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2019年10月27日。第5回金沢マラソン2019。待ちかねた2019-20シーズンのマラソン第1戦!・・・・の、はずだったのですが、出走できませんでした。実は3~4週間ほど前から走った後に左の踵に痛みを感じるようになっていました。しかし、走っている最中に感じるわけではないので、ラン後にエアサロンパスを吹き付けて冷やすだけのケアをしていました。秋になってようやく走れる(気温的に)ようになったのですが、毎回10km程度しか走っていません。しかし、金沢マラソンの2週間前までには20~30kmを走っておかなければなりません。で、走ってみました。そうすると、10km程度は痛みもないのですが、それを過ぎてから何となく踵に違和感を覚えるようになり、次第にそれが痛みに変わりました。無理したらダメなので20km手前でストップ。少し休憩してみましたが、逆に踵の痛みはどんどん酷くなって、結局、そこから4~5km歩いて帰るのが本当にタイヘンでした。痛くて痛くて歩くのすら苦しく、あぁこれはもうダメ(マラソンは出場不可能)だと実感したのです。その後、病院で「足底筋膜炎」の診断。当分の間、ランニングはやめることに。今シーズンは金沢の後は11月に下関海響マラソン、そして横浜マラソン、神戸マラソン、12月に宮崎マラソンと決まっていたのですが、予約していたホテルや新幹線、エアチケット全てをキャンセルしました。もちろん参加料は返ってきませんが(泣)。しかし、金沢は、マラソン仲間のうち申し込んだ4人が全員当選するという珍しい、と言うより、初めてのことだったので、ホテルや列車(サンダーバード)も皆で予約していたので、出走はしなくても、受付だけはして(Tシャツをもらって)金沢観光と仲間の応援をすることにしました。なので、前日の26日の昼には金沢に着いて、岡崎(愛知県)から来たKくんと合流し、一緒に受付をしました。大阪のOくんやDくんには当分走れないことは既に伝えてあったのですが、Kくんにはまだ言ってなかったのです。Kくんは、僕の様子(リュック)を見るなり「あれ?すいぶん荷物が少ないですね」。すぐにバレてしまいました。受付は駅の東口からすぐ地下に下りて右へ行くと、会場である石川県音楽堂の地下1階につながっています。少し行列ができていましたが、割とスムースに進んでゼッケンや収納袋をもらいました。何故かTシャツはここでもらえず、もう一度元へ戻って、地下の広場に設けられたテント会場の奥のほうでもらいました。要するにランナーズメッセ的な会場に来させて、グッズやスポーツ用品、名産品を買ってもらおうという仕掛けになっていました。ここでスタッフの人に声かけて、出走しない旨を伝え、ゼッケン裏に付いていた計測タグを返却しました。そして、いつもの写真(ゴールシーンとタイム)も結局は行列に並んで撮ってもらいました。もちろん出走しない僕は付け足しで、Kくんの目標タイム(4時間15分、僕より1時間速い)で一緒に撮りました。夕方になってOくんが到着(3人はホテルも同じ)し、17時過ぎには夕食会(と言っても居酒屋です)に出かけ、Dくんも少し遅れて店に到着しました。そして、走らない僕はいいけど、美味しい料理(ノドグロ、金沢おでん等)を食べると、ビールに地酒が止まらなくなってしまって、みんな明日大丈夫かなぁ・・と心配しました。更に夜食用に駅でおにぎりを買って、ちょうどこの夜ラグビーWCのTV中継で盛り上げっていたスポーツバーに入って、さらにもう1杯ビールを飲んで解散しました。ホンマ、どんだけ飲むねん! 翌朝、3人は前日に駅から会場までのシャトルバス券(100円)を買っていたので早々に出て行きました。ホテルはランナーでいっぱいなので、朝食会場も混雑するため、僕は遅めの朝食をとりました。そして会場までは歩いていくことに。と言っても2kmほどの距離。会場はランナーはもちろん応援の人も集まっていて道路や歩道も人、人、人。昨日も(今朝も)天気予報は「曇り後晴れ」で、午前中の降水確率が40%となっていました。僕自身何の雨対策もしていなかった(折りたたみ傘も持っていない)のですが、空を見上げるとかなりブ厚い雲が垂れ込めています。昨日よりもかなり気温も下がっていて、KくんとOくんは寒さ対策としてビニールのポンチョを着ていました。スタート地点は観客が幾重にも重なっている(スタート台に人気女優の浜辺美波ちゃんがいるから)ので少しだけ離れたところに早めに移動して場所を確保しました。そして8:40スタート。何故か、DブロックからスタートしたDくんをロスしてしまいましたが、KくんとOくんはすぐに気付いて写真を撮りました。ランナーはその後金沢駅へ行ってUターン、再びスタート会場近くの香林坊交差点(4.5km付近)に戻ってくるので、そこへ移動しましたが、ここはものすごい人でした。人垣の間から覗き見るという感じだったので、結局3人ともロス。次に兼六園の横を通って、小将町中学校前(18km付近)へ移動しました。そこは応援の人も少なく、絶対にお互いに見つけられそうな場所でした。おそらくDくんが10時半くらいだろうと計算していましたが、その場所に到着した後から(10時くらい)雨が降りはじめました。ただし、雨粒が感じられる程度のポツリポツリと降る雨なので、大したことはありませんでした。やがてほぼ予想どおりのタイムでDくん、少し遅れてKくんが通過。バッチリ写真も撮りました。しかし、その後少しずつ雨が多くなってきました。雨をしのげるものは何も歩道にはないので、服が濡れてきて、寒いと感じるようになりました。歩道に街路樹があったので、その枝の下へ移動し、雨をしのぐことに。そして11時頃にOくんが通過。まだ余裕のある笑顔でした。さて、ここからは大変。天気予報は大ハズレで、かなりしっかりした雨となりました。道路や歩道は見る見る濡れて水溜りができるほど。走って大きな交差点まで戻ると大きな交番があり、その軒下に入って雨宿りをすることに。天気予報では午後は晴れるのだから、この雨もじきに止むだろうと楽観していました。しかし・・・いつまでたっても止む気配がなく、その交差点も最終ランナーが過ぎて、交通規制のコーンなどの撤去が始まりました。時計を見ると12時を過ぎています。これ以上ここに留まっていては、ゴール会場に間に合わないと判断。スマホで調べた一番近いコンビニ(近くなかったけど)まで走り、何とかビニール傘を購入。そこから駅まで徒歩で帰りました。さすがにこの頃は足(踵)が痛くなっていて辛かったですが。しかも昼食をとっていないので、駅ビル内のコンビニでパン1個ジュース1つを買って、西口のシャトルバス乗り場へ。しばらくバスを待つ間に、大急ぎでパンとジュースを流し込み、バスに乗車。スマホでDさんのタイムを見ると、ゴール予想時刻が13:05となっていました。ギリギリです。バスは意外に早く12:58にゴールの陸上競技場のある「石川県西部緑地公園」到着。これなら間に合うと早足でゴールの陸上競技場を目指しますが、何とこの公園広い。しかもバス乗り場が一番端っこ。結局ゼイゼイ息を切らしながら陸上競技場の観客席への階段を上ったものの、間に合いませんでした。しかも、Kくんが後半頑張ってDくんを追いあげ、タイム差3分弱でゴールしていたのです。Kくんのゴール姿も見られず(泣)。ただただ、足(踵)が痛くなるばかりでした。彼等の着替えを待つ間、地べたに座り込んで(濡れていないところを探すのもタイヘンだった)休憩。足を休めました。2人の着替えが終って、3人でOくんを待つことに。競技場へ入る直前(42km付近)でしばらくランナーを応援。やがてOくんがやってきました。疲れた様子でしたが何とか笑顔。そして会場内の産業展示館にあった金沢ビールを飲んで帰りました。シャトルバスで駅に戻り、駅ビル3Fの串焼き屋さんで再びビールと串焼き。駅構内でそれぞれお土産を買って、帰りました。Kくんは「しらさぎ」、大阪組は「サンダーバード」。お疲れ様でした。当分走れないのは残念で仕方ないですが、何だか今日は仲間3人と一緒に走ったような気分にはなれました(笑)。
2019.10.30
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◆2019年10月14日 第44番大寶寺 第45番岩屋寺2019年、即ち令和元年の10月14日。ついに八十八カ所結願の日が来た。第1番霊仙寺をお参りしたのが2012年なので、足掛け8年になる。廻る順番もバラバラだったけど、やはり行きにくい久万高原町の2寺が最後に残ってしまった。元々は10月12~13日の1泊旅行を予定していたけど、猛威をふるった台風19号のために、急きょ13~14日に変更した。なので前日13日に松山市のホテルで宿泊し、14日朝ホテルを出発。9時半過ぎには大寶寺に着いたのだった。 大寶寺は久万高原町の中心地にほど近いが、とは言え、やはり山の中腹にある。車で境内まで行けるが、その手前に駐車場があり、この先の道は狭くて通行が難しいのでここへ駐車して徒歩で来てほしい旨の注意書きの看板があり、それに従うことにした。距離は近いが徒歩の道も狭くて通行しにくいという意味では同じだった。非常に歩きづらく、マヨにはたいへんな道だった。もうちょっと道を整備して欲しい。車で上がればよかったと後悔させる道だった。 山門をくぐっても本堂が見えず、さらに石段を上がってようやくたどり着く。かなり古くて歴史あるお寺。境内は狭く、本堂と大師堂がくっつくくらい。周囲も大きな木々が林立していて中世そのままの雰囲気がある。 そして最後の岩屋寺へ。同じ久万高原町だが近そうで遠い。車が全く入ることのできない山岳にある。標高700mにあるとのことだが、もっと高い気がする。取りあえず狭い橋を渡ると、小さな集落があり、この先はマイクロバスやキャンピングガーなど大きな車は家の軒先に当たるので通行禁止、との看板がある。乗用車でもギリギリの狭い道を進むと小さな駐車場があって、そこになんとか入れた。そこから先は、看板によると徒歩で20分(距離は700mほど)とある。しかし、マヨを連れて歩くとなるとその倍以上の時間がかかる(実際、かかった)。 とにかく「普通の坂道」ではない。勾配がきつい。坂道だったり石段だったり。息が切れる道のり。途中の少し平坦なところに極楽橋という朱い橋があるが、そこで半分くらい。永遠に着かないのではないかと思うほどだが、すれ違う人がもう少しですよ、と声をかけてくれる。何とかかんとか登りきった。岩屋寺という名前の意味が一目で分かる。本堂が岩の壁にくっつくように建っている。ほぼ垂直のような巨大な岩肌がむき出しなっていて、上の方に大きな窪みがある。そこには梯子が掛けられていたので上がってみたが、その窪みで座禅でもするのか、僅かなスペースがあるだけだった。高所が苦手な人には無理だろう。 ちょうど本堂ではお坊さんが念仏を唱えていて、よく通るハリのある声で、唄うように唱えていた。僕らも経本を持っていて般若心経だけは唱えている。1カ寺で本堂と大師堂の2回読むのでもう何十回も唱えているが、ちっともうまく唱えられず、詰まり詰まりになってしまう。そもそもフリガナなしには読むこともできない(笑)のだから。最後もうまく読めなかった。 とは言え、これで88カ所全てを回った。結願ということになった。終わってみて何かを得たり感じたかと自問しても、これと言って確かなものもない。ただ、終わってしまったと思うと淋しさは感じる。もちろん何度回っても良いのだけど、今度回るのなら、一遍に88カ所を回ってみたい気がする。歩いて、と言いたいところだけど、車で回ってみてその距離が分かると言うか、とんでもない距離だと感じた。 同行二人とはお大師様と一緒という意味だが、お大師様には残念ながら巡り合うことがなかった。しかし、他のお遍路さんとはどのお寺でも巡りあった。一期一会ではあるけど、そうした人との巡り合いや、地元の人のお接待の中に、何かしら感じるものがあったような気がする。また、いつか。
2019.10.15
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