2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全25件 (25件中 1-25件目)
1
今に始まったことではないが、インターネットの接続が安定しません。今日は、ほとんど接続するとすぐ切れる、ということの繰り返し。2~3分しか繋がっておらず、すぐディスコネクトされる、と言うひどさ。この書き込みもいつ落ちるかわからないので、この辺で。たまにはPCに触れない日があってもいいかもしれません。
2007.04.30
コメント(0)
![]()
退職した時買った本に、岩波書店編集部編という「定年後」;「もうひとつの人生」への案内 2002年版というのがある。↓ この本、いろいろな分野の人が、「定年後」ということで、専門家からジャーナリスト、作家、アメリカのAARP(全米退職者協会)の理事などがそれぞれの立場から書いていて、自分なりに「定年後」というものを考えるのになかなか考えさせてくれる。一度読んだきりだが、ある方にプレゼントしよう、と思いたって、その前にもう一度ということで、部分的に読んでみているが、中に「定年後のライフスタイル」というのがあった。まずは、アンケート調査の結果分析があるのだが、おおざっぱに次の5つのタイプに分かれるという。(1)職欲旺盛アクティブ派(2)趣味一筋派(3)日常世話役派(4)日々若々しく派(5)無事是好日派かいつまんで言うと、(1)は自分の技能や経験に自信を持ち、それを活かして仕事も生活も楽しみたい人。知識への好奇心、対人交流、さらなる収入欲などの意識も高く、何でもやってやろうという精神に満ちている。(2)は、読んで字のごとく、自分の趣味に合った生き方をしようとする人。普通の人付き合いは好きではなくとも、共通の趣味をもつ友人との交流には時間を惜しまない。(1)と同様、自立心が強く知識欲も旺盛。(3)は、自立心は強いが仕事や社会貢献などの意欲は薄い。交流範囲は近所・地域が多く、周囲には世話好き。女性にこのタイプが多く、全般的に欲が薄く、年金中心で堅実に暮らす(4)は、やりたいことがまだたくさんあり、それを求めて充実した日々を過ごそうとする。収入は二の次にしても、いくつになっても働きたい。社会貢献や環境問題への関心も高い。(5)は、無理をせず、無駄なエネルギーを使わない、自然体の毎日を過ごす人。TV、読書、園芸など静的な生活者で、高齢者のサイレント・マジョリティーを形成している。ちなみに、アンケート結果は、(1)7.8% (2)10.0% (3)11.6% (4)10.4% (5)46.4%であったそうです。私は、というと・・・(4)、と言いたいところですが、まだ「収入は二の次にしても」とは言えず、「自分の技能や経験に自信を持」っているわけではないですが、まだまだ(1)かな・・・(当然か・・)ということで、やっぱりいつもの「少数派」でした・・・・
2007.04.29
コメント(0)
先月から、とある所で行っている「ビジネス英語」の教室に週一回通っている。人に言うと、今更ビジネス英語の勉強でもないだろう?!と言われるし、自分でもそう思う。(笑)教会の英会話のクラスは、こちらは私が苦手とする「日常会話」なので、逆に今まで聞いたことがない単語や事柄がたくさん出てくる。つまり英語の勉強になる。一方、このビジネス英語は、ビジネスの場面で、ということだったので、これは今まで10何年もやってきたので必要ないだろう、ということで、初めは2回ほど無料聴講させてもらった。すると、ビジネスというより、ファイナンシャルに関するアメリカまたはアメリカ人の常識という感じの内容で、英語はほとんど勉強にはならないが、その内容がなかなか良かった。分けても良かったのは、いろいろな質問にそれなりに丁寧に回答してくれることだ。講師はファイナンシャル専攻の大学を出て、MBA、つまりビジネスアドミニストレーションのマスターを出て、今は自分で小さな会社をやっている。つまり、それほど、どこかに秀でているということではないかもしれないが、そこそこ自分自身としての経験を持っているので、経済に関すること、あるいはファイナンシャルに関することはほとんどきちんと答えてくれる。まあ、英語の勉強、というよりは、今まで私が自分なりに勉強したり、本を読んだりした中で、疑問のまま残っていたことなどを単刀直入に聞くことができる。なかにはきちんとした答えが返ってこない場合もあるが、それでも、それをどうやって調べたらいいか、と言った類のアドバイスがもらえる。これはなかなか得がたいことだ。特に周囲にそういった知人がいなかったこともあって、英語の勉強というより、実はその中身がためになるので、現在通っている、というわけだ。現在の生徒はたった5人。マンツーマンみたいなもので、皆が皆、自分の疑問をクラスでぶつけるので、その辺もなかなか有意義だ。この英語教室、「ビジネス英語」なんていうクラスの名称だから生徒が集まらないのではないのか、というのが受講生の共通意見。もっと、「アメリカ生活における経済常識」とか、なんとか名称を変えたら、もっと受けたい人が増えるのではないだろうか。
2007.04.27
コメント(0)
ついつい安易な方に流される生活の中、ネットをぶらぶらするのもその一つ。日経やYahooを覗いた後に、最近は読売オンラインを覗くことも多くなった。と言っても、ニュースの類はどこでもほとんど同じ内容なので面白くもない。よく見るのは「発言小町」という、言ってみれば人生相談のようなコラムだ。そこに例えば、今日の相談には「夫と娘に裏切られた」なんてのがあったが、読んでみると、どなたかのコメントにもあったように「これ、本当の話?」という感想を持たざるを得ない。その悩みの内容が驚きなのではなく、こんな「相談」をする、あるいはこんな「悩み方」をする人が居ること自体が信じられない、といった類の話が多いのである。それにしても、こういった「悩み」「相談」に対して答えたりコメントを入れたりしている人が相当いて、その多くがなかなかの回答になっていたりする。私が読んでも、なるほど、そんな考え方もあるのか、と思わされるものも多い。人間って、つくづく面白いな、と感じさせてくれる。下手な小説よりも絶対に面白い!「事実は小説よりも奇なり」かもしれない。
2007.04.26
コメント(2)
昨日はまたまたインターネットが昼過ぎから接続できず、日記をパス。陸の孤島状態である。それはともかく、一昨日の日記で「人間存在は有限か」ということで、読んでいる本に関連した疑問を書いたのだが、その時に、この疑問は「最後まで」消えなかった、と書いた。しかし、本当はまだ読み終わっていなくて、読んだところまでは、と書くべきだった。この本の後の部分を読むと、さすがに、その部分について書いてあった。さすが、だ。それを「可能的無限としての人間」と呼んでいる。この考え方は論理学的な厳密な定義なのだが、なかなか面白い。曰く、「必然的無限と対比される可能的無限とは、無限であることが可能であること、言い換えれば有限であることが必然でないこと、すなわち必然的有限でないことである。 これに対して必然的無限とは、無限であることが必然であること、言い換えれば有限であることが可能でないこと、すなわち可能的有限でないこと、、である。」そして「可能的無限が必然的有限の否定であり、必然的無限が可能的有限の否定であることは明らか」であるから、ここで「この世界とこの世界の他社を合わせた全体としての<世界>を考えるとき、全体としてのこの<世界>であることが可能である世界、現実の全体としてのこの世界自体がその一つであるような世界を可能世界と呼ぶ」と、「あるものが可能であるとは、そのものが様々な可能世界の少なくとも一つにおいて現実であること、これに対して必然であるとは、その様々な可能世界の全てにおいて現実であることと定義すると、可能的無限とは、様々な可能世界の少なくとも一つにおいて無限であること」とすると、この「可能世界」を認めるならば、「人間をある可能世界において無限であるが、他の可能世界では有限であるような存在として了解」すると、「人間が可能的無限であることは、人間が神や仏と一致する可能性を持つことに他ならず、もとより人間は必然的無限ではあり得ないから、これにより、今まで有限と無限の対比とし了解されてきた人間と神との差異を、可能的無限(人間存在)と必然的無限(神)の対比として見直してゆくことができる。」となる。そこで初めて、論理学的に言って「人間と神の一致は論理的に真になりえるし、神の受肉も人間の神化も必然的にではなく、可能的に真」と結論することができる。と、ここまで。さびついた頭がぎしぎし言っているが、ほんのさわりだけの本であるけれどもその論理の明快さを突き詰めることによって得られる結論がなかなかのものだ。次のページ読むと、もう前のページに書いてあったことがわからなくなっている、という体たらくなので、これはもう一度じっくり読み直すことになるだろう。
2007.04.25
コメント(0)
![]()
先日のブックリストの最後、「宗教」系でも挙げていなかったが、今読んでいる本は、「<神>の証明」-なぜ宗教は成り立つか 落合仁司著 講談社現代新書 ↓ である。この本、はっきり言って難しい。頭をあまり使わずに硬くなる一方の昨今、ここで展開される論理を追っていくのは、私にとってはなかなかしんどい。それでも、主題とされている<神>の存在を、大昔から神そのもの、人に宿った神、そして精霊として、キリスト教では三位一体として議論されてきた中身にふれつつ、それを、ギリシャ哲学の巨人、アリストテレスによって封印された「無限」の概念を、19世紀になって初めて数学的な取り扱いを可能にしたカントールの集合論を駆使して紐解いてゆくなかで、再考察してゆくものである。こう書いてもなんのこっちゃという感じですが、書いている本人がよくわかっていないので、これ以上の説明はできません。(笑)ただ、このアプローチの前提として、というより、キリスト教の誕生より、神と人間の関係は、この無限の概念によって阻まれてきており、その一番大きな問題が、無限である<神>と有限である人間の間に、「神になる」とか「神が降りる」ということがどうして可能なのか、という議論にあった、としていること。そして、その無限の概念を、集合論を駆使した現代数学的に再考察した結果、そこにはっきりとした根拠、つまり「証明」を与えることができる、としている。この話は話としてはわかる気がするが、私自身は読み進めていくにしたがって、この「前提」そのものに対する疑問がわき上がってきた。つまり、神の世界=無限の世界 人の世界=現世=有限の世界 という、この二つの世界を別々なもの、切り離されたもの、という考え方をしているように見えたからだ。しかし、読むと、人の世界=有限の世界を神の世界=無限の世界の部分集合として捉えていることが明らかになるのだが、それでもなお、人の世界=有限としていることに変わりはない。だからこそ、無限と有限の二つの世界での橋渡しが2000年もの間議論の的になってきたのであるが、はたして人間は、あるいは人間の世界は有限なのだろうか。現象的には有限と見えても、その見える部分が有限に見える、というだけで、この世の中も本質的には神の世界=無限の世界と繋がっていて、不可分なのではないか、と思える。それでも、人の世界が神の世界の部分集合であることに変わりはないのであるが、ただし、二つの集合は双方とも無限集合であることは決定的な違いとなる。つまり、昔から議論されてきた三位一体の理論も、無限集合と有限集合にまたがる議論ではなく、結局は無限集合間の問題に帰するのではないか、と。それでも無限集合と無限集合の間の大小を論じることになるので、カントールの集合論はここでも有用ではあるのだが、こんな私みたいな何も知らない人間がちょっと読んだだけで考え付くような疑問に対しては多分確固とした答えが用意されているのだろう、と思いつつ、結局最後までこの疑問は解けなかった。でも、単純に考えて、人間という存在は有限か、無限か、と言われれば、無限の存在と思えるのだが、どうだろうか。(もちろん、その場合の「人間」の定義によるだろうことはわかるけれども)
2007.04.23
コメント(2)
Mixiのあるコミュニティで、「二重国籍をどうするか」という議論がされていた。実際にアメリカで生まれ、22歳になったので、国籍を選択しなければいけない、という立場に居る人からのトピックであった。で、質問は、(1)本当に選択しなければいけないの?(2)もし、そのまま放置するとどうななるの?(3)実際に選択をした人は、どんな理由で、どちらを選択したの?というような内容。ここで、簡単に国籍のことを書くと、日本は血縁主義で両親が日本国籍であれば、世界中どこで生まれても「日本人」。ところが米国は「出生地主義」なので、何人であろうと、米国内で生まれれば「米国人」。この二つの相違がいわゆる「二重国籍」を生む。現にうちの娘は、私たち日本人夫婦の子供なので「日本国籍」を持っているが、同時にアメリカで生まれたので「アメリカ国籍」も持っており、実際、日本とアメリカのパスポートを両方持っているのである。日本に入国するときは日本のパスポートで日本人として「帰国」し、アメリカに入国するときはアメリカのパスポートでアメリカ人として「帰国」する、という、実に便利な「二重国籍」状態なのだ。しかし、それも22歳まで。法律では22歳で、どちらかの国籍を選択しなければならないことになっている。ところがここで言う「法律」というのは日本の法律で、日本では二重国籍を禁止しており、22歳で日本国籍を「選択」しないと、日本の国籍は自動的に失効するらしい。一方、米国の法律は、自らが「国籍放棄」を宣言しなければ、アメリカの国籍はそのまま、「らしい」。ここでも法律の違いで、22歳になった時に日本の国籍を「選択」する旨を日本政府に申請すれば日本国籍になる。しかし、アメリカ政府にはなにもしない、つまり「国籍破棄」を通告しなければ、アメリカ国籍はそのままとなる「らしい」。実際、アメリカで生まれた「日本人」はたくさん居るので、22歳まではのほほんとしていても、いざ22歳になる、というときに、実際はどうしたらいいのかあせって考えるということになる。これが最初に挙げたMixiのトピックの背景だ。さて、わが娘の場合、どうしようか・・・・・
2007.04.22
コメント(1)
ちょっとこの所行き詰った居たことで、明日は、もしかしたら・・・、この事態を打開できるかもしれません。内容は・・・・秘密(笑)。うまく行ったら日記に書きます。なにも書かれて居なかったら上手くいかなかった、と思ってください。今後2年ぐらいの生活がかかっているんですが・・・(ちょっと大袈裟か)。今日は「お祈りでもしよう」! (苦しいときの神頼み・・・w)
2007.04.21
コメント(0)

そろそろアメリカの学校は春休みも終わり、もうすぐ期末である。このころになると、いろいろな活動の年間の総まとめ的に各種の催しがある。息子が所属するのはマーチングバンドとジャズバンド。マーチングバンドでは高校に入ってから始めたアルトサックスを吹いているのだが、さすがにジャズバンドではもっと上手な人が何人もいて、息子はピアノ担当である。ジャズバンドと言うと、聞いた人はわかるが、だいたいトランペットとかトロンボーンとかサックスが主役で、ドラム、ギターそしてピアノはパーカッションとして、どちらかと言えば(ソロでもないかぎり)脇役である。そして場所も舞台のそで。(笑)⇒ 冒頭の写真まあ、習っているピアノはクラッシックなので、こういった違ったジャンルの音楽に触れることもいいことだろう。親としては何もできないが、せめて、こういった発表会や演奏会のときはできるだけ聴きにいってやることにしている。いつだったか、「あまり親には来て欲しくないだろう」と思って行かなかったら、なぜ来なかったんだ、と言われたことがあり、やはり聞きに来て貰いたいらしい。まあ、年に2回ぐらいのことなので、小さかったころほど毎回の成長の幅は減ってきている気がして感動を覚えるほどではなくなってきたが、それでも親の務めもかねて出来るだけ聴きにいってやりたい、と思う。
2007.04.20
コメント(0)
![]()
またブックリストを再開します。今度のジャンルは「宗教」関連と言っても、いい加減な分類で、先日までの「スピリチュアル・精神世界」系とどう区分しているんだ、と言われても大した理由はありません。ただ宗教を正面から扱っているもの、あるいは宗教者の方が書いたものを中心に便宜上まとめたものです。このジャンルはあまり多くないので、今回一回で終わり。 「宗教」系(1)聖書 : これは解説なし。ただ私が使っているものは、いのちのことば社から出ているこれ↓ バイリンガル版です。(2)「ユダヤ教VSキリスト教VSイスラム教 『宗教衝突』の深層」 一条真也著 大和書房 :3月1日の日記「一神教の三姉妹」で書いたので、コメントは省略します。 (3)宗教がわかる事典 大島宏之著 日本実業出版社 :宗教を考えはじめた入門者向け。 (4)「仏教とキリスト教」 ひろ さちや著 新潮選書 :上記「事典」より、仏教とキリスト教にしぼった考え方・思想の違いを詳しく解説している (5)「新宗教の神々」 西島建男著 講談社現代新書 :こちらは伝統宗教に対して、「新宗教」の解説とその背景を解説した本 (6)「足るを知るこころ」 松原泰道著 プレジデント社 :般若心経と仏教の知恵を生活に生かす知恵 (7)「法華経を生きる」 石原慎太郎著 幻冬社 :石原慎太郎が、生き方・考え方の原点としての法華経を語る (8)「老師と少年」 南直哉著 新潮社 :禅宗の僧侶(老師)と少年の対話形式で、生きることの意味を問う (9)「密教の本」 学研 :密教とはなにか、を多面的に知るためのハンドブック <リンクなし> (10)「チベット 死者の書」 学研M文庫 :チベット仏教の死生観を語る、有名な本 (11)「タオ=道の思想」 林田慎之介 講談社現代新書 (12)「青年と宗教」 創価学会 :ひょんなことから手に入れた、創価学会の若者向け教学 30問30答
2007.04.19
コメント(0)
もう一度、ブックリストはお休み。まあ、急ぐこともないでしょう。今日は、火曜日で「聖書研究会」に参加。ここで、ちょっと常々疑問に思っていたことを聞いてみた。今日のテーマは、キリスト教の根幹である、「イエスの死とよみがえり」であったからだ。このイエスの死というのは、以前は、神の御手に自分をあずけ、黙々と死に準じたのだろう、と思っていた。ところが聖書の「マタイの福音書」によると、十字架にかかったイエスは死ぬ前に、「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか?」と大声で叫ぶ場面が出てくる。これは考えてみればすごく重要なことである。この研究会では、この箇所をすっと通ってしまったので、私はそこでストップをかけ、この部分に関する疑問をぶつけてみた。なにせ、これをそのまま受け取ると、「あの」イエスが、死の直前に、少しとは言え、神への疑いを言葉にした、と私には思えたからである。疑問は二つ。一つは、このイエスの言葉が意味するところはなにか?という、しごくストレートなもの。もう一つは、この2000年以上にも渡って編纂を繰り返されてきたこの「聖書」にあって、この場面が、この言葉が、削除されずに残っているのはなぜか?つまり、キリスト教の度重なる公会議などを経て、この場面が残されたことに対するキリスト教の「意図」に関するものである。この場では、二つの回答がされた。書くと長くなるので割愛するが、そのどちらも、私自身は納得のいく説明になっていないように思われた。この言葉は、イエスが神を一時とはいえ疑った、ということを示すのではないのだろうか?それと、もしそうなら、わざわざこの部分を残している意図とは何か?まだ、疑問のまま残っている。
2007.04.18
コメント(4)
すでに日本でも報道されていると思うが、またまたアメリカの州立大学、バージニア工科大学において、史上最悪の連続射殺時間が発生した。まだ詳細は発表されていないが、こちらのメディアはこのニュース一色である。この大学、昨年にも射殺事件があり、いろいろとこの手のセキュリティー情報の徹底に時間がかかりすぎる、とか批判を浴びているが、問題はそれ以前のことだろう。我が家も丁度、長男が今度高校の3年生(4年制のジュニア)、再来年には受験のはずなので、そろそろ大学はどこがいいか、とか家族の話題に上り始めている時期でもある。そこへ、こういった「安全上」の問題が出てしまうと、この大学など、来年度から志願者が激減するのではないか、と思われる。うちにしたって、半年の間に2度も射殺事件が起きるような大学へ息子を送りたくない。学校の伝統、レベル、雰囲気、などなどのファクターと同時に、こんな安全性も、その選択の要因に入れなくてはならない、とはなんという国だろう、と思う。まあ、その前ににうちの息子が、行く大学を取捨選択できるレベルになっているのか、という問題はあるかもしれないが・・・
2007.04.17
コメント(6)
![]()
今日からは、次のジャンル、「宗教」関係に入ろうと思っていたのですが、書架を眺めていると、どのジャンルにも入りそうに無い本が何冊かあり、広義で考えるとこれも今までのジャンル「スピリチュアル・精神世界」系かな、ということで、もう一回延長することに。で、今日は、 「スピリチュアル・精神世界」系 第5回(41)西野皓浩三 「気の奥義」 「西野流呼吸法」 :年配の人なら知る人ぞ知る、西野バレー団の総帥が、50歳以降になって目覚めた合気道と「気」の道。それを著者みずからの実践の記録と共に紹介する。 (42)佐々木茂美 「気のつくり方、高め方」 :電通大の教授である佐々木氏が、「気」を科学した記録。 (43)久保田展弘 「森の癒し」 :宗教のジャンルに含めても良かったのですが、どちらかというと、日本古来の山岳宗教、そして実際に「山」や「森」から来る気づきを元に、仏教、あるいはクリシュナムルティーの瞑想など、いろいろなものの影響を受けた著者の「いのち」に対する思索の書。 (44)大田 篤 「何のためにあなたは生きているのですか」 :この著者のバックグランドはよくわからないが、環境問題、ひいては人類の未来に対してのさまざまな障害の中から、人間のあり方、というものを著者なりの考えで説明した本。「人は幸せになるために生きている」ということを根底に、ではどうするべきか?を問う。 (45)水田文雄 「脱宗教の無宗教」 :世の中には、無宗教、と言いながら、物事をただ真剣に考えたことがない、あるいは考えることすら面倒くさい、という態度から来る「無宗教」もあるが、この著者の「無宗教」は「反宗教」とも言える脱宗教による「無宗教」である。「宗教」のもつネガティブな側面をこれでもか、と繰り出し、「宗教」に依存しない生き方を説く。 このリンクは、どうも続編のようで、私の読んだ本は楽天ブックスには見あたらなかった。(46) 浅井ゆうじ 「神々のパラドックス」 :現代科学の進歩と、あの世、神との接点を題材にした「小説」。今となっては、もとにした「現代科学」がすでに陳腐化しているきらいはあるが・・・・ (47)日木流奈 「ひとが否定されないルール」 - 妹ソマに残したい世界 :これは驚異の本です。著者は12歳の重度脳障害児。自分ひとりでは生きることさえできない、外面的には「不幸」な子供です。ですが、そんな少年が書いたこの本は、その辺の大人が書こうとしても到底書き得ない人生の真実を描き出します。ある本によれば、人間は魂の成熟度が高いほどより困難な「生」を選んでこの世に出てくる、ということですが、それが本当に証明されているような実例かもしれません。「あるがままでの無限の幸福」「存在すること自体のすばらしさ」「私が私であることの幸せ」「他と比べるのではなく、昨日の自分より今日の自分の進歩を感謝する」こういった、半ば宗教者的な、悟りとまで言えるような境地に、ただの12歳の子供が到達しているのです。歩くことも、話すことも出来ない子供がここまで精神的な成長をする・・・・。人間の無限の可能性を考えさせてくれる本です。
2007.04.16
コメント(0)

私のブックリストはちょっとお休みして、今日は我が家の話題。もうすぐ学校は卒業のシーズンである。で、こちらの高校、よく映画でもあるが、卒業前には大ダンスパーティー(これをプロムという)があり、全員ではないが、彼氏、彼女を伴って、盛大に行われる。通常、高校の3年生(ジュニア)が主催し、卒業する4年生(シニア)の卒業をお祝いする形で行われるらしい。勢い、参加するのはシニアとジュニアの生徒に限られるのが普通だが、そこには例外があり、もし、彼氏または彼女が年下の場合は、1年生でも2年生でもそのお相手と共に出席できるのだそうだ。そして、なんと、我が家のバカ息子が、どういういきさつか知らないが、シニアの彼女が出来てしまった。普通、女の子の方が精神的にも成熟するのが早いので、年上の彼氏に対して年下の彼女、というのならまだ話はわかるが、うちの場合はその逆である。普段、話をしていても話題が通じるのか心配なところもあるが、なに、こちらの知ったこっちゃない。息子にしても、そんなことを言ったら、それこそ「余計なお世話だ!」となるだろう。まあ、とにかく、このダンスパーティーに参加する、と言うのはなかなか大変なのである。皆、男はタキシードで、女性はパーティードレスで着飾り、高級レストランで食事をし、リムジンに乗って会場に行く。男性は女性に花輪やらコサージュを贈り、エスコートし、食事をおごる。これは男が年下であっても同じらしい。つまり、結構な出費になるのだ。(笑)それで、タキシードなど、もちろん持っていないので、貸衣装ですますのだが、これも結構な額になる。せっかくだから、と撮ったのが冒頭の写真というわけだ。先ほど、友人の家に集合する、というので送って行ったのだが、家に戻った矢先に電話があり、なんとダンスパーティーの入場券を忘れたからもってきて欲しい、と言う。(アホっ!)う~ん、完全にのぼせ上がっているな~、と思う一方、なんで俺が息子のアッシー君みたいなことをやらにゃいかんのだ、とぶつぶつ言いながら、仕方がないので、また届ける。まあ、この彼女、シニア(4年生)で今回卒業。来年は彼女が居ないので、参加することはなさそうなので、これも貴重な経験かな。それにしても「悪しき習慣」だ!!来年はこんなことがないことを切に祈る!!!
2007.04.15
コメント(10)
![]()
とうとう最初のジャンルだけで4日目に突入です。 「スピリチュアル・精神世界」系 第4回(27)エリザベス・キューブラー・ロス 「死ぬ瞬間」 :もうこの本は解説の必要はないでしょう。死とその過程についての臨床体験にもとづくキューブラー女史の古典的名作。末期患者への精神療法など。 これは完全新約改訂版だが、旧版も持っていた(^^;(28)バーバラ・ハリス 「バーバラ・ハリスの臨死体験」 立花 隆 訳 :これも所謂「臨死体験」に関する古典。自分が経験した臨死体験をもとに医師と協力して、それまでまともに扱われなったこの分野の草分けとなる。 (29)立花 隆 「生、死、神秘体験」 「臨死体験」(上・下) :生、死、神秘体験などをめぐる立花 隆の対談集。それに「臨死体験」の調査研究書 (30)ベティー・イーディー 「死んで私が体験したこと」 :臨死体験の当事者が語る「死後の世界」 (31)佐古 曜一郎 「井深 大が見た夢」 :ソニーの創業者、井深が後半生、精神世界の可能性にのめりこんでいったことは有名な話。ソニーにはESPの研究室があり、そこの研究室長が語る、井深の夢。 <以下、文字制限10000字以内の関係で、リンクは載せません。署名のみ列記>(32)エドガー・ケーシー関連 「エドガー・ケーシーの大予言」 たま出版 「眠れる預言者 エドガー・ケーシー」 光田 秀(33)「すべてはうまくいっている」 佐田弘幸 総合法令(34)「黄金の宇宙卵」 サティア・サイババ サティア・サイ・オーガニゼーション(35)「英知の教育」 J・クリシュナムルティー 春秋社(36)「未来からのシグナル」 高塚 光 毎日新聞社(37)「神のゲーム」 北上 音緒 WAVE出版 (すでにフリーページに説明有り)(38)「超常現象の心理学」 菊池 聡 平凡社(39)「精神世界が見えてくる」 サンマーク出版(40)「精神世界マップ」 別冊宝島あと、何冊かありますが、割愛して、次回からは、次のジャンル、「宗教」関連に移ります。その後に「成功法」関連、そして「投資」関連、と続く予定。
2007.04.14
コメント(0)
![]()
またまた続きです。 「スピリチュアル・精神世界」系 (3)(19)フリッチュフ・カプラ 「タオ自然学」 :ニューサイエンスはこの本から始まった、とも言われる記念碑的なカプラの科学と精神世界の橋渡しを試みた本。 (ただし、このリンクは改訂版)(20)ローレイン・ウィヤール 「科学と精神世界の出会い」 ダライラマと先端科学者との対話他、科学と東洋的英知の統合を含む、ニューサイエンスの最前線(と言っても、かなり古い本だから、その当時の「最前線」) <リンクなし>(21)マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー 「聖なる意識の目覚め」 :前回の超越瞑想が「教科書」なら、この本はそれを平易に解説した入門書と言える。 (22)浅野 信 「アカシックメッセージ」 :ノーコメント。実はまだ読んでいない。アカシックリーディングって何?と思って昔買ったらしいが忘れていた。(笑) (23)竹内 信幸 「気づきの理(ことわり)」 :直感と気付きに対する考察から、自然界の仕組み、心、生きている意味などにせまる <リンクなし>(24)サティア・サイババ 「すべてはブラフマンなり」 :ご存知、インドの聖者といわれるサイババのブラフマン(絶対実在)に関する説話集。 <リンクなし>(25)ハンク・ウェスルマン 「スピリチュアル・ウォーカー」 :「空想科学小説」いわゆるSFとして読んでも面白い。人間の意識が時空を超越することを実際に体験した著者の「意識の旅行記」 (26)コートニー・ブラウン 「コスミック・ヴォエージ」 :私が住むアトランタにあるエモリー大学の教授である著者の、人間の意識拡大の可能性を「SRV」(Sientific Remote Viewing)により追求した驚異のレポート。TM瞑想のシダーであり、モンロー研でフォーカス25まで行った後の元軍事用訓練がいかに人間の意識の拡大に効果的に作用するか、それを実証した記録である。 というところで、出かける時間になってしまいました。とうとう、この「スピリチュアル・精神世界」系、次は4日目の突入です。
2007.04.13
コメント(0)
![]()
昨日の続きで、「スピリチュアル・精神世界」系 です。 スピリチュアル・精神世界」系 第2回(10)キャロル・アドリエンヌ 「人生の意味」 ;現在着々と進行している、と言われる人間の意識の変化、そしてシンクロニシティーの重要性を訴える。 (11)キャロライン・メイス 「7つのチャクラ」 :日本語訳の名前がなんとなく安っぽくていやだが、原著は「魂の解剖学」。直感医療の第一人者である著者による、人間の精神と魂、そして現代医療と魂の医療の相関を、自信の医療経験から多くの例を引いて見事に説明している。 ただし、このリンクは現在楽天ブックスにある「第8のチャクラ」です。私が読んだのは前著。(12)森田 健 「私は結果 - 原因の世界への旅」 「究極のいい運命へ - 神とつながれ」 「運命を変える未来からの情報」 :私財を惜しみなく世界の「不思議現象」の追求につぎ込み、自分自身をも実験台に、この世の「不思議」のしくみを研究し、その緻密な実証主義と共に多くのファンを持つ森田健(森田健作ではありません。笑)の「神の追求」の軌跡。ただ、この人の本を読む時は、あのときのあの考え方は間違っていた、ということも多いので、最新の著作を読んだほうがいいかも。 (13)リチャード・バック 「魂との対話」 :これも原著の「自然との対話」の方が内容を直接説明している。しかし、この「対話」は比ゆ的な言い方ではなく、実際に植物や川、水、岩などの自然とテレパシーによる会話を通して著者が得た、地球生命体の真実の声。有名なウィンドホーンの奇跡などにも説明が及ぶ。 (14)シルビア・ブラウン 「スピリチュアル・ノート」 :米国のサイキックである著者の、リーディングを基にした人間の生き方に対する知恵の数々。 (15)江原 啓之 「江原啓之への質問状」 「幸運を引き寄せるスピリチュアルブック」 「スピリチュアルな人生に目覚めるために」 :これはもう説明は不要でしょう。意外に、この3冊しか持っていませんが、あとは応用だけでしょう。 (16)マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー 「超越瞑想入門」 :あのTM瞑想の創始者マハリシの、瞑想入門。入門とは言いながら「存在の科学と生きる技術」という副題からわかるように、かなり重たい内容。私自身、まだよく分かっていない。 (17) 藤井 義彦 「できるビジネスマンは瞑想をする」 古川 千勝 「超越瞑想 TMパワー」 秋野 太作 「私、瞑想者です」 :TM瞑想が出てきたので、ついでに関連の本。一つ目は割りと有名。著者の実践の記録。二つ目は、日本におけるTMの導入に尽力した人の本、そして最後は、ご存知、俳優の秋野のTM実践記録。 (18)クリシュナ1~4 - 堀田 和成解説 「パガバット・ギーター」 :マハリシが出たところで、インドの古代の英知「ギーター」の解説。 これで二日目。三日目もまた「スピリチュアル・精神世界」系になりそうです。他のジャンルに行けるのは何時になるのでしょうか・・・・・
2007.04.12
コメント(2)
![]()
注)何冊か漏れがあったので追加しました。なお、文字数制限(半角で10000字まで)のため、全部のリンクは掲載できませんでした。悪しからず。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーということで、何回かに分けて私が今読んでいる本や読んだ本をリストアップしようと思います。まずは、そのジャンルをある程度分け、そのジャンル別に挙げて行こうと考えたのですが、いいジャンル名がない。一応、今回から何回かに渡っては「スピリチュアル・精神世界系」ということで挙げますが、この範疇に入らないものも多少出てきます。言ってみれば、「生きる」ということを考える、とでもつけた方がいいのかもしれませんが、そうすると、今度は逆に範囲が広すぎることにもなり、まずはこれで行きます。ということで、 「スピリチュアル・精神世界」系 第1回(1)ニール・D・ウォルシュ 「神との対話」 :今現在の、私のバイブル的な本 単行本 全3巻 文庫版 全6巻(実は両方持っています。文庫は携帯用) 「神との友情」 単行本(上・下) (2)ロバート・A・モンロー 「究極の旅」 : 人間意識の可能性、人間存在の非物質次元へのつながりを確信させてくる本。 「魂の体外旅行」 : 初期のモンロー氏の体験・彼の研究所の成果を垣間見る (3)飯田史彦 「生きがいの創造」「生きがいのマネージメント」「生きがいの本質」「生きがいの催眠療法」 「人生の価値」 「ブレークスルー思考」 他 :社会科学者らしい、真摯な「人間が生きる意味」の追求と、それを通した「生き方」を考える本 (4)ブライアン・L・ライス 「魂の療法」 「前世療法」 「前世療法2」 「前世からのメッセージ」 :前世療法を世の中に認知させた、アメリカの最先端医学者の「前世」シリーズ (5)シャーリー・マクレーン 「アウト・オン・ア・リム」「ゴーイング・ウィズイン」「ダンシング・イン・ザ・ライト」 :あまりにも有名な、シャーリーの魂の軌跡。 スピリチュアルな世界を世の中に認知させるのに多大な貢献をした、記念碑的な本。 (6)天外伺朗 「心の時代を読み解く」 「ここまで来た『あの世』の科学」、その(2)、 「イーグルに聞け」 「運命の法則」「幸福な人生の秘密」* 「超能力と気のなぞに挑む」* :ソニーのデジタルオーディオの開発を引っ張ってきた科学者の、この世の中の構造に挑む中で精神世界の非可分性を徐々に認識していく過程。 (7)ジェームズ・レッドフィールド 「聖なる予言」 「新しき流れの中へ」 :これもシャーリーの本と同様、スピリチュアルの世界を世の中に広めた記念碑的な本。 (8)島薗 進 「精神世界のゆくえ」 :スピリチュアルや精神世界を、その歴史や成り立ちを含めて俯瞰的に見つめ、その思想・潮流の理解を助けてくる、大変な労作。 (9)加島 祥造 「タオ」 :2500年前の老子を、非常に分かりやすい現代語による詩にしてくれ、その思想の真髄に触れさせてくれる本 今日はここまで。こんな紹介の仕方をしていたらきりが無いようです。ちょっと紹介の仕方を考えなければ・・・・次は 「スピリチュアル・精神世界」その(2)の予定。
2007.04.11
コメント(9)
スピリチュアルの世界では、意味のある「偶然の一致」をよくシンクロニシティーと言う。本当は今日から私のブックリストを書くはずだったのだが、なにか気が進まないので一度バッファを置くつもりでこの日記を書いている。それで、シンクロニシティーだが、先週はアメリカではイースターであった。イースター、すなわち「復活祭」で、キリストが十字架に磔になった3日あとによみがえった日、という記念日である。先日の日記にも書いたのだが、ノーマンメーラーの「聖書物語」を先週読んでいて、土曜日の晩に読み終わった。実はこの本、2年ぐらい前に買ってあったのだが、ついぞ読む気が起きなかったのだが、なぜか突然読んでみようという気になって、先週読んだ。そうしたら、それがたまたまイースターの週で、最後のキリストの処刑と復活の話を読み終わったのが土曜日の夜、つまり復活祭の前日。そして、日曜日に教会へ行ったら、復活祭の特別な聖餐式はあるし、説教もこのキリストの復活にかかわることであったので、ここでやっと「ああ、イースターというのは復活祭」だったんだ、と気が付く有様。しかし、丁度その前日に読んだ部分が牧師さんの説教のはしばしに出てくるし、「なんという偶然だろう!」と思ったものだ。しかし、問題はこれから。これを単なる偶然として片付けるのか、それともシンクロニシティーと考えるのか。もしシンクロニシティーとして考えるのであれば、それは「意味のある偶然」でなければならない。そして、この場合の「意味のある」という「意味」というのは何だろう?と考えてしまった。教会に来ている人にこの話をしたら、それはもう、話した人全員が、それはなんらかの意味があるのでしょう、という。普通に考えればそうなるのだろうけれども、私自身はなんの意味があるのか、いまだに判然とはしていない。今日一日も神妙に(?)にしていたのだが、何も起こったわけでもない。(笑)さてさて、これは本当は何だったのだろうか?
2007.04.10
コメント(2)
この楽天ブログはそうでもないが、Mixiでは、ここアトランタに居住している人が結構メンバーになっている。そして、その中でも、アトランタ・GAコミュにティーというコミュに参加しいてる人数は1000人を超える。もちろん、現在アトランタに住んでいる人だけではなく、過去アトランタに住み、その後帰国してしまった人もかなりの人数居るようなので、この1000人がアトランタに今住んでいるわけではない。それにしても、メトロアトランタで6000人内外という日本人の人口を考えると驚異的に大きい数字ではある。そのMixiにもブログがあるのだが、私はこの楽天ブログにリンクしているのみで、Mixi独自では書いていない。したがって、このコミュのメンバーが私のMixiのページに来ると、この楽天ブログに来ることになる。そういったつながりから、最近立て続けに何人かの方から、ここの日記で書いている本を貸してほしい、という要望を受けた。やはり、私同様、日本語の本屋は一軒あるけれどもそれほどの在庫があるわけではないし、取り寄せるとばか高くなるという事情もあり、日本語の活字に飢えている人も結構多いようだ。もう一つは、私のこの日記、スピリチュアル系の本の紹介が多いのだが、どうも周囲の人の中でも、「投資」と「スピリチュアル」の両方に興味をもたれている方が多い、という印象だ。その流れで、是非、持っている本のリストを掲載して欲しい、できれば、その中から、読みたい本があったら貸して欲しい、という要望があり、これから何度かに分けて、蔵書(というほどのものではないが)リストを掲載してくれたら、という話になった。リストはテーマ別。そして、日記に書いた後は、フリーページのほうにそれをコピペしておきたいと思っている。そういえば、今のフリーページの「昔読んだ本」も、本当にこのブログを始めた当初の「昔」読んだ本のリストのまま、更新もしていなかったので、ここで更新を兼ねて行っておくのも悪くない、と考えた次第。次回から何回かにわたって、このリストを掲載しようと思います。
2007.04.08
コメント(0)
ブログを三つ書いていることもあり、またこの楽天ブログが20万アクセスを超えたこともあり、しばらくはゆっくり書いていこうと思います。投資関連は投資サイトのブログ、退職後あるいはセカンドライフ関連は日経WagaMagaのブログ、そしてこの楽天ブログは「日常生活」あるいは「生き方」を中心にテーマを分散しようか、と思っています。しかし、比較すると、この楽天ブログが一番「重たい」のです。やはりそれは「生き方」に関連するテーマが多いせいでしょうが、過去のブログを読んでみると、よくこんなに書いたな、と我ながら関心するばかりです。(笑)しかし、今後はゆったりと、マイペースで行きたいと思います。さて、4月に入りました。 ここアトランタも、今年の日本と同様、かなりの暖冬でした。例年だと、一冬に何回か雪が降り、そのうち一回か二回は多少積もる、という、まさに日本の東京とさして変わらない。ところが暖冬のため今年は一度も雪が降っていなかった。先日東京で初雪というかみぞれが降った記事を見て、こちらは結局一度も降らずに今冬は終わりそうだな、と思っていたら・・・・昨晩、雪が降りました。4月の6日になっての初雪。これもかなり異常でしょう。そして今朝起きて見ると、裏庭の水が凍っていました。かなり寒かった証拠です。しかし、昨日の日中はなんと車を走らせているときは「冷房」でした!!なんという温度変化なのでしょう。一方、アメリカの北部の方は、かなりの冷え込みと積雪があり、今日も娘は友達と一つ北のテネシー州まで遊びに行っているのですが、さきほど電話があり、雪が降っているそうです。暖冬が即、地球温暖化のせい?などと思ってしまいますが、それはそんなに直接的なものでもない。だが、いずれにしても、例年とはちょっと違った天候であることは確かだ。今年の夏はどんな夏になるのだろう。
2007.04.07
コメント(2)
![]()
今読んでいる本。「新しき流れの中へ」 ジェームス・レッドフィールド著 角川書店 「聖書物語」 ノーマン・メーラー著 ハルキ文庫 前者は、スピリチュアルに興味がある人ならかなりの人が知っているであろう、同著者の「聖なる予言」と「第10の予言」の、特に後者を解説した本である。この本はかなり読み応えがある。分量が、という意味ではなく、人類のパラダイムシフトについて、スピリチュアルな観点から書いている本で、その元となった参考文献を見ても私が今まで読んできた本がかなり入っており、その意味でも現時点の私の世界観と共通している部分が多々ある。これについてはまた別途日記に書くつもり。で、後者は、ユダヤ人作家のメーラーが「人間としてのイエス」を書きたかった、と言っているように、神の子としてのイエス、というより、人間としてのイエスを、一人称で書いている小説である。こんな小説を、キリスト教国である米国で出版する、ということも勇気あることに違いない。なぜならば、かなり、聖書に書かれている福音とか聖書を通してのイエスのイメージに合わない「人間イエス」を描いているからだ。そのせいか、かなりの部分の記述は「新約聖書」ではなく「旧約聖書」の予言にのっとっている。もしかしたら、これはメーラー自身がユダヤ人だ、ということに関係があるのかもしれない。つまり、ユダヤ教というのは基本的に「旧約聖書」のみをその根本経典としているから、彼も「人間イエス」をその旧約で予言されたメシアとして忠実に描こうとしたのかもしれない。しかし、これは彼自身の宗教観、信仰によるのだろうけれど、最後に神に対する疑問を呈するイエスを描いている。その理由を読む限り、彼は「神」と「イエス」を人間としての価値基準で判断しよう、というところが見え隠れする。その見方は「神は全能ではない。ただ、彼は最善を尽くしているだけ。そうでなければ、この世に大災害や災厄があることの理由がなくなる」というものだ。少なくとも、最初にあげた「聖なる予言」的な人間のスピリチュアリティーの進化とかパラダイムのシフトとは同列には扱えない。その「シフト」は、イエスによる奇跡を肯定し、その奇跡による人間への影響、という形で現れているに過ぎない。彼ほどの書き手でも、こと「イエス」を描く、となると、こんなに皮相的になってしまうのか、という気がしなくもない。それだけ小説などの題材にするには難しい対象である、ということか。
2007.04.05
コメント(2)
日経WagaMagaという会員制SNSがあります。2週間ほど前にそこに加入しました。これで、私のネットライフは、この楽天ブログに始まって、次にMixi、昨年末に、この楽天ブログの仲間たちが立ち上げた投資サイトのイーカネット、そしてこのWagaMagaと、4つのメディアになった。Mixiだけは自分用のページも日記もあるのだが、他のブログにリンクできるので、ここ独自では日記は書いていない。しかし、他の3つは、それぞれ独立しているので、都合3つのブログを持ち、毎日3つの日記を書く、ということになってしまった。この日経WagaMaga、まだスタートしたばかりのようで、会員もまだ少なく、そしてその対象が「退職した人、これから退職が射程に入っている人」つまり、団塊の世代、あるいはこれから老後のことを真剣に考えよう、という世代の人たちであることから、なかなか若い人が中心のMixiのような具合にはいかない。しかし、これからの高齢化社会を考えると、これは先行ではあるにしても、これから加入者は増え続けるのでしょう。この楽天は、不特定多数の老若男女。Mixiは、より若い層で、ブログというよりコミュニティー中心。イーカネットは、会員制でもあり、投資仲間の集まり。そして、このWagaMagaは、退職したり、退職を控えていたりする同じ世代が中心になった集まり。こんなカテゴリーわけで、当分、それに合わせた日記のテーマなりを選んで行きたいと思っている。それにしても、日経WagaMaga、内容は???だが、なぜか居心地がいい。なぜでしょう??(笑)
2007.04.03
コメント(0)
3月31日で、早期退職してから丸3年経ちました。そして、4月1日、つまり昨日の晩、この楽天ブログが20万アクセスを超えました。そして、もう一つ、4月1日は、実は結婚記念日で、結婚18年になりました。それぞれ、感無量です。早期退職後3年・・・・・よくなんとか生きてこれたものだ!(大げさかな?)楽天ブログ 20万アクセス達成 ・・・・ 自分でも信じられません!結婚18年 ・・・・ ただただ妻に感謝です!それぞれ、書きたいことがたくさんあるような気がするのですが、なかなか言葉が出てきません。全てに共通するもの・・・ それは、自分を支えてくれている全てのものに対する感謝です。退職後3年間の生活、そして始めてから2年と3ヶ月半経つこの楽天ブログ、そして結婚後の18年、特に退職後の3年間の妻の理解と協力、これら三つは切っても切り離せません。この3年間の初めの8ヶ月を除いて、楽天日記にその日々をつづってきました。まさかこんなに続くとは思っても見なかったわけですが、今更ながら読み返してみると、実にさまざまなことがあり、さまざまなことを考えてきたことがよくわかります。その時々で多少内容の傾向が変わってきていることはもちろん、同じような内容でも徐々に変化していることも見て取れます。開設後835日。日記記入率97%。そして20万アクセス。う~ん、やっぱり感無量です。 感謝!!
2007.04.02
コメント(4)

アメリカ人は本当によく引越しをする。だからこそ、日本の20倍とか言われる中古住宅市場があるのだが・・・私の家の周りでも、1週間前に隣の家が売りに出されたと思ったら、今日になったらなんと向かいの家も売りに出ていた。下の写真の上が左隣の家、その下がお向かいの家である。どちらも5ベッドルーム、2.5バスルーム、居住面積約240平米で、ガレージが2台あるいは3台付き、土地は約300坪から400坪。これで売り出し価格が約4300万円(36万ドル)ちょっと。 左隣の家は取引履歴を見ると2000年に越してきているので、ほぼ7年。アメリカ人としてはやや長いほうかもしれない。ところが、お向かいの家は越してきたのが2005年の5月だ。まだ2年も経っていない。5年から7年に一度は引っ越すのが普通のアメリカ人でもこれは少し短すぎる。いくら家が値上がりしても、こんな短期間ではその売買諸費用に全て消えてしまうはずだろうけれど、まあ、なにか仕事の都合かなにかなのだろう。うちも、日本に帰国する時に家を買い換えたので、2003年以来ここに住んでおり、すでに4年。生活も苦しくなっているので、そろそろもっと安い家に買い換えようか、と思案中である。なにせ、この住居関連費用だけでx百万円はかかってしまい、これが一番の出費だからだ。う~ん、でも家族が納得しないだろうな~・・・・
2007.04.01
コメント(2)
全25件 (25件中 1-25件目)
1