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丁度、お盆(旧盆)に重なる頃の死を覚悟していたので、ペットの葬儀会社に、予め、休みはないか、問い合わせをしてあった。にゃあにゃに持たせる手紙を書いた。有難う、にゃあにゃ。小さかったにゃあにゃは、悪戯っ子で、優しくて・・・便箋一枚の「さようなら」の手紙。大好きだったおやつと最後まで服用させていた薬を、段ボールの棺に入れた。業者が来て、慇懃に小さな菊の花束を差し出した。祭壇をつくって、お経をあげるのも、セットの中に入っていますけれど・・・部屋の中は、にゃあにゃの血膿の臭いで充満し、大きなケージも出したままだったので、辞退した。駐車場に停められた車の後ろに、電熱線うえに網が置かれていた。にゃあにゃは、網の上に載せられた。手紙と薬とおやつと、小さな花束を、にゃあにゃの顔の横に添えた。駐車場で焼いてもよかったのだけれど、思い切り、泣いてしまいそうで、会社に戻ってお骨にしてもらうことにした。いただいた菊の花を花瓶に飾り、コップに水を入れた。ケージを掃除して、にゃあにゃがいた場所が空っぽになっているのを見て、ぐぅっと喉が鳴った。ぱたぱたと涙が床に音を立てて落ちた。約1時間後、骨壺に入れられて、にゃあにゃが戻ってきた。料金は、14700円と消費税。市の動物愛護センターに行けば、1000円で火葬にしてくれるけれど、私の住んでいる市では、まとめて焼いてしまって、お骨を返してくれない。愛護センターは山の奥で、バスを乗り継ぎ、半日がかりになってしまう。民間の業者に依頼するのは、私の希望に合っていたので、さほど高くは感じなかった。抱き取って、「まだあたたかい」にゃあにゃの体温じゃない。骨壺が冷めるまで、抱きしめていた。「楽になった? にゃあにゃ。辛かったものね」呼吸器の病気がなければ、手術を受けさせることも出来た。でも、後悔はしていない。2回の手術のストレス。完治するならばよいが、転移のリスクも低くはない。にゃあにゃが若い頃に呼吸器の病気を発症してしまった時から、もしもの時には諦めるしかないと、ずっと考え続けてきたことだから、できるだけの延命治療ができたものと思っている。長く持って2ヶ月と言われてから、半年生き延びたのだから。・・・にゃあにゃ、ゆっくりおやすみ。
2017/01/08
8月13日頃から、にゃあにゃをケージに入れた。にゃあにゃの目は、もう見えていないのか、瞳孔が開いたままで、焦点を結ばなくなっていた。餌入れを目の前に置いても、口をつけることはなく、よろめきながら、餌入れに足を突っ込んでしまうだけ。病み衰えてゆくだけの姿は哀しくて、「ちゅらい(辛い)か、にゃあにゃ」涙をこらえて、話しかけるのが精一杯だった。8月14日の晩、諦めるしかない、とにゃあにゃの姿を見て、覚悟した。横倒しになったまま、喘ぐだけのにゃあにゃ。翌15日の朝、ケージを置いた部屋に行って、ぼろ雑巾のようになったにゃあにゃのお腹がかすかに上下しているのを見て、辛い、と思った。死んでいなかったことに驚きと、ほんの僅かに、眠っている間に逝ってしまわれなかったことに対するほっとした気持ちと・・様々な思いが輻輳して、私は唇をかみしめた。にゃあにゃの後ろ足がペットシーツを掻いた。起き上がろうとしているのだ。最期の痙攣だった。痛ましい動きを見つめていた。痙攣は数回で治まった。死が、にゃあにゃを連れて行った。口を半開きにして、笑っているかのように、小さな歯を見せて、にゃあにゃは逝ってしまった。数分後、まだ温かいにゃあにゃの体に触れた。ごつごつと骨ばった体。口を閉じさせた。薄く開いたままの目を、そっと閉じさせた。にゃあにゃ・・にゃあにゃ。何度も何度も、胸に触れ、心臓が動いていないか、呼吸をしていないか、確認した。死後硬直が始まる頃、ようやく諦めがついて、私営のペットの葬儀所に電話した。何と事務的に、悲しみのセレモニーを、消費税別2万5千円と説明することか。物体となった にゃあにゃ。今日の日は忘れられないな・・終戦記念日。にゃあにゃ、死す。
2017/01/03
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