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楽天日記を始めて、1カ月が経とうとしている。読み返してみて、自分の表現力のなさをしみじみと知ったかんじ。こうやって、不特定多数の方に読まれるものを表現することに、自分が慣れていないのを感じます。さらに、私という人間の関心は、ほんとにいろんな様々な分野に向いてるってこともしみじみ。 ↑こうやって、メタちゃん(メタ認知)が育つのね~ということも妙に納得。でも、そんなたくさんの関心・テーマ、ぜーんぶひっくるめて考えて、何が今の自分に1番必要か、というか、当面の具体的な1番の目標・・・それは、結局、「自分の仕事の分野のクオリティを高めること」なのだとわかった。ということで、しばらく仕事のことをできるだけ最重視してみます。仕事のクオリティを高めて、もっと柔軟に仕事を楽しめる(=生活も楽しめる)ように幅を広げていきたい。よし、がんばるぞー(@v@)
2005.01.31

今日はいい天気だったから、チビくんといっしょに山か畑にいきたいところだったけど、いろいろ細かい買い物がいっぱいあったので、チビ君には悪いけど、つきあってもらう。でも、私は内心うふふ。ちっちゃい手をつなぎながら、街中をデートするのはうれしい。(大変だけど)ふと見ると、見上げてくれる笑顔があるからなー。途中、ポカポカ公園で、握っていったおにぎりをほおばる。なんとか遊びながら買い物をいろいろ済ませて家に戻ると、おねえちゃんとその友達が、チビ君に折り紙でプレゼントを作って、待っててくれた。 うれしさついでに。 ↓
2005.01.29
を読んでて、「家事と育児」というテーマとして読んだら、これはぜんぜん言葉足らずだなーと不満に思っていたら、マコさんが、たまたま今日の日記でこんな事を書いていた。「両立・分担の落とし穴」>「両立なんてできないから、出来ない部分は、手放すか、できる人にたすけてもらってる」というのがホントなんだとおもう。そうそうそう!と、すっきりした。独身女性(私も片足これだと思ってるが(>v<))には、まだまだ、「仕事、家事、育児ともに抱えた生活」のいいモデルがない。どこまでもがんばらないと、それができないように感じたら、みんな、前に進めなくなっちゃう。でも、コツさえつかめば、たぶんそんなにがんばらなくてもいい。うまく言えないけど、私のイメージはアメーバです。(?)できないことは無理してしかめっつらしてやろうとせずに、さっさと、手放すか、それができるベストな人、場所を探して、しなやかに笑って行くのがいいような気がする。その代わり、できるところは心をこめて、思いっきり丁寧にやる。とくに、母親が、夫婦が、家族が、・・・という枠に捕らわれてしまわないで。子供を大事にするためには、親が笑って生活してることが、とにかく大事だと思うから。その辺を基準に、じぶんにチェックいれながら、しなやかにやって行けたらなーと思ってる。仕事の仕方をふくめて。
2005.01.28
こないだのコミュニケーションワークショップ。就職活動をこれから始めるという女子大生から、50才前の失業者のおじさんまで様々な世代が7人ほど。こんな授業って、初めて(@v@)なかなか、おもしろかった。とくに笑えたのは、一つの「言葉」でも、いろんなコンテクスト(文脈)をもっているという話題のとき。「たとえば、『共働き』という言葉で、どんなイメージを連想するか」という講師の質問に・・・50才前の男性(子供あり)、40才の男性(子供なし)→「貧しい、貧乏な、生活に追われるイメージ」50才くらいの女性→「奥さんが大変そう・・・」40才前くらいの女性(子供なし)→「やっぱりお母さんは家にいないと子供がかわいそう。」そして、20才すぎの女子大生→「かっこいい!自分もなりたい。」・・・ここまで来て、何人かが「え?」と一斉にその娘を見る。講師の方はおもしろそうに、年輩の方に向かって、「そうなんですよ~今の若い娘はそういう子が多いんですよお~」一方、東大の大学院生の男の子に聴くと、「自分が共働き?とんでもない、イメージできない」・・・その人のお母さんは、しっかり専業主婦。京大の女の子に聴くと、「共働き?当然!」その子のお母さんも共働き。・・・だったと例をあげる。てなかんじに、1つの言葉のもつイメージはその人それぞれの人生の経験、文脈を背負っているから、1人1人全く違うんですよぉ~。というお話なのでした。当たり前といえば当たり前ですが(笑)ちなみに、30才すぎの私がとっさにあげたイメージとは・・・「フィフティフィフティ。家事も育児も。」。あとから「実態は?」ときかれて、「確かに。」。(非婚なことまではカミングアウトできない。)でも実際私は、愛があって、それぞれが楽しく暮らしてたら、専業主婦だろうが専業主夫だろうが、共働きだろうが、2:8だろーが、なんだっていい。たまたま、今は、彼が家事も育児もやりたい人で、自分だけ家計を背負うのは絶対にイヤだという人だから(まあ、もっともだとは思う。)、気が付けばフィフティフィフティという感じになってるってだけだ。でも最近、フィフティフィフティではなく、彼の家事領分が大きくなりがちなので、私ももっとがんばらねばと思う。でも私は料理が好きなので、そこは譲らない。(一方彼は、洗濯を譲ってくれない。)なにより、あーでもない、こーでもない、と言いながら、いっしょに家事のことや子供の世話をやくのは、単純に、すごく楽しい。でも、専業主婦も専業主夫も、ステキだと思う。話がずれてしまったけど、普段なんの接点もなく、なんの利害関係もない、いろーんな世代と交わる機会って、個人としての歴史だけでなく、それぞれの時代背景もあり、なかなか実感として勉強になるなーと感じた一コマだった。(結局は、月並みなオチでした。(笑))
2005.01.27
温暖化で最初に沈むと言われている、人口1万人が住む島、ツバル島。ここに大切な友達、なっちゃんが4才の娘を連れて訪れている。なっちゃん(...といっても私よりもだいぶお姉さんなのだが(*^^*))とは、普段からお互いそれぞれのことでいそがしくて、たまに時間を見つけて2人で山に登ったり、じっくりいろいろ話したり、長いメールのやり取りをするだけなんだけど、なぜか、しょっちゅう会ってる友達みたいに、気が合う。安心できる。苦も楽も、分け合ってきた。そのなっちゃんが、今、ツバル島で、まさに、夢を叶え、命をおう歌している!ツバル島からのリアルな写真→http://monden.daa.jp/tuvaluよおおおし。私も、この日本で、思いっきり楽しむぞ~~~~~。と、明日の仕事とヨガとご飯のおかずのことを考える(・v・)・・・あっと、保育園にエプロンもっていくんだった!そう、まさしく。 ほかでもない、これが今の私のなんともいえないしあわせなのだなぁ(@v@)「わたしはわたしの魂を揺さぶることを、力の限り、しているときにこそ、自分も、あなたも、心の底から愛せるのです。」 By なっちゃん
2005.01.25
きのうは、「地の人対話集会」というのに行って来た。テーマは「宗教と医療」10年来の大切な友人が、パネラーで話すというので、単純に彼女に会いたいという思いがあって、聞きに行った。彼女は、鍼灸師として働く中で、西洋医学の側面からも患者さんをみる必要性を感じ、医学部に入り直し、現在は終末期医療に関わることを志しながら、東京女子医科大学で学ぶ。友人がたどってきた軌跡。出会ったミッション。そして現在の活動内容を淡々と語る姿に、頼もしさを感じ、妙に励まされた。そしていっしょにパネラーをされた、牧師さんのお話が、これまた感慨深かった。牧師さんは、25年間、うちの近所にあるキリスト教の病院で、ホスピスのチャプレンとして、2300人の患者さん達を看取ってきた。友人にしても、牧師さんにしても、「代替医療はその人にあったものならば、どんどん取り入れて行くべきだ」「但し、西洋医学を見下すのでなければ。」と強調されていたのも印象的だった。そして、何よりも「今、1人1人が健康な死のイメージを持つことが大事。」という言葉。 死のノーマライゼイション。 生が祝福されるなら、完了の時も祝福されて然るべき。 寿命という素晴らしい言葉。 死をタブーにしない。・・・あ、言われちゃった。と思った。私の中で、まだ、死はしっかりタブーだ。それと裏表をなすように、「育ててくれたおばあちゃんを看取れなかったこと」については、今でも、日常的に、朝夕、数え切れないくらい涙を流す。これは、ちゃんと取り組まなきゃ行けないテーマじゃんか。と、突きつけられてしまった。それは、自分のためだけではなく、ほかでもない、自分の周りの大切な人たちを大切にするため。「ホスピス」の理念というのは、身体的痛み、社会的痛み、精神的痛み、宗教的痛みの4つの痛みを除くところにある。牧師は、その中の宗教的痛み、精神的痛みを除くところを担当するわけだけど、病院に入院している人の多くは、キリスト教の信者ではない。そのような死にゆく方々を前に、その人たちに対して何ができるか。それは、そばにいるだけ。ただ見守るだけ。話を聞く。希望にこたえる。注目する。忙しく動かず、じーっとそこにいる。あとは、大事なのは、家族のケア。あくまでも、同じ、1人の人間として、そばにいること。だから、仰々しい牧師の格好はせずに、ふつうの背広姿。ふつうのおじさん。聖書も頼まれたら読むけど、そうじゃなきゃ持たない。一番、必要なのは、「自分の健康な死のイメージをしっかりと築き上げている人間が、どこまでも同じ1人の人間として寄り添うことだ」と。死がこわくて仕方ない私は、知人が死にゆこうというとき、ただ、固まるだけだった。大切なおばあちゃんのときも。かわいがってくれたおじちゃんのときでさえ。とにかく何かしたくて、自分が楽になるためだけに、とんちんかんな高価な健康食品みたいなのを送ってしまったり(@~@)死について、私は本当に、弱い。「自分の健康な死のイメージをしっかりと築きあげておくこと。」少なくとも、きのう出会った牧師さんや友人の、真摯に終末期医療(完成期医療と言う方がいいみたい。)のあり方を改革していこうとする方達の言葉、生き方に触れることができたのは、大きな希望だ。そのせいか、なんだか、今日は、とても元氣で力強い自分を感じている。
2005.01.24

きのうは、半日がかりで、たまっていた針仕事をした。こどものズボンの膝の穴に膝当てを付けるってだけなんだけど、けっこうおもしろくできた。 古い和布(ボロボロのやつ。昔、誰かが何度も形を変えて縫い直し、ていねいに使っておられたのがよくわかる。)に刺し子で模様を付けてみた★そして、こちらは横で見ていた5才の息子の作品。 ボロ切れで雑巾を縫ってもらった。前よりは上達してきたなー(・v・)私はぜんぜんお裁縫は得意ではないけど、こうやって生活のリズムの中に、針仕事があるのがとても好きだ。仕事の時間の流れに流されちゃってるとき、自分の時間に戻れる確実な方法のひとつ。今は、横でいつも子供が眺めててくれるから、なおうれしい。
2005.01.23
いつもの固形石鹸とアロマ酢のリンスに加えて、さいきん、おふろの楽しみがまた一つ増えた。それは、はちみつ★浴室に蜂蜜のビンを置いておいて、使う前に湯ぶねであたためて溶かす。それを手にすこ~し出して、石鹸の泡立ちにまぜまぜして、髪や顔を洗う。すると・・・泡が不思議ととてもやさしく、なめらかになって、なんだかお姫様気分なのだ。↑と言って喜んでるのは10才の娘です★仕上げは、その日の気分のアロマオイルをたらした酢のリンスで、う~~~ん(・v・)いい香り。さいきん、酢じゃなくてクエン酸でもいいことを知ったので、今度試してみよう♪さらに電気を消してろうそくにしてみたりして、母子で楽しむお風呂タイムなり~
2005.01.21
ってかんじの1日半でした。上の子が突然、寒い。。。と言いだし、戻した(嘔吐)かと思うと、今度は私が寒気。。。1日半、布団から出れないで過ごしました。幸い、朝偶然、友だちから電話がかかってきて、なんと、イチゴまで買って、家に来てくれて、一日、2人の子を面倒みてくれたので、なんとか、助かり(涙)今朝はようやく少しモノも食べれて、ほっとしました。ご飯が食べれるって、ほんとうに幸せだ。もっと体を鍛えよう・・・と今度も又、心に決めたのでありました。こういうとき、ほんと、普段からの幸せをかみしめます。みんな、ありがとう~~~。
2005.01.19
来年度、下の子は保育園最後の年。あああ、私は、保育園とさよならするのは、ほんとうにカナシイ。私が都会の生活の中で、今日までなんとかかんとか子育てして来れたのは、他でもない、この保育園(ふつうの保育園なんだけど)のコミュニティのおかげだった。よくも悪くも、個と個が切り離される時代。あらためて、人と人がつながること。そして、人と自然がいっしょに生きていくことの大切さを確認したい。そして、私と子どもたちのふるさとである保育園とその遊び場の瓜生山(市内でも貴重な雑木林!!!)に地球いっぱいの感謝をしたい。そんな思いをこめて、なんと、来年、保育園の園庭で、南ぬ風人まーちゃんのライブを企画します!うれしいことに、まーちゃんも来てくれると言ってくれました(・v・)もちろん、一般客大歓迎★ビールも泡盛もいっぱい売るよ~南ぬ風人まーちゃんが京都でライブをしてくれるのは、なかなかない機会なので、ぜひぜひ、京都の方はいらしてください~(あ、まだ日時もきまってなかった(・v<))ゆうべは、「いっしょにやろう!」って言ってくれてる数家族で、たこやきパーティーで盛り上がった。保育園最後の年、だいじにだいじに、楽しんでいきたいな。
2005.01.16
最近、「労働契約ではなく、なんとかして業務委託契約で・・・」という話をよく聞く。「事業主の人件費節減のために!」という本もいろいろ出ている。使用者側からしたら、社会保険料は上がる一方だし、経営難なので、労働保険料すらも節約したいという理由がある。じっさい、身近でも友人が、業務委託契約なのか、労働契約なのか、はっきりわからない契約で働かされていて、今、紛争中で、苦労している。いざ紛争になり、労働者性自体が問題になったとしても、争点が「労働者性」にある場合は、労働局のあっせんも受けられないんだよね。これが。裁判しかなくなる。業務委託契約となると、雇われる側(といういい方自体、労働契約じゃんという気がするけど)は、労働者のための特別法である労働基準法その他の保護ははずれ、民法の私的自治&契約自由の原則にさらされることになる。つまり、単純に働いてお金を得るというときに、労働契約という形で保護してもらえない。1人1人が個人事業主として、自分が損をしない、公正な契約の仕方を考えなきゃならないケースが増えてくる。これは、もちろん、いい方に作用する面もいっぱいあると思うけど(みんなが公正ということについて、考えるようになるとか?)、世の中、ますます自律した、強く、賢い個人が求められていくのだなあと考えると、なんだか、実態はだいじょうぶかなあという感じもする。裁判員制度ももうすぐ施行されるし。いずれにせよ、実態は労働者なのに業務委託の形式をとるっていう契約が増えるのは、だいぶ問題アリ。今日は、しごとの中で、感じたこと。でした。
2005.01.14
今も、ここ事務所件自宅で仕事をしてると、バン!バン!と音が聞こえてくる。。警察が猿を威嚇する音。朝から、ずっとだ(@~@)こんな冬は初めてだ。今までは、年に2回くらい、猿の群が30匹以上、比叡山から下りてきて、住宅街のベランダを伝って、わずかにある畑の作物を食べていた。「あ~あ、畑の人かわいそうに。(でも猿はもっとかわいそうか。)」と呑気に眺めていたら、じつは、その間に、うちのアパートのベランダに50個くらい作ってつるしていた干し柿も、全部食べられてしまっていたということもあった(・v・)「ちょうど食べ頃やったしなー。日本昔話みたいだなー」と笑い話にしてたけど、今年は、笑えない。異様な暖かい冬。温暖化をここまで実感した年はなかった。おとといから、京都は急に寒くなり、私は霜焼けで痛い手をもみながら、「やっと冬が来た。うっしっし。」と喜んだ。京都の町にまで、いきなり毎日現れ始めた猿たち。となりの学区の小学生は、クマが出るからといって鈴を持って登校してるらしい。生態系の変化は、菌類、虫、動物・・・まずは、小さい生き物から、影響を受けてくる。そして、人間は最後に気づく?人間には再生する力がある。ってことを信じたい。
2005.01.12
ゆうべ久しぶりに、銭湯に行った。ちょうど10年前、上の子を出産したときは、大学の学生寮に住んでたので、毎晩銭湯通い。そのときのことをいろいろ思い出しては、しみじみした。あの頃、銭湯の中で、鏡に映る、臨月の大きなお腹をした自分の体に、毎晩、う~っとり・・・見とれていた。本当に、きれいだった。写真に撮っておけばよかったなー。田舎育ちの自分が、これから、家族とも親戚とも遠く離れた都会で、1人で子育てするかもしれない不安など全く感じないくらい、きれいだった。きのうの久しぶりの銭湯・・・妊婦の時でさえ欠かさなかった水風呂に、ちっとも入れない体になっていたのは、かなりショック!出たら、えらくのぼせて貧血でフラフラになったのもショック!むちゃ、情けなー。そういえば、子供が2人になって、泣く泣く車に乗るようになってから、毎冬手にはしもやけが・・・大好きな自分の体。もっと鍛えよう。愛しながら。と、いろんな思いがめぐりめぐった晩だったが、一番の思いは、なんともささやかだけど、10年間、生きててよかった。これに尽きる。今はここから出発ー。● できるだけ毎晩ヨガをすること。 とくに、呼吸。● 腹八分目、よく噛んで、味わって、ゆっくり食べよう。 やせの大食いを卒業するゾ。● なるべく自転車に乗ること。● いい姿勢を心がけること。● 楽しい恋をすること。● 全部あわせて、「きもちい~い」を意識して感じること。
2005.01.11
雪が降ったり、風がふいたり、晴れたり・・・いかにも「京都の冬」らしい天気だった今日は、家族でのんびり過ごした後、午後から下の子を連れて、友だちの家へGO!京都の街を見下ろせる古~い家に住むその友人家族は、いっしょにいて深呼吸がしたくなるような、きもちい~い、大好きな人たちだ。そこの子供2人もいっしょになって、お医者さんごっこ、郵便屋さんごっこ、●●ごっこして遊ぶ横で、私と友だちは、ひたすらジャンベの音に合わせて、踊りまくる!とはいっても、ダンサーのようなオリジナルなダンスではなく、お粗末なもんだけど(@v@)でも今は、ジャンベのリズムが鳴るだけで、HAPPYなのだ。今度のレッスンで、ギニア人のサリアに「モオオオ~+$%#&* ダメネ~ &*^@★ 」と言われないために、がんばる(・v・)/歌があって、踊りがあって、おいしい食べ物があって、友だちがいて。こんなとき、私はほんとに、しあわせだ。
2005.01.09
インドネシアのスマトラ島沖地震とインド洋沿岸諸国を襲った津波による甚大な被害に関するニュースが続いています。やっぱりもう、地球は限界に来ているような気が。。。いろんなところが募金を集めていますが、こんなとき、「ここは!」と思うNPOやNGOに、個人としてはもちろん、企業としても寄付できたらいいですねー。寄付金控除が受けられるし・・・(@v@)でも法人ではなくて個人の場合、普通のNPOやNGOに寄付したところで、税法上の優遇は受けられません。日本の場合、個人の寄付金控除システムは貧相みたいですね。ただ、数あるNPO法人の中でも、認定NPO法人といって、国税庁長官の認定を受けたNPO法人に対する寄付金は、個人でも、寄付金控除を受けることができます。さらに法人の場合、いろいろ優遇されてますよ~♪認定NPO法人は認定されるための基準が厳しくて、今のところ、全国で27法人しかありません。たとえば「国境なき医師団」もその一つ。今も、スマトラ島へ160人以上の医師や看護師さんが出向いていってくださっているようです。http://www.msf.or.jp/index.phpこの認定NPO法人。認定基準が少し緩和されてきているようです。今年は、控除限度額も引き上げられるとか★個人や法人が目先の利益だけではなく、社会全体・地球全体のことを考えて、お金を動かしやすくなる制度・・・どんどん増やしていってほしいなー。
2005.01.08
青色申告も今年で2回目★はにわきみこさんの「フリーのための青色申告デビュー」情報センター出版局を見ながら、弥生の青色申告で格闘します。なかなか、楽しい作業だわ~★それから、お手製の事務所ニュース作り・・・話題は最近の派遣事情など。さいきん増えている派遣社員。業種も規制緩和され、今後ますます広がっていきそうです。ただ、その待遇はどんどん厳しくなっていますね。ほとんどが6カ月未満の契約。ほとんどが女性。そして平均時給はここ数年、下がる一方です。契約更新されないんじゃないかという不安で、30代以降の派遣社員女性に不眠症が増えているという記事も日経で読んだなあ。たしか、「ますます出産どころではない・・・」という内容でした。どうか、みんなが自分を大切にできる働き方ができますように。
2005.01.07
2004年は、私にとって、めまぐるしく動いた年でした。社労士として開業して1年目。そして、自然や暮らしを大切にしたい母としての子育て。やりたいことがいっぱいあるなあ・・・(@~@)一方で、極端な原始生活志向。一方で、極端な企業社会。どちらももっともな有り様ではあり、簡単には否定したくない。でも、どちらも私にとって、あまり魅力的ではない。うわ~~~~・・・私、分裂しそう~~~(@~@)その中で、自分の中心を見失わずに、かといって、現実に目をつぶらないような生き方、暮らし方をしたい・・・と思いました。その課題に気づかせてもらった年だったんだろうなあ。もともとITに疎く、どちらかというと近づかないでおこうとしていた私なので、どこまでこの日記を使いこなせるかは自信がないのですが、たとえゆっくりでも、大切な場にしていけたらうれしいなと思います。まあ、ものは試しということで(・v・)2005年は、自分の中心をタシカメながら、丁寧に生活していきたい!そんな思いをこめて。
2005.01.03
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