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恋する光る海老蔵~源氏物語版・地獄変への布石~「幻」の次にはさまれた「雲隠」。本文がないとされるこの帖を、「源氏物語」私考でお楽しみいただければ幸いです。光と影の対決。真に輝くのはどちらか。第五十五帖 <雲隠-2 くもがくれ> 夢か現か幻か婦人画報2005年1月号は、100号記念に相応しい対談・特集が目白押し。中でも平成の紫式部こと瀬戸内寂聴氏×平成の光源氏こと市川海老蔵氏の対談は歌舞伎界への大きな布石のひとつとして長く記憶されるものになるに違いないと思います。御園座版「源氏物語」を書いた寂聴氏。台本のト書きには「ここで観客がため息をつく。」「うっとりさせる。」「出てきただけでハッと。」などと書かれていたらしく、戸惑っていたと海老蔵氏。もちろん、寂聴氏の指摘どおり、私を含めた観客は、生きて歩く光源氏に「ため息」「うっとり。」「ハッと。」、まるで台本どおりに反応していたのでした。恋でキレイに48~源氏物語で恋愛セミナー【雲隠1】~光る海老蔵の歌舞伎 海老蔵氏は「源氏なんて何をしても許されると思っている男、大嫌いだ。」と三年前の初演で、初めて寂聴氏に会ったときに言ったそうです。その感覚は、今回もある程度持ち続けているそうで、藤壺や朧月夜を奪う源氏が恨まれるのは当然だと。そして、いまだ色男の部分しか出ていない源氏を演じているため、(何故こうも人々が惹きつけられるかが)どうも腑に落ちないと。パーフェクトな人間なら納得できるのだが、という言葉に、そんな男とは恐くて暮らせない、との切り返しが。源氏の持つ矛盾、千年も読み継がれてきた理由に、寂聴氏もまだ答えを出せていないのだとか。それでも、演じて三年たってみると、源氏のことをある程度理解できるようになったそう。いろいろな経験や恋をし、源氏と重なる部分が増えたということでしょうか。寂聴氏曰く「あなたこそ梨園の御曹司で何をしても許される」存在だと。そして襲名によってその奢りが非常に謙虚になったことや、武蔵から源氏までできる才能と美貌を手放しで褒めています。源氏の年齢と、ほぼ同じような歩みで演じている新之助~海老蔵源氏。今後やってみたいと再三、頼んでいるのは、なんと「地獄」。女三宮の不倫こそが地獄と寂聴氏が言うのを、それは現実のこと、そうではなくて真の地獄を演じたいと。地獄を演じられるのなら、源氏の物語でなくてもよいと。そうでなければ、ライバルのいない源氏が真に輝かない。地獄に落ちた源氏自身が、ライバルなのではと。「地獄などない。念仏を唱えればみな極楽に。」と言う寂聴氏に「そう言い切れるのは地獄を知っているからでしょう。地獄に触れているのもいいことなのでは。」と説得する海老蔵氏。あたかも源氏が紫式部を口説く格好。「もっといい男に書いてくれ。」ならぬ「地獄に落としてくれ。」とはこれいかに。梨園では不義の子の誕生などよくあること、自身の行状を鑑みてもその程度では物足りないということでしょうか。寂聴氏にしてみれば、この世こそ地獄。先日も『情熱大陸』に出演されていましたが、「生きていたって何もいいことないんだもの。」「出家しなければ自殺していたでしょうね。」とつぶやいていたのが印象的でした。とにかく最後まで演じきりたいとの言葉に、遺言にしてでも脚本を書き尽くすとの約束が交わされた模様。須磨・明石、六条院での栄華、女三宮や紫の上との葛藤と別れ、この世を去ったあとまで、源氏をあますところなく観せてくれることを期待しています。
December 31, 2004
「ガラクタ捨てれば自分が見える」(カレン・キングストン)という本を一昨年、紹介されて読みました。いらないモノを捨てることで、お金の出入りや人間関係がスムーズになるということに惹かれました。当時、私は心身ともに疲れていて、仕事を辞めるか迷っている時期。本を読んで、モノは試しと家の中のいらないモノを捨てることにしました。最初はパソコン周り。たくさん溜まっている紙類を整理し捨ててみると、不思議なことに、夫の営業で売上げがあったのです。夫の会社では売上げがあると褒賞の半分を現金ですぐに渡してくれるのですが、大量の紙類をゴミに出したその日のうちに「ハイ、これ。」とのし袋が。偶然かとも思いましたが、それからキッチン、居間、和室、子供部屋、バスルームと念入りにお掃除してゆく度に何故か夫の売上げが上がるのです。そのうえ、私の周囲の人間関係も変わり始めました。結局会社は辞めることになったのですが、その分、地域での活動やセミナーへの参加が始まり毎日がとても充実し始めました。好きで始めたことがお金に結びつくチャンスにも恵まれるようになっています。普段のお掃除ではなく、つい溜めてしまうガラクタが我が家の気まで、滞らせていたのですね。年末で大掃除をされる方も多いと思います。寒い時期なのですが、普段よりお家をスッキリさせるときっといいことが起るはず。あ、それから「お金が欲しいからお掃除」ではなく、「お掃除してキレイになった、気持ちがいいな。お金はなくてもいいけど、あったらいいな。」こんな感じがポイントのよう。いらないモノを捨てるということは、すでに自分にとって必要でなくなったものを手放し、新たに大切なものが入るためのスペースを作るということ。これは人間関係にもお金にも自分が住んでいる世界観にも大きな影響を与える。味わい手放しまた出逢う。モノと自分のよいサイクル。ここにもキャッチアンドリリースが生きているような気がします。年末の大掃除のあと、ヤフーさんに申請していた源氏物語をまとめたサイトが検索登録されました。皆さまとご一緒に愉しませていただいたおかげと、本当に感謝しております。皆さまも、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。
December 30, 2004
♪家事に向かない荒れた手のひら(Mr.Children )♪を愛してくださる方がいらしてもやはり美しい手は守りたいもの。すぐ手荒れしてしまう方。もしかしたら、お使いになっている洗剤がお肌に合わないのかもしれませんね。私もひどい湿疹で、一時は指紋もないほどでした。ゴム手袋をはめても過敏になった指が痒くなるほど。手が綺麗になるのは、お盆に実家に帰った3日間だけといった感じでした。さて、そんな私が重曹(ベーキングソーダ)や手作り石鹸などのシンプルクリーナーに出会いました。重曹は昔、母が皮膚の弱かった私の体を洗うお湯に入れてくれていた記憶があるくらいでしたが、それこそ、早く気づけばよかったのですね。よく見るのは「ベーキングソーダ335の使い方」ネットや他の本も読むと、重曹の使い道は覚えきれないほど。年末でお掃除を念入りにされる方も多いと思いますのでよろしかったらご参考に。・キッチン・バスルーム・トイレなど水周り「重曹」を振りかけて磨いてみてください。穏やかな研磨力があり、手が荒れません。我が家は蜂蜜の入っていたプラスチックの容器に入れて振りかけています。浴槽掃除をすると、いつも泡が残っている感じでしたが重曹はスッキリと落ちてくれますし、入浴剤にもなるものなので安心して使っています。スポンジをバスルームに置いておくとカビやすいのですぐ洗えるタオルにつけて磨いても。・鏡・ガラス・窓拭きこれは何といっても「炭酸水」がおすすめ。ドラックストアなどに売っている外国製の甘くない炭酸水のボトルにスプレーを付けて使ってみてください。ふき取りもいらず、ピカピカになります。炭酸が抜けてもずっとお使いになれますよ。・電子レンジの中・ガスレンジ・換気扇・冷蔵庫「重曹」大さじ1・水カップ1を耐熱容器に入れ、電子レンジで沸騰させて蒸気がついた中をふき取ります。重曹は油を落としやすくするので汚れがよく落ちますよ。耐熱容器に残った水溶液は、タオルにつけるかスプレーに入れ、ガスレンジ・換気扇・冷蔵庫をお掃除してみてください。こびりついてしまった汚れは、重曹を粉のまま振りかけて磨くとキレイになります。・床重曹の水溶液を作り、スプレーして拭いてください。油汚れもよく落ちます。ワックスは、ミツロウが主成分のものがおすすめ。すべり易いので薄く塗ってくださいね。ミツロウはスキンケアクリームも作ることができる優れもの。キレイのひみつ23「スキンケアクリームを作る」日々のお掃除を愉しく、そしてあなたの手もお家も輝きますように☆
December 28, 2004
恋を味わい手放しまた出逢う。源氏物語最終帖。人生の再生に繋がる架け橋。第五十四帖 <夢浮橋 ゆめのうきはし> あらすじ薫は寄進を終えてから、横川に着きました。薫の突然の訪れに戸惑い、懸命にもてなす僧都は、浮舟の話をきいて驚愕し、今までの全ての経緯を話します。僧都の話を聞き、浮舟が生きていたことに涙する薫は、尼たちの庵へ行きたいと言います。「髪を下ろした法師でもこの世への妄執が消えないこともある。女人ならなおのこと。罪作りなことをしてしまった。」浮舟を落飾させてしまったのを後悔する僧都。すぐには山を降りることはできないので、来月、文を届けるとの僧都の言葉に、薫は待ちきれない思いです。薫は小君を使いにし、僧都に小野への文を書いてくれるように頼みました。浮舟への橋渡しなど僧として罪になると躊躇し、薫が直接会いに行くように言う僧都。「罪などと。私が俗人で今までいたのがおかしいのです。幼い頃から出家を心ざしていましたが、母宮のためにできないでいるのです。仏が制していることは少しでもしないつもりで、心は聖にも劣りません。まして重い罪を得るなど有り得ないこと。私はただ、浮舟の母親の思いを晴らしてあげたいのです。」「なるほど、それは尊いこと。」薫の言葉に僧都はうなずき、文を小君に渡します。薫はこのまま小野に寄ることも考えましたが、やはりいったん京に戻ることにしました。小野にも、薫一行が京に向かうざわめきが聞こえてきます。薫が女二宮を妻に迎えたことなどの噂をする尼たち。宇治へ薫が通っていたことを思い出して辛くなった浮舟は、ただ阿弥陀仏にすがって心を紛らわし、何も言わないようにするのでした。横川から戻った翌日、薫は早速小君を小野への使いにします。小君の姉が生きているらしいが、母君にははっきりとわかるまで伝えないようにと言う薫。美しい浮舟が亡くなったことを悲しんでいた小君は、薫の言葉を嬉しく聞きます。「昨夜、薫の君の使いがきましたか。事情を聞いて驚いていると女人にお伝えください。」僧都から文を受け取り、浮舟を問いだたす尼君。浮舟が何も話さないのをもどかしく思っていると、小君が僧都の文を携えて小野へ到着します。「入道の姫君に 山より」明らかに浮舟宛の文を開こうともしないのを見かねて読んでみる尼君。「薫の君からいきさつを聞かれ、全てお話しました。薫の君のお志の深さにそむき、尼になられたこと、驚いております。復縁され、薫の君の愛執の罪を晴らして差し上げますように。出家は一日でも功徳がはかりしれませんので、今後も仏に頼られるのがよろしいでしょう。私もそちらに伺いますが、まずは小君が事情を話すと思います。」「この方は誰なのですか。今になっても私に隔てをおかれるなんて。」文を読んでも事情がわからず、浮舟に迫る尼君。小君が懐かしく、母君のことを尋ねたくて涙する浮舟。面差しの似ている小君が弟であると思い、尼君は部屋に入れようとします。「隔てをおいて何か話さないことがあるように思われていらっしゃるのが辛いのです。けれど、本当に何も思い出せません。この方にも見覚えがあるような気もしますが、私のことは誰にも知られたくはなく、ただお会いしたいのは母君だけ。僧都が文に書かれた方には一切知られたくないので、どうか私を隠してください。」尼君は僧都の隠し事など出来ない性格や、薫の身分の高さを言い募り、浮舟のいい分には賛成せず、小君を招き入れました。小君は確かに姉がいると聞いてきたのに、他人行儀な扱いをされるのが不満で、薫の文の返事をもらってすぐに帰ろうとしています。またも浮舟が読もうとしないのを、無理に開いて差し出す尼君。「聞いたことがないほど罪の重いあなたの心は僧都のことを思って許します。今はあの夢のような出来事をお話したいと心が急くのがもどかしく、人目にもどう映っているかと。『仏道修行の師と思い訪ねてきた道が思わぬ惑いの山に入ってしまいました。』この人を覚えていますか。あなたの形見にしているのですよ。」浮舟は尼になった姿を知られるのが辛くてたまらず伏してしまいます。尼君が返事を書くようにすすめても、今日は書けないと文を返す浮舟。「物の怪が憑いていつもお加減が悪く、尼になったのも懇意の方がいるのではないかと心配しておりました。本当に申し訳なく思っております。今日もまた心惑っておられるようで。」小君はなんとかひと言でも浮舟の言葉を聞きたいと思いますが、何もなく、姿を見ることもできないまま京に戻ります。薫は小君の帰京を苛立ちながら待っていましたが、何の手ごたえもなく戻ってきたので、がっかりします。すでに他の男性に囲われているのではないかなどと、自分がかつて宇治に放っておいたことから思い合わせている薫なのでした。恋愛セミナー851 薫と浮舟 恋の終着駅俗と聖が入れ替わり、入り混じる。そんな瞬間をまざまざと見せてくれる帖です。薫に訪ねられた僧都は、ひたすら保身にまわっているように見えます。出家をさせた本人が、薫を止めることもせず、恋の橋渡しをしている。薫の仏への帰依や愛人として遇するつもりはないことを聞き、納得した風を見せても、文にはしっかり「愛執の罪を晴らすように。」と書く。薫の思惑など見抜いているのです。僧都が浮舟にすすめているのは「還俗」といって、出家した人がもとに戻ること。中途半端な気持ち、この世を完全に手放すことができずに出家する例がかなり多かったのでしょう。源氏が世を捨てるのも、たくさんの関係者や身分や財産など、全てをきちんと処理し、手放すために相当な時間がかかりました。寺の準備を始めてから20年ほどかかっていますが、紫の上を亡くしたために決心がついたようなもの。薫が話していることとは裏腹に、この世を捨てる状況も、決心もできていないことが、たくさんの出家者をみてきた僧都には手にとるようにわかったに違いありません。この世の栄光も、恋も、全てを味わい尽くしてからでないと手放せない。今だ己が本当は聖なる存在で、俗には、はからずも片足を入れているだけ、などと言い訳している薫に、自分が俗にまみれていることを自覚し、痛い思いをもっとせよと、そうでなくては、本当に、世を手放すことなどできはしないと。世間ずれした尼君の兄ということもあり、一見、俗なる聖職者ともとれる僧都は、同じ男性である薫に、そう伝えているように思えます。そして浮舟。小君の訪れに涙しても、薫本人への思いは断ち切ろうとしています。出家すれば完全に俗との縁がなくなるわけではないという現実を、中将とのことで思い知っている浮舟。周囲から、散々さとされ、引き合わせられようとしても、自らは決して会おうせず強情にさえとれるその姿は、あの大姫を彷彿とさせます。二つの激しい恋の渦に巻き込まれ、二度も身を捨て、聖なるものと俗なるものの交差する場所から、人生の裏の裏まで見尽くした、人形・浮舟。自ら聖なるものになろうと思っていたわけではない浮舟が、己を聖なるものと思い込んでいた薫より、はるかに先んじようとしている。人形として薫の前に現われた浮舟が、薫が求めたとおり、大姫のように仰ぐべき存在になろうとする萌芽が見えます。かつて藤壺の身代わりとして用意された紫の上が源氏を越えていったように、そして、源氏も紫の上を仰ぐ己を受け入れたように。薫が人間として立ち上がった浮舟を、またはもっと大いなる存在を受け入れ、真に手放せる日はやってくるのでしょうか。紫式部の、魅力。香り高き糸で織り成したような物語で、人生の全てをあますところなく示し、惹きつけられた人の夢の橋桁をさっとひいてしまう。源氏も薫も紫の上も浮舟も、登場人物の全てはあなたの中にある美しき夢。今度は、彼らを見て学んできたあなたが美しく生きるとき、と。菊のベールの中から、葵の門をくぐった女性たちもこの物語を携え、自分を重ねつつ時を重ねていたことでしょう。聖にも俗にも全てを受け入れ、味わい尽くし、手放す、そしてまた出逢う。始まりは終わり、終わりは始まり。「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 嶺にわかるる よこ雲の空 (定家)」*********************************************源氏の三部全編を、拙いあらすじではございますが、ご紹介させていただきました。最後まで到達された方、おめでとうございます、そして読んでいただいてありがとうございます。壮大なる源氏物語の最終章としては、かなりあっけない幕切れに、戸惑われた方もいらっしゃるかと思います。宇治十帖を紫式部が書いている途中に亡くなったのではないか、別に作者がいたのではないか、などとも言われているようですが、皆さまはどうお感じになりましたでしょうか。また、全編を通して心惹かれる場面や人物などをお教えいただければ幸いに存じます。最後にご紹介したのは、「夢の浮橋」のあらすじをまとめた直後に読んでいた「百人一首」の本に紹介されていて、目に飛び込んできた歌です。新古今和歌集・百人一首の撰者にして源氏研究の大家・藤原定家の作。この歌は難解とされているそうで、古来いろいろな解釈がされているそうですが、ふと、新春のころ源氏物語を夜半まで読み、夢の浮橋まで辿り着いた定家が、途絶えてしまったような物語に放り出されて戸惑う気持ちのままあけぼのの空を眺めたのではないか。そして分かれては消え、消えては生まれる雲に思いを託したのではないか。こんな戯訳を思いつき、物語の最後にご紹介させていだきました。源氏については、これからも人物や現代との共通点、演劇や文化に与えた影響などを皆さまと考えてゆけたら幸いです。只今注目しております海老蔵&寂聴コンビの源氏物語についてのことなども。演劇・ヨガ・自然療法・手作り石鹸などのことも平行して、キレイについてお伝えできたらと思っております。また、これまでの日記に立ちかえってお読みになり、お気づきになることがありましたらかならずお返事させていただきますので、お書き込みいただければうれしゅうございます。フリーページに源氏を載せていたころから読んで下さった方、源氏に繋がるご縁を引き合わせて下さった方、登場人物の魅力を始め、様ざまなご示唆をいただいた方、キャッチアンドリリースについて深い考えを下さった方、いつも愛について教えてくださる方、源氏を愛する優しい視点から物語を読むことを伝えてくださった方、男性の立場からみることをお教えくださった方、そして訪れてくださった方すべてに改めて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。今後もどうぞよろしくお願いいたします。
December 27, 2004
恋の一周忌。泣くのは相手を忘れられぬゆえ?それとも我が身の哀れさゆえ?第五十三帖 <手習-5 てならい> あらすじ年が明けました。匂宮のことを疎ましく感じつつも、ふと記憶が蘇る浮舟。「降り続ける野山の雪を眺めても過ぎた日のことが今日も悲しい。」紅梅を見ても、匂宮の香りを思い出します。そんな時、大尼君の孫にあたる紀伊の守が小野を訪れました。「京に戻ってから日がたってしまいましたのは、薫の君が宇治へ行かれるのにお供したからなのです。ご関係されていた八の宮の姫が亡くなって一年たつそうで、私も法要のため、女性の衣装をおさめるのですがこちらで用意していただけたらと思いまして。昨日も、薫の君は川を見て号泣されていました。」尼君に紀伊の守が話すのを、心を大きく波立たせて聞きいる浮舟。薫が自分のことを忘れていないのなら、母君はもっと悲しんでいるだろうと思います。尼君たちは早速、法要のための衣装を作りはじめます。「ここを縫うのを手伝ってください。」尼君の渡す衣が自分の法要のためと思い、心炒られて伏してしまう浮舟。「尼の衣に変わってしまった私。かつての形見にこの衣を袖にかけてしのぼうか。」何か隠していることがあるのではないかと尼君は心配していますが、「話すことは何も。」とごまかしてしまう浮舟なのでした。薫は浮舟の法要を終えても辛い思いは消えません。常陸の守の子ども達をよく後見し、特に美しい浮舟の弟を贔屓にしています。ある雨の降る夜、薫は明石の中宮を訪ねました。「世話をしていた女人が亡くなってから足が遠のいていた場所に久しぶりに行きこの世の無常を感じました。八の宮の山荘はやはり人に道心を起こさせる『聖の棲みか』なのでしょう。」薫の辛そうな様子を見て、明石の中宮はあの僧都の話をするように小宰相に伝えます。日を改めて薫がやって来たときに、小宰相はあの話をしてみました。薫は驚愕し、何故中宮が直接話してくれなかったのかと嘆きます。「亡くなり方がおかしいと思っていた人に似ていますね。その人はまだ生きているのですか。」尼になったという話を聞いて、ますます浮舟だと確信する薫。中宮が話さなかったのは匂宮に止められていたからではないかと疑い、それならば会わないほうがよいと思います。薫は明石の中宮に宇治で浮舟が亡くなったときのことを話し、匂宮が知っているのなら何もしないつもりだと伝えました。「匂宮には何も。ひどいことをしたと聞いておりますので知ればまた騒ぎになるはず。宮の行動が世間にも軽んじられているのを、憂えているのです。」明石の中宮の言葉に、薫は秘密がもれることはないだろうと考えます。薫は毎月、薬師如来に寄進をしていたので、そのついでに横川に寄ることを計画し、浮舟の弟・小君を連れて行くことにします。横川に向かう薫は、女人が浮舟だとしても、尼たちの中に混じって、誰かにすでに身を任せているのではないかなどど考えるのでした。恋愛セミナー841 薫と浮舟 尼になった愛人思いをかけている最中に失踪した愛人が、生きているとしたら。そして、すでに手の届かない出家の身になっていたとしたら。薫の浮舟に対する気持ちが明らかになってゆきます。尼になったと聞いた衝撃よりも、まず、他に相手がいるのではないか、匂宮にかくまわれているのではないかということが気になる薫。いままで散々、宇治の橋姫たちとの関係に裏切られてしまった薫の、哀しい猜疑心です。薫が宇治で号泣していたのは、浮舟のためだけだったのでしょうか。匂宮という、俗の最たる人物をそばにして、修業に励み、女性に溺れることもなかった自分を人よりは聖なるものに近いと思っていた薫。もとは仏道修行をするつもりで訪れた「聖の棲みか」で、俗なる恋に出逢い、大姫、中の姫、浮舟と、流転した軌跡。薫の涙は自分を見失わせた恋への、悔しさゆえだったかもしれません。浮舟も、薫の涙を通して、母君の方に思いを馳せています。自分の一周忌のための衣が、目の前で縫われているなど、死後も彷徨ってこの世を見ているかのよう。自分が物の怪にでもなった気がしたのではないでしょうか。中将もそうでしたが、出家した女性でも、その気になれば手に入れることは可能だと薫も考えているようです。尼寺にいるにもかかわらず男性を通わせているなど、ごく当たり前のように連想する薫。仏道修行に励み、聖であることを目指していたはずの薫の現状が、露呈しています。薫は、浮舟を取り戻すことができるでしょうか。次回、最終帖です。
December 26, 2004
恩愛ある人々に思いを馳せる清き日。尼になるとき、恋人よりも母親にこだわる女性。またも兄として。恋する男性の常套手段。第五十三帖 <手習-4 てならい> あらすじ美しい黒髪を最後にもう一度梳きながら、浮舟は母君のことを思っています。髪の長い姿を母君に見せないままに尼になってしまうのを、悲しく思う浮舟。それでも僧都がやってくると、きっぱりと出家の意向を伝えました。美しい浮舟を惜しみ、しばらく時をおいてみてはと言う僧都。浮舟は尼君が帰ってからでは遅いと思い、やはり強いて出家を遂げたいと頼みます。ようやく僧都は納得し、弟子を呼んで浮舟の黒髪を下ろすように伝えました。浮舟が発見されたときの様子を見ている弟子は、生きることに希望が見出せないのだろうと思いつつも、几帳から出された黒髪の美しさに感嘆し、鋏を入れるのを忍びなく思います。ただならぬ有り様に気づき、慌てて少将の尼がやってきたときは、すでに受戒は終わり、法衣の用意さえできなかった浮舟に、僧都が自分の衣を着せているところでした。「親御のいらっしゃる方を拝みなさい。」僧都の言葉に、母君がどこにいるのかと、こらえ切れずに泣く浮舟。少将の尼は浮舟を責めますが、始まってしまった得度式を止めることはできません。「流転三界中、恩愛不能段(るてんさんがいちゅう おんないふのうだん三界の中を流転し恩愛は絶つこと能わざれども 恩を捨てて無為に入るは、真実に恩に報ゆるといへり。)」出家のための経を僧都の後に復唱しながら、命を絶とうとした時に恩愛との縁は果てていたのにと悲しく思います。あまりにも多い髪を充分に切ることができていないのを、尼たちになおしてもらうように言い、額髪だけを揃える僧都。「髪を下ろしたことを後悔されませんように。」浮舟は、尼君たちが止めていたため、今まで果せなかった出家ができたことを心から喜ぶのでした。少将の尼は嘆きますが、ただ嬉しいばかりの浮舟。「自分も人もなきものと思いつつ捨てた世をさらに捨てた私。」こんなことを歌に書いていると、浮舟が髪を下ろしたことを聞いた中将から文がきます。「岸が遠く漕ぎ遠ざかってゆく海女(あま 尼)の舟に私も乗り遅れはしないと急ぐのです。」「心こそ憂き世の岸を離れたけれどこの先行方もわからない海女の浮き木のような私。」浮舟が手習いのように試し書きしたものを、少将の尼はそのまま届けるのでした。初瀬から帰ってきた尼君が嘆き悲しむさまは尋常ではありません。尼君の様子に、亡がらもなく悲しんでいるだろう母君を思う浮舟。浮舟の法衣を用意しながら、尼君は僧都のことを責め続けます。女一宮の病気は、僧都の祈祷によって全快しました。雨の降る夜、明石の中宮と女一宮に憑いていた物の怪のことを話しつつ、ふと宇治の院で物の怪に憑かれた女人が見つかったときのことを口にする僧都。僧都の伝える奇怪な話を恐がり、眠っていた小宰相など女房たちを起こす中宮。小宰相や明石の中宮は、その女人が薫の亡くした愛人ではないかと思いいたります。僧都は宮廷からの帰りに、小野を訪ねました。尼君は繰り言をいいますが、僧都はただ仏道修行に励むことを浮舟にさとします。そんな時、またあの中将がやってきました。「髪を下ろしたお姿をどうかお見せください。」中将を頼みに、襖の掛け金の穴を教え、浮舟を見せる少将の尼。あまりの美しさに驚き、どうにかして浮舟を我がものにしようと思う中将。「出家をされたのですからもう気がねはなさらず、私にご信頼を。」尼君にはそんな風に話します。「この世に背を向けたあなたが、私をも厭うのが辛い。」と浮舟に詠みかける中将。「私を兄とお思いください。儚いこの世のお話などをしてあなたを慰めますから。」中将の言葉を理解できないふりをする浮舟。過去の出来事を厭い、誰にも知られぬまま儚くなってしまいたい浮舟は、尼になってからは碁を打ったり、経を読んだりとかえってのびやかに過ごしているのでした。恋愛セミナー831 少将と浮舟 またも兄いままで自分で考えることをせず、流され続けてきた浮舟。命を絶つことさえ、物の怪まかせだった彼女は、ここにきてようやく、出家と言う道を自ら選ぶことができました。源氏物語では、何人もの出家した女性がいます。空蝉、藤壺、六条御息所、源典侍、朧月夜、そして女三宮。髪を下ろすシーンは描かれていない場合がほとんどで、女三宮のみあっさりと触れられていますが、浮舟の場合はとても詳しく言及されています。紫式部が出家した後に宇治十帖が描かれたのではないかと言われる由縁でしょう。瀬戸内寂聴氏も、自身が出家した時のことをありありと思い出しながら訳されたそうです。出家をして、すっかり心晴れ晴れとする浮舟。恋に身をまかせて流されていたにもかかわらず、恋そのものへの執着はない様子。ただ思うのは母君のことのみ。出家しても途切れることのない中将の思い。兄などとごまかす言葉も、すっかり見透かす視点を浮舟は手に入れました。かつて出家した女性達が、源氏との恋を手放し自ら立つことができたように、浮舟も恋に流されていた過去を手放すことができるのでしょうか。
December 25, 2004
聖なる夜の贈り物。恋した身を髪に託し捧げる朝。第五十三帖 <手習-3 てならい> あらすじ中将は、京へ戻っても浮舟のことが忘れられず、八月になって再び小野を訪れました。「私の気持ちをお伝えしたくて。」と尼君に訴える中将。尼君が返事をするようにさとしても、浮舟は何もわからないふりをしています。「待つという松虫の声を訪ねて来たけれどまた荻原の露のように涙に迷う私。」切なく詠む中将の歌にも、ひとたび返せばずっと続いてしまうと反応しない浮舟。「秋の野の露を分けてやってきたのはあなた。草の生い茂ったこの庵のために濡れただなんて。」尼君は、浮舟の代わりに応えます。浮舟は、尼君やほかの女房たちが、風流ぶって中将と歌を交わしたりして、自分のことが薫に知られるのではないかと心配しています。笛を吹きつつ、亡くなった妻のよすがにと浮舟を考えていましたが、取り付く島もない様子に、がっかりして帰ろうとする中将。「深き夜の月をあはれとは思わない方なのですか。山の端に近いこの庵に泊まらないなんて。」尼君は浮舟がこう言っていると伝えたので、中将はうれしくなって留まることにします。中将が笛を吹いたのを聞きつけて、病気だった母親の大尼君が奥からやってきました。笛に合わているつもりで、得意になって東琴を軽やかに弾き始める大尼君。「ここにいる姫は美しくても、こんな遊びもしないで引きこもっていらっしゃって。」とあざ笑うので、中将は興がそがれて、笛を吹きながら帰りました。それからは、中将が降るように文を届けるのを、浮舟は昔のことと思い合わせて疎ましく思います。九月になり、尼君は再び初瀬の観音に参詣します。浮舟を誘いますが、行きたくないというのを尼君は強いて勧めようとはしません。「儚い身でこの世を過ごしている憂い多い私は二本の杉がある初瀬古川を訪ねはしません。」浮舟の手習いに書いた歌を見て「二本とは、逢いたい方がおいでなのね。」という尼君。言い当てられて顔を赤くする浮舟を見て、尼君は返します。「古川の杉の元を知らないようにあなたのことはわからなくても、亡くなった娘のように思っていますよ。」尼君たちが出発した後、中将から文が届きますが、浮舟は見ようとしません。少将の尼は気持ちを引き立てようと碁を打とうと誘い、浮舟が強いのを知って驚きます。夜になって、尼君がいないのを知っている中将がやってきました。中将がいろいろと思いを伝えても、応えようとしない浮舟。「山里の秋の夜のあわれ深さなら、物思い多いあなたにもおわかりでしょう。」少将の尼は浮舟に返事をするよう急きたてます。「憂い多いなどと思いもしないで過ごしている私を物思い多いなどとあなたは見るのですね。」浮舟の独り言を少将の尼が伝えたので、中将は喜び、ますます熱心に言い寄ります。少将の尼が中将の相手をしている間に、浮舟はあの大尼君の部屋に隠れてしまいます。いびきをかいていた大尼君が、咳にむせんで起きてきて、浮舟がいるのを「怪しい。これは、誰だ。」と執念深くじっとみているのが、鬼に食い殺されそうなほどの恐ろしさです。情けない身の上になってしまったのを改めて嘆き、昔を思い出す浮舟。「本当の父の顔を知らないままに東国で育ち、偶然にも京で中の姫にお会いすることができたのを匂宮が現われて離れてしまうことになった。薫の君のおかげでようやく憂いも晴れようとしていたのに匂宮に心を傾けてしまったのは、本当に怪しからぬことで、すべてはこの縁から私はさすらうことになってしまったのだ。」匂宮への熱は冷め、薫のことを慕わしく思い返します。こうして生きているのを知られるのが辛い一方で、薫の姿を見たいとも思ってしまい葛藤する浮舟。夜が明けて、横川から僧たちがやってきて、僧都が女一宮の病気平癒のために京にのぼると話しているのが聞こえてきました。浮舟は尼君がいないこの機会に、僧都に尼にして欲しいと、大尼君から伝えてもらうのでした。恋愛セミナー821 少将と浮舟 ひとり相撲引き続き俗なる尼たちの独断先行です。女房たちが男性を引き入れてしまうさまを、浮舟は身に染みて知っているので警戒しています。それでも、つい中将の歌に応えてしまったり、浮舟の流されやすい性格なのでしょうか。「二本の杉」などと、薫と匂宮を暗示する言葉を発してしまう浮舟を、すぐに気がついて指摘してしまう尼君も、嗜みがないですね。出家したあとにも、管弦を楽しむことはあったようです。源氏が髪を下ろした女三宮に琴を聞かせるシーンなど(「鈴虫」)、情緒がありました。大尼君の威勢良くかき鳴らす東琴や得意げな様子は、中将でなくとも恋の高ぶりを冷めさせるものでしょう。そんな風に得意げに周囲に見せ付けることを紫式部は心良く思っていなかったようで、宮廷で頓知をきかせて拍手喝采を浴びているライバル清少納言のことも悪し様に日記に書いています。もしかしたら、大尼君のモデルのひとりは清少納言かもしれませんね。今にも侵入してきそうな男性を避けるために、隠れる場面もいくつかありましたね。薄衣を脱ぎ滑らせて部屋を出た空蝉(「空蝉」)、屏風の後ろにキリギリスのように潜んでいた大姫(「総角2」)。浮舟の隠れ処はここでも大尼君。鬼に身を喰らわせようとした浮舟ですが、今度は恐ろしさを感じるのは、正気になっているためでしょう。こんな境遇に身を落としたのは匂宮のためだったと、ようやく冷静に考えられるようになっています。誠実な薫の方が、魅惑的な匂宮よりも良かったとさえ思えるのは、俗なる尼たちの影響でしょうか。これもやはり、恋の渦中で考えるはずのことだったのですが。ようやく、自分のことを自分で考えるようになった浮舟に出家のチャンスが訪れます。浮舟は首尾よく思いを遂げることができるのでしょうか。
December 24, 2004
髪を切れば辛い恋から逃れられる?俗を捨てきれない出家者の行状。第五十三帖 <手習-2 てならい> あらすじ蘇生してしまったことを嘆き、それから浮舟は一切ものを口にしなくなってしまいます。美しい浮舟が亡き娘の生まれ変わりと思い、懸命に看病を続ける尼君。ようやく体が持ちなおした浮舟ですが、「尼にして欲しい。」と頼みます。尼君は止め、僧都は五戒を受けさせました。尼君は娘が亡くなったのを悲しみ、世を捨てて小野に住んでいましたが、思いがけず美しい浮舟を手に入れたのを喜んでいます。時折、尼君が弾く琴の音を聞いても、東国で育ち、音楽など身につけずにいたと悲しくなる浮舟。「身を投げた涙の川の早い流れをいったい誰がとどめたのだろう。」こんな歌を浮舟は悲しく書きつけています。「母はどんなに惑っているだろう。乳母も右近もどうしているだろうか。」浮舟が生きていることを知られたくない様子なので、尼君は何も聞かず、誰にも話さないようにしています。ある日、尼君の亡くなった娘の婿・中将が、小野にやってきました。しっとりと落ちついた様子で話す中将を見て、尼君の女房たちは浮舟と結婚して昔のようになれば、と言い合います。とんでもないことと思い、色恋沙汰などきっぱり縁を切りたいと願う浮舟。尼達の中には珍しい長い髪を垣間見て、浮舟に興味を持つ中将。少将の尼と呼ばれる女房に詳しいことを聞こうとしますが、何もわからないままに庵をあとにしました。尼君も美しい浮舟の顔を見ながら、中将が通ってくれたらと思っています。中将は横川の出家している弟・禅師の君のもとに泊まりました。尼君の庵で髪の美しい女人を見たと話す中将。禅師の君は、浮舟が見つけられたときのことを話したので、中将は気の毒に思います。帰り道に中将は小野に立ち寄り、浮舟に心を寄せていることを尼君に話しました。「あだし野の風になびかないで女郎花(おみなえし)。道が遠くとも私があなたを守ろう。」中将の歌に、返歌するよう浮舟にうながす尼君。「移し植えられ思い乱れている女郎花。この浮き世から逃れた寂れた庵に。」まったく応えようとしない浮舟に代わって、尼君が返します。中将は、初めての文なのでしかたがないと納得して帰るのでした。恋愛セミナー811 中将と浮舟 尼のなかにいてもひたすら尼になりたいと願う浮舟。いったん死んだ身が生き返り、浮世にもどることを厭うなら、とるべき道は出家。浮舟の考えはもっともなことです。面白いのは、自分たちが出家していながら、浮舟を止める尼君たち。止めるどころか、尼の住む庵に、元娘婿を通わせようとさえしています。どうやら、尼といってもいろいろなタイプがいるよう。清少納言の書いた「枕草子」には、遊女と変わらないことをして暮らしている尼も出てきます。ハムレットの「尼寺へ行け。」というセリフは「娼婦になれ。」という意味でもありますが、尼寺が娼館に近い場合が、日本にもあった模様。僧達のいる寺も、欲望の舞台であるケースがありますね。高徳の僧を兄に持っている尼君も、まわりの女房たちも、まだまだ浮世に未練たっぷり。宇治十帖を書いていた時の紫式部は、すでに出家していたようですが、尼とは名ばかりの、こんな女性たちが周囲にたくさんいたのでしょう。女郎花という言葉を使ったのも意味深になってきます。僧や尼のいる場所は聖の顔をした俗の最たるものと言えるのかもしれません。
December 23, 2004
彼女の失踪の原因は、恋の病か物の怪か、はたまた心に巣食う鬼。第五十三帖 <手習-1 てならい> あらすじその頃、横川という場所に、ある僧都(そうず 高僧)がいました。僧都には八十歳くらいの母親と五十歳くらいの妹がいましたが、初瀬に観音参りに行った帰り道、母親の方が病気になってしまいます。宇治で体を休ませることにしましたが、容態は悪化するばかり。僧都は見舞いにやってきて、亡くなった朱雀院の所有していた宇治の院に母親を移します。宇治の院がとても荒れていたので、供をしてきた僧たちに経を読ませる僧都。何故か僧たちは、火を灯させて院の裏手を周ってみると、森のような木儀の下に、白い物が広がっているのが見えました。狐か何かが化けているのかと思い、恐る恐る近づいてみる僧たち。それは、ひどく泣いている女人なのでした。僧たちは、僧都を呼びに行きます。「人間ならば助けなければ罪になる。しばらく世話をしてみよう。」病人の母親に近くに奇妙なものを運ばない方がよいという人もあり、変化のものでも見捨てることはできないという人もあり。僧都は人の目の届かないところに、女人を寝かせます。僧都の妹の尼君の耳に、この騒ぎが入りました。「初瀬で見た夢があるのです。その人を見せてください。」と僧都に頼む尼君。見ると、若くて香も芳しい美しい女人が、息も絶え絶えに横たわっています。「まるで死んでしまった愛しい娘のよう。」尼君は泣いて喜び、自分の部屋で女房達と世話を始めるのでした。やっかいなことになったと思いつつ、女人が高貴な様子なので捨てておくわけにもいかず、祈祷などをする僧たち。尼君は病気の母親をおいて、この女人の看護をし、女人の声を聞こうとします。「生きていても不用の者なのです。どうか私を宇治川に捨ててください。」やっと口をきいた言葉に驚き、わけをきく尼君ですが、女人はもう何も言いません。女人はただ美しく、本当に魔物かと思えるほどです。僧都が宇治の院にいると聞いて、周辺の住民がやってきて噂話をもたらします。「八の宮の娘で薫の君の思い人だった方が、突然亡くなったそうで、その雑用をしておりました。」その人の魂を鬼が取って持ってきたのではと思って女人を見て、無気味に感じる僧都。女房達はその葬儀が簡略だったことや、皇女を妻に向かえた薫の君が宇治に通うはずはないなどと言い合うのでした。僧都の母親の病気が回復したので、尼君たちは女人を連れて庵のある小野に戻ります。四月になっても女人の容態はよくならないので、僧都に頼んで祈祷をしてもらう尼君。僧都が一心に祈ると、とうとう女人に憑いていた物の怪があらわれました。「私はお前達に懲らしめられるような者ではないのだ。法師として仏道修行に励んでいたが、この世に恨みがあり死後も漂っていたのを、美しい女人があまた住んでいる所に棲みつき、片方は死なせてやった。この女人は、どうにかして死にたい、と言っていたので、闇夜に一人でいたのを憑いてやったのだ。だが初瀬の観音に守られているので僧都の力に負けてしまった。さあ、抜け出るとしよう。」物の怪は叫びます。僧都が正体を聞いても、物の怪は答えようとしません。女人は周りに見知らぬ人が大勢いるのに気づきますが、自分の住んでいたところも名前も思い出せません。「たしか私は身を投げようとしていた。ただ悲しくて、皆が寝静まったあとに外に出たけれど川の音が恐ろしくて座り込んでしまった。『鬼でも何でも私を食い殺して。』と言っているととても美しい男がやって来て『さあ、私のもとへ。』と私を抱いたので『匂宮か。』と思ったがそのあとは何もわからなくなってしまって。」この世に戻ってしまったのを、ただ辛く思う浮舟なのでした。恋愛セミナー801 浮舟 ただ一人で浮舟は生きていました。匂宮も、薫も、そして自分をも持て余してしまった浮舟。屋敷の外へ出たものの、急に現実感が目覚めて恐ろしくなり、どうにかして、と途方にくれていた浮舟。深窓の女性が一人で外に歩き出るなど、有り得ないことですから暗闇や宇治川の轟音に腰が引けてしまうのも道理。とはいえ、どこまでも他者にお任せの浮舟です。「死にたい。」といい続け、強く願っていたため、物の怪に魅入られてしまったのは不幸中の幸いか、幸い中の不幸でしょうか。浮舟は心に棲む鬼に我が身を喰らわせたのかもしれません。さて、この物の怪はいったい誰でしょうか。いままで物の怪となったり、死後も夢の中にでてきた人物として、六条御息所、藤壺、桐壺院、柏木があげられます。紫式部は物の怪が誰であったかを明らかにすることが多いのですが、今回は謎のままです。朱雀院の持ち物である宇治の院に住んでいること。法師として仏道修行に励んでいたこと。この世に恨みが残ってしまったこと。美しいこと。女人に憑いていること。以上を考えると、候補は誰になるでしょう。考えられるのは、源氏、朱雀院、八の宮あたりでしょうか。実はこれが誰かを考えたかったのも、源氏について書き始めた大きな理由のひとつなのです。よろしかったら、あなたのお考えをお聞かせくださいね。
December 22, 2004
ナンパを試す真面目人間。誠実さは武器に成りうるか。第五十二帖 <蜻蛉-4 かげろう> あらすじ源氏の兄弟で、明石の中宮の伯父に当たる式部卿宮が姫を一人残して亡くなりました。継母である正妻が、その姫を馬の頭(うまのかみ)である自分の兄に嫁がせようとしたのを、明石の中宮は気の毒に思い、女一宮に仕えさせます。宮の君と呼ばれるこの姫は、浮舟の父・八の宮の兄弟にあたる式部卿宮の娘なので、強い関心を寄せる匂宮。一時は東宮の妃候補に上がっていた宮の君を、薫は零落したものと思いながらも気にかけています。六条院は夕霧の右大臣のおかげで、源氏が生きていた頃にも増して栄えていました。明石の中宮が六条院に留まっているので、匂宮も度々訪ねています。相変わらず浮気沙汰を起こし、宮の君にも言い寄っている様子の匂宮。管弦の遊びに華やかに興じる匂宮のそばで、薫は落ち着いたたたずまいです。二人がそれぞれ立派なの眺め、浮舟がいてくれたらと思う侍従。まだ喪が明けていないので、薫に見つからないようにそっと見つめているのでした。薫は女房たちが集まっている部屋の戸が開いているので「どうぞ安心して、真面目な私と慣れ親しんでください。」と呼びかけます。しばらく女房達と軽口を言い合ってから、一人庭を眺めていると「ここには誰がいるの。」と今度は匂宮が女房達に問い掛けました。「女一宮にお仕えする中将の君です。」と中から気軽に返事があるのを聞き、薫は悔しい思いです。「匂宮の強引さに皆、惹かれてしまう。匂宮の目当ての女房をなびかせて仕返ししてやりたいが、真面目な私の方を選ぶ女性はなかなか見当たらない。中の姫のように私のことをわかってくれる女性が女房の中にいてくれるなら、匂宮をならって色恋沙汰に身を投じてみようか。」薫はこう考えてみるものの、自分には似合わないだろうと思っています。女一宮の女房達の琴の音が、薫の耳に趣き深く聞こえてきました。恋に悩むため息が聞こえないよう、女房から差し出された琴をかき鳴らす薫。女二宮を妻に迎えた自分を誇らしく感じつつ、その姉である女一宮も迎えられたらと欲張った望みをそっと抱きます。薫は宮の君のいるあたりにも向かい、話し掛けてみました。「私たちは従兄妹という間柄。どうかご信頼ください。」「薫の君からそう言っていただるなど、光栄でございます。」東宮妃候補だった宮の君が、女房の取次ぎもなく直接応えるのを、薫は気の毒に思います。宮の君の美しさを想像しながら、匂宮もきっと気にかけているだろうと考える薫。「宮家で大切にされている姫はたくさんいらっしゃるが、宇治で八の宮が慈しんだお二人は本当に素晴らしかった。あの浮舟でさえ。」悩み多き恋を思い出す薫の前に、蜻蛉がふわりと飛んでいます。「見えているのに手には取ることができなくて、また見ると行方も知れないまま消えてしまう蜻蛉。」薫は一人、物思いにふけるのでした。恋愛セミナー791 薫と宮の君 唐突な関心女一宮の女房達、女一宮、宮の君と、薫は慣れない恋の戯れを試そうとしています。真面目な私を、心ある女性なら受け入れてくれてもいいはず、と自分を押し出す薫。華やかで口まめで、あっさり目当ての女房の居所を聞き出す匂宮。浮舟を取られた薫は、匂宮に一矢報いたい思いですが、自ら「こんなことは似合わない」とブレーキをかけています。宮の君という皇族に繋がる女性。式部卿宮といえば、東宮に次ぐ有力な皇子です。その娘だった女性が、嫁ぐよりも宮廷に女房として仕えている。馬の頭は従五位。これは地方長官と同じくらいの身分です。浮舟の母が地方長官である常陸の守に嫁いだことで、どれほど引け目を感じたかを考えると、嫁ぐよりも宮仕えという選択もあり得るのでしょう。それでも、東宮に嫁ぐ可能性のあった女性が男性に声を直接聞かせるなど、当時の深窓の女性にはふさわしくないこと。同じく父を亡くした上に、宇治に住んでいた八の宮の姉妹達が、薫や匂宮に大切に思われていることとの大きな違い。宮の君をはじめ多くの皇族に繋がる女性たちでさえ、親亡き後の境遇は世の無常を感じさせるものだったのでしょう。恋の哀しみと、人の世の儚さを、飛び交う蜻蛉に託して。
December 21, 2004
姉にも妹にも同時に恋する男性。恋人を失った悲しみの癒し方。第五十二帖 <蜻蛉-3 かげろう> あらすじ匂宮と薫の心はなかなか癒えません。浮舟を失った辛さを、匂宮は浮気沙汰で、薫は読経や浮舟の親族の世話をしたりして紛らわせています。薫は女一宮に仕える小宰相(こさいしょう)の君を贔屓にしていました。この女房を、匂宮も狙っていましたが、小宰相の君は全く相手にせず、ただ浮舟を失った薫のことを気にかけています。「あわれを知る心は人に劣りはしませんがものの数にも入らないこの身。ただあなたの悲しみを感じるままに時は過ぎて。」いっそかわりに亡くなっていれば、という小宰相の歌を嬉しく見る薫。「定まることなきこの世とわかっている憂い多いこの身。それなのに人に知られるまで嘆いていたとは。」小宰相の狭い部屋を訪ねて話をする薫。浮舟よりも嗜み深いと思われる小宰相がなぜ女房などになったのだろうと薫は思っています。明石の中宮は六条院で源氏と紫の上のために法要を行ないます。宮廷から女一宮と供に小宰相も来ているだろうと思い、人の気配のする几帳の奥をそっと覗く薫。ところがそこは、女一宮の部屋だったのです。暑い折りで、小宰相をはじめとする女房たちが、氷を割ろうと騒いでいる中、薄く白い衣を着て、氷を手にしている女一宮。ゆったりと微笑み、美しい黒髪をもてあましている姿から目が離せない薫。薫は屋敷に帰ってからも妻・女二宮に薄く透ける衣を着せたり、氷を手に持たせたりしてみます。我ながら妙なことと感じるものの、心惹かれる人を絵に描いて愛しむ人もいるのだから、その妹を代わりにしてもよいだろうと思う薫。明石の中宮の前で、便りがないので女二宮が寂しがっているといい、女一宮の文が届くようにします。受けとった文に書かれた文字はやはり美しく、早く気づけばよかったと思うものの女一宮への恋心を妻である女二宮に知られるわけにはいきません。全ての悩みが、あの宇治の大姫から始まっていることを感じ、中の姫、浮舟と恋患う気持ちが尽きない薫。明石の中宮は、匂宮が薫の思い人・浮舟との事件を起こしたことも聞き、心を痛めています。匂宮は浮舟を忘れることはできず、思い出のよすがとして宇治から侍従を呼びました。侍従は肩身の狭い二条院よりも、明石の中宮に仕えたいと言ったので、匂宮はその願いをかなえ贔屓にしています。宮廷で薫を遠くから見て、宇治を思い出す侍従。身分高い女性もたくさん仕えている宮廷ですが、浮舟ほど美しい人は見当たらないとつくづく思うのでした。恋愛セミナー781 薫と小宰相 慰めに2 薫と女一宮 妻の姉浮舟を失った後、二人の貴公子がどうしたかがわかるシーンです。薫の心を癒してくれるのは、まず小宰相。浮舟の身代わりに、というやさしさと、匂宮にはなびかない気強さが、今の薫にはことのほか世に有り難いものと感じられるよう。そう思った矢先、小宰相の主人である女一宮に心奪われる薫。皇女である姉妹のうちの一人を妻にしながら、もう一人の方により心惹かれる状況は父・柏木と同じ。大姫、中の姫、浮舟も姉妹であることを考えると、薫はよほどこのパターンに縁があるようです。女一宮の面影を再現しようと妻・女二宮に同じことをさせる薫。薄く肌の透ける衣に着替えさえさせるなど、これぞ生きた人形遊びの感があります。浮舟を手元に置けばかなえられた遊びを、正妻で試してみる薫は物狂おしいほどですね。
December 20, 2004
娘が母に残した恋の遺産。ただ時のみが哀しみを癒す薬。第五十二帖 <蜻蛉-2 かげろう> あらすじ浮舟が生きていたら、京に迎えていたはずの四月になりました。橘の香りやホトトギスの声を聞くと薫の悲しみはいっそうつのり、二条院へ歌を届けます。「あなたも忍び泣いているのだろう、死出の鳥といわれるホトトギスに甲斐もない思いを通わせて。」中の姫と浮舟を思い出していた匂宮。「橘の香るあなたの周りではホトトギスはいっそう心をこめて泣いているのでしょう。」匂宮と浮舟のことを、始めから承知していた中の姫。大姫や浮舟が儚く世を去ったあとに自分だけが残ったのを侘しく思います。「浮舟のことを秘密にしていたのが悔しくて。」どうしても亡き人を思い出してしまう中の姫を前にして、感慨を深める匂宮なのでした。匂宮は浮舟が亡くなったときのことを知りたいと、時方を宇治へつかわします。悲しみの癒えない右近は、二条院への誘いを断りますが、代わりに侍従が京へ向かいました。「泣き沈んでおられても、まさか入水なさるとは。文を焼いているときに気がついていたらと。」と侍従。浮舟の思い出話を匂宮と話して止みません。匂宮は今後は中の姫に仕えるようすすめますが、侍従は浮舟の法事が全て終わってからと宇治へ戻りました。薫も浮舟のことを知るために宇治へ向かいます。「何故こうも宇治と因縁があり辛い思いをするのだろう。八の宮のもとで仏道修業をするつもりが恋の道に分け入って俗にまみれた私への、仏の報いなのか。」山荘に着き、右近から事情を聞いた薫は、浮舟は入水したと知って驚愕しました。右近が匂宮と浮舟は文を交わしていただけと言うのを、周囲の者なら取り繕うのも当然と思います。「匂宮と私との間で悩み、身を投げたのだろう。あの川のそばに置いていた私のせいなのだ。」と、宇治川のことを疎ましく感じ、中の姫が浮舟のことを川に流す「人形」に例えたことにもまがまがしさを覚える薫。浮舟の母君の悲しみを思いやり、一人虚しく京へ帰る薫は水底に沈んだ浮舟の哀れさに心を痛めるのでした。母君は浮舟の死のけがれに触れたため、お産を控えた娘のいる常陸の守の屋敷へ帰ることができないままあの三条の家に身を寄せていました。そこへ薫からの親身な文が届けられ、悲しみの中にも嬉しさが混じる母君。薫は浮舟の弟たちの後見をすると約束し、この縁を娘を亡くした母君にとって甲斐あるものにしようと決心しています。常陸の守はお産にも帰ってこない妻に立腹していましたが、事情を聞いて浮舟のもたらした縁に感激します。宇治の法事も、薫によって立派に行なわれているのを見て、浮舟の足元にも及ばない身だったと知る常陸の守。中の姫も法事のために立派な布施をします。帝も薫が宇治に思い人がいたことを知り、女二宮のために気苦労させてしまったのをいたわしく思うのでした。恋愛セミナー771 薫と浮舟 哀しき因縁2 匂宮と浮舟 思い出を探して失ったものの大きさを辿るシーンです。匂宮のことを、知って何も言わなかった中の姫。さとしたところで、納得する夫ではないと諦め、ただ妹を哀れに思っています。浮舟を思い出してしまう中の姫を前にして、繰り言を言い続けるほどの気強さはない匂宮。薫にあてこすられても、恋を共有した同士として共に悲しもうとしています。侍従を呼び寄せたのは、あの宇治川を一緒に渡った夜の印象が強いから。浮舟との恋の目撃者。彼女もまた、匂宮と恋を共有していたと言えるでしょう。匂宮と薫の浮舟への罪滅ぼしは、残された者たちを引き立てること。侍従には安楽な宮仕えを、浮舟の親族には栄達を。どれも二人にとって、取るに足らないことですが、恩恵を受ける者たちにとってその影響は大きい。知事クラスの常陸の守がいままでの態度を急変させ、浮舟をあがめるようになる。それも浮舟が生きていなければ、母君にとって何の甲斐があるでしょう。ただ時のみが、悲しみの尖ったおもわを撫ぜさすり、なめらかに鈍い光りをそえてゆく。浮舟も人々の中で、ゆっくりと穏やかな輝きに変わってゆくのでしょうか。******************ホトトギスの声を毎年誰よりも早く聞くことを競い合う様子を「枕草子」で清少納言が書き残しています。正岡子規が発行し、現在も残る俳壇誌「ホトトギス」。こちらは肺病で亡くなった子規が、くちばしの赤いホトトギスに自らの姿を投影したものなのだそうです。
December 19, 2004
独りで惑うジュリエット。幼き恋の選択肢。第五十二帖 <蜻蛉-1 かげろう> あらすじ突然浮舟がいなくなり、山荘では皆、慌てふためいています。浮舟が母君に書いた文を開け、自ら命を絶ったのだと悟る右近。乳母も取り乱し、ただ泣くばかりです。匂宮は浮舟からの文に胸騒ぎがして、時方を宇治に向かわせます。大騒ぎになっている山荘の様子に驚き、侍従に無理やり事情を聞く時方。「急に亡くなられて。最後にお会いできなかったことを悔やんでいらしたことなども喪が明けましたらお話いたしましょう。」と泣きながら語る侍従。「どこに行ってしまわれたのでしょう、大事な姫君。ご遺体さえお残しにならないとは。」山荘から乳母の泣く声が聞こえ、時方は誰かが浮舟を隠したのではないかと侍従を問い詰めます。「薫の君が匂宮様とのことを仄めかされたことはありましたが、姫君はただ一人で悩んでおられ、そのまま消えてしまわれたようで、皆、なにが起こったかわからず泣き叫んでいるのです。」侍従は浮舟が自ら命を絶ったことを隠したい一心で、時方を京へ帰るよう促しました。母君も山荘へやってきて、右近と侍従から浮舟の悩みを初めて告げられます。驚き悲しみ、宇治川をさらえてでも浮舟を探そうとする母君を、女房たちは甲斐ないことと止め浮舟の葬送の手ばずを整えました。日頃使っていた身の回りの品々を車に乗せ、焼かせるだけの儀式で、周囲に住む人々はあまりにも簡単に済ませしまったことを不審に思っています。「薫の君には、ほとぼりが冷めてから匂宮とのことをお話しよう。」女房達は心ひとつに秘密を留めようと決心するのでした。女三尼宮が病気のため、石山寺へ篭っていた薫は、浮舟が亡くなった翌朝ようやく宇治に使いを出しました。あまりにも急な不幸に、宇治がその名のとおり憂い多いところだと疎ましくなる薫。匂宮が浮舟に通ったのも、長い間放っておいた自分の落ち度だと悔やむばかりです。京へ戻っても、女二宮を訪ねる気にもなれず「縁ある者に不幸がおきまして。」と言いつくろい、ただ浮舟のことを思う薫。「世を捨てようと思いながら俗にまみれてゆく私を仏は憎いと思われ、このような報いを受けさせているのだろうか。」薫はひたすら仏道修行に励みます。匂宮はあまりの悲しみに狂乱し、物の怪に憑かれたとさえ思われていました。ようやく涙を流し尽くし、心が鎮まると、かえって浮舟への愛しさが増して辛さが蘇ります。匂宮の様子を噂に聞いて、浮舟との関係が文だけではなかったのだと悟り、悲しみが冷める気がする薫。薫が見舞いに行くと、匂宮はあふれ出る涙を止めることができません。「浮舟とはいつから関係しておられたのだろう。二人で私を笑っていたに違いない。」匂宮はすっかり冷静になっている薫を羨ましく思い、浮舟に縁の人だと慕わしく見ています。「幼い頃から何でも打ち明けてきましたが、このところ身分も高くなり、ゆっくりお話しできない間に、私は宇治にあの大姫の縁の女性を置いておりました。妻ではなく愛人の一人にするつもりでしたが、急に亡くなってしまったのです。お聞き及びかもしれませんが。」話しながらようやく泣き出す薫。「聞いておりましたが、お隠しになっているとのことでしたので。」とさり気なく対する匂宮。「そのうち差し上げようかと思っていたのです。こちらにも出入していた人なのでご存知かもしれませんね。」薫はわざとこんな風に言いつのって、帰途に着きます。匂宮の思いを知り、改めて浮舟の運勢が強かったのだと思う薫。女二宮を妻に迎えながら、浮舟へ愛執を持ったことは匂宮の執着と変わりはしないと自らに言い聞かせる薫なのでした。恋愛セミナー761 薫と浮舟 俗への報い2 匂宮と浮舟 邪恋の報い浮舟がいなくなったのに惑う人々。深窓の女性が姿を消してしまえば、例えそれが誰かにさらわれたのだとしても鬼に喰われたか、急死したかと紛らわせるのがこの時代。自ら命を絶つ、まして宇治川まで足を運んで身を投じるなどとはとても言えません。右近や侍従にしてみれば、浮舟の死の責任の一端を背負ってしまった形。現実的で、威勢の良いほうになびくのが自然な女房たちにとって、悩むのは甲斐ないこと。主人・浮舟は、匂宮と薫を両天秤にかけ、好きな方を取ればよいだけの話。匂宮へ心を移そうとも、そのまま薫に嫁ごうとも、どちらでも対処はできる。一方に思い定めてもらえば、ついてゆくだけ。そんな現実的な柔軟性を、浮舟は持ってはいませんでした。思い詰め、命を絶とうと思う初心な様は、まるでジュリエット。ともに逝こうとするロミオはいないのですが。さて、またしても宇治の橋姫を失ってしまった薫。二度あることは三度、すべて悠長に構えていたあげくの失恋です。大姫のときは、心を開いてくれるのを待っていた。中の姫は、いったんは手に入れながら、匂宮に。浮舟は、宇治に放置しておいた。初めの恋では聖なる自分とを天秤にかけた。二番目の恋は亡き人との思い出を大切にする自分を、そして三番目の恋は皇女を迎えた自分を。薫が三つの恋を失ったのは、常に己を崩すことへの恐れが原因なのかもしれません。なりふりかまわず浮舟に迫り、魂が抜け出かと思われるほどその死を惜しむ匂宮。落ちるところまで落ち込んだ恋の手達は、恋敵さえ亡き人の縁と懐かしく思います。奪うだけに終始した匂宮は、今後も浮舟の面影を追い続けるでしょうか。
December 18, 2004
二人のアイドルに同時に思われるのは幸せ、不幸?漂い続ける恋の行方。本人を差し置いて、周囲が盛り上がる恋話。第五十一帖 <浮舟-5 うきふね> あらすじ薫は宇治の警護を固くし、外からの訪問者を厳しく見張るよう命じます。二人の間で惑うことをやめ、宇治川に入水することを決心する浮舟。薫や匂宮からきた数々の恋文を破り、焼き捨てさせます。「恋文は思い出として、折にふれて眺めるのが風情あるものですのに。」浮舟がただ、宇治を離れる準備をしているのだと思う侍従。「私は長くは生きられないと思うから、あとには残しておきたくなくて。」と応える浮舟。子が親を置いて逝くことが、深い罪になるということも心をかすめる浮舟なのでした。匂宮からは「周りにはわからぬように。必ず迎えにゆくから安心するように。」と連絡があります。警護の厳しさを思い、匂宮が虚しく帰る様を想像し、心を痛め泣き崩れる浮舟。「気を揉まずに匂宮と定めてお返事を。姫さま一人くらい匂宮さまは空を渡ってでもさらってしまわれるでしょう。」と右近。「匂宮と決めたように思われるのが辛い。ここから連れ出してと頼んだわけでもないのに。」浮舟が返答をしないのを、薫が説得してしまったのかと焦り、匂宮はまげて宇治へやってきました。ところが、やはり警護が厳しく、文を渡すことさえ容易ではありません。ようやく匂宮の供は女房・侍従を連れ出し、外で待っている匂宮に逢わせます。「どうしても逢いたい。薫の君に、誰かが密告したのだろうか。」と匂宮。「どうぞ今宵はお帰り下さい。何としてでもお力になれるようにいたしますから。」と侍従。「どこかに身を捨ててしまいたい.。白雲のかかった山を泣く泣く行く私。」と哀しく詠む匂宮。憔悴しきった匂宮に心動かされて、侍従も泣きながら山荘に戻ります。匂宮が帰ってしまったことを聞き、ひとりその夜を泣き明かす浮舟。朝がきても悲しみは消えず、経を唱え、母君を置いてゆく罪の許しを仏に乞います。匂宮が描いた絵を眺めては、何も話せなかったことを悔い、薫の優しい言葉を思い出しては、逝ってしまう自分が申し訳なくなる浮舟。「嘆き続けた身を捨ててしまっても亡くなったあとにまで浮名が流れると思うと悲しい。」中の姫も、母君も、そして妹や弟のことも、すべての縁あった人たちのことが頭をよぎります。女房たちが京に行く準備をする中、ひたすら人に見つけられずに出てゆくことを考え、眠れないまま朝を迎える浮舟。匂宮から届けられた切々とした文には「私の亡がらさえこの憂い多い世に留まらないなら貴方はどこを墓にして恨みを言うのでしょう。」と返します。母君からも「夢に出てきたあなたの様子がおかしかったので、祈祷をさせています。妹の出産が近いので私は行けませんが宇治でも経を読んでいただくように。」と連絡がありました。「この夜の夢に心惑わさず、後の世でまた逢えることを思いましょう。」浮舟が返事を書いていると、寺から読経の鐘の音が聞こえます。「鐘の音の絶えゆく響きに我が嘆きの声をそえ、この命尽きたと母に伝えて。」今夜は京に戻れないと使いが言ったので、この歌を木に結わえ付ける浮舟。乳母や右近は浮舟の沈んだ様子を心配して、あれこれ世話をやきます。浮舟はやわらかく着なえた衣に、ただ打ち伏すのでした。恋愛セミナー751 薫と浮舟 関守として2 匂宮と浮舟 かなわぬことなどないと周囲が浮舟本人を置いて先走るシーンです。浮舟の心が完全に匂宮に傾いたと決め付けている女房二人。特に侍従は、要は自分が匂宮の情熱に心動いているということ。主人と同じになって、匂宮と恋を演じているつもりになっている。かつて女三宮と柏木を橋渡しした女房・小侍従も、柏木と直接関係していた節がありました。匂宮のそばにいれば、侍従にも機会は簡単に巡ってくることでしょう。どっちつかずになるよりも、匂宮に決めなさいとさとすのも、そばで美しい匂宮を見られること、頼れる相手として薫と比べても申し分ないと踏んでいるのです。匂宮がよくする手、関係した女性を女一宮に仕えさせるという状況もよし。しがない女房としては主人に着いて宮廷に上がる願ってもないチャンスに繋がる布石かもしれません。罪とわかっていて陥る身を持て余しつつ、周囲の自分の立場だけを考えての行動に嫌気がさす浮舟。薫も、匂宮も、女房も、乳母も、そして母君も、私のことなど本当はわかっていない。浮舟の寂しく空ろな心を、宇治川の流れは同じ音をそえて響き呼び覚まします。恋の濁流に身をまかせたように、浮舟の身は、儚く波間を漂うのでしょうか。
December 17, 2004
昔の恋の名残り。娘の結婚を喜ぶ母親。第五十一帖 <浮舟-4 うきふね> あらすじ浮舟が匂宮からの切ない恋文を広げているとき、薫からの文が届きます。二つを同時に見ることはできない浮舟を見て、匂宮へ心が動いたと思う侍従。「いっこうに晴れない峰の雨雲に身をまかせて漂っているかのような私。」浮舟の歌を見て、寂しげな姿が思い浮かび、匂宮は涙します。「寂しい我が身を知る雨が止まないので袖さえ涙で重くなってしまいました。」薫といえば、浮舟の返事をみても、ただ自分がいないのを悲しがっていると思うばかり。「取るに足りない女ですが、長年世話をしてきたのを引き取ることになりました。お気にかからないかとそればかりが心配で。」と妻・女二宮に打ち明ける薫。女二宮は何を気にするのかもわからない様子です。薫は浮舟のために用意した家の襖絵を、あの大内記に頼んで描かせます。すぐにそのことを匂宮に告げる大内記。匂宮は急いで別に家を探し、三月の末には浮舟を迎えると宇治に文をやりますが、乳母がいるので容易にはいかないと伝える右近。一方、四月の十日頃、迎えに来るという薫。浮舟は心惑い、母君に逢いたいと願います。宇治を訪ねてきた母は、浮舟の具合が悪いのを心配しつつも、薫のもとで娘の立場が揺るぎないものになることを乳母と喜んでいます。中の姫の薫への橋渡しに感謝し、匂宮が、いつか二条院で浮舟にした振る舞いが大事に至らなかったことに安堵する母君。「もし匂宮の浮気の相手などになったら、浮舟には決して逢わない。」との母君の言葉に、深く傷つく浮舟。そばにいたいと願っても、母君は左近の少将と結婚した娘のお産が近いと浮舟を連れてけません。死を考え始める浮舟の耳に、宇治川の流れが無気味に響き渡るのでした。浮舟が返事を返さないのを「何を迷うのか。」と心を騒がせる匂宮。そんなとき、匂宮の使いが、宇治で薫の使いと鉢合わせしてしまいます。報告を受けた薫が、宮廷で匂宮を観察していると確かに恋文を受け取っている様子。文の書かれた紙が、報告どおり赤い色だったので薫は匂宮と浮舟との関係を知ってしまいました。浮舟の浮気に疎ましさを感じるものの、関係を絶ってしまえば匂宮のものになってしまうのもいまいましいと思う薫。浮気な匂宮が関係した女性を姉の女一宮に仕えさせている境遇に、浮舟をおとしめるのも忍びなくて、やはりこのまま見捨てることはできないと薫は宇治に文をやりました。「まさかあなたが。だた私を待っているとばかり思っていました。」「お人違いでしょう。」と薫の文をそのまま返してしまう浮舟。浮舟の様子を見て、文をこっそり開け「薫の君はお気づきになったのですわ。」と言う右近。侍従と右近は、薫か匂宮かどちらかを選び、もうあまり心惑わないようにと浮舟をさとしました。浮舟は心変わりしたと思われるのも辛く、恥ずかしく思うのでした。恋愛セミナー74 1 匂宮と浮舟 焦りを募らせる 2 薫と浮舟 ことが露見して裏切られているとなかなか気づかず、しばらくコキュの哀れな役回りを演じている薫。妻・女二宮への気づかいにも細心の注意を払います。皇女としての鷹揚さからか、あまりにも低い身分だからか、浮舟のことなど一向に意に介さない女二宮。薫と浮舟の立場の違いが歴然としてしまうシーンでもあります。薫と匂宮が京に向かえる日が接近しているので、心がますます騒ぐ浮舟。自分が陥っているのが裏切りという地獄への入口とは先刻承知。そこに母君の言葉が、さらに追い討ちをかけます。浮舟が陥った道は、かつて母君も体験したこと。八の宮という美しい皇族の誘惑に、勝てなかった母君。しかも亡くなっているとはいえ、叔母である雇い主の夫。叔母の立場に成り変って妻の座を、という淡き夢破れ、常陸に流れた過去を持っている。それが匂宮の美しさをみて驚愕し、「平凡でも一人の人に愛される」幸せの信奉者から「高貴な方に年に一度でも愛される」幸せへと主義を軽率に変えたことも忘れ、同じ道に踏み迷っている娘の前で、最終警告を発っしてしまう。ただ娘のためを思っているのではなく、明らかに保身、かつて閉ざされた自分の夢がかなうことへの興奮、今まで下げずんできた八の宮や夫への勝利の凱歌に酔っている。一番頼りにし、常に離れずにいた母の姿を見た娘・浮舟の心の荒涼。浮舟の心を真に引き裂いたのは、匂宮なのか、薫なのか。血を分けた母君なのか。それとも、邪恋を受け入れてしまった浮舟自身なのか。あなたはどう思われるでしょうか。
December 16, 2004
情熱に身を投じる二昼夜。一夜にして恋と哀の深みを知る。第五十一帖 <浮舟-3 うきふね> あらすじ匂宮は浮舟のもとに行きたくても、思うにまかせず焦れ死んでしまいそうです。そんなある日、薫が久しぶりに宇治を訪れました。まず寺でお参りをしてから、浮舟に会う薫。匂宮のことを思い出し、薫と共にいるのが辛い浮舟。情熱的だった匂宮と比べても、向き合う薫の優しさ、真面目さはやはり頼もしく思え、心が惑います。薫はしばらく会わないうちに情緒をたたえた浮舟を見て、ますますやさしく接し、京に造らせている家のことなどを話しました。匂宮からも隠れ家を探したと連絡を受けている浮舟。心変わりしてはならないと思うほど、匂宮の姿が蘇り、ただ泣きむせびます。浮舟の涙をなかなか通ってこないことを悲しんでいるのかと思う薫。薫はぼんやりと外の景色を見て大姫を思い出し、浮舟は匂宮とも出逢ってしまったことをなげいています。「宇治橋の長さにも似た私達の約束は朽ちはしません。危ぶんで心をさわがせないで。」と薫。「宇治橋の板の間がすいてあやういように、逢うことの少ない私達の仲を朽ちないものと頼みにできるでしょうか。」薫は美しく嗜み深くなってきた浮舟を、早く京へ呼び寄せようと思うのでした。二月、宮廷で宴が催され、薫も匂宮も参加しましたが、降りだした雪のために散会になってしまいます。「衣かたしき今宵もや(衣を片方だけひく独り寝を今宵も)」と雪を見ながら古歌を口ずさむ薫。「我を待つらん宇治の橋姫」という下の句を思い、聞き捨てならぬと思う匂宮。見れば見るほど立派な薫の様子に焦燥を覚え、あらゆる手立てをこうじて匂宮は宇治へ向かいます。雪深い宇治の道をやってきた匂宮に驚き、心を動かされる浮舟。右近は一人では隠し通せないと、気心のしれた侍従という女房に全てを打ち明け、薫と見せかけ匂宮を受け入れる算段をします。すぐに京には帰りたくないと、浮舟を連れてゆくと告げる匂宮。時方(ときかた)という部下が宇治川の向こう岸にある家が用意できたと伝えてきました。浮舟を抱いて連れだしてしまう匂宮に、侍従が供をし、右近があとの全てを取り繕うことにします。波間に漂う儚きものといつも遠くから見ていた小さな舟に乗せられ、匂宮を頼みとすがる浮舟。「年を経ても変わりはしない。この川に浮かぶ橘の島の木のように私の心は。」と匂宮。「橘の小島の木の色は変わらなくてもこの浮舟に似た私の運命は行方も知れない。」と浮舟は返します。匂宮はこの情況にも浮舟の様子にも、全てに心をそそられ、浮舟を抱いて舟を降りました。二日二晩、匂宮は浮舟と思うさまに過ごします。宇治に来るのがいかに大変かを話し、薫と逢っても身を許してはならないと無理難題を言う匂宮。「あの人はこれほどあなたを愛してはいないでしょう。」帰るときも抱き上げてゆく匂宮の言葉に、うなずく浮舟。たまらない気持ちで匂宮が帰る足が向くのは、またしても二条院です。思い詰めてすっかり病人のようになってゆく匂宮を、見舞う客が多く、文を書くこともままなりません。宇治にも、あの匂宮を睨んだ乳母がやってきたので、匂宮からの便りをなかなか読むことができない浮舟。母君はようやく薫が京へ浮舟を迎える準備ができたと連絡を受けて安堵しています。浮舟もその日を待っていたものの、いまでは匂宮の姿や言葉が夢にまで蘇るのを辛く哀しく思うのでした。恋愛セミナー731 薫と浮舟 知らぬ間に2 匂宮と浮舟 身を焦がして最初から読んで下さっている方はお気づきでしょう。薫、浮舟、匂宮の関係と似た事件があったことに。薫の表の父・源氏、母・女三宮、そして真実の父・柏木との悲恋です。柏木と関係したあとの女三宮は、源氏が驚くほど情緒をたたえていました。人形のように頼りなかった女三宮が、柏木の恋に流され、源氏と対峙できる女性になった様はまさしく匂宮を知った浮舟と重なります。父が受けたものと同じ屈辱を、知らずに受けている薫。これが因果と言わずして何でしょうか。いけないとわかっていても、再び逢い、逃避行に身を任せてしまう浮舟。女房にしても、やろうと思えば乳母のように、今回は拒否することもできたはず。匂宮はそのひたむきさと美しさで、周囲の人間をも篭絡しているのです。これもまた、匂宮の祖父・源氏が得意としていたところ。薫の端正で崩れない愛の表現とどうしても比較してしまうのか、匂宮の濁流のような情熱に揺り動かされる浮舟。皇族に抱き上げて運んでもらうなど、破格の扱い。ただし、匂宮は頭の端で「女一の宮に仕えさせてもいい美しさだ。」などと思ってもいます。「薫の君はこれほどあなたを大事にしないでしょう。」と何度もささやくのも、皇族の自分がここまで身を落として思っているのだということに酔う一方、身分違いの二人の位置を確認するためとも言えます。京から宇治へ何の前触れもなく移し放置しがちの薫。簡単に手折り外に連れ出して思う様振舞う匂宮。薫にせよ、匂宮にせよ、浮舟を軽々しく扱ってよい女と思っていることに違いはないのです。浮舟はもちろん、そんな二人の男性の芯にあるものがわかっていたでしょう。取るに足りない、ただ波間を漂うに過ぎない私。彼女は自分を、今後どう扱ってゆくでしょうか。
December 15, 2004
邪恋と知りつつ身をまかせる夜。茨の道をかき分けて来た、招かねざる恋人。第五十一帖 <浮舟-2 うきふね> あらすじ浮舟は相手が薫でないと気づき、惑乱しています。以前思いを遂げられなかったことを訴え続けるので、匂宮とわかり中の姫への申し訳なさに泣きじゃくる浮舟。朝がきても、やっと会えた浮舟と離れたくないと女房・右近を呼ぶ匂宮。「今日一日ここにいる。供は隠れるように。私は他にはなにも考えられなくなっているから。」匂宮は浮舟のためなら人になんと言われようとかまわない気持ちです。右近は大内記に匂宮の言葉を伝え、他の女房達には「薫の君は宇治への道中、何ものかに襲われて。」と言い、部屋に「物忌み」の札を貼って近づけないようにしました。母君の使いが迎えに来たのも、京に還してしまう右近。一人でどう取り繕っていいか苦心しています。匂宮はひらすら浮舟を愛しく思います。いつも冷静な薫に比べて匂宮の情熱を好ましく思い始め、美しさもずっと優っているように感じる浮舟。「私がいない時はこれを見て。」と匂宮は男女が供に横たわっている絵を描いて涙ぐみます。「永く変わらない愛を頼みにしてもなお悲しいのはただ明日をも知らぬ命のこと。」と匂宮。「移り変わる心ではなく、ただ命の短さのみを嘆くのです。定めなき世とわかっていますから。」と浮舟。匂宮は浮舟にますます溺れてしまうのでした。夜になって大内記か迎えにきたので、「思うように動けない自分の立場が疎ましい。」と匂宮は重い腰をあげました。「こんな気持ちは知らなかった。涙で道が暗くなるほどの惑いは。」と浮舟を抱き寄せて詠む匂宮。「涙を隠すことさえできない私の小さな袖でこの別れをどう留められましょうか。」と哀しく返す浮舟。京へ戻りながら、宇治はなぜこうも切ない恋に縁があるのかと思う匂宮なのでした。二条院に戻っても、匂宮は隠し事をしていた中の姫に会いたくないと自室に入ってしまいましたが、すぐに侘しくなって、中の姫のもとへきてしまいました。中の姫が浮舟と比べても美しいのを認めつつも、面差しがそっくりでつい宇治での出来事を思い出してしまいます。「私が死んだらあなたは薫の君のもとに行くのだろうね。これほど愛しているのに私に秘密があるのだから」と機嫌悪く言う匂宮。薫のことで何か言われたのかと思い、情けなくなる中の姫。浮舟のことは伝えずに、薫のことで怒っているように見せかける匂宮なのでした。その日の夕方、匂宮の具合が悪いと聞いて薫が二条院を訪れます。「聖人の振りをした生臭坊主め。浮舟を宇治に長いこと放っておくなんて。」と、いつも真面目ぶられ浮気沙汰を咎めれられてきたことを疎ましく思う匂宮。薫が親身に匂宮を気づかって帰るのを見送りながら、浮舟はどちらがいいと思っているのだろうかと何を見ても宇治を思います。石山寺に行けなくなったので、宇治では皆、暇を持て余している中、匂宮からは情熱的な文が度々やってきます。「私の昔の恋人が元のさやに収まろうとして。」と右近は必死に周りをごまかし続けるのでした。恋愛セミナー721 匂宮と浮舟 思いを遂げて2 薫と浮舟 知らぬ間に3 匂宮と中の姫 帰る先匂宮の情熱が噴出する場面です。普段、行動範囲が抑えられてしまっている分、一端羽目をはずすと止め処がなくなる行動。周囲の人間はそのフォローにおおわらわです。浮舟も、ただ翻弄されているだけではありません。波間に漂うような頼りなさを見せながら、薫よりも情熱的な匂宮に惹かれ、心が傾く風情。別れる間際も、匂宮の心に深く残る言葉を発する。ただ情熱に任せ、奪いにやってきたつもりの匂宮が、足元をすくわれてしまうほどに。薫への友情も浮舟への思いにすっかり忘れてしまったようです。匂宮の行動や浮舟の心の移り変わりは、薫や中の姫の立場から見れば、好ましくないこと。この先、幸せになれるか、安心した暮らしが待っているかも全く見えない、成り行きまかせ。ただ、ひたと向かいあっている時の匂宮の心情は真実そのもの。母君や薫の、一見浮舟を第一に考えた、その実自分の立場をもっとも優先し続ける行動と比べ、もっとも身分高き匂宮の、なりふりかまわない行動が、どれほど女ごころを揺さぶるか。そして真面目な薫一人しか知らなかった浮舟が、美しい男性の百戦錬磨の恋の手管にかかったら。ただこの瞬間に生きるとき、人の思いは永遠になるのかもしれません。さて、こんな時でも、京に帰れば一人になるのが耐えられない匂宮。妻の妹に逢ってきたその日にも、やはり足を向けてしまう。そして相手のことを思い続ける。中の姫は他の女性の移り香を残した匂宮を、どう受け止めてゆくでしょうか。
December 14, 2004
親友の恋人を奪う欲望。恋は寂しき盲目。第五十一帖 <浮舟-1 うきふね> あらすじ匂宮は思いを遂げることができなかった浮舟を忘れることができません。中の姫が追い出してしまったのだろうと責める匂宮。「薫の君の思い人と知っても、匂宮はどこまでも探しに行くだろう。せめて姉である私からは何も言うまい。」中の姫は匂宮には、ただ嫉妬深い妻に見せかけています。薫は浮舟を迎える家を新しく造らせています。昔と変わらず二条院へも通い、親身に世話をし続けるのを、匂宮と比べても得がたい人だと思う中の姫。何も知らない新参の女房は、親戚でもない薫が二条院にやってくるのを不審に思い、匂宮も嫉妬するので中の姫はそっけなくすることもあるのですが、薫の態度は変わりません。相変わらず浮気な匂宮ですが、子供を産んだのは中の姫だけなのを特別なことと思い、六の姫よりも大切に扱うのでした。正月の頃、匂宮は二条院で若君と遊んでいました。そこへ、宇治からの使が来たと、女童が松をつけた手作りの籠と文を持ってきます。怪しいと思い、中の姫の目の前で文を開ける匂宮。「宇治ではたいそう良いもてなしを受けていますが、姫はお寂しい様子。あの事件のことを疎ましく思われ、そちらへお伺いすることは迷っていらっしゃるようです。」匂宮は「あの事件」という言葉から浮舟が宇治にいるのではないかと思います。匂宮は薫のもとにも出入りしている大内記(だいないき 漢文の素養がある役人)を呼びました。「薫の君は宇治にまだ通っているのだろうか。寺を建てられたそうだね。」「寺は立派にできたようです。秋頃から大切な女人を山荘にお置きになっておられるようで。」と大内記。「夕霧の右大臣も薫の君が仏道修行三昧で宇治に度々行かれるのを咎めておられたが、そんなことだったのか。」と喜ぶ匂宮。「その女人があの人か確かめよう。中の姫が薫の君と一緒になって秘密にしたのが悔しい。」匂宮はこのことばかりを考えています。「その女人は私と関係があったのだがある理由で離れてしまい、今は薫の君が世話しているようなのだ。どうしてもその人か知りたいから、内密に宇治へ行く方法を考えてくれ。」大内記は面倒な、と思いましたが、薫がいない日を見計らって、匂宮を宇治へ連れてゆきました。宇治の山荘では、誰も来ないと油断していました。近くで覗きみると、やはりあの時の女性らしく、中の姫によく似ているようです。どうしても浮舟を手に入れたいと思う匂宮。女房たちは、薫や中の姫の噂話や、明日母君と石山寺に参詣に行く話をしていましたが、寝入ってしまった様子。匂宮は格子を叩いて右近という女房を起こし、薫の振りをして浮舟の部屋に入ってしまうのでした。恋愛セミナー711 薫と中の姫 変わらぬ思い2 匂宮と中の姫 糟糠の妻3 薫と浮舟 留めおかれて4 匂宮と浮舟 突き止められた居場所薫の中の姫への思いはまだ続いていました。部屋の中に入ってくるようなことはなくとも、大姫と重なる中の姫を、浮舟を得たことでも変わらず大切に思う薫。以前から続く兄のような親身な世話と相まって、ますます不思議な関係に周囲からは見えるようです。匂宮の浮舟への執着は、そんな薫と中の姫との関係への嫉妬心で煽られているとも言えます。浮気者で、寂しがりやの匂宮。周囲に隠しごとができず、いつも薫には自分の恋心を話し、宇治の姫への橋渡しも頼んでいました。それなのに、薫は中の姫と自分の理解できないような種類の親しさを持っている。直接、触れ合っている様子はいまはないものの、自分が入っていけないような雰囲気を作り出している。直情的で、好きになったら即関係を持ってしまうのが当然と思っている匂宮には、薫のもつ侵しがたい聖なる雰囲気を、羨ましくも疎ましくも感じられるのでしょう。その薫が隠していたあの女性。思いを遂げられなかったことでさらに高まった執着と、隠し事をしていた中の姫への報復。そしていつも浮気者と自分をおとしめていた薫への反発。かつて中の姫のもとへ通うときに経験した、宇治の山道という関を越えて燃え上がった情熱が、相手を変えて、再び匂宮を駆り立てていく。中の姫を手にいれた時と同じように、薫に成りすまして。ここにも、生きた人形がいるようです。寂しさからも発している匂宮の情熱は、やはり薫の訪れの間遠さを嘆く浮舟の寂しさが引き寄せてしまったのかもしれません。あなたはそんな情熱に、身を任せたことがありますか。
December 13, 2004
亡き恋人の妹を手折る。前世からの恋。女性を車に乗せて運び去る。第五十帖 <東屋 あずまや-4> あらすじ薫は弁の尼君と申し合わせた日に車を宇治へやり、そのまま浮舟のいる京の三条の家へ向かわせます。弁の尼君の突然の訪問に驚きつつも、話し相手もなく過ごしていたので喜ぶ浮舟。「薫の君に熱心に頼まれまして。」と弁の尼君。浮舟や乳母は薫の気持ちをうれしく思いますが、急なことなので返事のしようがありません。その夜、薫は何の前触れもなく浮舟の家を訪ねました。皆、驚いてまごついていましたが、ようやく薫を部屋に通します。浮舟との間に遣戸(やりど 引き戸)があるのを、「こんな扱いは受けたことがない。」と引き開け、中に入ってしまう薫。「宇治でお見かけしたときから忘れることができなくなったのは前世からの縁でしょうか。」と大姫のことなど色にも出さず、恋を語ります。浮舟は美しく素直で、薫は望んだ通りだと満足しました。翌朝、薫は浮舟を抱きかかえ、車に乗り込みます。結婚を避ける九月だったので、人々は戸惑いますが薫に任せるようなだめる弁の尼君。浮舟の女房・侍従だけが供をして、一行が向かった先は宇治。道中、浮舟をつくづくとみた薫は、その美しさを認めながらも、亡き大姫を思い出し涙ぐみます。「この可愛い人を形見と思って見ても朝露が覆い尽くすように涙で濡れる袖。」宇治についても、大姫が浮舟を連れてきた自分をどう思うだろうと考える薫。浮舟は母君が何も知らないのを案じていますが、薫の美しさや優しさに心を落ち着かせようとするのでした。薫は物忌みという口実で、何日か宇治に留まることにしました。まだ洗練されていないところはあるものの、髪は女二宮と同じほど美しく見える浮舟。おっとりと頼りない浮舟を、妻として扱っていいものか決めかね、当分は宇治においておこうと思うものの、めったに会えなくなると考えると切なくなってきます。八の宮がよく弾いていた琴を取り出しても、きっと浮舟は弾けないだろうと思い、「なぜあなたは常陸という遠い国で育ったのでしょう。」と言う薫。はにかんで横を向いた浮舟の白い顔は、やはり大姫そっくりです。「やどり木の色が変わる秋ですが月は昔ながらに澄んでいます。」と弁の尼君。「宇治の名も昔と同じなのに閨にとどく月影に見えるのは、あの人ではないのです。」感慨深く、薫はそっと詠むのでした。恋愛セミナー701 薫と浮舟 身代わりとして悠長にかまえていて大姫を失い、お人よしにも匂宮に中の姫を譲ってしまった薫は、三女浮舟にいたってようやく八の宮の娘を手に入れました。場末の粗末な家に車を乗り入れるさまは、源氏が夕顔を訪れたときのよう。なよなよとした花が手折られように、浮舟はあっさりと薫のものになったのです。突然やってきて、女房一人を連れ、略奪するように宇治へ行くのも、夕顔のときと似ています。また、紫の上が幼くして連れていかれたときとも。身分低い女性なら、軽々しく扱いやすいのか。姉二人が相手の時では考えられないような、大胆な行動です。連れてきておいて、妻とするのは世間体が悪いと思う薫。そしてそれ以上に心の中に残り続ける大姫の面影が浮舟への情熱にブレーキをかけます。宇治は憂しに通じる土地柄。あれほど恋い慕った大姫の魂が、俗に染まってゆく薫の有り様を憂いを込めた深いため息をつきながら眺めている気配。浮舟を愛しいと思いながら、大姫が二重写しになっている。かつて夕顔が木霊の棲む荒れ果てた屋敷で亡くなる前も、ふと六条御息所の面影が重なりました。心を移すことをためらわせる女性の存在が肥大し、あたかも目の前にいるかのよう。やはり、浮舟は大姫の身代わり、人形に過ぎないのです。「人形を身代わりとして」という考え。もともと人形は、生きた人の代わりに厄を受けてもらうためのもの。紫の上が幼い頃、人形遊びをしているシーンもあるのですが、これは現実の世界を模倣したごっこ遊び。生きた人形で、大姫ごっこをしようとする薫。紙で作った人形と違い、飽きたから、厄がついたからと簡単に流すことはできない危険な遊び。紫の上を愛しながら、藤壺の面影を重ねていた源氏も、薫と同じような煩悶を心のどこかに隠し持っていたはず。手に入れることのできない存在を瓜二つの女性で代用しようとした源氏は、満たされることなくすすんでゆくしかありませんでした。薫もまた、源氏と同じ道を踏み迷うのでしょうか。************************************海老さまの写真集が届き、見つめられながら日記を書いております。日本の財産・源氏と海老さま☆かと。
December 12, 2004
寝室に忍び込む美貌の男性。妻が黒髪を洗っている隙の浮気。夫の心をとらえた自分の妹に、鷹揚に接する姉。第五十帖 <東屋 あずまや-3> あらすじ浮舟は、馴れ馴れしく横たわる男性が匂宮と気づきます。匂宮は恐い顔をした乳母がそばについているので名前を聞くことしかできません。「おかしなことが起っていて、動けないのです。」中の姫の女房達が匂宮を探しにきたので、乳母は人々を呼び入れました。またいつもの癖が、と女房は中の姫に知らせに行きますが匂宮はまったく意に介さず、浮舟に言い寄り続けます。浮舟を気の毒に思い、匂宮の若い女性を見るとすぐに目をつけてしまうのを嘆く中の姫。女房達があれこれ噂するのを、聞きづらく思っていると宮廷から明石の中宮が病気との使いがやってきます。右近が使いが来たことを知らせると、匂宮はようやく浮舟を解放し、次の逢瀬を誓って出かけてゆきました。生きた心地もなく、乳母が慰めても浮舟は泣き続けています。浮舟の気持ちを晴らそうとする中の姫から部屋へ呼ばれますが、恥ずかしくて行く気になれません。「可哀想に。匂宮はご自分が浮気な性格だから他の人の恋心もある程度は許してしまうけれど、真面目な薫の君がこのことを聞いたら何と思うか。それにしても浮舟のような哀れな境遇になったかもしれないのに私は本当に運勢が強かったのだわ。」と感慨深く思う中の姫。「何もご存知ないので、清い身ですのに気に病んでいらっしゃるのです。」乳母はこう弁明し、強いて浮舟を中の姫の前に連れてゆきますが浮舟が合わせる顔がありません。「大姫が亡くなってからはとても寂しかったのだけれどあなたがいてくれてとてもうれしく思っているの。どうぞお気持ちを楽になさって。」そばで見ても浮舟はたいそう美しく、大姫に似ているので薫にふさわしいと思う中の姫。中の姫は八の宮の話などをして、その夜は浮舟をそばにおいて休みます。ただ女房達ばかりは、匂宮と浮舟の関係はどうなったのだろうと噂しているのでした。次の日、乳母がこの一件を知らせると、母君は二条院に急いでやってきました。恐縮している母君を、穏やかに迎える中の姫。今までの感謝を伝え、浮舟を別の場所に移すと言う母君。中の姫は残念に思いますが、母君は申し訳なさにそそくさと二条院をあとにします。母君は三条に小さな家を用意してあったので、そこに浮舟を移します。浮舟をおいてすぐに常陸の守の屋敷に帰ろうとする母君。寂しさといつまでも母に心配をかけてしまう我が身の情けなさに泣き崩れてしまう浮舟。母君もいつも一緒だった娘と離れるのは辛いのですが、常陸の守の怒りを買うのが嫌なので、やはり屋敷に戻ってしまうのでした。宇治の寺が出来上がり、薫は久しぶりに足を運びます。山荘の遣水(やりみず屋敷内に引き込んだ小川)のそばで大姫のことを思い出しながら「絶え果てずに湧き出る清水よ、なぜ亡き人の面影さえ留めてくれないのか。」と詠む薫。弁の尼君を訪ねて積もる話をし、浮舟が匂宮のところにいるらしいと伝えます。「今は小さい家に住んでいるようで、宇治に行くことができたらと母親から文を貰いまして。」と弁の尼君。薫は弁の尼君に京へ向かい、浮舟に文を届けるように頼みます。京へ宇治の紅葉などを携え、女二宮に見せる薫。帝からも大切にされている女二宮を丁重に扱うものの、睦まじい仲とはいえません。気をつかう妻がいる上に、さらに秘め事が重なる薫なのでした。恋愛セミナー691 匂宮と浮舟 思い残して2 薫と浮舟 秘めやかに乳母の活躍で浮舟はあやうく難を逃れました。匂宮の傍若無人な振る舞いに、すっかり慣れてしまっている二条院の人々。中の姫もその例外ではなく、浮舟に対しても穏やかに対します。上流階級で妻として生きるための覚悟が見え、結婚生活に完全に満足はしていないながら、落ちぶれてさまようことになりかねなかった我が身を妹・浮舟に重ねあわせる冷めた視点を、中の姫は持っています。かつて源氏に翻弄されるだけでしかなかった藤壺が、皇子誕生で政治家として源氏のパートナーとして立ち上がりました。そのとき政敵・弘徽殿の女御が対抗馬としたのが八の宮。政治的に負けた八の宮の娘が、人任せの人生から、結婚を通して、強く美しく花開こうとしています。浮舟は、その名のとおり、流れ流れる境遇。京から常陸へ、常陸から京の屋敷へ、二条院へ、そして三条の家へ。それでも、匂宮の目にとまり、中の姫も認める美しさをたたえた可憐な姫君。いよいよ完成した宇治の寺に、薫の本尊としてすんなりおさまってゆくのでしょうか。それとも、姉達のように薫を拒否し続けるのでしょうか。
December 11, 2004
アイドルが恋人なら、年に一度の逢瀬でも許せる?全てを認めさせる美しい男性二人を前にして。第五十帖 <東屋 あずまや-2> あらすじ母君は浮舟を連れて、早速二条院を訪れました。若君を生んでますます美しくなった中の姫を間近にした母君は、身分はそう隔たっていなかったはずなのに、何故こんなにも境遇が違ってしまったのかと娘・浮舟と比べて情けない思いです。何日かたって、匂宮がやってきました。夫・常陸の守よりも立派に見える貴族達が匂宮に付き従う様子や、若君を可愛がる美しい姿に惚れ惚れと見入る母君。八の宮とも格段に違う威勢の大きさを感じ、豪勢に暮らしていると思っていた今までの暮らしが思いあがったものであったと思います。こんなに素晴らしい人ならば、たとえ年に一度の逢瀬でもかまわないと、中の姫の運勢の強さを羨む一方、浮舟を匂宮のそばにおいても見劣りはしないだろう、と考える母君。あの左近の少将も匂宮の取り巻きですが、みすぼらしく見え、すっかり見下してしまうのでした。匂宮が宮廷に行ってしまうと、母君は中の姫の前で宮の素晴らしさを褒め称えます。あまりにも大げさで田舎びた母君の様子にあきれながらも、浮舟の美しさは好ましく思う中の姫。浮舟の将来を母君が頼んでいるちょうどそのとき、薫が二条院を訪ねてきました。「美しい方と聞いておりますが、匂宮さまほどではないでしょう。」と言い、物陰から覗く母君ですが、目の当たりにした薫の素晴らしさに、驚愕してしまいます。薫は相変わらず結婚が意に添わなかったことや、大姫への思いが忘れなれないことや、中の姫への恋心をそれとなく訴えます。薫の心を静められるかもしれないと、中の姫は浮舟が二条院に来ていることを伝えました。「大姫の代わりならば身に携えて恋しい思いを撫でてはらう人形にしましょう。」とざれ言にする薫。「みそぎ河の瀬に流す人形などとおっしゃるなら身に携えて下さるなどと誰が頼みにするでしょうか。」と中の姫。それでも薫は中の姫から浮舟に思いを伝えてくれるよう頼んで帰りました。母君は薫の美しさや残り香を賞賛しているので、中の姫は浮舟との縁談を奨めてみます。浮舟を出家させることも考えていましたが、すべて中の姫にまかせようと決心する母君。常陸の守からも屋敷に戻るように催促がありましたので、浮舟を残して去ることにします。二条院を出るとき、帰ってきた匂宮に「誰か。」と問いだだされる母君。「常陸殿です。」と従者が答えたのを、「殿とは偉そうに。」と匂宮の取り巻きに笑われた母君は本当に情けなく、浮舟の身分だけはこれ以上おとしめない様にしようと思います。常陸と名のった車が、薫ではないかと疑う匂宮。女房の友人だと中の姫は少し怒って見せています。次の日、中の姫は髪を洗うことになり、夕方、匂宮は一人部屋にいることになりました。若君も眠っているのが退屈で、屋敷の中を歩っていた時、襖の奥に見たことのない女性・浮舟を目にします。美しい様子に惹かれ、近づいてきた匂宮に名前を聞かれ、顔をそむける浮舟。噂に聞いていた薫かと思いながら困っていると、浮舟の乳母がやってきて匂宮に気づきます。「なにをしておられるのです。」乳母が睨みつけても、かまわず浮舟のそばに横たわる匂宮なのでした。恋愛セミナー681 薫と浮舟 人形として2 匂宮と中の姫 なれた夫婦3 匂宮と浮舟 何かがおこる上流階級から身を落とすことの悲哀が感じられる帖です。八の宮が、よほど良い相手でなければ宇治からでないようにと姫たちに遺言したのかがわかりますね。中央で宮廷に仕える貴族と、地方長官になった貴族では天と地ほどの差があるのです。それでも、いったん上流階級の家に親戚として出入りし、後見を得られれば、返り咲くことも可能。いったんは婿と決めた少将を、匂宮を見たあとでは軽蔑している母君の、心の変化が面白い。中の姫と繋がっていると認めてもらえれば、匂宮と繋がっているのと同じこと。夫から一人の人と大切にしてもらいたいと言っていた母君が、匂宮や薫の素晴らしさに魂を奪われて「年に一度の七夕のような逢瀬でもよい。」と思うのは、映画スターに中てられた女性のよう。世にもてはやされるアイドルを見て興奮した母君は、娘を中の姫に預ける決心をします。中の姫は確かに美しい。でもうちの浮舟も捨てたものじゃないわ、身分だって本来ならそれほど違わないのだから、という自負も。二人を実際に見る前と、まるきり違う考えになってしまいました。薫の思いも、まだはっきりしません。一人の人を思い続けることを看板にしてきた薫。中の姫への恋心をみせたばかりで、すぐまた他の女性へ心を移すのは、あまりに軽薄だと思われるからなのか。あまりの身分の違いに戸惑っているからか。慎重な性格がまた顔を出しています。一方の匂宮。平安時代、女性が髪を洗い乾かすのは一日がかりの大仕事。放っておかれた経験のあまりない匂宮は、自分の屋敷だからとどこまでも入り込んでいって普段から女房達と関係していたのでしょう。浮舟の運命やいかに。*****************************************大奥第一章が来週最終回。家光役の西島秀俊さんと御台所(正室)・孝子の木村多江さんがお気に入り。ご覧になっておられる方、よろしかったらこちらもコメントいただけたらうれしゅうございます。
December 10, 2004
婚約不履行。結婚直前に姉から妹に乗り換える男。女性の本音。大勢の中の一番か、唯一の存在か。第五十帖 <東屋 あずまや-1> あらすじ薫は浮舟の身分があまりに低いので、直接文を贈ることはありませんが、弁の尼君の方から母君に思いを伝えさせています。薫の申し出を嬉しく思うものの、やはり身分が違い過ぎると思い、違う縁談話を進めている母君。夫・常陸の守との間にはたくさんの子供が生まれていましたが、田舎じみた父に似て、どれも平凡な様子。それでも常陸の守は自分の子ども達だけをかわいがり、浮舟をないがしろにしていました。田舎じみてはいても、財産だけはあるので屋敷には大勢の人々が仕え、常陸の守の幾人かの娘を目当てに若い貴族達が集まってきます。母君は若者達の中でも趣味のよい左近の少将(さこんのしょうしょう)を婿にしようと考えていました。八月に入り、左近の少将の方から結婚を急ぐように言ってきたので母君は仲立ちをしている人に、浮舟が常陸の守の実の娘ではないと話します。仲立ち人の話を聞き、はじめから常陸の守の財産が目当てだったので、縁談を断ろうとする左近の少将。「それでは常陸の守の次の娘はいかがでしょう。」と仲立ち人がすすめると、「綺麗で身分の高い女などいくらでもいる。風流ぶっても財産がなくて落ちぶれるより、まずは暮し向きを安定させたいのだ。」と、あっさり相手を変えることにしてしまうのでした。仲立ち人から左近の少将の意向を聞いた常陸の守は大喜び。一番大切にしている実の娘と結婚してくれるなら、大臣就任運動にも財産を惜しまないなどと大げさな話をしました。少将ははじめに話をしていた浮舟の方は気になるものの、やはりしっかりとした後見が欲しいと結婚の日取りさえそのままに通うことを決めてしまいます。母君は何も知らずに結婚の支度をしています。「もし八の宮が浮舟を認めてくれていたら薫君が通ってもなんの不都合もないのに。」と情けなく思いつつ、今回の縁談も悪くはないのだからと心を引き立てようとする母君。そこへ夫・常陸の守がやってきて、少将が実の娘に乗り換えたことを何の心くばりもなく言い放ちました。母君は物も言えません。少将の仕打ちがただ情けなく、しばらく屋敷を出てしまいたいと思う母君。「かえって運が良かったのです。やはり姫を薫の君に。」と浮舟の乳母は慰めます。「薫の君はいろいろな縁談を断ってようやく皇女さまと結婚された方。浮舟など女房の一人にされてしまうでしょう。中の姫も匂宮との結婚がうまくいっているようだけれど、いろいろ悩んでいらっしゃる様子。常陸の守は田舎ものだけれど私一人を妻とあがめてくれたので、ここまでやってこられたのです。私の八の宮との過ちから発したことだけれど、どうあっても浮舟だけは幸せにしたい。」母君はあれこれ思い悩むのでした。常陸の守は、浮舟のために母君が用意した部屋をそのまま婚礼につかうことに決めました。趣味良く飾り付けた部屋にさらに調度を大量に運び入れたので、足の踏み場もないほどです。母君はこの婚礼には口出しはしないときめたので黙っていますが、少将が日取りも変えずに通ってくるのがおもしろくなく、中の姫に文を届けました。「浮舟をしばらく隠しておきたいのですが、頼る先は中の姫さましかいないのです。」中の姫は八の宮のことを考えて躊躇しましたが「身分低い方が姉妹にいるのはありがちなこと。」と女房が言うのにまかせ、浮舟のための部屋を用意させます。中の姫と近しくなりたいと願っていた浮舟は、この縁談が流れたことをかえってよろこぶのでした。恋愛セミナー671薫と浮舟 ほのかに2浮舟と左近の少将 財産目当て結婚を介した、かなりあからさまな話です。妻の財産を当てにするというのは、この時代ではありふれたこと。源氏もはじめの結婚は妻の父・左大臣の後見をえることも大きな目的でした。薫の場合は、母・女三尼宮が二品という高い位で領地も多く、財産があるのですが、八の宮のように皇族出身でも手元が不如意になってしまうことも多かったのです。財産は家付き娘の女性が受け継ぐことが多いこの時代。男性が女性のもとに通うのが一般的な結婚の形で、出世するのも婚家の力次第ということ。左近の少将の「風流ぶっていても財産がなければ。」という考えも、よくあることだったのでしょう。顔をみないままに女性のもとに通い始めるのもごく普通のこと。薫も女二宮の顔を見ているわけではありませんでした。匂宮も大姫か中の姫かわからないままに通いはじめましたから、同じ常陸の守の娘なら、姉だろうと妹だろうと同じというのも、乱暴なようですが、ありうること。それにしても、結婚の日取りも変えず、文を交わした様子もなのは、少将の人品が透けてみえますね。追い出されるような形で中の姫を頼ることになった浮舟。薫も中の姫も、お付き合いするには身分が低いと躊躇されています。常陸の守といえば、今の知事クラスの身分ですが、位から言うと従五位。少将は正五位にあたります。薫は大将で従三位にあたり、上達部(かんだちめ)として宮廷で帝のそばにあがることもできる地位。中の姫の夫・匂宮は次期東宮というさらに雲の上の存在。やはり、浮舟と薫や中の姫の間には、大きな身分の隔たりがあるのです。浮舟の母君が薫との結婚に戸惑いを覚えるのは、この身分の差と上流階級の浮気沙汰。身分が高くなるほど、男性は女性との関係が乱脈になり、何人もの妻を迎えることになる。皇族と結婚できるほどの叔母を持つ母君が、関係を持った八の宮の冷たさに傷つき、身分低い地方役人の妻となる選択をした。その結果、上流社会とは縁遠くはなっても妻としてはまずまず幸福な人生を歩んできた。少将という手の届く身分の男性を相手に選んだのも、身分よりも浮舟を妻一人と定めて愛してくれるだとうという思いがあったからこそ。一夫多妻が許されていたこの時代でも、唯一の存在として大切にされたいというある女性の本音。あなたはどう思われるでしょうか。
December 9, 2004
皇女を妻に得ても断ち切ることができない愛執。第四十九帖 <宿木 やどりぎ-5> あらすじ女二宮の裳着が行なわれ、薫は結婚の相手として宮廷に通い始めます。臣下の薫に対しての厚遇に、世間ではいろいろと取り沙汰もされましたが、帝は意に介しません。「父・源氏でも女三宮と結婚できたのは老境にいたり出家を考えはじめてからだった。私はなんとかあなたを拾うことができたけれども。」夕霧の右大臣は、落葉宮に語るのでした。薫は宮廷に通うのが煩わしいと、三条の屋敷に女二宮を迎えることに決め、母・女三尼宮も喜びました。帝はあまりに急なことと心配していますが、妹である女三尼宮に今後のことを頼みます。こうして周囲から手厚く扱われながらも、薫はあまり有り難いとは思わず、宇治の寺の完成を待ちわびているのでした。薫は匂宮と中の姫の若君の生後五十日の祝いに心を尽くします。二条院の中の姫を訪ね、相変わらず憂鬱なまま、結婚も意に添わなかったと不平を言う薫。薫の思いあがりにあきれながらも、大姫への思いの深さを感じる中の姫。けれど、もし大姫が薫が結ばれていたとしても、やはり今回の結婚は避けられそうになく姉妹共々愛執の悲しみに会っていたのだと改めて思います。若君を見た薫は、大姫が子供を残していてくれたらと感じますが、それは生きることに執着を感じ始めたからなのでしょうか。四月に女二宮は三条の屋敷に迎えられることになり、その前日、帝は宮廷で藤の花の宴を行いました。楽が奏でられ、薫もあの柏木の残した笛を吹きます。帝から盃を受けた後も、身分上の決まりごとから、居並ぶ貴族達の一番低い低い席に戻らなくてはならない薫。女二宮を貰いうけたいと願っていた按察使の大納言は、薫を妬ましく思うのですが、薫が帝の信頼を受けている以上、どうしようもありません。三条の屋敷でつくづく見ると、女二宮は非常に美しく、薫は自分の幸運を喜びます。それでも大姫のことを忘れることはできないので「この世を去ってから、なぜこの恋に苦しみ続けるのかがわかるのだろう。」と思うのでした。四月二十日ごろ、薫は宇治へ行き、寺建築の指示をします。山荘の弁の尼君を訪ねると、見慣れない車が止まっていて、どうやらあの浮舟が来ている様子。先方には伝えさせず、こっそりと隣の部屋から覗きこむ薫。弁の尼君が入ってきたので、はにかんで顔を横に向ける浮舟。気品のある目や髪のはえぎわの様子が、亡き大姫に瓜二つに思われて薫は涙します。「ここで会えたのは前世からの縁だと伝えて欲しい。」すっかり浮舟を気に入り、弁の尼君を呼んで頼む薫。「急なことですわね。」と笑いながら戻ってゆく弁の尼君。「貌鳥(かっこう 美しい鳥のこと)の声もあの人の声かと聞いて今日は茂みを分けて訪ねてきたのです。」薫の詠んだ歌を、弁の尼君は浮舟に伝えるのでした。恋愛セミナー661 薫と女二宮 身代わりにはならず2 薫と中の君 子供が生まれて3 薫と浮舟 人形としてこの世の栄達を一身に受ける薫。若干25歳で大将となり、帝の一番可愛がっている美しい皇女と結婚する。身分及ばず、同じような境遇の女三宮をもらい受けることができなかった父・柏木とは雲泥の差です。女二宮を嫁がせる先として、もっと身分高く、落ち着いた貴族達はいくらでもいたはずで、按察使の大納言をはじめ不満に思っている者は多かった様子。それでも帝はまるで憑かれたかのように薫に女二宮を下げ渡します。考えられる理由は、妹・女三宮が源氏に嫁いだことで不幸になってしまったと痛感していること。いくら身分が高いとはいえ、大勢の妃の間に後から入ることはいろいろ軋轢を生む。父・朱雀院の思いの強い妹が身重の体で出家してしまったことが、帝は不憫でならなかったはず。女三宮と同じく母を亡くした娘・女二宮には、その二の舞をさせたくないと感じていたことでしょう。真面目でいまだに定まった妻のいない薫は、うってつけの相手だったのかもしれません。源氏のもとで女三宮が不幸になっていると知った朱雀院は、どうせなら柏木に嫁がせるべきだったと後悔していました。女三宮を恋い慕っていた柏木が薫を残していることは、誰も知らない秘密ということになっていますが、当時親友だった夕霧もうすうす気づいていたこと。もし帝や朱雀院が薫が柏木の子だと知っていたら。怨霊信仰のあった当時、この世に未練を残してなくなっていった柏木の鎮魂を果そうとするでしょう。そして本来、一生独身で終わっても何の不都合もない女二宮の結婚を急がせることに影響を与えたかもしれません。柏木が宮廷で一番行いたかった、帝にもっとも愛されている皇女との結婚。女二宮を迎える宴で、息子・薫が柏木の笛を鳴り響かせたことは、霊魂を鎮めることになったのでしょうか。さて、薫の求めた人形は、大姫の面影を充分残していました。初めて垣間見た女性に、前世からの縁などと言い寄る様子は、源氏も顔負けの早急さ。生きることに執着が生まれ、ますます俗に染まってゆく薫と、人形・浮舟。薫は彼女を得ることができるのでしょうか。
December 8, 2004
千年の時を越えて恋と人生の羅針盤になってきた物語。恋の行き着く果て。生きた人形を亡き人の代わりに。第四十九帖 <宿木 やどりぎ-4> あらすじ薫は恋心が抑えきれず、また二条院を訪ねます。中の姫はすぐそばに女房をおいているので、あからさまな言葉を口にすることはできない薫。大姫亡きあと、幾人かの女性と関ってもなかなか心が癒えないことを訴えます。「寺とまではいかなくても、宇治にかの人の人形(ひとがた)を置き、お仕えしようかとも考えておりまして。」と薫。「お気持ちはうれしゅうございますが、人形と聞きますとお祓いで川に流される様子を思い、姉が憐れに感じられます。」と中の姫。薫の苦悩する有り様に、中の姫はあることを思い出します。「人形といえば、夏ごろある縁の方が娘・浮舟を連れてこちらにやってきたのですが、亡き方に瓜二つなのです。後に残った私が憂きことばかりなのに、さらに世間の人の口にのぼるようなことがあっては父に申し訳なくて。」中の姫の言葉に、八の宮に他に子供がいるらしいと推量する薫。「大姫に似ておられる方なら寺の本尊にし、親身にお仕えいたします。どうか詳しいことを。」八の宮の容認していない子供のことを語るのは気の引ける中の姫でしたが、薫の熱心さに「辺境の地で生い立った娘ですが容姿も悪くないのをその母親が見かねてここへ来たのです。本尊になれば良いのですが、さあどうでしょうか。」薫は浮舟のことが気になりますが、中の姫が自分の恋慕をはぐらかそうとしているのだと情けなく思うのでした。九月になって、薫は宇治へ向かいます。久しぶりに会った弁の尼君や山の高僧に、山荘を寺にする計画を話す薫。「死んだ子供をずっと袋に入れて首にかけていた人も仏の方便で袋を捨てて仏門に入った。」と山の高僧は話し、薫の心がけを尊さを説きます。薫は寺の図を描いて指示し、早速準備を始めさせました。その夜、薫は弁の尼君と亡き父・柏木のことや大君のことを話し、中の姫から聞いた人形の娘のことを尋ねます。「八の宮の奥様が亡くなった頃に、奥様の姪の中将の君という女房と関係され、娘を産んだと聞いております。八の宮はそのことを疎ましく思い縁を切ってしまわれたので、中将の君は地方役人の妻となりました。その後、夫が常陸の守になりついていき、先ごろ任地から帰ってきたそうで、中の姫をお訪ねしたとか。浮舟はとても美しいということです。」八の宮に縁の娘なら見てみたいと思う薫。弁の尼君は常陸の守の妻とも親戚なので、薫の意向を伝えると約束します。薫は中の姫に宇治の山荘を寺にする許しを乞う文を届けます。万事、薫に任せると返事をする中の姫。ちょうど匂宮が二条院にいた折で、恋文を交わしている訳ではなさそうだと思いつつ、どうしても疑う気持ちが残るのでした。琵琶を弾き、中の姫にも琴を奏するようすすめる匂宮。はにかんでなかなか弾こうとしない中の姫。「最近私とよくいる人はつたない技でも見せてくれますよ。あなたのお好みの薫の君にはそんなことはないのでしょう。」と言うと、中の姫はようやく美しい爪音を聞かせました。こうして匂宮が何日が続けて二条院にいると、夕霧の右大臣がたくさんの供と二条院を訪ねてきました。匂宮を六条院に連れていってしまうのを、中の姫は寂しい気持ちで見送ります。年が明け、中の姫の出産が近づきました。とても苦しんでいるのを聞いて、明石の中宮をはじめとした見舞いが次々にやってきます。匂宮以上に心配して祈祷をさせる薫。薫は女二宮の裳着のあと、結婚することになっていますが、それよりも中の姫のことが気がかりです。同じ頃、薫は右大将に昇進し、六条院で祝いの宴が催されました。匂宮も招待されましたが、中の姫が心配ですぐに二条院に戻ってしまいまうのを、夕霧の右大臣はおもしろくなく、不平を鳴らします。中の姫はようやく男の子を産み、匂宮も薫もうれしく思います。誕生の祝いが次々に行なわれ、中宮や帝からも祝福のの品が届けられました。内心不満に思っている夕霧もやってきて、祝いの言葉をのべます。中の姫が重々しく扱われるのを少し寂しく感じながらも、本来の後見の役目が果せたと満足する薫なのでした。恋愛セミナー651 薫と中の姫 身代わりを求めて2 薫と浮舟 人形でも3 匂宮と中の姫 名実ともに大姫から中の姫、中の姫から第三の娘・浮舟と、薫にとって身代わりの連鎖が続きます。とにかく、姿だけでもいいから、亡き人をそばに置きたいと願う薫。何人も代わりになる女性を求めたあげく、人形をとさえ望んだということは、自分の思うさまに扱いたいという願望なのでしょうか。山の高僧の話も、人形に通じているようで意味深いものがあります。あまりにも一人の人にこだわり続ける薫の嗜好は、フェティシズムに近いのかもしれません。中の姫と六の姫。かたや匂宮の一番初めの妻にして子供を身ごもる女性。かたや美女の誉れ高く匂宮の覚えもめでたく当代一の権力者の娘。匂宮が振り子のように二人の間を揺れるさまはまさにシーソーゲーム。夕霧の右大臣は六の姫方の重しとなるべく奮闘。薫以外、頼りになる者はいない孤立無援の状態で、中の姫は頑張っています。中の姫が第一皇子になるかもしれない若君をあげた意味は非常に大きい。身分から言えば六の姫に決して劣ってはいない中の姫は、将来、帝の母になる可能性も。この点、明石で育ち、地方役人の出である明石の君を母に持つ明石の中宮が、いち早く反応しているのがおもしろいところです。薫は身分がさらに高くなり、思い人には子が生まれ、少し気持ちが落ち着き始めるでしょうか。そして女二宮との結婚は、やすらぎをあたえるのでしょうか。
December 7, 2004
親友の移り香に妻の浮気を疑う夫。姉から妹へ恋心が移る。第四十九帖 <宿木 やどりぎ-3> あらすじ薫は中の姫のそばに身を横たえて長年の思いを語り続けます。以前よりずっと大人の美しさが加わった中の姫は、ただ情けなく思うばかり。明け方、人に見られないように帰った薫でしたが、中の姫が懐妊の証である腹帯をしていなかったらとても身を留めることはできなかっただろうと思います。「いたずらに分け入った道の露に濡れて帰る私。あの宇治の出来事を思い出す秋の空。」薫の歌に返事をしないのを女房におかしいと思われるだろうと、「文は拝見しました。気分が悪いのでお返事は失礼。」と返す中の姫。そっけない返事にがっかりしながらも、匂宮に捨てられたら世話をするのは自分しかないとひたすら中の姫を恋い慕う薫。兄のような後見のつもりだった心はすっかりなくなり、ただ匂宮を妬ましく思います。なかなか帰らないことに気が咎めた匂宮が二条院へ突然やってきました。中の姫は薫でさえあのような行動をするということを思い知り、匂宮を疎んじる気持ちにはなれません。間遠になってしまった訪れを責めることなく、いつもよりさらに優しく甘える中の姫を好もしく思う匂宮。けれど引き寄せた中の姫には疑いようもない薫の体臭が染み付いていたのです。薫が帰ったあと、衣をすべて着替えていた中の姫でしたが、香りは身に染みとおっていました。匂宮は薫に身を任せてしまったのだろうと厳しく問いただします。何も言えず、ただ匂宮の罵詈雑言を聞き続ける中の姫。「あの男からあなたに移った香りが我が身にまで染みて。なんと恨めしい。」と匂宮。「慣れ親しんだ夫婦の仲と頼みにしておりましたのにこんなことでかけ離れてしまうのですか。」涙を流しながら返す中の姫の可憐さに惹かれ、匂宮は嫉妬にさいなまれながらも一緒になって泣いてしまうのでした。二人はゆっくり朝寝をして、食事も一緒の部屋でとります。豪華な調度に囲まれた六条院の六の姫にも劣らない中の姫に、薫が惹かれるのは無理もないと思う匂宮。恋文を探しても事務的な内容のものしかないのですが、薫と中の姫の関係を疑う気持ちは変わらず、二条院から出ることはできません。匂宮が二条院に留まっているのを妬ましく思いつつ、中の姫にとっては嬉しいことと心を慰める薫。中の姫の女房達の衣が古びていたのを気づかって、母・女三宮に頼んでたくさんの布や衣を用意し、届けさせました。匂宮は心は優しいのですが、やはり暮らし向きの細々としたことには気づかないことも多いのです。薫は八の宮の不如意な生活を世話するうちに、だんだんと世の人に対しても濃やかな心くばりができるようになり、声望も集めるようになったのでした。それでも、中の姫に対する思いは止めることができず、文に綴る言葉にも恋心を抑えることができません。薫の心づかいをありがたく感じ、親族でもないのに隔てなく過ごしてきたこの風変わりな関係を今さらやめることもできないと思う中の姫。大姫が生きていたらこんなことには、と薫の恋慕に匂宮に疑われることよりも心を痛めるのでした。恋愛セミナー641 薫と中の姫 関守に阻まれて2 匂宮と中の姫 疑っても危ういところだった中の姫。宇治での一夜より、格段に進行したと思われる薫の行動。腹帯に薫が気づかなかったら、きっと二人は関を越えていたことでしょう。薫の積極な行動をを推し進めたものは何だったのか。心を開いてくれるのを待っていた大姫に先立たれ、中の姫を目の前で奪われていった自分の不甲斐なさ。匂宮からないがしろにされ、自分のことを恨んでいると思っていた中の姫本人からの宇治帰郷の嘆願。遠慮をしていては、チャンスはまた去ってしまう。もう二度と後悔したくない、そんな思いが慎重な薫を後押ししたのでしょう。中の姫にしても、きっぱり拒否してはいなかったように思われます。匂宮の冷たさと比べて、薫の日頃からの親身な行動。そしていまだに亡き大姫への思いが消えていない。夫に選ぶなら、薫の方が良かったと感じても不思議ではありません。夫に省みられない妻と思われている中の姫が、あくまで匂宮に内緒で宇治に連れてゆくように親兄弟でもない薫に頼んでいては、逢瀬を望んでいるように思われても仕方のないこと。それだけ薫が色恋の気配を絶って中の姫に対していたのかもしれませんが、薫の行動を引き出したのは中の姫に負うところが大きい。宇治にいることによって高められていた自分の価値が、京に入ったことで脆くも崩れてしまった。山里にいれば衣が古びていようと調度がなかろうと気にすることはなかった生活が、都の華美な世界ではどうしても見劣りするものになってしまう。そして、新たな妻に心を奪われている夫・匂宮。中の姫は宇治に帰り、匂宮から姿を隠すつもりでいたのかもしれません。そうなれば、待っているのは薫との関係だと心のどこかでわかっていたのではないでしょうか。薫との関係を疑う匂宮は、あっさりその夜、中の姫と寝室を共にしています。妊婦とわかって引き下がる薫とは違い、比べものにならないほど恋の手数を踏んできた匂宮。実の姉にも恋心を抱いたことがある匂宮には、妻の浮気や妊娠などあまりこたえないのか、恋のタブーのハードルはずいぶん低い模様です。そんな匂宮に影響されたのでしょうか、あくまで白をきりとおし、媚態さえみせる中の姫。相変わらず行き届いた心ざしを届け、一線を越えてこない薫を、本当はどう思っていたのでしょうか。
December 6, 2004
勝負服で身を固め、恋する人のもとへ向かう。兄代わりの親しさが邪恋へ変わる瞬間。第四十九帖 <宿木 やどりぎ-2> あらすじ中の姫を気づかいながらも、匂宮は香を深く薫きしめて六条院に向かいます。六の姫は思ったよりも美しく、大人びていていました。大臣家の掌中の珠と大切にあがめられていても、尊大なところはなくしっとりとした風情です。匂宮は機嫌よく二条院に戻り、すぐに後朝の文を届けました。文を書いてすぐ、匂宮は中の姫のもとへ行きます。泣きながら眠ったことを見せまいと、顔を赤くしながらもすぐに起き上がる中の姫。改めて中の姫の可憐で優しい様子を愛でつつも、一方で六の姫に会える夜を待ち遠しく思う匂宮。匂宮がいつものように将来を約束しても、どこまでも人に頼らなければならない我が身を振り返り、中の姫は涙があふれます。つわりもひどく、何も食べないのを匂宮は案じていますが、中の姫はこのまま儚くなりたいとさえ思っています。結婚三日目の夜、六条院では盛大な祝いの宴が催されました。薫も出席し、六の姫のもとから上機嫌で皆の前に現われた匂宮に、何度も盃を干すようにうながします。「堅苦しい夕霧の大臣の婿になるなんて。」と薫に言っていたのを思い出す匂宮。薫は何も言わず、他の客人にも酒をついで周ります。「婿になって皆の前で盃を受けるのは体裁の悪いものだ。それでも帝が女二宮との結婚をさらにすすめてくださったら何としよう。大姫の面影のある方なら良いのだが。」六条院から自宅に戻った薫は、眠ることができず、いつもそばに仕えている按察使の君(あぜちのきみ)の部屋で夜を明かします。翌朝、急いで部屋に戻ろうとする薫に「世に許されない私たちの仲。関川の流れのように冷たいあなたのお振る舞いに、浮名のたつのが辛く思われて。」と按察使の君。「上辺は深くないように見える関川ように私の思いは絶えず燃えている。」按察使の君は当てにならない薫の言葉にがっかりしています。三条の屋敷にはこんな風に、薫の姿さえ見られるならと、身分のそれほど低くはない女性も多く集まって仕えているのでした。匂宮は結婚して以来、六条院から出ることがなかなかできなくなりました。かつて紫の上が住んでいた春の町に幼い頃と同じように寝起きしていますが、そこから二条院へ行くことは、六の姫の手前もあってままなりません。自分の身の情けなさに「いっそ宇治へ戻ってしまいたい。」と思い、「父・八の宮の法事についてのお礼を直接お目にかかってお伝えしたい。」と薫に文を出す中の姫。「直接お目にかかって」と書いてあるのが嬉しく、薫は早速、訪問の旨を伝えます。薫は身にそなわった香りに加えて、さらに深く香を薫きしめ、中の姫を訪ねます。近頃の匂宮の冷たさに比べれば薫の方が良く思えるからなのか、中の姫はいつもの御簾越しではなく、もっと近い場所に几帳を置いて薫を通しました。薫は御簾の中に入れたことをたいそう喜び、「もっとお近くでご相談したいことが。」と伝えます。几帳に近づき、宇治へ伴なって欲しいと頼む中の姫。「匂宮に黙ってというわけにはいきませんが、信頼はいただいておりますので。」と応えつつ、ほのかに恋心を伝える薫。警戒して奥へ入ろうとする中の姫の袖を、薫はつかまえてしまうのでした。恋愛セミナー631 匂宮と六の姫 意外にも2 匂宮と中の姫 心乱れて3 薫と中の姫 亡き人への思い香を身に添わせて女性のもとを訪れる男性。気がすすまないと言いながら、ときめきを押さえられない匂宮。いつもなら身についた香りさえ邪魔に思いながら、親しげな文をもらい喜びいさんで香を薫き染める薫。身にまとった香は男性のたしなみを示し女性を惑わせる、勝負服といったところでしょうか。それとも、本心を知られないための隠れ蓑かもしれません。散々逃げ回っていた結婚ですが、逢ってみれば六の姫は匂宮好みの女性でした。もともと世間の評判は高く、夕霧の娘たちの中でも一番の美人。匂宮がなかなか承諾をしなかったおかげで、当時の結婚年齢としてはやや遅い二十歳すぎになってしまいましたが、それがかえって匂宮には成熟した大人の魅力にうつったようです。よほど気に入っていなければ、広大とはいえわざわざ同じ六条院のもとの巣に住まいすることはないでしょう。結婚のお披露目に出かけた薫が盃をすすめて周る姿は、まるで花嫁の父。源氏に盃を無理に空けさせられ、眼光鋭く睨みつけられて死んでしまったのは柏木ですが、中の姫を裏切った匂宮を不快に思いつつも、色にはださない薫。かえって匂宮の新婚の熱気にあてられて、手近な女性に手を出シーンは、作者・紫式部の男性を見る冷ややかな目を感じます。薫の情熱はまだ続き、今度は当の中の姫に恋の炎が飛び火します。冷たい夫に内緒で連れ出して欲しいと頼む妻など、いくら堅物の薫とはいえ、飛んで火に入る夏の虫。以前より格段に男女のことわりを知っている中の姫は、薫を受け入れるのでしょうか。
December 5, 2004
大奥に入った女性たちも携えた源氏物語。恋と人生の指南書。**********************************新しい環境。新たな恋のライバル出現。第四十九帖 <宿木 やどりぎ-1> あらすじ帝がまだ東宮だったころに入内した藤壺の女御が亡くなりました。女御は明石の中宮の権勢に押されていましたが寵愛が深く、帝はその忘れ形見・女二宮の将来を案じています。女三宮が源氏に嫁いだように、女二宮を世話してくれる頼もしい人物は薫しかないと思う帝。帝の志しを聞きながらも、薫は気長にかまえています。「今までたくさんの申入れを断ってきたのだから。大姫に似ていてくださったらよいのだが。」やはり亡き人のことが忘れられない薫なのでした。夕霧はこの話を聞き、六の姫を薫に、との算段が閉ざされた気がして悔しい思いです。そこで六の姫に匂宮が時折、文を届けているのを幸い、こちらへ縁談を進めることにしました。明石の中宮も「東宮になるあなたが妻を何人も持つのは当然。」と後押しします。匂宮は堅苦しい夕霧の婿になるのは気乗りがしないのですが、もっとも権勢のある右大臣の意向をむげにすることもできないと思っています。八月に六の姫との婚儀が行なわれるとの噂が、中の姫にも届きました。山深い宇治から出てきてすぐ、このような目にあうことを辛く思い、八の宮や大姫にも面目なく思う中の姫。それでも、匂宮の前では何ごともなかったかのように振舞っています。中の姫は懐妊の兆候があるのですが、匂宮は初めてのことなのでよくわからないまま。六の姫と結婚した後は離れて過ごす夜もあるだろうと、わざと宮中に泊まったりして今のうちから寂しさに慣れさせようとする匂宮ですが、中の姫には辛いことにしか思えないようです。薫は匂宮の新しい婚儀の話を聞き、中の姫を慰めに二条院に向かいました。宇治に戻ってしまいたいと言う中の姫をなだめ、兄のようにさとす薫。中の姫のほのかに聞こえる声や雰囲気がますます大姫に似てくるのを悲しく思い、匂宮に会わせたのを後悔しています。薫は大姫の亡くなった後は、出家したいという気持ちがさらに高まっていますが、「出家した身では何も言えませんが、私が生きている間はどうかこのままで。」と母・女三宮に頼まれ、辛いことなどないかのように見せているのでした。結婚の当日、匂宮は月が高く昇っても六条院へ行こうとしません。二条院で中の姫を慰めつつ、一緒に月を眺めていましたが、夕霧からの使いがやってきてようやく重い腰をあげる匂宮。「山里の松の陰にもこんなに身にしみる秋の風はなかったのに。」一人で月を見ながら詠む中の姫。女房達が匂宮の結婚についていろいろうるさく言うのを厭い、「匂宮のお気持ちがどうなるか、静かに見つめていよう。」と決心するのでした。。恋愛セミナー621 匂宮と六の姫 従兄妹同士2 匂宮と中の姫 夫婦の試練3 薫と中の姫 亡き人のおもかげ4 薫と女二宮 帝の信頼篤く新しい動きが出始めました。薫への皇女との縁談、そして匂宮の六の姫との結婚。いっこうに身を固めようとしなかった匂宮と、中の姫との夫婦仲がうまくいっていることや、堅物の薫に思い人がいたことも発端なのでしょう。周囲の声をきいても取り乱さないようにと決心する中の姫。源氏が女三宮を迎えた時の、紫の上の姿にも重なります。薫が大姫の面影をさらに感じるのも、艶やかさの中に落ち着きが加わった中の姫の成長があるからでしょう。匂宮が浮気沙汰を繰り返していたときよりも、夕霧の意向を気にかけるようになったのは面白い変化です。中の姫と一緒になることによって、周囲を見渡し、将来のことを考える余裕が出てきた。匂宮を東宮にしたいという明石の女御の思惑通りの展開になっています。幼かった明石の姫が、政治家になってゆく。その昔、藤壺の尼宮が源氏との間に生まれた皇子を帝にし、権勢を磐石のものにしようと、楚々とした女性から策略家になっていきましたね。今放映されている「大奥」でも、春日局が女性に気のなかった家光に、尼であったお万の方をめあわせることで女性への目を開かせ、将軍としての自覚をうながすことに成功しています。さらに宮家の出であるお万の方には子供を作らせないようにし、徳川家の権勢を守ろうとする春日局が、上のような視点でみると藤壺の尼宮や明石の女御に見えてきます。徳川家を藤原家に見立て、合わせてごらんになってもおもしろいかもしれません。さて、匂宮と六の姫の結婚はうまくいくのでしょうか。
December 4, 2004
恋の旅路はどこまでも。一度は捨てた都に戻る。第四十八帖 <早蕨 さわらび> あらすじ中の姫はどうして大姫に死に遅れてしまったのだろうと悲嘆に暮れる毎日です。年が明けても、薫の大姫への気持ちが変わらないことを聞き、二人の恋が本物であったと思う中の姫。それでも京の匂宮のもとへ行く日が刻々と近づいています。薫はやるせないままに、匂宮のもとを訪ねます。夕暮れ時に、匂宮は琴を弾きながらお好みの梅香を燻らせていました。しみじみとした話を交わしながら、匂宮は宇治の様子を聞き、薫は大姫との思い出を語ります。薫が話した、親しいながらも清らかなままで終わったという大姫との関係を「そうは言ってもまだ何かあるでしょう。」と信じられない匂宮。自らの浮気な性分に照らし合わせて言う匂宮ですが、その分情が深く、心が明るくなるように気持ちを引き立てようとするので、薫は少し楽になったように感じるのでした。匂宮が中の姫を京へ移す計画を聞き、薫は喜びます。大姫が自分の代わりに中の姫を托したこともほのかに話しますが、衣を隔てたとはいえ一夜を共にしたことは言えません。京へ上るための準備も、薫は親身に行なっています。大姫の喪が明けたので、薫は中の姫に華やかな衣と共に歌を贈ります。「霞みがたちこめたような喪服を花のような衣にお召し替えする時がもうやってきたのですね。」二月に京へ出発する前日、薫が宇治へやってきました。「これからはお近くにお住まいになるのですから、何かありましたらいつでもお話ください。」と薫。「宇治に留まりたい思いが強いので、そう言われましても。」と寂しげな中の姫。大姫の雰囲気に重なるようで、薫はあきらめられない気持ちですが、色にも出さないようにしています。あの弁の君は出家して宇治に残ることになり、薫は感謝してねぎらうのでした。大姫付きだった女房達がいそいそとしているのを見て、人の変わり身の早さを厭う中の姫。当日、夕方になって宇治を発った一行は、急ぎ京を目指します。長く急な山道を見た中の姫は、匂宮が宇治へ通うことがやはり困難だったのだと理解するのでした。二条院についた中の姫を、車まで近づいて抱き下ろす匂宮。贅を尽くした住まいに迎えられた中の姫の扱いに、世間の人は驚嘆しています。薫は中の姫が丁重に扱われているという世間の評判を嬉しく思いつつ、「本当に深い関係になってはいなくても、一晩一緒に過ごしたというのに。」とやりきれない気持ちです。夕霧は六の姫を二月に匂宮に嫁がせるつもりでしたが、違う人が二条院に入ったことで気分を害しています。六の姫の裳着の式の準備は整っていたので二十日頃に行いましたが、匂宮の代わりに薫に六の姫を嫁がせようかと打診する夕霧。「深く思っていた方を失ったばかりで、結婚などとても。」と人づてに伝える薫。夕霧はすっかり頭を抱えてしまいます。桜が咲き、薫は宇治を思い、二条院を訪ねます。匂宮と寄り添って暮らしている中の姫の幸せな暮らしぶりを嬉しく思いながらも妬ましい様な思いがする薫。女房達は薫のこれまでの厚情に感謝して直接言葉をかけるよう中の姫にいいます。匂宮もよそよそしくなく扱うようすすめる一方、「本音ではどう思っておられるかわかりませんけれど。」とも言うので、中の姫は困惑してしまいます。「薫の君のことを、私もお姉様の代わりとして有り難く感じているのをうまくお伝えできれば。」と思う中の姫。匂宮は薫との関係を疑っているので、中の姫はいたたまれない思いがするのでした。恋愛セミナー611 匂宮と中の姫 晴れて同居2 薫と中の姫 芽生える思い。中の姫の運勢が開けはじめました。宇治で寂しく暮らしていた、落ちぶれた宮家の姫が、今をときめく薫の後見で帝にもっとも可愛がられている匂宮の豪華な屋敷に迎えられる。まさにシンデレラ物語です。女房たちは、はしゃいでいますが、中の姫は早くも大姫の喪が明け、喪服を脱がねばならないことや、人の心の移り変わりを嘆いています。唯一わかってくれるのが薫。薫がいつまでも姉を忘れなれない様子なのに親しみを感じ、懇切丁寧に世話をしてくれることにも、親代わりを務めてくれた姉の姿を思い出す中の姫。薫を通して姉の姿を見る思いです。薫は大姫を忘れられないながら、中の姫の匂宮に対する立場が揺るぎないものになると惜しくなっています。大姫が中の姫を身代わりにしたいとの望みを諦めさせるために、自ら匂宮を宇治へいざなった薫。まさか自分の企みがこんな裏目にでるとは思いもよらなかったでしょう。匂宮の考え方も、面白いものがあります。薫が大姫と一夜を共にしてなにもないなど信じられない。中の姫とも何かあったと疑っている。それでも中の姫を京へ迎えることを躊躇しない上、薫と会うことも許しています。匂宮は、薫が今まで宇治にどれだけ通いつめ、足がかりをつくり、世話をしてきたかを知っていますし、中の姫に引き合わせてくれた恩義もある。なにしろ、薫が通うくらいなら美しいに違いないと踏んで恋文を届け始めた匂宮です。宇治へ初めて通ったときも、姫達のどちらが相手かはっきりとしないまま、薫の言う通りに中の姫の部屋に行く。そして薫と同じ屋敷で同時に逢瀬を遂げていると思い、それを楽しんでいた。匂宮の薫への屈託のない感情と、恋に対する生来の鷹揚さが中の姫への薫の思いを認めている。むしろ、薫となら恋を共有してもかまわないような気持ちなのかもしれません。ほんの少し顔を出した夕霧とその掌中の珠・六の姫。彼女はどこにおさまるのでしょうか。
December 3, 2004
恋の炎に焼き尽くされる前に。運命に身をゆだねて。第四十七帖 <総角-5 あげまき> あらすじ大姫の具合が悪いと聞き、薫は宇治を訪ね、匂宮が京に引き返さなければならなかった理由を話します。「お父様がおっしゃっていたのはこういうことだったのかと。」と泣く大姫。夫婦の仲にはいろいろなことがあると大姫をさとしながら、こんなことを話す自分の身を振り返ると妙な心持ちがする薫。病気のための祈祷も数多く行なわせるので、死にたいと思っている大姫は迷惑に思いながらも薫の気持ちには感謝しています。匂宮が夕霧の右大臣の六の姫と結婚するという噂が宇治にも届き、大姫の容態がますます悪化しました。中の姫は亡き八の宮を夢に見て「私のことを気にかけていらっしゃるように見えました。」と大姫に話します。そこへ匂宮の文が届けられたので、見ようとしない中の姫の代わりに大姫が開きます。「いつもと同じ空を眺めているのにあなたに逢いたい気持ちがつのるこの時雨。」大姫は恋心を軽々しく表現する匂宮を非難したい気持ちですが、中の姫は信じようと返事をようやく書くのでした。「あられの降る宇治の里は朝夕に眺める空もあなたを思う私の心模様を移すように雲って。」十月の末になっても匂宮はなかなか宇治へ行くことができず、宮廷に足止めをされています。はやる気持ちを、いくつかの浮気で紛らわせる匂宮。薫は匂宮の態度に納得できず、中の姫をかわいそうに思います。十一月に入り、宮中での行事も多い時でしたが、薫は大姫の容態も気になって宇治を訪ねました。大姫は頭も上げられないほど衰弱し、果物さえ食べなくなっていました。薫が手配した祈祷も断り、ただ死にたいと願っています。驚いてただちに大勢の高僧を呼び寄せ祈祷や読経をくまなくさせる薫。薫は心配のあまり大姫のすぐ近くにやってきたので、そばにいた中の姫も席をはずします。「どうかお声だけでも。」と薫は大姫の手を握って呼びました。「お目にかからないままで終わるのかと思っておりました。」と息も絶え絶えにつぶやく大姫。薫は訪問が間遠になってしまったのを激しく後悔し、嗚咽します。大姫の耳もとで思いを訴え続け、夜通し看病を続ける薫。恥ずかしさに顔を袖で隠しながらも、薫をすげなく扱えない大姫なのでした。大姫は薬も一向に口にしようとせず、中の姫に「尼になりたい。」と訴えます。女房達は大反対し、薫にもこのことを伝えようとしません。大姫の美しさは病気になっても衰えず、あきらめきれない思いで中の姫のことを話し、心を引き立てようとする薫。「どうか私だと思って中の姫をお世話いだけたらと、それのみが心残りなのです。」と大姫。「あなた以外に思う人を変えられなかったのです。中の姫のことは案じられませんよう。」この薫の言葉を聞いたあと、大姫は儚くこの世を去ってしまいました。死しても美しい大姫を厭うことはできず「いっそもっと恐ろしいお顔にでもなさってください。」と仏に念ずる薫ですが、心は惑うばかりです。思いを断ち切るため、早々に荼毘にふし、呆然と煙を見送る薫なのでした。薫が公務を放棄して宇治に留まっているので、京の人々も八の宮の姫が薫に深く思われていたことを改めて知り、宮廷からも弔問が届きます。薫は大姫の法事の数々をとりおこないますが、夫婦でないために喪服を着ることさえできません。十二月に入った雪の夜、寺から響く鐘の音を聞きながら、薫はひとり沈み込んでいます。「恋することのわびしさに死ぬ薬が欲しい私は雪の山に入って消えてしまいたい。」こう詠んでいるところへ、匂宮が雪に濡れてやってきました。中の姫は大姫が匂宮を恨んで亡くなったことが悲しく逢おうとしません。ようやく襖を隔てて匂宮の言葉を聞きますが、中の姫は自分もいまにも儚くなってしまいそうな気持ちです。薫は直接会うようにすすめるのを中の姫は辛く思いますが、匂宮と顔を合わせないまま夜を過ごします。今までの自分の行ないを後悔し、優艶な薫がそばにいることにも不安をおぼえ、早く京へ中の姫を迎えようと思う匂宮。無理をして二晩続けて泊まりましたが、ついに中の姫には逢えないまま京に戻るのでした。年末になり、薫も京に戻ることになりました。宇治は火の消えたような有り様ですが、匂宮から「近いうちに中の姫を京にお呼びいたします。」との文が届きます。「薫の君が打ち込むほどの姫達なら、二条院にお迎えしては。」思い悩む匂宮を見かねた明石の中宮がこう提案したのです。話しを聞いた薫は、三条の屋敷を大姫のために用意していたことを思い、寂しく感じるのでした。恋愛セミナー601 薫と大姫 添い遂げられず2 匂宮と中の姫 夫婦の絆あっけない大姫の死。薫がゆっくりと、大姫の気持ちがほどけるのを待っている時間は、残されてはいなかったのです。早く死にたいと願い続けた大姫。もともと体が弱く、もし結婚したとしても長く添い遂げることはできないと思い詰めていました。何も食べず、薬も取らず、ただ死を願い続けた彼女の落命は自殺にも等しいもの。何故彼女が自ら死を選んだのか。仏道修業に邁進し、「俗聖(ぞくひじり)」と呼ばれていた父・八の宮の遺言は「宇治から出ないこと。」と「結婚」という相反するもの。薫に伝えたという「俗」の遺言である「結婚」は中の姫が負ってくれている。清らかな身のまま生涯を終える「聖」の遺言は彼女の中に深く刻み込まれています。一方、薫のひたむきな思いに応えようとする感情も確かに彼女の中に生まれていたのです。恋の罪を犯したくないという「聖」の部分、そして薫の思いに応えたい「俗」の部分。この二つの思いに、大姫は引き裂かれていた。「聖」をまっとうしてきた自分がだんだんと「俗」に傾いてゆく。その変化がどうしても許せなかった大姫は、自ら命をたつことで「聖」なる自分を守りきったのです。薫の嘆きは、単に愛する女性を失っただけのものではないように見えます。表むきは源氏と女三宮の息子として、誰からも祝福されている。裏には不義の子としての消えない劣等感がある。「聖」と「俗」に生まれながらに引き裂かれていた薫は、「俗聖」たる八の宮の様子を受けつぐ大姫に、まるで生き別れの双子のような親近感を持ったのではないでしょうか。思えば思うほど、大姫はさらに薫の姿に近づいてゆく。共に「俗」に染まってゆこうとする恋情の高まりは、二人を近づけるのではなく命のともしびを消すことになってしまったのです。さて、運命の流れに身を任せたかに見える中の姫ですが、単に波間を漂っているだけではないようです。匂宮の訪れがなくとも動じず、おっとりと構えている。一方、灸をすえるべきときには、きちんと意地をみせる。六の姫との結婚を聞いても取り乱さず、世間にも宇治の姫達の声望を高めさせ、最大の難関であった明石の女御にも、匂宮にとって揺るぎない存在であることを認めさせる。姉・大姫と同じく、強い意志を内に秘めた女性と言えるでしょう。
December 2, 2004
心を開いてゆく過程。見知らぬ人が恋しい人に変化する。第四十七帖 <総角-4 あげまき> あらすじ匂宮は身分柄、宇治にはなかなか通えないので、京に移す用意をすると中の姫に伝えます。三日目の夜から、もう将来が不安なることを聞き、悲嘆にくれる中の姫。明るい場所で見ても中の姫は非常に美しく、宮廷にいる姉の女一宮よりも素晴らしいと思う匂宮。優雅でくつろいだ匂宮を間近で見、その愛の言葉の聞きながら、本当は大姫を思っている真面目すぎる薫よりは、と思う中の姫なのでした。匂宮は宇治に通えないことを辛く思いつつも、やはり気軽な行動はできません。中の姫の憂いを思いやり、自分は結婚しないという意志をさらに強く持つ大姫。薫は引き合わせた責任もあり、匂宮の気持ちに注意を向けていますが、今回の中の姫への思いは浮気心とは違うようで、ほっとしています。九月も十日を過ぎる頃、二人は宇治を訪れますが、薫と大姫は相変わらず襖越しに話します。「ほかの人に心を奪われることはないだろうから。」と強いて鷹揚に構える薫。「近頃の衰えた姿をを見苦しいと思われるのは嫌なのです。こんなことを思うのも不思議ですわね。」大姫の言葉に心をかき乱されたまま、薫は夜を過ごしています。事情を知らない匂宮は、薫の慣れた振る舞いを羨み、すぐ京に戻らねばならないことに満たされない思い。匂宮の悩みがわからない姫達は、先行きの不安を隠せないのでした。匂宮は中の姫を京へ迎える場所を探しますが、周囲の思惑もあり難航しています。六条院に住む夕霧の娘・六の姫との結婚を明石の女御からもすすめられているので、中の姫への風当たりが強くなるようなことは避けたい匂宮。いつもの浮気相手なら女房として仕えさせることもできるのですが、そんなことは考えられない匂宮は、自分がもっと高い身分になった時は中の姫に最高の扱いをしたいと決めていて、どうしたらいいか思案にくれています。三条の屋敷を増築し、大姫を迎えようとしている薫。宇治での生活の面倒も細かく気を配る一方、匂宮が通えないことを案じて「明石の中宮にはっきりと中の姫のことをお話して取り成して差し上げようか。」と考えています。十月に入って、薫は紅葉狩りを理由に、匂宮が宇治へ繰り出せるように手配し、姫達にも匂宮がやってくることを言付けました。お忍びで出かけたつもりでしたが、事情を知った明石の中宮は、大勢の身分高い貴族を差し向け、紅葉の宴はすっかり盛大なものになってしまいます。これでは抜け出すこともできないとがっかりする匂宮。宴が果てたあとは、皆に守られるように帰ってしまいました。来ると言い、近くまで来ておきながら匂宮が帰ってしまったことに、すっかり気分が悪くなり寝込んでしまう大姫。匂宮からの愛の言葉を直接聞いている中の姫は、思い詰めるほどではありませんが、やはり悲しげな様子。大姫は中の姫の気持ちや結婚の辛さをあれこれ悩み、「これ以上恋の罪を積まないうちに死にたい。」とまで思います。匂宮は宇治に戻りたいと願いますが、明石の中宮や帝は宮廷から出ることを許さず、軽率な行動をするのは定まった相手がいないからだと夕霧の六の姫との結婚の手はずをすっかり整えてしまいます。「気に入っている人があるなら女房にするように。東宮になるかもしれないあなたなのですから。」とさとす明石の女御。薫は自分が二人ながら世話をすればよかったと、匂宮を中の姫に会わせたことを悔やむのでした。恋愛セミナー591 薫と大姫 心は近づく2 匂宮と中の姫 身も心も大姫と中の姫の気持ちが変化してゆきます。今まで恋文だけで、愛の言葉を降り注がれていた中の姫は、三日間誠実に通われれ、匂宮の肉声で同じ言葉を聞き、初めて納得できたことでしょう。行動と言葉が一致している匂宮の態度にも、好感を持っているようです。大姫が衰えた姿を見られたくないと思うのも、その気持ちの変化に自分で気づいているのも面白いですね。薫のことを意識しているからこそ、美しくみられたいと感じ始めている。そう思うことさえ仏の道に反した「恋の罪」だと大姫は自分を戒めているのですが。隔てを置いて男性に対する大姫と、身も心も対峙した中の姫。匂宮が来ないことにも、以前なら同じように嘆き悲しんでいた二人。大姫は、依然として頭の中の考えをどんどん暴走させています。一方、中の姫は「宇治にはなかなか来られない。」と聞いていて心の準備ができている。何より実際に逢った匂宮の裏表のなさを愛する気持ちも生まれている。中の姫を庇護し、世間の風から守ろうとしていた大姫よりも、いまは中の姫の方が人やものごとに対して鷹揚になれるほど、成長しているように見えます。気軽に動ける臣下の薫と行動が制限されている匂宮。東宮になるかもしれない重い身分の匂宮は宇治にもなかなか行けず、気のすすまない結婚を強要され、中の姫を京に迎えるどころではありません。薫は大姫をいつでも迎えられる準備を整え、あとはもっと打ち解けてくれさえすればとゆったり構えています。匂宮の結婚は吉とでるのか、薫の余裕は実を結ぶのか。次回、明らかになります。
December 1, 2004
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