ブログ冒険小説『闇を行け!』14
ウクライナの栄光は滅びず 自由も然り
運命は再び我等に微笑まん
朝日に散る霧の如く 敵は消え失せよう
我等が自由の土地を自らの手で治めるのだ
自由のために身も心も捧げよう
今こそコサック民族の血を示す時ぞ!
(ウクライナ国歌『ウクライナの栄光は滅びず』・訳詞より)
・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大の考古学教授。
・十鳥良平(とっとり りょうへい)元検察庁検事正。前職は札幌の私大法学部教授。現在、札幌の弁護士。
・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学教授。海人の妻。
・役立有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥法律事務所の弁護士。
・君 道憲(クン・ドホン)日本名は――君 道憲(きみ みちのり)
・武本 信俊(ムボン・シジュン) 君の甥 韓国38度線付近の住民
・ムボンの父 通称は「親父(アボジ)」
・ムボンの母 通称は「ママ」
(14)
夜10時。クンを先頭にして4人はトウモロコシ畑を下って行った。
基地内は数か所だけ、か細く灯っている。暗視ゴーグルを着けた4人は、鉄条網に沿い、畑の出入り口、鉄条網の切れている個所を探して行く。
クンが右手で示した。出入り口を見つけたのだ。ムボンがクンの後ろに行き、片膝をつき、消音装置付きのスナイパー銃で援護姿勢をとる。
クンが地雷探知機で慎重に地面を探り進む。前方の建物、メンテナンス車庫まで20mだが、地雷探知機を中央部、それから左右に振った時、イヤホンにキーンと音が鳴った。探知機の液晶画面が赤く光り、メーターの針が大きく振れた。再度、探知機を左右の地面に当てる。イヤホンが鳴る。
クンが後ろに手で知らせた――中央部の左右に地雷有り! そこで待機してくれ!
クンがスプレーをポケットから取り出し、中央部左右に「安全線」を破線状に噴射していく。クンが建物の壁に到達すると、付近を探知機で確認する。地雷無し! と合図すると、暗視ゴーグルで「安全線」を見つつ、ムボンら3人がクンのいるところまで進んだ。
クンがマイクに告げた。
「ここからは無線を使う。行動開始だ」
ムボンが建物の表に出て、基地内の監視塔と監視要員をスナイパー銃のスコープで探す。監視塔は無かったが、薄い灯りの下、外に向かって、入り口左右に立哨の兵士2人を見つけた。
「クン兄。立哨2人。俺も行く。俺が戻るまで役立さんと先生は待機してくれ」
クンとムボンがトラックと戦車の陰を進んで行く。2人は立哨兵士の10mまで進むと、隙を覗い方膝をつき暗視ゴーグルを顎下に降ろし、目出し帽を整えた。
立哨の兵士2人が基地外を、手を後ろに組みのんびりと立っている。今だ!
「行くぞ」とクンがマイクに言うと同時に、10mを忍び足で急いだ。隣にムボンも続いく。立哨の兵士の背後から、クンとムボンがライフル銃を振り上げ、銃床で兵士の後頭部を強打した。不意打ちを食らった立哨の兵士2人は、横にどっと崩れた。
クンとムボンは、兵士を引きづり物陰に隠す。
「立哨2人を気絶させた。明日朝まで起きないはずだ。俺は分隊指揮所に行く。ムボンと役立さんは兵舎を頼む。先生は、そこで待機してくれ」クンがマイクに告げた。
「了解」役立と海人が答えた。
クンとムボンは、忍び足を早くし、二方向に別れて行った。
クンが指揮所のドアを開け、内部に入った。消灯していたので暗かったが、暗視ゴーグルで先を探りつつ進む。人気は無い! 次の部屋のドアを開けた。分隊長の執務室だ。中央のデスク上に『南進命令書』を置いた。デスク上の電話機の配線を抜き取る。無線は? 壁側のデスクにあった。手袋で被せ、銃床で数度叩いた。
「無線を無力化した。‶将軍様への伝言″を置いた。俺は先生のところに行き、トラックを確保する」クンがマイクに言った。
「了解」海人が答えたが、ムボンらから返事は無かった。兵舎に入ったな、とクンは確認できた。
クンと役立が兵舎のドアを開け、そっと内部に入った。暗視ゴーグルでは、左右の蚕棚に兵士たちが寝ていた。ムボンと役立が左右に別れ、片っ端から兵士の頭部を銃床で叩いて行く。11人の兵士を熟睡させるのに、一発強打! で20秒も掛からなかった。そして猿ぐつわをかませ、パンツ一枚にし、両手を後ろ手に結束バンドで縛り、両足もきつく結束し、うつ伏せにしていく。
10分かかった。暗闇だから、こう無機質に書けるが、実際はホラー映画のようで、ホラーの主人公がムボンと役立だったのだ
「奴ら11人を黙らせた。今行く」ムボンがマイクに告げた。
「了解。トラックのエンジンをかける。先生と一緒だ」クンが答えた。
「クン兄。俺はこれから戦車とトラックに時限装置をつけに行く。役立さんが見張りに就く」
「了解」クンが答えた。
10分後、トラックに全員が乗った。運転席にはクンが。助手席にはムボンが。2人は北朝鮮兵の軍服に着替えていた。
「さあ~脱出開始だ!」クンが声を張り上げた。
「了解した!」皆が答えた。
トラックは暗夜にライトを照射し、基地を出て、道を左折した。脱出のトンネルまで東へ35km。時速60kmで急いだ。
後部の幌内部にいる海人がマイクで訊いた。
「皆のリュックの武器類は持ち帰るのかな?」
「いつもの予定変更です。逃走に備えるため、リュックに納まっていますよ」クンが答えた。
渓谷源流の水音(みずおと)は、静寂な夜を遮るほど大きくなかった。また慣れもあったのだろう。洞窟内にいる親父、十鳥には、人の気配と別物となり、まさに自然界が奏でる音として寂の中に溶け込んでいた。
親父の鼻に、工作員の息が放つキムチの匂いがした。奴は2m先に来た、と親父は計った。またキムチの匂いがきつくなると、工作員が布を擦るかすかな音がした。
工作員が携帯ライトで洞窟内を照らした、その刹那、親父が携帯ライトの手元目がけてライフル銃を打ち下ろした。骨が折れる音とともに、ギャア~! と工作員が悲鳴をあげた。親父が床に落ちた携帯ライトで、工作員を照射した。工作員の驚愕した顔が浮ぶなり、親父が工作員の両足の脛を靴底で蹴った。グワッ! と唸り声をあげ、うつ伏せに倒れた。床に顔をしたたか打った工作員が、グアャ~! と叫び、悶絶した。
「十鳥さん。奴が気絶しましたよ」と親父が言って、工作員の服を剥いでいく。そして猿ぐつわをかませ、全裸にさせた。親父が工作員の急所を念入りにライトを当て、パンツの裏側も見て触った。
「何で奴を全裸にし、パンツの裏側を触るんだ?」十鳥は愚問だと思っていたが、つい訊いたのだ。何かのノンフィクション・スパイ小説で読んだことがあったが、実際を見るのは初めてだったからだ。俺は敵のパンツを触らないのだ!
「十鳥さん。ランタンを点けても良いですよ。そうすると全裸にし、パンツの裏を手で触った理由が分かります」
ランタンを点けた十鳥が、床の工作員を見た。傍に、工作員の服、下着、持ち物類が丁寧に並べられている。
「理由が分からないが……」十鳥が呟いた。
「ほら、靴とベルトを見てください」と親父が言って、ベルトのバックルをこじ開けた。するとバックル内に青い錠剤5粒が見えた。
「おお、それは青酸カリのようだな?」十鳥が訊いた。
「そうです。自殺用です」親父がそう答えて、靴を手に持った。靴底二つの踵(かかと)に力を入れて捻ると、一つの踵、そこには丸い電池みたいのがあった。
「ほら、これは発信器ですよ」と言って、親父がパンツをつまんで裏側を見せた。
「ほら、ここの布が2重になっているでしょう」親父が布を裂いた。
「ありゃあ、ビニールのメモじゃないか」十鳥があんぐりと口を開けた。
「たぶん、ここに工作員が秘匿したい内容が書かれているはずだ。十鳥さん」
「親父殿。よーく理解したよ」十鳥が言って、全裸の工作員を一瞥した。
「十鳥さん。奴を結束バンドで縛ってください。両手を後ろに。両足も。私はこれから、奴の仲間を捕まえに行きます」
「了解したぞ。奴がゾンビにならないように、十字架の前でがっちりと縛り、悔い改めの洗礼をするよ」そう十鳥が言って、親父を見た。が、親父の姿は無かった。
「ゾンビは、親父かも知れない……」
「ママ。洞窟で工作員を捕獲した。私はこれから車の仲間を捕まえに行く」断崖の階段を登りながら、ヘッドライトを点けた親父がマイクに言った。
「分かったわ。私たちはモニター画面で監視しているわ」
「車の奴を捕まえるが、私は山側から車に行く」
「分かったわ。気をつけてね」
この一時間後、親父は仲間の車の背後にいた。そして山側の助手席窓から覗いた。
運転席だけに明るさがあった。仲間がタブレットをいじっていた。追跡アプリか!
親父が、どうする? と自問した。答えが出た――こいつは必ず車から外に出る。そこを襲うのだ――親父は息を潜め、運転席側に回った。渓谷下からの激流音が周りに響いていた。
「親父さんが、しゃがんで運転席側にいます」榊原がママに言った。ママがモニター画面を観た。
「ママより。モニター画面に見えていますよ。運転席がやけに明るいですね」
親父からの返事を求めた訳じゃなかったが、榊原がママに言った。
「あの明るさは、ノートPCのような……」
「そうかもね。仲間は寝ていないのね。だから親父は、しゃがんで待っているんだわ。外に出て来るのを」ママが言った。そしてやや間をおいて、榊原に告げた。
「私が誘い出してみるわ。先生から親父にそう言ってください。それとモニターの監視をお願いするわ」そう言うなり、ママが部屋を出て行った。
「親父さん。ママが車の仲間を外に出るようにすると言い、今行きました」榊原が言うと、イヤホンが2度トントンと鳴った。親父がマイクを叩いて答えたのだ。了解!
30分後、ママが山側から車の横に回った。車が5m下に見える位置にいた。
「今投げるよ」ママがマイクに囁いた。
短い枯れ木に布を巻いて、車のフロント目がけて投げた。フロントガラスに当たり、バンパーの前に転がった。
車の男が反応し、ドアを開けて外に出て来た。その一瞬、親父がライフル銃の銃床で男の後頭部を一撃した。男が道路に大の字になって崩れた。親父が素早く猿ぐつわをかませ、後ろ手に結束バンドで縛り、足首と太腿を4本の結束バンドで固めた。
「おい、ママ来て良いぞ」マイクに言った。ママが山側の藪から道路に降りて来た。
「上手くいったわね」
「これも共同作業と言うのだな」
この後、仲間の男を車のトランクに放り込むと、親父がマイクに告げた。
「先生よ。仲間を捕まえ、トランクに確保した。十鳥さんに伝えて――」親父がそう言うと、ママに告げた。
「ママ。俺はまた洞窟に戻る。予定では4人が脱出する頃だ」
「分かったわ。4人の無事の帰還を家で待っているわ。榊原先生とね」
親父が闇の中を洞窟に向かって、走って行った。後ろから、ママも家へと走った。
(続く)
このブログ冒険小説はフィクションであるが、事実も織り込み描いている。
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