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26日の日記でも書いたように、今売りに出している物件のうち一つが売却が決まり、本当なら今日が最終決済の予定でした。しかし、どうも準備が間に合わなかったらしい。弁護士のほうから来週月曜日に延期してくれ、との連絡。まあ、21日に購入契約で、29日にクロージングでは確かに中8日しかありません。ちょっと無理だったようです。ということで、「売却完了!」と報告できるのは月曜日(以降?)になってしまいました。そうこうしているうちに、もう一軒売りに出している物件の方に、もしかしたらテナントが決まるかもしれない、という情報が・・・・2ヶ月前には、二月続けて2軒も空きになってしまい、今年はどうなるのだろうか、と心配していました。が、一軒は1ヶ月で売却が決まり、もう一軒は、もしかしたらテナントさんが決まるかもしれません。入居時期は、現在のテナントさんが退居したすぐ後ですので、空き室もほとんど発生しません。う~ん、今年はツイている、かもです。
2007.06.30
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売却が決まった物件のインスペクションが行われ、指摘事項が6項目ほどあった。1)ガス給湯器が作動していなかった ⇒ 修理可能と思われる2)煙検知警報機が作動しない ⇒ ユニットの交換が必要か3)屋根の煙突の周囲に水によるダメージが認められる4)ガレージから居間へドアのパッキンが破損5)キッチンのアイランドの角が壊れている6)裏のパティオのレンガ積みが危険といった内容。なにか、大した内容はないな、と思いながらも、つい2週間前まで人が住んでいたので、(1)はありえないだろう、と思っていた。(2)も試したことはないが、新品だったのでなにも心配していなかった。そこで、自分でこの二つをチェックに行ってきた。(3)は業者に来てもらい修理(というか、ダメージ部分のペイント塗り替えとコーキング処理を行ってもらった)。すると、(1)は、ガス給湯器のパイロットが点いていない。これではお湯が出るわけがない。 操作説明書を読みながらこれを点火させて、しばらく経ってから確認するとちゃんとお湯がでるではないか。そして、この(2)は、検知器を見ると、新品のため電池が入っていない。早速買ってきて電池を入れ、天井の所定の位置に取り付けして、真下でライターに火をつけて試してみると5秒ぐらいでけたたましい警報音が鳴り響く。これも、つまり電池がなかっただけのこと。なにか、このインスペクター、本当に資格をもっているのだろうか、と首をひねるような指摘事項で、後の項目も些細な内容なので、すべて対応終了。これら全て含め、煙突の修理も入れて$150もかかっていない。家を売るにあたっては普通ペンキの塗り替えやら修理やら、インスペクションで指摘された項目への対応で数千ドルかかるのが普通だが、今回はこれっきり。ただし、これを業者に来てもらって全てやったら、やはり$1000ぐらいはかかっていたかもしれない。自分でやれることは自分でやる。経費節約と、自分の知識・経験の向上との一石二鳥だ、と思いながらもしこしこやっている。
2007.06.29
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今日のニュースで、世界人口が66億人を突破したようだ、と報じていた。子供の頃の「世界人口30億」と習った数字がその後永らく頭に残っていて、どうもピンとこないが、つまりは40年ぐらいで2倍以上になっている、ということは確かだ。その関連で国別の人口増加などのデータもあるが、今日見て愕然としたもう一つのデータは「都市化」の進展に関するもの。これです。ここのサイトはいろいろなデータを集めているので、ときどき眺めたりしているが、これは世界の「大都市圏」についてのデータと同時に、世界の「都市人口」と「農村人口」の推移を載せている。これを見ると分かるように、今現在の時点でほぼ「都市人口」と「農村人口」は拮抗している、つまり50%が都市部に住んでいることになる。66億人の50%、33億人である。人口は加速度的に増えていくのに対し、農村人口はこれからは減少傾向で、その分、都市部の人口は急激に増えていく、と予測されている。奇しくも、日本でも先日見たNHKスペッシャル「日本のこれから」でもやっていたが、地方と大都市、それも特に東京圏への一極集中が話題になっていた。これは日本だけの傾向かと思っていたら、そうではなく、世界的な傾向である、ということがこれでわかる。今考えるべきは、なぜこうなるのか、そして、それによる影響はなんなのか、ということ。ふと、大量に生殖したある生物が、突如集団で湖や海などに突入して死んでしまうことがある、という、あの自然がもつ不可思議な調節機構のことが頭に浮かんでしまった。
2007.06.28
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先日の日記で、売出し中の物件に初めてオファーが入ったことを書いた。先週の土曜日に、買い手側のインスペクターが建物の検査を実施し、今日レポートが届いたが、購入時いろいろと直していて、それから一年しかたっていないため、大きな指摘項目はなし。通常、家を売るときには最低でも2~3千ドルの出費を覚悟しなければならないのですが、今回は、指摘項目を全て直しても$500ぐらいで済みそうです。購入者は全額自己資金でローンを取得する必要がないため、最終決済は早ければ今週の金曜日にも出来そうな雲行きになってきました。今回は、購入申し入れの金額が結構低かったのですが、それでも「全額自己資金」「ローン不要」で最短で10日で決済可、という条件がすばらしかったので、価格交渉をせずにそのまま承諾したものの、実際、本当に購入するかどうかは最後までわからない。でも、明日、契約上キャンセルできるデューデリジェンスピリオドを終えるので、そこまで行けばほぼ売却は確定です。取らぬ狸のなんとか、ではありませんが、昨年4月にこの物件を購入し、それから賃貸、そして売却へ、という一連の「不動産投資」プロセスがそれで完了するわけなので、一応、収支をざくっと計算してみました。本来なら2年以上保有しないと損失を出すのですが、今回は、1年で売却となり、ちょっと心配でしたが、なんとか$2000ぐらいの黒字で終われそうです。まあ、ここにキャピタルゲインTaxがかかってくるのですが、それも15%ですので、ほぼ黒字のまま終わることが出来そうです。テナントさんの突然の解雇に始まった今回の本物件のどたばたも、最小限の被害に留めることができそうで、胸をなでおろしています。しかし・・・・テナントさんの斡旋、物件調査、案内、購入、修理、メンテナンス(労働力投入)、そして売却という一連の活動で、投入した手間隙は結構なものがあります。それで「なんとか損失を出さずに済みそう」というのも、なんだかガッカリする結果ですが、まあ、いくつも投資をしていれば、こんなこともあるでしょう。とにかく、この契約完了までもう少し。頑張ります。
2007.06.26
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今日は、一年に一度のピアノリサイタル。開催が夏休み中ということもあり、かなりの生徒が欠席、今日は全部で20人ぐらいの生徒が一年の成果を発表。と言っても、日本のピアノ教室とは恐らく異なって、2年以上続けている生徒が本当に少ないため、毎年ほとんどが初心者、それも小学生以下、というピアノ教室なので、発表会もレベル的には非常に低い。我が家の3人がラスト4人の中に入って、毎年のとりは上さん、というのが恒例だ。写真は、開始前の会場。近くのスタインウェーの店の一室を借りて行う。写真上は娘。下が息子である。昨年は途中で詰まってしまったり大きなミスがあったりしたのだが、今年はどちらも小さなミスは数々あれど、なんとか無難に終了し胸をなでおろした。妻はとにかく緊張しやすいので、いつもの通り、あまり難しい曲ははなから選ばず、ゆっくりとした曲を弾いているので、こちらはあまり心配(?)することはない。(写真は、本人が嫌がるため掲載しません。悪しからず)それにしてもこのピアノ教室、うちの3人が抜けたらどうなるんだろう、といつも思ってしまう。発表会である程度まともな曲をまともに弾ける人が居なかったら、それはそれでごく寂しいものになってしまうに違いない。でも息子も高校3年(4年制です)、そろそろピアノもサックスも勉強も、というのは厳しくなりつつある。さて、いつまでこの3人でのリサイタルが続くか・・・
2007.06.25
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最近は庭仕事以外の運動をしていないので、運動不足の感は否めない。そのせいもあり、先日2日続けて庭仕事をしたら、情けないことに腰を痛めてしまった。以来、ずっと腰がなにか重苦しい。なにか運動をしなければ、と思っているのですが、それも気持ちばかり。こう暑いので、本当は水泳がいいのですが、なかなか腰が上がらない。そんな時に、息子が出来もしないテニスをしよう、としつこく誘うので、今日は夕方7時を過ぎてから、ちょっと揉んでやりました。(夜は9時まで明るいので)7時から始めて、8時半まで1時間半。もちろん双方へたくそなので、それほどの運動量ではないにしろ、なにせ日が翳った後とは言えまだ30度以上の暑さの中でのテニスなので、開始早々に早くも汗びっしょりに。でも、終えてシャワーを浴びた後、ふと腰を意識すると、気のせいか少しよくなった気がする。もしこでよくなったら「逆療法」で、いいかもしれないし、もしかしたら明日起きるときには難儀するようになったら・・・・まあ、明日の朝のお楽しみにしましょう。
2007.06.24
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またまた毎日暑い日が続き、毎年恒例ですが、今年も水の季節がやってきました。そう、子供たちの水泳の季節です。団地の水泳チームに所属し、シーズンで5、6回 他の団地との対抗戦があり、それに年齢別で出場します。 今年も、息子は5種目、娘も5種目に出場。まず、息子の方は、 平泳ぎとリレーでは、なんとか一位を獲得! 娘も頑張り、やはり平泳ぎで2位。抜群のスタートを切った。 そして、折り返し点まではトップで・・・ しかし、体格差もあり、終盤追いつかれて、タッチの差で2位。 まあ、とにかく、普段なにもしていない割りによくやってくれました。ということで、親ばか日記でした。
2007.06.23
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先日、日記にも書いたが、日本から赴任してきた人の賃貸物件の選定・契約が終わり、入居手続きに入っている。実はすでに先週の土曜日から入居しているのだが、まだ本人のソーシャルセキュリティー番号がとれていなかったので、電気・ガス・水道・ケーブルTV・電話などのユーティリティー関係の契約ができていなかった。仕方がないので、大家さんにお願いし、しばらく大家さんの契約を継続してもらい、後から清算することにしてソーシャルセキュリティー番号の取得を待っていた。昨日、この番号が取得でき、早速、今日は朝からあちらこちらに電話して、これらの契約をテナントさん名義で申し込んだ。しかし、さすがクレジットの国。日本から着たばかりで、ソーシャルセキュリティー番号をとったばかりなので、申し込むと、場合によってはクレジットチェックをされ、それで拒否されることがある。今回もガスの申し込みをしたら、信用調査により不可!という返答で、仕方がないので、そういった場合の申し込み先に電話し、なんとか契約を終了。しかし、普通なら最初の料金請求のときに、支払い延滞時のためのセキュリティーデポジットを払うのだが、このガスの場合、この前入れ金をキャッシュで所定の機関に収めなくてはならない、という。仕方がないので、わざわざそこまで出向いて、たった$150ではあったが、立て替えて現金で納金してきて、その記録を以ってやっと契約にこぎつけた。自分の場合はどうだったのか、多分不動産屋さんにまかせてしまってやらなかったのかもしれないが、こんな面倒なことをした記憶がない。とにかく、今日は合計で2時間ぐらい、あちらこちらに電話をしまくって、ようやく契約完了。これを、日本から来てすぐの人が全てやるのは確かに大変だ。だからこそ、の仕事をいただいている、とも言えるのだが。まあ、とにかく、このテナントさんとの契約で「生活設営」まで含めて全て責任を持ってこちらでやることになっているので、あとはケーブルTVの接続工事の日にその家に出向いて完了を見届ける必要があるが、それでほぼ完了となる。その間に、昨日の物件売却もとどこおりなく終了すれば、なんとなく、この6月は少しは働き、少しは3月以来課題になっていた資産整理ができた、と言える様になるのだが・・・。
2007.06.22
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現在、所有物件のうちアトランタにある2軒を売却orレントのリスティングをしていますが、本日、そのうち一軒にオファーが入りました。購入申し込み価格は、満額とは行きませんが想定範囲内だったので、折り返し受諾の旨サインして送り返しました。この物件、先月末でテナントさんが出て空き家になっていたわけですが、それからすでに20日。リスティングを挙げてから40日目です。結構ショーイングがあり、この40日で20組以上のお客さんが見に来ているわりにはオファーがなく心配していましたがやっと・・・。ただし、今回の買い入れ申し込みにはデューデリジェンスピリオド、ということでこの購入申し込み受諾以降5日間は、買い手が建物の検査や評価をする期間が与えられ、その結果としてこの買い入れ申し込みをキャンセルできる条項が付加されています。なので、これで売却が決定!というわけには行きませんが、希望購入価格にはマッチしたので、そこそこ可能性はあると思っています。これが売れれば、もう一軒の売却に専念できます。何も問題なくいって欲しいものです。
2007.06.21
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昔に買っていた本で、読んでいなかった、インドの思想・宗教関連の本を読み始めています。一つは、クリシュナ - パガヴァット・ギーターもう一つは、カルマ・ヨーガどちらも重いので、ちょっと読んでちょっと感想、というわけにはいかない。第一、特に始めのパガヴァット・ギーターの方は、ちょっと読んでもなかなか頭に入らないので、読み通せるのかさえ定かではない。しかし、書いている、堀田和成という人がクリスチャンで、キリスト教の神を唯一神と信じていながら、このインド古来の大叙事詩に、キリスト教の神との共通点を見出し、それを持って聖書の内容がより深く理解できるようになった、と書いてあるので、とにかく、そのような観点を持った人がどうこれを受け止めたのか、という点に興味がある。読んだ後に感想を書くかもしれないし、もしかしたら、このままかもしれない・・・
2007.06.20
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これは、NHKスペッシャルの題名で、「もう医者にはかかれない - ゆきづまる国民健康保険」という番組を今日見た。こちらは日本のTV放送が1chしかなく、バカ高いうえにろくな番組をやっていないので、時々収録したDVDを借りてきて見ているのだが、これもその中の一つ。しかし、今年の税制改正で、所得税から住民税への税源委譲という名目で、住民税がかなり上昇したのは知っていたが、いろいろな税が所得税の申告所得をベースにしているため、定率減税廃止や配偶者控除その他の減税措置が廃止になった影響があちらこちらに出ていることがわかった。この国民健康保険もその一つで、昨年から大幅にアップして、その増加額は所得税の減税分が住民税の増税で相殺されているため、ほとんど丸々家計負担の上昇につながっている。その保険金額は人によっては年金支給額の一か月分を優に超えるケースも多い。今回の負担増で、この国民健康保険を払えなくなっている人が激増している、という番組の内容であったが、驚いたのはむしろ、厚生省の年金課長が「保険というのは、それを支払う人だけに与えられる相互扶助のシステムであり、保険金を支払えない人は当然、その恩恵を受けられない。現在の制度では、支払えない人の増加は、各自治体の自助努力で改善してもらうほかはない。」と言い放っていたことだ。それ以上は、健康保険のシステムではなく、「生活保護」などのほかの制度で対応すべきもの、というわけである。それがために、生活保護の申請が急増しており、昨年100万世帯を突破した非保護世帯の増加は今年は一層加速しそうである。しかし、国民の「義務」としての「保険」であるのだとしたら、この切捨てはなんとも納得できない気がする。これでは、全て任意のアメリカの保険と変わらないではないか、と。ひるがえって、アメリカの保険は、国としての保険制度がないために(メディケアーという高齢者向けの保険制度はある)、全て個人の責任で加入するのだが、これは所得に関係なく、ひとえに保障内容によっている。年々、医療費の高騰と、受療者の増加により、この保険の掛け金もすさまじい勢いで上昇しており、日本など以上に「保険を払えない」人は増加している。我が家でも、自己負担を$5000ドル(約60万円)まで引き上げたにも関わらず、年間の「保険」の掛け金だけで約100万円であり、自己負担まで入れると年間150万円以上の医療費がかかる可能性もある。これは申告所得には関係ないので、私の全収入がたとえ100万円以下だとしても、この同じ内容の保険に入ろうと思えばこれだけのお金が要る。もし入らなかったら、いったんちょっとでも病院の厄介にでもなったら、すぐその医療費は100万円を超えてしまう。つまり入るのも大変、入らないのもはなはだ危険、という状態で、保険未加入の人が増えているのもさもありなん、である。日本でも医療費の高騰は加速してきており、国民健康保険財政は加入者の高齢化と共に今後ますます悪化の一途だろう。となると、今後も保険料の値上げや、負担率などの上昇など、なんらかの変更があるはずである。なにか、だんだんアメリカの悪しき実態に近づいてきている気がする。もう日本でもアメリカでも「医者にかかれない」?
2007.06.17
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うちの上さんは、私が言うのもなんだが、いたってきれい好きである。というより、汚かったり、散らかっていたりしたら我慢ができない性分のようだ。(私とは正反対で・・・笑)家の中はいつも片付いていて、毎日のように掃除をしている。これはこれで有り難いのだが、昨日、庭を見て、「どう見てもうちの庭が一番荒れてるね」とのたまわった。外回りは私の領分である。つまり、庭があまりにもみっともないので、ちょっとは手入れしてよ!ということ・・今日、早速庭を手入れし始めた。朝の間はちょっといつもより気温が低く、かつ、うす曇りの感じだったので始めたのだが、みるみる完璧な晴天になり、つれて気温も上昇、作業しはじめて1時間も経ったら汗だくになっていた。今日の作業の主体は、前庭の手入れ。植わっている名前も知らない草があまりにも荒れているので、すべて引き抜くことにしたのだが、これが思いがけず大変な作業になってしまった。シャベルを持ち出して、根こそぎ抜くのだが、根が張っていてなかなか抜けない。ようやく前庭の半分を終えたところでグロッキーになって、あとは一応松の木肌を細かく砕いたものを一面に敷き詰める。庭の手入れの前に、家の周り中に防虫処理をしたのも含めて総作業時間約4時間。時間の割にはバテました。気温のせいもあるのだろうけれど、シャベルで土を掘り返す、という作業がことのほか堪えた。これしきのことで、と若干情けない気もしないではないが、事実だから仕方がない。背筋が弱くなっているのがまざまざと分かります。日ごろのだらっとした生活の報いか・・
2007.06.15
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このブログをお読みの方は、私がなんらかの宗教に属しているのでもなく、どこそこの宗教に肩入れしていることもないことは理解していただいていると思う。それでも、「宗教」というか「信仰」の持つ力というものを認めるにやぶさかではない。特に、世間的には非常に困難な状況、病気、迫害、災害、家族の不幸などなどに見舞われた人にとっての「宗教」あるいは「信仰」の価値は大きいものがある、と思われる。しかしながら、いくたの宗教書や教本などを読んでも、やはりそれらは勧誘のための勧誘的な感じがして、いまだに「これはいい本だ」といえる本に出合えることは少ない。先日のマザー・テレサの本などは、その数少ない本の一つかもしれない。そんな中、今読んでいる本、「ジョニーは生きる」 ジョニー・エレクソン著 いのちのことば社 (残念ながら楽天ブックスにリンクはない)は、こういった数少ない本であると、私自身は思う。少なくとも、私が今までに読んだ、牧師や宣教師が書いたどんな本よりも大きな感銘を覚えた。スポーツ好きの活発な女の子が、趣味のダイビング中に遭遇した不慮の事故により首の骨を折り、以降、全身不随、動かせるのは頭部のみ、という状況の中で、如何に生きる意義と幸せを獲得していったのかという経緯を、自らが語った本である。初めは、聖書の語句からいかに慰めを得たか、という、ごく表面的な内容なのかな、と思って読み始めたのだが・・・私のプロフィールに、「あるがままを生きる」ことを目標にしている、と書いているが、これはごく観念的なものに過ぎない。実際、自分が彼女と同じような状態に置かれたときに、「信仰」なしに、その現実を受け入れてなおかつ、自分自身で生きる喜びを感じることができるのか、はなはだ疑問である。全身不随になった後にも、これでもか、というほど悲惨な闘病生活を送り、その中で必至に捜し求めた「神」と「自分の存在意義」、その悩みと見出だした光明の中身に対して、私はなにも言える立場にはない。言えることは単に、そう考えることによって、彼女は生きる希望と価値を自ら見出したのだろうけれど、それだからと言って、その考えが真実かどうか、というのは別問題だ、ということだろうか。それでも、それに代わるだけの他の考え方、哲学を含めて、彼女をこれだけ救える道があったのか、ということに関してはこれまた、はなはだ自信がない。これこそが「信仰」の持つ力だろう、と思う。ただし、やはり考えてしまう。「人は、自分が信じたいような方向にすべてを信じる傾向にある」ということを。この本に出てくる聖書のいろいろな箇所、イエスの言葉、使徒の言葉、それら全ての解釈を、自分が救われるほうに救われるほうに、と解釈しているのは致し方ない。それで彼女自身が救われたのだから、それはそれでいいのかもしれない。だからと言って、私がそれによって、キリスト教に対する距離が縮まった、ということも無いのだが。
2007.06.14
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昨年、賃貸物件の一軒の庭に落雷があり、暖炉まで雷が走ってボヤになったが、今度は自宅に落雷!ここ久しく2ヶ月ほど雨らしい雨が降っておらず、庭の芝生も半ば死に体で、今日雨が降ってきたので、やっとか、と安堵したのもつかの間、雹が降ってきてものすごい音がする。ふと庭を見ていると、「ドカン!」という音と共に、裏庭にある一本の松ノ木の辺りがピンク色に染まる。落雷である。あとからその木を見ると、木肌が裂け、隣の木も地肌がむき出しになっている。もうこの木は死んだかもしれない。しかし、丁度いい雨、というのはないのか・・・まあ、しかし、木に落雷しただけで、家の方はなんの被害も無かったのが不幸中の幸いだ、と胸をなでおろしている。==========と思ったら、メディアルームの32インチのTVと、それに接続しているビデオ&DVDがおしゃかになっていました・・・(泣)サージプロテクション付きのACアダプターに繋いでいたのに・・・別室の20インチのTVと、昔の安いビデオは無事だった・・・・逆ならよかったのに・・・
2007.06.13
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アメリカは良くも悪くも車社会である。本当にタバコ一つ、パンを一切れ買うだけでも車に乗らないと買いに行けない。(歩いて行ってもいいが、歩道もなく70Km~80Kmで車が横を通る道を往復4,50分は歩かなくてはならない。)学校への通学はスクールバスで、課外活動などがある場合は必然的に親が送迎をすることになる。ましてや、高校生ともなると、やれ友達の家でパーティーだ、とか、映画を見に行く、とか、ことあるごとに親が車で送り迎えしなければならない。日本のように子供がどこで何をしているのかわからない、という状況は避けられるものの、こう度々親が送迎に借り出されると、いいかげんにせい!とも言いたくなる。しかし、日本のようにクラブ活動などもない学校では、いろいろな友人との付き合いなども、こういった個々のイベントにならざるを得ない。そういった状況の中、15歳になると、車の運転練習のための許可が取得できる、ということで、いち早く車の運転免許証を取る子供が多い。昨年の制度改定で15歳では取れなくなったが、わが息子も今16歳、車の運転を練習するための仮の許可証を取得できる年齢となり、先日テストを受け無事に(?)パスした。そして今日、この息子に初めてハンドルを握らせてみた。運転する場所は当然まだ公道ではなく、サブデビジョンの中の道を行ったりきたり。他の車が通ると一旦止まってじっとしていて、車が居なくなるとそろそろと動き出す、ということを20分ほどやっていた。バックもやり車庫入れもやる。ウインカーを出せ、と言っても、それはどこだ?という状態から20分・・なんとか無事に家に帰着。さて、これからが大変だな~、と思わされる「息子の初ドライブ」ではあった。
2007.06.12
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今日は朝から、先日も書いたテナントさんへの賃貸物件斡旋の契約日。物件に行き、相手のエージェント、それに大家さんの立会いの下に、念入りに建物の現状を確認した後、正式契約。一週間後に入居予定なので、それまでに電気・ガス・水道・ケーブルTV・電話などの契約をこちらで済ます予定。その後、午後からは、昨日テナントさんが退居した賃貸物件に行き、清掃。きれいに使っていただいていたので、それほど手間はかからず、いくつか電球が切れていたのを交換し、購入しておいた鉢植えの植物をそこかしこに置き、多少見かけを良くする。先月から今月にかけて、いくつかの「不動産エージェント業務」をやっているが、このテナントさんが入居すれば、いちおう落ち着くことになる。あとは、自分の物件の売却のみ。もう少し頑張ろう。
2007.06.11
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ふと「ランチェスター戦略」の本を読んでいて、ある文に目が留まった。それはランチェスター戦略とは全然関係ないが、ある人が「武士の本分は戦うことにあるのではない。戦いに勝つことが武士の本分である」と言ったとか言わないとか・・・その是非はともかく、この「武士」を「人間」に置き換えてみたらどうなるだろうか、とふと思った。「人間の本分はただ生きることにあるのではない。XXXXXXにこそ人間の本分があるのだ」と、もし言ったとしたら、このXXXXXXにはいったい何が入るのだろうか、と。あなただったら、どんな言葉をここに入れるでしょうか? ・ ・ ・ (ここは考える時間です。) ・ ・ ・ ・ ・さて、どんな言葉になりましたでしょうか?え、私ですか? 私は、この言葉に正解はなく、人それぞれでいいと思っています。つまり、正解はなし。ただし、であれば私自身にとっては?ということでの答えは当然あります。それは・・・・武士にとって「戦いに勝つこと」を本分というなら、人間にとっての本分は「幸せに生きる」ということではないか、と。ただ、その「幸せ」の定義が、人によってそれぞれ異なるのではないか、と思うわけです。「人間、生きてるだけで儲けもの!」という言葉もありますが、それはその通りだとも思いますが、それは人間の本分を生きることになるのか、と言えばちょっと疑問があるわけです。ただただ流されて生きているだけで、生きている、と言えるのか、というのと同じようなニュアンスかもしれません。であれば、「流されて生きる」の反対ですね、目指すところは・・
2007.06.10
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今日、息子が歯を抜いた。上下4本の親知らずと、下の前部で生えていない歯が2本まだあり、そのままでは横に出てきてしまう、というので、まとめて計6本。結構3時間ぐらいかかっての「手術」でした。帰ってからもぐったりしているし血がまだ止まらないようで、時折り血が混ざって溜まった唾液を吐き出していますが、氷を左右の頬に交互に当てながら横になっています。こちらの医療は「苦痛」というものにかなり配慮するので、こういった手術でも全身麻酔である。手術後もなかなかさめなかったらしい。帰ってからもボーっとしている。娘も息子も、いまだに病気らしい病気をしたことがなく、そういった面では幸運なのだが、歯医者だけは「矯正」も含めてよく厄介になる。今年は、兄の方の矯正が終わったと思ったら、娘の矯正が始まり、そうこうしているうちに、兄の方は今のうちにこれらの歯を抜いておいたほうがいい、ということになって、この手術となった。まあ、こういったことを通して、人の痛みもわかる人間になって行くんでしょう。2,3日は頬が腫れるようなので、明日辺りが山場かな?
2007.06.09
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アメリカはいわずと知れた格差社会である。その是非は置いておいて、ちょっと見た記事からの感想を。その記事では、2006年には、自宅を除く純資産が500万ドル(6億円)を超える世帯が100万世帯を突破したことを報じていた。アメリカはご存知の通り昨年人口が3億人を突破した。そして平均世帯人員は2005年のセンサス(国勢調査)によると2.6人となっているので、2006年も同じだとすると、総世帯数は約11600万世帯。そして100万世帯というのは、このうちの0.86%に当たる。ただし、これは「自宅を含まない純資産」となっているから、もし自宅を含めたら一挙に1%を超えるのではないか、と思う。分析では、不動産の値上がりと株を始めとした投資資金の拡大がその主要因とされている。いずれにしても、アメリカ人の大多数が医療費の高騰やガソリンの値上がりに悲鳴をあげる中、こういった「富裕層」は着実に拡大している。一方で、日本のように国としての保険制度もないこの国では保険にすら入れず、病気になっても医者へ行くこともできない人が激増している。これから日本もこのような状況に近づいていくのだろうか・・それとも、アメリカがこの格差是正になんらかの動きをしてゆくのだろうか・・
2007.06.06
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マザー・テレサに関しては、一般的に(そんなものがあるかどうかは疑わしいが)知られていることしか知らない。曰く、一生を信仰と奉仕にささげた人、ノーベル平和賞の受賞者・・云々。先日、キリスト教の立場から書かれた「世界情勢」の本で、あまりの独善性にいやけがさした手前、今回また借りてきたこのマザー・テレサの本を読むに当たって、ある種の「恐れ」があった。世界中で聖女として評価が確立し、あらゆる宗教の人がその葬儀に列した、この現代の奇跡とも言える人の語った内容に対して、自分がいかに反応するか、そこに一抹の不安があったのだ。読んだ本は、「マザー・テレサ 語る」 早川書房 ルシンダ・ヴァーディ編 ↓この本の中で、マザー・テレサが語っている内容で、私が普段キリスト教に抵抗を感じる部分と共通のものがあったら、自分がどう感じるか。もし抵抗を感じる部分があったとしたら、自分が「神」とか「信仰」とか「宗教」に関して感じていることが、ある意味偏った、あるいは狭い見方から来ているのではないか、という「不安」である。それはひとえに、このマザー・テレサに関して定着している世界中の人々の評価に相反することになるかもしれないからである。しかし、この「恐れ」も「不安」も杞憂に終わった。全然ないのである。彼女が語る、「信仰」「愛」「奉仕」「平和」・・・・・これらに対して、私の中には共感と感動こそあれ、反発するところも、抵抗を感じるところもまるでない。彼女の哲学(と言っていいのかわからないが)は、非常にシンプルである。「沈黙が祈りを呼び、祈りが信仰を呼び、信仰が愛を、愛が奉仕を、奉仕が平和を呼ぶ」これだけ。これ以外のことに、彼女はなんの制約も規律も、ましてや強制も持たせないし、考えもしない。そして、その実践に、その生涯を神に捧げ、神の愛に包まれて、喜びの中に天寿を全うした・・・あとがきに、彼女の手を握った人の話が出てくる。「なんと言っても印象的なのは彼女の手だ。農夫のように大きくて、ふくよかで温かかった。その温もりに言い知れぬ感動を覚えたものだ」すごく分かる気がする。もし、私が本当にこの人の手を握る機会があったとしたら、それだけで涙がこぼれてしまうのではないか、という気がする。しかし、今、彼女はすでにいない。人類はいまだに彼女の努力に関係なく、彼女が望んだ世界からかけ離れた方向へどんどん行っているような気がする。この本に書かれたいろいろな彼女の言葉が脳裏によみがえってくる。
2007.06.05
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朝起きる。うん? すずしい!やった! 芝刈り日和だ!ということで、2週間ぶりに芝刈りに出動。ジョージアはここのところ2ヶ月ほど雨らしい雨が降っていない。庭の散水制限もされており、芝も暑さと水不足で元気がない。まあ、芝刈りする立場から言うと芝はあまり伸びてくれないほうがいいわけで、今日も一軒芝刈りをしたが普段なら2時間から2時間半かかるところを1時間で終了。余勢をかって、もう一軒、そして、また余勢をかって自宅まで、結局3軒分の庭の芝刈りをまとめて実施。さすがに朝9時半からはじめて1時半まで、ぶっとおしで芝刈りをする。各戸、それぞれ400坪ぐらいの敷地なので、今回芝刈りした面積はたぶん600坪から800坪ぐらいだろうか・・・さすがに3軒同時にやったのは最近ではあまり記憶になく、帰ってきてシャワーを浴びたら多少グロッキー気味ではあった。しかし、3時からは私が主催する「アトランタ投資研究会」というMixi上のコミュニティーの定例会があり、出かけてきて、今日は主にFXについて集中討議。疲れました。でも、芝刈りは経費節約と運動の一石二鳥、これからも体力が持つ限り続けていくつもりです。
2007.06.03
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今日(アメリカ時間6月1日)で5月の家計(BS、PLとも)締めました。家計簿はかなり「ざる」なので、クレジットカードで購入していても記載漏れがあったりするので本当かどうかわかりませんが、今月は日本でのキャッシュフローを目一杯米国に送金したので、アメリカ側としてはなんとか若干プラにはなりました。ただし、年間平均して毎月の日本からの仕送りはこの程度、と考えている金額しか仕送りしなかったら今月も赤字。BSの方は、当然アメリカ側はこの黒字分と、ファンド類が月末にかけて好調だった分でプラス、日本側はアパートの減価償却が利いているので当然のことながら大幅マイナス。本来、為替を考慮しなければトータルとしても若干のマイナス、というところでしょうが、先月から今月にかけて2円ぐらいのドル高円安のため、ドルベースで大幅減、円ベースでは大幅増、という結果になりました。ファンドはアメリカ側でしかやっていないのですが、今月は好調で1月からの累積でなんとか昨年末比5%増ぐらいまで盛り返しました。年間に換算すると10%以上で、なんとか踏みとどまっている感じです。しかし、問題は来月から。先日、日記にも書いた日本人テナントが退居し、その家を売りに出しているのですが、折からの不動産不況に影響を受けてかいまだに売れていない。そうこうするうちに来月末にはもう一軒もテナントが退居。両方で3000ドル以上の月額キャッシュフローの減です。これにどこまで耐えられるか・・・この辺の成り行きで今年の家計は大幅に左右されそうです。こういう状態を経験すると、サラリーマンで一定収入が確保されている、ということがどれだけ安心か、ということをつくづく思います。たとえそれがなんの保障も無いものだとしても・・・
2007.06.02
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今日は朝から、私のクライアントさんと一緒に、アトランタで唯一の日系学校である「聖学院」というところを訪問しました。ずっとこの学校のことはアメリカへ来たときから知っていましたし、知人でお子さんをここへ通わされている方も何人も居るのですが、実は私は行ったのが今回が初めて。このクライアントさんは日本から新規に赴任され、ご家族も7月後半にはこちらに来られる、ということで、その生活設営を今やられている方です。その一環として、この学校への入学申し込みもあるわけですが、まだ住むところも決まっていないということで、不動産エージェントとしての私にお鉢が回ってきた、というわけです。家探しの方は置いておいて、この学校、初めて見ましたが、徹底した少人数教育で、一クラス多くても15人ぐらいで、もちろん英語・日本語の両方でバランスをとりながらバイリンガル教育をされていました。驚いたのは、案内をしてくださった事務局次長さん(女性)が、子供たちや張ってある写真を説明するときに、全て名前と子供の国籍・言語環境・家庭環境を含めて説明なさったことです。さすがに少人数教育だな、と思わされ、この子は言語的にこうだから、こういうやり方をしている、といった、個々の子供の状態にあわせたきめ細かい配慮がされていることが言葉の端々に現れていました。今までは、アメリカへ来たら初めは苦労するかもしれないが、公立校へ通わせ、日本語の維持・向上は日本人補習校と家庭でやればいいのじゃないか、と思っていた。しかし、今回ここを見て、ここにはやはりここなりの良さがあるな、と感じた次第。こういう環境で教育を受けた子供が将来どうなっているのか、一度会ってみたいものだ。
2007.06.01
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