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ご存知かもしれませんが、私は97年から2006年まで日本の広告会社の中国の現地法人で、いわゆるシャチョーをしていました。その後、転職して現在は日本の、どちらかと言うとIT系企業で中国事業の立ち上げとメンテナンスを行っています。日本での業務が多領域に渡るため、中国でも複数のドメインで事業の立ち上げを担当しているのですが、転職先のいいところ(?)は、ゼロから立ち上げるのではなく、うまくいっていそうな現地の会社に出資して事業領域を埋めていこうと言う方針を持っていることです。これはがっちり勢力地図の固定した大手広告会社などには、なかなかできない"技"と言えるでしょう。したがって、中国に出張すると毎度のように、パートナーになってくれそうな各事業ドメインで評判の良い中国の新興企業を訪問したりもするわけです。自分でも驚いてしまったのは、ここ3回立て続けに"昔の部下"に遭遇してしまったことです。つまり出資交渉をしようと考えている企業の社長や副社長に面談に行くと、以前私がシャチョーをしていた中国の現地法人の元社員が出てきたりするのです。訪問先の企業はリサーチャーが事前に下調べをしてくれているため、私が"昔の部下"の会社を探し回っているわけではありません。まったくの偶然で、ほんとにビックリです。とある"昔の部下"は、私が中国に赴任してまもないころ、大学生でインターンに来ていて、何となく出来も良かったので、そのまま新卒で採用した男の子でした。新入社員ということもあり、前の会社では差ほど目立った感じではなかったのですが、こつこつと仕事をしていた感じは覚えていました。3年ぐらい経って、彼は自分の中国人上司が替わったことがきっかけで会社を辞めてしまいました。その後、同業に転職し、結婚式に呼ばれて以来、3~4年は音信不通の状態でした。売上高で中国10位台に入るネット・エージェンシーと資本提携について打診するために、その会社を訪ねると、応対したのは30を過ぎて、やや貫禄がついたものの表情には大学生のときの純真ささえ残る、その"昔の部下"でした。彼はちまたで企業価値2,000万US$(約23億円)と値がついてる企業の副社長にのし上がっていたのです.....。かつては数百RMBの経費のことでああこう言っていた彼と私が、数年後に何億円単位のM&A交渉をするなどと、思ってもみませんでした。3Dのヴァーチャル・ショッピング・モールで業界の注目を集めている新興企業を訪ねたときに、応対してくれた創業社長は別のやはり"昔の部下"でした。前の会社で働いていた頃から、彼は"やり手"だなと感じてはいて、いずれはライバル会社にでも引き抜かれるのではと思っていましたが、自分の得意なドメインから抜け出して、新しい発想で起業するタイプだとは思ってもみませんでした。今回はブランディング系の新興企業をいくつか訪問したのですが、やはり"昔の部下"が起業して社長を務めている会社がありました。ここは広告会社と事業領域が重なるので、何となく納得はしたのですが、昔の会社ではさほど輝きを見せなかった(或いは私が輝きを見出せなかった)彼女が、見違えるほど輝いていて、幾つか訪問した企業の中で、いちばんしっかりしていてうまく行っている感じを受けたのも事実です。中国の若者の転職は日常茶飯事です。まして広告業界はスタッフの流動が激しく、2~3年働いたらキャリアアップのため転職、と言うのが常識のようになっているので、元社員の誰々が競合の某某会社で重要ポストに抜擢された、などと聞いても、ちっとも驚きはしませんし、独立してこじんまりとした広告会社を始めている、なんて噂を聞くと応援に駆けつけたりもするのですが、かつての業界から進化して新しい事業領域で起業して成功していることを目の当たりにすると、ちょっと複雑な思いがします。しかも何の因果か対等或いは先方が有利な関係での交渉相手になってしまっているのですから....。まず思ったことは、お互い昔の会社時代、私は上司として彼(彼女)らに、理不尽な意地悪をして来なくて、ほんとに良かったなぁ、と言うことです。何年ぶりかで彼(彼女)らと再会したとき、(恐らく)お互いに昔の悪い思い出や印象が無かったと思うのです。もちろん、かつての会社を辞めたときには上司であった私に対しても多くの不満があったのでしょうが、それは恐らく許容の範囲内だったようで、少なくともひどい上司では無かったと思えるのです。次に思ったのは、私には適材適所で人材を育成していく能力が足りなかったのだ、と言うことです。最近出会った"昔の部下"には、新卒で採用した人も居ましたし、中堅でキャリア採用した人も居ましたが、昔の会社時代には彼(彼女)らの能力を十分に引き出すことは出来なかったと言えるでしょう。みんな私が最終面接をして採用を決めた人たちですから、裏を返せば人材を見抜くセンスはあったと言えるかも知れませんが、彼(彼女)らがここまで成長するとは思いもよりませんでした。繰り返しになりますが、中国の若手社員は常にキャリアアップを考えています。特に日本企業の場合、昇進や昇格にスピード感が不足しているため、手っ取り早い手段が転職と言うことになります。転職そのものを食い止めるような施策も当然必要ではありますが、あなたの"いまの部下"は転職するものだ、と言う前提で接することも必要だと思います。以前、中国に駐在していた頃、様々なケースを見聞きしました。ライバル会社に転職してしまった、と言うのは、最も幸福なケースかも知れません。私自身、少し厄介に感じたのは、クライアントに転職してしまった"昔の部下"です。かつての部下が、いつの間にかクライアントのマーケティング・マネージャーに転職してしまい"お客さま"になってしまったのです。恨みでも持たれていたら、意地悪されてしまうところでした。その"昔の部下"は広告発注者として公平な立場で、元の勤務先に接してくれましたが、かつての部下に売り込みに行くのは、あまりいいものではありません。かなり昔のお話ではありますが、ある日系メーカーで営業マネージャーをしていた人が、大手量販店に転職したケースなどは悲惨でした。その営業マネージャーは、日本人社長と日ごろから折り合いが悪かったようです。営業マネージャーの彼に言わせれば、社長は公平に業績を評価せず、理不尽に叱責することがしばしばで、幾つかのお得意さんには強いコネクションを持っていたにもかかわらず、"干されて"しまっていたようで、次第にその日本人社長と日系メーカーに恨みを持つようになったらしいのです。その日本人社長にしてみれば、不正をしている割には、理不尽な昇給を求めてきた、と言う感じになるのですが、この際どちらの言い分が真実なのかは、さほど重要なことでは無いように思えます。営業マネージャーだった彼は、大口取引先であった量販店でバイヤーのポジションを獲得すると、元の勤務先である日系メーカーにきつい取引条件を提示して、元上司の日本人社長を呼びつけ、条件を受け入れてもらえないと、その日系メーカーとの取引を打ち切ってしまったのです。大口取引先から取引を打ち切られた日系メーカーは、中国での有力な販路を失ってしまい、最終的には日本本社の役員まで担ぎ出して関係を修復せざるを得なかったのです。中国で働いている日本人の皆さん、あなたの"いまの部下"は将来、強力なライバルになるかも知れませんし、大切なお得意先になるかも知れませんし、大事な投資先の社長になるかもしれないのです。これは多かれ日本でも、中国以外の海外でも起こりうることですが、いまの中国ではその可能性が高いことを承知しておいて、現地のスタッフと接することも必要かもしれません。
2007.09.06
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