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ただいま会社で残業中。こんな時間まで仕事なんかしてていいんでしょうか。1人になってしまい、ついつい集中力の糸がプッツリ切れてネットサーフィンなんかしたり。履歴残さないようにしなきゃ。こんなことしてんならさっさと帰れよと心の中の誰かがボヤいております。仕事って本当に効率が大事ですよね。人一倍効率が悪い私は残業癖がつきつつあります。机の上も社内で一番汚いし。はっ、誰もいないはずなのに後ろで物音が!怖い怖い怖い。と思ったらファックスの受信音だった。もうさすがに帰りましゅ。
2005.06.23
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杉田かおるは女優である、一応。今はすれっからしでも元々は国民的子役スターだった。ちなみに「すれっからし」を辞書で調べると…すれっからし 0 【擦れっ枯らし】 〔「すれからし」の転〕何度もひどい目に遭って素直でなくなり、ずるがしこくなること。苦労して人柄が悪くなること。また、その人。ふむふむなるほど。子役としてチヤホヤされる→天狗になる→堕落して男と酒に走る子役スターとしては至極ありがちな苦渋に満ちた路線を歩んだわけだ。マコーレー・カルキンや宮脇康之なんかも典型的な例ですね。しかし杉田かおるはそこからなぜ這い上がることができたのか。去年の年末、テレビで杉田かおるを見ない日はなかったし、ドラマや映画にもちょこちょこ出演し、かなり順調な芸能生活を歩んでいるよう。この杉田かおるの復活劇は、私にはどうも彼女自身の女優体質によるものに見えて仕方が無い。つまりテレビを通じて我々は「杉田かおる劇場」を見せられているのではないかと。彼女は「負け犬」というレッテルを自ら貼り、デンジャラスかつバイオレンスな私生活を披露し、人々のコンセンサスを得て今の地位を築いた。もちろん彼女自身にその要素や素質はあったと思う。しかしどこからか、自分自身「負け犬」という役柄を徹底的に演じこんでいたのではないかと。もちろん芸能人というのは少なからず自分自身を演出しながら生き長らえている特殊な職業である。ただ杉田かおるの自己演出(推測)はかなり潔い。「負け犬」で今の地位を築いた彼女は、突然大企業の御曹司と結婚し「負け犬」の地位をあっさり捨てた。「負け犬」キャラのおかげでここまで這い上がってきたのに、だ。それはまるで1つのドラマが終わって次のドラマの役柄に変わるように。結婚当時「負け犬キャラを通してきた彼女は、結婚で今までの路線は歩めなくなるのではないか」と周囲に危惧された。しかしタレントとしてのスタンスはそのままに、「元負け犬=意外にも勝ち組」という新しいキャラで普通に定着している。それも彼女の潔さを視聴者が自然と受け入れているからだろう。杉田かおるは『24時間テレビ』で100kmマラソンに挑戦した。100kmマラソンというのは、周囲の応援を受けて走っている姿に今までの悪事も全て浄化されてしまうという危険な偽善性に満ちている。杉田かおるが24時間走り通して武道館に到着したとき。私も何回かかつてのランナー達が号泣しながらゴールしたシーンを見たが、彼女は何かシレッとゴールテープを切り、あっさりした表情でそこにいた。このマラソンも「杉田かおる劇場」の1幕であったように思った。女優や俳優というのは実に不思議な職業である。自分とは違う人物になり金を稼ぐ。そして不特定多数の視聴者はその役柄とダブらせてその人を見る。幼い頃から女優として生きてきた杉田かおる。多感な時期に周囲の人々が捕らえる像とのギャップに晒されてきたであろう彼女は、いっそのこと「杉田かおる」という役柄を演じることによってギャップを埋めようとしているのではないか。杉田かおるが昔出した写真集のタイトルが「女優ごっこ」というのもなんとなく意味深である。 普通な杉田かおる・妙な舘ひろし・コスプレ過多な安達祐実
2005.06.20
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最近はテレビを観る時間も激しく減ってしまった。ドラマもバラエティもニュースもちーとも観ない。そもそも「観よう」と思わせるような番組が無いのも大きいかも。そんな中でCMというのは相変わらず元気である。CMというのは少なからず社運を賭けているわけであるから、本気で作らなきゃそれはそれで困るわけだが。そんな中、事故的に観てしまって強烈にインパクトに残ってしまうCMが2本ある。1つはハウス食品『ニンニクの力/ウコンの力』のCM。『ニンニクの力/ウコンの力』という商品名もビジュアルもダイレクトすぎてコメントしづらいものがあるのだが、それをPRするのは山川豊・木の実ナナ・黒谷友香という全く脈絡のない3人。苦味ばしったアメリカ橋・山川豊と情熱的なフラメンコパグ犬・木の実ナナに囲まれて、あっさりモデル系の黒谷友香が所在なさげなのが印象的。明らかに仕事を選び誤ったと思われる。『ニンニクの力』CMでは「♪ニンニクの力で元気にGO 今日も明日もガンバガンバ」という、脱力感溢れとてもじゃないが頑張れそうにもない山川豊の歌に乗せて3人が踊るという、どこか宗教がかったオーラすら漂う奇妙なCMである。キャスティングといい歌といい踊りといい、狙っているのか狙っていないのかわからないあたりがとても奇妙である。そして姉妹品(未確認)である『ウコンの力』CMは、同じ3人が出演しつつもメインは木の実ナナ。顔の造りも動きもデカいナナのオン・ステージ状態。時期を同じくして、風邪をひいて会社を全休した午後に、テレビで木の実ナナ主演の2時間ドラマを迂闊にもガッツリ観てしまった。ナナは何というか、日本の芸能界というフィールドに収まりきらないオーラを醸し出している。日本人であって日本人でない、カパッと笑いながら「オラオラ~」と迫ってくる感じが強迫的である。それに加えてこの『ウコンの力』である。鬱を克服して何かが変わったのか、NANA。映画版『NANA』の主演はぜひ木の実でお願いしたかったところである。どうでもいいが、どうも私は「ウコン」と聞くと「ウ○コ」と誤読したくなる癖がある。ウコンって形もウ○コみたいですもんね。そんなアナグラムも木の実ナナに微妙な影を落としている。もう1つ、かなりのインパクトを持っているCMが石垣食品の『ミネラル麦茶』のCMである。ミネラル麦茶といえば「♪ミッネラ~ルむっぎっちゃ」のメロディに乗せて松島トモ子が漫然と微笑む、エバーグリーンなCMである。猛獣に2回頭を噛まれた女・松島トモ子が「健康!」と謳う、もはや突っ込みたくても突っ込む気が起きない、磐石な趣を湛えている。そんな石垣食品が今回どえらいことをしてくれました。なんと松島トモ子をDJに仕立て上げてしまったのだ!Hey Yo!チェケラッチョ!クラブのステージで踊り狂う若い女性ダンサーが2人。そこにスクラッチで被さってくるのがDJ・TOMOKO!そしてそこに「♪ミッネラ~ルむっぎっちゃ」である。怒涛のような展開の15秒間に観る者の意識は確実にトリップする。不健康の集合体のような場であるクラブと麦茶。この脈絡のなさもかなり素敵である。これからクラブのドリンクカウンターで「オレ、MUGI-CHA!」というのが流行るだろうか。いや流行らない。微妙に反語。3人のビッグショー ちなみに歌詞は「You got no fat.You got no calorie.Hey Hey,give it to me no caffeine.You know the truth.Yes!Love Mugi-Cha!!」ですって(笑)
2005.06.18
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1999年公開の日本映画。監督は『海猫』『阿修羅のごとく』『(ハル)』などの森田芳光。主演は内野聖陽、大竹しのぶ。舞台は北陸・金沢市。生命保険会社の窓口主任として勤務する若槻は、請求書類に囲まれ苦闘する日々を送っていた。様々な手口で保険金を掠め取ろうとする、悪質な顧客が後を絶たないのだ。そんな生活の中で唯一心が安らぐのは、大学で心理学を専攻する恋人・黒沢恵と過ごす時間だけだ。ある日、若槻は菰田重徳という顧客から名指しのクレームを受ける。対応のために若槻が訪れたのは、禍々しい空気が漂う黒い家だった。その家で若槻は菰田の息子・和也の首吊り死体を発見する。和也は保険に入っていた。若槻の頭の中には、菰田が保険金欲しさに息子を殺したのではないかという疑念が湧き上がる。それから若槻の身の回りでは不審な事件が続発する。そしてその影には菰田重徳とその妻・幸子の影が…。なんかこの映画、好きっす。今回も3度目の鑑賞である。原作は貴志祐介の第4回角川ホラー小説大賞受賞作である。といっても私は原作を未読なので、活字で読むとどれだけ怖いかは知らない。この映画は一応ホラー映画のカテゴリで括られるもので間違いはないとは思う。しかし正直、全身が粟立つような恐怖とは質が違う。幽霊やら異形のものが出てくるホラー映画ではなく、恐怖の対象が人間であるサイコパスものであるから、『リング』や『着信アリ』といった作品とは観客へのアプローチの仕方も異なっている。そしてさすがの森田芳光監督である。ハナから観客を震え上がらせることは放棄し、むしろ笑いと紙一重のキワキワのラインを狙ってきている。そう、この映画はホラー映画というよりもブラックコメディなのである。森田芳光が意図したのは「すぐ身近にある恐怖」ではないかと思われる。「もしかしたら自分の隣人も…」と思わせるような、妙にリアルな人物設定がこの映画の肝になっている。実際、保険金絡みの事件というのは頻発している。それに関わる人々の異常性を露呈することで、観客に複雑な恐怖を突きつけている。この映画の怖さというのは、例えて言うなら「電車で隣に座っている人がブツブツ呟いている内容を聞いてしまったときの恐怖」か。「何この人、気持ち悪っ」みたいな感じ。大竹しのぶが演じる菰田幸子も、西村雅彦演じる菰田重徳もデフォルメはされつつも意外と実際にいそうなキャラクターである。この映画で、異常なモンスターとして君臨するのは大竹しのぶが演じる菰田幸子である。「この人間には、心がない」と映画の中で評されるように、映画は菰田幸子を突き放して捉え、歩み寄ろうとはしない。菰田幸子は人間であるが、「何がなんだかわからないけど、やたら凶暴に襲い掛かってくる」という点では『リング』の貞子や『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスと同様である。若槻が拉致された恋人の恵を救出するために黒い家に潜入し、そこに菰田幸子が襲撃してくるシーンの閉塞感はなかなかのものである。押入れに身を潜める若槻と恵。そしてそれを刃物と共に探しまわる菰田幸子。観ているこちら側も息をぐっとこらえてしまう緊張感がある。カット割や音楽で緊張感を煽る森田監督の手腕はさすがである。この映画の特徴は、非常にジメッとした空気感を湛えながらもどこかポップな雰囲気であること。それは色彩をヴィヴィッドに多用しているからだろう。菰田幸子のカラーは黄色である。ホラー映画にも関わらず冒頭からヒマワリが現れたり、菰田幸子が黄色いウェアを纏い黄色い球でボーリングをするところなど、黄色がやたら主張している。映画というのはヴィジュアルインパクトが重要であって、こういった色の使い方で映画の印象も大きく変化する。この映画が陰惨なだけの印象で終わらないのは、そんな工夫に拠るところも大きいだろう。そしてもう1つ、この映画の面白いところは人物描写である。とにかく出てくる人物がみんな奇妙なのである。主人公である若槻も顔はハンサムなのにどこか不恰好である。気が弱いのをカバーするために、体を鍛えにスイミングに通っている。そこでプールに飛び込む姿はやたら情けない。クロールをしてもやたら飛沫をあげるから、オバちゃんが迷惑そうな顔をしている。恐怖に怯えておしっこ漏らしたりと、徹底的に人間臭い描写が絶妙である。唯一まともに見える、田中美里演じる黒沢恵もクライマックスでとんでもないことになる。菰田幸子に拉致され、×××されたり×××されたり(敢えて言わない)とかなりの汚れ役に挑戦している。映画とはいえこんな姿にされてしまっていいのだろうかという、変な不安がよぎる。西村雅彦も妙なヅラ被って気色悪いし、大竹しのぶの「乳吸えー!!」にも度肝を抜かれる。要所要所に笑いのツボが散りばめられた、エンタテイメント映画に仕上がっている。ラストの若槻と菰田幸子の血で血を洗う攻防戦にもどこかユーモラスな滑稽さが溢れている。「ホラーが苦手」という人も、ホラー映画だと思わずに観たら意外と楽しめるのではないかと思われる逸品である。★★★★☆
2005.06.17
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