2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全8件 (8件中 1-8件目)
1
2週間もたってたのね・・・・貧すれば鈍する・・・・イカンですなぁ。どうにもしんどい日が続いてますが、なるようにしかならんし、平成の植木等よろしく、がんばりまする♪10月から心新たに再開ッス!そうそう、例の日食の件もpleさんから鋭い指摘も受けとりますんで、続きもやらねばね。さて、今日ももう一分張り。夜はWHOTAの練習ッス。応募していたオヤジバンドコンテスト、落選・・・・まー、審査員の目がないことがよーくわかりました♪今日もがんばるぜぃ!SEE YOU NEXT TIME
Sep 30, 2007
コメント(23)

少々二日酔いッス。いつものこったけど・・・さて今日もお仕事。明日は久しぶりにエチ一家に逢えます♪待っておれよぉ!お初ぅ!そうそう、おさよオス説が浮上しとります。明日確認せねば。SEE YOU NEXT TIME
Sep 14, 2007
コメント(15)

昨日長野から帰って、今日は長崎でちゃんぽん喰ってきました♪きったなーい場末の中華屋、先代の味をかたくなに守っきたきた店。旨かったぁ・・・ちゃんぽんはつまみになるんですねぇ、中ビンで4本もいっちまいました♪今はホテルでブラックニッカでくらくらしてます。 日食?日本食堂?えしぇ・・・・えしぇしぇ・・・脳がたれてきました・・・ んと、紀元前250年から紀元250年までに観測された皆既日食はあったのか?場所は、素盞嗚氏が高天原と想定している壱岐・対馬周辺で。調べてみるとね、この500年で1回しかないんです。コイツです。それは紀元前206年7月6日、実線の双線が皆既日食の観測できたところで、点線は金環日食のポイントです。日本列島内では観測できてないんです。観測できたのは半島南部、伽耶地方です。もし天照大神の天岩戸神話が日食をモデルとしていたと考えるなら、その地は列島ではなくて、朝鮮半島南部の伽耶地方だったってことになるんです。・・・・・ちと、酔いが醒めてきました♪ 素盞嗚氏は、天照大神の活躍した地を、壱岐・対馬と考えていたんですが、その中心地は伽耶地方だった可能性がでてきたんです。予想GUYです・・・わが国の祖は朝鮮から来た・・・・いったいどういうことなのか・・・・壱岐・対馬がその祖地ではなかったのか・・・・ ここは呑んだくれてる場合ではなーい!冷静に考えみよう。もう一度整理してみると、わが国の皇祖天照大神が活躍した高天原はどこにあったのか。古事記を分析する限りでは、それは壱岐・対馬である、素盞嗚はそう考えていた。以前検証した通りです。しかし天照大神の天岩戸神話が皆既日食をモデルとしているなら、その地は半島南部の伽耶地方ということになる。さてどうしよう・・・・ここはこの皆既日食のあった紀元前200年前後の東アジアの情勢を調べてみる必要がありますね。・・・・まー調べることばっかりッス。 おっと、いけねぇ、ブラックニッカがなくなっっちまった。ちと買ってきます♪SEE YOU NEXT TIME
Sep 13, 2007
コメント(16)

特急あずさで新宿から3時間、 長野は松本に到着しますたぁ♪3時間も乗ったら2リットルコースですわ。そんでもホテル着いたら呑みたくなるのが悲しい性・・・・コンビニで買った冷やし中華と松屋の牛皿あーんどおしんこ・・・・ 今夜も侘しいツマミっす。 さて、西暦247年と248年に起こった皆既日食とはどんなものだったんだろうか。むうすけさんも言ってたけど、一つの法則がわかると、何千年前だろうが、ピタリわかっちゃうのが天文学ですよね。まずこれを見てもらおう。皆既日食はこの図の双線に囲まれた地域で観測されたそうだ。その周辺では部分日食しか起きない。九州の西側にある双線は247年の日食だ。東シナ海上までは皆既日食はみられるけど、北九州では皆既日食の観測が不可能だったことがわかりますな。もちろん近畿では全くの問題外だ。次に朝鮮半島東側から伸びている双線は248年の皆既日食線だ。これも日本列島では能登半島の一部で見られるだけで、他は皆既日食は全く見られないことがわかります。要するに卑弥呼の死の前後に起こった皆既日食は、日本列島ではほとんど見ることができなかったんです。天岩戸神話のモチーフとなるべき必要条件は、完全に暗闇となる皆既日食であり、ダイヤモンドリングが観測さらなければならないのに、この247年と248年の日食は、日本列島においては能登半島の一部しか観測できなかったわけです。要するにこの二つの日食は天岩戸神話のモデルにはなりえず、ひいては「卑弥呼=天照大神」の根拠にもなりえない!こう結論せざるを得ないんです。ただ、pleさんも言っていたように「天岩戸神話は日食をモチーフにして作られたもの」そう考えることはあり得ると思うんです。どういうことかと言うと、天岩戸神話は皆既日食をモチーフにしているけど、247年、248年の日食ではない!でも他にモデル日食があったかも・・・・ということです。では次なる検証はいかなるものか?天照大神の活躍していた時代は、詳細は省きますが、大まかに紀元前250年から紀元250年までのおおよそ500年間だったと想定して間違いないと思うんです。そしてこの間に観測可能だった皆既日食を調べることです。・・・・・予想もしていなかった以外な結果がでましたぞ!素盞嗚説がひっくり返るかもしらーん! 結局通算3.5リットル・・・・明日9時からセミナー・・・・ゲロゲロな一日になりそうッス・・・・SEE YOU NEXT TIME
Sep 11, 2007
コメント(26)

古代史を研究していると往々に陥るワナがあるんです。外国資料に登場する人物で、日本の資料(記紀等)には出てこない人物がいますよね。それをむりやりこじつけようとしちゃうんです。例えば隋書に登場する「多利思北孤」を聖徳太子に重ねようとしたり、宋書に登場する「倭の五王」を雄略等の歴代の天皇と考えたり・・・・そして最も有名な三国志魏志倭人伝に登場する倭の女王「卑弥呼」。彼女も「記紀」に出てこないもんだから、やれ神功皇后だの、「ヤマトトトソモモソ姫」だのと重ねちゃうんです。そして最近よく出てくるのは、卑弥呼は天照大神だ!って。いろいろな自論の展開があるんですが、「ヒミコ」は「日の巫女」だし、「天照大神」も「日の巫女」と考えられるからって説がもっともベーシックな説なんです。素盞嗚説ではこれは×ですね。「卑弥呼」は「ヒミコ」ではなくて「ヒミカ」と読むべきと考えてますからね。まーそれはいいとして、最近この「卑弥呼=天照大神」説の主流と言えるのが、天岩戸伝説が日食をモチーフにした神話だったという説ともうひとつは「天皇平均在位10年説」というものなんです。今回はまず日食について考えてみます。天照神話の中の天の岩戸神話は、卑弥呼の死の前後に起こった皆既日食がモチーフになってであろうから、この二人は同一人物の可能性がある、というものなんです。この説に対する反論を調べてたら、先行する論文がありました。松中祐二氏の『「倭国」とは何か』という研究論文です。思わず唸ってしまうような鋭いもんです。んで、今回はこの論文をベースに書きます。今回のように他者への反論を調べる場合、まず大切なのは、その説のベースになってる「前提」の確認作業です。今回の場合は「天の岩戸神話」とはどういうものか?ということと、「皆既日食」についての知識ですね。まずは天の岩戸神話について確認しましょう。天照大神の弟の素盞嗚があんまり悪さをするもんだから、姉の天照大神は天の岩戸に隠れちゃいました。すると高天原も葦原中国も全部闇に包まれて、災いが起きるようになりました。そこで八百万の神は天の安川原に集まってどうしようかと対策を練りました。常世の長鳴鳥を集めて鳴かせ、天のウズメっていう色っぽいねーちゃんが岩戸の前でエロダンスを始めました。何事かと思った天照が外を覗こうとチラリと岩戸を細目に開けた時、力自慢の天のタジカラオがガバッと岩戸を押し開いて天照を引き出したら、世の中はまた明るくなった、めでたしめでたし♪とまー、こういうストーリーですね。天照大神は女なんで、ムキムキにーちゃんのほうがいいような気もしますが・・・なんとも大らかな神話なワケですが、この神話のモチーフが皆既日食なんじゃないか、という訳です。特に皆既日食の直前には動物が騒いだり、鳥が一斉に巣に戻ったり鶏が鳴き出したりするそうです。また世の中が闇に包まれたのはまさに皆既日食中の様子を表していると言うんですね。それと天照が細目に岩戸を開けた様子が日食の終わる瞬間に起こる「ダイヤモンドリング」を表していると。ちなみにダイヤモンドリングとはこういうヤツです。それで実際に天文学者の渡辺敏夫氏が調べたんです。すると、西暦247年3月と、翌年248年9月に皆既日食があったって言うんですよ。この247年ごろってーのは、まさに卑弥呼が死亡した頃なもんですから、こりゃー、卑弥呼の死の前後に皆既日食があってそれを神話化したのが天の岩戸神話に違いなーい!こういう流れなんですね。卑弥呼は3世紀の人、天照大神は紀元前の人。そう考えていた素盞嗚も、この説を最初に読んだときはどうしようかと思っちゃいました。科学的に責められると反論が難しいですからね。しかーし!ここで怯むワケにはイカンですね。まずはこの皆既日食の真偽を確認せねばね。よくよく見てみるとですね、科学的だと思っていたモンが実は脆弱だったことがわかりました♪次回、この日食を解剖していきます。 最近エチ一家が家の中に入ってくるもんだからなんかノミ君まで家の中に入ってきたみたいっす・・・身体がかゆい・・・・ 明日は長野です。松本で逢いましょう♪SEE YOU NEXT TIME
Sep 10, 2007
コメント(18)

ちーと油断してるとすーぐ入って来るんですよ。んで、すぐ寝ちゃう・・・・まーいいか♪ さて隋書を書いた魏徴は「倭」を敢えて意識的に「タイ」に変えた。この字ですね。文字を変えることは過去にも例があるのでOKなんだけど、なぜ「ゐ」と発音されたものに「たい」と発音される文字を使ったのか?これ、長らくわからなかったんだけど、つらつらと書紀を見ていた時にたまたま目についた「大唐」も文字・・・・書紀には「大百済」とか「大新羅」とは書かれてないのに、「唐」には「大」がついているじゃーあーりませんか!なぜか?書紀の編者の意識は「偉大なる唐国」、そう思って「大」を付けたはずですね。白村江の戦いでの敵国にですよ・・・・普通敵国には「大」なんかつけないでしょ。普通は「鬼畜米英」ですよ。この疑問から導かれたのが、「日本書記は唐の管理下で編集された」これです、以前書いた通りッス。実は今回のテーマ「タイ国」への変字もこの「大唐」がヒントになったんです。「唐」を「大唐」と呼ぶなら、自国「倭」も「大倭」って呼んでたんじゃないか、この仮説です。「倭」はのちに「和」と書かれ、近畿にある「ヤマト」に「大和」の字をあててますね。これは当然当て字ですね。近畿の「ヤマト」はもともと「山戸」か「山門」というような意味だったはずです。地勢からいっても。それを8世紀始めに九州倭国を併呑した時に九州倭国が自ら名乗っていた「大倭(だいゐ)」という国名を盗み、「ヤマト」に当て字したんです。要するに「倭国」は、かつて自国を誇らしげに「大倭」国と呼んでいた!魏志倭人伝にも「使大倭」の文字があるように古くから国名に「大」をつけることがあったと考えられます。そしてその発音は「だいゐ」・・・・隋書を書いた魏徴はこの「だいゐ」の「音」をもとに「たい」の文字を充てた・・・まーこんなふうに考えてみました。 今回はちと苦しい展開ですが、次回からわりと馴染みのある神話、天の岩戸伝説について書きます。天の岩戸伝説は日食と関係があるのか?天照大神=卑弥呼は成立するのか?なんかを考察していきます。 さてこれから東京行って来ます。エチ一家、台風大丈夫だったやろか・・・SEE YOU NEXT TIME
Sep 7, 2007
コメント(16)

半ば諦めていたのに、去年から探していたCDをやっとゲットしました!1976年にレコードデビューした神戸のサザン野郎、「アイドル ワイルド サウス」の唯一のアルバム。KEEP ON TRACKIN!あのレイナードも唸ったというデュアン顔負けのスライド、予想以上にいいアルバムっす。 さて、隋書についてです。隋書ではわが国のことを「タイ国」と表記した。前回書いたように隋書の選者「魏徴」は「倭」を知らなかった、またうっかり間違えて「タイ」と書いてしまった、なーんてことは絶対にあり得ないんです。彼は意識して「倭」を「タイ」と書いたんです。なぜか?過去、中国の歴史書で東夷の国を表記する際に意識的に違う文字を使ったケースがあるかどうか。まずはこれから検討してみますと、あるんですね、これが。ご存知「高句麗」!これを「下句麗」と表記している例があるんです。高句麗は常に中国に刃向かってきた、中国からみたら宿敵の隣国だから、まず国名を知らずに間違えたことはあり得ない。これはですね、にっきく「高句麗」に「高」という字はふさわしくなーい!そういう思いから「高」を「下」に変えたんです。この前例からみると「倭」と「タイ」としたのも同じ理由じゃないか?そう考えてみると、思い当たる節がありますよね。そう、あの「タリシホコ」が隋に対等外交を求めて発したあのことば・・・・「日出づる処の天子、 書を日没する処の天子に致す 恙無きや」この国書を受け取った隋の天子「煬帝」は激怒したんですね。この背景から隋書を撰した「魏徴」は「高句麗」を「下句麗」と変えた如く、「倭国」を「タイ国」にしたんじゃないか・・・では、「倭」と「タイ」はどういう意味の文字なのか、これが問題ですね。「倭」は「大人しい」とか、「従順な」って意味なんですが、「タイ」はズバリ「弱い」って意味なんです。魏徴はあの従順は倭国が小生意気に対等外交を求めるとはもっての外!弱っちぃヤツは黙っておれ!そんな意味を込めて「タイ」の文字を選んだんだと思うんです。 しかーし!ここでもう一つの問題がある・・・・「倭」は当時「ゐ」と発音したのに「タイ」は「たい」・・・・「音」が随分違うんです。通常だと似たような「音」の文字を選ぶのになぜ「ゐ」と発音していたものに「たい」の音の文字を選んだのか・・・これが素盞嗚氏の長年の疑問だったんです。ちょっと苦しい展開だけど、日本書記を読み返していて、「大唐」の文字を見て、閃いちゃったんです♪ おっと10時だ。仕事仕事・・・・ 瀬島龍三さんのご冥福を祈りながら、SEE YOU NEXT TIME
Sep 5, 2007
コメント(14)

素「おぎーん、残さないで喰ってくれよぉ」いつもは残飯整理のエチが片付けてくれるんだけど、なぜか今日は姿を見せないんです。 吟「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」素「ん?どした、そんなに脅かして・・・」お吟の目線の先を見ると、・・・・・・何やら暗闇に人影・・・・もとい、猫影が・・・・・ おぉ、お吟が怯んで、後ずさりしたぞ。暗闇の先から少しずつ姿を現したのは、見知らぬ巨猫・・・・・お吟の食べ残しを発見した巨猫は一心不乱に喰う喰う・・・・しかも品がなーい!素「お、お主何ヤツ!」巨「・・・・・・」素「アタシは素盞嗚。ここの主じゃ。 名を名乗れ!」巨「・・・・・・」 巨「ジェイソン・・・・」素「ジェ、ジェイソン君は外人かなぁ?」 吟「すーさん何言ってんのよ、 早く追っ払ってよ!」さ「頼むよすーさん!」初「このオジちゃん怖いよぉ・・・」 素「おぉ、お初を怖がらせる不埒なヤツ、 この素盞嗚様が成敗してくれるわぁ!」 まったく警戒する様子もなく、ふてぶてしく、しかも下品なジェイソンにスーっと手を上げる素盞嗚大尽。 ジェ「なんやオッソン、その手?」素「あ、いや・・・その・・・・ あははははは・・・・ ジェイソン君に一本♪」ジェ「静かにメシ喰わせんかーい!」 こやつ、ガタイがデカイだけじゃなくて、顔もデカイし、しかも寄り目・・・・凶悪というよりは、異常なヤツって感じッス。素「んと、ジェイソン君、 しらす入りのマグロ缶あるんっすけど、喰いますか?」ジェ「出してみんかーい!」素「へ、へい、んじゃココに・・・・・」ジェ「べちゃべちゃ、くっちゃくっちゃ・・・」 こらぁ、エチィ、肝心な時にどこほっつき歩いてんねん!このままココに居ついちゃったらどうすんじゃーい! しゃーない、電光石火のすさすさチョップをおみまいするしかあるまーい!吟「早くぅ!」素「オッシャー!」 ペッシーン! 皿にしたたか顔を打ち付けたジェイソン君、一目散で逃げて行きました♪吟「さすがすーさん、頼りになるわぁ♪ どっかのゴクツブシとは訳が違うわ。」さよ「見直したよ、すーのダンナ♪」初「カッコイイィ♪」 素「ふっふっふ、これにて一件落着!」 えー、「タイ国」の続きが遅れててすんません。次回必ず・・・・あ、それと、先日pleさんが「卑弥呼=天照大神説」の紹介をしてたんですが、これについて「タイ国」のあとに検証していきたいと思います。 SEE YOU NEXT TIME
Sep 3, 2007
コメント(16)
全8件 (8件中 1-8件目)
1