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中秋の名月とは、旧暦の8月15日の月を言うそうですね。決して満月のお月様ではないけれど、ちょうど私の家の玄関を出たところにきれいなお月様が見えました。お月見と言えばお団子ですが、近所のスーパーに入っているお菓子屋さんでは、お店に入った時にはお月見団子が売っていたので帰りに買ってかえろうと思って、お買い物を済ませたら既に売り切れていました仕方がないので、まぁ、丸い月つながりと言う事で、スーパーの玄関先で焼いていたまんまるの回転焼きを買って、玄関先に腰を下ろして、庭に生えているすすきとお月様を眺めながらお月見を楽しみました。秋の空は、昼夜問わずきれいですね。
2007年09月25日
私が一方的に知っていて、キャラ(人柄)や仕事ぶりを見習いたいなぁと思っている富良野で同じような仕事をやっているお方のブログを真似て、仕事での一場面でちょっと心に響いた事を今日は書いてみようと思います。一昨日は敬老の日、孫がおじいちゃんおばあちゃんに贈る定番メッセージは 「長生きしてね」 ですよね。新聞には112才の日本のおじいちゃんが長寿でギネスブックに登録されたと言う記事が載っていました。長生きする事は良い事・・と長生きしていないは思っているようですが果たして長生きしている人はどう思っているのでしょうか???私はお年寄りが生活する施設に勤めていますが、90歳を過ぎてもなお多少耳が遠かったりあちこち関節が痛くとも、自分の足で歩き自分の持ち物を管理したり、着替えや洗面程度の身の回りの事なら自分で出来テレビや新聞で最近の社会の事にもアンテナを向けている女性が何人かいます。私は彼女たちの90年以上使ってガタが来ている体の痛みを和らげるための治療や、体力低下を予防する運動で関わる事が多いのですが彼女たちの口からは、「こんなに長生きするなんて恥ずかしい」「こんな姿になってしまって哀れだ」など、老いを悲観する言葉が良く聞かれます。そして、今日、仕事を休んだ同僚の代わりに治療を担当した我が施設最年長,97才のはるえさんがこの頃眠れないと言い夜な夜な頭に浮かぶ戦時中の話をしてくれました。はるえさんは戦時中、夫の意向に逆らえず周りの反対意見もありながら地元から子どもふたりをつれ、身重の状態で満州に渡り米作りをしていたそうです。現地で欲しくてたまらなかった赤ちゃんを出産して細々と子どもたちを抱えながら生活をしていたそうです。そして、敗戦・・・。満州へ渡る時には家財道具をたくさん持ち込んだけれど引き揚げる時には着の身着のまま・・・。自分一人でも無事に日本に帰れればありがたいと言う状態。輸送手段である列車や船もお粗末な作りで安全と言う言葉は程多く、乗り物から落っこちればそこに放置、中にはむりやり乗り物から家族を落とすと言うケースも・・・「なかには子どもを始末した人もいたんだ。テッポで並べてうつんだ。(縦に)6人並べて撃つけど5人までは貫通するけど6人目には届かないんだ。」「小さな赤ちゃんは満州の人たちがほしがったからあげた人もいた、うちもそうだったけど、上のお姉ちゃんが嫌がって相手の人にしがみついて抵抗したからつれてかえって来れたんだ。」あまりにリアルな話を発声器官の衰えがあるために淡々とかたるはるえさんの言葉に鳥肌が立ってしまいました。そして命がけで守った子どもがいたから生まれた孫、曾孫・・・・「孫や曾孫にそんな話したって他人事だよね」というはるえさんの話を良く聞くとそうして命がけで守った家族と一緒に暮らせない寂しさもあるようです。「長生きしたっていい事はない。こんな歳になったんだからいっそ自分で人生を終わらせてもと思うけど、孫や曾孫の事を思うと死にきれない」と仰っていました。私は、戦時中の話は本で読んだ事があるくらいなので実際に体験された話が聞けてありがたかったと感謝の気持ちを伝える事しか出来ませんでしたが家族思いのはるえさんだからこそ家族とともに過ごせないさみしさがあるのかなぁと思いました。
2007年09月19日
昨日愛知から帰って来て今日は何となくのんびりしながら家の掃除をしたり花壇の草取りをしたり家庭菜園をのぞいたり・・・。花壇、今年は余り手をかける事が出来なかったので雑草の中に何となく背の低い花(ネモフィラ、ビオラなど)が埋もれていたり背の高い花(デルフィニウム、百日草など)が遠目に目立ってたり近づくと中くらい背丈の桔梗がまだ花をつけていたり・・・とても去年のように写真をアップできるような状態ではない雑草畑になってます。家庭菜園は夫が頑張っていろいろ苗を植えたのでちょっと前までは、キュウリとサヤインゲン、水菜やキャベツが取り放題。今は、トマトやパセリ、シソ、茄子が出来放題で収穫が追いつかない状態です。今日はじっくり(と言っても30分程度ですが)菜園に入ってこれだけ収穫しました。トマトはとってもとっても取りきれないくらいで、ちょっと割れてしまっているのは加工用、きれいなのは生食用に分けました。南蛮は既に三升漬け(米麹と醤油と青南蛮を同量に混ぜて漬込むもの)が大瓶2杯分作っているので、南蛮味噌にするかな~と言う感じです。子どもがいるので料理にはそうそう南蛮は使えないのでご飯のお供になるような漬け物などになる感じです。カボチャは小振りながらぼちぼち出来て来ています。パセリは大漁!何に使おうかと考えていますが、トマトソースを使うときなどに使えそうです。シソも浅漬けなどに混ぜたり、香辛料として使っていますがそろそろ花が咲いて来て実を付けているようなのでシソの実の活用法を考えているところです。
2007年09月17日
ブログの中で折に触れて伝えていますが私には愛知県に友達がたくさんいます。今回、連休と自分の夏休みとをあわせ娘と二人で明日から愛知の方に行く事になっています。愛知に行くのに以前は名古屋から近い小牧空港をを利用していたのですがセントレアが出来てからはちょっと名古屋市内へはアクセスがは遠くなったけど名古屋に住んでる友達より、どちらかというとセントレアよりの地域に住んでる友達の方が多いので、かえって好都合かな~と思いつつ中部地方独特の文化に触れる事に、ガイドブックを見ながら楽しみにしています。
2007年09月13日
昨日スーパーで売っていたさんまに「刺身でも!」と書いてあったので良ーく見てみると「〆たってあたいは大丈夫だよ」とさんま姉さんが目で訴えかけていたので、挑戦してみました。ネットで検索した作り方をまねて、塩と酢で〆てみました。昆布も少し入れてみたけれどただただ酸っぱくてしょっぱいシメサンマになりました。もう少しうまみを入れる工夫が必要かな~と思ったけれど家族の評判は上々でした。写真取っておけば良かったな~とちょっと後悔。アキアジも採れて来ているので今度はいくら醤油漬けを作らなくては!
2007年09月03日
夢+努力=現実、と言っていたのは10代前半から20代前半までの多感な時期に私に多大な影響を与えてくださったお方です。その人との関わりの中、ずっと北海道に住んでいるにもかかわらず全国各地に友達が出来ました。中部、関西、九州と・・・。おもに文通での交流が多かったのですが30を過ぎた今でもメールなどで付き合いを続けている人が何人もいます。みんな、大切なbuddy(う、ちょっと使ってて恥ずかしい言葉だ)です。「夢」と言う言葉はなんだか曖昧だけど、やってみたい事、こうなってみたいと思っている事そんな、生活の中での目標と考えると、つい比較してしまう二人が関西の友達にいます。2005年4月に京都に行った時に会った二人です。一人は芸大卒業後役者になり着々とスターダム(?)の階段を上っている一つ年上の男の人。もう一人は、音大卒業後北海道に暮らす事に憧れ、牧場でアルバイトをした後関西に戻りパン屋さんになる事を目指していろんなパン屋さんで修行をしたけれどその環境の中で心身ともに憔悴してしまい、今は派遣の事務職員をしている二つ年下の女の子。男の人は今、関東まで進出して次の公演に向け稽古中です女の子は私の友人の弟が札幌でやっているパン屋さんでバイトを募集していると言う事を伝えると、「もっと若ければすぐにでも札幌に飛んだんだけど、いろいろあってね・・・」とちょっと寂しい返事が返ってきました。夢は努力してもいろんな外的障害や事情で決して現実になるとは限らないのかなと、思います。ちなみに、昨日7年越しの夢を叶えたと言った私の今の夢は 自家製シメサバ(もしくはシメサンマをつくることです。
2007年09月01日
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