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■山口・長門の旅・その15■最悪なホテルで一夜を過ごした朝、ボーっとした頭で眠い目をこすりながらチェックアウト。とりあえずはお金をおろさなくちゃと、駅の近くの銀行に向かいました。ホテル代をカードで払えず、所持金に不安があったからです。しかし、それが間違いの素でした。長門市駅に行くと、先崎行きの電車はもう出ていて、しかも1日に2~3往復しかありません。とりあえず、仙崎まで歩いて行くことにして、駅員さんに道を尋ねたら教えてくれました。でも、最近知ったのだけど、駅前から仙崎までバスが走っているらしいんですね。駅員さん、どうして教えてくれなかったのかしら…。たぶん、ひと駅かふた駅ぶんの距離。片道2キロくらいだからそう遠くはないはず。海沿いの道をエッサホッサと歩いて行きました。最初は電車を逃して歩くことが憂鬱だったけど、12月にしては暖かな気温、そして朝のさわやかな空気と晴れた日本海の海。向こう側には青海島も見える。前夜の雨も止み、晴れ女の本領発揮!写真を撮りながら気持ちよく歩くことができました。こんなとき、歩くのが大好きでよかったわ~…って思います。そして仙崎中心部の入口へ。そう、目的は金子みすずなんですねー。仙崎といえばみすずの故郷。ここに来たくて長門に泊まったわけなのです。その仙崎は、とても…な街でした。それはまた次回!つづく…。
2009年09月30日
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■山口・長門の旅・その14■長門で昼夜2回のTAOライブを楽しんだあと、友人に長門市駅まで送ってもらいました。その晩は長門市駅の近くのホテルに宿泊予定でした。駅裏から歩行者用通路を歩いて行くのですが、人が少ないし、なんかあまりいい雰囲気じゃない駅の周辺。駅前に着いても、ホテルを探してうろうろしたけれどわからず。駅員さんに聞いてたどり着いた場所は、本当に駅の近くでびっくり。とても小さなホテルでした。階段を上がっていくと、2階には食堂、カラオケスナックがあってちょっと場末な感じ。3階のフロント、まるで昭和に戻ったかのような雰囲気。そこにはおばちゃんが1人。ホテル代はクレジットカードで支払うつもりが、今どきカードも使えない。まあ、それはしょうがないか…と思っていたら、部屋にバストイレなしと言う…。これで宿泊料金5000円って、高くない?部屋のある4階に行くと、うるさい。私の泊まる部屋の隣で、オヤジどもが大宴会。部屋に入ってみて愕然。部屋もベッドも広いだけ。とにかく床や壁が汚い。それだけならまだいいけど、便所臭い。たまらなく臭い。トイレは部屋にないのに、異臭が漂っていてね。すごくみじめな気持になってしまいました。これで5000円は高い。前日泊まった小郡のホテルは4000円台だったけど、すごくきれいだった。なんなの、このギャップは?駅前なのに、近くにコンビニすらない。まあ、竹田も似たようなものだけど。国道沿いに出て、どこか店に入って食事でもと思ったけど、なんかすごい人だったので1キロくらい歩いてセブンイレブンへ。ホテルに戻り、コンビニ弁当。宴会のオヤジたちよりも早く風呂に入る。やや潔癖症の私、オヤジの使ったバスタブは嫌なので。で、買ってきた酒飲んで寝る…。しかし、あまりにも臭くて熟睡できず…。5時頃に目が覚め、眠くてボーっとした頭でニュースなんか見たりする。今まででいちばん最悪だって思っていた宿泊先は、ニュージーランドのクイーンズタウンにある某バックパッカーズでした。でも、18ドル(当時の日本円にして1200円くらい)だったし、まあ我慢できたんですね。若い頃はお金がないから、海外でも国内でもユースホステルとかゲストハウスばかり泊まっていたけど、今はこぎれいなホテルで缶ビール飲みながらのんびりしたいわけで。それに、最近のホテル料金って安い!インターネット予約をすれば、5000円いないで泊まれるホテルがあるもんね。なので、この長門のホテルだけはちょっと、いえ、かなり許せませんでした。今年も12月に長門に行くけれど、長門にだけは、というか、このホテルにだけは泊まりません!つづく…
2009年09月29日
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週末は、陽目(ひなため)の里キャンピングパークでキャンプをしました。といっても、コテージに泊まったんですけどね。キャンプといえば夏。もちろん、夏のキャンプも好きだし、何度もしたことがあります。でも、私は季節はずれのキャンプが好きなんです。冬はちょっと嫌だけど、春と秋。暑くないから汗でベタベタにならないから、夜遅くなってそのまま寝ちゃっても気にならない(←気にしろよ…)。暑くて眠れないってこともないし、蚊も少ない。いいとこばっかりね♪泳げないのは残念だけど。さて、キャンプですが私以外の4人はみんな熊本県からやってきました。植木、山鹿、長洲…遠いところまでありがとう。3人はアジア系アメリカ人(日系・韓国系・ベトナム系)という、インターナショナルなキャンプでした。まずは4人を連れて七ツ森古墳の彼岸花を見に行ってきました。見ごろは終わっていて、手前の花はほとんど枯れていたけど、奥の方はまだ咲いている花もありました。遠くから見れば、まあそれなりにきれい。市内のスーパーで炭や食材を買って、陽目の里キャンピングパークへ。泊まったのは8人用のコテージ(15,750円)。トイレ、シャワー、キッチン、布団完備で、炊飯器も食器もそろっています。外にはバーベキューができる場所も。ただし、網と炭は有料なので、用意して行った方が安上がりです。炭は買って行ったけど、網のことは頭になくて630円で借りました。ゴミ袋も3枚100円で購入。ちゃんと分別してキャンプ場のごみステーションに置いていくことができます。晩ご飯はもちろんバーベキューね♪頑張って火をおこしたよ!左側の白いのはトルティーヤ。これに肉や野菜をはさんで食べていました。私は普通に食べたけど…。なんか、めっちゃ料理好きの人(唯一の男性参加者)がいて、右の串に刺さったのもやってくれたし、ワカモレも作ってくれたし、朝はタコスまで作ってくれました。大野川の源流が目の前にあるの。今回は白水の滝には行っていません。チェックインが夕方だったのですぐに夕食の準備だったし、翌朝は朝ご飯の後、みんな温泉に行きたがっていたし、その後は竹田市内でお昼ご飯。雨も降ってきたので解散でした。疲れきっていたので案内する気力なし。本当は白水ダムに連れて行こうって思っていたんだけどね。しばらくキャンプはいいや~。ちょっと疲れちゃった。
2009年09月28日
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■山口・長門の旅・その13■宇部方面から長門に向かう車中で、「近松門左衛門云々…」と書かれた標識を見ました。何か、近松門左衛門に関する施設があるような感じ。近松門左衛門というと、江戸時代前期の元禄文化の立役者の一人です。人形浄瑠璃や歌舞伎の作者として知られ、「曽根崎心中」や「心中天網島」といった作品があるのは有名すぎるお話。山口県出身の友人と広島に住む彼女の友人に、近松門左衛門と長門は何かつながりがあるのか聞いてみました。2人とも???状態。どうも、近松門左衛門のことも知らなかった様子…。いえ、私だっていばれたものではありません。知識としてこの大作家の名前と作品名は知っていても、著書も読んだことがなければ、彼の作品を原作とする人形浄瑠璃も歌舞伎も見たことがないのですから。そしてたどりついたライブ会場のルネッサながと。ここのロビーには、近松文学をモチーフにした和紙で作られた作品が展示されていました。 …ってか、なんか怖くないですか?この作品たち…。とりあえず気になっていたので、うちに帰ってから近松門左衛門をちょっと調べてみると、彼の出生地といわれている場所が日本に3か所あり、長門はそのひとつのようです。あとのふたつは周防国(現在の山口市)と越前国(現在の福井県)だそうですが、山口県が2か所あるので、山口県の可能性が大ですね。これを機に、近松文学を読んでみようとは特に思いませんでした。だって、難しそうなんだもん…。でも、機会があれば人形浄瑠璃や歌舞伎は見てみたいです。つづく…
2009年09月25日
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■山口・長門の旅・その12■山口旅行記に戻りまーす。前回は宇部の方で友人に車で拾ってもらったとこまででした。それから中国山地を突っきって、一路長門に向かいました。その日、長門でのTAOのライブを昼夜2回見る予定にしていたので…。その前に、長門のおいしい魚を食べに連れて行ってくれました。そこは仙崎にある「ショップ青海島」。青海島の手前にある、食堂やお土産物屋さんが並ぶところです。シンボルマークのクジラの親子。仙崎はその昔、捕鯨基地だった場所です。今はどうなのかしらないけれど。青海島には珍しいクジラのお墓もあるんだそうです。行ってみたかったけど、また機会があれば…。そこにあるお店のひとつでお昼ご飯を食べました。お店の名前は覚えていない…。たぶん、たぶん千石寿司だったと思います。アジのたたき丼をいただきましたー!魚の身がしまっていて、とってもおいしい!酢飯の味もちょうどよかったです。イカとアジのお刺身定食を頼んだ友人、こっちの方がおいしそうって言ってました。はい、おいしかったですよ~!友人らのイカとアジのお刺身定食。お刺身の他にも、タコと手巻き寿司もついています。ご飯があるのに手巻き寿司。寿司をおかずにご飯を食べる…。まあ、いいんだけど。食後のデザートは夏みかんソフトクリーム。食べすぎですって?いいの、いいの。旅行中の食事は惜しまないことにしているんです。若い頃、お金がなくて(今もないけど)、海外旅行とか行ってお昼にリンゴやバナナだけで済まし、あー、あの時あれを食べたかった…とかいう思い出があるので、その土地で見かけたおいしそうなものはよほど高くない限りいただいています。おかげで、最近は太りっぱなしなんですけどね。つづく…
2009年09月24日
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今日で楽しかったシルバーウィークもおしまい。最初の3日は鹿児島へ、4日目昨日はバスツアーで下関の唐戸市場と大宰府の九州国立博物館で開催中の「国宝・阿修羅展」に行ってきました。ちなみに、今日は家でゴロゴロしてました。バスツアーは職場の女性2人と参加。雨のおかげか道路の渋滞が行きも帰りもまったくなしで、唐戸市場とカモンワーフでは1時間半のんびりできました。この2か所は6月に行っているので、後ほど詳しくブログに書くつもりでいます。食後に散策した亀山神社も…。ちなみに、お昼ご飯~!海鮮丼(ウニ、イクラ、サーモン)と、フグのから揚げとアンコウのから揚げです。海鮮丼のウニはすごく甘くて口の中でとろけてしまいそうでした。とにかくおいしかった!アンコウのから揚げ(小さい方)は、なんか骨ばっかり。フグのから揚げは激うま!この丸ごと1匹揚げたのが、なんと500円の安さ!身がいっぱいついていていました。その前に3人でサザエの殻つきの焼いたの食べてるし(笑)前に来た時は、フグのお刺身定食とホタテの焼いたのを食べました。あ、夜中なのにお腹すいてきた…。で、阿修羅展へ。まあ、すごい人でしょう?最初は180分待ちって聞いてたけど、1時間ちょっとで入場できました。列は太宰府天満宮まで続いていたけど、意外に速かったわ。蒸し暑かったけど、雨が降ったので涼しい方だったかな。会場も阿修羅像の周りだけ黒山の人だかりで、あとはゆっくり見ることができました。阿修羅像を始め、八部衆の4体が今回展示されていました。全部来ているのかな…って思っていたから、ちょっと残念。一度は奈良の興福寺の秋の特別拝観で8体とも見ているから、まあいいか…。でもね、あっちで見るより今回の展示の方が全然いいです。いつもはガラスケースの中で、正面しか見られない阿修羅像をはじめとする八部衆が、国立博物館ではガラスケースなし、横からも後ろからもしっかり鑑賞できます。暗闇に浮かんだ阿修羅像を見た時は、美しすぎて思わず息をのみ込んでしまいましたもの。日帰りのバスツアーはちょっとしんどかったけど、行ってよかったです。
2009年09月23日
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シルバーウィークの前半、鹿児島県に行ってきました。実は、TAOの追っかけついでなんですけど…。でも、旅行も満喫してきましたよ。旅した期間:2009年9月19日(土)~21日(月)行った場所:指宿、知覧、鹿児島1日目・高速バスで鹿児島へ。そのままJRで指宿に向かう。・指宿のTAOのライブ会場へ。駅のおばちゃんに、「あんなとこ歩いて行く人いない」って言われたけど、とりあえず歩く。45分かかった!・TAOのライブ、1列目のど真ん中の席で見る。チケットを取ってくれたTAO友さん、ありがとー!・隣の席の人吉から来たご夫婦と仲良くなる。帰り、鹿児島まで送ってくれた。・いい気分で寝る。2日目・バスに乗って知覧へ向かう。・英国館で「斉彬公のティータイム」セットでお茶。紅茶とかるかん。・川沿いの知覧城跡を散策。・知覧武家屋敷巡りをする。紫芋ソフトがおいしかった。・「特攻隊員の母」鳥濱トメさん関連が展示されたホタル館に行く。展示を見て号泣している若い男性が印象的だった。・富松旅館別館で薩摩料理を食べる。さつまあげ、豚骨、きびなごの刺身。・歩いて特攻祈念平和会館へ。ここは10年ぶりに訪れた。・ここの前からバスで鹿児島市内に戻る。・駅の隣のアミュで夕食。むじゃきの鉄板焼き&白熊にしようと思ったけど、満席だったので、隣の黒豚料理のお店で黒豚丼をいただく。・でも、やっぱりデザートにむじゃきで元祖白熊を食べる。3日目・朝3時前、気分が悪くて目が覚める。・ほとんど物が食べられない状態だったけど、意外に元気。・市電に乗って鹿児島観光へ。・鶴丸城の石垣のそばを歩く。・西郷さんの銅像に出会う。・鹿児島市美術館に行く。ピカソ、ピサロ、シスレー、ダリ、ローランサン、モネなどなど、有名画家の所蔵品多し!・島津斉彬公を祀る照国神社へ。前日に知覧で見た右翼団体も参拝してた。・歩いて城山展望台へ。眺めがきれい。・城山遊歩道を歩く。・薩摩義士の慰霊碑へ。・私学校跡の石垣の、西南戦争の銃弾痕を見る。・電車で鹿児島中央駅に戻る。・西郷さんの家があった場所を通りすがる。・維新館に行く。篤姫の展示がやたらと多かった。・蒸気屋でかすたどんをお土産に買う。・で、バスで帰ってきた。…と、まあ、今回も盛りだくさんの小旅行となりました。また、数か月以内にブログに残す予定。明日はバスツアーで阿修羅展に出かけてきます。
2009年09月21日
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■山口・長門の旅・その11■新山口駅は旧小郡駅です。新幹線も止まり、九州方面、広島方面、津和野方面、宇部方面への電車が出ている山口県玄関口という感じかな。津和野方面へはSLも走っているらしい。ここの駅は前日に湯田温泉に行くとき、そして2日目に宇部方面に向かうときに利用しました。レトロな感じがとても素敵な駅です。駅前の其中庵のモニュメント。改札付近。時計がレトロな感じでしょ♪ただ、駅員さん(写真の人じゃないよ)は行き先を聞かれたお客さんへの対応がいまひとつで、お客さんに叱られていました。これはちょっと納得しちゃった。私も湯田温泉に行く際にちょっと路線を尋ねたら、無表情で超事務的に対応されて、「あれ?」って思ったので。山口市の玄関口なんだから、もっと素敵な対応をお願いしたいものです。ホームの時刻表も全部漢字だったりする。自動販売機まで!この徹底した感じがとても素敵ですね。記念スタンプも押しましたー!ここから電車で、宇部方面の厚東という駅まで乗車しました。ここで宇部のお友だちが車で拾ってくれて、長門まで向かいました。厚東駅で見た空。つづく…※明日から5連休ですね~。私も明日からお出かけしてきます。みなさまもよい休暇を!
2009年09月18日
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■山口・長門の旅・その10■山口の旅2日目。この日は宇部の近くまで行き、宇部の友人に長門まで連れて行ってもらうことになっていました。待ち合わせに間に合いそうな電車まで時間があったので、種田山頭火が住んでいたという其中庵(ごちゅうあん)を訪ねることにしました。その日は快晴!朝からいいお天気です。宿泊先のホテルの人に聞けば、丘の上の住宅街にあって見つけにくいということ。遠回りになるけど、いちばんわかりやすい道を教えていただきました。実際、ちょこっとだけ迷ったけど無事に到着しました。其中庵の入口発見!日本を放浪した俳人・種田山頭火が最も長く暮らしたのは、小郡(現・山口市)です。昭和7年から13年まで、其中庵に住み、自由律の俳句を作り、俳人と交流しました。山頭火の好んだ法華経の中の言葉、「其中一人作是唱言」という言葉からきています。意味は、災難に遭った時、また苦痛に苛まれたとき、其の中の一人が「南無阿弥陀仏」と唱えると観世音菩薩が手を差し伸べて皆が救われ、悩みから解き放たれるということです。其中庵の語源は、この「其中一人」を自分に置き換えて、その一人が住むということで「其中庵」と名づけられたそうです。其中庵の正面。其中庵は復元されたものです。山頭火と親交のあった下関の近木圭之介氏の作成した見取り図を基に復元されました。中も自由に見学できます。こじんまりとして他には特に何もない場所だけど、休憩所に座って少しのんびりしました。地面に落ちた山茶花もきれいだし、晩秋の山の色と青空も美しかったです。おまけに、誰もいない。ちょっと贅沢な気分でした。小郡の郷土資料館にも行ってみたかったのですが、電車の時間があったのでこのまま小郡を去り、長門へ向かいました。長門の旅行記の前に、次回は新山口駅のお話を書きます。つづく…
2009年09月17日
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■山口・長門の旅・その9■私は「お1人様」が好きなんです。映画や買い物はもちろん、旅行も、食事も、温泉も、コンサートも、お笑い芸人のライブまで…。たいていのことは何でも1人で楽しんでいます。まだやってないのが1人カラオケと1人居酒屋。これ、きっと近々やってみせます。別にやらんでもいいんだけど…。食事は普通にレストランやカフェでいただくのだけど、まだ未経験の居酒屋はもちろん、おじさんのようにカウンター席でラーメンとか、お好み焼とかやってみたかったんです。で、なぜかこの時の山口県の旅行でやっちゃった♪湯田温泉から新山口(小郡)まで帰って来たのはいいのだけど、周りに食事をするお店が見つからないんです。居酒屋はあったけど、まだ勇気がない…。せっかくの旅先でコンビニ弁当もいやだな~と、あてもなくさまよっていたら、そこにはお好み焼き屋さんが!あまりにもお腹が空いていたので、開店時間を迎えたばかりの、お客のいないその店にふらふら~っと入って行きました。そこは自分で鉄板で焼くお好み焼屋さん。楽しそうやーん!と、豚肉、エビ、ネギの入ったのを注文。それと生ビール♪旅先で飲むお酒は格別においしいの。で、焼いてみたりする…。ビールの写真がメインに見えるのはなぜ?まあ、いいんだけど。で、焼きあがったりなんかする。おいしそうやん!マヨネーズ、青のり、一味のトッピング。で、本当においしかったりする。まあ、味つけはお店の人だけど、焼き具合がちょうどいいの。これは私の実力ね~♪ビールも進むわ。お腹いっぱいになりました。お客さんが増える頃に店を出て空を見上げると…きれいな月。ひょっとして満月だったのかしら。月を見てまたいい気分。…ということで、コンビニで酒を買い込んで、ホテルで1人楽しく酒盛して寝たのでした。つづく…
2009年09月16日
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■山口・長門の旅・その8■たった半日の湯田温泉訪問だったのに、8回も引っ張ってしまいました…。本当は中原中也記念館だけを見て、さっさと山口市内の観光名所に行くつもりだったのに、湯田温泉も見どころがいっぱいでついついのんびりしてしまいました。もう山口市内まで行く気力がなかったし、せっかく「温泉」が地名に盛り込まれている場所、しかも開湯約600年の歴史なのだから温泉に入っていくことにしました。温泉は街の中心部にいくつもありました。最初に観光案内所で立ち寄り湯ができる場所の地図をもらっていましたが、たくさんあるので選ぶのも一苦労。ホテルや旅館よりも普通の温泉館か公衆浴場に行くことに決定。値段もわりかし安い「亀之湯」に行くことにしました。亀之湯の入口。最初は温泉に入るつもりもなかったから、有料のタオルを借りました。それにしても、温泉館の従業員さんの愛想のないこと…。まあ、地元の公衆浴場だから、観光客なんてあんまり来ないのかもね。小さい割にはきれいな温泉でした。脱衣所もとても清潔。お湯に浸かると、あ、単純泉だね~ってわかるくらいの柔らかいお湯でした。お肌になじんでとてもいい気持ち。立ち湯もあり、立ったまま肩まで浸かることもできて、それもなかなかよかったです。これもかわいい♪湯田温泉の街並みを、とにかく歩きまわったので冬だったけど汗もかいて、足も棒のようになっていたけど、温泉ですっきり♪そんないい気分で宿泊先の小郡に再び向かったのでした。それでも、長湯温泉がいちばんよね~…なんて思ったりもしたんだけどね。夕暮れの湯田温泉駅のホーム。◆湯田温泉・亀之湯◆泉質:アルカリ性単純温泉 効能:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、冷え性、病後回復期、疲労回復など
2009年09月15日
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■山口・長門の旅・その7■私が湯田温泉を訪れた12月12日は、「湯田アートプロジェクト」というイベントの開催期間でした。そんなことはまったく知らず、前に紹介した足湯には提灯がかけられていたり、テレビなんか置かれているところもあって、えらくサービスがいいんだな~って思っていたけど、それはイベントの一環でした。湯田アートプロジェクト。この湯田アートプロジェクトは、山口情報芸術センター5周年を記念して開催されたもので、街中をメディアアートで彩ったものです。きっと、2009年のイベントなので、今年は催されるかは知りませんけど、ちょっとおもしろかったので…。たとえば、ある足湯のテレビ画面にはアニメーションが流れているし、足湯の水面に映像が浮かび上がるものもありました。昼までよく見られなかったけど。声をかけてくれたスタッフの方は、ぜひ夜に見てくださいって言ってたけど、その晩は湯田温泉泊ではなかったから残念ながらパス。最初にこのイベントを知った場所。ここは中原中也記念館の外庭です。ここに立っている棒は、LEDによるイルミネーション「Array(アレイ)」です。高さ2.3メートルの棒状のライト43本が設置されており、ライトから発光するLEDの光や色が、人の動きによって変化するんですね。寒いのに、外で待機するスタッフさんが教えてくれました。最初は記念館の見物客しかこれを見なかったけど、ローカルの番組で紹介されて人がどっと押し寄せたこともあったそうです。なかなか近くにはないアート作品ですものね。これら以外の場所にも、いろいろなアートが展示されていると教えていただいたのですが、全部を見て回ることができませんでした。残念!また、こんな楽しいアートイベントがあるのかな。今年も12月に山口へ行くので、チェックしなくっちゃ。足湯の白狐くんたちもイベントをPR?つづく…
2009年09月14日
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■山口・長門の旅・その6■湯田温泉は中原中也の生誕の地です。また、日本中を放浪した俳人・種田山頭火にも縁のある場所です。生まれは現在の防府市ですが、昭和13年、湯田温泉に「風来居」をかまえ、約10ヵ月暮らしたと言います。湯田温泉では中也と山頭火の文学碑をいくつか見ることができます。私は少ししか見つけられなかったのですが、きっともっとあるはず。今回見つけたものを紹介したいと思います。高田公園の中也の碑。『帰郷』から。「これがわたしの故里だ さやかに風も吹いてゐる」「ああ おまへはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云ふ」これを読むと、なんかしんみりしちゃいます。町の中にあった中也の碑。『童謡』から。「しののめの よるのうみにて 汽笛鳴る こころよ 起きよ 目を醒ませ しののめの よるのうみにて 汽笛鳴る 象の目玉の 汽笛鳴る」象の目玉って、機関車のどの部分なのかなって思わず想像してしまいます。高田公園の山頭火の碑。「ほろほろ酔うて この葉ふる」この碑文の文字は、山頭火の自筆を写したものだそうです。町にあった山頭火の碑。「ちんぽこも おそそも 湧いて あふれる湯」…なんていう、ちょっと顔が赤くなってしまうような俳句ですが、一皮むけば人間はみんな同じだって感じがします。中原中也の碑文にお目にかかる機会は少ないと思いますが、種田山頭火は日本全国でみかけますね。大分県では長湯温泉と豊後大野市三重町のお寺で見ました。彼自身が見て感じた俳句をその土地で読むことができるのは、なかなかいいものでね~。つづく…
2009年09月12日
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■山口・長門の旅・その5■湯田温泉に来た目的は、実は温泉ではありません。わざわざここまで入りに来なくとも、私の住んでいるの辺りには全国的に知られた温泉郷がゴロゴロとあるのです。湯田温泉に来た目的、それは、中原中也記念館に行きたかったからです。本当は2年前の生誕100年の時にここを訪れたかったのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。「東洋のランボー」と呼ばれる中原中也はこの湯田温泉に生まれました。今現在、記念館のある場所は、中也の生家があった場所です。このすぐそばに記念館があります。私は中原中也の詩の世界が好きです。詩集は1冊しか持ってないのですが、わずか30年の人生で、350篇の詩を遺したのだそうです。短い人生の間に書かれた繊細な詩の世界、ここに訪れるまでの中也像は、病弱で傷つきやすい繊細な美青年だと思っていました。確かに、中也の写真を見るとかなりの男前です。しかし、ここで中也に対するイメージはがらりと変わってしまいました。おちゃめ、いたずら好き、人気者、破天荒、変人…。彼が友人に宛てた手紙の内容を見ると、あ、あ、あ、あれ~?ってなってしまいました。しかも、フランス詩を日本に紹介したという人だから優等生かと思えば、落第とかしちゃってるし。イメージダウン?いいえ、その逆です。すごくかわいらしい人だって思いました。しかし、やっぱり繊細な人だったんですね。幼い長男の死にショックを受け、心身ともに衰弱してしまい、30歳になる前に他界してしまいました。故郷への移住も実現しないままに…。向かいの酒屋さんの前にある、中也の詩の一部。小さい博物館ですが、中原中也の魅力が凝縮された記念館です。彼がどんなに友人たちに愛されていたのかがよくわかります。中也の人物像がもっと好きになり、詩もたくさん読みたくなりました。つづく…
2009年09月11日
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■山口・長門の旅・その4■萩藩士で明治維新の立役者のひとりだった井上馨は、1836年に周防国湯田村に生まれました。今の山口市湯田温泉にある高田公園は、その井上馨の邸宅があった場所です。井上馨の像。内閣総理大臣までにはならなかった井上卿ですが、外務大臣、大蔵大臣など数々のポストを歴任し、不平等条約の改正に努力を尽くした近代日本を築いた政治家の1人です。長州征伐で傷を負った際には、別府温泉で療養したこともあるとか。さすが湯田温泉生まれ、根っからの温泉好きの人物とみたっ!明治維新の功績を讃える「七卿の碑」。幕末、公卿たちと尊王攘夷の先鋒となって働いた長州藩。しかし、長州藩の野望を恐れた幕府は、長州藩士とそれに同調する三条実美ら7人に退京を命じました(七卿落)。長州藩主であった毛利敬親公は彼らを迎え、井上邸を増築して三条らを住まわせました。そして、ここが尊王攘夷派の諸藩の志士が集い、王政復古の相談をし、ついには明治維新が樹立したのだそうです。その七卿の功績を讃えたのが、この「七卿の碑」です。いいですね~、山口県。私は日本史の中でも明治維新以後の近代史がとても好きなんですけど、明治維新に縁のある場所がたくさん!萩に行った時は木戸孝允や伊藤博文の家に吉田松陰を祀った神社、下関では高杉晋作の縁の地を見て歩きました。公園内にはこんな池もありました。これは瓢箪池。この庭園は1917年(大正6年)に造られたもので、その形から瓢箪池と呼ばれています。中央の大きな石は、室町時代中期、大内氏の別邸造営のとき、豊後(大分~!)の大友氏から送られたものがここに移されました。遠い豊後を恋しがり、雨の夜には泣くということから「夜泣石」と呼ばれているそうです。私が会いに来たよ~、大分から!でも、大内氏って大友宗麟に討たれたんじゃなかったっけ???前の日記でも紹介しましたが、足湯もあるし、ちょっとした子どもの遊具もあり、ここでも市民のくつろぐ姿を見かけました。歴史も温泉もあって、種田山頭火や中原中也の文化人にも縁のある場所です。山頭火と中也の文学碑はまた別便にて…。白狐と山頭火が迎えてくれるの♪つづく…
2009年09月10日
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■山口・長門の旅・その3■湯田温泉というからには、そこは温泉地です。もちろん、せっかくだから温泉にも入ってきました。でも、まずは最初に町をてくてく歩いて足湯めぐりなんてしてみました。高田公園の足湯。おじいちゃんもいれば、ヤンキー風(死語?)の若い子も数人いて、ちょっと楽しそうでした。観光案内所前の足湯。観光案内所だけあって、観光客っぽい人が多かった気がします。オリジナルタオルなんかも売られていました。飲泉もできます。もちろん、飲んできましたよ。細い路地の足湯と温まる猫ちゃんたち。 お湯のそばに猫ちゃんが2匹。三毛猫ちゃんは曝睡中でした。温かいから気持ちいいんだろうな~。猫の写真を撮りまくる私を、不審者を見るかのようにおじちゃんたちは見ていました(山口の人は、あなりフレンドリーじゃなかったの、旅を通して…)。どっかの施設の敷地内の足湯。ここは、めちゃめちゃ地元民でにぎわっておりました。楽しそうなおばちゃんたちの会話をBGMに退散。商店街の足湯。最初に通りすがった時は、地元の人たちが入っていました。その時、私もちょっと浸かってみました。湯加減はちょうどよかったです。すーっと足の疲れが取れる感じ。やっぱり温泉の力だね~。そうそう、なんか足湯の建物に祭りのような飾りが見えるでしょう?この時期、湯田温泉でアートイベントが開催されていて、足湯にテレビ画面があったり、細い路地の湯面には映像が映し出されたりしていたんです。案内していた人によると、夜の方がきれいに見えるって。このアートイベントのことはまた別の日記にて。湯田温泉の足湯は地元の人の交流の場、井戸端会議の場って感じでした。観光案内所の足湯は観光客がほとんどでしたが、後の場所は近所のおじさんやらおばさんやらが集っていて、地元の人が気軽に利用している足湯って、なんかいいな~って思いました。つづく…
2009年09月09日
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■山口・長門の旅・その2■新山口駅に到着、宿泊予定のホテルに荷物を預けて向かった先は、同じ山口市内にある湯田温泉でした。津和野行きの電車に乗ったのですが、そのまま津和野に行っちゃいたかったかも…。湯田温泉駅。右から読んでね。さて、駅の外に出てみるとこんなものが!下のバイクと比較してみても、大きなキツネの像でしょ?これは湯田温泉のマスコット、白狐の「ゆう太くん」です。約600年前に開湯したといわれる湯田温泉。白狐が毎夜温泉に浸かっていたところ権現山の麓のお寺のお師匠さんが、白狐が毎夜温泉に浸かっているのを発見したといわれています。わたしは、お湯が「こんこん」と湧くからキツネがシンボルなんかな~なんて、ちょっとつまらないギャグのように思っていました…。ちゃんとした伝説があったのね。そんなこんなで、湯田温泉はどこに行ってもゆう太くんだらけなのです。商店街にも、お店の中にも、普通の道路沿いにも、足湯の近くにも…。酒屋さんと魚屋さんの前のゆう太くん。 上の2枚の写真は、キツネというよりも猫に見えるのだけど、私は…。まあ、それはどうでもいいとして、商店街のお店の前のゆう太くんは、そのお店の商品を持っていて、お店の前を歩くだけでも楽しいです。本当、どこへ行ってもゆう太くんだらけ。こんなかわいいマスコットがいろんな場所にいるなんて、楽しいですよね。中にはものすごくリアルな白狐の像もあったのだけど…(ちょっと怖いし)。つづく…
2009年09月08日
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■山口・長門の旅・その1■この間まで福岡散策日記なんて書いていましたが、ちょっと飽きた…。そのあと、唐津にも行ったけど、ちょっと九州の旅日記を離れて、しばらくの間、去年の12月に行った山口と長門の旅行記を書くことにします。・旅した期間…2008年12月12日(金)~14日(日)山口と長門に行ったわけ。毎度おなじみなんですけど、TAOの長門公演を見るためです。最近の私の旅行のほとんどは、TAOの追っかけついでに行った先の観光地を周っている、そんなパターンがほとんどです、はい。TAOも旅行も好きなので、これぞ一石二鳥だねっ!長門に直接行くのもいいけど、せっかくだから湯田温泉の中原中也記念館に行ってみたいと思い、最初の日は新山口(小郡)に泊まることに決定!大分からソニックで小倉まで行き、小倉から新山口までは新幹線に乗らず、ローカル線で行きました。1時間ちょっとだし、鈍行でのんびりも悪くない。以前、広島を行き来するときは、よく小倉から広島までローカル線でのんびり行っていましたから。乗り換えの下関駅。さて、電車が関門海峡を抜け、下関で乗り換え、その次の新下関から旅のお供ができました。私の座席の前におばあちゃんが座りました。そのおばあちゃん、私に電車の行先を確認したと(えーっと、おばあちゃんは地元民で、私はただの旅行者なんだけど…)、どうもお話し好きなようで、おばあちゃんの降りる駅までずーっとお話をされておりました。こんな感じ。(お…おばあちゃん、ち…私)お:「奥さん、どこまで?」ち:「(奥さんじゃないんだけど…)新山口までです。」まあ、普通の会話だったのが、次第に…お:「日本はこのままじゃ滅びるよ。女性が子どもを産まなくなった。子どものいない国は栄えない。女性は子どもを産まなければ…云々」ち:「(あ~、耳が痛い…)はぁ…」お:「今の子どもは遊びを知らない。ゲームばっかりして。子どもは外で遊ばんと、しっかり育たん」ち:「(うん、うん、それは一理あるね)はぁ…」お:「お母さんはええよ~。私の母は94まで生きた。お母さんを想うだけで胸が熱くなる」ち:「いいお母さんだったんですね~」お:「あ、でも、お父さんはどうでもええんよ」ち:「(苦笑)」お:「ところで奥さん、旦那さんおいてきたん?」ち:「(きたっ!)あ、私、独身なんですよ」お:「でも、子どもさんはいるんでしょ?」ち:「(へっ?)いえ、いませんよ」お:「そうね(沈黙)」ち:「はぁ…」お:「(ホームの階段を昇る男の子を見て)まあ、見てごらん。あんな泥のくっついたような服を着て…」ち:「(皮ジャンだよ~、おばあちゃん)はぁ…」お:「私らが若いころはね、外に出る時はきれいな服装で出かけてたんだよ。今の若い子は格好がよくない」ち:「(ジーンズにパーカーの自分を見て)はぁ…」…と、おばあちゃんが降りるまで、延々とこんな会話でございました。私、ほとんど「はぁ…」しか言ってないけど、厳しい時代を生きてきたおばあちゃんだから、今の日本の将来を案じていたんでしょうね。特に、山口県は歴史に残る政治家をたくさん輩出した県でもありますしね。こうして、電車は新山口駅に到着したのでした。つづく…
2009年09月07日
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あれ?ちょっとブログをお休みしたら、日記のとこが模様替えされてる…。まあ、書ければいいんだけど、書ければ。先週は何気に体調を壊していました。とにかく、体がしんどくて、夜はとっとと寝ていました。夏の疲れが一気にきちゃったのかしら?木曜日には見事復活(←週末が近づくと元気になる体質らしい…)、金曜日にはお休みを取り、土曜日にかけて佐賀までドライブしてきました。高速道路未経験なので、国道57号線→ミルクロード→やまなみハイウェイ→国道212号線→国道210号線→国道3号線→鳥栖泊→国道34号線→三田井バイパス→国道264号線(たぶん)→国道210号線…以下、行きと同じコースを逆戻りで運転しました。あー、疲れた。目的は、金曜日の夜のTAOの鳥栖公演です。はい、TAOのためならどこまでも行きます。もちろん、遠出をするのだから旅も楽しみました。今日はその覚書を。また、ボチボチといろいろ更新して行く予定。旅の友。お気に入りのバッグと帽子♪・大山の木の花ガルテンでトイレ休憩。秋の新作くりソフトを食べる。・日田の豆田町に寄り、散策。・お店のおばちゃんと話が弾み、こんにゃくごぼうを買っていく。・広瀬資料館を見学。・他の店で葛湯をごちそうになる。葛湯と甥っ子の日田杉の下駄を買う。・向かいのせんべい屋でぬれおかきを食べる。おいしい!・草野本家を外側から眺める。・千屋で日田まぶしを食べる。名古屋のひつまぶしよりおいしかった!・うちから日田まで1時間半なのに、日田から久留米に抜けるまで遠かった!・鳥栖に到着。友だちと合流し、パフェの有名なお店に行く。・TAOのライブ。めっちゃ楽しかったけど、服を忘れて帰ってしもた。・翌朝、吉野ヶ里遺跡に向かう。・1時間半の見学コースを2時間以上かけて見た。・とにかく暑かった!水がなければ完全に熱中症。・佐賀のおいしいものを食べたかったけど、暑かったのでそうめん定食にする。・デザートに赤米アイスを食べる♪・帰りは道の駅うきはでトイレ休憩。ピオーネソフトを食べる。以上、楽しい1人ドライブでした~。自分で1人記念撮影。帽子とあごしか写ってないし…。
2009年09月06日
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