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1月9日頃から目を開けなくなり、眠ったままになった父は、1月12日14時16分、妻、子供、孫に囲まれ幸せそうに先立ちました。末期がん患者の最後とは思えないほど、安らかに眠ったまま自然に息を引き取りました。癌宣告を受けてから3年4ヶ月。父自身は抗がん剤やモルヒネなど、自分の体に変調を感じながらも、それでも前向きに「生きること」に執着した。その間、新たな命も芽生え、父の周りは賑やかになった。最高に幸せな3年と4ヶ月・・・。この日記も告知の日から書いてきました。途中途中には父のメールなども盛り込まれていて、あらためて読み返すことで、父を思い偲ぶことができます。今日、気丈な母のもと、明るく和やかに葬儀を終わらせることができました。私たちも父とは最後まで涙を見せず、笑顔で、むしろ涙は出ませんでした。やれることはすべてやりつくし、父との絆もこの闘病期間で最大限にまで深まり、悔いなく、逆に清清しい気持ちで送ることができたからだと思う。もしかしたら悲しみはこれから徐々にやってくるのかもしれない。でもそのときは思い切り悲しみたい。父との40年間を少しずつ思い出しながら・・・父との会話を一言ずつ思い出しながら・・・思い切り涙を流そう・・・。私に生きることのすべてを教えてくれたお父さん。きっと毎日どこかで見てるはず。お父さんに笑われないように、今日からお父さんの娘らしく堂々と生きていこう。厳しい闘病生活、家族に辛い顔一つも見せずよく頑張ったね。お疲れ様でした。そして・・・ありがとう。
2009.01.18
父が末期がんになってから、普段では考えもしないようなことを真剣に考えるようになった。人間て一体なんだろう。何のために生きているの?人の幸せはどこで決まるの?いろいろな本を読んでみたりもしたけれど、結局正解はない。一人一人が生きていく中で見つけていくものなのだと。その宝探しそのものが「人生」で、つまずいたり、転んだり、時にはご褒美をもらいながら一歩一歩人生の意味を探し、歩いていくのだろう。だとしたら、人生の終幕はその人の「人生の集大成」である。そこで自分の人生をゆっくりと眺め、人として生まれた意味・幸せを実感してもらいたいもの。しかし、現実は難しい。生老病死が故の人生。「わが人生に悔いなし」と荘厳な死を迎えることができる人は稀であろう。父の場合もそうだ。今、この瞬間がもうたまらなく嫌で、「死にたい」「死なせてくれ」と叫ぶばかり。抗がん剤の副作用でかなり苦しかったときでさえ、「まだ死にたくない、生きる」とがんばっていたというのに。人生って何?生きるって何?何のために誰が人間をこの地上におとしたのか。誰か教えてくれませんか?
2009.01.09
在宅医療を始めてから2ヶ月。当初は次々に来る孫たちの顔を見ながら、楽しい日々を過ごしていた父でしたが、12月22日あたりから、なんだか様子がおかしい。訪問医療の先生に言わせると、「在宅医療の限界ですね。病院に行った方がいい」と進められました。確かにタンで苦しんでいても、自宅では吸引することもできず、ただただ苦しんでいる様子を見て、手や足をすすっているしかないのだから。母と兄、そして妹の私たちも決断を下し、24日に病院に入院することにした。訪問医療の先生が、救急で行った方がすぐにベッドに入れるとのアドバイスをくれたので、救急車をよび、イブの夜に(正式には23日の午前2時)入院。それからというもの、父の様態は見る見るうちに改善の方向へ。というのも、強めのモルヒネの点滴を打ったからだ。モルヒネを打ってからは、少しの間体調が良好になるという。その証拠に、急に起き上がって新聞を読んだり、食事もまともに食べ、大好きなプリンも。あの日、もうお父さんとしゃべることはないんだと涙したのが嘘のよう。でも、そんな日は長くは続かない。病室でお正月のお祝いをしても、おせちには口をつけないまま。すでに食欲はなく、表情もなくなっていた。現在、お正月から1週間。夜になると物凄い衝動に駆られるらしい。とにかく「怖い」のだ。いてもたってもいられなくなるぐらい、何かに追われているようなおびえた父の顔。これがモルヒネの副作用なのか。麻薬を打ちすぎて精神的に壊れてしまったのか。父の痛みをとることに必死になっていた私たちは、父の精神的な痛みはとることができなかった。このままだと父が壊れていく。今日から、モルヒネを少しずつ控えながら、ステロイド投与に移行した。どんな意味かは薄々分かってる。「お父さん、もうこれ以上頑張らなくていいんだよ」これが今の私の本音です。
2009.01.08
長らく更新をせずにいました。父の体調とともに、周辺にいろいろと変化が起きてきました。まず、1、父は既に抗がん剤治療を断念したこと。これは、身体がだいぶ弱くなっているので、今の状態では抗がん剤は命取りになるとのことから…。1日12種類の薬と共にモルヒネ錠剤を飲んでいる毎日。延命治療・がん治療よりも痛み解消を優先にすることにしたのです。既に末期がんと言われてから3年も経っている父の身体は既にボロボロです。これ以上、抗がん剤を打ち続けることは本人にとっても辛いはずなんです。家族としては、父が痛みを我慢している辛い姿を見るよりも、痛みを取り去った穏やかな父を見ていたいという思いから決断したこと。そして、2、歩けなくなってしまったということと、病院ではもう何もすることがなくなってしまったため、通院がなくなったこと。今は訪問介護の人に週2日、出張医院に週3日来てもらっています。医療別途、酸素吸入器など、安くレンタルでき、病院より居心地のいい空間ができています。まるでホスピタル!壁一面には孫の写真が何十枚とあり、娘の書いた「じじの顔」や千羽鶴、みんなのたくさんの思いが父を元気づけてくれているようです。3、母が全面的に介護をしていること。愛する旦那の為、ここまでする奥さんを初めて見た。お母さん自体、疲れがたまっているのにも関わらず、毎日30分おきに父の部屋へ行って、足のむくみをとるマッサージなどをしています。夜も父から呼ばれるため、睡眠もろくにとれないまま。私達子供もいろいろ協力しているつもりでも、やっぱり一番父のことを分かっているのは母です。母も父との短い幸せを看病しながら味わっているようです。そうなんです。もう、この日記を父も読めるはずもないので、言ってしまうと。この間、訪問医院の看護士さんに「年内持てばいいほうでしょう」と言われました。私が見ても、父の弱り方はここに来て異常に見えた。あんなに元気だった父が一歩も歩けなくなったのだから。今は孫の顔を見て、元気を貰っているけど、孫が帰るととても寂しい顔をするらしい。父も「また会えるのか」心配なんだろう。父自身、自分の死期が近づいているのを感じているみたいに…。私達、娘、孫が今やるべきこと。ただひとつ、毎日と言っていいぐらいお父さんと会いに行くこと。そして、お父さんとの思い出をたくさん刻むこと。これからどうなるか分からない。お正月をみんなで迎えられるかも分からない。でも、今を大切に、この一瞬を父とともに少しでも楽しく過ごせればいいなと思ってる。
2008.12.08
長い間、更新をしていませんでした。父の容態が異常に激しく変動していて、落ち着いてブログに向かえなかったという理由からです。とにかく家族はみんな、いつどうなるか緊張のしっぱなし。離れて暮らしている私でさえも、毎日父の様子が気になっていました。でも、ここのところ落ち着いてきました。抗がん剤を投与していないから・・・父の身体も多少衰弱してきており、強い抗がん剤はかえって逆効果になり兼ねないというのです。今は毎日痛み止めの錠剤を飲んで過ごしているので、安定しています。がん患者は痛みが一番の苦痛だというから、それを取り除くだけでも患者にとっては天国なのです。ガンの治療は今は小休止。また父に体力が戻ってきたら再開することにしています。でも余命3ヶ月の告知を受けてから、早3年。今年の9月で4年目に突入です。命の大切さ、人生のはかなさ。父はこの3年間いろいろなことを感じ、思ったことでしょう。私たちの日常生活では「死」は本当に遠いもので、めったに「死」をイメージすることはありません。父は3年間、その「死」と闘って、今もまさに闘い続けているのです。どんなに辛く、寂しく、悲しいことなんだろう。私だったら、お先真っ暗、絶望的です。死を目の前にした人間は何を考え、何を思うんだろう・・・そんなことを考えるだけで、どうしようもなく切なくなります。でも父は強く生きています。1日1日の大切さ、人間として生まれてきたことの意味、全てを感じていると思います。この3年間は父の人生の中で、最も大切で、最も長い3年間だったんじゃないか?そして、これからもその「死」と隣り合わせで悔いなく生きていくんだろうな。父が病気になってから、父の真の強さを垣間見た気がします。これからも家族で応援するからね!
2008.10.03
このブログを読んでいただいている方。父は元気ですよ。とはいう物の、やはり抗がん剤治療は続いており、さらなる試練に立ち向かっている最中であります。先日は3日間飲まず食わずで、急に気分が悪いと言い出し、翌日病院へ。今までは何とか自宅で乗り切っていた副作用が限界を達し、どうにもならない状態でした。よくぞここまでがんばっているなと先生も驚き。私も父の「生きる力」には本当にびっくりしています。5日間ほど入院しましたが、また立ち直り、今は自宅で安静にしています。父は何とか持ちこたえたものの、看病をしている母や妹が風邪に。どうしても同居をしている母や妹にはしわ寄せがいっちゃう。徒歩15分と近くに住んでいる私ですが、やはり一緒に住んでいるのと住んでいないのとでは精神的な疲労がぜんぜん違う。でも、いつでも私は行けるし、母と妹とも常に連携をとっています。これからもっともっと入退院の数が増えることも考えると、やはり父を除く家族4人でうまく看病しながら乗り越えていかなくちゃ。父もこれだけ頑張ってるんだもん。今日は娘が実家に泊まりに行っています。娘が行く日は父も気分がよくなるというジンクスを信じてます。来週の父の日は、ぜひみんなでお祝いしましょう!
2008.06.07
なかなかブログをかけない日が続いていましたが、おかげさまで父は元気です。元気というと語弊があるけど、いまだ抗がん剤治療に専念しています。いつも実家に行って思うんだけど、本当父は鋼鉄の体を持ってるなと。私が今ガンになったとしたら抗がん剤なんて受け付けないだろうなと。現在の父の状況は、あまり前とは変わらず、ほとんど自宅療養。今日は病院で点滴を受けています。一人で電車に乗って行けるって言うんだからすごいなと思う。最近実家に行くとWiiで遊ぶんだけど、父はビリヤードが大好きで、かなり私もやられています。結構強いんだ、これが…こんな平凡な日がいつまでも続くように願ってます!
2008.03.24
1月某日、妹からメールが入った。「お父さんの様子がおかしい、呼吸困難で顔が真っ赤になってる。病院に行こうと言っても聞かない」と・・・。すぐさま電話をし、様子を聞いてみるとただごとじゃない。妹やお母さんには「無理矢理でもいいから連れて行って」と懇願した。数時間後、妹から連絡があり救急車を呼んだとのこと。病院へ着くや否や、もちろん即入院。いろいろ調べた結果、「肺炎」と診断された。癌患者にとって「肺炎」は命を落とす可能性大! お父さんも家族に迷惑をかけたくない思いで、我慢してしまったのだろう。病院で点滴を受け、3~4日ですっかりよくなった。お医者さんはお父さんの治癒力にびっくり。1週間後に無事退院。先週の週末は娘が実家へ泊まりに行って、じじとWIIのビリヤードをやったみたい。まだまだ寒い日が続くので、家族みんなで父の体には気を使ってあげよう。まだまだ父の闘病生活は続きます。応援して下さいね。
2008.02.06
本当にびっくりです。父が病に臥せてから、何と3度目のお正月を家族全員で迎えることができました。年末年始はずっと体調がよくて、娘がサンタに貰ったWiiでビリヤード大会までやってしまうほど。リビングで6時間ぐらい、みんなでゲームをやっているというから凄い!まして、一番元気に遊んでいるのが父だなんて…。顔色もよく、体重も増えました!アメリカ輸入の抗がん剤も相性がバッチリとのことで、たいした副作用もなく今に至っています。今日は全身検査の日で、まだ病院にいるはず。その検査結果を早く見たくて見たくてしょうがない。「癌が小さくなってる」!ってことだってあり得るんだから…それにしても、病院に行くたびにお医者さんにびっくりされるそう。お父さんと同期で入院した人たちは、みんな天に召されてしまっているのに…もしかしてお父さん「ターミネーター」??????
2008.01.07
今週の月曜日、父は無事退院しました。いろいろと不安要素はあるのですが、自宅に戻れることで父も喜んでいます。入院中、新しい抗がん剤を試したときに出た高熱がなかなか下がらなくて、退院が1週間延びましたが、たいして酷い副作用はなく、食事もとれてる。ただ、入院中ずっと痛み止めの点滴をして抑えられていた大腸の痛みが、点滴を打てなくなったことで少し痛むらしい。どうしても自宅に戻ると点滴というわけにはいかず、痛み止めの錠剤に頼るしかない。点滴に比べると、素人の私が見ても効いていないのが分かる。とはいえ、自宅に戻れば錠剤に頼るしかない。どうか父の痛みが増しませんように。もうすぐ12月だ。父が癌を告知されてから2年と3ヶ月が経つ。よくがんばっていると思う。耐えていると思う。絶望的に思われたときもあったけど、私は絶対よくなると信じてる。他力本願かもしれないけど、何かの弾みに癌がなくなっているなんてことないかな…。週末は久しぶりに実家で父と食卓を囲めると思うとうれしい。
2007.11.27
前回のブログにも書きましたが、明日から父は入院をします。日本の抗がん剤が効かなくなったため、日本で今年の夏に許可がおりたアメリカの抗がん剤を使うため。その手術を火曜日の行うことになりました。今回は錠剤でも点滴でもなく、首の横に穴をあけて、そこから投与するんだけど、どうなんだろう。アメリカの抗がん剤は強いっていうし、副作用がどういうものになるのかとても心配だ。でも父の「病魔と闘おう」という決意を、私たちも汲み取って一緒にがんばらなくてはいけなんだなと思う。まずは手術の大成功を祈るのみ。手術後、麻酔が解けたあとの父の体調も気になる。明日は妹が会社を休んで車を出してくれる。私はあさっての手術の日に行こうと思ってるが、父の辛い姿はあまり見たくないな・・・でも家族がそばにいることで父もがんばれるなら。暮れに近づき、周りが忙しなくなりはじめてる。私の仕事も最後の山場が待ってる。無事、すべてうまくいきますように!
2007.11.11
父がガンの告知を受け、余命3カ月と言われてからはや2年が過ぎた。今も父は実家のベットで毎日を過ごしている。先日の検査で医師より「もう少し強い抗がん剤を投与しましょう」と言われたそう。その抗がん剤はメイドインUSA。確か私も何カ月か前の新聞で読んだことがあった。アメリカで効果を発揮している抗がん剤を日本でも適用できるようになったという記事。多分それだと思う。首の横アタリに穴をあけ、そこから投与する。値段もかなりのものなので悩むところだが、父の「生きたい」という姿勢がある限り、何でもトライしていきたい。抗がん剤も最初に打っていたものより2倍ほどの強さになっている。父の体中の細胞はいまや抗がん剤まみれなのだろうが、それでも元気に毎日を過ごしている。医学では証明できない人間の強さを垣間見る。最近は兄の娘(6カ月)が毎週末遊びに来るので、それにあわせて私も娘と実家へ行く。父もみんなで一緒に食事できるのを嬉しく思っているんだろう。とにかく、まだまだ父の闘病生活に終わりは見えないが、家族の愛がそれを乗り越える日がくるんじゃないかと本気で思ったりしてる…
2007.10.24
こんばんわ。久しぶりの更新となりました。父は元気です!もといっ元気になりました!結構毎日体調が変化するので、目を離せない状態になってきているのは確かです。2週間ほど前に高熱を出してから、全然食欲がなく、何も食べない日が2日程続き、家族全員で焦ってしまいました。夜中に病院に連絡するも、主治医がいないので相手にされないし、祝祭日のフォローをきちんとしてもらいたいもの。結局、少し父も回復し始め、ご飯も喉を通るようになりました。先日の敬老の日は、孫2人に囲まれお寿司を2つ食べるのが精一杯。そのままベッドに行ってしまいました、さぞかし嬉しかったことと思います。私自身、父の体調の変化の激しさに悩む毎日。とにかく時間がある限り、父に会いにいこうと思っています。明日もおみやげに梨を持っていく予定。ついでに泊まっちゃおうかと娘と相談中。実家に行くたびに娘が書いていく父への手紙や絵も、父の部屋の壁いっぱいに貼られ、それを眺めれば元気が出てくるんだと言っています。本当、驚くぐらい部屋が写真と手紙だらけ・・・家族の写真、孫の写真、娘が書いたジジの絵・・・ちょっとした美術館ですよあれは・・・みんなが父のこと応援してる。こんな幸せな事ってないんじゃないでしょうか?
2007.09.20
1カ月も更新してなかった・・・すみません・・・父は元気です・・・こんな暑さに負けじと、毎日ガンと闘っています。前ほど外出は少なくなったものの、役所や病院などには行っていますよ!しかし・・・この暑さ・・・一体なんなの?・・・まあ・・地球温暖化云々は分かるけど、殺人的な暑さ!こんな日が続くので、この前2日連続クーラーつけて寝たら、娘が風邪ひいて大変でした。やっぱり四季を感じるべく、汗だくになって過ごした方が健康的みたい・・・今日も横浜は35度ぐらい。それでもうちではクーラーはつけましぇ~ん。マンション7階なので風が入って、少し汗ばむぐらい。。。気持ちいいかも・・・明日は実家へお泊まりにいきます。兄の赤ちゃんが初の実家お泊まりなので、私も一緒にお世話をしようと・・・父も孫が来るのを楽しみにしている。明日は賑やかになりそうだな!!!父もこの暑さを何とか乗り切っているようだし、もっともっと頑張って欲しい。
2007.08.15
本格的に梅雨がやってまいりました!人間の体調は天候に影響することが大きいと、どこかの本で読んだことがありますが、本当にそうですね!何となく・・・心もジメジメとした感じが拭いきれない私です。・・・というのも、若かりし頃にスノボーで患った持病「腰痛」がとても酷くなり、パソコンの前に座るのも一苦労・・・仕事はあるから何とか無理してるけど、たまに「何でこんなにまでして仕事しなきゃいけないの?」と自問自答してしまう・・・主人はサラリーマンだから、別に私ががむしゃらに働かなくてもいいのにね・・・ さあ、父の話。最近はお兄ちゃんの赤ちゃんが来る度に足を運ぶ私たち。父も私たちが集まると体調が良くなり、一緒にご飯を食べれたりする。ちょっと前のように、気軽に車に乗ったり、仕事に出向いたりすることもなくなっているので、人が集まると嬉しいんだろう。もう1年10ヶ月もガンと闘いながら生きている父は、すべてを悟っている感じさえする。もちろん最初の頃はオタオタしていたけど、今となっては「なるようになる」という感じで、でーんと構えている。次の目標は9月2日。父がガンの告知を受けてから丸2年の日だ。この日は父の第二の誕生日でもある。盛大にお祝いができるといいな。
2007.07.11
兄に赤ちゃんができてから、全員集合の日が多くなった。先日の父の日も盛大に行われ、父も全員集合に「これでまた頑張れる!」と張り切っていた。先週も兄が子供用品を買いにいくというので、赤ちゃんを実家に預けたのをいいことに、私と娘は急いで実家へ!赤ちゃんて何てかわいいんだろう・・・。兄が帰ってくるまでの4~5時間、しっかりと堪能させていただきました!母が赤ちゃんを抱っこして父の部屋へ連れて行くと、父もベッドから起き上がり、頭をなででみたり、顔を覗いたり。。。それはそれはとても美しい光景・・・。私もあと一人・・・なんて頭をよぎったり。。。。。。。 まだいける歳だとは思うけど・・・ちょっと躊躇しちゃうんだな~。こうやって遠からず、近からずで見ているのが一番いいのかも(笑 買い物から帰って来た兄夫婦は、うなぎを買って来てくれ、みんなで楽しく食べました。父はうなぎの「肝」も食べていたので、少しは体力ついたかな?
2007.07.04
先週の土曜日は、娘の小学校2回目の運動会でした。主人の両親と私の妹と母が観戦! 娘も喜んでいました。父はやはり長時間表には出られず、今年も断念。その代わり、娘がビデオを撮って父に見せていました。次の日、私が所用のため、娘を実家に預けて、夕方迎えにいったんだけど、父は相変わらず体調悪し、この間あったときよりも痩せていた。確実にガンが父の体を蝕んでいるのが分かった。抗がん剤は延命治療でしかないことは分かっている。でも、それでも奇跡を夢見ていた、もちろん今でも夢見てる。夢じゃなくて現実になることを祈ってる。ちまたではガンでなくなる芸能人が多い、やはり日本人の病気断トツ1位の「ガン」という病は、今の医学を駆使してでも治すことは無理なのか?ガンになる要素は人間誰しもが持っている。ガンにならない食事療法やガン防止のための本などはたくさんあるけれど、いくらそれらを手本にしたって、なる人はいずれなってしまうのか。最近新聞などでは、ガンの新しい治療法などが掲載されていたりもするが、まだまだ凡人には手が届かない高価な治療・・・。もしガンになってしまったら・・・それを受け入れ、残された時間を最も自分らしく、人間らしく過ごせるぐらいの強い精神を持ち合わせたい。「自分は何のために生まれてきて、何をしてきたか」。それらの問いに全て答えられるぐらい、充実した人生を父にもおくってもらいたいし、私自身も今日からそれらを自覚しながら、生きていきたいと思った。
2007.06.06
若葉も薫る季節となりました。父の状況は変わらず。ただ、前のようにちょくちょく外出をすることが少なくなってきました。錠剤の抗がん剤と言っても、非常に強いものらしいので、毎日のように副作用と闘っています。父がガン告知を受けてから、もう1年と8ヶ月。その間にはいろいろなことがありました。こんなにもいろいろと父と話したりしたことがないぐらいに。現在も頑張って治療中です。そんな中、兄夫婦のところに「赤ちゃんが」キター!ちょうどゴールデンウィークの出来事でした。久々に見た赤ちゃん。もうかわいいったらない!赤ちゃんは周りの人を幸せにしてくれる。自然に微笑んでしまうぐらい、赤ちゃんには不思議な力がある。父も新たな生命の誕生に喜んでいた。手元が安定しないので、まだ抱っこは怖くてできないと言っていた。とにかくこの子のためにも、「おじいちゃん」頑張って!
2007.05.23
強い抗がん剤にも慣れ、食欲もそのままで順調に生活している父。この間また、泊まりにいったらすごい食べていた。夕食が終わって1時間後、またキッチンにきてパンをあさりだした(汗)。本当にすごい食欲だ。でもこの食欲があるから、今までこうやって順調に来ているんだろうな。母も夕食のメニューなどは父に合わせて、食べやすく栄養のいいものをつくっているみたいだ。さて、今日からGWとなるが、うちは普段と変わらない日曜日のようだ・・・別に遠出をすることもなく、クライアントさんから「休み中にやっておいてね」という暗黙の了解での仕事がたまっている。5/7に納品が相次いでいるのもそういうこと・・・結局フリーってこういう扱い・・・人様が休みのときに仕事依頼がくる・・・そして人様が仕事始めの日に、きっちりと納品しなければいけな~い。でも1つだけ毎年お楽しみのフリーマーケットがあります!地元でやるフリマの中では結構大きい規模。子供服やら雑貨やらおもちゃ、そしてビーズアクセサリーなどを売ったりしてるんだけど、これがまた売れる・・・後、フリマで一番楽しいのが「人との出会い」。去年もたくさんの人と出会いました。今年もまたたくさんの人と出会いたいな。とにかく5/3の当日まで、家にある不用品などを探す名目で「大掃除」を始めるつもり。まずは1つ仕事を片付けてから・・・フリマが終わったら、父に会いにいこう!
2007.04.28
肺と肝臓のガンが大きくなっていることから、また新たな抗がん剤投与が始まった。抗がん剤の中でも、かなり強い部類の錠剤だそう。金曜日に投与してから数日経つが、今のところ、思っていたより副作用が少なめ。まだまだ飲み始めたばかりなので分からないが、今はまずまずと言ったところだ。この薬以上の薬はもう多分無理だろう。この薬でなんとかガンを現状維持まで、とどめなくては。桜も散り、これからは青葉の季節。移りゆく四季を堪能しながら、焦らずに治療して欲しい。
2007.04.09
家族で食卓を囲む・・・それはとても当たり前のことで、私が幼少のときから家族5人で食事をしながら、語り合い、笑い合っていた。それが当たり前のようにできなくなったとしたら?まだまだ私には想像ができない。 そんなことを頭から吹き飛ばし、昨日は久しぶりに家族で食事をした。私たちが行く2日間は父は精神的にもまいっていて、食事も最低限、ベットから起き上がれない程の悪い状態だった。「お兄ちゃんも来るし、とりあえず一緒にご飯を食べましょう」との母からの電話で、私たちも実家へ向かった。例え、父と食卓を囲めなくても、顔だけ見せてあげようという気持ちだった。それが・・・一転!やはり娘(孫)の力は偉大だった・・・。そして、父の体調の悪さも精神的なものから来るものだとはっきり分かった。家族で食事中はおいしそうにピザやお寿司を食べていた。一緒に野球を見ながら野次を飛ばしていた・・・。いつもの風景だ。娘は多分、「私がいるからジジが元気になるんだな」と思ったのだろう。「今日はとまっていく」と行って、1人で実家へお泊まりをしてくれた。さっき母と待ち合わせて、娘を引き取ったが、父の状態は依然として安定しているそう。娘よ!感謝感謝!
2007.04.04
先日の検査結果を受けて、肺と肝臓のガンが増大していると言われた父は、精神的なショックを受けたようで、かなり落ち込んでいた。検査結果を知る前は、あんなに元気だったのに・・・、やはり今回の結果には絶望感溢れる思いでいっぱいになったのだろう。これからの治療法としては、今まで通り抗がん剤の錠剤を使うとのことだが、それはまさに強い薬で、抗がん剤の点滴よりも副作用がひどくなる恐れがあることを医者から言われた。そのときでさえ、副作用はものすごかったのに、それを上回る副作用が出たとしたら、もうこれは気力とか、そういう問題ではなくなってくるような気がする。もちろん医者は強制的ではなかった。やるかやらないかは本人にお任せするとのこと。この言葉を聞くと、すでにやってもやらなくても同じ状態になることは目に見えていた。今まで通りの薬では、ガンは父の体を蝕んでいくばかり、しかし今より強い薬を飲んだとしても同様、父が副作用に耐えられるか、そしてガンは進行をやめてくれるのか・・・これは飲んでみなければ分からない。ただ、言えるのは、父は闘う方を選んだ、ということ。あの忌まわしい副作用がついて回るのは分かっていても、「闘う」という意志はきっちりと持っていた。父を尊敬する。「絶対治してみせる」という父の姿をただ尊敬する。そして、これからが多分闘病生活本番になることも分かっている。父本人と私たち家族は、ガンと真っ向から向かい合い、必ず撃退してみせるとの意志で、これから突き進んでいくつもりだ。すでに遅いのかもしれない。でも「奇跡」という言葉が実在するのだから、それにかけるしかない。ブログを書くのも最近は乗り気がしない・・・だって、父本人もここを見ているから・・・でも、父の今の姿をぜひ同じ病状で闘っている人たちに知らしめ、勇気を与えたい。新しい抗がん剤は、今週の金曜日から投与される。その前に家族全員で食事をしようということで、明日は久しぶりに家族が実家に集まり、食卓を囲む。父にエールを送らなければいけない立場の私がこんなに落ち込んではいけない。元気を与えられるように、私自身強くならなければ・・・。
2007.04.02
3月16日に行われた検査の結果が出た。「肺のガンが増幅している」とのことだった。父は凹んでいる。だって、副作用も少なく、体調もよく、食欲もあり、おまけに体重まで増えていたのだから・・・。私たち家族は今回の結果が出る前に「現状維持でよしとしよう」と思っていたこともあり、今回の結果はかなり厳しい。医師の話だと、また治療法を変える・・・というか、薬をもっと強いものにするらしいのだが、父は大丈夫だろうか・・・。私たち家族にしてみれば、父のガンを小さくするために、ぜひ新しい治療とやらを受けて欲しいが、要は本人次第。副作用などで苦しむのは父だから、今後、新しい治療を行うか行わないかは父に委ねられている。以前、「前のような副作用はもう嫌だ、あんな辛い思いをするなら死んだ方がまし」と言っていたけど・・・。とにかく、また新たな問題をクリアしていくほかはない。
2007.03.28
今日は久しぶりに実家へ行った。娘が今日から春休みということもあるので、お泊まりだ。私は、仕事もあるし、明日は前の職場の友人とランチをする予定だったので、そのまま自宅へ戻ってきた。娘は私なんかより、私の妹が大好きで、昔から「遊び友達」感覚だ。妹も娘のために結構まじに遊んでくれるので助かる。娘が帰った後は、いつも生気を吸い取られている妹だが・・・。実家へ行くにあたって、今日はケーキを購入!昨日から販売開始の「不二家」へ。まああんな不祥事があってもやっぱりみんな好きなのね・・・店頭には大勢の人・人・人。待ってました!のようなかんじで大盛況だったよ(汗)実家へ行くと、父は仕事へ行っていた。少しすると戻ってきて一緒にご飯を食べたんだけど、ものすごい食欲!なんでもあれからまた太ったって・・・50キロ少しだった体重が今では57キロまで!一体どういうこと?顔色も良く、よくしゃべり、大変よろしい!!!一緒にご飯を食べた後、私は帰ってきました。3月16日の検査結果が月曜に出るということなので、また月曜に電話でもしてみようと思っています。今、自宅には私1人(主人はいつもこの時間まで残業)。いつもよりも仕事の進みが早く、集中できる!もう少しやったら、ゆっくりと風呂につかり、数年ぶりの友達とはじけてきまっす!
2007.03.24
ついこの間長期休暇があったはずなのに・・・再来週から「春休み」。今日は学年最後の給食・・・。こうも忙しい時期、来週からお昼ご飯をつくらなければいけない!!!そういえば、今日のニュースで「ゆとり教育建て直し」みたいな記事が出ていた。なんでも夏休みを1週間か10日ほど削るというもの・・・夏休みは別に1カ月半あってもいいと思うが(暑くて集中できないから)。せめて「秋休み」を削れと・・・一番何かに没頭できる季節だし、なぜ「秋休み」があるのか今だ納得できない。とにかく、今日の記事は、今の学校教育を完全否定していた。私もまったくの同感。娘を小学校に入れてみてあらためて実感した。まあ愚痴はこのぐらにしておいて、今日は実家に行こうと思い、母に電話⇒留守・・・結局行けなかった。後から聞けば、兄夫婦が来ていて、近所のスーパーに買い物に行ってたんだって。携帯に電話すればよかった・・・とほほ。父は相変わらず元気だそうです。兄嫁の大きなお腹を見て、もう少しで出会える孫を想像でもしたのかな?
2007.03.16
私の仕事は、各企業が毎年発行する「環境活動報告書」の作成の仕事。大手電機メーカーや薬品会社、化粧品会社、コンビニエンスなどが今、率先して環境対策に勤しんでいる。その中で興味深い話があった。今の化石燃料(石油など)をこのまま使っていくと、後20年後には資源が枯渇するという話。それに対応して、今、原子力や風力、またトウモロコシからのエネルギー搾取などが頻繁に行われているそうだ。確かに私たちの生きる源である「資源」には限りがある。人間が新しいものを一つつくるごとにその資源は大量に使われていく。便利な世の中になるたびに、地球の寿命はもうそこに見えるまで近づいていてきている。それをまずは企業から何とかしようという提案である。京都議定書とということで、日本は地球温暖化や資源に対して、かなり積極的だけれど、一番CO2を排出しているアメリカが参加しなければ意味がない。これから地球はどうなっていくのか、そこに生きている私たちは地球の寿命を伸ばすために日ごろから環境のことを考えた生活をしていかなくてはいけない。いくら健康に生きていても、地球が病んでいては元も子もない。また、地球が病んでいることによって発病する病気も数多いに違いないと思うから。
2007.03.15
いつものことながら、こういう仕事をしていると計画が立てられない。まさに今、怒涛の仕事ラッシュ。数カ月仕事の依頼がなかったところから大量の仕事の上、レギュラー3本と新規2本・・・。どうしてこうも重なるのか・・・先々週まではひまでひまで家事にいそしんでいたというのに・・・ということで、今週も実家は断念か? でも少しばかし顔を見せるだけでも行ってあげたいと思うが・・・父は以前として良好だそうだ。2月の不調が嘘みたいに元気。もちろん腸の痛みは多少あるが、ある時期に比べれば天国だろう。このままこのまま後1カ月少しもすれば、新たな孫の誕生にめぐり合える(兄夫婦)。早く父のその腕の中に、かわいい孫を抱かせてあげたいな。
2007.03.14
90世帯の大型マンションに住む私たち家族。今年、自治会の役員になったわけだが、あまりにも老人と介護が必要な病人が多いことに気づいた。年に2回、自治会の会費を集金しに行くときにそれが発覚。私が受け持った30世帯のうち、老人一人だけで住んでいる人が3世帯、病気で介護を余儀なくされている人が4世帯・・・あまりにも多い。ここだけの話、ここ数年で、うちのマンションで一人暮らしの老人が亡くなったのが2世帯。誰にも知られずに、発覚するまでに時間がかかったという。こういうリアルな話を聞くと、数十年後にはこういった世帯が急増するというのも半ば間違いではない気がする。そして、前自治会役員で私が引き継ぎをした方が昨日亡くなった。まだ52歳という若さ。数年前白血病が発覚してから、通院をしていて、最近ではとても元気に自治会の行事などにも参加していたのに・・・。その方にはすでに社会人になっている男のお子さんが3人。今日はその方のお通夜に行って来た。あまりにも若い死。そして孫の顔を見るまでもなく亡くなった。結局血液のガンが肺に転移した途端、体調が悪くなり、1カ月間入院していた矢先のことだった。恐ろしい・・・今年の1月のお汁粉会には元気に活動していたのに・・・父も今は元気とはいえ、やはり何度も何度も検査を繰り返して、ガンの動きを監視し続けなければいけないのだと実感した。
2007.03.13
春一番が吹いたのいつだっけ? かなり前だったような・・・なのにこの寒さ・・・自慢じゃないが、今日は本当に一歩も外へ出ず・・・ゴミ出しも主人がやってくれた・・・。父も外出なんてしてないだろうな~。ちょっとでも調子がいいと外出したがるからな。先週末は行けなかったので、今週末はちょっと顔だけでも見に行こうと思ってる。後、1カ月少ししたら待望の本家初孫だし、私の娘の出番もそろそろ終焉か?!
2007.03.12
最近忙しく、自分の体の自己管理もなかなかできない。。。花粉症ではないがなんだか鼻がムズムズし、毎日パソコンに向かっているからなのか、視力が急激に衰えてる!めがね購入も考えたが、めがねって癖になるっていうし、このまま裸眼で生活は不自由していないので、もう少し我慢してみよう・・・体の不調を訴えた私は、主人に温泉のおねだり。。。もちろんそう遠くへはいけない。ちょうど最近近所に大きな銭湯ができた。今はやりの「●●の湯」というやつ・・・「いってみるか」との主人の一声で夕方から出動・・・かなりでかい!お風呂も内風呂が4つ、露天が6つもあり満足!特にお気に入りだったのが「炭酸風呂」というやつ。。。別名「ソーダ風呂」とも言うらしい。とにかく10分ほど浸かっていると、ありとあらゆる肌に小さな気泡がまとわりつく、自分の体を見ると気持ち悪いほどに泡だらけなのだ・・・泡と言うより本当に炭酸の泡・・・その泡の中の空気が温まっていて、体の表面が熱いくらいになる。なんだか不思議なお湯だった。不思議といえば「不思議の湯」というのもあった。温度は36.5.そう、まるっきり体温と同じ温度なので、冷たくもなく温かくもなく、本当に「不思議の湯」だった。父もこういう場所に来たいだろう・・・やっぱり人工肛門では無理なのかな?
2007.03.11
母にメールで父の状況を聞く。以前体調は良好だそうだ。体重もあれから減らず、食欲もあるという。安心安心。かぜっぴきの娘といえば、主人の早朝野球に一緒について行ってしまった(汗)。私はといえば、家の掃除・・・狭い家なので、誰かしらがいると掃除がし辛いこともあった。優雅な休日・・・父のところへ行こうかとも考えたけど、娘無しでは意味無しかも!
2007.03.10
やっぱり娘はダウンした・・・咳が止まらず苦しそうだったので、学校を休ませ病院へ連れて行った。熱などはなかったので、インフルエンザの疑いは無かった分安心だったが、やはり扁桃腺がかなり腫れているという。飲み薬と貼り薬をもらって、自宅へ帰ってからは布団に入れた。子どもの病気はとにかく睡眠、そして母親の愛情と分かっているので、添い寝してずっと側にいてあげたら安心したのか、夕方までぐっすりと眠りについた。来週末は、元気な姿でじじのところへ行こうね。
2007.03.09
今週末も娘は「じじのところへ泊まりに行こう」と言って、週末を楽しみにしていたのに、その「元気の元」の娘がなんだか風邪をこじらせたみたい・・・今日の夕方あたりから咳が酷く、扁桃腺もはれているようだ・・・せっかくの楽しみだったけど、今週は父に風邪を移してしまうのも大変なので、自粛することにした。多分、娘もいろいろ子どもなりに気を使っていてくれたのかもしれない。私が仕事で忙しかったり、学校から帰ってきてもいなかった日が多かったので、気が張っていたのかも。元気の元さん!早く良くなってね!
2007.03.08
父がガンを告知されてから二度目の春。今年は桜も早く咲きそう。今日は娘の学校へお迎えに行って来た。ここのところ物騒で、PTAの役員も通学路のパトロールを強化中。徒歩10分ぐらいだが、私は時間があると必ずお迎えに行くことにしてる。今日は早めに学校についたので、校庭の回りにある桜の木の下に行ってみた。すでにつぼみらしきものがたくさん枝の先に膨らんでいて、今にもピンク色のつぼみが見えてきそうな勢い・・・「今年も父は桜を見れるんだな~」なんてボーっとしてたら、向こうから「まま~」と娘とその友達が駈けてきた・・・ロマンチックな想いにふけることも出来ない私の現実・・・とほほ
2007.03.07
今日は、かつて同じ職場だった同僚から久しぶりにメールが来た。25日にお互い子連れで会う約束をした。その返事をするために電話をかけたのだが、久々に盛り上がり長電話・・・こんな長電話をするのは結婚してから始めてのこと・・・でもその内容というのが非常にショッキングだった。彼女の兄は3年前に結婚、次の年に双子ちゃんが誕生した。今年の1月末までは、とても幸せそうで明るい家族のはずだったのに・・・彼が仕事中に、病院から電話。奥さんが洗濯物を干している最中に倒れたという。急いで病院へ向かったが、すでに意識不明。医者に聞けば、脳の2/3が出血しているという。もはや助かる見込みもなく、植物人間状態。彼は、仕事を長期休暇し、ただそばにいることしかできないが毎日病院へ通う。。。子ども達はベビーシッターさんに任せていた。何も知らない無邪気な息子たちを見ながら、影で号泣する彼・・・1週間後、奥さんは他界した・・・非常にあっけないものだった。友達も「自分のアニキなのに、何だか近づけない雰囲気だった」といっていた。そりゃそうだろう。一瞬のうちに底の無い闇に放り込まれたようなものだ。奥さんが倒れるまで、普通に暮らしていて、朝会社に行く時に「いってらっしゃい」といつも通り普通に手を振っていたのだから・・・そう考えると、うちの場合はとても幸せなのかもしれない。父は末期ガンと闘っているけれども、告知されて1年半、家族の絆が深まったし、父への尊敬も高まった・・・父も普通にしゃべれるし、ご飯も食べられるし、調子のいいときは仕事にも行ける・・・この友達の話を聞いたら、幸せすぎるに違いない。世の中、いろいろな人がいろいろなことを背負って生きている。でも誰もが一人じゃない。患者は特に孤独になりがちだが、そうじゃない。周りをゆっくり見回して欲しい、あなたを理解してくれる人は絶対いるはずだから。だから、友達のお兄さんも頑張って生きて欲しい。彼女の残してくれた生きた証「息子たち」を精一杯力強く育てて欲しい。
2007.03.06
前に少子高齢化で、これからの時代は、特に私たち30代~40代の人たちは辛く厳しい時代に突入すると予想されています。子どもの世話はもちろん、介護が必要になってくる両親、義両親・・・そしてその介護がひと段落し、子どもが成人となってから自分が老いるまで、私たちは老後のための生き方を真剣に考えなければいけないのだ。少子高齢化で、介護をしてくれる子どもも少なく、老人ばかりが増えて、一体この先どうなってしまうのか?なかなか想像を絶するものなんじゃないか?とても不安で不安で・・・子ども達に介護をしてもらい、最後の時を安らかに見取ってもらえるのは、多分私たちの親の時代までかもしれない。私たちの将来・・・それこそ後何十年かで確実にやってくる・・・今日本を動かしている政治家だって、その頃はヨボヨボでナンの役にも立つまい・・・そういえば、今年は選挙が2つもある・・・今だからこそ、もっと政治に興味を持って、真剣に真面目な人を選ばなきゃいけないんだって思う・・・他人事じゃない日本の未来を明るいものにするために・・・
2007.03.05
ここのところ、私の周辺では、父親が病気だとか、母親が入院だとか、ザワザワしている。私ももう30代後半・・・世代交代の時期なのかなとつくづく思う。これから介護の時代に入るのかと思うと、少しゾッとするが、これも自然の成り行きだ。うちの母は、父親の両親2人共、介護を余儀なくされた・・・父の兄弟は何となく「わが道を行く」タイプで、あまり両親のことを面倒見なかった(と私は思う)。そのしわ寄せが全部母に来ていたので、一時期、かなり大変だったときがあった。長男の嫁だから仕方がないのかもしれなけど、本当の娘、息子はちいとも協力してくれなかったのは、ちょっと納得できないかも!私も実は長男の嫁・・・でも、実の母や父のように慕っているので、介護するのは当たり前だと思ってる。今までいろいろお世話になったし、今でもスネをかじっている部分があるから・・・後数年もすれば、確実に介護をすることになるだろう。今はピンピンしていても、もう60~70だもん。実家の父や母ももちろんそうだが、嫁として義母、義父には尽くして行きたいと思ってる。
2007.03.04
今日はひな祭りだ。実家に泊まって、午後2時くらいに父に車で送ってもらった。チラシ寿司でも作ろうかなと思ったけど、主人が仕事で遅くなるため、明日へ変更。すると主人の実家から、「ひな祭りをするので来ない?」とお誘いの電話。娘は親戚にあたるお兄ちゃんに会えると喜んで出かけて行った・・・ 私? 私はやることがたくさんあったので、家でお留守番。一人寂しく「雛あられ」を食べましたよ(汗)
2007.03.03
今日は学校から帰ってきた娘が「じじのところへ行こうよ」と言ってくれたので、先週に引き続き、今週も実家へ泊まりにいった。おみやげに、コロッケやトンカツなど、油脂したものを買ったが、果たして父は食べられるのだろうか・・・? その心配はなかった・・・ぺろりと全種類たいらげました!!!「おいしいおいしい」と言って食べる父は、まさに健常者。聞くところによると、年末の人工肛門の手術時52キロまで減ってしまった体重が、ここにきて、56キロ!4キロも太ったというのだ。お腹も空くし、食欲もあり、何といっても「ご飯がおいしい」というから驚いた。あんなに苛酷な手術や、薬を飲んでいるのに、また体重が増えるとは・・・!?食欲があるのが一番嬉しい。食べることを楽しみにできるということは、人間としてもしかしたら一番幸せなのかもしれない。 来週もぜひぜひぜひ!何かおいしいものを買っていこうか?
2007.03.02
父の体調は相変わらず良好!不思議と腸の痛みも少なく、過ごしやすい日々を過ごしている様子。「末期ガン」と一言で言っても、いろいろなタイプがあるんだなと実感。私の友達は末期ではなかったが、ガン告知後3カ月で亡くなってしまった。父は末期ガンで余命3カ月と言われたはずが、すでに1年半無事に過ごしている。多分、その人の持っている免疫や、食事、体調、気力などでいろいろと変わるのだろう。「病は気から」と昔の人は言ったけど、本当にそうだなと実感せざるを得ない状況。父の生命力の強さには、本当に頭が下がる思い・・・時には痛みが酷く、我慢できずに諦めてしまうことも多々あるだろう。でもそれを一つひとつ乗り越えて、ガンと向き合い、闘っている。私たち家族が出来ること・・・今でもまだ何をしていいのか分からないけど、温かく見守り、会えるときには会って元気付けることなんだろうと思っている。
2007.03.01
今日は以前から約束していた「ディズニーランド」に娘と二人で行って来た。本当は母も連れて行くはずだったが、やはり父を一人で置いていくのは難しいとのことで仕方なく次回ということに。平日なので多少は空いていた。娘の好きなプリンセスを堪能し、1日目いっぱい子供孝行が出来た。いつも仕事ばかりで、私の背中しか見ていない娘にせめてものプレゼント・・・お父さんにもおみやげを買った。ゴーフルみたいなお菓子・・・これを持って週末泊まりに行こうかな。
2007.02.28
この頃父と母はとても仲が良い。昔からそうだったが、父がガンになってからますます仲良くなった。日中は二人でいることが多いので、一緒に買い物や散歩などに出かけている。父が仕事人間だった頃は、決してなかった光景・・・もしかしたら、二人は今が一番幸せかも・・・ 昨日、うちの旦那と久々のバトル!!!原因は娘のこと・・・年に1度あるかないかの喧嘩はもの凄く凄まじい。いつもは旦那がやくざ並みに「ガミガミ」言うのを無言でスルーする私・・・だけど昨日はちょっと違った。私の「怒りの導線」に火が付いてしまった・・・今までこんなに怒り狂ったことがないぐらい怒った・・・負けずに旦那も掛け合ってくる・・・いつもならそこですくんでしまう私も、それ以上に掛け合う・・・結局居場所のなくなった旦那は外出してしまった・・・私と娘2人だけで夕食・・・「どうせお腹すかせて帰ってくるだろう」と思い、旦那の分も作っておいた・・・旦那が家を出て5時間・・・「腹減ったー」と帰ってきた・・・「やっぱりね」私は心の中でほくそえむ・・・やっぱ帰る場所はここしかないんだよね。この人のことは私が一番知ってる・・・そのことも旦那は知っている。結局夫婦なんだよね。どんなことがあってもお互いを許しあえる・・・今月21日で結婚8年・・・まだまだ二人で一緒に協力し合うこといっぱい。後何十年かしたら、今の母と父のようになっていたい。
2007.02.27
父に会いに行ってから2日。相変わらず父の体調はいいそうだ。さすが娘の力・・・娘の顔を見るだけで、父は癒されるらしい。私も喜んでいたら「来週もじじに会いに行きたい」と言ってくれた。私たちが行けば、父の体調がよくなるならお安い御用!毎週毎週行ってあげよう!
2007.02.26
5人家族のうち、私と父だけがO型で、母と兄、妹はB型。実は私もB型だとばかり思ってたのに。。。10年ぐらい前の献血時に自分がO型だということが発覚。でもよくよく考えてみると、父と私は似ているところが多々ある。変なところで熱くなっちゃったり、根が真面目。誰とでも親しくなれる。。。などなど・・・でも一つだけ大きな違いが・・・父は、とっても綺麗好き・・・昔父が単身赴任で一人暮らしをしているときの部屋はとても綺麗で、チリ一つ落ちてない状態。部屋の壁という壁いっぱいに孫と家族の写真が貼ってあったりして、とっても片付いていた・・・それに引き換え、私といえば、大の掃除嫌い!!!仕事机を見れば一目瞭然! 資料や雑貨の山・山・山・・・でも不思議と何がどこにあるかは、すぐに分かっちゃう・・・山積みになっている机を見て見ぬ振りをする主人だったけど、昨日「お前、汚いよ。」と言われた・・・とうとう言われちゃった。これを機に、少しずつ片付けていくつもり(汗)。どうせだったら、「綺麗好き」も父に似ればよかったのに・・・
2007.02.25
昨日実家に泊まり、朝起きたら昼頃自宅へ戻った。朝、父の顔を見たが、まだまだ好調!安心してチャリに乗り自宅へ・・・実家から自宅への帰り道には、多くの民家があり、そこには何種類もの梅の花が咲いている。ここ数日の春の陽気に見舞われてか、どれも満開に咲き誇っていました。娘と「あの梅の色かわいい~」「やっぱり白だよね~」なんていいながら、散歩気分でのんびりとサイクリング。もうそろそろ桜も咲いてしまうのかな?今年は入学式には散ってしまいそうなほどに、桜前線が早いみたいだし。。。父もまた、告知から2回目の春・・・満開の桜を堪能して欲しいな。
2007.02.24
今日、娘が帰ってきたので、母に「今日行くね」と電話をした。しかし、父の状態が悪く、行ってもベッドに横になってるだけだよ、と言われたので、体調のいいときに出直すと言って電話を切った。電話を切った矢先、娘が突然泣き出した・・・「どうしたの?」と聞くと、「じじに会いたい」と言う。おじいちゃん想いの娘に感動してしまった私は、母に再度電話をし、お父さんとしゃべれなくても行くね!と言って電話を切った。どうせ食べられないと思うけど。。。と、おいしい焼き鳥をたくさん買い込んだ。娘が「じじに花束を買っていこう」と言うので、桃の花と菜の花を花束にしてもらい、実家へと向かった。私たちが実家についてから少しして父が出てきた。母もびっくりするほどの顔色の良さだという。そして、7時頃にみんなで焼き鳥と焼き肉のゴージャスな夕食。父もおいしいおいしいと言いながら食べ、その後、いろいろな話ができた。母は驚いていた、父自身も驚いていた、自分がこんなに元気になっていることに・・・「さすが美友効果だね」なんて言っていたが、本当娘の力はすごい。娘が実家へ行ったとたん、父の表情、食欲、体調がまったく変わったからだ・・・その日は実家へ泊まった。次の朝も父は元気だった。娘の力は偉大だ・・・ こんなことならこれからも、父の体調を心配して、実家へ行くことを控えるなどということはしなくてもいいかな。
2007.02.23
久々長文の父からのメール 「仕事へのはやる気持ちも、腸ポリープの痛みで全く何も出来ず終った1ヶ月だった。気持ちがこんな状態だから、何も手に付かず、逆にネガティブな考えが次から次へと...今日からは、今日からはこそと決意はするものの、いざ行動を起こそうとすると痛みはじめ、結局は出掛ける仕度はしたものの、出掛けられず取り止めたことが、数知れないほどあった。この痛みは、はじまると何もする気が起きず、ただベッドに横になっていると気分的に楽になるのだ.. 人口肛門の方は殆んど生活の一部に入り、トラブルなく日常を過ごしている。今思うとあの時人工肛門にしておかねばゆくゆくは腸閉塞になっていただろう。又、人工肛門にすることになって、かなりポリープの痛みも消えるとの事だった。だから人工肛門にした事は自然の成り行きだった。多少痛みは残るということだったが、ここまでとは思わなかった。しかし、その痛みも強弱があり楽なときは楽だ! 医者が痛みは残るが、自然に弱まっていくとは言っていたが。時間が解決してくれるのか? 待つしかない。あとは精神面の立ち直りか? これもポリープの痛み以外今の所何も問題はない。それだけに、このポリープの痛みとうまく付き合っていく以外ない! 抗がん剤の投与を続けているものの大した副作用もなく何ら健常者と変わりないのだ。毎日焦らず1つでもいいから仕事を入れて、身体を慣らしていく事だ。どこかで線を引かないと何時まで起っても同じ繰り返しだ。 いつも言う事だが、はっきり言って病人なのだ!3っも癌を抱えているのだ。健常者と同じ様に仕事・日常生活をしていく事自体おかしいのだ!本来なら自宅療養を中心に考えて毎日を送っていかねばならないのだ。そう言った仕事等のプレッシャーが自分を追い詰めているのだろう。ちょっと今まで根本的に考え方に無理があったか。ただ仕事に於いても無理をせねばならない経済上の問題もある。とにかく爆弾を抱えている身体です。何時何が起きてもおかしくない...再度原点に戻り、病気療養しながら一日一日大事にして悔いのない様にしよう
2007.02.22
今の父は体調がすぐれない。大腸のポリープが時折痛み出し、外に出られない状況だ。食欲も「無い」というか、以前より少食になっていると母から聞いている。抗がん剤の副作用は無いに等しいというのに、大腸だけはやはりどうにもならないものなのかな?家にいても、ベットに横になるだけで何も出来ないでいるそうだ・・・今週末には娘を連れて、父に会いに行こう。
2007.02.21
興味深いニュースが今日も新聞に載っていました。それは・・・「日ごろから運動をしている人は、大腸がんになる確率が、何もしていない人に比べると3割少ない」というもの。何が根拠でこんなデータが出たのか、詳細ははっきりとは分からないが、そういうこと・・・ 父はガン発病前は、かなり動いていた方だと思う・・・仕事も事務職ではなく、肉体労働に近い仕事だったし・・・仕事となるとまた違うのかな?運動ってどの程度のことを言うのだろうか・・・毎朝ジョギングとか、ジムで筋トレとか・・・水泳とか・・・ でも、よく考えると現代人は動かなさすぎ・・・車社会にも比例することなんだけど、私の友達なんて、徒歩5分くらいの距離の職場を毎朝車通勤だもんね・・・これはあまりに極端な例だけど・・・私もこの記事を読んで、エスカレータより階段、自転車より徒歩、暇があったら自宅周辺早歩き。。。など実践してみようかなと思った。こういう日ごろの小さい運動がものを言うのではないかな?
2007.02.20
今日、とある講演会に行って来ました。少子高齢社会がお題・・・。今、30歳以上で独身の割合が40%(男性)、女性に関しては、20代後半から30代後半までの未婚率が60%・・・だそうです・・・。いづれこの人たちが結婚をしたとしても、時すでに遅し、少子化になるのは目に見えています。 私がこの講演会でいちばん驚いたのが、今から30年後の高齢者の割合・・・30年後に65歳以上の人が、日本の人口の3分の1になるそうです。びっくりです。30年後に65歳ということは、もちろん私も含めてです。そう考えると、わたしの老後は悲惨な状況・・・年金なんて絶対頼れない!という気持ちで、今から気を引き締めて小銭を貯めないと・・・ 病気になっても憂鬱・・・元気に長生きしても将来は真っ暗・・・皆さん、どう思います?
2007.02.19
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