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さっきニュースで見たけど、そのまんま東が宮崎県知事選で当選したんですって?いろんな意味ですごいな~ というのが第一印象です。そのまんま東といえばスキャンダラスなイメージがありますけど、マラソンや大学への再入学など、自分を追い込んで行動する点では定評のある人。今回の県知事選出馬も単なる売名行為ではなく思うところがあってのことでしょうし、彼の長所が生きれば意外にしっかりした県政の運営ができるんじゃないかとも思うんですよね。ただ、それには県議会の協力が絶対不可欠。恐らくオール野党になるでしょうから、その辺の駆け引きが大変そうですね。東と同じくタレント的な立場から知事に当選した青島幸男や田中康夫は(本人の県知事としての資質は別問題として)議会との対立で神経をすり減らした一面がありますしね。まずは副知事選任からもめたりとかしないかなぁ? あと、やっぱり女性問題も、起こしたりしないかなという懸念があります。離婚して今奥さんがいない訳ですからね。どこかで羽目を外してしまい横山ノックのように辞任なんてオチになったら、笑うに笑えません。選挙期間中の東は、タレント時代とは違った真剣な表情だったし、それなりに好感が持てました。その初心を忘れないで、公約通りに、宮崎県のために頑張って欲しいものです。
2007.01.21
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数日前の話ですが、電話で山形県の「寒河江」という地名をよどみなく話したら、山形県出身の同僚に「よく読めますね」と言われてしまいました。確かにまったく知らない人にとって「寒河江」は読みにくいかもですね。でも、同じ山形県の地名ならば寒河江のちょっと西にある大江町「左沢」とか県北端の真室川町「及位」、あとずっと前にこの日記でも紹介したことがある山形市の「山家」や鶴岡市の「手向」あるいは同じ鶴岡市にある「文下」のほうがよっぽど読みにくい。こうして見ると、山形県って難読地名の宝庫なんじゃないかと思います。もっとも、山形県の人から見たら、これらの地名は読めて当たり前なのかも知れません。逆に私の住んでいる福島県「桑折」が読めないかも。福島県にも、難読地名は結構ありますね。かつては自治体名だった福島市の「信夫」、郡山市の「安積」、いわき市の「勿来」、伊達市の「霊山」あたりでも、読めない人は読めないでしょう。かく言う私も、実は群馬県の「佐波郡」(2005年まで山口県にあった「佐波郡」とは読みが違います)が正確に読めなくて当地出身(しかもその時点での住所が「佐波郡東村大字上田」だったのだ。皆さんは読めるかな?)の知人を不機嫌にさせた経験があったりします。難読地名の読み方には特段のマニュアルがあるわけではなく、もう勘と慣れで読んでいくしかないんですよね。※本文中の難読地名には、あえてふりがなをつけておりません(笑)
2007.01.20
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不二家のニュースが毎日のように世間を騒がせていますが、この「不二家(屋)」という社名、件の不二家と資本関係がまったくない企業や商店が結構あるんですよね。googleで「不二屋」と検索すると、こんな調子で出るわ出るわ。私の地元・福島県伊達市にある不二屋食品などは、同じ洋菓子製造業ということもあってか、ホームページにて不二家と無関係であることを強調してたりします。不二屋といえば、郡山に本社を置く洋菓子製造業の三万石も、以前は三万石不二屋と言ってました。やはりここも、件の不二家とは無関係の企業です。まぁ、「不二」には「二つとないほど優れた」なんて意味合いもあるから、多くの企業や商店が好んでつける傾向があるんでしょうね。でも、この三万石に限って言えば、「不二屋」以外にも、どうして「三万石」なんて名前がついているんだろう? という疑問が、個人的には残っています。三万石と名のつく企業や商店を調べてみると、広島県三原市(浅野家三万石の城下町)の三万石せんべいとか長野県茅野市(隣の諏訪市が諏訪家三万石の城下町)の割烹旅館三万石など、いずれも地元の封建領主に由来しているんですね。ところが郡山の場合はそもそも城下町ではないし、近隣の城下町も二本松は丹羽家十万石、三春は秋田家五万石で、全然三万石じゃない。強いて言えば福島が板倉家三万石の城下町でしたが、福島市をイメージさせる名前を郡山市の企業がわざわざつけるだろうかとも思います。三万石のホームページを見ても、社名の由来や会社の沿革は書いてないしなぁ… どうして三万石なんて名前になったのか、誰かご存知ないでしょうか?
2007.01.19
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我が家から一番近い水族館は、宮城県松島町にあるマリンピア松島水族館です。距離は高速道路(東北自動車道~仙台南部道路~仙台東部道路~三陸自動車道)経由で約90キロ。電車で行っても仙石線の松島海岸駅の駅前だから、行きやすさでは間違いなくNo1でしょう。でも、マリンピア松島水族館の状況は、福島県ではほとんど流れません。施設が老朽化して運営の危機に瀕していることも、こっちではほとんど知られていないんです。その代わりと言ってはなんですが、いわき市にあるアクアマリンふくしまの情報はいくらでも入ってきていて、ともすればこちらの方が、我々にとっては身近な水族館だったりします。ところが、我が家からアクアマリンふくしままでの距離は、東北自動車道~磐越自動車道経由で約150キロ、松島水族館より60キロも遠いんです。しかもアクアマリンふくしまは公共交通機関の便があまり良くありません。我が家から150キロといえば、栃木県大田原市のなかがわ水遊園も、実はそのぐらいの距離の位置にあったりします(東北自動車道経由)。大田原といわきが同程度の距離という感覚は我々にはないので、意外な感じもします。あと、山形県鶴岡市の加茂水族館が、我が家からだと180キロ程度の距離にあります(山形自動車道経由)。山形県でも内陸の置賜や村山と違って月山を隔てた庄内は遠いところというイメージが強いので、これまた意外な印象。余談ですが、新潟市中央区のマリンピア日本海も、国道113号線経由だと、我が家から180キロ程度の位置にあります。もっとも、福島と新潟とを最短到達時間で結ぶルートは東北自動車道~磐越自動車道経由で、こちらだと約210キロになるんですけどね。とにもかくにも、実のところ、なかがわ水遊園も加茂水族館も、我が家からの到達時間という面では、アクアマリンふくしまとそんなに変わらないんですよね。でも、これらの水族館の情報は、やはり福島では入手が難しい。県という存在は距離感覚を歪めてしまうのかなぁ?
2007.01.16
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どういう事情でか妙に気になって、ペヤングソースやきそばのことを調べていました。東日本ではCMが流れない日がないほどの有名企業なのに、ここ、なんと公式ホームページが存在しないんですよね。いや、厳密には存在するのですが、なんと工事中! この中途半端なスタイルが、また笑えます。そう言えば、「ペヤング」って、商標名であって企業名ではないんですよね。ここの企業名は「まるか食品」と言います。「サッポロ一番」ブランドの食品会社の名前が「サンヨー食品」なのと同じなんです。ちなみに、まるか食品とサンヨー食品は、共に群馬県で創業したという共通項があります。サンヨー食品は後に登記上の本社を東京に移しました(ただし、実質的な本社機能は現在も前橋市にある)が、まるか食品は現在も伊勢崎市に本社を構えています。伊勢崎市で起業した企業といえばベイシアグループ(いせや→ベイシア、セーブオン、ワークマン、カインズホームなど)が知られてますが、ペヤングは意外だったなぁ。ところで、ペヤングのCMといえば、現在は立川志の輔と山田隆夫が出演していますが、昔出演していた四角い顔の落語家って何て名前だったっけ? 顔のインパクトは強烈でしたが名前がなかなか思い出せませんでした。ネットで一応調べてみたら、桂小益(現・桂文楽)とな。顔と名前がなかなか結びつきません。
2007.01.14
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今日は通勤電車が信号トラブルか何かで遅れたため、仙台駅に45分遅れで着きました。仕方なく、仙台駅東口からタクシーを飛ばして会社に行った次第。痛い出費だなぁ(涙)ところで、今回の本題はその話ではなく、タクシーの車中から見えた北海道銀行についての話。北海道銀行の仙台支店って、仙台に支店を置く都銀、地銀の中で唯一、仙台駅の東側にあるんですよね。他の銀行は青葉通とか広瀬通とか繁華街に程近い仙台駅西側の大通りに面しているのに(例えば、旧北海道拓殖銀行(拓銀)の仙台支店は、広瀬通と東二番丁通りの交点にあった)、何故か道銀だけが東口に所在。西口に比べて地代が安いからかなぁ? それにしても、利用者にとってはやや不便な立地じゃないかと思うんですが。そうそう先ほど「道銀」と言いましたが、この通称も変ですよね。北海道大学は「北大」、北海道電力も「北電」(一部に「道電」という人もいるようですが…)あとホクレンが元々「北海道信用購買販売組合聯(連)合会」だったことを考えると、なぜ北海道銀行だけが「道銀」なのか、よくわからないんですよね。現在においては北洋銀行が「北銀」と称しているので、北海道銀行が「道銀」と呼ぶのはそれなりに妥当性がありますが、北洋銀行は元々相互銀行だったし、普銀転換前から北海道銀行の通称は「道銀」だった模様。となると、考えられるのは、拓銀の存在かなぁ? 拓銀は北海道に本社を置きながら首都圏にも積極的に進出していたし、区分上も地銀ではなく都銀でしたものね。逆に道銀はコテコテの地銀。だから地元密着の銀行とであることを強調するために敢えて「道銀」と呼んだのか? 真相はわかりませんが、いろいろ推察するのは楽しいですね。
2007.01.12
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今日の高校サッカー決勝で、盛岡商が優勝しましたね。東北勢としては1966年度の秋田商以来、40年ぶりの優勝です。きっと、明日の河北新報あたりは大々的に紙面を割くんだろうなぁ。東北地方は高校生のスポーツが弱い地域だと昔から言われてきましたが、調べてみるとそうでもないんですよね。それって、20年ほど前の高校野球の状況からくるイメージだと思うんです。ラグビーは秋田工、男子バスケは能代工、女子バレーは古川商(現・古川学園)が一時代を築いているし、県外、いや国外からの留学生も多すぎて若干嫌気もさしますが、青森山田、東北、仙台育英あたりは複数の種目で全国レベルの活躍を見せています。だからこの辺は、東北人はもう少し自信を持って良いと思うし、他地域の人は誤解しないで欲しいなとも思うんです。それにしても、今年は盛岡商の優勝ということで、東北のスポーツ界にとっては幸先がいいですね。他の種目でも、続いて欲しいもの。何と言っても全国制覇して欲しいのは、やっぱり野球でしょうかね。とりあえず、地元出身者がエースの仙台育英にちょっぴり期待です。
2007.01.08
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今秋発売された「週刊現代」の巻末グラビアに、城下町の小特集が掲載されていました。紹介されていたのは会津若松、松本、金沢、松山の4ヶ所。いずれも個性溢れる街です。この4都市の中で特に行ってみたいのは、松山かな? 松山駅から路面電車に乗って道後温泉まで行ってみたいです。でも、情けないことに、松山で知っている事柄と言えば、それぐらい。繁華街や歓楽街の名前も知らないし、領主の名前もよく知らない(加藤嘉明なんて「週刊現代」の記事で初めて知った)。名物料理も全然分からないし(伊予柑とかポンジュースは料理じゃないですもんね)、ここで行なわれる祭りの名前も聞いたことがないんです。四国最大の人口を誇る50万都市にしては、情報がなかなか入ってこないんですよね。いや、四国でも、高松の讃岐うどん、徳島の阿波踊り、高知のよさこいぐらいは、いくら私でも知ってます。ただ松山となると、これらに匹敵するものが、どうしても出てこない。う~ん…でも、自分にとってそういう街であるからこそ、行ってみたいなという思いは、他の街よりも強いのかもしれません。これも私でも知っていることですが、松山は正岡子規をはじめ多くの文人を産んだ地。その雰囲気も、肌で感じられたらと思うんです。
2007.01.06
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秋田県といえば、今の時期はもう積雪があるんですよね。同じ東北でも太平洋側は積雪なんてまだまだ先の話だから、ずいぶん不平等というか、差がありますよね。でも、秋田県には、横手のかまくらをはじめとした「雪祭り」の文化が根づいています。これは逆に、太平洋側には見られない風習ですね。横手のかまくらには、1998年に訪れたことがあります。あの時は、友人のつてで湯沢のホテルに宿を確保し、その友人の運転するクルマで横手まで連れてってもらいました。パンフレットあたりで見るかまくらは非常に幻想的に見えますが、実物もイメージに違わないですね。普通は、実物の方が大したことなかったというオチになりがちなんですが、横手は違いました。あ、そうそう、この時ついでに湯沢の犬ッコまつりも見てきたんですが、こちらはパンフレットと実物にいささか差がありましたね(笑)来年の2月にも、また大々的にかまくらが行なわれるんでしょうか。もう一度、訪れてみたいものです。子供を連れていくと喜ぶかな?
2006.12.24
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今日、北海道は標茶町のお客様へ荷物を送った際の宅配便の伝票の控えを見て驚きました。お届け先の電話番号が「015-485-XXXX」となっているではないですか。あれ? この辺って市外局番3桁になったのかな? それとも起票者の書き間違いかな? と思いながら正解をネットで検索してみると、またまたびっくり! なんと、標茶とその隣の弟子屈町だけが、昨年の6月から市外局番が「015」の3桁だったんですね。それにしても何故? 同じ「015」地域の中心都市・釧路は「0154」、帯広は「0155」と未だ市外局番は4桁のまま。というか、北海道は総じて市外局番の3桁化が遅れていて、旭川も函館も市外局番は未だ4桁だし、逆に3桁の地域は札幌近辺の「011」しかなかったはず。それがこれまで「01548」と5桁の市外局番だった標茶・弟子屈がいきなり3桁化とは… 「市街局番3桁の地域は地方の中核都市周辺」という常識をもぶっ壊す変更ではあります。考えてみると、「0154」で始まる市外局番の地域は、「0154-2~6,9」が釧路市(旧音別町を除く)及び釧路町、鶴居村、「01547」の地域が白糠町及び旧音別町だから、標茶や弟子屈が「0154」になっても新しい局番が割り当てられる余地が殆どないんですよね。逆に思い切って「015」と3桁化すれば、現在空き番になっている「015-9」の番号が使えますしね。※未だ市外局番5桁の地域が多く残る北海道ですが、今後はこの標茶・弟子屈のようにドラスティックな「市外局番2階級特進」が各地で見られるかもしれません。※「015」で始まる市外局番の大まかな地域割は、下記の通り。0152…網走支庁東部(網走市、美幌町、斜里町、北見市(旧常呂町)など)0153…根室支庁全域及び釧路支庁東部(厚岸町など)0154…東部を除く釧路支庁0155…北部を除く十勝支庁0156…十勝支庁北部(足寄町、士幌町、新得町など)0157…網走支庁中部(北見市(旧常呂町を除く)、置戸町など)0158…網走支庁北部(紋別市、遠軽町、雄武町など)
2006.11.22
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前の日記で福武書店がベネッセコーポレーションに社名変更したことをチラッと書きましたが、ベネッセって、岡山に本社があるんですよね。岡山に本社のある企業でセンセーショナルな社名変更といえば、思い出すのがトマト銀行。もう20年近く前の話ですが当時は奇異の目で見られたなぁ。今でこそ銀行は合併続きの都銀を中心に銀行らしくない名前が相次いでいますが、そのはしりと言っていいネーミングです。他にも、岡山県に本社のある有名企業って、妙に味があるというか、個性的な企業が多いような気がします。ベネッセ、トマト銀行の次に思い出すのが、菓子製造のカバヤ食品ですか。ジューシーなんてもう何十年も口にしてませんけど(笑)このカバヤといい、ベビースターラーメンのおやつカンパニー(三重県)といい、よっちゃんいかのよっちゃん食品(茨城県)といい、駄菓子業界は地方の企業が頑張ってますよね。紳士服のはるやま商事も面白い。お隣広島県は福山に本社を置く青山商事と競うようにして店舗網を全国に広げていったこの企業、どういう事情かこの会社は、私の住む東北地方では「紳士服のマスカット」の名前で出店しているんですよ。マスカット… いかにも岡山らしいネーミングですね。そう言えば、ここのCMに昔出演していた押坂忍も、岡山出身じゃなかったっけ?地方らしさがにじみ出ているといえば、クラレやクラボウなんてのもありましたね。元々の社名が倉敷レイヨン、倉敷紡績です。なお、工具製造のリョービも旧備前国、備中国に位置し「両備○○」と名のつく企業が多い岡山県の企業っぽい響きですが、残念ながらここの本社は旧備後国の広島県府中市にあります。あと、意外に全国的な知名度のある企業としては、苫田郡鏡野(かがの)に本社がある山田養蜂場も挙げられますね。「♪ミツバチ ミツバチ ミツバチ」と自社のフリーダイヤル(0120-383838)を連呼するCMは、東北でもお馴染みです。ベネッセからスタートしたので再び教育業界(?)に戻ると、英会話のイーオンも、本社は岡山にあるんだとか。それにしても、調べてみると色んな企業があるものですね。驚きました。
2006.11.16
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源義経の大河ドラマが放映されたのを機に義経にゆかりのある市町村が会して一昨年から開催されている「義経サミット」というイベントがあります。でも、参加した市町村の顔ぶれを見ると、、妙なのが混じっていたりするんですよね。例えば、滋賀県竜王町で開催された第1回義経サミットの参加市町村と義経との関連を列挙していくと、こんな感じ。山口県下関市 壇の浦の戦い(義経の船から船への飛び移り敵をかわす) 香川県高松市 屋島の戦い(那須の与一が扇の的を射落とし) 奈良県吉野町 吉水神社、義経隠れ塔、静御前舞塚等(義経・静御前の悲話) 石川県小松市 安宅の関「義経・弁慶・富樫の大銅像」 神奈川県鎌倉市 腰越状(兄頼朝の怒りを解くため書状を出し頼んだ) 神奈川県藤沢市 義経の首塚 白旗神社「義経公鎮霊祭」 岩手県平泉町 中尊寺(義経が藤原秀衡のもとで成長する)、高館義経堂(兄頼朝に追われ、妻子とともに持仏堂で自害する) 北海道平取町 義経神社、義経公園、義経資料館(蝦夷地に渡る「カムイ義経」) 滋賀県竜王町 義経元服の地「鏡の宿」(義経元服の池、烏帽子掛松、元服の盥、鏡神社) 史実と伝説とがごっちゃ。「自害」した平泉町に「首塚」のある藤沢市があるにもかかわらず、「平泉で死なず蝦夷地に渡った」との伝説を持つ平取町があるのだから、ある意味笑えます。今から800年も前となると、史料も少ないからどうしてもそうなってしまうんでしょうね。私の地元でも義経と何の歴史的関係もないのに「義経まつり」なるイベントを毎年開催している町がありますが、そのテの自治体は、探せば数限りなくありそうな気がします。
2006.11.04
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首都圏を中心に店舗展開している「OK」というスーパーがあります。今日の昼休みに暇潰しにこのスーパーについて調べてみたんですが、不思議ですね。公式サイトが存在しないんです。店舗数が40以上ありまたそれなりに知名度のあるスーパーにしては、珍しいことだと思います。よく考えてみると、OKって、CMも打たないんですよね。折り込みチラシは配っているらしいけどいわゆる特売もなし。ただOKの通常価格は他店の特売価格よりも安いことが多いようで、口コミでの顧客拡大を図ってはいる感がありますけどね。ちなみに、OKの創業者である飯田勧は、居酒屋「天狗」で知られるテンアライドの創業者・飯田保を兄に、セコムの創業者である飯田亮を弟に持つ、創業者兄弟の出身。テンアライドもセコムも東証一部上場を果たしているのを尻目にOKは未だ上場予定なし。広告面でも言えますが、情報公開に消極的な企業スタイルのようです。店舗についても、妙に安普請というか、こだわりが薄いですよね。他のスーパーのように駐車場を充実させる訳でもなく、街中でひっそりと運営しているような印象。例えばマンションの1階にあったりとかね。あと、70年代に廃業したボウリング場の建物を改装して開店させた、なんてケースも多いようです。でも、個人的に一番疑問に思っているのは、ほとんどの店舗が首都圏にあるのに、何故か仙台市内に離れ小島のように3店舗が所在すること。しかも青葉区一番町、太白区長町、宮城野区原町といずれも旧来からの市街地の商店街に。首都圏と違って仙台圏なら土地はまだまだ余っているし駐車場を充実させたSCタイプの店舗の建設が可能だと思うんですが、そうしないところがやっぱりOKのこだわりなんでしょうね。
2006.10.23
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今日、知人の所にお邪魔した時、お茶請けの菓子に群馬県は四万温泉で販売されている高原花まめというのが出てきました。大粒の花インゲンを甘く煮ただけのお菓子なんですが、これが美味しいこと! 甘いけど、これがお菓子にありげな毒々しい甘さではなく、あくまで自然な甘さ。一個ではもの足りず、二個、三個と食べたくなっちゃう一品です。「前に四万温泉に行った時に買って食べてみたら美味しくて、以後も電話で注文して取り寄せてるんですよ」とは知人の話。確かにそれだけの値打ちはあると思います。ところで、四万温泉ねぇ… もちろん行ったことは、ありません。というか、四万どころか草津にも伊香保にも行ったことがないんですよね。私の住む福島県と四万温泉のある群馬県とは隣接していますが、自宅から四万温泉に行くには栃木ないしは新潟経由の遠回りが必要ですからね。そんな行きにくい群馬県だからこそ、高原花まめの本場の四万温泉ってどんな所なんだろう? と逆に興味が湧きます。せめて四万と新潟県苗場とを結ぶ国道353号線が全線開通していればなぁ… そうすれば、行きやすくなるのに(笑)
2006.10.15
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我が地元・南東北の鉄道路線には殆ど乗ったことがあるんですが、未乗の路線もいくつかあります。調べてみると、会津鉄道・野岩鉄道を除いた全路線が盲腸線。終点の駅に用がなければ盲腸線には乗り辛いものがあるから致し方がない面はあるんですが、時間があったら乗りたいなという気持ちは、今でも持っています。特に気になって仕方ないのが、山形県内を走るJR左沢(あてらざわ)線と第三セクターの山形鉄道フラワー長井線の2路線。両路線とも寒河江や長井が終点だったらどちらもそこそこ大きい街だしタウンウォッチングを目的に乗り通すことができたんですが、現実には終点はその数キロ先にある左沢と荒砥。左沢、荒砥といっても他県人の私にはイマイチピンとこない町だし規模も小さいから、終点まで行こうという気がなかなか起きないんですよね。ちなみに、この両路線の終点・左沢と荒砥を鉄路で結ぶ計画も昔はあったそうで、もし開通していたら確実に乗っていたと思う(ついでに言えば、長井線の第三セクター化もなかったと思う)んですが、その計画も実現はもう不可能。左沢と荒砥の間は20キロぐらいだから無理をすれば歩けなくはないけれど(おいおい)、そんなことまでして乗りに行くのもなんだかなぁ…
2006.10.12
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「けいはんしん」という訓み方から連想される漢字は、普通「京都・大阪・神戸」を指す「京阪神」ですが、「京都・大阪・大津」を指す「京阪津」という表記もあることを、今日初めて知りました。「京阪津」。一体誰が使ってるんだろう? 少なくとも大阪の人は殆ど使ってないんでしょうね。イメージからすると、京滋(という広域名称もありますね)を中心に営業展開していた企業が大阪に進出して「京阪津」と言い出すようになったとか、大阪に通勤する滋賀の人たちがそういう表現を好んで使っているとか… いずれにせよ、ウチの地元で言うと郡山の人たちが「自分らは北関東の人間だ」と言い張るようなムリヤリ感が漂う表記ですよね。京阪津よりもすこしメジャーな表記に「京都・大阪・奈良」を指す「京阪奈」ってのもありますよね。今年の春に近鉄けいはんな線(何故にひらがな?)が開業してますます定着が図られそうな表記ですが、見てると大阪東部や奈良の人たちに多用されており、京都の側からは自発的に使われていないような気がします。近鉄の路線にしても京都府内は通らないし、「本当は『阪奈』でいいんだけど、京都府南部も範疇に含まれるし、語呂もいいから『京阪奈』にしちゃおうか」って雰囲気を、感じちゃうんですよね。
2006.09.22
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今日のトップニュースは「地価」でしたね。三大都市圏で16年ぶりに地価が上昇に転じるなどの話題もありましたが、何と言っても注目を集めたのは、北海道倶知安町の住宅地の地価上昇率が日本一となったこと。倶知安といえばその独特の地名の響きと、小樽を差し置いてどういう訳か後志支庁の支庁所在地となっていることでそれなりに知られた町ですが、こういう話題でクローズアップされるとは思いもしませんでした。なんでも、オーストラリアからのスキー客が急増して彼の地の資本によるリゾートマンションやコテージの建設ラッシュなんですって? 外国人観光客で賑わう町というのも、最近の日本では初めてのケースでしょう。外国から来る観光客といえば、アジア諸国からの観光客を真っ先に思い出しがちなんですけど、倶知安の場合はオーストラリアだった、というのがまた驚きです。ニュースでも言ってましたが、オーストラリアと日本とは時差がないし、ケアンズと千歳の間には直行便が飛んでいるし、雪の少ない彼の地の人々にとっては、訪れやすいスキーリゾート地なんでしょう。でも、ニュースの画像を見ていて、違和感というか、不気味さを感じたのもまた事実。我々はアジア諸国の人々に対しては過剰な危機感を抱きがちなんですが、白人に対してはそのタガが非常に緩くなる傾向があります。困ったことに、我々の側にはオーストラリア人がどのような考えを持った人たちなのか、正直なところ十分な知識がありません。ついこないだまで白豪政策なんてやってた国の人々だから、黄色人種の我々は少なくともナメられないようにした方がいいとは思うんですけどね。日本人とオーストラリア人、無用のトラブルを避けるべくお互い良く理解しあって、観光地・倶知安の更なる発展を目指して欲しいなと思います。
2006.09.19
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そう言えば、今年の高校野球で、富山県代表に福岡高校なんて学校が、出場してましたね。現在は高岡市となりましたが、「JR福岡駅」があることで知られる旧・西礪波郡福岡町からの出場です。富山からの甲子園出場といえば富山市か旧・高岡市からの出場が定番で、たまに新湊あたりが出場するぐらいだっただけに、新鮮な印象を受けました。甲子園で福岡高校と言えば、個人的には真っ先に思い出すのが岩手県二戸市にある福岡高校。岩手県勢では最多の夏の甲子園10回出場を果した名門で、かつてホエールズで活躍した欠端光則などのOBを輩出していますが、岩手でも最近は私立勢の台頭がすさまじく、1985年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっています。今年も県大会では初戦敗退と振るいませんが、バンカラ風の応援に個性を感じるだけに、復活を期待したいところ。あともう一つ、埼玉県ふじみ野市にある福岡高校もまた、甲子園出場こそありませんが、妙に印象に残る学校です。現在イーグルスの二軍コーチを務めている星野おさむが、この高校のOB。現役時代の選手名鑑に「埼玉・福岡高出身」と出ていたので、あ、岩手以外にも福岡高校ってあるんだな、と思ったものです。二戸市の中心駅は1986年まで北福岡(現・二戸)、ふじみ野市の中心駅は上福岡と微妙に同名が避けられていますが、学校名はまったく同じというのが、面白いですよね。ちなみに、福岡の本家本元(?)福岡市にも、福岡高校はあります。なんでも、地元・九州大学に毎年100名を軽く超える合格者を輩出している進学校だとか。地元では文武両道を標榜する学校としても知られているそうですが、残念ながら野球部の活躍は、あまり聞こえてきません。上記3校に負けない活躍を、期待したいものですね。
2006.08.18
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東北地方の高校野球界では長年、宮城、秋田の両県が2強(と言っても全国的には弱いけど・苦笑)、岩手、福島の両県が中間で、青森、山形の両県が2弱、という構造が続いてきました。ところが、最近の青森県勢の活躍は凄いですね。県代表の青森山田は今年も初戦を突破。過去8年間だけの数字を見ると、1999年~2001年までの3回連続を含め4回ベスト8進出(うち1回はベスト4)を果すという活躍ぶりです。80年代は「三沢(1969年夏に準優勝)以来の甲子園勝利を目指す」と毎年言われてきたことを考えると、まさに隔世の感があります。でも、最近の青森県勢の活躍って、正直なところ、青森山田と光星学院が突出して強いだけなんですよね。しかも今年のメンバーを見ると、スタメン中過半数の5人の選手が関西出身。ついでに言うと監督も、日大山形の監督を長年務めた渋谷監督が就任していたりします。スタメンの話に戻ると、残りの4人は青森県内の中学の出身になるんですが、うち3人はなんと「青森山田中学」出身。ここの出身の選手って、純粋な地元出身なのかなぁ? 青森山田中学といえばどうしても思い出してしまうのが、現在も青森山田高校に在学中の卓球の福原愛。確か彼女は大阪の近大付属小学(この進路すら「卓球留学」だ)から青森山田中学に進んだはず。これと同じ構図を、青森山田中学出身の青森山田高校の野球部員にも、どうしても感じてしまうんです。中学から「青田買い」かぁ… もしそうだとしたら、ちょっと興醒めですね。
2006.08.11
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7月2日の日記で休日に散歩していることを書きましたが、今日も決行。でも、今日も生憎の雨模様。数分歩いただけで自宅に引き返しました。このところ、福島では日曜日には雨というパターンが定着している感じがします。まぁ、梅雨だから仕方ありませんが(笑)、なんだか私が休みだから雨が降るみたいでちょっと気分が悪くなります。散歩中って、日記のネタが結構練られるんですよね。でも今日は中途半端に終わったから、ネタもまとまらず。仕方ないので帰宅してから一昨日の日記にも登場した茨城県の地図なんか見てました(笑)地図自体には想像力が掻き立てられ疑似旅行が体験できますが、9年前に買った物とは言えここ数年での茨城県のドラスティックすぎる市町村合併を考えると、地名検索にはあまり役に立ちません。水海道市が常総市、岩井市が坂東市、下館市が筑西市と衣更え。何故かひらがなのつくばみらい市、かすみがうら市や「小川+美野里+玉里」=小美玉市なんてのも新登場しています。これだけ変わってしまうと、なんだか旧ソ連を彷彿とさせますね。
2006.07.09
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今日、仕事場で支払伝票を見ていたら、茨城県常陸大宮市に所在するのに支払先の口座が隣の栃木県那須烏山市にある足利銀行烏山支店になっている業者を見つけました。両県とも私の住む福島県の隣の県ですけど、「常陸大宮市と那須烏山市ってそんなに近かったっけ?」と一瞬疑問に思ってしまいました。気になって帰宅後ちょっぴり古い茨城県の地図を引っ張り出して確認したところ、常陸大宮市内でも市の中心にあたる旧大宮町に出るよりも那須烏山市の中心にあたる旧烏山町に出た方が近そうな地域は確かにあるんですね。茨城県と栃木県とを結ぶ交通路というと、どうしてもJR水戸線や国道50号線と「水戸~筑西(下館)~小山」の県南部を通るラインが目立ちがちなせいもあり、県北部の位置関係は全然頭に入っていませんでした。そう言えば、昨年、栃木県日光市(旧今市市。ってここまで書いててこのところの市町村合併のドラスティックさに軽くムカつく私・苦笑)の小学生が殺害されて常陸大宮市内の山林で遺体が発見された事件がありましたね。そんな例を引き合いに出すのはかなり気が引ける(て言うか、犯人早く捕まえて!)んですが、この地域でも県境を越えた人や物の交流は、それなりにあるんでしょう。烏山から常磐自動車道那珂ICを経由して東京まで行く高速バスも、本数は少ないながら走っているようですしね。今は盲腸線になっているJR烏山線や真岡鉄道が茨城県北部まで通っていれば、交流状況ももっと活発化してたのかなぁ? 特に烏山線は水戸と宇都宮とを直結する路線になり得ただけに、仮にJR水郡線もしくは既に廃止されて久しい茨城交通茨城線(御前山線)と結ばれていたら、相乗効果で道路交通ももっと整備されていたかもしれませんね。国道50号線に近いルートで建設が進んでいる北関東自動車道ももう少し北寄りのルートになっていたかもしれないし、大宮も烏山ももっと早く市制施行できたかも?
2006.07.07
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今日、「日本一短い母への手紙」で知られる福井県丸岡町に手紙を出そうとしたら、今年の3月に周辺の町と合併して「坂井市」になっていることを知りました。丸岡はもともと坂井郡だったから合併して坂井市になるのは自然な流れだと思いますが、大阪の堺市と訓みがまったく同じなのが、若干気になるところ。数年前までは、この種の同名市は、それほど多くありませんでした。漢字もまったく同じ府中市(東京と広島)を筆頭に、仙台市(宮城)と川内市(鹿児島。現・薩摩川内市)、本荘市(秋田。現・由利本荘市)と本庄市(埼玉)、和泉市(大阪)と出水市(鹿児島)と泉市(宮城。現・仙台市泉区)ぐらい。ところが平成の大合併の影響もあってか、このところ同名市がやたらと増加しているんですね。例を挙げると、伊達市(北海道)と伊達市(福島)鹿島市(佐賀)と鹿嶋市(茨城)古河市(茨城)と古賀市(福岡)山形市(山形)と山県市(岐阜)津島市(愛知)と対馬市(長崎)佐倉市(千葉)とさくら市(栃木)。ついでに桜川市(茨城)なんてのもありますね。北杜市(山梨)と北斗市(北海道)江南市(愛知)と香南市(高知)三次市(広島)と三好市(徳島)てな感じ。これらの中には由緒ある地名をもとにしていて同名が避けられなかったものもありますが、さくら市や両「ほくと」市などどうにかならなかったのかなぁ?あと、訓みは異なりますが相馬市と南相馬市(福島)や富士見市とふじみ野市(埼玉)、魚沼市と南魚沼市(新潟)あたりも、隣接している市だけあって非常に紛らわしいと言うか何と言うか…
2006.06.22
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東北地方で一番人口が多い都市は? と訊かれれば、ほぼ100%の人が、仙台市と答えるでしょう。では、東北地方で二番目に人口が多い都市は? となると東北以外の方には難問になりますが、いわき市が正解。繁華街の賑わいは東北地方のどの県庁所在地よりも劣ります(キッパリ)が、5市4町5村が大同合併した市だけあって、合併直後の1966年から東北No2の座を守っています。ところがいわき市のNo2の座も、このところ怪しくなってきています。今年初頭の時点では、いわき市が35万4千人に対し、その後を追う郡山市が33万9千人。わずか1万5千人の差しかありません。20年前には両市の人口差は10万人近くありましたから、すごい勢いで郡山が追い上げていることがわかります。現時点でいわき市の人口は減少基調、郡山市の人口は増加基調にあるから、数年のうちに逆転するのは確実な情勢です。ところが郡山も、いわき同様、繁華街の賑わいとなると、イマイチの感があります。その辺も加味すると、個人的には実質東北No2といえるのは、盛岡市じゃないかと思っています。盛岡市は本年1月に玉山村と合併して人口がようやく30万人を突破し自治体としては郡山市、秋田市(33万3千人)、青森(31万3千人)に次いで第6位となりますが、上位都市がいずれも周辺町村との合併を経て人口を増やしているのに対し、こちらは人口5万3千人を超える全国最大の村・滝沢村の他、紫波町(3万4千人)、矢巾町(2万7千人)と近場に未合併で残っている町村が点在。もしこれらの町村と大同合併すれば、盛岡市の人口は40万人を突破する、という訳。また、人口に限らず、盛岡の街は他の東北諸都市と比べても人通りが多く、賑やかです。また工場が少なく街に「ゴミゴミ感」がないのも、個人的にはお気に入り。独身時代は毎年のように足を運んでいたんですが、結婚してから足が遠のいているのが、ちょっと残念です。
2006.06.21
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今日初めて知ったんですが、JR東日本の秋田支社管内で、今年3月にいくつかの駅でみどりの窓口が廃止されたんですってね。廃止されたのは、秋田県の湯沢、土崎、追分、八郎潟、鷹ノ巣(以上奥羽本線)、象潟(羽越本線)、男鹿(男鹿線)、能代(五能線)の8駅と、青森県の五所川原駅(五能線)の計9駅。これらの駅では廃止の代わりに対話型券売機「Kaeruくん」が設置されて長距離乗車券や指定券などの販売業務を行っているとのことです。対話型券売機って言葉も初めて聞いたんですが、この券売機は盛岡市にある販売センターと通信回線でつながっており、利用者はオペレーターと会話しながら切符を購入するとのこと。まぁ、サラ金の自動契約機みたいなものですね。これにより乗車券、指定席券、定期券、学割切符など、これまでみどりの窓口で購入できたほとんどの種類の切符を買うことができます(でもこれらの切符って、みどりの窓口がない有人駅でも買えないか?)が、航空券とホテルなどの宿泊券は対象外になるとのことです。みどりの窓口… それほど利用頻度の高くない施設かもしれませんが、駅のステータスシンボルではありますよね。時刻表の路線図ではみどりの窓口の設置駅が緑色にマーキングされてたりして(笑)それがなくなったことでプライドを傷付けられた利用者も多いことでしょうし、また話の内容を聞く限り、サービスの低下でもありますしね。事実、湯沢駅などでは廃止に先立って早朝夜間の時間帯の無人駅化が行われたこともあり、湯沢市長から反対の声が上がったそうです。ただ、廃止された駅の傾向を見ると、ちょっと面白いことがわかります。廃止された駅の大半は市の代表駅ないしは特急停車駅であるんですが、これらの駅より利用者が少ない駅、例えば十文字(奥羽本線)や二ツ井(奥羽本線)などで未だにみどりの窓口が残されていたりするんですよ。このことから考えると、周辺に民間の旅行会社があり廃止しても代替サービスが可能な地域の駅が、今回廃止のターゲットにされたようです。ここまで書いてきてふと心配になったのが、うちの地元でも同様の事態が起こらないかな… ということ。福島県内には現在34のみどりの窓口設置駅がありますが、白河、須賀川、二本松、喜多方、船引、相馬と、ヤバそうな市の代表駅がズラリ。今後が気になるところです。
2006.06.18
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昨日の日記でも少し触れましたが、東北地方って、「地方」よりも「県」の方が重要な単位だという認識が強いところなんですよね。だから隣の県にあれができたとなると「是非我が県にも」という話になりがちだし、結果、余計なインフラができたりする次第。例えば、空港。大館能代空港なんて本当に必要なんでしょうか? 能代から秋田空港へは高速道路でほぼ直結しているし、大館からだって青森空港へのアクセスの向上を図れば済んだ話。我が福島県の福島空港も、言っちゃなんだがどうしてあんな山の中に作ったのか? 北関東からの需要を当てにするんだったら最初から交通の便が良い栃木県の那須塩原か大田原あたりに空港を作って、そこへのアクセスアップを図った方が得策だったように思うんですが。この種の「わが県」意識が特に強いのが、マスコミなんですよね。新聞もテレビ局も、県が単位。そういう風に法律で決まっているのかどうなのかよくわからないんですが、どっちも、せめて北東北(青森、岩手、秋田)、南東北(宮城、山形、福島)単位でまとまってくれないかな… と思うんです。というのも、テレビは自社製作の番組が少ないからまだいいとして、新聞はあまりにもローカルな話題ばかり拾ってくるから内容が薄いし、しかも1県1紙(福島県のみ2紙)で競争相手がほぼ不在だから紙面に緊張感が感じられないんですよね。銀行も市町村も合併している今の時代。マスコミも県の垣根を越えて合併し、今のぬるま湯的体質から脱却して欲しいな、と思います。少なくとも記事中に「本県」なんて文字は、使って欲しくないですね。
2006.06.14
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今日、電話で「山家さん」という人と話しました。「山家」と書いて「やんべ」と訓みます。宮城県と山形県に特に多い… というか、この両県以外ではまず見かけない苗字です。調べてみると、山形市街の北に山家という地名があり、その近辺が発祥らしいです。「山家」と書くと、普通は「やまいえ」って訓んじゃいますよね。ところが全国にある「山家」の訓みは必ずしもそうじゃなかったりするから面白い。京都府綾部市や広島県三次市にある山家は「やまが」だし、福岡県筑紫野市にある山家は「やまえ」。音だけ聞くと全然違う地名のようです。ちなみに、山形市山家の地名の由来は、山部、あるいは山辺が転じたものとの話があるようですが、各地の山家にはどんな謂れがあるんだろう? ちょっと気になりますね。
2006.06.07
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最近は出歩く機会がとんと少なくなりましたが、独身時代は東日本各地の街を電車やクルマで訪れるのが、趣味のひとつでした。見知らぬ街を歩いていて意外に目立つのが、「ホテルα-1」の建物。人口10万人程度の都市にはかなりの確率で見られるんですよね。調べてみると、このホテルα-1は、東横インに次いで日本で二番目の規模を誇るビジネスホテルチェーンとのこと。ところが、東横インが大都市へのドミナント出店(例えば仙台市には4軒ある)を得意としているのに対し、ホテルα-1は仙台市には全くなく、もう少し規模の小さい都市を狙って出店しているような印象が強いです。ちなみに、ホテルα-1が出店している都市を示すと、以下の通り。<秋田県> 秋田市<山形県> 山形市、米沢市、鶴岡市、酒田市<福島県> 会津若松市、郡山市(2ヶ所)、いわき市<新潟県> 新潟市、長岡市、柏崎市、上越市<富山県> 富山市(3ヶ所)、高岡市(2ヶ所)<石川県> 金沢市※、七尾市和倉温泉<福井県> 鯖江市、敦賀市(2ヶ所)<岐阜県> 高山市(2ヶ所)<静岡県> 三島市、御殿場市(本年開業予定)<愛知県> 豊田市<滋賀県> 大津市<鳥取県> 鳥取市、米子市<島根県> 松江市(2ヶ所)、出雲市<岡山県> 津山市<広島県> 尾道市、三次市<山口県> 山口市(2ヶ所。うち1ヶ所は旧小郡町)、岩国市、周南市(旧徳山市)、防府市<香川県> 丸亀市<愛媛県> 新居浜市<熊本県> 八代市<宮崎県> 都城市※系列の金沢シティホテル全国に散らばっている割には太平洋ベルト地帯の大都市や県庁所在地クラスの都市にはほとんど出店していないんですよね。出店している街って金沢や尾道などいくつか例外はあるけれど観光的には地味なところが多いから、出張客を確実に拾っているのかなぁ? これらの街に泊まる機会は今のところなさそうですが、いつかはα-1に立ち寄ってみたいものです。
2006.06.02
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私の住んでいる福島県中通りを走る東北本線って、伊達・桑折・藤田・貝田・越河・白石と漢字2文字の駅が6駅も連続するんですよね。鉄道の駅には旧国名や地域名、あと東西南北新本元などが冠せられたり「○○前」なんて命名になったりするケースが多いから、これは珍しいよな、と思っていたんです。ところが調べてみると、6駅連続なんて特に珍しくないんですよね。お隣の山形県には奥羽本線に大沢・関根・米沢・置賜・高畠・赤湯・中川、陸羽西線に津谷・古口・高屋・清川・狩川・南野・余目と7駅連続の例があるし、山形新幹線が新庄に延伸する以前は奥羽本線に漆山、高擶、天童、乱川、神町、蟹沢(山形新幹線の延伸と同時に廃止され、近くにさくらんぼ東根駅が開業)、東根、楯岡(現・村山)、袖崎と9駅連続の例があったぐらいです。全国的に見ると、10駅以上連続するケースも、いくつかあったりします。北から順に列挙すると、北海道・室蘭本線…遠浅・早来・安平・追分・三川・古山・由仁・栗山・栗岡・栗沢・志文(11駅)茨城県・水戸線…川島・玉戸・下館・新治・大和・岩瀬・羽黒・福原・稲田・笠間・宍戸・友部(12駅)群馬県、栃木県・わたらせ渓谷鐵道…本宿・水沼・花輪・中野・小中・神戸・沢入・原向・通洞・足尾・間藤(11駅)奈良県・桜井線…奈良・京終・帯解・櫟本・天理・長柄・柳本・巻向・三輪・桜井(10駅)兵庫県、岡山県・山陽本線…網干・竜野・相生・有年・上郡・三石・吉永・和気・熊山・万富・瀬戸・上道(12駅)こんな具合。あと、途中で臨時駅が入るため参考記録ですが、茨城県・常磐線…土浦・神立・高浜・石岡・羽鳥・岩間・友部・内原・赤塚・水戸・勝田・佐和・東海・大甕(赤塚~水戸間の臨時駅・偕楽園を無視すれば14駅)があります。それにしても、北関東勢の凄さが目立つなぁ… この地域には他にも栃木県と群馬県とを結ぶ両毛線に9駅連続(岩舟・佐野・富田・足利・山前・小俣・桐生・岩宿・国定)があったりしますしね。
2006.06.01
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前の日記から続いている妄想、まだまだ止まりません。今度は、若き日の田中角栄がぶったという演説が、どういう訳か登場。「三国峠を切り崩せば雪雲は関東に抜けていき、新潟に雪は降らなくなる。そして切り崩した山の土砂で佐渡海峡を埋め立てれば、佐渡とは陸続きになる!」ここまで豪快な演説をした政治家ってもう出てこないでしょうけど、これ、本当に実施されたらすごいことになってただろうな… と想像しちゃったんですよ。三国峠(というか、清水峠もだろうな)を切り崩せば、確かに新潟の雪雲は、関東に抜けるかもしれません。が、そしたら東京って、日本海からの湿った空気が関ケ原経由で到達してしまう名古屋みたいに時折ドカ雪に悩まされる都市になってたかなぁ? とも思うんですよね。上州名物も「カカア天下と湿った風」になっちゃたりして(笑) それに、利根川や魚野川の水源が枯れないかどうかの心配もあるし、越後湯沢やみなかみ(水上)も、三国峠や清水峠がなかったら、今のようなリゾート地として賑わっていられたかも疑問ですよね。苗プリの位置も見事な水田だったりとか(笑)あと、佐渡についても、三国峠や清水峠の土砂だけで陸続きになるとは到底思えません。せいぜい、佐渡海峡の最短距離(新潟市巻の角田山近辺~佐渡市赤泊?)を道路1本分の幅だけ細長く埋め立てることができるかどうかじゃないでしょうか。特に佐渡側は赤泊から両津や相川への道路状況が良くないから、こちらも整備しなければならないでしょうしね。こうしてみると、角栄の提案って、欠点ばかりが目立つなぁ(笑) しかしそれでも、仮にそうなったらという世界を想像するのは面白いんですよね。
2006.05.31
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先日、アルミ建材製造大手の三協アルミと立山アルミがこの6月に合併するとのニュースを聞きました。同業他社間の合併は特に珍しいニュースではないけれど、目を引いたのは、両社とも本社が富山県高岡市にあったこと。立山アルミはその名前から富山県にゆかりのある企業だと推察できるけど、三協アルミも高岡に本社がある会社だとは思ってもみませんでした。高岡といえば大仏と藤子不二雄ぐらいしか思い出せないんですが、実はアルミの街という顔も持っているんですね。調べてみると、三協、立山以外にも、アルミ建材製造会社には富山県との関わりが何かと強いんですね。例えば新日軽は今は日本軽金属グループに入ってしまい本社も東京都に移転しているけれどもともとはホクセイアルミの名前で富山県に本社を置いていた会社で現在でも高岡市と小矢部市に工場を有していますし、ファスナー製造最大手でアルミ建材製造も手がけているYKKも富山県東部の黒部市と滑川市にアルミ建材工場を有しています。大手のメーカーで富山県と縁が薄いのは、ひょっとしたらトステムぐらいなんじゃないかなぁ?富山県にアルミ産業が集中し出したのは戦後に入ってからのようですが、鋳造に大量の電力を必要とするアルミニウムのこと。それこそ立山連峰から流れ出る豊富な水、そしてこれを利用した水力発電が、立地を促したんでしょうか? 非常に興味深い傾向ですよね。
2006.05.13
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昨年イーグルスが唯一3タテを食らわせたのが、ナゴヤドームのドラゴンズ戦。連敗を5で止めて乗り込んだだけに今年も連勝を伸ばしてくれるかな? という期待がありましたが、本当に勝っちゃいましたね。勝ち投手の浅井は、去年もナゴヤドームで勝ってませんでしたっけ?それはともかく、どうしてイーグルスはドラゴンズと相性が良いのか? 首脳陣や主力選手に元ドラゴンズが多いからなぁ… 他球団との戦い以上に期するものがあるのかもしれませんね。そうそう、よく考えてみると、ドラゴンズの監督も、東北出身だった(笑)勝負事に情を差し挟まないタイプと思われがちな落合監督ですが、あまりにも弱すぎるイーグルスの姿を見て、同情してしまったりとか… いくらなんでもそりゃないか(笑)そもそも、落合監督の出身地である秋田県の人って、イーグルスの本拠地の仙台市にいい感情を持っていない人が多いんですよね。あくまで私の感覚なんですが、東北各地の人たちが抱く仙台に対する好感度って、同心円状に低下していく傾向にあるんですよ。福島や山形、あと岩手県の旧伊達領だと好感度が高いんですが、福島県の会津や岩手県の盛岡近辺だと敵対意識の方が上回るようになり、秋田だと親仙台派はほとんどいなくなる(言い過ぎか)。秋田は雪国のイメージが強いですが冷害には意外に無縁で東北各地が不作・凶作に悩んでも秋田だけは平年作を確保しているケースが多いんです。また、高校野球なんかでも宮城県や青森県や山形県の高校が他地域から生徒を漁るようになる以前は秋田県の高校が東北では一番強かった。そのせいかどうかわからないけど妙にプライドが高いというか、仙台に限らず太平洋岸の地域に対して潜在的に見下した態度をとる反面、同地域ばかりにインフラ整備が進んでいるのに対して露骨に嫌な感情をする人が少なくないんですよね。東北新幹線が盛岡まで開通した時も「是非本県までの開通を!」と県知事が熱弁を振るっていた青森県とは対照的に、秋田県は「どうせ太平洋岸の話だろ」との反応が大勢。しかも当時の県知事が「東京出張の際は新幹線ではなく夜行列車を利用する」なんて堂々と話してたりしてましたもんね。うわ、思うが侭に書いていたら秋田県の悪口みたいになってしまった(苦笑) でも私が出会った秋田県人って、ほとんどそういう人だったんですよね。彼らが少数派であることを、祈るばかりです。
2006.05.12
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今日、職場で、「横浜市港北区網島…」と宛名の書かれた郵便物を見つけました。おいおい、これ字間違ってるだろ。「綱島」じゃんかと指摘しようとしたけれど、結局誰が書いたかわからずじまい。そのままポスト行きになったら、先方に怒られるだろうなぁ… 昔、うちの会社で「鴫原」という苗字を「鴨原」と書き間違ってえらい怒られたことがありましたが、人名地名の書き間違いって、本当に恐いです。綱島といえば、昔住んでいた日吉の隣町。自転車こいでよく出掛けたものです。当時(1980年)は日吉よりも綱島の方が栄えていたというか街に賑わいがありましたからね。駅ビルもあったし、スーパーも複数ありました。日吉はサンテラス日吉ぐらいしかなかったから、羨ましいなと思ったものです。でも、綱島の駅周辺は、道が異常に狭かったように記憶しています。狭いスペースをバスがクネクネと器用に切り返していたっけ。あと、綱島って、温泉施設がいくつかあったんですよね。小規模な健康ランドみたいなやつ。調べてみると、綱島はもともと温泉街として栄えた経緯を持っていて、東急の綱島駅も開業当初は綱島温泉駅だったとか。温泉というと山懐から湧き出るイメージが強いんですが、周囲に高山のない綱島で湧く温泉って、どんなもんなんでしょう? 温泉自体は今も湧いているようですけど、地盤沈下を引き起こしはしないかとちょっと心配になります。
2006.05.09
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こちらの日記での疑問、妻に訊いて答えを教えてもらいました。結局、国道113号線経由だったとのこと。それにしても、よくぞこのルートで帰ったものだと思います。この国道113号線、福島県の相馬市と新潟市の万代シティ前とを結んでいる国道なんですが、意外に重宝している道路なんですよね。私の住む福島県伊達郡北部からだと山形に抜けるのはこの国道を使うのが最短ルートだし、相馬に抜けるのも、伊達市梁川町から宮城県丸森町へと抜ける国道349号線さえ改良してくれれば、このルートがメインになるでしょう。私自身も、この国道には結構お世話になっているんですよね。利用していない区間は相馬市~丸森町大内及び新潟県胎内市~新潟空港間ぐらいで、あとは全区間利用。ちょっと見複数の国道の繋ぎあわせのような路線なんですけどね。ちなみに、国道113号線の利用機会を、可能な限り振り返ってみると、丸森町大内~宮城県白石市…相馬から白石に抜けるのに利用。相馬~大内間が抜けているのは、この区間だけ県道大内黒木線を通ったため。白石市~山形県南陽市…白石から山形に抜けるのに利用。なお、白石~宮城県七ヶ宿ダムまでは、多分10回以上利用してます。また、宮城・山形県境の二井宿峠は、新旧両道とも利用経験あり。でも旧道は、特に二井宿の集落内の幅員が異常に狭くて、難儀したなぁ…南陽市~新潟県胎内市…ここは自分のクルマで走った訳ではなく。仙台~新潟間の高速バスに乗った際に経由したもの。現在この区間のバスは磐越自動車道経由ですが、この道路の開通前は113号線経由だったんですよ。停留所が沿道の山形県小国町のJR小国駅前と新潟県岩船郡関川村の下関(しもせき)にあって、特に小国駅前では15分ぐらいの運転停車があったかなぁ…新潟空港~新潟市内…新潟に遊びに行った際に新潟空港を見たくなって、利用。なぁんだ、結局私の利用状況も、細切れじゃないか(笑) こんな感じで振り返ってみると、国道113号線は、東北地方を南北に通るメインルート・国道6号線(相馬市を経由)、4号線(白石市を経由)、13号線(南陽市を経由)、7号線(胎内市を経由)の「肋骨」として、重宝されている感じですね。
2006.05.07
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前の日記で書いた子供たちが義父母と新潟へ行った話なんですが、その時の帰りのルートは、どうやら高速道路を使わなかったようなんですよ。福島~新潟新潟間をクルマで行き来するにはいわき・郡山と新潟を結ぶ磐越自動車道がメインルートとなるんですが、猪苗代や磐梯山へと向う観光客が殺到するので今の時期は込みがち。だから一般道路を使うのも致し方ないとは思うんですが、問題はどのルートを通ったか。夕方、帰りが遅いのを心配した妻が義父の携帯に電話を掛けたら「今山形にいる」との返答があったというんですよ。だから尚更、どこを通ったのか気になっちゃうんですよね。考えられるのは、二通り。一つは、新潟から国道49号線を利用し会津坂下あたりで喜多方へと抜け、そこから国道121号線で米沢、更に国道13号線で福島へと抜けるルート。もう一つは、新潟から国道7号線を北上し胎内市(すげぇ名前だ…)で分岐する国道113号線に入り東進。一気に宮城県の白石まで抜けて福島に出るルート。距離的には前者の方が短いけれど交通量や残雪の少なさから言えば後者も捨て難いし、ちょっと迷いますね。
2006.05.03
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今日、顧客名簿を整理していたら「佐宗」という苗字の方を見つけました。この方、読み方は「サソウ」でいいのかなぁ? と字面を見ながら思い出していたのは、今から26年前、横浜は港北区日吉に住んでいた頃のこと。日吉って、「佐相」と書くサソウさんが、結構住んでいるんですよね。しかも、新興住宅地に住んでいる訳ではなく、元々日吉に住んでいてつい最近まで農業を営んでいた、といった風情の方々が。その後他地域を転々と引越しても同様の苗字に一度も遭遇していないことから、「日吉といえば佐相さん」ぐらいの印象を、個人的には抱いています。このサソウさん、調べてみると、佐宗、佐相の他にも、佐草、佐惣、佐生なんて表記があるようですね。南関東から東海地方にかけてままみられる苗字とのことです。日吉に特に佐相の表記が見られるのはここが神奈川県=相模国だったことと関係があるのかな? と思いかけますが、考えてみると日吉を含む横浜市の大部分は武蔵国※だった訳で、思考は振り出しに。他の表記もそうですけど、どうして「佐」にこれらの漢字がくっついてしまったのか、よくわからないんですよね。もっとも、日本人の苗字なんて、鈴木にしろ佐藤にしろ、どうしてそんな表記が一番多いんだろう? 日本中に鈴の鳴る木がなっていた訳でもなかろうに… と突っ込みたくなってしまうんですけどね(笑)※横浜市のうち相模国だった地域は、戸塚区、瀬谷区、栄区、泉区のみ。
2006.05.02
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今日、仕事の電話で、北海道虻田郡洞爺湖町の方と話をしました。「こないだまで虻田町だったんだけど合併で洞爺湖町になっちゃったの」なんてその方はおっしゃってましたが、イメージ的には、虻田郡って内陸の倶知安とかニセコとか真狩村(これは細川たかしのイメージが…)のイメージが強いんですよね。室蘭本線の虻田駅も洞爺駅に改称されて久しいし、慣れ親しんだ土地の名前を失った方には申し訳ないけど、この血に相応しい、良い名前なんじゃないかと思います。そう思ってしまうのも、私が旧虻田町内にある洞爺湖温泉に二度泊まった経験があるからかもしれません。そもそも私、北海道に二回しか行ったことがないんですが、そのいずれも洞爺湖に泊まってるんですよね。妙な縁を感じる温泉です。初めて洞爺湖温泉に行ったのは、今から丁度20年前、中学校の修学旅行でのことでした。仙台から東北新幹線~特急はつかり~青函連絡船~そして函館から洞爺湖まではバスと片道15時間かけての強行軍(!)でヘトヘトでしたが、それだけに峠の上から見下ろした温泉街が妙にまばゆかった記憶があります。その日は食事して入浴してすぐに就寝。翌朝に温泉街の中にある火山科学館を見学し、昭和新山を回って函館に戻りました。二回目は、9年前のこと。室蘭に住んでいる友人を訪ねた際に泊まったものです。洞爺湖温泉名物の打ち上げ花火が鳴り響く心地よい夜でしたが、突然の雨で花火は途中で中止。友人との再会の席に文字通り水をさされてしまいました。翌朝は湖内の遊覧船に乗って中の島見物。やたらと鹿の多い島だったなぁ…
2006.04.20
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民主党の新党首に、小沢一郎氏が選出されました。果たして党や国会の今後がどうなるのか要注目ではありますが、氏のプロフィールに「岩手県奥州市(旧水沢市)出身」と出ていたことに気づかれた方も多いかと思います。奥州市は、今年の2月に水沢市、江刺市、胆沢郡前沢町、胆沢町、衣川村の5市町村が合併してできた市ですが、そもそもこの地域がなんで奥州市だか、よくわからないんですよね。少なくとも、奥州の中心地となった史実は、この地域にはありませんからね。もっとも、この地域は8世紀から9世紀にかけて蝦夷のリーダーとして朝廷と闘ったアテルイの本拠地ではありました。でも、このことを考えると、奥州市という名前はなおさらしっくりきません。そもそも「奥州=陸奥」という名前は「常陸の奥」という意味。つまり朝廷サイドからみた命名なんですよね。アテルイの本拠地を自認するなら、敵対する朝廷サイドの呼称である奥州市という命名は避けてほしかったですね。新市名の候補には「アテルイ市」というのもあったそうですが、そちらのほうがまだこの地域にはフィットしているような気がします。まぁ、このほかにも新市名の候補にはアテルイを倒した坂上田村麻呂が築いた胆沢城にちなんだ「胆沢城市」というのがあったそうだから、地元の人間には主義主張やポリシーなんてないんだろうな。そういえば、奥州市の中心となる旧水沢市は、南部鉄瓶の産地としても知られていますね。でも、水沢を含む奥州市全体は旧伊達領であり、南部家とはゆかりがないはず。この辺もまた、この地域のポリシーのなさを顕著に示しています。そんな奥州市をバックボーンとしている小沢氏もまた、ここ10年ばかりは主義主張を異にする人たちと政党をつくっては壊してきました。今回の就任で同じことが繰り返されるのかなぁ…との懸念というか期待(コラコラ)がある反面、「私も変わらなければ」という演説の通り新しい一面を見せてくれるのか? まずは「脱・奥州(市)人」してくれることを、個人的には期待したいですね。
2006.04.08
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昨日の松本竜介の死去を受けてか、今日の芸能ニュースはさながら「漫才ブーム同窓会」という感じでしたね。解散して久しいザ・ぼんちのおさむとまさとがツーショットで出演していたし、同じく一時期解散していたB&Bの洋七と洋八もまた、ツーショットでコメントしてました。ところで、漫才ブームを代表する決めフレーズといえば、やはりツービートの「コマネチ!」とB&Bの「もみじまんじゅう!」に尽きますよね。勤務先で誰かが広島出張に行くとついついお土産にもみじまんじゅうを所望してしまう次第なんですが、よく考えてみると、このお菓子、広島で一般的に作られているものなのか、よくわからないんですよね。例えば仙台だと笹かまぼこという名物がある訳ですが、特定の企業の商標ではなく鐘崎、阿部、白謙(ここは石巻のメーカーですけど)など複数の企業で競合して造られているという現実がある。もみじまんじゅう業界も笹かまぼこ業界と同じような状況なのか、それとももみじまんじゅうはどこかの企業の登録商標で札幌の白い恋人みたいに一社(石屋製菓)独占形態なのか、よくわからないんです。そこで調べてみると、もみじまんじゅうの製造・販売業者は、約200社あるんだそうですね。その点だけ見ればもみじまんじゅうは笹かま型と言えなくもないんでしょうが、どうやらこの状況は、B&Bが招いたものらしい。そもそももみじまんじゅうは70年代まではさほどメジャーな土産物ではなく、B&Bのブレークと軌を一にして業界自体も大きくなったという歴史があるようですね。ちなみに、もみじまんじゅうの勢力状況は、にしき堂の一強態勢のようです。この辺もまた、トップメーカーが群雄割拠状態の笹かまとは違っていますね。
2006.04.02
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来月で結婚してから5年になりますが、その間に乗った鉄道路線って、驚くほど少ないんですよね。記憶の限り列挙してみると…<JR>東北新幹線…東京~仙台間東海道本線・横須賀線…東京~品川~新川崎~横浜~大船~鎌倉間※東北本線…郡山~国府多賀城間仙山線…仙台~羽前千歳間(全線)仙石線…あおば通~石巻間(全線)奥羽本線…山形~羽前千歳間鹿児島本線…博多~鳥栖間長崎本線…鳥栖~諫早~肥前古賀~長崎間佐世保線…肥前山口~早岐間大村線…諫早~早岐間(全線)※厳密に言うと、東京~鎌倉間を横須賀線の電車に乗ったのと、東京~新橋間を京浜東北線に乗ったのが、1回ずつあります。<民鉄・公営鉄道>仙台市交通局…長町南~泉中央間江ノ島電鉄…江ノ島~鎌倉間福岡市交通局…福岡空港~天神間長崎電気軌道…宝町~正覚寺下間、築町~大浦天主堂下間、長崎駅前~公会堂前間こんな具合。ちなみに、何故か離れ小島のように九州の路線があるのは、新婚旅行で長崎へ行ったからです。それにしても、地元の福島、宮城でさえも、意外に乗っていないのには驚かされます。確かに乗りに行く用事はないんですけど、福島交通や阿武隈急行、奥羽本線に足を踏みいれてないのは、意外でしたね。私の場合出張に行く機会が年に1回あるかどうかという状況だし、子供が産まれてからは移動にクルマを使う機会が増えたからという背景もあるんですが、独身時代は南東北、北関東の路線は殆ど制覇しただけに、結婚すると金も暇もなくなるものなんだな~ とつくづく思い知らされますね。
2006.03.29
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そう言えば、この4月から堺市が政令指定都市になるんですよね。「丁目」のことを「丁」と表記するなど地名に対して独特の感覚を持つ堺市のことだから区の名前も面白いものになるかな? と期待していたんですが、蓋を開けてみると別の意味でビックリ! なんと、堺区、東区、西区、南区、北区、中区、美原区となっており、麻雀みたいな状態(笑)美原区は旧南河内郡美原町の地域ですから、それ以外は没個性の限りを尽くした命名になっちゃいましたね。堺って中世から江戸時代初期にかけては我が国の商業の中心地のひとつであった歴史のある街ですけど、現状は大阪市のベッドタウンなんでしょうね。区名の傾向としては、同様にベッドタウンとして発展したさいたま市に似てますよね。あそこも、北九州の小倉北区や八幡東区などのように浦和南区や大宮北区にすればわかりやすかったし地域住民にも親しみが持てたと思われるのにただの南区、北区にしちゃってるし、挙句の果てには旧与野市全域が与野区じゃなくて中央区ですもんね。没個性的な区名は、1972年に政令指定都市に移行した札幌市(東区、南区、西区、北区、白石区、中央区、豊平区。豊平区が「發平区」だったら字一色だった・笑)や福岡市(中央区、博多区、東区、南区、西区)あたりがはしりだったんでしょう。が、その後はその札幌で厚別区、手稲区、清田区、福岡で早良区、城南区と、地域色が強い名前の区が分区、また、仙台、千葉、静岡など新たに政令指定都市になった都市でも多少奇を衒ったきらいはありますがより個性的な区名をつけようとの意図が前面に出ていました。ところが堺ではご覧の通りの没個性回帰。今後新潟や浜松で政令指定都市への移行が予定されていますが、これらの街はどちらの傾向を志向するのか? 今後が楽しみです。<追記>どうも新潟や浜松でも、新区名はほぼ内定し、本決定を待つだけという状態のようですね。ちなみに新潟は、北区、東区、中央区、江南区、秋葉区、南区、西区、西蒲区、浜松は中区、南区、東区、浜北区、西区、北区、天竜区となる見込みです。やっぱり東西南北志向かぁ… と思ってしまうんですが、新潟市では合併で消滅した旧市名が区名に全く残らなかった(旧豊栄市=北区、旧新津市=秋葉区、旧白根市=南区)のに対し、浜松市は旧浜北市、旧天竜市の名前がいずれも区名に選ばれたのに加え、市の中心部の区が中央区ではなく中区である(名古屋市や横浜市で命名されるなど戦前までは中心部の区名の定番。このところは中央区に押されてますが…)ところに、好感を覚えました。
2006.03.28
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今日、同僚から、「○○さん、栃木県に『したの市』ってありますか?」と訊かれました。「したの市?」一瞬何のことだか迷います。が、少しして思い出します。「それって『しもつけ市』って読むんだよ。こないだ合併してできたって新聞に書いてあったっけ」栃木県下野市は、今年の1月に下都賀郡石橋町、国分寺町および河内郡南河内町の3町が合併して成立した市です。…と話はそこで済んだんですが、気になったのは「下野」という旧国名のマイナーさ。栃木県1県をほぼ包括するほどの大国なのに、知名度が低いんですよね。少なくとも、隣の常陸(茨城県)や上野(群馬県)よりは陰に隠れた存在な訳で。地元でも、下野ってあまり使いたがらないって、聞いたことがあります。「下の毛」を連想するからという半ば笑い話のような噂が伝わってきますが、群馬県が「上州」と多用するのに対し栃木県は「下州」じゃなく「野州」を使う傾向があるから「どうして我々が『下』なんじゃい!」という意識も多少はあるんでしょうね。で、ここで思ったんですが、旧国名が複数に分割される時って、「越前・越中・越後」とか「備前・備中・備後」のように前や後で区分するケースが多いですよね。上下で区分するのは「上総・下総」と「上野・下野」だけ。どうしてここだけそうなってるの? という感じはしますよね。せめて「上野・下野」じゃなくて「野前・野後」だったら、今の状況は起こらなかったんじゃないかなぁ… と推察してしまいます。
2006.03.10
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今日ネットサーフィンをしていて初めて知ったんですが、ドリフターズの代名詞とも言える曲「いい湯だな」は、彼らのオリジナル曲じゃないんだそうですね。もともとこの曲を歌っていたのはデューク・エイセスで、後にドリフがカヴァーしたとの由。でもって面白いのは、ドリフ版とデューク・エイセス版とでは、歌われている温泉地が違うこと。ドリフ版だと「登別、草津、白浜、別府」なのに対し、デューク・エイセス版は「草津、伊香保、万座、水上」と、なんと全部群馬県の温泉。というのも、そもそも「いい湯だな」は、永六輔作詞・いずみたく作曲・そしてデューク・エイセス歌唱でで全国各地を歌いあげるという「にほんのうた」という企画(詳細はこちらを参照のこと)において群馬県版として作られたものなんだとか。でもその背景を差し引いても、群馬県って、著名な温泉が多い県ですよね。「いい湯だな」に登場しない温泉でも磯部、四万、川原湯、老神、猿ヶ京… と、温泉の名前がスラスラ出てきます。隣の長野県も知名度の高い温泉が多いですけど、密度的には群馬県の方が上なんじゃないでしょうか?かく言う私は、群馬県の温泉って、まだ一度も行ったことがないんですよ。福島からだと行くのがちょっとキツくはあるんですが、暇ができたらどこかに行こうかな… と妄想ばかりが頭を駆け巡っています(笑)
2006.03.09
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今日の日中は、福島のサティまで行ってきました。変な噂があるスーパー(地元の方なら知ってますよね)ですけど、やはり福島では一番品揃えの多い店だけあって、店内はお客さんでごった返してしました。で、その帰りの車中でのこと、ラジオからこんなニュースが流れてきたんですよね。日経新聞から記事を抜粋すると…「25日午前1時ごろ、愛知県春日井市味美白山町の交差点で、乗用車とタクシーが衝突した。タクシーに乗っていた航空自衛隊小牧基地(同県小牧市)所属の自衛隊員4人のうち2人が死亡、同1人が意識不明の重体となったほか、4人が重軽傷を負った。 愛知県警春日井署は乗用車を運転していた春日井市、会社員、A容疑者を業務上過失致死傷と道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで逮捕。詳しい事故原因を調べている。」逮捕されたAの名前に、聞き覚えがあったんですよ。愛知出身で大学の同級生だった人物。二十歳そこそこでプレリュード(しかもシャコタン)なんぞを飛ばしまくってました。まさかあいつが… 一瞬嫌な予感がよぎります。でも、彼についての記憶をたどっていくと、確か彼は愛知でも春日井とはかなり離れた常滑の出身で、就職先も知多方面のとある団体だったはず。だから容疑者は同姓同名の別人だろう… と言い聞かせてはみたものの、学生時代の彼の行状を思うと、不安はなかなか拭えません。どうしても気になったので、帰宅するやいなや、ネットでニュースを検索。すると、やっぱり別人だった… 年齢も全然違ってたし、名前の漢字も微妙に違ってた。亡くなった方には申し訳ないけれど、心から安堵しました。それにしても、その彼は、今どうしているのかなぁ? 学生時代とは打って変わって落ち着いてるといいんだけど…※記事ではA容疑者の氏名は実名で登場していましたが、筆者の同級生A氏の名誉もあるため、ここでは氏名を伏せることにします。
2006.02.25
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地図とか新聞の株式欄なんかを見ていると、何だかわからないけれども妙に引っかかるというか、目に止まる会社名があったりするんですよね。最近気になっている社名は「ラサ工業」。プラントや掘進機、あと燐化合物なんかも製造している会社なんですが、社名がなぜ「ラサ」なのか? ひょっとして経営者がチベット仏教の熱心な信者なんじゃなかろうか? と思ってしまった訳です。でも事情を調べてみると、チベットとは全然関係ありませんでした(苦笑)「ラサ」とは、沖縄県の東端・大東諸島にあるラサ島(沖大東島)からきているんだそうです。そもそもラサ工業は、この島で燐鉱石を採取することを目的として1911年に設立されたラサ島燐礦合資会社が起源だったということなんですね。ラサ島での燐鉱石採取は終戦時には終了し島は無人島になってしまいましたが、実は未だにラサ工業が所有する「社有島」になっていて、現在では米軍に射爆場として貸与しているそうです。ところで、ラサ工業は現在東証1部に上場していますが、今月28日には関連会社のラサ商事が東証2部に上場する予定とのこと。着々と勢力を伸ばしていますね~ ラサ(笑)宣伝などは打たない地味な会社ですが、創業の地を社名として冠し続けている姿勢には好感が持てるし、今後もラサ島ともども名前を広めていって欲しいと思います。
2006.02.21
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前の日記で長浜の園児殺害事件の事を書いたんですが、これ、考えがまとまらなくてなかなか書けなかったんですよね。マジなネタになってしまうとどうも逃げてしまう傾向があるのが、私の悪い癖。でもって、どうでもいいようなネタに逸れてしまうのが常なんです。実は前の日記を書きながら、こんなネタも、考えていたんですよね。今回の殺人事件の現場は、JR北陸本線長浜駅と虎姫駅との中間にあたるんですよね。新聞に載っていた地図を見て思わず「懐かしい」とこぼしてしまった「虎姫」という地名。実は、大学の同級生に虎姫出身の人がいたんです。学生寮にいたんですが集団生活になじめず退寮してしまい、きれいな標準語を話していたから恐らくは地域社会とも一定の距離を置いていたと推察されるんですが、今は警察官僚になってるらしいです。元気で頑張ってるといいなぁ。彼について人づてに聞いた話なんですが、学生寮に入寮する時に、出身地が「虎姫」だということで、上級生の間で「出身地に『虎』がつくからひょっとしたら大酒飲みなんじゃないか?」と冗談半分で話題になったんです。でも別の上級生が「でも、『姫』(全く飲めない)かもよ」と応戦。それで「んじゃ、試してみよう」ということになって、新歓コンパの時、彼は上級生の餌食になっちゃったんです。で、結果は…「姫」。血まで吐いてしまい次の日は講義を休んだそうです。うわ~ あんまりいい話じゃなかったなぁ。だから学生寮って嫌い(苦笑) でも私が「虎姫」という地名からまず思い出すのは、このエピソードなんですよね。
2006.02.18
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今現在仙台の会社に通勤しているし以前は仙台市民であったにも関わらず、松島に行く機会って殆どないんですよね。最後に足を運んだのは3年ぐらい前かな? その時を含めて訪れた回数は両手で数えられるぐらいしかありません。特に見所がないわけではないんですけどね。水族館だってあるし、瑞巌寺もなかなか趣のあるお寺だし… 強いて言えば、いつでも行けると思って敢えて足を運ばなかった結果、といったところでしょうか。ただ、松島で唯一ダメなのが、遊覧船。塩釜のマリンゲートと松島海岸とを結ぶ船には何度か乗ったことがありましたが、船酔いとまではいかないまでもいつも具合が悪くなりますね。基本的に、船が苦手なのかもしれません。いつだったか、台風一過の直後に遊覧船に乗ったら、酷く揺れて大変だったことがありました。でも、船内のアナウンスでは、こう言うんですよね。「あちらに見えますのが、仙台と松島を結ぶ国道45号線です。この道路を通ってバスやマイカーで松島を訪れる観光客も、多数いらっしゃいます。でも、松島観光は、お船の旅が一番だと言われております。」誰が一番だと言ったんだ? コラ! そう突っ込みたくもなる揺れ具合でしたね、あの時は(笑)
2006.02.16
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今日の朝刊を漫然と見ていたら、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主人公・両津勘吉の銅像が地元・亀有に建立されたとの記事が載っていました。連載開始から今年で30年。ついに銅像になるまでになったか… と感激するやら驚くやらの出来事ですね。「こち亀」… ジャンプ自体もう20年近く読んでいないので最近の作風は分からないのですが、私が読んでいた頃(80年代半ば)の作風を振り返ると、何と言ってもすごいのが、作者の引き出しの多さ! 一度軌道に乗ればある程度の期間はネタを保たせることができるストーリーマンガと違って「こち亀」は基本的に1話完結のギャグマンガだから、その発想力には驚かされます。やっぱり、キャラが確立されているのが強みなんでしょうね。それほどサプライズの少ないネタの回も、両津をはじめ、部長、中川、麗子のレギュラー陣のキャラの濃さで、なんとか保たせてきた感が強いです。あと面白いのは、このマンガ、基本的に登場人物が齢をとらないんですよね。私が読んでいた頃は両津が「戦中派」、部長が「大正生まれ」という設定だったんですけど、今はどうなっているんでしょうか? 両津が30代後半だと仮定すると1960年代後半の生まれということになるんでしょうが、今日日のこの年代の人間って、どうもこういう人たちを想像してしまうんですよね。果たして両さんを輩出する時代的素地があるのかどうか? かつてはその辺にリアルにゴロゴロしていたであろう両さん的キャラも、やがては寅さんと同じくスクリーンやコマ割の中だけの存在になってしまうような気がして、そこだけは淋しい気持ちです。
2006.02.12
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地図を広げていると、ふと「ここに行ってみたい!」と思わせる街に遭遇します。私の場合、比較的昔の面影を残した城下町に、心惹かれる傾向があるようです。今のお気に入りは、青森県弘前市。2度ほど列車で行ったことがあるんですがいずれも短時間の滞在で、しかも駅と繁華街とが離れているから街をよく見ていないんですよ。とりあえず、延々と続く土手町のこみせ(アーケード)は、歩いたことがあります。昭和30年代にタイムスリップしたようなお店が何件もある一方で、妙に前衛的ないでたちの中三デパートが建っていたりと、なかなか面白い商店街でした。あと行ってみたいのは、土手町からそんなに離れていないけど、弘前城址ですね。ここは桜の名所でもあるので、満開になるゴールデンウイークに一度は足を運んでみたいと思っています。あと、弘前を地図で見ていて面白いなと思うのは、やたらとお寺が多いこと。特に市街地の西にある新寺町や西茂森一帯は、これでもか! とお寺が固まっており、どんな所だか行って確認したくなります。地方都市としては珍しく民鉄(弘南鉄道)の路線が二つも走っているのも、気になります。特に市街地のまさに真ん中にある中央弘前駅から南の大鰐に延びている大鰐線には乗ってみたくなります。この路線、沿線に学校が多いんですよね。中央弘前の隣の駅が弘高下で読んで字の如く弘前高校のすぐそばだし、その次の西弘前は弘前大学をはじめ、東北女子大学や弘前学院大学の最寄駅。更にその次の城南の駅前には弘前実業高校があります。地方のローカル線の最大のお得意さんは、言うまでもなく、免許を持たない学生たち。その意味では、大鰐線の前途は、それなりに安定しているのかなぁ? よくわかりませんが。そうそう、弘前って、学校がとても多い街ですよね。そもそも県を代表する国立大学が県庁所在地の青森市ではなくこの街にあるし、私立高校、特にミッション系の学校が目立つのも面白いです。振り返ってみると、土手町の商店街って弘前の人口規模にしては人通りが多かったように記憶しているんですけど、学生が多くを占めていたかもしれません。やっぱり学生は街にとって必要不可欠な存在ですよね。多くの人に見られていることによって装いも小奇麗になるし、新しもの好きの若者の存在は街の新陳代謝を早めてもくれます。その辺を見誤ったのが、我が地元の福島市って訳で(苦笑)人口は弘前の2倍近くあるけれども、目抜き通りの人通りに関しては半分以下ですもんね…
2006.02.11
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一昨日の日記で福島県の北塩原村について書いている過程で初めて知ったんですけど、栃木県の北西部で、この3月に大規模な市町村合併が行われるんですね。今市、日光の両市と上都賀郡足尾町、塩谷郡藤原町、栗山村の5町村が合併して、新市名が「日光市」面積が約1,450平方キロメートルで、市としては高山市、浜松市に次ぐ規模になるとか。日光市、そして鬼怒川温泉を抱えた藤原町は言わずと知れた観光地で単独での自治体運営も可能だと思うし、日光から細尾峠を越えた足尾町も、鬼怒川・大谷川水系に属する他の4市町村と違って渡良瀬川水系に属するから、市としての一体感が保てるかどうかもちょっと気になります。大学時代の同級生にいわき市役所の職員がいるんですが、彼は常々「いわき市は基礎自治体としては広すぎる」とこぼしてました。大同合併から40年を経てなお旧市町村意識が色濃く残る土地柄だけに彼の言い分は正しいと言わざるを得ません。そのいわき市より広く、しかも温泉町の藤原やら(旧)鉱山町の足尾やら体質が違う市町村が合併してしまって、新・日光市は本当に大丈夫なのかなぁ? 今回の合併が、住民の立場に立った上での選択で、かつ目先の損得勘定だけで走っていないであろうことを、ただただ祈るばかりです。でも、新・日光市の合併で個人的に一番残念なのは、「日光の手前」という、年配の方がよく使う慣用句が完全に死語になっちまうだろう、ってことです(←あ~クダラナイ、なんて言わないでね・笑)。だって、新・日光市役所は今市に置かれ、しかも新・日光市になった後の今市市の町・字名には「今市」の名が殆ど冠せられない(今市市本町のみ日光市今市本町になる)から、今市の名が徐々に日光に侵食されることになるのは必定じゃないですか。いわき市も、一応都心となる旧平市の知名度や存在感は著しく低いですしね。駅名すら「いわき」になっちまったし。となると、近い将来「日光の手前」と言っても、若い人は「宇都宮や鹿沼がどうかしたの?」って話になっちゃうんでしょうね。う~ん…
2006.01.29
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山形県は南陽市、赤湯の一つ先の中川という小駅の駅前に、かわでんという配電盤メーカーの本社工場があります。東北では珍しい地元密着型、しかも山形を拠点に全国に展開している企業で、ジャスダックにも上場しています。しかもこの会社、かつては川崎電気という東証二部上場の会社で2000年に一度民事再生法の手続をとっているんですが、その後ソフトバンク系のエスビーアイ・キャピタルの支援を受けて2004年にジャスダックに再上場したという経緯を持っているんですよね。SBIの北尾社長って生理的にあまり好きにはなれないキャラなんですけど、結果的にかわでんを復興させたんだからやっぱりすごい人なんだと思います。そのかわでんなんですが、調べてみると、元から南陽にあったわけではないんですよね。かわでんの前身となる川崎電気商会は1926年に東京都目黒区原町に創業し、その後1945年に戦時疎開により創業者の故郷である現在の南陽市に移転し、現在に至っているという訳。この沿革を知って、とても驚きました。すごい偶然なんですが、実は私の独身時代の本籍が、同じ目黒区原町だったんですよ! 私も紆余曲折を経て今や住所どころか本籍まで福島県民になってしまったので、かわでんにソックリというか何というか… この辺が似ていると、勤めたことのない企業なのに愛着すら湧いてしまいます(笑)
2006.01.17
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