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犬と人形今年も昨年に続き陶芸教室の1年間の総まとめの作品展を4月初めにおこなった。私がこの7年間、追窮してきた犬依然飼っていたユメちゃん再度挑戦。老婆12月に93歳で亡くなった叔母がモデル。幼いときから一緒に生きてきた身内が次々に逝き、思いは深く喪失感は大きい。 少女と犬4年生の孫がモデル。横顔をアップすると、抱っこしている犬はちーちゃんが飼っているチワワのなぎちゃん窯で焼成する前土で作ったときの後ろ姿横顔釉薬をかけて焼くとイメージする色がなかなでない。粘土のままのほうが趣があるように思うが、、生活に使う器として湯呑、茶碗なども作り毎日使っている。その中の一つ絵筆立て釉薬に鉄釉を使っているとても使い勝手良い。次は油絵具のパレット作ってみようかと思っている。陶器だと油絵具に最適ではと思うが。次の作品は中学2年の孫が学校の美術の時間に製作した陶芸作品シューズとても力強く若々しいエネルギーが溢れていて素晴らしい。おばばの私には出来ない作品。さすが陶器の街、学校の授業の一環としてこのような製作活動が出来る。
2019.04.26
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陶芸教室の恒例行事である、作品展を今年は3月30日~4月1日に瀬戸蔵で行った。私は今回が6回目となる。この6年間続けて追究してきた犬と人形の作品今年はヨークシャーテリアのふーちゃん1昨年に天国に逝ってしまったふーちゃん。飼い主さんの依頼で製作。サマーカットのヨークシャテリアなのですが、ふーちゃんの特徴がとらえにくくかなり苦戦した。この形に到達するのに、3回ほど試作し、4回目に何とかここにたどり着いた。しかし本当に飼い主さんの心を捉えることが出来るか出来上がっても自信がなかったが飼い主さんが、作品展を見に来てくださって、「久しぶりにふーちゃんに逢えた。」と言って下さり、ほっと胸をなでおろした。(土:信楽と瀬戸貫入土を5対5 釉薬:伊羅保 )もう一匹のわんちゃんパピヨンのぱークン ぱークンも1昨年、天国に逝ってしまったワンちゃん。これも飼い主さんの依頼で製作。この子も試作すること3回。この3匹はすべて飼い主さんと話し合いながら(特に顔)試作したもの。やっとたどり着いたのが4回目の完成品です。この写真の3匹は素焼きもしてなく、このまま壊して水に浸して再び粘土に返し、別の陶器作品を作る予定ですが、3匹をこのように並べるとなかなか面白く、壊しがたく一応、写真に収めてみた。(土は、ヨークシャのふーちゃんのものと同じ。釉薬:白化粧に黒の呉須製作技法:ひも作り)昨年度作った犬はこの2頭であるが、今年も更なる向上を目指して犬の製作は続けたい。。作品展での2匹:ぱーくん&ふーちゃん泥遊びによって、形が生まれ、1200℃の高温に耐えて、このように堅牢で、泥とは全く質的に異なる物が出現する不思議、ここに陶芸の面白さ楽しさがあるのだなぁと実感。生活の器も昨年は少し挑戦急須&湯呑(湯呑:貫入土、黄瀬戸&織部 急須:信楽、鉄赤技法:手びねり)作品展の展示 左:私の作品 右:たたらの花瓶(友人の作品)軽くて使い勝手の良いものが出来たのではと自分では思っている。その後、毎日使っているが、茶の出方もスムーズで販売されてるものより使いやすい。持ち手をもう少し長くすべき。今年は、もっと色々な技法で器が作れるよう技術の習得に励みたい。そのほか人形も製作したが、あまり満足のいくものでなかったが一応記録にとどめておこうモデルはすべて孫たち。運動会でソーラン節を踊る児姉妹と愛犬めりー作品展の展示
2018.04.09
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最近の絵手紙から秋は実の熟する季節紫、オレンジ、紅などなど微妙な色合いで木の実たちが朝露にぬれて輝くガマズミの実 (その1)何十年来の付き合いの知人や親族がことごとく高齢者となり皆が加齢に伴う病気と闘っている日々である。そんな日々10日に一度ぐらいの間隔で絵手紙を出しているふたりの高齢者に。(ガマズミの実・その2)そのひとり認知症が進行形ですすんでおり、その病と闘う日々である。その彼女がご主人の運転で知多の海にやって来た。久しぶりの再会である。海の幸アワビやハマグリや新鮮なお魚をご馳走になってたくさんの事おしゃべりした。楽しいひとときだった。そのときのことを後で絵手紙にした。彼女の記憶の中に刻まれますように。秋の野の草:赤まんま(イヌタデ)昨年1年間に叔母は自分の夫、ともに暮らしていた長男を亡くし、その数年前には長男の嫁も他界。老後をともに力併せて暮らして行こうといていた人々を次々に亡くして、90歳を迎え、体調をくずした私の叔母。昔からの思いを共有できる人がいなくなり、まさに孤独と闘っている叔母。そんな叔母に私は絵手紙で励まそうと思っているのだが。住んでいる距離がかなり離れていてこれしかできない。(携帯も電話も嫌い)クヌギの実どんぐりの実もアカマンマと同様に幼いころ、おままごとの材料だった。筵(むしろ)をしいて、その上で、葉っぱが食器、アカマンマはお赤飯、どんぐりやくりも色々な食材に変身して毎日、毎日遊んだもの。こんな懐かしい思い出が蘇ったらいいなという思いで描いている。叔母は私が幼いころよく遊んでくれた人だから。紫式部の実もあざやかな青深い紫紫いろがこぼれてる朝の散歩道秋はいよいよ深し。芸術の秋にちょっとうれしいニュース。水彩画をはじめて4年。今年、70回目の市の美術展に40号の水彩画(こんな大きいのを初めて描いたが)を出展したら、一応、入選というご褒美をいただいた。これを励みとして、さらに豊かなアートの世界に遊べるように日々努力していきたい。
2017.10.22
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中学入学おめでとう!今春はこの地方の桜の開花が遅く昨日の森林公園の桜は、つぼみが膨らんで、やっと咲き始めたばかりだ。この分だと、ソメイヨシノもヤマザクラもほぼ同じころに満開になりそう。今日は孫の中学の入学式だが、生憎の雨、春の嵐となり荒れ気味の空模様。 (絵手紙:金沢の金華糖。金沢からやってきた春のたより。お雛祭りを祝う砂糖菓子。すべてお砂糖で作れれています。甘いものがなかった戦後の幼い日々に、祖母から、数粒こっそりもらって食べた金平糖の素朴で柔らかな甘さが口いっぱいに広がる懐かしい甘さのお菓子です。嫁の実家から頂きました。)孫の中学時代と、このお婆の中学時代とは半世紀を優に超える時間の隔たりがあり、その変化の激しさは、今までの歴史の中でも最も大きなものであると思う。そして、孫たちの生きるこれからの半世紀も今以上の激動激変が予想される。人生の働き方、その生活の仕方は、おそらく今、私たちが、想像している以上の変化を遂げているだろう。 (かっては我が隣人である知人、今ではお互いに高齢者となった。その仲良しの友が認知症になってしまった。どうして?なぜ?と驚きと衝撃の私である。その友に私は、時々絵手紙を送っている。これもその1枚。介護者となって日夜奮闘されるご主人を励まし、彼女との会話のねたとなるような一枚となること期待して。)中学生になることねには21世紀の激動にも耐えうる学力の基礎、確かな生きる力をの根っこを中学生活の中で身に着けてくれることを期待したい。生きる意欲、生きるエネルギーになるような学びをしてくれることをお婆は切に願っている。(この絵手紙も、今認知症と闘う友に出した一枚。)桃栗3年、柿8年。ユズの大馬鹿16年。この諺は、種子を蒔いてから実が結実するまでの年月を表すものである。ユズの木は実が成るまでに長い年月がかかり、現代の新しい家の庭には植えられなくなってしまった。私の子どものころは、農家の庭にはどこにでもあった。その実は冬の行事の折々に大活躍した。中学1年生になることねよ中学や高校時代に身に着けたことが花開き、実を結ぶためには、このユズの木のように風雪に耐えた長い時間が必要である。目先のことばかりにとらわれず、広い世界を知ることのできるような学びをぜひやって欲しい。現代の子どもたちを取り巻く環境は恵まれているようにみえるが、芯のあるスケールの大きな大人になっていくには、かなり厳しい。その取り巻く環境に負けない人間に育ってほしいと願うばかりである。先ずは、ことねよ中学入学おめでとう!元気な好奇心満ちた一年生であれ。
2017.04.07
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陶芸を始めて6年目、今年は今は亡きパピヨンのユメを作陶した。パピヨンのユメは私たちのところで12年ほどともに暮らした愛犬である。 ゆめは物静かでとても控えめ主人にはあくまで忠実かしこい犬であった。私たち夫婦の喪失の悲しみも深かった。かくして、思い入れ深くなかなか作陶できないままであったが、何とか今年度は形にすることが出来た。素焼きをする前のユメ土:信楽 作陶法:紐素焼き、本焼き後に完成したユメ釉薬:伊羅保品位があり賢そうなユメが出来たのではないかと思う。現在の私の技術ではまあまの出来栄えと自己満足しているが、更なる、ユメちゃんらしさを追求した作品が作れるよう精進したい。素焼き前の粘土のときのユメの後ろ姿穏やかな表情のユメちゃん。今年、孫たちの家族が新しく飼い始めたミクスのシーズーでメリーまだ若い犬です土:信楽 釉薬:灰釉実物はこんなに可愛い。これはまだ数か月の幼い犬ですが、 この可愛らしさは中々表現出来ない。これからの犬の作陶のモデルになりそうです。 素焼き前の粘土のメリーちゃんメリーの後方にいる人形は小学3年生の孫娘をモデルにした少女です。その完成作品がこの少女像(1)陶人形も陶芸を始めた頃より追求してきたテーマですが今年になって初めて、人形らしくなってきました。特に表情が表現できるようになってきたと思いますがまだまだこれからです。素焼き以前の粘土の作品少女像(2)孫娘がモデルの立像。しっかりと立っています。人形を立たせるのは、かなり難しい。現在、人体デッサンを学びながら、平行して陶芸をやっていますが、最近になって、デッサンの勉強が人形の作陶にかなり役立ってきました。この立像はその成果だと思います。素焼き以前の粘土像写真を撮る角度を色々変えてみました。人形の表情に少女のかわいらしさと同時に少し陰のあるところを出したかったのですが。28年度は陶芸にあまり時間を取ることが出来なかったので、作品の数が少ないのですが今年度は陶芸に割く時間をもっと増やし、犬と人形以外にも挑戦したい。日常の器に挑戦したい。ろくろを引くための熟練をめざしたい。愛犬ユメの死についての記事を書いています。どうぞご一読を。2010/01/22 「ユメちゃんの静かな最期」
2017.04.04
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老いることの楽しさは若い時には想像だにしていなかったものが自分のなかにあるという発見である。私にとって、その一つが陶芸である。始めて5年が経過した。これほどまでのものが作れるようになるとは我ながら驚き。犬(1)今は天国に遊ぶご近所の愛犬まるこちゃん。(土:信楽、釉薬:灰マット、青呉須、黒絵の具)まるこちゃんの横顔重さは3.4キログラム、ほぼ実寸の大きさ。まるこちゃんの後姿釉薬が流れて色の出方がイマイチで納得できないところもあるが、今回の制作で得たものを更に次に活かしたい。犬(2)この作品は、私の陶芸指導者、三上先生の手取り足取りの指導により出来上がったもの。先生の「土の特徴をそのまま」表現する荒々しいタッチ、その素材を生かした釉薬のかけ方、私の今の力量では届かないものがいっぱいあります。私の目指したいものがこの中にはいっぱいあります。土:信楽 釉薬:イラボ、絵の具の黒この犬(2)の習作の後で、犬(1)を制作。私自身の作風みたいなものを創り上げていけるよう更なる勉強をして作陶したい。犬と少女人形も追求してきたものだが、中々思い通りのものがまだできていない。孫をモデルにしているが、幼子の可愛らしさを表現しようとしているのだが、納得できるものが出来上がる前にモデルのほうは、どんどん成長し少女から思春期の女の子になりつつある。今回の少女像は、焼物の良さを思いきり表現することを目指した。グレーのおワンピースの模様は、窯のなかで焼く過程で偶然できた模様である。2度と表現できないものである。日用の食器木の葉の小皿土:信楽 釉薬:黄瀬戸、織部、灰マット、鉄赤タタラ染付の小皿土:信楽 呉須絵の具、透明釉、オフケたたら茶碗信楽、鉄赤。ろくろ仕上げ日用使いの食器類はその使い良さ、収納のし易さなどを考えるとすべてまだまだ、これからです。落第です。自分の家庭で使える素敵な食器が作れるよう今年度は勉強しよう。こんなあんなの状態で昨年度は過ぎ、陶芸教室の新年度を迎えました。土遊びを楽しみたい方ぜひ私たちの教室にきてください。瀬戸物の街なので陶芸を学ぶ環境最高ですよ。
2016.04.06
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明けましておめでとうございます齢70を超すと1年が過ぎ去るのが矢のごとく振り返れば1年が過ぎていた。厳しい寒さもない昨年の12月、とてもお正月が来たとは思えないまま新しい年が来た。(水彩画 2015.11月。信州のりんご農家のひとが売りに来る美味しいりんご。そのりんごの荒々しさたくましさみたいなものを描いてみました。リンゴ農家も高齢者。遠路はるばるトラックに積んで私たちに届きます。)昨年は夏には夫が、転倒し、骨折、手術、入院と高齢者になると多くの人々が遭遇している体調老化に見舞われ、体力に自信があり、自信過剰であった連れ合いも老いるとは何かを痛感し、これからの残りの人生をどう立ち向かうべきか否応なしに直面した。懸命にリハビリに励むなか2015年はあっという間に過ぎていった。2015年4月。水彩画:春の瀬戸川私の朝の散歩コースの一つ。桜が満開の河岸は美しすぎて絵に描けない。お互いに最期まで心身ともに健康に生き切る大変さ、重さを実感している。100歳の高齢者が長生きの秘訣はとインタビューされ、何もしていない、自然体で生きてきただけ、などと答えておられるのを時々見聞きするにつけ、私にはとてもそんな心境にはなれない。老いていった祖母や母たちの苦しみや孤独や困難やそれに打ち勝つ強い意志などにいかに自分は無頓着で、思いやりがなかったか、自分が老境にきて初めて理解しはじめた。まだまだ人としての修養が足りないなぁ。2015年4月 森林公園の春私の散歩コースのひとつ森林公園。冬枯れの空が明るく広い空間から若葉が芽吹き命が一気にざわめく森。私のこの一年は、相も変わらず、中学生や高校生の学びのお手伝いをしてきた。子どもたちが直面している困難をどう超える援助ができるのか、四苦八苦してきた。今年もこれはまだまだ続きそうである。今年も若者たちから、エネルギーをもらってともに頑張ろう。2015年9月水彩画 瀬戸の大滝グループで岩屋堂にスケッチに行った。巨岩の谷に落ちる水しぶき感動したので、思わず描いてみた。さらに、老後の趣味生活、これが中々時間がなくすすまない。水彩画は今年は少し進歩し、絵を描く苦しさや楽しさが少し分かってきた。もう一つの趣味、陶芸のは、昨年の夏以降、全くのお休み状態。一度休業状態になると、創作する気分に気持ちを高揚させていくのにかなりの時間がいる。陶芸も更なる挑戦を続けるべくこころにゆとりを作らなくては。2015年11月水彩画 山柿柿は幼いころから慣れ親しんだ風景。秋には、柿を食べないでは体調が悪くなるほど柿が好き。戦後の甘いものがない時代の唯一甘いおやつだった。体力の維持管理、頭脳の柔軟さの維持と発達これらは、健康な老人生活には必須なもの。私にはかなりの努力なしには、増々得られにくいものになってきている。2016年も老化していく体力、知力と戦って、政治に怒り、子供たちの成長に喜び、家族の健康に感謝して萎えそうになる自分とまっすぐに向き合い生活できる自分でありたい。2015年11月水彩画 柘榴&花瓶秋のグループ展で好評を得た作品。この作品を欲しいという方が現れ、その方に差し上げました。昨年はほとんどアップしてきませんでしたが、とにもかくにも元気に暮らしています。アップをしていなかったにも関わらず、思いのほかたくさんの方々が私の拙い記事に関心を寄せてくださいましてありがとうございます。体力的なこともあり、なかなか記事を書く余力がありませんが、これからも、この老いと立ち向かって、立ち止まり、考えながら、書く姿勢を保ちたいと思っております。今年もどうぞよろしくお願いします。
2016.01.01
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陶芸を初めて5年目を終えた。毎年、クラブと教室の一年間の成果を発表する作品展がこの時期に開催される。今年も、4月3日~5日と3日間、瀬戸蔵で開催した。(天国のアンナちゃん&タイソン君・2014ねん制作)そもそも陶芸をはじめた動機は、ペットの犬二匹、相次いで亡くなり、心の痛手を癒すため彼らを形にしたいという強い思いであった。この数年間、犬たちを制作し続け、今年、やっと少しだけ納得いくものが作れたように思う。パグのタイソン君このタイソン君は、今は天国に逝ってしまったご近所のワンちゃん。我が家のシズーのアンナの作品を見て、作ってほしいと依頼を受けて制作したもの。初めて注文を受けて制作。と、言っても手習いの域を出ない私にとっては、四苦八苦、かなり研究と試行錯誤の果てに出来上がった。(土:信楽 3.2キログラム使用。釉薬:灰マット。ガス窯)こらが我が家のアンナちゃん。この2匹の製作が、陶芸手習い5年目の到達点。6年目は更なる向上をめざして作陶に励みたい。少年と犬このワンちゃんパピヨンのユメちゃん今年は、今は亡き、このパピヨンのユメを納得できる焼きものにしたい。大きな物を作るのは中々難しく、ユメちゃんには思い入れ深く、思うようなものが未だ制作できずにいる。今年度の制作目標にしたい。土の素朴な美しさそのたおやかさその激しさ土でしか表現できないものを作陶することを目標に頑張りたい。日用使いの食器皿3枚大中小の皿呉須染付で描くものも、私のテーマにしているもの。これは、たたらで作ったもの。土は貫入土。中々使い勝手はは良いが絵と焼き上がりはイマイチ。直径13センチほどのほんの少し深みを持たせた日用使いの皿二枚たたら、土:貫入。「焼き」があまり良くないが、使い勝手はとてもよく、毎日、よく使います。陶芸5年目の最後にロクロの腕が急に上達。ロクロは、やってもやっても思うようにやれない時期が続いていたがなんだか急に土が、少しだけ私の気持ちで動いているのが感じられるようになった。その時の作品抹茶碗薄手で軽やかに出来上がったのには我ながら驚き。釉薬は鉄赤。白萩。土は信楽。ガス窯。鉄赤を濃く垂れ流したところと水はけで薄く流したところの濃淡が焼くことにより微妙な色合いとなり、土で作る思いがけぬ美しさに出会った。先生曰く「何年もやっていると、こういうものに出会う。これから越えなければならぬお手本になる作品」と講評頂いたが、これはあくまで偶然で出来上がった作品。計算して作ったものではないので、これから試行錯誤してロクロ作りの器にも挑戦してみたい。抹茶碗の内側。釉の白萩が底に垂れ溜まっている。ルリナマコのブルーがアクセントになった。陶板:こいのぼり爽やかな5月の風をはらんで泳ぐ鯉吹き抜ける風が感じられる作品にしたかったが、、、 久々にブログ更新しました。世間の情勢の雲行き怪しくあり得ない方向にどんどん進もうとしている昨今の日本の状況にすこしあせりつつ、老いと格闘しながらに生活しています。もう10日もすると72歳になります。何と長く生きた事でしょう!
2015.04.05
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天国のアンナちゃん2010年に陶芸を初めて、今年で4年目。その間、ほとんど作陶しない年もあったが、細々ながら続けてきた。シーズーのアンナちゃん、我が家の老嬢アンナは、その陶芸を始めた頃に天国に逝った。そのこころの痛手から立ち直ろうと、アンナの作陶を何度も試みてきたが、中々納得できるものできず、月日は流れた。今年4月からは、久々に陶芸教室で彫像の造詣に深い三上先生の指導を受けられることになり、先生の薫陶よろしく、かなり満足のできる素晴らしいアンナが完成した。わが夫や孫たちにも好評である。「アンナにそっくり、可愛らしい。目がもう少し大きいともっとよかったのに。」と言いつつも、みな満足気である。(後姿のアンナ)三上先生からは、「窯から出てきたら、富士子さんの能力をはるかに超えた良い作品になって出てきた。」というお言葉を頂戴したが、1200度の高温に耐え、生まれ出てきたアンナ、色々と問題続出で難産であったが、土がこのように生まれ変われるとは、素晴らしい。その不思議は汲めども尽きない陶芸の魅力である。ななめ上からアップしかし、このように完成度の高い作品が出来たのは、三上先生の指導のたまもの。更なる、作陶の向上をめざしてがんばろう。有難うございました。真上から見るとかくのごとき。このアンナ像は、ほぼ等身大の大きさで信楽土を使用。紐作り。釉薬は白マット。 このところ、半年以上もブログを更新していませんが、私、忙しく元気に日々暮らしています。1年前から始めた水彩画もだいぶんさまになってきました。楽しく?やっています。下の水彩画は8月に描いた孔雀サボテン齢70歳代に突入し、健康のこと、体力の事、残りの人生の事、生活全般において、質的に今までの人生とは異なる問題や予測に遭遇しており、心身ともに多忙です。世の中も雲行き険しく孫たちの世代が社会に出るころどうなっているのだろう。とても心痛むこのごろです。
2014.09.29
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アベノリスクに生きる日々 私が参加していた鉛筆画のサークルはこの3月末をもって解散とあいなった。このサークルは町内の老人会に登録されており、その傘下で活動していたが、その老人会が高齢者(平均年齢80代後半)ばかり、高齢過ぎて、会としての活動が不能になったからである。 サークルで書いた鉛筆画はこの「竹」が最後の絵となりそうである。地域の元気な高齢者が、このようなサークル活動を通して、人生の最期まで元気に過ごすことが出来ていたのに残念。私は1年半ばかりしか、皆さんと共にやっていませんが、地域の高齢者たちからさまざまな生きざまを見ることが出来とても励まされた。私は、この鉛筆画を入り口に、別の公民館活動のサークルである人体画のデッサン、更にこの1月からは水彩画へと絵を描くことを深めることが出来ている。2月のクラブの日に描いた帽子の女若い裸婦最も最近のもの4月に描いた人体画デッサン。人体画を始めて1年余りが経過したが描くことがとても楽しくなってきた。新しいことに挑戦することは、年齢に関係なく誰にでもいつでも出来るのだと体験したことはとてもよかったさらに、人物を水彩画で初めて描いてみた。背景に色をぬるということは初めてでどのような背景をすべきか分からないままとにかく絵の具を流してみた。窓辺のお人形この人形もクラブの時間に描いたもの。厳しい寒さの冬、何時までも続く冬待ち遠しい春。そんな気持ちで窓辺の春を描いてみた。お稽古の日に、絵の先生がエジプトに旅行されたお土産にチョコレートを頂いた。その包装箱がとてもユニークだったので描いたもの。エジプトのお土産アンナとユメ今は天国にいる愛犬のアンナとユメ、陶芸でも犬を作陶することテーマにしているが絵でも追求してみたい。この絵も背景をどうすべきか、さんざん悩んだがうまくいっていない。先生にも背景について、今後の課題のアドバイスを頂いた。さらなる精進、精進、、、70の手習いは今まで自分でも気づいていない自分が発見できとても楽しい。子供の頃より思っても見なかった才能の発見である。今、世間はアベノミクスとかで、はかない夢に浮かれ気味。富国強兵を声高に叫ぶ安倍政権のもと、進行している経済の成長戦略なるものの結末はすでに歴史が証明済みのこと。今日など安倍総理曰く、「経済成長戦略の中核に女性の社会進出置く」などと女性に色目を使っている。育休を3年間とるように経済界に要求したなどと得意げにしゃべっている。「経済成長戦略」に「子育てや女性の社会進出」が利用されるとは。なんとひどいこと。そのような視点から「女性を尊重」する社会を許してはならない。得意げに声高に「強い日本」を自慢している。 アベノミクスが更に悲惨な未来を約束している。この現実に負けない年寄りになるためにも、健康第一、いきいきと生きる老年を日々創り出していかねば。
2013.04.13
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私の属している陶芸クラブの年1回開催される作品展14回目を迎えました。今回の作品展は、私の経験したなかでは(まだ4回しか参加していないが)最も意欲的でエネルギーに溢れたもの多く、とても励まされた。クラブ員の年齢は70代が最も多く、80代もかなりいるという。それぞれが長い人生を切り拓いて今ある方々ばかり、そして、今、陶芸の世界に自らの創造的なエネルギーを注ぎ、没頭されておられる。私の作品は次の6点孫のことね、2歳のときをモデルにしたもの童可愛らしく出来ました。3年間1体づつ作って来ましたが、今回が今までの失敗から色々学んだ成果を最もよく作品にいかせたと思います。更なる向上を目指して人形を作っていきたい。作品展には出していませんが、我が家の愛犬ユメとアンナもこの3年間作陶のテーマでした。今年も作ったのですが、犬の研究がまだまだ不足、進歩の跡がありません。今年は犬の作陶に力を入れたい。掻き落し蟹絵皿黒泥土の上に白化粧土を塗り、化粧土を削って、地の黒を浮き出させて蟹絵を描いたもの。さらに蟹シリーズでコーヒーカップと受け皿カップの底にも蟹さんコーヒー飲み終えたら蟹さんに出会えるカップ受け皿にも蟹ちょっとやりすぎかも。遊びごころも度を超すのはよくない。ロクロで器を作ることが出来るようになることがこの1年の目標であったので電動ロクロをひたすら練習してきた。コーヒーカップと下の鉢はその成果である。染付柘榴絵鉢これは大きめの鉢で煮物などを入れるのにいいのでは。鉢の内側にもこのようにザクロ今年は、ロクロで大きな皿や鉢を作ることにも挑戦したい。我が家はコーヒー好きが多いので、家族が飲みやすく素敵なカップと思うようなものが出来るまで、コーヒーカップは引き続き作陶しよう。お友だちの贈り物に出来るほどの完成度が達成できるまでコーヒーカップは精進したい。60代から十数年も陶芸をやり続けている先輩たちの作品抹茶碗釉薬の使い方といい、絵付けといい素晴らしい。精巧な造り、職人技の若大将後ろの織部の器もなかなかの出来栄えバルセロナのガウディーの公園の置物のような遊び心あふれたワニさん生活の器はもちろんのことこのような楽しい土との戯れに満ち満ちた陶芸作品いっぱいの作品展でした。
2013.04.09
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題名に「陶作の日々」と書いてみたがこれはあくまで願望、I wish I were...の世界のことなのである。この婆さん、日常の些事に追われてなかなか自分のやりたい趣味に没頭できないのが悩みなのである。童人形陶芸を始めて、3年が経過しているが、腰を落ち着けて作陶出来ないでいる。週1回あるサークルもお休みが多い。細々と続けている。2月末日に素焼き、3月に本焼きの窯の予定があり、4月初めには作品展があるので、そのための作品を作らねばいけないとのことで、このところ大慌てで作陶を試みている。毎年、人形と犬を作ることにしているので、今年もそれに取組始めた。陶土を練って、粘土遊びよろしく作り上げた陶人形。孫のことちゃん、2歳のときをモデルにしている。幼い子供のあどけなさ、素朴さを目指して作ってみたがさて、、、この1年間は、人体画のデッサンを勉強してきたが、その成果がこの人形には生かされた気がする。幼い子の骨格がスムーズにイメージ出来て、今までの中では、もっとも速やかにうまく出来上がった。しかし、これからが大変、素焼き、絵付け、本焼きという工程があり、その間に、この女の子が無事この世に帰還できるかは、なんとも保証しがたい。ある意味で、火まかせ。高温が土を鍛え、味わい深い冴えた色を出させてくれる。今年の作陶目標は、更にもう一つ、コーヒーカップ。ロクロで挑戦中。ここに掲載した女の子無事誕生できるかどうか、楽しみでもあり、心配でもある。
2013.01.30
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70の手習い3年前に絵手紙から始めた絵を描くこと、益々面白さや興味感じて今年からは水彩画を始めようと目標を立てた。その挑戦の第1号、静物画中学の時以来水彩画は一度も描いたことはなく、このように画用紙に絵を描いたのは優に半世紀ぶり、絵を描くことがこのように楽しいことであるとは人生で今初めて気づいた。(中学の時は美術にはあまり興味がなかったと思う。高校では書道をしていて、一度も絵を描いた記憶はない。)とりあえず家にある物を並べて描いてみた。とりわけ手前のBethanyの名入りの白いカップは息子がBethanyという大学に在学していた時、水泳部に属していた。その大学を去る時、息子の名入りで記念にもらったもの。息子が悶々として出口なき青春の只中にいたとき、初めて学ぶことの意義に目覚め、猛烈に勉強した日々。必死にあがいていた時に水泳の能力は彼の人生を切り拓く大きな力となった。大学も彼に多大なサポートをしてくださった。親子ともども暗闇の中で希望を見いだせないでいた時に、光りを見出すことを可能にし、その後の人生の道筋を照らし出してくれた。このBethany大学時代のことをこれからの人生の中で、息子が忘れないようにすること願って描いてみた。私も残りの人生で老いと真正面から対峙して、挑戦し続けていく気概を見失ったとき、彼のBethany時代のことを思い出そう。この時代は親にとっても、子育ての核心となるべき多くのことを学んだ時期であったから。人生の宝物である。初めての水彩画1号に記念すべきカップ。老いてなお目標を持ち続け挑戦し続けるスタートとしたい絵である。
2013.01.28
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2013年明けましておめでとうございますこのブログの主催者たちも70歳代となり、スピーディーに行動できず、ブログアップも遅々として思うに任せませんが、今年も細々と発信していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。最近描いた鉛筆画でもって新年のご挨拶にしたいと思います。白梅春を呼ぶ梅の花寒風に耐えて凛と咲く茶の花茶の花はうつむきかげんに咲く。寒風を避けるかのようにうつむいて咲く。何百という雄蕊の葯は弱々しい冬の陽光に黄金に揺らめく。若いふたりこの絵は私の息子とその彼女の大学時代のふたりである。アメリカのカリフォルニア時代のふたりである。これは嫁の小雪さんの誕生日に贈った鉛筆画である。現在はふたりとも30歳代である。人生の方向がやっと見えてきて、仕事が面白く楽しくなってきた最近の息子。お正月には、我が家に帰ってきた二人。久々に若者から、色々な刺激受け、考えること多かった。親としては、このふたりにこのあたりで、家族の単位を一回り大きくして、更なる人間としての成長を望みたいのだが。子どもを産み育てることは、大変だがとても深い意味がある。 最近の人体画デッサン人体画デッサンを初めて、ちょうど1年が経過した。裸婦をモデルに描くことは緊張感があり、とても楽しい。 モデルさんもプロ意識の高い年配のモデルさんのほうが、(若い娘さんより)私にはよい作品に仕上がる気がする。これらの2枚は同じモデルさんを描いたもの。ポーズのなかにその人格がにじみ出てくる。このデッサンがを指導して下さっている先生がまたすごい。画家でもあるのですが、ご高齢(80歳代)にもかかわらず、元気はつらつ。今なお外国へもスケッチにしばしば出かけられ、現役で活躍しておられる。しかも左手は義手なのである。今年はこの先生の絵のグループに入り、水彩画に挑戦しようと思う。私自身もこの先生に励まされ、更なる飛躍を遂げたいと思う。更に、私の所に勉強に来ている子供たちとも色々な困難一つ一つ解決して、子どもたちが前に向かって進める勉強を一緒にしよう。生涯現役。この生き方を最期まで続けられたら私にとって、この上ない上等な人生だ。これが私の年頭にあたっての決意である。
2013.01.06
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朝夕はめっきり涼しく肌寒ささえ感じる最近の朝の散歩道寒気増すごとにガマズミの実はますます深い紅になり甘すぱい実は小鳥さんたちの絶好の餌となる。人間が食べてもおいしいよどんぐりもいっぱい山里の秋コナラも実をつけた。美しいグリーンの実から茶色づいた実にそして熟して地面いっぱいに落ちている実。やがて冬支度をいそぐコナラの林の朝の散歩道は金色の葉っぱで輝く森となる。足元を見ればネコジャラシやアカマンマやミズヒキソウの野草たちが一面に少しずつ枯れた黄味を帯び草モミジを始めようとしている。今年も酷暑だった夏35℃が普通の日常だった夏、9月になっても、まだ、30℃を超える日々が続いた初秋そんな暑かった9月の私の家のベランダに透き通る黄色の花を突然咲かせたサボテン。ほとんど手入れもされないまま20年ばかりをわがベランダで過ごしているサボテンその生命力に感動! 朝晩に冷気が増した9月の終わりごろからアサガオの花は元気づき冷気が花びらの青や紅の色を一層深く鮮やかにさせている。とても可憐で爽やかな花たち(最近の人体デッサン画から)人体デッサンのサークルに入って描き始めて9か月、最近の作品肘をついている裸婦筋肉の緊張感を描く練習デッサンただ、座っているという人物を描くのでないと先生に注意され、描いては消し、描いては修正しを繰り返し出来上がった作品。 若い女の子裸婦を描くのに少し慣れてきたと感じて描いた作品。若い女性のふくよかさを優しく描けたと自分では思っっているがどうかしら。この人物デッサン画サークルのメンバーはほぼ全員が70代~80代、皆とても元気で気力充実した生活をしています。サークルメンバーから色々なこと学んでいます。
2012.10.19
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5月から7月にかけて描いた鉛筆画アップする時期が遅れ、季節と絵がずれているが、とりあえず記録しておこうと思う。古民家中山道筋の町にある古民家瓦屋根の家、私の幼い日々にはこんな家が普通にあったのだが。今は博物館入りの希少価値の古民家である。瓦を一枚一枚描くの大変だった。大樹・ムクノキこの絵は、昨年の冬、窯垣の小径を散歩したときその散歩小径に聳えるムクノキの大樹に感動してスケッチしたものを仕上げました。朝の陽光を浴びて、枝々が繊細にもつれ合いレースの模様となって、冬空のブルーのなかで震えていました。登り窯がモクモクと山腹から煙を吐きだし、その小道には、職人たちが製品をムクノキで作った天秤棒で担いで忙しく行き交った往事がありました。今はただ、巨大なムクノキが静かな小径にわさわさと枝をざわめかせているばかり。どこかでムクドリがキィキッキーとけたたましく鳴いた。そして、その林の林床には初夏には可愛げに咲くシャガの花がある大樹が覆う日陰の林の中に梅雨にぬれ咲くガクアジサイそのガクのブルーは来るべく酷暑の束の間を涼やかにする。この半年ばかりは絵手紙を休止していたが老いていく友人や母や叔母たちにたよりを再開しようと再び今月は筆をもつ。久々の絵手紙。筆が思うように動かない、線も思うに任せない。やっぱり怠けると手も退化すると思い知らされる。夏野菜たち がんがん照りつける夏の太陽のエネルギーをいっぱい吸い込んでぐんぐん成長する夏野菜たち。暑さに負けない元気な夏野菜たち思い切り元気よく描いてみました。毎日36℃前後の気温朝も30℃前後と大変な猛暑の日々熱中症寸前、アップアップして過ごしています。みなさまもどうぞお身体ご自愛下さい。
2012.08.05
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今年の1月から始めた人体デッサン、熱中しだすと止まらないというこの婆さんの習性が頭をもたげ4月と5月は人物を描くことしきり。その中の幾つかをここに記録しておこう。少女孫のことね。4月17日に8歳になったことね。髪を伸ばそうとしていたことね、最近ようやくまとめて縛るところまで伸び、イメージも少女らしく変身。繊細だが我が強く、わがままなことね。一筋縄ではなかなか育てられないことね。その姉にくらべ、豪放磊落他人の気持ち読みとることに長けている妹のちさもうすぐ5歳。姉とはことごとく対照的な性格。元気いっぱい、今時、希少な野性的なおちぴちゃん。そんな無邪気なちーちゃんを描きたいのだが、さて。。。スイマー息子のKenは中学、高校、大学の前半までスイマーだったのでその時の写真を押入れから持ち出しスポーツする人体を描く練習をしてみた。この絵は額に入れて(入れるほどの代物ではないが)、Kenの33歳の誕生日(5月24日)を記念して贈ってみた。後日談:Ken曰く「バタフライをしているスイマーは、僕ではなくて、トムメルチョーという金メダリストだよ。でも、ゆっちに言わせると、顔はBethay時代の僕にそっくり。やっぱりお母さんが描くと顔は息子に似るのだねと言っていたよ。」というメールが送られてきた。おやまぁ、何という間違いを!嫁の小雪さんにフォローしてもらい、なんとか面目は保てたが。私も描きながら、Kenにしては、スイマーとしての体が完成しすぎていて、立派過ぎという思いが頭をかすめはしたが。(その写真には Ken-,Swim Fast !!という言葉と共に、ミミズの這いずったような訳の分からぬ署名があり、Kenと呼びかけられているので、母親としてはそのスイマーはてっきり息子だと思い込んでいた。)でも、このBethany時代は、高校卒業して2年目で、挫折に挫折を重ねて、親子ともども闇のなか。出口が見えず、あがいていた時代。この田舎の小さな大学が、Kenの人生の基盤をつくり、その後の人生の大きな岐路となった。勉強する基盤を作ってくれた大学、kenの能力を引出し、生きていく自信と方向を示してくれた大学、多くの師に出会えた大学。この時代があったからこそ、次への大きな飛躍が可能となった。これからの道も平坦ではないと思うが、困難にぶち当たる時はもちろんのこと、いきいきと活躍できる恵まれた時にも、いつもこの時代を思い出し、初心に帰るようにお願いするよ。このような意味から、Bethany時代のスイマーの絵を人生の方向が少し見えかけてきた33歳の誕生日に贈りたかったのである。親心である。富士子婆この富士子婆は、わが身がモデルなのだからいくらでも練習できる便利なものなのであるが、それが描くのは一番難しい。私ってこんな顔してたのか、描きながら改めて自分と向き合う。「婆」という文字は女の姿と書き私の気に入っている文字であるが、文字通り齢を重ねてどんな姿になれるのか。まだまだ齢を重ねていませんねぇ。裸婦の娘さん5月の裸婦を描く勉強会で描いたもの。今月のテーマは、モデルのポーズが緊張した姿勢なので、その筋肉の緊張感を線で描くことてあった。裸婦を描くのは4回目の私。悪戦苦闘の末に出来上がったのはこれ。人体の構造、骨組み、筋肉の付き具合など、やっぱり実物の人間の裸体を描くことでよりリアルに理解できる。この理解や表現の仕方が、私の陶器の人形制作のとき大いに役立つと期待したい。人物画は面白い。昨日など電車のなかでも、若者や年寄り、男に女、色々と観察対象の乗客がおり、大忙しなのである。60からの手習いこんなに面白く楽しいとはやめられないのである。
2012.05.24
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3年目の私の作品陶芸を始めて早くも3年、1年間終了すると作品展を開催するのが恒例となっており、先週の週末に(6日~8日)開催された。女の子と犬(孫のちーちゃんと天国に逝ってしまったアンナをモデルにしている)私の昨年度の目標は電動ロクロをつかって成形することができるようになる。ということで、作品を制作するというレベルではなく習作レベルあるが、一応3年目の記録として書きとどめておこう。私が作品展に出した作品はロクロ成形で練習した茶碗が主である。染付で野菜図シリーズを試みた。内側に描いたネギ外側にも葉が描かれている。かぶら ダイコングリーンピースこれら野菜の絵図はすべて私自身がデッサンしたものであるが、呉須(ゴス)の絵具の使い方がまったくの初心者で思い通りの色を出すことができない。線もまだまだ未熟。練習時間が圧倒的に少ない上に研究心が足りない。お皿はロクロではまだ作れないので「たたら」で形成した。ホウレンソウの図柄である。濃い部分が強すぎる。もっと柔らかなトーンにしたい。葉の皿これは釉薬にこの地方で最もよく使われる織部釉と黄瀬戸釉を使っている。土はすべて信楽を使用。今年度は、「作品をプランして制作する」を目標にしたい。今までは、取りあえずできれば良い、ということで場当たり的なものがすべてであったので、形もバラバラ統一性がない。今年は、誰かにプレゼントできるぐらいにまとまった作品作りをしたい。私の作品はガス窯で焼成したものであるが電気窯だととても鮮やかなはっきりとした色合いとなる。クラブの中には自分で電気窯を持ち制作三昧の熱心な方も多数おられる。10年以上作陶されている方々の作品を紹介します。風格のある花瓶「たたら」いう技法でこのような作品ができるとは。とても渋い作品。絵が達者にもかかわらず、絵を抑えて自分の世界を作っているのがいいと先生に好評されました。ちょっと珍しい作品。絵と俳句を陶板にしている方の作品この作品は陶板に描いて絵付して焼いたものです。紙に描いたと同じぐらいに繊細に出来上がっています。このように赤やグリーンを発色させるのはなかなか難しい。線も繊細です。すべて陶器です。籠も花も。素晴らしい作品です。みなさん70歳以上の方ばかりです。とても旺盛な研究心で取り組んでおられ、感心しています。私などは忙しさに紛れ、片手間にやっており、恥ずかしい限りです。「美夜之窯」陶房の登り窯(陶房の入り口にはハクモクレンが見事に咲き、4月だというのにまだ冷たい強風に激しく撓って揺れていました。)陶芸展の帰りに、「美夜之窯」という陶房を見学しました。とても素朴なやきもので名を馳せている陶房です。土そのものが器になったという野趣あふれる陶器を作っている陶房です。(この日は「水野窯めぐり」という催事があり、入り口で蒔窯で焼いたピザとお茶が見学者にふるまわれました。先日、鉛筆画で紹介した登り窯がその陶房には何と、あったのです。廃屋となってしまう窯です。この窯でまだ最近まで焼成されていたということです。登り窯で焼成された器も売られていましたが、ガス窯よりさらに柔らかな色合いのものが多かったです。電気窯のあの冷たい機械的な色合いと比べるとその素朴さがよくわかります。下からマキを焚きます。その焚口です。この窯で1回焼成するとマキを賄うのに300万円もかかるということです。昔、この窯が主流であったころは、周囲の山に自生している松の木をマキにしていたとのこと。松の木がマキとしてはもっとも適した良いものとされているとのこと。そして、その陶房の裏庭にはカタクリの花が一面に咲いていました。この日は特に強風が冷たくふきつけて、山間の陶房は寒さでふるえていたのですが、激しく揺さぶられる裸木の枝だから漏れる光りは春のそれ。まぶしいほどに明るくきらきらと春の光が揺れていました。しかしこんなに野趣あふれた陶房は3月末日をもって閉鎖されました。立ち退きを迫られ陶房は町のほうに引っ越しました。野趣あふれる器をつくる「陶房」あってこそ活かされる周辺の自然ですのに残念なことです。貸主の代替わりで孫の代となり、立ち退きとなった次第。一体どのようにこの土地を利用しようとしているのでしょう。 私が鉛筆画で描いた登り窯 これは資料館の窯や窯道具を見学して描いたものですが、「美夜之窯」にその窯が壊れかけて今もあったとは驚きでした。でも、この窯はまもなく壊される運命です。時代似合わないという理由で消えようとしています。
2012.04.10
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やっと早春の花々咲きこの地方では、早春に咲く花々が4月になって、やっっと、にぎやかに咲き、木々の新芽もうごめき膨らみ始めた私の散歩道・森林公園。馬酔木(アセビ)今、雑木林はあちこちで白い馬酔木の花が満開となって、粉雪が舞い降りたように美しくハッとする「白」が長い冬からの眠り覚まさせる。萌え出ようとする木々のざわめきが聞こえるようです。ソメイヨシノの花芽もやっと膨らみ始め爛漫と咲く日も近づいているまだまだ寒の戻り厳しい朝桜の花芽も朝の陽光浴びて日向ぼっこ。、この週末の新学期が始まる日には爛漫と咲き誇るには少し心もとない蕾たちツクシもやっと頭もたげこんにちわやわらかでほかほかの枯葉のお布団のなかからやっと目を覚ましたツクシさん今、雑木林でアオモジの花の甘い香りとこのヒサカキの花のガスのような香りが充満している。深呼吸すると身体奥深くまで気持ちのよい早春のかおり。ヒサカキの花そして小鳥たちのさえずりもにぎやかになってきた。鶯も今朝は盛んに「ケキョケキョホーホキェョ」とさえずっている。春を告げる桜カンヒサクラ(寒緋桜)白や黄の淡い色の多い早春の花々の中でひときわ鮮やかな緋色は華やぎの春の色。確かな春の足音が聞こえてきた。細部にこだわるデッサン画遅かった春の訪れ寒の厳しかった長い冬、室内に居ること多い日々。こんな3月に私が描いた鉛筆画桜爛漫(弘前のさくら)今年も弘前城のさくらはきっと爛漫と咲き誇ることでしょう。破壊されつくした東北の地に力強くいのちをつなぎ咲き誇る日がくること祈りたい。今はもう全くなくなってしまった本業釜(登り釜)1月に散歩した「窯垣の小径」にはこの窯がまだ盛んに使われていた頃の窯道具が垣根になっている。ツク、タナイタ、エンゴロなどが窯の前に山積みになっている。焚くマキも山と積まれている。輸出産業として陶磁器業が栄えたころの今は資料館入りしている「登り窯」を描いてみました。3月の花・椿先月のヤブツバキに続いて華やかな赤と白の縞模様の八重の椿人物デッサン2回目はこんな具合になりました。 モデルの方が今回はかなり年配の方でモデルとしてのプロ意識が前回の若い小娘とは異なり、かなり高くみんなが描いているときは、彫像のように動かない状態で私たちに対峙してくださるのには驚いた。そのモデルさんに応えるべく一生懸命描きました。生まれて2回目の裸婦のデッサンとしては、まずまず描けたのではと我ながら楽しくもっとやりたいという思い強くした。高齢化にむけて、デッサンの基礎を学び楽しく絵を描くことのできる基礎的技能を身に着けたい。そんな思いで始めたデッサン自由に楽しんで絵を描くことで、自分を解き放せるような高齢者になるよう頑張ろう。
2012.04.02
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今年の冬は私の住む地域も例年になく気温が低く春の訪れが遅い。(鉛筆画・水仙。スイセンの花は厳寒の空気に凛と咲き満ち、芳しい香り放つ。今年は暮れから水仙の花がよく咲いて家々の垣根や庭からこぼれ咲いていた。)厳しい冬であった。年齢を重ねると厳しい寒さは身にこたえる。皮膚に刺す木枯らし、零度を下回る早朝の気温。この気象条件では朝早い散歩はためらわれる。 そんな冬も去ろうとしている。ここ数日、太平洋側からの低気圧の前線が停滞し、寒気やわらいてしとしとと暖かな雨模様。(鉛筆画・ヤブツバキ)ヤブツバキの花もようやく春を感じてざわめき始めた蕾ふくらませうっすらと紅色。黒々とした緑の葉っぱに雨つぶきらり一雨ごとに芽吹く準備をしている雑木林の裸木モクレンの大木早春の林をぱっと明るくする(鉛筆画・モクレン)モクレンの花のつぼみはまだまだ硬く厳しかった冬の名残りを留めたまま。でもこの暖かな雨が春を知らせに来た。モクレンの花がブルーの春の天空に華やぐ日が近いことを。 まだ硬い蕾にいのちざわめかせて春を呼んでいる。 以上の鉛筆画は1月から2月の鉛筆画サークルで描いた絵。写真では的確に絵の雰囲気が出ていませんが、だいぶん鉛筆画に慣れ上達しています。今月は陶芸教室も、作品の窯焼きがあり、作品をにわかに沢山作るように促され大変です。(4月初めの展覧会のため)下の少女は、孫をモデルにした陶土人形です。これからの素焼き、絵付け、本焼きの工程にこの人形は耐えて完成するかどうか自信ないので、素焼き前に写真に収めておくことにしました。人形つくりもこれで4体目で、少し慣れてきましたが、なにせ基礎がないものだから、焼成の工程で爆発して壊れてしまうかも。完成まで頑張って可愛らしい少女として窯から出てきてね。ただ祈るばかり。更に、今年から始めることになった人物画のデッサンこれは1月に描いたもの。生まれて初めて実物の裸婦をモデルとして木炭でデッサンしました。(ドキドキ)画面も50×70cmと大きくこのような本格的なものを書いたのは初めての経験でかなりエネルギーが入り疲れましたが楽しかった。これから高齢になっていくなかで、身体不自由になっても気力充実して絵が描ける状態を作り出せるのだろうか?先のことは分からないがとりあえず、絵を描く技術を身に着けることで最期の人生を豊かにできること祈って頑張ろう。
2012.02.14
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黄金の実みのる初冬みかんこの世に生を受けてから90年の長きにわたり、住み慣れ生活した自分の家を力尽き、悲壮な覚悟をして、母は出て行きました。頑固にひたすら家を守ることが唯一の生きる証であった母。有料の介護付き住宅を終の棲家に決めました。長い歳月住んできたその屋敷のなかの庭に、母の最後の力ふりしぼり世話した蜜柑の木。主いなくなった今、みかんの木は、鈴なりに実をみのらせて、たわわ。初冬の柔らかな陽光あびて黄金に輝いています。みかんの実を枝ごともぎとって、母のもとに届けた私。来年はこんなに豊かには実らないだろう。老いてゆくとはこのようなことか、考えること多い年の暮れ。 烏瓜 私の散歩道には、山をまるごと破壊して、宅地開発した広大な新興住宅地があります。その宅地の道一つ隔てたところに申し訳けほどに残された雑木林。その新しい住宅地は、軒先に、けばけばしいクリスマスイルミネーションを競争して取り付けています。夕闇せまると、その華やかなこと。向かいの雑木林に、夕日を浴びて赤くきらめくカラスウリ。どっちがきれい? ホソバトキワサンザシ 落葉樹がすっかり裸木となり、草は赤茶けてモノトーンの景色にひとりオレンジ色鮮やかに輝かせる細葉トキワサンザシ控えめに水辺にいろどり添えている。 柿 冷え込む寒さに一層、甘み増す柿今年は柿が豊作なのか、葉っぱがみんな落ちてしまった後にも柿の実が鈴なりのままの庭あちらこちらにある。 山茶花 山茶花も咲いて散り、咲いてまた散る。花びら敷き詰めた道に、冷たい風が吹き抜ける。老いてゆく母の作った歌老いてゆく身体機能目覚めよと山茶花の道 わが足で立つ残された時間ひとりで歩んでゆく母の決意が歌となった。 柚子今日は冬至今日を境にこれからは日一日ごとに長くなる昼間。そう思うだけで春がくると心躍る。こう感じるのも年齢のせいか。日が短いのはどこか心重い。来年こそ明るい春来い。
2011.12.23
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赤い実光る秋 この数日で私の住む濃尾平野の東部丘陵地の山々は淡い水彩絵具を流したように紅葉しはじめた。 昔から紅葉を錦のようと例えるけれど 葉っぱが紅葉すると、鮮やかな赤となる錦木(ニシキギ)その実の紅はまた美しい 錦木の実 ニシキギの実は熟すと朱色の皮につつまれた種子が現れる。その実の真っ赤なこと、晩秋の柔らかな陽光にキラキラと光る。やがて葉っぱは鮮やかな赤に染まる葉っぱが散り落ちても可愛らしい実だけが枯れ枝にぶら下がって真冬の小鳥さんたちの餌となる。茎は深いグリーンとコルク質の翼の茶色のコントラストがまた素敵な色合い。 ニシキギは秋の深い色合いで色々な表情をみせてくれる。 早春の山を明るく華やかにするコブシの花秋には鮮やかなオレンジ色の実をつける 辛夷の実 濃い茶褐色の台座は花のガク。その上に乗っかっている赤い実からは白い糸が出てイヤリングのようにぶらさがる、コブシの実 群がって光る紫の実こんなにも美しい紫がこの世にあるとは。紫式部の名のごとく趣ふかい色合いの実をつけるムラサキシキブ 絵手紙にはその紫の美しさを出すことができなかった。今年は実が豊かに実り、ムラサキシキブの実は散歩道の垣根からこぼれるように実っている。 ノイバラの実 人を寄せつけぬ荒々しいトゲ、初夏には明るい白い可憐な花を咲かせて、あたりに良い香を漂わせたヤマイバラ、秋にはたくさんの真っ赤な実をつける。 ノイバラは洋の東西を問わず、その実は薬用に利用したり、ワインにしたりと人々の暮らしのなかでともに生きてきた。 万葉人はノイバラのことを「ウマラ」と呼んでいた。道のへの 茨(うまら)の末(うれ)に 延(は)ほ豆の からまる君を 別(はか)れか行かむ( 巻20・4352)これは兵役で東国にいく夫が別れる妻に詠んだ歌である。 「道のほとりのノイバラの実のように絡みつく君」と妻を詠っているがノイバラの実は千年あまりの時を経てなお今も秋の野山の枯れる木々に赤い実をからませている。
2011.11.20
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臭木 (クサギ)葉っぱをちぎって、においを嗅ぐと強烈な何とも言えぬいやな臭いがするクサギ伐採地や崩壊地に真っ先に根づくパイオニア樹木クサギ廃墟となったくずれた廃屋の庭にクサギの木がはびっこって林になってしまっていた。秋風に見事な深い色になった実が揺れるさまはなんとなくわびしい。その一枝を手折って描いてみたクサギの実秋にはガクは一層深い赤となり、その真ん中の熟した実は秋の深まりとともに瑠璃色に輝いてゆさゆさと晩秋の風に揺れている。(クサギの花:赤いガクから白い繊細な花が咲く。長いめしべと雄しべ突き出している。芳しい香りを放つ。晩秋の激しい風に揺れていて、写真の焦点がなかなか合わずピンボケ) クサギの花は普通は7月から8月の夏の盛りに咲くけれど今年は気象の異常からか10月になって盛んに花も咲き、同じ枝に実もつけ、花と実が共演している そのクサギ茂る足元見れば、可憐なノギクが淡い紫に染まって咲いていた。イヌタデの花も群れて咲いているよ。その葉っぱは色づきはじめている。幼い日、おままごとに、おこわ(赤飯)にして遊んだアカマンマ金木犀の香りが町のそここに香り始めると10月だと気づく。どんな気象条件でも必ず、10月の声をきくと咲く花金木犀今年も忘れずににぎやかに秋を告げに来た。木全体が金色に燃えて輝くほどよく咲いたよ今年の金木犀は。でも、香りが弱いというのがこの秋の特徴であった。今年の金木犀は匂わないという人さえいた。 クサギ(臭木)は、ごくありふれた木。ほっておいてもどんどん伸びて繁茂する。宅地開発された住宅地では、夏草といっしょに絶えず刈り取られ、なかなか秋の実にまで至らない。ところが、高齢化していく町には、だれも住まなくなってしまい、何年も経過して、お化け屋敷になっているところが所々にある。そんな屋敷には、このクサギが繁茂して林のようになってしまっている。ふと見ると紅色のガクの上に藍色の実が、びっしりとつけて風に激しく揺れているではないか。何かあわれを感じたこの婆さん。これは歳のせいか、秋のせいか。秋の花々の色は深く、色づく実は豊かで美しい。
2011.10.30
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濃い緑の樹木で覆われた小暗い夏の雑木林。その雑木林の縁に夏に咲く花クサギ(臭木) 繊細で上品な色合い濃い緑をバックに控えめに色を添えるクサギ控えめに溶け込んで雑木林にしぶとく生きている秋にはあざやかな瑠璃色の実をつける。今年の夏はさわやかな5月がほとんどなく5月末から雨季となり次にはすぐに真夏の酷暑の7月となりいつもなら初夏に咲く花、真夏に咲く花など咲く順序があったのに、咲く時期が狂っててんでんばらばらに花が咲き実がなる夏であった。ブラックベリー ヨーロッパでは何千年も長きにわたり、食用にされてきた野生のイチゴ。 私の散歩道の庭の生垣にはブラックベリーをからませている庭がそこここにある。 旺盛にツルを伸ばし、棘のある茎はどんどん広がる。今年の夏は、実が熟するのが早く8月半ばにもう濃い紫色の実が朝の陽に艶やかに光っていた。 カンナ じりじりと焼けつく炎天には燃えるカンナの花が良く似合う。太陽の色だね、カンナの花びらは。カノコユリ 道端にカンナの花が燃えて咲くころ団地の花壇のあちらこちらにカノコユリが長い花蘂を朝の風に揺らして乱れ咲いていた。(7月から始めた鉛筆画で描いたもの)百日草 8月の終わりになって、アサガオや百日紅や百日草の花がやっといききと色鮮やかに咲いてる。この百日草の絵手紙は私の塾の生徒の舞ちゃんが8月に結婚したのでお祝いに送ったもの。努力家の 舞ちゃん。これからは二人三脚で困難にめげず、粘り強く、前に進み豊かに輝くこと祈っているよ。 もう一人の塾生ともみちゃんも8月に結婚しました。9月には赤ちゃん誕生してママになります。 (オシロイバナ:夕に咲き朝にはしぼむ。夕化粧という別名もあり、真夏の早朝、朝露にぬれて群生して咲き誇るさまは色鮮やかで艶かしい。)中学のとき2人とも勉強ではさんざん悩みましたが、社会に出てからは着実に前に進んでいます。親から自立して立派に生きていこうとしています。このことが、人が人として生きるとき最も大切なこと、2人とも立派に成長しています。素晴らしい。9月になって盛んに咲いている花たちいつもの年なら、もっと早く真夏に咲いていたのに。ヘクソカズラ 葉や茎をもむと、悪臭を放つ蔓草。低木や伸びた夏草にしっこくからまりついてどんどん伸びる。そして名に似ず可憐な花を咲かせている。熟すと褐色に輝く実。 クリスマスリースにぴったりの実。 かっては熟した実を潰して、しもやけの薬にもなっていた。ツユクサいつもなら、6月ごろからツユクサは咲いている。今年は8月の終わりに、やっと咲き始めて今は盛りと咲いている。朝露にきらめく葉っぱに深きブルーの花びらは青の露のよう。はかなく清々しい。異常続きの夏であったが花々はかくもけんめいにけなげに咲いていのち繋いでいく。
2011.09.03
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陶芸2年目に学んだこと 昨年の4月から陶芸クラブで習作したもの数点 なかよし(陶板) 天国からコンニチワ! (土・信楽、絵付け釉薬・織部、黄瀬戸など。この作品が唯一土のあたたかさを保ちつつそれなりの風合いで色が着色した。)以下からの習作は失敗作。釉薬の知識や経験乏しく本焼したとき、思い通りの色がでなかった。 ユメとアンナ 上は 素焼き前 下は素焼き後、絵付けしたもの (ユメとアンナと散歩することちゃん) 本焼:思い通りの色が出ず失敗作 こんなアンナとユメでは天国にいる彼女ちに申し訳ない。今年度は再度、犬の像に挑戦して、もう少し納得いくものにしたい。(先生は7匹ぐらい同じものに挑まないと納得いくものできないと言われた。)今年度も犬像に頑張ってみよう。 ことちゃんのお散歩 釉薬の知識や経験が乏しい私には、これくらいの程度の出来でまずまずかも。 昨年度はロクロを使いこなせるようになることが目標であったので、毎回ロクロの練習をした。その時の習作・器(土・貫入 絵付け・呉須青)(染付け)小鉢(1) 小鉢(2) 小鉢(3) 高台が出来ないほど底を薄くしてしまったので、小鉢はあきらめて苦肉の策マグカップ、孫たちにプレゼントした習作 来年はもっと素敵なもの作るからね。 染付け大皿 花篭 (土・貫入。釉薬・呉須。たたら) 皿の縁がひび割れ2箇所。捏ねが不十分。土のなかに空気が入っていた。私がめざすもの瀬戸染付けその練習のため、ひびが入っているのは、素焼きの段階から分かっていたが、絵付け練習をしてみた。 こんな具合で、ゴミとなりそうながらくたばかり、練習作品をいっぱい作ったのが22年度の陶芸クラブの活動でした。(ここには載せなかった器まだまだかなりの数あります) 私の属する陶芸クラブのシステムは1年目は陶芸家の先生が指導して下さる教室(60歳以上が参加できる)。この教室を終了した2年目からはクラブ形式で先輩の人たちといっしょに楽しみます。先輩が先生です。私としては、陶芸教室で教えていただいた先生に後2年ぐらいは直々に学びたかったのですが、それはダメということで、先生なしの1年間でした。もちろん、プロ級の先輩たちが親切丁寧にいろいろ教えて下さるのですが、やっぱりアマとプロのちがいがそこにはあり、かなり、不安な出だしでした。しかし、この1年は自力で、知識や技術を試行錯誤して習得しながら、上で紹介したようなものを作ることが出来た。この過程で、学ぶとはどういうことか、いかにあるべきかに関して、とても私自身参考になり、学ぶこと多い1年でした。私も、子供たちを教える立場にあり、教え過ぎている事の弊害があるのではないか、そのことが子供たちの真の実力を身につけることの妨害になっているのではないかと反省すること多々ありました。自立することができる力を子どもたちに付けさせるにはどのような学びが必要なのかをこのクラブで活動するなかで、私自身が試された気がします。私の陶芸の先生は、陶芸家でありますが、教える師匠としてもとても優れおり、生徒の能力を引き出すことが巧みです。 その先生から距離を置いて悪戦苦闘した今年度は、作品としては、まさにゴミになるようなガラクタの練習作品ばかりですが、私が学んだ中味はとても濃密であったと思います。 教育するとはこのようなことではないかと私自身、しきりと反省しています。 今の大人も子供も効率よく他人から教えてもらい受身的にこなすことは上手。このことが大人や子供をダメにしているのではということ身を持って体験できたと思います。(昨年度、教室からクラブに移行するとき、指導者がいないということで、多くがやめてしまいました。続けたのは私と他2名でした。先生の説によると、今まではこのようなことはなかったとのこと。)子どもだけではなく大人、高齢者まで、学ぶ、勉強するというその方法がこのような意識に変わってきていると知り、考えさせられること多い2年目でした。この2年目にクラブで私が体験して学んだことは、その意味で、単に陶芸の領域のことだけでなく、教育の根幹にかかわる衝撃的なことでした。今年度も、教室とクラブの作品展を4/1~3日に開催されました。先輩たちの素晴らしい力作を紹介したいのですが、私自身、段差につまずき足首捻挫、開催日に行くこと出来ず写真が取れませんでした。残念!昨年の12月から、足の故障が続出。12月の転倒、次に膝関節も故障、ここ何十年と医者知らずの私、最近はお医者さんのごやっかいになりぱなし、我ながら年齢の節目を感じています。 老化する肉体とどう仲良く付き合うか、このテーマにも厳しく突きつけられている最近です。なさけなや。
2011.04.07
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優しい野の花々2011・3・11東北関東太平洋沖大震災その被害の甚大さは日が経過するにつれますます測り知れない大きさになっている。ホトケノザ(仏の座) 3月下旬寒さが続いた私の散歩道若芽も堅いまま。やっと芽吹き始めた枯野に可愛らしい紅が点々、思わず足止めて見入る。ホトケノザ壊滅した東北の村や町の道端にもきっと可愛げに咲いているだろう。 水仙 例年ならお正月の花として路地に咲いたスイセンを摘んで、花瓶にいけていたのに。 今年は咲くのが遅く、3月の半ばになって、土手のあちこちに甘い香り放ち、いっせいに咲いた。 ナノハナ 道端の菜の花もスイセンと共演して春の冷たい風に揺れている 私の幼いころには辺り一面黄色の絨毯どこまでも続いた菜の花畑ナノハナの花の匂いでむせかえる光景。裏作として栽培されていた菜種(ナタネ)油の原料として、油粕の肥料として栽培されていた。今は失われてしまった光景 枯木の雑木林で真っ先に彩り添えるヤブツバキとアセビ スズランのような花を幾枝にも重ねて房となって垂れている馬酔木の花枯れた木々のなかで、白の塊となって揺れるさまは何かしら心躍る。 ヤブツバキの大木が紅いろの花をさわさわと揺らすさまは壮観 春本番の始まりを告げる馬酔木の花と藪椿 これらの絵手紙は3月の下旬に書いたもの。 この2日ばかりはぐんぐん気温が上昇し、雲ひとつない霞がかった空まさに春本番サクラの花が一気に開花してピカピカの1年生たちがサクラ満開の校庭で日本各地で入学式が行なわれている。孫のことちゃんも明日は1年生になります。さて、ことちゃんの住む地はさくら満開となるかな。 甚大な被害をもたらした東北大震災は、地震や大津波による壊滅状態に加え、さらに福島第一原発が震災によって破壊され、ますます人間ではコントロールできない状態となり、新たな別の災害を生んでいる。高濃度の放射能を空中に海に大地ににまき散らし続けている。いつ果てるとも知れない。多分、これから何十年にもわたって、この原発地域周辺は死の村や町になるのではないか。(原発から30キロ圏内の退避難地域に、放置された牛や犬がうろうろしている報道写真を見て、牛や犬のことを思うと心痛む。)事実を隠し続け、住民に早期に解決できるのではないかという期待を政府や東電は持たせようとしている。二重に国民を愚弄している。
2011.04.06
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春よ来い東日本を襲った巨大地震 3月半ばの今も真冬の寒さに襲われること多い日本列島1週間前に突然降って湧いたように起きた巨大地震あっというまに、東北の村や町を壊滅させ未だに一万人以上の人々は安否さえ不明のまま。 しかも、東京電力福島第一原子力発電所では6基あるうち4基までも制御不能に陥り、人間がコントロールできない状態で、暴走し始めている。 米国地質調査所は、大地震で日本列島の位置が約2.4m移動した可能性があると発表した。米国航空宇宙局は大地震で地球の自転にかかる時間が100万分の1.6秒短くなったとする計算をしめした。日本国土地理院によれば、宮城県や岩手県では、陸地が最大で4m東に動き、約70cm沈降した。福島県でも2mほど東に動き、30~40cmの沈降があったと発表した。 このすざましい地殻の変動、地球は生きた物体ということをまざまざと私たち人間に気づかせてくれた。日頃、快適に便利な生活に慣れて、地球の営みなど眼中にない。そんな私たちに自然の営みの測り知れない巨大な威力を見せつけた。 東京都知事・石原慎太郎はこの地震が発生した翌日「これは天罰だ。我欲の固まりになっている我欲を洗うのにちょうどよい」と発言し、世間から非難の抗議をあびたが、我欲のかたまりなのは、悲惨な被害をもろにかぶって苦悩している庶民ではなく、火事場泥棒的に円買いドル売りに走り、異常な円高を操作してぼろもうけを企む投機ファンドが存在したということだ。これこそ我欲のかたまり、この集団に天罰はあたらず、ぼろもうけしてほくそ笑んでいる。(その後、G7の強調介入によって、投機牽制は行なわれたが。どのファンドが投機に走っているか、徹底的に解明して世界に公表すべきだ。) 今年の冬は例年になく厳しい寒さが続いた。日本海は記録的な大雪となった。そして、この巨大地震の発生。人間の傲慢さに対して自然は底知れぬ猛威を見せつけて私たち人間に厳しく警告をしてくれた。 今年のクリスマスローズの花は咲くのも遅く、背丈も短く、夏からつけていた葉っぱなどは、寒さのため、凍傷をおこしたのか、黒っぽくなって枯れてしまった。でも、花は咲いた。ほんのりとグリーンの蕾から、雪のように白い花びらを可憐に咲かせた。 被災の地にも春は来る。春よ来い。
2011.03.19
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早春の森林公園 今年の冬は近年になく厳しい寒さが続いた。50年前の子どもの頃はこんな冬が普通のことだった気がするが。暖冬になれたわが身には、身をきるような寒さはこたえた。 草花たちにとっても、今年は、きっぱりと四季を感じてメリハリのある営みをしているに違いない。 そんな冬らしい冬には、ものみな厳しい寒にじっと耐え、春の準備をしている。 裸木ばかりになった雑木林にマンサクの花が早春の明るくきらめく陽光のなか、暖かなオレンジいろの花びらをまだ冷たき風に震わせているのを見つけたとき、やっと春が来た!こころ軽やかになった。 春を告げる樹木アオモジ アオモジは、厳寒の冬の間もやわらかな淡いグリーの花芽を膨らませ、木枯らしのなかで、ふるえて春を待っていた。 誰よりも早く春をつげに来る樹木アオモジ 枝を折れば、清らかな香り楊枝の材にもなる木 アオモジは南九州以南に自生するという。古虎渓から森林公園の濃尾平野東部丘陵地帯に自生するのは分布的には特筆すべきことらしい。私の散歩道の雑木林には、今、あちらこちらに、このアオモジの花芽をいっぱいつけた大枝が、明るい空に向かって、さわさわとゆれている。 まもなく薄黄色の花が咲き満ちるはず。 真冬の暗い険しい天空に向かって大振りの枝を四方八方に伸ばして震えていたハンノキ 真冬だというのに、紅紫色の花穂をいっぱいつけて激しい風にゆれていたハンノキ裸木の林ではハンノキの花はひときわ目立つ紅紫色。そのハンノキの花は、今、 その長い花穂から真っ黄色の花粉を飛び散らして、きらめく早春の陽光と戯れている。 雑木林の裸木にからまって、まだ冷たい風にゆらゆらとゆれ、きらきらと銀色に輝くヤマイモの果実 3枚の翼のなかには種子。ぱっと開くと種子は飛散し、翼は開いてひらひらとはためく。 枯れた雑木林で、草木が芽吹く直前に急に人目を引くヤマイモの果実 朝日を浴びると銀色の花のよう。 唐草模様のように雑木林を覆っている。 イヌフグリもやっと目覚めた陽だまりの野はら。 柔らかな落ち葉のお布団の中から深いブルーの花びらをあちこちから覗かせて枯れた野原を緑に変えにやって来た。 森林公園の梅林園早咲きの梅がちらほらと。 まだ浅き春裸の木々が冷たい風に震えていた梅一輪その淡い色合い華麗な花蘂ほのかな香り 光だけがまぶしいようやく春のおとづれこの絵手紙の花々は2月上旬に描いたものです。 この数日は、気温もぐんぐん上昇し、3月中旬とかの暖かな日が多くなってきた。今年は、冬が厳しかったせいか、春の花たちは、春に咲く。椿の花もやっと咲き始めた。近年は、春の花も冬から咲き始めだらだらと咲き続け、四季を失ってしまっていたが、今年はメリハリのある花の咲きかたをしている。
2011.02.23
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伝統を守り革新するとは NHKのテレビ番組:日曜美術館で、先日、「風涛(ふうとう)を越えて 薩摩焼と生きた400年」と「魅惑の白い黄金マイセン磁気300年の軌跡」という陶磁器に関するものを立て続けに2つ見た。 この2つの陶磁器産業に共通するのは、数百年にわたる長い歴史の荒波のなかで、隆盛を極めた時や風前の灯の危機を迎えた時期を繰り返しながらも伝統の技を守り、更にそれを創造的に革新し発展させていることである。今も尚、現代に生きる陶磁器として、人々から支持され盛んに製造され、その職人たちを養成し続けていることである。(単に美術館に飾られているだけではない。) 薩摩焼の「沈壽官」家の歴史には感銘を受けた。豊臣秀吉の朝鮮侵略によって、日本に連れて来られた陶工の一団が「沈」家である。彼らは、日本の土から長い歳月をかけて「白薩摩」の陶器を産み出し、「薩摩藩」を支える貴重な献上品としての藩の保護をうけて発展した。明治維新により、藩の後盾をなくして、窯の閉鎖、陶工の離散廃業に追い込まれながらも、立ち上がり危機を打開して、薩摩焼を創造的に切り拓こうとする沈家の苦悩とすさまじいエネルギーには感嘆する。沈壽官家がお上のバックアップを失っても、「薩摩焼」を単なる一族の所有物とみなさず、沈一族の苦難の歴史や磁器製造技術や沈家の所有する山を地域の産業・文化とみなして守ろうとしている。 このような薩摩陶工たちの思いの強さが、風雪に耐えて現代の陶業を革新させ続けている。 この沈壽官窯の仕事場や作品を多数テレビは映し出したが、その手作業ひとつひとつの技のすごさ、それを受け継いで、今尚、延々と制作し続けている人々がいるという事実。その根気、その途方もない忍耐力。作品もとても豪華にして華麗。しかも気品に満ちており、400年という歴史が紡ぎ出してきた技の重さと芯の強さがそこにはある。 ドイツマイセンの磁器の番組も中国の磁器や日本の有田焼の模倣から始まり、その時代時代の流れに併せて、技を受け継ぎ新しく創造して革新し続けて発展するその息の長さには感心する。しかも、過去のものを蓄積し続けるその組織性はすごい。マイセンの磁器の「型」など、窯を開いた最初からのものが、すべて保存され、膨大な数にのぼっているという。絵付けの絵の具もまたしかり。これらを、個人的に収集しているのではなく、組織的に社会的に持続して守り続けるドイツってすごい。 わが町・瀬戸にも19世紀始めに加藤民吉なる陶工が九州から磁器の生産技術を伝え、飛躍的に磁器製造を発展させた。その素地の絵付けも、瀬戸独特の技法(没骨技法)で、筆1本で墨絵のように青一色の濃淡で描く方法である。南画系の絵師によってもたらされたものという。磁器の原料となる陶土も絵の具の呉須(ごす)もすべて、この地・瀬戸に産出するという恵まれた立地である。(このようなことは世界的にもまれという) 明治時代、海外で開催された万国博覧会での瀬戸染付けの評価は高く、フランスで始まったアール・ヌーヴォーに影響を与えたとさえ言われている。 それなのに、戦後の高度成長期には大量生産のため、機械化・省力化が進み、石膏型による鋳型成型や銅版・プリントによる絵付けなどの発達により、伝統的な瀬戸染付けの技術は一時、風前の灯となり途絶えようとしてしまった。 その他にも、ノベルティーのレースドールの技術などの継承者が途絶え、型なども散逸してしまって、今になって呼びかけて集めようとしている。レース人形のレースなどは、とても陶器で作られいるとは思えない繊細なもので、人間技とは思えない巧みな技である。それらは、一度失われたら、復元し継承しさらに創造発展させる事は至難のことである。しかもである、その高度成長期に機械化、大量生産で工業化した陶磁器業者は、現在ほぼ瀬戸では全滅状態。廃業に追い込まれている。(大規模工場は数軒が残っているだけではないのか。)安い他の産地、他国の製品に負けて、商品として意味を失っている。 要するに、今、流行の言葉でいえば、競争力を失ったのである。 このような現実を見るにつけ、文化を守るとは何か、どうすれば守れるか、滅びるものは滅び市場原理に任せればいいのか?(大阪の府知事・橋下徹氏は、滅びるものには滅びる必然があるから、どんどん潰せばよい、と発言しているが。) 冒頭に揚げた2つのテレビ番組は、このような文化を守り、さらに革新的に発展させるとはいかなることか、どうあらねばならぬかを多面的に私たちに示唆している。滅びかけている瀬戸染付が、近年手作り・手描きの再評価の流れに乗って、継承し発展させようと細々と活動している。その拠点が「瀬戸染付研究所」である。これは、「瀬戸染付研究所」の研究生たちの作品展の案内状。この写真の作品は、その研究生のもの。藍色の濃淡が見事。 近隣にお住まいの方、研究生の作品展にお出かけ下さい。全国から募集され集まっている新進気鋭の作家たちの作品です。(場所:瀬戸市文化センター文化交流館1階ギャラリー) その染付研究所が開催する講習会で、指導を受けて私か描いてみた陶板(2回目) 陶板は平板なので、描きやすいのですが、曲面ばかりの器などは難しい。 ウサギの絵付け これらは、全くの初心者の絵付けですが、将来的には、磁器原料の土から器を形成し、絵付けまでの行程すべて自分でできるようなれたらいいなぁ。と思っていますが。目標にしたいと思います。最近の私、3月中旬の本焼を目指して、陶芸クラブの制作?に時間とエネルギーを取られて、体調まで崩しています。モノを作るということは、エネルギーがいりますねぇ。ロクロでつくった、作品とはいえない未熟な練習作の器、幾つかとユメとアンナの犬2匹と少女像の計三体、陶板1枚を作りました。まだ、これから素焼き、絵付け、本焼の工程があり、この中の何個が最後まで残れるか。熱い火に焼かれ、割れたり、絵付けがうまく発色しなかったりと、土と火とのあなたまかせの偶然によるところ多い陶芸です。そこが又面白く魅力的なところでもあるのですが。
2011.02.10
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寒中お見舞い申し上げます 今年の冬は昨年の12月末よりかなり厳しい寒さとなった。私の地方は雪こそまだ本格的には降っていないがこのところ連日最低温度は氷点下になっている。今日で7日連続最低温度氷点下の冬日である。 その寒さにきたえられ、瑞々しく活き活きした大根 首から根っこの先まで緑色切ると、はっとするほど美しい淡いグリーンが 寒に耐えビタミンいっぱい ビタミン大根温室育ちで、とてもキュウリとは思えないまずい冬のキュウリの代わりに生野菜のサラダにぴったりビタミン大根少しぴりっと、でも少し甘い大根 ニンジンも赤色ますます鮮やかほっこりしたやわらかな土の中で寒に鍛えられわが家の食卓にやって来た ニンジンもほのかに甘味増し鍋に、お味噌汁の具に、生で野菜サラダに色々な場面で活躍しているニンジンさん。九条葱も ほんのり甘くやわらか。お鍋にお味噌汁に活躍中 これも大根紅芯大根 根っこはほんのり紅おびて、切れば、中味は濃い紅いろビタミン大根のグリーンと紅芯大根の紅冬の野菜ならではの爽やかな鮮やかさ瑞々しさ鮮やかな色の共演毎朝、サラダにして頂いています。これらの野菜は、私がいつも購入している、自然農法を追求して、野菜作りに励んでいる若者の作物です。自然の恵みいっぱいつまった汗と労苦のたまものによるものです。 おいしい野菜に感謝! シクラメンの花 やわらかな冬のひかりさしこむ窓辺外の寒さを拒絶してそこだけが暖かな春の陽だまり 濃い青緑の葉っぱ水分をたっぷり溜め込んだ分厚な葉っぱから 力強くすくっと立ち上がり火のように燃えて咲く 戸外は裸木に木枯らし、吹きぬけ凍えてる
2011.01.13
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秋深し今年の夏の猛暑続きが良かったのかマツタケが50年ぶりの豊作だという 私の家にもそのおすそわけのマツタケが届きました。食べるのがもったいないような立派なマツタケ。しばらくは飾って眺めて過ごしました。マツタケの香り部屋に満ちまさに秋来たり。高齢の私の母のいのちは畑仕事野菜や花を作っている時だけが元気になれるとき。 このみかんも母の丹精込められて実ったもの たわわに実って重いみかんを大地にくっつきそうに垂れて秋の風が枝をゆらしているよ。ナンキンハゼ 私の散歩道・森林公園のナンキンハゼあちこちに大樹となってみごとな紅葉。ナンキンハゼの実は白いロウ状の種子を紅葉した葉っぱの合間からのぞかせて華やかに大樹を彩る。燃え立つ赤を背に蝋燭のように飾り立てている。秋は読書の秋スポーツの秋文化の秋 ことちゃんのピアノ発表会のあとで。、パパ方の闘病中のジイジがことちゃんのピアノを聴きに病魔を押し切って来て下さった。ありがとう、ジイジ!ことちゃん、どんどん成長しています。もう少し頑張って下さいね。孫たちが成長していく姿見届けて下さいね。 枯れた赤茶けた土手にニョキニョキと突き出てきた濃い緑の葉と黄金色の花を朝の陽光にきらめかせているのを見つけた時の驚き。冬のハナワラビだという。蕨に似た葉っぱ(栄養葉)と並んで細かく切れ込んだ胞子嚢をびっしり付けた黄金色の葉(胞子葉)胞子嚢を花と見立ててフユノハナワラビと呼ばれている。冬の間だけ姿を現し春になると消えうせるシダ植物冬蕨は秋の終わりを告げにやって来た。
2010.11.26
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草紅葉はじまる朝の散歩道一昨日から朝夕はめっきり冷え込んで一気に秋めいてきた私の朝の散歩道 背のたかいアワダチソウやススキやオギの穂に秋の風が通り抜ける朝その根元には黄ばみはじめた野の草たちがやさしい色合いで、ざわめいている。 暑いひと夏を咲き続けた ツユクサ。 秋のツユクサはひとまわり小ぶりになってイヌタデやネコジャラシやミズヒキソウやセンダングサに混ざって、はかなげに咲いている。その青も秋めいて枯れた青満ち足りた青秋の野の花々といっしょに最期のいのちを静かに燃やしている。ムラサキシキブの青秋のやわらかな日差しに光る紫きらめく紫に秋の風がぬける。ユメと歩いた同じ道今年も又やって来た秋(ユメ習作・陶芸でユメを制作しようと思い、犬のつくりを観察するため、色々描いてみている。その1つの作品。パピヨンはとくに難しい)ヌスビトハギの実が豊かなふさふさとした毛に絡まってその度に立ち止まり草の実を舐めてひっついた草をとろうとした秋の野の道。今はもういないユメ。ただ不在あるばかり。見上げれば、豊かに実ったザクロの実はじけんばかりに熟してゆらゆらと揺れているよ。暑かったこの夏の名残はもうない。やっと秋秋はおだやかな黄昏に似て内にエネルギー秘めて静かに深まろうとしている。
2010.10.18
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おもいで私の属している絵手紙サークルが恒例の秋の展覧会を市の図書館で行なうので、絵手紙2年生の私も出すことになった。この6ヶ月あまりに相次いで亡くなった2匹の犬・アンナとユメを「おもいで」というテーマで描いてみた。ことちゃんとユメことちゃんは生まれたときからアンナとユメちゃんには馴染んでいる。とりわけアンナは赤ちゃんの時いっしょに暮らしていた。ハイハイの時期など、アンナのウンチを誤って舐めたりしていた仲なのである。そのユメちゃんがまさに息をひきとろうとしていたその瞬間、偶然にも電話してきたことちゃん、すぐその後で、ファックスで哀しみのお手紙を送ってくれた。ユメちゃんは、ことちゃんのこのお手紙といっしょに天空へと煙となって飛翔しました。3人は仲良しことちゃんはばあばの家に来た時いつもアンナとユメの散歩を楽しみにしていました。幼い子が生き物と自然に深く関ることはとてもよいこと、すてきなことですね。5歳のときユメの死と出遭って即座に、あのように哀しみの気持ちを表現できるとはすごいことではと思います。お手紙書きながら、ことちゃん涙がポロポロでてきたとママが言っていました。最期のアンナアンナは6歳のころよりことちゃんの家からやって来て、我が家に居候するようになりました。先客のユメを差し置いてのんびり、おっとり、わがもの顔。7歳よりは心臓病とかで、ずーと薬飲んで、医者通いをしていましたが、元気いっぱい、ごく普通に生活できて居りました。ユメが死んでから、急に重症となり老齢と重なり、最期の2ヶ月間は、病魔と懸命に闘いました。最期の最期まで、この犬たち飼い主の私をあくまで頼り信頼して逝きました。アンナの最期の日35度越える猛暑のなか、呼吸困難でとても苦しいのに、私が外出先から帰るのを待って、私の目をじっと見て、何もかも私に託し終えた満足感を静かにたたえておだやかに呼吸を停止しました。あくまで信頼するその純粋な心もち、こんなに混じりけなく他を信頼できるとは犬ってすごい。我ながら色々反省させられました。(留守番していた私の連れ合いの話では、その日、不在の私をあちこち探したり、少しでも物音がすると、私が帰宅したかと思ったりしていたそうです。)上の「最期のアンナ」はそのアンナの壮絶な姿を思い浮かべ記録にとどめたいという思いで描いてみました。若い日の可愛らしいアンナです。ユメちゃんの最期も、とてすごいものです。その日の朝、普通に散歩に行っていた私たちにとっては、ユメの死は予期せぬことでしたので、静かに暗いところで休ませて様子を見ようというぐらいの気持ちでいた。ところがです、息をひきとる最期に休ませていた暗い場所からよちよち歩いて来て、リビングにいた私の横に座りこみ最期にじっと私の目を見るようにして静かに息絶えました。何ということでしょう。人間だったら、今から死のうという重篤なとき、自分が信頼している者のところへ歩いて行ったり、帰るのを待ったり出来るでしょうか?私には分かりませんが、見事な死に方を私たちに示して逝ってしまいました。その犬たちを先週はずーと描いていました。上が絵手紙展に出したものです。以前に描いたものも、2回目描いてみました。次は、陶芸教室でアンナとユメを制作することに挑戦したいと思っています。 今年の私の絵手紙のテーマは人間や動物を描くことでしたが、こんな形で犬たちを描くことになるとは、予想していませんでした。いのちというものは予期できぬはかないものですね。でも、そのおかげで、描くモチベーションが高まり、動物を描くということ、少しは上達したかも。本当にこの犬たちは、かしこく懸命に生きました。
2010.10.17
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秋爽やか9月の始め、まだまだ猛暑つづきで、朝から30度の気温の日、辺り一面よい香り満ち、ふと見上げれば葛の花 どんどん蔓を、天に向かって伸ばし、雑木林のへりの高い木々に巻きつき、覆い尽くすほどに繁茂している葛の木秋の7草のひとつクズかっては、大切な資源植物のクズ昔、地下茎は葛粉にして食用に、葛根湯は風邪薬に、葉は飼料に、茎は繊維にして布にと、人々の暮らしのなかにあったクズ大きな葉っぱ、繁茂する葉っぱ秋の風になびいて、葉をひるがえすと葉裏の白が小暗い緑の森に鮮やかに浮かぶ。今では、クズは樹木にはいのぼり、樹を枯らす害草と嫌われ、手入れされた森や公園ではすぐ刈り込まれて、中々花を見かけなくなっている。 夏草生い茂る道端や土手からある日忽然と姿現したかのように長い茎をすくっと天に向かって伸ばし咲き始めたニラの花 群生して、夏草の合間から咲くニラの花は秋を告げに忘れずにやって来た。 やっと冷涼な朝が来た九月の半ば一斉にわっと道端や土手に姿を見せたヒガンバナ燃える赤は、灼熱の夏の赤夏を耐えて今燃える花気づけばもうお彼岸その日を忘れずに、正確にやって来た彼岸花暑かった夏にも、その猛暑に耐えて地中で、来るべき秋の準備をしていたのだ。 朝露がきらめく早朝の野の草花たちヌスビトハギの淡いブルーやピンク、ヤブツルアズキの黄金に輝く黄ヤブマメの淡い紫マメ科の花々が柔らかな色合いで朝露にきらめく秋は足早にやってきて草花たちに冬の準備を促している。 駒繋ぎ(コマツナギ)は初夏の五月から咲き始め、猛暑の夏にも咲き続け、爽やかな秋の訪れとともに生気とりもどして、秋の乾いたブルーの空に向かってつんつんと花序を立て今も咲き続けている その優しげな花の姿に似ずたくましいコマツナギ。崩壊地に真っ先にやって来て、どんどん増える。その昔、馬の手綱を繋いでおいたことからコマツナギの名がある「駒繋ぎ」。馬の飼料にもなるため馬が足を止めたから「コマツナギ」という説もあるという。今は、繋ぐ馬もいなくなり、コマツナギだけがどんな環境の変化にもへこたれず生きている。丈夫なマメ科の木である。
2010.09.27
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夏の終わり今年の夏は異例づくめ、8月はほぼ毎日35度前後の猛烈な暑さが続き朝でも室温は29度ぐらいで冷気というものが感じられない夏であった。とくに前半は夕立も来ず、熱帯夜の連続。お盆過ぎから、やっと入道雲むくむく立ち昇り、各地で夕立の土砂降りがあり、少し暑さ和らいだ。 降れば土砂降り、照れば炎天これが今年の8月であった。 そんなじりじりと焼けつく炎天の下で育った枝豆、お日さまの恵みいっぱい吸い込んで甘味の強い、ずっしりとしまった実おいしく頂きました。冷たいビールにぴったりの味。ありがとう。 早朝から熱気むんむん、歩けば、汗がたらたら、そんな熱帯夜にも忘れずに咲きにきた夏 涼しいブルー、その藍の深さツユクサ 朝露に濡れてふるえる花びら自然は、こんなにも美しい深い青をどうやって造り出すのだろう。 熱帯夜続く早朝の散歩道の一服の清涼剤 群がり咲くツユクサよ 夏の炎天に清楚に涼しげに咲くよ夏ユリは。 生い茂る夏草、じりじり照りつける太陽沼地の土手の草むらからつぎつぎに、鉄砲のように白い花びらを突き出して咲き続ける夏ユリ。その姿の優しさに似ずたくましい、旺盛な繁殖力何処にでもどんどん増えていのち繋ぐ。(高砂ユリという御目出度い名前がついている。) 南国の果物パイナップル 円高がどんどん進んで、現在は1ドル85円考えられない為替レートアメリカの経済に隷属して、その手のひらの上で、虚栄の社会を邁進した戦後の日本。そして今、自国の通貨すら自国で管理できない日本、アメリカのやりたい放題の中に漂う日本経済。 あなたまかせの日本経済。 円高還元セールとかでこのフィリピン産のパイナップルなんと98円安かったので画材にと思い買い求めた。 忙しくなかなか描く時間見つけられない中、パイナップはどんどん熟して、南国の甘い甘い香りが強くなり、部屋はパイナップルの甘酸っぱい香りいっぱい。 南国の農園では、きっと金色に輝いて炎天の太陽を浴びているだろうパイナップル。(絵にした後は、熟れすぎたパイナップルおいしくいただきました) 夏の終わりのオクラ 夏の終わりオクラは、この暑かった夏を根っこを大地に図太く張って、あり得ぬほどに茎を太くして花を咲かせ、実をならせて、ひと夏食卓をにぎわせてくれた。 まさに、オクラの幹や根っこの迫力はすざましい夏を生き抜いてきた勲章。たくましいオクラ。 スズムシがお盆過ぎからリーン、リーンとベルの透明さを響かせて鳴くよ 私が飼っているスズムシ卵から脱皮繰り返しまだまだ、蒸し暑い猛暑なのに、涼しい音色で、我が家に秋を告げに来た。 この数日は、朝の散歩の空気にちょっぴり冷気がある。といっても朝の気温は30度前後。最近では、31℃だと、涼しく感じ、「今日は涼しいですね」と挨拶をかわす。 2010年9月1日 今日も朝から蒸し暑い。(熱帯夜、今日で遂に40日。名古屋で最多記録更新の記事が踊る)
2010.09.01
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リョウブ咲く梅雨の晴れ間に アンナ老嬢は 2010年7月8日夕方6時6ヶ月の闘病生活を健気に闘いきっておだやかに息をひきとりました。享年15歳。 この絵手紙のアンナは病魔と闘った最期の姿です。呼吸困難で苦しむなか、主人である私に向かって3度も立ち上がろうとして前足を立てましたが力尽きて伏せ、遂には横向きに寝て次第に苦しかった荒い呼吸も静かにおだやかになって永い眠りへとつきました。 (控えめなユメちゃん。我がもの顔のアンナちゃん。いつもは仲良し。でも、いざとなるとユメの方が驚くような強い意志を表わす。) 妹分のユメが1月末に突然に亡くなって以来持病の心臓病が急に悪化して時々重態に陥りました。ユメに続いてアンナまで亡くすことは耐え難い私たち夫婦は何とか快復させようと、あれこれ必死に試みましたが、この私たち夫婦の努力は、所詮、アンナの病を長引かせ苦しませるだけだったかもしれませんね。人間の勝手な思いあがりかもしれません。薬づけにして、症状を緩和して長引かせていただけの自己満足であったのかもと反省しています。 アンナは6歳のとき、ことちゃんのママが飼い主であることを放棄したので、私たちのところにやって来ました。 我が家には、パピヨンのユメが先客として私たちと暮らしていましたがそのなかに割り込んできたアンナちゃん。物静かなユメちゃんを差し置いて、我がもの顔、愛嬌をふりまくのんびりやのお嬢です。その時からアンナの主人は、この冨士子婆となり冨士子婆から、離れることがひと時もできない引っ付き虫犬として自立していなのではと思うほどにべったり。このような距離感はこの婆の好みではないのですが。 これは、シーズーという犬種の性質から来るものなのか、はたまた、ことちゃんのママの育て方が悪かったのか、とにかく、若い時は、この絵手紙のように、愛くるしく、ぬいぐるみのようでした。そんな、こんなで、皆からちやほやされ、このアンナ嬢はとても手のかかる犬でありました。 しかし、今はもういません。 私たち老夫婦に死に至るとき、生き物はどのように病と闘うべきか。死に至るとき、生き物は独りで病と闘わねばいけないのだと身を持って私たちに示してくれました。お医者さんも、薬も、最期は役立たない。アンナは病魔と健気に果敢に闘って逝きました。独りで懸命に闘って逝きました。 私たち夫婦が手助けする事はもう何も出来ませんでした。 ただ、静かに見守っているだけでした。 私の散歩道は、今深い濃い緑のなかに涼やかなリョウブの花が、咲き競っています。 2010年7月8日梅雨空が晴れわたり、爽やかな日リョウブの白がまぶしい夏の日にアンナ老嬢は主人である私が外出から帰ってくるやいなや静かに、穏やかに、病魔から解放されて、永い眠りへと旅立っていきました。さようなら、アンナ。 Adieu! Vielle Mademoiselle Anna (今私の散歩道は、白い涼やかなリョウブの花が次々に咲いています)この1月から、続けて、2匹の犬を亡くし、老い行くわが身には、かなり堪えています。しかし、若い時に出合った死とは、全く異なる感慨、見方を死というものに感じ、向き合っている自分がそこにいます。 自分に残された命とどう向き合い残された生活とどう向き合っていくべきか、深く考えさせられています。 我が家のこの二匹のペットの死について書いた以下の日記も興味ある方は併せてどうぞご一読を。 2010/01/22 ユメちゃんの静かな最期2010/01/24 さようならユメちゃん2010/06/08 老犬の介護の日々
2010.07.13
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絵手紙で繋ぐこころの糸 昨年(2009年)の5月に絵手紙を始めて1年が経過した。40年あまり筆を握ることなかった状態からほぼ、この1年間書いた絵手紙は200枚ばかりである。絵を描くこと、まったくの素人でも、手軽に始めることでき自由に描けるのがとても心地よかった (私の家がいつも食している野菜。誠実そのもの、作物つくりにもくもく取り組む青年の作ったレッドオニオン。力強い生命力が溢れています。しゃきしゃきで甘味ありぴりっと辛味もきいたレッドオニオン。野菜サラダに入れるとおいしいよ) この1年間描いて送ったのは私の母、叔母、友人(病気がちの高齢者)、親戚の癌と闘っている方、この4人は高齢者。唯一の若者は嫁の小雪さん。計5人には定期便で、他は不定期に礼状やら孫たちに描いている。 10日に1回ぐらいの割合でそれぞれの人たちに絵手紙を送っている。 (このニンジンもその青年の作物。間引きニンジン。やわらかな葉、ゆでておしたしにするとセリに似たニンジンの香りが口いっぱい広がって、ご飯がすすむよ。) これは、ある意味で持続することが大変で苦しいが、絵手紙を送り続けることで常日頃の無沙汰を帳消しにし、老いたるものたちには、予期せぬ励ましになっているらしい。 (このグリーンピースも、甘くてむちむち。グリーンピースご飯にして食べました。今年は少し後れましたが、初夏の恵みです。) 常日頃は、私の方からの一方通行で、どんな状態で読まれているのか分からなかったが間遠になりすぎると、私の健康を気遣ったりの電話がきたり、法事で久々にあった時などに、ひどく感謝されたりと、絵手紙の効果はけっこうあるのだと驚いている。 (6月の声とともに、白い十字のドクダミの花が、咲き始めました。黒々としたみどりの葉っぱが群生するドクダミの道端に涼しげな白が朝の風に揺らぎます。) とりわけ、老いて孤独になりがちな母たちの年代には細々ながら定期的に届くこころの糸としてとてもよかったと思い、そのことが継続するモチベーションとなっている。 (キウイの花。南国原産の花らしく、おおぶりな花蘂が、ぶらさがるように下向けて咲いている。そのさまは壮観。キウイは雌雄異株。これは雄花。花だけではなく、葉っぱや茎も迫力ある色と大きさ。) 絵を本格的に学ぼうという意欲にもなり、今色々準備しているが中々前に進んでいない。絵手紙と同時に始めた陶芸の絵付けのためにさらに、本格的に染付け技法で描く絵を今年は学ぶことを目標にしている。 (人物を時々描くようにしているが、まったくの初歩。ここに載せるほどのものではないが、今のレベルを記録しておくためにアップ。モデルはずんぐりむっくりのちーちゃん) さらに、陶人形を制作する基礎となる人間や動物のデッサンも今年は学ぶことをめざしているが遅々としている。 でも、残された人生、感動したものをこのような形式で自分で表現する楽しみがあったとはわれながら始めて気付いて驚いている 生きるとはこのような偶然の連続なのかも。 この偶然の出会いから生まれようとしているものを更に磨きかけて、晩年の生きる輝きのひとつに出来ればこれ以上の喜びはない。 頑張ろう
2010.06.07
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異常な寒さ続く日本列島 この1週間は雨の日多く、日照時間も少ない上に異常な寒さ。最高気温が9℃前後、北風が冷たい。東京の今日(15日)6.3度。 (寒さに震えながらもドウダンツツジが咲き始めた今日の散歩道) 葉物の野菜類が芽をださず、成長せず野菜は高騰している。 (グミの花も今朝はかなり咲き始めていた。寒くても花々は時期を忘れずやって来る) 4月初めの庭 さくら満開のころのお庭は百花繚乱、色々草花咲き乱れまさにお花畑その賑やかなお花畑の庭の隅っこに草むら茂っているグリーンにまぎれてうつむいてひっそりと咲いているクリスマスローズ もう花期の盛り過ぎ針を鋭くのばしているのは、めしべが成長したものどんどん大きくなって種子となる。花びらはガクが変形したものというクリスマスローズ元のガクにもどるのかな。花びらは淡いみどりに変身してシンプルな花の姿で 芳しい香り満つ春の庭に咲き満つ。 (花蘂の外側の菅のようなものが、本来の花びらであったという。花びらは退化してこんなかたちに) 頭垂れ咲くクリスマスローズ覗き込めば華やかな花蘂その精巧な造り妙なる色 春のにぎやかに華やぐ庭は ムスカリ、ハナニラ、パンジー、タンポポ、スミレ、ホトケノザ草花たちが一斉に花をさかせる。その草むらのような庭の片隅に咲く貝母百合(バイモユリ) (ユリ科バイモ属。中国原産、球根が2枚貝のようになり鱗形から貝母の名あり。薬効は咳止め、止血、解熱など) 貝母(バイモ)は別名アミガサユリともいう。俯きかげんに咲くその花の内側は編み笠模様濃い紫色の幾何学文様葉の先をくるくる巻いて目立たないが可愛げな花 薬用植物として日本にはやって来た雑草に負けずにたくましい花 賑やかな華やぐ庭でその存在は目立たぬながらも静かに自らを主張している 芽キャベツ 庭の片隅の野菜畑には 芽キャベツもぐんぐんのびて花を咲かせた。 タラの芽 堤防の土手はまさに春たけなわ芽吹く草、木の芽タラの木は芽吹きのとき粉をふいたような淡いグリーの若葉濃い赤紫の芽 鮮やかな色いのちあふれてぐんぐん伸びる 初夏の準備を始めている花々ざわめく 私の散歩道 ソメイヨシノはほぼ散り、花蘂と若葉のさくら並木となっている散歩道八重桜が満開となりつつある。濃いピンクの八重の花びらが雨にぬれて重い 椿の大木が見事な枝振りでたわわに咲く。風に枝ごとゆれてゆらゆら揺らぐ椿さくら吹雪くなか椿の紅が一層鮮やか こんな豪華な椿がさくらの花吹雪の背景となって揺れる 花吹雪と椿 ソメイヨシノが散り去ると雑木林は燃える若葉のみどりに輝く白山桜の咲く季へと確実に移ろっている 萌黄色の若葉の林に山桜の白が輝く 私の散歩道は寒さに震えながらも花々や木々は刻々と初夏へと変わろうとしている 明日はさらに日本列島は寒波に見舞われると予報している
2010.04.15
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3月18日に名古屋地方はソメイヨシノの開花宣言をしたがその標準木のサクラより20キロばかり離れているわが地方はまだまだサクラの蕾はかたい (冷たい雨にぬれ咲くシデコブシ。今年も忘れず春を告げにきた) とりわけこの数日は冬に逆戻り冷たい春の雨が降り続き気温も上昇せず最高気温は9度である ツクシ 暖かな陽だまりの空き地に群れて生えていたツクシツクシは袴をとって湯通しするとお湯は鮮やかなグリーンとなる透き通るベージュ色の茎には春の色・若みどりが潜んでいるそしてほろ苦いその苦味はなつかしい母の味 フキノトウ 枯れた大地に真っ先に春を運ぶフキノトウ柔らかな葉っぱが蕾を包み込んで 淡いみどり色の春を運んでくる その蕾がぐんぐん伸びて花を咲かすと葉っぱは薄い薄い紙のように柔らかでひらひらと揺れて開くその繊細さそのみどりの美しさ そしてその苦味は人にとっても大切な食の要素食の味に深みと豊かさを与え人の身体の毒素を一掃してくれる スミレ 舗装された道路の隙間から踏み固められた駐車場の空き地の瓦礫からひよっこりと出てきて可愛らしい小さな花を咲かす まぁ、こんなところにスミレさんはいたの? と思わず声をかけたくなるよ 春が来たと告げにきてくれたよスミレは 馬酔木(アセビ) 裸木の枝々だけがざわめく雑木林に突如、点々と雪が舞い散ったように現れた馬酔木の花 寒さでふるえていた心に春が来たよと灯火をともしに来た クヌギの雑木林の冬のざわめきにかすかな春の風を運んで真っ先に春を告げに来た シデコブシ 数百万年の昔からこの地方に春を告げに忘れずにやってくる 長い時間をいのち繋いで息絶え絶えの今も忘れずにやって来た その華やかさその繊細さ 凛と春を告げに来た 春の花々は、どれも繊細な花びら、複雑な色あいで絵として描くの難しい。なかなか思うように表現できない。 3月26日:降り続いた春の雨がやみ今日は久々の晴天春ののどかさとはいかず冷たい強風が吹き荒れているがこの4日ばかりの雨のなかでも木々は確実に芽吹きの準備をしていたいっきに芽ぶき、サクラは咲き始めた ユキヤナギ、レンギョウ、椿、パンジー、スイセン、一斉に咲き競っていた この地方だけに自生し、絶滅危惧種のシデコブシはこの雨ですっかり花は落ち若葉になっていた シデコブシの花 これは、雨で落花する前のシデコブシこんなにに繊細な花びらをまだ浅い春の冷たい空気に震わせています (咲き満ちたシデコブシ。花びらはやがて散る) シデコブシについて書いた記事:2007/03/20 「寒風に震えて咲くシデコブシ」 があります。シデコブシの由来と歴史と現状について書いています。興味のある方はどうぞ。
2010.03.24
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早春を彩る椿 パピヨンのユメがあっけなく逝ってしまった1月末から十年余毎日続けていた散歩道を変更したことは前にも書いた。 その新しい散歩コースには雑木林まだ残る市民公園がある。その公園や途上の市の公園には椿の植栽が多い。これは「市の花」が「椿」のため、所々が椿の森になっている。 裸木の枝々の絡み合う明るい雑木林に真っ先にやってきて可憐な紅を漆黒のみどりの葉っぱからこぼれるように咲く花ヤブツバキ この椿は、紅ワビスケ椿の花のもっとも素朴なかたちを留めて可憐で清楚清々しい ヤブツバキ 大木のヤブツバキは早春の荒々しい風に枝ごと揺れて葉っぱが花が風となる 玄海を隠す軒端の風椿 阿波野青畝 大風となるや花満つ老椿 秋元草日居 椿が咲き始める頃は雨が多い強風が叩きつける雨とともに一夜にして通り過ぎて行く 咲き満ちてポトリと花ごと落ちる椿の花 朝の散歩道は椿の紅のあざやかな絨毯となる 落ちざまに水こぼしけり花椿 芭蕉花びらの紅と夜来の雨。鮮やかな落椿の一瞬。落花の音さえ聞こえてきそうである 朱に近い赤に白い絞り模様淡い春の雪が舞い降りたよう花蘂の黄とのコントラストが見事。優美で華やか 花蘂が大きな円をえがきその周囲に真っ赤な大きな花びらが重なる直径10~15cmもある豪華な椿の花落椿のさまは壮観、迫力がある 八重になった花びらが獅子頭のごとく真ん中に集合しその花びらの一つ一つに花蘂がくっついている(真ん中の集合部分白いのが花蘂) 夜来の雨にぬれ、蕾からまさに咲かんとしている椿その咲き始めの気品淡いピンクに紅をさしたそのさまは艶である 中央の綾なす繊細な花びらの合間から花蘂の黄が控えめにのぞくそしてその同じ木に紅一色の椿の花も共存しているから驚きである不思議である これ又あでやか柔らかな薄い紙のような花びらが折り重なり、ひらひらとなびくまさにやわらかなレースのギャザーのように咲き満ちてこれより椿汚なけれ 高浜虚子 椿は咲き満つまでは美しいそれぞれに美しい咲き満つと、日々汚れ、老残の身をさらすがごとくそして、落花いかにも寂しく静かである 厳しい冬のあとに一気にそのエネルギーを花に託して咲き満つしずかに老醜をさらして大地へと還っていく椿の花 椿の花の品種の多さは驚くばかりである日本原種の花である万葉の昔から日本人が愛でてきた花であるその歴史の長さがこんなにも多様な椿を作り出してきたのだろう。バラかと見まがうばかりの椿の豪華華麗さである 今回、色々調べてみたが園芸品種は何百種とあり、一つ一つに名前をつけてアップすることは意味がないように思ったので、名前の分かっているのもあるが、ここでは採用しなかった。ヤブツバキ系と園芸品種ぐらいの分類で私には十分であるからである。 しかも、私の絵を描く技量では椿の繊細な花びらは描けない。来年はもっと真に迫ってかけるようになりたいが。
2010.03.24
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ユメ讃歌 この数日は気温が20度前後にまで上がり冬から春へと急転換するという異常気象である 昨日など、激しい雨が終日降り続き強い南東の春一番の嵐となった 今年の冬はこの地方は寒さ厳しくその寒さが12月末ごろよりずっと持続したそのために春の芽吹きは遅い この数日は季節はずれの暖かさに誘われたかやっと椿の花が咲きはじめた私の好きなヤブツバキがやっと咲き始めた 早春の明るい雑木林に濃い厚いみどりの葉っぱの合間から可愛げに咲くヤブツバキその紅の可憐さ厳しい冬の寒気に鍛えられた紅の深さだま冷たき 早春の風にゆらゆらと揺れてるよ (生まれて初めて動物を描いてみた。ユメを描いたつもりであるが、犬は難しい。描けない。) あっけなく、静かに逝ってしまったユメユメちゃんのお棺に蕾かたい椿の枝をいっぱい入れたね。黒々と青い葉っぱのみどりに囲まれて深い眠りのなかにいたユメ 厳しかった冬あの固い蕾はやっと咲いたよ春がきたよ 春を告げる梅の花もやっと冬の眠りから醒めて ユメと歩いた散歩道に甘いかおりがこぼれているよ 冬のシャリンバイ(車輪梅) シャリンバイ(車輪梅)の植栽続く道も小鳥たちがクロガネモチの鈴なりの赤い実やサザンカや椿の蜜を啄ばみにやって来た。シャリンバイのはじけた実からイチゴジャムのようなつややかな紅紫の果肉を啄ばみにやって来た 今年もシャリンバイは夏には梅の花に似た白い花を咲かせ秋には茶褐色の実をいっぱい付けて又、冬がめぐり来るだろう ユメのいなくなったこのシャリンバイの咲く道にも今年も四季はめぐりくるだろう ほらクロッカスが (クロッカスを植えた鉢ということを忘れ、水もやらずバルコニーの片隅に捨て置いた鉢から、ひょっこりと花を咲かせクロッカスを見つけたときの驚きと感動。思わずごめんなさいと謝った。なんという健気で強い命) 枯れ草の大地から忘れずに春を告げにきた 暖かな早春の陽光にその花びらをきらめかせて 春を告げにきた ユメが1月22日に突然に逝ってしまってから、もう一匹のシーズー・アンナも体調悪く、アンナももうダメかと思う日があり、我が家は老犬の死やら介護やらと暗い日々を過ごしていた。老夫婦二人は、犬たちの姿に明日のわが身を見ているのである。わが身の死への旅路の練習をしているようなものである。犬たちが私たちに与えてくれている予行演習である。 しかし、このところの暖かさに誘われて、アンナも元気を少し取り戻し、私も、やっと物を創作する気分になってきた。陶芸教室も先週は後半に製作した作品の素焼きをした。窯だしも終わり、絵付けに入った。これらにやっと向き合う気分が戻ってきた。春が私のところにも忘れずにやって来ている。
2010.02.27
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ユメ賛歌 1月22日、12年あまりを毎日共に散歩したパピヨンのユメが突然に逝った。余りのあっけなさ、あまりにも穏やかな最期12年間、共に通った野の道早春の芽吹きのときも、花爛漫のときも、まぶしい新緑のときも、紅葉や枯木の林のなかでも、すべてがユメと共にあった この紫陽花が、枯れてもなお美しい姿で木枯らしのなかに立っていたとき傍らにユメがいた 冬の百日紅 冬空の青に向かって枝々を伸ばし、濃い褐色の実をいっぱい散りばめて寒風にざわめいていた百日紅の実 この時も私の傍らにユメはいた静かにわたしの傍らにいた ゴボウ太い根っこ、もじゃもじゃの髯根柔らかでゴボウのかおりがプーンとして煮ても、いためても、揚げてもおいしい冬のゴボウ もじゃもじゃの髯根っこはから揚げにするとぱりぱりとおいしいよ いつも野菜を購入している自然農法の青年の農園に野菜を受け取りに行くときも傍らにユメがいた その日もいっしょに キャベツの葉っぱをパクパク食べて 「まぁ、ユメちゃん!お野菜食べるの?」 と言われてた 道端の水仙も肌刺す木枯らしのなかですくっとまっすぐに立って気品に満ちて咲いていたとき その水仙咲き競うときユメは私の傍らにいた穏やかに静かに私の傍らにいた そして、散歩小径に蝋梅の芳しい香り満つときユメは私の傍らにいた もうすぐ春暖かくなったらもっともっとゆっくりと野の花や草と野の虫たちと遊ぶはずだったときユメはわたしの傍らにはもういない 長い厳しい冬から草木が目覚め始めようとしている前にユメは醒めることない眠りについてしまった この喪失感 春は遠い 突然ユメがにあっという間に逝ってしまってから、まもなく1ヶ月になろうとしている。冨士子婆の受けている心のダメージはかなり大きい。ユメと共に10年余通った散歩道はどうしても歩けない。胸が締め付けられ気分が悪くなる。もう大丈夫と思っても、やっぱり、同じ道はだめである。その代わりに朝の散歩道を前とは真反対の方に変更し距離も長くした。朝、1万歩、距離にしたら6~7キロぐらいを歩くことにした。ユメちゃんがくれた健康維持のためのプレゼントと思って、頑張って続けている。以前の散歩道より更に山道深くなった。そのため、寒さも厳しいのか、まだまだ、春遠く木の芽も眠りについている。
2010.02.16
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冬将軍がやって来た 我が地方にも先週の金曜日の夜には初雪となり、数センチの積雪となったそれ以来、猛烈な寒波に見舞われている Merry Christmas シナヒイラギ(チャイニーズホーリー) 長方形の固い革質の葉っぱ濃い緑、厳しい寒さをしのぐマントのよう赤い実いっそう赤く熟して初雪の白さと鮮やかなコントラスト 厳しい寒さにさらされて甘味増す冬野菜たち 畑から掘ってきたばかりのネギ根毛からほこほこした泥がこぼれ落ちネギのプーンとした臭いがあたりに強くただよう ほんのりと甘いネギ 冬にこそおいしいホウレンソウ 寒風にさらされてこそホウレンソウの味は深みをます ホウレンソウの強い灰汁はホウレンソウのえぐみとなって甘味を引き立てる 冬野菜の王さま小松菜 ビタミンAに富み鉄分などのミネラルも豊富カルシュウムの含有量も高い この小松菜葉は虫に食われているけれど葉っぱは甘く、ちょっぴり苦い濃厚な味 ニンジンこの迫力を見よ 生で食べても天ぷらにしても鍋にいれても 甘くておいしいよ ニンジンの皮は白っぽくとても薄いスーパーのニンジンは、機械で洗うので、出荷地で既にはがされている その皮はがされたニンジンを皮と錯覚して、家庭では更に表皮を剥いて調理している。皮と思ってはがしている表面にグルタミン酸やカロチンの栄養豊富ということ知っているか この絵のニンジンは、もちろん薄い白い皮はついたまま。 冬のダイコンもおいしいね おでんに鍋に細くきざんで生でサラダにと活躍する冬のダイコン かぶら ロシヤ民話の「大きなかぶ」のようよいこらしょ、どっこらしょ長い根っこ、地中深く根を張ってかぶに栄養貯えていたんだね サツマイモ でっかいおいもふかしたら、ほくほくおいしいよ。お正月にはきんとんになって活躍する予定 この野菜たちは、無農薬で、しかも、できるだけ自然の営みをいかして野菜を育てる欝蒼農園を営んでいる青年がつくっているもの。我が家の食卓を賑わしている冬野菜たちである。 冬には冬の野菜しか栽培していないので、その野菜の特徴が最大限いかされた味がする。幼い時はこんな野菜ばかり食べていたのだが。こどものころ嫌いだった味も今ではとてもおいしく感じられる。とりわけ野菜の灰汁からでる、えぐみや渋み現代の工場生産の野菜からは消滅しようとしている味が今なおしっかりと保持された野菜たちである。 子ども時、嫌いだったこれらの味。でも、味覚は、苦さ、酸っぱさ、甘さ、しょっぱさのハーモーニーのなかから完成されるのではないか。人は長い時間かけて、おいしいと思う味覚を育てるのではないか。濃い味付け、ソースやマヨネーズやドレッシングなどでごてごてと味付けしなくては食べられないのが現代の野菜たち。野菜自体が、人工的に人間の好む味だけに作りかえられている。ほんのり薄い塩味とオリーブ油をふりかけただけの野菜サラダそれぞれの野菜が個性を主張しながらも溶け合ってハーモーニーを奏でるサラダ スーパーで売られるあの間の抜けた野菜ではとうてい食べれないこれは調理法 野菜の味を無くするのが今の品種生きたものとしてではなく、いかに効率よく生産し、コストダウンできるかこの観点を重要視してつくられたモノまさに商品としての野菜たち 味覚は舌にある味蕾(みらい)によって、感じられるという。現代の子供たちは、苦味を感じる味蕾が未発達、退化しつつあるという。これらの味覚が発達しない食生活。自分の好みの味だけを食べている子供たち。 自然の恵みから遠く離れた食のありよう この食生活が子どものこころや体にどんな影響をあたえるか。 現代人は自分のからだでその事を実験している世界規模で人体実験している。 欝蒼農園だより 2009/9/15「散歩道は秋色」の絵手紙の後半部分にこの農園を営農している青年の文があります。
2009.12.23
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妙なる色のハーモニーを奏でる葉っぱたち雑木林の散歩道でひときわ鮮やか、はっとする紅ヌルデ(白膠木)の葉っぱ (ヌルデ:ウルシ科ウルシ属の小高木。他のウルシ科の植物と区別する葉軸に翼があるのが特徴。山ウルシやハゼのようにかぶれは少ない。果実は塩分を含んでおりしょっぱい。名は「塗る」に由来 ヌルデは開発した山野の造成地などに真っ先にやって来て生える先駆性樹木たくましく雑草のごとく生え、刈り取られてもへこたれず生える夏には白い小花を集めて大型の花を咲かせる。ウルシ科の樹木なので、秋の紅葉はひときわ艶やか。思わず息を呑むその紅色 今、私の散歩道はクヌギやコナラの大樹が大空に向かって燃えている。山肌をオレンジ色から茶そして褐色へと染め上げる。コナラの葉っぱ 幼い時、遊んだ ドングリの木々ナラやクヌギの紅葉は晩秋の山肌を見事に彩る主役たち 濃い緑から明るい黄緑にそして燃えるオレンジ色に最期には濃い茶色にと変幻する (クヌギはもう固く冬芽を付けて、来るべき春の準備をしている) その移ろう色あいの微妙さまさに自然の贈りもの そんなどんぐりの木々の間には山桜の葉っぱの紅が点々と絵具を流したよう 燃える紅葉の木々のなかに濃い緑の葉っぱのまにまに、長い柄ゆらゆらゆらしている赤い実ソヨゴ ソヨゴ(冬青):モチノキ科モチノキ属。果実には3~4cmの長い柄があるのが特徴。名は風に「そよぐ」に由来。尾張東部の山林にはこの樹木多く、私など「ソヨゴ」の花のハチミツを購入して使っている。 他の木々が紅葉し、その葉っぱたちが大地へと還っていくときソヨゴはひときわ緑を濃くして明るくなった林のなかで葉を実をそよがせている 私の散歩道の池の周りを鮮やかな紅紫色にしている ニシキギ(錦木) ニシキギ(錦木):ニシキギ科ニシキギ属 雑木林によく見かける低木。マユミと同じ仲間でコマユミとも呼ばれている枝に翼が現れるのが特徴であるが、野生のものは翼がほとんどない。 ニシキギの実は鮮やかな赤、可愛らしい小粒な果実、朝露にぬれて、ルビーのように輝く実 足元の落ち葉に見とれて拾い集めるトウカエデ葉っぱ トウカエデの並木天に聳えるように伸びる枝黄色、橙色、赤と微妙に変化しながら燃えて伸びる天に伸びる イチョウの葉っぱも燃える イチョウの大木が金色に輝いて晩秋の天空に燃える 老いていく町朽ちかけた塀朽ちかけた壁 からまり伸びる天まで延びる錦織りなすツタの葉っぱ お庭からこぼれているサクラの枝 はらはらと散る葉っぱの跡にもうこんなにもしっかりとした冬芽がある次のいのちをバトンタッチして大地へと還っていく葉っぱたち その確かないのちの営み まさに、今、この時世界は葉っぱのフレディそのもの 今年の紅葉はメリハリがあり、とても美しい。朝の散歩道の日々変化する晩秋の美しさに深く感動している。特に歳を重ねると秋が好きになる。秋は静かにエネルギーを貯えて華やぐように見える。春のあのむせ返る熱気や明るさとは対象的にどこか老いていくものの寂寞がある。でも次にいのちをバトンタッチする確たる強い鼓動も感じる。 葉っぱだけを描いて、秋に挑戦してみようと試みたがなかなか難しい。葉っぱの姿に晩秋の思いをこめて描いてみたが。。。
2009.11.27
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11月に入り日本列島は冬型の気圧配置となり北日本の日本海側には雪がふったり、東京や大阪では木枯らし一号が吹いたりと足早に秋が去ろうとしていたがその寒風のなか私の散歩道には茶の花がほのかな香り漂わせ可憐に咲いていた 茶の花は懐かしい花茶の実を摘んでおままごとの道具にして遊んだ幼い日々蒸された茶葉を庭いっぱいに広げて干していた祖母の姿そんな幼い日の茶にまつわる光景今は失われてしまった懐かしい光景今週は、先週と打って変わり穏やかな晩秋の日ざしが降りそそぐ小春日和の日が続いている 厳しい寒さに葉っぱは更に濃く色づいて柔らかな晩秋の陽光に透けて鮮やかな紅や黄となってはらはらと舞う ホソバノトキワサンザシ (ピラカンサ:バラ科トキワサンザシ属の総称・ヨーロッパ南東部からヒマラヤ、中国西南部に6種分布。日本では赤い実のトキワサンザシと橙黄色のタチバナモドキ(ホソバノトキワサンザシ)がピラカンサと言っている) 晩秋にひときわ鮮やかな赤や橙黄に輝いて鈴なりになって枝に実るピラカンサ 私の散歩道の庭々から枝を垂れてこぼれるように実っている ヘクソカズラ 落葉して明るくなった雑木林の縁に赤褐色に光る宝石のごと柔らかな陽光にきらめいておりヘクソカズラの実は 真冬の林に民家の生垣に枯れた景色のなかでひとり輝く赤銅色の実ヘクソカズラ アメリカセンダングサ パピヨンの長い毛の尾に桎梏(しつこく)のごと散歩の友なり センダンの実は とちょっと気取って歌にしてみたが、アメリカセンダンの実は先にある2本のトゲには逆向きの毛があって、衣服や犬の毛につくと、取るのに一苦労。実のトゲの毛は釣り針の戻しの役目をしているというお供のユメなど、長い毛の足や胴体、尾っぽなど、びっしりとくっついたらそれ大変!ユメ自身が気にして、散歩中断、座り込んで、舐め始め、自力で取ろうとするのである。 この造りの巧妙さ、色の美しさ(絵にはその色合い出ていないが)どこにでも種子を落として、たくましく生きつづけるセンダン草 刈られても刈られても芽を出し、伸びて、花咲かせ、実になるアメリカセンダン草 初冬には見事に紅葉して草もみじとなる やっかいものだが憎めない散歩の友(供)なのである ミズヒキ草 秋のミスヒキソウはことのほか美しい花の紅は深い赤となり葉っぱも深緑から赤み帯びた茶へと微妙に移ろう そして見上げれば鈴なりの柿陽光に映えていっそう赤く燃える柿 柿の葉っぱの紅葉はまるで錦のつづら織り この絢爛の色の氾濫来るべき冬にむけて最期のいのちの輝き 晩秋はいのちあるものに最期の輝きを与え静かに暮れてゆく
2009.11.09
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私の朝の散歩道は秋たけなわ散歩道の庭々からは金木犀の芳しい香り漂い 町中に金木犀の甘くて、ちょっぴり艶やかな香りが満ちる。 小鳥さんが種を運んだのか欝蒼と茂る散歩道のお庭にはアケビがほら こんなにも熟れてはじけて乳白色のねっとりとした実から種がこぼれ落ちそう 澄み渡る真っ青なブルーの空を背に揺れているザクロ 熟れた実の見事な紅はじけるあまーい実 毛虫さんまでベージュ色の秋の色 里山の雑木林に宅地開発された荒地に切られても切られても芽を出して伸びるクサキ(臭木)夏の終わりには無数に分かれた絹糸のようなおしべを長く伸ばし優美な白い花を咲かせる無数に枝分かれしたその先にかたまりとなって咲くほのかな香りさえ放ち咲くクサキ 人目には目立たぬところでひっそりと咲く葉や茎やいたるところから人のきらう嫌な「臭い」を放つので「クサイ」と嫌われて付けられた名が「臭木」 でもそのクサキは (9月の末日、高野山に観光した時、高野山の山のあちこちを紫紅に染めていた大木があった。よく見れば、このクサキなのである。里では、息絶え絶え、いつの間にか消えてしまいそうなほど、粗末に乱雑に扱われているクサキが、高野山の山では、見事な枝振りで紅葉する直前の濃い緑のなかで浮き立っていた。) 秋には紫紅の萼(ガク)の上に緑や群青の実をのせるガクの紅とその実の色のコントラストは素晴らしい宝石のごと朝露にきらめく このクサキが人目につかぬところで切られても切られても強靭に芽を出し伸びる人目につかぬところで可憐にして華麗に実を結んでいる 私がいつも分けてもらっている有機農法の菜園の親芋 ねっとりとコクのある味の親芋この親にしておいしい小芋あり 親芋の人を圧倒するエネルギー 作り手の心意気が伝わってくる親芋あっぱれな親芋 実る秋いのちを次へと繋ぐ秋次の来るべき芽吹きに備えてエネルギーを実に貯える実る秋 (この筆立て、1昨日のブログでは紹介しなかったが、初めての陶芸作品のひとつ。今のところ書道の筆しか使っていないので、もう少し高さがあったほうが使い勝手はよかったかも。) 実りの秋は文化の秋とも言われている。私も、この文化の秋にふさわしくこのところ忙しく文化活動?をしている。絵手紙教室を初めて6ヶ月の私め秋の展覧会をやることになり、私も出すことに。 上にアップした絵手紙を「実る秋」というテーマでまとめて私は出すことにした。何時もよりは丁寧に時間をかけて描いたので少しは、よいものが出来たのでは。とりわけ「アケビ」の絵は、最近の中では最も納得のいくものとなった。気に入ったものが描けた。線の描き方に進歩の跡が見られる。まだ偶然性にたよっているところあるので計算して描けるよう更にトレーニング、トレーニング、といったところである。(お稽古事6ヶ月目のまとめ)
2009.10.16
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私の朝の散歩道はすっかり秋色 イチジクのあのなつかしい匂いが何処からともなく漂う散歩道したたる乳白色のねとりとした果汁が ほのかな甘味が秋の到来を告げる。 4千年の彼方からそのいのち受け継いで今日に実るイチジクよ。 ヌスビトハギ (盗人萩) 朝の道端に、宅地造成で削り取られた崖に池の周りに、川べりに、畑の畦道にやさしく淡いピンクの花びらを秋の風にふるわせている盗人萩 旺盛に繁茂するヌスビトハギ ひっつき豆となって犬に人に絡まりくっ付いてはがすのに一苦労 淡いピンクから淡い水色に変わるその色の変幻の微妙さ可憐な花に似ずおどろおどろしい名のヌスビトハギ タケニグサ (竹似草) 宅地造成で丸裸にされた荒地に真っ先にやって来て芽をだし、ぐんぐん伸びて、荒地を占領する 刈られても、刈られても懲りずに伸びるたくましいタケニグサ繊細な糸のような白い花びらと淡いオレンジの種をつけ朝露に濡れて息を飲む美しさ竹煮草 初秋の風にやさしく揺れる 秋の百日草 昔、農家の庭にはどこにでも見られた百日草乾いた炎天の真夏にも耐えて花を咲かせ続けるヒャクニチソウ 仏壇に供えるための夏の花秋にもまだ咲き続けているよ枯れてなお美しい百日草 ケイトウ(鶏頭) 連れ合いを春に亡くしてめっきり弱ってきた母丹精こめ、いのち懸けて育てている花や野菜でもこの夏の暑さとこの急激な涼しさは老いる身には厳しい 入院となり、主いなくなった畑や庭は毛虫さんに食べつくされた裸ん坊のオクラの枝に放置されたままの巨大なオクラ伸びすぎたでっかいナス。誰も収穫しない野菜畑にひときわ鶏頭の赤だけが燃えているよ これが老いるということか。 欝蒼農園だより(私が購入している野菜を有機農法で育てている青年からのたより) (この農業青年の自宅のお庭のほうずき。何とベージュ色のの毛虫がホオズキの葉っぱを食べていた。そのホオズキの枝をもらって絵手紙にしてみた。) カラス達 2009.8.25 カラスは、街では、ゴミ袋を破り、ちらかす困りモノですが畑ではトマト、トウモロコシ、スイカなどを食べるやっかいモノ。 そのためにこれらの野菜は網で囲ったり、草をのせて隠したりしています。しかし、先週、近所の人が来て言うのは「こんな囲い方ではダメだ!ウチの落花生なんか一羽が網を持ち上げ、他のが出入りして食べられてしまった。、、、春先なんか生えたばかりの枝豆を、子どものカラスがひっこぬいて遊んでいたんだ!」・・・そう言えば今年、ウチのトマトがまだ赤くなっていないのに、つつき落とされてビックリ。隣の人が言うには、子どものカラスが興味半分で、つついていたとのこと。あと、たぶん、野菜の名札をひっこぬくのも。賢く、遊びで畑を荒らすこともある。カラス達。野菜についた芋虫を食べてくれることもあるけれども憎まれることも多いです。 でも、トラクターで耕していると土中の虫、ミミズを食べに3~4羽来るのですが、ふり返ってよく見ると、つぶらな瞳、ヨチヨチ歩き、時々虹色に黒光り」して、かわいく美しく見えます。・・・・おっと、また蛇行運転してしまった。(原文のまま掲載) 正しい作文術の観点からみれば、添削したいところ多々あるが、そんな規則などどうでもよいと思わせるすばらしい文章。働く青年の生活のリズムが文体となり、その心優しい素朴さが溢れ出ている。生きる学力のお手本でもある。学校の勉強嫌いで、点など取れなくとも、彼より高得点で高学歴の社会人より、すぐれて知性的である。 彼はすでに10年以上農業をやり続け、最近はだいぶん軌道に乗って、野菜の評判もいい。しかし、最近彼は、悩んでいる。試行錯誤を繰り返している。いわゆる巷で言う、「有機農法」に行き詰まりを感じている。このやり方ではダメだと思い始めている。彼が模索しているのは、「自然農法」だという。鶏糞や牛糞や人工的な堆肥を使わないで、自然の循環のなかで、生きる力を引き出して栽培する方法だという。多くの有機農法の実践者が、今この「自然農法」の方向を模索し始めたという。一方では、自然から全く隔離して、徹底的に人工管理して大規模工場で野菜を栽培するという農業が今行なわれようとしている。どちらが最終的には勝利するか。楽しみである。 ハナオクラ (このハナオクラもこの青年の自宅の庭にさいていたもの。1日花のハナオクラ、花の終わり初秋の庭で、朝まさに開かんとしていた。その花びらには、みなぎるエネルギーを静かにたたえていた。)
2009.09.15
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8月3日: 梅雨明け東海地方はやっと梅雨明け宣言された。梅雨の期間は6月9日から55日に及び、この期間の降水量は、名古屋市で536mmを記録、平年の1.4倍。記録が残る1951年以降で梅雨明け時期が最も遅い夏となった。 その間の気温30度を越す日が多く湿度高く、毎日どんより天は低く、時々は、集中豪雨夏の花は次々に咲いたが日照時間短いためか、色褪せて、花びらは雨に痛めつけられ散る。 (私が日頃購入している、有機農業をめざして日夜頑張っている青年が育てた枝豆。太い頑丈な幹、小粒ながら良く詰まった実。ほんのりとした甘味が口の中でひろがる。) 悪天候にもめげず、有り余る降雨で、たっぷり水を吸いこんで枝豆が見事に実った 畑から取ったばかりの枝豆すぐに茹で食べると大豆のほんのりとした甘味が口いっぱいにひろがりしっかりとした歯ごたえが大豆のうまみを引き出してまさに畑の肉 雨が続き、水分いっぱい吸いこんで道端の雑草は、伸びる伸びる元気よく伸びる そして目立たぬながらも次々花を咲かせているカヤツリグサ(蚊帳吊草) 小さな穂となって、複雑な並びで花を咲かせるカヤツリグサ今私の散歩道の道端にはぐんぐん伸びてあちこちに勢いよく小穂(しょうすい)を空に突き出している 茎の両端をつまんで裂くと四角形ができるそれを蚊帳(かや)に見立てて草遊びに興じた幼い日 カヤツリグサは子供たちには格好のオモチャであった でも、今は、「蚊帳」も姿を消し「カヤ」という言葉も「死語」となりかけている。 子供たちは知らない「蚊帳」という暮らしの備品を ただ、植物の名前となって、生き残っている「蚊帳」という言葉 7日は暦の上での秋立秋 (エノコログサ:別名ネコジャラシ。花序が犬ころのしっぽに似せてこの名がある。狗尾草は中国名。英語はfoxtail-gass.エノコログサは五穀のひとつとされる粟の原種と考えられている。) 今朝の散歩道は爽やかな風吹きエノコログサは、その、子犬のしっぽのような穂を 透ける柔らかな紫色にして、早朝のひんやりとした空気のなかで穂をざわめかせていた かすかに、もう秋の気配 いよいよ総選挙 夏休みとなり、やっと梅雨が明けて、この数日は爽やかな夏日。じりじりと暑く、せみしぐれが耳をつんざくばかりにやかましいでも、からっとして、やっと夏!夏休みとなり、わが塾の子供たちも昼間から来る子たちの勉強でてんやわんや。先週は、孫のちーちゃんプール熱となり、伝染性のため、保育園お休み。わが夫婦は孫の育児支援に明け暮れ、私たちが倒れる寸前にちーちゃんは快復して、保育園の日常に戻っていきました。 今月末には、総選挙が予定されている。まさに、このままだと、棺桶に足を突っ込むまで、働くことしか能力のないわが夫婦は、働かなければならなくなりそう。これは、ありがたく思うべきか、不幸と嘆くべきか。 麻生首相は「80を過ぎて、遊びを覚えても遅い。60過ぎて、80過ぎて、手習いなど遅い。高齢者の働ける才能をもっと使えば、その人たちは納税者になる。明るい高齢化社会、活力ある高齢化社会が、日本のめざす方向だ」とのたまってござる。 私たちは、首相に言われるまでもなく、働いている。60の手習いなどもう遅いとは、なんとまぁ年寄りをバカにした言葉か。高齢者などと呼んで、年寄りをゴミのようにモノとしか思っていないのだ。わたしゃ、まさに60の手習い、この5月から「絵手紙教室」と「陶芸教室」に通っている。今まで、大学には他の人より長く通ったが、お稽古事などする余裕がなかった。はじめて、習ってみて、楽しいこと、楽しいこと。生活を潤いあるものにしている。健康な年寄りの生活には、お稽古事は不可欠にさえ思えてきている。 健康には人一倍気を使っている。なるべく、他人さまの介護にたよらず、医療費も余分に使わず、死にたいから。 棺桶に片足つっこむ間際になっても、納税者としてカウントされ、しぼりとられる労働を要求する自民党党首。それが、日本のめざす社会だと公言してはばからない政党。経済成長率2%をめざす、それこそが社会保障を充実方策だと主張する自民党、公明党。財源は高度成長と増税にしかないと公言してはばからぬ政党。まさに、その路線が破綻しているのが今ではないか。 大量に消費することで成り立つ社会。それが、国の繁栄だとする党。 その論理が今、破綻し、年寄り、若者、幼子たちが希望を見出せず、惨憺たる状況に追い詰められている。 このような社会のありようにきっぱりと「ノー」を突きつけるとき、民の一人ひとりが、深く考える力を発揮して、子供たちや、孫たちが希望をもって生きることの出来る新しい政治のあり方に1歩でも半歩でもいい前に進めるよう扉をたたこう扉をあけよう このお婆は益々忙しくなりそうである。
2009.08.08
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いまだ、梅雨あけず毎日30度を越える気温とじとじとと湿る空気に老い行く者の体力限界。からっとした真夏の輝きが待ち遠しい そんな わが朝の散歩道は今、盛夏に咲く花が競って咲く 梅雨の合間に時たま見せるギンギラ焼けつく空に大輪の黄をいっそう黄色にして太陽に向かって輝くひまわり でも、夏休みで、主をなくした静かな校庭には長引く梅雨に水を含んで重い頭を力なく垂れて元気がない 校庭のヘンスにからまって見事に涼しげに競い咲きみだれるあさがお そして、その足元をみれば鋭い棘を茎に葉っぱに纏って荒々しい勢いで葉を茂らせている悪茄子(ワルナスビ)その姿に似ず可憐な薄紫の花を咲かせている その地下茎はどんどん伸びるよ伸びるよ役立たずと罵られ害草として刈り取られ、刈り取られても伸びるよたくましい命 校庭のヘンスに生垣に林の縁にいたるところの木々や雑草にまとわりつきからまって伸びるよ屁糞葛(ヘクソカズラ)草刈りをするとあたり一面に葉っぱから悪臭を放つ屁糞葛 でも今、こんなにも可憐な花を盛りと咲かせている 秋になると黄褐色の小さな実をいっぱいつけて輝くはず でも、その前に刈り取られるのに めげずに咲く これらの野の草たち主のいなくなった夏休みの校庭で そのいのちを懸命に健気にせめぎあっている こどもたちはそのいのちのことを知っているか。 夏休みになった校庭には一段と夏の花々が咲き競い子どもたちが栽培しているカボチャやナスやキュウリの花たちも次々に咲き、その実を結んでいる その命のたくましさ、活況、喧騒、観察されるこことも余りなく夏休みの静かな校庭 (校庭の片隅の草むらには、朝露に濡れて、ツユクサが青い花びらを一層深い青にして、みずみずしくやさしく咲いているよ)私の身の回りには今、まさに、自民党を支えきた基盤ともいうべき社会が混迷し、崩壊へとむかって苦しんでいる呻めいているという現実に次々に出会っている この春から私の塾にやって来た学校の最底辺にいる学力の子供たちの実態を知るにつけその子供たちの人間的な育ちそびれのありさまは悲惨、あわれとしか言いようがない 現在の低学力は単に勉強ができない、嫌いなどというようなものではない資本主義社会の行き着いた先にあるものその退廃と無残に私自身これほどとは思っていなかったので衝撃をうけているこの問題をもう少し実践のなかで深め考えたら文章にもしたい 農村社会の崩壊村に育ってきた私としては半生紀経た今農村の家庭がいかに変貌し自壊へとむかっているか色々目の当たりして、村社会を否定し、そこから逃げてきた私としてもこの崩壊の悲惨さはやはり衝撃である 余りにも問題が、深刻かつ大きすぎ書けないのが今の私である(私と仲良しのブログ・八ヶ岳南麓だより:ミーシャさんは、根っから都会人であり、その都会っ子が村社会に交わろうとすると、彼女を苦しめる問題次々に持ち上がり、田舎暮らしの住みにくさをブログに書いていますが、昔からの村社会を知っているものにとっては、あのブログに書かれているような理不尽、住みにくさはまだまだ表面的なもの。あのように振舞わざる得ない田舎ものたちの必然は私には痛いほどわかるのですが。今、その村社会の内部は深刻かつ徹底的なダメージを受けて、立ち上がれないほどの崩壊へと向かっている。外からは見えないだけ。 まさに、自民党の現在の姿はその基盤、それを支持してきた集団の崩壊と合致していると改めて、認識を深めている今日この頃である。 総選挙が近づいている。政権の交代などという生易しいものでなく社会を根底から変革していく政治を今日本は求めている。
2009.07.21
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私の朝の散歩路の開発した丘陵地の空き地に生い茂る雑草をつきやぶり2mほどの背丈となって突如現れたかにみえた巨大なアザミグローブ・アーティチョーク(Globe Artichoke) (学名:Cynara cardunculus:キク科キナラ属、地中海沿岸地方に原産地。背丈1.5~2mに及ぶ。葉っぱ裏面がシルバーで50~82cmと長い。現在では野生植物としてはあまり見られず、野菜としての栽培植物である。アーティチョーク(Artichoke)の語源はアラビア語Ardi-shoki英語ではground thorny 葉っぱも長さ1mに及ぶものもある。その荒々しさはとても日本古来の野山のアザミとは思えない。 こんな場所にどうして自生しているのか?誰かが植えたのか、それともどこかの庭から小鳥や風が種を運んだか。 (その荒々しい大きな苞葉に圧倒されて、絵手紙にしてみた) 苞葉のするどく尖った先端はチクチクささる針のようとても硬い苞葉 原産地はエジプトらしく、西洋では、栽培植物としての歴史が古く、野生状態からの改良が早くから進んで、ギリシャ、ローマの時代には、すでに食用にされていたという。現代でも、アーティチョークは、イタリア、フランスでは欠かせない食材。未熟な蕾の頭部を切り取り、ゆでて肉厚な苞葉を食べる。地中海沿岸地方では、今も広く野菜として栽培されているという。 さらに、連想して遠くスペインのあのサンティアゴ巡礼街道を紫に染めたアザミの群生は、このような巨大なアザミではなかったか。調べてみると、なんとサンティアゴ巡礼街道のアザミはカールドン(Cynara cardunclus) (Mr.Danjoseが1回目の春のカミーノを歩いたときに撮影した、サンテイアゴ巡礼街道のアザミ。ケシの花と入り乱れて荒々しい鋭いとげを空に突き出し咲いている。学名:Cynara cardunculus: キク科キナラ属。アーティチョークと同属で、カールドンからアーテチョークは派生したのではという説もある。アーティチョークに比べ苞葉のトゲは荒々しく鋭い。アーティチョークに比べ、さらに大型で巨大 明るい5月のスペインの巡礼街道の空のもとに、 さらに荒々しい姿で群れて咲くアザミ・カールドンはアーティチョークの近縁種。原産は地中海沿岸地方で、古代にすでにカールドンも栽培植物化していた。もっとも古い記述としては、、紀元前4世紀にまで遡る。ギリシャ、ローマの料理には一般的な食材であったという。現代においても、プロヴァンスやスペイン、イタリアでは栽培され、花は、アーティチョークのようにして、さらに茎も蒸したり茹でたりして野菜として食べられている。 春のサンティアゴ巡礼街道を紫に染めたカールドン、秋のサンテイゴ巡礼街道では、果てしなく続く荒れた平原に枯れて立つアザミの仲間は、今、日本の野山にもその強靭な繁殖力で野生化して、雑草とともに野の草になっている。 このような植物のグローバル化は喜ぶべきか、憂うべきか。 このアザミの記事に関しては、次のものを参考にして書きました。Wild Flowers of the Mediterranean (A&C Black:London)出版 著書: Marjorie Blameyその他 Wikipedia(英語版)のCardoonとArtichokeの項目
2009.07.06
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