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昨日はホントに長野に来てよかった。まさに「起業のヒント」を得た気持ちだ。昨夕、SOHOしずおか・インキュベーションマネージャーの小出宗昭さんをお招きしての、森田さんなど長野市の起業家などが主催する「アントレサポートセミナー」がおこなわれた。SOHOというスペースをネットワーク化し、そこの入居者だけを支援するのではなく、地元の起業家、経営者を支援する方向に向ける。すなわち、SOHOという場所を相談に来てくれる場所にしていこうということ。「だっこひも」や「スポーツ弁当」などは、このSOHOという場所から生まれた成功事例。ひとりだと止まってしまうことも、相談し対話を続けていく中で見えてくるものがある。この相談や対話も、決して「行政的な」対応ではなく、同じ視点に立ってこそいい結果が生まれるのだ。起業により成功するのには、いくつかの共通点があると小出さんは言う。1 オンリーワンであること2 情熱を持っていること3 行動力があることこれらの要素があれば、きっといい結果が生まれる。つまりこれらを持ってさえいれば、誰でも成功するチャンスがあるということだ。「目からウロコ」状態で、雪景色が残る長野の地でとてもいい夜を迎えることが出来た。
2006年01月29日
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今日は昨日より少し暖かいか。それでもマイナス7.4℃(朝の気温)。昼間は相変わらずのいい天気だが、今日の新聞によると近くのダムの水が少なくなっていて水不足らしい。そういえば用水路の水量が極端に減っている。今日は、昨夜やっと骨格ができた我が事務所の情報誌を完成させ、午後から顧問先へ配布。昨日契約したところへは、情報誌の配布と正式な契約書の提示と締結をすませた。来月早々にも、今後の業務段取りの打ち合わせに伺うことに。夕方事務所に戻ったあと、顧問先から雇用保険のことで問い合わせあり。今日調べて、明日回答をすることにした。こうした問い合わせについては、基本的に自分で調べて回答しているが、中には「果たしてこれでいいのか」という問い合わせもあったりするので、その場合には最寄りの社労士に訊くことにしている。とりわけ実務に関することは、経験者に尋ねることが一番信頼におけるので、こうした先輩社労士のアドバイスは非常に助かっている。夕方の問い合わせについては、一応調べたものの少し不安だったので確認のために先輩社労士に電話。実は昨日も別の件での問い合わせで電話で話していた。きのうも今日も、ゆうに1時間はしゃべっている。「男同士で長電話なんて」と思う向きもあるかも知れないが、別に変な関係ではない。もっぱら仕事の話しであって、それ以上のことは決してない。いや、たぶんないと思う。少しはあるかな・・・。まあ長電話のことはともかく、こうして気軽に対応してくれることがとてもうれしいことだ。こうやって切磋琢磨しながら、お互いが向上できるそんな環境で仕事が出来ることにとても感謝している。ひとりで悩むよりも、まわりに共通の話題を享有できる仲間がいて、そこで解消できているからこそ、いつでも前向きに意識して仕事が出来ているような気がする。明日は長野でセミナーがある。天気が心配だが、こうした仲間たちと参加することで、何かいいものを作り上げていきたいものだ。
2006年01月27日
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今朝も昨日と同じくらい寒い。本日の最低気温マイナス9℃。今日も朝から何社か営業先、顧客先まわり。その中で、先日見積もりを提示させていただいたところで1件契約を結んでいただいた。詳細はまた後日紹介するが、また新たな出会いを作っていただいたことに感謝。さらに、昨日見積もりを提示したところから突然電話があり、社長が話しがしたいと言っているとのことで、早速伺う。伺って早速お話しをさせていただく中で社長曰く。「受け身にはならないでください。 つねに提案していただくことが大切です。 そうでないと何も生まれません。 そのためには常に学んでください。」この会社では、経営危機を乗り切るためのひとつの方策として、社員の研修に力を注いできたそうだ。そのことで結果として、ここ数年売り上げが伸びているという。「会社を上昇気流に乗せるためには、社員が一丸となってその方向に向かわなくてはならない。そのために何が必要だったかといえば社員の教育なのです。」と担当者。その経験のもとに結果が出ている会社だから言えることかも知れないが、目先のことにとらわれず長い目で経営を考えていることに感心してしまった。リストラでなく人材育成。「人材を活かす企業経営」という、自分が常に抱いている理念にふさわしい。本来は未熟ながらも自分が提案してお手伝いをさせていただくことだと思うが、それを自ら考え、実践に踏み切った決断をした社長とその担当者のスゴさを改めて感じる。自身が考えてきたことに誇りを持ちつつ、この会社とお付き合いをしていく中で、たくさんのことを学び取りたい気持ちで今は一杯だ。
2006年01月26日
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けさも寒かった。マイナス9℃以下。今日は朝から営業先への見積もり説明に伺う。詳しくはいえないが、契約について前向きに検討していただけるとのこと。よい結果を祈ろう。その後、顧問先へお預かりした資料の返却に伺い、ハローワーク、社会保険事務所へ所用でまわる。午後は、顧問先へ配布する情報誌の原稿作成に没頭。まだ最初の原稿でつまずいている状態で、いったいいつ出来るのやら・・・。先日「平成16年労働争議統計調査結果」というのが発表されていた。その概況をみると、総争議件数は737件で71万人余りが参加しているが、昨年比で135件、44万人余り減っている。ここ5~6年は1000件前後100万人が争議に参加しているが、今年は極端に減っているということになる。これはその分景気もよくなり、争議までに発展していないということか。それも一因かも知れないが、労働組合の力が年々弱まりつつあるということも大きな要因になっていると思う。労働組合の組織率は70年代から長期低落傾向にあり、平成16年で19.2%1030万人と過去最低となった。一方で、個別労働紛争は年々増えており、平成16年の相談件数(都道府県労働局)だけで90万件に及ぶといわれている。これ以外にも、弁護士会や労働弁護団、各自治体、各県の社労士会などの相談件数も含めると相当の数になる。概していえば、ますます解決能力が低下する労働組合に頼れず、ADRなどの紛争解決機関に飛び込まざるを得ないということであり、決して労働紛争が減ってきているわけではないのである。そのためにも労働組合には頑張ってもらいたいし、決して労働争議が多くなることがいいとは思わないが、その存在価値を示してもらいたいと思う。今年から社会保険労務士も、個別労働紛争でのあっせん・代理を行えるようになる「特定社会保険労務士」制度がスタートする。本来の社会保険労務士の役目は、労働紛争が生じないように会社のリスク管理を整えることだと思うが、労働紛争に関与していくのも時代の要請なのだろうか。
2006年01月25日
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昨日ちょうどブログを書いている最中に、「ライブドア・堀江氏逮捕」が報じられた。昨日の今日で決してタイムリーとは言えないが、感じたところだけ述べたい。すでに1月19日に「株式投資とは」として少しコメントしているが、基本的にこの考えから変わっていない。結局は、ライブドアという会社が身の丈を考えず、背伸びしすぎた結果ではないかと思う。それは、昨年のニッポン放送株取得の時期から始まっているような気がする。既存のルールのもとでは、ライブドアという会社がはい上がるには「法の抜け穴」をかいくぐり、場合によっては今回のような証取法違反をせざるを得なかったということではないか。もう一つ。事件とは関係ないが、マスコミとりわけてテレビの豹変ぶりにはあきれる。つい昨日まで「ホリエモン」などと呼び、彼のやってきたことやライブドアのしてきたことをもちあげていたのにもかかわらず、今日になったら180度違う扱いをするのだから・・・。報道番組もワイドショー並みの扱いだ。とても節度があるとは思えない。これで「ジャーナリズム」などとは言語道断だ。大切なのは、堀江氏などの逮捕によって何が問われているかだ。社会のあり方、価値観が問われているのかではないかと思う。勝ち組負け組がハッキリと分けられるような社会。「規制緩和」の名の下に耐震構造偽造など人々の生活の安全さえも担保出来ないような社会。飛躍しすぎかも知れないが、そんなことまで問われているような気がしてならない。人の心はお金では買えないのだ。
2006年01月24日
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昨日の夕方あたりから今日にかけては、風が強い。日中時折ものすごい突風が吹いて、家が飛ばされるのではないかと思うくらい吹き荒れていた。幸いにして夕方からは風もおさまった気配ではあるが・・・。全国的には長野県というと特に今年の場合、「雪が多くて大変ね」という感じなのであるが、私が生活する伊那谷は全く雪がない。先週末には関東でも大雪が降ったというのに、こちらでは全く降らないのである。12月の中程に少しまとまった雪が降って以降、降っていないのではないか。そうはいいつつも、寒波の影響はずっと寒い日が続いているところに出ている。一時期のマイナス10℃以下が続いた頃に比べると、多少暖かくなっているのかも知れないが、それでも毎朝の気温は平均してマイナス5℃前後を維持している。突風が吹き荒れたからでもないが、今日は夕方まで内勤で書類作成。そのあと顧問先へ、お預かりした労務関係資料の返却とコンサル業務。経営に対する社長の談義を聞きつつ、再びいくつかの宿題を課していただき、さらに別の資料もお預かりして先ほど戻ってきたばかりだ。しかし私がお付き合いしている社長というのは、持論を展開してくる方が多い。しかもその持論が、社長の人生の裏返しのような気がして、今の自分にとってはとてもためになる話しばかりなのである。そこにはもちろん、自分の生きてきた道や仕事に対する誇り・自信があるばかりでなく、ひとをどこか引きつけるものがある。だからこそ社長をしているのだと思うが、こうした時間を過ごすのがとてもうれしい。今日もまたひとつ、ヒントを与えてもらった。社長の談義は、研修のひとつかも知れない。
2006年01月23日
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このところ土日でもずっと仕事をしている。実務が追いついていっていないという部分もあるのだが、こうして休みなしで働くのも充実していることのしるしでもあり、決して悪くはない。仕事が間に合わなければ、寝る時間を削ってでもやるのは当たり前だが、それによって勉強の時間がなくなるのは正直ツライ(このブログに書き込む時間があれば、その時間に使えと言われそうだが・・・)。勉強といえば、今週末から来月中旬までの約半月のあいだに、セミナーや研修会などが目白押しで続いている(全部で5回)。といっても、自らが講師をするのではなく、もっぱら受講する方ではあるが・・・。今週末は長野市で、以前ブログでも紹介した森田社労士などが主宰する「アントレサポート@ながの」のセミナーである。講演は静岡で起業家支援をしている小出宗昭さんで、「地方ならではの起業スタイル」と題して話しをしていただくようだ。小出さんという方をよくは知らないのだが、森田さんなどの行っている活動のきっかけになった方らしいので、今から楽しみにしている。このセミナーには、私だけでなく他の勉強会の仲間たちと大挙(?)して行くことにした。そしてこのセミナーをきっかけに、南信でも何かやろうと考えている。何をやろうとしているのかはまだ言えないが、そのヒントをこのセミナーから得られればいいかなと考えている。こうしたセミナーや研修会などに参加することは、勉強不足の自分にどんどん刺激を与え、仕事の幅を社労士業務だけでなく他の業務も含めて拡げてくれる。だからたとえ忙しくても、自分の刺激になるセミナーや研修会にはどんどん参加していきたいと思う。さらに出来うるならば、森田さんたちのように自分たちが主宰者となって、この地元でセミナーなどを開催できるまでなれたらいいなあと、勝手に思っている。与えられるだけでなく与えることもできるように、自分をつねに磨いていきたい。
2006年01月22日
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少し前になるが、スキー冒険家の三浦雄一郎氏の父である三浦敬三氏が亡くなられた。享年101歳の天寿を全うされた生涯であった。三浦雄一郎氏のHPに、三浦敬三氏永眠にあたってのコメントが出ている。その中に「・・・数多くの人々に生きる素晴しさ、100歳をこえても夢にチャレンジできるのだということを示してくれました。これは人類の新しい可能性の限界を拡げたことでもありました。・・・」とあるとおり、まさに100歳までスキーを滑った方なのである。まさに「スーパーじいさん」とも言えるが、私はこの方が何歳になっても常に目標を持って生き、それを実現してきたことに、そのすごさを感じる。例えば、1974年(70歳ー古稀) ヒマラヤのシャングリ氷河(標高5650メートル)を滑降1981年(77歳ー喜寿) キリマンジャロ(5895メートル)に登頂、スキー滑降1992年(88歳ー米寿) ヨーロッパアルプス、ツェルマット~ザース・アルマジロ間踏破2003年(99歳ー白寿) モンブラン山系ヴァレブランシュ氷河滑走2004年(100歳) ロッキー山脈滑走という具合にである(上記HP三浦敬三プロフィールより)。目標つまり夢を、何歳になっても持ち続け、それに果敢にチャレンジしていったその人生のなんと素敵なことか。しかもそれを苦にせず、楽しんだからこそ101歳まで人生を全うできたのだと思う。そのあとを継ぐように、雄一郎氏の冒険魂も健在である。2003年に最高齢(70歳)でのエベレスト(チョモランマ)登頂を果たし、2008年には再び、今度は中国側からチョモランマ登頂へ向けて準備中とのことである。人生の夢を山にたとえるならば、自分はまだ5合目までも進んでいないだろう。三浦さんにはとても及ばないかも知れないが、いつまでも夢を持ち続け、楽しみながら夢に向かっていければと思う。それもポジティブな生き方のひとつだ。
2006年01月20日
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今日は朝から顧客先との打ち合わせ。その後ハローワークと社会保険事務所を行ったり来たり。こうしたことの準備で、昨晩はブログの更新ができなかった。この間目につくニュースといえば、ライブドアの強制捜査とヒューザー・小嶋社長の証人喚問といったところか。その中でもライブドア事件は、突然のことだったので驚いた。強制捜査も驚いたが、その後の東証の取引全面停止にはさらに驚かされた。大げさにいうと、日本経済が一時ストップしたということ。それだけライブドア事件が衝撃を持って市場を闊歩したというところか。しかし今日あたりのニュースを聞いてると、システム的な問題も要因らしい。この問題で感じるのは、株式投資とは何かということ。本来株式投資とは、「投資」という名のごとく資金を投入して会社の発展のために貢献するということ。その結果として会社に利益が出たら配当を受ける、ということだと思う。株で儲けようとするのは「投資」ではな「投機」。「投機」とは、自らの儲けのために資金を投じるということ。マスコミなどで煽っているのは、どうもこういうことではないか。そして最近では、学校の授業でも株取引について教える方向という。これが正しいことなのかはわからないが、汗水流してもらった給料で、精一杯生きている庶民の感覚とは違うような気がする。ノスタルジックに浸るつもりではないが、ライブドア・堀江社長にはこの感覚があったのだろうか。株などやったことのない者の正直な気持ちである。
2006年01月19日
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今日は、1995年に起きた「阪神淡路大震災」から11年目。その日神戸にいたわけではないが、6000人以上の犠牲者を出した近年最大の災害を決して忘れることができない。その後、ぼくは5~6度神戸に行っている。最初は震災1~2ヶ月後で、まだ大阪から西宮あたりまでしかJRは運行しておらず、その先に行くまで、リュックを背負って延々と家屋が崩壊し瓦礫に埋もれた道々を歩いて、神戸の中心地まで行った記憶がある。その間にもう1回行っているのだが、そのときは新長田の駅前の焼け野原のような跡地を目の当たりに見て、ショックを受けたのを憶えている。そう、「男はつらいよ」シリーズ48作目の最後のシーンに出てくるあの場所である(観てない人はわからないかも知れないが・・・)。その後も何度か仕事で神戸に行き、日に日に街は復興していくのを感じてきた。確かに神戸の中心地である三宮、元町あたりは賑やかさが戻り、12月のルミナリエのような華やかな催しもされるようになって、震災は過去のものになりつつある。しかし、本当に過去のものになったのだろうかと改めて問うてみたくなる。昨年のちょうど今ごろ、僕は神戸の地にいた。10年前のあのときの衝撃を拭おうとして・・・。場所は新長田駅前の例の跡地。すでに10年経ったこともあって、街は整備され静閑な住宅街へと変貌を遂げていた。しかし、街にはなぜか活気がない。土曜日なのに人影もほとんどなく、住宅街とはいえ当時の爪痕のように更地が点々と残っている。震災前は商店街が立ち並び、生き生きとしていた街の姿は今はどこにもないのである。その後駅前の喫茶店に入ったが、お客はほとんどが高齢者の方ばかり。駅前の広場を行きかう人たちもまばらでどこか寂しげな感じが漂う。その夜、神戸の知り合いと三宮で飲んだとき、彼はこう言った。「あの街(新長田)にはもう足を踏み入れたくない。 今でも震災の後遺症なのか足に震えがくるんです。」未だに震災の傷跡を残している人々がいて、街が、暮らしがある。震災の教訓は何だったのかを汲み取り、大災害に備えることは当然のことであるが、もっとも大切なのは、ひとりひとりの命の大切さと被害を受けた人々の「こころ」を感じとることではないだろうか。また寒さが戻りつつあるこの時期に、そんなことをふと考えた。
2006年01月17日
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先週から今週にかけて、顧問先へのあいさつまわりの傍ら、顧客開拓のため営業へ。常に顧客を増やすために奔走することが、自分に課せられた義務と思い、たとえ寒くてもまわることが大切なこと。もっとも今はとても寒くて、自転車に乗ってというわけには行かないが・・・。今日もほぼ1日まわり、幸いにも何件かのお客さんから見積書の提案をさせてもらうことになった。幸先よいが、まだ契約をしてもらったわけではないので、気を引き締めて見積書の提案をしていかないと・・・。営業の合間に今日は二人の社長と少し長話。一人は「社会起業家」的発想をもった社長で、現会社のほかに別の会社も立ち上げ新事業を展開している(以前にも簡単に紹介した)。顧問先ではないのだが、同年代ということもあり営業に行くたびに仕事のことについて、つい話し込んできてしまう社長のひとりだ。そして、自分は顧問にはなれないといいつつ、私に対し「こういうところに声をかけたらどうか」とか「こういう仕事もしたらどうか」とか、適切(?)なアドバイスをしてくれる。今日はその中でひとつ教訓的な話をしてくれた。「日常の中で、起業のコツをつかむこと。 どんなときにも、その意識をつねにもっていなくてはいけない。」サラリーマン時代に培ったことは、今の仕事にも生きていると言っていた。もうひとりは顧問先の社長。すでに昨年末に就業規則改定案を提示しているのだが、その件で伺った。毎回であるが、ある程度仕事の段取りの話が終わると「経営談義」が始まる。「儲けることが目的じゃない。 お客に喜んでもらうために仕事をしているんだ。 その意識があってこそ、いいものがつくれる。」具体的には言えないが、そんな趣旨の話を毎回のようにされる。どちらも、いままでの経営に自身を持っているからこそ言えること。そんな話に刺激を受けて、明日もまたいい仕事をするために奔走しよう!
2006年01月16日
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今日は、一昨夜から昨夜にかけて続いた雨もやんでさわやかな1日。気温も午後には10℃近くまで上がるなどして、気象庁によると3月中旬頃の気候だそうだ。しかしまだ1月も半ばを過ぎたばかりである。本格的な冬の到来はこれから。気候の緩みとともに、気を緩めないようにしないと・・・。先日の社労士会の例会は、社会保険事務所で行われたこともあり、「医療制度改革(案)」等について研修を行った。その中で、2008年10月から発足される年金運営新組織について報告があったが、その名称は「ねんきん事業機構」となるらしい。ひらがな表記の行政組織ははじめてとのことであるが、国民にとっては名称などどうでもよいことではないだろうか(今までだって名前によって親しみを感じたりなかったりということはないと思う)。問題はそこがどういう仕事をするかなのだ。年金新組織の「2008年ビジョン」なるものがあるが、それを読んでも、「結局、今までとどこが違うの?」と思ってしまう。ビジョンの「3つの基本理念」をみると、1 年金サービスについて 「年金の安心」をもっと身近に感じていただくとともに、国民の皆様の「人生設計の強力サポーター」となることを目指します。2 職員意識について 職員一人ひとりが「年金のプロ」としての責任と役割を自覚し、業務の改革に継続的・積極的に取り組みます。3 組織について 国民の皆様のご意見が事業運営に適切に反映されるよう、外部の目による厳しいチェックが十分に機能する組織を確立します。となっていて、漠然とした感がぬぐえない。年金新組織と政府管掌健康保険の公法人の設立という、組織の分離のみに今回の組織替えが終わり、結局は官僚の天下り先が多くなったという結果に終わらないように、信頼を得る新組織にしてほしいものだ。ところで2008年の組織替えを前にして、平成17年度の組織改正の一環としてこの1月から地方社会保険事務局事務所の名称が改められたらしい。これはすべての社会保険事務所が変わったわけではなく、例えば長野県の場合は「長野社会保険事務局伊那事務所」と呼ばれてたのが、「伊那社会保険事務所」となったいうことである今までも「伊那社会保険事務所」と思っていた方も多いと思うが、正式には「長野社会保険事務局伊那事務所」だったのだ。ただし、2008年には大規模な名称改正が必要となるため、看板や帳簿類等の作り直しはしないとのことである。だったら組織改正などする必要もないと思うのだが・・・。こういうことを聞いていると、2年後の新組織についても怪しく感じてしまうのは自分だけだろうか:-)
2006年01月15日
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昨日のブログで少し触れたが、今週は新年会がひとつ。しかも社会保険労務士会伊那支部の新年会で、午後の例会を早めに切り上げて少し高そうな料亭(?)へ・・・。いつも行く居酒屋とは違い、次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちつつ満腹になるほどのごちそう。お酒も次々にお酌をされ、ほろ酔いどころかかなり酔いがまわってしまった。開業時以来の宴席ということもあってか、支部長をはじめ何人かの先輩社労士から「お客さんはできましたか」「食べていけてますか」「頑張ってくださいね」などと声をかけられ、とても心配していただいた様子。声をかけていただき、気にかけていただいているその心遣いに感謝。でも決して甘えることはできないし、甘えさせようともしていないだろうが・・・。業界とはどこでも厳しい世界なのだ。人は厳しい状況の中で学んだ方が、より多くのことを、より速く学ぶことができる。(ジェームズ・アレン)先輩たちは、このことを身をもって知っているからこそ、厳しく接することができるのだと思う。その後2次会へ行ったが、たくさんお酒を飲み過ぎたのか、ついうたた寝してしまった。まだまだ修行が足りないかも知れない・・・(^_^;)
2006年01月14日
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すでに今月も半月を過ぎて、すでにお正月気分は抜けきった感があるが、まだ年賀状が届けられている。今日もお客さんのところへ出向いたときに、新年のあいさつから始まったし、昨日も新年会があり来週もあるしで、世間はまだまだ年の始めといった感じだ。ところで今年の年賀状は、旧知の友人、知り合いは当然のことながら、昨年までの仕事でお世話になった方々や社労士試験で同じ予備校に通っていた仲間たち、伊那谷に戻ってきてからの仕事仲間や昔の同級生、さらには顧問先からもいただいてしまった。内容は、「長野は寒いでしょう」「仕事はどうですか」などと書いてくるのが多かったが、中には「食っていけてますか」とまで心配してくれる方などもいたりした。ここでいくつか印象に残った年賀状を紹介したい。「ワンダフルな一年になりますように・・・」・・・戌年に引っかけたものがこれしかなかったのが残念!?「できるだけ自由に生きたいものですね。残りは短い」・・・・ホントそう思います。でも決して残りは短くはありませんよ!!「いまから ここから」・・・・ハガキ全体に大書してあって印象に残りました。今の自分への良きメッセージと感じました。「蝶がささやく「石の陰で眠るな わたしを追いかけて千の風になれ」」・・・・東京での独身時代の師匠からのもの。意味がわからず本人に問い合わせたら「石の陰とは墓石の陰のこと。春の命の象徴である私=蝶を追いかけて、自由な無数の風に変身して空を舞いなさいと誘っているのだ。つまり蝶は、永眠しようとしている人(不治の病に冒されている人)に、もっと生きろとささやいているのだ。」とのことだった。彼は二年ほど前にガンの手術を受けて、いままだその病とたたかっている。そんな自分へのメッセージのようだが、なぜか今の自分に、「じっとしてるなよ。もっともっと動きまわれよ」と言っているように思えて、実に印象深い一遍だった。こうして年賀状から近況を伺い知り、メッセージをいただくことで、さらにモチベーションを高めることができる。そして多くの方に、決して近くにいなくてもいろんな形で支えられているのだなと改めて感じる。それらに応えられる存在になれるように、今年もガンバロー(^_^)v
2006年01月13日
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先日、信州の寒さについてブログで書いたが、信州の特に北信地域はかつてないほどの大雪に見舞われ、その除雪作業のため災害救助法に基づく自衛隊派遣にまで及んでいる始末である。その最大の積雪を記録しているのは栄村の秋山地区と呼ばれるところであるが、ここは最近まで交通が遮断されていて、物資も送れないところだった。ここは、いわゆる「秋山郷」と呼ばれるているところで、知る人ぞ知るほどの秘境中の秘境である。秋山郷は、平家の落人伝説がいまだに伝わる地区で、その名前の由来は1783年の飢饉で滅んでしまった村の名前からきているといわれるところである。自分も一度10数年前の夏に秋山郷を訪れたことがあるが、そこに行く道は一本しかなく、奥に行けば行くほど谷が深くなるところで、こんなところによく集落ができているなぁと思われるほどのところであった。確か、新潟県側からしか行く道がなかったような気がする。信州にはこうした神秘的な秘境が多い。例えば南信には、椋鳩十の生地に近いところに「遠山郷」と呼ばれるところがある。遠山郷には、霜月祭りと呼ばれるものがあり、「千と千尋の神隠し」の発想の原点がこの祭りにあるといわれている。こうした秘境の中で暮らしている人々は、昔ながらの風習を大切にしつつ、時代に遅れまいと必死に生きているのである。信州のこうした昔ながらの風習を重んじる環境に生まれ育って良かったなと思うし、こうした環境を大切にしていきたいと心より願っている。
2006年01月12日
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少し前の話で恐縮だが、先日運動不足解消のためのウォーキング(といっても1時間ほど歩くのみ)を行いがてら、初詣に行った。地元では有名なお寺であるが、案の定この日も大勢の初詣客で賑わっていた。拝殿にお参りし願をかけたのは、1 もっと顧客が増えますように、2 今年も多くの出会いがありますように、3 自分も含め家族みんなが健康で幸せでありますように、というごくありきたりのことであったが、社労士として新年を迎えたのは初めてであるので、ちょっと意気込みが違う。多くの顧客をつくるためには、多くの出会いと絆がなくてはできない。この絆とは人間関係であり、信頼でもある。社会保険労務士の場合には、この信頼をどれだけ相手に与えられるかだと思う。そして信頼とは、知識と経験の蓄積とその活用であり、それをいかに与えられるかなのだ。残念ながら、自分にはまだ人に与えられるほどの経験が充分とはいえないが、それを補うだけの知識を提供することで顧客満足を得られるようになりたいと思っている。そのためには日々努力していくしかない。お参りのあと、今年を占う意味で「おみくじ」を引いた。出たのは「小吉」だったが、書いてある内容は気に入ってしまった。幸運がすこしずつ増えるようになる運です。あせらずさわがず、静かに身を守り進退をよく考えて進めば何事もとげられましょう。前途洋々、焦らずに静かに、目標に向かって突き進もおっと!
2006年01月11日
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このブログを始めてから、いったい何度「寒い、寒い」と訴え続けているか・・・。昨日の最低気温は、マイナス14℃。けさももマイナス11℃あった。このところほぼ毎日、マイナス10℃前後を行き来している。マイナス10℃とはどんな寒さかというと、余り実感が湧かないかも知れないが「鼻の中が凍る」寒さである。もう少し寒くなると瞼が凍ってしまう、そんな寒さである。雪は幸いにして、このあたりでは降らないからいいものの、こう寒くてはたまらない。昼間は天気がよければ5度くらいまで気温が上がるので結構暖かいのだが、強風と、昼と夜の寒暖の差で、都会暮らしをしてきた者にとっては予想以上につらいものがある。実はこの冬、我が家では2度ほど洗濯槽の排水口が凍ってしまい、1度は洗面所まで水浸しになりかけた。母親に言わせると、こんなことは最近にはないことだという(確かに自分が小さい頃には、よく水道管が凍って水が出ないことがあったりした)。単に信州の冬が寒いだけでなく、今年は今までとは違う寒さらしい。しかも暦で言う「小寒」を過ぎたばかりであり、本格的に寒くなるのはこれからなのだ。いったいどこまで寒くなるのだろう。灯油も値段が高くなっているし、庶民にとってはこの冬を乗り切れるのだろうかと思ってしまう。以前にも書いたが、大雪の影響でスキー客が増えるどころか、交通機関のマヒや雪崩のおそれを懸念して例年を超えるほどの集客がないらしい。この厳しい冬のおかげで、はたして経済指標はどうなるのだろう。やはり積雪の多い北日本では、経済の面でも厳しい冬ということなのだろうか。積もった雪を一度に溶かすほどの経済効果があったらいいが、世の中そう単純にはいかない。厳しい冬はまだまだ続く・・・。
2006年01月10日
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正月に、とあるスーパーに行った。最近店舗を全面改装して、いくつかの変化をもたらした。まず店舗が広くなった。いままで駐車場だったところの一部も含めて店舗を拡げ、さらにフロアを1階と2階にわけ(今までは1階のみ)、店舗スペースが今までの倍以上になり、どこに何があるのかの表示もわかりやすくなった。駐車場は、2階の店舗の上に屋上を含め3階分まで拡げ(4階建て+屋上)、さらに店舗の隣にも広い駐車場が確保された。駐車場そのものだけでなく、1台の車が駐車するスペースも広くなり、台車などで大型商品を運ぶのにも隣の車を気にせず安心して運べるようになった。さらにこれが一番驚いたのだが、従業員全員が真新しいユニホームをまとい、接客態度が一変した。お客さんに対して深々と頭を下げ、笑顔で対応している(多少ぎこちない部分もあるが・・)。エレベーターでお客さんと一緒になるときも、「失礼させていただきます」と恐縮して乗り、お客さんが下りるときにはエレベーターの開いた扉を押さえ「ご利用ありがとうございました」と、積極的にお客さんにこたえている。いままでは色あせたユニホームをまといお客さんも近寄りがたい雰囲気で、接客が二の次の状態だったと思う。しかし決して接客態度が悪かったわけではなく、訊けばちゃんとこたえてくれてたのだが、すすんで接客するという感じではなかった。「暗い、狭い、きたない」イメージから「明るい、広い、美しい」イメージに変わっただけで、接客態度に格段の差が出たのだ。もちろん、そのスーパーの従業員教育も行き届いての結果だとは思うが、店舗の雰囲気が変わることで、従業員のモチベーションに変化がもたらされたのではないか。これが集客と売り上げに、数字として表れてくれば経営者としては万々歳だろう。会社と従業員の視点がお客さんに向いている限り、きっと結果はついてくる。伊丹十三監督の映画「スーパーの女」のように・・・(ちょっと古いか)(^o^)
2006年01月07日
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元旦に書いて以来、しばらくご無沙汰してしまった。しばらく休みをもらい(といっても自分で決めているのだが)、昨日から今年の仕事を始めている。年始は埼玉で、子どもたちとともにすごさせていただいた。よって年賀状は伊那に戻ってからみたのだが、読むとその中の何人かからは「ブログ楽しみにみています」などと書いていただいてホント恐縮してしまう。これはアップしないわけにはいかない。しばらくアップしなかったのを反省しつつ、きのうは久々にブログをアップしようと思っていたのだが、幸いにも本来の業務(というかこれしか仕事はないが)で忙殺され、やっと落ち着いたのが夜の11時だったので、きのうはそのまま眠りに就いてしまった。それにしてもホントきのうは忙しかった。この忙しさがつらい忙しさではなく、心底楽しい忙しさとしてこの1年続いてくれればいいなと思う。それで今日のアップになってしまったのだが、ところでこのブログをはじめたきっかけは、トップにも書いたが「ノートに綴る日々の出来事を通して自分自身が成長し、視野を広くしていい仕事をしたい」ということなのだ。どうも毎日書かなければという強迫観念に襲われるのだが、決して毎日書くことが目的ではないのである。ブログに日常のことなどを綴ることにより、きのうよりも今日の自分はどうだったかを見つめ直すことができる。そしてそのことで自分が成長し、仕事などに繋げていくことができればいいのである。仕事が忙しくて書けないとき、あるいは少し遠くから見つめ直す時間がほしいときなどもあるのである。肩肘張らずに楽しんで書きたいし、そんな自分をみてもらいたいのだ。だから毎日アップしないこともあるかも知れませんが、どうか皆さん許してくださいね(^_^;)
2006年01月06日
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新年明けましておめでとうございます。ブログも開始後3ヶ月目に入りました。なるべく毎日書き続けたいと思っておりますので、引き続きご訪問いただきますようお願いいたします。と、堅いあいさつはこれくらいにして、元旦の出来事をひとつ。元旦といえば、サッカーの天皇杯の決勝が行われる日である。サッカーファンとしてはこれは見逃せない。特に今回は決勝に、我が浦和レッズが残ったためこの試合を見逃すはずがない。本当は国立競技場まで出かけて応援したいところであるが、とてもチケットを採れるどころの話しではないので、自宅で静かに(内心では大声援を送って)テレビ観戦していた。試合は、ボールキープ率は相手の清水エスパルスより少なく中盤でほとんどボールをカットされていて、レッズファンからするとおよそ誉められる試合ではなかったが、わずかの得点チャンスをものにして、2-1でみごと勝利をおさめた(バンザーイ)。Jリーグが発足してから、浦和レッズとしては初の天皇杯優勝であり、レッズの前進である三菱重工時代からすると、通算5回目(25年ぶり)の優勝だそうである。一時はJリーグのお荷物と言われ、J2(2部リーグ)落ちも経験したチームがここまでの結果を出すまでになってきたのである。特にギド・ブッフバルトが監督としてレッズにきてからは、ずっと上位で安定したたたかいができている。熱狂的なレッズファンの存在も見逃せない。昔からレッズファンの熱狂ぶりは有名であるが、しかしこの熱狂的ファンに支えられて試合ができる選手ほど幸せなことはないと思っている。選手のモチベーションを高める大きな要因として、ファンが存在するのだ。監督をはじめとしたチームスタッフ、選手、ファンが一体となって、目標に向かってすすんでいるからこそ、こうした結果が出せているのだと思う。それにしても、今日ほど嬉しい日はない。正月の祝い酒と、レッズ優勝の祝い酒ですでに気持ちよくなってしまった(*^_^*)さあ、次はリーグ優勝だ。
2006年01月01日
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