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災害の少ない当地には珍しく8時に大雨警報が、続いて洪水警報が出され、消防車が走って騒然とした雨の日になった。普段小さな流れである林田(はやしだ)川が警戒水位になったと言うことで昼のTVニュースで放送された。上流の降雨量が大きかったらしい。幸い実害には至らなかった。風向きはくるくると変わるし、麦畑と田植え前のようになった水田が同居するというなんとも珍妙な景色だ。しかしこんな雨でも水田がきっちり受け止めてくれると言う見本でもあった。先日小屋を潰して出来た空き地にも、見事に雨水が溜まっている。隣の水捌けのよくない畑といい勝負かも。昼過ぎまで派手に降っていた雨も16時ごろにはあがった。前線に台風が絡むと、とんでもないところで雨が降ったりする。台風には要注意。
2024年05月28日
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兵庫県というのは危機管理というのに敏感なのか、自転車用ヘルメットに購入補助を出したと思えば、詐欺電話にも引っかからないようにメッセージを録音する旨を自動的に流す機能を持った電話にも補助をするという。尤もこの事業は2年ばかり前からやっているらしい。私が知らなかっただけだ。私自身は、自転車のヘルメットはもう10年以上前からつけている変わり者!だが、兵庫県は着用率が非常に低いらしい。「中学生がヘルメットをかぶれと強制されるのに、大人や高校生が被らないのはなぜ?」「頭が硬くなるからだよ」などという戯言があったが、知事はこういうことを気にするようだ。詐欺電話についても、兵庫県の被害は多い方に属するらしいので、65歳以上の高齢者がいる住宅を対象にこういうことをしてくれるらしい。ちょうど子機はなんともないのに親機で通話ができなくなっていたので、買い換えることにした。実際にはスマホを使う事が多く、かける時にはどの手段が一番安いかを考えて使い分けている。もちろん050通話も使う。相手次第だ。eoの光電話なので相手もそれだと無料になる。そして消費応援の「ハバたんプラス」という制度がある。2万円支払えば5千円のプレミアムがつく。これをスマホベースでやっている。この制度も併用したので、そこそこ節約できたと思うが、こういうばら撒きみたいなやり方で大丈夫なんだろうか?と、恩恵を受けながらも心配する。
2024年05月01日
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自治会の総会というのはこのシーズンの年中行事と言うべきか。終了後に10歳年上の人から「お寺に、わしになんかあったらあんたに連絡するように言っといたからな」突然に言われた。その人は現在の、村の門徒総代で、お寺の世話を何かにとしてくれている。「まだ年の順が・・」と言いかけて、そう言えば70代で自分が一番上か、と気がついた。私よりも年上の人が去年亡くなったのだった。若い方は私の下が3歳下、そして次はその亡くなった人の息子しかいない。あとは女性ばかりだ。別に女性でも構わないと思うが、ジェンダーフリーはお寺の話では俎上にも乗らない。考えてみると父も総代を何年かやって、その現役中に亡くなった。私が同じ歳で死んだら、あと6年だ。まあ仕事の現役ではなくなったし、そう言う役どころが回ってきても仕方がない。そう言う歳まわりだ。まあ健康に過ごせていることに感謝して、引き受けなきゃ仕方ない。「誰かがやらなきゃならない」わけで。村の門徒は7軒。寺割(負担金・会費)集めが仕事になる。
2024年04月02日
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やや遅い話題だが、能登地震の報道を見るとどうしても思い出す光景がある。29年前は今ほどSNSのような手段もなく、TV報道だけが手段だった。頭に三角巾で応急処置を受けた老婆が民放貴社の取材に応じ、淡々と状況を話している。話を聞いてインタビュワーは泣き出してしまい、取材にならなかった。その間も訥々と話す老婆。能登との違いは都市と田舎の違いが大きいと思う。神戸の時は大阪も姫路もほぼ被害がなく、海路の応援もすぐに対応された。陸路はその時の勤務先からも10トンのローリーに水を積み込んで発車させたが、通常2時間もあれば着けるところが8時間もかかった。大地震では陸路は混乱の元だった。携帯電話も普及する前で、公衆電話を見つけては「まだ明石です。動きませんわ」と連絡してくる有様だった。あの時も1月。知り合いに餅を送って喜ばれた。電気が通じたばかりに起きた火災もあると聞いた。コミュニケーションが取れていれば免れた災害もあったかもしれない。それまで、「関西は地震とは無縁」という根拠のない常識?が罷り通っていたが、見事に覆されて「いつどこにくるかわからない」災害になった。プレートが押し合う位置にある日本には地震は避けられない。地殻変動で港も使えないほどの隆起があったとも聞く。災害は忘れた頃にやってくる。
2024年01月19日
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今年のまとめを思い出そう。結婚して45年。あと5年元気でいれば金婚式になる。3月にFUS手術。たら〜りと流れた頭骨への麻酔の注射のために、初めて髪を剃り上げた。ツンツルテンの丸坊主。脳の一部を超音波で焼く手術は、ちょっと考えると気味が悪いが、MIRで作り上げた3Dの脳のモデルをマッピングし、5mmの精度で位置を特定して焼く。しかも、指圧でツボを探るように効果の試験を繰り返しながら進めていく。手術の結果はてきめんで、ぶるぶると震えていた左手が嘘のように止まった。今や右手の震えの方が目立つくらいだ。予後の経過観察も問題なく、寛解ということになった。コロナが五類指定になるのを待っていたかのようなタイミングの合唱コンサートを7月にやった。市内のアマチュア合唱団で、自主公演をやるのは子供と我が混声合唱団だけになってしまったが、その子供たちと「ゆずり葉の木の下で」を歌い、大人が少ないので他の混声合唱団にも協力を願ったが、成功裏に実施しることができた。同じ7月、長女に二番目の女児が生まれ、4人目の孫になってくれた。2300gと小さな子だったが、5ヶ月経って標準に追いついてきた。よく笑い、ゴロゴロと転がる5ヶ月児に育っている。もうすぐハイハイができるようになるだろう。シルバーの仕事も5年になり、記念品に拡大鏡をもらう。大きなお世話だ、とも思うが。去年買った中古カメラを落下させ、5万円の修理費を払うことになった。回復したので文句はないが、一番初めに買ったキットレンズが故障して使えなくなってしまった。レンズの電気回路の異常と思われる。10年にもなるから仕方ないかとは思うが、ちょっと残念。望遠レンズででも結構月の写真が撮れることを知り、今もハマっている。修理の大きな出費があったのに、もっといいレンズはないかと物色する馬鹿者。そうこうするうち除夜の鐘が始まった。今年も新年になってから年賀状を書く。
2023年12月31日
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NHK「チコちゃん」によれば、1年を早く感じるようになるのは「ときめかなくなるから!」だそうだが、確かに小さい頃は「もういくつ寝るとお正月」だった。何に期待を膨らませていたのかはわからないが、やはりお年玉だったかもしれない。「1年が早い」と感じはじめたのは20歳が一つの区切りだったような気がする。この頃にはときめかなくなっていたのだろう。「20歳過ぎると早いよ」と、下級生にも言っていたような記憶もある。卒業、就職、結婚・・とときめくこともあった筈だが、子供が生まれてからというもの、光陰矢の如し。孫は知らん間に育っている気がする。リタイヤしてからは「もう正月?」というところ。昔は正月3が日はどこもかしこも休みで、孤独な都会生活者は生命の危険さえ感じたというが、最近はスーパーも営業し、大型店もそれに追随していて、「お年玉週間」みたいになっている。孫にとって祖父祖母は格好のお財布と化して「ときめいている」に違いない。そんな日常性にあるせいか、だんだん「お正月だから」◯◯をする、が至って希薄になり、掃除さえもしようとしない。餅つきを家庭でやることだけが伝統として残っている。米をセイロで蒸し、石臼と杵でつきあげるのは村でもうちだけだ。餅つきが歳がわりのマーク。これが減るから多分1年が早いんだ。
2023年12月22日
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朝晩は寒いほどになってきた。風呂上がりでパジャマの上に一枚羽織って、22℃設定の自室に入ってみたらずいぶん暖かく感じる。エアコンを18℃に下げてみても体感的にはあまり変わらない。部屋の温度計も18℃を示している。石油も電気も高い昨今だが、既に古民家の名に相応しい家に住んでいるものとしては、世間で18℃は寒いというが、意外とそうでもないのではないかという気になった。体感というのはかなりいい加減なもので、50年以上前から同じ家に暮らしているのだけれども、昔の暖房といったら火鉢、こたつくらいなもので、今みたいに家全体を暖めるような発想はなかった。受験勉強も毛布で作った袋に豆炭あんかを入れ、そこに足から腰まで突っ込んだものだが、それでも結構贅沢だと思っていた。学生寮に入ったときには古い寮だったので電力制限が厳しく、電熱はポットだけが許可されていた。風呂屋に通うのも厳寒仕様、毛糸の靴下を履いて布団に入っていた。下宿に出てホームごたつを使えるようになった時は嬉しかったのを思い出す。今、娘がやってくると「寒い家やなあ」とまず言う。今の住宅は断熱も良く、隙間もないから尤もなのだが、徒然草の「家のつくりやうは夏をむねとすべし」の段では「冬はいかなるところにもすまる」ことになっている。実際には家はまず1軒しか持てないだろうから、残された手段は「体温を奪われない」ことだ。電気による気温調整は当たり前のことになった現代は、エネルギー大量消費の時代になるが、その結果の異常気候かもしれない。暑かったこの夏も、外仕事から帰れば涼しかった。二階は多分そうもいかないだろうが、エアコンをつけないとやってられないと言うことはなかった。よほど暑くて寝られなかったのは数日。そこだけは寝室のエアコンのお世話になったが、一度やるとなかなか止められなくなる。体の適応能力が衰えていく年代、いつまでも気温変化に対応できないだろうが、政府の提唱も納得できる温度だった。しかし議事堂の設定温度は実際のところいくらなんだろう。かつて省エネルックとかがあったが、今はネクタイはなくても背広がほとんどのように見える。世間の暑い東京、議事堂は28℃ではないだろうな。
2023年11月20日
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生活援助の兵庫県版ではばタンpayと言うのがある。2万円で2万5千円分の買い物ができると言う事である。スマホにアプリをダウンロードして、登録店のQRコードを読み取り、使う金額を入力すると支払いができると言うものだ。それを私のスマホを使ったので、原則本人でないと使えないと言うことから、女房の買い物に付き合わねばならない。20年ぶりくらいで自転車を買うことになった。足が地につかないと怖いと言うので、24インチの自転車にしたが、円安のためか下見に来た時よりも値上がりしていた。車も運転するので、本当に乗るのかは?だが。私自身はスポーツ車に乗っているのでこれは部品を替えながら40年近く乗っている。21段の変速で大概のところには行けるが、女房のは近隣の買い物用。大きなカゴがいいと言うことで、ほぼ25000円を使い切った。驚いたのは、手で押して歩いてもランプがつくこと。LEDなので電圧さえ確保できれば点灯するのだろう。上天気の秋空の下、2人が自転車を並べて出かけることがあるだろうか。
2023年10月26日
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結婚も独立もしていなかった姉が膵癌で亡くなってから2年が経ち、兄弟がいる間は法事もしておくか、と若干消極的であるが、妹と弟嫁を招いて勤めた。2年の間に妹の舅・姑が相次いで亡くなり、そちらの方の整理もしなくてはならなく、家や墓の処分をどうするか、思案中らしい。まあ主役はご亭主なので妹はその意向に沿って実行するだけだが。70代になるとだいぶ先も見えてくる(気になる)。いつまで生きるか分かっていれば、優先順をつけて期限までにこなしていけば良いのだが、幸か不幸かそういうわけにはいかない。母のように95までも生きたら、まだ20年ばかりあって、健康に過ごせれば身の回りの整理やらできるだろうが。そして姉の死後、その家財の片づけがなかなか進まない。妹の判断待ちみたいな物が増え、(本来関係ないはずではあるが)生活に不便を託っている訳でもないので夏は暑いのを、冬は寒いのを口実に先延ばしになっている。我が家の墓は長男が引き継ぐつもりでいるが、まあ順に死ねばの話だ。娘は嫁いだが、先のご両親は実家の墓を処分したという。子供が二人になって、娘夫婦も何かと物入りになるのは目に見えている。墓も中々の出費だ。我が家の墓は直系しか入っていないが、この際縁者の希望者は一緒に入れてしまえばどうかと考えた。墓に想いのある人もあるだろうが、焼いた人骨をどこにでも放置するわけにはいかないから、いわば最終処分場が墓と言える。公認の骨のゴミ箱と言えるかも知れない。祖父の骨から入っているが、息子はそんな人を知らない。私が死んだら祖父を知るのは妹だけだ。死んでしまえば脳の活動が止まり、そこで人間は終わる。(こう父に言ってえらく機嫌を損ねたことがあり、以後あまり表に出していないが)妹夫婦には子供がおらず、夫婦同い年なので平均的には妹が残る確率が高い。そうなると葬儀はどうする?うちの息子にでも頼んどこうかな、と冗談めかして妹は言ったが、実際墓を作ったって守りをする人が居なければ草林になるだけだ。ならば縁者一同放り込んでもいいんじゃないか?墓参りをしながらこんな話を真面目にしなければならない年になった。私も海の散骨でいいかなと思っていた時もあるが、それもそれで骨と判断できないほどに粉砕する作業が必要になるそうだ。川原に土饅頭を作れた時代のほうが楽だったかも知れない。まさに水が流してくれる。
2023年10月10日
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暑い暑い日が続く。熱中症にならないよう水分補給やエアコンの利用に走っているが、待てよ、と考えて見た。エアコンは室内の熱を室外に排出するヒートポンプだが、都会ではこれにエネルギーを費やしてエネルギーを使って気温を上げている。太陽光パネルは確かにそのエネルギーのいくばくかを補完してくれるが、熱エネルギー、光のエネルギーを電気に換えるには変換効率の損が出る。ならば水に熱エネルギーを移して、そのまま熱で使う方が効率良くはないか?わが家は地下水を汲上げて太陽熱にさらし、冬でも約10℃の温度上昇を稼いでいる。地下水の温度は20℃くらいなので、もう10℃上げれば風呂の適温になる。どこもかしこも高温なら、それを利用すれば電気による熱移動を使わなくても済むのではないか。兵庫県の新温泉町では各戸に温泉の湯が配給されている。わき出る熱水がもったいないし、各戸で風呂炊きの必要がない。緑の中では照りつけるエネルギーは葉が遮り、光合成に使い、蒸散により気化熱で温度も下げる方向に働くから結果として涼しい。たぶん発電は水力が一番環境負荷が少ないのではないか。治水の手段としてダムがあり、二次的な効果としての発電をやって、昔は「水主火従」と発電の事を言ったものである。水力が主で、火力が従。ところがダムの建設には金も時間もかかる。送電コストも大きい。次第に都市に火力発電所を造る事になり、これが大気汚染をもたらす結果になった。これにはいわゆる「エネルギー転換」の政策もあり、メジャーの戦略に組み込まれて行った事が大きいと思うが、エネルギー自給率を大きく下げ、今日の輸入依存になった。産油国の「言い値」にならざるをえない。日本の川は短く、急流が多いが、大規模発電でなく、言わば流域で使うだけの小規模分散発電に発想を変えればどうだろう。水は川を毎日流れているものだ。水位の変化に追従する仕組みなど、放射性物質の処理に比べればそう難しいものではないと思う。持続可能な世界のためには、まず緑の確保をする事ではないだろうか。大規模な二酸化炭素吸収は植物の光合成以外にはないだろう。
2023年08月24日
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義姉(妻の実姉)から電話が入った。母の里の跡取りの長子が亡くなったという。従兄弟の子と言うことになるが、次男が義姉の息子(私の甥になる)の幼なじみで仲が良く、たまたま町で出会ってその話を聞いたらしい。事実だとすれば(フェイクな訳はないけれど)まだ50前でずいぶん早い死だ。「事故にでも遭ったんですかね?」「いや、何か自殺らしいことを言ってたよ」これは穏やかではない。もう葬儀も済ませて、甥はお参りにだけ行ってきたという。当家からの連絡もない。母は長生きだったので母の里との交流も長く続いたが、従兄弟はもう10年も前に亡くなっているし、その奥さんからの連絡もない。従兄弟の法事も3年を最後に声がかかっていないので、こちらから連絡をとるにも二の足を踏む。結局聞かなかったことにして、何らかの連絡(正月の欠礼状とか)があるまで静観することにした。従兄弟の子になるともはや遠縁というべき時期だろう。縁も薄くなってゆくのを感じる歳になった。健康で過ごせていることに感謝しないといけないな。父が亡くなった歳まであと6年か。同じ年ごろで、同じ癌にもかかったが、私の方が早期発見・治療で少しアドバンテージがありそうだ。
2023年06月25日
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統一教会の「地獄に落ちる」と言う勧誘は信者2世の虐待に値すると言う見解になったそうだ。妥当だと思うが、私は極楽も地獄も信じていない。脳が死んでしまったら感覚も感情も停止して、戸籍もなくなって本人が生まれる前の状態になるだけのことだから。一種のリセットかも知れない。「地獄って何だろう」ネット検索の限りだが、釈迦が仏教を始めた時から地獄は定義されていたようだ。生きている間に善行をすれば極楽に、悪行をすれば地獄で火に焼かれる。商売の基本は「相手に危機感を持たせること」と言った御仁がいるそうだが、宗教も同じなのかも知れない。仏教だけでなく、キリスト教にもイスラム教にもそれぞれ地獄があるようだ。キリスト教は基本土葬だから火にあぶられるなんて、とんでもないことなのかも知れない。日本は火葬が多いが、土葬のところもある。現地で「遺体が腐敗して、虫に食べられたりして、かわいそうじゃない?」と尋ねたら、「それが土に帰るということなのだ」まあ、それはそうかも。土葬のあと、お棺が腐って地面がへこんだら、掘り返して埋葬し直すと言うからこれも大変な作業だ。死後、閻魔大王のもとで極楽へ行くか、地獄に行くかの判定がなされる。〔地獄の沙汰も金次第ということもあるが)地獄もステージがいくつかあって、最下層が無間地獄だそうだ。落ちるだけで二千年かかると言うから行くだけでも大変だ。尤も、地獄と現世の時間軸が同じかどうかはわからない。浄土真宗では「信じていれば」現世の死とともに極楽浄土に生まれ変わると説かれている。その昔に「信じないと地獄に行く」と言ったかどうかはわからないが、死を恐れない一向一揆はそういう教えを受けた人の反乱だったのだろう。島原の乱も同じかもしれない。地獄は頭の中でしか存在しないもの。あると思えばあるし、無いと思えばこんなおちゃらけた文章が書ける。死ななきゃわからないことに生きているうちから悩んでも詮無いことと思う。それを「あるもの」と押し付けるのは脅迫か強要と判じて欲しい。
2022年12月28日
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従姉妹が急に電話をかけてきた。叔母が一人で生活することが困難になってきて、京都の婚家に引き取ることになったと言う。叔父の死後、もう10年になると思うが、一人で生活してきたけれども、夏に骨折して入院し、少し認知の症状が出てきたが、次に引き受けてくれる施設が地元にないと言う。その上、持病の膠原病もあるので、継続しての治療が難しく、京都〔はるかに都会だよ〕で探して準備が出来たので引っ越すことにしたと言う。叔父の家は出来たのが30年前くらいになるだろうか。警察官で、若いときには駐在所をあちこちと異動し、生まれた地元に帰ってきて、退職後は歴史の勉強で町ではちょっとした顔だったらしい。父の兄妹では一番近所に住んでいたことになる。叔母も川を挟んだ町の生まれで、できれば今のまま住みたかったそうだ。まあこんな具合で田舎の高齢者が都会に移動する。家財道具はそのまま、家は彼女が時々手入れに来るらしい。叔母はお茶やお花の先生だったからその手の道具もたくさんあるのだろう。「家、どうしようかなと思ってる」住み手がいなくなると急速に家は傷むと言う。もったいない話だ。かといって私も今の他に家はいらない。不動産屋にでも託することになるのだろうか。わが家にもいつかは来る問題だ。二十数年後、息子は帰ってくるだろうか。それも私か女房が生きていての話だが。
2022年11月24日
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気温が下がる下がると言いながら昼までは温かく、その後北風が冷たくなってきた。日照時間は3時間ほど。これがどのくらい役に立つかを温水器で知った。平均的な地下水温は18℃くらいらしい。それが温水器を通ると約30℃になっていた。日の当たり方にもよるのだろうが、200Lの水を10℃も上げてくれる日照の力に感心する。太陽エネルギーはすごいなと。近ごろは発電の方に流れているが、エネルギーの変換効率から言えば温水器の方が上なのではないかと思う。温水器は熱としてしか使えないが電気はどんな形にでもなれる有用性はある。エネルギーの価格が上がり、輸入に頼る弱さを露呈しているが、この際エネルギーの内製をもっと考えるべきではないか。カーボンニュートラルは掛け声ばかり。総論賛成、各論反対で一向に進まない。CO2を減らすには植物を育てるしかないことをもっと自覚すべきだ。発電は風力と太陽光。しかし建設時には大量のCO2がでる。原子力はランニング中は出ないことにしているが、建設時と廃炉地と処理時にはとてつもない量が出るはずだ。建設時と廃棄時のCO2排出を無視しても、カーボンフリーは風力、地熱、太陽光、水力しかあるまい。日本と言う国のエネルギーはこれしかないと自覚したほうが良い。小規模なら地域で出来そうなものばかり。原子力の延命は危険なことばかり。放射線を浴びた建材はもろくなり、高レベルの廃棄は方法も確定していない中、新設は論外だろう。ところが政府の持ち出してくるのは原子力ばかり。少子高齢化の次は少消費の経済だ。守るべきは業界か?
2022年11月14日
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我が身を直せ、と言うことわざがあるが、先日大腿骨骨折で入院した友人を見て「自分も気をつけなければな」と思っていたが、見事にやらかした。畑に耕耘機を入れるために、アルミのブリッジを使っているが、それを乗り越えようとしてつま先をひっかけ、転倒してしまった。要は思っていたほどに足が上がっていなかったと言うことだ。とっさに身をひねって横向きに転んだが、子供みたいなもので膝の下をすりむいた。軟らかい土が幸いしたが、高菜を一株潰してしまった。高菜は次々に葉を出すからそれを摘み取って漬物にするが、あまりみっとも良いものではない。成長期にはどんどん骨が伸びるので重心維持がおかしくなって中学から高校の頃にもよく転んだが、この年になって転ぶのは笑い事ではない。ケガすれば直りにくいし、下手をすれば骨折に至る。歩くのも平地ならばほとんど反射で歩いているそうだ。いちいち足下を確認なんかしないから穴があれば落ちるとか転ぶとか言うことになる。山歩きなら一応確実な足場を見ながら歩くからかえって転ぶことは少ない。転ばぬ先の杖、とも言うが、この頃は高所の剪定はヘルメットをかぶるようにしている。最悪転落しても頭を守ると言うことだが、実際には小枝で音を出すことが多い。生身なら「いてて」と言うヤツだ。安全帯ももちろんのこと。大げさに見えるが、安全意識をを引き締めることにもなると思っている。
2022年11月13日
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新聞で高校の同級生が勲章をもらうことを知った。彼は東京大学から当時の建設省に入る優等生だった。勲章など誰でももらえるものではないが、官僚の仕事の成果って、どんな尺度ではかるのだろう。10年ばかり前に警察官をやっていた叔父が勲章をもらった。記念品にとテレホンカードをくれたが、使うこともなくそのままおいてある。地元の叙勲者はだいたい消防関係だ。我々サラリーマンにはない苦労があるのだろうけど、それで給料をもらい、生活していくことに変わりはない。保護司とか、民生委員とかは自分の仕事を持った上での公務だから、いわば二重に働く苦労があるだろうが、生業として働き、叙勲と言うのはどうなんだろう。公務だからよほどしんどい仕事なのだろうか。私の父は元憲兵で、姫路駅に詰めていたらしい。当時の上司からもらった「賞詞」を見せて、「これは誰でももらえるものじゃない」と自慢していたが、「よく〔仕事を〕がんばりました」といくらも変わるものではあるまい。私はなかなかそういうものには縁がなく、合唱活動で県主催の音楽祭の世話をしてきて「こうのとり賞」を戴いたのが唯一のそういうものだ。ガラスに銀のメダルが入ったモニュメントを副賞としていただいたので非常に重い。これは仕事以外のことなので父の賞状よりは価値が高いとひそかに思っている。
2022年11月04日
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円周率を1兆桁以上計算して当時の世界記録を作った東京大学大型計算機センター教授〔後に名誉教授〕だった金田康正さんは私の2学年上の先輩だ。ふと思い出して今どうしているかと調べてみたらすでに故人になっておられた。アマチュア無線に興味を持ち、放送部に入ったとき、ほとんどの先輩が免許持ちだった。無線従事者免許には年齢の制限がなく、小学生が国家試験に合格することもあった。当時、電話級・電信級といった初級免許保持者が多かった中、金田さんは2級をもっておられ、「おまえ、この配置、配線は何だ!」機器の製作にも厳しかった。彼の作品は確かに美しさを持っていた。「どうしてこの位置、この配線、この部品になるのかよく考えろ!」いわゆる「怖い先輩」だった。金田さんの手記を拝見すると、大学進学の時に父君が無くなられ、自宅外通学は絶望的になったので伯父君の住んでおられる仙台の東北大学に進み、その後東大大学院に進まれたそうだ。円周率の仕事で有名になったが、大きな桁になるとプログラムのアルゴリズム〔計算手法〕の見直しが常に必要になる。ここで苦労をされ、高速化することに成功した。スパコンの出来る前だから画期的なことだった。その後民主党政権時代の「仕分け」にも呼び出され、「2番じゃいけないんですか?」の会議に臨まれたそうだ。ここで賛成の意思表示をしたという。いかにも彼らしい理論だが、「一番のマシンで一番をとってもそれは当然のことだ。一番でないマシンで一番の結果を出すのが人間の成長というものだ」確かに一理あるが、これがきっかけで彼はこのたぐいの仕事を命じられなくなったという。「これは私にとって幸運だった。好きなことをして、遊ばせてもらえる。賃金は時間を売って得るものだと思っているが、それなくして賃金がいただける」と喝破している。残念ながら急性心虚血で2年前に亡くなったそうだ。ご冥福を祈る。「おまえに祈ってもらう筋合いはない」と言われるかもしれないが。
2022年10月15日
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新卒での就職以来使っている銀行に家族信託業務をやっているか聞いてみたらやっていないと言う。信託銀行でしか取り扱っていないそうだ。信託銀行にツテはないのでネットで調べるくらいしかできない。だいたい信託銀行なんてこんな田舎街にはない。近い大都市?である姫路でさえ2行しか無い。「家族信託」と言う言葉がヒットしたのは 三菱UFJ信託銀行。こっちのほうが話が通じそうだ。(と言う印象を持たせるのがHPでは大事なんだろうと思う)ここの約款を中心に検討することにした。今日は金曜日。来週からのアクセスになる。どう言う条件が要求されるのか、ちょっと楽しみだ。苦しみのは味まりなるかもしれないが。
2022年08月19日
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70歳が節目とは思わないけれども、姉の年で死んだらあと4年。父と同じならあと8年。自分の寿命が分かっていれば人生の計画も立てやすいだろうが、事故もあれば治療もある。障害を持つ子供のために比較的早くから任意後見の勉強もしたが、後見人をプロに頼めば費用が発生する。終点はもちろん見えない。子供に頼んでも障害者本人より先に死ぬこともあり得る。もちろん自分が知的障害(認知症というべきだな)になるかもしれない。法定後見となると確実に有料だ。動産・不動産を問わず後見人の承認がなければ預金の管理も不動産処分も何もできなくなる。遺族にそんな思いをさせなくて済む方法はないかと考えていたら「家族信託」という新聞の切り抜きを女房が見せてくれた。自分が判断能力があるうちに処分権を子供に渡してしまう契約だ。これならば自分が認知症になった時に施設に入れるとかの資金調達に不動産の処分ができるし、障害者の資産管理やその報酬も捻出できる。委託者の順位も決められる。が、ここで詰まった。女房、長男、長女の順をどうする?女房は最も身近にいるが、ボケたり死んだりする確率は私と似たようなもの。長男は大阪に家族と住んでいる。長女は結婚して隣町に住む。盆に帰省したらその時に会議を持つか。結局は自分が責任を持たなきゃいけないんだ。この分野、まだ所謂法律のプロも危なっかしいとも聞く。
2022年08月03日
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大雨をもたらしたのは直撃を受けたところよりは外れた高知市の西側とか和歌山の方だった。更にはもっと離れた青森に大雨の情報。面倒くさい台風(温帯低気圧)だ。兵庫県西部では小雨が降り、畑の草が引きやすくなっただろうとでてみたら、雨で濡れていた土はほんの2−3cm程で、その下はほぼ乾燥状態。おまけに夕方には太陽光が差してきて一遍に蒸し暑くなった。そして9時現在、雨が降り、雷鳴が聞こえる。低気圧ははるか東に行った筈だが。不安定な大気の状態の時は、誠にいつどこで何が起こるか、見当がつかない。しかしさすがに気温が少し低めになったので畑の草取りは出来た。それにしても夏草の伸びるのは早い。雷鳴を聞くのは久しぶりな気がする。
2022年07月05日
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雨が上がったばかりの山に踏み込んで帰ってきたら右の靴下が真っ赤になっている。慌てて血をふき取るが、なかなか止まらない。痛くも何ともなくてこんなになるのは・・・山ヒルの仕業だ。うっかりしていた。高温、高湿のときには気をつけるべきだったが、今までやられたことがないので、この山は大丈夫と思っていたが、この頃の鹿に遭遇する頻度を考えると、鹿が運んできても不思議はない。奈良公園なんかよくも野生の鹿があれだけいて、表面上話題にならないのが不思議だ。予防は食塩水を靴にスプレーすることだと教えられてはいるが、全く油断していた。山ヒルにやられると、止血するための酵素を阻害して血が止まらない。患部を水洗いして、よくもんで血を出し、ヒルの唾液を除くしか手だてはないそうだ。幸い数時間のうちに血は止まった。と言うか、ばんそうこうを貼って風呂に入る時にはもう止まっていたと言うくらいのことだが、かゆみもなく回復した。災害は忘れた頃にやって来る。
2022年06月25日
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やたら資料作りに追われる。行事の記録、会計報告、規約改正と盛りだくさんでとんだ時に事務局になったもんだと思うが、まあ順送り。しばらくはコピー仕事で忙しい。あー早く任期が終わりますように!
2022年03月08日
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姉の葬儀から約4ヶ月。異父兄弟の存在がわかっておっかなびっくりの手紙の連絡だったが、先方は養子縁組みした母から姉の存在は聞かされていたらしく、その養母が亡くなった時にも姉には連絡しなかったらしい。そんなことがあったから相続は放棄する、と言う連絡を貰った時には正直ほっとした。どんな背景の人物か、知る由もない。裁判所で教えてもらった申告用紙を送り、今日返信が届いたので裁判所に行ってきた。姉の住民票除票が抜けていたので市役所でとり、申告は終わった。後は受理書を待って法務局に相続関係図を届けるのだが、またどんなことが待つやら。勉強にはなるが、覚えた頃にこちらが逝くかも。
2022年03月03日
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アルバムも整理の対象になってきたかなと古いものを繰るうち、中学高校時代の国語の先生、松岡剛夫先生を思い出した。数年前にFBで広島で塾の経営をしておられたように記憶していたが、昨年3月に亡くなられていた。私立学校ならではのことではないかと思うが、とにかく生徒に人気のある先生だった。授業が面白かったというのか、授業の脱線が半端ではなく、1時限の進度がわずかに数行という授業が少なからずあった。時計を見ながら「もう少し大丈夫かな」しかも含蓄に富む脱線である。大学入試や模擬試験で国語と生物だけの成績が良かったのはこの先生のおかげのように今になって思う。源氏物語の桐壷の巻の冒頭を中学2年で暗誦させられたのは今でも覚えている。覚えていたからといってなんの役に立つ訳でもないが、いづれの御時にか女御更衣あまた侍いたまいける中に・・と思い出すだけで当時に戻れるような気になるから不思議だ。卒業してからほどなく灘高校に移籍されたと聞いていたが、その後大阪の桐蔭学園に移られたようである。この先生のおかげで古典が好きになったというものも多かった。結局同窓会に一度顔を出して頂いたのが卒業後にお会いした唯一の接点だったが、この劣等生も覚えていて下さった。テニスやソフトボールもお好きで、不自由だった左手をうまく使っておられた。松原智恵子さんの遠縁であったと聞く。高校の名物教師であった。ご冥福を祈る。
2022年01月31日
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姉が亡くなった時に、年賀状を頼りに交流のあった人に挨拶状を出したが、まだ漏れがあったらしく、何通かの年賀状が届いた。こんな場合は寒中見舞いとして返事を書き、挨拶かたがた報告としておくのが礼儀と考えているが、寒中とはいつを言うのか。小寒は今年は1月6日らしい。大寒が20日とあるのでその間なら「寒」であろう。そんな訳で何通か同じはがきを書いたが、はがき1枚に話をまとめるのはなかなか難しいものだ。タブレットを使って何度か書き直し、納得できたものを手書きした。タブレットは葬式の挨拶の溶き時にも利用したが、なかなか便利なものだ。この頃は楽譜を入れておいて演奏するピアニストも見かける。スマホでは字が小さい時にもタブレットなら一覧性が良くなる。いっそメールで送れれば・・とも思うが、こればかりは受ける方の問題もあり、私よりも年長者にすれば「なんちゅーことを!」になる可能性が高い。郵便世代だ。
2022年01月04日
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相続の話になるとどうしても戸籍謄本を取って自分の過去をさかのぼることになる。見たくないものも見えてくるが、祖父母の代までさかのぼると、なんと再婚ばかりであった。母方の祖母は3人の男性と子供をもうけていた。どうも兄弟らしい。時代が時代だし、姓が同じなので、不倫とかではなく、死別して兄弟と再婚したようである。戸籍謄本はやたら読みにくい手書き文字で書いてあり、少々閉口するが、両親の名前の判別くらいは出来る。故人の預金を下ろすには相続人の資格や合意が伝えられねばならないが、その情報を法務局に持ち込んで承認を得なければ金融機関は動かない。死別はまだ良い(良くもないが)が、協議離婚や養子縁組みで再婚や出産があるとこの情報の図面は途端にややこしくなる。法務局のHPには良い関係の例ばかりで参考にならない。わが家の家系が悪いか、役人の気が利かないかはともかく、もう少し親切にして欲しいものだ。A4縦で、と書式が指定してあるのに、例文の方は横にしないと1枚にならない。弁護士に聞くと横でも受け付けてくれるらしいが、ならA4で方向は自由と明記してもらいたいもんだ。
2021年12月29日
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相続の話になるとどうしても戸籍謄本を取って自分の過去をさかのぼることになる。見たくないものも見えてくるが、祖父母の代までさかのぼると、なんと再婚ばかりであった。母方の祖母は3人の男性と子供をもうけていた。どうも兄弟らしい。時代が時代だし、姓が同じなので、不倫とかではなく、死別して兄弟と再婚したようである。戸籍謄本はやたら読みにくい手書き文字で書いてあり、少々閉口するが、両親の名前の判別くらいは出来る。故人の預金を下ろすには相続人の資格や合意が伝えられねばならないが、その情報を法務局に持ち込んで承認を得なければ金融機関は動かない。死別はまだ良い(良くもないが)が、協議離婚や養子縁組みで再婚や出産があるとこの情報の図面は途端にややこしくなる。法務局のHPには良い関係の例ばかりで参考にならない。わが家の家系が悪いか、役人の気が利かないかはともかく、もう少し親切にして欲しいものだ。A4縦で、と書式が指定してあるのに、例文の方は横にしないと1枚にならない。弁護士に聞くと横でも受け付けてくれるらしいが、ならA4で方向は自由と明記してもらいたいもんだ。
2021年12月28日
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人の死去には相続が生じる。いっそ負債だらけなら「放棄」の方針で進めるが、社会通念上のこともあるから無下にできないことも多かろう。今回は預貯金だけなので割合楽だが、不動産がつくと面倒くささは倍加する。若いうちに親が死ぬ方が子供の馬力があっていいかも知れないなと思う。ちなみに私が相続したのは家と土地だけなので修繕と保守ばかりに追われている。さて、相続するには相続者と被相続者の関係を示す資料が必要で、戸籍謄本やらが元になる。この関係を図にしたものを法務局で認めてもらうと一つの共通資料として金融機関にも通じるお墨付きをもらえる。複数の預金がある時には一遍に片づけられると言う。エクセルでのテンプレートが法務局のHPから取れるが、これは理想的な離婚も死別もない場合の代物で、役に立たない。結局1から作るしかない。よくある家系図を作るようなものだ。こんな時、往年の「クラリスインパクトが使えたらなあ」と、いつも思う。おそらくはマイクロソフトにPowerPointとトレードインみたいな話になったのではないかと思うが、ファイルメーカーのみが残って、クラリスの名は消えてしまった。最高の統合ソフトだったと今でも思う。そんなこんなで何とか作り上げ、法律事務所に相談することにしたが、カネにならないのだろう、玄関払いを食った。明日は市がやっている無料相談の日。こっちに持って行くことにした。どこまでも手のかかる姉だ。自分は死ぬまでに作っておいてやろうか。不動産がからむし、農地の所在が2〜3年で変わるからもう少し先か。
2021年12月08日
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選挙管理員を補充員としてやっているが、昨日選挙管理委員会から電話があり、この31日に行われる総選挙と、市長選挙とをダブルで行うので開票の立ち会いに来てくれないかと言うことだった。選挙管理委員がどうやって選ばれるのか、実は知らない。どういう訳か父が補充員の話を持ってこられて、「選挙運動に借り出されない口実になるから」と引き受けたのだが、その父が亡くなった時に跡を継いでくれないかと私に話がきた。私も選挙運動は好きではないから、二つ返事で引き受けた。で、選挙管理員も常勤者?と補充員のそれぞれに順位があるようで、私が補充員の1位になった。選管委員は高齢者ばかりだからいずれ常勤になるのかと思っていたら、常勤は常勤で順位があるらしい。補充員が常勤に進級?することはどうやら無いらしい。開票の立ち会いには過去2回ばかり出たことがあるが、投票立ち会いよりは時間が短くていいけれど、開票は深夜に及ぶ。あくびを何度かかみ殺さねばならない。選管の補充員なんてその場限りの日雇いみたいなものだから知った顔もいないし、話もない。常勤の人同士はそれなりに話も出来るが、こちらは孤立状態だ。さりとて本を読んでいる訳にも行かないし、頑張ってもメールくらいがやっとだ。時間をつぶす手だてがない。そうして票の取りまとめを待つのだが、読み取り機に2回かけ、100票束になったものを点検するのだが、建て前でさっさと次の点検者に送るようあらかじめ説明がある。要するに盲判をつけと言うことだ。確かに1枚ずつ点検していたら夜が明ける。こんなことをするならボタン投票で済ませりゃあ人件費の大いなる削減が出来るだろうに、と思うけれども法律が現実に追いついていない顕著な例なんだろう。課題はもう一つ、投票率の低さ!若者が特に低いと言う。「選挙なんて」と意気がるのは勝手だが、年寄りの使う費用の補填をさせられるのは君たちだよ。今までの政治で良いのか?セキュリティの問題もあろうが、ネット投票ならもう少し投票率も上がるのではないかと思う。そして31日の投票日がやって来る。選挙はがきも届き始めた。
2021年10月25日
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部屋の寒暖計は昨日よりも2℃低い。1月生まれのくせに寒いのが嫌いで、夏の暑さは苦にならない。パソコンデスクが窓に近いからか、冷気がすーっと膝に来るような気がしてならない。夏の間尻に敷いていた、片づけずじまい(もちろん通電はしない)の電気マットをひっくり返して膝に乗せたら、これが結構気持ち良い。消費電力20Wとある。ちょっとした行火と言うところだろうか。子供の頃には勉強の時、毛布で脚全体を覆っていたこともあるが、あの頃はまだ電気カーペットもなかったように思う。でもこの腰かけスタイルなら一番は掘りごたつだな。あの感触が一番暖かい気がする。燃料は炭だったからカーボンニュートラル?バイオマスとも言えるかな。
2021年10月18日
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「この頃はまるでスイッチだね」昨日まで汗を拭き拭き暮らしていたのが、いきなりブルゾンに変わるような変化が来る。春と秋が無くなって行く。畑に渋柿がいくつかなっているが、「こんな暑さじゃ干し柿もカビだらけだな」毎年正月に向けて干し柿を作るのだが、表面が急速に乾き、且つ微生物の生育に適しない冬の天気にならないとやる気が出ない。樹上で熟してしまうのがオチで、渋柿の収穫はいくつにもならないだろう。鳥の餌になっているのが現状だ。サザンカが咲く一方でパッションフルーツの結実も進むと言う(さすがに開花はなくなった)けったいな状態。これも地球温暖化のなせる技だろうか。温暖化と言えばカーボンニュートラルが声高に叫ばれていて、そこにこっそり原子力も顔を見せているが、廃棄物の始末はどうする?の答えは全く示されない。アベースガ路線の「説明しない」強権政治が脈々と流れている。岸田首相は広島の選出だと言うが、核の問題にどう取り組むのだろう。中国電力からの献金もあるだろうし、義理と人情の板挟みと言うところか。
2021年10月16日
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2つおりの財布が傷んできたのを機に、カードケースに買い替えた。銀行やらクレジットカードなんかでいつの間にか10枚を超えていた。高額のものはクレジットカードで買うが、千円札くらいはないと困ることも多い。千円札を2つに折ると、カードよりもだいぶ大きい。3つか4つに折ると、拡げるのや数えるのが面倒。また折って入れるのも面倒である。きわめつけはコンビニの支払いが、以前は現金を渡してチャ−ジすることも出来たが今は自分で札をセットしてやる時代。一枚ずつ拡げてセットでは他の客に迷惑だ。何とか2つ折りで入れたい。しかしケースのサイズよりも長い。はみ出るのは困る。ファスナーはきちんと閉めたい。何となく折った方を底に入れ、カードにかぶせるように曲げたら何とか入った。数日後、何か問題がないか観察する予定だが「灯台もと暗し」の心境だ。
2021年09月21日
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親が犬を育てていて亡くなってしまった場合、ハチ公ではないけれどもそれを引き継ぐものにはそれなりの引き継ぎをしておく必要がある。犬の場合は人間よりも寿命が短いので見送ってやればそこで片が付くが、植物・立ち木の場合は人間よりも寿命が長いことがある。私の父は前栽のある家に住むのが夢だったと言うことでそれを実現し、業者任せの大旦那ぶりだったから自分で手入れをすることはなかった。当然亡くなった時にその情報は私には伝わらない。私には業者任せにするほど甲斐性はなかったので自分で何とか管理するしかない。立ち木の管理となると維持するか伐採するかのどっちかだ。時間のあるのを良いことに維持を選んだが、これが防除と剪定の常態化になった。緑の中で仕事をするのは気持ちの良いものだが、外の仕事と言うのは天候に左右される。また年を取ってくるとどうしても工具が動力化してくる。電気鋸、草刈り機など人力はしんどくなってくる。子供たちには管理マニュアルを作って実習もしておきたい。あと何年で寿命になるか、また子供たちがこの家を引き継ぐのか、見えないけれども消毒や剪定の器具は一通り揃った。出来るだけ負担を押し付けないようにして消えたいものだが、まだ経験していないこともあり、こう言う生き物を引き継ぐのはなかなか難しい。でたらめに切っても何とかなる木、あっという間に大きくなる木、まさに「この木なんの木気になる木」である。
2021年08月29日
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昨年末に母が亡くなって8ヶ月。初盆だがさて、何かやることあったかしらんと重い、寺に問い合わせてみた。そうしたら「盆参りしましょうか?真宗では本来やらないんですが、近ごろは希望する人もありますので・・」そう言えば父も亡くなったのは4月だがやった記憶もない。坊さんもあまり気は進まないようだ。ただで済むとも思えないので「じゃあ家の者だけでやります」兄弟だけに声を掛けたが折りからのコロナである。長男、長女の一家だけがやって来た。孫がきたら仏間のある座敷は遊園地と化す。例年ならまずプールを引っ張り出す。水遊びで歓声が上がる。こんなところに参りに来られてもたまらない。ところが今年は雨ときている。墓参にも行けるかどうかわからない。とりあえずは孫も並べて家で読経することにした。広島の方は大雨だそうだが、こちらは小雨。墓に花を立ててきた。明日雨が上がればみんなで行こう。
2021年08月13日
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6月半ばに株式相続について書いたが、戸籍謄本と印鑑証明を集めて何とかゴールした。この後単元株数まで買い増しし、証券会社に口座を作って移動しないといわゆる株取引が出来ないらしい。息子と娘にどこの口座を使っているのかと聞くと「どこでもいいよ」と言う返事。NISAがどうのこうのと勧めてくれるが、こちらの方は知識も経験もないのでこれから調べるつもりだ。特別口座だのNISA口座だのと書いてあるがまあ税金対策のことらしい。どうでもよかろうにと思うのは無知の故だが。ただ、株の配当金はどうも5年間が有効らしく、振り込み指定口座に3000円ばかりが振り込まれていた。父が亡くなってから20年ばかりたつので1万円くらいは損していたかな。特別口座の切り替えだけでもしていれば多少のへそくりにはなったかも。無知であるのは損だ。当時は「株は1000株単位」と思い込んでいたのが間違いだった。思い返してみれば受け取りのハンコは認めでもよかったのかもしれない。取引員がどれなのか分からないからと放っていたのが誤りだった。チリも積もれば山。砂山程度だが。
2021年08月12日
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1週間前に風鈴を吊るした駅に、今度は七夕の笹飾りをならべる。子供園の子供たちが書いた短冊は読めるように下の方につけて下さい・・と言うような指示やら小学校の校長先生の挨拶があったりで作業が始まる。よく「段取り8分、作業2分」などというが、高齢者はどうもこの当たりの要領に長けているのか、スタート時点で半分くらいでき上がっていて、真っ先に設置を終えた。「コーヒー飲んで帰って下さい」とのことでコミュニティセンターの喫茶部でご馳走になる。朝食を終えたばかりだったので「モーニングは要らない」と言ったらただ一人。「食べんかいな」面倒なので「医者に注意されてるもんで・・」「儂らいやしいから食べるけどな」「糖尿か」「まあそんなとこで・・」「ワシは高血圧や」ということで健康の話題、医者の話題、そのうち亡くなった人の話題へと進む。それによれば私の同級生も最近ガンで亡くなったらしい。しかも夫婦続いて亡くなったそうだ。教師と言うのはよほどストレスのたまる仕事か。「あんたまだ夫婦揃ってんのか?」「まあ生きてます」「一人になったらしょうがないぞ、特に女に先に逝かれたら貯金も保険も何も分からん」実感こもる話だが、そこからは後継者の話になる。「男の子はアカン、嫁の言いなりや」「娘は男を連れて帰ってくるけどなあ」三題噺ではないが、年寄りの話と言うのはどうもここら辺りの話題に収束しそうである。女房と野菜を作り、孫と遊び、歌っている生活は意外と贅沢なのかも知れない。
2021年07月04日
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亡父がなくなって20年ばかりになるが、不動産は私が継ぐことで簡単に決まった。田舎の長男坊だ。父はいつごろ手に入れたものか、K社の株式を持っている。これがたったの14株。毎年配当が100円前後為替で届くのだが、ハンコも株券もさっぱり分からないので、兄弟には「ほっとこか」で年ばかりたった。昨年末からのガンの入院で、私もさすがに自分が身体の自由が利かなくなった時、或いは死んだらどうなるかと言うことも考え始めた。相続と言うのは代が下がれば下がるほど相続人が増えて行く。放っておいたら、こんな少額の株でも面倒なことになる。ここらで私一人に集中しておく方がよいかと考えた。4人兄弟だが姉と妹には子供がない。弟はなくなり、2人の子がいる。今なら権利者は住まいも明らかだ。亡父の名前で通知が届くのはまあ辛抱できても、息子の立場では祖父になる。祖父の宛て名で郵便を受け取ったら「この位整理しとけよ!」というだろう。そんな事情を話すと、係は「ハンコも株券もなくても相続できるが、今後の取引を考えると株を買い増しして最低単位の100株にしておくと取引がスムーズになる」という。ネットで確認してもそんな風に書いてある。昔に聞いた1000株なんてちょっと手を出せないが、100株くらいならなんとかなりそうだ。かくて今、手続き書類を収集している。
2021年06月15日
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ユニクロが冬物の処分を始めたと言うことで女房と来年分?を買いに行った。彼女と私の一番の違いは彼女は色で探した後にサイズを探すが、私はサイズを見てから色を探す。女房に限らず、女性はどうもその傾向があるみたいだ。今はユニクロのおかげで同じ服を着ていても平気なようだが、昔職場で同僚だった人は「向こうから自分と同じ服着た人が歩いてきたらいやだ〜」と言っていた。デザインが気に入ったら「11号はないですか〜」と言う風に探すらしい。私はと言えば「入らない服を探してもしょうがない」ということでその大きさを見てからデザインを見繕う。ベビー服でも同じだ。「これ可愛いわ」「そんなのはいらへんやん」「そうかー」「K子と来た時にしたら?」「そうやな」それでも物色する。「写真撮って送ってやったら?」そこまではしないらしい。おそらく死ぬまでこの会話は続くことだろう。妥協点がない。ひょっとしたら婦人服はバックヤードにものがあること前提の商売だったのかな?
2021年04月28日
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総会シーズンにはかかせないコピーの仕事だが、老人会で「安くあげるにはどこのコピーサービスがいいか」というと、「うちに1台使ってないのがあるから寄付するよ、インクもあるし」えらい時代になったもんだ。コピー機を個人所有してしかも複数?介護事業をしているとは言え、そんなに景気が良いものか?しばらくして届いたのはキャノンのインクジェット複合機だった。事情は分からないが、十分使えるものだ。ただ放っていたらしいので印字品質はいまいちだ。それでも両面印刷が出来るので、紙の嵩が減る。HPのプリンタに慣れていると、キャノンは遅い気がする。セットできる紙は同じくらいなのでひっくり返す手間を惜しまねばうちのプリンタでもできるが、風呂にはいっている間に出来るならそれももメリットだろう。自治会長に「公民館に置かないか?」と声を掛けたが利用者と管理者の連携が難しいからと断られた。確かにこのシーズンくらいしか出番はない。おまけに我々の世代はデジタルデバイドが大きい。次の役員が使わなけりゃ何にもならず、ただ陳腐化するだけだ。見ればFAXの端子もある。受話器だけセットすれば使えそう。使う人がいなきゃ、もらっちゃおうか?
2021年03月27日
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買い物に出ていた女房が「はい、これ買ってきたよ 使ってね」何かと思えばハンカチを縫い合わせたショッピングバッグ。私はとんとこういうもの持たず、商品にテープを貼ってもらうか、生もの用の薄い袋に入れるかでもって帰ってくる。拡げてみると40cm位の正方形のハンカチを縫い合わせて、一辺は縫わずにものを出し入れし、大きなボタンホールのような穴を開けてそこを握れるようにしてある。ものぐさな私でもハンカチくらいは持つので、これでまともな買い物をさせようと言う魂胆らしい。だいたい、買い物の姿勢が女房とは大違い。私は「買い忘れたものはないか」と考えるが、彼女は「もう買うものはないか」というスタンスで、特に急ぐものでなくても(高くなければ)買っておこうとする。冷蔵庫をいっぱいにしておくタイプで、予定されたものしか買わない私と比べれば買い物にかける時間がともかく長い。それでも40年間ともかく食べるものはきちんと作ってくれた訳だから、と頼まれれば拒否することなく買い物はする。エスカレートしないことを祈りながら。
2021年03月23日
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ノーベル賞を受賞した大村智氏が発見したイベルメクチンがコロナウイルスの治療に効果があると言うレポートがでたのがおよそ1年前。その後アメリカでも承認申請が出て、既に認可の下りた国もある。日本でも知見を始めるはずだったのに一向に結果が出てこない。当初話題になったアビガンは催奇形性があると言うことで使用しにくかろうが、イベルメクチンはもう特許が切れるほど長期間にわたって使われ、副作用も使い方もよく練られた商品なはずだ。にもかかわらず結果が出ないと言うのはどういうことだろう。首都圏で緊急事態宣言がなかなか解除されないのは治療のためにベッドの空きが出きず、新規の患者を受け入れられなくて、ベッド使用率がなかなか下がらないからだと報道されている。ならば治療に有効と報告され、外国で治験も進んでいる抗寄生虫薬で副作用もよく分かっている伝統的な薬の研究をなぜ進めないのか。ワクチンはもともと「免疫を作って罹患しにくくするもの」であって、治療薬ではない。毎日のように報道される防御剤の不足や安定供給の不安感だが、ウイルスを攻撃する素性の分かった薬の認可についてはほとんど報道されない。これはなぜか?一つには、イベルメクチンのような伝統ある薬を作っても薬科は低く、儲けにはつながらないだろうから、薬屋のモチベーションが上がらないのかも知れない。ワクチンならばバルクの詰め替えをすれば言い値で売れるだろうから。しかし、それは商売の精神にもとるのではないか。今必要なものを届けるのが商売と言うものだ。国民が求めるのはベッドの受け入れ状態を少しでもよくすることだろう。誰だって、病気になりたくてなるものはいない。なってしまったら、直すか、死を待つかしかない。中には死を選ぶ人もいるかも知れないが、おおかたは直す方を選ぶだろうし、医療従事者もそのための仕事をしている。そもそも今回の混乱は医師の養成機関を少なくし、研究費をけちってきた政府の政策によるものが大きい。ワクチンのバルクの小分けは、さながら昔の自動車のノックダウンみたいなもので、技術の習得や開発力の養成にはほど遠い。役に立つかどうか分からない、微生物の集積の末にノーベル賞があったように、研究の成果なんてすぐにはでないが、ワクチンを自前で作らないといつまでたっても順番待ちなのである。技術を育てると言うのはそういうことだ。すぐにでる成果は長続きしない。技術立国日本を取り戻すにはあまりに財政がお粗末だろう。イージスシステムやアメリカ追従の防衛が生むのはいったいなんだ?
2021年03月05日
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農協の積み立て型の火災保険が30年の満期になって、無事積み立て分を受け取った。それはいいが、今後どうなるか?まあ災害があらかじめ分かるなら保険業は成り立たない。ところが「掛け捨てでいいから」と聞くが、農協の扱う火災保険は原則火災にしか対応しないらしい。そこで他を当たることになったが、もう満期を迎えるような歳では今更の保険屋捜しで、結局インターネットに頼ることになった。いわゆる比較サイトである。で、申し込んだら電話でアポを取ってきた。何でも法律の関係で、対面で交渉しないとダメなのだそうだ。時間はメールで打ち合わせ、いかにも現代。代理店から男性がやってきた。主だった保険会社と代理店契約をしているので客の要望に近いのを数社から見積もりを作るのだと言う。そこで、近年増えている「初めての水害」について聞いてみた。3年前だったか、倉敷の水害は「こんなこと初めて」だった。うちから200mばかり離れたところに川があるが、今まで溢れたことはない。しかし上流で大雨になれば当然洪水のリスクが出てくる。しかも火事は自分の注意で何とかなる部分はかなりあるが、水害や地震は無差別攻撃だ。逃げられない。水害は床上45センチ以上浸からないと災害と認められないそうだ。実際は床下浸水でも例えば地上に置いたエアコンの室外機は水没故障してしまう。これを保険でカバーしようと思えば、「設備機器の特約」が必要なのだと言う。また漏水被害というのは水道配管からの漏れでなければならないそうだ。このあたりはやはりネットだけでは分かりにくいと思う。「思い込み」「誤解」はネットあるあるだ。対面の方がいいと思う。また、カバーできること、出来ないことをしっかり説明してくれる人は信頼できると思っている。そんないきさつで5日ばかりで見積もりを2社から作ってきてくれた。まあ払えそうな金額で契約。
2021年02月25日
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ガン手術、母の葬儀に四十九日と慌ただしく、おまけに冷蔵庫が壊れたりと物入りな日が流れて、気がつけば自動ローン、当座借り越しが2つの口座ででていた。少額だが、あまり気分の良いものではない。カードで先食いしたツケである。幸い若い時から入っていたガン保険がおりてきて、借金生活から抜け出した。ローンはただ一度車を買った時に使っただけで、教育も自前で過ごせたのは女房の貯金力の所為かも知れない。今は奨学金でさえもローン型ばかりで、苦学、と言うよりは若者が長く返済に苦しめられるようなご時世だ。月額1000円時代の学生にはちょっと理解できないところがある。ガン保険は高齢になると給付金が減額される場合があり、私もそれだったが、半額になってもありがたい。嬉しい誤算は、入院給付金が確か契約時には20日以上の入院しか対象にならないと思っていたのが1日からでるようになっていたことで、これは馬鹿にならない金額になっていた。借り入れを解消すると女房ともしばし倹約を横に置いといて「今月はこれが買えるかな」と言う話が出来る。ちょうど孫娘を車に乗せるチャイルドシートを買わなきゃならなかった。娘と孫を連れて買い物に行こうという女房のたくらみだ。息子と孫を連れて私が買い物に行くのはあまり想像できないが、女はそんなことはないようだ。育児で外に出る機会のない娘を連れだすのも母の優しさか。私のような小心者には事業は出来ないな。野菜を作る方が性に合っている。耕耘機は欲しいな。
2021年02月08日
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毎年この時期に4月満期の自動車保険の更改がある。そのたび見積もりを比較サイトで集めるとまずメールが来る。見積もりサイトで条件を変えて保存したりすると今度ははがきが届く。まず保険料に目が行き、「お、安いな」と思うが、よく見ればあれこれと削られ、保存通りの条件になっていない。結局あれこれと足して行くと現行と同じくらいになってしまい、努力は結局報われない。保険会社は支払いが多くなれば容赦なく保険料をあげてくる。これなら損をすることがない、羨ましい制度だ。額面だけ見て契約すると、事故の時にひどい目に遭う。しかし2万円も安い価格の提示には心が揺らぐ。ここ20年は無事故無違反なんだが。災難は忘れた頃にやって来る・・・そうだ。
2021年02月04日
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墓というのはなんとも始末をつけるのが難しい。わが家の墓地には墓石が2基ある。一つはいわゆる先祖代々のもの、もう一つは一番早くに5才でなくなったという伯母のものだ。祖父母よりも早く亡くなったので祖父がたてたものらしい。坊さんの話では埋葬された人を墓石に刻むならお性根抜きをしてから石屋に頼むことになって面倒だから、墓標(埋葬記録)を作った方が良かろうということだ。祖父母は刻してあるが、父母はまだ刻んでいない。父は20年ばかり前に亡くなり、次に母の骨壷を入れる訳だが、いずれは私も入れられることになるだろう。墓石というのは意外と傷むものだ。確か石屋は「良い石だからいつまででも大丈夫」とほざいていたが、「先祖代々」が作られたのは学生時代だったから50年弱である。欠けているのが現在3ヶ所。剥げるように欠けている。当時2件の石屋があって、「高石」と言う店の向こうを張ったのか、「石安」と言う屋号を付けた店で父は買ったという。その所為かどうかは分からない。花崗岩ということが分かるだけだ。花崗岩の風化した土は焼き物に適しているというから、花崗岩だって傷まない訳がない。それでも永久保証と平気でいうのは売り手も買い手も、問題が出てくる頃には死んでいる。私がクレームをつけてももはや「言いがかり」だろう。ただ正直、この墓穴にははいりたいとは思わない。事情が許せば太平洋にでも撒いておいて欲しい。或いは好きだった南アルプスでも良い。そんなところで魚に食われるなり、微生物に食われるなりの方がまだ役に立つのではないかと思う。だがそういう行為は違法になると聞いたこともある。子孫がずっと続くということを前提に作る墓だが、どこかで切れることもあるだろう。そんな墓も実際にある。一方で墓地を欲しがる人もあり、朽ちたような墓の処遇に困る。
2021年01月21日
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おこもりの結果ではないが、Amazonでの購入がちょっと日常化してきている。先に買った中古パソコンのwifiのパーツを注文したが、よく調べると内蔵していた。取り消しは間に合わず、かといって持っていても仕方がないので返品することにした。返品には理由が必要だ。自己都合の返品は元払い送料がもちろん必要だが、誤発注だと着払いになる。wifiとbluetoothの勘違いということで処理すれば無料になるようだ。まあどうせキーボードも動作が怪しくなってきたので頼まなきゃならない。大目に見てもらおう。
2021年01月16日
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1年の総括となるとやはりコロナに始まり、終わった年だったのだろうか。既に会社とは縁も切れ、業績がと言うよりは野菜の収穫が気になる生活になっている。退職後2000万円が必要などという生活ではないが、負債のある生活でもない。それなりに生きているが、実母・岳母ともなくなったのが最大のイベントかな。7月に岳母、12月に実母が逝った。2人とも94歳の天命を全うした。しかし10月に娘に女の子が生まれた。娘が生まれた年に祖母が亡くなり、その娘が出産した年に母が亡くなると言うのには何か因縁めいたものも感じるが、順番通りに逝っているのだからおめでたい話なんだろうと思う。そして思うのは「私が今生きていることの意味」だ。母の葬儀を済ませた3日後に大腸ポリープ切除の手術を受け、このポリープがガンのステージ0で、あと病巣が0.1mm進んでいたら、リンパや血流のある層に達して転移する可能性があったが、ぎりぎり手前で切除が出来たので「リスクは発生前の状態に戻った」のだそうだ。これから別のところにガンができるかもしれないが、それはそれ。妻も4年前に乳がんの切除をしたが、これもステージは0でマンモグラフィーがとらえたおかげである。そろって運が強いのかも知れない。さて、生きて行くことの意味はたぶん子供や孫の成長を手伝うことだと思う。食べるものは農地から生まれてくるもので、工場でポンポン出来るものではないこと、命の連鎖をつなぐのが生物で、人間が特別な存在なんかではないこと、足るを知ること、と言ったところだろうか。失われた命が1つ、生まれた命が1つ。順調である。「こいつが結婚するまで生きてるかなあ」と2ヶ月の子を抱く娘に言うと、「今までの法則通りだったら生きてるんと違う?」といいおった。まだ20年あまり生きなきゃならんが、それで母の年に及ぶかどうか。来る年が明るい話題になりますように。
2020年12月31日
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親を見送る、などとかいて罰が当たったか、記事を書き上げた数時間後に死亡したとの電話がはいった。高齢だったので「もう長くはないな」と思っていたが、ものの数時間で死んでしまうとはまさに「無常の風」である。折からのコロナで面会禁止になっていたが、医者は「そろそろ」と感じていたのかも知れない。そこからはまことに疾風怒涛、遺体の引き取り、葬儀屋との打ち合わせと寺院の連絡に忙殺された。コロナ禍の今、親族葬で人数を減らし、密を避けることが流行しているが、従来自治会関係者がやってくれていた雑務はみな自分でやらなければならない。いきおい葬儀屋に丸投げとなり、費用がかさむ。かくて葬式費用は縮こまり、寺の倒産が増えるという悪循環。たぶん寺を持たない僧侶がこれから肉体労働者化して行くのではないか。しかしそれは次第に宗教集団ではなく芸人化して行くような気がする。喪主を務める者の最大の課題は挨拶。特に親類縁者ばかりとなると通り一遍の見本のような挨拶にはならない。母は特に年をとってから写真を撮らせたがらず、拒否の姿勢。「葬式の時に困るやないか」と脅しても聞かない。妹と探しだして30年も前の写真になった。「古い写真や」「わこうてええやないか」まあこの感覚も親族ならではだろう。笑って送られる母は幸せ者だ。挨拶で「母」では泣かないが、「お母ちゃん」というと泣いてしまった。原稿を持った手が震えだし、涙声での挨拶になった。母は94歳で逝った。それまでの最高記録は祖母の93歳。現在タイトルホルダーである。このことを告別式で話すと1年生になった孫が拍手をくれ、出席者は大笑い。心に残る通夜・告別式になった。
2020年12月14日
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コロナ禍で入院患者との面会は厳しく制限されている中、夜半に電話がかかり「少ししんどそうだが夜まではもつだろう」と母の容体が思わしくないということだったが、持ち直しているという担当看護師の言葉を聞いて安心していたら2時頃に再び電話がかかり「たった今亡くなりました」「おいでになりますか」と聞かれるが今更どうにもなるまい、行ったところで担当さんが深夜に過重労働を強いられるだけだと思い、「朝に行きます」と返事して7時まで横になったが、ほとんど眠れなかった。寺とも連絡をとったが「土日は法要が詰まっているので日月のスケジュールにしてもらえないか」とのこと。おかげで1日余裕が出来た。挨拶の原稿でも作ろうか。これも母のプレゼント?
2020年12月11日
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胃潰瘍で母が入院しているが病院から連絡があって見に行った。コロナ感染防止対策として面会を禁じられているのでほぼ半年ぶりに見る。酸素マスクをつけられ、呼吸も苦しそうだ。今朝方血圧が下がり、対応に追われたという。「先生からお話がありますので待ち合いで少しお待ち下さい」換気目的であろう、ガラス戸の開いた待合室で30分ばかり待たされた。「寒いでしょうから(母の)病室でお待ち下さい」心電計と血圧、呼吸数が表示されている。血圧100くらい、呼吸数は25くらいだ。ほどなく院長から声がかかり、容体の説明を受けた。「昨日から尿が出ていません」「肺に水が溜まって肺の機能は半分以下でしょう。寝たまま撮影しているので正確な水の量は分かりにくいですが」なにさま94歳である。積極的な薬剤投与は返って死期を早めるという。いよいよ別れの時が近づいてきたようだ。母は自分の母親(私にとっては祖母)の葬儀の後、「ある意味、ほっとしたよ。これでいつでも死ねるって。」と私に話したことがある。父が亡くなってもう20年が経つが、母にもその時が近づいてきたようだ。ひょっとしたら今日が生きている母を見る最後になるかも知れない。「私も来週手術を受けるのですが、退院まで持ちますかね、それとも手術を延ばしてもらうべきでしょうか」「私があなたの立場なら手術を受けます。これからどうなるか分からない中であなたのために準備が進んでいます。それを崩したら次がいつになるか分からないですよ」確かにコロナで一般診療を止めている病院が出てきている。親の葬儀よりも自分の健康を守る方が優先ですよ、と背中を押してもらった次第。うーん、生物の限界だ。退院まで待ってくれるだろうか。間に合わなかったら子供に頼るしかないな。
2020年12月10日
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