジー・チェスチャコフ少佐が11月6日に自宅で死亡した。「贈り物の箱」に入っていた手榴弾が爆発したと言われている。この事件の真相は不明だが、黒幕と噂されているひとりがキリロ・ブダノフ情報長官。その妻、マリアナ・ブダノワが何者かに毒を盛られたと伝えられている。毒物は「ヒ素と水銀」だとする証言もある。状況が明確でなく、本当に殺害を目的としていたのかどうかも不明だ。 キエフで権力闘争が始まり、その背後には米英の支配層がいることは間違いないだろう。イギリスはゼレンスキーに見切りをつけたが、アメリカではイギリスに同調している勢力とゼレンスキーをあくまでも支えようとしている勢力がいるようだ。 そうした抗争が始まった原因はウクライナの戦闘でアメリカ/NATOが傀儡として使ってきたゼレンスキー政権の軍隊の敗北が隠せなくなってきたことにある。アメリカ/NATOはウクライナに「総玉砕」攻撃を命令、ロシアを少しでも疲弊させようとしたが、失敗に終わった。膠着状態にあるわけではない。
2023.12.01
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